変わり果てた故郷
「ねぇねぇ、あとどれくらいで着くの?」
「もうすぐ着くぞ。十分も掛からない」
「あら、もうそんな近くまで来たのですね」
「出航のペースを何時もより早めに上げてたからな」
出航から五日目……ついにトルマレアに上陸する日が来た。俺、サフィア、ピュラ、そしてシルクはダイニングに集まり、これから向かうシルクの故郷、トルマレアの話に花を咲かせているところだった。
「いよいよ上陸か……トルマレアってどんなところなんだ?」
「自然豊かな国だぞ。特に農産物の育成には力を入れている」
「あら……農産物と言いますと、野菜や果物のことですか?」
「ああ、農作に使用する肥料や土にも徹底的にこだわっている。遠方の国が欲しがるほどの逸品だ」
「ほう、そりゃ興味深い」
「楓さんが喜びそうだね!」
シルク曰く、トルマレアは農作物で有名だとか。ピュラが言った通り、楓がはしゃぎそうな国だな。
「でも……何故ベリアルはトルマレアにいるのでしょうか?」
「それは分からない。以前から何を考えてるか分からない野郎だが、何か企みがあるってのは確かだ」
「同感だな。あんな男が私の国にいると思うと……内心穏やかでいられない」
そう……実は俺たちが向かっているトルマレアにて、俺たちが来るのを待ってる男がいる。
そいつの名はベリアル。かつて俺の故郷、カリバルナの公爵として暗躍していた危険な男だ。
今回、トルマレアに向かうきっかけになったのもベリアルだ。以前奴の口から、近々カリバルナを手中に収めるなんてとんでもない企みを聞いた。勿論、そんな勝手な真似は俺らが許さない。
洗脳によって強制的に部下にされたバルドを助ける他、ベリアルの悪巧みを阻止するためにも、こうしてシルクと共にトルマレアに向かっている訳だ。
「なんにせよ、シルクの国とは言え、呑気に上陸するのはほぼ無理だろうよ。尤も、ベリアルさえ仕留めればいいだけの話だが」
「だが、バルドの洗脳はどうやって解けばいいんだ?」
「それはまだ分からないが……そのことは後で考えようぜ。とりあえずバルドの身柄の確保を優先した方が良いぞ」
「なるほど、確かにな」
全ての根源であるベリアルを何とかすれば、一先ず目的は達成されるだろう。
とは言っても、ベリアルも弱くない。あいつは冥界の雷を自由に扱う能力を持つ。とても一筋縄で敵う相手ではないだろう。苦戦を強いられるのは避けられないが、それでも立ち向かうまでだ。
ガチャッ
「あら、みんな此処に集まってたのね」
と、色々と雑談を交えていたら、突然ダイニングの扉が開いてシャローナが入ってきた。
「あら、シャローナさん。どうかしましたか?」
「ええ、実はちょっと船長さんに用があって」
「え?俺に?」
シャローナは意味ありげな笑みを浮かべた。よく見ると後ろ手に何かを持っている。
……あぁ、そういうことか。
「断る!」
「え、ちょ……まだ何も言ってないじゃない」
「言われなくても分かってる。どうせまた新しく作った薬の実験台になって欲しいんだろ?」
「あら……察しが良いわね」
「お前から他の用事を頼まれた記憶は無いんでな」
「否定できないわ……」
シャローナは苦笑いを浮かべながら、手に持っていた物を俺たちに見せた。薄緑色の液体が入った小さな小瓶だ。
やっぱり……また変な薬を作ったな。しかも俺で試そうとしやがって。その研究癖は一体誰から受け継がれたのやら。
……まぁ、一応どんな薬なのかは聞いておくか。
「……で、今度はどんな薬を作ったんだ?」
「うふふ……これは今までの薬とはちょっと違うわよ」
ろくでもない効能なのは過去共通だろ。
と、心の中で毒づいてやった。
「その名も……一口飲んだだけでおちんちんがビンビンに勃起して、能動的に射精させちゃうお薬!」
「……なんとも説明染みた名前だな」
「ちなみに名前は後でちゃんと考える予定なのよ」
……これはまた……需要があるかどうかさえ微妙な珍品作ったな……。
「えっと……それってつまり、男の人の性器に触れずに精液を出させるお薬ってことですか?」
「そう!中々斬新でしょ?」
サフィアの質問にシャローナは満足そうに頷いた。
……で、早速俺に飲ませようと思った訳か。
「断る!」
「え、いや、だからまだ何も言ってないじゃない」
「話を聞いてれば言われなくても分かるわ!試しにそれを俺に飲ませようって魂胆だろ!」
「まぁ、そうだけど……一回くらい協力してもらっても……」
「その一回が命取りなんだよ。お前が作った薬にはろくな思い出が無い。そもそも、男なら俺以外にもこの船にいるだろ?他をあたってくれ」
「船長さんでないと駄目なのよ」
他の男に頼むように言ったが、シャローナ曰く俺でないと駄目だとか。どういうことだ?
「つまり、どういうことだ?」
「この薬ね、普通の人間に効くのは立証済みなのよ。でもインキュバスが飲んだ時のデータがまだ取れてないの」
「……それで俺に?」
「そう。だってこの船に乗ってるインキュバスは船長さんしか居ないでしょ?」
「あ、確かに……」
そう言えばうちの海賊団、インキュバスになってるのは俺だけだった。だから俺に頼んできたのか。
「と言う訳で早速……」
「待て!何がと言う訳だ。薬で半強制的にイかされるなんて冗談じゃない」
「そうですよ。キッドを気持ちよくするのは私だけです」
まるで俺を守るかのように、サフィアがちょっと険しい表情で口を挟んできた。
「あはは……やっぱりサフィアちゃんには反対されると思ったわ」
「反対しますよ!キッドの精液は私のものです!」
そういう問題?
「まぁ気持ちは分かるわ。そりゃあ薬なんかより直に気持ちよくしてあげた方がよっぽど良いよね」
「勿論です。一生懸命ご奉仕して、いっぱい濃いのを出してもらうことに意味があるのです」
「あらあら、やっぱりサフィアちゃんも女ね」
「キッドが気持ちよくなってもらえれば、私も嬉しいですから」
……なんか、話が脱線したぞ……。
「お前たち……少しは自重したらどうだ……ピュラだって近くに居るんだし……」
「え?私がどうかした?」
「ああ、いや……子供が聞いてはいけない内容だと思って……」
「なんで?私、前から知ってるよ。男の人は白くてドロドロした液体を出すんでしょ?」
「え!?いや、なんでそんなことを知ってる!?ピュラは確かまだ八歳だったはず……」
「魔物娘なんてみんなそういうもんだよ。子供の頃から性の知識に関心を抱くんだ。中にはアリスとか魔女とか、幼くても積極的に男を求める魔物娘もいる」
「全く付いて行けない……」
シルクは魔物娘の常識を目の当たりにして頭を抱えた。人間であるシルクにとって、やたらと性に積極的な魔物娘の思考は理解し難いのだろう。
ガチャッ!
「キッド船長!島が見えてきました!」
「おう、コリック」
すると、今度はコリックが慌しげにダイニングに入ってきた。
島ってことは……やっとトルマレアが見えてきたか!
いよいよ上陸の時だ。俺も外に出て、大海原から見られるトルマレアの様子を拝めておくか。
「さてと……ちょいとトルマレアの様子でも見て来るか」
「あ、私も行きます」
「私も〜!」
「もうすぐ帰れるのか……」
こうして俺たちは、トルマレアを見る為に船の外へと出向いた。
「……あ!ねぇ、ちょっと!一回だけでいいから薬飲んでよ!ねぇってば!」
……背後からシャローナの声が聞こえたが、気のせいということで自己完結してやった。
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「ようヘルム」
「あ、キッド……」
早速サフィアたちを連れて船の甲板に来たら、ヘルムをはじめとする仲間たちが集まっていた。どうやらみんなして目的地を見に来たらしい。
「トルマレアが見えてきたんだってな。で、どんな感じだ?」
「ああ、えっと……ねぇ……」
「?」
どうしたことか……ヘルムの様子がおかしい。何か想定外のことでも起きたような、複雑な表情を浮かべている。
その顔……何かよからぬことでも起きたのか?上陸前の不吉な出来事は勘弁願いたいのだが。
「……どうしたんだよ?」
「えっとね……確かに見えてきたんだけど……なんか、思ってたのとちょっと違うなって思って……」
「は?何が違うんだ?」
正直、言ってる意味が分からない。違うって……何がどう違うんだ。
「まぁ、見てみれば分かるよ。とりあえず、キッドたちも見て来なよ」
ヘルムに促される形で、俺たちは群がってる仲間たちを掻い潜り、船首まで移動した。ここからなら島もよく見える。
さて、トルマレアってのはどんな国なんだろうな。自然豊かな国だそうだから、きっと緑色に包まれて……。
「……え!?」
……目の前の光景に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「……え?」
「……あれ?」
サフィアとピュラも、俺と同じように目を丸くした。二人も目の前の光景は予想外だったのだろう。
そして、シルクはと言うと……。
「なっ!?な、なんだあれは……!?」
ひどく驚いた表情を浮かべていた。信じられない光景を目の当たりにしたように、目を大きく見開いて我が故郷を見つめている。その様子から、故郷に帰ってきた安堵は微塵も感じられなかった。
この反応も当然か。なんせシルクにとってトルマレアは故郷。ほんの少し遠出している間にあんな風になったら驚くのも無理は無い。
「……えっと……トルマレアって、反魔物国家だよな……?」
「あ、ああ……」
確かトルマレアは反魔物国家。魔物との交流なんて当然皆無。
だが……今目の前にあるトルマレアは……。
「なぁ、もしかして、航路を間違えたとか……」
「そんな筈は無い!あれは間違いなく私の国だ!」
海辺の辺りには森が広がっていて、島の中央には見上げるほど大きな城が聳え立っている。恐らく、あの城にシルクの父であり、トルマレアの国王が居るのだろう。
それはいいんだが……。
「でも……あれはおかしいよな……」
「ああ、おかしい……」
あの雰囲気は……どう考えても反魔物国家の雰囲気じゃない。
なにが変かって言うと……。
「トルマレアって、何時もあんなに暗い訳じゃ……ないよな?」
「当然だろ!あんなの異常だ!」
全体的に薄暗い。島全体が紫色のおぞましいオーラを醸し出してるように見える。遠くから眺めているだけなのに、何故か不気味に感じるほどだ。
それに、今の天気は雲一つ無い快晴だってのに、トルマレアの上空にだけ大きくてどす黒い雲が、城を中心に渦巻いている。いかにも人為的に動いているような雲だ。
「あれはどう見たって、トルマレアに何か異常事態が発生したとしか考えられないな」
「何故だ……何故あんなことに……!?」
だが、あの雰囲気……丸っきりあれに似ている。
そうだ……今俺たちの目に映るトルマレアは……。
「暗黒魔界そのものじゃねぇか……!」
「やっぱり、キッドもそう思いましたか……」
サフィアも俺と同じことを考えていたようだ。
今言ったとおり、あのトルマレアは暗黒魔界にそっくりだった……。
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「何故だ……何故こうなった!?」
「お、おいシルク!ちょっと落ち着けよ!」
トルマレアの異常な光景を目の当たりにして数分後、俺たちは早速上陸することになり、シルクの案内で人目の付かない海岸に船を停泊させた。
その後、少人数でトルマレアの探索をすることになり、俺、楓、そしてシルクの三人で先ずは街の様子を見ることになった。
「落ち着いていられるか!私の国が変わってしまったのだぞ!国民たちにまで何かあったら……」
「……ったく、焦っても何の解決にもならないってのに……」
「仕方ないですよ。自分の国が知らない間に変わってしまったのですから」
そして俺たちは今、トルマレアの街を目指して、海岸の森の中を道に沿って歩いている。シルク曰く、この森を抜ければすぐ街に着くとのこと。薄暗くなってるとは言え、自然豊かな国だけに所々生えてる木々はどれも立派なものだった。
「それにしても……いざ入ってみて実感したのですが、やはり暗黒魔界とは全くの別物のようですね」
「そうだな。雰囲気こそ似ているが、この寒気がする感じは明らかに魔物娘の魔界じゃない。一体何がどうなって……」
「先へ進めば何か分かるだろう。とにかく急がないと……!」
海から見て薄々感づいていたが、やっぱり今のトルマレアは暗黒魔界とは違うようだ。寒気がするし、肌がピリピリするし、昼間だってのに太陽の光が遮られてる。
魔物娘の暗黒魔界は、薄暗いとは言え心安らぐし居心地が良い。こんなおぞましい感じは絶対にあり得ない。
だとすると、リリムやダークマターによって作られた魔界じゃないのは確かだ。ただ、魔物娘の仕業じゃないとしても人為的に作られたのは変わりないだろう。さっき見た渦巻く黒雲……自然によって出来たものとは思い難い。
だが、一体何故?誰がこんなことを?
「ほら、見てみろ。あそこを抜ければ街に出られる」
暫く歩いているうちに、険しい道の先に立ってる鉄製の門が見えた。あれを抜けると街に出られるようだ。
……考えるのは後だ。今は探索に専念しよう。それに、街に出てみれば何か分かるかもしれないしな。
「うっし……行くか」
「はい」
俺たちは門を潜って、今のトルマレアの街中を見てみることにした。
島全体は遠くから見たら薄暗くて不気味だったが、街は果たしてどうなってることやら……。
「……なっ!」
「……えぇ!?」
……トルマレアの島を見た時と同じように、またしても素っ頓狂な声を上げてしまった。
俺も楓もこの街には初めて来たが……こんな光景を見ればただ事じゃないとすぐに判断出来る。
「!!……な、なんだ!?これは一体……!?」
シルクは俺たち以上にひどく驚いている。
それもそのはず。自分の故郷のこんな有様を見たら驚かない方がおかしい。
「……シルク……ここにいる人たちってよ……」
「ああ……みんなトルマレアの国民だ!」
洒落た建物が建ち並んでるし、街の住民も沢山居る。これだけ聞けば立派な街だと判断するだろう。
だが、見る限り今の街はおかしい。何がかと言うと……。
「みんな……ピクリとも動きませんね……」
「ああ……凍ったみたいに固まっている……」
そう……俺たちの目の前にいる街の住民たちは、誰一人として動いていない。まるでメドゥーサの石化の術に掛かったように固まっている。
「くっ!……もし!聞こえるか!?私だ!この国の王女シルクだ!返事をしてくれ!」
シルクはすぐ近くで固まっている女に話しかけた。見たところあの女もこの国に住んでる人間のようだ。
「私だ!シルクだ!頼む!何か答えてくれ!……くそっ!駄目か!」
「なんてこった……まさかこんなことになっていたなんて……」
しかし、肩を何度も叩きながら呼びかけても固まったまま。返事なんて返ってくる気配が無い。何度やっても無駄だと判断したのか、シルクは呼びかけを止めて残念そうに俯いた。
「こりゃ不味いぞ……もっと早く来るべきだったのかもしれないな……」
「事態は思っていた以上に悪いようですね……街の人たちがこのような状態では、一体この国に何があったのか聞き出せませんね」
「固まってしまった人たちを元に戻せば良いのだが……」
外見だけでもあれほど異常な空気に包まれていたから、街も何か異変が起きてるのかと予想していたが……こんな奇妙な場面に遭遇するとは。
それにしても参ったな……事の成り行きを聞きたかったのに、国の住民たちがこの状態だと聞きたい話しも聞けやしない。元に戻そうにも方法がさっぱり分からないし、どうすれば……。
「せめて一人だけでも事態を免れてる住民が居たらな……」
これだけ多くの住民が被害を被ってる中、一人だけでも助かってる可能性は……極めて低いだろう。
そもそも、なんで街の住民たちは固まっちまったんだ?
なんでトルマレアは暗黒魔界みたいに薄暗くなったんだ?
様々な疑問が頭の中で輪廻する。
この国に……一体何があったんだ……?
「きゃあああああああああ!!」
「!?」
すると突然、どこからか若い女の叫びが甲高く響いた。
今のは……確かに人の声!ってことは……まだ固まってない人間が居るのか!
こうしちゃ居られない!早く行かないと!
「おい!今の聞こえたか!?」
「はい!えっと……あっちの方です!急ぎましょう!」
「おう!」
「……すまないみんな……私は行くが、後で必ず助ける!絶対に見捨てたりしないからな!」
俺たちは急いで悲鳴が上がった方向へと走り出した。その際、シルクは申し訳なさそうに固まってる住民たちに頭を下げた。
本当に国民想いなんだな。その点は叔父さんとそっくりだ……って、呑気なこと考えてる場合じゃなかった。
「今の悲鳴……人間の方でしょうか!?」
「だろうな!普通に考えて、こんな所に魔物娘が居るとは思えない!」
石造りの幅広い道をひたすら走り続けた。
さっきの悲鳴の主は人間の女だろうな。大した理由も無く魔物娘が反魔物国家に忍び込むとは思えない。今のトルマレアがこんな異常事態に陥ってるのなら尚更だ。
もしもまだ固まらずに済んでる住民が居るのだとしたら……早く身の安全を確保してやらなければならない。急がないと……!
「……あ!」
そして少し走ってるうちに、前方に人間と思われる人物が見えた……二人も。
「い、いや……来ないで……」
「どこにも逃げ場なんて無いんだ。無駄な抵抗はやめるんだな」
簡単に今の状況を纏めると……鎧を身に纏った男が、茶色いショートヘアの少女に剣を向けてレンガの壁際まで追い詰めている。
さっきの悲鳴の主はあの茶髪の少女で間違いないのだろうけど……。
「なっ!?ば、馬鹿な……どうして……!?」
「?」
シルクが目を大きく見開いていた。
この反応……何か知っているな。
「シルク、あいつらは……」
「あの女の子は……八百屋の娘だ」
「てことは、この街の住民なんだな?じゃあ、あの鎧を着てる男は知ってるか?」
「知ってるも何も……」
シルク曰く、あの茶髪の少女は八百屋の娘だとか。要するにこの街に住んでる人間ってことか。
そしてもう一人、鎧を着た男は……。
「あいつは……トルマレア所属の兵士だぞ!」
「はぁ!?それじゃあ……シルクの部下なのか!?」
「直接的ではないが……そういうことだ」
なんと、あの男はトルマレアの兵士らしい。つまり、シルクの部下だ。
まさか、この状況下で国の人間が二人も無事だったとは……不幸中の幸いか。
……いや、幸いとは言い切れない。
「お願い……もうやめて……」
「喚くな。それ以上五月蝿くしたら斬るぞ」
あろうことか、どう見ても男は少女を剣で脅している。国を守る兵士とは思えない横暴な行動だ。
なんで国の兵士が国民を武力で威圧してるんだよ……意味が分からん。
「事情はさっぱり呑み込めないが……見過ごす訳にはいかない!楓、あの子を助けるんだ!」
「はい!」
とにかく、早く少女を助けるために俺と楓は少女に駆け寄ったが……
「……誰か……助けて……!」
「五月蝿い女だ……一回だけ斬るか」
ヤッベェ!あいつ、剣を振り上げた!本気で斬る気かよ!
クソッたれが!早く、行かないと……!
「やめろぉ!!」
「な、なに!?……くっ!」
「せりゃあ!」
全力で少女を助けようとした瞬間、シルクが疾風の如く素早さで少女と男の間に割り込み、光の剣で男の刃を受け止めた。更にその状態から力任せに剣を振り、男を後方へと退かせた。
今のはかなり速かったな……シルクも中々やるじゃねぇか。確かに腕は立つようだな。
「……あ、あなたは……もしかして、シルク様!?」
「ああ、そうだ。君は確か、八百屋の店主の娘さんだったね。大丈夫か?怪我は無いか?」
「は、はい!あ、ありがとうございます!」
突然の王女の参上に驚きと戸惑いを隠せないのか、少女は少々慌てながらもペコリと頭を下げた。
「よかった……間に合ったようだな」
「え!?あ、あの、あなたたちは……?」
「大丈夫。この者たちは私の味方だ」
「あ、そうでしたか」
俺と楓が駆け寄ってきて目を丸くした少女だが、シルクから味方だと説明を受けたら安堵の表情に切り替わった。
「貴様!自分が何をしようとしたか分かっているのか!?か弱き民に刃を向けるなど……それでもトルマレアの兵士か!」
少女に見せた凛々しい笑顔から一変、シルクは険しい表情を浮かべながら剣を兵士に向けて怒鳴り散らした。自分の国の兵士が、国民に襲い掛かったのがよっぽど腹立つのだろう。
「…………」
「黙ってないで何か言え!そもそも何故このようなことをした!?返答次第では、いくら部下でも容赦しないぞ!」
だが、兵士は何も言わず無愛想に鎧の汚れを片手で振り払った。そんな態度が余計気に障ったのか、シルクは更に怒号を上げた。
……しかしなんだ……自分の国の王女が帰ってきたってのに、この反応……明らかにおかしい。事情はどうであれ、自分が守ってる国の王族が目の前に現れたのならば、お辞儀くらいしてもいいだろうに……。
「容赦がどうこう以前に……」
兵士の方から口を開いたかと思えば……。
「……お前は何処の誰だ?」
「……なん……だと……!?」
とんでもない発言をした。
何処の誰だって……自分の上の立場に居る人間に対して言うか!?
「馬鹿なことを言うな!私はシルク!このトルマレア王国の第三王女だ!」
「はぁ?シルク?王女?……この国に王女など居ない。何を寝ぼけたことを言っている?」
「寝ぼけてるだと……?それは貴様の方だろう!?我が国がこんな状況下に陥ってると言うのに、つまらない冗談を言うな!」
「……全く、何だと言うんだ、この女は……」
シルクが名乗っても兵士の態度は相変わらずだ。それどころか、王女なんて居ないとか言う始末。
ただ、あの様子だと……どうやら悪ふざけなんて類じゃなさそうだ。あれは本当にシルクを認識していないぞ。
「シルク様、何を言っても無駄です!今のその人は、シルク様が知ってる兵士さんではありません!」
「な、なんだ?それはどういう意味だ?」
「はい、実は……」
シルクの背後にいる少女が話しかけてきたが……。
「時間の無駄だ……全員まとめて斬ってやる」
少女が続きを話そうとした瞬間、いきなり兵士が剣を構え直してシルクたちに襲い掛かってきた。
……自分の部下に剣を振るなんて辛いだろうな。だったら……俺がやる!
「楓!念力だ!」
「はい!」
楓に支持を出すと同時に、俺は兵士に向かって駆け出した。
「手出しさせません!」
「うぉっ!?な、なんだ……身体が……動かな……い……」
楓の念力によって、襲い掛かってきた兵士の動きが鈍くなった。そして俺は……。
「そうらよっとぉ!!」
「ぐぁっ!がぁっ……!」
駆け出した勢いを利用して飛び上がり、兵士の脳天に踵落としを食らわした。骨と骨がぶつかり合う鈍い音が響くと同時に、兵士の身体は脆く倒れこんだ。
「お、おい!何も本気でやらなくてもいいだろ!私の部下だぞ!」
「こんなんで本気出したとは言えねぇよ。大丈夫だ。気を失ってるだけさ」
襲われかけたとは言え、自分の部下の身を案じるシルク。抗議されても仕方ないが、こちとらキチンと手加減したんだ。気を失ってるだけだし、取り分け問題無い。
「ビックリした……あなたたち、とても強いのですね……」
「いえいえ、それほどでも。時にあなた、お怪我はありませんか?」
「はい、お二人のお蔭です。助けてくれてありがとうございます!」
「いや、気にするな。無事で何よりだ」
何はともあれ、間一髪のところで助けることが出来た。間に合って本当によかった。
「それにしても……こいつ、この国の兵士なんだろ?一体なんでこんなことを……?」
俺は気絶している兵士を見下ろしながら言った。
さっき少女を襲おうとしてたが、なんでそんなことをしたんだろうか?ましてや、この国が大変なことになってる最中だってのに。
「あ!そうだ!シルク様、聞いてください!今、トルマレアが大変なことに……!」
「何か知ってるのかい?」
「はい、話せば長くなるのですが、シルク様が外出中の時に大変なことが……!」
少女がシルクの服の袖を掴み、助けを乞うように言ってきた。この慌てっぷり……何か知ってるな。
「やはり何かあったのか……聞かせてくれないか?君が知ってることを」
「は、はい!実は、シルク様が他国へ外出されていた時に……」
少女は涙目になりながらも、懸命に今の状況を話した。
「トルマレアが……海賊に乗っ取られてしまったのです!」
「な、なに!?乗っ取られた!?この国が!?」
「おいおい、マジか……」
なんと……少女が言うには、このトルマレアは乗っ取られたとのこと。しかも海賊に。
なんとも大胆な真似をする……国を乗っ取るのがどれほどハイリスクな行為であるのか分かっているのだろうか。
「ど、どういうことだ!?一体何が……!?」
「はい!突然、海賊と名乗る人たちが街に現れたのです。国の兵士や勇者たちが救援に駆けつけてくれたのですが、その海賊が想像以上に強すぎて誰も敵わなかったのです」
どうやら、その海賊とやらも相当の実力を秘めてるようだ。そりゃあ、国を乗っ取るなんて並大抵の力だけで出来ることじゃない。恐らく、この国がこんなおぞましい雰囲気になったのも、そいつらの仕業だろう。
「しかも、海賊の中には魔術師がいたようでして、魔術のようなもので国の兵士たちを次々と操り、敵側に寝返らせて戦力を拡大していって……!」
「……なに?」
……魔術で操る……だと?どこかで聞いたことがる。
急に胸騒ぎがしてきた……。
「ま、待て!今、魔術のようなもので兵士を操ったと……そう言ったな!?」
「は、はい。確かにこの目で見ました」
シルクも俺と同じように何か嫌な予感がしたのか、徐に俺と視線を合わせてきた。
人を思うままに操る……洗脳ってやつか。その事例は以前に目の当たりにしたことがあるが……まさか……!
「なあ、ちょっと割り込んで済まないが、一つ聞かせてくれないか?」
ざわつく胸騒ぎを抑えながら、俺は少女に話しかけた。
「その海賊だが……船長はどんな奴だったか分かるか?」
「船長ですか?えっと……」
少女は記憶を探るように考える仕草を見せて、やがて何か思い出したようにハッと息を呑んだ。
「そう言えば……船長かどうかは分かりませんけど……部下と思われる人が、一人の男の人を様付けで呼んでいたような……」
「本当か!?そいつ、どんな奴だった!?その、様付けで呼ばれていた男!」
「えっと……顔は仮面を被ってた所為で見えませんでしたけど……確か、髪は赤くて長かったです。あと、黒い鎧と、黒いマントを着ていたような……」
仮面、赤い長髪、黒い鎧。
……特徴があいつと共通している!
「じゃあ、名前は知ってるか?」
「あ、はい!聞きました!」
様なんて付けられてるってことは、恐らく上の立場にいるのだろう。だとしたら船長である可能性もある。
もしかしたら……俺が想定してる奴と同じ人物かもしれない……!
「えっと、確か……」
少女はおぼろげに、この国を襲った海賊の名前を言った……。
「その人の名は……ベリアル」
「!?」
「ええ!?」
「…………そういうことだったのか……あの仮面野郎!」
やっぱりお前だったのか……ベリアル!!
〜〜〜(ベリアル視点)〜〜〜
「……で、あいつはどうなってる?」
「順調にこちらへ送られてるようですぜ。身体の具合も良好だそうで」
地下牢へと続く通路を歩きながら、俺は紫色のローブを纏った痩身の男……エオノスに今の状況を聞いた。
どうやら、以前同盟を組んだ海賊共は順調に仕事を進めてるらしい。あの男の心配は杞憂だったようだ。
「それならいい。後で改めて確認しておくよう、JC(ジェイシー)に言っておけ」
「へい」
ここはトルマレア王国の城内。俺が国ごと乗っ取ったばかりであるためか、城の中はどこも閑散としている。尤も、必要以上の賑わいなんて鬱陶しいだけだ。寧ろ前より良くなったと言える。
「しかし、例のあれはまだ見つかってませんぜ。城中隈無く探しても見当たりやせんですし……」
「ふん、見つからないのは当たり前だ。あれを手に入れるための鍵はまだ持ってないからな」
「え?鍵?一体なんの話っすか?」
「その鍵をこれから貰いに行くんだ」
あいつらは問題ないとしても、まだ俺らはお目当ての物を手に入れてない。今回の計画において一番重要なものだ。あれが無いと話にならない。
まあ、それももうすぐ手に入るがな……!
「着きやしたぜ、旦那」
そうこう話してるうちに、目的の牢獄部屋に着いた。エオノスが部屋の扉を開けて、奥へ入るよう促してきた。
「お前はここで待ってろ」
「へい」
ここで待機しているよう指示を出した後、牢獄部屋に入り奥深くへと進んで行った。
部屋の中は薄暗くて湿気が多いが、罪人を閉じ込めるには十分な広さだ。
尤も、今閉じ込められてるのは……!
「……よう、気分はどうだ?」
「……貴様……!」
部屋の最奥に位置する牢屋まで着いたところで、俺はその牢屋に閉じ込められている人間に話しかけた。
豪華な衣服を着ている初老の男だが、その服もボロボロで、白髪混じりの髪もくしゃくしゃ。あまりにも無様な姿だ。知らない奴が初めてこの男を見れば、悲惨な浮浪者と認識するだろう。
「そんな怖い顔するなよ……国王さんよぉ」
「くっ……!」
だが、今やこんな姿だが、この爺は正真正銘……このトルマレアの国王、ワトスン・オキオードだ。
「くぉらぁ!このボンクラ仮面!とっとと此処から出しなさいよ!」
「アイナ、駄目よ!今は我慢しなさい!」
「ユフィお姉さま……でも……!」
「……煩わしい鼠共だ……」
ワトスンの隣の牢屋で騒いでいるのは二人の人間の女。
一人は、短いオレンジ髪の第二王女アイナ。もう一人は、長い青髪の第一王女ユフィ。
「おうおう、娘さんたちは元気そうじゃねぇか。だが、もうちょい静かにしてろ。俺はテメェらの親父に用があるんだ」
「ちょっとあんた……お父様に気安く近寄らないでよ!馬鹿!おたんこなす!ろくでなし!」
「アイナ、やめなさい!」
「うるせぇガキだな。こりゃ嫁の貰い手は永遠に現れないだろうよ」
二人とも俺が王国を乗っ取った際にこの牢屋に閉じ込めたが、相変わらず鬱陶しい。
「ったく、国を乗っ取られたくらいでそんなに拗ねんじゃねぇよ。どう喚いても何かが変わる訳じゃねぇんだ」
「今はそうでも、これから絶対しっぺ返しを食らうんだから!あんたみたいな悪人は、絶対最後に負けるのよ!」
「正義のヒーロー気取りか?作り話の読みすぎなんだよ」
「自惚れ過ぎのボンクラ仮面よりよっぽどマシよ!」
あっけなく負けた癖に、力もろくに持ってない下種が……!
……今すぐ黒焦げにしてやろうか?
「……私に何の用だ。出来れば貴様とは口を利きたくないのだが」
敵愾心剥き出しの視線を向けながら、ワトスンは俺に話しかけてきた。
……この爺。標的を娘から自分に変えてもらおうという目論見か。雑魚の癖にしゃしゃり出やがって。
まぁいい。最初からこいつに用があったんだ。お望みを叶えてやるとしよう。
「おいおい、まずは落ち着けよ。余計な皺が増えちまうぞ」
「貴様、わざわざ嫌味を言いに此処まで来たのか?」
「ふん、そんな下らないことに時間を費やす訳ねぇだろ」
「ならば何をしに来た?」
国の一つも守れない無能な国王をからかうほど、俺も暇じゃない。
「一つ……お前から貰いたい物があってな……」
「なに?」
俺が此処に来た理由、それは国王が持ってる『あれ』を貰うためだ。
『あれ』は、今回の計画において必要不可欠な存在。俺が長年抱いてきた野望を叶えるために必要なものだ。
「貴様に譲り渡せるものなど一つも無いな」
「馬鹿言え、あるだろうが。現に今持ってるだろ?」
「……ならば聞くが、貴様が欲するものとは何のことだ?」
ワトスンは鋭い視線を向けたまま言い放った。
一々聞かなくても分かっているだろうに……面倒くさい男だ。
何かって?そんなの、決まってるだろ。
「……この国の秘密を握る『鍵』だ。身に着けてるんだろ?」
「…………」
一見表情は変わってないように見えるが、一瞬だけピクリと眉が動いたように見えた。
そう……俺はずっと前から知っていた。
この国が隠している、驚くべき秘密を……!
「俺が何も知らないとでも思ったか?だが、そいつは間違いだ。こちとら全部把握してんだ……この国の、隠された秘密をな!」
「……秘密など無い」
「あぁ、そうだよなぁ。そうやってしらばっくれるのは当然と言える。なんせ、世間に出回ったら色々と厄介な展開になりかねないからな」
「無いと言ってるだろ!仮にあるとしても易々と話す訳が無い!」
ワトスンは苛立ちを露にしながら否定してきた。
正直なところ、この反応も想定通りだ。誰にだって知られたくない秘密なんて一つくらいある。知られたくないから、こうして隠し通すものだ。
まぁ今回は最初から全部知っていたから、秘密も糞も無いけどな……!
「まぁ、秘密があるか無いかはこの際話さなくていい。もう全部知ってるからな。話すを戻すが、テメェから貰いたい物が一つある」
「……なんだ?」
「それだ」
俺はワトスンの左手の薬指に嵌められている指輪を指差した。
赤く光り輝くルビーの指輪。一見ごく普通のありふれた指輪だが、それこそまさに俺が求めている物……この国の秘密の鍵だ!
「……何故この指輪を欲する?」
「その指輪がまさに、この国の秘密を握る鍵だからだ」
「馬鹿言うな。これは亡き妻の形見だぞ。鍵などではない」
「形見ねぇ……」
死んだ人間の残し物ってか。この世に居ない人間の所有物なんぞ持って何が楽しいんだか。
尤も、俺には形見なんて事情は関係無い。欲しいから貰うまでだ。
「死んだテメェの妻の物だったとしても、それが鍵であることに変わりないだろ。テメェが持っていてもな、文字通り『豚に真珠』ってやつだ。分かったらよこせ」
「断る!貴様の言うことなど聞くものか!」
「あぁ?」
片手を出してこちらに渡すよう素振りを見せたが、ワトスンは強気の態度を示して拒絶した。
「そんなに国の秘密に手を出されたくないようだな。気持ちは分からんでもないが、負けたテメェに拒否権は無い」
「国の秘密など関係無い!これは私の妻が遺した大切な形見なんだ!誰にも渡さない!」
「…………」
指輪を渡したくない理由。それは、国の秘密じゃなくて、単に妻の形見だからと……そういうことか?
……なんて無様だ。
なんて下らない。
なんて虚しい。
大切なものなんざ……いつか壊れる宿命だ。
人も、物も……所詮は目の前から消える。
形見とか、宝物とか、どんなに綺麗な言葉で飾っても、結局汚れて捨てられる。
このご時世に生きる魔物だって例外じゃない。
あいつらは人間を愛し、共に生きようとする。そして一人の人間を愛したその時から、死ぬまでずっと寄り添うと決める。
だが、仮に愛した人間が早く死んだら、その時点で寄り添う者が居なくなる。失った後でも、亡くなった人間を想い続けて、新しい夫を作ろうともしない。
それがどれほど寂しいのか、あいつらも分かってるはずだ。愛する人間を失った悲しみは計り知れない。
だったら……初めから持たなきゃいいってのに……何故……。
「……やめとけ……形見なんて飾り立てても、所詮は無機物。すがるだけ滑稽な姿を晒すだけだぜ?」
「滑稽でも構わん!とにかく、これだけは絶対に渡さないからな!」
俺の目に映る光景こそ、まさに無様。たかが指輪一つごときに。
幻想に縋り付くのがどれほど虚しいのか……自覚が無い分罪深い。
「……どうしても渡す気は無いか?」
「無い!」
「……そうかい」
結局……何を言っても無駄か。
「……そうだよな。大切な形見だもんな。簡単に渡す訳無いか」
「…………」
「あぁ、いいんだ。気にするな。俺の方が悪かったな。元から頼むべき用事じゃなかった」
「……なに?」
そうだ……頼むべきじゃなかった。少し考えれば断れることくらい、俺にも分かるはずだった。
「……そうだ……頼む必要なんて無い……」
何度頼んでも断られる。この頑固爺が相手ならなお更だ……。
「望む物を手に入れるために……相手を説き伏せる必要なんて無いんだ……」
「なんだと……?」
だったらどうする?そんなの決まってる。
「恨むんなら……頑固な性格に生まれた己を恨みな……!」
「……ま、まさか……!」
そう……こうすればいい……!
「横暴な裁きの雷(ティラジャッジメント)!!」
バリバリバリバリバリ!!
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
国の一つも守れない愚かな王に、漆黒の裁きを与えてやった……!
「きゃああああああ!!」
「お父様ぁぁぁぁぁ!!」
すぐ隣の牢屋から、二人の娘の悲鳴が上がった。
「がぁ!ぐっ……かはぁ……!」
雷を受けたワトスンは、口内から黒い煙を吐きながら無様に倒れこんだ。
至近距離で食らったとは言え、それほど力は入れてないんだ。まだ死んでないだろうよ。後でしっかりと止めを刺してやるけどな……!
「悪く思うなよ。俺はなぁ……欲するものは力で奪う!人も、物も、何もかもだ!!」
あらかじめ持ってきた牢屋の鍵を懐から取り出し、牢屋の扉の錠を開けて中に入った。
「ベリアル!あなた、お父上様になんてことを!許さない!」
「このボンクラ仮面!お父様から離れなさいよ!」
隣でピーピー喚く娘っ子二人を無視して、俺は気絶してるワトスンの左手の薬指から指輪を抜き取った。
やっと手に入れた……これさえあれば、ついに俺の野望が実現する!今思えば長かったものだ。途中で何度もズレが生じたが、此処までは完璧だ!
「……ふん!亡き妻の形見だと?笑わせんじゃねぇよ。守りたいものがありながら、これくらいの雷の一つも耐えられる力すら持ってないとは……滑稽なことこの上ない」
何かを守れるほどの力すら持ち合わせていない。それがどれほど愚かなことか、殆どの輩は理解していない。
だからこそ罪深い。この世で最も罪なこと。それは、力を持ってないことだ。
「……あばよ、愚かな爺。そこであの世に居る妻と再会する準備でもしておけ。つっても、こんな牢獄じゃ何も出来ねぇけどな!」
お目当ての指輪を懐に収め、悠々と牢屋から出てしっかりと牢屋の鍵をかけ直した。
さて、こんな所に長居は無用だ。国の秘密も握らなければならない。早く次の段階に進むとしよう。
「お待ちなさい!」
「……あん?」
部屋から出ようとしたその時、突然ユフィが俺を呼び止めてきた。
「なんだぁ?指輪なら返さねぇぞ」
「違います。私の質問に答えてください」
「は?」
質問だと?こんな時だってのに、面倒だな……。
「今でなきゃ駄目か?」
「どうせあなた、暫くここに戻ってくるつもりは無いでしょう?」
「…………」
まぁいい。聞くだけ聞いてやるとするか。
「で、質問ってなんだ?」
「何故……あなたはこんな事をするのですか?」
何故だと?そんなの決まってる。さっきも言っただろうに。
「この国の秘密を手中に収めるためだ」
「それはもう聞きました。私が知りたいのは、あなたが国の秘密に執着する理由です」
「……なに?」
「私もアイナも、この国の隠された秘密なんて知りません。それは本当です。でもどういう訳か、あなたはずっと前から知っていて、それを手に入れるために国ごと乗っ取る暴挙に出た。そこまでして求めると言う事は、何か理由があるはずです。私は、その理由を聞きたいのです」
……この国の秘密に執着する理由か。
なるほど、このユフィとか言う王女……勢い任せの妹とは違ってそれなりに侮れないようだ。
「そうだな。確かにテメェが言った通り理由はある」
仮にも本当にこの国に何も無かったら、わざわざ乗っ取るような真似はしない。大きな理由があるから実行したまでだ。
「俺には……遥か昔から抱いてきた野望がある。この国の隠された秘密には、それを実現出来るほどの力がある。だから俺はこの国を乗っ取ったんだ」
俺には……どうしても実現するべき野望を秘めている。実現するには、この国の秘密がどうしても必要になる。
だから俺は力ずくで奪うことにした。トルマレア王国ごと、全てを……!
「……では、あなたの野望とは一体……?」
「単刀直入に言うとな……」
俺が実現する野望。それは他でもない……!
「こんなクソッたれな世界を……無の世界に変えることだ!」
「え……!?」
そう……俺はこの世界を変わらせてやるんだ!
下らないもの、醜いもの、下賤なもの……そんなものばかりが蔓延している世界を全て変える!
「今、突拍子も無い事を言い出したと……そう思ったな?だが俺は本気だ。事実、この国にはそれが出来るほどの力を持っている」
「あんた……何言ってるの!?意味が分からないわよ!」
「言葉通りだ。無の世界に変えてやるんだよ」
「だから、それが分からないのよ!無の世界ってなんなの!?あんたは一体何がしたいの!?」
「そうか……だったらお頭が小さい単細胞でも分かるように言ってやる」
確かに初めて聞いても意味なんて理解出来ないか。
だが単純な話だ。俺はな……気に入らないものは全て消す!!
「この世に生きる者共を……全員ぶっ殺してやるんだよ!!」
「!?」
「はぁ!?」
俺が放った言葉に、ユフィもアイナも目を丸くした。
想定通りの反応だ。今まで同じ事を聞いた輩の殆どは、こいつらみたいに呆然とするか、大口開けて笑うかのどっちかだ。
ただ、後者の人間は一人残らず黒焦げにしてきたけどなぁ!
「何言ってるのよ……ますます分からない!殺すですって!?あんた、何言ってるのか自覚してるの!?」
「分かってるつもりだ。俺はテメェらみたいな経験浅い小娘とは違うんだよ」
俺は小娘共を閉じ込めてる牢屋に近付き、言い聞かせるように話し始めた。
「俺はな……どこの誰よりも見てきたんだ。この世界の汚さも、人間と言う下等生物の醜さも……この目でしっかりと見てきた!実際に体験してきた!そして一つの結論に至った!この世には、消えるべき無価値なものしか存在しないってな!」
「そんなこと……!」
「事実だ!それを立証するのが、この醜い異形の右腕!この腕はまさに、忌まわしき過去の産物!俺の内に秘める憎しみそのもの!」
俺は、右腕の肥大化した茶褐色の腕を見せ付けた。
これは生まれた時から形成された腕じゃない。平気で人を陥れるような、欲深い下種共の所為で、こんなおぞましい形になってしまった。そいつらはもう俺の手でこの世から消えたが、この憎悪が晴れた日など一度も来ない。今までも、これからも……!
「この世界には……余計なものが増えすぎた!よりによって醜い人間共が増えた所為で、世界そのものまで醜くなった!」
俺はそこら辺の甘ったれた環境で育ってきた奴らとは違う。今までしっかりと見てきた。傲慢で利己的で欲深く、平気で他人を蹴落とす醜い生き物たちを……人間たちの本性を見てきた!
魔物共も馬鹿な連中ばかりだ……何故あんな生物を愛する!?何故どうしようもなく醜い奴らと共に生きようとする!?何故汚れたものが必要になる!?
俺には理解出来ない……いや、理解したくもない!そもそも人間を愛してる時点で、俺の敵も同然だ!魔物共も皆殺しにするまでだ!
「だから全部消してやる!クソッたれな世界から何もかも滅ぼして0にする!『無』にしてやるんだよ!」
そうだ……この世界には価値のあるものなんて存在しない!全てが汚れたものばかり!
だから何もかも消す!怒りのままに……憎悪を糧に……己の意思を崩さずに!
「昔何があったかは知りませんけど……考え直してください!あなたが見てきたものが全てではありません!確かに醜いものもあるかもしれませんけど、信頼とか愛とか、本当に綺麗なものも存在するのです!」
「ほざけぇ!!」
ガシャン!
「たった二十年ちょっとしか生きてない小娘が俺に意見するな!第一、テメェらみたいな敗北者には口出しする権利も無い!負け犬なら犬らしく、この犬小屋の中に篭ってろ!」
怒りに任せるように、異形の腕で牢屋の鉄格子を殴りつけた。
……て、何をやってるんだ俺は……また感情的になっちまった。小娘相手にムキになるとは……我ながら情けない。
「……長話が過ぎた。俺はもう行くぞ」
「待ってください。最後に一つだけ聞いてください」
さっさと部屋から出ようとする俺を、またしてもユフィが呼び止めた。
「……あなたも人間なのです。ちゃんと感情を持っているはず。そのように怒りや憎しみを抱けるのなら、人を愛することも出来ます。知らない者を大勢消すより、心から愛せる人と出会って、その人をずっと愛する方がよほど幸せになれると思いますよ」
「……何が言いたい?」
「別に……言いたいことはそれだけです」
……本当に呆れた女だ。この期に及んでまだそんな綺麗事を並べるか。
愛するだと?そんなの死んでもやらねぇよ。
第一……もう俺は……誰も愛せないし、愛されない存在なんだよ……。
「……ならば最後に、俺の方からも言わせてもらうぜ」
とは言え、言われっぱなしも癪に障る。最後に一つだけ言い放ってから部屋を出るとしよう。
「テメェ、俺も人間だと言ったな?それは間違いだ」
「え?」
「確かに俺もかつては人間だった。あの時まではな。だが、今はもう……醜い下等生物とは違う。人間だった俺は、もう死んだのさ」
もはや色褪せた記憶だが……今の俺はあの頃とは違う。
「死ぬ前に覚えておけ。俺は人間じゃない……!」
そうだ……俺は悪魔!
人を誑かし、弄び、気のままに蹂躙する存在……!
「そう……俺はベリアル!全てを破滅に導く悪魔だ!!」
最後にそう断言した後、俺はその場から踵を返して出口へと足を進めた。
「……ちっ!」
歩いてる最中に思わず舌打ちをした。
しかし、俺としたことが……こんなところで時間を掛けちまうとは。まぁ、目的の物は手に入ったんだ。それでよしとしよう。
「くくく……楽しみだなぁおい……!」
ようやくだ……ようやく俺の野望実現に一歩近付く!こんなおぞましい世界から、何もかも消し去ってやるんだ!
もう誰も俺を止められやしない!世界の破滅は、止められない!
そう……この世界を無にする!
それこそまさに、俺がこの世に生まれた理由だ!!
「もうすぐ着くぞ。十分も掛からない」
「あら、もうそんな近くまで来たのですね」
「出航のペースを何時もより早めに上げてたからな」
出航から五日目……ついにトルマレアに上陸する日が来た。俺、サフィア、ピュラ、そしてシルクはダイニングに集まり、これから向かうシルクの故郷、トルマレアの話に花を咲かせているところだった。
「いよいよ上陸か……トルマレアってどんなところなんだ?」
「自然豊かな国だぞ。特に農産物の育成には力を入れている」
「あら……農産物と言いますと、野菜や果物のことですか?」
「ああ、農作に使用する肥料や土にも徹底的にこだわっている。遠方の国が欲しがるほどの逸品だ」
「ほう、そりゃ興味深い」
「楓さんが喜びそうだね!」
シルク曰く、トルマレアは農作物で有名だとか。ピュラが言った通り、楓がはしゃぎそうな国だな。
「でも……何故ベリアルはトルマレアにいるのでしょうか?」
「それは分からない。以前から何を考えてるか分からない野郎だが、何か企みがあるってのは確かだ」
「同感だな。あんな男が私の国にいると思うと……内心穏やかでいられない」
そう……実は俺たちが向かっているトルマレアにて、俺たちが来るのを待ってる男がいる。
そいつの名はベリアル。かつて俺の故郷、カリバルナの公爵として暗躍していた危険な男だ。
今回、トルマレアに向かうきっかけになったのもベリアルだ。以前奴の口から、近々カリバルナを手中に収めるなんてとんでもない企みを聞いた。勿論、そんな勝手な真似は俺らが許さない。
洗脳によって強制的に部下にされたバルドを助ける他、ベリアルの悪巧みを阻止するためにも、こうしてシルクと共にトルマレアに向かっている訳だ。
「なんにせよ、シルクの国とは言え、呑気に上陸するのはほぼ無理だろうよ。尤も、ベリアルさえ仕留めればいいだけの話だが」
「だが、バルドの洗脳はどうやって解けばいいんだ?」
「それはまだ分からないが……そのことは後で考えようぜ。とりあえずバルドの身柄の確保を優先した方が良いぞ」
「なるほど、確かにな」
全ての根源であるベリアルを何とかすれば、一先ず目的は達成されるだろう。
とは言っても、ベリアルも弱くない。あいつは冥界の雷を自由に扱う能力を持つ。とても一筋縄で敵う相手ではないだろう。苦戦を強いられるのは避けられないが、それでも立ち向かうまでだ。
ガチャッ
「あら、みんな此処に集まってたのね」
と、色々と雑談を交えていたら、突然ダイニングの扉が開いてシャローナが入ってきた。
「あら、シャローナさん。どうかしましたか?」
「ええ、実はちょっと船長さんに用があって」
「え?俺に?」
シャローナは意味ありげな笑みを浮かべた。よく見ると後ろ手に何かを持っている。
……あぁ、そういうことか。
「断る!」
「え、ちょ……まだ何も言ってないじゃない」
「言われなくても分かってる。どうせまた新しく作った薬の実験台になって欲しいんだろ?」
「あら……察しが良いわね」
「お前から他の用事を頼まれた記憶は無いんでな」
「否定できないわ……」
シャローナは苦笑いを浮かべながら、手に持っていた物を俺たちに見せた。薄緑色の液体が入った小さな小瓶だ。
やっぱり……また変な薬を作ったな。しかも俺で試そうとしやがって。その研究癖は一体誰から受け継がれたのやら。
……まぁ、一応どんな薬なのかは聞いておくか。
「……で、今度はどんな薬を作ったんだ?」
「うふふ……これは今までの薬とはちょっと違うわよ」
ろくでもない効能なのは過去共通だろ。
と、心の中で毒づいてやった。
「その名も……一口飲んだだけでおちんちんがビンビンに勃起して、能動的に射精させちゃうお薬!」
「……なんとも説明染みた名前だな」
「ちなみに名前は後でちゃんと考える予定なのよ」
……これはまた……需要があるかどうかさえ微妙な珍品作ったな……。
「えっと……それってつまり、男の人の性器に触れずに精液を出させるお薬ってことですか?」
「そう!中々斬新でしょ?」
サフィアの質問にシャローナは満足そうに頷いた。
……で、早速俺に飲ませようと思った訳か。
「断る!」
「え、いや、だからまだ何も言ってないじゃない」
「話を聞いてれば言われなくても分かるわ!試しにそれを俺に飲ませようって魂胆だろ!」
「まぁ、そうだけど……一回くらい協力してもらっても……」
「その一回が命取りなんだよ。お前が作った薬にはろくな思い出が無い。そもそも、男なら俺以外にもこの船にいるだろ?他をあたってくれ」
「船長さんでないと駄目なのよ」
他の男に頼むように言ったが、シャローナ曰く俺でないと駄目だとか。どういうことだ?
「つまり、どういうことだ?」
「この薬ね、普通の人間に効くのは立証済みなのよ。でもインキュバスが飲んだ時のデータがまだ取れてないの」
「……それで俺に?」
「そう。だってこの船に乗ってるインキュバスは船長さんしか居ないでしょ?」
「あ、確かに……」
そう言えばうちの海賊団、インキュバスになってるのは俺だけだった。だから俺に頼んできたのか。
「と言う訳で早速……」
「待て!何がと言う訳だ。薬で半強制的にイかされるなんて冗談じゃない」
「そうですよ。キッドを気持ちよくするのは私だけです」
まるで俺を守るかのように、サフィアがちょっと険しい表情で口を挟んできた。
「あはは……やっぱりサフィアちゃんには反対されると思ったわ」
「反対しますよ!キッドの精液は私のものです!」
そういう問題?
「まぁ気持ちは分かるわ。そりゃあ薬なんかより直に気持ちよくしてあげた方がよっぽど良いよね」
「勿論です。一生懸命ご奉仕して、いっぱい濃いのを出してもらうことに意味があるのです」
「あらあら、やっぱりサフィアちゃんも女ね」
「キッドが気持ちよくなってもらえれば、私も嬉しいですから」
……なんか、話が脱線したぞ……。
「お前たち……少しは自重したらどうだ……ピュラだって近くに居るんだし……」
「え?私がどうかした?」
「ああ、いや……子供が聞いてはいけない内容だと思って……」
「なんで?私、前から知ってるよ。男の人は白くてドロドロした液体を出すんでしょ?」
「え!?いや、なんでそんなことを知ってる!?ピュラは確かまだ八歳だったはず……」
「魔物娘なんてみんなそういうもんだよ。子供の頃から性の知識に関心を抱くんだ。中にはアリスとか魔女とか、幼くても積極的に男を求める魔物娘もいる」
「全く付いて行けない……」
シルクは魔物娘の常識を目の当たりにして頭を抱えた。人間であるシルクにとって、やたらと性に積極的な魔物娘の思考は理解し難いのだろう。
ガチャッ!
「キッド船長!島が見えてきました!」
「おう、コリック」
すると、今度はコリックが慌しげにダイニングに入ってきた。
島ってことは……やっとトルマレアが見えてきたか!
いよいよ上陸の時だ。俺も外に出て、大海原から見られるトルマレアの様子を拝めておくか。
「さてと……ちょいとトルマレアの様子でも見て来るか」
「あ、私も行きます」
「私も〜!」
「もうすぐ帰れるのか……」
こうして俺たちは、トルマレアを見る為に船の外へと出向いた。
「……あ!ねぇ、ちょっと!一回だけでいいから薬飲んでよ!ねぇってば!」
……背後からシャローナの声が聞こえたが、気のせいということで自己完結してやった。
===============
「ようヘルム」
「あ、キッド……」
早速サフィアたちを連れて船の甲板に来たら、ヘルムをはじめとする仲間たちが集まっていた。どうやらみんなして目的地を見に来たらしい。
「トルマレアが見えてきたんだってな。で、どんな感じだ?」
「ああ、えっと……ねぇ……」
「?」
どうしたことか……ヘルムの様子がおかしい。何か想定外のことでも起きたような、複雑な表情を浮かべている。
その顔……何かよからぬことでも起きたのか?上陸前の不吉な出来事は勘弁願いたいのだが。
「……どうしたんだよ?」
「えっとね……確かに見えてきたんだけど……なんか、思ってたのとちょっと違うなって思って……」
「は?何が違うんだ?」
正直、言ってる意味が分からない。違うって……何がどう違うんだ。
「まぁ、見てみれば分かるよ。とりあえず、キッドたちも見て来なよ」
ヘルムに促される形で、俺たちは群がってる仲間たちを掻い潜り、船首まで移動した。ここからなら島もよく見える。
さて、トルマレアってのはどんな国なんだろうな。自然豊かな国だそうだから、きっと緑色に包まれて……。
「……え!?」
……目の前の光景に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「……え?」
「……あれ?」
サフィアとピュラも、俺と同じように目を丸くした。二人も目の前の光景は予想外だったのだろう。
そして、シルクはと言うと……。
「なっ!?な、なんだあれは……!?」
ひどく驚いた表情を浮かべていた。信じられない光景を目の当たりにしたように、目を大きく見開いて我が故郷を見つめている。その様子から、故郷に帰ってきた安堵は微塵も感じられなかった。
この反応も当然か。なんせシルクにとってトルマレアは故郷。ほんの少し遠出している間にあんな風になったら驚くのも無理は無い。
「……えっと……トルマレアって、反魔物国家だよな……?」
「あ、ああ……」
確かトルマレアは反魔物国家。魔物との交流なんて当然皆無。
だが……今目の前にあるトルマレアは……。
「なぁ、もしかして、航路を間違えたとか……」
「そんな筈は無い!あれは間違いなく私の国だ!」
海辺の辺りには森が広がっていて、島の中央には見上げるほど大きな城が聳え立っている。恐らく、あの城にシルクの父であり、トルマレアの国王が居るのだろう。
それはいいんだが……。
「でも……あれはおかしいよな……」
「ああ、おかしい……」
あの雰囲気は……どう考えても反魔物国家の雰囲気じゃない。
なにが変かって言うと……。
「トルマレアって、何時もあんなに暗い訳じゃ……ないよな?」
「当然だろ!あんなの異常だ!」
全体的に薄暗い。島全体が紫色のおぞましいオーラを醸し出してるように見える。遠くから眺めているだけなのに、何故か不気味に感じるほどだ。
それに、今の天気は雲一つ無い快晴だってのに、トルマレアの上空にだけ大きくてどす黒い雲が、城を中心に渦巻いている。いかにも人為的に動いているような雲だ。
「あれはどう見たって、トルマレアに何か異常事態が発生したとしか考えられないな」
「何故だ……何故あんなことに……!?」
だが、あの雰囲気……丸っきりあれに似ている。
そうだ……今俺たちの目に映るトルマレアは……。
「暗黒魔界そのものじゃねぇか……!」
「やっぱり、キッドもそう思いましたか……」
サフィアも俺と同じことを考えていたようだ。
今言ったとおり、あのトルマレアは暗黒魔界にそっくりだった……。
===============
「何故だ……何故こうなった!?」
「お、おいシルク!ちょっと落ち着けよ!」
トルマレアの異常な光景を目の当たりにして数分後、俺たちは早速上陸することになり、シルクの案内で人目の付かない海岸に船を停泊させた。
その後、少人数でトルマレアの探索をすることになり、俺、楓、そしてシルクの三人で先ずは街の様子を見ることになった。
「落ち着いていられるか!私の国が変わってしまったのだぞ!国民たちにまで何かあったら……」
「……ったく、焦っても何の解決にもならないってのに……」
「仕方ないですよ。自分の国が知らない間に変わってしまったのですから」
そして俺たちは今、トルマレアの街を目指して、海岸の森の中を道に沿って歩いている。シルク曰く、この森を抜ければすぐ街に着くとのこと。薄暗くなってるとは言え、自然豊かな国だけに所々生えてる木々はどれも立派なものだった。
「それにしても……いざ入ってみて実感したのですが、やはり暗黒魔界とは全くの別物のようですね」
「そうだな。雰囲気こそ似ているが、この寒気がする感じは明らかに魔物娘の魔界じゃない。一体何がどうなって……」
「先へ進めば何か分かるだろう。とにかく急がないと……!」
海から見て薄々感づいていたが、やっぱり今のトルマレアは暗黒魔界とは違うようだ。寒気がするし、肌がピリピリするし、昼間だってのに太陽の光が遮られてる。
魔物娘の暗黒魔界は、薄暗いとは言え心安らぐし居心地が良い。こんなおぞましい感じは絶対にあり得ない。
だとすると、リリムやダークマターによって作られた魔界じゃないのは確かだ。ただ、魔物娘の仕業じゃないとしても人為的に作られたのは変わりないだろう。さっき見た渦巻く黒雲……自然によって出来たものとは思い難い。
だが、一体何故?誰がこんなことを?
「ほら、見てみろ。あそこを抜ければ街に出られる」
暫く歩いているうちに、険しい道の先に立ってる鉄製の門が見えた。あれを抜けると街に出られるようだ。
……考えるのは後だ。今は探索に専念しよう。それに、街に出てみれば何か分かるかもしれないしな。
「うっし……行くか」
「はい」
俺たちは門を潜って、今のトルマレアの街中を見てみることにした。
島全体は遠くから見たら薄暗くて不気味だったが、街は果たしてどうなってることやら……。
「……なっ!」
「……えぇ!?」
……トルマレアの島を見た時と同じように、またしても素っ頓狂な声を上げてしまった。
俺も楓もこの街には初めて来たが……こんな光景を見ればただ事じゃないとすぐに判断出来る。
「!!……な、なんだ!?これは一体……!?」
シルクは俺たち以上にひどく驚いている。
それもそのはず。自分の故郷のこんな有様を見たら驚かない方がおかしい。
「……シルク……ここにいる人たちってよ……」
「ああ……みんなトルマレアの国民だ!」
洒落た建物が建ち並んでるし、街の住民も沢山居る。これだけ聞けば立派な街だと判断するだろう。
だが、見る限り今の街はおかしい。何がかと言うと……。
「みんな……ピクリとも動きませんね……」
「ああ……凍ったみたいに固まっている……」
そう……俺たちの目の前にいる街の住民たちは、誰一人として動いていない。まるでメドゥーサの石化の術に掛かったように固まっている。
「くっ!……もし!聞こえるか!?私だ!この国の王女シルクだ!返事をしてくれ!」
シルクはすぐ近くで固まっている女に話しかけた。見たところあの女もこの国に住んでる人間のようだ。
「私だ!シルクだ!頼む!何か答えてくれ!……くそっ!駄目か!」
「なんてこった……まさかこんなことになっていたなんて……」
しかし、肩を何度も叩きながら呼びかけても固まったまま。返事なんて返ってくる気配が無い。何度やっても無駄だと判断したのか、シルクは呼びかけを止めて残念そうに俯いた。
「こりゃ不味いぞ……もっと早く来るべきだったのかもしれないな……」
「事態は思っていた以上に悪いようですね……街の人たちがこのような状態では、一体この国に何があったのか聞き出せませんね」
「固まってしまった人たちを元に戻せば良いのだが……」
外見だけでもあれほど異常な空気に包まれていたから、街も何か異変が起きてるのかと予想していたが……こんな奇妙な場面に遭遇するとは。
それにしても参ったな……事の成り行きを聞きたかったのに、国の住民たちがこの状態だと聞きたい話しも聞けやしない。元に戻そうにも方法がさっぱり分からないし、どうすれば……。
「せめて一人だけでも事態を免れてる住民が居たらな……」
これだけ多くの住民が被害を被ってる中、一人だけでも助かってる可能性は……極めて低いだろう。
そもそも、なんで街の住民たちは固まっちまったんだ?
なんでトルマレアは暗黒魔界みたいに薄暗くなったんだ?
様々な疑問が頭の中で輪廻する。
この国に……一体何があったんだ……?
「きゃあああああああああ!!」
「!?」
すると突然、どこからか若い女の叫びが甲高く響いた。
今のは……確かに人の声!ってことは……まだ固まってない人間が居るのか!
こうしちゃ居られない!早く行かないと!
「おい!今の聞こえたか!?」
「はい!えっと……あっちの方です!急ぎましょう!」
「おう!」
「……すまないみんな……私は行くが、後で必ず助ける!絶対に見捨てたりしないからな!」
俺たちは急いで悲鳴が上がった方向へと走り出した。その際、シルクは申し訳なさそうに固まってる住民たちに頭を下げた。
本当に国民想いなんだな。その点は叔父さんとそっくりだ……って、呑気なこと考えてる場合じゃなかった。
「今の悲鳴……人間の方でしょうか!?」
「だろうな!普通に考えて、こんな所に魔物娘が居るとは思えない!」
石造りの幅広い道をひたすら走り続けた。
さっきの悲鳴の主は人間の女だろうな。大した理由も無く魔物娘が反魔物国家に忍び込むとは思えない。今のトルマレアがこんな異常事態に陥ってるのなら尚更だ。
もしもまだ固まらずに済んでる住民が居るのだとしたら……早く身の安全を確保してやらなければならない。急がないと……!
「……あ!」
そして少し走ってるうちに、前方に人間と思われる人物が見えた……二人も。
「い、いや……来ないで……」
「どこにも逃げ場なんて無いんだ。無駄な抵抗はやめるんだな」
簡単に今の状況を纏めると……鎧を身に纏った男が、茶色いショートヘアの少女に剣を向けてレンガの壁際まで追い詰めている。
さっきの悲鳴の主はあの茶髪の少女で間違いないのだろうけど……。
「なっ!?ば、馬鹿な……どうして……!?」
「?」
シルクが目を大きく見開いていた。
この反応……何か知っているな。
「シルク、あいつらは……」
「あの女の子は……八百屋の娘だ」
「てことは、この街の住民なんだな?じゃあ、あの鎧を着てる男は知ってるか?」
「知ってるも何も……」
シルク曰く、あの茶髪の少女は八百屋の娘だとか。要するにこの街に住んでる人間ってことか。
そしてもう一人、鎧を着た男は……。
「あいつは……トルマレア所属の兵士だぞ!」
「はぁ!?それじゃあ……シルクの部下なのか!?」
「直接的ではないが……そういうことだ」
なんと、あの男はトルマレアの兵士らしい。つまり、シルクの部下だ。
まさか、この状況下で国の人間が二人も無事だったとは……不幸中の幸いか。
……いや、幸いとは言い切れない。
「お願い……もうやめて……」
「喚くな。それ以上五月蝿くしたら斬るぞ」
あろうことか、どう見ても男は少女を剣で脅している。国を守る兵士とは思えない横暴な行動だ。
なんで国の兵士が国民を武力で威圧してるんだよ……意味が分からん。
「事情はさっぱり呑み込めないが……見過ごす訳にはいかない!楓、あの子を助けるんだ!」
「はい!」
とにかく、早く少女を助けるために俺と楓は少女に駆け寄ったが……
「……誰か……助けて……!」
「五月蝿い女だ……一回だけ斬るか」
ヤッベェ!あいつ、剣を振り上げた!本気で斬る気かよ!
クソッたれが!早く、行かないと……!
「やめろぉ!!」
「な、なに!?……くっ!」
「せりゃあ!」
全力で少女を助けようとした瞬間、シルクが疾風の如く素早さで少女と男の間に割り込み、光の剣で男の刃を受け止めた。更にその状態から力任せに剣を振り、男を後方へと退かせた。
今のはかなり速かったな……シルクも中々やるじゃねぇか。確かに腕は立つようだな。
「……あ、あなたは……もしかして、シルク様!?」
「ああ、そうだ。君は確か、八百屋の店主の娘さんだったね。大丈夫か?怪我は無いか?」
「は、はい!あ、ありがとうございます!」
突然の王女の参上に驚きと戸惑いを隠せないのか、少女は少々慌てながらもペコリと頭を下げた。
「よかった……間に合ったようだな」
「え!?あ、あの、あなたたちは……?」
「大丈夫。この者たちは私の味方だ」
「あ、そうでしたか」
俺と楓が駆け寄ってきて目を丸くした少女だが、シルクから味方だと説明を受けたら安堵の表情に切り替わった。
「貴様!自分が何をしようとしたか分かっているのか!?か弱き民に刃を向けるなど……それでもトルマレアの兵士か!」
少女に見せた凛々しい笑顔から一変、シルクは険しい表情を浮かべながら剣を兵士に向けて怒鳴り散らした。自分の国の兵士が、国民に襲い掛かったのがよっぽど腹立つのだろう。
「…………」
「黙ってないで何か言え!そもそも何故このようなことをした!?返答次第では、いくら部下でも容赦しないぞ!」
だが、兵士は何も言わず無愛想に鎧の汚れを片手で振り払った。そんな態度が余計気に障ったのか、シルクは更に怒号を上げた。
……しかしなんだ……自分の国の王女が帰ってきたってのに、この反応……明らかにおかしい。事情はどうであれ、自分が守ってる国の王族が目の前に現れたのならば、お辞儀くらいしてもいいだろうに……。
「容赦がどうこう以前に……」
兵士の方から口を開いたかと思えば……。
「……お前は何処の誰だ?」
「……なん……だと……!?」
とんでもない発言をした。
何処の誰だって……自分の上の立場に居る人間に対して言うか!?
「馬鹿なことを言うな!私はシルク!このトルマレア王国の第三王女だ!」
「はぁ?シルク?王女?……この国に王女など居ない。何を寝ぼけたことを言っている?」
「寝ぼけてるだと……?それは貴様の方だろう!?我が国がこんな状況下に陥ってると言うのに、つまらない冗談を言うな!」
「……全く、何だと言うんだ、この女は……」
シルクが名乗っても兵士の態度は相変わらずだ。それどころか、王女なんて居ないとか言う始末。
ただ、あの様子だと……どうやら悪ふざけなんて類じゃなさそうだ。あれは本当にシルクを認識していないぞ。
「シルク様、何を言っても無駄です!今のその人は、シルク様が知ってる兵士さんではありません!」
「な、なんだ?それはどういう意味だ?」
「はい、実は……」
シルクの背後にいる少女が話しかけてきたが……。
「時間の無駄だ……全員まとめて斬ってやる」
少女が続きを話そうとした瞬間、いきなり兵士が剣を構え直してシルクたちに襲い掛かってきた。
……自分の部下に剣を振るなんて辛いだろうな。だったら……俺がやる!
「楓!念力だ!」
「はい!」
楓に支持を出すと同時に、俺は兵士に向かって駆け出した。
「手出しさせません!」
「うぉっ!?な、なんだ……身体が……動かな……い……」
楓の念力によって、襲い掛かってきた兵士の動きが鈍くなった。そして俺は……。
「そうらよっとぉ!!」
「ぐぁっ!がぁっ……!」
駆け出した勢いを利用して飛び上がり、兵士の脳天に踵落としを食らわした。骨と骨がぶつかり合う鈍い音が響くと同時に、兵士の身体は脆く倒れこんだ。
「お、おい!何も本気でやらなくてもいいだろ!私の部下だぞ!」
「こんなんで本気出したとは言えねぇよ。大丈夫だ。気を失ってるだけさ」
襲われかけたとは言え、自分の部下の身を案じるシルク。抗議されても仕方ないが、こちとらキチンと手加減したんだ。気を失ってるだけだし、取り分け問題無い。
「ビックリした……あなたたち、とても強いのですね……」
「いえいえ、それほどでも。時にあなた、お怪我はありませんか?」
「はい、お二人のお蔭です。助けてくれてありがとうございます!」
「いや、気にするな。無事で何よりだ」
何はともあれ、間一髪のところで助けることが出来た。間に合って本当によかった。
「それにしても……こいつ、この国の兵士なんだろ?一体なんでこんなことを……?」
俺は気絶している兵士を見下ろしながら言った。
さっき少女を襲おうとしてたが、なんでそんなことをしたんだろうか?ましてや、この国が大変なことになってる最中だってのに。
「あ!そうだ!シルク様、聞いてください!今、トルマレアが大変なことに……!」
「何か知ってるのかい?」
「はい、話せば長くなるのですが、シルク様が外出中の時に大変なことが……!」
少女がシルクの服の袖を掴み、助けを乞うように言ってきた。この慌てっぷり……何か知ってるな。
「やはり何かあったのか……聞かせてくれないか?君が知ってることを」
「は、はい!実は、シルク様が他国へ外出されていた時に……」
少女は涙目になりながらも、懸命に今の状況を話した。
「トルマレアが……海賊に乗っ取られてしまったのです!」
「な、なに!?乗っ取られた!?この国が!?」
「おいおい、マジか……」
なんと……少女が言うには、このトルマレアは乗っ取られたとのこと。しかも海賊に。
なんとも大胆な真似をする……国を乗っ取るのがどれほどハイリスクな行為であるのか分かっているのだろうか。
「ど、どういうことだ!?一体何が……!?」
「はい!突然、海賊と名乗る人たちが街に現れたのです。国の兵士や勇者たちが救援に駆けつけてくれたのですが、その海賊が想像以上に強すぎて誰も敵わなかったのです」
どうやら、その海賊とやらも相当の実力を秘めてるようだ。そりゃあ、国を乗っ取るなんて並大抵の力だけで出来ることじゃない。恐らく、この国がこんなおぞましい雰囲気になったのも、そいつらの仕業だろう。
「しかも、海賊の中には魔術師がいたようでして、魔術のようなもので国の兵士たちを次々と操り、敵側に寝返らせて戦力を拡大していって……!」
「……なに?」
……魔術で操る……だと?どこかで聞いたことがる。
急に胸騒ぎがしてきた……。
「ま、待て!今、魔術のようなもので兵士を操ったと……そう言ったな!?」
「は、はい。確かにこの目で見ました」
シルクも俺と同じように何か嫌な予感がしたのか、徐に俺と視線を合わせてきた。
人を思うままに操る……洗脳ってやつか。その事例は以前に目の当たりにしたことがあるが……まさか……!
「なあ、ちょっと割り込んで済まないが、一つ聞かせてくれないか?」
ざわつく胸騒ぎを抑えながら、俺は少女に話しかけた。
「その海賊だが……船長はどんな奴だったか分かるか?」
「船長ですか?えっと……」
少女は記憶を探るように考える仕草を見せて、やがて何か思い出したようにハッと息を呑んだ。
「そう言えば……船長かどうかは分かりませんけど……部下と思われる人が、一人の男の人を様付けで呼んでいたような……」
「本当か!?そいつ、どんな奴だった!?その、様付けで呼ばれていた男!」
「えっと……顔は仮面を被ってた所為で見えませんでしたけど……確か、髪は赤くて長かったです。あと、黒い鎧と、黒いマントを着ていたような……」
仮面、赤い長髪、黒い鎧。
……特徴があいつと共通している!
「じゃあ、名前は知ってるか?」
「あ、はい!聞きました!」
様なんて付けられてるってことは、恐らく上の立場にいるのだろう。だとしたら船長である可能性もある。
もしかしたら……俺が想定してる奴と同じ人物かもしれない……!
「えっと、確か……」
少女はおぼろげに、この国を襲った海賊の名前を言った……。
「その人の名は……ベリアル」
「!?」
「ええ!?」
「…………そういうことだったのか……あの仮面野郎!」
やっぱりお前だったのか……ベリアル!!
〜〜〜(ベリアル視点)〜〜〜
「……で、あいつはどうなってる?」
「順調にこちらへ送られてるようですぜ。身体の具合も良好だそうで」
地下牢へと続く通路を歩きながら、俺は紫色のローブを纏った痩身の男……エオノスに今の状況を聞いた。
どうやら、以前同盟を組んだ海賊共は順調に仕事を進めてるらしい。あの男の心配は杞憂だったようだ。
「それならいい。後で改めて確認しておくよう、JC(ジェイシー)に言っておけ」
「へい」
ここはトルマレア王国の城内。俺が国ごと乗っ取ったばかりであるためか、城の中はどこも閑散としている。尤も、必要以上の賑わいなんて鬱陶しいだけだ。寧ろ前より良くなったと言える。
「しかし、例のあれはまだ見つかってませんぜ。城中隈無く探しても見当たりやせんですし……」
「ふん、見つからないのは当たり前だ。あれを手に入れるための鍵はまだ持ってないからな」
「え?鍵?一体なんの話っすか?」
「その鍵をこれから貰いに行くんだ」
あいつらは問題ないとしても、まだ俺らはお目当ての物を手に入れてない。今回の計画において一番重要なものだ。あれが無いと話にならない。
まあ、それももうすぐ手に入るがな……!
「着きやしたぜ、旦那」
そうこう話してるうちに、目的の牢獄部屋に着いた。エオノスが部屋の扉を開けて、奥へ入るよう促してきた。
「お前はここで待ってろ」
「へい」
ここで待機しているよう指示を出した後、牢獄部屋に入り奥深くへと進んで行った。
部屋の中は薄暗くて湿気が多いが、罪人を閉じ込めるには十分な広さだ。
尤も、今閉じ込められてるのは……!
「……よう、気分はどうだ?」
「……貴様……!」
部屋の最奥に位置する牢屋まで着いたところで、俺はその牢屋に閉じ込められている人間に話しかけた。
豪華な衣服を着ている初老の男だが、その服もボロボロで、白髪混じりの髪もくしゃくしゃ。あまりにも無様な姿だ。知らない奴が初めてこの男を見れば、悲惨な浮浪者と認識するだろう。
「そんな怖い顔するなよ……国王さんよぉ」
「くっ……!」
だが、今やこんな姿だが、この爺は正真正銘……このトルマレアの国王、ワトスン・オキオードだ。
「くぉらぁ!このボンクラ仮面!とっとと此処から出しなさいよ!」
「アイナ、駄目よ!今は我慢しなさい!」
「ユフィお姉さま……でも……!」
「……煩わしい鼠共だ……」
ワトスンの隣の牢屋で騒いでいるのは二人の人間の女。
一人は、短いオレンジ髪の第二王女アイナ。もう一人は、長い青髪の第一王女ユフィ。
「おうおう、娘さんたちは元気そうじゃねぇか。だが、もうちょい静かにしてろ。俺はテメェらの親父に用があるんだ」
「ちょっとあんた……お父様に気安く近寄らないでよ!馬鹿!おたんこなす!ろくでなし!」
「アイナ、やめなさい!」
「うるせぇガキだな。こりゃ嫁の貰い手は永遠に現れないだろうよ」
二人とも俺が王国を乗っ取った際にこの牢屋に閉じ込めたが、相変わらず鬱陶しい。
「ったく、国を乗っ取られたくらいでそんなに拗ねんじゃねぇよ。どう喚いても何かが変わる訳じゃねぇんだ」
「今はそうでも、これから絶対しっぺ返しを食らうんだから!あんたみたいな悪人は、絶対最後に負けるのよ!」
「正義のヒーロー気取りか?作り話の読みすぎなんだよ」
「自惚れ過ぎのボンクラ仮面よりよっぽどマシよ!」
あっけなく負けた癖に、力もろくに持ってない下種が……!
……今すぐ黒焦げにしてやろうか?
「……私に何の用だ。出来れば貴様とは口を利きたくないのだが」
敵愾心剥き出しの視線を向けながら、ワトスンは俺に話しかけてきた。
……この爺。標的を娘から自分に変えてもらおうという目論見か。雑魚の癖にしゃしゃり出やがって。
まぁいい。最初からこいつに用があったんだ。お望みを叶えてやるとしよう。
「おいおい、まずは落ち着けよ。余計な皺が増えちまうぞ」
「貴様、わざわざ嫌味を言いに此処まで来たのか?」
「ふん、そんな下らないことに時間を費やす訳ねぇだろ」
「ならば何をしに来た?」
国の一つも守れない無能な国王をからかうほど、俺も暇じゃない。
「一つ……お前から貰いたい物があってな……」
「なに?」
俺が此処に来た理由、それは国王が持ってる『あれ』を貰うためだ。
『あれ』は、今回の計画において必要不可欠な存在。俺が長年抱いてきた野望を叶えるために必要なものだ。
「貴様に譲り渡せるものなど一つも無いな」
「馬鹿言え、あるだろうが。現に今持ってるだろ?」
「……ならば聞くが、貴様が欲するものとは何のことだ?」
ワトスンは鋭い視線を向けたまま言い放った。
一々聞かなくても分かっているだろうに……面倒くさい男だ。
何かって?そんなの、決まってるだろ。
「……この国の秘密を握る『鍵』だ。身に着けてるんだろ?」
「…………」
一見表情は変わってないように見えるが、一瞬だけピクリと眉が動いたように見えた。
そう……俺はずっと前から知っていた。
この国が隠している、驚くべき秘密を……!
「俺が何も知らないとでも思ったか?だが、そいつは間違いだ。こちとら全部把握してんだ……この国の、隠された秘密をな!」
「……秘密など無い」
「あぁ、そうだよなぁ。そうやってしらばっくれるのは当然と言える。なんせ、世間に出回ったら色々と厄介な展開になりかねないからな」
「無いと言ってるだろ!仮にあるとしても易々と話す訳が無い!」
ワトスンは苛立ちを露にしながら否定してきた。
正直なところ、この反応も想定通りだ。誰にだって知られたくない秘密なんて一つくらいある。知られたくないから、こうして隠し通すものだ。
まぁ今回は最初から全部知っていたから、秘密も糞も無いけどな……!
「まぁ、秘密があるか無いかはこの際話さなくていい。もう全部知ってるからな。話すを戻すが、テメェから貰いたい物が一つある」
「……なんだ?」
「それだ」
俺はワトスンの左手の薬指に嵌められている指輪を指差した。
赤く光り輝くルビーの指輪。一見ごく普通のありふれた指輪だが、それこそまさに俺が求めている物……この国の秘密の鍵だ!
「……何故この指輪を欲する?」
「その指輪がまさに、この国の秘密を握る鍵だからだ」
「馬鹿言うな。これは亡き妻の形見だぞ。鍵などではない」
「形見ねぇ……」
死んだ人間の残し物ってか。この世に居ない人間の所有物なんぞ持って何が楽しいんだか。
尤も、俺には形見なんて事情は関係無い。欲しいから貰うまでだ。
「死んだテメェの妻の物だったとしても、それが鍵であることに変わりないだろ。テメェが持っていてもな、文字通り『豚に真珠』ってやつだ。分かったらよこせ」
「断る!貴様の言うことなど聞くものか!」
「あぁ?」
片手を出してこちらに渡すよう素振りを見せたが、ワトスンは強気の態度を示して拒絶した。
「そんなに国の秘密に手を出されたくないようだな。気持ちは分からんでもないが、負けたテメェに拒否権は無い」
「国の秘密など関係無い!これは私の妻が遺した大切な形見なんだ!誰にも渡さない!」
「…………」
指輪を渡したくない理由。それは、国の秘密じゃなくて、単に妻の形見だからと……そういうことか?
……なんて無様だ。
なんて下らない。
なんて虚しい。
大切なものなんざ……いつか壊れる宿命だ。
人も、物も……所詮は目の前から消える。
形見とか、宝物とか、どんなに綺麗な言葉で飾っても、結局汚れて捨てられる。
このご時世に生きる魔物だって例外じゃない。
あいつらは人間を愛し、共に生きようとする。そして一人の人間を愛したその時から、死ぬまでずっと寄り添うと決める。
だが、仮に愛した人間が早く死んだら、その時点で寄り添う者が居なくなる。失った後でも、亡くなった人間を想い続けて、新しい夫を作ろうともしない。
それがどれほど寂しいのか、あいつらも分かってるはずだ。愛する人間を失った悲しみは計り知れない。
だったら……初めから持たなきゃいいってのに……何故……。
「……やめとけ……形見なんて飾り立てても、所詮は無機物。すがるだけ滑稽な姿を晒すだけだぜ?」
「滑稽でも構わん!とにかく、これだけは絶対に渡さないからな!」
俺の目に映る光景こそ、まさに無様。たかが指輪一つごときに。
幻想に縋り付くのがどれほど虚しいのか……自覚が無い分罪深い。
「……どうしても渡す気は無いか?」
「無い!」
「……そうかい」
結局……何を言っても無駄か。
「……そうだよな。大切な形見だもんな。簡単に渡す訳無いか」
「…………」
「あぁ、いいんだ。気にするな。俺の方が悪かったな。元から頼むべき用事じゃなかった」
「……なに?」
そうだ……頼むべきじゃなかった。少し考えれば断れることくらい、俺にも分かるはずだった。
「……そうだ……頼む必要なんて無い……」
何度頼んでも断られる。この頑固爺が相手ならなお更だ……。
「望む物を手に入れるために……相手を説き伏せる必要なんて無いんだ……」
「なんだと……?」
だったらどうする?そんなの決まってる。
「恨むんなら……頑固な性格に生まれた己を恨みな……!」
「……ま、まさか……!」
そう……こうすればいい……!
「横暴な裁きの雷(ティラジャッジメント)!!」
バリバリバリバリバリ!!
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
国の一つも守れない愚かな王に、漆黒の裁きを与えてやった……!
「きゃああああああ!!」
「お父様ぁぁぁぁぁ!!」
すぐ隣の牢屋から、二人の娘の悲鳴が上がった。
「がぁ!ぐっ……かはぁ……!」
雷を受けたワトスンは、口内から黒い煙を吐きながら無様に倒れこんだ。
至近距離で食らったとは言え、それほど力は入れてないんだ。まだ死んでないだろうよ。後でしっかりと止めを刺してやるけどな……!
「悪く思うなよ。俺はなぁ……欲するものは力で奪う!人も、物も、何もかもだ!!」
あらかじめ持ってきた牢屋の鍵を懐から取り出し、牢屋の扉の錠を開けて中に入った。
「ベリアル!あなた、お父上様になんてことを!許さない!」
「このボンクラ仮面!お父様から離れなさいよ!」
隣でピーピー喚く娘っ子二人を無視して、俺は気絶してるワトスンの左手の薬指から指輪を抜き取った。
やっと手に入れた……これさえあれば、ついに俺の野望が実現する!今思えば長かったものだ。途中で何度もズレが生じたが、此処までは完璧だ!
「……ふん!亡き妻の形見だと?笑わせんじゃねぇよ。守りたいものがありながら、これくらいの雷の一つも耐えられる力すら持ってないとは……滑稽なことこの上ない」
何かを守れるほどの力すら持ち合わせていない。それがどれほど愚かなことか、殆どの輩は理解していない。
だからこそ罪深い。この世で最も罪なこと。それは、力を持ってないことだ。
「……あばよ、愚かな爺。そこであの世に居る妻と再会する準備でもしておけ。つっても、こんな牢獄じゃ何も出来ねぇけどな!」
お目当ての指輪を懐に収め、悠々と牢屋から出てしっかりと牢屋の鍵をかけ直した。
さて、こんな所に長居は無用だ。国の秘密も握らなければならない。早く次の段階に進むとしよう。
「お待ちなさい!」
「……あん?」
部屋から出ようとしたその時、突然ユフィが俺を呼び止めてきた。
「なんだぁ?指輪なら返さねぇぞ」
「違います。私の質問に答えてください」
「は?」
質問だと?こんな時だってのに、面倒だな……。
「今でなきゃ駄目か?」
「どうせあなた、暫くここに戻ってくるつもりは無いでしょう?」
「…………」
まぁいい。聞くだけ聞いてやるとするか。
「で、質問ってなんだ?」
「何故……あなたはこんな事をするのですか?」
何故だと?そんなの決まってる。さっきも言っただろうに。
「この国の秘密を手中に収めるためだ」
「それはもう聞きました。私が知りたいのは、あなたが国の秘密に執着する理由です」
「……なに?」
「私もアイナも、この国の隠された秘密なんて知りません。それは本当です。でもどういう訳か、あなたはずっと前から知っていて、それを手に入れるために国ごと乗っ取る暴挙に出た。そこまでして求めると言う事は、何か理由があるはずです。私は、その理由を聞きたいのです」
……この国の秘密に執着する理由か。
なるほど、このユフィとか言う王女……勢い任せの妹とは違ってそれなりに侮れないようだ。
「そうだな。確かにテメェが言った通り理由はある」
仮にも本当にこの国に何も無かったら、わざわざ乗っ取るような真似はしない。大きな理由があるから実行したまでだ。
「俺には……遥か昔から抱いてきた野望がある。この国の隠された秘密には、それを実現出来るほどの力がある。だから俺はこの国を乗っ取ったんだ」
俺には……どうしても実現するべき野望を秘めている。実現するには、この国の秘密がどうしても必要になる。
だから俺は力ずくで奪うことにした。トルマレア王国ごと、全てを……!
「……では、あなたの野望とは一体……?」
「単刀直入に言うとな……」
俺が実現する野望。それは他でもない……!
「こんなクソッたれな世界を……無の世界に変えることだ!」
「え……!?」
そう……俺はこの世界を変わらせてやるんだ!
下らないもの、醜いもの、下賤なもの……そんなものばかりが蔓延している世界を全て変える!
「今、突拍子も無い事を言い出したと……そう思ったな?だが俺は本気だ。事実、この国にはそれが出来るほどの力を持っている」
「あんた……何言ってるの!?意味が分からないわよ!」
「言葉通りだ。無の世界に変えてやるんだよ」
「だから、それが分からないのよ!無の世界ってなんなの!?あんたは一体何がしたいの!?」
「そうか……だったらお頭が小さい単細胞でも分かるように言ってやる」
確かに初めて聞いても意味なんて理解出来ないか。
だが単純な話だ。俺はな……気に入らないものは全て消す!!
「この世に生きる者共を……全員ぶっ殺してやるんだよ!!」
「!?」
「はぁ!?」
俺が放った言葉に、ユフィもアイナも目を丸くした。
想定通りの反応だ。今まで同じ事を聞いた輩の殆どは、こいつらみたいに呆然とするか、大口開けて笑うかのどっちかだ。
ただ、後者の人間は一人残らず黒焦げにしてきたけどなぁ!
「何言ってるのよ……ますます分からない!殺すですって!?あんた、何言ってるのか自覚してるの!?」
「分かってるつもりだ。俺はテメェらみたいな経験浅い小娘とは違うんだよ」
俺は小娘共を閉じ込めてる牢屋に近付き、言い聞かせるように話し始めた。
「俺はな……どこの誰よりも見てきたんだ。この世界の汚さも、人間と言う下等生物の醜さも……この目でしっかりと見てきた!実際に体験してきた!そして一つの結論に至った!この世には、消えるべき無価値なものしか存在しないってな!」
「そんなこと……!」
「事実だ!それを立証するのが、この醜い異形の右腕!この腕はまさに、忌まわしき過去の産物!俺の内に秘める憎しみそのもの!」
俺は、右腕の肥大化した茶褐色の腕を見せ付けた。
これは生まれた時から形成された腕じゃない。平気で人を陥れるような、欲深い下種共の所為で、こんなおぞましい形になってしまった。そいつらはもう俺の手でこの世から消えたが、この憎悪が晴れた日など一度も来ない。今までも、これからも……!
「この世界には……余計なものが増えすぎた!よりによって醜い人間共が増えた所為で、世界そのものまで醜くなった!」
俺はそこら辺の甘ったれた環境で育ってきた奴らとは違う。今までしっかりと見てきた。傲慢で利己的で欲深く、平気で他人を蹴落とす醜い生き物たちを……人間たちの本性を見てきた!
魔物共も馬鹿な連中ばかりだ……何故あんな生物を愛する!?何故どうしようもなく醜い奴らと共に生きようとする!?何故汚れたものが必要になる!?
俺には理解出来ない……いや、理解したくもない!そもそも人間を愛してる時点で、俺の敵も同然だ!魔物共も皆殺しにするまでだ!
「だから全部消してやる!クソッたれな世界から何もかも滅ぼして0にする!『無』にしてやるんだよ!」
そうだ……この世界には価値のあるものなんて存在しない!全てが汚れたものばかり!
だから何もかも消す!怒りのままに……憎悪を糧に……己の意思を崩さずに!
「昔何があったかは知りませんけど……考え直してください!あなたが見てきたものが全てではありません!確かに醜いものもあるかもしれませんけど、信頼とか愛とか、本当に綺麗なものも存在するのです!」
「ほざけぇ!!」
ガシャン!
「たった二十年ちょっとしか生きてない小娘が俺に意見するな!第一、テメェらみたいな敗北者には口出しする権利も無い!負け犬なら犬らしく、この犬小屋の中に篭ってろ!」
怒りに任せるように、異形の腕で牢屋の鉄格子を殴りつけた。
……て、何をやってるんだ俺は……また感情的になっちまった。小娘相手にムキになるとは……我ながら情けない。
「……長話が過ぎた。俺はもう行くぞ」
「待ってください。最後に一つだけ聞いてください」
さっさと部屋から出ようとする俺を、またしてもユフィが呼び止めた。
「……あなたも人間なのです。ちゃんと感情を持っているはず。そのように怒りや憎しみを抱けるのなら、人を愛することも出来ます。知らない者を大勢消すより、心から愛せる人と出会って、その人をずっと愛する方がよほど幸せになれると思いますよ」
「……何が言いたい?」
「別に……言いたいことはそれだけです」
……本当に呆れた女だ。この期に及んでまだそんな綺麗事を並べるか。
愛するだと?そんなの死んでもやらねぇよ。
第一……もう俺は……誰も愛せないし、愛されない存在なんだよ……。
「……ならば最後に、俺の方からも言わせてもらうぜ」
とは言え、言われっぱなしも癪に障る。最後に一つだけ言い放ってから部屋を出るとしよう。
「テメェ、俺も人間だと言ったな?それは間違いだ」
「え?」
「確かに俺もかつては人間だった。あの時まではな。だが、今はもう……醜い下等生物とは違う。人間だった俺は、もう死んだのさ」
もはや色褪せた記憶だが……今の俺はあの頃とは違う。
「死ぬ前に覚えておけ。俺は人間じゃない……!」
そうだ……俺は悪魔!
人を誑かし、弄び、気のままに蹂躙する存在……!
「そう……俺はベリアル!全てを破滅に導く悪魔だ!!」
最後にそう断言した後、俺はその場から踵を返して出口へと足を進めた。
「……ちっ!」
歩いてる最中に思わず舌打ちをした。
しかし、俺としたことが……こんなところで時間を掛けちまうとは。まぁ、目的の物は手に入ったんだ。それでよしとしよう。
「くくく……楽しみだなぁおい……!」
ようやくだ……ようやく俺の野望実現に一歩近付く!こんなおぞましい世界から、何もかも消し去ってやるんだ!
もう誰も俺を止められやしない!世界の破滅は、止められない!
そう……この世界を無にする!
それこそまさに、俺がこの世に生まれた理由だ!!
13/10/20 19:46更新 / シャークドン
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