スイッチ、オン
「……もうやだ……ホントやだ……」
パソコンの画面に映ってるメールの文章を読み終えた途端、とてつもない虚無感に包まれた。
『残念ながら、ご希望に沿えない結果となりました。今後のご活躍をお祈りしております』
言葉遣いこそ丁寧だが、要するに不合格ってことだ。
この文章を見るのもこれで15回目。ここまでくると流石にうんざりする。
「俺の何が気に食わなかったんだよ……祈ってるんだったら、せめて教えてくれよ……」
モヤモヤした感情を抱いたままベッドの上に大の字になって寝ころんだ。
「あ〜あ……俺って必要な人間だと思われてないのかな……」
弱音を吐いてみたものの、現在一人暮らし中の俺の言葉を聞いてくれてる人は、この部屋には存在しなかった。
大学を卒業するために必要な単位は修得したし、卒業論文においては教授が太鼓判を捺してくれた。ハッキリ言って、無事に卒業できる自信はある。
だが、卒業した後の進路が未確定だと何の意味も無い。就職活動を始めて数か月経ったが、未だに勤め先が決まりそうもなかった。
食品、鉄道、出版等々……様々な業界を見て回り、気になった企業にエントリーし、時間をかけて履歴書を書き、面接する度に不採用通知を受け取る。最近こんなことの繰り返しだ。
「……はぁ……」
職に就くのは簡単じゃない。そんなの分かり切ってるつもりだった。何度も自分に言い聞かせた。だが、10社以上もエントリーしたのに1つも内定が取れないとなると流石に凹んでしまう。将来に対する不安も募っている分、内心穏やかじゃなかった。
「……はぁ……」
本日2度目のため息を吐いたところで、自然と顔をテレビへと向けた。テレビを支える台座のちょうど真下には、PT3(プレイターミナルスリー)と言うゲーム機が置かれている。
……そうだ、こんな時こそあの子に会おう!あの子の頑張る姿を見れば、絶対に元気が出る!
そう……俺の心の女神に癒してもらおう!
「よっし!」
俺はベッドから下りて、早速テレビの電源を入れた。すると、東京の街中を大声でリポートするお笑い芸人が映る。でも正直言って興味無いのでチャンネルを変えた。
画面はまたしても真っ暗な状態になったが、これはゲームで遊ぶ為のチャンネルなので当然だ。テレビの下にあるPT3の電源を入れれば、すぐにゲーム画面に移り変わる。
「こんな時こそ、ゲームでリフレッシュしないとな!」
そう、俺の趣味はテレビゲームで、少しでも時間があればゲームに没頭するほどのゲーム好き。
このPT3も、バイトで稼いだ金で買ったものだ。ゲーム機を買うために汗水流して工事現場で働いたのも、今となっては良い思い出だ。
「スイッチオン!」
ゲーム機の電源スイッチを押すと、真っ暗な画面に文字が浮かび上がる。
『CAPTEN』
これはゲーム制作会社の名前で、俺が今から遊ぶゲームはこの会社が作ったものだ。
会社名が薄らと消えると、画面に広大な海の景色が浮かび上がった。3Dを上手く駆使した、鮮やかで綺麗なオープニングムービー。メインテーマのイントロが流れると同時に一隻の海賊船が映った。そこの甲板に立っているのは、多少癖のある髪の男。
『行くぜ、野郎ども!!』
勇ましく叫ぶこの男キャラはキャプテン・キッド。ゲームの主人公だ。
『うぉぉぉぉぉぉぉ!!』
キッドの声に応えるかのように雄たけびを上げる彼の部下。するとカメラのアングルが空へと向けられ、大砲の音が鳴り響くと同時に文字が浮かび上がった。
『海賊BASARA 〜海の英雄〜』
これこそ、このゲームのタイトルだ。
海賊BASARA……名前の通り海賊のキャラが所狭しと戦うアクションゲーム。バッタバッタと雑魚敵を倒す爽快感、スタイリッシュなアクション、そして個性溢れる海賊キャラクターが話題となった名作である。
発売されてから2年は経つが、俺は今でもこのゲームが大好きだ。海賊とアクション……俺の好きなジャンルが揃っているこのゲームはまさに最高の作品とも言える。今でこそ新作ゲームは次々と発売されているが、海賊BASARAにハマってからは興味が湧かなかった。
「さて……」
早くプレイしたいと思った俺は、コントローラーを手にとってベッドに腰かけた。コントローラーのボタンを押してムービーをスキップすると、今度はゲームのトップ画面に切り替わる。
もう一度ボタンを押してメニュー画面に移った。
『ストーリーモード』
『ステージセレクト』
『ギャラリー』
『オプション』
などの項目の中から、俺は迷わずにストーリーモードを選んだ。すぐさま画面がキャラクターを選ぶ場面に切り替わる。
キッド、オリヴィア、メアリー、長曾我部奈々、黒ひげ……
個性的なゲームのプレイヤーキャラがズラリと並べられる。
このキャラクターたちも、ゲームの人気の秘訣でもあった。海賊BASARAのキャラの殆どはイケメン、もしくは美少女となってる。CG技術でカッコよく、尚且つ美しくデザインされてるキャラクターたちに魅了されたプレイヤーはとても多い。
中でも特徴的なのが女性キャラクターだ。と言うのも、実は海賊BASARAに出てくる女のキャラは全員人間じゃない。
まぁ簡単に言うと……モンスター娘、または魔物娘と呼ばれるジャンルのキャラばかりなのだ。
キッドの妻として有名な人魚のサフィアを始めとして、ドラゴンのオリヴィア、ウシオニの奈々など、モンスターの姿をした女を魔物娘と言う。制作側の嗜好なのか、このゲームの女キャラは魔物娘しか出てこない。
更に特徴的な設定が一つある。簡単に言うと、魔物娘は一度愛した男には生涯ずっと寄り添う性質なのだ。好きな男の妻となったその日から永遠の愛を誓い、たとえ何があろうとも夫を裏切らない。まさに純愛要素たっぷりの設定だ。
実のところ、この設定は一部の人々から絶大な支持を得ている。魔物娘を愛し、ハッピーエンドを好む人たちからは寧ろ好都合な設定だと思われてるのだろう。
かく言う俺も、その設定に惹かれたファンの一人だ。そして俺は、このゲームのキャラの一人にすっかり夢中になってしまっている。彼女はもはや、俺の女神と言っても過言ではない。
「さてさて……」
多くのキャラの中から、俺は迷うことなく彼女にカーソルを合わせた。
「くぅ〜!ビアンカ!何時見ても良いよなぁ……」
画面に映る美しい女神に感嘆の声を上げた。
このキャラクターの名前はビアンカ。ゲームのプレイヤーキャラクターの一人であり、リリムと言う魔物娘だ。
スッと整った鼻筋に、柔らかそうな唇、そしてルビーのように赤い瞳。総合的にいって童顔だと言える。そんな可愛い顔つきとは裏腹に身体の方は抜群のプロポーションだ。白魚のように綺麗な肌で、手足もモデルみたいに長い。
特に一番目立っているのは……何といっても胸だ!おっぱいだ!
ビアンカの体はどちらかと言えば細身だ。だが、それとはアンバランスだと思われるくらいにとにかく胸が大きい。女騎士みたいな青いスーツを着ているが、服の上からでもその大きさは一目瞭然だ。大体Gカップはあると見た。
「こんなに素敵な女神を創ってくれた制作者には感謝しないとなぁ……うんうん……」
一人で勝手に惚気ている俺。
銀髪で巨乳で前向きな性格。細身の剣で華麗に戦うスタイル。そして駆け出しの身だけど海賊少女。俺の好きな要素をとことん叶えてくれたのがビアンカだ。
今まで様々なゲームで遊び、様々な女の子のキャラを見てきたけど、可愛いと思っただけで心の底から惹かれるまでには至らなかった。
だがビアンカだけは特別だった。2年前、コンビニで立ち読みしたゲーム雑誌で彼女の存在を知った。海賊BASARAのページでビアンカを見た瞬間、身体中に電撃が走った。一目惚れってやつだろうか……あれ以来彼女のことが頭から離れなくなってしまった。
ゲームを買ってからも俺はビアンカに釘付けだった。やり始めたばかりの頃はビアンカばかり選び、他のキャラには目もくれなかった。何度もストーリーモードを周回し、レベルを最大まで上げた後でも、ビアンカへの愛情が失せる事は無かった。たまには他のキャラを操作しようと試みたが……ストーリーの都合上、選んだキャラによってはどうしてもビアンカと戦わなければならない。たとえゲームと言えど、どうしても俺はビアンカとは戦いたくない。そう思った挙句、やはり操作するキャラはビアンカに決まってしまうのがオチだった。だが俺はそれでいいと思ってる。ビアンカ以外のキャラで戦うなんて考えられないからだ。
ゲームだけじゃない。フィギュア、クリアファイル、キーホルダー……と、ビアンカのグッズは迷わずに買い集めた。世界広しと言えど、こんなに俺を夢中にさせる女性はビアンカしかいないと断言できる。それほど俺にとって、ビアンカは特別な存在なのだ。
ビアンカの同族としてメアリーがいるが、あの子はバジルの嫁だ。確かに可愛いし、ビアンカと似ている要素は幾つかあるけど、既にフィアンセが出来た女には興味が湧かない。寧ろバジルと仲良くやってくれた方が微笑ましくなる。
「よっし!行くぞ!」
ちょっと気合いを入れて、コントローラーのボタンを押した。
『新しい出会いが私を待ってるわ!』
テレビのスピーカーから発せられたビアンカの魅惑的なボイスに心が蕩けそうになった。
ビアンカのストーリーは何度も見てきたから流れは完全に把握している。
大物海賊になる為に旅立ったビアンカは、海の邪王を名乗るバルザキラ率いる海賊たちの悪行に遭遇するが、難なく敵を倒す。その後、バルザキラは世界の人々を恐怖に陥れ、世界の支配を企んでいる事を知った。理不尽な悪行を許す訳にはいかない。そう思ったビアンカは、バルザキラの野望を阻止するために立ち上がった。
……と、いかにも王道的なストーリーだ。
『名高き海賊になることを夢見る少女、ビアンカ。姉のメアリーの後に続く形で、彼女も海へと旅立った。その道中、とある小さな港町を訪れた彼女は、偶然にも海賊の襲撃に遭遇する。町の人々を見捨てることが出来ないビアンカは、海賊たちを追い出すために戦いを挑んだのであった』
ナレーションが終わると同時に画面がゆっくりと切り替わり、CG技術で制作されたムービーが流れた。
映し出されたのは、とある小さな港町。ガラの悪い男の海賊たちが市民に襲いかかり、辺りは大パニックとなっていた。
『や、やめてください!どうか命だけは……!』
『死ぬのが嫌なら金をよこせ!』
怯えて尻もちを付いてる女性に剣を向けて恐喝する海賊。
『お、お金なんか持ってません……』
『うるせぇ!金貨くらい持ってるだろ!』
『ほ、ホントです……』
『あーあー、そうかい。だったら死ねよ!』
『きゃあ!』
市民を斬ろうと剣を振り上げる海賊。
すると……。
『そこまでよ!』
ズバッ!
『ぐぁっ!』
何者かに斬られてその場に倒れた海賊。驚いて目を見開いている女性はゆっくりと顔を上げる。
『大丈夫?』
『は、はい……』
女性に優しく微笑みかけるビアンカが映し出された。
太陽のように明るい笑み……見ているだけで俺の心が温かくなってるみたいだ……。
『さぁ、早く逃げて!』
『は、はい!』
ビアンカに促されて、女性は慌てて何処かへ逃げて行った。そしてビアンカは、踵を返して海賊の集団を見据える。女性に見せた優しい笑みから一変、険しい怒りの表情を浮かべた。
『乱暴なゴロツキ共なんか、みんな纏めて料理してあげるわ!』
勇敢なセリフを言い終わると、カメラアングルがビアンカの背後へ移動する。それと同時にいよいよプレイングがスタートした。
「まずは雑魚からだな」
俺は画面を見つめながらコントローラーを操作した。周辺の雑魚を粗方倒そう。そう思いながらビアンカを動かした。
『ふっ!はぁっ!せぁ!』
細身の剣を巧みに扱い、華麗な動作で雑魚敵をバッタバッタと斬り伏せていく。この爽快感が癖になる……何よりも戦うビアンカも美しい!
俺の頭の中はもう、ビアンカ一色に染まっていた。
〜〜〜数十分後〜〜〜
『やっとここまで来れたわ!いよいよ決戦ね!』
物語はいよいよクライマックスを迎えた。最後のステージは、どんよりした赤黒い天空に浮かぶ島だ。ステージの至る所に青白い炎が灯されており、不気味な雰囲気を漂わせている。ラストに相応しい緊迫感のあるBGMが流れる最中、ビアンカは石造りの階段を駆け上がり、その先で待ち構えているラスボスへ向かって行く。ラスボスとは、言うまでもないがバルザキラのことである。
『さぁ、行くわよ!』
階段を上がったところで画面が切り替わり、CGムービーが流れた。円形の広い空間が映し出される。周辺には髑髏の燭台が置かれており、その髑髏の口には青い炎が灯されている。
『……おやおやまぁまぁ、勇敢なお姫様のご登場ですねぇ』
そして空間の奥には、大きな椅子に座っている男の姿が見えた。不健康な印象を与える青白い肌に、ウェーブがかかった紫色の髪。両目の赤い瞳が不気味に輝いている。ワイン色の鎧と黒いマントを身に纏うこの男こそ、ビアンカのストーリーにおいて最後に立ちはだかる強敵だ。
この男の名はバルザキラ。海の邪王を名乗り、いずれ世界の支配を目論む敵キャラだ。丁寧な口調とは裏腹に腹黒い性格で、野望の為ならどんな卑劣な手段でも実行する。まさに悪を絵に描いたようなキャラで、最後のボスに相応しい強敵でもある。
『ここまで来るのは大変だったでしょう?わざわざご苦労様でした』
『ええ、大変だったわ。でも今ここであなたを倒せば、その苦労が報われるわ!』
余裕の態度を見せるバルザキラに対し、ビアンカは臆することなく立ち向かった。
『おほほほほ!だとしたら、その苦労は水の泡となって消えるのでしょうねぇ。私を倒すとか……自信過剰も良いところですよぉ』
『それはこっちのセリフよ。あなたこそ世界を支配するなんて馬鹿なこと言わないで!』
『あらら、心外ですねぇ。私は本気ですよ。現に今、一歩一歩確実に実現へと近付いているのですよ。昨日だって、すぐ近くの愚民共を恐怖で震えあがらせてやったのです。もはやこの私に支配されるべきだと思い知ったでしょうねぇ』
『ふざけないで!!』
ビアンカは怒りの面持ちを浮かべた。
『何が支配よ!何が恐怖よ!そんな横暴な真似して何が楽しいの!人々も、海も、世界も、あなたを慰める玩具じゃないのよ!』
そう言うと、ビアンカは剣の切っ先をバルザキラに向けた。
『あなたの思い通りにはさせない!お母さんが築き上げたこの世界も絶対に渡さない!邪王バルザキラ……今すぐ暗い海の底へ沈めてやるわ!』
『……もう……困った子猫ちゃんですねぇ……』
余裕でいられるのも今のうちだ。心の中でそう呟いた。
ビアンカのストーリーを何度も見てきた俺には、これからの展開が分かっている。
戦いの途中でバルザキラはパワーアップを試みるが、ビアンカは母から受け継いだ魔力を活用してバルザキラを弱らせる。そしてバルザキラを倒した瞬間、ビアンカは自分の力を最大限にまで出し切り、バルザキラを闇の世界へと封印する……といった流れだ。
俺は信じている。ビアンカはバルザキラのような悪者になんか絶対に負けない。何よりも俺がプレイヤーとして傍に居るんだ。二人で力を合わせれば、どんな強敵にも勝てる。
……って、俺は何を言ってるんだか。自嘲気味に笑みを浮かべた。
『……よろしい』
バルザキラはすっくと椅子から立ち上がった。
『魔王の娘よ……その威勢だけは褒めてあげましょう』
このセリフが吐かれた瞬間、俺はコントローラーを握りなおした。
さぁ、ここからだ。これからバルザキラとの決戦が……!
『しかし……こんな生意気な小娘には、消えてもらうしかありませんねぇ!!』
…………?
バチバチバチ……
「……ん?」
すると……思わぬ出来事が起きた。これからバルザキラとの決戦が始まると思ったその矢先である。
バチバチバチ……
「あ、あれ?え?なにこれ?」
あろうことか、テレビ画面の映像が点滅し始めたのだ。
なんだこれは……急にどうしたんだ?このゲームには画面の点滅なんて演出は無い筈だ。
もしかして、テレビの故障?まさか……新しく買ってからまだ3年しか経ってないのに。
それとも、ゲームのバグか?勘弁してくれよ……良いところまで来たのに……。
バチバチバチ!
……ん?気のせいか?なんか、点滅が激しくなってるような……?
バチバチバチバチバチ!!
……あ、これヤバい。
バァァァァァァァン!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
テレビ画面から発せられた眩い光。その勢いに怯まされ、思わずコントローラーを放してしまった。
「なんだよ……なんだよこれ!」
強烈な光に耐え切れずに瞼を閉じて、両腕で顔を覆った。
何がどうなってるんだ……頭の中が混乱してしまう。ゲームで遊んでたら突然テレビ画面が光るなんて奇妙すぎる。
ドサッ!
「!?」
突然、何か大きな物体が床に落ちる音が聞こえた。
目を閉じてる所為で何も見えないが、物音は確かに聞いた。今の発光が原因で何か落としたか?いやまさか……光が物体を物理的に押すなんてありえない。
「うぅ……ん……?」
周囲が見えないが、徐々に光が弱くなっている気がした。やがて光が完全に治まったのを感じ取る。
「……なんだったんだ、今のは……?」
俺は恐る恐る両目を開き、周囲を見渡してみた。
見たところ部屋の中は特に荒らされていない。家具も窓も壁も破壊されていない。何時もと変わらない俺の部屋だ。
……そうだ!テレビは!?
すぐにテレビへと視線を移す。あれだけ強い光を放ったにも関わらず、画面は割れてなかった。正確に言えば画面以外の部分も特に壊れてない。ただ、電源が落ちたのか、テレビの画面は真っ暗になっていた。
そして……すぐに別の異変に気付いた。
「……え!?」
視線はすぐさまテレビのすぐ近くへと移った。その瞬間、もはやテレビの事など頭から飛んで行ってしまった。
それもそのはず。何故なら……そこには……!
「……人!?」
そう……テレビのちょうど手前に何者かがうつ伏せで横たわっていたのだ。さっきの物音は、この人物によるものなのだろうか。
この部屋には俺しか居ないはずだ……それなのに、どうして!?
さっきのテレビの発光に続いて誰かが横たわってる……なんで今日はこんな奇妙な事が起るんだよ!?
「!?」
そして、その横たわってる人物をよく見てまたしても驚いてしまった。
その人物の特徴は……銀色の長い髪に黒い角。白魚のように綺麗な肌。そして青いスーツと、腰に携えてる細身の剣。
「……も、もしかして……」
一瞬、見間違いかと思ったが……俺があの子を見間違うなんてありえない。
俺は2年間ずっと彼女を見守ってきたんだ。ずっとあの子を見てきたこの目は絶対に誤魔化せない。
でも……やっぱり何度見ても……!
「……嘘だろ……!」
まさか……そのまさか!?
でも、やっぱりどう見たって、この子は……!
「……ビアンカ!?」
そうだ……この女の子はどっからどう見てもビアンカ!今まさに俺がゲーム内で操作していたキャラクター……俺の女神!
まさかと思ったが間違いない!あのビアンカだ!ずっと心から愛していたビアンカだ!!
「……でも……どうして……?」
ずっと思い焦がれていたビアンカが現れて歓喜に満ち溢れたが、すぐ冷静さを取り戻した。
今目の前にいる子は確かにビアンカだ。だがビアンカが何故こんな所に?ゲームのキャラがリアルの世界に来るなんてどう考えても普通じゃない。
もしかして、さっきテレビが光った事と関係があるのか?だとしても、何故あんな事が起きたんだ?
いや、もしかして……これは夢か?ビアンカを愛するあまりにこんな夢を見てしまったのか?
「……痛っ!夢じゃないか……」
試しに自分の頬をつねってみる。痛みを感じると言うことは、現実のようだ。
そうだとすると余計混乱する。夢じゃなかったら、これは一体……!?
「……起こすべきなのかな……」
横たわってるビアンカは両目を閉じたまま微動だにしない。見たところ寝てると言うか、気絶してるようだけど……。
……そう言えばこの子、触れるのかな?って俺は何を考えてるんだ……。
「…………」
改めてビアンカをマジマジと見つめた。
……流石にこのまま放置するのもなぁ……起こしてみようかな。
「……あ、あの〜……」
恐る恐る、慎重にビアンカの肩を叩いてみた。だが、本人は全然反応しない。
一応触れるみたいだ。今度は軽く身体を揺さぶってみる。
「……う……うぅん……」
すると今度は反応を示した。僅かながら呻き声が聞こえる。そして閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。
「よかった、起きてくれた」
「うぅ……ん?」
「っ!」
ビアンカが身体を起こした瞬間、視線が重なった。目と目が合った瞬間に思わず息を呑んでしまうが、同時に心臓が飛び出そうになった。
「…………」
「え、あ、えっと……」
いざ話しかけようとすると言葉が出てこない。俺は口下手って訳じゃないんだが、今目の前にいるのはあのビアンカだ。今までずっと想っていた女性と向き合うなんて、就職活動の面接より緊張してしまう。
「だ、大丈夫?いきなり出てきてビックリしちゃったけど……その……」
なんとか発言できたが、変にオドオドしてるのが自分でも分かる。対するビアンカは、綺麗な赤い瞳でジッと俺を見つめている。
……ヤバい……そんなに見つめられると恥ずかしい……。
「…………」
時が経つにつれてビアンカの表情が変わった。
怒りでも悲しみでもない……とても嬉しそうに俺を見つめる。柔らかそうな頬っぺたも、ほんのりと赤く染まってる。
一言で言ったら……まるで恋に落ちた初心な少女と言うべきか。
「……あ、あの……」
「……なんて……素敵な人……」
「え?」
何か言葉を投げかけようとした瞬間、ビアンカから口を開いた。まるで全てを悟ったような、そんな感じの呟きだ。
「……やっと会えた。あなたこそ私が探していた人……」
「え?え?」
急に意味の分からない事を言われて混乱していると……ビアンカが俺の手を握ってきた。
積極的なスキンシップ(?)に戸惑いと嬉しさが混ざりあい複雑な感情を抱く。
……なんだ……なんだこれは?なんなんだ、この展開は?手を握られたのは正直言ってすっごく嬉しいけど……。
「……ねぇ、いきなりこんなこと言うのも変かもしれないけど……」
「は、はい?」
未だに落ち着いてられないせいで思わず肩肘張ってしまう。なんとか返答すると、ビアンカは恥ずかしそうに視線を落とした。
……なんだよその表情……可愛すぎる!
って、惚気てる場合でもないか。
「私と……」
最初こそ声は小さかったが、やがて決心したような改まった面持ちを上げて、ビアンカはこう言った……。
「私と……結婚してください!」
「……え!?」
……これは全ての切っ掛け。
突然のプロポーズから始まった、奇跡の物語……。
パソコンの画面に映ってるメールの文章を読み終えた途端、とてつもない虚無感に包まれた。
『残念ながら、ご希望に沿えない結果となりました。今後のご活躍をお祈りしております』
言葉遣いこそ丁寧だが、要するに不合格ってことだ。
この文章を見るのもこれで15回目。ここまでくると流石にうんざりする。
「俺の何が気に食わなかったんだよ……祈ってるんだったら、せめて教えてくれよ……」
モヤモヤした感情を抱いたままベッドの上に大の字になって寝ころんだ。
「あ〜あ……俺って必要な人間だと思われてないのかな……」
弱音を吐いてみたものの、現在一人暮らし中の俺の言葉を聞いてくれてる人は、この部屋には存在しなかった。
大学を卒業するために必要な単位は修得したし、卒業論文においては教授が太鼓判を捺してくれた。ハッキリ言って、無事に卒業できる自信はある。
だが、卒業した後の進路が未確定だと何の意味も無い。就職活動を始めて数か月経ったが、未だに勤め先が決まりそうもなかった。
食品、鉄道、出版等々……様々な業界を見て回り、気になった企業にエントリーし、時間をかけて履歴書を書き、面接する度に不採用通知を受け取る。最近こんなことの繰り返しだ。
「……はぁ……」
職に就くのは簡単じゃない。そんなの分かり切ってるつもりだった。何度も自分に言い聞かせた。だが、10社以上もエントリーしたのに1つも内定が取れないとなると流石に凹んでしまう。将来に対する不安も募っている分、内心穏やかじゃなかった。
「……はぁ……」
本日2度目のため息を吐いたところで、自然と顔をテレビへと向けた。テレビを支える台座のちょうど真下には、PT3(プレイターミナルスリー)と言うゲーム機が置かれている。
……そうだ、こんな時こそあの子に会おう!あの子の頑張る姿を見れば、絶対に元気が出る!
そう……俺の心の女神に癒してもらおう!
「よっし!」
俺はベッドから下りて、早速テレビの電源を入れた。すると、東京の街中を大声でリポートするお笑い芸人が映る。でも正直言って興味無いのでチャンネルを変えた。
画面はまたしても真っ暗な状態になったが、これはゲームで遊ぶ為のチャンネルなので当然だ。テレビの下にあるPT3の電源を入れれば、すぐにゲーム画面に移り変わる。
「こんな時こそ、ゲームでリフレッシュしないとな!」
そう、俺の趣味はテレビゲームで、少しでも時間があればゲームに没頭するほどのゲーム好き。
このPT3も、バイトで稼いだ金で買ったものだ。ゲーム機を買うために汗水流して工事現場で働いたのも、今となっては良い思い出だ。
「スイッチオン!」
ゲーム機の電源スイッチを押すと、真っ暗な画面に文字が浮かび上がる。
『CAPTEN』
これはゲーム制作会社の名前で、俺が今から遊ぶゲームはこの会社が作ったものだ。
会社名が薄らと消えると、画面に広大な海の景色が浮かび上がった。3Dを上手く駆使した、鮮やかで綺麗なオープニングムービー。メインテーマのイントロが流れると同時に一隻の海賊船が映った。そこの甲板に立っているのは、多少癖のある髪の男。
『行くぜ、野郎ども!!』
勇ましく叫ぶこの男キャラはキャプテン・キッド。ゲームの主人公だ。
『うぉぉぉぉぉぉぉ!!』
キッドの声に応えるかのように雄たけびを上げる彼の部下。するとカメラのアングルが空へと向けられ、大砲の音が鳴り響くと同時に文字が浮かび上がった。
『海賊BASARA 〜海の英雄〜』
これこそ、このゲームのタイトルだ。
海賊BASARA……名前の通り海賊のキャラが所狭しと戦うアクションゲーム。バッタバッタと雑魚敵を倒す爽快感、スタイリッシュなアクション、そして個性溢れる海賊キャラクターが話題となった名作である。
発売されてから2年は経つが、俺は今でもこのゲームが大好きだ。海賊とアクション……俺の好きなジャンルが揃っているこのゲームはまさに最高の作品とも言える。今でこそ新作ゲームは次々と発売されているが、海賊BASARAにハマってからは興味が湧かなかった。
「さて……」
早くプレイしたいと思った俺は、コントローラーを手にとってベッドに腰かけた。コントローラーのボタンを押してムービーをスキップすると、今度はゲームのトップ画面に切り替わる。
もう一度ボタンを押してメニュー画面に移った。
『ストーリーモード』
『ステージセレクト』
『ギャラリー』
『オプション』
などの項目の中から、俺は迷わずにストーリーモードを選んだ。すぐさま画面がキャラクターを選ぶ場面に切り替わる。
キッド、オリヴィア、メアリー、長曾我部奈々、黒ひげ……
個性的なゲームのプレイヤーキャラがズラリと並べられる。
このキャラクターたちも、ゲームの人気の秘訣でもあった。海賊BASARAのキャラの殆どはイケメン、もしくは美少女となってる。CG技術でカッコよく、尚且つ美しくデザインされてるキャラクターたちに魅了されたプレイヤーはとても多い。
中でも特徴的なのが女性キャラクターだ。と言うのも、実は海賊BASARAに出てくる女のキャラは全員人間じゃない。
まぁ簡単に言うと……モンスター娘、または魔物娘と呼ばれるジャンルのキャラばかりなのだ。
キッドの妻として有名な人魚のサフィアを始めとして、ドラゴンのオリヴィア、ウシオニの奈々など、モンスターの姿をした女を魔物娘と言う。制作側の嗜好なのか、このゲームの女キャラは魔物娘しか出てこない。
更に特徴的な設定が一つある。簡単に言うと、魔物娘は一度愛した男には生涯ずっと寄り添う性質なのだ。好きな男の妻となったその日から永遠の愛を誓い、たとえ何があろうとも夫を裏切らない。まさに純愛要素たっぷりの設定だ。
実のところ、この設定は一部の人々から絶大な支持を得ている。魔物娘を愛し、ハッピーエンドを好む人たちからは寧ろ好都合な設定だと思われてるのだろう。
かく言う俺も、その設定に惹かれたファンの一人だ。そして俺は、このゲームのキャラの一人にすっかり夢中になってしまっている。彼女はもはや、俺の女神と言っても過言ではない。
「さてさて……」
多くのキャラの中から、俺は迷うことなく彼女にカーソルを合わせた。
「くぅ〜!ビアンカ!何時見ても良いよなぁ……」
画面に映る美しい女神に感嘆の声を上げた。
このキャラクターの名前はビアンカ。ゲームのプレイヤーキャラクターの一人であり、リリムと言う魔物娘だ。
スッと整った鼻筋に、柔らかそうな唇、そしてルビーのように赤い瞳。総合的にいって童顔だと言える。そんな可愛い顔つきとは裏腹に身体の方は抜群のプロポーションだ。白魚のように綺麗な肌で、手足もモデルみたいに長い。
特に一番目立っているのは……何といっても胸だ!おっぱいだ!
ビアンカの体はどちらかと言えば細身だ。だが、それとはアンバランスだと思われるくらいにとにかく胸が大きい。女騎士みたいな青いスーツを着ているが、服の上からでもその大きさは一目瞭然だ。大体Gカップはあると見た。
「こんなに素敵な女神を創ってくれた制作者には感謝しないとなぁ……うんうん……」
一人で勝手に惚気ている俺。
銀髪で巨乳で前向きな性格。細身の剣で華麗に戦うスタイル。そして駆け出しの身だけど海賊少女。俺の好きな要素をとことん叶えてくれたのがビアンカだ。
今まで様々なゲームで遊び、様々な女の子のキャラを見てきたけど、可愛いと思っただけで心の底から惹かれるまでには至らなかった。
だがビアンカだけは特別だった。2年前、コンビニで立ち読みしたゲーム雑誌で彼女の存在を知った。海賊BASARAのページでビアンカを見た瞬間、身体中に電撃が走った。一目惚れってやつだろうか……あれ以来彼女のことが頭から離れなくなってしまった。
ゲームを買ってからも俺はビアンカに釘付けだった。やり始めたばかりの頃はビアンカばかり選び、他のキャラには目もくれなかった。何度もストーリーモードを周回し、レベルを最大まで上げた後でも、ビアンカへの愛情が失せる事は無かった。たまには他のキャラを操作しようと試みたが……ストーリーの都合上、選んだキャラによってはどうしてもビアンカと戦わなければならない。たとえゲームと言えど、どうしても俺はビアンカとは戦いたくない。そう思った挙句、やはり操作するキャラはビアンカに決まってしまうのがオチだった。だが俺はそれでいいと思ってる。ビアンカ以外のキャラで戦うなんて考えられないからだ。
ゲームだけじゃない。フィギュア、クリアファイル、キーホルダー……と、ビアンカのグッズは迷わずに買い集めた。世界広しと言えど、こんなに俺を夢中にさせる女性はビアンカしかいないと断言できる。それほど俺にとって、ビアンカは特別な存在なのだ。
ビアンカの同族としてメアリーがいるが、あの子はバジルの嫁だ。確かに可愛いし、ビアンカと似ている要素は幾つかあるけど、既にフィアンセが出来た女には興味が湧かない。寧ろバジルと仲良くやってくれた方が微笑ましくなる。
「よっし!行くぞ!」
ちょっと気合いを入れて、コントローラーのボタンを押した。
『新しい出会いが私を待ってるわ!』
テレビのスピーカーから発せられたビアンカの魅惑的なボイスに心が蕩けそうになった。
ビアンカのストーリーは何度も見てきたから流れは完全に把握している。
大物海賊になる為に旅立ったビアンカは、海の邪王を名乗るバルザキラ率いる海賊たちの悪行に遭遇するが、難なく敵を倒す。その後、バルザキラは世界の人々を恐怖に陥れ、世界の支配を企んでいる事を知った。理不尽な悪行を許す訳にはいかない。そう思ったビアンカは、バルザキラの野望を阻止するために立ち上がった。
……と、いかにも王道的なストーリーだ。
『名高き海賊になることを夢見る少女、ビアンカ。姉のメアリーの後に続く形で、彼女も海へと旅立った。その道中、とある小さな港町を訪れた彼女は、偶然にも海賊の襲撃に遭遇する。町の人々を見捨てることが出来ないビアンカは、海賊たちを追い出すために戦いを挑んだのであった』
ナレーションが終わると同時に画面がゆっくりと切り替わり、CG技術で制作されたムービーが流れた。
映し出されたのは、とある小さな港町。ガラの悪い男の海賊たちが市民に襲いかかり、辺りは大パニックとなっていた。
『や、やめてください!どうか命だけは……!』
『死ぬのが嫌なら金をよこせ!』
怯えて尻もちを付いてる女性に剣を向けて恐喝する海賊。
『お、お金なんか持ってません……』
『うるせぇ!金貨くらい持ってるだろ!』
『ほ、ホントです……』
『あーあー、そうかい。だったら死ねよ!』
『きゃあ!』
市民を斬ろうと剣を振り上げる海賊。
すると……。
『そこまでよ!』
ズバッ!
『ぐぁっ!』
何者かに斬られてその場に倒れた海賊。驚いて目を見開いている女性はゆっくりと顔を上げる。
『大丈夫?』
『は、はい……』
女性に優しく微笑みかけるビアンカが映し出された。
太陽のように明るい笑み……見ているだけで俺の心が温かくなってるみたいだ……。
『さぁ、早く逃げて!』
『は、はい!』
ビアンカに促されて、女性は慌てて何処かへ逃げて行った。そしてビアンカは、踵を返して海賊の集団を見据える。女性に見せた優しい笑みから一変、険しい怒りの表情を浮かべた。
『乱暴なゴロツキ共なんか、みんな纏めて料理してあげるわ!』
勇敢なセリフを言い終わると、カメラアングルがビアンカの背後へ移動する。それと同時にいよいよプレイングがスタートした。
「まずは雑魚からだな」
俺は画面を見つめながらコントローラーを操作した。周辺の雑魚を粗方倒そう。そう思いながらビアンカを動かした。
『ふっ!はぁっ!せぁ!』
細身の剣を巧みに扱い、華麗な動作で雑魚敵をバッタバッタと斬り伏せていく。この爽快感が癖になる……何よりも戦うビアンカも美しい!
俺の頭の中はもう、ビアンカ一色に染まっていた。
〜〜〜数十分後〜〜〜
『やっとここまで来れたわ!いよいよ決戦ね!』
物語はいよいよクライマックスを迎えた。最後のステージは、どんよりした赤黒い天空に浮かぶ島だ。ステージの至る所に青白い炎が灯されており、不気味な雰囲気を漂わせている。ラストに相応しい緊迫感のあるBGMが流れる最中、ビアンカは石造りの階段を駆け上がり、その先で待ち構えているラスボスへ向かって行く。ラスボスとは、言うまでもないがバルザキラのことである。
『さぁ、行くわよ!』
階段を上がったところで画面が切り替わり、CGムービーが流れた。円形の広い空間が映し出される。周辺には髑髏の燭台が置かれており、その髑髏の口には青い炎が灯されている。
『……おやおやまぁまぁ、勇敢なお姫様のご登場ですねぇ』
そして空間の奥には、大きな椅子に座っている男の姿が見えた。不健康な印象を与える青白い肌に、ウェーブがかかった紫色の髪。両目の赤い瞳が不気味に輝いている。ワイン色の鎧と黒いマントを身に纏うこの男こそ、ビアンカのストーリーにおいて最後に立ちはだかる強敵だ。
この男の名はバルザキラ。海の邪王を名乗り、いずれ世界の支配を目論む敵キャラだ。丁寧な口調とは裏腹に腹黒い性格で、野望の為ならどんな卑劣な手段でも実行する。まさに悪を絵に描いたようなキャラで、最後のボスに相応しい強敵でもある。
『ここまで来るのは大変だったでしょう?わざわざご苦労様でした』
『ええ、大変だったわ。でも今ここであなたを倒せば、その苦労が報われるわ!』
余裕の態度を見せるバルザキラに対し、ビアンカは臆することなく立ち向かった。
『おほほほほ!だとしたら、その苦労は水の泡となって消えるのでしょうねぇ。私を倒すとか……自信過剰も良いところですよぉ』
『それはこっちのセリフよ。あなたこそ世界を支配するなんて馬鹿なこと言わないで!』
『あらら、心外ですねぇ。私は本気ですよ。現に今、一歩一歩確実に実現へと近付いているのですよ。昨日だって、すぐ近くの愚民共を恐怖で震えあがらせてやったのです。もはやこの私に支配されるべきだと思い知ったでしょうねぇ』
『ふざけないで!!』
ビアンカは怒りの面持ちを浮かべた。
『何が支配よ!何が恐怖よ!そんな横暴な真似して何が楽しいの!人々も、海も、世界も、あなたを慰める玩具じゃないのよ!』
そう言うと、ビアンカは剣の切っ先をバルザキラに向けた。
『あなたの思い通りにはさせない!お母さんが築き上げたこの世界も絶対に渡さない!邪王バルザキラ……今すぐ暗い海の底へ沈めてやるわ!』
『……もう……困った子猫ちゃんですねぇ……』
余裕でいられるのも今のうちだ。心の中でそう呟いた。
ビアンカのストーリーを何度も見てきた俺には、これからの展開が分かっている。
戦いの途中でバルザキラはパワーアップを試みるが、ビアンカは母から受け継いだ魔力を活用してバルザキラを弱らせる。そしてバルザキラを倒した瞬間、ビアンカは自分の力を最大限にまで出し切り、バルザキラを闇の世界へと封印する……といった流れだ。
俺は信じている。ビアンカはバルザキラのような悪者になんか絶対に負けない。何よりも俺がプレイヤーとして傍に居るんだ。二人で力を合わせれば、どんな強敵にも勝てる。
……って、俺は何を言ってるんだか。自嘲気味に笑みを浮かべた。
『……よろしい』
バルザキラはすっくと椅子から立ち上がった。
『魔王の娘よ……その威勢だけは褒めてあげましょう』
このセリフが吐かれた瞬間、俺はコントローラーを握りなおした。
さぁ、ここからだ。これからバルザキラとの決戦が……!
『しかし……こんな生意気な小娘には、消えてもらうしかありませんねぇ!!』
…………?
バチバチバチ……
「……ん?」
すると……思わぬ出来事が起きた。これからバルザキラとの決戦が始まると思ったその矢先である。
バチバチバチ……
「あ、あれ?え?なにこれ?」
あろうことか、テレビ画面の映像が点滅し始めたのだ。
なんだこれは……急にどうしたんだ?このゲームには画面の点滅なんて演出は無い筈だ。
もしかして、テレビの故障?まさか……新しく買ってからまだ3年しか経ってないのに。
それとも、ゲームのバグか?勘弁してくれよ……良いところまで来たのに……。
バチバチバチ!
……ん?気のせいか?なんか、点滅が激しくなってるような……?
バチバチバチバチバチ!!
……あ、これヤバい。
バァァァァァァァン!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
テレビ画面から発せられた眩い光。その勢いに怯まされ、思わずコントローラーを放してしまった。
「なんだよ……なんだよこれ!」
強烈な光に耐え切れずに瞼を閉じて、両腕で顔を覆った。
何がどうなってるんだ……頭の中が混乱してしまう。ゲームで遊んでたら突然テレビ画面が光るなんて奇妙すぎる。
ドサッ!
「!?」
突然、何か大きな物体が床に落ちる音が聞こえた。
目を閉じてる所為で何も見えないが、物音は確かに聞いた。今の発光が原因で何か落としたか?いやまさか……光が物体を物理的に押すなんてありえない。
「うぅ……ん……?」
周囲が見えないが、徐々に光が弱くなっている気がした。やがて光が完全に治まったのを感じ取る。
「……なんだったんだ、今のは……?」
俺は恐る恐る両目を開き、周囲を見渡してみた。
見たところ部屋の中は特に荒らされていない。家具も窓も壁も破壊されていない。何時もと変わらない俺の部屋だ。
……そうだ!テレビは!?
すぐにテレビへと視線を移す。あれだけ強い光を放ったにも関わらず、画面は割れてなかった。正確に言えば画面以外の部分も特に壊れてない。ただ、電源が落ちたのか、テレビの画面は真っ暗になっていた。
そして……すぐに別の異変に気付いた。
「……え!?」
視線はすぐさまテレビのすぐ近くへと移った。その瞬間、もはやテレビの事など頭から飛んで行ってしまった。
それもそのはず。何故なら……そこには……!
「……人!?」
そう……テレビのちょうど手前に何者かがうつ伏せで横たわっていたのだ。さっきの物音は、この人物によるものなのだろうか。
この部屋には俺しか居ないはずだ……それなのに、どうして!?
さっきのテレビの発光に続いて誰かが横たわってる……なんで今日はこんな奇妙な事が起るんだよ!?
「!?」
そして、その横たわってる人物をよく見てまたしても驚いてしまった。
その人物の特徴は……銀色の長い髪に黒い角。白魚のように綺麗な肌。そして青いスーツと、腰に携えてる細身の剣。
「……も、もしかして……」
一瞬、見間違いかと思ったが……俺があの子を見間違うなんてありえない。
俺は2年間ずっと彼女を見守ってきたんだ。ずっとあの子を見てきたこの目は絶対に誤魔化せない。
でも……やっぱり何度見ても……!
「……嘘だろ……!」
まさか……そのまさか!?
でも、やっぱりどう見たって、この子は……!
「……ビアンカ!?」
そうだ……この女の子はどっからどう見てもビアンカ!今まさに俺がゲーム内で操作していたキャラクター……俺の女神!
まさかと思ったが間違いない!あのビアンカだ!ずっと心から愛していたビアンカだ!!
「……でも……どうして……?」
ずっと思い焦がれていたビアンカが現れて歓喜に満ち溢れたが、すぐ冷静さを取り戻した。
今目の前にいる子は確かにビアンカだ。だがビアンカが何故こんな所に?ゲームのキャラがリアルの世界に来るなんてどう考えても普通じゃない。
もしかして、さっきテレビが光った事と関係があるのか?だとしても、何故あんな事が起きたんだ?
いや、もしかして……これは夢か?ビアンカを愛するあまりにこんな夢を見てしまったのか?
「……痛っ!夢じゃないか……」
試しに自分の頬をつねってみる。痛みを感じると言うことは、現実のようだ。
そうだとすると余計混乱する。夢じゃなかったら、これは一体……!?
「……起こすべきなのかな……」
横たわってるビアンカは両目を閉じたまま微動だにしない。見たところ寝てると言うか、気絶してるようだけど……。
……そう言えばこの子、触れるのかな?って俺は何を考えてるんだ……。
「…………」
改めてビアンカをマジマジと見つめた。
……流石にこのまま放置するのもなぁ……起こしてみようかな。
「……あ、あの〜……」
恐る恐る、慎重にビアンカの肩を叩いてみた。だが、本人は全然反応しない。
一応触れるみたいだ。今度は軽く身体を揺さぶってみる。
「……う……うぅん……」
すると今度は反応を示した。僅かながら呻き声が聞こえる。そして閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。
「よかった、起きてくれた」
「うぅ……ん?」
「っ!」
ビアンカが身体を起こした瞬間、視線が重なった。目と目が合った瞬間に思わず息を呑んでしまうが、同時に心臓が飛び出そうになった。
「…………」
「え、あ、えっと……」
いざ話しかけようとすると言葉が出てこない。俺は口下手って訳じゃないんだが、今目の前にいるのはあのビアンカだ。今までずっと想っていた女性と向き合うなんて、就職活動の面接より緊張してしまう。
「だ、大丈夫?いきなり出てきてビックリしちゃったけど……その……」
なんとか発言できたが、変にオドオドしてるのが自分でも分かる。対するビアンカは、綺麗な赤い瞳でジッと俺を見つめている。
……ヤバい……そんなに見つめられると恥ずかしい……。
「…………」
時が経つにつれてビアンカの表情が変わった。
怒りでも悲しみでもない……とても嬉しそうに俺を見つめる。柔らかそうな頬っぺたも、ほんのりと赤く染まってる。
一言で言ったら……まるで恋に落ちた初心な少女と言うべきか。
「……あ、あの……」
「……なんて……素敵な人……」
「え?」
何か言葉を投げかけようとした瞬間、ビアンカから口を開いた。まるで全てを悟ったような、そんな感じの呟きだ。
「……やっと会えた。あなたこそ私が探していた人……」
「え?え?」
急に意味の分からない事を言われて混乱していると……ビアンカが俺の手を握ってきた。
積極的なスキンシップ(?)に戸惑いと嬉しさが混ざりあい複雑な感情を抱く。
……なんだ……なんだこれは?なんなんだ、この展開は?手を握られたのは正直言ってすっごく嬉しいけど……。
「……ねぇ、いきなりこんなこと言うのも変かもしれないけど……」
「は、はい?」
未だに落ち着いてられないせいで思わず肩肘張ってしまう。なんとか返答すると、ビアンカは恥ずかしそうに視線を落とした。
……なんだよその表情……可愛すぎる!
って、惚気てる場合でもないか。
「私と……」
最初こそ声は小さかったが、やがて決心したような改まった面持ちを上げて、ビアンカはこう言った……。
「私と……結婚してください!」
「……え!?」
……これは全ての切っ掛け。
突然のプロポーズから始まった、奇跡の物語……。
14/05/24 22:41更新 / シャークドン
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