トレジャーハンター、シルク
「足が滑りそうになった時は流石にヒヤリとしたな」
「でも結局は大物が釣れてよかったですね。まさか釣竿一本でマグロを釣るなんて……流石ですね!」
「じゃあ明日はお兄ちゃんが釣ったマグロも食べれるの?」
「そうだな、楓に頼んでおこう」
夜の九時頃、俺はダイニングにて、テーブルを挟んでサフィアとピュラの三人で他愛も無い雑談を交えていた。
晩飯を食べ終わり、食後のお茶を飲みながらお話を始めたらもう二時間以上は経っていた。主に俺が今日釣ったマグロが話題となって盛り上がったが……一匹しか釣れなかったから、流石に全員食べさせる訳にはいかないだろう。尤も、サフィアとピュラには最優先で食べさせるつもりだが。
「そういや……二人とも風呂はいいのか?まだ入ってないだろ?」
「あら、もうそんな時間でしたか。それでは先にお風呂に入ってきますね」
ここでサフィアたちは風呂へ行く事になった。
もう夜も更けてきたし、そろそろ就寝の準備をしておいた方がいいだろう。明日だって、何時戦闘があってもおかしくないからな。
「ピュラ、一緒に行きましょう」
「うん!」
「ではキッド、また後で」
「おう、行ってきな」
そしてサフィアとピュラは二人揃って立ち上がり、大浴場へ向かって行った。
「ズズッ……さてと、明日はどうするかな……」
ダイニングを出て行く二人の後姿を見送った後、楓に淹れてもらったお茶を啜り、明日をどう過ごすのかぼんやりと考え始めた。
釣りばっかりやるのもつまらないし、たまにはチェスでもやろうか……あぁ、でもサフィアとやるのは出来るだけ避けたい。あいつメチャクチャ強いから、完膚なきまでに叩きのめされるのが目に見えるんだよなぁ……。
にしても……この緑茶、美味ぇ……。
「お疲れ様です、船長さん。お茶のおかわりは如何ですか?」
「おう、楓か。それじゃ、もう一杯頂くか」
「はい、畏まりました」
色々と考えていると、キッチンから楓が急須を持って来た。そして楓の厚意を受けて、お茶のおかわりを湯呑みに淹れてもらった。
「それにしても、今日船長さんが釣ったマグロ、とても大きかったですね。私としても腕が鳴ります!」
「いや、俺も一目見たときは驚いたよ。まさかあんな安っぽい餌でマグロが釣れるとは思わなかったな」
「釣られたマグロさんは、安っぽい餌を食べたい気分だったのでは?」
「だろうな」
ちょうど楓が俺の向かい側に腰をかけたところで、このまま話し相手になってもらった。
オリヴィアは部屋で武器コレクションを見てるし、ヘルムは自室でルミアスへの手紙を書いてるようだし、シャローナはまた医療室で変な薬の実験をやってるみたいだし……暇になってきたから楓がいてくれて助かった。一人で静かに居るのは性に合わない。
「そう言えば船長さん……ちょっと気になる事がありまして……」
「ん?どうした?」
すると、楓から何やら神妙な面持ちで話を切り出された。
「ピュラちゃんの事ですが……どうかしたのでしょうか?」
「……ピュラ?」
「はい、なんだか最近様子がおかしくて……」
楓が言うには、最近ピュラの様子がおかしいとのこと。
そう言われても、俺には今一ピンと来ない。さっきだって普通に楽しく雑談していたし……。
「なんだ……アレか?もしかして、食欲が無さそうだったとか?」
「いえ、その逆です。無いどころか、寧ろいっぱい食べてるような気がしまして」
「え?そうか?俺にはそう見えないな。今日だって朝、昼、晩と三食ともピュラと一緒に食べたが、量は何時もと変わらないし、ご飯のおかわりもしなかったぞ」
「そうなのですが……問題はその後なのです。何時もの食事を食べ終えた後にはキッチンから果物やお菓子を取り出してるようでして……」
「……ピュラが?なんでまた……」
「他にもおかしい点があるのです。その取り出した果物やお菓子を何処かへ持って行ってる姿を以前見かけました」
「……なるほど、確かに妙だな」
楓が気付く問題点と言えば食に関する事だろうと思い、もしやピュラの食欲が無くなってきてるのかと考えたが……違ったようだ。
話を纏めると、最近になってピュラは果物やお菓子を何処かへ持って行ってるとのこと。
詳しく聞いてみれば確かに気になる点は幾つかある。間食にしても、どうせ食べるなら何処かの部屋へ持ち運ばずにダイニングで食べた方が楽な気がする。それにピュラは何時も元気な子ではあるが、必要以上に食べるような大食いじゃない。いくらなんでも食事の後にまた食事だなんて考えられないが……。
「……成長期ってやつか?」
「それにしたって早すぎる気がします……」
「だよな……もしかして楓、ピュラの食事のメニューだけ量を減らしてるなんて……」
「いえ、それはあり得ません。寧ろあれ位の歳の子には栄養のある物を沢山食べさせるべきです。少し増やす事はあっても、減らすのは絶対やりません」
「ほう……一応考えてくれてるんだな」
「勿論です。仲間の栄養管理は私の仕事ですから」
「はは……頼もしいぜ」
……まぁ、後でピュラに直接訊いてみるか。
そう思いながら雑談を交えていると……。
「失礼します!あ、キッド船長!」
「ん、おぉコリックか。お疲れさん」
ダイニングの扉が開き、コリックが少々慌てた様子で入ってきた。
「よかった……まだリシャスさんは来てないみたいですね」
「どうしたんだよ?あいつがどうかしたか?」
「実はさっきリシャスさんが、風呂から出たらまたキッド船長に僕の昇格を要求するみたいな話をしていたので、手遅れになる前にキッド船長に伝えようと」
「……またかよ」
リシャスの奴……また性懲りも無く無理難題を突きつける気か。毎回よくやるもんだ。その根性は大したものだが、もっと他の事で有効に使おうとは思わないのか?
「本当にすみません!僕からも止めてって何度も言ってるのに……」
「気にするな。夫を想ってくれてる良い嫁さんじゃないか。まぁ、俺は逃げさせてもらうがな」
また何度もガミガミ言われたら堪ったもんじゃない。ここは一時撤退としよう。
「さてと……それじゃ、俺は行くぜ」
「船長さん、お休みなさい」
「お疲れ様です、キッド船長」
「おう」
そして俺はダイニングを出て行った……。
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「さて……どうするかな……」
ダイニングから出たはいいものの、これからどうするべきか全く考えてなかった。
退き返したらリシャスと鉢合わせになるだろうし……こうなりゃ船長室に戻ろうかな。
「……ん?」
そう思ってたところで、遠くの方でフワフワと廊下の上を進む姿を見かけた。
「……ピュラ?」
その姿とは……間違いなくピュラだった。
どういうことだ?サフィアと風呂に入ってたんじゃなかったのか?それに、今ピュラが向かって行ったのは確か……。
「……空き部屋の集合部だよな……」
なんでそんな所に?
疑問に思ったが、ここで立ち止まっても何の解決策にもならない。一先ず後を付けて見るか……。
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……しかし変な感じだ。此処は俺の船だってのに、その中で人の後を追うなんてよ。
通路に置かれてる樽に身を隠しながら、何処かへ向かっているピュラの背中を見ながらそう思った。
我ながら滑稽な真似だ。直接ピュラに追いついて訊き出せばいいものを。いや、それじゃ駄目な気がするが……。
「……ん?」
ここでピュラが、一つの部屋の扉を開けて、その中に入り扉を閉めた。
「…………」
物音を立てないように慎重に進み、閉ざされた扉の前に立った。
……この部屋は……確か空き部屋だったはず。ピュラはなんでまたこの部屋に?
疑問に思いながらも、俺は扉に耳を当てて部屋の中の様子を音のみで窺ってみた。
「……って、意味無かった」
そうだ……このブラック・モンスターの部屋は全部防音性能が施されてるから、扉から音を聞くなんて無理だった。だとしたら……直接覗くしかないか。
微かな音も立てないように、俺はゆっくりと扉を開けて中を覗いて見た。
「……?」
そこにはピュラと、人間の女と思われる人物が居た。
人間の女の方は、クリーム色の長髪に藍色の瞳、背丈はそこそこ高く、足も比較的長めだ。服装は……冒険者が好みそうな軽装を着ているが……。
……いや、ちょっと待て。うちの船にあんな女居ないよな……?
……まさか……侵入者……!?
「!?」
部屋の様子を見て俺は思わず息を呑んでしまった。
なんと、人間の女が後ろからピュラにしがみついて来たのだ。
俺から見れば……無抵抗のピュラに襲い掛かってるように見えた。
「なにしてんだテメェ!!」
居ても経ってもいられなくなった俺は扉を突き破り、強引に部屋の中へ入った。
「!?」
「へっ!?お、お兄ちゃん!?」
「ピュラから離れろ!余所者がぁ!」
驚いてこっちを見ている女に構わず、俺はピュラを助ける為に女に殴りかかった。しかし、女はピュラから手を離した瞬間に後方へ退き、俺の攻撃を避けた。
「ピュラ!大丈夫か!?怪我は無いか!?」
「え、お、お兄ちゃん、あの……」
ピュラの身体を見回してみたが……どうやら特に怪我はしてないようだ。よかった……。
だが……問題はこの女だ。俺の大切な妹に手ぇ出しやがって……!
「……アンタ、うちの船のメンバーじゃないだろ?何時からこの船に忍び込んだんだ?」
警戒心を露にし、目の前の女を睨み付けながら問い質した。
「……何時かバレるのではないかと警戒はしていたが……まさかこんな時に見つかるとは……」
「質問に答えろ!何時から船に入ってきた!?それと、ピュラになにしようと企んだ!?返答次第によっては今すぐ海へ突き落とすぞ!」
腰に携えている長剣に手を掛けて、何時でも戦えるように姿勢を正した。この女の腰にも剣と思われる鞘が携われている。恐らくなにかしらの剣術を扱えるのだろう。
こいつが何者なのかはよく知らないが……敵ならば返り討ちにするまでだ!
「待って!やめてよお兄ちゃん!」
「……ピュラ?」
すると、ピュラが俺の前まで移動して、まるで女を庇うかのように両手を広げた。
どうしたんだ……なんでその女を庇う?
「この人は悪い人じゃないよ!とっても深い理由があるの!だからこの人を追い出さないで!」
「おいおい、なに言ってんだ。なんでそいつを庇うんだよ?ピュラだって、今しがたその女に襲われてたじゃないか」
「違うよ!今のは遊んでただけだよ!私は何もされてない!この人は名にも悪いことしてないよ!」
どういう訳か、ピュラは必死に俺を宥めてきた。
どうなってんだこれは?ピュラが嘘をついてるようにも思えないし……。
「…………」
一方、女の方はジッと俺の目を見つめている。
……まぁ、確かに悪賢い女には見えない。だが、まだ気を許す訳にもいかないからな。
「……もう一度訊く。ピュラには何もしてないんだろうな?」
「……ああ」
女は小さく頷いた。その行動には迷いが一切含まれてない。
……ここはピュラを信じよう。
「……事情を詳しく聞かせてもらおう。一先ずダイニングまで一緒に来てもらおうか」
腰の剣から手を離し、親指で部屋から出るように示した。
============
場所は変わって、此処はダイニング。空き部屋で会った女を俺の向かい側に座らせて話を聞きだすことにした。先程の騒ぎを聞きつけてピュラの他にも、サフィアと楓、そしてヘルムとオリヴィアもダイニングに集まってきた。
「しかしまぁ……よく海賊船に忍び込んだものだな。キャプテンが先に見つけてなければずっと分からなかったかもしれない」
「まったく、次から船の警備をもっと固めないとな……」
「そうだね、今度船員の配備も考えておくよ」
オリヴィアの言う通り、あの時俺が見つけてなかったら後でどうなることやら。
これも船の警備が緩すぎた所為で出た結果だ。今度からもっと警備を固めるよう考慮しないとな。
「……そう警戒しなくても、私は何もしないし、逃げたりもしないが?」
「仕方ないだろ?これも命令だ。キャプテンの許しが出るまでは、私はお前から目を離さない。You see?」
「……好きにすればいい」
因みに女のすぐ後ろにはドラゴンのオリヴィアが立っている。と言うのも、この女は一応侵入者だ。まだ気を許す訳にもいかないし、一応オリヴィアに見張ってもらう事になったのだ。
「さて……話を始めようか。まずはアンタ、名前は?」
「ああ、私はシルク。見ての通り人間の女で、こう見えてトレジャーハンターだ」
「トレジャーハンター?」
この女の名前はシルクと言うらしい。しかもトレジャーハンター……宝を探し求める人間だとか。
見たところ美人の類に入るのだろうが……こんな女が一人で船に忍び込むとはな。今更ながら、大した度胸だと思う。
だが、肝心なのは船に忍び込んだ理由だ。それによっては後の対処が大きく変わる。仮にも船の宝を狙ってるのだとしたら……多少は手荒な真似をしなきゃならない。
「そうか……シルクか。で、なんでまた船に乗り込んで来たんだ?まさか、うちの宝を狙ってるんじゃないだろうな?」
「いや、誤解だ。それは絶対に無い。ただ……話せば長くなるが?」
「構わない。続けてくれ」
宝が目的じゃないとしたら、一体何が?
疑問に思いながらも、俺はシルクに話を促した。
「私はずっと以前からトレジャーハンターとして世界各地を旅している身分だ。今でこそ一人で行動しているが、以前まではバルドと言う仲間が一緒に居たんだ」
どうやらシルクにはバルドと言う仲間が居るらしい。
だが、以前まではってのが気になるな。今は一緒じゃないのか?
「それで?」
「十日ほど前の事だ。私とバルドは宝を探す道中で不運にも海賊と鉢合わせてしまったんだ。私たちは応戦を決めたが、敵の海賊が強すぎて私たちは致し方なく逃亡を図った。だが寸でのところで海賊に捕まりそうになり、バルドは私を庇って敵の海賊に捕まってしまったんだ」
……どうやらこの女も訳がありそうだな。話を纏めると、シルクの仲間であるバルドは海賊に捕まってしまったと……そう言う事か。
「私だけは命からがら逃げ出せたが……バルドを見放す訳にもいかない。それから私は各地の海賊のアジトを回って、バルドを捜し始めた。そしてある日、アジトの探索中にこの船を見つけてな。偶然にもこの船は私の次の目的地と同じ方向に進み始めたから、好機とばかりに乗り込むことにしたんだ」
「……待てよ。ある日ってまさか……」
「ああ……お前たちがアジトの宝を盗んだその日だ」
なんてこった……あの日って、俺とリシャスがアジトに忍び込んで宝を持ち去った日か。
あの時から船に乗り込んできたとは……不覚。
「目的のアジトの近くまで辿りついたら私から船を降りるつもりでいたんだ。だが、この船の食料庫でこの子に見つかってしまって……」
そう言いながら、シルクは俺の隣に座っているピュラへと視線を移した。
……ん?ちょっと待て。
「それって、ピュラはシルクが船に新入してたのを知ってたのか?」
「うん、前に食料庫で偶然見つけてね」
シルクの代わりにピュラが質問に答えた。
「初めて会った時は私もお兄ちゃんたちと会うようシルクさんに言ったけど、シルクさんが断ったからさっきの空き部屋に案内したの」
「……あの、ピュラちゃん。もしかして、キッチンから果物やお菓子を持ち出したのも……」
「……うん、シルクさんに食べさせるために持って行ったんだ」
「そう言う事か……」
これでピュラの不可解な行動も理解出来た。要するに、ピュラは空き部屋に居るシルクの為に食料を運んだのか。
ピュラ自身も元から優しい子だ。きっとシルクの事を案じて、俺たちには黙っていたんだろう。
「ピュラ……こういうことは黙ってないで、キチンと私たちに言わないと駄目ですよ」
「う、うん……ゴメン……」
「待ってくれ!元の原因は私なんだ!どうか、この子だけは……ピュラちゃんだけは叱らないでくれ!」
サフィアがやんわりとピュラを嗜めると、シルクが慌てた様子で立ち上がってサフィアを宥めた。
「この子だって、初めて私と会った時はお前たちに報告するつもりでいたんだ。なのに私が無理を言った所為でこうなってしまった。悪いのはピュラちゃんではなくて私だ。だから……」
「まぁ待て。ピュラの事は俺たちがよく分かってる。それに、ピュラはそんなに悪いことをした訳じゃないから、誰も責めたりしないさ。ほら、とりあえず座りな」
「あ、ああ……」
「お兄ちゃん……ゴメンね」
「気にするな」
宥められたシルクは怖ず怖ずと座りなおした。そしてペコリと頭を下げて謝ってきたピュラの頭を撫でてやると、ピュラはちょっぴり嬉しそうに顔を綻ばせた。
何はともあれ、この船と仲間たちに大した危害が及んでないし、ピュラも反省しているから、それでよしとしよう。
「さて、問題はこれからだ。アンタ、結局どうするつもりなんだ?」
「ああ……見つかってしまった事だし、ここから私一人でアジトに向かうしかないか……」
「こんな広い海原で身を投げる気か?自殺行為同然だぞ」
「だが……これ以上迷惑を掛ける訳にもいかない」
シルクはこれから自分一人でアジトへ向かうつもりらしい。
だが、こんな広い海を自分ひとりで進むなんて無謀だ。アジトの場所を知ってるにしても、体力を激しく消耗してしまうのが目に見えてる。運良く目的地に着いたとしても、アジトに侵入して、更に仲間を助けるほどの余裕があるのかどうかも疑問だが。
……よし、決めた。
「シルク……だったよな?俺に一つ提案があるんだが」
「提案?」
とある考えが脳裏を過ぎり、俺はシルクに話を切り出した。
「旅は道連れだ。俺たちがその目的地まで連れて行ってやる。ついでにその仲間の救出も手伝ってやるよ」
「え!?ほ、本当か!?」
「ああ、その代わり……条件として、アジトに納められてる宝は全部俺たちが頂く。それでどうだ?」
提案ってのは、シルクをそのアジトまで連れて行く代わりに、お宝は全部俺たちが貰うと……そう言う事だ。
この条件なら互いに利があるし、トレジャーハンターとは言え、シルクにとっても悪い条件じゃないはずだ。仲間さえ取り返せれば、シルクも文句は言わないだろう。俺らとしても、財宝が貰えるのなら本望だ。
「……ああ、私からも頼む!宝は全て譲るから、是非とも協力してくれ!」
「よし、決まりだな。ただ、俺らが手伝うのはそこまでだ。仲間になる訳でもないのに、仲間を助けるまで面倒を見るのは無理な話だ」
「ああ、分かっている。一時的でも協力してくれるだけでありがたい!恩に着る!」
こうして、シルクの仲間救出を手伝う事になった。とは言っても、あくまで一時的。見つかるまで振り回されたらこちらの身が持たないからな。
「お前らも、異存は無いよな?」
「ええ、キッドがそうするなら」
「君の決定に従うまでさ」
「私も賛同です」
「へへへ……キャプテン、次は私を連れて行ってくれよな!」
サフィアたちも特に反対してないし、このままアジトとやらへ向かうとするか。
「よかったね、シルクさん!」
「ピュラちゃん……ありがとう」
「ね?言ったとおりでしょ?お兄ちゃんは優しいんだ!それにお兄ちゃん強いから、悪い海賊なんかに負けないよ!」
「ふふふ……そうか、心強いな」
とびっきり明るい笑みを浮かべながら、ピュラがシルクに歩み寄ってきた。対するシルクも、明るく振舞うピュラを見て微笑ましそうに顔を綻ばせた。
この二人、知らないうちに仲良くなってたんだな……。
「さて……シルク、そのアジトとやらの場所は分かってるか?」
「このまま真っ直ぐ進むと小さな島が北東に見えてくる。その中に聳え立つ古城が目的のアジトだ」
「城をアジトにしてるのか?贅沢な連中だな」
「百年位前に激しい戦争が起きた島で、今は住民らしき人物は住んでいないが、城だけ原型を保っているらしい。奴らはそこを拠点に使っているのだろうな」
「ほう……で、ここからどれくらい掛かる?」
「およそ二日ほど掛かる」
シルクが目指してるアジトは島に立っている古い城とのこと。住民が一人も居ないとすると、無人島と捉えていいだろう。
それにしても二日か……それまでに十分気を養っておかないとな。
「よし、それまでに十分身体を休ませておけ。部屋ならさっき使ってた部屋をそのまま貸してやる」
「ああ、かたじけない」
「ああ、それと……ついでと言ったらアレだが、風呂にも入って来い。長い間入ってないだろ?」
「え!?な、何故分かる?まさか……臭うか?」
「…………」
「何故そこで目を逸らす!?不安になるだろ!」
……まぁ、その……臭わないって言ったら嘘になるが……。
そりゃ忍び込んでたら風呂なんて入る余裕も無いだろうに。
「とりあえずサッパリして来い。後は自由に行動していいから」
「誤魔化された気がする……」
「あ、じゃあシルクさん、一緒に入りませんか?私もまだ済ましてないのです」
「私も行くー!シルクさん、一緒に入ろうよ!」
「ピュラちゃん……それじゃあ、案内を頼む」
「うん!」
そしてシルクとピュラ、そしてサフィアは大浴場へと向かって行った。
「……なんだか楽しそうだな」
「ああ、どうやらピュラに歳の違う友達ができたみたいだな」
「そうだね」
何はともあれ、やる事が決まってきた。
またアジトか……今度はもっと財宝とかあるといいな。いや、油断は出来ない。シルク曰く、敵の海賊はかなり強かったらしいから、そいつらに当たったら気を引き締めないと……。
「それよりキャプテン、折角だからここで軽く飲まないか?」
「酒を?俺は構わないが」
「よし!折角だ。あんたも飲もうぜ」
「僕も?いや、僕は読みたい本が……」
「いいじゃないか。ちょっとくらい付き合ってくれよ。武器コレクションの手入れも済ませちゃったし、退屈なんだよ。そうだ、私さ、この前聞いたルミアスって子の話が気になってたんだ。折角だから色々と聞かせてくれよ」
「う〜ん……しょうがないな」
と、ここで残った俺とヘルム、そしてオリヴィアの三人は軽く酒を飲む事にした。
オリヴィアはルミアスの話を聞きたいと言い出したが……ヘルムの方はしょうがないと言っておきながら満更でもなさそうだ。恋人の自慢話も悪いとは思ってないんだろう。
「それじゃ、キッチンから持ってくるよ。何がいい?」
「俺はビールを頼む」
「あ、僕も同じのを」
「OK!」
オリヴィアは嬉々として酒を取りに行った。
……なんだろう……軽くとか言っておきながら調子に乗る展開が見えてきた。
まぁ、いいか……。
〜〜〜(ガロ視点)〜〜〜
「……さて、どうしてくれようか……」
海賊船ゴールディ・ギガントレオにて、某ことガロは牢獄へと続く階段を下りていた。
外は既に暗くなり、太陽も完全に沈んでしまった。雲の様子からして、今夜も大雨は降りそうにもない。波も穏やかで航海には最適だ。
……さて、問題はあの金髪の女だ。お館様ことドレーク船長からは先程『気が済むまで適当に遊んでやれ』などと言われたが、正直なところ扱いに困っている。
とりあえず様子だけでも見る為に、こうして牢獄に向かっている訳だが……。
「……あ、ガロさん。お疲れっす」
扉の前まで差し掛かったところで、門番を努めている痩身の下級船員と会った。
「やぁどうも。例のあの女はどうしてる?」
「いやそれが……さっきからピーピー騒がしくて敵わないっすよ。ちっとも大人しくならないんで、参っちゃいます」
「大変だな……」
見張り番が言うに、あの女は今もなお抵抗しているらしい。
全く、無駄な足掻きは止めた方が良いと言ってるのに……。
「……とりあえず会わせてくれないか?」
「へい。あ、余計なお節介かもしれないっすけど……接する時は十分気をつけたほうがいいっすよ」
「ああ、分かっているつもりさ」
見張り番に扉を開けてもらい、複数の牢屋が並ぶ部屋へと入った。やはり牢ということもあって、中は暗くてジメジメする。
「……あれか」
某は一つの牢屋へと視線を移した。この部屋で唯一、牢屋に閉じ込められている女。その者以外に閉じ込められている者は誰も居ない。
両手首が手錠で拘束されてるにも関わらず、何やらギャーギャー喚いているようだ。自慢と思われる金髪も乱れている。
最初こそ弓矢で応戦していたのに、このザマか……追い詰められると誰もがああなるのだろうか?いや、そうでもなかろう。
「……気分はどうだ?と、訊くのは野暮であろうな……」
某は徐に歩み寄り、喚いている女を見下ろした。
「……少しは大人しくしたらどうだ?」
「ムッキー!なんですの!その上から目線の発言は!わたくしをこんな所に閉じ込めておいて、ただで済むとは思わないでちょうだい!」
「……どこからそう大声を発する元気があるのだ……」
某の目の前にいるのは金髪の……人間の女。シルクハットに黒いマント……何と言うか、かなり怪しい出で立ちだ。
全く、この女が現れた時は正直なところ戸惑ったものだ。この船の財宝を全て頂くと言っておきながら、弓矢でお館様に襲い掛かって、数分も経たないうちにお館様に捕まって……無謀もいいところだ。お館様に弓矢など効かないというのに。
名前は……なんて言ったか?
「貴女、確か名前は……シ、シ……シリコン」
「違いますわよ!」
「そうか、すまぬ。違うとすると……シ……シラスボシ」
「誰が稚魚ですの!」
「とすると……キナコ」
「一時も合ってませんわよ!」
「面倒だ。この際プー子でよかろう」
「よくありませんわよ!つーかあなた、わざと間違えてるでしょう!?そして暇つぶし程度に思ってるでしょう!?」
「……すまぬ、本気で忘れた。暇つぶしは事実だが」
……正直言って、どうでもいい奴であるが故に、名前なんて忘れた。
「ムキー!このわたくしのビューティーな名前を忘れるなんて!馬鹿!無礼者!」
「あぁ、分かった。で?」
「ムッツリ!スカポンタン!オッペケペー!」
「……で?」
「頭でっかちのおたんこなすのハラハラぺーニュのオッチキチーのグルグルポッパーデントンシャン!」
「……で、名前は?」
「スルー!?こんなに罵られてるのにスルー!?なに!?なんですの!?その大きく聳え立つ山の如き余裕は!?何者ですの!?」
「……今のは罵り言葉だったのか?何かの拍子で錯乱したのかと思ったが」
「誰が錯乱ですのぉ!あ、でも、時折わたくしの美しさに自分自身が酔い痴れる事はたまにありますわ。鏡とか水面とかでわたくしのご尊顔を直で見た時なんか、美しすぎて自分から飛び込んだ日もありますのよ!あぁ、自分の美しさが憎いですわ!オーッホッホッホッホッホ!!」
「……一言だけ言わせて貰おう」
「ほぇ?」
「ウ・ザ・い!!」
「……何故それほどまでに気迫のある声を発しますの……」
「心の底からウザいと思ったまでよ」
「……今の効きましたわ……わたくしのガラスの心にずっしりと来ましたわ……」
……何故だ。
ただ話してるだけというのに……膨大なる疲労が溜まる!
……これもこの女の策か?いや、絶対違うな。
「だったらもう必要以上に騒ぐな。……あ……あ〜……ポチ」
「シロップですわよ!おちょくるのもいい加減になさい!」
「……疲れた。帰る」
これ以上余計な体力を消耗したら堪ったものではない。
某は早急に立ち去ろうとしたが……。
「……おぉ、そうだ。一つやり忘れていたことが……」
「……な、なんですの?」
「……貴女……」
「?」
「馬鹿とは何様のつもりだぁ!」
「怒ってたー!?」
バシュゥゥゥ!
某はシロップに向かって、衣服の袖から桃色のガスを噴出した。
「ひゃぁ!?ちょ、なんですのこれ!?」
「案ずるな。死にはしない。だが……暫くは悶えることになるであろう」
「ちょ、悶えるってどういう意味ですの!?といいますか、何故に馬鹿なんてレベルの低い言葉を気にしてらっしゃいますの!?その後に無礼者とかスカポンタンとかもっと酷い言葉投げかけましたわよ!?よりによって一番最初の雑魚敵レベルに該当する馬鹿に反応するなんてどうかしtひゃん!な……なんですの……?」
一人で勝手に喋ってるのが仇となったのか、桃色のガスを自ずと吸い込んだようだ。
そして早速、効き目が出てきたようだ……。
「あ、あぁ……ひゃぁん!な、なんですの……あぁん!か、身体が……ムズムズして……んひゃ!」
「貴女が吸い込んだのは発情ガスだ。たちまち身体が敏感になり、暫くの間は自ずと性的な快感に包まれる効果がある」
「な、なんですって……んひゃぁん!あぁ、きゅ、急に……わたくしのアソコがぁ……は、んぁう!」
シロップの頬は赤く染まり、吐息も徐々に乱れつつある。どこも触られてないにも関わらず、身体が快感によってビクビクと跳ね上がる。両手を拘束されている事から、思うように身動きがとれないもどかしさを物語っていた。
「い、いやぁ……なにもしてないのにぃ……アソコがグチョグチョに……ふぁ、はぁん!」
「しかしこれは……想像以上の効き易さだ。元から感じやすい体質なのか?」
「そ、そんな事……あひゃぅん!んぁ、はぁん!こ、こんな真似して、ひゃあ!どうするつもり、ですの……んはぁ!ま、まさか……複数の男たちで、わたくしを慰み者に……ひ、ひゃ、あはぁん!」
「案ずるな、某らとて誇りがあるのだ。そのような低俗な真似は決してやらぬ」
女を無理やり犯すような下種染みた趣味を持つ船員はこの船に一人も居ない。
お館様とて然り。誰もが敬うあの尊い風貌こそ、まさに獅子の如く。
「……さて、今度こそ帰ろう。では失礼したな」
小さき仕返しも済んだところで、某はシロップに背を向けて徐に扉へ足を進めた。
「ひゃぁ!あ、ちょっとぉ……一人にしないでぇ……」
「なんとかせずとも、時間が経てば効果は切れるから心配するな」
「そ、そうじゃなくて……あ、あぁん!らめぇ!も、もうイッちゃいそうですわぁ……!」
卑猥な喘ぎ声を背に、某は部屋を出て行った……。
「……お館様に報告しておこう。あの女は……ウザ過ぎて手に負えないと」
……そうだ、事のついでだ。
客室に居るであろうルミアス殿たちの様子も見に行こう。
「でも結局は大物が釣れてよかったですね。まさか釣竿一本でマグロを釣るなんて……流石ですね!」
「じゃあ明日はお兄ちゃんが釣ったマグロも食べれるの?」
「そうだな、楓に頼んでおこう」
夜の九時頃、俺はダイニングにて、テーブルを挟んでサフィアとピュラの三人で他愛も無い雑談を交えていた。
晩飯を食べ終わり、食後のお茶を飲みながらお話を始めたらもう二時間以上は経っていた。主に俺が今日釣ったマグロが話題となって盛り上がったが……一匹しか釣れなかったから、流石に全員食べさせる訳にはいかないだろう。尤も、サフィアとピュラには最優先で食べさせるつもりだが。
「そういや……二人とも風呂はいいのか?まだ入ってないだろ?」
「あら、もうそんな時間でしたか。それでは先にお風呂に入ってきますね」
ここでサフィアたちは風呂へ行く事になった。
もう夜も更けてきたし、そろそろ就寝の準備をしておいた方がいいだろう。明日だって、何時戦闘があってもおかしくないからな。
「ピュラ、一緒に行きましょう」
「うん!」
「ではキッド、また後で」
「おう、行ってきな」
そしてサフィアとピュラは二人揃って立ち上がり、大浴場へ向かって行った。
「ズズッ……さてと、明日はどうするかな……」
ダイニングを出て行く二人の後姿を見送った後、楓に淹れてもらったお茶を啜り、明日をどう過ごすのかぼんやりと考え始めた。
釣りばっかりやるのもつまらないし、たまにはチェスでもやろうか……あぁ、でもサフィアとやるのは出来るだけ避けたい。あいつメチャクチャ強いから、完膚なきまでに叩きのめされるのが目に見えるんだよなぁ……。
にしても……この緑茶、美味ぇ……。
「お疲れ様です、船長さん。お茶のおかわりは如何ですか?」
「おう、楓か。それじゃ、もう一杯頂くか」
「はい、畏まりました」
色々と考えていると、キッチンから楓が急須を持って来た。そして楓の厚意を受けて、お茶のおかわりを湯呑みに淹れてもらった。
「それにしても、今日船長さんが釣ったマグロ、とても大きかったですね。私としても腕が鳴ります!」
「いや、俺も一目見たときは驚いたよ。まさかあんな安っぽい餌でマグロが釣れるとは思わなかったな」
「釣られたマグロさんは、安っぽい餌を食べたい気分だったのでは?」
「だろうな」
ちょうど楓が俺の向かい側に腰をかけたところで、このまま話し相手になってもらった。
オリヴィアは部屋で武器コレクションを見てるし、ヘルムは自室でルミアスへの手紙を書いてるようだし、シャローナはまた医療室で変な薬の実験をやってるみたいだし……暇になってきたから楓がいてくれて助かった。一人で静かに居るのは性に合わない。
「そう言えば船長さん……ちょっと気になる事がありまして……」
「ん?どうした?」
すると、楓から何やら神妙な面持ちで話を切り出された。
「ピュラちゃんの事ですが……どうかしたのでしょうか?」
「……ピュラ?」
「はい、なんだか最近様子がおかしくて……」
楓が言うには、最近ピュラの様子がおかしいとのこと。
そう言われても、俺には今一ピンと来ない。さっきだって普通に楽しく雑談していたし……。
「なんだ……アレか?もしかして、食欲が無さそうだったとか?」
「いえ、その逆です。無いどころか、寧ろいっぱい食べてるような気がしまして」
「え?そうか?俺にはそう見えないな。今日だって朝、昼、晩と三食ともピュラと一緒に食べたが、量は何時もと変わらないし、ご飯のおかわりもしなかったぞ」
「そうなのですが……問題はその後なのです。何時もの食事を食べ終えた後にはキッチンから果物やお菓子を取り出してるようでして……」
「……ピュラが?なんでまた……」
「他にもおかしい点があるのです。その取り出した果物やお菓子を何処かへ持って行ってる姿を以前見かけました」
「……なるほど、確かに妙だな」
楓が気付く問題点と言えば食に関する事だろうと思い、もしやピュラの食欲が無くなってきてるのかと考えたが……違ったようだ。
話を纏めると、最近になってピュラは果物やお菓子を何処かへ持って行ってるとのこと。
詳しく聞いてみれば確かに気になる点は幾つかある。間食にしても、どうせ食べるなら何処かの部屋へ持ち運ばずにダイニングで食べた方が楽な気がする。それにピュラは何時も元気な子ではあるが、必要以上に食べるような大食いじゃない。いくらなんでも食事の後にまた食事だなんて考えられないが……。
「……成長期ってやつか?」
「それにしたって早すぎる気がします……」
「だよな……もしかして楓、ピュラの食事のメニューだけ量を減らしてるなんて……」
「いえ、それはあり得ません。寧ろあれ位の歳の子には栄養のある物を沢山食べさせるべきです。少し増やす事はあっても、減らすのは絶対やりません」
「ほう……一応考えてくれてるんだな」
「勿論です。仲間の栄養管理は私の仕事ですから」
「はは……頼もしいぜ」
……まぁ、後でピュラに直接訊いてみるか。
そう思いながら雑談を交えていると……。
「失礼します!あ、キッド船長!」
「ん、おぉコリックか。お疲れさん」
ダイニングの扉が開き、コリックが少々慌てた様子で入ってきた。
「よかった……まだリシャスさんは来てないみたいですね」
「どうしたんだよ?あいつがどうかしたか?」
「実はさっきリシャスさんが、風呂から出たらまたキッド船長に僕の昇格を要求するみたいな話をしていたので、手遅れになる前にキッド船長に伝えようと」
「……またかよ」
リシャスの奴……また性懲りも無く無理難題を突きつける気か。毎回よくやるもんだ。その根性は大したものだが、もっと他の事で有効に使おうとは思わないのか?
「本当にすみません!僕からも止めてって何度も言ってるのに……」
「気にするな。夫を想ってくれてる良い嫁さんじゃないか。まぁ、俺は逃げさせてもらうがな」
また何度もガミガミ言われたら堪ったもんじゃない。ここは一時撤退としよう。
「さてと……それじゃ、俺は行くぜ」
「船長さん、お休みなさい」
「お疲れ様です、キッド船長」
「おう」
そして俺はダイニングを出て行った……。
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「さて……どうするかな……」
ダイニングから出たはいいものの、これからどうするべきか全く考えてなかった。
退き返したらリシャスと鉢合わせになるだろうし……こうなりゃ船長室に戻ろうかな。
「……ん?」
そう思ってたところで、遠くの方でフワフワと廊下の上を進む姿を見かけた。
「……ピュラ?」
その姿とは……間違いなくピュラだった。
どういうことだ?サフィアと風呂に入ってたんじゃなかったのか?それに、今ピュラが向かって行ったのは確か……。
「……空き部屋の集合部だよな……」
なんでそんな所に?
疑問に思ったが、ここで立ち止まっても何の解決策にもならない。一先ず後を付けて見るか……。
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……しかし変な感じだ。此処は俺の船だってのに、その中で人の後を追うなんてよ。
通路に置かれてる樽に身を隠しながら、何処かへ向かっているピュラの背中を見ながらそう思った。
我ながら滑稽な真似だ。直接ピュラに追いついて訊き出せばいいものを。いや、それじゃ駄目な気がするが……。
「……ん?」
ここでピュラが、一つの部屋の扉を開けて、その中に入り扉を閉めた。
「…………」
物音を立てないように慎重に進み、閉ざされた扉の前に立った。
……この部屋は……確か空き部屋だったはず。ピュラはなんでまたこの部屋に?
疑問に思いながらも、俺は扉に耳を当てて部屋の中の様子を音のみで窺ってみた。
「……って、意味無かった」
そうだ……このブラック・モンスターの部屋は全部防音性能が施されてるから、扉から音を聞くなんて無理だった。だとしたら……直接覗くしかないか。
微かな音も立てないように、俺はゆっくりと扉を開けて中を覗いて見た。
「……?」
そこにはピュラと、人間の女と思われる人物が居た。
人間の女の方は、クリーム色の長髪に藍色の瞳、背丈はそこそこ高く、足も比較的長めだ。服装は……冒険者が好みそうな軽装を着ているが……。
……いや、ちょっと待て。うちの船にあんな女居ないよな……?
……まさか……侵入者……!?
「!?」
部屋の様子を見て俺は思わず息を呑んでしまった。
なんと、人間の女が後ろからピュラにしがみついて来たのだ。
俺から見れば……無抵抗のピュラに襲い掛かってるように見えた。
「なにしてんだテメェ!!」
居ても経ってもいられなくなった俺は扉を突き破り、強引に部屋の中へ入った。
「!?」
「へっ!?お、お兄ちゃん!?」
「ピュラから離れろ!余所者がぁ!」
驚いてこっちを見ている女に構わず、俺はピュラを助ける為に女に殴りかかった。しかし、女はピュラから手を離した瞬間に後方へ退き、俺の攻撃を避けた。
「ピュラ!大丈夫か!?怪我は無いか!?」
「え、お、お兄ちゃん、あの……」
ピュラの身体を見回してみたが……どうやら特に怪我はしてないようだ。よかった……。
だが……問題はこの女だ。俺の大切な妹に手ぇ出しやがって……!
「……アンタ、うちの船のメンバーじゃないだろ?何時からこの船に忍び込んだんだ?」
警戒心を露にし、目の前の女を睨み付けながら問い質した。
「……何時かバレるのではないかと警戒はしていたが……まさかこんな時に見つかるとは……」
「質問に答えろ!何時から船に入ってきた!?それと、ピュラになにしようと企んだ!?返答次第によっては今すぐ海へ突き落とすぞ!」
腰に携えている長剣に手を掛けて、何時でも戦えるように姿勢を正した。この女の腰にも剣と思われる鞘が携われている。恐らくなにかしらの剣術を扱えるのだろう。
こいつが何者なのかはよく知らないが……敵ならば返り討ちにするまでだ!
「待って!やめてよお兄ちゃん!」
「……ピュラ?」
すると、ピュラが俺の前まで移動して、まるで女を庇うかのように両手を広げた。
どうしたんだ……なんでその女を庇う?
「この人は悪い人じゃないよ!とっても深い理由があるの!だからこの人を追い出さないで!」
「おいおい、なに言ってんだ。なんでそいつを庇うんだよ?ピュラだって、今しがたその女に襲われてたじゃないか」
「違うよ!今のは遊んでただけだよ!私は何もされてない!この人は名にも悪いことしてないよ!」
どういう訳か、ピュラは必死に俺を宥めてきた。
どうなってんだこれは?ピュラが嘘をついてるようにも思えないし……。
「…………」
一方、女の方はジッと俺の目を見つめている。
……まぁ、確かに悪賢い女には見えない。だが、まだ気を許す訳にもいかないからな。
「……もう一度訊く。ピュラには何もしてないんだろうな?」
「……ああ」
女は小さく頷いた。その行動には迷いが一切含まれてない。
……ここはピュラを信じよう。
「……事情を詳しく聞かせてもらおう。一先ずダイニングまで一緒に来てもらおうか」
腰の剣から手を離し、親指で部屋から出るように示した。
============
場所は変わって、此処はダイニング。空き部屋で会った女を俺の向かい側に座らせて話を聞きだすことにした。先程の騒ぎを聞きつけてピュラの他にも、サフィアと楓、そしてヘルムとオリヴィアもダイニングに集まってきた。
「しかしまぁ……よく海賊船に忍び込んだものだな。キャプテンが先に見つけてなければずっと分からなかったかもしれない」
「まったく、次から船の警備をもっと固めないとな……」
「そうだね、今度船員の配備も考えておくよ」
オリヴィアの言う通り、あの時俺が見つけてなかったら後でどうなることやら。
これも船の警備が緩すぎた所為で出た結果だ。今度からもっと警備を固めるよう考慮しないとな。
「……そう警戒しなくても、私は何もしないし、逃げたりもしないが?」
「仕方ないだろ?これも命令だ。キャプテンの許しが出るまでは、私はお前から目を離さない。You see?」
「……好きにすればいい」
因みに女のすぐ後ろにはドラゴンのオリヴィアが立っている。と言うのも、この女は一応侵入者だ。まだ気を許す訳にもいかないし、一応オリヴィアに見張ってもらう事になったのだ。
「さて……話を始めようか。まずはアンタ、名前は?」
「ああ、私はシルク。見ての通り人間の女で、こう見えてトレジャーハンターだ」
「トレジャーハンター?」
この女の名前はシルクと言うらしい。しかもトレジャーハンター……宝を探し求める人間だとか。
見たところ美人の類に入るのだろうが……こんな女が一人で船に忍び込むとはな。今更ながら、大した度胸だと思う。
だが、肝心なのは船に忍び込んだ理由だ。それによっては後の対処が大きく変わる。仮にも船の宝を狙ってるのだとしたら……多少は手荒な真似をしなきゃならない。
「そうか……シルクか。で、なんでまた船に乗り込んで来たんだ?まさか、うちの宝を狙ってるんじゃないだろうな?」
「いや、誤解だ。それは絶対に無い。ただ……話せば長くなるが?」
「構わない。続けてくれ」
宝が目的じゃないとしたら、一体何が?
疑問に思いながらも、俺はシルクに話を促した。
「私はずっと以前からトレジャーハンターとして世界各地を旅している身分だ。今でこそ一人で行動しているが、以前まではバルドと言う仲間が一緒に居たんだ」
どうやらシルクにはバルドと言う仲間が居るらしい。
だが、以前まではってのが気になるな。今は一緒じゃないのか?
「それで?」
「十日ほど前の事だ。私とバルドは宝を探す道中で不運にも海賊と鉢合わせてしまったんだ。私たちは応戦を決めたが、敵の海賊が強すぎて私たちは致し方なく逃亡を図った。だが寸でのところで海賊に捕まりそうになり、バルドは私を庇って敵の海賊に捕まってしまったんだ」
……どうやらこの女も訳がありそうだな。話を纏めると、シルクの仲間であるバルドは海賊に捕まってしまったと……そう言う事か。
「私だけは命からがら逃げ出せたが……バルドを見放す訳にもいかない。それから私は各地の海賊のアジトを回って、バルドを捜し始めた。そしてある日、アジトの探索中にこの船を見つけてな。偶然にもこの船は私の次の目的地と同じ方向に進み始めたから、好機とばかりに乗り込むことにしたんだ」
「……待てよ。ある日ってまさか……」
「ああ……お前たちがアジトの宝を盗んだその日だ」
なんてこった……あの日って、俺とリシャスがアジトに忍び込んで宝を持ち去った日か。
あの時から船に乗り込んできたとは……不覚。
「目的のアジトの近くまで辿りついたら私から船を降りるつもりでいたんだ。だが、この船の食料庫でこの子に見つかってしまって……」
そう言いながら、シルクは俺の隣に座っているピュラへと視線を移した。
……ん?ちょっと待て。
「それって、ピュラはシルクが船に新入してたのを知ってたのか?」
「うん、前に食料庫で偶然見つけてね」
シルクの代わりにピュラが質問に答えた。
「初めて会った時は私もお兄ちゃんたちと会うようシルクさんに言ったけど、シルクさんが断ったからさっきの空き部屋に案内したの」
「……あの、ピュラちゃん。もしかして、キッチンから果物やお菓子を持ち出したのも……」
「……うん、シルクさんに食べさせるために持って行ったんだ」
「そう言う事か……」
これでピュラの不可解な行動も理解出来た。要するに、ピュラは空き部屋に居るシルクの為に食料を運んだのか。
ピュラ自身も元から優しい子だ。きっとシルクの事を案じて、俺たちには黙っていたんだろう。
「ピュラ……こういうことは黙ってないで、キチンと私たちに言わないと駄目ですよ」
「う、うん……ゴメン……」
「待ってくれ!元の原因は私なんだ!どうか、この子だけは……ピュラちゃんだけは叱らないでくれ!」
サフィアがやんわりとピュラを嗜めると、シルクが慌てた様子で立ち上がってサフィアを宥めた。
「この子だって、初めて私と会った時はお前たちに報告するつもりでいたんだ。なのに私が無理を言った所為でこうなってしまった。悪いのはピュラちゃんではなくて私だ。だから……」
「まぁ待て。ピュラの事は俺たちがよく分かってる。それに、ピュラはそんなに悪いことをした訳じゃないから、誰も責めたりしないさ。ほら、とりあえず座りな」
「あ、ああ……」
「お兄ちゃん……ゴメンね」
「気にするな」
宥められたシルクは怖ず怖ずと座りなおした。そしてペコリと頭を下げて謝ってきたピュラの頭を撫でてやると、ピュラはちょっぴり嬉しそうに顔を綻ばせた。
何はともあれ、この船と仲間たちに大した危害が及んでないし、ピュラも反省しているから、それでよしとしよう。
「さて、問題はこれからだ。アンタ、結局どうするつもりなんだ?」
「ああ……見つかってしまった事だし、ここから私一人でアジトに向かうしかないか……」
「こんな広い海原で身を投げる気か?自殺行為同然だぞ」
「だが……これ以上迷惑を掛ける訳にもいかない」
シルクはこれから自分一人でアジトへ向かうつもりらしい。
だが、こんな広い海を自分ひとりで進むなんて無謀だ。アジトの場所を知ってるにしても、体力を激しく消耗してしまうのが目に見えてる。運良く目的地に着いたとしても、アジトに侵入して、更に仲間を助けるほどの余裕があるのかどうかも疑問だが。
……よし、決めた。
「シルク……だったよな?俺に一つ提案があるんだが」
「提案?」
とある考えが脳裏を過ぎり、俺はシルクに話を切り出した。
「旅は道連れだ。俺たちがその目的地まで連れて行ってやる。ついでにその仲間の救出も手伝ってやるよ」
「え!?ほ、本当か!?」
「ああ、その代わり……条件として、アジトに納められてる宝は全部俺たちが頂く。それでどうだ?」
提案ってのは、シルクをそのアジトまで連れて行く代わりに、お宝は全部俺たちが貰うと……そう言う事だ。
この条件なら互いに利があるし、トレジャーハンターとは言え、シルクにとっても悪い条件じゃないはずだ。仲間さえ取り返せれば、シルクも文句は言わないだろう。俺らとしても、財宝が貰えるのなら本望だ。
「……ああ、私からも頼む!宝は全て譲るから、是非とも協力してくれ!」
「よし、決まりだな。ただ、俺らが手伝うのはそこまでだ。仲間になる訳でもないのに、仲間を助けるまで面倒を見るのは無理な話だ」
「ああ、分かっている。一時的でも協力してくれるだけでありがたい!恩に着る!」
こうして、シルクの仲間救出を手伝う事になった。とは言っても、あくまで一時的。見つかるまで振り回されたらこちらの身が持たないからな。
「お前らも、異存は無いよな?」
「ええ、キッドがそうするなら」
「君の決定に従うまでさ」
「私も賛同です」
「へへへ……キャプテン、次は私を連れて行ってくれよな!」
サフィアたちも特に反対してないし、このままアジトとやらへ向かうとするか。
「よかったね、シルクさん!」
「ピュラちゃん……ありがとう」
「ね?言ったとおりでしょ?お兄ちゃんは優しいんだ!それにお兄ちゃん強いから、悪い海賊なんかに負けないよ!」
「ふふふ……そうか、心強いな」
とびっきり明るい笑みを浮かべながら、ピュラがシルクに歩み寄ってきた。対するシルクも、明るく振舞うピュラを見て微笑ましそうに顔を綻ばせた。
この二人、知らないうちに仲良くなってたんだな……。
「さて……シルク、そのアジトとやらの場所は分かってるか?」
「このまま真っ直ぐ進むと小さな島が北東に見えてくる。その中に聳え立つ古城が目的のアジトだ」
「城をアジトにしてるのか?贅沢な連中だな」
「百年位前に激しい戦争が起きた島で、今は住民らしき人物は住んでいないが、城だけ原型を保っているらしい。奴らはそこを拠点に使っているのだろうな」
「ほう……で、ここからどれくらい掛かる?」
「およそ二日ほど掛かる」
シルクが目指してるアジトは島に立っている古い城とのこと。住民が一人も居ないとすると、無人島と捉えていいだろう。
それにしても二日か……それまでに十分気を養っておかないとな。
「よし、それまでに十分身体を休ませておけ。部屋ならさっき使ってた部屋をそのまま貸してやる」
「ああ、かたじけない」
「ああ、それと……ついでと言ったらアレだが、風呂にも入って来い。長い間入ってないだろ?」
「え!?な、何故分かる?まさか……臭うか?」
「…………」
「何故そこで目を逸らす!?不安になるだろ!」
……まぁ、その……臭わないって言ったら嘘になるが……。
そりゃ忍び込んでたら風呂なんて入る余裕も無いだろうに。
「とりあえずサッパリして来い。後は自由に行動していいから」
「誤魔化された気がする……」
「あ、じゃあシルクさん、一緒に入りませんか?私もまだ済ましてないのです」
「私も行くー!シルクさん、一緒に入ろうよ!」
「ピュラちゃん……それじゃあ、案内を頼む」
「うん!」
そしてシルクとピュラ、そしてサフィアは大浴場へと向かって行った。
「……なんだか楽しそうだな」
「ああ、どうやらピュラに歳の違う友達ができたみたいだな」
「そうだね」
何はともあれ、やる事が決まってきた。
またアジトか……今度はもっと財宝とかあるといいな。いや、油断は出来ない。シルク曰く、敵の海賊はかなり強かったらしいから、そいつらに当たったら気を引き締めないと……。
「それよりキャプテン、折角だからここで軽く飲まないか?」
「酒を?俺は構わないが」
「よし!折角だ。あんたも飲もうぜ」
「僕も?いや、僕は読みたい本が……」
「いいじゃないか。ちょっとくらい付き合ってくれよ。武器コレクションの手入れも済ませちゃったし、退屈なんだよ。そうだ、私さ、この前聞いたルミアスって子の話が気になってたんだ。折角だから色々と聞かせてくれよ」
「う〜ん……しょうがないな」
と、ここで残った俺とヘルム、そしてオリヴィアの三人は軽く酒を飲む事にした。
オリヴィアはルミアスの話を聞きたいと言い出したが……ヘルムの方はしょうがないと言っておきながら満更でもなさそうだ。恋人の自慢話も悪いとは思ってないんだろう。
「それじゃ、キッチンから持ってくるよ。何がいい?」
「俺はビールを頼む」
「あ、僕も同じのを」
「OK!」
オリヴィアは嬉々として酒を取りに行った。
……なんだろう……軽くとか言っておきながら調子に乗る展開が見えてきた。
まぁ、いいか……。
〜〜〜(ガロ視点)〜〜〜
「……さて、どうしてくれようか……」
海賊船ゴールディ・ギガントレオにて、某ことガロは牢獄へと続く階段を下りていた。
外は既に暗くなり、太陽も完全に沈んでしまった。雲の様子からして、今夜も大雨は降りそうにもない。波も穏やかで航海には最適だ。
……さて、問題はあの金髪の女だ。お館様ことドレーク船長からは先程『気が済むまで適当に遊んでやれ』などと言われたが、正直なところ扱いに困っている。
とりあえず様子だけでも見る為に、こうして牢獄に向かっている訳だが……。
「……あ、ガロさん。お疲れっす」
扉の前まで差し掛かったところで、門番を努めている痩身の下級船員と会った。
「やぁどうも。例のあの女はどうしてる?」
「いやそれが……さっきからピーピー騒がしくて敵わないっすよ。ちっとも大人しくならないんで、参っちゃいます」
「大変だな……」
見張り番が言うに、あの女は今もなお抵抗しているらしい。
全く、無駄な足掻きは止めた方が良いと言ってるのに……。
「……とりあえず会わせてくれないか?」
「へい。あ、余計なお節介かもしれないっすけど……接する時は十分気をつけたほうがいいっすよ」
「ああ、分かっているつもりさ」
見張り番に扉を開けてもらい、複数の牢屋が並ぶ部屋へと入った。やはり牢ということもあって、中は暗くてジメジメする。
「……あれか」
某は一つの牢屋へと視線を移した。この部屋で唯一、牢屋に閉じ込められている女。その者以外に閉じ込められている者は誰も居ない。
両手首が手錠で拘束されてるにも関わらず、何やらギャーギャー喚いているようだ。自慢と思われる金髪も乱れている。
最初こそ弓矢で応戦していたのに、このザマか……追い詰められると誰もがああなるのだろうか?いや、そうでもなかろう。
「……気分はどうだ?と、訊くのは野暮であろうな……」
某は徐に歩み寄り、喚いている女を見下ろした。
「……少しは大人しくしたらどうだ?」
「ムッキー!なんですの!その上から目線の発言は!わたくしをこんな所に閉じ込めておいて、ただで済むとは思わないでちょうだい!」
「……どこからそう大声を発する元気があるのだ……」
某の目の前にいるのは金髪の……人間の女。シルクハットに黒いマント……何と言うか、かなり怪しい出で立ちだ。
全く、この女が現れた時は正直なところ戸惑ったものだ。この船の財宝を全て頂くと言っておきながら、弓矢でお館様に襲い掛かって、数分も経たないうちにお館様に捕まって……無謀もいいところだ。お館様に弓矢など効かないというのに。
名前は……なんて言ったか?
「貴女、確か名前は……シ、シ……シリコン」
「違いますわよ!」
「そうか、すまぬ。違うとすると……シ……シラスボシ」
「誰が稚魚ですの!」
「とすると……キナコ」
「一時も合ってませんわよ!」
「面倒だ。この際プー子でよかろう」
「よくありませんわよ!つーかあなた、わざと間違えてるでしょう!?そして暇つぶし程度に思ってるでしょう!?」
「……すまぬ、本気で忘れた。暇つぶしは事実だが」
……正直言って、どうでもいい奴であるが故に、名前なんて忘れた。
「ムキー!このわたくしのビューティーな名前を忘れるなんて!馬鹿!無礼者!」
「あぁ、分かった。で?」
「ムッツリ!スカポンタン!オッペケペー!」
「……で?」
「頭でっかちのおたんこなすのハラハラぺーニュのオッチキチーのグルグルポッパーデントンシャン!」
「……で、名前は?」
「スルー!?こんなに罵られてるのにスルー!?なに!?なんですの!?その大きく聳え立つ山の如き余裕は!?何者ですの!?」
「……今のは罵り言葉だったのか?何かの拍子で錯乱したのかと思ったが」
「誰が錯乱ですのぉ!あ、でも、時折わたくしの美しさに自分自身が酔い痴れる事はたまにありますわ。鏡とか水面とかでわたくしのご尊顔を直で見た時なんか、美しすぎて自分から飛び込んだ日もありますのよ!あぁ、自分の美しさが憎いですわ!オーッホッホッホッホッホ!!」
「……一言だけ言わせて貰おう」
「ほぇ?」
「ウ・ザ・い!!」
「……何故それほどまでに気迫のある声を発しますの……」
「心の底からウザいと思ったまでよ」
「……今の効きましたわ……わたくしのガラスの心にずっしりと来ましたわ……」
……何故だ。
ただ話してるだけというのに……膨大なる疲労が溜まる!
……これもこの女の策か?いや、絶対違うな。
「だったらもう必要以上に騒ぐな。……あ……あ〜……ポチ」
「シロップですわよ!おちょくるのもいい加減になさい!」
「……疲れた。帰る」
これ以上余計な体力を消耗したら堪ったものではない。
某は早急に立ち去ろうとしたが……。
「……おぉ、そうだ。一つやり忘れていたことが……」
「……な、なんですの?」
「……貴女……」
「?」
「馬鹿とは何様のつもりだぁ!」
「怒ってたー!?」
バシュゥゥゥ!
某はシロップに向かって、衣服の袖から桃色のガスを噴出した。
「ひゃぁ!?ちょ、なんですのこれ!?」
「案ずるな。死にはしない。だが……暫くは悶えることになるであろう」
「ちょ、悶えるってどういう意味ですの!?といいますか、何故に馬鹿なんてレベルの低い言葉を気にしてらっしゃいますの!?その後に無礼者とかスカポンタンとかもっと酷い言葉投げかけましたわよ!?よりによって一番最初の雑魚敵レベルに該当する馬鹿に反応するなんてどうかしtひゃん!な……なんですの……?」
一人で勝手に喋ってるのが仇となったのか、桃色のガスを自ずと吸い込んだようだ。
そして早速、効き目が出てきたようだ……。
「あ、あぁ……ひゃぁん!な、なんですの……あぁん!か、身体が……ムズムズして……んひゃ!」
「貴女が吸い込んだのは発情ガスだ。たちまち身体が敏感になり、暫くの間は自ずと性的な快感に包まれる効果がある」
「な、なんですって……んひゃぁん!あぁ、きゅ、急に……わたくしのアソコがぁ……は、んぁう!」
シロップの頬は赤く染まり、吐息も徐々に乱れつつある。どこも触られてないにも関わらず、身体が快感によってビクビクと跳ね上がる。両手を拘束されている事から、思うように身動きがとれないもどかしさを物語っていた。
「い、いやぁ……なにもしてないのにぃ……アソコがグチョグチョに……ふぁ、はぁん!」
「しかしこれは……想像以上の効き易さだ。元から感じやすい体質なのか?」
「そ、そんな事……あひゃぅん!んぁ、はぁん!こ、こんな真似して、ひゃあ!どうするつもり、ですの……んはぁ!ま、まさか……複数の男たちで、わたくしを慰み者に……ひ、ひゃ、あはぁん!」
「案ずるな、某らとて誇りがあるのだ。そのような低俗な真似は決してやらぬ」
女を無理やり犯すような下種染みた趣味を持つ船員はこの船に一人も居ない。
お館様とて然り。誰もが敬うあの尊い風貌こそ、まさに獅子の如く。
「……さて、今度こそ帰ろう。では失礼したな」
小さき仕返しも済んだところで、某はシロップに背を向けて徐に扉へ足を進めた。
「ひゃぁ!あ、ちょっとぉ……一人にしないでぇ……」
「なんとかせずとも、時間が経てば効果は切れるから心配するな」
「そ、そうじゃなくて……あ、あぁん!らめぇ!も、もうイッちゃいそうですわぁ……!」
卑猥な喘ぎ声を背に、某は部屋を出て行った……。
「……お館様に報告しておこう。あの女は……ウザ過ぎて手に負えないと」
……そうだ、事のついでだ。
客室に居るであろうルミアス殿たちの様子も見に行こう。
13/06/23 22:34更新 / シャークドン
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