第十話 蘇った伝説
「…………」
凍える程の寒さの中……俺はこれから行われるであろう蘇生の儀式を見守る事になった。
ラスポーネルの部下が描いた大きな魔方陣の中心に、黄金の髑髏と教団の勇者……タイラントの遺体が納められてる棺が置かれており、それを取り囲むように複数人の魔術師が真剣な面持ちで立っていた。
どうやら、あの黄金の髑髏……ソウル・スカルの中に封印されてるタイラントの魂を解き放ち、元の身体に戻そうとしているようだ。
だが、正直言ってそんな事が出来るのか疑問に思えてならなかった。
「……本当にあの女が蘇るのか?」
「まぁ、見ていたまえ」
俺は未だに疑わしく思ってるが……ラスポーネルは自信たっぷりと言った表情を浮かべていた。
そもそも、急に魂の話なんて出されても素直に受け入れられない。そんなオカルト染みた話を信じようとは思えないし、何よりも……死んだ人間は絶対に生き返らない。
……待てよ?ラスポーネルは何の為にこんな事をしてるんだ?仮にもこの儀式が成功したとしても、ラスポーネルには何か利益でもあるのか?
「……一つ聞きたい事がある」
「ん?何だね?」
「何故こんな事をする?この女を蘇らせたら……貴様に何の得があるんだ?」
「それは後で説明するよ。今はこの儀式の行く末を見守ろうではないか」
……何故こいつは話の核心を隠したがる?今ここで話しても問題無かろうに…………。
「ラスポーネル様!準備が整いました!」
「うむ、ご苦労!では早速始めたまえ!」
「イェス!ジェントルメーン!!」
どうやら準備が出来たらしく、ラスポーネルの部下が報告しに来た。そしてラスポーネルの了承を得た途端、魔方陣の周辺にいる魔術師たちがブツブツと何か呪文らしき物を唱えた。
そして………………大きな魔方陣が一気に光り輝き始めた!
「フフフ…………遂にこの時が……!」
儀式が始まった瞬間、ラスポーネルが勝ち誇った笑みを浮かべたように見えた。この不気味な笑みを見た瞬間、何故かは分からないが嫌な予感が頭を過った…………。
ガタガタガタガッ!
「……なんだ!?髑髏が震えてる!?」
「……そろそろだねぇ…………!」
魔術師たちが呪文を唱え始めてから少し経つと……いきなり髑髏が揺れ始めた。
まるで…………自分の中にある何かを解き放とうとしているように…………!
そして…………髑髏の口が開いた!
ヒュイイイイイン!!
そして髑髏の口から…………光り輝く球体が飛び出て来た。
まさか……あれが魂だと言うのか!?あの光り輝く球が…………タイラントの魂!?
だが……明らかに何かおかしい。
何故だ?何故…………二つも出てきたんだ?
「あ!」
そう思った瞬間、髑髏の口から出てきた一つの魂が空高く浮かび、物凄い速さで何処かへ飛んで行った…………。
あれは……一体なんだったんだ?タイラント以外の魂も封印されてたのか?
だとしても……一体誰の…………?
「どうやらオマケにもう一つだけ解放してしまったようだね」
「……アレは誰の魂だったんだ?」
「さぁ?吾輩も知らないねぇ。ま、あんなのは放っておいても問題ないだろう。それより……!」
ラスポーネルは意気揚々と棺の中にいるタイラントへと視線を移した。
そして、その上には光り輝く魂が…………!
「フフフ……さぁ、目覚めたまえ!女勇者、タイラント!」
ラスポーネルの叫びと同時に、魂が徐々にタイラントの身体へと潜り込んで行った……!
これで本当に蘇るのか?死んだ人間が本当に……!
「…………ぅ……ん……んん……」
突然、タイラントから声が……って、まさか!
「ぅん…………あ、あれ…………?」
……目の前で奇跡が起きた。死んでると思われたタイラントの目が開かれた。そして……上半身を徐に起こして周囲を見渡し始めた。
そんな馬鹿な……!本当に……蘇ったのか……!?
「おお!やった!やったぞぉ!伝説の勇者が蘇った!」
奇跡を目の当たりにしたラスポーネルは、喜びを表現するかのように何度も大きく跳び上がった。傍らで儀式を見守ってたラスポーネルの部下は驚愕のあまりに目を見開いている。
「ここは……あ、あれ?あなた達は……?」
そして、たった今目覚めたタイラントは俺たちの存在に気付いたようだ。だが、この状況を目にして戸惑いを隠せないでいる。
……と言うか、自分が死んでたと言う自覚はあるのだろうか?魂が身体と離れた状態って……どんな感じだったのだろうか?
「やぁやぁ、お初にお目に掛かるよ!偉大なる勇者様!貴方様のお目覚めを心より望んでおりました!」
「え?あ、あの……あなたは一体…………?」
上機嫌な様子のラスポーネルがにこやかな笑みを浮かべながらタイラントに話しかけた。対するタイラントは未だに戸惑いを隠せないでいるのか、警戒しながらもラスポーネルを見返した。
「あ、申し遅れたねぇ。吾輩はラスポーネル。紳士とも呼ばれてるねぇ!」
「は、はぁ…………」
「いや、実はだねぇ……今回はちょっとした事情があって君の力を貸してほしいと思った所存でねぇ……」
警戒されてるにも関わらず、ラスポーネルは言葉巧みに話し続ける。
しかし、ちょっとした事情とは何の話だ?それに、力を貸してほしいって……何の事だ?
「まぁ、こんな寒い所で話すのもアレだから場所を変えよう」
「は、はい……」
タイラントは徐に棺から出て、改めて周囲を見渡した。
……しかし、こうして見ると……まさに聖剣士って感じが出てるな。白い服装と金色の長髪が見事なまでに合っている。
しかし、何故この女がタイラントと呼ばれてるのか理解出来ない。一見するとお淑やかなイメージが強いが……。
「では諸君!この勇者様を吾輩のアジトへ案内したまえ!」
「イエス!ジェントルメーン!!」
複数の部下たちがタイラントをアジトへ連れて行く事になり、タイラントも部下に案内してもらう形でその場を去って行った。
「俺も行くか……」
「おっと、バジル君。君はちょっと此処に残りたまえ」
「ん?」
俺もタイラントの後を追うようにアジトへ進もうとしたら、突然ラスポーネルに呼び止められた。
「……急になんだ?」
「いや、実は君にとっても重大な話があってねぇ…………」
重大な話?何とも唐突だな…………。
「……で、話とは?」
「うむ……そろそろ全て話しても良いと思ったのだよ」
「……何がだ?」
「目的だよ。吾輩の真の目的を話そうと思うのだよ…………」
……そうだ、肝心な事だった。俺はまだラスポーネルの目的を聞いてなかった。
女勇者のタイラントを復活させたとしても、何故ラスポーネルはそんな事をしたのか……詳しく聞いてなかった。恐らく、ラスポーネルが言う真の目的とは、あのタイラントと何か関係があるのだろう。
「……それについては俺も知りたいな。貴様の目的とは……一体何なんだ?」
「うむ、それではご要望通りに聞かせてあげよう…………!」
そう切り出すラスポーネルは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた…………!
***************
「………………」
太陽は雲で覆われており、お世辞にも良い天気とは言えない程の空の下、私は船の甲板にて黙々と海を眺めていた。
現在、この海賊船ブラック・モンスターはアイス・グラベルドに向かって進んでいる。
そう…………私の夫であるキッドを助ける為に。
「キッド…………」
キッドが敵の海賊に攫われてから12時間以上は経つ。実際にはそんなに長く経ってないけど……それでもやはりキッドの事が気がかりでならない。
キッドの無事を祈る事しか出来ない自分が歯痒い…………。
キッド……早くあなたに……会いたい……!
「……そう暗い顔をするな」
「え?」
突然、後ろから声を掛けられて思わず振り向くと……そこにはリシャスさんが立っていた。
何故ヴァンパイアであるリシャスさんが外に…………と思ったら、良く考えると太陽は雲で覆われてるし、今は夕方の十六時だから外に出ても問題は無かった。
「そんな悲しい顔を浮かべてたら、キッドまで悲しむだろ?」
「え?私、そんなに酷い顔でしたか?」
「誰がどう見ても、悲しそうに見えるぞ……」
そう言いながら、リシャスさんは私の隣まで歩み寄った。
誰がどう見ても……か……。私ってそれ程分かりやすいのでしょうか?
「……自分でも分かってるつもりです……でも……キッドの事を想うと……私…………」
「……そうだな……その気持ちは分かる。私だって、コリックと離れ離れになってしまったら…………」
ふと……リシャスさんは悲しげな表情を浮かべた。恐らく、コリックさんと離れた時の事を想像したのだろう。
確かにリシャスさんにとって、コリックさんは大切な存在である。その人が突然目の前から消えてしまったら……抑えきれない程の悲しみを抱える事になる。とてつもない絶望を抱いてしまうだろう。
魔物には……自分を愛してくれる夫が必要なのだから…………。
「……だがサフィア、お前の夫はいとも容易くくたばるような男ではない。それはお前が一番解ってるだろ?」
「はい、勿論です!」
「では……その理由は分かるか?キッドがくたばらない理由は?」
「え?えっと……強いからですか?」
「……半分正解だな」
リシャスさんは私に向き直り……何とも温かい笑みを浮かべながら言った。
「胡散臭い上に、甘いと思われるかもしれないが…………私は思うんだ。この世を生き残る為に必要なのは…………形だけの力ではなく、人を想う心だと思うんだ……」
「…………」
「人を想う心は自分を強くする。分かるか?キッドは誰よりもサフィアを愛してる。そして船の仲間も大切に想ってる。だからあの男は、力も心も強いんだ」
「リシャスさん…………」
「武力的に強いだけじゃダメなんだ。キッドには強さだけではなく優しさも満ち溢れてる。そんな男が、呆気なくあの世へ昇天する訳ないだろ?」
……そうね。リシャスさんの言う通り……キッドは生きてる!余計に心配し過ぎたら……キッドに悪いですよね!
私はキッドの妻だから…………笑顔で夫を迎えに行かなきゃ!
「リシャスさん、ありがとうございます!お陰で元気が出てきました!」
「……よし、その意気だ」
リシャスさんは満足気に頷き、私の背中を軽く叩いた。
「……ん?サフィア、あれは…………」
「え?……あ!もしかして…………!」
ふと、リシャスさんが船の進行方向と同じ向きに視線を移した。私もつられるように視線を移すと…………。
「アイス・グラベルド!?」
「ああ、そのようだな…………」
一つの島が見えてきた。辺り一面真っ白い雪で覆われており、中央辺りに聳え立つ巨大な氷山が一際目立つ。
どうやら、あれがアイス・グラベルドのようだ。あの島の何処かにキッドが…………!
「あそこにキッドがいるのですね……!」
「そのようだな。サフィア、何としてでもキッドを助けるぞ!私も協力するからな!」
「はい!ありがとうございます!」
リシャスさんに意気込まれて、私も気力に満ち溢れた。
もう少しで……あと少しでキッドに会える!
待っててくださいね、キッド!必ずキッドを迎えに…………。
『敵襲!敵襲だぁ!教団が来たぞぉ!』
「えぇ!?」
すると、船員の叫びが響いた。なんと、教団の船がこちらに向かって来ている。
なんてタイミングなの……これからキッドを助けようとしてたのに……!
「……嫌なタイミングだな。こんな所で教団と出くわすとは…………!」
鋭い視線を教団の船に向けながら、リシャスさんは腰の鞘に収めてるレイピアを抜き取った。他の戦闘員達も、それぞれ武器を構えて何時でも戦える姿勢に入ってる。
「サフィア、戦闘が終わるまで部屋で待機してろ」
「はい……リシャスさん、無理はしないでくださいね」
「フフ……分かってるさ」
戦えない私が此処に居ても邪魔なだけ。
なので私は急いで部屋に戻る事にした…………。
***************
「納得したかね、バジル君?」
「……貴様……!」
ラスポーネルの目的を聞き終えた時には……沸々と怒りが込み上げてきた。
ただ……心の隅で少しばかり納得しているのは認めざるを得ない。普通の海賊にしては、通りで金回りが良いと思ってた。それに、わざわざ教団の勇者を復活させたのも納得出来る。
「どうだね、バジル君?これからも吾輩に雇われてくれるのであれば、それなりの優遇も考えてあげるよ」
「ふざけるな!貴様の様な薄汚い欲の塊とは縁を切る!」
「なんだね?金が欲しくないのかね?」
「貴様の企みに加担するくらいなら、金などいらん!」
込み上げる怒りをぶつけるように、ニタニタと不気味な笑みを浮かべるラスポーネルに怒鳴り付けた。
こいつは……救いようの無い男だ!今までこんな奴に雇われてた自分が恥ずかしい!
「……こんな事もあろうかと、説明を遅らせといて良かったよ。早めに言ったら絶対に断られただろうからねぇ」
「当たり前だ!誰がそんな計画に乗るものか!」
「……残念だよ。君の様に優秀な捨て駒をこんなに早く手放すなんてねぇ……」
すると、ラスポーネルが指をパチンと鳴らした瞬間、ラスポーネルの部下である魔術師達が俺を取り囲んだ。
……成程、ここで処分するつもりか。
「さて、吾輩はこれから計画を進めようと思ってるのだが……。バジル君、これが最後のチャンスだよ。今からでも遅くはない。改めて吾輩に雇われるのであれば…………」
「黙れ、腐れ紳士!俺は絶対に、貴様とは手を組まんぞ!」
「……そうかい…………」
ラスポーネルは残念そうに首を横に振ってから踵を返した。
「では、吾輩は失礼するよ。せいぜい吾輩の申し出を断った事を後悔したまえ」
そう言い放つと、ラスポーネルはスタスタとその場を去って行った。
「待て!貴様の思い通りにはさせない!」
ラスポーネルを仕留める為に、咄嗟に背中の二本のランスを抜き取って駆け出した。
しかし…………!
「へっへっへ……させねぇよ!」
「くっ!」
一人の魔術師が俺に向かって炎の魔術を放った。しかし、後方に避けた事によりなんとか炎を受けずに済んだ。
「貴様ら、邪魔だ!そこを退け!」
「うひひ……バジル殿……覚悟して下せぇな!」
俺の言う事に聞く耳持たず、魔術師は殺気を露わにしつつ両手に魔力を集束させた。
くそっ!先ずはこいつらを片付けないと先へ進めないか!
まずい事になった……俺はとんでもない事に手を貸してしまったようだ。
俺は……俺は取り返しのつかない事を…………!
いや、今は嘆いてる場合じゃない!何としてでも、ラスポーネルの計画を阻止してみせる!
このまま野放しにしたら…………魔物たちが危ない!!
***************
「……驚いたな……」
「うん……と言うか、キッド君はこの人を見た事があったんだね」
「見たと言っても……昔の手配書で顔を見ただけなんだけどな」
俺とメアリーは目の前で冷凍されてる人間を目の当たりにして呆然としていた。
まぁ、人間が冷凍されてる時点で驚くべきなんだろうけど……それ以前に驚くべきなのは……!
「こんな所で黒ひげとご対面とはな……」
「私、初めて見ちゃったよ……」
そう……冷凍されてるのは……あの伝説の海賊『黒ひげ』である。
30年前に絶命したと思われてた人物が目の前に居る。しかも俺がガキの頃に見た手配書と全く同じ顔で、30年前とは変わらない姿だ。
こんな状況で驚かない方がおかしい。
しかし……目の前にいるのが、あの伝説の海賊となると……ハッキリ言って感動してしまう。
これも……海賊の血が騒いでる所為なのかもしれないな。
「……で、どうするの?この人、助けるの?」
「え?あ、それは……」
そうだ……肝心な事を忘れかけてた。問題なのは、これから黒ひげを助けるかどうかだ。
そりゃあ、目の前の命を見捨てるなんて後味が悪いから助けてやりたい。見たところ、超低温の氷で冷凍されてる為か身体は腐敗してない。
今から氷を溶かして、どうにかして手を施せば息を吹き返す可能性はあるが…………。
「そう言えば……この人って冷酷な悪人だったんだよね?」
「ああ、そうだとしたら助けない方が良いかもしれないな……」
「やっぱりそう思う?」
「ああ、黒ひげには悪いけどな……」
そう……黒ひげは悪名高い海賊として有名だった。己の欲を満たす為ならば、女だろうと子供だろうと平気で殺す程の残虐極まりない男だったそうだ。
仮にも本当にそれ程の悪人なのであれば……心を鬼にして、このまま放っておくのも一つの手段だ。もしも黒ひげを助けて、これから次々と罪の無い人たちが犠牲になるのは……余計に後味が悪い。
そう思うと……やはり助けるべきではないのだろうか?それとも…………。
「……ん?」
「……どうした、メアリー?」
ふと、メアリーが突然周囲を見回した。まるで、何かを感じ取ったかのように…………。
「……来る……」
「え?来るって……何が?」
「よく分からない……でも、何かが来る。それだけは分かるんだ……」
「はぁ?」
言ってる意味が分からなかった…………が、すぐに分かった。
「……あ!な、何!?何なのアレ!?」
「え……な!?何だよアレ!?」
後方を振り返り、上空を見上げて驚愕するメアリー。俺も振り返って上空を見上げると…………。
「あれって……光?球?なんなの!?」
「分からない……魔術か何かの類か!?」
そこには、光り輝く球の様な物がとてつもない速さで飛んでいた。
しかも…………!
「……ねぇ、あの光…………どんどん大きくなってるように見えるけど……」
「いや、違う……!大きくなってるんじゃなくて…………!」
「……もしかして……こっちに来てる?」
「……しかも止まる気は無いみたいだな……!」
その光は……こっちに向かって来る!しかも止まる様子は見られない…………!
このままじゃ…………ぶつかる!
「避けろぉ!」
「きゃあ!」
光の球が直撃する直前…………間一髪のところで俺とメアリーは身を翻して光の球を避けた。そして光の球は黒ひげを閉じ込めてる氷へ直撃した。
「危なかった…………」
「……あ!キッド君!あれ見て!」
なんとか光の球を避けたと思ったら…………!
「光が……身体に入り込んでる!?」
なんと、光の球は氷をすり抜け黒ひげの身体に接触した!眩い光を放つ球は、徐々に黒ひげの身体の中へ潜り込んでいく!
……どうなってるんだ!?一体……何が起きてるんだ!?
そう思ってる間にも、光の球は完全に黒ひげの身体の中へ入り込んだ。
「……ね、ねぇキッド君、今のは一体なんだったの!?」
「俺だって知らねぇよ!だが……ちょっとヤバい状況になったかもしれないぞ……!」
ゴゴゴゴゴ…………
……突然、小さな轟音が辺りに響いた。
「……今、何か聞こえなかったか?」
「……うん、かなり小さな音だったけど……」
ゴゴゴゴゴ…………
「……まただ……」
「ねぇ、この音……結構近いよね……?」
「あ、やっぱりそう思うか?」
ゴゴゴゴゴ…………
「……ちょっと大きくなったよな?」
「うん…………」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
「……メアリー、俺さぁ……今すごく嫌な予感がするんだが……」
「うん、私も…………」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「……逃げる?」
「うん……」
ドカァァァァァァァァン!!!
「おわぁああ!?」
「きゃあああ!?」
咄嗟に逃げようとしたのも束の間…………突然の大爆発により俺とメアリーは後方に大きく飛ばされてしまった。粉々になった氷の破片が辺りに飛び散り、更に霧状と化した氷がモクモクと辺りを漂わせる。
「くっ……!何が起きたんだよ……!」
「うぅ……ビックリした……」
地面に軽く叩き付けられたが、俺とメアリーは力を振り絞ってなんとか立ち上がった。
すると…………!
「うぅ……ん……ぐぅぅ……」
突然、獣のような唸り声が聞こえた。当然だが、俺はこんな声は出してないし、メアリーの声にしてはかなり低すぎる。
この場には俺とメアリーしか居ないハズ…………。
「……あれは……?」
霧状の氷の奥から、人影らしき物が見えた。巨大な体躯に、三角帽を被ってるように見えるが…………。
「……あのシルエット……」
「まさか……そんな…………」
霧が晴れる事により……その人影の正体が明らかになった。
黒いひげ、右頬の傷、赤いコート…………。
「……マジかよ……!」
目の前で……信じられない事が起きた。
黒ひげが……さっきまで氷の中に閉じ込められてた黒ひげが…………生きている!
さっきまで冷凍されてたとは思えないほど血色が良く、閉じていた瞼は開かれており、鋭い目つきがより一層威圧感を漂わせる。
「……んぐぐ…………」
すると、地面の上で仁王立ちしていた黒ひげは、突然唸りながら俯いた。
そして…………!
「ウォオオオオオオオオオオ!!」
天に向かって咆哮を上げた!衝撃が強すぎるあまり、肌をピリピリさせる程の波動が空気を伝って全身を包み込む!
この強大たる姿を見た瞬間、俺は確信した。
……伝説が………………この世に舞い戻った!
凍える程の寒さの中……俺はこれから行われるであろう蘇生の儀式を見守る事になった。
ラスポーネルの部下が描いた大きな魔方陣の中心に、黄金の髑髏と教団の勇者……タイラントの遺体が納められてる棺が置かれており、それを取り囲むように複数人の魔術師が真剣な面持ちで立っていた。
どうやら、あの黄金の髑髏……ソウル・スカルの中に封印されてるタイラントの魂を解き放ち、元の身体に戻そうとしているようだ。
だが、正直言ってそんな事が出来るのか疑問に思えてならなかった。
「……本当にあの女が蘇るのか?」
「まぁ、見ていたまえ」
俺は未だに疑わしく思ってるが……ラスポーネルは自信たっぷりと言った表情を浮かべていた。
そもそも、急に魂の話なんて出されても素直に受け入れられない。そんなオカルト染みた話を信じようとは思えないし、何よりも……死んだ人間は絶対に生き返らない。
……待てよ?ラスポーネルは何の為にこんな事をしてるんだ?仮にもこの儀式が成功したとしても、ラスポーネルには何か利益でもあるのか?
「……一つ聞きたい事がある」
「ん?何だね?」
「何故こんな事をする?この女を蘇らせたら……貴様に何の得があるんだ?」
「それは後で説明するよ。今はこの儀式の行く末を見守ろうではないか」
……何故こいつは話の核心を隠したがる?今ここで話しても問題無かろうに…………。
「ラスポーネル様!準備が整いました!」
「うむ、ご苦労!では早速始めたまえ!」
「イェス!ジェントルメーン!!」
どうやら準備が出来たらしく、ラスポーネルの部下が報告しに来た。そしてラスポーネルの了承を得た途端、魔方陣の周辺にいる魔術師たちがブツブツと何か呪文らしき物を唱えた。
そして………………大きな魔方陣が一気に光り輝き始めた!
「フフフ…………遂にこの時が……!」
儀式が始まった瞬間、ラスポーネルが勝ち誇った笑みを浮かべたように見えた。この不気味な笑みを見た瞬間、何故かは分からないが嫌な予感が頭を過った…………。
ガタガタガタガッ!
「……なんだ!?髑髏が震えてる!?」
「……そろそろだねぇ…………!」
魔術師たちが呪文を唱え始めてから少し経つと……いきなり髑髏が揺れ始めた。
まるで…………自分の中にある何かを解き放とうとしているように…………!
そして…………髑髏の口が開いた!
ヒュイイイイイン!!
そして髑髏の口から…………光り輝く球体が飛び出て来た。
まさか……あれが魂だと言うのか!?あの光り輝く球が…………タイラントの魂!?
だが……明らかに何かおかしい。
何故だ?何故…………二つも出てきたんだ?
「あ!」
そう思った瞬間、髑髏の口から出てきた一つの魂が空高く浮かび、物凄い速さで何処かへ飛んで行った…………。
あれは……一体なんだったんだ?タイラント以外の魂も封印されてたのか?
だとしても……一体誰の…………?
「どうやらオマケにもう一つだけ解放してしまったようだね」
「……アレは誰の魂だったんだ?」
「さぁ?吾輩も知らないねぇ。ま、あんなのは放っておいても問題ないだろう。それより……!」
ラスポーネルは意気揚々と棺の中にいるタイラントへと視線を移した。
そして、その上には光り輝く魂が…………!
「フフフ……さぁ、目覚めたまえ!女勇者、タイラント!」
ラスポーネルの叫びと同時に、魂が徐々にタイラントの身体へと潜り込んで行った……!
これで本当に蘇るのか?死んだ人間が本当に……!
「…………ぅ……ん……んん……」
突然、タイラントから声が……って、まさか!
「ぅん…………あ、あれ…………?」
……目の前で奇跡が起きた。死んでると思われたタイラントの目が開かれた。そして……上半身を徐に起こして周囲を見渡し始めた。
そんな馬鹿な……!本当に……蘇ったのか……!?
「おお!やった!やったぞぉ!伝説の勇者が蘇った!」
奇跡を目の当たりにしたラスポーネルは、喜びを表現するかのように何度も大きく跳び上がった。傍らで儀式を見守ってたラスポーネルの部下は驚愕のあまりに目を見開いている。
「ここは……あ、あれ?あなた達は……?」
そして、たった今目覚めたタイラントは俺たちの存在に気付いたようだ。だが、この状況を目にして戸惑いを隠せないでいる。
……と言うか、自分が死んでたと言う自覚はあるのだろうか?魂が身体と離れた状態って……どんな感じだったのだろうか?
「やぁやぁ、お初にお目に掛かるよ!偉大なる勇者様!貴方様のお目覚めを心より望んでおりました!」
「え?あ、あの……あなたは一体…………?」
上機嫌な様子のラスポーネルがにこやかな笑みを浮かべながらタイラントに話しかけた。対するタイラントは未だに戸惑いを隠せないでいるのか、警戒しながらもラスポーネルを見返した。
「あ、申し遅れたねぇ。吾輩はラスポーネル。紳士とも呼ばれてるねぇ!」
「は、はぁ…………」
「いや、実はだねぇ……今回はちょっとした事情があって君の力を貸してほしいと思った所存でねぇ……」
警戒されてるにも関わらず、ラスポーネルは言葉巧みに話し続ける。
しかし、ちょっとした事情とは何の話だ?それに、力を貸してほしいって……何の事だ?
「まぁ、こんな寒い所で話すのもアレだから場所を変えよう」
「は、はい……」
タイラントは徐に棺から出て、改めて周囲を見渡した。
……しかし、こうして見ると……まさに聖剣士って感じが出てるな。白い服装と金色の長髪が見事なまでに合っている。
しかし、何故この女がタイラントと呼ばれてるのか理解出来ない。一見するとお淑やかなイメージが強いが……。
「では諸君!この勇者様を吾輩のアジトへ案内したまえ!」
「イエス!ジェントルメーン!!」
複数の部下たちがタイラントをアジトへ連れて行く事になり、タイラントも部下に案内してもらう形でその場を去って行った。
「俺も行くか……」
「おっと、バジル君。君はちょっと此処に残りたまえ」
「ん?」
俺もタイラントの後を追うようにアジトへ進もうとしたら、突然ラスポーネルに呼び止められた。
「……急になんだ?」
「いや、実は君にとっても重大な話があってねぇ…………」
重大な話?何とも唐突だな…………。
「……で、話とは?」
「うむ……そろそろ全て話しても良いと思ったのだよ」
「……何がだ?」
「目的だよ。吾輩の真の目的を話そうと思うのだよ…………」
……そうだ、肝心な事だった。俺はまだラスポーネルの目的を聞いてなかった。
女勇者のタイラントを復活させたとしても、何故ラスポーネルはそんな事をしたのか……詳しく聞いてなかった。恐らく、ラスポーネルが言う真の目的とは、あのタイラントと何か関係があるのだろう。
「……それについては俺も知りたいな。貴様の目的とは……一体何なんだ?」
「うむ、それではご要望通りに聞かせてあげよう…………!」
そう切り出すラスポーネルは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた…………!
***************
「………………」
太陽は雲で覆われており、お世辞にも良い天気とは言えない程の空の下、私は船の甲板にて黙々と海を眺めていた。
現在、この海賊船ブラック・モンスターはアイス・グラベルドに向かって進んでいる。
そう…………私の夫であるキッドを助ける為に。
「キッド…………」
キッドが敵の海賊に攫われてから12時間以上は経つ。実際にはそんなに長く経ってないけど……それでもやはりキッドの事が気がかりでならない。
キッドの無事を祈る事しか出来ない自分が歯痒い…………。
キッド……早くあなたに……会いたい……!
「……そう暗い顔をするな」
「え?」
突然、後ろから声を掛けられて思わず振り向くと……そこにはリシャスさんが立っていた。
何故ヴァンパイアであるリシャスさんが外に…………と思ったら、良く考えると太陽は雲で覆われてるし、今は夕方の十六時だから外に出ても問題は無かった。
「そんな悲しい顔を浮かべてたら、キッドまで悲しむだろ?」
「え?私、そんなに酷い顔でしたか?」
「誰がどう見ても、悲しそうに見えるぞ……」
そう言いながら、リシャスさんは私の隣まで歩み寄った。
誰がどう見ても……か……。私ってそれ程分かりやすいのでしょうか?
「……自分でも分かってるつもりです……でも……キッドの事を想うと……私…………」
「……そうだな……その気持ちは分かる。私だって、コリックと離れ離れになってしまったら…………」
ふと……リシャスさんは悲しげな表情を浮かべた。恐らく、コリックさんと離れた時の事を想像したのだろう。
確かにリシャスさんにとって、コリックさんは大切な存在である。その人が突然目の前から消えてしまったら……抑えきれない程の悲しみを抱える事になる。とてつもない絶望を抱いてしまうだろう。
魔物には……自分を愛してくれる夫が必要なのだから…………。
「……だがサフィア、お前の夫はいとも容易くくたばるような男ではない。それはお前が一番解ってるだろ?」
「はい、勿論です!」
「では……その理由は分かるか?キッドがくたばらない理由は?」
「え?えっと……強いからですか?」
「……半分正解だな」
リシャスさんは私に向き直り……何とも温かい笑みを浮かべながら言った。
「胡散臭い上に、甘いと思われるかもしれないが…………私は思うんだ。この世を生き残る為に必要なのは…………形だけの力ではなく、人を想う心だと思うんだ……」
「…………」
「人を想う心は自分を強くする。分かるか?キッドは誰よりもサフィアを愛してる。そして船の仲間も大切に想ってる。だからあの男は、力も心も強いんだ」
「リシャスさん…………」
「武力的に強いだけじゃダメなんだ。キッドには強さだけではなく優しさも満ち溢れてる。そんな男が、呆気なくあの世へ昇天する訳ないだろ?」
……そうね。リシャスさんの言う通り……キッドは生きてる!余計に心配し過ぎたら……キッドに悪いですよね!
私はキッドの妻だから…………笑顔で夫を迎えに行かなきゃ!
「リシャスさん、ありがとうございます!お陰で元気が出てきました!」
「……よし、その意気だ」
リシャスさんは満足気に頷き、私の背中を軽く叩いた。
「……ん?サフィア、あれは…………」
「え?……あ!もしかして…………!」
ふと、リシャスさんが船の進行方向と同じ向きに視線を移した。私もつられるように視線を移すと…………。
「アイス・グラベルド!?」
「ああ、そのようだな…………」
一つの島が見えてきた。辺り一面真っ白い雪で覆われており、中央辺りに聳え立つ巨大な氷山が一際目立つ。
どうやら、あれがアイス・グラベルドのようだ。あの島の何処かにキッドが…………!
「あそこにキッドがいるのですね……!」
「そのようだな。サフィア、何としてでもキッドを助けるぞ!私も協力するからな!」
「はい!ありがとうございます!」
リシャスさんに意気込まれて、私も気力に満ち溢れた。
もう少しで……あと少しでキッドに会える!
待っててくださいね、キッド!必ずキッドを迎えに…………。
『敵襲!敵襲だぁ!教団が来たぞぉ!』
「えぇ!?」
すると、船員の叫びが響いた。なんと、教団の船がこちらに向かって来ている。
なんてタイミングなの……これからキッドを助けようとしてたのに……!
「……嫌なタイミングだな。こんな所で教団と出くわすとは…………!」
鋭い視線を教団の船に向けながら、リシャスさんは腰の鞘に収めてるレイピアを抜き取った。他の戦闘員達も、それぞれ武器を構えて何時でも戦える姿勢に入ってる。
「サフィア、戦闘が終わるまで部屋で待機してろ」
「はい……リシャスさん、無理はしないでくださいね」
「フフ……分かってるさ」
戦えない私が此処に居ても邪魔なだけ。
なので私は急いで部屋に戻る事にした…………。
***************
「納得したかね、バジル君?」
「……貴様……!」
ラスポーネルの目的を聞き終えた時には……沸々と怒りが込み上げてきた。
ただ……心の隅で少しばかり納得しているのは認めざるを得ない。普通の海賊にしては、通りで金回りが良いと思ってた。それに、わざわざ教団の勇者を復活させたのも納得出来る。
「どうだね、バジル君?これからも吾輩に雇われてくれるのであれば、それなりの優遇も考えてあげるよ」
「ふざけるな!貴様の様な薄汚い欲の塊とは縁を切る!」
「なんだね?金が欲しくないのかね?」
「貴様の企みに加担するくらいなら、金などいらん!」
込み上げる怒りをぶつけるように、ニタニタと不気味な笑みを浮かべるラスポーネルに怒鳴り付けた。
こいつは……救いようの無い男だ!今までこんな奴に雇われてた自分が恥ずかしい!
「……こんな事もあろうかと、説明を遅らせといて良かったよ。早めに言ったら絶対に断られただろうからねぇ」
「当たり前だ!誰がそんな計画に乗るものか!」
「……残念だよ。君の様に優秀な捨て駒をこんなに早く手放すなんてねぇ……」
すると、ラスポーネルが指をパチンと鳴らした瞬間、ラスポーネルの部下である魔術師達が俺を取り囲んだ。
……成程、ここで処分するつもりか。
「さて、吾輩はこれから計画を進めようと思ってるのだが……。バジル君、これが最後のチャンスだよ。今からでも遅くはない。改めて吾輩に雇われるのであれば…………」
「黙れ、腐れ紳士!俺は絶対に、貴様とは手を組まんぞ!」
「……そうかい…………」
ラスポーネルは残念そうに首を横に振ってから踵を返した。
「では、吾輩は失礼するよ。せいぜい吾輩の申し出を断った事を後悔したまえ」
そう言い放つと、ラスポーネルはスタスタとその場を去って行った。
「待て!貴様の思い通りにはさせない!」
ラスポーネルを仕留める為に、咄嗟に背中の二本のランスを抜き取って駆け出した。
しかし…………!
「へっへっへ……させねぇよ!」
「くっ!」
一人の魔術師が俺に向かって炎の魔術を放った。しかし、後方に避けた事によりなんとか炎を受けずに済んだ。
「貴様ら、邪魔だ!そこを退け!」
「うひひ……バジル殿……覚悟して下せぇな!」
俺の言う事に聞く耳持たず、魔術師は殺気を露わにしつつ両手に魔力を集束させた。
くそっ!先ずはこいつらを片付けないと先へ進めないか!
まずい事になった……俺はとんでもない事に手を貸してしまったようだ。
俺は……俺は取り返しのつかない事を…………!
いや、今は嘆いてる場合じゃない!何としてでも、ラスポーネルの計画を阻止してみせる!
このまま野放しにしたら…………魔物たちが危ない!!
***************
「……驚いたな……」
「うん……と言うか、キッド君はこの人を見た事があったんだね」
「見たと言っても……昔の手配書で顔を見ただけなんだけどな」
俺とメアリーは目の前で冷凍されてる人間を目の当たりにして呆然としていた。
まぁ、人間が冷凍されてる時点で驚くべきなんだろうけど……それ以前に驚くべきなのは……!
「こんな所で黒ひげとご対面とはな……」
「私、初めて見ちゃったよ……」
そう……冷凍されてるのは……あの伝説の海賊『黒ひげ』である。
30年前に絶命したと思われてた人物が目の前に居る。しかも俺がガキの頃に見た手配書と全く同じ顔で、30年前とは変わらない姿だ。
こんな状況で驚かない方がおかしい。
しかし……目の前にいるのが、あの伝説の海賊となると……ハッキリ言って感動してしまう。
これも……海賊の血が騒いでる所為なのかもしれないな。
「……で、どうするの?この人、助けるの?」
「え?あ、それは……」
そうだ……肝心な事を忘れかけてた。問題なのは、これから黒ひげを助けるかどうかだ。
そりゃあ、目の前の命を見捨てるなんて後味が悪いから助けてやりたい。見たところ、超低温の氷で冷凍されてる為か身体は腐敗してない。
今から氷を溶かして、どうにかして手を施せば息を吹き返す可能性はあるが…………。
「そう言えば……この人って冷酷な悪人だったんだよね?」
「ああ、そうだとしたら助けない方が良いかもしれないな……」
「やっぱりそう思う?」
「ああ、黒ひげには悪いけどな……」
そう……黒ひげは悪名高い海賊として有名だった。己の欲を満たす為ならば、女だろうと子供だろうと平気で殺す程の残虐極まりない男だったそうだ。
仮にも本当にそれ程の悪人なのであれば……心を鬼にして、このまま放っておくのも一つの手段だ。もしも黒ひげを助けて、これから次々と罪の無い人たちが犠牲になるのは……余計に後味が悪い。
そう思うと……やはり助けるべきではないのだろうか?それとも…………。
「……ん?」
「……どうした、メアリー?」
ふと、メアリーが突然周囲を見回した。まるで、何かを感じ取ったかのように…………。
「……来る……」
「え?来るって……何が?」
「よく分からない……でも、何かが来る。それだけは分かるんだ……」
「はぁ?」
言ってる意味が分からなかった…………が、すぐに分かった。
「……あ!な、何!?何なのアレ!?」
「え……な!?何だよアレ!?」
後方を振り返り、上空を見上げて驚愕するメアリー。俺も振り返って上空を見上げると…………。
「あれって……光?球?なんなの!?」
「分からない……魔術か何かの類か!?」
そこには、光り輝く球の様な物がとてつもない速さで飛んでいた。
しかも…………!
「……ねぇ、あの光…………どんどん大きくなってるように見えるけど……」
「いや、違う……!大きくなってるんじゃなくて…………!」
「……もしかして……こっちに来てる?」
「……しかも止まる気は無いみたいだな……!」
その光は……こっちに向かって来る!しかも止まる様子は見られない…………!
このままじゃ…………ぶつかる!
「避けろぉ!」
「きゃあ!」
光の球が直撃する直前…………間一髪のところで俺とメアリーは身を翻して光の球を避けた。そして光の球は黒ひげを閉じ込めてる氷へ直撃した。
「危なかった…………」
「……あ!キッド君!あれ見て!」
なんとか光の球を避けたと思ったら…………!
「光が……身体に入り込んでる!?」
なんと、光の球は氷をすり抜け黒ひげの身体に接触した!眩い光を放つ球は、徐々に黒ひげの身体の中へ潜り込んでいく!
……どうなってるんだ!?一体……何が起きてるんだ!?
そう思ってる間にも、光の球は完全に黒ひげの身体の中へ入り込んだ。
「……ね、ねぇキッド君、今のは一体なんだったの!?」
「俺だって知らねぇよ!だが……ちょっとヤバい状況になったかもしれないぞ……!」
ゴゴゴゴゴ…………
……突然、小さな轟音が辺りに響いた。
「……今、何か聞こえなかったか?」
「……うん、かなり小さな音だったけど……」
ゴゴゴゴゴ…………
「……まただ……」
「ねぇ、この音……結構近いよね……?」
「あ、やっぱりそう思うか?」
ゴゴゴゴゴ…………
「……ちょっと大きくなったよな?」
「うん…………」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
「……メアリー、俺さぁ……今すごく嫌な予感がするんだが……」
「うん、私も…………」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「……逃げる?」
「うん……」
ドカァァァァァァァァン!!!
「おわぁああ!?」
「きゃあああ!?」
咄嗟に逃げようとしたのも束の間…………突然の大爆発により俺とメアリーは後方に大きく飛ばされてしまった。粉々になった氷の破片が辺りに飛び散り、更に霧状と化した氷がモクモクと辺りを漂わせる。
「くっ……!何が起きたんだよ……!」
「うぅ……ビックリした……」
地面に軽く叩き付けられたが、俺とメアリーは力を振り絞ってなんとか立ち上がった。
すると…………!
「うぅ……ん……ぐぅぅ……」
突然、獣のような唸り声が聞こえた。当然だが、俺はこんな声は出してないし、メアリーの声にしてはかなり低すぎる。
この場には俺とメアリーしか居ないハズ…………。
「……あれは……?」
霧状の氷の奥から、人影らしき物が見えた。巨大な体躯に、三角帽を被ってるように見えるが…………。
「……あのシルエット……」
「まさか……そんな…………」
霧が晴れる事により……その人影の正体が明らかになった。
黒いひげ、右頬の傷、赤いコート…………。
「……マジかよ……!」
目の前で……信じられない事が起きた。
黒ひげが……さっきまで氷の中に閉じ込められてた黒ひげが…………生きている!
さっきまで冷凍されてたとは思えないほど血色が良く、閉じていた瞼は開かれており、鋭い目つきがより一層威圧感を漂わせる。
「……んぐぐ…………」
すると、地面の上で仁王立ちしていた黒ひげは、突然唸りながら俯いた。
そして…………!
「ウォオオオオオオオオオオ!!」
天に向かって咆哮を上げた!衝撃が強すぎるあまり、肌をピリピリさせる程の波動が空気を伝って全身を包み込む!
この強大たる姿を見た瞬間、俺は確信した。
……伝説が………………この世に舞い戻った!
12/09/26 20:04更新 / シャークドン
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