連載小説
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それぞれの戦い……えぇ!?
「ふぅ……だいぶ収まってきたわね」


トルマレア王国の街中にて、どうやら国民の魔物化作戦は功を成したようだ。
女性は殆ど魔物になったし、操られている兵士たちも、魔物化した国民に捕まってエッチなことをされて一人ずつ目を覚ましている。私が作った薬がこんなに活躍するなんて光栄だわ。
……尤も……。


「イェーイ!ローププレイでお仕置きよ!」


フォックス海賊団のフェリス。


「うふふふふ♪お姉さんがたっぷり可愛がってあ・げ・る♪」


デイビー海賊団のリティア。


「掲げる志はすなわち、風林火山!!さぁ、貴様らの中で一番強い兵士を連れて来い!!」


そして、タイガー海賊団の武田菊恵。
突然現れた彼女らの助太刀によって状況がもっと優勢になったのも事実。彼女たち率いる海賊団のメンバーが洗脳されてる兵士たちを抑え、時にはエッチなことで目を覚ませたりして活躍している。
どういった経緯でここまで来たのかは知らないけど、どうやら私たちの味方らしいので、ここは素直に頼った方がよさそうだ。副船長さんとの連絡も取れなくなったし、彼女らの助太刀はありがたい。

「さて……怪我人はいないか見回りに行こうかしら」

船の仲間たち、もしくは国民たちが怪我を負ってないか見回ろうとしたら……。

「む!いたぞ!この女が先導者だ!」
「……え!?」

なんとも運の悪いことに、まだ洗脳が解かれていない兵士に目を付けられてしまった。
しかも……

「おのれ、よくも小癪な真似をしてくれたな!」
「せめて貴様だけでも討ち取ってくれる!」

……ちょっと待ってよ……五人も一気に来るなんて聞いてないわよ。
参ったわね……私は船長さんやオリヴィアちゃんたちとは違って強くないし、武力で兵士を抑えるなんてとても無理。

「……悪いけどお兄さんたち、私はあなたたちに構ってあげれる暇もないの」
「これだけの騒ぎを起こしておいて逃げるつもりか!」

……いや、騒ぎを起こしたのは私一人じゃないのに……。

「さぁ……遊びは終わりだ!覚悟しろ!」


……まずいな……ここは逃げるしか……




「待てぃ!そこまでだ!」
「え?」



この場を凌ぐ方法をあれこれ考えていると、突然どこからか男の人の声が聞こえた。

「だ、誰だ!?どこにいる!?」
「こっちを見たまえ!」
「ん!?」

私と兵士たちは、一斉に声が聞こえる方向へと視線を移した。

「か弱き女性に刃を振るなど、この私が許さん!」

その声の主は……民家の青い屋根の上に仁王立ちして、私たちを見下ろしていた。


「赤き十字のシンボルは、悪を許さぬ正義の証!」


白い生地に、赤い十字のマークを象った覆面。


「たとえ死しても許さぬのは、罪無き人々を苦しめる、悪しき病と非道な心!」


白いスーツ、銀色の手袋とブーツ、そして黒色のベルト。


「人々が健やかに生きれる未来のため、私は戦う!」


更に……マント代わりとして羽織っている、医者の白衣。


「そう……我こそ白銀のドクターヒーロー!!」


その姿は……作り話などに出てくるような、まさに男の子が好きそうな正義のヒーロー。



「その名も……シルバーA(エース)!!只今参上!!」



……そう名乗った男の人は、屋根の上で片足を上げ、ビシッと右手を突き出してポーズを決めた。
……えっと……そもそも……あれ、誰なの?この国の住民じゃなさそうだけど……。

「……な、なんだあれは?」
「さぁ……?」

洗脳されてる兵士たちは、屋根の上のヒーローを見てポカンとしている。いきなり変な人物が現れてどうすればいいのか困惑しているのだろうか。

「……?」

ただ……おかしなことに、私は困惑とは別の感情を抱いた。
これは……デジャヴ?

「さぁ、構えなさい!お前たちの相手は、この私だ!」

と、屋根の上のヒーロー……シルバーAは兵士たちに向かって言い放ち……

「まずは挨拶代わりだ!とぉう!」

なんと、屋根の上から高く跳躍した。
そして空中をグルグルと回転し、そのまま兵士の内の一人に向かって……

「ドクターフライングキック!!」
「ぐぉっ!?」

凄まじい勢いで、跳び蹴りをお見舞いした!

「なっ!?き、貴様!我らに歯向かう気か!?」
「言った筈だ!お前たちの相手は私だとな!」

手早く一人目を倒したシルバーA。私と兵士たちの間に割り込むように着地すると、体勢を立て直してファイティングポーズを取った。

「おのれ……ならば貴様から始末してくれる!」

挑発されたようにそれぞれ剣を構える残りの兵士たち。そして早速、その内の一人が剣を構えながらシルバーAに突撃してきた。

「もらったぁ!」

シルバーAの頭上に振り下ろされる刃。
しかし……


ガシッ!


「なに!?」
「……詰めが甘いのだよ」

なんと、片手で兵士の腕を掴み、振り下ろされる刃を止めてしまった。

「ふっ!」
「ゴホッ!」

更に、動きが止まった瞬間に炸裂したジャブ。

「ふっ、は、さぁ!せぁ!」
「ご、あ、がぁっ!」

一発だけではない。驚くべき素早さで何度もパンチをお見舞いするシルバーA。
そして……。


「食らえ!激烈心臓マッサージ!!」


バリバリバリバリバリ!


「あばばばばば!!」


掌から放たれた電流が兵士を包み込む!


「あ……ばぁ……」
「安心しろ、死なないように手加減した。私はドクターヒーロー!決して無闇に人を殺めない!」

黒焦げになった兵士は力なくその場に倒れこんだ。これで残る兵士は三人。

「くそっ!今度は俺が相手だ!」

兵士の内の一人が剣を構えて自ら前に出てきた。
……あら?目の下にくまができてる……って、そんなこと思ってる場合じゃないわね。

「……君、最近寝不足ではないかね?」
「あ?何言ってるんだ?」
「君の目にくまができてる。睡眠時間の減少は生活習慣病の要因だ」

いや、こんな時に健康指導!?

「私はドクターヒーロー!たとえ敵であろうとも、健康の乱れを見逃すわけにはいかない!」
「だから何を言ってるんだお前は……」
「と言う訳で……」

シルバーAは手のひらを敵に向けて翳し……。

「夜更かし厳禁!ぐっすりお寝んねビーム!!」
「な……あ……」

リング状の光線を敵に向かって放った。
あれは……睡眠魔法だ!

「あ……ねむ……い……ぐぅ……」

光線を受けた兵士は徐に瞼を閉じ、その場に倒れて眠ってしまった。
あら……なんて強力なの。本人が睡眠不足なのもあって効果覿面だわ……。

「睡眠は大事だ!みんなもあんまり夜更かししないで、キチンと寝よう!」

いや今の誰に言ってるのよ。

「こ、この野郎!舐めたマネしやがって!」
「おい!こうなったら俺たちで片付けるぞ!」
「ああ!」

今度は残りの兵士が二人がかりで一気に攻めてきた。

「……ふっ」

すると、シルバーAは白衣のポケットから何かを取り出した。


キィン!


「なっ!?」
「お……う、嘘だろ!?」

そして、その取り出したもので二人の兵士の剣を受け止めた。

「……ペンは剣より強し!」

……文字通りだわ。
確かに剣を受け止めてる……ペンで。

「たとえ剣を向けられようとも、私はペンがあれば十分なのさ!」

なにあれ!?ペンが頑丈なの!?それとも、兵士の剣が鈍くなってるだけ!?

「さぁ……私を斬りたければ、この学びの必需品に打ち勝ってみせろ!」


キキキキキィン!


「え、わわわ!ちょっ!たんま!」
「は、早っ!え、お、おぉう!」


繰り出されるペンの連撃。対する兵士はあまりの素早さに戸惑いを隠せず、ただ攻撃を受け止めるのに精いっぱいな状況。
ペンと剣。どちらの方が武器として強力なのかは比べるまでもない。しかも一方は二人がかり。
しかし……今は常識や理屈などは通用しない。

「せぁっ!」
「うぉっ!?」
「うぁ!?」

たった一本のペンに弾き飛ばされた二本の剣。クルクルと空中で弧を描き、果てには地面に突き刺さった。

「とどめだ!」

シルバーAは素早い動作でペンをポケットにしまい、兵士の頭を鷲掴みにした。
そして……!


「失神!ブレインショック!!」


ズドォン!


「っ!?」


小さく鳴り響く衝撃音。シルバーブレインの手が離された瞬間、兵士たちは気を失い、脆く崩れ落ちてしまった。

「……脳に衝撃波を……!」

だいたい理解できた。手から放たれたのは衝撃系統の魔術。恐らくだけど……大脳の神経に衝撃を与えて気絶させたのね。


「……正義は勝つ!」


……あの恰好は伊達じゃない。
あの恐るべき強さ……まさにヒーロー!


「良い子は真似しないでね!」


しないわよ。


「さて……お嬢さん。お怪我はありませんかね?」
「え、ええ……」

兵士を全員倒したところで、シルバーAは私に近寄ってきた。

「ここはとても危険だ。早く安全なところへ身を隠した方がいい。よければ私が護衛しましょう」
「気持ちはありがたいけど、それよりも私の仲間たちや国の住民が怪我してないか見て回りたいのよ」

安全な所へ行きたいのは山々だけど、今は怪我を負ってる人がいないか見回るのが先決よ。私だって医者なんだから、怪我してる人を見過ごす訳にはいかないわ。

「なるほど……確かに怪我を負っている者を見捨てるなど医者にあらず。では、この私もご同行させてもらおう!私も正真正銘のドクター!少しはお嬢さんのお役に立てるだろう!」
「そう?じゃあお願いしようかしら」
「うむ!では早速行こう!」

シルバーAは自ら先陣切って駆け出す。私も後を追うように、シルバーAに続いて駆け出した。

「…………」

……なんだろう……あの人の後ろ姿……見覚えがあるような……
やっぱりこの感じ……どこかで…………



〜〜〜(ガロ視点)〜〜〜



「くっ!来るなと言ってるでしょうに!」
「そうはいかん!逃がさぬぞ!」

一目散に逃げ出したエオノスを追いかけ続け、ようやく城外の森まで追い込むことができた。
今や某は、生い茂る木々を潜りぬけながら逃げ続けるエオノスを追いかけている最中だった。

「ちぃ……これでも食らえ!」
「……甘い」

エオノスは走りながら、某に向かって黒い魔力の球を放った。しかし、某は冷静に黒い球をかわし、逃げ続けるエオノスを追いかけ続ける。

「ならば……こうだ!」

今度は黒い球を連続で放ってきた。しかし、何発放とうとも無駄な足掻き。某は黒い球の猛攻を難なく避けた。


……この魔力……やはりそうか!
こやつめ、小癪な真似をする……!


「ああ、もう!鬱陶しい……って!し、しまった!」
「……どうやら、逃げ場は無くなったようだな」

そうこうしている内にエオノスの方から足を止めた。そして某も、それに合わせて足を止める。
目の前に広がるのは、高く聳え立つ岩の壁。どこにも逃げ道が見当たらない。

「まったく……あんさんもしつこいですぜ!こんな所まで追ってくるとは!」
「与えられた任務に失敗する訳にはいかないのでな。地の果てまででも追ってやるさ」

逃亡を諦めたのか、エオノスは某へと振り返り、恨めしげな視線を向けてきた。
たとえ行き止まりで足を止められようとも、転移魔法を使えばその場を凌げるはずだ。しかし、ここで使わないと言うことは……もう魔力に余裕が無くなってきたのだろう。
まったく……ここまで追い込むのに余計な体力を消耗された気分だ。某としては手早く済ませたいと思っているのに。

「へぇへぇそうですかい。しかしねぇ、あっしもやられる訳にはいかない身分なんでねぇ。もしドジ踏んだら、あの方に殺されちまう」
「……あの方と言うのは、べリアルのことか?」
「そう。ここでとんでもないミスをやらかしたら、何もかもお終いなんすよ。ようやっと、保身を守れる居場所を見つけたってのに」

……まるでべリアルの配下にいることが安全だと言ってるようだ。

「保身だと?どういう意味だ?」
「長いものには巻かれろって言うでしょう?べリアルの旦那はとんでもなく恐ろしい方なんです。武力的にも、頭脳的にも、性格的にもね」
「……それで?」
「世界広しと言えど、あれほど恐るべきお方はそういやせん。下手に喧嘩を売って敵に回したら確実に負ける。ただ、味方になったら話は別ですぜ。あれほど強力なお方の懐にいれば、将来安泰なんすよ」

……そうか……そういうことか。やっと分かった。

「なるほど。つまり貴殿は、己の身を案じるが故に、べリアルの配下となった訳か」
「そうですねぇ。何よりも自分が大事なんすよ。だからべリアルの旦那の部下にしてもらうように頼んだんすよ」

虎の威を借る狐とは、まさにこのことだ。
……別に、そのような生き方を否定する気は無い。だが……

「ならば訊こう。貴様には奴への忠誠心はあるのか?」

そう、肝心なのは、主への忠誠だ。
話を聞いたところ、このエオノスと言う男はべリアルに付き従うよう志願したようだ。自ら従うと決めたのならば、忠誠心を抱えているのは当然のこと……。

「……傍にあの方が居ないから言えるんですがねぇ」

エオノスは、口元を吊り上げながら言った。

「忠誠も燻製もありやせんよ。所詮、あの方はあっしの身を守る防波堤みたいなものでしてねぇ。身も心も捧げる義務も無い」
「……つまり……貴殿は己の身を守るため、べリアルの配下となったのか」
「その通りですぜ。で、それがなにか?」

人には人の生き方がある。他人がどのように生きようとも、その者の勝手だ。
だが……あまりにも身勝手な言い分を並べたこの男だけは好きになれない。

「……何が防波堤だ。己の主を盾に例えるとは、おこがましいことこの上ない」
「それをあんさんが言うかねぇ。あんさんだって人のことを言えた義理じゃないでしょう。海賊連合軍の総大将なんて大物の主に守ってもらっている身分でしょうに」

確かに某はドレーク様に仕える身だ。しかし、某とこの男は違う。

「同類扱いしないでいただきたい。某は、身も心もお館様に捧げたのだ。生涯かけてお館様に付き従う誓いに、偽りの一片も無い」
「口だけなら何とでも言えやすけどねぇ」
「そう思うのなら勝手に言ってろ。たとえどう言われようとも、某はお館様のしもべだ」

そう……某は、お館様に付き従うアサシン。たとえこの身に何かが起きようとも、お館様は某がお守りする。そう決めたのだ。

「ま、どうでもいいですかね。あんさんには何の興味もありゃせんし。ただ……」

エオノスは、不敵な笑みを浮かべながら指をウネウネと動かす仕草を見せつけた。

「その断固たる忠誠心は大したものですぜ。あんさんを駒にすれば、これからの活動が楽になる」
「……某を操る気か?」
「そのつもりですぜ。あんさんを洗脳すれば、べリアルの旦那への良い手土産になる」

手土産呼ばわりとは素直に喜べない。いや、喜ぶべきでもないだろう。
そもそも某は、この命が尽きる時までお館様に従う身だ。他の輩の配下になるなど御免だ。

「笑わせるな……」


いや……それ以前に……!



小道具に頼り切ってる青二才が偉そうに言うな」
「!?」


そうだ……自分の力以外に頼り切ってるような輩に屈するような某ではない。

「……は、はん!何を訳の分からんことを!」

エオノスの表情には分かりやすく動揺が浮かんでいる。それでも白状しないつもりなのだろうが、某にはお見通し。

「……忍法……」

まずは、力の正体を暴かせてもらう。

「真空鎌居太刀!!」
「ぐぁっ!?」

両手の刃を振り、真空の斬撃をエオノスに放った。真っ直ぐに飛ばされた斬撃は、エオノスの身体に直撃する。

「……あ、あれ?痛くない?」

しかし、当人は全く痛がっていない。
それもその筈。某はエオノスを傷つける為に斬撃を放った訳ではない。身に纏っているローブを切り裂く為だ。

「……やはりそうか」
「え……げっ!」

無残に切り裂かれ、地面に力無く落ちたローブ。そして、ローブで隠されていたエオノスの身体が現れる。それを見て、某の推測が正しかったことが確認できた。

「ふん……大方、そうではないかと思っていたさ」
「や、やばい……バレた……!」

エオノスの身体に巻かれているのは革製のベルト。そしてベルトには……様々な色の宝石が付けられている。
そう……あの宝石は普通の宝石ではない。

「それは全て、身につけるだけで魔術を扱うことができる呪われた宝石だろう?」
「うぐ……!」

あれは全て、強力な魔力が込められている宝石だ。あの宝石を身に付けた人物は、簡単に魔術を扱うことができてしまう。
エオノスが駆使する洗脳術も、あの宝石による作用で間違いない。いや、洗脳術だけではない。先ほどの球も、転移魔法も、全てあの宝石の力だ。
奴は己の力だけで魔術を扱えるような男ではない。小道具に頼り切ってる狡猾な小悪党だ。

「どこでそのような物を手に入れたかは分からぬが、随分と下らぬ真似をやるものだ」
「……なんとでも言いなさい。道具なんて、活用してこそ価値を引き出すものでしょう」
「違いない。だが、非常に残念だよ」
「?」
「……それほど優れた宝石は、今から某によって砕かれるからな」

奴の洗脳術は、あの宝石によるもの。あれを全て壊せば、もう二度と洗脳術を扱えなくなる上に、誰も洗脳されることもなくなる。それに、未だに操られている者たちも正気を取り戻すだろう。
何としてでもあの宝石だけでも壊さなければならない。もう二度と、誰かが操られない為にも。

「生憎時間が惜しい故に、手早く済ませるからな」
「……生意気を言わねぇでくだせぇ!小道具だろうと文房具だろうと、最後には勝てばいいんすよ!」

険しい表情を浮かべたエオノスは、某を睨みながら身構えた。

「これを見たからには、あんさんには酷い目に遭ってもらうしかないようですぜ!こうなりゃ骨まで灰にする必要がある!」

……この者と話すのも、時間の無駄だな……。

「さぁて、まずは軽く氷の魔術でも……」



ヒュゥゥゥゥゥ…………


「……あ、あれ!?消えた!?」


エオノスの視界から消えた某。


「某は、闇に吹き抜ける風そのもの」
「!?」


某がいるのはエオノスの背後。鍛えるに鍛えた足の速さは、まさに風。
……奴の傍を通りすぎた時から、もう既に攻撃は済んだ。


「なっ!?い、いつの間に……」
「忍法!風遁螺旋昇!」
「うぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」


風は様々な形に変わる。某は巨大な渦を描く竜巻を発生させて、エオノスを空中へ浮かばせた。

「……ふむ……整った」

徐に足を進める。背後には、天へ飛ばされているエオノスの姿。
深い闇に包まれているこの空。エオノスに身に付けられている呪われた宝石。
題材は……十分揃っている。


「それでは、ここで一句。どうぞご清聴ください」


生憎、聞いてくれる人物は誰もいないがな。
その場で足を止め、背後を振り返る。

「常闇の……」

さぁ……宝石たちよ。

「空で舞い散れ……」

ひと際美しく散る、その様を……某に……!



「虹桜!!」



バァァァァァァン!!



「うごぉぁぁあああぁぁぁぁああ!!」



エオノスによる断末魔のような叫び。それと同時に、身に付けられていた宝石が粉々に砕かれる。

「……おお……」

常闇の空に光り輝く宝石の粒子。赤、黄色、緑、青、紫……様々な色を我が身に纏い、儚くも散り果てる。その様はまさに虹の桜。七色に輝く、美しい桜吹雪。今この時しか見られない上に、某しか見ていないのが真に惜しい。
何はともあれ、この光景を現す一句ができただけでも良しとしよう。

「……任務完了」

そう呟くと同時に、宙に浮かびあがっていたエオノスの身体が地面に墜落した。
……さて……呪われた宝石は砕かれた。これで洗脳術は二度と使えなくなっただろう。

「う……うぅ……」

エオノスは未だに意識がある。まぁ、死なないように加減したのだから当然だろう。
だが、問題はこの男をどうするかだ。放っておかずに、どうにかして処分した方が良いのだろうけど……。


ガシャァン!ズドドドド!ボォン!


「ん!?」


あれこれ思案に暮れていると、東の方角から凄まじい音が響いてきた。
今のはなんだ?少し近い位置から鳴り響いたが……。

「……見に行くか。よし、貴殿も来い」
「うぁ、がぁ……」

とりあえず、あの音の正体を見に行くとしよう。
そう判断した某は、隠し持っている縄を取り出し、横たわっているエオノスを縛り始めた……。



〜〜〜(ルミアス視点)〜〜〜



ガシャァン!ズドドドド!ボォン!



「せぁっ!ふ、はっ!へぁっ!」
「ふぅ!てぁ、たぁっ!」
「……本当に強くなっちゃってますね……」
「ええ……もしかしたら、長引かずに早く終るかもしれません」


繰り広げられる激しい攻防。ヘルムとお母さんに見守られながら、私もJCも、互いに一歩も引かずに猛攻を繰り返す。どちらが先に膝を付くのかは、時間と体力の問題だった。

「く……しぶとい女ね!さっさと死んじゃえばいいものを!」
「言ったでしょ!あんたなんかに負けないってね!」

バシッ!

「そらぁっ!」
「うぐっ……鬱陶しい!」
「おっと!」

上段蹴りを繰り出したが、片腕で受け流されて手刀の反撃を食らいそうになる。しかし、私は咄嗟に身を翻して一撃を避け、数歩下がってJCとの距離を置いた。

「ほらほら、もっと本気出しなさい!」
「やかましい!」

手招きして挑発すると、JCは鞭を振ってきた。蛇のようにうねりながら、丸状の先端が私に襲ってくる。

「よっと!」

しかし、私は鞭の攻撃を掻い潜りながら、一気にJCとの距離を詰めた。
そして……

「はぁ!」

首の辺りを蹴り飛ばす構えを取る。

「……ふっ」

しかし、JCは空いてる腕で私の蹴りを受け止める構えに入った。
でもお生憎様……何故なら……!

「もらったぁっ!」

今のはフェイントだからね!


ドガッ!


「ぐはっ!」


ガラ空きになった横腹に回し蹴りを繰り出した。モロに食らってしまったためか、JCの身体は大きく仰け反ってしまう。

「そこだぁ!」
「ごはっ!」

大きな隙も見逃さない。すぐさまJCの顎を蹴り上げた。

「おりゃおりゃおりゃぁ!!」
「うぐっ!くっ!うぁっ!」

そして容赦無き連続キック。腹、肩、膝……身体の各部分に一発一発的確に当てていく。

「それっ!」
「ぐぁっ!」

最後は強めの一撃。JCは後方に大きく飛ばされ、雑草が生い茂る地面に倒れこんだ。

「ふふん、どう?素人呼ばわりしていた小娘に押される気持ちは如何かしら?」
「おのれ……この、エルフの小娘が……」

乱れた髪を掻き上げる仕草を見せつける。するとJCは、よろよろになりながらも立ちあがり、恨めしげに私を睨んできた。
殺し屋だと聞いたからどれほどの相手かと思ったら……大したことないわね。ただの見栄っ張りなのかな?とにかく、ここまでやれば十分かな。そろそろあれを試してみてもいいかも。
ここに来る前にドレークおじさんから借りたあれを……!

「図に乗ってんじゃないわよ……すぐに殺してやるんだから!」
「あ!」

JCの身体が透明になり、私の目の前から姿を消した。
でも残念だけど、こっちは対処法が分かってる。

「それっ!……あれ?」

足元に転がってる石ころを数個広い、周囲に向かって投げた……が、さっきみたいに石はどの方向に投げても空中で止まらず、そのまま地面に落下してしまった。
おっかしいなぁ……透明化してるJCに当たるはずだったのに……。

「舐められたものね。同じ手が通用すると思ったのかしら?」
「!?」

どこからかJCの声が聞こえた。反射的に周囲を見渡したけど、どこにもJCの姿は見当たらない。

「さっきまでよくも好き勝手に蹴ってくれたわね。まぁ、安心しなさい。私はあんたとは違って、一発で仕留めてあげるつもりだから」
「……一体どこにいるのよ!?」
「それを教えちゃったら透明になった意味が無くなるでしょう?」

ご尤もね。でも参ったわ……姿を消されたら、攻撃どころか防御すらままならなくなる。
一瞬でも隙を見せたら……それこそ何もかもが終わる。慎重にならないと……。

「ふふふ……どんなに警戒しても無駄よ。あんたが気付いた時にはもう手遅れなのよ。その背中から心臓を貫いてあげるわ」
「…………」

背筋が凍りそうなことを言うわね。冷や汗が垂れてきた。

「さぁ……私はどこにいるのかしらねぇ〜……ふふふふふ……」

からかうように笑いかけるJC。
さて……どうしたものか……。


「ルミアス!」
「ヘルム!?」


突然、私の名前を叫ぶ声。
その声の主は……ヘルム!
愛しい人の声を聞いて、反射的にヘルムへと振り返った。

「ほら、しゃがんで!」
「え?」

そう言われて思わず身を屈めた……その瞬間!

「今だ!」

……え?

「それ!」


バコォン!!


「ごはぁっ!」
「え!?」

突然、背後に鳴り響いた金属音。私は思わず背後へと振り返った。

「うぶっ……こ、このガキ……!」
「JC!?」

そこには、透明化を解除したJCの姿が見えた。しかし、どういうわけかとても痛そうに鼻を押さえて悶えている。
なんで?一体何が……?

「……あ!」

疑問に思っていると、私の足元まで転がってきた物を見てようやく気付いた。
これは、ヘルムが持っている盾。ということは、ヘルムは私の背後にいたJCに向かって盾を投げたんだ。
……ヘルムに守ってもらっちゃったな。私が助けるつもりだったのに。まぁ、今のは仕方ないか。

「うぉっ、ぐぅ!くっ……な、何故……」
「分かったかって?ルミアスの背後に生い茂ってる雑草が何かに踏まれてるのに気付いたんだ!透明になっても、地形を踏んだ跡は消せないようだね!」
「おのれ……もう本当に許さない!まずはそこの小僧から殺してやる!」

怒りに満ち溢れた発言を吐くと、JCはまたしても身体を透明化させようとする。
今度はヘルムを狙うつもりね……そうはいかないわ!

「ヘルムに手を出さないで!」

咄嗟に身を屈めて、その姿勢のままJCにタックルをお見舞いした。

「もう逃がさないわ!」

JCは後方にある大木に身体を打ち付けてしまう。それを見た私はズボンのポケットから、とある物を取り出した。
これは、ちょっと小さめの刃物。ここに来る前、ドレークおじさんから借りた武器だ。

「これで……終わりよ!」

JCに向かって、その小さな刃物を投げつけた。ギラリと不気味に刃を輝かせ、一直線にJCへと向かって行く。

「はっ!」

しかし、JCは素早く身を翻して刃物をかわした。投げられた刃物はそのまま大木に突き刺さる。そしてJCは数歩下がり、私との距離を置くと不敵な笑みを浮かべた。

「……何が終わりなの?詰めが甘いのよ、詰めが。この程度で勝てると思わないでちょうだい」

余裕にそう言い放つJCの肩には、刃によって斬られた掠り傷が見える。
それを見て私は確信した。文字通り、もうこの勝負は終わったと。

「そうかな?この刃が当たった時点で、もう勝負は付いたのよ」
「……なに?」

そう……なにも致命傷を与える必要も無い。刃さえ当たっていれば十分だった。

「ほら……もうすぐ効いてくるわ」


何故なら刃物自体、普通の代物じゃないからね。


「……うっ!くっ……あ、あぁ……」

早速効果が出てきたようだ。JCは掠り傷を抑えながらその場に座り込み、絞るように呻き声を上げた。

「あ、あんた……それ、普通の刃じゃないわね……くぅっ!」
「そういうことよ」

ここでJCも、私が投げた刃物は普通じゃないってことに気付いたようだ。全身に走る感覚を必死に抑えるように、自分の身体を両腕で抱きしめながら私を睨んできた。

「まさか、その刃に毒を……!」
「違うわよ、安心して。別に死ぬわけじゃないから」

……まぁ、毒とは似て非なるものになるかな。

「毒じゃないとしたら、……う、あ、あはぁっ!ま、まさか……!」
「……気付いたみたいね」

掠り傷から浸食してくる感覚でようやく気付いたらしい。
今のJCは、痛みというより快感に近い感覚に包まれているだろう。


それもその筈。何故なら……これは……!



「この刃の正体は、ワーウルフの爪よ!」



ワーウルフ……鋭い牙や爪で人間の女性に外傷を与えることにより、自分と同じワーウルフに変える魔物娘。
つまり、ワーウルフの爪で引っ掻かれたJCは……今から魔物娘へと生まれ変わる!


「うぅ……あ、あはぁぁ!」

あら……早速変化が現れたようね。

「あ、ああ……な、なによこれ……んひゃぁ!」

JCの頭から生えてきたのは、髪と同じ色の狼の耳。口からは鋭い獣のような牙、両手の指先からは尖った爪が生えてきた。

「うぁっ!はぁ、はぁ……」

肩の掠り傷から獣の体毛がはみ出てきた。更にお尻から、狼の尻尾がスーツを突き破って出てきた。身体にピッタリとくっ付いてるスーツの所為で全体が見えないけど、どうやら身体に狼の毛が生えてきたようね。


「うぅ……ワォォォォン!!」


そして完全にワーウルフへと変貌したJCは、天に向かって遠吠えを上げた。

「はぁ、はぁ……まさか……そんな……!」

ワーウルフになったJCは、変貌したモフモフの両手を見つめて呆然としている。
……よく見ると肌の艶が良くなってるわ。それにおっぱいもちょっとだけ大きくなってる。魔物化って凄いなぁ……。

「これであなたは別の意味で終わったわ。自分でもその意味が分かってるでしょ?」

何はともあれ、これで殺し屋としてのJCはこの世から消え去った。
魔物娘は人間を愛する存在であり、決して人間を殺そうとは考えない。どんなに凶暴な性格の魔物娘でも、人間を殺そうとするなんて絶対にあり得ない話。
つまりJCは、魔物娘になった時点で、もう平気で人を殺せるような女じゃなくなったということだ。

「……おのれ……小娘!」

JCは怒りの形相で私を睨みつけてきた。未だに人間としての自我は残ってるようだ。
さぁ、魔物娘に変えたのは良いけど、これからどうしようかな……。


バシュッ!


「ルミアス殿!リズ殿!ここにおられたか!」
「あ、ガロさん!」

すると、風の音と同時にガロさんが現れた。
偶然だけど、ガロさんもこの近くにいたんだ。ちょうど良かった。この女をどうするか相談しようかな。

「え!?も、もしかして、ガロさんですか!?」
「やぁ、ヘルム氏。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「は、はい……というか、何故ガロさんが此処に?」
「うむ、お館様と共に、若様とその仲間たちを助けに来たのだ」
「それじゃ……ドレークおじさんもこの国に来てるのですか!?」
「うむ、今頃王宮におられるだろう」

ガロさんの登場により、ヘルムはとても戸惑った様子を見せた。それにしても、この二人の会話を聞く限り、やっぱり二人は以前から面識があったようだ。
……そういえば……。

「ねぇ、ガロさん」
「ん?どうした、ルミアス殿」
「その人……誰?」

ガロさんが脇に抱えてる男の人……誰なの?

「え、あ、ど、どうも……」
「この男の名はエオノス。べリアルの手下だ」
「べリアルって、ドレークおじさんが言ってた、敵の親玉?」
「そう、そのべリアルだ」

ガロさんが抱えているのはエオノス……どうやら敵のようだ。縄で縛られて戦意を失ってるためか、抵抗もせずに苦笑いを浮かべている。

「……ちょっとあんた……なに捕まえられてるのよ!」
「え……誰ですか、あんさん?」
「JCよ!」
「JC……えぇ!?JCの姐さん!?ま、まさか、魔物にされたんですかい!?」
「……ふん!」

エオノスとJC。この二人の会話からして、どうやら知り合いのようだ。

「で、そこのワーウルフは?」
「この人も敵よ。元は人間だったけど」
「そうか、都合が良い」
「え?」

JCが敵だと知った途端、ガロさんは何故か都合が良いだなんて言ったけど……どういうこと?

「ではルミアス殿、この者共の後始末は某にお任せいただけないであろうか?一つ、良い考えがある故に」
「え?ああ、いいよ。なにやるか分からないけど」

後始末だなんて言われてもピンと来ないけど……まぁ、ここはガロさんに任せても大丈夫だろう。

「うむ、それでは……」

ガロさんは、JCに向けて腕を突きつけた。すると……。


バシュゥゥゥゥゥ!


「うぁっ!?な、なんだこれ……!?」


ガロさんの衣服の袖から桃色のガスが噴射されて、JCを瞬く間に包み込んでしまった。

「あ、はぁぁ……ふぁ、ひゃぁん!な、なんだ、これは!?身体が……ふぁあん!」

ガスを吸い込んだJCは、突然身体を身悶えさせた。一見すると、痛みというより快感によって悶えているように思えるけど……?

「貴女が吸い込んだのは、特製発情ガスだ」
「は、発情って、なんでそんなのが……んはぁっ!」

発情ガス……魔物娘にとっては、ある意味厄介な武器とも言える。
ガロさんって、隠し武器を有効に扱えるって聞いたけど、こんなトリッキーな武器も仕込んでいたんだね。

「そして、発情しきった貴女にこの男を……ホイっとな」
「あわわわわ!」

そしてガロさんは、脇に抱えているエオノスをJCに向かって無造作に投げ飛ばした。縄で縛られてる所為で動けないでいるエオノスは、なす術も無くJCの元に飛びこんでしまう。

「くっ!この仮面男め……もう勘弁しやせんぜ!姐さん!この縄を解いてくだせぇ!」

ぞんざいな扱いに怒り心頭のエオノスは、JCに縄を解くよう頼んだ。しかし、当の本人はと言うと……。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「……あ、姐さん?どうしたんすか?なんだか目が怖いっすよ?」


縛られてるエオノスを、激しく息切れしながらジッと見つめている。その目つきはまるで獲物を狙っている獣のようだ。それに頬も赤く染まってるし、口元からはよだれが垂れてるし……。

「はぁ、はぁ……セ……セックス……セックスしたい……!」
「……へ?」
「おちんぽ……ギンギンおちんぽ欲しい!熱いザーメン、ぶちまけられたい……!」

口から吐き出されるストレートな欲求。それも性欲に関することばかり。これも立派な魔物娘になった証拠だろう。発情ガスを吸い込んで性欲が高まったのも原因だろうけど。

「はぁ、はぁ、はぁ……もう……もう無理……もう無理……!」
「ま、まさか……!」

具体的に言うと、お腹を空かしてる猛獣に美味しそうな餌を差し出した。まさにそんな光景だ。
言うまでもないけど、猛獣役はJCで、餌役はエオノス。エオノスもようやく今の自分に置かれている立場を理解したようだが……時既に遅し。



「ワォォォォォォォォォォォン!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


我慢の限界を超えたJCは、雄たけびを上げながら縛られてるエオノスを抱えて、険しい雑草の茂みに飛び込んだ。
二人の姿は茂みに隠れて見えなくなったけど、この後の展開は粗方予想できる。

「ひぎゃあああ!ちょちょちょ!姐さん!やめてくだせぇ!!」
「うっさいわよ!早くエッチしたいのよ!ああもう!服邪魔!破く!」
「いやぁ!ちょ、やめてぇ!」
「もう!スーツなんか着てられない!これ捨てちゃう!」

茂みからポイっと出てきたのは、JCのピチピチスーツ。と言うことは、今のJCは全裸……。


「ま、ままま待ってくだせぇ姐さん!あっしみたいな冴えない男はノーサンキューだったんじゃないんですかい!?」
「はぁ?そう言ったっけ?てかもうどうでもいい!寧ろあんたは嫌いじゃないし!というわけでエッチするよ!」
「いやちょっと!お願いだからやめてくだせぇ!こんな形で童貞喪失とかシャレになんないっすよ!」
「は?あんた童貞なの?まぁいいわ!ちゃんとリードしてあげるから、いっぱい精液出しなさいよね!」
「リードとかそういう問題じゃない……あ、いや!さ、触らないで!」
「ほらほら、早く勃起しなさいよ!時間をかけてたっぷり犯してあげるから、早くギンギンに勃ちなさいよ!ほらほらほらぁ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



……うわぁ〜…………姿は見えないけど、声だけ聞いてどんな絵になってるのか想像できちゃう…………。



「…………」
「あ、あはは……」
「……ガロさん、あなたってある意味恐ろしいわ」
「それほどでも」

ヘルムは絶句、お母さんは苦笑い。それぞれ反応を示す中、私はガロさんのえげつなさに別の意味で感心してしまった。
何はともあれ、 JCとエオノスはもう放っといても大丈夫だろう。

「ヘルム!」

私はヘルムの盾を拾ってからヘルムへと駆け寄った。

「ルミアスがこんなに強くなっていたとは思わなかったよ。少なくとも僕より強くなったんじゃないかな?」
「えへへ……早く病を克服するために頑張ったんだよ」
「そっか。でもまさか、君に助けてもらう日が来るなんて思わなかったよ。ありがとう、ルミアス」

……こんなに眩しい笑顔でお礼を言われて、嬉しくない訳がない。

「ううん、お礼を言うべきなのは私だよ」

私は、ヘルムの盾を掲げるように見せた。

「あの時JCが背後に潜んでいたのに気付かなかったから、私はやられてたかもしれない。でも、ヘルムがこの盾で助けてくれたから、私はJCに勝った。ありがとうを言うのは、私の方だよ」
「僕はただ、ルミアスが傷付くのが嫌だったからね。それに、ルミアスだけ戦わせておいて、僕は何もせず傍観しているのに居たたまれなくなったんだ」
「その気持ちだけで嬉しいよ!」

あのまま背後のJCに気付かなかったら、私は負けてたかもしれない。事実、あの時は一歩間違えてたら確実にやられていた。
でも、ヘルムは私を助けてくれた。あの時、私の身を守ってくれた。そのお蔭で、私は勝てた。

「ありがとう、ヘルム!」
「うぉっと!」

盾をヘルムに返し、とびっきりの感謝と愛情を込めてヘルムを抱きしめた。

「あぁ……温かい♪」
「よ、止せって……」

ヘルムの胸板に顔を埋めて、そのまま頬をすり寄せた。
はぁ……久しぶりのヘルムの温もりだぁ♪なんて心地良いの……ずっとこうしていたい……。


「済まぬが二人とも、このような所に長居は無用だ。一先ず移動するとしよう」


……もう、ガロさんったら……なんでこんな時に……。


「…………」
「ああ、分かる。言いたいこともその気持ちもよく分かるし、某も邪魔などしたくない。だが今はこのような所に長居する訳にもいかぬだろう?」

無言の訴えを送ると、ガロさんは申し訳なさそうな姿勢を示した。

「ルミアス、気持ちは分かるけど、ガロさんの言う通りだよ。とりあえずこの場から移動しよう」
「そうよルミアス、今は……ね?」

ヘルムもお母さんも、諭すように話しかけてくる。
……はぁ、仕方ないか。もうちょっとヘルムを抱きしめていたいけど、そこまで言われたらなぁ。

「うぅ……分かったよ」
「それじゃ……うっ!いてててて……!」
「ヘ、ヘルム!大丈夫!?」
「ああ、ちょっと足が痛んでね……」

移動することになった瞬間、ヘルムが急に膝を抑えて蹲った。
そうか……まだ身体のダメージは残っているんだ。その状態で歩かせるのも可哀想だ。

「そう……それじゃあ、肩貸してあげるね。ほら、大丈夫?」
「ああ、お陰で楽になったよ。ありがとう」
「うふふ……相変わらず微笑ましいですね」
「右に同じ」

私がヘルムの身体を支える姿を、お母さんとガロさんは興味深そうに眺めていた。
ちょっと恥ずかしいけど、仲睦まじい様を見られるのは案外悪くないかな。

「ところで、これからどうするの?」
「うむ……状況が有利になってきているとは言え、迂闊に街へ行く訳にもいかない。お館様がベリアルをどうにかすれば万事解決なのだがな」

べリアル……敵の親玉。今回の騒動を起こした張本人でもある。
ドレークおじさん曰く、冥界の雷を操る実力者とのこと。私は本人の顔を見たことが無いけど、ドレークおじさんが恐れるほどの人物だから相当強いのだろう。

「ガロさん、質問してもいいですか?」
「うむ、どうした?」

と、ヘルムがガロさんに話しかけてきた。

「ガロさん、さっきドレークおじさんは王宮に居るって言いましたよね?」
「うむ、確かに」
「じゃあもしかして、ドレークおじさんはべリアルを倒すためにここへ来たのですか?」
「正確には若様を救いに来たのだが、あながち間違いでもなかろう。ちなみに某も先ほど王宮に出向いたのだが、お館様は無事に若様と合流していたぞ」

ガロさんが言うには、ドレークおじさんはキッドと会えたそうだ。仲間の誰よりも一足早くこの国に出向いてたけど、あの人も無事でいるみたい。
それにしても……発射された大砲の弾に乗って行った姿を見た時はホントにビックリした。キッドのお父さんって、どれだけ人間離れした人なのよ……。

「よかった……キッドのことは十分信じてるけど、相手はあのべリアルだからね。ドレークおじさんが来てくれたのなら安心できるよ」
「気を緩めるにはまだ早い。戦いは終わってないのだから」
「べリアルが強敵だってことは分かってます。でも僕はべリアルの強さより、キッドとドレークおじさんを信じてます。あの二人が協力してべリアルを討ち取ってくれれば一件落着ですね」

確かにヘルムの言うとおり、キッドとドレークおじさんがタッグを組めば怖いものなしとも言える。べリアルがどれほど強いのかは知らないけど、あの二人ならきっと勝てる……と、根拠は無いけど信じている。

「……ヘルム氏、実はべリアルについて聞かせておきたいことがある」
「え?」

ガロさんは、声のトーンを低くしてヘルムを見据えながら口を開いた。

「べリアルは確かに残虐な性格だ。事実、奴はこの世に蔓延る生き物を皆殺しにしようと目論んでいる」
「なっ!?み、皆殺しって……だったら尚更食い止めなきゃ……」
「まぁ聞け」

仮面で顔を隠してる所為で表情が分からないけど、多分この時のガロさんはとても真剣な表情を浮かべていると思う。

「べリアルは自分自身を悪魔だと名乗っている。全てを破滅に導く悪魔……だとな。だが、お館様が言うには……」


ガロさんは、一瞬だけ間を置いた後、訴えかけるような口調で言った。


「べリアルは、本心では世界の破滅なんか望んでいない!悪魔でもなければ、非道でもない!奴にだって……心はあるんだ!」



〜〜〜(キッド視点)〜〜〜



「…………」
「…………」


王宮の隠し部屋にて無言で睨みあうべリアルと……俺の親父、ドレーク。互いに火花を散らしており、今まさに激しい戦いが繰り広げられようとしているところだった。

「……親父……」

それにしても……まさか親父が駆けつけてくれるなんて思わなかった。最近、獄炎の島にいるって聞いたのに、こんな所まですっ飛んで来て……その情報収集の速さは健全のようだ。

「キッド、お義父様に助太刀した方がよろしいのでは?」

サフィアが心配そうな面持ちを浮かべながら俺に話しかけてきた。
そりゃあ俺だって戦いたいさ。だが、この戦いには間違っても割り入ってはならない理由がある。

「ああ、俺もそうしたいさ。だが親父の戦いに横槍を入れたら、それこそ命が幾つあっても足りねぇよ」
「と言うと?」

……何故かって?そんなの決まってる。


「後で親父に『テメェ!なに人の獲物に手ぇ出してんだゴラァ!!』とか言われながらジャイアントスイングされるから行きたくない」
「……え、あ……そうですか……」


過去に何度も経験している。親父は自分の戦いを邪魔されるのが大嫌いな性格だ。親父の戦闘にちょっかいを出したら、必ずキツいお仕置きを食らうのが目に見えてる。俺は親父が繰り出す数々のプロレス技をこの身に刻まれてきた。今でもその恐怖は身に染みている。
本音を言えば俺もべリアルと戦いたいけど……今は様子を見た方がいいだろう。

「……いいだろう……お望み通り相手をしてやろう!」

と、べリアルは異形の右腕を突き出し、親父に対して宣戦布告を言い放った。

「……まぁ待て。その前にやるべきことがある」

だが、親父は冷静にべリアルを見据えたまま言った。

「……なんだ?準備体操でもするつもりか?」
「そうじゃねぇよ。ある意味、それよりも大事なことだ」

そして親父は、徐にべリアルを指さしながら、こう言い放った。


「アンタ……その鎧と仮面を脱ぎな」


……べリアルの鎧と……仮面?
それってつまり、べリアルの素顔を見せろってことか?

「……なに?」
「アンタの素顔を見せろって言ってるんだ」

対するべリアルも、口元だけで動揺を表現している。戦闘を始める段階でこのようなことを言われるとは思ってなかったのだろう。
ただ、べリアルの素顔となると……正直言って俺も気になる。
あいつはずっと仮面を被っている男だ。口元だけ見えるが、それより上は見たことがない。一体どんな顔なのか俺も知りたいところだ。

「……素直に見せる義務もない!」

べリアルはすぐに戦闘体勢に入り、異形の手に漆黒の雷を収束させた。
そして……!


「5000万ボルト・放電(エレヴァージ)!!」


ゴロゴロゴロゴロゴロ!!



冥界の雷が、一直線に親父を襲う!


「うぉっと!」


しかし、親父は咄嗟に身を翻して雷を避けた。
そして今度は、親父が攻撃する番!


「ベリリウム光線!!」


ドカァァァァァァン!!


「うぉっ!くっ!」

親父の右腕から放たれた光線が、べリアルの足元に直撃した。石造りの床が粉々に砕かれ、辺りに砂煙が湧きあがる。
相変わらずスゲェ威力だ……直撃したら一たまりもないだろうな。

「隙ありってな!」

すると親父は自ら砂煙の中へと飛び込んで行った。

「キ、キッド!お義父様が!」
「ああ、大丈夫だ!多分親父なら……!」

親父だって無鉄砲に戦ってるわけじゃない。何か考えがあって突っ込んだのだろう。余計な心配は無用だ。

「テメェは何時までこんな物で自分を隠してるつもりなんだ!」
「や、やめろ!離せ!」

突然、砂煙の中から二人の人物の声が聞こえた。それと同時に、砂煙の中から二つのシルエットが……!

「あれは……親父とべリアル!?」

そう、あれは間違いなく親父とべリアルだ。黒い影しか見えないが、一見すると取っ組みあってるように見える。
……いや、あれって……組みあってるって言うか……揉めてるって言うか……。


「いい加減に……本当の自分をさらけ出せよ!!」


カキィン!


「!?」


突然部屋に響き渡る金属音。それと同時に、砂煙の中から二つの物が飛び上がる。その物は宙を回りながら床に落下し、カラカラと音を立てながら転がり、その正体を現した。

「あ!」

その転がってきた物を目にした瞬間、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
それもその筈。何故なら、それは……!

「キッド……あれって、もしかして……!」
「ああ……べリアルの鎧と鉄仮面だ!」

そう、転がってきたのは、べリアルが身に着けていた鎧と仮面だ。これが転がってきたと言うことは……!

「よっと!」

湧きあがる砂煙の中から親父が出てきた。

「親父!これって……!」
「ああ、べリアルの鎧と仮面だ。見ろ、あれがべリアルの正体だ」

親父は砂煙の中にいるべリアルに視線を向けた。湧き上がっている砂煙は徐々に収まり、一人の人物の姿を明かそうとする。
あの中に……べリアルの正体が……!


『……クソがっ!』


…………ん?


「おい、誰か今、何か言った?」
「え?何も言ってないですけど?」
「私も別に、何も言ってないぞ」
「俺も」

突如として聞こえた謎の声。聞き覚えのない声に思わず周囲を見回したが、どこにも声を発した人物は見当たらない。
なんだったんだ……今のは……?

「あ!キッド!あれを!」

サフィアが指さした先へと視線を移す。そこには、ようやく収まりきった砂煙。そこから姿を現したのは……!


「べリアル!?」


異形の右腕がひと際目立っている……そう、遂に仮面と鎧を外したべリアルが姿を現したのだ。
その姿と言ったら、なんておぞましい姿…………



「……え?」


……じゃ、なかった。


「……え?」

二度も素っ頓狂な声を上げてしまった。
おぞましいなんて表現は間違ってる。素のべリアルを一目で見た第一印象は……なんだあれ?って感じだ。
鎧の下に着ていたのはグレーのシャツ。これはまだ普通だ。しかし……。

「?……?」

隣にいるサフィアも頭にクエスチョンマークを浮かべている。
まず第一に、べリアルの素顔を一言で表すと……綺麗で大人びた顔だ。切れ長の目、スッと通ってる鼻筋、肉感的な口……顔を構成する一つ一つのパーツが綺麗に整っている。それに頭から生えてる赤い長髪と絶妙にマッチしている。
所謂、美形ってやつなのか。いや、待て……。

「……は?え?」

美形って言うのも……ちょっと違うな。いや確かに良い顔なんだけど……それよりも……。

「な、なんで……?」

それよりも気になることがある。
……なんだ、あの身体?あれ……なんだか……!
いやまさか、そんな筈はない。普通に考えて、そんなこと……!

「……そういうことだ」

親父から発せられた言葉で、目の前の光景は嘘じゃないことを突きつけられた。


「見ての通りだよ」
「いや、まさか……」
「そのまさかだ」
「え?」
























「べリアルは…………人間の女だ」



……べリアルが……女……おんな?


「あれで一目瞭然だろうが。まぁ、予想外だろうけど」


……え?
…………ええ?
……え?ええ!?ええええ!?




「ええぇぇぇええぇえぇぇええぇえぇぇえええぇぇえぇ!!?」



この場に居るギャラリー(親父とべリアル以外)が、一斉に驚愕の叫びを上げた。


「いやいやいや!え、ちょっ!なにこれ!?どういうことだ!?べリアルが……女!?まさか、そんな!」
「顔立ち、胸の膨らみ、女特有の体つき。あれを見れば疑う余地も無いだろ」

あまりにも急展開過ぎて動揺を隠せない!
まぁ、確かにあのべリアルの姿はどう見ても女だ。正真正銘の女だよ。それは認める。
よく見ると顔は美形と言うより美人だし、シャツで隠れてる胸は女の乳房みたいに膨らんでるし、体つきなんて男にしてはしなやかでスレンダーだし。
どっからどう見ても女だ……いや、でも未だに信じられない!

「おいおいおい……ウソだろ!?マジか!?」
「まぁ、顔と身体は仮面と鎧で隠されてたからな。気付かないのも無理ない」

確かに、俺が知る限り、べリアルは何時も仮面と鎧で己の生身を晒さなかった。素顔も身体も、分厚い金属の装備品で覆われてたから気付くのも難しい話だ。
いや……でも……!

「あの、なんだか変じゃないですか?」
「ん?何がだい?サフィアちゃん」

サフィアが戸惑いを表したまま、親父に話しかけた。

「べリアルが女だとしても……声色は男の人のものでした。現に今までだって、男の声で喋ってましたよ。本当に女の人だったら、無理してでもあんな低いを出せるとは思えません」

俺もそう思っていた。べリアルはずっと低い声で喋っていた。どう聞き取っても男の声だと判断するのが普通だ。流石に声色を変えるなんて真似は……。

「……そう聞こえただろうな。だが、これが本当の声だ」
「え?」

突然聞こえてきた女の声。サフィアでも、オリヴィアでも、シルクでもない声だ。
この場に居る女と言ったら……まさか!?

「ベ、べリアル……その声……」
「……ああそうだよ、これが本当の俺なんだよ……」

男とは思えない、甲高くて透き通った声。どう聞いてもまさしく女の声だ。
口調こそ変わってないが……これは間違いなくべリアルの口から発せられた。

「でも、どうなってるんだ?なんで今になって声色が変わったんだ?」
「魔術で声色を変えたんだ。俺は人間共を恐怖に陥れる悪魔。だが、こんな女々しい声だと下等な人間共を威圧できない。だから声色を変える魔術で、重くて低い声に変えたんだ」

べリアルは俺の疑問に対して、重くない本当の声で淡々と説明した。
驚いたな……魔術ってこんなこともできるのかよ。それにしても……べリアルが女とは……本当にビビった……。

「アホぬかせ。なにが悪魔だ。アンタはいつまでこんなことをやり続けるつもりなんだ?」
「…………」

呆気に取られていると、親父がべリアルに話しかけてきた。親父の声に反応したべリアルは、深い青色の瞳でキッと親父を睨みつける。しかし、親父は怯むことなく話を続けた。

「アンタはずっと前からそうだった……自分の姿を隠し、本当の自分を否定しながら生きてきた」

そう話す親父の表情から……怒りより憐れみの方が強く感じた。

「何もかも自分で諦めて、心の片隅に眠る想いを拒絶し続ける。アンタはこれからも、そうやって生きるつもりなのかよ?」
「…………」

俺には、親父の言ってることが理解できない。しかし、べリアルは意味を分かっているのか、睨みを緩める気配を示さなかった。
ただ……なんだろう……親父の顔を見る限り……何か事情を知っているようだけど……?


「いつまでべリアルだなんて……偽りの名を語る気なんだ……」
「……え?」


……ちょっと待て。偽り……だと?それって、偽の名前ってことか?
まさか……『べリアル』ってのは、ただの偽名でしかなかったのか!?


「な、なぁ!べリアルって、偽名だったのか!?」
「ああ、べリアルなんて作り物の名前だ。こいつには本当の名前がある」


まさか……名前そのものまで偽ってたのか。俺はガキの頃からずっと、べリアルはべリアルだと思っていた。それがどうだ。今になって偽物の名前だと聞かされて……。
……本当にもう……なんだってんだよ……。


「……もう……こんなことはやめろ!」


親父は……べリアルの心に呼び掛けるように叫んだ。



「いい加減に目を覚ませよ……シエル!!」



シエル……それがべリアルの……本当の名前……!
14/03/09 22:05更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
はい、というわけで今回は冒頭で謎のヒーロー登場。そしてちょっとあっさりだけど、二つの戦いの模様でした。
そしてそして、終盤にて明かされたべリアルの正体……そう、実は人間の女でした。と言っても、今まで一人称は俺でしたし、口調も荒荒しい感じだったので、急に女だと言われても違和感半端ないかもしれませんけどね。

そして次回はべリアル……いえ、シエルの過去が明かされます。
彼女はどういった経緯で、シエルからべリアルへ変わったのか?そして、彼女の過去を知ったキッドは……?の、予定です。

では、読んでくださってありがとうございました!

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