出会いは海の上で
ドカッ!バキバキ!ドォン!
「オメェ等!この調子で一気に攻めるぞ!だが最後まで気ぃ抜くな!」
「うぉぉぉぉぉ!!」
俺のデカい号令に雄たけびで応えながらも、仲間たちは敵との戦闘に尽力を尽くしている。
戦力的な人数はどう見ても敵側が有利に見えるが、正直言って笑っちまう程手応えが無い。それに比べて、こっちは一人ひとりが戦闘に長けてる為、大人数相手でも苦戦する事無く次々と敵を倒せる。
戦闘における経験の差が俺たちを有利にさせたと言っても過言ではなかった。
「この化け物め……せめて船長だけでも!」
すると、敵側の男が殺意を漲らせながら、ナイフで俺を刺し殺そうと俺に向かって突進してきた。
おーおー、おっかねぇ野郎だな。だが、勢い任せの戦いは利口じゃねぇ。
「悪ぃな。俺の方が勝ってる」
「あぁ!?」
俺は慌てる事無く、突っ込んでくる男に向かって……。
「リーチがな!」
ドガッ!!
「ぐぁ!?」
「隙だらけなんだよ……おぅらよっとぉ!!」
「おわぁぁぁぁ!?」
二つの金棒を繋げて作られた俺の愛用武器……鉄砕棍の先端を男の腹に突き出す。そして男が怯んだ隙に棍を水平に振って男を海へと叩き落した。
「やれやれ、練習にもなんねぇなぁ」
棍棒の先端を木造の床に置いて呆れ気味に首を振ってやった。
なーんか最近、手応えの無ぇ雑魚しか会ってねぇなぁ。もう少し俺を楽しませてくれる猛者はいないのかよ。
「だぁ!畜生!テメェら、何やってんだ!この能無し共がよぉ!」
船の奥からやけに野太くてガラガラな声が聞こえて、反射的にその方向へ振向いてみる。大き目の帽子を被ったガラの悪い男がサーベルを持ったまま怒鳴り散らしていた。どうやらあの男が敵の親玉らしいが、見るからに悪そうな男だな。
うっし!敵の雑魚共も大体片付いたし、ここは仲間たちに任せても大丈夫だろう。
「奈々!敵の親玉を倒すんでしょ!?こっちは心配無いから、早く言って頂戴!」
すると、すぐ後ろで両手の二本の短剣を駆使して敵と戦ってるアオオニ……もとい、副船長の美知代が頼もしく言い放った。
俺が考えている事をすぐに見抜くとは……流石は俺の相棒!
「すまんな美知代!ここは頼んだぜ!」
お言葉に甘える事にした俺は、早速敵の親玉をぶっ飛ばす為に全力で突撃を始めた。
「おらおらおらぁ!どけどけどけぇ!」
「うわぁ!あれって敵の船長dぶへぇ!」
「ぶっ飛ばされたくなかったら道を譲りなぁ!」
蜘蛛の足を器用に動かし、全力で走りながらも周囲の雑魚敵共を棍棒で次々と叩き飛ばしていく。誰もが俺を食い止めようとしたが、その前に俺に突き飛ばされるのがオチだった。
「……よう、仕留めに来たぜ」
「なっ!?アイパッチを付けたウシオニってことは……長曾我部奈々!」
「ん?俺の名を知ってたか。嬉しいねぇ!だが、お前はここで海に沈んでもらおうか」
そしてようやく敵の親玉の前に着くと、親玉は俺を睨みつけながらサーベルを構えた。俺のチャームポイントでもあるアイパッチで気付いたらしいが、どうやら俺を知ってるらしい。
まさか俺も海賊としてそこそこ有名になったか?悪い気はしねぇな。
「……ま、まさか船長自ら首を捧げに来るとはなぁ!お陰で余計な手間が省けたぜ!褒めてやるよ!」
「おいおい、こんな圧倒的な差を見せられておいて、よくそんな口が叩けたもんだな?」
「ふん!戦闘も出来ないクズ共をぶっ飛ばしていい気になってんじゃねぇぞ!俺は周りの雑魚共とは違う!」
「……あ?」
自分の部下を雑魚呼ばわりした親玉に対して不快感が募った。
この野郎……仲間をなんだと思ってやがるんだ?自分を支えてくれる部下の有り難味をちっとも分かってないようだな。
「テメェらの相手なんてなぁ、俺様一人で十分なんだよ!全員残らずミンチにしてやる!」
下種な笑みを浮かべながら親玉がサーベルを構えて俺に突っ込んでくる。だが、どの様に足掻いたところで、俺を倒すなんて無理だな。
特にこいつみたいな下種野郎には尚更無理だな!
「死ね!」
親玉が俺の頭目掛けて垂直にサーベルを振る。だが俺は……。
カキィン!
「どわっ!?」
棍棒を勢い良く振り上げて、親玉のサーベルを弾き返してやった。弾かれたサーベルは男の手から離れて空中を舞い、仕舞いには船の床に突き刺さった。
軽く振ってやっただけなのに、こうもあっさり武器を弾かれるなんて……見掛け倒しって奴だな。わざわざこんな奴に余計な時間を掛ける必要も無い!
自分を支えてくれる仲間を雑魚呼ばわりする野郎は、海へ沈めてやるぜ!
「オメェなんか好みじゃねぇから、海の娘にくれてやるよ!」
「え、ちょ!や、止めろ!止め……ん、んむぅぅ!」
休む暇も与えずに蜘蛛の尾から糸を噴出し、親玉をグルグル巻きにしてやった。強靭な蜘蛛の糸から逃れる術も無く、親玉は全身を拘束されてお粗末なミイラ状態となる。
「それじゃ……あばよ!」
「ん、ん!んぅぅぅぅ!!」
そして俺は身動きが出来なくなった親玉を片手で持ち上げて、力いっぱい海へと放り投げてやった。
バッシャーン!!
「オメェを拾ってくれた子と仲良く暮らせよー!」
水飛沫を上げながら海へ沈んでいく親玉に一言だけ掛けておいた。
あの糸を解くには多少の時間が必要だが……まぁ、その辺に住んでる魔物に助けてもらえれば何とかなるか。
「奈々、こっちも終わったわよ」
「おう、美知代!悪ぃな!」
衣服の乱れを整えてると、背後から声が聞こえた。振り返ってみると、美知代が勝ち誇った笑みを浮かべながら歩み寄って来る。どうやら、あっちも問題無く片を付けたようだな。
「よっしゃあ!とっとと金品と食料を頂いてずらかるぞ!」
「おー!!」
歓喜に満ち溢れた仲間たちの雄たけびが大海原に響いた……。
〜〜〜数時間後〜〜〜
「たっははは!飲め飲めぇ!はしゃぎまくれぇ!」
「奈々……ちょっと飲みすぎじゃない?」
「あ?宴会で酒飲んで悪ぃのかよ?」
「いやそうじゃなくて……」
時計が夜中の七時を指し、俺たちは船のダイニングにて戦闘での勝利を祝う宴会を楽しんでいた。仲間たちは皆それぞれ美味い料理や酒を楽しみ、数時間前の戦闘を面白おかしく語っている。
「奈々……お願いだから酔い潰れて倒れないでね?その度に介抱する私の身も考えてよね?」
「大丈夫大丈夫!俺、全然酔わねぇから!酒で倒れる程、俺は華奢じゃねーよ!」
「……そう豪語しておいて結局倒れちゃうパターンが過去に何度あったことやら……」
俺の向かい側に座ってる美知代は俺が酔い潰れるのが不安で仕方ないようだ。まぁ、その度に介護係を任されちゃ堪ったもんじゃないからな。
「まぁまぁ美知代、お酒くらい好きなだけ飲ませてあげなよ。船長は今日も頑張ったんだからさ」
すると、美知代の隣に座ってる若い男が美知代を宥めてきた。
村上武吉……美知代の夫で、船の航海士を務めている、シー・デビル海賊団唯一の人間だ。礼儀正しくて気取らない性格で、他の仲間たちからの信頼も厚い。船の進路を決めてもらうのも、この男の仕事だ。
「もう、あなたったら奈々を甘やかして……」
しかし、美知代は酒が入ってるグラスを持ったまま不貞腐れてる。自分の夫が他の女を庇うのが気に食わないのだろう。
「そう言わずに、美知代ももっと飲みなよ。折角の宴会なんだからさ」
「あら、そんな事言っちゃう?だったら酔った勢いで犯しても文句言わないでね?」
「あはは……お手柔らかにね」
目の前に俺がいるってのに、美千代は武吉に抱きついて甘え始める。武吉の方も苦笑いを浮かべながら美知代の肩を抱いて素直に受け止めた。
……ったく、目の前でイチャつきやがって……羨ましいぜ。
「はぁ……俺も男が欲しいぜ……」
「あら、そんなに悩まなくてもすぐに出来るわよ。未婚の男なんて数え切れない程いるんだから」
「そうは言うがな……目の前で同年代の親友が男とイチャついてるのを見てると、内心穏やかじゃねぇんだよ」
「あはは……すみません、船長……」
「あー、気にすんな。別に咎めてる訳じゃねぇから。ゴクゴク……」
苦笑いを浮かべながら謝る武吉をあしらい、片手のボトルに直接口を付けて酒を胃袋へと流し込んだ。
気に障ってしまったと誤解されたようだが……別に俺は何とも思ってない。いや、むしろ親友が幸せでいる事は俺も喜ばしいと思ってる。現に武吉が美知代を支えてくれるお陰で、美知代も一段と船の為に頑張ってくれてるんだからな。
「……ぷはぁ!……ヒック!あ〜、ちょっと来たな……」
調子に乗りすぎたか……大量の酒を一気に飲んだ所為で酔いが回ってきたようだ。倒れる程ではないが、少しばかり頭がクラクラするし、身体が火照っているのが自分でも分かる。
「もう、大丈夫?少し休んだら?」
「そうだな……気晴らしに夜風にでも当たってくるわ……」
美知代に促されるがままに、俺は酔った身体を落ち着かせる為に外へ出る事にした。
============
「うぃ〜、ヒック!あぁ……」
身体の中にアルコールを溜めながらも、船の甲板でぼんやりと月を眺める。夜の海から吹きぬける潮風は肌寒いものだが、茹だった俺の身体を冷やすにはちょうどいい温度だった。
だが……一人だけで外に居るのはどこか心細いものを感じる。少しの間だけでも、美知代に同行してもらった方が良かったかもしれねぇな。
「……男か……」
ふと、先程の美知代と武吉の仲睦まじい姿が思い浮かんだ。武吉と一緒にいる時の美知代は幸せそうに笑って……武吉の方も美知代と一緒にいる時は幸せそうな笑みを浮かべている。二人が結ばれてからそんなに日は経ってないが、誰が見ても羨ましがる程のオシドリ夫婦と言っても過言ではない。
「……俺は……どんな男を夫にするんだろうなぁ……」
姿も名前も分からない……俺の夫となる男について物思いに耽った。
どんな男と結ばれるんだろう?と言うか、男と結ばれるのは何時なんだろう?
最近、一人になるとそんな事ばかり考えてるような気がする。
まぁ俺自身、男に関する選り好みはそんなに激しい方じゃないと思ってる。
俺より年下でも、俺より背が低くても、俺より弱くても……俺を受け入れてくれる男なら喜んで夫に迎え入れる気でいる。大事なのは見た目じゃなくて、互いを想い合う心だからな。
俺も美知代みてぇに、温かい家庭を持ちたいな……。
つっても……肝心の相手がいなきゃ話にならねぇんだけどな。
「はぁ……どんぶらこっこ、どんぶらこっこ……って感じで、俺の夫になる男が流れてこねぇかな……」
微粒子レベルの期待を抱きながら視線を海へと移す。
……って、流石に有り得ねぇか。なんつー馬鹿な独り言を呟いてんだ、俺は……。
「……ん?」
海へと視線を移した途端に、何やら小船らしき物が浮かんでいるのが見えた。
なんでこんな所に小船が?何かの拍子で海に流されたのか?
そんな事を思ってると、小船が海流によって少しずつこっちの船に寄せられて来る。そのお陰で小船の中の様子が此処からでも見えるようになった。
「……!?」
小船の中の様子を見た瞬間……一気に酔いが醒めてしまった。
それもその筈、何故なら小船には……!
「まさか……人間の子供!?」
人間の男の子が横たわっていた!ボロボロの衣服を着ていて、目を閉じたまま自分の身体を両腕で抱きしめている。此処から見てもヤバい状態である事は理解出来た。
おいおい……まさか死んでるんじゃないだろうな?とにかく、早く引き上げないと!
「おぅら!」
俺は蜘蛛の糸を噴出し、小船の先端部分に巻きつけて糸を力いっぱい引き寄せた。海流によって抵抗が加えられてる所為で苦労はしたものの、なんとか男の子を乗せてる小船を近くまで引き寄せるのに成功した。
どうやら小船には男の子しか乗ってないらしく、他に荷物らしき物は見当たらない。何の準備もしないで海を出たのか?それとも、途中で海に落としたとか……いや、考えるのは後だ!
「そぉらよっと!」
俺は糸で男の子の身体を巻いて、ゆっくりと慎重に引き上げ始めた。少しでも衝撃を与えたら男の子の身体に支障を与えちまう。そう自分自身に心の中で言い聞かせながら力を調節してゆっくりと引き上げる。
「……よっし!」
そしてなんとか男の子を俺の船まで乗せる事が出来た。男の子を優しく仰向けに寝かせて、身体に巻かれてる糸を解く。
「おい!大丈夫か!?聞こえたら返事をしろ!」
男の子の頬を軽く叩いて呼びかけるが、返事をしてくれる気配が無い。焦る気持ちを抑えながら男の子の胸にそっと耳を当ててみると、微かではあるが僅かに呼吸の音が聞こえた。
よかった……どうやら生きてるようだ。だが、何時までもこんな所で寝かせる訳にはいかない。
「うぉーい!大変だー!!」
俺は男の子を抱きかかえて船の中へ進んで行った……。
〜〜〜翌日の午前十一時三十分〜〜〜
「よう、起きたか?」
「奈々……それがまだ……」
「そうか……」
昨日、美知代たちによって男の子は介抱されたものの、結局目を覚ます事はなかった。
そして今現在、男の子がいる空き部屋へと足を運んだものの、男の子は未だにベッドの上で気を失ってる状態だった。美知代と武吉が数時間毎に交替して看病しているものの、特に変わった事は無いようだ。
「それにしても驚いたわ。何処からともなく人間の子を抱えて来るんだもの。何事かと思ったわ」
「俺だってそうだ。何気なく海を見てたら小船に乗った男の子が現れて……驚かない訳がない」
「そりゃそうね……」
美知代の隣まで歩み寄り、男の子の顔を近くで見てみる。相変わらず目を閉じたままピクリとも動かないでいた。
見たところ背も低いし顔もあどけない。俺より五つか六つ位年下といったところか。こんなに小さい子が一人で海に出るなんて、無謀も良いところだ。
「しかし、なんで海を彷徨ってたんだ?まだこんなに小さい子がたった一人で……こいつの親はどうしてるんだ……?」
「奈々……それなんだけどね……」
「ん?」
俺の言葉を聞いた奈々は急に表情を曇らせた。そして男の子を覆ってる毛布を捲り、ゆっくりと男の子が着ている服を捲り上げた。
「……なっ!?」
男の子の裸の上半身を見た瞬間、あまりの酷さに思わず絶句してしまった。
「なんだよこれ……痣だらけじゃねぇか!」
男の子の身体には……至るところに痣が浮かんでいた。大きめのものから小さめのものまで不規則に浮かんでおり、見ているだけで痛々しく思うほどだ。
昨日はこの子を介抱する事で頭がいっぱいで気付かなかったが……こんなに酷い状態だったなんて思わなかった。だが、この多数の痣……どう見ても事故で出来たものとは思えない。
「見て分かるだろうけど、どれも転んだりして出来た痣じゃないわ。全部人為的なものよ」
「人為的って……誰かにやられたのか?」
「そう考えた方が妥当ね。でなければこんなに酷い状態にならない。一応薬を塗っておいたから、時間が経てば痣は消えるけど……」
つまり……この子は誰かから虐待を受けてたってことになる。こんなに小さい子が、なんでこんな目に……!?
だが……本当にこいつの親は一体何をやってるんだ?自分の子が虐げられてるってのに……。
……待てよ?まさか……こいつの親が……!?
「……う……うん……」
「あ……」
頭の中に悪い光景が浮かんだ瞬間、何処からともなく呻き声が聞こえた。それを発したのは、俺でもなければ美知代でもない。と言う事は……!
「お!起きたか!」
そう……昨日から気絶していた男の子が目を覚ましたようだ。閉じられてた瞼が徐々に開かれ、黒色の瞳を覗かせる。
「…………」
男の子がゆっくりと顔をこちらに向かせると、俺との視線が重なった。
……こうして見ると結構可愛いじゃねぇか……って、そんな事思ってる場合じゃねぇか。
「いや〜、昨日はどうなるかと思ったんだが、目を覚ましてくれて本当に……ん?」
「…………」
「おい、どうした?」
なんだか男の子の様子がおかしい。俺の姿を見るなり徐々に顔を真っ青に染めて…………。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「!?」
急に叫び声を上げたかと思うと、恐怖で身体を震わせてベッドの上で座ったまま後退りした。
「お、おい!なんだよ突然!」
「ま、ままま魔物!魔物だぁ!」
「いや、そりゃ確かに俺は魔物だが……」
「誰か!誰か助けてぇ!!」
「ちょ、落ち着けよ!何もしねぇから!」
「ひ、ひぃぃ!来ないでぇ!」
俺が男の子の肩に触れようと手を伸ばすと、男の子はそれを拒否するかのように毛布で自分の身体を包み込んだ。
おいおい、目覚めておいてこの反応は無いだろ……人が心配してたってのに……。
「この反応……もしかして、反魔物領から来たのかもしれないわ」
「あ?なんで分かるんだ?」
「反魔物領は教団によって、魔物は人間の血肉を貪る悪だと教え込まれてるでしょ?この子も教団から魔物は悪だと聞かされたのだと思うわ」
「ああ、そういうことか……」
要するに、この子も魔物は人間を食う悪の存在だと吹き込まれてるって訳か。
全く、教団の奴らもいい加減にして欲しいぜ。どこまで俺らを悪者扱いすりゃ気が済むんだか……。
しかし参ったな……こんなに怖がられたら、俺らだってどうしたら良いものか……。
ガチャッ!
「どうしたんだい!?急に悲鳴が聞こえたんだけど……!?」
すると、ドアが勢い良く開かれて武吉が部屋に入ってきた。おそらく男の子の悲鳴を聞いて慌てて駆けつけたんだろう。
「あなた……それがね、昨日の子が目を覚ましたんだけど……」
「……ああ、成程ね……」
状況を察したのか、武吉は毛布で身を隠してる男の子にゆっくりと歩み寄り、ベッドに腰掛けてから優しく声を掛けた。
「大丈夫だよ。この船にいる魔物たちはみんな酷い真似はしないよ」
「……誰……ですか……?」
「君と同じ人間だよ」
「人間……?」
「そう、人間さ。とりあえず、僕に顔を見せてくれないかな?」
武吉にそう言われた男の子は、怖ず怖ずと毛布から顔を出して武吉へと振向いた。傍に自分と同じ人間が居ると分かって安心したのか、身体の震えは収まってるものの目には涙を浮かべている。
「えっと……とりあえず、君の名前を教えてくれないかな?」
「僕は……ルトです……」
「そうか、ルト君だね。僕は武吉。ジパング出身の人間なんだ。よろしくね」
「は、はい……」
武吉に温かい表情で接してもらえて警戒心を解いたのか、男の子……いや、ルトは少しばかり戸惑いながらも普通に話すようになった。
今なら俺から話しかけても大丈夫そうだな……。
「おう、んでもって俺が……」
「ひぃ!」
「……あのなぁ、そんなに怖がらなくてもいいだろ?頭から食ったりしねぇからよ」
「あ、いえ、あの、その……」
俺が一言掛けた瞬間、ルトは怯えた表情で飛び退いてしまった。
誤解してるってのは分かるんだが……こうも露骨に怖がられるのはあまり良い気分じゃないな……。
「大丈夫だよルト君。魔物は人間を殺したりしないさ」
「え?で、でも、教団の人たちは……」
「人間を殺すって聞かされたのかい?だとしたら、それは真っ赤な嘘だよ。今の魔物は余程の事が無い限り、人間を殺したりしないんだから。むしろ今の魔物たちは、僕たち人間を愛してくれているんだよ」
「え……?」
「アハハ、ごめんね。いきなりこんな事言われても困るよね。まぁとにかく、この船の魔物たちはみんな優しいから、怖がらなくてもいいんだよ」
「は、はい……」
生返事はしたものの、それでも怯えた表情を浮かべているルト。そう簡単には魔物に対する誤った認識を振り払えそうもないようだ。
「自己紹介に戻るぞ。俺は奈々、長曾我部奈々だ。この船の船長で、ウシオニって言う魔物だ」
「それで、私は美知代。見ての通りアオオニで、そこの武吉の女房よ」
「あ、はい、初めまして……」
俺と美知代が自己紹介すると、ルトは怖ず怖ずと……尚且つペコリと頭を下げた。
ほう……今時の少年にしては中々礼儀正しいじゃねぇか。それに……結構可愛いなぁ……♪
グゥゥゥゥゥゥ……
「あ…………」
突然、空腹を知らせる腹の音が部屋に響いた。そして音を出したルトは恥ずかしそうに両手で腹を抑えている。
「うぅ……」
「アハハ、お腹が減ったんだね」
「そう言えばそろそろお昼ご飯の時間ね。一旦腹ごしらえにしましょうか」
「そうだな。ルト、お前も一緒に食べようぜ」
「え?い、いいんですか?」
「当たり前だろ?遠慮なんかするなよ」
と言う訳で、まずはルトと一緒に昼飯を食う事にした。本音を言えばもう少しルトについて……主になんで一人で海を彷徨ってたのか聞きたいところだが、飯を食った後で聞いても遅くはないだろう。
それにルトも空腹で参ってるみたいだから、先に腹いっぱい食わせてやりたいしな。
「あ、そう言えば身体の方は大丈夫か?歩くのが辛いんなら手ぇ貸そうか?」
「はい、大丈夫です……」
と、ルトがベッドから降りようと立ち上がろうとしたら…………。
「あ!」
分厚い毛布に足が引っかかってしまい、前方に倒れてしまいそうになった。しかし、俺はその一瞬を見逃さず……。
「おっと!」
床に落ちそうになったルトの身体を真正面から受け止めた。幸いにも床への直撃は避けれて、ルトの顔が俺の胸に埋められる。
「ん、んむぅ!?」
「おいおい、落ち着けよ……」
何が起きてるのか分かってないのか、ルトは俺の胸に顔を埋めたままパニック状態となり、仕舞いには衣服の上から俺の胸を鷲づかみしてきた。
……不思議なもんだな。なんだかこうしてるのは悪い気分じゃない。寧ろこのままギュッて力強く抱きしめてやりたいくらいだ。
「大丈夫か?」
「……あ……」
ようやく落ち着いたのか、ルトは俺の胸から顔を離して徐に俺の顔を見上げた。そして俺の胸を触ってる自分の手を見た途端、熟れたリンゴの様に顔が真っ赤に染められていく。
「ごごごごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「ちょ、そんなに勢い良く謝らなくても……」
ルトは俺の胸から手を離し、ベッドの上で米搗きバッタの如く土下座を繰り返す。故意が無かったとは言え、こう何度も必死に謝られると……こっちが申し訳なく思っちまう。
それにしても、この反応を見る限り……どうやらエッチな事に関しては初心のようだな。
「本当にごめんなさい……!」
「わざとじゃねぇんだから仕方ないって。それにお前の手、中々気持ちよかったぜ♪折角だからもう一回揉んでもらおうかな?」
「うぅ……」
悪戯心を擽られてしまい、わざと胸をルトの顔に近づけると、ルトは顔を真っ赤に染めたまま恥ずかしそうに視線を逸らした。
……やっべぇ!凄く可愛い♪胸が有り得ないくらいにときめくぜ……!
「……奈々、からかうのも大概にしなさい」
「わりぃ、ルトがあまりにも可愛いからさ」
「!?……うぅ……」
一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに恥ずかしそうな表情に戻ってまた視線を逸らした。
この愛くるしい姿を見た瞬間、すぐにでも抱きついてやりたかったが……これ以上やらかすと美知代に怒られるのでやめておこう。
「アハハ……それじゃルト君、僕がダイニングまで案内するよ。一緒に行こう」
「あ、はい」
ルトは慎重にベッドから降りて、武吉と共にダイニングへと進んで行った。
此処は魔物だらけの船だから馴染むのに時間は掛かりそうだが、あの様子なら少なくとも武吉にはすぐに懐いてくれそうだな。一人だけでも同族が居るのが唯一の救いだったようだ。
「……奈々」
「ん?」
俺も二人の後を追う様に部屋を出ようとした瞬間、後ろから美知代が真剣な表情で話しかけてきた。
「分かってるかもしれないけど……ルト君に接する時は慎重にね?」
「……ああ、分かってる」
美知代はルトの身体の痣について触れてるのだろう。あれ程までに痛みつけられてるのだから、心の傷もかなり大きい筈だ。恐らく、これ以上ルトの心を傷つけては駄目だと……そういう事を言いたいんだろう。
俺だって流石にそれくらい分かってる。間違ってもルトを悲しませるような真似だけは絶対に犯さない。絶対に……!
「ま、とにかく今は飯を食いに行こうぜ。ルトについてはその後で色々と決めよう」
「そうね」
そして俺と美知代は、昼飯を食う為に部屋を出て行った。
「オメェ等!この調子で一気に攻めるぞ!だが最後まで気ぃ抜くな!」
「うぉぉぉぉぉ!!」
俺のデカい号令に雄たけびで応えながらも、仲間たちは敵との戦闘に尽力を尽くしている。
戦力的な人数はどう見ても敵側が有利に見えるが、正直言って笑っちまう程手応えが無い。それに比べて、こっちは一人ひとりが戦闘に長けてる為、大人数相手でも苦戦する事無く次々と敵を倒せる。
戦闘における経験の差が俺たちを有利にさせたと言っても過言ではなかった。
「この化け物め……せめて船長だけでも!」
すると、敵側の男が殺意を漲らせながら、ナイフで俺を刺し殺そうと俺に向かって突進してきた。
おーおー、おっかねぇ野郎だな。だが、勢い任せの戦いは利口じゃねぇ。
「悪ぃな。俺の方が勝ってる」
「あぁ!?」
俺は慌てる事無く、突っ込んでくる男に向かって……。
「リーチがな!」
ドガッ!!
「ぐぁ!?」
「隙だらけなんだよ……おぅらよっとぉ!!」
「おわぁぁぁぁ!?」
二つの金棒を繋げて作られた俺の愛用武器……鉄砕棍の先端を男の腹に突き出す。そして男が怯んだ隙に棍を水平に振って男を海へと叩き落した。
「やれやれ、練習にもなんねぇなぁ」
棍棒の先端を木造の床に置いて呆れ気味に首を振ってやった。
なーんか最近、手応えの無ぇ雑魚しか会ってねぇなぁ。もう少し俺を楽しませてくれる猛者はいないのかよ。
「だぁ!畜生!テメェら、何やってんだ!この能無し共がよぉ!」
船の奥からやけに野太くてガラガラな声が聞こえて、反射的にその方向へ振向いてみる。大き目の帽子を被ったガラの悪い男がサーベルを持ったまま怒鳴り散らしていた。どうやらあの男が敵の親玉らしいが、見るからに悪そうな男だな。
うっし!敵の雑魚共も大体片付いたし、ここは仲間たちに任せても大丈夫だろう。
「奈々!敵の親玉を倒すんでしょ!?こっちは心配無いから、早く言って頂戴!」
すると、すぐ後ろで両手の二本の短剣を駆使して敵と戦ってるアオオニ……もとい、副船長の美知代が頼もしく言い放った。
俺が考えている事をすぐに見抜くとは……流石は俺の相棒!
「すまんな美知代!ここは頼んだぜ!」
お言葉に甘える事にした俺は、早速敵の親玉をぶっ飛ばす為に全力で突撃を始めた。
「おらおらおらぁ!どけどけどけぇ!」
「うわぁ!あれって敵の船長dぶへぇ!」
「ぶっ飛ばされたくなかったら道を譲りなぁ!」
蜘蛛の足を器用に動かし、全力で走りながらも周囲の雑魚敵共を棍棒で次々と叩き飛ばしていく。誰もが俺を食い止めようとしたが、その前に俺に突き飛ばされるのがオチだった。
「……よう、仕留めに来たぜ」
「なっ!?アイパッチを付けたウシオニってことは……長曾我部奈々!」
「ん?俺の名を知ってたか。嬉しいねぇ!だが、お前はここで海に沈んでもらおうか」
そしてようやく敵の親玉の前に着くと、親玉は俺を睨みつけながらサーベルを構えた。俺のチャームポイントでもあるアイパッチで気付いたらしいが、どうやら俺を知ってるらしい。
まさか俺も海賊としてそこそこ有名になったか?悪い気はしねぇな。
「……ま、まさか船長自ら首を捧げに来るとはなぁ!お陰で余計な手間が省けたぜ!褒めてやるよ!」
「おいおい、こんな圧倒的な差を見せられておいて、よくそんな口が叩けたもんだな?」
「ふん!戦闘も出来ないクズ共をぶっ飛ばしていい気になってんじゃねぇぞ!俺は周りの雑魚共とは違う!」
「……あ?」
自分の部下を雑魚呼ばわりした親玉に対して不快感が募った。
この野郎……仲間をなんだと思ってやがるんだ?自分を支えてくれる部下の有り難味をちっとも分かってないようだな。
「テメェらの相手なんてなぁ、俺様一人で十分なんだよ!全員残らずミンチにしてやる!」
下種な笑みを浮かべながら親玉がサーベルを構えて俺に突っ込んでくる。だが、どの様に足掻いたところで、俺を倒すなんて無理だな。
特にこいつみたいな下種野郎には尚更無理だな!
「死ね!」
親玉が俺の頭目掛けて垂直にサーベルを振る。だが俺は……。
カキィン!
「どわっ!?」
棍棒を勢い良く振り上げて、親玉のサーベルを弾き返してやった。弾かれたサーベルは男の手から離れて空中を舞い、仕舞いには船の床に突き刺さった。
軽く振ってやっただけなのに、こうもあっさり武器を弾かれるなんて……見掛け倒しって奴だな。わざわざこんな奴に余計な時間を掛ける必要も無い!
自分を支えてくれる仲間を雑魚呼ばわりする野郎は、海へ沈めてやるぜ!
「オメェなんか好みじゃねぇから、海の娘にくれてやるよ!」
「え、ちょ!や、止めろ!止め……ん、んむぅぅ!」
休む暇も与えずに蜘蛛の尾から糸を噴出し、親玉をグルグル巻きにしてやった。強靭な蜘蛛の糸から逃れる術も無く、親玉は全身を拘束されてお粗末なミイラ状態となる。
「それじゃ……あばよ!」
「ん、ん!んぅぅぅぅ!!」
そして俺は身動きが出来なくなった親玉を片手で持ち上げて、力いっぱい海へと放り投げてやった。
バッシャーン!!
「オメェを拾ってくれた子と仲良く暮らせよー!」
水飛沫を上げながら海へ沈んでいく親玉に一言だけ掛けておいた。
あの糸を解くには多少の時間が必要だが……まぁ、その辺に住んでる魔物に助けてもらえれば何とかなるか。
「奈々、こっちも終わったわよ」
「おう、美知代!悪ぃな!」
衣服の乱れを整えてると、背後から声が聞こえた。振り返ってみると、美知代が勝ち誇った笑みを浮かべながら歩み寄って来る。どうやら、あっちも問題無く片を付けたようだな。
「よっしゃあ!とっとと金品と食料を頂いてずらかるぞ!」
「おー!!」
歓喜に満ち溢れた仲間たちの雄たけびが大海原に響いた……。
〜〜〜数時間後〜〜〜
「たっははは!飲め飲めぇ!はしゃぎまくれぇ!」
「奈々……ちょっと飲みすぎじゃない?」
「あ?宴会で酒飲んで悪ぃのかよ?」
「いやそうじゃなくて……」
時計が夜中の七時を指し、俺たちは船のダイニングにて戦闘での勝利を祝う宴会を楽しんでいた。仲間たちは皆それぞれ美味い料理や酒を楽しみ、数時間前の戦闘を面白おかしく語っている。
「奈々……お願いだから酔い潰れて倒れないでね?その度に介抱する私の身も考えてよね?」
「大丈夫大丈夫!俺、全然酔わねぇから!酒で倒れる程、俺は華奢じゃねーよ!」
「……そう豪語しておいて結局倒れちゃうパターンが過去に何度あったことやら……」
俺の向かい側に座ってる美知代は俺が酔い潰れるのが不安で仕方ないようだ。まぁ、その度に介護係を任されちゃ堪ったもんじゃないからな。
「まぁまぁ美知代、お酒くらい好きなだけ飲ませてあげなよ。船長は今日も頑張ったんだからさ」
すると、美知代の隣に座ってる若い男が美知代を宥めてきた。
村上武吉……美知代の夫で、船の航海士を務めている、シー・デビル海賊団唯一の人間だ。礼儀正しくて気取らない性格で、他の仲間たちからの信頼も厚い。船の進路を決めてもらうのも、この男の仕事だ。
「もう、あなたったら奈々を甘やかして……」
しかし、美知代は酒が入ってるグラスを持ったまま不貞腐れてる。自分の夫が他の女を庇うのが気に食わないのだろう。
「そう言わずに、美知代ももっと飲みなよ。折角の宴会なんだからさ」
「あら、そんな事言っちゃう?だったら酔った勢いで犯しても文句言わないでね?」
「あはは……お手柔らかにね」
目の前に俺がいるってのに、美千代は武吉に抱きついて甘え始める。武吉の方も苦笑いを浮かべながら美知代の肩を抱いて素直に受け止めた。
……ったく、目の前でイチャつきやがって……羨ましいぜ。
「はぁ……俺も男が欲しいぜ……」
「あら、そんなに悩まなくてもすぐに出来るわよ。未婚の男なんて数え切れない程いるんだから」
「そうは言うがな……目の前で同年代の親友が男とイチャついてるのを見てると、内心穏やかじゃねぇんだよ」
「あはは……すみません、船長……」
「あー、気にすんな。別に咎めてる訳じゃねぇから。ゴクゴク……」
苦笑いを浮かべながら謝る武吉をあしらい、片手のボトルに直接口を付けて酒を胃袋へと流し込んだ。
気に障ってしまったと誤解されたようだが……別に俺は何とも思ってない。いや、むしろ親友が幸せでいる事は俺も喜ばしいと思ってる。現に武吉が美知代を支えてくれるお陰で、美知代も一段と船の為に頑張ってくれてるんだからな。
「……ぷはぁ!……ヒック!あ〜、ちょっと来たな……」
調子に乗りすぎたか……大量の酒を一気に飲んだ所為で酔いが回ってきたようだ。倒れる程ではないが、少しばかり頭がクラクラするし、身体が火照っているのが自分でも分かる。
「もう、大丈夫?少し休んだら?」
「そうだな……気晴らしに夜風にでも当たってくるわ……」
美知代に促されるがままに、俺は酔った身体を落ち着かせる為に外へ出る事にした。
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「うぃ〜、ヒック!あぁ……」
身体の中にアルコールを溜めながらも、船の甲板でぼんやりと月を眺める。夜の海から吹きぬける潮風は肌寒いものだが、茹だった俺の身体を冷やすにはちょうどいい温度だった。
だが……一人だけで外に居るのはどこか心細いものを感じる。少しの間だけでも、美知代に同行してもらった方が良かったかもしれねぇな。
「……男か……」
ふと、先程の美知代と武吉の仲睦まじい姿が思い浮かんだ。武吉と一緒にいる時の美知代は幸せそうに笑って……武吉の方も美知代と一緒にいる時は幸せそうな笑みを浮かべている。二人が結ばれてからそんなに日は経ってないが、誰が見ても羨ましがる程のオシドリ夫婦と言っても過言ではない。
「……俺は……どんな男を夫にするんだろうなぁ……」
姿も名前も分からない……俺の夫となる男について物思いに耽った。
どんな男と結ばれるんだろう?と言うか、男と結ばれるのは何時なんだろう?
最近、一人になるとそんな事ばかり考えてるような気がする。
まぁ俺自身、男に関する選り好みはそんなに激しい方じゃないと思ってる。
俺より年下でも、俺より背が低くても、俺より弱くても……俺を受け入れてくれる男なら喜んで夫に迎え入れる気でいる。大事なのは見た目じゃなくて、互いを想い合う心だからな。
俺も美知代みてぇに、温かい家庭を持ちたいな……。
つっても……肝心の相手がいなきゃ話にならねぇんだけどな。
「はぁ……どんぶらこっこ、どんぶらこっこ……って感じで、俺の夫になる男が流れてこねぇかな……」
微粒子レベルの期待を抱きながら視線を海へと移す。
……って、流石に有り得ねぇか。なんつー馬鹿な独り言を呟いてんだ、俺は……。
「……ん?」
海へと視線を移した途端に、何やら小船らしき物が浮かんでいるのが見えた。
なんでこんな所に小船が?何かの拍子で海に流されたのか?
そんな事を思ってると、小船が海流によって少しずつこっちの船に寄せられて来る。そのお陰で小船の中の様子が此処からでも見えるようになった。
「……!?」
小船の中の様子を見た瞬間……一気に酔いが醒めてしまった。
それもその筈、何故なら小船には……!
「まさか……人間の子供!?」
人間の男の子が横たわっていた!ボロボロの衣服を着ていて、目を閉じたまま自分の身体を両腕で抱きしめている。此処から見てもヤバい状態である事は理解出来た。
おいおい……まさか死んでるんじゃないだろうな?とにかく、早く引き上げないと!
「おぅら!」
俺は蜘蛛の糸を噴出し、小船の先端部分に巻きつけて糸を力いっぱい引き寄せた。海流によって抵抗が加えられてる所為で苦労はしたものの、なんとか男の子を乗せてる小船を近くまで引き寄せるのに成功した。
どうやら小船には男の子しか乗ってないらしく、他に荷物らしき物は見当たらない。何の準備もしないで海を出たのか?それとも、途中で海に落としたとか……いや、考えるのは後だ!
「そぉらよっと!」
俺は糸で男の子の身体を巻いて、ゆっくりと慎重に引き上げ始めた。少しでも衝撃を与えたら男の子の身体に支障を与えちまう。そう自分自身に心の中で言い聞かせながら力を調節してゆっくりと引き上げる。
「……よっし!」
そしてなんとか男の子を俺の船まで乗せる事が出来た。男の子を優しく仰向けに寝かせて、身体に巻かれてる糸を解く。
「おい!大丈夫か!?聞こえたら返事をしろ!」
男の子の頬を軽く叩いて呼びかけるが、返事をしてくれる気配が無い。焦る気持ちを抑えながら男の子の胸にそっと耳を当ててみると、微かではあるが僅かに呼吸の音が聞こえた。
よかった……どうやら生きてるようだ。だが、何時までもこんな所で寝かせる訳にはいかない。
「うぉーい!大変だー!!」
俺は男の子を抱きかかえて船の中へ進んで行った……。
〜〜〜翌日の午前十一時三十分〜〜〜
「よう、起きたか?」
「奈々……それがまだ……」
「そうか……」
昨日、美知代たちによって男の子は介抱されたものの、結局目を覚ます事はなかった。
そして今現在、男の子がいる空き部屋へと足を運んだものの、男の子は未だにベッドの上で気を失ってる状態だった。美知代と武吉が数時間毎に交替して看病しているものの、特に変わった事は無いようだ。
「それにしても驚いたわ。何処からともなく人間の子を抱えて来るんだもの。何事かと思ったわ」
「俺だってそうだ。何気なく海を見てたら小船に乗った男の子が現れて……驚かない訳がない」
「そりゃそうね……」
美知代の隣まで歩み寄り、男の子の顔を近くで見てみる。相変わらず目を閉じたままピクリとも動かないでいた。
見たところ背も低いし顔もあどけない。俺より五つか六つ位年下といったところか。こんなに小さい子が一人で海に出るなんて、無謀も良いところだ。
「しかし、なんで海を彷徨ってたんだ?まだこんなに小さい子がたった一人で……こいつの親はどうしてるんだ……?」
「奈々……それなんだけどね……」
「ん?」
俺の言葉を聞いた奈々は急に表情を曇らせた。そして男の子を覆ってる毛布を捲り、ゆっくりと男の子が着ている服を捲り上げた。
「……なっ!?」
男の子の裸の上半身を見た瞬間、あまりの酷さに思わず絶句してしまった。
「なんだよこれ……痣だらけじゃねぇか!」
男の子の身体には……至るところに痣が浮かんでいた。大きめのものから小さめのものまで不規則に浮かんでおり、見ているだけで痛々しく思うほどだ。
昨日はこの子を介抱する事で頭がいっぱいで気付かなかったが……こんなに酷い状態だったなんて思わなかった。だが、この多数の痣……どう見ても事故で出来たものとは思えない。
「見て分かるだろうけど、どれも転んだりして出来た痣じゃないわ。全部人為的なものよ」
「人為的って……誰かにやられたのか?」
「そう考えた方が妥当ね。でなければこんなに酷い状態にならない。一応薬を塗っておいたから、時間が経てば痣は消えるけど……」
つまり……この子は誰かから虐待を受けてたってことになる。こんなに小さい子が、なんでこんな目に……!?
だが……本当にこいつの親は一体何をやってるんだ?自分の子が虐げられてるってのに……。
……待てよ?まさか……こいつの親が……!?
「……う……うん……」
「あ……」
頭の中に悪い光景が浮かんだ瞬間、何処からともなく呻き声が聞こえた。それを発したのは、俺でもなければ美知代でもない。と言う事は……!
「お!起きたか!」
そう……昨日から気絶していた男の子が目を覚ましたようだ。閉じられてた瞼が徐々に開かれ、黒色の瞳を覗かせる。
「…………」
男の子がゆっくりと顔をこちらに向かせると、俺との視線が重なった。
……こうして見ると結構可愛いじゃねぇか……って、そんな事思ってる場合じゃねぇか。
「いや〜、昨日はどうなるかと思ったんだが、目を覚ましてくれて本当に……ん?」
「…………」
「おい、どうした?」
なんだか男の子の様子がおかしい。俺の姿を見るなり徐々に顔を真っ青に染めて…………。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「!?」
急に叫び声を上げたかと思うと、恐怖で身体を震わせてベッドの上で座ったまま後退りした。
「お、おい!なんだよ突然!」
「ま、ままま魔物!魔物だぁ!」
「いや、そりゃ確かに俺は魔物だが……」
「誰か!誰か助けてぇ!!」
「ちょ、落ち着けよ!何もしねぇから!」
「ひ、ひぃぃ!来ないでぇ!」
俺が男の子の肩に触れようと手を伸ばすと、男の子はそれを拒否するかのように毛布で自分の身体を包み込んだ。
おいおい、目覚めておいてこの反応は無いだろ……人が心配してたってのに……。
「この反応……もしかして、反魔物領から来たのかもしれないわ」
「あ?なんで分かるんだ?」
「反魔物領は教団によって、魔物は人間の血肉を貪る悪だと教え込まれてるでしょ?この子も教団から魔物は悪だと聞かされたのだと思うわ」
「ああ、そういうことか……」
要するに、この子も魔物は人間を食う悪の存在だと吹き込まれてるって訳か。
全く、教団の奴らもいい加減にして欲しいぜ。どこまで俺らを悪者扱いすりゃ気が済むんだか……。
しかし参ったな……こんなに怖がられたら、俺らだってどうしたら良いものか……。
ガチャッ!
「どうしたんだい!?急に悲鳴が聞こえたんだけど……!?」
すると、ドアが勢い良く開かれて武吉が部屋に入ってきた。おそらく男の子の悲鳴を聞いて慌てて駆けつけたんだろう。
「あなた……それがね、昨日の子が目を覚ましたんだけど……」
「……ああ、成程ね……」
状況を察したのか、武吉は毛布で身を隠してる男の子にゆっくりと歩み寄り、ベッドに腰掛けてから優しく声を掛けた。
「大丈夫だよ。この船にいる魔物たちはみんな酷い真似はしないよ」
「……誰……ですか……?」
「君と同じ人間だよ」
「人間……?」
「そう、人間さ。とりあえず、僕に顔を見せてくれないかな?」
武吉にそう言われた男の子は、怖ず怖ずと毛布から顔を出して武吉へと振向いた。傍に自分と同じ人間が居ると分かって安心したのか、身体の震えは収まってるものの目には涙を浮かべている。
「えっと……とりあえず、君の名前を教えてくれないかな?」
「僕は……ルトです……」
「そうか、ルト君だね。僕は武吉。ジパング出身の人間なんだ。よろしくね」
「は、はい……」
武吉に温かい表情で接してもらえて警戒心を解いたのか、男の子……いや、ルトは少しばかり戸惑いながらも普通に話すようになった。
今なら俺から話しかけても大丈夫そうだな……。
「おう、んでもって俺が……」
「ひぃ!」
「……あのなぁ、そんなに怖がらなくてもいいだろ?頭から食ったりしねぇからよ」
「あ、いえ、あの、その……」
俺が一言掛けた瞬間、ルトは怯えた表情で飛び退いてしまった。
誤解してるってのは分かるんだが……こうも露骨に怖がられるのはあまり良い気分じゃないな……。
「大丈夫だよルト君。魔物は人間を殺したりしないさ」
「え?で、でも、教団の人たちは……」
「人間を殺すって聞かされたのかい?だとしたら、それは真っ赤な嘘だよ。今の魔物は余程の事が無い限り、人間を殺したりしないんだから。むしろ今の魔物たちは、僕たち人間を愛してくれているんだよ」
「え……?」
「アハハ、ごめんね。いきなりこんな事言われても困るよね。まぁとにかく、この船の魔物たちはみんな優しいから、怖がらなくてもいいんだよ」
「は、はい……」
生返事はしたものの、それでも怯えた表情を浮かべているルト。そう簡単には魔物に対する誤った認識を振り払えそうもないようだ。
「自己紹介に戻るぞ。俺は奈々、長曾我部奈々だ。この船の船長で、ウシオニって言う魔物だ」
「それで、私は美知代。見ての通りアオオニで、そこの武吉の女房よ」
「あ、はい、初めまして……」
俺と美知代が自己紹介すると、ルトは怖ず怖ずと……尚且つペコリと頭を下げた。
ほう……今時の少年にしては中々礼儀正しいじゃねぇか。それに……結構可愛いなぁ……♪
グゥゥゥゥゥゥ……
「あ…………」
突然、空腹を知らせる腹の音が部屋に響いた。そして音を出したルトは恥ずかしそうに両手で腹を抑えている。
「うぅ……」
「アハハ、お腹が減ったんだね」
「そう言えばそろそろお昼ご飯の時間ね。一旦腹ごしらえにしましょうか」
「そうだな。ルト、お前も一緒に食べようぜ」
「え?い、いいんですか?」
「当たり前だろ?遠慮なんかするなよ」
と言う訳で、まずはルトと一緒に昼飯を食う事にした。本音を言えばもう少しルトについて……主になんで一人で海を彷徨ってたのか聞きたいところだが、飯を食った後で聞いても遅くはないだろう。
それにルトも空腹で参ってるみたいだから、先に腹いっぱい食わせてやりたいしな。
「あ、そう言えば身体の方は大丈夫か?歩くのが辛いんなら手ぇ貸そうか?」
「はい、大丈夫です……」
と、ルトがベッドから降りようと立ち上がろうとしたら…………。
「あ!」
分厚い毛布に足が引っかかってしまい、前方に倒れてしまいそうになった。しかし、俺はその一瞬を見逃さず……。
「おっと!」
床に落ちそうになったルトの身体を真正面から受け止めた。幸いにも床への直撃は避けれて、ルトの顔が俺の胸に埋められる。
「ん、んむぅ!?」
「おいおい、落ち着けよ……」
何が起きてるのか分かってないのか、ルトは俺の胸に顔を埋めたままパニック状態となり、仕舞いには衣服の上から俺の胸を鷲づかみしてきた。
……不思議なもんだな。なんだかこうしてるのは悪い気分じゃない。寧ろこのままギュッて力強く抱きしめてやりたいくらいだ。
「大丈夫か?」
「……あ……」
ようやく落ち着いたのか、ルトは俺の胸から顔を離して徐に俺の顔を見上げた。そして俺の胸を触ってる自分の手を見た途端、熟れたリンゴの様に顔が真っ赤に染められていく。
「ごごごごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「ちょ、そんなに勢い良く謝らなくても……」
ルトは俺の胸から手を離し、ベッドの上で米搗きバッタの如く土下座を繰り返す。故意が無かったとは言え、こう何度も必死に謝られると……こっちが申し訳なく思っちまう。
それにしても、この反応を見る限り……どうやらエッチな事に関しては初心のようだな。
「本当にごめんなさい……!」
「わざとじゃねぇんだから仕方ないって。それにお前の手、中々気持ちよかったぜ♪折角だからもう一回揉んでもらおうかな?」
「うぅ……」
悪戯心を擽られてしまい、わざと胸をルトの顔に近づけると、ルトは顔を真っ赤に染めたまま恥ずかしそうに視線を逸らした。
……やっべぇ!凄く可愛い♪胸が有り得ないくらいにときめくぜ……!
「……奈々、からかうのも大概にしなさい」
「わりぃ、ルトがあまりにも可愛いからさ」
「!?……うぅ……」
一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに恥ずかしそうな表情に戻ってまた視線を逸らした。
この愛くるしい姿を見た瞬間、すぐにでも抱きついてやりたかったが……これ以上やらかすと美知代に怒られるのでやめておこう。
「アハハ……それじゃルト君、僕がダイニングまで案内するよ。一緒に行こう」
「あ、はい」
ルトは慎重にベッドから降りて、武吉と共にダイニングへと進んで行った。
此処は魔物だらけの船だから馴染むのに時間は掛かりそうだが、あの様子なら少なくとも武吉にはすぐに懐いてくれそうだな。一人だけでも同族が居るのが唯一の救いだったようだ。
「……奈々」
「ん?」
俺も二人の後を追う様に部屋を出ようとした瞬間、後ろから美知代が真剣な表情で話しかけてきた。
「分かってるかもしれないけど……ルト君に接する時は慎重にね?」
「……ああ、分かってる」
美知代はルトの身体の痣について触れてるのだろう。あれ程までに痛みつけられてるのだから、心の傷もかなり大きい筈だ。恐らく、これ以上ルトの心を傷つけては駄目だと……そういう事を言いたいんだろう。
俺だって流石にそれくらい分かってる。間違ってもルトを悲しませるような真似だけは絶対に犯さない。絶対に……!
「ま、とにかく今は飯を食いに行こうぜ。ルトについてはその後で色々と決めよう」
「そうね」
そして俺と美知代は、昼飯を食う為に部屋を出て行った。
13/02/02 20:46更新 / シャークドン
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