童話いなくなった王様『原典』
魔王様が今の魔王様に変わってすぐの頃、まだまだ世界にはたくさんの教国がありました。
そこには、主神様の教えを信じる人たちが住んでいます。
今では教団の人たちがいるから危ないよと言われる主神様を信じている国々ですが、この頃は素敵な国がたくさんありました。
主神様の言葉を柔軟に解釈し、重い税もなく、飢えもなく、スラムもなく、みんなが幸せに暮らしている教国は珍しくありませんでした。
ちなみにその素敵な国は今ではほとんど魔界や親魔領になっているのですぐに見に行くことができますよ。
さて、これはそんな時代、魔王様の代替わりする頃の話です。
むかしむかし、あるところに、小さな国がありました。しかしながらその国の領地は豊かでたくさんの作物が実り、人々は幸せに暮らしていました。
聡明な王様としっかり者の大臣、そして働き者の兵隊さんに信心深い住民たち。
貧困に苦しむ民もなく、不衛生で疫病が流行るわけでもなく、夜な夜な殺人鬼がぎらりと光るナイフを持って歩き回っているわけでもない素敵な国。
そんな理想の国がありました。
ただ、1つ問題があるとしたら、それは近くに魔界があることでした。
魔王様が今のサキュバスの魔王様になるまでの魔物は狂暴でした。人の形をした魔物はごくわずかで、そのごくわずかの話が通じる魔物も話が分かるからといって進攻を止めるわけではありませんでした。
王様は大臣と兵士長と毎日国を守るために会議をしました。
なにせ嵐の日も建国記念日も眠くて仕方がない春の日も魔物は攻めてくるのです。
向こうも怪物ばかりとはいえ、学習するものです。次から次に作戦を立てなければ愛する民の命は守れません。
だから王様は毎日頭を抱えて頑張っていました。
そして寝食を惜しんで頑張った王様たちに神様がご褒美をくださったのか、兵士長は勇者の力を授かりました。
兵士長、いえ、勇者様は今こそ魔物たちに反撃する頃だ、と言いました。
なぜなら、ここ数ヶ月ぱったりと魔物たちの進軍が止まり、見張り塔の兵隊たちの目にも見えなくなったからです。
攻撃がないということはいつまとめて攻めてくるのか分からないことです。
だから、いっそのことこちらから攻めてしまおうということでした。
今、勇者様という相手に知られていない切り札がいます。
加えて、いつ来るか分からない魔物たちに備えていつもよりちょっぴり多めの税を民に払ってもらっていたので武器は十分にあります。
そう、今までにないくらい準備が整っていました。
もちろんその提案に王様は頷きました。
勇者様は魔界に進軍します。勇者様は兵隊たちの先頭で大きな旗を掲げて、腰には立派な剣を差して旅立ちました。
ぞろぞろと兵隊をつれてどんどんと勇者様は進んでいきます。
ミントのような風か吹く野原や、チョコレートの匂いがする洞窟を抜け
コバルトブルーに金色の日光がぐるぐると踊っている湖を迂回して、上に向かって落ちていく岩山を越え
花火のような大輪の花が咲き誇る森やトパーズの砂利でできた海岸を通って
ようやく勇者様たちは魔界に着きました。
さあ、戦いだ、と剣を構える勇者様の前に1人の女の人が現れます。その人は人間とは思えないほど綺麗な人でした。
勇者様も兵隊たちもみんな国を守ることに一生懸命だったため将来を誓った恋人もおらず、思わず見とれてしまいます。
このチャンスを見逃すわけはなく、女の人は勇者様たち全員に簡単な魅了をかけてしまいました。
女の人はサキュバスだったのです。
サキュバスは勇者様たちをその魔界の主のエキドナの所に連れていきました。
魅了がかかっている上に魔界にいる勇者様たちがサキュバスに逆らえるはずがありません。
勇者様たちは嬉しそうについていきました。
そしてエキドナから全てを知らされるのでした。
まず、魔王様が代替わりしたこと。
次に、魔物たちが人を殺さなくなったこと。
そして、今、魔物は人間を世界をだれよりも愛していること。
それを知りました。
勇者様たちはとても驚き、歓声を上げました。
もう殺さなくていいのです。死ななくていいのです。
もう、ゆっくりと寝られるのです。
あまりの嬉しさに勇者様は来たときの半分の時間で故郷に帰りました。
全てを王様に伝えるために。
しかし、勇者様が見たのは変わり果てた国の姿でした。
外周の住宅地はぼろぼろになり、中央の都市部は立派になり、お城は眩しいほど豪華になっていました。
どうしたものか、と勇者様は民に聞きました。
民が言うには王様はほんのちょっぴり多い税に酔ってしまったみたいです。
魔物を倒すためにちょっぴり多くした税が、勇者様たちが出発したのであまりました。
それをついつい使っているうちに味を忘れられなくなった王様がだんだんと税を3%、5%、8%、10%と増やしていったのです。
勇者様はいてもたってもいられなくなってお城に乗り込みました。
大臣たちを押し退け、王様の部屋に入るのは勇者様にとって簡単なことです。
がたん、と力任せに重くなった扉を開けて王様に会いました。
そこにいたのは、以前の王様ではなく、怖い目をしてがりがりに痩せた王様でした。
金ぴかの杖を机に立て掛け、床に着くくらい絹をむだ遣いした長いマントをはおり、きらきらした椅子に座り、宝石でずしりと重そうな冠を着けて、最高級の羽ペンでぼろぼろの本に何かを書き込んでいました。
王様はこちらに気付くと、さっと本を隠し、椅子にふんぞり返りながら勇者様に遅いと言いました。
勇者様は怒りをこらえ、魔界で聞いてきたことを話しました。
王様は聞いているのかいないのか分からない様子でしたが、勇者様が話し終えると、ばん、と机を叩きます。
魔界を攻め滅ぼすためにあれだけの武器と食料をくれてやったのだ。役立たずめ。
そう言って勇者様を追い出してしまいました。
これには勇者様は王様がかわいそうだと思いました。
長い戦いの中で疲れておかしくなってしまったに違いない。そう思った勇者様は王様の考えが変わるように国中の人々に魔物の現状を伝えて回りました。
まずは外周部の貧民層に。
前は幸せに暮らしていた彼らですが王様に裏切られたと思ってすっかり疑い深くなっていました。
この人たちに真実を伝えるにはわざわざ魔界に定住すると言っていた兵隊を連れてくる必要がありました。
ですが、いったん伝わると広まるのは早く、あっと言う間に貧民たちは親魔物派になりました。
次に都市部の人たちです。
前とあまり暮らしは変わらないのですが下に貧民というものができてしまい偉くなった気分になっていました。
うまく伝わったので良かったのですが、もし勇者様が単なる兵士長のままだったら鼻で笑われていたでしょう。
そうして伝えていないのは中央の新しくできた身分の貴族たちだけになりました。
しかし、上手くはいかないもので、伝えている途中に王様に見つかってしまいます。
この悪魔の間者を捕まえろ。
そう王様は近衛兵たちに命令しました。
王様は近衛兵に捕まりました。
実はもう、親魔物派でないのは王様を含めて数十人だったのです。
兵士は叫びます、革命だ。と。
それはそうです。人民の過半数が王様とは違う考えをしているので当たり前と言えば当たり前です。しかし、勇者様が望んでいたのは革命ではありませんでした。
しまった、と勇者様が固まっていると、王様は牢屋に連れていかれてしまいました。
ちなみに、魔物は人が死ぬのに耐えられないのできっとこれからのことに反対するでしょう。
ですが考えてみてください。
この国は今、中身こそ親魔物領でも名目上では主神を信仰する教国。いわゆる反魔物領なのです。魔物がたくさんいるはずがありません。
ただの人だらけ。なら彼らは間違いなく流血を厭わないでしょう。それが正義で、幸せに繋がると盲信して妄信して猛進しているのですから。
確かに人化した魔物は何人かいますし、その夫もいます。
ですが1の声が9に、もっと言えば、たかだか1000そこらが950000に届くとでも。
貧民は非道だった王様に怒り狂い、都市部の民は周りに流されいつの間にか王様を憎み、貴族たちは民の怒りを簡単に治め、かつ楽に親魔物領になる方法を思い付きます。
本当に革命をするのです。
革命とは、往々にして旧支配者の血を求めるものです。つまり、王様をギロチンにかけると言うのです。
勇者様はどうか王様を殺さないで、と言いました。
しかし、怒りに我を失った民衆は王様を庇う勇者様にまで悪口を言いました。
もはや勇者様は自分が正しいことをしたのか分からなくなりました。
こうして意地悪な王様や大臣たちはいなくなり、幸せな国ができ上がりましたとさ。
めでたしめでた……
勇者様は王様たちの公開処刑を見ませんでした。なぜなら、王様は近衛兵たちに捕まえられた時、安心したように笑ったからです。
それに言いようもない不安を感じた勇者様は公開処刑に人が集まっている間、王様の部屋に行っていました。
お城はがらんとしており、不気味でした。
勇者様は王様の部屋の豪華な装飾の中に不自然な小汚い本を見つけました。
まるで見つけてくれ、と言わんばかりにその存在は豪華な周りから浮いています。
勇者様はそれに見覚えがありました。
帰ってきて王様に会ったあの時、王様が見られないように隠した本でした。
しかも、隠し場所が隠し場所で、勇者様にとって思い出深い所です。
どこかと言うと、兵士長になったばかりの頃から毎回会談の時に座っていた位置からすぐ前の本棚でした。
勇者様はこれを王様からのメッセージだと思い開きます。
王様は勇者様が出発した後に問題を抱えました。
それは今まで戦ってきた魔界からの親書です。始めは王様もいたずらかと思っていました。
しかし、あらゆる道具を使い、検査した結果、やはり魔界からの親書でした。
内容は戦を止め、友好を結ぼうという簡単ながら難しいものでした。
王様は頭を抱えて悩みます。
魔物が戦いを止めてくれるのは嬉しいことです。ですが、これが知恵をつけた魔物による戦略だったら。
ぐるぐると頭の中を思考が回ります。
国民に聞けば間違いなく混乱が予想されるのは間違いありません。なぜなら彼らは主神の教えを信じ、魔物は悪だと思っているからです。
下手をしたら魔に唆され堕ちた国として近くの国から攻め滅ぼされるかもしれないので、最悪敵が倍に増える可能性もあります。
民の安全が保障できる確率の高い方を王様は選びました。
魔界からの親書を破り捨てたのです。
そしてしばらくして、王様以外誰もいない時に王様の部屋に魔界の主が現れました。
エキドナは簡単に王様をさらい、簡単に魔界を案内しました。
王様は全てを知り愕然としました。
王様の部屋に戻り、エキドナはこれで考えを改めないか。そう言います。
しかし、王様は一度失礼な形で国交を断っているので、どんな不利な条件が課せられるか心配になりました。
そして、いきなり国交を結んで魔物が国内になだれ込めば間違いなく国民は混乱してしまいます。
そう、王様はもう一度断ったのです。
それからというもの、どんな爽やかなミントの香りも、甘いチョコレートも。
コバルトブルーの美しい鳥が上へ上へと飛んでいっても。
収穫祭の華やかな花火も王冠に埋め込まれた大粒のトパーズも、何もかも味気なく感じるようになりました。
そうやって生きていてもいなくても同じだと思い始めた頃、良いことを思いついたのです。
今魔界に行っている勇者、我が旧友を国王に親魔物領を作ればいいのだと。
さて、国が変わるのに一番早いのが革命です。
ならば、革命をさせようじゃないか。と王様は笑いました。
それから王様はみんなに嫌われるように政治をしました。その時になににつけても主神、主神と言って国民の主神離れを狙います。
全ては勇者様が魔物についての情報を持ち帰った時にすんなり信じてもらいやすくするために。
自分を殺すとき、後ろめたく感じないために。
勇者様は全てを知りました。
誰も泣かないだろうから、王様や、それに死ぬ覚悟で仕えた大臣たちのために泣きました。
勇者様はその後、国を発展させることに力を尽くしました。
今ではその国はどこよりも繁栄して輝いています……。
めでたしめでたし……。
ぼごん。
粗悪な墓が倒れる。
這い出したのは首なしの死体。
どうやったか分からないが、ギロチンの刃に魔界銀が混ざっていたようだ。
おそらく、刑部狸あたりがまだ教国だったこの国を墓場から浸食しようとすり替えたのだろう。
純正の魔界銀だとまったく人体を傷付けず怪しまれる。それを、普通の金属と混ぜて使うことで克服したようだ。
いわゆる呪われたアイテムだ。
デュラハンと化した何者かは首を地面から探し胴体と繋げる。
気付けば彼女の回りには従者のごとく跪くデュラハンたちがいた。
顔を上げなさい
頬から土を払いながら、デュラハンは笑いながら言った。
彼女の頭には大粒のトパーズが輝く王冠があった。
さて、皆のもの、この国にはもう未練はない。どこかに守るべき物を探しに行こうではないか。
かつての王と家臣は等しく騎士となり、今でもどこかを守り続けているそうな。
そこには、主神様の教えを信じる人たちが住んでいます。
今では教団の人たちがいるから危ないよと言われる主神様を信じている国々ですが、この頃は素敵な国がたくさんありました。
主神様の言葉を柔軟に解釈し、重い税もなく、飢えもなく、スラムもなく、みんなが幸せに暮らしている教国は珍しくありませんでした。
ちなみにその素敵な国は今ではほとんど魔界や親魔領になっているのですぐに見に行くことができますよ。
さて、これはそんな時代、魔王様の代替わりする頃の話です。
むかしむかし、あるところに、小さな国がありました。しかしながらその国の領地は豊かでたくさんの作物が実り、人々は幸せに暮らしていました。
聡明な王様としっかり者の大臣、そして働き者の兵隊さんに信心深い住民たち。
貧困に苦しむ民もなく、不衛生で疫病が流行るわけでもなく、夜な夜な殺人鬼がぎらりと光るナイフを持って歩き回っているわけでもない素敵な国。
そんな理想の国がありました。
ただ、1つ問題があるとしたら、それは近くに魔界があることでした。
魔王様が今のサキュバスの魔王様になるまでの魔物は狂暴でした。人の形をした魔物はごくわずかで、そのごくわずかの話が通じる魔物も話が分かるからといって進攻を止めるわけではありませんでした。
王様は大臣と兵士長と毎日国を守るために会議をしました。
なにせ嵐の日も建国記念日も眠くて仕方がない春の日も魔物は攻めてくるのです。
向こうも怪物ばかりとはいえ、学習するものです。次から次に作戦を立てなければ愛する民の命は守れません。
だから王様は毎日頭を抱えて頑張っていました。
そして寝食を惜しんで頑張った王様たちに神様がご褒美をくださったのか、兵士長は勇者の力を授かりました。
兵士長、いえ、勇者様は今こそ魔物たちに反撃する頃だ、と言いました。
なぜなら、ここ数ヶ月ぱったりと魔物たちの進軍が止まり、見張り塔の兵隊たちの目にも見えなくなったからです。
攻撃がないということはいつまとめて攻めてくるのか分からないことです。
だから、いっそのことこちらから攻めてしまおうということでした。
今、勇者様という相手に知られていない切り札がいます。
加えて、いつ来るか分からない魔物たちに備えていつもよりちょっぴり多めの税を民に払ってもらっていたので武器は十分にあります。
そう、今までにないくらい準備が整っていました。
もちろんその提案に王様は頷きました。
勇者様は魔界に進軍します。勇者様は兵隊たちの先頭で大きな旗を掲げて、腰には立派な剣を差して旅立ちました。
ぞろぞろと兵隊をつれてどんどんと勇者様は進んでいきます。
ミントのような風か吹く野原や、チョコレートの匂いがする洞窟を抜け
コバルトブルーに金色の日光がぐるぐると踊っている湖を迂回して、上に向かって落ちていく岩山を越え
花火のような大輪の花が咲き誇る森やトパーズの砂利でできた海岸を通って
ようやく勇者様たちは魔界に着きました。
さあ、戦いだ、と剣を構える勇者様の前に1人の女の人が現れます。その人は人間とは思えないほど綺麗な人でした。
勇者様も兵隊たちもみんな国を守ることに一生懸命だったため将来を誓った恋人もおらず、思わず見とれてしまいます。
このチャンスを見逃すわけはなく、女の人は勇者様たち全員に簡単な魅了をかけてしまいました。
女の人はサキュバスだったのです。
サキュバスは勇者様たちをその魔界の主のエキドナの所に連れていきました。
魅了がかかっている上に魔界にいる勇者様たちがサキュバスに逆らえるはずがありません。
勇者様たちは嬉しそうについていきました。
そしてエキドナから全てを知らされるのでした。
まず、魔王様が代替わりしたこと。
次に、魔物たちが人を殺さなくなったこと。
そして、今、魔物は人間を世界をだれよりも愛していること。
それを知りました。
勇者様たちはとても驚き、歓声を上げました。
もう殺さなくていいのです。死ななくていいのです。
もう、ゆっくりと寝られるのです。
あまりの嬉しさに勇者様は来たときの半分の時間で故郷に帰りました。
全てを王様に伝えるために。
しかし、勇者様が見たのは変わり果てた国の姿でした。
外周の住宅地はぼろぼろになり、中央の都市部は立派になり、お城は眩しいほど豪華になっていました。
どうしたものか、と勇者様は民に聞きました。
民が言うには王様はほんのちょっぴり多い税に酔ってしまったみたいです。
魔物を倒すためにちょっぴり多くした税が、勇者様たちが出発したのであまりました。
それをついつい使っているうちに味を忘れられなくなった王様がだんだんと税を3%、5%、8%、10%と増やしていったのです。
勇者様はいてもたってもいられなくなってお城に乗り込みました。
大臣たちを押し退け、王様の部屋に入るのは勇者様にとって簡単なことです。
がたん、と力任せに重くなった扉を開けて王様に会いました。
そこにいたのは、以前の王様ではなく、怖い目をしてがりがりに痩せた王様でした。
金ぴかの杖を机に立て掛け、床に着くくらい絹をむだ遣いした長いマントをはおり、きらきらした椅子に座り、宝石でずしりと重そうな冠を着けて、最高級の羽ペンでぼろぼろの本に何かを書き込んでいました。
王様はこちらに気付くと、さっと本を隠し、椅子にふんぞり返りながら勇者様に遅いと言いました。
勇者様は怒りをこらえ、魔界で聞いてきたことを話しました。
王様は聞いているのかいないのか分からない様子でしたが、勇者様が話し終えると、ばん、と机を叩きます。
魔界を攻め滅ぼすためにあれだけの武器と食料をくれてやったのだ。役立たずめ。
そう言って勇者様を追い出してしまいました。
これには勇者様は王様がかわいそうだと思いました。
長い戦いの中で疲れておかしくなってしまったに違いない。そう思った勇者様は王様の考えが変わるように国中の人々に魔物の現状を伝えて回りました。
まずは外周部の貧民層に。
前は幸せに暮らしていた彼らですが王様に裏切られたと思ってすっかり疑い深くなっていました。
この人たちに真実を伝えるにはわざわざ魔界に定住すると言っていた兵隊を連れてくる必要がありました。
ですが、いったん伝わると広まるのは早く、あっと言う間に貧民たちは親魔物派になりました。
次に都市部の人たちです。
前とあまり暮らしは変わらないのですが下に貧民というものができてしまい偉くなった気分になっていました。
うまく伝わったので良かったのですが、もし勇者様が単なる兵士長のままだったら鼻で笑われていたでしょう。
そうして伝えていないのは中央の新しくできた身分の貴族たちだけになりました。
しかし、上手くはいかないもので、伝えている途中に王様に見つかってしまいます。
この悪魔の間者を捕まえろ。
そう王様は近衛兵たちに命令しました。
王様は近衛兵に捕まりました。
実はもう、親魔物派でないのは王様を含めて数十人だったのです。
兵士は叫びます、革命だ。と。
それはそうです。人民の過半数が王様とは違う考えをしているので当たり前と言えば当たり前です。しかし、勇者様が望んでいたのは革命ではありませんでした。
しまった、と勇者様が固まっていると、王様は牢屋に連れていかれてしまいました。
ちなみに、魔物は人が死ぬのに耐えられないのできっとこれからのことに反対するでしょう。
ですが考えてみてください。
この国は今、中身こそ親魔物領でも名目上では主神を信仰する教国。いわゆる反魔物領なのです。魔物がたくさんいるはずがありません。
ただの人だらけ。なら彼らは間違いなく流血を厭わないでしょう。それが正義で、幸せに繋がると盲信して妄信して猛進しているのですから。
確かに人化した魔物は何人かいますし、その夫もいます。
ですが1の声が9に、もっと言えば、たかだか1000そこらが950000に届くとでも。
貧民は非道だった王様に怒り狂い、都市部の民は周りに流されいつの間にか王様を憎み、貴族たちは民の怒りを簡単に治め、かつ楽に親魔物領になる方法を思い付きます。
本当に革命をするのです。
革命とは、往々にして旧支配者の血を求めるものです。つまり、王様をギロチンにかけると言うのです。
勇者様はどうか王様を殺さないで、と言いました。
しかし、怒りに我を失った民衆は王様を庇う勇者様にまで悪口を言いました。
もはや勇者様は自分が正しいことをしたのか分からなくなりました。
こうして意地悪な王様や大臣たちはいなくなり、幸せな国ができ上がりましたとさ。
めでたしめでた……
勇者様は王様たちの公開処刑を見ませんでした。なぜなら、王様は近衛兵たちに捕まえられた時、安心したように笑ったからです。
それに言いようもない不安を感じた勇者様は公開処刑に人が集まっている間、王様の部屋に行っていました。
お城はがらんとしており、不気味でした。
勇者様は王様の部屋の豪華な装飾の中に不自然な小汚い本を見つけました。
まるで見つけてくれ、と言わんばかりにその存在は豪華な周りから浮いています。
勇者様はそれに見覚えがありました。
帰ってきて王様に会ったあの時、王様が見られないように隠した本でした。
しかも、隠し場所が隠し場所で、勇者様にとって思い出深い所です。
どこかと言うと、兵士長になったばかりの頃から毎回会談の時に座っていた位置からすぐ前の本棚でした。
勇者様はこれを王様からのメッセージだと思い開きます。
王様は勇者様が出発した後に問題を抱えました。
それは今まで戦ってきた魔界からの親書です。始めは王様もいたずらかと思っていました。
しかし、あらゆる道具を使い、検査した結果、やはり魔界からの親書でした。
内容は戦を止め、友好を結ぼうという簡単ながら難しいものでした。
王様は頭を抱えて悩みます。
魔物が戦いを止めてくれるのは嬉しいことです。ですが、これが知恵をつけた魔物による戦略だったら。
ぐるぐると頭の中を思考が回ります。
国民に聞けば間違いなく混乱が予想されるのは間違いありません。なぜなら彼らは主神の教えを信じ、魔物は悪だと思っているからです。
下手をしたら魔に唆され堕ちた国として近くの国から攻め滅ぼされるかもしれないので、最悪敵が倍に増える可能性もあります。
民の安全が保障できる確率の高い方を王様は選びました。
魔界からの親書を破り捨てたのです。
そしてしばらくして、王様以外誰もいない時に王様の部屋に魔界の主が現れました。
エキドナは簡単に王様をさらい、簡単に魔界を案内しました。
王様は全てを知り愕然としました。
王様の部屋に戻り、エキドナはこれで考えを改めないか。そう言います。
しかし、王様は一度失礼な形で国交を断っているので、どんな不利な条件が課せられるか心配になりました。
そして、いきなり国交を結んで魔物が国内になだれ込めば間違いなく国民は混乱してしまいます。
そう、王様はもう一度断ったのです。
それからというもの、どんな爽やかなミントの香りも、甘いチョコレートも。
コバルトブルーの美しい鳥が上へ上へと飛んでいっても。
収穫祭の華やかな花火も王冠に埋め込まれた大粒のトパーズも、何もかも味気なく感じるようになりました。
そうやって生きていてもいなくても同じだと思い始めた頃、良いことを思いついたのです。
今魔界に行っている勇者、我が旧友を国王に親魔物領を作ればいいのだと。
さて、国が変わるのに一番早いのが革命です。
ならば、革命をさせようじゃないか。と王様は笑いました。
それから王様はみんなに嫌われるように政治をしました。その時になににつけても主神、主神と言って国民の主神離れを狙います。
全ては勇者様が魔物についての情報を持ち帰った時にすんなり信じてもらいやすくするために。
自分を殺すとき、後ろめたく感じないために。
勇者様は全てを知りました。
誰も泣かないだろうから、王様や、それに死ぬ覚悟で仕えた大臣たちのために泣きました。
勇者様はその後、国を発展させることに力を尽くしました。
今ではその国はどこよりも繁栄して輝いています……。
めでたしめでたし……。
ぼごん。
粗悪な墓が倒れる。
這い出したのは首なしの死体。
どうやったか分からないが、ギロチンの刃に魔界銀が混ざっていたようだ。
おそらく、刑部狸あたりがまだ教国だったこの国を墓場から浸食しようとすり替えたのだろう。
純正の魔界銀だとまったく人体を傷付けず怪しまれる。それを、普通の金属と混ぜて使うことで克服したようだ。
いわゆる呪われたアイテムだ。
デュラハンと化した何者かは首を地面から探し胴体と繋げる。
気付けば彼女の回りには従者のごとく跪くデュラハンたちがいた。
顔を上げなさい
頬から土を払いながら、デュラハンは笑いながら言った。
彼女の頭には大粒のトパーズが輝く王冠があった。
さて、皆のもの、この国にはもう未練はない。どこかに守るべき物を探しに行こうではないか。
かつての王と家臣は等しく騎士となり、今でもどこかを守り続けているそうな。
13/09/28 13:15更新 / 夜想剣