連載小説
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第四章
俺と対峙しているバランドラは、かつて俺の叔父さんに追い出された教団の人間である事が分かった。自身の話を語り終えたところで、バランドラは俺を見据えながら言った。

「襲ってきた海賊の船長が貴公だと分かった時、ワタクシの心は躍りました。今ここで、ワタクシを地獄の底へ陥れた男の親族を殺す事ができると」

バランドラはゆっくりと俯いた。

「貴公が持っている長剣とショットガン……見覚えがありますよ。あの男から譲り受けた物でしょう?」

バランドラは黒斑眼鏡を外して話し続けた。その声が怒りによって徐々に震えて荒々しく聞こえてくる。

「ワタクシはねぇ、今でもあの男を憎んでいますよ。この憎しみは決して消えません。憎んでも憎み切れない……」

眼鏡を握っている手が震えている。その震えが激しくなると同時に、パキッと何かが壊れるような音が響いた。その時俺は、見えもしないバランドラの邪悪なオーラを感じた。

「本当なら、あの男を殺すその日まで、この憎しみは抑えているつもりでした……ですが……今ワタクシの目の前に、遠回しとは言え、あの男の血族がいる……」

バランドラの震えは手だけではなく、体中にまで渡っていくのが見えた。更に手の圧力により眼鏡が音を立てて割れていく。

「ここで貴公を殺さずにして、何時殺すと言うのですか……?あの男の血族を殺すためなのであれば……」

バキッという音が響き、バランドラに握られていた眼鏡が完全に壊れた。それと同時に、邪悪なオーラが一気に増したように感じた。

「一度くらい…………この憎しみを解き放っても……いいですか?いいですよねぇ?いいでしょ?いいね?いいよな?いいだろ?いぃだろぉぉぉぉ!?」

な、なんだ!?急に口調が荒く……!
俺が驚いていると、バランドラは壊れた眼鏡を叩き落とし……。

「俺様に殺されろ!このクソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「!!」

突如、バランドラが豹変した。ガバッと上げられた顔は真っ赤に染まり、血管が浮かび上がっている。糸のように細かった眼はカッと見開き、充血により赤く血走った二つの目玉が俺を睨みつけている。さっきまで礼儀正しい態度を取っていた男と同一人物とはとても思えない。バランドラは鼻息荒く、ギラギラと殺意を放ちながら怒鳴り散らした。

「テメェのツラを見てるとなぁ、あの憎き国王の顔が思い出しちまうんだよぉ!俺様はなぁ、教団を追い出されたあの日からあいつへの復讐を決めたんだよ!あぁん!?」

バランドラは尚も話し続けた。

「まずは手始めにテメェを殺す!んでもって次はあの憎き国王をぶっ殺す!そんでもって俺様を追い出した教団の奴らもぶっ殺す!最後にこんな世界を創った神をぶっ殺す!」

こいつは俺の叔父さんを殺す気だ……!だが、そんな事はさせない!絶対に!
素早い動作で大鎌を構えたバランドラに対し、俺は応戦するためにショットガンを抜き、戦闘態勢に入ったところで言葉に力を込めて言った。

「どうやらこの勝負……負ける訳にはいかないようだな……!」
「驕り高ぶってんじゃねぇ……さっさと死ねよ、オラァ!」

俺とバランドラは同時に駆け寄り距離を詰めると、互いに武器をぶつけ押し合いの状態に入った。

「キッド!」

後ろからサフィアの声が聞こえた。だが、その声が震えているのを感じた俺は振り返らずにサフィアに言った。

「心配するな!俺はすぐに戻ってくる!だから、俺を信じろ!」

俺は一瞬力を抜いて一歩下がると、長剣の連撃を繰り出した。対するバランドラも大鎌で俺の攻撃を受け流しながら大鎌を振る。その攻撃に対し、俺は長剣で受け流しながらバランドラに連撃を繰り出す。この激しい攻防が繰り返され、辺りに金属同士がぶつかり合う乾いた音が響いた。

「ギャハハハハ!テメェ死ね!あいつ死ね!教団死ね!人間死ね!魔物死ね!神死ね!てゆーか生きてるやつみんな死ねぇ!!グへへヘヘ!ワーイワーイ!ギャハハハハハハ!!」
「くっ!この野郎……!」

発狂してやがる……こいつ、とんでもない異常性格だ。
戦いの最中であるにも関わらず、不覚にもそんな事を思ってしまった。俺は一旦後方へ大きく跳びバランドラから遠ざかると、すかさずショットガンを連発。バランドラは咄嗟に大鎌の刃の部分を盾代わりに利用することで俺の攻撃を防いだ。やがてショットガンの弾丸が切れたが、バランドラはその隙を見逃さなかった。

「ハッ!銃ってのは不便だよなぁ!撃てる弾に限度があるんだからよぉ!それに比べて、俺様は撃ち放題だぜぇ!」

バランドラは大鎌を水平に振る構えに入り、その場で大鎌を振った。刃から放たれた三日月型の覇気が襲ってくる。
あの技か……!喰らって堪るかよ!
俺は左側に飛び込み三日月型の覇気を避けた。避けられた覇気は船の柵に直撃し、爆音と共に消えた。

「ギャハハハハ!そこを動くなぁぁぁぁ!!」

声に反応した時、既にバランドラは俺の目前にまで迫ってきていた。咄嗟に攻撃を防ぐ為に長剣を構えようとしたが、遅かった。バランドラは俺の胸の部分を前方に蹴り飛ばした。

「うぐっ!」

不覚にも痛みに悶えながら仰向けの状態で倒れてしまった。その時、俺の目には勝ち誇った笑みを浮かべながら大鎌を振り下ろそうとするバランドラの姿が見えた。

「あ〜ばよ♪」

不気味に光る刃が振り下ろされる。

やばい!やられる!

そう思った刹那、

「キッドォォォォォォ!!」

俺の耳にサフィアの悲鳴が響いた。
その瞬間、俺は不思議な感覚に包まれた。目の前に振り下ろされる大鎌がひどくゆっくりと動いているように見えた。いや、大鎌だけじゃない。今流れている時間そのものが遅く、ゆっくりと感じる。このひどく遅い時間の流れの中で、俺は判断した。

今、この刃をかわすための時間は無い。だとしたら、この刃を受け止めるしかない!

俺は決死の覚悟を持って、ある手段に出た。仰向けのまま腰を上げ、足を開いた状態になった。そして足に力を込めて刃を足の裏で挟み、迫る刃を静止させた。

「!?」

バランドラはひどく驚いた表情を浮かべた。その瞬間、俺は力いっぱい長剣を下から振り上げ、静止した大鎌を跳ね上げさせた。その隙に左側へ転がり瞬時に立ちあがり、後方へ下がって距離を置いた。
すると、俺を包んでいた不思議な感覚が消え、遅い時間がいつものように正常に流れた。

「ふぅ……危なかった……にしても……今のは一体……?」

今のは何だったのか、自分でも分からなかった。今まで数えきれない程の敵と戦ってきたが、こんな経験は初めてだ。
そう言えば、さっき首に掛けているペンダントの青い貝殻の部分が光っていたような……?

「あのなぁ……テメェ、空気読めや……!今のは死ぬべき場面だったろうがよぉ……!大体、男の股なんか見せられて誰得かっつう話だろーがよぉ!」

バランドラは気に食わないと言いたげな表情で俺を睨んでいた。
そうだ、そんな事を考えている場合じゃない。今はこいつを倒さないと……!

「やっかいだな……その鎌……」

ショットガンに新しい弾丸を装填しながら呟いた。それを聞いたバランドラは満足そうな笑みを浮かべた。

「ほぉ〜う、意外とお目が高いなぁ……こいつはなぁ、あの武器作りで有名なサイクロプロスが一から作り上げた世界に一つしかない大鎌だ。この大鎌の名は『死神の手』!俺様を陥れた糞野郎共に復讐するにはうってつけの凶器だ!」

バランドラは自慢げに大鎌について説明した。
成程……確かに良い武器だ……ん?いや、待てよ……?

「お前、元とは言え教団にいたんだろ?何で魔物が作った武器なんか持ってるんだ?」

俺は頭に浮かんだ疑問を訊ねた。
昔の話とは言え、バランドラは教団の人間だった。それは確かだ。魔物を敵対視している教団が魔物によって作られた物を所有するなんてお門違いだ。
俺の質問にバランドラは不敵な笑みを浮かべて答えた。

「俺様が教団にいた頃はなぁ、この死神の手はまだ持っていなかった。あの頃はまだ神々を崇拝していたからなぁ!だが、俺様が復讐を誓った時、より良い武器で奴らを殺したいと思った!そこで俺様はサイクロプロスの下を訪ね、切れ味が良く、なおかつ頑丈な大鎌を作るよう依頼した」

ここまで話すと、バランドラは不敵な笑みから怒りの表情へと変えて語った。

「だがなぁ、あろうことかサイクロプロスは……いや、一つ目の怪物は俺様の依頼を断りやがった!どこで聞いたかは知らねぇが、俺様が教団にいた頃の噂を知ってて、『残念ながら、あなたの依頼だけは受ける事ができません』なんてほざきやがった!そこで俺様は、確実に大鎌を手に入れる事ができる手段を実行した。さて、どうしたと思う?あぁん!?」

急な問題を出してきたのにも関わらず、間髪入れずにバランドラはまたしても不敵な笑みを浮かべて言った。

「脅したんだ、人質を取ってなぁ!」
「な……なんだと!?」

脅した……!?なんて卑怯な!
バランドラの口から出た信じられない言葉に怒りを覚えながらも、俺は黙ってバランドラの話を聞いた。

「幸いになぁ、あの一つ目の怪物には既に夫がいた!俺様はその夫を人質に取って再び大鎌を作るよう依頼した!その時は流石に観念したのか、一つ目の怪物はやっと大鎌を作った!それが、この死神の手だ!」

バランドラは勝ち誇った笑みを浮かべながら、大鎌もとい死神の手を高々と掲げた。

「あん時は爽快だったぜぇ!目の前で人質をフルボッコしてやった時の怪物の悲愴な表情ときたら……今思い出すだけで笑いが止まんねぇなぁ!ギャーッハハハハハハハハ!!」
「何楽しそうに笑ってやがる……!このクソ野郎が!!」

俺は怒りを抑えきれずに腹の底から努号を上げた。そんな俺に構う素振りもせずに、バランドラは俺を見据えながら言った。

「大体なぁ……魔物や人間に限らず、最愛の人とか、守りたい人とか、そんなゴミみてぇな物を持ってるから痛ぇ目に遭うんだろうがよぉ!」
「!!」

こいつ……何言ってる……!?最愛の人……守りたい人が……ゴミ……!?

「そんなものを持ってるとなぁ、自分の事を考えずにそいつの事を最優先に考えちまう!その結果、自分自身を苦しめちまう!ホント、馬鹿だよなぁ!自分にとって大事なものっつったら、自分自身に決まってるだろうがよぉ!」

……こいつは……悲しいな……見ていられない程に……

「あの日、神に捨てられた時に俺様は気付いた!神も結局は自分自身が大事で、自分を崇拝していた人間さえも平気で捨てる!神だってなぁ、自分以外の生きてる奴なんてどうでもいいんだ!」

バランドラは鎌を構えて再び話し始めた。

「俺様は必ず、あの男を……ルイス・スロップを殺す!その次に、こんな世界を創りやがった神も八つ裂きにしてやる!神に対抗できる為に、俺様もまた、俺様の事だけを考える!それ以外の事なんか、どうでもいい!全部死んじまえば良い!いや、むしろ今すぐ死ね!最初にテメェが死ね!死ねぇぇぇぇぇ!!」

バランドラは俺に向かって突進してきた。

こいつは救えない……救う価値もない……武器を振るう価値さえも無い……だが、俺は負ける訳にはいかない!叔父さんの為にも……ヘルムと見守ってくれている仲間たちの為にも……サフィアの帰りを待っているピュラの為にも……そして……サフィアの為にも……負けられない……絶対に…………勝つ!!

その瞬間、俺はまた不思議な感覚に包まれた。さっき、刃が刺さりそうになった時と同じ感覚だ。迫ってくるバランドラがひどくゆっくりと走ってくる……いや、歩いてくるように感じる。
待てよ……そうだ!俺のペンダントは……!?
俺は首に掛けているペンダントを見る。やっぱり、あれは気のせいじゃなかった。俺のペンダントの、それも青い貝殻の部分が神々しく光っていた。

もしかして……このペンダントが……俺を守ってくれているのか……?

俺は目前に迫ってきているバランドラに視線を移した。ほんの一瞬とは言え余所見をしていたにも関わらず、バランドラはまだ手が届く位置にまで迫っていなかった。

サフィア……俺を守ってくれて……ありがとよ!

心からサフィアに感謝し、俺は一気にバランドラとの距離を詰めた。バランドラの左側へすれ違うように走り抜けると同時に、俺は長剣でバランドラの脇腹を斬り付けた。

「ぐぅ!」

バランドラの悲痛の叫びが聞こえた。俺が振り向くと同時に、不思議な感覚は徐々に消え、いつもの感覚に戻った。

「うぅ……ぐっ!テメェ……!今、何しやがった……!?」

バランドラは脇腹を抑えながら俺に向き直り睨んできた。
こいつには、一度でも俺の考えを聞いてもらおうか……。

「……お前……何で自分が今、こうして生きている事ができるか考えた事はあるか?」
「あぁん!?何言ってんだ、テメェ!?」

俺が突然話を切り出した事が気に入らないのか、バランドラは不愉快そうな表情を浮かべた。俺はそれに構わずに話し続けた。

「お前の生い立ちなんて全く知らないが……これだけは分かる。お前は、二人の男と女によってこの世に生まれて、大人になるまで様々な教育を受けて、生きる為に色んな食べ物を食って……お前は普通に生きてきたんだな」
「……それが何だ?」
「だがな、そんな普通の生き方ができたのはお前一人の力じゃない。お前の周りにいる人たちが力を貸してくれたから、こうして生きる事ができたんだ」
「だから何だってんだ!いきなり説教してんじゃねぇよ!」

苛立ちが募ったのか、バランドラは声を荒げた。だが、まだ話は終わってない。もう少しだけ聞いてもらおう。

「俺だってそうだ。今こうして海賊の船長として生きていられるのも、沢山の人たちのお陰だ。お前が憎んでいる俺の叔父さんは、幼い頃に両親を亡くした俺を育ててくれた。ヘルムは、俺が海賊になって間もない時から俺の相棒として共に旅をしてくれた。今ここにいる俺の仲間たちは、俺の為にここまでついてきてくれた。そして……」

俺は一旦長剣を鞘に収め、ペンダントの青い貝殻を握って言った。

「サフィアは……俺にこのペンダントをくれた。このペンダントが俺を……いや、サフィアが俺を守ってくれたんだ」
「……つまんねぇ戯言だ」
「あぁ、そうだ……戯言だ。戯言だって言うんなら、それでいい。だが、これだけは言わせてもらう。俺が今この場にいるのも、全部俺に力を貸してくれた人たちのお陰だ。俺一人じゃとても無理だった。分かるか?要するに、人は誰でも産まれた時から最期の日が来るまで自分だけの力で生きる事ができないって事だ」

俺は収めていた長剣を抜き取り、切っ先をバランドラに向けて言った。

「だが、お前はどうだ!?俺の叔父さんだけじゃなく、自分以外の人間も、魔物も、神も、みんな死ねば良い!?自分が何を言ってるのか分かってるのか!?」
「…………言葉通りだ!みんな死ねば良い!この世界ごと消えちまえば良いんだ!」

バランドラは努号を上げたが、俺は長剣の切っ先を向けたまま話し続けた。

「お前の言っている事が間違っているとは言わない。確かに自分自身も大事だ。だが、人間や魔物に限らず、その自分自身の為には、自分以外の人が必要なんだ!それがどうでもいいなんて、強みでも何でもない!ただの独り善がりだ!」
「……うるせぇ…………!」
「人は自ら孤独を望むような真似さえしなければ、自分にとって必要な人が自然と周りに集まってくれる!だが、お前は自ら孤独の道を選んだ!それも復讐だなんて空しい理由だけの為に!」
「うるせぇ!」
「自ら孤独を抜け出したいと思わない限り、孤独は一生続く!自ら望んだ孤独なんて、自分自身を苦しめる猛毒でしかならない!分かるか!?自分以外の人たちがみんな死ねば良いなんて思っている限り、お前は強くなれない!いや、現時点で、お前は強くなんかない!」
「うるせぇ!!」
「それでも復讐なんてする気なら、俺がここでお前の魂を地獄へ送ってやる!そこで自分が犯した過ちを後悔しやがれ!」

俺の考えは全部言い切った。後悔なんてしない。バランドラのような奴にこそ聞いて欲しいと思っているから……。

すると、バランドラは怒りで身体を震わせ、俺を睨みつけて言った……。

「殺してやる……殺してやる……!俺様を……馬鹿にしやがって……!テメェは……俺様が……俺様が殺してやるぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」

バランドラは怒りの叫びを上げながら襲ってきた。俺はバランドラの攻撃を長剣で受け止める。

「俺様は間違ってねぇ!間違ってねぇ!!復讐の何が悪い!?死ねば良いと思って何が悪いってんだ!?あぁぁぁあん!?」

押し合いの状態のままバランドラは怒鳴りつけてきた。

「テメェだけは許さねぇ!バラバラに斬り刻んで海に投げ捨ててやる!死ねぇぇぇぇぇぇ!!」

バランドラは一歩後退すると、俺の首目がけて横一文字に大鎌を振る体勢に入った。
その瞬間、俺は例の不思議な感覚に包まれた。首に掛けているペンダントの青い貝殻が光っている。

この攻撃は……しゃがんで回避できる!

そう判断した俺はその場でしゃがみ、バランドラの攻撃をかわした。攻撃をかわされて大きな隙が生じた瞬間を俺は見逃さなかった。俺はしゃがんだ状態のまま左手のショットガンでバランドラの足を撃った。

「ぐぁあ!」

怯んだ隙に俺はその場で立ち上がり、×を書くようにバランドラの身体を長剣で斬り、×の中心部分をショットガンで撃ちぬいた。

「ぐわああああ!!」

俺はすかさず跳び上がり、痛みで仰け反るバランドラの顔に回し蹴りをお見舞いした。バランドラの身体は左方向に飛ばされ転がり込んだ。

「ゲホッ!ゲホッ!……っく!テメェ……!空気読めって何度言ったら分かるんだ……!?理由も無くいきなりパワーアップなんてご都合主義な展開、誰も望んでねぇだろーがよぉ!?あぁん!?」

バランドラは大鎌を杖の代わりにして立ち上がりながら言った。
完璧にとは言えないが、ペンダントの力は大体理解した。
このペンダントは時間を遅くしているんじゃない……俺自身の動きを速くしているんだ!しかも、わずかながら筋力まで上がっているから通常以上の力を出す事ができるんだ!

「テメェは大人しく俺様に斬り殺されればいいんだよぉ!俺様はなぁ、テメェみてぇにドヤ顔で綺麗事をふりかざす偽善者が大嫌いなんだよぉ!」

バランドラは血塗れの身体で再び襲ってきた。今度は俺の足を狙って大鎌を振る体勢に入るのが見えた。

この場で跳べばかわせる!

咄嗟の判断により、俺は高く跳び大鎌の攻撃を避け反撃しようとしたが……。

……!……いや、まだだ!今度は斜め方向にくる!

大鎌が斜めから往復して迫ってくると判断した俺はすぐに後退して大鎌を回避。すぐにショットガンでバランドラを撃った。

「うぐっ!」

刃で防ごうとしたのか、腕を前に移動させた事によってショットガンの弾丸はバランドラの腕に命中した。

「く……くそう……こんちきしょう!」

バランドラは後退りをしながら悔しそうに俺を睨みつけていた。

「どうした?まだ終わってないぞ。それとも、降参するか?俺は構わないが?」
「ほざけぇ!クソガキがぁ!言われなくても、こいつを喰らわせれば、何もかも終わりだぁぁぁぁぁぁ!」

俺の言葉に激怒したバランドラは大鎌を水平に振る構えに入った。
あの三日月型の覇気か!
そう思ったが、刃に宿る覇気が明らかに違った。さっきと比べたらかなり膨張している。力を出し切って一撃で俺を仕留めるつもりか!

「ギャハハハハ!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやるぞぉぉぉぉぉぉ!!」

完全に発狂したか……!
不覚にもバランドラから向けられる殺意にたじろいでしまった。
すると、

「キッド!お願いだから、速く逃げて!速く!!」


声が聞こえる方向に視線を移す。そこには、身を乗り出して俺に叫んでいるサフィアがいた。

「サフィアさん!危ないから下がって!」
「そんなに身を乗り出したら、また攫われちまうよ!」
「でも、キッドが!このままじゃ、キッドが!」

ヘルムとアカオニの制止を振り切り、必死に叫ぶサフィア。
そうだ……俺はやっとサフィアに会えたんだ……!サフィアには……色々と言いたい事があるんだ……その為には……。

「落ち着け、サフィア!」

俺は大声でサフィアに言った。突然の事にサフィアは目を丸くしてその場で止まった。

「言っただろ!?俺は戻ってくる!必ず生きて帰ってくる!だから……!」

俺は親指をグッと立て……。

「俺を信じろ!」

余裕の笑顔を浮かべて言った。そんな俺に、サフィアは無言で頷いてくれた。そして視線を戻すと、バランドラは不愉快そうな表情を浮かべていた。

「だからぁ!空気を読めってんだよぉ!これから死ぬって時になぁ、遠距離でイチャついてんじゃねぇよぉ!」

バランドラの大鎌に宿っている覇気は、もはや刃の十倍もの大きさにまで膨張していた。あれをまともに喰らえば、確実にお陀仏だ。

「遊びは終わりだぁ!この俺様を侮辱した罪を懺悔しやがれぇ!」

バランドラは大鎌を水平に振ろうとする。
そして……。

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

ついにバランドラは大鎌を振った。十倍の大きさとなった三日月型の覇気が俺に向かって直進してくる。
この時、俺の頭には一つの危険な手段が浮かんでいた。今の俺にはあれだけの大きさの覇気を避ける為の余裕が無い。その状況で俺が覇気を受けずに済む手段はただ一つ。
あの覇気を跳ね返す!
だが、俺にそんな力があるとは思えない。ましてや、今まで覇気を跳ね返すなんて経験は一度もない。それでも俺にはそれしか手段が無い。どんなに無謀でも、やるしかない!
その時、首のペンダントの光が一気に輝きを増した。やがてペンダントから沢山の光の粒子が放出され、俺の長剣に移ってきた。
なんだ……?これは一体……?
すると、光の粒子が宿った長剣が光輝きだした。不思議な事に、長剣を持っていると力が漲ってくるように感じた。
これは……もしかしたら、いけるかもしれない!
俺はショットガンを鞘に収め、両手で長剣を持つ体勢に入った。

サフィア……俺に力を貸してくれ!

覇気が目前にまで迫ってくる。俺は長剣を振るうタイミングを見計らい、そして…………!

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

渾身の力を込め、俺は覇気に向かって長剣を振った。そして長剣と覇気がぶつかり合った瞬間、俺の腕から肩にかけて激しい痛みが走った。だが、一瞬でも気を抜けばそこで終わりだ。俺は覇気を跳ね返す事に全身全霊をささげる。懸命に、力を振り絞り、そして……覇気の勢いが一瞬だけ衰えた!

「ぅおんらぁぁぁぁぁぁ!!」

その瞬間に、俺は力を振り絞り長剣を振り切った。なんとか覇気を跳ね返す事に成功した。だが、跳ね返された覇気は別の方向に向かって飛ばされた。その先には……。

「やばい!倒れるぞ!」

バランドラの部下の悲鳴は、凄まじい爆音によりかき消された。覇気が跳ねかえった方向には、敵の船のメインマストが立っていた。巨大な覇気は爆音と共に消え、覇気が直撃したメインマストはバキバキと音を立てながら、とある方向に向かって倒れていく。

「ま、待て待て!止めろ!来るな!倒れるならあっちへ行け!来るな!倒れるなぁ!」

力を使い過ぎたせいで、その場で動けずに横たわっていたバランドラがもがいている。

……ハッ!まさか!

「ああああああああああああああ!!!」

気付いた時には遅かった。断末魔の様な叫びを上げながら、バランドラはメインマストの下敷きとなった。巨大な物が落とされる轟音に、俺は思わず身を守るかのように腕で顔を覆い、身体をよじった。
やがて静寂が辺りを包み、俺は体勢を戻してバランドラがいた場所へと視線を移した。それは、あまりにも無残な光景だった。そこには、身体全体をメインマストに押さえられ、今にも息を引き取りそうなバランドラの姿がいた。持っていた大鎌は手から解放され、刃の部分に宿っていた覇気は跡形もなく消えていた。
俺を包んでいた不思議な感覚は消え、気づけばさっきまで光り輝いていた長剣とペンダントも今まで通りの状態に戻っていた。

「ふぅ……。」

ため息をついた俺は、長剣を鞘に戻し、下敷きとなったバランドラの下へ歩み寄った。すると、こんな状態であるのにも関わらず、バランドラは俺を見ると例の不敵な笑みを浮かべながら擦れた声で言った。

「俺様の……復讐は……まだ…………終わって……ない……」

……終わってない?何を言ってるんだ?
俺はバランドラの言葉に疑問を抱きながらも、しゃがみ込んでバランドラに言った。

「いや、終わったんだ。もう何もかも……」

そんな俺に構わず、バランドラは話し続ける。

「…………俺様は……現世じゃあ…………復讐が……できない…………だから……来世で…………テメェに…………あの男に……神に…………復讐……して……やる……」

徐々にバランドラの瞼が閉じていく。同時に、バランドラの鼻息荒い呼吸が止まっていく……。

「そう……だ……ふく……しゅう…………復讐……こそ………………おれ……さま……の…………すべ………………て………………………………」

これが、バランドラの……復讐の鬼の……最期の言葉だった……。

「残念だが……お前は来世でも復讐なんてできない……。せめて……来世で心を入れ替えて、生まれ変わってくれよ……」

俺はバランドラの魂があの世へ逝く事を祈り、その場で立ち上がった。
振りかえると、ヘルムを始めとした俺の仲間たちの数人かが敵の船に移り、バランドラの部下に武器を向けて降伏させていた。

「君たちには一緒にカリバルナに来てもらうよ。色々と聞きたい事があるからね」

バランドラの部下に剣を向けたままヘルムが言った。船長が敗れた事により戦意を失った為か、部下たちは大人しく俺の仲間たちに縄で縛られた。

「キッド!」

突然、俺を呼ぶ声が聞こえた。声が聞こえた方を向くと、安堵の表情を浮かべたサフィアがいた。俺はサフィアの下に行き無事である事を確認した。

「サフィア……無事で良かった……」
「それは……こちらのセリフですよ……私……キッドが無事で……キッドにまた会えて……良かった……!」

サフィアは胸を撫で下ろして言った。そんなサフィアに対し、俺はしてやったりと笑みを浮かべた。

「言っただろ?俺は生きて帰ってくるってな」
「……もう……心配したんですからね!」

言ってる事そのものは怒っているように聞こえるが、サフィアは太陽の様に明るい笑みを浮かべていた。

うわっ……ヤベェ……可愛い…………!

耐え切れなくなった俺はつい視線を逸らしてしまった。

…………ん?

複数の視線に気づいた俺は、その方向を向いてみた。そこには、ニヤニヤと笑いながら俺を見ている仲間たちが……。

「あ、俺たちの事は気にせずに続けてくださ〜い」
「ヒューヒュー!船長、顔真っ赤〜!」
「勢いに乗ってここでヤっちゃいなさいよ〜♪」

…………って、こいつらぁ!

「お前ら!調子に乗るんじゃねぇ!!」

俺はすかさずショットガンを抜き取り、天空目がけて乱射した。

「ヒィィ!ごめんなさーい!」
「お願いだから怒らないでー!」

俺の威嚇に慌てふためく仲間たち。そこへ、ヘルムが俺を制止してきた。

「ハイハイ、ドードー、落ち着いて、キッド。ハイドー、ハイドードー」
「何がハイドードーだ!俺は暴れ馬か!?」
「だから落ち着いてよ。サフィアさんが驚いてるよ」
「え?」

ヘルムの言葉に反応した俺は、サフィアに視線を戻す。サフィアは目を丸くして俺を見ていた。
しまった……ムキになりすぎたか……。
俺は心の中で反省したが……。

「……ぷっ……くく…………フフ……フッ……フフフ……!」

サフィアは両手で口元を押さえて笑い出した。気恥ずかしくなった俺はショットガンを鞘に戻しながら、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

「邪魔しちゃって悪いけど、そろそろ例のアレ、やってくれるかい?」

そんな俺たちに、ヘルムは申し訳なさそうな表情を浮かべて言ってきた。
おっと、そうだった。
俺は仲間たちに向き直り、すぅ〜っと息を吸い込み大声を上げた。

「野郎ども!この勝負、俺たちの勝ちだ!!」
「ウォォォォォォォォォォォォ!!」

仲間たちの勝利の雄叫びが、広い海原に響いた。

続く
11/09/09 18:01更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
戦闘シーンはパイ○ーツ・オ○・カリビ○ンの、あの神曲を聴きながら書いたので割と楽しく書けました。

それと……バランドラの性格ですが、第三章を書く以前からあの紳士的な態度のままでいる予定でしたが、『この世の全てを憎んでいる』という設定を考えると、もっとインパクトが欲しいと思い、どういう訳か御覧の有り様に……。

やっと半分以上進みました。最終章まで残りわずかとなりましたが、最後まで書きたいと思います。
誤字・脱字、指摘したい部分があれば遠慮なくご報告お願いします。

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