連載小説
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第三章
私……死んじゃうのかな……。

海賊の麻酔から目が覚めた時には、私は船の下層部に位置する牢屋に閉じ込められていた。牢屋の外には見張りらしき人間の男が壁を背に預けて居眠りをしている。ついさっき何故こんなことをするのかと聞いても、だんまりをきめこんで何も話してくれなかった。ただ一つ分かっている事は、この牢屋を見る限り、捕まってしまったのは私だけで、ピュラだけはなんとか逃げ切る事が出来たようだ。それだけが唯一の救いだった。

キッド……あなたは今、どこにいるの?

汚れた木の板でできている天井を見上げながら、キッドの姿を思い浮かべた。
5年前のあの日、私の大切なペンダントを見つけてくれた時の思い出はずっと忘れていない。
あの時、私のペンダントを返してくれた時のあの笑顔が頭に浮かんできた。
あの笑顔を見た時、私は今まで感じた事の無いときめきをその身で実感した。
その後、キッドと何度も会っていく内に私は気付いた。

私は、キッドの事が好き…………。

カリバルナでキッドと過ごした日々は、私にとって一生忘れる事のない思い出となった。出来ることなら、キッドとずっと一緒にいたい。キッドと離れたくない。そう思うようになった。
でも、私はシー・ビショップ。私の個人的な問題で人間と魔物の夫婦の儀式を執り行う使命を放り投げ捨てるような真似は出来なかった。何よりも、天国にいる母への誓いを捨てる訳にはいかなかった。

『世界中にいる人間と魔物を幸せにするのですよ』

キッドと別れた後でも、母の言葉を胸に、私は沢山の夫婦を祝福してきた。
旅の途中で出会い共に旅をする事になったピュラに耳に胼胝が出来る程キッドと過ごした日々の話を聞かせた。カリバルナに向かう途中でも、ずっとキッドの事が頭から離れられず、もうすぐキッドに会えるという思いが私の心を躍らせた。
でも、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。
会いたいのに、会えると思ったのに、会えないなんて……。

このまま会えずにお別れだなんて……さよならも言えないないんて……嫌だ……そんなの嫌だ……。
キッド……あなたに会いたい……会いたい……。

「会いたいよ……キッド……!」



***************



外が夕焼けに覆われる中、ワタクシは船長室にて黒斑眼鏡の位置を修正しながら新聞を眺めている。ただ、今の世の中がどうなっているのかなんて全く興味が無い。
むしろ、こんな世界は滅んでしまえば良い。ワタクシは本気でそう思っていた。
では何故新聞など読んでいるのか?答えは簡単。心を落ち着かせる為の気晴らしでしかない。常にこうして別のことに集中していないと心に眠る憎悪が暴走してしまう。今はまだこの憎悪を呼び起こす時ではない。
そう、『あの男』への復讐を果たすまで、無駄な力を使ってはならないのだ。今は『あの男』に対抗するための金と軍事力を集めなければならない。
三日前に始めた人魚狩りも復讐への第一歩にすぎない。人魚の血は高値で売り捌く事が出来る。海で活動するワタクシにとって絶好の獲物だ。
だが、やり方が甘いのか、三日もかけて捕獲した人魚はたったの一匹だけ。これは拠点に帰ったらすぐに対策を考えなければならない。
今日捕獲した人魚の血を一滴残らず絞り出したら、部下を集めて会議を開くか……。

「バ、バランドラ様!大変です!」

突然、ワタクシの部下がドアをノックもせずに入ってきた。

「なんですか?部屋に入る時はノックをするのが常識でしょう?で、どうしたのですか?」
「も、申し訳ございません!それが……」

部下が話そうとした瞬間、突然の轟音と共に船が大きく揺れ始めた。その衝撃で椅子から転げ落ちそうになりながらも、ワタクシは必死に耐え、なんとか立ち上がる事ができた。
これは……大砲の音か?

「何事ですか?これは?」
「は、はい!敵襲です!海賊が襲ってきたのです!」

部下は体勢を立て直しながら大声を上げた。
海賊?何故そんな事で報告してくるんだ?

「うろたえてはなりません。海賊など、今まで散々倒してきたではないですか。またいつものようにあなたたちが追い払えば済む話でしょう?」

再び大砲が撃たれ船が揺れる中、部下は申し上げにくそうな表情を浮かべて言った。

「い、いえ、それが……これは船からの攻撃ではないんです。あの大砲は……その……」
「ハッキリ言いなさい」

なかなか話さない部下に苛立ちが募り声を荒げた。

「は、はい!この攻撃は、我々の拠点から仕掛けているものです!」
「ばっ!馬鹿な!」

部下から聞いた予想外の答えに驚きを隠せなかった。

何故?一体どういうつもりだ?
ワタクシは船長室の窓から拠点の様子を見た。そこには見慣れない面子が移動式の大砲をこちらに向けて撃っていた。
あいつらは誰だ?拠点に残っている部下は何をしている?

「バランドラ様!大変です!」

様々な疑問が浮かぶ中、別の部下が必死の形相で部屋に入ってきた。
一体なんなんだ!次から次へと!

「海賊船が……この船に向かってきます!」



******************



「あれか……」

俺はブラック・モンスターの船首に立ち、サフィアが囚われているであろう船を見た。ブラック・モンスターと同じ位デカい。
ヘルムの作戦に従って正解だった。先に敵の拠点を制圧し、拠点から攻撃を仕掛けさせることにより、敵の海賊たちは大混乱。その上、拠点に収納されていた武器を全て取り上げることにより、拠点の海賊たちの戦意を失わせることに成功した。
更に俺たちは、拠点の海賊たちから情報を得ることができた。奴らの話によると、人魚狩りを始めて三日は経ったものの、未だに一人も捕らえる事ができないでいたらしい。
ということは、捕らえられた人魚はサフィアだけ……いや、もしかしたらサフィア以外にも捕らえられた人魚がいるかもしれない。どちらにしろ、サフィアがあの船に乗っていることは確かだ。仮にも他に捕まえられた人魚がいるなら一緒に助ければいい。

「あの、船長。今更こんなことを言うのも何ですけど、大砲で攻撃なんてしちゃって大丈夫なんですか?船には人魚さんが乗ってるんでしょう?」

背後からキャビンボーイが心配そうな表情で俺に話しかけてきた。
だが、そんな心配は無い。俺はそう確信できている。

「いいか?もしも、お前の嫁さんの命がどっかの悪者に狙われているとする。」

突然例え話を切り出した俺に、キャビンボーイはきょとんとした表情を浮かべた。

「そんな時、お前は嫁さんを安全な場所に連れていくか?それとも、わざわざ悪者の攻撃が当たりやすい場所に連れていくか?」
「え?そ、それは……やっぱり、安全な場所に……あ!」
「そういうことだ」

俺の言いたい事が理解できたらしく、キャビンボーイが納得したように頷いた。
そう、敵はわざわざ捕まえた獲物を危険な場所に移動させる訳がないんだ。
あいつらは俺たちと同じ海賊、いつどこで敵と戦う事態になってもおかしくはない。船の外なんかに連れて行ったら他の海賊に横取りされるか、もしくは殺されるか、どちらか一つの事態になる。
獲物を捕まえたあいつらにとって、そんなのメリットもへったくれもない。
だから船の外には絶対に出さない。それは自信を持って言える。恐らく、人魚を捕らえる為に海に出ているということは、船の下部に牢屋か何か閉じ込める為の設備があるんだろう。そう思った俺はあらかじめ拠点から攻撃している仲間たちに船の上部だけを狙うように言った。

ブラック・モンスターが敵の船の左舷に近づき、平行になるように少しずつ傾く。

「野郎ども!準備はいいか!?」
「ウォォォォォォ!!」

仲間たちに発破を掛け、出撃のタイミングを計る。ブラック・モンスターから敵の船に乗り移れる瞬間こそ戦闘の時。
落ち着け……まだ……まだだ………………今だ!

「行けぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ウォォォォォォォォォォォ!!」

右手の長剣を敵に向かって突き出し、仲間たちに出撃の合図を送る。雄叫びを上げながら仲間たちは次々と敵の船に飛び乗る。だが、相手も黙っちゃいない。敵は武器を構えて仲間たちに応戦し、数人がブラック・モンスターに飛び乗ってきた。
悪いが俺はこんな奴らに構っている場合じゃない。まずはサフィアを助けてこっちに連れ戻さないといけない。

「ヘルム!俺はサフィアを助けに行く!ここは任せたぞ!」
「待ってくれ、キッド!」

敵の船へ飛び乗ろうとする俺をヘルムは呼びとめた。
何だ?いつもは止めないで行かせてくれるのに。

「……必ず、助けるんだよ!いいね!?」
「…………おう!」

ヘルムの力強い言葉に俺は腹の底から返事をした。改めて敵の船に向き直り、助走をつけて敵の船へ飛び乗った。
その途端、三人の敵が剣を構えて一斉に襲いかかってきた。
俺は体勢を立て直し、先陣切って斬りかかってきた一人の男の横斬りを長剣で受け止め、すかさず腰のショットガンを抜き取り、男の足を撃ちぬいた。痛みで蹲る男の顔面を蹴り上げ、男は呻き声を上げながらその場で倒れた。

「この野郎!」

もう一人の男が縦に剣を振ってきた。俺は右足を軸に反時計回りに回転し攻撃をかわす。男の背後に回り込み、脳天めがけてショットガンを叩き落とし、気を失い倒れそうになる男の背を蹴り飛ばした。その反動で男は前方に飛ばされ、船の柵に顔面を強打した。
二人の敵を倒した俺は、もう一人の男に向き直った。

「く、来るな……来るな!」

惨劇を目の当たりにしたせいか、男は震えながらも剣を構え抵抗した。

「……お前ら、人魚を捕まえたんだってな?」

俺の突然の質問を聞いた途端、男は驚きの表情を浮かべた。

「お前……何で知ってるんだ……?ま、まさか!お前らの目的は人魚だな!」

男は改めて武器を構え直し、再び対抗の意思を示した。

「お前らに人魚は渡すもんか!あれは俺たちのものだ!三日もかけてようやく捕獲できたんだ!大事な金の素をみすみす渡すもんかよ!」

声を荒げる男に俺は徐々に詰め寄る。

「金の素か……お前らが人魚をそんな目で見てるんなら……尚更見過ごす訳にはいかねぇな。第一……」

俺は声に凄味を効かせて言った。

「お前らのくだらない欲望なんかの為に、サフィアを犠牲にさせて堪るかよ!」

男は一瞬だけ怯んだが、体勢を立て直し俺に襲いかかろうとした。その瞬間、男は何かに縺れかかったように前方に転んだ。よく見ると男の右足には鞭が巻かれていた。

「船長さん、いいこと教えてあげる♪」

男を転ばせたのは仲間のダークエルフだった。余裕の表情で転んだ男の頭を足で力強く踏みつけぐりぐりと捻じり込んだ。

「あそこの、二つの階段の間に挟まれているドアがあるでしょ?さっきドアが開くところをチラッと見たんだけど、その奥は下り階段になってたわ。たぶん、あそこに船長さんが言ってたシー・ビショップが捕まっていると思うの」

ダークエルフはドアを指差しながら言った。
あそこにサフィアが……。

「それと、これ持ってって。さっき私のダーリンが管理室から盗んだ牢屋の鍵よ。六つもあるけど、どれがどの牢屋の鍵かまでは分からないから、自力で頑張って♪」

ダークエルフは俺に鍵の束を投げ渡した。
ここまでしてくれるだけでありがたい。

「すまねぇ、ありがとよ!」
「お礼なら、船長さんとシー・ビショップの馴れ初め話を聞かせてね♪」

礼を言いながらドアへ向かう俺にダークエルフが言ってきた。
それとこれとは別だが……まぁ、考えておくか。



******************



何やら外が騒がしくなった。居眠りをしていた男は突然の轟音に飛び起き、外の様子を見に行った後、再びここに戻りうろたえている。

「加勢に行くか……いや、人魚を見張ってなきゃいけねぇし……あ〜、でも加勢に行かなきゃ負けちまうかもしれねぇ……いやいや、行ってる間に人魚を連れて行かれる可能性もある……あ〜もう、どうすりゃいいんだよ……」

男はぶつぶつと独り言を呟きながら右往左往する。独り言によると、外では戦闘が始まっているらしい。
もしかして、今この人たちと戦っている敵も私が目的……?そう思った時、私の周りには、もはや味方が一人もいない事を悟った。
やっぱり私、死んじゃうんだ……。
恐怖と絶望が体中を支配する。何も出来ない自分に儚さを感じる。

その時!

「ぎゃあああああああ!!」

突然、外へ繋がる階段の上から断末魔の様な悲鳴が聞こえた。その声に反応した見張りの男はビクッと体を跳ねさせた。

「ど、どうした!?何だ!?……ええい!俺も男だ!やってやる!やってやるぞ!」

戦う道を選んだのか、男は腰から剣を抜き取り、階段を駆け上がっていった。
一人残された私の周りに静寂が漂う。そして……。

「ぐぁ、がっ!うっ!ぐっ!ぐっはぁ!」

見張りの男が階段から転げ落ちてきた。一つ一つの段に体を叩きつけられ、男の頭から血が流れていた。

「てめぇ……ハメやがった……な…………」

階段の上を睨みつけて小さい怒号をあげた男は、やがて力尽き気を失った。
何?一体何が?
私はその時、何が起きたのか分からず階段の上を見上げた。
すると……ギシッ、ギシッ、と木が踏みつけられる音が響いた。その音は徐々に大きくなっていく。
階段を下る音だ。この男を倒した何者かがこっちに向かって来る。そう思った瞬間、体中を支配していた恐怖と絶望が一気に増していく。耐え切れなくなり、私は頭を抱え込んだ。
やがて階段を下りる音が止むと、カッ、カッ、とこちらに向かって歩く音が響いた。

もうだめだ……私……また攫われて……殺される……嫌だ…………死にたくない……死にたくないよ……助けて…………助けて………………


「助けて……キッド……!」


「ああ、今助ける」


…………え?今の声は……?

聞き覚えのある声。私は声の主が誰か確かめるためゆっくりと顔を上げた。そこには……

「……キッド……」

確かにいた。私の前にいた。私の愛しい人が、会いたかった人が、そこにいた。

「大丈夫か?待ってろ、今出してやるからな」

キッドは牢屋の鍵穴に鍵を入れた。ガチャリという音が響き、牢屋の扉が開き、キッドが中に入ってきた。

「キッド……あなた……本当に……キッドなの……?」

目の前の現実を受け止める事が出来ず、私は思わずそんなことを訊いてしまう。そんな私にキッドはその場でしゃがみ込んだ。

「……かつてお前が俺に母親の話をした時に、確かお前の母親はこう言ったよな……『世界中にいる人間と魔物を幸せにするのですよ』……」
「!!」

その言葉を聞いた時、私は息を呑んだ。かつて母が私に言った言葉。これを知っているのは、私とキッド、そしてピュラの三人だけ。という事は……。

「正真正銘、キッド・リスカードだ」

あの優しい笑顔を見せてくれた。会いたかった人が、愛しい人が、笑ってくれた……!

体中を支配していた恐怖と絶望が瞬く間に消えた。次第に安堵が包み込み、心が温かくなってきた。それと同時に、涙が……。

「…………う……うぅ…………うわぁぁぁぁぁぁん!!」

もう抑えきれない……!私はキッドに抱きついた。涙が溢れながらも、強く、離れないように。
キッドはそんな私の背中を優しく撫でてくれた。優しく、何度も。

「大丈夫、もう大丈夫だ。お前には俺がいる。だからもう、大丈夫だ」

キッドは優しく囁いてくれた。そして涙が枯れるまで、このままでいてくれた…………。



******************



牢屋からサフィアを救出する事に成功した俺は、サフィアを連れて一旦ブラック・モンスターに戻る事にした。海へ逃がす事も考えたが、サフィアが海にいたのにも関わらず一度捕まってしまったのは紛れもない事実。海に飛び込んでも、また狙われてしまう。それならブラック・モンスターに乗せた方がよっぽど安全だ。
ドアの隙間から外の様子を見る。戦場は収まることなく仲間たちが敵と応戦していた。
さて、どうする?ここから敵の攻撃を掻い潜りつつ、一気に駆け抜けてブラック・モンスターに戻るか?と言っても、サフィアは人魚。人間と違って水の無い所を駆け抜けるのは至難の業だ。俺がサフィアを背負って行くしかないな。

「サフィア、しっかりつかまってろよ」
「は、はい」

サフィアを背中に乗せ、俺は心の中で五つ数を数えた。
五、四、三、二、一…………今だ!

「おぅらぁ!」

俺は勢いよくドアを蹴破り、その勢いのままブラック・モンスターへ駆け抜け……ようとしたが、

「おわぁ!」

迂闊だった。突然敵が足元に転がり込んできたせいで転びそうになった。なんとか踏ん張って転ぶのは避けられたが、思わず発してしまった俺の悲鳴に誰もが注目した。

「お、おい!あれ、俺たちが捕らえた人魚だ!」
「あの野郎!横取りするつもりだな!?そうはいくか!」

敵が一斉に襲いかかってきた。やばい……サフィアを背負っているから長剣もショットガンも抜けない。なんとか蹴りだけで応戦するしか……と思ったのも束の間、

「ふん!」
「はぁ!」

戦闘員とリザードマンの夫婦が俺の前に立ち、前衛の敵を斬り倒した。

「船長、ここは我々にお任せを!」
「こやつらを倒して道を開きます!その後について来てください!」

頼もしい声を上げ、襲ってくる敵を次々と倒し前へ進む二人。俺はその後についていく。だが、

「バカめ!背中がガラ空きだ!」

俺の後ろから敵が一人で斬りかかってきた。サフィアを傷つける訳にはいかない。俺はなんとか蹴りだけで応戦しようとした。すると、

「調子に乗るんじゃないよ!」

アカオニが巨大な金棒で敵を叩き潰した。

「後ろはアタイに任せな!船長はしっかりその娘を守るんだよ!」

後ろから来る敵を次々と殴り倒し、得意げな表情でアカオニが言った。俺は引き続き前方で敵を倒し進む二人の後を追いブラック・モンスターへ向かう。
あと少し……あと少しだ!
三人の援護のおかげでなんとかブラック・モンスターのすぐ傍にまで辿りつく……その直前に、

「お待ちなさい」

突然、空から一人の初老の男が俺たちの前に立ちはだかった。
その男は黒斑眼鏡を掛け、その奥から糸のように細い目がこっちを覗いている。
更に特徴的なのは、男は柄の部分が長い大鎌を持っていて、その刃の部分にはどこか禍々しい覇気が漂っていた。
この船で倒した敵とは明らかに風貌が違う。まさか、こいつが船長か?

「困りますねぇ、大事な資金源を勝手に持ち出されては。人魚が欲しいのであれば自分たちで捕まえればよろしいでしょう?」

男はゆっくりとした動作で鎌の切っ先を俺に向けた。口調こそは優しいが、心なしか俺を威嚇しているようにも見えた。

「悪いが、俺は最初からサフィアを助ける為に殴り込みに来たんだ。で、お前は誰だ?この船の船長か?」
「ほう……察しが良いのですね、申し遅れました。ワタクシ、この船の船長を務めさせているバランドラ・ムスドと申します。以後、お見知りおきを」

バランドラと名乗った男は右手を胸に添えてお辞儀をした。
なんだ、こいつは?人魚を襲っているって聞いたからどれ程の悪漢かと思ったが、妙に礼儀正しく海賊の船長とは思えない。
そう思っていると、戦闘員が剣を構えて言った。

「まさか船長自ら姿を現すとはな……だが、おかげで我が船長の手を煩わせずに済む!覚悟!」

戦闘員が先陣切ってバランドラに斬りかかった。その攻撃をバランドラは持っていた鎌で受け止めた。

「残念ながら、貴公に用はありません。ワタクシはそこの船長に用があるのです」
「問答無用!」

戦闘員は一歩後ろへ下がり距離を取ると、再び前へ踏み込む。そして凄まじい速度で剣の連撃をお見舞いした。
やったか……いや、効いてない!
バランドラは連撃の速度に合わせて鎌で全ての攻撃を受け流していた。

「くっ、やりおる!」

戦闘員が一旦引き返すと同時に、今度はリザードマンがバランドラに挑んだ。

「今度は私が相手だ!」

リザードマンが横に斬りかかると、バランドラは鎌で受け止めた。瞬時にリザードマンは身を低くして時計回りに回転し、下段の蹴りを繰り出した。だが、バランドラはタイミングを見計らったかのようにその場で高く跳びあがり下段の蹴りをかわした。バランドラは空中で縦方向に鎌を振る構えに入り、着地する勢いを利用してリザードマンに鎌を振り下ろした。リザードマンは咄嗟に身を翻し鎌を避けると、戦闘員の隣に引き返した。

「お二人は中々の戦闘力ですね……ですが、いつまでも貴公等に構っている暇はありません」

バランドラは水平に鎌を振る構えに入った。その時、鎌に宿る覇気が増したように見えた。やがて覇気は黒色に染まり、刃の部分が見えなくなり……。

「ひれ伏せなさい!」

バランドラが鎌をその場で水平に振った。その時、俺は信じられないものを見た。刃に宿っていた覇気が三日月型に変形し、こっちに向かって飛んできた。

「ぐわぁ!」
「あぁ!」

三日月型の覇気が前にいる二人を襲った。二人は腹部から血を流し、その場で跪いた。

「ぐぅ……っく……ふ、不覚……」
「今のは……一体……?」

あの二人は俺の仲間の中でもトップクラスの戦闘力を誇る戦闘員。その二人がいっぺんに傷を付けられるとは……あいつ……強い……!
俺はバランドラが只者ではないと確信した。

「さぁ、次は貴公です」

バランドラは俺を見据えて言った。
まずいな……速くサフィアをブラック・モンスターに乗せたいが、まずはバランドラを退けさせるしかない。だが、サフィアを放っておく訳にはいかない……。
すると……。

「船長さーーーーーーん!!」

俺がどうするか迷っていると、突然後ろから明るい声が聞こえた。振り返ると、遠くから俺の仲間のワーラビットがもの凄い速さでこっちに向かって走ってくる。

「あたしに任せてくださーーい!その人魚さんを、船長さんの左側に立たせてくださーーい!」

突然の事に戸惑ったが、俺は咄嗟に言われたようにサフィアを左側に立たせた。すると……。

「とりゃあーーーーーーーー!!」

瞬時にサフィアを抱きかかえると同時に、ワーラビットがブラック・モンスターに向かって高く跳び跳ねた。助走によって勢いを増し、より高く跳んだワーラビットの身体はバランドラの頭上を通り過ぎ、やがてブラック・モンスターに華麗に着地した。
あいつ……スゲェな……。
俺はワーラビットの勇気ある行動に感謝した。バランドラは何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くしていた。

「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
「あ、は、はい。ありがとうございます」
「えへへ、どういたしまして」

サフィアを降ろして礼を言われたワーラビットは照れながら後頭部を撫でた。その二人の下にヘルムとワーラビットの夫であるキャビンボーイが駆け寄ってきた。

「やったよ、ダーリン!あたし、頑張ったよ!」
「ああ、よくやった!本当に頑張ったね!」

キャビンボーイとワーラビットは互いに手を取り合い、子供の様な笑顔を浮かべて喜びあった。
なんとも微笑ましい光景だな……と思った瞬間、バランドラは不愉快な表情でその光景を睨みつけていた。

「これはこれは……なんとも憎たらしいウサギさんですねぇ……切り刻んで、食べたい位に……」

バランドラはワーラビットに向かって大鎌を水平に振る構えを見せた。
これは……さっきと同じ技か!?

「「ぎゃーーーーーーー!!助けてーーーーーーー!!」」

殺意を向けられた事に気づき、ワーラビットとキャビンボーイは互いに抱き合って悲鳴を上げた。
そうはさせねぇ!
俺はバランドラに駆け寄り、長剣を抜き振り下ろした。バランドラはすぐに構えを崩し、俺の長剣を大鎌で受け止めた。

「ヘルム、サフィアを頼む!」

ブラック・モンスターにいるヘルムに告げた俺は、手を休めずにバランドラに詰め寄り斬りかかった。ただがむしゃらに攻撃している訳じゃない。バランドラにやられた二人の戦闘員を巻き込ませない為に、バランドラを少しずつ自然に遠ざけさせるように詰め寄りながら攻撃している。

「おい、お前ら大丈夫か!?」
「しっかり掴まってな!アタイたちが船まで連れてってやるよ!」

後ろから砲手とアカオニの声が聞こえた。どうやら怪我をした戦闘員とリザードマンをブラック・モンスターに連れて行ってくれるらしい。やがて長剣と大鎌の押し合いになった状態で、バランドラが話してきた。

「……まぁ、良いでしょう。人魚なんてまた捕まえれば良いだけの事です……それに、ワタクシは今、貴公と少しお話がしたいのです」

バランドラは身を翻し俺から距離を取ると、右手を高々と上げ周囲にいる部下に言った。

「ワタクシの部下に告ぐ!直ちに武器を捨てなさい!」

この一言で騒がしかった戦場が一気に静まりかえった。バランドラの部下たちは納得のいかない表情を浮かべながらも、命令に従い次々と武器を捨てた。
どういうつもりだ?
バランドラの意図が分からず、俺はバランドラに訊いた。

「……どういうつもりだ?まさか、降参する気じゃないだろうな?」
「降参だなんて、とんでもない。ワタクシはただ、貴公のお望みを叶えてあげただけです」
「お望み……だと?」

ますますバランドラの意図が分からなくなった俺は首を傾げた。それを他所に、バランドラは再び話し始めた。

「貴公は、ワタクシたちに捕まった人魚を助けたい。そして部下たちも守りたい。貴公はそう思っているのでしょう?しかし、貴公はここで人生という長い旅を終わらせてしまうのです。故に、最期の願いだけでも叶えてあげようと思うのです」

ここでようやく、俺はバランドラの言いたいことが理解できた。

「要するに……お前はここで俺を倒す。だから情けとして願いだけは叶えてやろうってことか」
「お察しの通りですが……ご安心ください。ワタクシの部下には貴公と戦わせません。貴公には、このワタクシが手を下さないと意味がありませんので」

成程……一騎討ちの勝負か……おもしれぇ!

「野郎ども!俺はこの一騎討ちの勝負に全力で挑む!手出しは無用だ!お前らは先にブラック・モンスターに戻れ!」

この勝負に受けて立つ為に、俺は仲間たちに呼びかけた。いつもの雄叫びの返事こそ返ってはこなかったものの、仲間たちは全員大人しくブラック・モンスターに戻った。

「わざわざ部下を船に戻させる必要は無いですよ。ワタクシは貴公だけを攻撃するつもりですから」
「ここに残したまま放って置いたら、巻き添えを食らわせちまうだろ?」

俺の言葉にバランドラはフッと鼻で笑い、船の中央部まで移動した。

「貴公も……仲間を大事にするなんて大それた事を言う人間なんですね……あの男にそっくりです」
「……あの男?」
「ええ……戦う前に、ここで一つ昔話をしましょう」

バランドラはゆっくりと天を仰ぎ語り始めた。

「それは……二十年も前の事。とある国を治めていた、とある男がいました。その男は教団に所属しており、神々を崇拝しておりました。男はより良い高潔な国のために、住民たちから金を巻き上げ、魔物を殲滅し、魔物と友好を深める住人を容赦なく殺しました。男はそれなりに幸せな生活を送っていました」

おいおい、冒頭からいきなり酷い主人公が出たな……。

「しかし、そんな幸せな生活は何の前触れもなく消えてしまいました。男のやり方が気に食わないと、とある一人の男と一人の魔物が住民を引き連れて反乱を起こしたのです」

ん?男と魔物が協力して反乱を起こした?どっかで聞いた事があるような……。

「男と教団は必死に戦いました。しかし、その努力も空しく男は負けてしまい、その国から追い出されてしまいました。更に運の悪い事に、住民たちから金を巻き上げていた事が教団の人たちに知らされ、男はついに教団からも追い出されてしまいました」

追い出された?これも聞いた事がある。

「その時、男は悟ったのです。自分は神に見放された。あれだけ崇拝していたのにも関わらず、神は自分を捨てたのだと」

バランドラの声が徐々に荒々しくなってきた。おまけに鼻息が荒くなってきている。

「そして、男は誓いました。自分を捨てた神に復讐すると、神が創ったこの世界を滅ぼすと……」

バランドラは視線を天から俺に移し、腹の底から声を荒げた。

「私の幸せを奪ったあの男を……貴公の叔父を……ルイス・スロップを殺してやると!」
「!!」

ルイス・スロップ……俺の叔父さん……。

俺は、バランドラが話した昔話の真意を理解した………………。

続く
11/09/05 17:27更新 / シャークドン
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■作者メッセージ
一時拠点を制圧し、バランドラの一味が全員戻ってきたところを奇襲する案が出たのですが、やはり海賊であるキッドには海の上で戦わせたいと思い今に至ります。
いいじゃない……海の上で戦う海賊って……ロマンがあっていいじゃない……
(は?

ここで、自分で書いておいて大変恐縮ですが、少々補足説明を……。
キッドがサフィアを救出するシーンにおいて「ぎゃあああああああ!!」
と言う悲鳴が出ましたが、実はあれ、キッドの演技なのです。悲鳴に釣られて来たところをすかさず長剣で斬るという作戦だったのです。
自分で読み返して「この部分、ちょっと分かり難いな……」と思い、ここに書かせていただきました。

誤字・脱字、指摘したい部分があれば遠慮なくご報告お願いします。

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