第六話 たまにはゆったり、のんびりと
「……バジル君、それ本当かね?」
「ああ」
外がすっかり暗くなってる最中……俺は魔力鳥、ウィング・ファルコンでラスポーネルの拠点に戻った後、ラスポーネルに事の成り行きを報告した。豪華な椅子に座りつつ、いきさつを全て聞き終えたラスポーネルはマヌケな程に口をあんぐりと開けていた。
「……では、黒ひげの秘宝は持ってないのかね?」
「持ってたらとっくに出してる」
「だよね〜アハハハハ……」
ラスポーネルは哀愁漂う笑い声を上げたかと思うと…………
「あー!もうヤダ!なんで秘宝が手に入れられない上に負けちゃうのかね!全く、吾輩にはどうしても秘宝が必要だってのに!」
いきなり椅子から立ち上がり地団太踏んだ。
……突然笑ったり、怒ったり、忙しい男だな。
と言うか……一時的な契約であろうと、こいつに雇われたのが間違いだったのかもしれない。
……いや、そうでもないな。こいつに雇われてなかったら…………キッドに会えなかったかもしれない。あの男は、そこいらの海賊とは一味違う奴だった。部下を宝と呼び……本当に変わった男だった。無論、良い意味でな。
これから出会う機会があるのだとすれば……楽しみなものだ。
「ラスポーネル船長!緊急速報です!」
突然、ラスポーネルの部下の一人が大慌てでラスポーネルの下へ駆け寄った。
こいつは確か……俺と同行してた魔術師だったな。何があったんだ?
「……なんだね?言ってみたまえ」
「はっ!実はですね……」
魔術師はラスポーネルの耳元でヒソヒソと何か伝えた。そして魔術師の話を聞いてるラスポーネルはみるみる顔を強張らせていった。
「……な、なにぃ!?それは本当かね!?」
「はい!更にですね……!」
ひどく動揺しているラスポーネルに、魔術師は再びヒソヒソと何かを伝えた。
「……なななんとぉ!?マジなのかね!?マジのマジの大マジなのかね!?」
「はい!間違いありません!」
随分と驚いた様子で訊き返すラスポーネルに対し、魔術師は真顔で大きく頷いた。
二人の様子からしてかなり重要な内容なのだろうな。まぁ、俺が知った事ではないがな。
「……フム……成程……フ、フフフ……」
突然、ラスポーネルは何かを考え込む仕草を見せると口元をつり上げて不気味な笑みを浮かべた。
この表情……何か良からぬ事を企んでるな。全く、悪知恵だけは一人前だな。
「フフフフフ……どうやら幸運の神は吾輩を見捨ててなかったようだねぇ!」
ラスポーネルは勝利を確信したような笑みを浮かべると、愛用のステッキを部下の魔術師に向けて命令を出した。
「君、早速だが吾輩の部下をここに呼びたまえ!全員集まり次第、緊急会議を開くよ!」
「イェス!ジェントルメーン!!」
魔術師は奇妙な叫びを発すると、いそいそとその場から去って行った。
緊急会議だと?何を企んでいるんだ?
「ああ、バジル君。今回の任務、ご苦労であった。君には特別に休暇を与えてあげようではないか」
「……は?休暇だと?どういう風の吹きまわしだ?」
こいつは突然何を言い出すんだ?全く、こいつの考えてる事が全く持って理解できない。
「いやまぁね、とっても賢い吾輩がね、とっても素晴らしい計画を思いついちゃったのだよ」
「計画?」
「ウム!でも生憎な事に、バジル君は今回の計画に必要無さそうだからねぇ。だから特別に少しばかりの休暇をあげようと思ったのだよ」
……つまり、俺の出番は無いから適当に過ごしてろって事か。
まぁ、別に文句は無い。ハッキリ言って面倒な計画に付き合わされるくらいなら、適当にその辺をうろついた方がよっぽどマシだ。
「……異論は無いが、その計画とやらはどんなものだ?」
「おおっと!いくら手を組んでる者だとしても、計画と関係を持たない者にペラペラと喋る訳にはいかないよ」
俺の質問に対し、ラスポーネルは片手を翳して拒否の意を示した。
慎重なのか……意味も無く話したくないだけなのか真意が分からない。
なんとなく自分から訊いておいてアレだが……そんなに興味は無い。勝手にやれば良いだけだ。
「さて、これは今日までの働きの報酬だ。これを受け取って思う存分休暇を楽しみたまえ」
そう言いながら、ラスポーネルは懐から小さめの革袋を投げ渡してきた。
俺が革袋を受け取ると同時にジャラリと金の音が響き、一応袋の口を開けて中身を確認してみると、多めの金貨が詰められていた。
ふむ、金額は許容範囲だ……とりあえず受け取っておこう。
「……俺はこれで失礼する」
報酬も受け取った事だし、俺はこの場から去る事にした。
踵を返し、ラスポーネルに背を向けて外へ出ようとしたところで…………
「……もうすぐだ……もうすぐ吾輩の野望が…………!」
「なんか言ったか?」
「いやいや、何でもないよ。アハハハハ!では、良い休日を送りたまえ!」
何か聞こえたが、ラスポーネルは愛想笑いを浮かべながら手を振って誤魔化した。
……まぁ良いか。ここは言葉に甘えて休むとしよう。
「さて……少し遅くなったが、まずは夕食でも食べに行くか」
俺はとりあえず拠点を出て、遅めの夕食を食べに近くの街へ赴く事にした…………。
***************
外はすっかり暗くなり、時計が午後八時を差してる時の事。
俺はダイニングにてテーブルの椅子に座り、以前手に入れた黄金の髑髏について色々と考えていた。
あの黄金の髑髏……あれは一体何なんだ?
一見、何の変哲も無い黄金にしか見えないが……何か特別な力でもあるのだろうか?
「こっちは何度も要求してると言うのに……」
あの伝説の海賊……黒ひげの秘宝だと言われるくらいだから、何かしらの意味はあるんだろうが……全く分からない。
「貴様も船長ならば、もう少し仲間の優遇も考えて……」
どうする……?これから上陸する予定の『マルアーノ』で換金するか?
いや、もう少しだけ手元に残しておくか。そのうち、どんな物か分かるかもしれないし……換金ならもう少し先でも遅くはないか。
「……おい、聞いてるのか?」
それにしても……まさか黒ひげの秘宝なんて手に入れるとは思わなかった。
あの伝説の海賊の秘宝なんて、普通なら容易に手に入るような物なんかじゃ…………。
「キッド!聞いてるのか!?」
「ふぇ?」
突然の大声によって我に返った。
「全く、いい加減にコリックを昇格させろ!」
「……あれ?リシャス……お前、何時からいたの?」
「…………貴様、今気付いたのか……」
ふと正面へと視線を移すと、何時の間にかリシャスが俺の向かい側に座り、呆れ顔でこっちを見ていた。
そんな目で見られても困る。さっきまで考え事をしてたんだし…………。
「まぁまぁリシャスさん、一先ず落ち着いてください。はい、ダージリンの紅茶です」
「ああ、すまない……」
楓がキッチンからティーポットとカップが乗ってるお盆を持ってやって来た。そしてテーブルにカップを置くと、ティーポットから丁寧に紅茶をカップに注ぎ、紅茶入りのカップをリシャスの目の前に移動させた。
「キッド船長は確かブラックコーヒーでしたね?キッチンで淹れておきました」
「悪いな、面倒な手間を掛けさせて……」
「いえいえ、おかわりでしたら気軽にお声を掛けてくださいね。すぐにご用意しますので」
次に楓は俺の前にブラックコーヒーが入ったカップを俺の前に置いた。
しかしまぁ、ここまで献身的に接してくれてありがたい限りだ。楓の待遇もキチンと見直してやらないとな。
「……さて、話の続きだが……」
「言っとくが昇格も昇給も見送りだからな」
「……って何故そうなる!?」
リシャスが話し終える前に俺から話の流れをぶった切ってやった。
こう何度も同じ事が繰り返されたら、流石にこいつの要求も先読み出来るようになってきた。ただ、無理なものは無理だけどな。
「前から言ってるだろ?昇格するにはもっと能力を上げて活躍する必要がある。昇給だって同じだ。金とか宝石が欲しかったら、もっと頑張らなきゃならねぇんだよ」
「貴様の目は節穴か!?私の夫は十分頑張ってる!もうそろそろ昇格くらいしてやっても良いだろ!」
「お前の判断だけで決めて良い問題じゃないだろうが…………」
食ってかかるリシャスを宥めるが、一向に聞く耳持たないようだ。リシャスの隣に座ってる楓はもはや慣れてしまったのか、微笑ましそうに話のやり取りを見守っている。
「あはは……やっぱりこうなってたね……」
「リシャスさん……またキッド船長に失礼な事言って…………」
「ホントに懲りないわね……その根気の強さは評価されるべきね」
すると、ダイニングの扉からヘルムとコリック、そしてシャローナの三人が入ってきた。
三人ともこの光景には慣れてしまったのか、全く動揺せずに俺たちの下まで歩み寄って来た。
「リシャスさん……キッド船長に迷惑かけちゃダメだよ」
「何が迷惑なんだ?私はコリックの為に言ってるだけだ!」
「いやだから、キッド船長に強く言ったところで何の意味もないでしょ」
「意味はあるだろ!?そんな消極的なままだったら、いつまで経っても昇格も昇給も無いぞ!」
「いや、そう言う問題じゃなくて……」
コリックがリシャスの隣に座って止めさせようとしたが、何時ものパターン通りそのまま口論になってしまった。
何と言うか……この展開もお約束になっちまったな。とりあえず二人を止めなきゃな……。
「……ヘルム、二人を止めるんだ」
「え?僕が?」
俺の傍にいるヘルムに話を振ったが、ヘルムは困惑した様子を見せた。
この様子からして、ヘルムは出来るだけ関わりたくないんだろうな……まぁ、気持ちは分からなくもないけどな。
「なんで僕が……船長は君でしょ?君が止めなきゃ……」
「いや、こんな状況を治められるのは俺よりお前の方が適してるだろ」
「コリックはともかく、リシャスが素直に僕の言うことを聞いてくれない事くらい、キッドだって分かってるでしょ?」
「大丈夫、今度こそ聞いてくれるさ…………多分」
「多分って……もう、分かったよ…………」
観念したのか、ヘルムは小さく溜め息をついてからコリックとリシャスに話しかけた。
「二人とも、まずは落ち着いてよ。そんな無駄な話は止めて冷静になりなよ」
「……なんだと?」
ヘルムの言葉を聞いた途端、リシャスは鬼の形相へと変わっていった。
……あぁ、これ言うよな……絶対アレ言うよな…………。
「かg」
「ちょっと待てぇ!!」
「なんだ!?」
リシャスが大声で怒鳴ろうとした瞬間、俺は咄嗟にリシャスを止めた。
「リシャス、先に言っておこう…………『影の薄い嫁無しの雑魚が偉そうな口を利くなぁ!!』なんて言うなよ?」
「うっ…………!」
俺の忠告を聞いた途端、図星だったらしくリシャスは困った表情を浮かべた。
……てか、マジで言うつもりだったのかよ……油断も隙もありゃしない。まぁ、俺もヘルムに二人の口論を止めさせるように言ったから、それなりにフォローしなきゃな。
「……分かった。そんな事は言わない」
「よし」
分かってくれたようだ。俺も安心したよ…………と思ったら、
「……ならば改めて……」
…………え?
「存在感が皆無でこれと言った特徴も無いぺーぺーボケナスアホパッパーの下等生物が調子に乗るなぁ!!」
「ガーーーン!!」
……そう来たか……そう言うか……てか言ってる事が余計に酷いな…………。
「そりゃあ存在感が無いかもしれないし、特徴も無いかもしれないけどさ、そんなハッキリ言わなくてもいいじゃんか……しかもぺーぺーボケナスアホパッパーって意味分かんないよ。僕、副船長だよ?鼻に掛ける訳じゃないけど、これでも一応上司だよ?なんでそんな事言われなきゃいけないのさ?僕はただ口論を止めようとしただけだよ?勇気を振り絞って止めたんだよ?それでこの仕打ちはあんまりだと思わない?ああもうヤダ……副船長なのになんでこんな扱い受けるんだよ……」
あーあ、部屋の片隅で膝抱えて俯いちゃってるよ……こりゃ当分立ち直りそうもないな。
「あわわわわ!ごごごごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさ〜い!!」
それを見たコリックは慌ててヘルムの下へ駆け寄り何度も頭を下げるが……全然効果が無い。一方、キツイ一言を言い放ったリシャスはあっけらかんと紅茶を啜っている。
「……楓、悪いがヘルムにアップルティーを作ってやってくれ」
「そ、そうですね……すぐにお持ちします」
好物でも持ってくれば元に戻るだろう。
そう思った俺は楓にアップルティーを頼み、聞き入れた楓は苦笑いを浮かべながらもキッチンへと向かった。
……ん?なんかデジャブを感じるのは気のせいか?以前にもこんな感じの流れがあったような…………。
「……ねぇ、船長さん」
「ん?」
今まで黙って俺たちのやり取りを傍観してたシャローナが俺の耳元でヒソヒソと話した。
「ここはひとつ、私が手を打ってあげましょうか?」
「……何か策でもあるのか?」
「まぁ、任せてちょうだい」
と、ニヤリと不敵な笑みを浮かべかながらシャローナはしなやかな動作でリシャスの下まで歩み寄った。
「リシャスちゃん……副船長さんだって旅の仲間なんだから、仲良くしましょうよ」
「断る。コリック以外の男と親しくなる義務など無い」
「もう、ホントにツンデレなんだから……ほら、アレをよく見て。コリック君だって困ってるでしょ?」
シャローナがとある方向を指差すと、それにつられてリシャスもある方向へと顔を向けた。
その先には未だに凹んでるヘルムと、必死に何度も謝ってるコリックの姿が…………ん?
…………何やってんだ、あいつ?
ふと、リシャスが余所見してる隙にシャローナが白衣のポケットから何やら透明の液体が入った小瓶を取り出した。
そして素早い動作でリシャスのカップに液体を注ぐと、小瓶をポケットに戻した。
「……だが、私は愛するコリックの為にだな……」
「まぁ気持ちは分かるけど……とりあえず紅茶でも飲んで落ち着きましょう」
「ああ……」
シャローナに促されるままにリシャスは紅茶を啜った。
その瞬間、シャローナが満足気な笑みを浮かべた。
……こいつ、また変な薬を……!
「……はぁ……はぁ……」
……予想が的中したようだ。何か得体の知れない薬入りの紅茶を飲んだリシャスは徐々に顔を赤く染め、激しく息切れし始めた。
「……コリック……」
「……はい?」
異常な状態のリシャスが椅子から立ち上がると、フラフラと覚束ない足取りでコリックの下まで歩み寄った。
そして…………
「我慢出来ん……ヤリまくるぞ!」
「え!?ちょ、待って……うわぁ!?」
コリックを抱きかかえ、猛スピードでダイニングを出て行った…………。
「……で、今度は何を飲ませたんだ?」
「あら、バレちゃった?実はリシャスちゃんのカップに超強力な媚薬をこっそり入れたのよ。あの調子なら一晩中ヤリまくらないと興奮が納まらないわね」
俺の質問に対し、シャローナは悪戯っぽくペロッと舌を出してから答えた。
確かに難を逃れたが……コリックにはある意味巻き添えを食らったようなものだな。
あいつ、未だに人間だから長時間のセックスは負担が多すぎるんだよな……。
とりあえず、明日はコリックの寝坊確定だな。まぁ、事情が事情だから仕方ないけど…………。
「あらら……声が聞こえたのでまさかと思ったのですが……やっぱり行ってしまったのですね」
キッチンからアップルティーとクッキーを乗せたお盆を持って来た楓が苦笑いを浮かべていた。
ちゃんとカップを用意してくれたようだが……タイミングが悪いな。
「悪いな楓……折角持ってきてくれたのによ」
「いえいえ、お気になさらずに。ところでヘルムさんは……?」
楓にそう言われ部屋の隅に視線を移してみると、ヘルムは未だに膝を抱えて俯いていた。
まだ落ち込んでたのかよ……しょうがない奴だな。
「あら、みなさんここに居たのですね」
「お兄ちゃん、私たちも仲間に入れて!」
「お!なんか楽しそうだな!」
「あ!クッキーだ!美味しそう!」
ふと、ダイニングの扉からサフィアとピュラ、そしてオリヴィアとメアリーが入って来た。
「あら、皆さんお揃いで……こんなこともあろうかと、カップを多めに用意しておいて良かったです」
遅れてやって来たメンバーを見るなり、楓は手慣れた動作で持ってきたカップに紅茶を注ぎ始めた。なんとも用意が良い事に、後から来たメンバーの分のカップも持ってきたらしい。
「あ、わざわざすみません楓さん」
「いえいえ、折角ですからみんなで夜のお茶会をしましょう」
「おお!楽しそうだね!そうだ!折角だからリシャスちゃんとコリック君も……」
「あぁ、待てメアリー、あの二人は呼ばないでおこう」
リシャスとコリックを呼ぶ為にダイニングを出ようとするメアリーを俺は慌てて呼び止めた。
「え〜!なんでなんで?みんなで一緒に楽しもうよ!」
「いや、俺もあの二人にも参加させてやりたいんだが……ちょっとお取り込み中でな」
「お取り込み中?」
「ああ、今頃は部屋で楽しんでるだろうよ。どっかの医者の変な薬の所為でな」
俺は横目で何時の間にか向かい側に座ってるシャローナへと視線を移した。
「……あ、あはは……それはともかく、このクッキー美味しい♪流石は楓ちゃんね」
だが、当の本人は誤魔化すかのように、目の前の皿に盛られてるクッキーを一枚手に取って食べ始めた。
……ったく、相変わらず危険な趣味だ。ま、今回はお陰でリシャスの苦言から助けられたから何も言えないけどな。
「それでは船長さん、人数も増えてきた事ですし、みんなで夜のお茶会を始めましょう!」
「おう、そうだな。よっしゃあ!今夜は寝るまで楽しむぞ!」
『おー!!』
俺たちは……宴よりは小規模なお茶会を夜遅くまで楽しんだ。
**************
「いや〜、無事に着いて良かったね!」
「ああ、思ったより早く来れたな」
昨日のお茶会から翌日の午前11時、私たちは一時間前に親魔物領であるマルアーノに到着した。
とは言っても、流石に海賊船が堂々と人気の多い港に停泊したら街中がパニックになる。なので海賊船ブラック・モンスターは人気の無い海岸に停泊されている。
「あ、こんな時に言うのも変だけど……本当にごめんね。私、船員って訳でもないのに、何から何まで世話になって……」
「気にすんなよ、メアリー。知らん顔して見捨てる方が無理な話だ。それに、アンタは船の仕事を色々と手伝ってくれてるから助かってる」
「いや、そんな……」
「それに、アンタは海賊の後輩みたいなもんだ。後輩に手を差し伸べるのが先輩の務めだろ?」
船で迷惑を掛けてる事を謝ると、キッド君は笑って許してくれた。
出会って間もない私を船に乗せてくれて……キッド君たちには本当に感謝してる。私も、彼らの為に出来る事があれば、何でもやらなきゃね!
「ただいま帰りました〜!」
「あ、楓ちゃん!お帰り〜!」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、買い物袋を持った楓ちゃんと付き添いのオリヴィアちゃんが船の甲板に上って来た。
「おう、食料の買い出しご苦労様。つーか、結構買ったな……大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。力自慢のオリヴィアさんが付き添ってくれましたので」
「Yes!荷物持ちなら私に任せな!」
そう自信満々に言うオリヴィアちゃんの両手には食料が詰まった買い物袋が提げられていた。流石はドラゴンなだけに、力仕事は難なくこなせるようだ。
いいなぁ……私も自分の船を持てるようになったら、オリヴィアちゃんみたいに頼もしい人を仲間に加えたいな……。
「……で、今日買っておきたい物は揃えたのか?」
「はい、とりあえず今日の昼食の材料と…………あぁ!!」
突然、楓ちゃんは何かを思い出したようで大声を上げた。
「ど、どうした?」
「いけない……私とした事が……お醤油を買うのを忘れてました……」
「醤油?」
「はい……今日の昼食に使うのに……すぐに買いに行かなきゃ……」
どうやらお醤油を買い忘れたらしい。楓ちゃんは額に手を当てて溜め息をついた。
……よし!今こそ私が行くべきね!
「楓ちゃん!私が買いに行くよ!」
「え!?」
私の発言に対し、その場にいる人たちが目を丸くして私を見てきた。
そんなに見られると恥ずかしい……と言うより、今そんなに驚かれるような事言ったかな?
「そ、そんな……お客さんに行かせる訳には……!」
「お客さんだなんて……私はどちらかと言うと居候みたいな身分だし、せめて何かお手伝いでもしないと……」
「で、でも……」
「楓、ここは行かせてやれよ」
私を買い物に行かせる事を躊躇う楓ちゃんだが、そこでキッド君がフォローしてくれた。
「折角の御好意を拒否するなんて勿体ないだろ?それでメアリーの気が済むなら行かせてやっても良いじゃねぇか」
「船長さん……」
楓ちゃんは暫くの間、考える仕草を見せたが…………
「……分かりました。では、お願いします」
「……うん!任せてよ!」
笑顔で承諾してくれた。
その笑顔を見た時、私も少しくらいは役に立てると思えて、少し嬉しかった………………。
==========
「え〜っと、お醤油は何処かな?」
私は楓ちゃんからお財布が入ったカバンを預かった後、マルアーノの街で醤油を探していた。
マルアーノの街は中々の賑わいで、お肉屋に八百屋、パン屋など様々な店が繁盛してる。こういった雰囲気は何度見ても飽きないものだね。
えっと……お醤油ってどこで売られてるのかな……?
ドンッ!!
「きゃあ!?」
大きな道を歩いてお店を見回していると、突然後ろから何かにぶつかり危うく転びそうになった。
「あぁ!これは失礼!お怪我はありませんこと?」
「あ、はい、大丈夫……です……?」
どうやら人とぶつかったらしく、後ろから女の人の声が聞こえた。
そして後ろを振り向くと……奇妙な女の人がいた。
「どうも御機嫌よう♪」
「ど、どうも……」
その人は……とても奇抜な格好をしていた。金髪のロールヘアで更にシルクハットを被っており、黒いマントを羽織ってる。
魔物の魔力を一切感じないから人間らしいけど……怪しい。
「いきなりぶつかって御免なさいね。それでは失礼♪」
金髪の人は軽く頭を下げてからスタスタと前方へと歩いて行った。
一体なんだったんだろう……変な人ね…………ん?
なんだろう……カバンが軽くなったような……?
「……あ、あれ?えっと……な、無い!」
今になって何か違和感を感じ、カバンの中を覗くと……入れてたハズの財布が無くなっていた!
嘘でしょ!?もしかして、何処かに落としちゃった?
「な、なんで!?確かにカバンの中に入れたハズ…………あ!」
ふと、先ほどの出来ごとが頭を過った。そういえば、さっきの変な人にぶつかった瞬間にカバンに何か入れられたような……。
「まさか……」
恐る恐ると前方を歩いてる金髪の人へと視線を移す……と、
「あらぁ!?」
…………あ、転んだ。
「うぅ……わたくしは美し過ぎるばかりに、平凡な道にも嫉妬されるのですわね……あぁ、わたくしってば罪な女……」
いや、その考え明らかにおかしいよ。第一、自分から美しいとか言うって…………ん?
ふと、転んでしまった金髪の人のマントから何かがはみ出てた。
それは…………!
「あー!それ私の財布!」
「ギクッ!」
どう見ても私が預かってる財布だった!あの人、やっぱりわざとぶつかって掏ったのね!
「くっ!こうなってしまわれたら……逃げるが勝ちですわ!」
「こらー!財布返してー!」
泥棒が咄嗟に立ち上がって逃げ出し、私は走り出して逃げ続けてる泥棒を追いかけた。
あの財布は預かり物なんだから、何としてでも取り返さなきゃ!ここで逃がしてしまったら、私に買い物を任せてくれた楓ちゃんに会わせる顔が無くなっちゃうよ!
「こらー!この泥棒!待ちなさーい!」
「オーッホッホッホッホッホ!!わたくしの名はシロップ!美しくて賢い怪盗ですわ!この世界一の怪盗、ビューティー・シロップ様に追い付けると思ったら大間違いですわ!」
変な高笑いを上げながらシロップと名乗る泥棒は尚も逃げ続ける。
……でも逃げてる最中に大声で笑う上に名乗るなんて、ちょっとズレてる……って、そんな事思ってる場合じゃない!
「なんで怪盗が一般人の財布なんて盗むの!?」
「お黙り!こちらは一文無しのチョーピンチに陥ってるのですわ!財布の一つくらい見逃しなさい!」
「見逃すわけないでしょ!それにお金が欲しいなら泥棒なんかしないで真面目に働いてよ!」
「お黙り!何が悲しくて、このビューティーエレガントなわたくしが働かなければなりませんの!?」
「何の理由にもなってないよ!もう良いから財布返してよー!」
「お断りしますわ!オーッホッホッホッホッホ!!」
シロップはまたしても高笑いを上げながら逃げ続けてる。
それにしても……なんて逃げ足の速い人なの!あの身体のどこにそんな力が……!
シュッ!
「あひゃ!?」
突然、何かがシロップの前に立ち塞がり、シロップの足を止めた。
一体何が……?でも、今こそ捕まえるチャンス!
「とりゃあ!!」
「あ〜れ〜!?」
シロップが怯んでる隙に、私は勢いよく駆けだしてシロップの背中に馬乗りになり取り押さえた。
「ムッキー!離しなさい!この無礼者!」
「君に言われたくないよ!えっと、お財布は……」
取り押さえられても悪あがきを続けるシロップに構わず、私は盗まれた財布を探し出す。
「あ!あった!良かった〜!」
そして無事に財布を取り戻す事ができた。念のために財布の中身を確認してみる。
良かった……中身も無事だった。あ、そういえば……何かがシロップを止めてくれたような気がしたけど……?
「……これって……ランス?」
視線を前方に向けると、そこには地面に突き刺さったランスがあった。
シロップはこれに怯んで止まったんだね……でも、一体誰がこんな事を?少なくとも、誰かが投げてシロップを止めてくれたのは間違いないけど……。
……まてよ……このランス、どこかで見たような……?
「盗まれた物は取り返せたか?」
「え?」
後ろからの呼びかけと同時に、地面に突き刺さってるランスが何者かによって抜き取られ、私の頭上を通り越して目の前から消えた。
もしかして……私の後ろにいる人が助けてくれたの?
「あ、はい、お陰で助かりま……した……」
私は後ろを振り返り、私を助けたと思われる人にお礼を言った。
そして…………。
「……え?」
「……なっ!?」
そこには…………想定外の人が立っていた。
「……君……もしかして……」
「…………」
茶色い髪、口元のマスク、そしてランス…………
「なんで……君がここに……?」
「それは俺のセリフだ」
間違い無かった……その人は……かつて私を助けてくれた……
「バジル君……だよね?」
「ああ、そうだ……」
賞金稼ぎのバジル君だった。
「ああ」
外がすっかり暗くなってる最中……俺は魔力鳥、ウィング・ファルコンでラスポーネルの拠点に戻った後、ラスポーネルに事の成り行きを報告した。豪華な椅子に座りつつ、いきさつを全て聞き終えたラスポーネルはマヌケな程に口をあんぐりと開けていた。
「……では、黒ひげの秘宝は持ってないのかね?」
「持ってたらとっくに出してる」
「だよね〜アハハハハ……」
ラスポーネルは哀愁漂う笑い声を上げたかと思うと…………
「あー!もうヤダ!なんで秘宝が手に入れられない上に負けちゃうのかね!全く、吾輩にはどうしても秘宝が必要だってのに!」
いきなり椅子から立ち上がり地団太踏んだ。
……突然笑ったり、怒ったり、忙しい男だな。
と言うか……一時的な契約であろうと、こいつに雇われたのが間違いだったのかもしれない。
……いや、そうでもないな。こいつに雇われてなかったら…………キッドに会えなかったかもしれない。あの男は、そこいらの海賊とは一味違う奴だった。部下を宝と呼び……本当に変わった男だった。無論、良い意味でな。
これから出会う機会があるのだとすれば……楽しみなものだ。
「ラスポーネル船長!緊急速報です!」
突然、ラスポーネルの部下の一人が大慌てでラスポーネルの下へ駆け寄った。
こいつは確か……俺と同行してた魔術師だったな。何があったんだ?
「……なんだね?言ってみたまえ」
「はっ!実はですね……」
魔術師はラスポーネルの耳元でヒソヒソと何か伝えた。そして魔術師の話を聞いてるラスポーネルはみるみる顔を強張らせていった。
「……な、なにぃ!?それは本当かね!?」
「はい!更にですね……!」
ひどく動揺しているラスポーネルに、魔術師は再びヒソヒソと何かを伝えた。
「……なななんとぉ!?マジなのかね!?マジのマジの大マジなのかね!?」
「はい!間違いありません!」
随分と驚いた様子で訊き返すラスポーネルに対し、魔術師は真顔で大きく頷いた。
二人の様子からしてかなり重要な内容なのだろうな。まぁ、俺が知った事ではないがな。
「……フム……成程……フ、フフフ……」
突然、ラスポーネルは何かを考え込む仕草を見せると口元をつり上げて不気味な笑みを浮かべた。
この表情……何か良からぬ事を企んでるな。全く、悪知恵だけは一人前だな。
「フフフフフ……どうやら幸運の神は吾輩を見捨ててなかったようだねぇ!」
ラスポーネルは勝利を確信したような笑みを浮かべると、愛用のステッキを部下の魔術師に向けて命令を出した。
「君、早速だが吾輩の部下をここに呼びたまえ!全員集まり次第、緊急会議を開くよ!」
「イェス!ジェントルメーン!!」
魔術師は奇妙な叫びを発すると、いそいそとその場から去って行った。
緊急会議だと?何を企んでいるんだ?
「ああ、バジル君。今回の任務、ご苦労であった。君には特別に休暇を与えてあげようではないか」
「……は?休暇だと?どういう風の吹きまわしだ?」
こいつは突然何を言い出すんだ?全く、こいつの考えてる事が全く持って理解できない。
「いやまぁね、とっても賢い吾輩がね、とっても素晴らしい計画を思いついちゃったのだよ」
「計画?」
「ウム!でも生憎な事に、バジル君は今回の計画に必要無さそうだからねぇ。だから特別に少しばかりの休暇をあげようと思ったのだよ」
……つまり、俺の出番は無いから適当に過ごしてろって事か。
まぁ、別に文句は無い。ハッキリ言って面倒な計画に付き合わされるくらいなら、適当にその辺をうろついた方がよっぽどマシだ。
「……異論は無いが、その計画とやらはどんなものだ?」
「おおっと!いくら手を組んでる者だとしても、計画と関係を持たない者にペラペラと喋る訳にはいかないよ」
俺の質問に対し、ラスポーネルは片手を翳して拒否の意を示した。
慎重なのか……意味も無く話したくないだけなのか真意が分からない。
なんとなく自分から訊いておいてアレだが……そんなに興味は無い。勝手にやれば良いだけだ。
「さて、これは今日までの働きの報酬だ。これを受け取って思う存分休暇を楽しみたまえ」
そう言いながら、ラスポーネルは懐から小さめの革袋を投げ渡してきた。
俺が革袋を受け取ると同時にジャラリと金の音が響き、一応袋の口を開けて中身を確認してみると、多めの金貨が詰められていた。
ふむ、金額は許容範囲だ……とりあえず受け取っておこう。
「……俺はこれで失礼する」
報酬も受け取った事だし、俺はこの場から去る事にした。
踵を返し、ラスポーネルに背を向けて外へ出ようとしたところで…………
「……もうすぐだ……もうすぐ吾輩の野望が…………!」
「なんか言ったか?」
「いやいや、何でもないよ。アハハハハ!では、良い休日を送りたまえ!」
何か聞こえたが、ラスポーネルは愛想笑いを浮かべながら手を振って誤魔化した。
……まぁ良いか。ここは言葉に甘えて休むとしよう。
「さて……少し遅くなったが、まずは夕食でも食べに行くか」
俺はとりあえず拠点を出て、遅めの夕食を食べに近くの街へ赴く事にした…………。
***************
外はすっかり暗くなり、時計が午後八時を差してる時の事。
俺はダイニングにてテーブルの椅子に座り、以前手に入れた黄金の髑髏について色々と考えていた。
あの黄金の髑髏……あれは一体何なんだ?
一見、何の変哲も無い黄金にしか見えないが……何か特別な力でもあるのだろうか?
「こっちは何度も要求してると言うのに……」
あの伝説の海賊……黒ひげの秘宝だと言われるくらいだから、何かしらの意味はあるんだろうが……全く分からない。
「貴様も船長ならば、もう少し仲間の優遇も考えて……」
どうする……?これから上陸する予定の『マルアーノ』で換金するか?
いや、もう少しだけ手元に残しておくか。そのうち、どんな物か分かるかもしれないし……換金ならもう少し先でも遅くはないか。
「……おい、聞いてるのか?」
それにしても……まさか黒ひげの秘宝なんて手に入れるとは思わなかった。
あの伝説の海賊の秘宝なんて、普通なら容易に手に入るような物なんかじゃ…………。
「キッド!聞いてるのか!?」
「ふぇ?」
突然の大声によって我に返った。
「全く、いい加減にコリックを昇格させろ!」
「……あれ?リシャス……お前、何時からいたの?」
「…………貴様、今気付いたのか……」
ふと正面へと視線を移すと、何時の間にかリシャスが俺の向かい側に座り、呆れ顔でこっちを見ていた。
そんな目で見られても困る。さっきまで考え事をしてたんだし…………。
「まぁまぁリシャスさん、一先ず落ち着いてください。はい、ダージリンの紅茶です」
「ああ、すまない……」
楓がキッチンからティーポットとカップが乗ってるお盆を持ってやって来た。そしてテーブルにカップを置くと、ティーポットから丁寧に紅茶をカップに注ぎ、紅茶入りのカップをリシャスの目の前に移動させた。
「キッド船長は確かブラックコーヒーでしたね?キッチンで淹れておきました」
「悪いな、面倒な手間を掛けさせて……」
「いえいえ、おかわりでしたら気軽にお声を掛けてくださいね。すぐにご用意しますので」
次に楓は俺の前にブラックコーヒーが入ったカップを俺の前に置いた。
しかしまぁ、ここまで献身的に接してくれてありがたい限りだ。楓の待遇もキチンと見直してやらないとな。
「……さて、話の続きだが……」
「言っとくが昇格も昇給も見送りだからな」
「……って何故そうなる!?」
リシャスが話し終える前に俺から話の流れをぶった切ってやった。
こう何度も同じ事が繰り返されたら、流石にこいつの要求も先読み出来るようになってきた。ただ、無理なものは無理だけどな。
「前から言ってるだろ?昇格するにはもっと能力を上げて活躍する必要がある。昇給だって同じだ。金とか宝石が欲しかったら、もっと頑張らなきゃならねぇんだよ」
「貴様の目は節穴か!?私の夫は十分頑張ってる!もうそろそろ昇格くらいしてやっても良いだろ!」
「お前の判断だけで決めて良い問題じゃないだろうが…………」
食ってかかるリシャスを宥めるが、一向に聞く耳持たないようだ。リシャスの隣に座ってる楓はもはや慣れてしまったのか、微笑ましそうに話のやり取りを見守っている。
「あはは……やっぱりこうなってたね……」
「リシャスさん……またキッド船長に失礼な事言って…………」
「ホントに懲りないわね……その根気の強さは評価されるべきね」
すると、ダイニングの扉からヘルムとコリック、そしてシャローナの三人が入ってきた。
三人ともこの光景には慣れてしまったのか、全く動揺せずに俺たちの下まで歩み寄って来た。
「リシャスさん……キッド船長に迷惑かけちゃダメだよ」
「何が迷惑なんだ?私はコリックの為に言ってるだけだ!」
「いやだから、キッド船長に強く言ったところで何の意味もないでしょ」
「意味はあるだろ!?そんな消極的なままだったら、いつまで経っても昇格も昇給も無いぞ!」
「いや、そう言う問題じゃなくて……」
コリックがリシャスの隣に座って止めさせようとしたが、何時ものパターン通りそのまま口論になってしまった。
何と言うか……この展開もお約束になっちまったな。とりあえず二人を止めなきゃな……。
「……ヘルム、二人を止めるんだ」
「え?僕が?」
俺の傍にいるヘルムに話を振ったが、ヘルムは困惑した様子を見せた。
この様子からして、ヘルムは出来るだけ関わりたくないんだろうな……まぁ、気持ちは分からなくもないけどな。
「なんで僕が……船長は君でしょ?君が止めなきゃ……」
「いや、こんな状況を治められるのは俺よりお前の方が適してるだろ」
「コリックはともかく、リシャスが素直に僕の言うことを聞いてくれない事くらい、キッドだって分かってるでしょ?」
「大丈夫、今度こそ聞いてくれるさ…………多分」
「多分って……もう、分かったよ…………」
観念したのか、ヘルムは小さく溜め息をついてからコリックとリシャスに話しかけた。
「二人とも、まずは落ち着いてよ。そんな無駄な話は止めて冷静になりなよ」
「……なんだと?」
ヘルムの言葉を聞いた途端、リシャスは鬼の形相へと変わっていった。
……あぁ、これ言うよな……絶対アレ言うよな…………。
「かg」
「ちょっと待てぇ!!」
「なんだ!?」
リシャスが大声で怒鳴ろうとした瞬間、俺は咄嗟にリシャスを止めた。
「リシャス、先に言っておこう…………『影の薄い嫁無しの雑魚が偉そうな口を利くなぁ!!』なんて言うなよ?」
「うっ…………!」
俺の忠告を聞いた途端、図星だったらしくリシャスは困った表情を浮かべた。
……てか、マジで言うつもりだったのかよ……油断も隙もありゃしない。まぁ、俺もヘルムに二人の口論を止めさせるように言ったから、それなりにフォローしなきゃな。
「……分かった。そんな事は言わない」
「よし」
分かってくれたようだ。俺も安心したよ…………と思ったら、
「……ならば改めて……」
…………え?
「存在感が皆無でこれと言った特徴も無いぺーぺーボケナスアホパッパーの下等生物が調子に乗るなぁ!!」
「ガーーーン!!」
……そう来たか……そう言うか……てか言ってる事が余計に酷いな…………。
「そりゃあ存在感が無いかもしれないし、特徴も無いかもしれないけどさ、そんなハッキリ言わなくてもいいじゃんか……しかもぺーぺーボケナスアホパッパーって意味分かんないよ。僕、副船長だよ?鼻に掛ける訳じゃないけど、これでも一応上司だよ?なんでそんな事言われなきゃいけないのさ?僕はただ口論を止めようとしただけだよ?勇気を振り絞って止めたんだよ?それでこの仕打ちはあんまりだと思わない?ああもうヤダ……副船長なのになんでこんな扱い受けるんだよ……」
あーあ、部屋の片隅で膝抱えて俯いちゃってるよ……こりゃ当分立ち直りそうもないな。
「あわわわわ!ごごごごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさ〜い!!」
それを見たコリックは慌ててヘルムの下へ駆け寄り何度も頭を下げるが……全然効果が無い。一方、キツイ一言を言い放ったリシャスはあっけらかんと紅茶を啜っている。
「……楓、悪いがヘルムにアップルティーを作ってやってくれ」
「そ、そうですね……すぐにお持ちします」
好物でも持ってくれば元に戻るだろう。
そう思った俺は楓にアップルティーを頼み、聞き入れた楓は苦笑いを浮かべながらもキッチンへと向かった。
……ん?なんかデジャブを感じるのは気のせいか?以前にもこんな感じの流れがあったような…………。
「……ねぇ、船長さん」
「ん?」
今まで黙って俺たちのやり取りを傍観してたシャローナが俺の耳元でヒソヒソと話した。
「ここはひとつ、私が手を打ってあげましょうか?」
「……何か策でもあるのか?」
「まぁ、任せてちょうだい」
と、ニヤリと不敵な笑みを浮かべかながらシャローナはしなやかな動作でリシャスの下まで歩み寄った。
「リシャスちゃん……副船長さんだって旅の仲間なんだから、仲良くしましょうよ」
「断る。コリック以外の男と親しくなる義務など無い」
「もう、ホントにツンデレなんだから……ほら、アレをよく見て。コリック君だって困ってるでしょ?」
シャローナがとある方向を指差すと、それにつられてリシャスもある方向へと顔を向けた。
その先には未だに凹んでるヘルムと、必死に何度も謝ってるコリックの姿が…………ん?
…………何やってんだ、あいつ?
ふと、リシャスが余所見してる隙にシャローナが白衣のポケットから何やら透明の液体が入った小瓶を取り出した。
そして素早い動作でリシャスのカップに液体を注ぐと、小瓶をポケットに戻した。
「……だが、私は愛するコリックの為にだな……」
「まぁ気持ちは分かるけど……とりあえず紅茶でも飲んで落ち着きましょう」
「ああ……」
シャローナに促されるままにリシャスは紅茶を啜った。
その瞬間、シャローナが満足気な笑みを浮かべた。
……こいつ、また変な薬を……!
「……はぁ……はぁ……」
……予想が的中したようだ。何か得体の知れない薬入りの紅茶を飲んだリシャスは徐々に顔を赤く染め、激しく息切れし始めた。
「……コリック……」
「……はい?」
異常な状態のリシャスが椅子から立ち上がると、フラフラと覚束ない足取りでコリックの下まで歩み寄った。
そして…………
「我慢出来ん……ヤリまくるぞ!」
「え!?ちょ、待って……うわぁ!?」
コリックを抱きかかえ、猛スピードでダイニングを出て行った…………。
「……で、今度は何を飲ませたんだ?」
「あら、バレちゃった?実はリシャスちゃんのカップに超強力な媚薬をこっそり入れたのよ。あの調子なら一晩中ヤリまくらないと興奮が納まらないわね」
俺の質問に対し、シャローナは悪戯っぽくペロッと舌を出してから答えた。
確かに難を逃れたが……コリックにはある意味巻き添えを食らったようなものだな。
あいつ、未だに人間だから長時間のセックスは負担が多すぎるんだよな……。
とりあえず、明日はコリックの寝坊確定だな。まぁ、事情が事情だから仕方ないけど…………。
「あらら……声が聞こえたのでまさかと思ったのですが……やっぱり行ってしまったのですね」
キッチンからアップルティーとクッキーを乗せたお盆を持って来た楓が苦笑いを浮かべていた。
ちゃんとカップを用意してくれたようだが……タイミングが悪いな。
「悪いな楓……折角持ってきてくれたのによ」
「いえいえ、お気になさらずに。ところでヘルムさんは……?」
楓にそう言われ部屋の隅に視線を移してみると、ヘルムは未だに膝を抱えて俯いていた。
まだ落ち込んでたのかよ……しょうがない奴だな。
「あら、みなさんここに居たのですね」
「お兄ちゃん、私たちも仲間に入れて!」
「お!なんか楽しそうだな!」
「あ!クッキーだ!美味しそう!」
ふと、ダイニングの扉からサフィアとピュラ、そしてオリヴィアとメアリーが入って来た。
「あら、皆さんお揃いで……こんなこともあろうかと、カップを多めに用意しておいて良かったです」
遅れてやって来たメンバーを見るなり、楓は手慣れた動作で持ってきたカップに紅茶を注ぎ始めた。なんとも用意が良い事に、後から来たメンバーの分のカップも持ってきたらしい。
「あ、わざわざすみません楓さん」
「いえいえ、折角ですからみんなで夜のお茶会をしましょう」
「おお!楽しそうだね!そうだ!折角だからリシャスちゃんとコリック君も……」
「あぁ、待てメアリー、あの二人は呼ばないでおこう」
リシャスとコリックを呼ぶ為にダイニングを出ようとするメアリーを俺は慌てて呼び止めた。
「え〜!なんでなんで?みんなで一緒に楽しもうよ!」
「いや、俺もあの二人にも参加させてやりたいんだが……ちょっとお取り込み中でな」
「お取り込み中?」
「ああ、今頃は部屋で楽しんでるだろうよ。どっかの医者の変な薬の所為でな」
俺は横目で何時の間にか向かい側に座ってるシャローナへと視線を移した。
「……あ、あはは……それはともかく、このクッキー美味しい♪流石は楓ちゃんね」
だが、当の本人は誤魔化すかのように、目の前の皿に盛られてるクッキーを一枚手に取って食べ始めた。
……ったく、相変わらず危険な趣味だ。ま、今回はお陰でリシャスの苦言から助けられたから何も言えないけどな。
「それでは船長さん、人数も増えてきた事ですし、みんなで夜のお茶会を始めましょう!」
「おう、そうだな。よっしゃあ!今夜は寝るまで楽しむぞ!」
『おー!!』
俺たちは……宴よりは小規模なお茶会を夜遅くまで楽しんだ。
**************
「いや〜、無事に着いて良かったね!」
「ああ、思ったより早く来れたな」
昨日のお茶会から翌日の午前11時、私たちは一時間前に親魔物領であるマルアーノに到着した。
とは言っても、流石に海賊船が堂々と人気の多い港に停泊したら街中がパニックになる。なので海賊船ブラック・モンスターは人気の無い海岸に停泊されている。
「あ、こんな時に言うのも変だけど……本当にごめんね。私、船員って訳でもないのに、何から何まで世話になって……」
「気にすんなよ、メアリー。知らん顔して見捨てる方が無理な話だ。それに、アンタは船の仕事を色々と手伝ってくれてるから助かってる」
「いや、そんな……」
「それに、アンタは海賊の後輩みたいなもんだ。後輩に手を差し伸べるのが先輩の務めだろ?」
船で迷惑を掛けてる事を謝ると、キッド君は笑って許してくれた。
出会って間もない私を船に乗せてくれて……キッド君たちには本当に感謝してる。私も、彼らの為に出来る事があれば、何でもやらなきゃね!
「ただいま帰りました〜!」
「あ、楓ちゃん!お帰り〜!」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、買い物袋を持った楓ちゃんと付き添いのオリヴィアちゃんが船の甲板に上って来た。
「おう、食料の買い出しご苦労様。つーか、結構買ったな……大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。力自慢のオリヴィアさんが付き添ってくれましたので」
「Yes!荷物持ちなら私に任せな!」
そう自信満々に言うオリヴィアちゃんの両手には食料が詰まった買い物袋が提げられていた。流石はドラゴンなだけに、力仕事は難なくこなせるようだ。
いいなぁ……私も自分の船を持てるようになったら、オリヴィアちゃんみたいに頼もしい人を仲間に加えたいな……。
「……で、今日買っておきたい物は揃えたのか?」
「はい、とりあえず今日の昼食の材料と…………あぁ!!」
突然、楓ちゃんは何かを思い出したようで大声を上げた。
「ど、どうした?」
「いけない……私とした事が……お醤油を買うのを忘れてました……」
「醤油?」
「はい……今日の昼食に使うのに……すぐに買いに行かなきゃ……」
どうやらお醤油を買い忘れたらしい。楓ちゃんは額に手を当てて溜め息をついた。
……よし!今こそ私が行くべきね!
「楓ちゃん!私が買いに行くよ!」
「え!?」
私の発言に対し、その場にいる人たちが目を丸くして私を見てきた。
そんなに見られると恥ずかしい……と言うより、今そんなに驚かれるような事言ったかな?
「そ、そんな……お客さんに行かせる訳には……!」
「お客さんだなんて……私はどちらかと言うと居候みたいな身分だし、せめて何かお手伝いでもしないと……」
「で、でも……」
「楓、ここは行かせてやれよ」
私を買い物に行かせる事を躊躇う楓ちゃんだが、そこでキッド君がフォローしてくれた。
「折角の御好意を拒否するなんて勿体ないだろ?それでメアリーの気が済むなら行かせてやっても良いじゃねぇか」
「船長さん……」
楓ちゃんは暫くの間、考える仕草を見せたが…………
「……分かりました。では、お願いします」
「……うん!任せてよ!」
笑顔で承諾してくれた。
その笑顔を見た時、私も少しくらいは役に立てると思えて、少し嬉しかった………………。
==========
「え〜っと、お醤油は何処かな?」
私は楓ちゃんからお財布が入ったカバンを預かった後、マルアーノの街で醤油を探していた。
マルアーノの街は中々の賑わいで、お肉屋に八百屋、パン屋など様々な店が繁盛してる。こういった雰囲気は何度見ても飽きないものだね。
えっと……お醤油ってどこで売られてるのかな……?
ドンッ!!
「きゃあ!?」
大きな道を歩いてお店を見回していると、突然後ろから何かにぶつかり危うく転びそうになった。
「あぁ!これは失礼!お怪我はありませんこと?」
「あ、はい、大丈夫……です……?」
どうやら人とぶつかったらしく、後ろから女の人の声が聞こえた。
そして後ろを振り向くと……奇妙な女の人がいた。
「どうも御機嫌よう♪」
「ど、どうも……」
その人は……とても奇抜な格好をしていた。金髪のロールヘアで更にシルクハットを被っており、黒いマントを羽織ってる。
魔物の魔力を一切感じないから人間らしいけど……怪しい。
「いきなりぶつかって御免なさいね。それでは失礼♪」
金髪の人は軽く頭を下げてからスタスタと前方へと歩いて行った。
一体なんだったんだろう……変な人ね…………ん?
なんだろう……カバンが軽くなったような……?
「……あ、あれ?えっと……な、無い!」
今になって何か違和感を感じ、カバンの中を覗くと……入れてたハズの財布が無くなっていた!
嘘でしょ!?もしかして、何処かに落としちゃった?
「な、なんで!?確かにカバンの中に入れたハズ…………あ!」
ふと、先ほどの出来ごとが頭を過った。そういえば、さっきの変な人にぶつかった瞬間にカバンに何か入れられたような……。
「まさか……」
恐る恐ると前方を歩いてる金髪の人へと視線を移す……と、
「あらぁ!?」
…………あ、転んだ。
「うぅ……わたくしは美し過ぎるばかりに、平凡な道にも嫉妬されるのですわね……あぁ、わたくしってば罪な女……」
いや、その考え明らかにおかしいよ。第一、自分から美しいとか言うって…………ん?
ふと、転んでしまった金髪の人のマントから何かがはみ出てた。
それは…………!
「あー!それ私の財布!」
「ギクッ!」
どう見ても私が預かってる財布だった!あの人、やっぱりわざとぶつかって掏ったのね!
「くっ!こうなってしまわれたら……逃げるが勝ちですわ!」
「こらー!財布返してー!」
泥棒が咄嗟に立ち上がって逃げ出し、私は走り出して逃げ続けてる泥棒を追いかけた。
あの財布は預かり物なんだから、何としてでも取り返さなきゃ!ここで逃がしてしまったら、私に買い物を任せてくれた楓ちゃんに会わせる顔が無くなっちゃうよ!
「こらー!この泥棒!待ちなさーい!」
「オーッホッホッホッホッホ!!わたくしの名はシロップ!美しくて賢い怪盗ですわ!この世界一の怪盗、ビューティー・シロップ様に追い付けると思ったら大間違いですわ!」
変な高笑いを上げながらシロップと名乗る泥棒は尚も逃げ続ける。
……でも逃げてる最中に大声で笑う上に名乗るなんて、ちょっとズレてる……って、そんな事思ってる場合じゃない!
「なんで怪盗が一般人の財布なんて盗むの!?」
「お黙り!こちらは一文無しのチョーピンチに陥ってるのですわ!財布の一つくらい見逃しなさい!」
「見逃すわけないでしょ!それにお金が欲しいなら泥棒なんかしないで真面目に働いてよ!」
「お黙り!何が悲しくて、このビューティーエレガントなわたくしが働かなければなりませんの!?」
「何の理由にもなってないよ!もう良いから財布返してよー!」
「お断りしますわ!オーッホッホッホッホッホ!!」
シロップはまたしても高笑いを上げながら逃げ続けてる。
それにしても……なんて逃げ足の速い人なの!あの身体のどこにそんな力が……!
シュッ!
「あひゃ!?」
突然、何かがシロップの前に立ち塞がり、シロップの足を止めた。
一体何が……?でも、今こそ捕まえるチャンス!
「とりゃあ!!」
「あ〜れ〜!?」
シロップが怯んでる隙に、私は勢いよく駆けだしてシロップの背中に馬乗りになり取り押さえた。
「ムッキー!離しなさい!この無礼者!」
「君に言われたくないよ!えっと、お財布は……」
取り押さえられても悪あがきを続けるシロップに構わず、私は盗まれた財布を探し出す。
「あ!あった!良かった〜!」
そして無事に財布を取り戻す事ができた。念のために財布の中身を確認してみる。
良かった……中身も無事だった。あ、そういえば……何かがシロップを止めてくれたような気がしたけど……?
「……これって……ランス?」
視線を前方に向けると、そこには地面に突き刺さったランスがあった。
シロップはこれに怯んで止まったんだね……でも、一体誰がこんな事を?少なくとも、誰かが投げてシロップを止めてくれたのは間違いないけど……。
……まてよ……このランス、どこかで見たような……?
「盗まれた物は取り返せたか?」
「え?」
後ろからの呼びかけと同時に、地面に突き刺さってるランスが何者かによって抜き取られ、私の頭上を通り越して目の前から消えた。
もしかして……私の後ろにいる人が助けてくれたの?
「あ、はい、お陰で助かりま……した……」
私は後ろを振り返り、私を助けたと思われる人にお礼を言った。
そして…………。
「……え?」
「……なっ!?」
そこには…………想定外の人が立っていた。
「……君……もしかして……」
「…………」
茶色い髪、口元のマスク、そしてランス…………
「なんで……君がここに……?」
「それは俺のセリフだ」
間違い無かった……その人は……かつて私を助けてくれた……
「バジル君……だよね?」
「ああ、そうだ……」
賞金稼ぎのバジル君だった。
12/08/30 17:01更新 / シャークドン
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