俺は戦うわけで…彼女に劣等感を感じるわけで
まず俺を襲うのは、炎だった。
太陽のミニチュアを思わせる巨大な炎塊が俺を目掛けて飛んでくる。超至近距離というわけでも超高速というわけでもない。それはいかにもかわしてくださいというものだった。
ただ、遅いとはいえ、圧倒的な存在感。すさまじい圧力を感じる。くらったら間違いなくあの病院に逆戻りだろう。
だが……どうせかわしたらそれを狙った攻撃魔法が来て詰む。魔法の多重展開なんてお手のものだろうしな。
と拙いながら考察をする。
それで結局かわさないのが一番いいんじゃないか、と結論を出した。
『ファイア』
俺は炎弾を炎塊に撃ち込む。
それは何の抵抗も感じさせずアルティの炎塊に飲み込まれていった。
それもそうだ。同じ属性で、さらに比べるならスイカにイチゴくらいの大きさの違いだ。相殺は期待していない。
というか無理だ。だから、目的は他にある。
『バースト』
俺は指を鳴らし、アルティの炎塊の中心に撃った圧縮炎弾を爆発させる。俺の精一杯の魔法制御、魔力統制のおかげで俺の炎弾は上手く爆裂してくれた。
もちろん爆発、と表現に値するくらいの衝撃は生まれている。
証拠に、その爆風で球状だった炎塊が飛散、とまではいかないがいくつかに分離した。
炎塊は内部で急激な外向きのエネルギーが発生したため、『塊』の状態を維持できずに指向性を失い、ただの炎と化す。狙い通りだ。
打ち消すのは無理。だから的確に一発を入れて無力化する。これが落ちこぼれなりの戦い方だ。
これでまず1つ回避完了、と俺は集中をし直す。
そして、炎塊という視界を遮蔽するものの密度が薄くなったところでアルティが見えた。一歩も動いていない。
なら、チャンスか?
そう判断し、剣を構え、衝撃系の魔法を推進力としてアルティに飛び掛かかった。
が、最早驚異でもない宙に漂う炎の残骸を突っ切ろうとしたところで俺はアルティが未だ防御のような行動を起こしていないことに気付いた。
同時に、その両手の上に1つづつ、旋風が巻き起こっているのを視認する。
「風前の灯火ってやつ、かな」
そう言ってアルティが放っておけば消えそうな炎塊の残骸をわざわざ巻き込むように風を投げつけてきた。
……おい風前の灯火って言うなら風なんてぶちこんでやるなよ。
俺は目の前に衝撃波を放ち、その反動により急速にあの炎より後ろまで下がる。あわよくばついでにこの衝撃魔法であの風魔法を減衰させることができれば、とも思ったがうまくいくわけもない。発射時点で既に俺の衝撃波の射程に入らないと分かる斜め上への射出なのだ。できるはずがない。
渦巻く風はアルティの腕から飛び出し、炎をその渦の中心に食らうように進む。
斜め上に向かっていた渦は炎の竜巻となり、かくん、と向きを変え俺を目掛けて落ちてくる。台風の目と言えるようなその中心も決して安全地帯とは言い難い。
大口を開けたサンドウォームはこんな感じの威圧感があるんだろうな。と俺は思った。
そして、消えそうな火はその消滅の寸前に一際燃え上がるようで……。
旋風に巻き込まれた炎は瞬く間に旋風と同化し、塊の時とは比べ物にならない勢いを得る。
右上と左上。山なりの軌跡をアルティの腕から描きながら、その獰猛な口で俺を呑み込まんとする旋風。
『上手に焼けました♪』な自分の姿を想像して戦慄した。
集積、凝縮、伸展。『ウォーター』
俺は水を生成し、そのまま魔法の術式を頭の中に展開する。
「『シールド』っ!」
そのまま右腕を上げ、分厚い水の盾2つを練成した。そして、飛沫をあげながら凶悪な風、火の混合魔法を受け止める。
水の塊は渦巻く炎により禍々しく照らされてあちこちに暖色を撒き散らした。
水と火は反属性。風、もといあらゆる運動エネルギーは水の中では鈍る。
そして、あの炎の威力は既にあの旋風の勢いに依存している。
ゆえに風は水により弱まり、風が弱まれば火が弱まり、火が弱まるならばあの水の盾を貫くことはできないだろう。
そう判断し、俺は炎の渦を受け止めている水の盾の一部を削ぎとる。
アルティがわざわざ炎を巻き取ってくれて視界が開けたのだ。やられっぱなしは癪だし、利用しない手はない。
『ペネトレイト』
盾から削いで空中に浮かべた水を錐体に変形させる。
「いけっ!」
剣でアルティの方を差し方向を指定、そのまま水の針を飛ばした。
「甘い」
アルティも俺と時を同じくして何かの動作に入った。
瞬間、金属同士がぶつかるような甲高く、かつ重い音がした。
水の盾が、『砕けた』のだ。
「『フォート』」
俺はとっさに身を包む形で円柱状の物理障壁を張る。
何があった、あの盾は砕ける性質の物じゃない。俺は焦りながら思考を巡らした。あれは水でできている、加えてぶつかっていたのは炎。弾ける、蒸発する、なら分かる。
なぜ―――
混乱しかけた俺に『答え』がぶつかりに来た。だが、答え会わせ、確認をする暇はない。魔力の防壁を挟んでなお強烈な衝撃は俺を押し潰さんと圧力を加えてくる。俺は歯を食いしばった。
気を抜けば一瞬で終わりかもしれない。
ぴしっ。
間もなく、障壁から亀裂が入る時のような嫌な音が聞こえた。防壁の外の俺の抵抗をものともしない猛威を思うと冷や汗が流れる。
障壁の維持をすればするほど消耗していくこちらに対してこちらに加わる圧力は一向に小さくならない。
上位アンデッド、いわゆるエリートのリッチと落ちこぼれの勇者の差をまざまざと感じさせられる。だが、こんなにすぐに潰れるわけにはいかない。落ちこぼれにも落ちこぼれなりの意地がある。こんなすぐに負けるのは流石に嫌だ。
俺は左右から迫り来る圧力に潰されまいと耐える。
俺は腐っても勇者だ。と自分を奮い立たせ気合いと意志で防壁をさらに堅固にした。
しかし、随分とひびが入ってしまったそれは、もう無理、と駄々をこねるように震え始める。
これは、まずい、か。
仕方ない。と俺は目を閉じた。
だんだんとひびが入るような音のなる頻度が上がってくる。そろそろ割れるな、これは。俺はそう感じながら魔力を集中する。
炎魔法、というのは熱、という概念を扱うため種類によっては意外とデリケートだ。
特に火の玉のようなものは慎重にコントロールしないと単なる爆発になってしまう。
熱は物の体積を膨張させる。そのせいか、炎魔法も自然と膨張しようとするためだ。無理に縮小させるならばかなりの技量を求められる。さもなくば制御ができなくなった炎が急激に膨張し爆発。これが炎魔法が不発になる、または無秩序に爆発する主な理由だ。
ゆえに、炎弾を作るならば大きさは大抵の場合、威力と技量に比例する。さっきのアルティの炎塊のように、だ。
ただ、例外として、炎の精霊など炎に親和性のある魔力を有する場合はその限りではない。
俺はごてごてと理論を頭の中に並べた。なぜか、それは俺は初級魔法しか使えない落ちこぼれだからだ。魔法の威力を上げたいならば根底から理論を掘り返してより強くイメージするしかない。
大きく息を吸い込んで、はいた。
『バースト』
俺を中心にして紅蓮の衝撃波を放つ。極限まで集中して繰り出したそれは脆くなっていた防壁をたやすく内側から破った。
アルティの魔法と俺の魔法が数瞬、拮抗する。俺はその間に大きく飛び退いて危険域から離れた。
ちなみに、開戦すぐにして俺をぎりぎりまで追い詰めたあの魔法の正体は、『冷気』を纏った『竜巻』だった。
…とりあえずよくわからないが、あいつの魔法が俺のより威力があることはよく分かった。魔法合戦は分が悪そうだ。
近接戦闘……つまるところ剣の打ち合いは苦手だ。だが、幸いあいつも魔法使いな感じだし有利に進められるかもしれない。
「ふっ!」
剣でさっきアルティが追撃しようとして放った氷弾を切り払う。
「『プロテクト』」
ぶぅん、という音ともに全身をかすかに光る物理障壁が包む。
三重くらいに身体守護の障壁を重ねてからアルティに突進した。
がきん、と俺の剣は阻まれる。まあ、簡単に当たるとは思ってはいなかった。
だが、問題はその止め方だ。てっきり、魔力による物理障壁や氷の壁で防ぐのかと思っていたが……。
俺は交差する金属からアルティに視線を移す。
悔しいことに無表情。少し運動したことにより多少血色が良くなっているが依然として余裕そうなアルティがいる。
ああ、なけなしのプライドがずたずたになりそうだ。結構な速度で斬りかかったんだがなぁ。
「……私を魔法だけと思った?」
アルティは背中に背負っていた彼女の身長くらいの十字を大槌でも持つかのように構え、俺の剣を阻んでいた。
そのまま俺の剣を跳ね上げて隙をさらした俺に向けて横薙ぎに武器を振る。俺はなんとか剣で受け止めようとしたが、圧倒的な質量差で受け流すのが精一杯だった。
しかも、受け流した後はアルティの攻撃の意外な重さに多少バランスを崩してしまう。
それを狙ったアルティの返しの一撃をさらに後ろに仰け反る形でかわす。風を切る音が数センチ上で発生していた。
あからさまにもろに食らうとまずい音がしている。誰だ、あいつは近接戦闘苦手だと思った奴は!……俺だよくそっ!
十字架が俺の上を通り過ぎた瞬間に身体全体をバネにしてバック宙。隙の多い魅せ技?いやいや、こうしないとあの体勢だと尻餅ついて余計危ない。
そうやって跳びながら後ろに下がる俺だが、突き出されたアルティの十字架が的確に俺を打ち落とそうとする。
単なる棒なら楽に受け流せるが十字なだけあって下手にかわすと引っ掛かる。
ならば、と俺は十字架の先を踏み台にしてもう一段跳ねた。
そして事も無げに着地する。
避けた俺と攻撃したアルティ、2人の間に申し訳程度の距離ができ、数秒固まる。
あいつは地面に杖でもつくかのように十字架を床に立てた。
静まり返った空間に澄んだ音色が鳴り響く。
巨大な槌のようなそれは今までは単に魔法の補助の役割を果たす物だとばかり思っていた。だが確信した。、おそらく、あれは鈍器だ。紛いもなく鈍器と認識したぞ。マジカルな道具ではなくマジ狩るな武器だったか。
そうどこかおかしい論理を頭の中で暴走させている俺に構わずアルティは何気なく話しかけてきた。
「パレードよりダンスの方が好み?」
アルティがそう聞いてくるので俺は素っ気なく返す。多分パレードが魔法の撃ち合いでダンスが近接戦だろう。
「実力で有利になれる方が好みだ」
「ふ―ん」
その言葉を聞いてアルティは再び十字架を構えた。
「それならリードしてよね。ダンス、『社交界』には疎いからよく分からないけど男性が女性を先導して踊るものらしいし。
あ、後、その剣は魔界産の鉱石で出来てるから怪我の心配はないから、遠慮せずどうぞ」
ダンスがうんぬんとかよく分からない論理を展開してきた。そもそも近接戦闘にルールもくそもあるか。剣で傷つける心配をしなくていいのは助かるけどな。
そう思いながらまず牽制として素早く剣を突き出す。
あいつは予想通りこちらの剣を払い落とそうと微かに十字架を振り上げた。
すかさず剣を逆手に持ち変え、柄でそれをさらに上にかちあげる。アルティは十字架を上に弾かれよろけた。全力で叩いたのに武器を離さないのはさすがと言わざるをえない。
だが、あの十字架は重量がありそうだ。素直に離した方がこうした隙を晒さないですんだのにな。
俺は剣を再び順手に持ち、万歳に似た体勢のアルティに斬りかかる。
が、俺の斬撃はアルティに剣を蹴られることで不発に終わる。あいつはさっきの勢いを使い大きく仰け反り十字架を後ろの地面につかせ、そのままバク転のようにぐるんと一回転。
そのついでに俺の剣を蹴飛ばした。
今度は俺が左腕を大きく弾かれ隙を作ってしまう。
アルティはすぐさま辺りを薙ぎ払うように十字を持ち一回転。俺の腹辺りを狙ってくるそれは角度的に受け流すのは無理だ。
俺はとっさに水魔法を発動し、右腕で受ける。
水の盾により衝撃は和らいだが、見かけ以上の破壊力で腕がきしむ。魔力障壁で腕を保護してあるとはいえ、きつい。
「〜〜っがぁっ!」
意地でそれを受けきり、左手に持つ刃で斬り上げた。銀色の一閃が虚空を彩る。
手応えは、無い。
アルティは半歩下がり、必要最小限の回避行動でかわしていた。
それから数合獲物同士を打ち合わせたりするが、当たらない。
刃が空を切る音。金属が打ち合う音。煌めく銀色の三日月のような斬撃の軌跡が空間を満たしていく。
「ふんっ!」
俺が上段から刃を振り下ろしアルティは軽くかわかしたす。
初めてこうして戦うのだが、まるで長年組み手をした相手のように行動を読まれる。なかなかに気持ち悪い感覚だ。リッチは魔術、魔法法則、理論を発見し組み立てるのが得意な魔物だ。確かにその法則性を発見する洞察力があれば相手のパターンを読むのは容易いか。
俺は教団領で剣を教えてもらえなかったわけだからなおさら読みやすいのかもしれない。
息が上がってくる俺と未だばてる気配の無いアルティ。
技量も身体能力も、全てにおいて彼女の方が確実に上だ。
しかし、まだ、まだやれる。負けるかッ。
俺は力を出し尽くすようにペースを上げ、彼女に向かっていった。
それから、さらに戦闘を続けるが、一向に勝ち目が見えない。紙一重、そういったぎりぎりのところで届かない。
結局、俺は魔物とはいえ女に手も足も出ない落ちこぼれだったのか。もう少しましかと自分で思ってはいたんだがなぁ。
ふと攻防を繰り返しながらそういった思いが胸をよぎる。そういや今まで教団領では勇者としてのランクが低くて組み手なんて久しくやっていなかった。だから俺の実力なんて分かったもんじゃない。勝手に俺が一人で思い上がるのも仕方ないか。
クロネ相手に惨敗。アルティにも負けそう。
なら、俺は、俺は。
俺は何なのか……クズか?いや、腐っても勇者だ。負けてたまるか。
瞳を濁らせる寸前でマイナス思考を切り捨てる。全く、俺はバカだ。まだ、決まった訳じゃない。
そう覚悟を決め、渾身の力で剣を振るった。
……今度は手応えがあった。
ぎんっ!
数瞬遅れて、希望が砕けた音がした。
同時に、俺の左腕の袖の隠れた部分で何かが起動する音が聞こえた。
◇◆◇◆◇◆
彼は私と打ち合うごとに追い詰められた顔をするようになった。
なぜか。まあ、分かりきったこと。私に勝てないだろうと思い始めたからだろう。
私は十字架を振り回しながらそう判断した。彼の、リヴェルの剣技は余りにも未熟で軌道予測が簡単だ。あまり指導されていないのがよく分かる。
だが、私はその粗削りな太刀筋に、出鱈目な構えに美しさを感じていた。
こんな感情はリザードマンの類いしか感じないと思っていたのだが……。
しかし、教団はこんな『天才』になぜ落ちこぼれなどレッテルを貼ったのか。勿体無い。
あの夜、川辺で下位魔法を高等技術で自由自在に操る彼に興味を覚えて……話しかけ方が分からず口調が壊滅して今もその余波を引きずっていながらも疑問に思っている事だ。
判断能力があり、臨機応変に戦う彼は数千年前から受け継がれ、型の決まりきった極大魔法を切り札に持つようなつまらない勇者とは違う。
そう、かつての私とは大違いだ。
天才は私ではなく彼に与えるべき称号としてしかるべきものだと私の知識は結論を出している。
ちなみに私は全く怒ってなどいない。
私はどうしても彼の能力が見たかった。だからいろいろとそういうふりをしただけだ。
もちろん、強制的に人間をやめさせてインキュバスにするなんてこともしない。
われながらなかなかいい演技が出来ていたと思う。
魔力を少し解放するだけで怒っていると彼が誤解したのは愉快だった。おかげで簡単にこの流れに持ち込めた。この忌々しいあまり動かない表情筋も今だけは誉めてやろう。
……むぅ、辛くなってきた。
私は十字を横に振ると見せかけ、振りかぶった勢いを利用した強烈な回し蹴りを繰り出す。彼は同じく蹴りでそれに対応する。
そして、忘れてもらっては困る、と十字を振り上げた。
リヴェルはそれをかわすどころか利用して高く跳ぶ。
また後ろに下がるのか、と私は距離を詰めようと動いたが今回は彼の様子が違った。
彼は決死の表情で上から斬りかかってくる。
今までのパターンと違う彼の行動に面食らいながらも、応えなければ、と体が動いた。
ぎん!
私の振るった十字架は彼の剣をへし折っていた。
折れた半分は、すたん、と小気味良い音をたてて彼のすぐ横に突き刺さる。
同時にリヴェルが地面に膝をついた。
彼から戦意はもう感じられない。私の勝ちのようだ。
さて、と
私は彼に近寄る。怒ってなどいない事を伝えるためだ。これを伝えることはすなわち、これ以上戦うことは無意味と示す終戦の表明。戦意を失った彼に今すぐにしないといけない処置だった。
だが、データは取れるだけ取りたい。という学者精神のようなものが私の後ろ髪を引く。彼が戦意を取り戻さないか、と心の底で期待してしまう。
「勝負あり、かな。その剣だと長剣として役に立たないだろうしね」
「……『役立たず』……」
ゆえにぐだぐだと中身の無い言葉が空虚な時間を埋める。
「それにしても、あなた本当に落ちこぼれ?潜在能力は私の見立てでは間違いなく優秀だよ」
「『落ちこぼれ』……『優秀』……」
私は全く彼の呟きを聞いてはいなかった。聞いていたなら、彼の異様な様子が分かったのだが。
「どうして教団はあなたのような人材を……」
ガチリ。
「……」
突然彼は立ち上がる。彼の瞳には、病院に連れてきた時に見たあの狂気が浮かんでいた。痛々しいまでの悲愴を無表情に押し込めたその姿に、まるでガラス瓶の中で爆竹を炸裂させ続けているような脆さを感じた。
まずい、と思ったときには遅かった。私は彼のトラウマを丁寧に掘り起こしていたのだ。
「【我、戦場にて……】」
「やめてっ!」
明らかに危ないような詠唱を口吟み始めたリヴェルを体当たりで止める。
「私は怒ってないから、もう終わりでいいから」
「……実力を認められるまで……勇者だって胸を張れるまで……」
私はゆらり、と幽鬼のごとく立ち上がるリヴェルに異常性を感じた。
あの雰囲気は数世紀前に見た殺戮に飢えた魔物をほうふつとさせる。
私はとりあえず彼に生体調査の魔法をかけた。目の前に生成したレンズ状の物体がありとあらゆる彼の体についての情報を引き出す。
結果、彼は半分気を失っていることが分かった。これはまさに異常だ。私の武器は彼の頭を掠めたりはしていない。気絶する要素は全く無い。
何か教団で仕込まれた術式が作動したのかもしれない。
数百年ぶりに戦慄する私に躊躇なくリヴェルは斬りかかってくる。
折れて半分になった刃は私の十字架よりはるかに小回りが利いて相性が悪い。
ききん、かん。
加えて、リヴェルの長剣の振り方、構え方で違和感があった部分が武器が短くなったとたんしっくりくる。
動きに無駄がなくなり、鋭さが増す。
彼は剣を好んで使っているようだが、適性はナイフの類いの方があるのでは、と感じた。
折れた剣を避け、爆ぜる炎をかわし、隙をうかがう。
上手く流れを手繰り寄せられない。私はさっきから転じて防戦一方になっていた。
まだ生身の人間でありながら私という魔物と互角に戦う彼は先程考えた通り紛う事なき天才だ。
教団は本当に腐っているのか。正気で彼を落ちこぼれと見ていたなら、私は教団の教官を生まれたてのゾンビ以下の判断力だと見なす。
そしてもし、何か考えがあって落ちこぼれのレッテルを貼ったなら……
ぎいん。
私はリヴェルの武器をなんとか弾き飛ばすことに成功した。
……下らない。珍しく感情に流されそうだ。私らしくない。
私は目を閉じ、息を整えた。
そして苦しそうに動き続ける彼にしばらく動けなくするために魔法を撃ち込む。
「『ピュニシオン・ミシル』」
私の手の中に魔力の塊を造り上げる。
属性を反発、反転。同調、それからの増幅。
武器を失い、固まる彼に向けた私の両の掌を中心に無数の式が展開され魔法円を組む。
本来なら詠唱を必要とするが、悠長にしていると彼の事だからしのがれる。
私の体にかかる負荷はこの便利な不死体質もあることだし、無視。
さて、準備完了。
本来不死者の類いが使えるはずもないそれを私は放った。
純白の奔流がリヴェルを飲み込み、私の視界も白く染めていった。
太陽のミニチュアを思わせる巨大な炎塊が俺を目掛けて飛んでくる。超至近距離というわけでも超高速というわけでもない。それはいかにもかわしてくださいというものだった。
ただ、遅いとはいえ、圧倒的な存在感。すさまじい圧力を感じる。くらったら間違いなくあの病院に逆戻りだろう。
だが……どうせかわしたらそれを狙った攻撃魔法が来て詰む。魔法の多重展開なんてお手のものだろうしな。
と拙いながら考察をする。
それで結局かわさないのが一番いいんじゃないか、と結論を出した。
『ファイア』
俺は炎弾を炎塊に撃ち込む。
それは何の抵抗も感じさせずアルティの炎塊に飲み込まれていった。
それもそうだ。同じ属性で、さらに比べるならスイカにイチゴくらいの大きさの違いだ。相殺は期待していない。
というか無理だ。だから、目的は他にある。
『バースト』
俺は指を鳴らし、アルティの炎塊の中心に撃った圧縮炎弾を爆発させる。俺の精一杯の魔法制御、魔力統制のおかげで俺の炎弾は上手く爆裂してくれた。
もちろん爆発、と表現に値するくらいの衝撃は生まれている。
証拠に、その爆風で球状だった炎塊が飛散、とまではいかないがいくつかに分離した。
炎塊は内部で急激な外向きのエネルギーが発生したため、『塊』の状態を維持できずに指向性を失い、ただの炎と化す。狙い通りだ。
打ち消すのは無理。だから的確に一発を入れて無力化する。これが落ちこぼれなりの戦い方だ。
これでまず1つ回避完了、と俺は集中をし直す。
そして、炎塊という視界を遮蔽するものの密度が薄くなったところでアルティが見えた。一歩も動いていない。
なら、チャンスか?
そう判断し、剣を構え、衝撃系の魔法を推進力としてアルティに飛び掛かかった。
が、最早驚異でもない宙に漂う炎の残骸を突っ切ろうとしたところで俺はアルティが未だ防御のような行動を起こしていないことに気付いた。
同時に、その両手の上に1つづつ、旋風が巻き起こっているのを視認する。
「風前の灯火ってやつ、かな」
そう言ってアルティが放っておけば消えそうな炎塊の残骸をわざわざ巻き込むように風を投げつけてきた。
……おい風前の灯火って言うなら風なんてぶちこんでやるなよ。
俺は目の前に衝撃波を放ち、その反動により急速にあの炎より後ろまで下がる。あわよくばついでにこの衝撃魔法であの風魔法を減衰させることができれば、とも思ったがうまくいくわけもない。発射時点で既に俺の衝撃波の射程に入らないと分かる斜め上への射出なのだ。できるはずがない。
渦巻く風はアルティの腕から飛び出し、炎をその渦の中心に食らうように進む。
斜め上に向かっていた渦は炎の竜巻となり、かくん、と向きを変え俺を目掛けて落ちてくる。台風の目と言えるようなその中心も決して安全地帯とは言い難い。
大口を開けたサンドウォームはこんな感じの威圧感があるんだろうな。と俺は思った。
そして、消えそうな火はその消滅の寸前に一際燃え上がるようで……。
旋風に巻き込まれた炎は瞬く間に旋風と同化し、塊の時とは比べ物にならない勢いを得る。
右上と左上。山なりの軌跡をアルティの腕から描きながら、その獰猛な口で俺を呑み込まんとする旋風。
『上手に焼けました♪』な自分の姿を想像して戦慄した。
集積、凝縮、伸展。『ウォーター』
俺は水を生成し、そのまま魔法の術式を頭の中に展開する。
「『シールド』っ!」
そのまま右腕を上げ、分厚い水の盾2つを練成した。そして、飛沫をあげながら凶悪な風、火の混合魔法を受け止める。
水の塊は渦巻く炎により禍々しく照らされてあちこちに暖色を撒き散らした。
水と火は反属性。風、もといあらゆる運動エネルギーは水の中では鈍る。
そして、あの炎の威力は既にあの旋風の勢いに依存している。
ゆえに風は水により弱まり、風が弱まれば火が弱まり、火が弱まるならばあの水の盾を貫くことはできないだろう。
そう判断し、俺は炎の渦を受け止めている水の盾の一部を削ぎとる。
アルティがわざわざ炎を巻き取ってくれて視界が開けたのだ。やられっぱなしは癪だし、利用しない手はない。
『ペネトレイト』
盾から削いで空中に浮かべた水を錐体に変形させる。
「いけっ!」
剣でアルティの方を差し方向を指定、そのまま水の針を飛ばした。
「甘い」
アルティも俺と時を同じくして何かの動作に入った。
瞬間、金属同士がぶつかるような甲高く、かつ重い音がした。
水の盾が、『砕けた』のだ。
「『フォート』」
俺はとっさに身を包む形で円柱状の物理障壁を張る。
何があった、あの盾は砕ける性質の物じゃない。俺は焦りながら思考を巡らした。あれは水でできている、加えてぶつかっていたのは炎。弾ける、蒸発する、なら分かる。
なぜ―――
混乱しかけた俺に『答え』がぶつかりに来た。だが、答え会わせ、確認をする暇はない。魔力の防壁を挟んでなお強烈な衝撃は俺を押し潰さんと圧力を加えてくる。俺は歯を食いしばった。
気を抜けば一瞬で終わりかもしれない。
ぴしっ。
間もなく、障壁から亀裂が入る時のような嫌な音が聞こえた。防壁の外の俺の抵抗をものともしない猛威を思うと冷や汗が流れる。
障壁の維持をすればするほど消耗していくこちらに対してこちらに加わる圧力は一向に小さくならない。
上位アンデッド、いわゆるエリートのリッチと落ちこぼれの勇者の差をまざまざと感じさせられる。だが、こんなにすぐに潰れるわけにはいかない。落ちこぼれにも落ちこぼれなりの意地がある。こんなすぐに負けるのは流石に嫌だ。
俺は左右から迫り来る圧力に潰されまいと耐える。
俺は腐っても勇者だ。と自分を奮い立たせ気合いと意志で防壁をさらに堅固にした。
しかし、随分とひびが入ってしまったそれは、もう無理、と駄々をこねるように震え始める。
これは、まずい、か。
仕方ない。と俺は目を閉じた。
だんだんとひびが入るような音のなる頻度が上がってくる。そろそろ割れるな、これは。俺はそう感じながら魔力を集中する。
炎魔法、というのは熱、という概念を扱うため種類によっては意外とデリケートだ。
特に火の玉のようなものは慎重にコントロールしないと単なる爆発になってしまう。
熱は物の体積を膨張させる。そのせいか、炎魔法も自然と膨張しようとするためだ。無理に縮小させるならばかなりの技量を求められる。さもなくば制御ができなくなった炎が急激に膨張し爆発。これが炎魔法が不発になる、または無秩序に爆発する主な理由だ。
ゆえに、炎弾を作るならば大きさは大抵の場合、威力と技量に比例する。さっきのアルティの炎塊のように、だ。
ただ、例外として、炎の精霊など炎に親和性のある魔力を有する場合はその限りではない。
俺はごてごてと理論を頭の中に並べた。なぜか、それは俺は初級魔法しか使えない落ちこぼれだからだ。魔法の威力を上げたいならば根底から理論を掘り返してより強くイメージするしかない。
大きく息を吸い込んで、はいた。
『バースト』
俺を中心にして紅蓮の衝撃波を放つ。極限まで集中して繰り出したそれは脆くなっていた防壁をたやすく内側から破った。
アルティの魔法と俺の魔法が数瞬、拮抗する。俺はその間に大きく飛び退いて危険域から離れた。
ちなみに、開戦すぐにして俺をぎりぎりまで追い詰めたあの魔法の正体は、『冷気』を纏った『竜巻』だった。
…とりあえずよくわからないが、あいつの魔法が俺のより威力があることはよく分かった。魔法合戦は分が悪そうだ。
近接戦闘……つまるところ剣の打ち合いは苦手だ。だが、幸いあいつも魔法使いな感じだし有利に進められるかもしれない。
「ふっ!」
剣でさっきアルティが追撃しようとして放った氷弾を切り払う。
「『プロテクト』」
ぶぅん、という音ともに全身をかすかに光る物理障壁が包む。
三重くらいに身体守護の障壁を重ねてからアルティに突進した。
がきん、と俺の剣は阻まれる。まあ、簡単に当たるとは思ってはいなかった。
だが、問題はその止め方だ。てっきり、魔力による物理障壁や氷の壁で防ぐのかと思っていたが……。
俺は交差する金属からアルティに視線を移す。
悔しいことに無表情。少し運動したことにより多少血色が良くなっているが依然として余裕そうなアルティがいる。
ああ、なけなしのプライドがずたずたになりそうだ。結構な速度で斬りかかったんだがなぁ。
「……私を魔法だけと思った?」
アルティは背中に背負っていた彼女の身長くらいの十字を大槌でも持つかのように構え、俺の剣を阻んでいた。
そのまま俺の剣を跳ね上げて隙をさらした俺に向けて横薙ぎに武器を振る。俺はなんとか剣で受け止めようとしたが、圧倒的な質量差で受け流すのが精一杯だった。
しかも、受け流した後はアルティの攻撃の意外な重さに多少バランスを崩してしまう。
それを狙ったアルティの返しの一撃をさらに後ろに仰け反る形でかわす。風を切る音が数センチ上で発生していた。
あからさまにもろに食らうとまずい音がしている。誰だ、あいつは近接戦闘苦手だと思った奴は!……俺だよくそっ!
十字架が俺の上を通り過ぎた瞬間に身体全体をバネにしてバック宙。隙の多い魅せ技?いやいや、こうしないとあの体勢だと尻餅ついて余計危ない。
そうやって跳びながら後ろに下がる俺だが、突き出されたアルティの十字架が的確に俺を打ち落とそうとする。
単なる棒なら楽に受け流せるが十字なだけあって下手にかわすと引っ掛かる。
ならば、と俺は十字架の先を踏み台にしてもう一段跳ねた。
そして事も無げに着地する。
避けた俺と攻撃したアルティ、2人の間に申し訳程度の距離ができ、数秒固まる。
あいつは地面に杖でもつくかのように十字架を床に立てた。
静まり返った空間に澄んだ音色が鳴り響く。
巨大な槌のようなそれは今までは単に魔法の補助の役割を果たす物だとばかり思っていた。だが確信した。、おそらく、あれは鈍器だ。紛いもなく鈍器と認識したぞ。マジカルな道具ではなくマジ狩るな武器だったか。
そうどこかおかしい論理を頭の中で暴走させている俺に構わずアルティは何気なく話しかけてきた。
「パレードよりダンスの方が好み?」
アルティがそう聞いてくるので俺は素っ気なく返す。多分パレードが魔法の撃ち合いでダンスが近接戦だろう。
「実力で有利になれる方が好みだ」
「ふ―ん」
その言葉を聞いてアルティは再び十字架を構えた。
「それならリードしてよね。ダンス、『社交界』には疎いからよく分からないけど男性が女性を先導して踊るものらしいし。
あ、後、その剣は魔界産の鉱石で出来てるから怪我の心配はないから、遠慮せずどうぞ」
ダンスがうんぬんとかよく分からない論理を展開してきた。そもそも近接戦闘にルールもくそもあるか。剣で傷つける心配をしなくていいのは助かるけどな。
そう思いながらまず牽制として素早く剣を突き出す。
あいつは予想通りこちらの剣を払い落とそうと微かに十字架を振り上げた。
すかさず剣を逆手に持ち変え、柄でそれをさらに上にかちあげる。アルティは十字架を上に弾かれよろけた。全力で叩いたのに武器を離さないのはさすがと言わざるをえない。
だが、あの十字架は重量がありそうだ。素直に離した方がこうした隙を晒さないですんだのにな。
俺は剣を再び順手に持ち、万歳に似た体勢のアルティに斬りかかる。
が、俺の斬撃はアルティに剣を蹴られることで不発に終わる。あいつはさっきの勢いを使い大きく仰け反り十字架を後ろの地面につかせ、そのままバク転のようにぐるんと一回転。
そのついでに俺の剣を蹴飛ばした。
今度は俺が左腕を大きく弾かれ隙を作ってしまう。
アルティはすぐさま辺りを薙ぎ払うように十字を持ち一回転。俺の腹辺りを狙ってくるそれは角度的に受け流すのは無理だ。
俺はとっさに水魔法を発動し、右腕で受ける。
水の盾により衝撃は和らいだが、見かけ以上の破壊力で腕がきしむ。魔力障壁で腕を保護してあるとはいえ、きつい。
「〜〜っがぁっ!」
意地でそれを受けきり、左手に持つ刃で斬り上げた。銀色の一閃が虚空を彩る。
手応えは、無い。
アルティは半歩下がり、必要最小限の回避行動でかわしていた。
それから数合獲物同士を打ち合わせたりするが、当たらない。
刃が空を切る音。金属が打ち合う音。煌めく銀色の三日月のような斬撃の軌跡が空間を満たしていく。
「ふんっ!」
俺が上段から刃を振り下ろしアルティは軽くかわかしたす。
初めてこうして戦うのだが、まるで長年組み手をした相手のように行動を読まれる。なかなかに気持ち悪い感覚だ。リッチは魔術、魔法法則、理論を発見し組み立てるのが得意な魔物だ。確かにその法則性を発見する洞察力があれば相手のパターンを読むのは容易いか。
俺は教団領で剣を教えてもらえなかったわけだからなおさら読みやすいのかもしれない。
息が上がってくる俺と未だばてる気配の無いアルティ。
技量も身体能力も、全てにおいて彼女の方が確実に上だ。
しかし、まだ、まだやれる。負けるかッ。
俺は力を出し尽くすようにペースを上げ、彼女に向かっていった。
それから、さらに戦闘を続けるが、一向に勝ち目が見えない。紙一重、そういったぎりぎりのところで届かない。
結局、俺は魔物とはいえ女に手も足も出ない落ちこぼれだったのか。もう少しましかと自分で思ってはいたんだがなぁ。
ふと攻防を繰り返しながらそういった思いが胸をよぎる。そういや今まで教団領では勇者としてのランクが低くて組み手なんて久しくやっていなかった。だから俺の実力なんて分かったもんじゃない。勝手に俺が一人で思い上がるのも仕方ないか。
クロネ相手に惨敗。アルティにも負けそう。
なら、俺は、俺は。
俺は何なのか……クズか?いや、腐っても勇者だ。負けてたまるか。
瞳を濁らせる寸前でマイナス思考を切り捨てる。全く、俺はバカだ。まだ、決まった訳じゃない。
そう覚悟を決め、渾身の力で剣を振るった。
……今度は手応えがあった。
ぎんっ!
数瞬遅れて、希望が砕けた音がした。
同時に、俺の左腕の袖の隠れた部分で何かが起動する音が聞こえた。
◇◆◇◆◇◆
彼は私と打ち合うごとに追い詰められた顔をするようになった。
なぜか。まあ、分かりきったこと。私に勝てないだろうと思い始めたからだろう。
私は十字架を振り回しながらそう判断した。彼の、リヴェルの剣技は余りにも未熟で軌道予測が簡単だ。あまり指導されていないのがよく分かる。
だが、私はその粗削りな太刀筋に、出鱈目な構えに美しさを感じていた。
こんな感情はリザードマンの類いしか感じないと思っていたのだが……。
しかし、教団はこんな『天才』になぜ落ちこぼれなどレッテルを貼ったのか。勿体無い。
あの夜、川辺で下位魔法を高等技術で自由自在に操る彼に興味を覚えて……話しかけ方が分からず口調が壊滅して今もその余波を引きずっていながらも疑問に思っている事だ。
判断能力があり、臨機応変に戦う彼は数千年前から受け継がれ、型の決まりきった極大魔法を切り札に持つようなつまらない勇者とは違う。
そう、かつての私とは大違いだ。
天才は私ではなく彼に与えるべき称号としてしかるべきものだと私の知識は結論を出している。
ちなみに私は全く怒ってなどいない。
私はどうしても彼の能力が見たかった。だからいろいろとそういうふりをしただけだ。
もちろん、強制的に人間をやめさせてインキュバスにするなんてこともしない。
われながらなかなかいい演技が出来ていたと思う。
魔力を少し解放するだけで怒っていると彼が誤解したのは愉快だった。おかげで簡単にこの流れに持ち込めた。この忌々しいあまり動かない表情筋も今だけは誉めてやろう。
……むぅ、辛くなってきた。
私は十字を横に振ると見せかけ、振りかぶった勢いを利用した強烈な回し蹴りを繰り出す。彼は同じく蹴りでそれに対応する。
そして、忘れてもらっては困る、と十字を振り上げた。
リヴェルはそれをかわすどころか利用して高く跳ぶ。
また後ろに下がるのか、と私は距離を詰めようと動いたが今回は彼の様子が違った。
彼は決死の表情で上から斬りかかってくる。
今までのパターンと違う彼の行動に面食らいながらも、応えなければ、と体が動いた。
ぎん!
私の振るった十字架は彼の剣をへし折っていた。
折れた半分は、すたん、と小気味良い音をたてて彼のすぐ横に突き刺さる。
同時にリヴェルが地面に膝をついた。
彼から戦意はもう感じられない。私の勝ちのようだ。
さて、と
私は彼に近寄る。怒ってなどいない事を伝えるためだ。これを伝えることはすなわち、これ以上戦うことは無意味と示す終戦の表明。戦意を失った彼に今すぐにしないといけない処置だった。
だが、データは取れるだけ取りたい。という学者精神のようなものが私の後ろ髪を引く。彼が戦意を取り戻さないか、と心の底で期待してしまう。
「勝負あり、かな。その剣だと長剣として役に立たないだろうしね」
「……『役立たず』……」
ゆえにぐだぐだと中身の無い言葉が空虚な時間を埋める。
「それにしても、あなた本当に落ちこぼれ?潜在能力は私の見立てでは間違いなく優秀だよ」
「『落ちこぼれ』……『優秀』……」
私は全く彼の呟きを聞いてはいなかった。聞いていたなら、彼の異様な様子が分かったのだが。
「どうして教団はあなたのような人材を……」
ガチリ。
「……」
突然彼は立ち上がる。彼の瞳には、病院に連れてきた時に見たあの狂気が浮かんでいた。痛々しいまでの悲愴を無表情に押し込めたその姿に、まるでガラス瓶の中で爆竹を炸裂させ続けているような脆さを感じた。
まずい、と思ったときには遅かった。私は彼のトラウマを丁寧に掘り起こしていたのだ。
「【我、戦場にて……】」
「やめてっ!」
明らかに危ないような詠唱を口吟み始めたリヴェルを体当たりで止める。
「私は怒ってないから、もう終わりでいいから」
「……実力を認められるまで……勇者だって胸を張れるまで……」
私はゆらり、と幽鬼のごとく立ち上がるリヴェルに異常性を感じた。
あの雰囲気は数世紀前に見た殺戮に飢えた魔物をほうふつとさせる。
私はとりあえず彼に生体調査の魔法をかけた。目の前に生成したレンズ状の物体がありとあらゆる彼の体についての情報を引き出す。
結果、彼は半分気を失っていることが分かった。これはまさに異常だ。私の武器は彼の頭を掠めたりはしていない。気絶する要素は全く無い。
何か教団で仕込まれた術式が作動したのかもしれない。
数百年ぶりに戦慄する私に躊躇なくリヴェルは斬りかかってくる。
折れて半分になった刃は私の十字架よりはるかに小回りが利いて相性が悪い。
ききん、かん。
加えて、リヴェルの長剣の振り方、構え方で違和感があった部分が武器が短くなったとたんしっくりくる。
動きに無駄がなくなり、鋭さが増す。
彼は剣を好んで使っているようだが、適性はナイフの類いの方があるのでは、と感じた。
折れた剣を避け、爆ぜる炎をかわし、隙をうかがう。
上手く流れを手繰り寄せられない。私はさっきから転じて防戦一方になっていた。
まだ生身の人間でありながら私という魔物と互角に戦う彼は先程考えた通り紛う事なき天才だ。
教団は本当に腐っているのか。正気で彼を落ちこぼれと見ていたなら、私は教団の教官を生まれたてのゾンビ以下の判断力だと見なす。
そしてもし、何か考えがあって落ちこぼれのレッテルを貼ったなら……
ぎいん。
私はリヴェルの武器をなんとか弾き飛ばすことに成功した。
……下らない。珍しく感情に流されそうだ。私らしくない。
私は目を閉じ、息を整えた。
そして苦しそうに動き続ける彼にしばらく動けなくするために魔法を撃ち込む。
「『ピュニシオン・ミシル』」
私の手の中に魔力の塊を造り上げる。
属性を反発、反転。同調、それからの増幅。
武器を失い、固まる彼に向けた私の両の掌を中心に無数の式が展開され魔法円を組む。
本来なら詠唱を必要とするが、悠長にしていると彼の事だからしのがれる。
私の体にかかる負荷はこの便利な不死体質もあることだし、無視。
さて、準備完了。
本来不死者の類いが使えるはずもないそれを私は放った。
純白の奔流がリヴェルを飲み込み、私の視界も白く染めていった。
13/09/25 00:49更新 / 夜想剣
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