俺の仕事が決まったわけで彼女は平常運転っぽいわけで
紫色のドラゴンは悪戯っぽく笑った。
口調は軽く、態度も友好的。プライドも高くはなさそう。完全に圧し殺しているのかもともと無いのか、覇気や殺気の類いの圧迫感や緊張感を感じない。
そのせいで俺の信じていた覇王のようなイメージがリアルタイムで崩れていく。
どうにかしてくれよ。あの軽さ。
「失礼なっ、私は歴としたドラゴンなのにさ」
いじいじと人差し指同士をぐりぐりし始めるアウシェ。
いや、だからそれがドラゴンらしくないんだ・・・って。
「人の心を読まないでくれっ!」
「だって顔に書いてあるからさ、『問おう、あいつはドラゴンか』って」
頬を膨らませながら言うアウシェ。ここまで子どもっぽいドラゴンはこいつくらいなのではないか、と俺は思った。
「ええい、話がこじれる!もうどうでもいいからする事を教えてくれっ!!」
俺は相手がドラゴン(圧倒的格上)ということを忘れ、そう叫ぶ。
咳やくしゃみが出るときと同じように全く自制が出来なかった。
しかしアウシェは怒るでもなくにやにやと俺の様子を見ている。
・・・このドラゴンらしくなさは天然かわざとか分からない。
前者でも後者でも厄介な事には変わらないが。
頭の中のドラゴンのイメージと実物。
猛々しく狂暴な竜と眼前の覇気の欠片もない彼女。
・・・。
ぐるぐると思考を回しているとアウシェがよし、と呟く。
そして俺に向けて口を開く。
「うん、リヴェル君には街の中の見回り系統の仕事をお願いしたいかな。
あと、そんな感じで魔法科に回ってくれる?あそこ人手いつも足りないし。入るのが戦士科だといつか人員が溢れそう。あ、詳しくはアルティに聞いてね、っと。こんな感じでいい?」
いかにも今決めましたとばかりに言い出すアウシェ。
こんな感じで大丈夫か?
そう思った俺は不信感を丸出しにした表情をしたのだろう、彼女は少し真面目な顔になった。
「リヴェル君、不安そうな顔してるけど大丈夫。私は人を見る目はあるつもりだから。適材適所なはず」
最後に、にいっと笑いながらアウシェが胸を張って言う。その後、急に頑張れ、と言わんばかりに親指を立てるアウシェ。
やっぱ軽くて信用しにくい。
しかし、そう思いはしたものの、彼女の菫色の瞳の体の奥まで刺し貫くかのような力強く鋭い視線に俺は納得させられてしまう。
実際に自分でも前線での戦闘はきつい、と自覚しているので確かに彼女の言う通りだ。
あんなでもドラゴンだ。宝石を鑑定するように人の能力もある程度鑑定出来るのだろう。
と険しかった表情を緩めた。
そんな俺の様子を見てアウシェは頷く。
「うんうん、じゃあ頑張―――」
満足げな彼女はそう言いかけて急に体を強張らせた。
その整った顔に悪戯がばれた子供のような表情を浮かべる。
「げ」
アウシェはそう一言漏らすと間髪入れずに凄まじい速さで飛び去っていった。
ついでに、巻き添え!と言いながらクロネと戦っていた青年の服の襟首をつかんでさらっていく。
「ああ、ユウ君。お疲れ様」
クロネは悟ったような顔をしながら手を合わせた。
・・・いったいなんだったのか。
俺の頭のキャパシティーを軽く超えたこの濃密な時間に頭を抱え込みたくなる。
が、そう簡単に現実逃避をさせてくれないのが現実だ。
ずどん。
重たい音が俺を思考の世界から現実に連れ戻す。目の前にはまたドラゴン。
「失礼、アウシェ様は今どちらに向かわれただろうか?」
「北東」
降ってきたドラゴンに即座に返答するアルティ。それを聞いたドラゴンのため息には疲れを主成分とする諦めが入っていたように感じた。
・・・これから色々と慣れないといけないだろう。
俺は胃が痛くなりそうだ。と腹をさすった。
そしてふと思う。
あのドラゴンは一体何だったのだろうか、と。
◇◆◇◆◇◆
「というわけでリヴェルさんは魔法科ということで決定したいと思います」
「え〜工作科!工作科!」
俺たちは机を囲んでいた。俺の処遇に対しての話し合いだ。
そして、突如現れ突如去っていったドラゴンの言っていたことがまかり通ろうとしている。
というか通ってしまい、俺は街中の見回りが主な仕事になり、自衛団の中でも魔法科なる所に所属することなった。
「ふぃ〜終わった終わった〜」
とりあえずそれで会議的な何かは終わり、だらけた空気が伝染する。主にというか全般的にフォレアが原因だが。
と俺は他人事のようにこの場を眺める。
もといた教団領ではこんな事なんてなかったので戸惑うが、これはこれで心地いいと思ってしまう。
「工作科!工作科!」
そして、それでも諦めず自分の管轄に引っ張ろうとするアクティブな箱。
一転して賑やかになり始めるここだが、それよりも俺はさっきのドラゴンが気になっていた。
「あのドラゴンは一体何だったのだろうか」
俺は思わず口に出して言っていた。
それを聞いたクロネは俺の方を向く。
「あの、アウシェはここの―――」
「この自衛団の創設者で領主様だな。それにあの人の決めた事は大体上手くいくから従った方が特なのさ」
クロネの台詞をフォレアが奪うかのように言った。
それにむっとしたのかクロネはぷくっと頬を膨らませる。
「・・・え。お偉いさんだったのか?相当失礼に当たるようなことを言ったような気がするけれど」
「アウシェは、その、恭しくされるのが嫌いだから別に印象は悪くないと思うかな?」
少しすねたようにしながら言うクロネ。
とにかく、不興は買っていないそうだ。
俺はほっと息をついた。
それで、1つ安心すると他の事が気になってくるわけで・・・。
俺は恐る恐る右側を見る。
「・・・」
所属が魔法科と決まってから、いや、机を囲んでからだな。
それくらいから無言で俺を睨み続けているアルティ。
微動だにしないまぶた。ぶれない視線。息をしていなければ死んでいるかの―――
死んでるよ!アンデッドだから。
というか息、するんだな、アンデッドだけど。
「あの、アルティ?」
俺の処遇についての説明が終わった、ということもあり、俺は居ても立ってもいられずアルティに声をかけた。
「・・・」
無反応。
「お〜い、アルティさ〜ん?
・・・アルティ!」
ただひたすら無反応だ。
どうしたことだろう―――ん?
俺は違和感を感じ目を凝らした。
時折彼女の輪郭がぶれている。
・・・了解。
「『クラック』」
状況を把握した俺はアルティの目の前で指を鳴らした。
ひびが入るような音をたてながらアルティ辺りの幻影が『剥がれ』て机に突っ伏した彼女が現れた。
そして、その肩に手を置く。
「おはよ―――さんっ!」
手を置いて初級の雷魔法を極小威力でお見舞いした。
アルティは突然の衝撃に体をびくっ、と震わせこちらに振り向く。
「・・・おはよう、おかげさまでよく眠れた」
恨めしそうに俺を睨みながら起き上がるアルティ。
「いや、あんたアンデッドだから寝なくても問題ないだろ」
「睡眠、というのは記憶情報の整理に最も優れた方法だから。数日もの論理的な思考による整理よりたった数時間、数分頭の回転を止めて眠る方がいいことが多々あるの」
あくびをしながらアンデッドでも眠る、と主張する彼女。
俺はその意見には納得する。理にかなっているとも思う。だが、会議中に寝るのはどうだろうか。
そして、アルティは気づいていなかった。
いつの間にか彼女の後ろに『にこやかな』顔をしたグラキエスが立っていることに。
そしてそのグラキエスはおそらく、会議中に寝ていたことに関して納得はしないだろう。
シェウィルさんがいつここに来たのか分からないが、分かることは1つある。
アルティ、お疲れさん。
「アルティ、また寝ていたのか?」
詰所に恐ろしく冷たい空気が流れた。
◇◆◇◆◇◆
俺は今、街を歩いている。時刻は昼過ぎ、ちなみに昼食はすでにとった。
そして、街を歩いているが、今朝のような1人歩きではない。
俺は隣を見た。
「・・・ん?」
俺が視線を向けた相手は動きを止めて首を傾げる。
そいつはアイスクリームを二刀流しているリッチだ。
そう、俺は今、アルティと一緒である。
なぜかというと、こってりとシェウィルさんに叱られそうになったアルティは俺をだしにして説教から逃れたからだ。
彼女が行使したのは『魔法科の説明をしないといけない』そう言って俺ごと街のどこかに転移するという強引な方法。
そして今に至る、というわけだ。
流れ的に今から魔法科なるものについて説明されるらしい。
まあ、今の甘味満喫中のアルティをシェウィルさんが見つけたら・・・。
・・・言うまでもないだろう。
俺まで責任を問われるかもしれない。
いや、俺なら八つ当たり的に同罪にするだろうな。
・・・そう思うと急に冷や汗が出てきた。
せめて説明をしている途中ならまだ救いがあるはず。
だから早く、早く説明を頼むっ。
「〜♪」
しかし、彼女はものを食べている時はとことん静かになるタイプのようで一切説明なんて受けていない。
アルティはまだかまだか、とやきもきしている俺なんて居ないがごとく食べ歩いている。
チョコチョコバニラストロベリー抹茶。
バニラバニラチョコチーズケーキ抹茶。
・・・無駄に語感いいのが悔しい。
悔しい、でも甘くて美味しそう。
なんか俺まで食べたくなってきたな、あのアイス。
それにしても、アルティの5段重なったラージサイズのアイス×2はなかなかなくなりそうにない。
っていうか5段ってなんだよ曲芸か何かか!?店の人には『あ、いつものね、宣伝にもなるし安くするよ〜』とまで言われるしさ。
俺はあれだけシェウィルさんの登場で肝を冷やしたのにそれでもなおアイスを食べるアルティに呆れる。あと、ここ四季あるけど、冬が5割を占める寒冷な地方らしいんだけど。
表情があまり変わらないように精神面でもあまり揺さぶられないのかもしれない。
ついでに危なげなく5段アイスを食べていることにも呆れる。
おそらく繊細な魔法かバランス感覚で落ちないのだろうが、もっとましな物に使えないのだろうか。
俺はその無駄に使われる才能を盛大に羨んだ。
きっとあいつは生前から湯水のように湧く才能があったんだろうな。
思わず鼻で笑いそうになり首を振った。
俺は沸き上がる黒い感情を噛み殺すためにわざと大きなあくびをした。
「ところで聞きたいけど、そんなに私と歩くの退屈?」
幸か不幸か、そのあくびで甘味の世界にトリップしていたアルティが帰ってくる。
そして俺を見るなりこの台詞だ。
・・・よし。
魔法科の説明が終わったらこいつをシェウィルさんに引き渡そう。
「一言も喋らない奴と歩いてても楽しくねえだろうがよ」
俺はじと目になっているアルティに素っ気なく返す。
その言葉に対して思考するように少し上を向く甘党リッチ。彼女はしばしの長考の後口を開く。
「人間の男は女と一緒にいる時、無条件でドキドキとするはず―――」
学者か何かのように持論を述べるアルティ。しかし、その理論は俺には理解しがたい。
「思春期かっ!それにドキドキするにしても片思いの相手だとかとびきりの美人だとか―――」
彼女の言う男は万年発情期みたいな言い方が気にくわなかっただけ。だが、言ってしまった言葉はまさしく地雷。地雷だった。
「そう。私はとびきりの美人ではなかったの。じゃあどれくらいの女か―――」
アルティが言うと冗談か本気か怒っているかそうでないかがわからない。
無表情。ゆえに、怖い。
どんどん変な方向に進んでいく会話をどうにか止めようと口を開く。
とりあえず、彼女は俺が今まで見た中でトップクラスの綺麗な人だ、とだけでも伝えなければ。
「そういう話じゃなくてさ、可愛さの欠片もなくアイスにむしゃぶりつく上におまえさ、俺を拉致した張本人だぞ。それに、これはデートと言うより仕事の話だしな―――」
教団領で落ちこぼれ勇者だった俺はとうぜんモテた試しもなく、気恥ずかしくて思い通りに言えなかった。俺の脳裏に地雷源で地団駄を踏む俺の映像が流れた。
「よし。貴方は私の興味を引く甘味を持たず、私を買収できるだけの甘味も持っていない。
・・・かかってきなさい、というか、かかる」
・・・口を開いた結果、次々に地雷を踏み抜いたようだ。
冷や汗が頬を伝う。次の言葉が、浮かばない。というか最早足元が地雷で埋め尽くされている気がしてきた。おいおい、どうするよ。俺は狼狽えながらも脳内で活路を探した。が、アルティはそうこうしている間にアイスをどこかに転送して両手を空けていた。
これが意味することすなわち―――
「ふっ」
アルティの右手が淡く光を放つ。
―――アルティ戦開始、と。
ああ、またか。と俺は自衛のため背中に手を伸ば・・・
・・・そうだった。今の俺には武器がない。ああ、訓練場から一本もらってくればよかった。
俺はため息をつきながらアルティの放つ光、おそらく転移魔法、それに呑まれた。
空間転移。長距離転送。テレポート。
無理矢理離れた2つの空間を繋ぎ会わせたり、急拵えのワームホールを作ったり、対象を情報化して転送したりして物質、生物を輸送する高位魔法だ。
それは往々にして独特な『酔い』をもたらす。当たり前だろう。馬車、船ですら酔うんだ。まして『異常』な移動手段であるこれで不快感を感じないはずがない。
そう思っていた。
すたん。
薄暗い、雰囲気的に地下を思わせるような部屋に着いていた。
俺は何1つ不調を感じる事なく石の床の上に落ちる。目眩も吐き気もなしだ。
以前司祭様から転移魔法を同僚の勇者共々かけられたのだが、あれとは大違いだ。
すたん。
一呼吸置いてアルティが優雅に着地する。
改めてこの蒼白い御仁を優れた魔導師だと思わざるをえない。
詠唱も無しにこれだけの事をやってのけるのだから。
だが、そんな暢気な事を思っていられるのは今のうちだけだな。と、俺は自分の立てた仮設に従いすぐに辺りを警戒した。
彼女が手を一振りすると薄暗かったこの空間が無数の蝋燭で照らされる。
間違いない、ここはあいつの基地か何かだ。アルティはここの構造を少なからず知っている。転移魔法でこれるくらい、そして一瞥もせず、この部屋の数多の蝋燭に火を灯せるくらいに。
アルティがどうにか笑おうと口を歪める。この状況下での優越や自身を俺に表明しようとしているようだが、下手に表情を作らない方がいいな、と反面教師にさせていただく。
しかし、勢い余って口から余計な空気が漏れ出る。そして、もう俺の中ではアルティに遠慮なんてないのか、余計な言葉も飛び出した。
「ぐぷっ、はははははっ。その表情、大好きな炭酸飲料を飲んで満足したけどゲップが出そうって顔だな」
もうこう言ってしまえばアルティの逆鱗に触れるのは確定だった。ならばより怒らせて冷静さを失わせて有利に立とうと思い、ひーひー言いながら俺は『表情筋の死後硬直が解けて無いんじゃないか、流石ネクラマンサー。コミュニケーション能力薄いな』と付け加えた。
アルティは無反応だった。
ざざざざざざざざん。
「うおっ」
突如俺の上から降り注ぐ大量の武器。しかも、どれも石の床に軽々突き刺さるような名品。ぎらりと鈍く、重く。それは自ら餌食を求めるような艶やかな光沢を放っていた。
俺はアルティを見た。
そこには、何時もより気だるげなアルティがいた。
それで墓穴を掘ったと理解した。
ああ、怒ると余計に冷静になるタイプね、あいつ。
「貴方を殺す。人間的に殺す。
つまり強制的に人間を止めさせて魔界に放り込もうか」
明確な意思をもった双眸が俺を刺し貫いた。
口調が壊れかけている。
こいつ、冷静そうな割には案外沸点が低いな。次からは気を付けよう。
・・・もっとも、次があるか分からないが―――
「―――なっ!と」
俺は地面から手頃な剣を引き抜いて構えた。どんな金属で作られているのか、異様に手に馴染む。クロネ戦で使ったやつもそうだが、珍しいものだろうな、と何回かグリップを握り直しながら思った。
「折角怒ったふりをして私の基地に招待して驚かそうと思ったのに、もう知らない。1回やられなければ分からないか」
アルティが何かを呟いたがよく聞こえなかった。
なぜなら俺の耳は魔力の集まる音を痛いほど感知していたからだ。何時もは他の音と同時に聞き分けられるが、今回は本当にヤバそうなため鋭敏になっている。
ゆえに何を喋ったか分からないが、『ぶちのめす』感が溢れていた事だけは分かった。
俺は全くロマンチックじゃない理由で『時よ止まれ』と願うが、その望みも儚くアルティが魔法を展開し始めた。
口調は軽く、態度も友好的。プライドも高くはなさそう。完全に圧し殺しているのかもともと無いのか、覇気や殺気の類いの圧迫感や緊張感を感じない。
そのせいで俺の信じていた覇王のようなイメージがリアルタイムで崩れていく。
どうにかしてくれよ。あの軽さ。
「失礼なっ、私は歴としたドラゴンなのにさ」
いじいじと人差し指同士をぐりぐりし始めるアウシェ。
いや、だからそれがドラゴンらしくないんだ・・・って。
「人の心を読まないでくれっ!」
「だって顔に書いてあるからさ、『問おう、あいつはドラゴンか』って」
頬を膨らませながら言うアウシェ。ここまで子どもっぽいドラゴンはこいつくらいなのではないか、と俺は思った。
「ええい、話がこじれる!もうどうでもいいからする事を教えてくれっ!!」
俺は相手がドラゴン(圧倒的格上)ということを忘れ、そう叫ぶ。
咳やくしゃみが出るときと同じように全く自制が出来なかった。
しかしアウシェは怒るでもなくにやにやと俺の様子を見ている。
・・・このドラゴンらしくなさは天然かわざとか分からない。
前者でも後者でも厄介な事には変わらないが。
頭の中のドラゴンのイメージと実物。
猛々しく狂暴な竜と眼前の覇気の欠片もない彼女。
・・・。
ぐるぐると思考を回しているとアウシェがよし、と呟く。
そして俺に向けて口を開く。
「うん、リヴェル君には街の中の見回り系統の仕事をお願いしたいかな。
あと、そんな感じで魔法科に回ってくれる?あそこ人手いつも足りないし。入るのが戦士科だといつか人員が溢れそう。あ、詳しくはアルティに聞いてね、っと。こんな感じでいい?」
いかにも今決めましたとばかりに言い出すアウシェ。
こんな感じで大丈夫か?
そう思った俺は不信感を丸出しにした表情をしたのだろう、彼女は少し真面目な顔になった。
「リヴェル君、不安そうな顔してるけど大丈夫。私は人を見る目はあるつもりだから。適材適所なはず」
最後に、にいっと笑いながらアウシェが胸を張って言う。その後、急に頑張れ、と言わんばかりに親指を立てるアウシェ。
やっぱ軽くて信用しにくい。
しかし、そう思いはしたものの、彼女の菫色の瞳の体の奥まで刺し貫くかのような力強く鋭い視線に俺は納得させられてしまう。
実際に自分でも前線での戦闘はきつい、と自覚しているので確かに彼女の言う通りだ。
あんなでもドラゴンだ。宝石を鑑定するように人の能力もある程度鑑定出来るのだろう。
と険しかった表情を緩めた。
そんな俺の様子を見てアウシェは頷く。
「うんうん、じゃあ頑張―――」
満足げな彼女はそう言いかけて急に体を強張らせた。
その整った顔に悪戯がばれた子供のような表情を浮かべる。
「げ」
アウシェはそう一言漏らすと間髪入れずに凄まじい速さで飛び去っていった。
ついでに、巻き添え!と言いながらクロネと戦っていた青年の服の襟首をつかんでさらっていく。
「ああ、ユウ君。お疲れ様」
クロネは悟ったような顔をしながら手を合わせた。
・・・いったいなんだったのか。
俺の頭のキャパシティーを軽く超えたこの濃密な時間に頭を抱え込みたくなる。
が、そう簡単に現実逃避をさせてくれないのが現実だ。
ずどん。
重たい音が俺を思考の世界から現実に連れ戻す。目の前にはまたドラゴン。
「失礼、アウシェ様は今どちらに向かわれただろうか?」
「北東」
降ってきたドラゴンに即座に返答するアルティ。それを聞いたドラゴンのため息には疲れを主成分とする諦めが入っていたように感じた。
・・・これから色々と慣れないといけないだろう。
俺は胃が痛くなりそうだ。と腹をさすった。
そしてふと思う。
あのドラゴンは一体何だったのだろうか、と。
◇◆◇◆◇◆
「というわけでリヴェルさんは魔法科ということで決定したいと思います」
「え〜工作科!工作科!」
俺たちは机を囲んでいた。俺の処遇に対しての話し合いだ。
そして、突如現れ突如去っていったドラゴンの言っていたことがまかり通ろうとしている。
というか通ってしまい、俺は街中の見回りが主な仕事になり、自衛団の中でも魔法科なる所に所属することなった。
「ふぃ〜終わった終わった〜」
とりあえずそれで会議的な何かは終わり、だらけた空気が伝染する。主にというか全般的にフォレアが原因だが。
と俺は他人事のようにこの場を眺める。
もといた教団領ではこんな事なんてなかったので戸惑うが、これはこれで心地いいと思ってしまう。
「工作科!工作科!」
そして、それでも諦めず自分の管轄に引っ張ろうとするアクティブな箱。
一転して賑やかになり始めるここだが、それよりも俺はさっきのドラゴンが気になっていた。
「あのドラゴンは一体何だったのだろうか」
俺は思わず口に出して言っていた。
それを聞いたクロネは俺の方を向く。
「あの、アウシェはここの―――」
「この自衛団の創設者で領主様だな。それにあの人の決めた事は大体上手くいくから従った方が特なのさ」
クロネの台詞をフォレアが奪うかのように言った。
それにむっとしたのかクロネはぷくっと頬を膨らませる。
「・・・え。お偉いさんだったのか?相当失礼に当たるようなことを言ったような気がするけれど」
「アウシェは、その、恭しくされるのが嫌いだから別に印象は悪くないと思うかな?」
少しすねたようにしながら言うクロネ。
とにかく、不興は買っていないそうだ。
俺はほっと息をついた。
それで、1つ安心すると他の事が気になってくるわけで・・・。
俺は恐る恐る右側を見る。
「・・・」
所属が魔法科と決まってから、いや、机を囲んでからだな。
それくらいから無言で俺を睨み続けているアルティ。
微動だにしないまぶた。ぶれない視線。息をしていなければ死んでいるかの―――
死んでるよ!アンデッドだから。
というか息、するんだな、アンデッドだけど。
「あの、アルティ?」
俺の処遇についての説明が終わった、ということもあり、俺は居ても立ってもいられずアルティに声をかけた。
「・・・」
無反応。
「お〜い、アルティさ〜ん?
・・・アルティ!」
ただひたすら無反応だ。
どうしたことだろう―――ん?
俺は違和感を感じ目を凝らした。
時折彼女の輪郭がぶれている。
・・・了解。
「『クラック』」
状況を把握した俺はアルティの目の前で指を鳴らした。
ひびが入るような音をたてながらアルティ辺りの幻影が『剥がれ』て机に突っ伏した彼女が現れた。
そして、その肩に手を置く。
「おはよ―――さんっ!」
手を置いて初級の雷魔法を極小威力でお見舞いした。
アルティは突然の衝撃に体をびくっ、と震わせこちらに振り向く。
「・・・おはよう、おかげさまでよく眠れた」
恨めしそうに俺を睨みながら起き上がるアルティ。
「いや、あんたアンデッドだから寝なくても問題ないだろ」
「睡眠、というのは記憶情報の整理に最も優れた方法だから。数日もの論理的な思考による整理よりたった数時間、数分頭の回転を止めて眠る方がいいことが多々あるの」
あくびをしながらアンデッドでも眠る、と主張する彼女。
俺はその意見には納得する。理にかなっているとも思う。だが、会議中に寝るのはどうだろうか。
そして、アルティは気づいていなかった。
いつの間にか彼女の後ろに『にこやかな』顔をしたグラキエスが立っていることに。
そしてそのグラキエスはおそらく、会議中に寝ていたことに関して納得はしないだろう。
シェウィルさんがいつここに来たのか分からないが、分かることは1つある。
アルティ、お疲れさん。
「アルティ、また寝ていたのか?」
詰所に恐ろしく冷たい空気が流れた。
◇◆◇◆◇◆
俺は今、街を歩いている。時刻は昼過ぎ、ちなみに昼食はすでにとった。
そして、街を歩いているが、今朝のような1人歩きではない。
俺は隣を見た。
「・・・ん?」
俺が視線を向けた相手は動きを止めて首を傾げる。
そいつはアイスクリームを二刀流しているリッチだ。
そう、俺は今、アルティと一緒である。
なぜかというと、こってりとシェウィルさんに叱られそうになったアルティは俺をだしにして説教から逃れたからだ。
彼女が行使したのは『魔法科の説明をしないといけない』そう言って俺ごと街のどこかに転移するという強引な方法。
そして今に至る、というわけだ。
流れ的に今から魔法科なるものについて説明されるらしい。
まあ、今の甘味満喫中のアルティをシェウィルさんが見つけたら・・・。
・・・言うまでもないだろう。
俺まで責任を問われるかもしれない。
いや、俺なら八つ当たり的に同罪にするだろうな。
・・・そう思うと急に冷や汗が出てきた。
せめて説明をしている途中ならまだ救いがあるはず。
だから早く、早く説明を頼むっ。
「〜♪」
しかし、彼女はものを食べている時はとことん静かになるタイプのようで一切説明なんて受けていない。
アルティはまだかまだか、とやきもきしている俺なんて居ないがごとく食べ歩いている。
チョコチョコバニラストロベリー抹茶。
バニラバニラチョコチーズケーキ抹茶。
・・・無駄に語感いいのが悔しい。
悔しい、でも甘くて美味しそう。
なんか俺まで食べたくなってきたな、あのアイス。
それにしても、アルティの5段重なったラージサイズのアイス×2はなかなかなくなりそうにない。
っていうか5段ってなんだよ曲芸か何かか!?店の人には『あ、いつものね、宣伝にもなるし安くするよ〜』とまで言われるしさ。
俺はあれだけシェウィルさんの登場で肝を冷やしたのにそれでもなおアイスを食べるアルティに呆れる。あと、ここ四季あるけど、冬が5割を占める寒冷な地方らしいんだけど。
表情があまり変わらないように精神面でもあまり揺さぶられないのかもしれない。
ついでに危なげなく5段アイスを食べていることにも呆れる。
おそらく繊細な魔法かバランス感覚で落ちないのだろうが、もっとましな物に使えないのだろうか。
俺はその無駄に使われる才能を盛大に羨んだ。
きっとあいつは生前から湯水のように湧く才能があったんだろうな。
思わず鼻で笑いそうになり首を振った。
俺は沸き上がる黒い感情を噛み殺すためにわざと大きなあくびをした。
「ところで聞きたいけど、そんなに私と歩くの退屈?」
幸か不幸か、そのあくびで甘味の世界にトリップしていたアルティが帰ってくる。
そして俺を見るなりこの台詞だ。
・・・よし。
魔法科の説明が終わったらこいつをシェウィルさんに引き渡そう。
「一言も喋らない奴と歩いてても楽しくねえだろうがよ」
俺はじと目になっているアルティに素っ気なく返す。
その言葉に対して思考するように少し上を向く甘党リッチ。彼女はしばしの長考の後口を開く。
「人間の男は女と一緒にいる時、無条件でドキドキとするはず―――」
学者か何かのように持論を述べるアルティ。しかし、その理論は俺には理解しがたい。
「思春期かっ!それにドキドキするにしても片思いの相手だとかとびきりの美人だとか―――」
彼女の言う男は万年発情期みたいな言い方が気にくわなかっただけ。だが、言ってしまった言葉はまさしく地雷。地雷だった。
「そう。私はとびきりの美人ではなかったの。じゃあどれくらいの女か―――」
アルティが言うと冗談か本気か怒っているかそうでないかがわからない。
無表情。ゆえに、怖い。
どんどん変な方向に進んでいく会話をどうにか止めようと口を開く。
とりあえず、彼女は俺が今まで見た中でトップクラスの綺麗な人だ、とだけでも伝えなければ。
「そういう話じゃなくてさ、可愛さの欠片もなくアイスにむしゃぶりつく上におまえさ、俺を拉致した張本人だぞ。それに、これはデートと言うより仕事の話だしな―――」
教団領で落ちこぼれ勇者だった俺はとうぜんモテた試しもなく、気恥ずかしくて思い通りに言えなかった。俺の脳裏に地雷源で地団駄を踏む俺の映像が流れた。
「よし。貴方は私の興味を引く甘味を持たず、私を買収できるだけの甘味も持っていない。
・・・かかってきなさい、というか、かかる」
・・・口を開いた結果、次々に地雷を踏み抜いたようだ。
冷や汗が頬を伝う。次の言葉が、浮かばない。というか最早足元が地雷で埋め尽くされている気がしてきた。おいおい、どうするよ。俺は狼狽えながらも脳内で活路を探した。が、アルティはそうこうしている間にアイスをどこかに転送して両手を空けていた。
これが意味することすなわち―――
「ふっ」
アルティの右手が淡く光を放つ。
―――アルティ戦開始、と。
ああ、またか。と俺は自衛のため背中に手を伸ば・・・
・・・そうだった。今の俺には武器がない。ああ、訓練場から一本もらってくればよかった。
俺はため息をつきながらアルティの放つ光、おそらく転移魔法、それに呑まれた。
空間転移。長距離転送。テレポート。
無理矢理離れた2つの空間を繋ぎ会わせたり、急拵えのワームホールを作ったり、対象を情報化して転送したりして物質、生物を輸送する高位魔法だ。
それは往々にして独特な『酔い』をもたらす。当たり前だろう。馬車、船ですら酔うんだ。まして『異常』な移動手段であるこれで不快感を感じないはずがない。
そう思っていた。
すたん。
薄暗い、雰囲気的に地下を思わせるような部屋に着いていた。
俺は何1つ不調を感じる事なく石の床の上に落ちる。目眩も吐き気もなしだ。
以前司祭様から転移魔法を同僚の勇者共々かけられたのだが、あれとは大違いだ。
すたん。
一呼吸置いてアルティが優雅に着地する。
改めてこの蒼白い御仁を優れた魔導師だと思わざるをえない。
詠唱も無しにこれだけの事をやってのけるのだから。
だが、そんな暢気な事を思っていられるのは今のうちだけだな。と、俺は自分の立てた仮設に従いすぐに辺りを警戒した。
彼女が手を一振りすると薄暗かったこの空間が無数の蝋燭で照らされる。
間違いない、ここはあいつの基地か何かだ。アルティはここの構造を少なからず知っている。転移魔法でこれるくらい、そして一瞥もせず、この部屋の数多の蝋燭に火を灯せるくらいに。
アルティがどうにか笑おうと口を歪める。この状況下での優越や自身を俺に表明しようとしているようだが、下手に表情を作らない方がいいな、と反面教師にさせていただく。
しかし、勢い余って口から余計な空気が漏れ出る。そして、もう俺の中ではアルティに遠慮なんてないのか、余計な言葉も飛び出した。
「ぐぷっ、はははははっ。その表情、大好きな炭酸飲料を飲んで満足したけどゲップが出そうって顔だな」
もうこう言ってしまえばアルティの逆鱗に触れるのは確定だった。ならばより怒らせて冷静さを失わせて有利に立とうと思い、ひーひー言いながら俺は『表情筋の死後硬直が解けて無いんじゃないか、流石ネクラマンサー。コミュニケーション能力薄いな』と付け加えた。
アルティは無反応だった。
ざざざざざざざざん。
「うおっ」
突如俺の上から降り注ぐ大量の武器。しかも、どれも石の床に軽々突き刺さるような名品。ぎらりと鈍く、重く。それは自ら餌食を求めるような艶やかな光沢を放っていた。
俺はアルティを見た。
そこには、何時もより気だるげなアルティがいた。
それで墓穴を掘ったと理解した。
ああ、怒ると余計に冷静になるタイプね、あいつ。
「貴方を殺す。人間的に殺す。
つまり強制的に人間を止めさせて魔界に放り込もうか」
明確な意思をもった双眸が俺を刺し貫いた。
口調が壊れかけている。
こいつ、冷静そうな割には案外沸点が低いな。次からは気を付けよう。
・・・もっとも、次があるか分からないが―――
「―――なっ!と」
俺は地面から手頃な剣を引き抜いて構えた。どんな金属で作られているのか、異様に手に馴染む。クロネ戦で使ったやつもそうだが、珍しいものだろうな、と何回かグリップを握り直しながら思った。
「折角怒ったふりをして私の基地に招待して驚かそうと思ったのに、もう知らない。1回やられなければ分からないか」
アルティが何かを呟いたがよく聞こえなかった。
なぜなら俺の耳は魔力の集まる音を痛いほど感知していたからだ。何時もは他の音と同時に聞き分けられるが、今回は本当にヤバそうなため鋭敏になっている。
ゆえに何を喋ったか分からないが、『ぶちのめす』感が溢れていた事だけは分かった。
俺は全くロマンチックじゃない理由で『時よ止まれ』と願うが、その望みも儚くアルティが魔法を展開し始めた。
13/09/02 00:37更新 / 夜想剣
戻る
次へ