連載小説
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おはようからHRまで
「チュッ♥」
「…………」


とても綺麗で美しい女が俺の顔面の間近に迫っていた。しかも唇には柔らかくて温かいものが触れている。
目覚めたばかりだと言うのに、俺は今置かれてる状況を冷静に把握した。


俺は……唇を奪われてたようだ。
まぁ、悪い気はしないが……。


「ん……あらキッド、おはようございます」
「おはよう。お陰で気持ちの良い目覚めだったぜ」
「まぁ、うふふ♪」


目覚めたのに気付くと、唇を奪った俺の恋人……シー・ビショップのサフィアは温かい笑みを浮かべながら俺の顔を見下ろしていた(足は人間のものに変えてる)。
白いワイシャツの上には黒色のブレザー、そして左胸には炎を纏ってる髑髏のエンブレム……俺より先に起きた為か、既に学園の制服に着替えてた。
朝からこの笑顔を見れるのは幸先が良い。寝起きの気だるさもすぐに消えて行った。


「さぁ、今日から学園ですよ。気持ちを切り替えて頑張りましょう」
「あぁ、そうだな」


そう……今日は休日が明けてからの月曜日。海賊学園に登校する日だ。
休みが終わった直後の学校ってのは色々とだるいが……学園に行く事自体は苦じゃない。寧ろ楽しいと思えるくらいだ。
何だかんだ行って、今の学園生活を満喫している最中だからな。

「さ、キッドも着替えて朝食にしましょう。ルイスさんたちも待ってますよ」
「そうだな。それじゃ、俺は着替えるからサフィアは先に……」
「…………」
「ん?どうした?」


学園の制服に着替えようとベッドから起き上がると、サフィアはジ〜っと俺の顔を無言で見つめてきた。
どうしたんだ……?俺の顔に何か付いてるのか?

「ど、どうした?」
「あの……やっぱり出た方が良いですか?」
「え?なんで?」
「その……どうせならキッドと一緒にダイニングに行きたいな〜と思いまして」
「……待ってるのか?」
「はい」
「ここで?」
「はい」
「俺、ここで着替えるんだけど」
「はい」
「堂々と見る気か?」
「はい」
「即答かよ!」
「はい」

意地でも俺と一緒に一階へ下りたいようだ。
……いや、俺の着替えが見たいだけか?別に見ても面白くはないと思うが……。
そりゃあ、ずっと前から、その……色々とヤッてる間柄だから今更着替えくらいで……って、そう言う問題か?

「ほらほらキッド、早く着替えないと遅刻しますよ」
「ああ、分かってる。だから服のボタンから手を離してくれ。そして外さないでくれ」
「え?でも外さないと着替えれませんよ?」
「分かってる。自分でやるから、手伝わないでいいから!」
「そう言わないでください。私だって、二人っきりの時は甘えたいのですから」
「いや、これは甘えてるんじゃなくて襲ってるとしか……」


……そして毎朝恒例の、サフィアによる半強制的なお着替えタイムが始まった。何時もはお淑やかな言動のサフィアだが、こうして二人っきりになったら、ここぞとばかりに積極的になってくる。叔父さんたちの前では少し遠慮してる分、その反動が返ってきてるのだろうけど。
いや、今更ね、裸体を見られるのに抵抗は無いんだが……着替えくらい自分で出来るってのに……。


「……それよりサフィア」
「はい?」
「そのシャツ、この前新調したばかりだよな?」
「はい、そうですけど……?」
「……値札、付いたままだぞ」
「え!?……あ!や、やだ!私とした事が……!」
「……ぷっ!」
「……あ!今笑いましたね!?」
「笑ってないよ」
「笑ってましたよね!?」
「笑ってない」
「笑ってました!」
「笑ってないって」
「笑ってました〜!」


……こうした取り留めの無いやり取りも、俺にとっては大切な一時だったりするけどな。



============



「あぁ……今日もやられちまった……」
「あら?そう言ってる割には本気で嫌がってるようには見えませんでしたよ」
「……ま、その……サフィアと触れ合うのは嬉しいからな」
「……うふふ♪」

結局サフィアに半ば強制的に手伝われる形で学園の制服に着替え終わり、叔父さんたちが居るであろうリビングへと一緒に向かって行った。
一階へと通じる階段を下りて、片手で制服のネクタイを弄りながらリビングのドアを開けた。


「……あぁ、おはようキッド」
「あらキッド、おはよう」
「おはよう、お兄ちゃん!」
「あぁ、おはよう」


そこには毎日一緒に暮らしてる家族が全員揃っていた。
インキュバスのルイス叔父さんはダイニングテーブルの椅子に腰掛けて新聞を読んでいて、リリムのアミナ叔母さんは朝食の準備を進めている。そして子供のマーメイドのピュラはアミナさんの手伝いをしていた。

「アミナさん、お待たせしました」
「あ、サフィアちゃん、ちょうど良かった。もうすぐ出来るから、パンをお皿に盛ってくれないかしら?」
「あ、はい、分かりました」

サフィアはそそくさとキッチンへ向かい、言われた通りに大きい皿に朝食のパンを乗せ始めた。

「……やっぱり俺か。最後に起きたのは……」
「そうだね。キッドも早起きの習慣を付けた方が良いよ。早起きは三文の得と言うからね」
「叔父さんは起きるのが早すぎるような……」
「学園の教頭が寝坊する訳にはいかないからね」

そう話しながら叔父さんの隣に座り、叔父さんと一緒にサフィアたちを待つ事にした。

「あ、そうだ。一週間前の職員会議でも出た話だけど、資格応援制度が設けられるそうなんだ」
「ああ、そう言えば、学園の生徒が資格を得るのを援助する制度を考案中だって聞いたな」
「そうそう。生徒の将来性と社会的な成長を理念として検討中だそうだ。教員たちの賛同も多いし、近いうちに教育委員会にも書類を提出する予定らしいね」
「そうか……それじゃあ叔父さんも忙しくなるな。教頭だから任される仕事も多いんじゃないか?」
「そうだね。でも学園の生徒が成長してくれるのなら、私は喜んで助力するよ」


因みにルイス叔父さんは、俺が通ってる私立魔界海賊学園の教頭を務めている。学園の園務を整理したり、他の教員や生徒を指導したりと、学園において重要な仕事をこなすカリスマ性を備えてる人だ。
穏やかな性格で人柄が良く、生徒だけではなく部下の教員からの信頼も厚い人で、俺も心から叔父さんを慕ってる。俺にとって叔父さんは父親のような存在でもあるからな。


「にしても、資格か……。何が支援されるんだろうな」
「現段階で候補に挙げられてるのは、『大砲操縦士』と『航海士』だそうだ。これ以外にも色々と増えるだろうね」
「あぁ……でもアレか……」
「ん?」
「アミナさん辺りが『フェラ検定』とか『騎乗位検定』とか挙げそうで怖いんだが……」
「……いざとなったら私が全力で止めるから安心しなさい」


リリムのアミナさんは叔父さんの妻であり、俺の叔母にあたる。そして海賊学園の教師をしている人だ。
性交学担当だが、この科目は他のと比べたら少し……いや、かなり異質な存在だと言える。
『性交学』とは……読んで字の如く、セックスのノウハウを学ぶ科目だ。一つ一つの愛撫のテクニックや、男を魅了する術など、性交に関する知識を与えるのがアミナさんの仕事である。
『学園で何を教えてるんだ!?』と思われるだろうけど、事実学園の女子生徒の殆どは魔物娘が占めている。既に伴侶が存在してる魔物、あるいはこれから伴侶を得る予定の魔物、どちらにしろ男を喜ばせる術が必須なのは言うまでもない。
『性交学』は魔物たちが生きていく上で、とても重要な科目だと世間的にも言われている。まさにリリムであるアミナさんにピッタリな科目だと言えるだろう。


「ねぇ、今私のこと呼んだ?」
「え!?い、いや、呼んでないっすよ」
「あ、ああ、呼んでないね……」
「……怪しい……」
「まぁまぁアミナさん、早く朝ごはんにしましょう」


そうこう話している内に、朝食が乗ってる皿を持ってサフィアたちがキッチンから出てきた。


「さぁ、朝ごはんにするわよ」
「おぉ、今日も美味しそうだね」
「はいキッド、ブラックコーヒーです」
「おお、悪いな」
「早く食べよ!もうお腹ペコペコだよ〜!」

今日の朝食は、トーストとサラダ、目玉焼きにベーコン、そしてデザートのヨーグルトだ。
それぞれの皿がテーブルに置かれてる最中に、叔父さんは読んでた新聞を片付けた。


「よし、それじゃ……」
「いただきます!」


サフィアたちがテーブルの向かい側に座ったところで、俺たちは朝食を食べ始めた。




============




「でね、今日は算数のテストなんだ〜」
「あら、そうでしたの。頑張ってくださいね!」
「うん!」
「ピュラは偉いよな。テストも嫌がらずに受けて」


朝食を食べ終えて準備が整った俺たちは、全員揃って学園に向かって足を進めていた。
俺と叔父さんとアミナさんは普通の歩行者用の道路を歩き、サフィアとピュラは海の魔物用の海水道路を泳いでいる。

「その件なら、今日の職員会議で話しておこうと思うんだ」
「その方がいいわね。早めに言っておいた方がみんな助かるし」
「あ、それと……先週の金曜日に出してもらった書類について確認しておきたい事があるんだ。職員室に着いたら早速来てもらってもいいかな?」
「ごめんなさい。今日は一時間目の授業の準備をしなきゃいけないのよ。二時間目の後なら時間が空いてるから、その時でも大丈夫かしら?」
「ああ、分かった。それじゃあ都合の良い時に来てくれ」

俺たちの先頭を歩いてる叔父さんとアミナさんは、学園の仕事について色々と話していた。
家庭では夫婦、職場では教師と、見事に顔を使い分けてる二人にはある意味脱帽だと思える。尤も、学園内でも相変わらず仲の良いやり取りをしているらしいが。

「……あら、ピュラはここで左じゃないですか?」
「あ、ホントだ」

と、話してる内に十字の道路に差し掛かった。俺たちが向かってる海賊学園は、このまま真っ直ぐ進めば自ずと到着する。だが、ピュラが通ってる『清海小学校』は此処から左に曲がって真っ直ぐ進めば到着出来る。
つまり、ピュラとはここで一旦別れる事になる。ここら辺は人気が多いし、直ぐに学校の友達と合流出来るから心配無いだろう。

「それじゃあみんな、行ってきます!」
「はい、気をつけて行ってらっしゃい」

そしてピュラは元気良く俺たちに手を振りながら、小学校へ泳いで行った。

「ふふふ……あんなに元気に学校へ行く姿を見送れるのは清清しいね」
「そうね……」

ピュラの後姿を見送る叔父さんとアミナさん。さっきまでは学園の仕事について堅苦しく話してた二人だが、その姿はまるで我が子の成長を温かく見守る親のように見えた。


「さて、俺たちも行くか」
「はい」


そして俺たちも、引き続き学園へ赴く為に足を進めた。



〜〜数分後〜〜



ピュラと十字路で別れてから数分後、そのまま歩き続けた俺たちは早くも学園に着いた(サフィアは既に海水道路から出て、足を人間のものに変えている)


私立魔界海賊学園……此処が俺たちの通ってる学園だ。
黄土色の地が広がっているグラウンドでは、既にサッカー部や陸上部が朝練に努めている。そのすぐ近くに建てられてる体育館からも、女子ソフトバレー部の気合が込められた叫びが聞こえてきた。
ふと、学園の門から見える海原へと視線を移した。校舎の傍で無限に広がり続けている海洋グラウンド……今日も相変わらず穏やかな波で、朝の日差しで海面が光り輝いていた。今日も俺の海上戦闘部は良い活動が出来そうだと思い、ちょっと良い気分になった。


「さて……私たちはこっちだな」
「二人とも、今日も勉強頑張ってね」
「ああ、じゃあな」


学園の門を通ったところで、叔父さんとアミナさんは二人揃って職員玄関へと足を進めて行った。


「さて、俺たちも行くか」
「はい」



ブォォォォォォン!



「ん?」


俺たちも昇降口へと向かおうとした瞬間、背後からバイクマフラーの音が聞こえた。

……あぁ、あいつか。
何気なく察しながらも、音が響いた方向へ振り返って見た。


「よう、お二人さん!もう来てたのか」
「……やっぱりアンタか、奈々」


予想通り、アラクネ専用のバイクに乗ってるウシオニ……奈々がこっちに来た。
学園のブレザーのボタンを全部空けて、その下には灰色のパーカーを着ている。更に首には鎖をモチーフにしたアクセサリーを掛けていて……相変わらず学園の番長の風格は健全のようだ。

そして奈々の蜘蛛腹には、ぐったりと項垂れてる少年の姿が……。

「あ……お、おはようございます……」
「ル、ルト……大丈夫か?」
「はい……なんとか……」

その少年の名はルト。ひ弱であどけない少年に見えるが、実は奈々の彼氏でもある。
ルトは毎日奈々のバイクに乗せて貰って登下校しているとの事だが……どうやら今回もスピードの出し過ぎで、朝っぱらからぐったり状態にされたようだ。

「……ったく、もうちょい速度落としてやれよ。アンタの彼氏、ぐったりとへばってるぞ」
「え?……あ、ごめんなルト。大丈夫か?」
「は、はい……」

とりあえずルトを指差して指摘すると、奈々は自分の背中に寄りかかってるルトの頭をヘルメット越しに撫でた。
こうして見ると恋人と言うか姉弟にも見えるが……成人女性とショタのカップルってこういうもんなのか。

「お、そうだ。キッド、今日も部活動はやるのか?」
「ん?あぁ、今日も予定通り、放課後にやるが?」
「だったら俺も顔を出して良いか?」
「お?それは俺としてもありがたいが……奈々から頼んでくるなんて珍しいな」
「いやぁ、最近体が鈍っちまって参ってんだよ。ついこの間病院送りにしてやったゴロツキ共だって手応え無さすぎだったし……」
「……流石番長。惨いな」

奈々は学園の番長と言われてる事もあって、喧嘩もかなり強い。事実、他所の学園の不良共を十人まとめて素手で捻じ伏せた噂も広まってるが……本当らしい。
そんな奈々がルトのような、ちょっと弱弱しい少年と付き合うと聞いたら、周囲の人たちは相当驚いたようだ。
本人曰く、『これが運命って奴なのかもな!』と惚気ながら言ったもんだから、尚更愕然とした人も多かったらしい。好みは人それぞれとはよく言ったものだ。

「そんじゃ、また後でな!」
「あぁ、放課後でな」
「うっし!飛ばすぞ、ルト!」
「え、ちょ、あの、出来れば安全運転で……うわわわわ!」

そして奈々はまたしても猛スピードでバイクを走らせ、駐輪場へと向かって行った。急発進でルトがバイクから振り落とされそうになったが、なんとか持ち応えたようだ。毎日乗せられたら流石に身体が慣れてきたようだな。

「あはは……何時もながら凄い人ですね……」
「そう言えば……ルトが毎日奈々のバイクに乗せて貰ってるのって、確か奈々が強制的に決めた提案だったような……」
「ま、まぁ本人がそれで良いと思っているのならそれで良いかと……」
「せめて、あのバイクと言う名のロデオホースから振り落とされないように祈ってやるしかないか……」

半ば呆れながらもサフィアと一緒に奈々たちを見送り、今度こそ昇降口へ向かおうとした瞬間……。


「おっはよ〜!」
「うぉっ!?」
「きゃっ!?」


元気溌剌な挨拶と同時に、背中から軽く押されたような衝撃を受けた。


「やっほー!お二人さん!」
「メ、メアリーさん……脅かさないでくださいよ……」
「ゴメンゴメン、つい悪戯心に負けちゃった」


徐に振り返ってみると、頭にバンダナを巻いてるリリムが明るい笑みを浮かべながら立っていた。
このリリムの名はメアリー。明るくて無邪気な性格で周囲の人たちから慕われている生徒だ。サフィアと同じ2年A組で、学園内でもサフィアと楓を含めて三人で一緒に行動しているらしい。


「もしかして二人は今一緒に来てたところ?」
「ああ、今来たばかりなんだ」
「いいなぁ……カップルで登校なんて羨ましい!私もバジルと並んで通学路を歩きたいな!」
「それで、今日はそのバジルさんとは一緒じゃないのですか?」
「バジルは今日、朝早くから新聞配達のバイトがあって都合を合わせられないんだ。多分もう教室に入ってるかもね」
「ああ、そういや先週にもそんな事言ってたな」

バジルってのは俺の友達で、俺と同じ3年A組の生徒だ。どちらかと言うと体育系だが、理数系の科目も得意で、俺も授業で分からない点があったら教えてもらっている。
そしてメアリーとは恋人同士の関係で、放課後にはメアリーと一緒に下校しているとの事。二人はたまにどちらかの家に寄って、一緒に勉強したり遊んだりしてると話には聞いてるが、バジルは自分から話す気は起こらないようだ。
バジル自身インキュバスではあるが、真面目な性格から惚気話を切り出そうとは思ってないのだろう。尤もメアリーへの想いは、口に出さなくても行動でバレバレだったりするがな。

「あ、そうだ!ねぇねぇ、キッド君に頼みがあるんだけど、いいかな?」
「ん?なんだ急に?」

メアリーは通学鞄の中に手を突っ込んで、ゴソゴソと何かを取り出した。

「これ、バジルに渡してくれないかな?」
「……なんだこれ?」
「なにって、電子辞書」
「いや、それは知ってるが……」

メアリーが俺に差し出したのは、折り畳み式の電子辞書だった。

「いや〜、この前バジルと一緒に勉強会なんてやったんだけど、電子辞書を借りたまま返すの忘れてたんだよね」
「……で、これを代わりに返して欲しいと?」
「そうそう!キッド君は確かバジルと同じクラスだからちょうどいいと思ってね!お願いできる?」
「……自分で返そうとは思わないのか?」
「うん、私もそうしたいけど、2年の教室から3年の教室ってちょっと遠いでしょ?わざわざ届けに行ったらHRに遅刻しちゃうし……でも電子辞書って勉強にも使うから早く返したいと思ってるんだ。だから……ね?」

メアリーは軽くウィンクしながら低姿勢で頼んできた。
まぁ、言いたい事は分かるが……。

「キッド、私からもお願いします」

と、俺の隣からサフィアも頼んできた。
……惚れた弱みと言う奴か。サフィアの頼みだけはどうしても断れる気がしない。

「……しょうがないな」
「ありがと〜!なんか、ごめんね」

仕方なく引き受ける気になり、メアリーからバジルの電子辞書を受け取った。
恐らく、バジルならもう教室に居るだろうし、忘れないうちに渡しておこう。
そうだ、ついでに今日の部活動にも出てもらうように頼んでみようかな……。



キーン、コーン、カーン、コーン



「あれ?これって……」
「HR開始まで十分前のチャイムですね」


すると、学園内にHR開始まで十分前を知らせるチャイムが響いた。
ここで色々と話してたら自然と時間が経ってたようだ。早いとこ教室に行った方が良いな。

「こんな所で話してる場合じゃない。早く教室に行かないとな」
「そうですね。行きましょう、メアリーさん」
「あ、待ってよ〜!」

そして俺たちは、遅刻しないようにそれぞれの教室へと向かって行った。



============



昇降口から校舎の中へ入り、途中でサフィアとメアリーの二人と別れた俺は教室へと向かっていた。
目的の3年A組の教室がある三階へと階段で上り切り、一直線に伸びる廊下へと差し掛かる。


「……ん?」


すると、俺の教室の扉から二人の人影らしきものが出てきた。


「全く……こんな時間になっても居ないとはどう言う事だ?」
「そう言うなよ。キャプテンだって、朝っぱらからクレームを聞かされちゃ堪ったもんじゃないだろ」

ヴァンパイアのリシャスと、ドラゴンのオリヴィアだ。
二人とも3年B組の生徒で、海上戦闘部のエースとして活躍している部員だ。
見たところリシャスの方は不満気な表情を浮かべているが、オリヴィアはそんなリシャスを宥めるような言葉を投げかけている。
あの様子からして……リシャスの奴、また性懲りも無くコリックの優遇を強要してきたな。ホント、勘弁して欲しいぜ。こちとら耳に胼胝が出来そうだってのによ……。

「クレームとは人聞きが悪いな。大体、部員の優遇を考えてやるのも船長の仕事だろう?」
「よく言うよ。あんたが言う部員ってのは、彼氏に限るんだろ?」
「うっ……ま、まぁな……」

二人とも俺の存在に気付いていないのか、ちょうど3年A組の隣に位置する3年B組の教室へと戻って行った。
そのまま二人揃って教室の中へ入るかと思ったら……。

「……お?」
「あ……」

その途中でオリヴィアが俺の存在に気付いてしまった。
しまった……呑気に見送ってないで隠れておくべきだったかな……と思ったら。

「……Good morning♪」

と、リシャスに気付かれないように小さな声で挨拶をして、軽く手を振りながら教室の中へ入って行った。
恐らく、オリヴィアも俺の事を気遣ってくれたのだろう。後でこっそり礼を言っておかなきゃな。
そう思いながら、俺は自分の教室へと歩み寄り、その扉を開けて中へと入って行った。HR前と言うのもあって、もう既に教室内はクラスの生徒たちで賑わっている。

「……ん?」

その中でも一際目立ってる……いや、目立ってはないが、賑わいに満ち溢れてる教室の中ではなんとも場違いだと思われるくらいに落ち込んでる生徒が一人居た。
教室の隅でドヨ〜ンと黒い負のオーラを漂わせ、膝を抱えるように座り込んでる俺の幼馴染……ヘルムだ。そのすぐ傍には、先程メアリーと話してたバジルが立っている。


「なんで朝からこんな目に遭うのかなぁ……僕、副部長なのに……」

「はぁ……何時もの事だろうが。貴様もいい加減に慣れろ」

半ば呆れながらも言葉を掛けるバジルだが、ヘルムは立ち直りそうにもなかった。
……あの光景を見てなんとなく察しが付いた。さっき出てきたリシャスが原因だろう。

「……で、何があったんだよ?」
「ん?ああ、キッドか。さっきリシャスがお前を探してたが……」
「それならちょうど教室から出て行くのを見かけたよ」
「そうか。だったら大体の事は察せられるか」
「そりゃあな、何度も同じ場面を見られたら嫌でも察するさ」

とりあえず二人に歩み寄って話しかけてみた。バジルの方は気付いたが、ヘルムは激しく落ち込んだまま気付かずに俺の方にも振り向かなかった。

「だろうな。まぁ大体予想してはいると思うが……一応説明しておこうか。さっきリシャスが何時ものようにコリックの優遇を強要しようとお前に会いに来たが、その事をヘルムに注意されてな。それで何時ものようにリシャスが逆ギレして……」
「『影の薄い嫁無しの雑魚が偉そうな口を利くなぁ!!』って言われたのか?」
「いや、さっきは『大した特徴の無いポンコツ人間が図に乗るなぁ!!』って言ってたな」
「どちらにしろ何度も言われてる台詞じゃねぇか。もうそろそろレパートリーが無くなってきたか?」
「リシャス曰く『一々考えるのが面倒だ』とか」
「そうかい……」

予想通り、またリシャスからキツイ一撃を喰らったようだ。
何時もの事だからいい加減に慣れろと言いたいが、ヘルムは昔から傷つきやすいからな……性格だけはどうにも直せない。

「あ、そうだ」

さっきのメアリーとのやり取りを思い出し、俺は通学鞄から先程メアリーから受け取った電子辞書を取り出した。

「キッド、それは……」
「ああ、お前の電子辞書だ」
「やはりな……で、何故お前が持ってるんだ?メアリーに貸してる筈なのに……」
「昇降口の近くで偶然にもメアリーに会ってな、その時に代わりに返しておくように頼まれたんだ。と言う訳で、ほら」
「そうか。なんか、すまないな」

バジルは受け取った電子辞書を開き、自分のかどうかを確かめる為にボタンを押して操作し始めた。


……そう言えば、


『なんか、ごめんね』
『なんか、すまないな』


メアリーもバジルも、二人揃って似たような台詞を言っているな。
やっぱりこの二人、色々と波長が合っているんだな……と、しみじみと感じた。

「……うん、確かに俺の……ん!?」
「……おい、どうかしたか?」

突然バジルの表情が一変した。はぁ……とため息を付き、またかとでも言いたげに呆れ顔を浮かべている。

「……キッド、念のために訊いておくが……お前、これを返す前に勝手に弄ったか?」
「その電子辞書をか?いや、俺は何もやってないぞ」
「まぁ、そうだろうな。だとしたら……やはりあいつか。全く、人の物を借りておいて……」

バジルが言うあいつってのは、恐らくメアリーだろう。なにやら異常事態でも発生したようにも見えるが……。

「まさか……壊れてたとか?」
「いや、問題無く正常に動いてる」
「じゃあどうしたんだよ?」
「……これを見ろ」

と、躊躇ってる様子を見せながらもバジルは開かれてる電子辞書の画面を俺に見せてきた。
画面の上部に視線を移すと、『履歴』と表示されている。今まで閲覧した単語の履歴を表示するページだが、その内容を見てみると……。


「……なんだこれ……」


呆気に取られてしまう程の語句の並びが…………。




『我慢汁』
『先走り汁』
『愛撫』
『顔射』
『アナル』
『騎乗位』
『クンニ』
『四十八手』
『ザーメン』
『駅弁ファック』
『クリトリス』
『フェラチオ』
『ディープキス』



「…………」
「これ……全部メアリーが?」
「恐らく……いや、間違い無いな」


履歴の内容が全て……性交に関する語句で埋まっていた。何も知らない人がこれを見れば……絶対にバジルを誤解するだろう。


「貸した時点で悪い予感はしてたが……」
「ま、まぁ魔物ってのはそう言うものだって」
「……何故こうなると分かっておいて貸したんだ、俺は……」

バジルは徐に電子辞書を閉ざし、額に手を置いて嘆くように呟いた。
分かっておきながら貸してしまう……過去に何度も経験した事だが、どうにも改善する余地が無いのだろう。
……あれか。俺と同じ、惚れた弱みって奴なのか……。

「あはは……惚れた弱みとは、この事だね」
「お、ヘルム、やっと立ち直ったか」
「まぁね、もういい加減に慣れたし……」
「その割には何時ものように落ち込んでたが?」
「言わないでよもう……」

ようやく気を取り戻したのか、ヘルムが苦笑いを浮かべながら話しかけてきた。
流石に言われ慣れてきたのか、何時もより少し早めに立ち直れたようだ。打たれ弱いのは相変わらずだが。




キーン、コーン、カーン、コーン



ガラガラガラ!


「HRを始めるのじゃ〜!みんな席に着くのじゃ〜!」
「おっと、もうそんな時間か」


HR開始のチャイムが鳴ると同時に、俺等の担任を務めるロリっ子教師、バフォメットのエルミーラ先生が教室に入ってきた。エルミーラ先生に言われた通り、俺たちはそれぞれ自分の席に戻った。


「起立!礼!」
「おはようございます!」
「着席!」

学級委員の号令に従い、クラスの生徒全員で朝の一連の流れをこなし、一斉に自分の席に座った。


「うむ。それでは出席を取るのじゃ」


エルミーラ先生の言葉を皮切りに、今日も学園での一日が始まった……。
13/04/12 22:01更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
<オマケの会話>

※朝食時

「……あれ?」
「キッド、どうかしましたか?」
「いや、ソースが見当たらなくてな」
「ソース?」
「ああ、目玉焼きにかけるんだ」
「そうですか?私、目玉焼きには醤油ですけど」
「へぇ、サフィアは醤油派なのか。俺は昔からソース派だが。ピュラはどっちだ?」
「私、ケチャップ〜!」
「あら三人とも、お塩の存在を忘れちゃいけないわね」
「通だなアミナさん。あ、叔父さんは何派?もしかして……何もかけないタイプとか?」
「……何故……」
「ん?」
「何故ここまできて、梅しそ鰹ジャムが出てこないのだね?」
「……ルイス、あなたそれ一番少数派よ」
「え?」


あなたはどっち派!?
なんてね……という訳で始まっちゃいました!学園パロディ!何事も経験が大事だと悟り、先ずはSSでも王道的な学園ストーリーを書いてみようと思い至った所存です。と言ってもパロディなので、出てくるキャラは今までと同じですが(汗)

話の流れとしては、基本的にキッド中心に書いていきたいと思ってます。ただ、これが終わった後でも別のキャラを中心にまた書こうかな〜と検討中でもありますが。

と言うわけで、また性懲りも無く連載形式での投稿になりましたが、今回も最後まで書きたいと思います。

では、ここまで読んでくださってありがとうございました!

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