モフモフパニック!!
「え〜っと……これくらいで大丈夫だな」
医療室にて、俺は冒険の準備を進めていた。船は既に島に停泊してて、降りればすぐに上陸できる。後は消毒液や包帯など、怪我をした時の為の医療品を揃えれば出発できる。
「さて、行くか」
外でコリックが待ってるから速く行かないとな。待たせ過ぎると、またリシャスに文句を言われる羽目になる。
必要な物を揃えた俺は、引き出した物を早急に片付けて医療室を出て行った…………。
************
「さ〜て、次は何を作ろうかな〜?」
ダイニングで一休みした私は、新しい新薬を作る為に医療室に戻った。
実は以前に新しい薬が完成したけど、まだ実験は行ってない。今すぐ効果を確かめたいけど、試すには場所が悪いから、都合の良い時まで先送りする事にした。
今は新しい薬を作る段階に入ってる。次はすぐに試せる薬を開発しよう。
「……あら?」
私は、机に置かれてる手紙の様な物に目が留まった。手紙は空の瓶によって押さえられている。
そう言えば、船長さんが冒険の準備の為にこの部屋に入るって言ってたわね。この手紙は船長さんが書いたのかしら?
私は机の手紙を取って読んでみた。
「……え?」
その内容を見た瞬間、顔が青ざめた気がした。いや、間違いなく青ざめた。
「もしかして……!」
私は手紙を抑えてた空の瓶を見直した。
……間違いない!これは私が新しく作った薬を入れてた瓶だわ!
まさか……船長さんは既に島へ!?
「大変!急いで連れ戻さないと、船長さんが!」
************
「うわ〜……凄いですね…………!」
「ああ、こりゃ広いな…………!」
島を上陸して、生い茂る木々を抜けた先には、だだっ広い草原が待っていた。辺り一面短い草に覆われて、吹き抜ける風が爽やかな気分にさせてくれる。
「ここでのんびりと昼寝をしたら気持ちいいだろうな……」
「いいですね!あと、お弁当を持ってみんなで食べたら最高ですね!」
コリックは楽しそうに言った。
確かに、ここでみんなで宴ってのも悪くないな。もう少し探索して、本当に安全な島だと確認したら、夜になってから仲間たちを呼んで宴にしようか。
そう言えば、この島には誰かいるのか?草原に着くまでは誰にも会わなかったが…………。
「ねぇ、そこのお兄さん」
俺の疑問を解くかの様に、後ろから誰かが呼びかけた。振り向くと、狐のしっぽと狐の耳を持った女……つまり、妖狐が立っていた。
なんだ、ちゃんと島に住んでる人が居たのか。ちょうど良い、この島について色々と聞かせて貰うとするか。
「アンタ、この島に住んでるのか?俺たちは旅をしているんだが、この島には初めて来たんで、悪いんだが、この島について色々と聞かせてくれないか?」
「ええ、良いわよ。でも、それより……」
妖狐は俺に歩み寄ると、突然俺の腕を掴んできた。
「お、おい、アンタ…………」
予期もしない出来事に、俺は戸惑ってしまった。俺の腕を掴んでる妖孤は、どこか恍惚の目で俺を見つめ、狐のしっぽを揺らせて……。
「私の家に寄って行かない?そこで……エッチしましょ♪」
「……って、ちょっと待てぇ!」
俺は慌てて妖孤の腕を振り解き、距離を置く様に後退りした。黙って様子を見てたコリックも、オドオドしながら俺の後ろに回った。
「何考えてるんだ、アンタ!俺はただ、この島について色々と聞きたいだけで……!」
「島の事なら後で教えてあげるわよ。それより、ほら、恥ずかしがらないで、良い事しよ♪」
艶めかしい目で俺を見つめながら、妖孤は尚も歩み寄ってくる。
何なんだよ、一体……!?こいつも魔物なら、俺が既に嫁を娶ってる事だって判断できるハズなのに……!
すると……。
「こらー!ちょっと待つニャー!」
突然、横から甲高い声が響いた。そこにはワーキャットが立っていて、素早く俺の隣に駆け寄った。
「この人はアタシのものだニャ!胸だけが取り柄の狐はあっちへ行くニャ!」
……助けてくれるのかと思ったが、こいつもか……。
「あ〜、あのな……」
「ニャフ〜ン♪ご主人様〜♪ゴロゴロしてニャ〜ン♪」
俺の弁明を聞く前に、ワーキャットは俺の足に擦り寄ってきた。
一見すると微笑ましい光景なんだろうが……これだけは言える。このワーキャット、明らかに何かねだってる。
「ちょ、ちょっと!その人は私が先に見つけたのよ!横取りするんじゃないわよ!」
「お、おい!待て!」
妖狐は俺に駆け寄り、腕を掴んで自分の方へ引き寄せようとした。
「ああ、ちょっと!放すんだニャ!ご主人様が可哀想だニャ!」
それに対し、ワーキャットも負けじと俺のもう片方の腕を掴んで引き寄せる。
「誰がご主人様よ!図々しいのにも程があるわ!」
「無理に誘おうとしたあんたに言われたくないニャ!」
「この人は私のダーリンになるのよ!まな板おっぱいの小娘は引っ込んでなさい!」
「魔物に必要なのは胸じゃないニャ!スケベ心丸出しのエロ狐よりマシだニャ!」
「何よ!ガキんちょの癖に生意気なのよ!」
「年増女が出しゃばるんじゃないニャ!」
痛い痛い痛い!!引っ張るな!引っ張るなって!
「止めねぇか!!」
俺は力づくで両腕を振り解き、逃げる様に二人から離れた。コリックも後に続いて俺の後ろに回った。
「俺は女とイチャイチャする為に此処に来たんじゃない!第一、アンタらには悪いけど、俺にはもう魔物の嫁がいるんだ!そんなに男が欲しいんだったら、他を当たってくれ!」
俺は妖狐とワーキャットに向き直って抗議した。
幾ら男に飢えてるからって、これはやり過ぎだろ……!
「またまた、そんな嘘付いちゃって」
「ご主人様から他の魔物の匂いなんかしないニャ」
「え?」
匂いがしない?そんな馬鹿な……!?
俺はちゃんとサフィアと夫婦の儀式を行った。それなのに、匂いがしないなんて……どう言う事だ?
「むしろね、お兄さんからは甘い匂いがするのよね〜」
「そうそう、嗅いでいるとムラムラしちゃうニャ〜」
……甘い?ムラムラ?何を言ってんだ?
俺は思わず手の甲の匂いを嗅いでみたが、何も感じなかった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
俺の後ろにいたコリックが二人の前に出た。
「キッド船長の言ってる事は本当です!キッド船長はシー・ビショップの方と結婚してまして……」
「「あんたは黙ってなさい(るニャ)!!」」
「ひぃ!」
二人の気圧に怖気づいたコリックは、再び俺の後ろに回った。
頼むよ、もう少しだけ気張ってくれよ……。
「ほら、お兄さん、こんな猫なんか放っておいて、私とラブラブしましょ♪」
「ご主人様〜♪狐に構わないでアタシを撫で撫でしてニャ〜ン♪」
二人は俺に詰め寄って来る。俺は呼応するように徐々に後退する。
よく分からないが、ここは逃げた方が良さそうだな……!よし!
「あー!!」
「「え?」」
「今だ!逃げるぞ、コリック!」
「は、はい!」
俺が指を指して二人の気を逸らしてる隙に、俺はコリックを連れて森へ向かって逃げだした。
こんなセコい手段を使うのも不本意だが、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
「ああ!お兄さん!待って!行かないで!」
「ご主人様〜!アタシを置いて行かないで〜!」
背後から二人の声が聞こえたが、構ってる暇は無い。速く船に戻らないと……!
って、おわぁ!?
「わぁ〜!素敵な殿方です〜!」
森へ入ろうとした直後、今度は森の中からワーシープが出てきた。そいつも恍惚な目で俺を見つめながらゆっくりと詰め寄ってくる。
おいおい、こいつもかよ……!
「お兄さ〜ん!」
「ご主人様〜!」
二人の声が聞こえた。振り向いて見ると、さっきの妖狐とワーキャットが追って来た。
ヤバい!速く逃げないと!
「アンタ、悪いんだが通してくれ!急いでるんだ!」
「え〜?嫌ですよ〜。やっと運命の人と巡り会えたのに〜」
「いや、運命の人って……俺にはサフィアが……って、聞いてるのか!?」
俺の頼みを聞き入れずに、ワーシープは徐々に俺との距離を縮める。後ろからは妖孤とワーキャットが迫って来る。
くそっ!挟み撃ちかよ……!こうなったら……!
「コリック!右だ!」
「は、はい!」
俺は横へ跳んで挟み撃ちを回避すると、素早くワーシープの横をすり抜けて森の中へ逃げ込んだ。生い茂る木々を必死で掻き分け、ある程度走った所で俺は一本の大きな木の前で立ち止まった。
この木に登れば、あいつらから逃れるかもしれない!
「コリック!この木に登るぞ!」
後を追って来る妖狐たちの目を掻い潜る為に、俺は急いで木に登った。コリックも慌てながら俺の後に続いて木に登り始める。やがて、太くて丈夫そうな木の枝に移り、俺は下の様子を見てみた。
「お兄さ〜ん!どこにいるの〜!?」
「ご主人様〜!出てきてニャ〜!」
「一緒にお昼寝しましょうよ〜!」
妖孤、ワーキャット、ワーシープの三人は、木の枝にいる俺に気付かずにその場を通り過ぎて行った。
とりあえず、なんとか振り切れた様だ……。
「何なんだよ、一体……?」
魔物は既に嫁のいる男には襲わないのが常識だ。あいつらも魔物なら、魔力や匂いなどで俺が結婚してる事くらい判断できるハズだ。それなのに、何故あそこまで……?
「……あの、キッド船長……」
「ん?」
俺の隣で木の枝に座ってるコリックが話しかけた。
「……何か、香水でも付けました?」
「……なんでだ?」
コリックの質問の意図が分からず、思わず聞き返すと、コリックは自信無さげな表情を浮かべながら答えた。
「さっき……妖狐さんとワーキャットさんが、キッド船長から甘い匂いがするって言ってましたから……」
そう言えば、そんな事言われてたな……逃げるのに必死ですっかり忘れてた。だが、さっき自分の手の匂いを嗅いでみたが、何も感じなかった。恐らく、魔物にしか感じ取る事ができないのだろう。
香水なんて付けてないし…………ん?香水?
「そう言えば…………」
俺は、医療室にいた時の事を思い出した…………。
〜〜〜数分前〜〜〜
「あと、消毒液も必要だよな。え〜っと……あれか?」
俺は机の左側に設置されてる戸棚に目を移した。その中には様々な液体の入った瓶が並べられている。消毒液があると思った俺は、戸棚を開けて消毒液を探し出した。
「これは……違う。これも……違う」
中段の瓶を漁ったが、その中には消毒液は無かった。今度は頭上の段を探す事にした俺は、手前にある瓶を取りだした。だが、瓶が大きすぎる為か、蓋の部分につっかえて取り出せない。俺は瓶を手前に傾けて取り出そうとした。
その時!
「おわぁっ!!」
瓶の中から液体がこぼれ、俺はその液体を頭から被ってしまった。不意の出来事に驚いた俺は、無意識に瓶から手を放してしまった。そのせいで更に瓶の液体は俺の頭を覆っていく。
「ああ!くそっ!」
悪態を付きながらも、俺は瓶を取り出して液体が流れるのを防いだ。瓶に入ってた液体は全て流され、瓶は空の状態になった。
「……ったく、シャローナの奴!ちゃんと蓋しろよ!」
〜〜〜現在〜〜〜
あの後、俺は液体を拭き取り、シャローナへの文句の手紙を書いて、今に至る。
……あの液体が原因なのか?まさか、媚薬だったなんてオチじゃないだろうな…………?
「あの……何か、心当たりがあるのですか?」
考え事をしてる俺に、コリックは心配そうな表情を浮かべて訊いた。
「ああ、あるにはあるんだが……」
俺は医療室での出来事を話そうとした…………が!
「うぉっ!?」
「わわぁ!?」
なんだ、なんだ!?
突然、俺たちが乗ってる木が大きく揺れ出した。
「男〜!速く下りてらっしゃ〜い!」
木の下から声が聞こえた。見下ろすと、そこにはグリズリーが両手で木を揺すって俺たちを落とそうとしていた。
まさか、こいつも俺が目当てか!?ってか、何でよりによって怪力自慢のグリズリーなんだよ!
「うわぁ!落ちるぅ!」
「頑張れ、コリック!」
俺とコリックは振り落とされない様にしっかりと枝に掴んだ。
「ほらほら、旦那様〜!速く家に帰りましょ〜!」
「お前の旦那になった憶えはねぇよ!」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。
だが、何時までもこうしてる訳にもいかない。このままじゃ振り落とされる。どうすれば……!
「そうはさせないよ!」
突然、何かが木を揺らしてたグリズリーを突き飛ばした。それは、巨大な斧を担いだミノタウロスだった。
「アタイの男に手を出すんじゃないよ!」
「お前の男になった憶えはねぇよ!」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。
……なんだろう……デジャブを感じるが……気のせいか?
「邪魔しないで!」
突き飛ばされたグリズリーは、素早く起き上がってミノタウロスに襲いかかったが、それに対しミノタウロスは両手で受け止め、取っ組み合いの状態に入った。
「今だ、コリック!跳び下りて逃げるぞ!」
俺たちは素早く木から跳び下りて逃げ出した。
しかし……!
「あぁ!いたわ!」
「ご主人様〜!」
「待って〜!」
俺たちを追いかけてた妖狐たちが目の前に現れた。
くそっ!見つかったか!
「コリック、こっちだ!」
俺はコリックを連れて草原の方向に向かって逃げ出した。
「ちょっと!どこ行くの!?」
「待ってくれよ!アタイはここだよ!」
必死に逃げる俺に気付いたのか、グリズリーとミノタウロスも追いかけてきた。やがて、さっきの草原に戻った俺は、走りながらコリックに言った。
「コリック!先に船に戻って、シャローナにこの事を報告してくれ!」
「え!?あ、あの、キッド船長はどうするのですか!?」
「俺はこいつらを振り切ってから船に戻る!」
「そ、そんな!キッド船長を置いてくなんて……!」
コリックは辛そうな表情を浮かべた。
心配してくれるのは嬉しいが、こいつまで巻き込む訳にはいかない。
「大丈夫だ!お前の船長を信じろ!」
俺は余裕の笑みを見せてやった。それに対し、コリックは意を決したのか、無言で大きく頷いた。
「それじゃ、頼んだぞ!」
俺はコリックから離れる様に方向を変えて走り続けた。後を追って来る魔物たちも、コリックには目もくれず俺を追いかけ続けた。
「キッド船長ーーーーー!!」
後ろからコリックの叫び声が聞こえた。
大丈夫だって言ったのに、心配性な奴だな…………。
「待って〜〜〜〜〜!!」
「待たねぇよ!!」
追って来る魔物たちに言い返しながら、俺は足に力を込めて走り続けた。やがて、再び森の中に入り、生い茂る木々を素早く掻い潜りながら逃げ続けた。
「「待って〜〜〜〜〜!!」」
「待たねぇっての!!」
未だに追い続けてる魔物たちに言い返す。
……あれ?さっきより声が大きくなってる様な……。
そう思いながらも、俺は森の中を逃げ続ける。
「「「待ってよ〜〜〜〜〜!!」」」
「待たねぇっつってるだろ!!」
しぶとく追って来る魔物たちに再び言い返す。
……段々声が大きくなってる……。
胸騒ぎを覚えつつも逃げ続けた俺は、再び広い草原に出た。
「「「「待ってってば〜〜〜〜〜!!」」」」
「以下略!!」
まだまだ執念深く諦める事無く追って来る魔物たちに……言い返す気も無くなった。
……なんだろう……大きくなってると言うより、増えてると言った方が正しいか……。逃げるのに必死だったから、後ろの状況を確認してなかった。三秒数えて振り向いて見るか。
一、二の…………三!
「「「「「待て、ゴルァァァァァァァ!!!」」」」」
「ぎゃあああああああああ!!!」
怖い、怖い、怖い!怖すぎて悲鳴上げちまった!!
最初は五人だったのに、何時の間にか数十人にも増えてる!しかも砂煙まで出てるし!
え〜と、俺を追ってるのは……妖狐、ワーキャット、ワーシープ、グリズリー、ミノタウロス、ワーウルフ、ホルスタウロス、ラージマウス、ワーラビット、ケンタウロス……。
って、呑気に確認しとる場合か!!
「ワオォォォン!」
「メェェェェェ!」
「婿にならないと、張り倒すぞぉぉぉぉぉ!!」
なんか、メッチャ鳴いとる!つーか、三番目のは明らかに脅迫だろ!
「俺が愛してるのはサフィアだけだ!いい加減に諦めてくれ!」
「黙らっしゃーい!!」
俺の言う事にも聞く耳持たず、魔物たちは追いかけ続ける。
こりゃ、本気の本気を出さないと……捕まる!!
「サフィア!力を貸してくれ!今すぐ!頼むから!」
俺は首のペンダントに念を送った。ペンダントが光り輝き、俺に力を与えてくれる。
「うぉぉぉぉぉ!!」
ペンダントの力によって足の筋力が増加した事により、逃げる速さが格段に上がった。
よし、いいぞ!追って来る魔物たちの姿が見えなくなった!
俺はそのまま走り続け、追って来る魔物たちをかく乱する為に再び森の中へ入った。
すると……。
「止まって!」
「おわぁ!」
俺の前にユニコーンが立ち塞がった。突然の事に、不覚にも立ち止まってしまった。
マズイ!俺とした事が……!
「大丈夫!私はあなたの味方よ!あなた、キッド君でしょ!?」
「え!?」
何で俺の名前を!?
俺が疑問に思ってると、後ろから俺を追って来る魔物たちの声が聞こえた。
ヤバい!追い付かれる!
「一旦この中に隠れて!速く!」
ユニコーンは、すぐ傍に立ってる大きな木の空洞を指差した。
よく分からないが、ここは助けて貰うしかない!
俺は急いで木の空洞に入り、身を隠した。俺を追って来る魔物たちの声が徐々に聞こえてくる……!
「みんな〜!男の人はあっちに行ったわよ〜!」
ユニコーンは俺とは真逆の方向を指差しながら大声で言った。すると、魔物たちの声が小さくなり、辺りに静寂が漂った。
「……みんな行ったわ。もう出て来ても大丈夫よ」
魔物たちが去った事を確認すると、ユニコーンは隠れてる俺に呼びかけた。俺はゆっくりと木から出て辺りを見渡した。
ユニコーン以外誰もいない。一時だけ凌げたようだ……。
「アンタのお陰で助かったぜ、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
俺が礼を言うと、ユニコーンは両手をかざして微笑んだ。
お陰で助かった……!だが、何で俺の名前を……?
「ところで、アンタ、俺を知ってるのか?」
「あ、そうそう!あのね、詳しい話はサフィアちゃんから聞いたわ。あなたのお嫁さんでしょ?」
「え?ああ、そうだが……サフィアに会ったのか?」
「ええ、さっき海岸でね、あなたの事を頼まれたのよ」
頼まれた?どういう事だ?
俺の疑問に答えるかの様に、ユニコーンは話を切り出した。
「あなた、この島に上陸する前に媚薬を被っちゃったでしょ?」
「媚薬……?あ!まさか……!」
俺は医療室での出来事を思い出した。
やっぱり、あれは媚薬だったのか……!
「サフィアちゃんから聞いた話だけど、その媚薬ってかなり珍しい物で、獣人型の魔物にしか効かないらしいのよ。それ以外の魔物には全然効果が無いみたいなの」
なんだよ、それ!何でそんな細かい技術が必要になる薬が俺の船にあるんだよ!?
「それと、あなたはこの島の名前、知ってる?」
「……いや、知らないが……」
「この島はね、モフモフアイランドって言うの」
……なんか、おとぎ話に出てきそうな名前だな……。まさか、この島には名前通りモフモフした魔物しか住んでないとか言うんじゃないだろうな……?
「この島には、名前の通りモフモフした獣人型の魔物しか住んでないの」
マジかよ!予想的中かよ!……ん?待てよ……?
「あ〜、まさか……俺が被った媚薬は、この島に住んでる殆どの魔物に効いてしまうと?」
「……うん、残念だけど……」
うわぁ……八方ふさがりかよ……最悪の状況だ……。シャローナの奴、後で締め上げてやる!でも……。
「まさか、ここまで効くとは……。俺、もう嫁がいるのに……」
「それなんだけど、あなたの場合は例外みたいなの」
「え?」
ユニコーンは疑問に思ってる俺に説明した。
「その媚薬はね、香水みたいに霧状にして身体に付けて、媚薬から出る匂いで魔物を誘うのが普通の使い方なの。本当なら、既にお嫁さんのいる人が使っても何の意味も無いけど、あなたの場合は頭から大量に被ったせいで、お嫁さんの匂いが媚薬の匂いに上書きされたのよ」
それで魔物たちは俺に嫁がいるかいないか判断できなかったのか……。
いや、待てよ……?
「アンタには効いてないみたいだが……?」
「私が夫にするのは性交が未経験の方だけなの。あなたは既にサフィアちゃんと夫婦になってるでしょ?それと、いくら大量に被っても既に夫のいる魔物には効かないって聞いたわ」
ユニコーンは丁寧に説明した。
成程……確かに、ユニコーンは童貞を夫に選ぶ魔物だ。それに、夫を得た魔物は夫以外の男を男として見ない習性がある。どんなに強力な薬でも、夫婦の愛を引き裂く事は出来ないって事か。
媚薬については一通り理解した。だが、問題は……。
「……あ〜、そう言えば……媚薬の効果を消す方法とか、聞いてないか?」
元はと言えば、この媚薬の匂いのせいで追いかけられる羽目になったんだ。この匂いさえ消す事ができれば、追いかけられずに済むハズだ。
そう思った俺は、自信無さげに訊いたが……。
「ごめんなさい、そこまで聞いてないわ。急いで匂いを消す薬を作ってるらしいけど、かなり時間が掛かるみたいなのよ……」
ユニコーンは申し訳無さそうに答えた。
やっぱり、今すぐには無理か……。となると、匂いを消す薬ができるまで逃げ続けるしかないのか……。
「……でも私、安全に避難できる場所なら知ってるわ」
「え!?」
安全に避難!?そんな場所があったなんて知らなかった!
「どこなんだ!?すぐにそこへ連れてってくれ!頼む!」
「ちょ、ちょっと待って!落ち着いて!」
思わず問い詰めてしまった俺を、ユニコーンは宥めた。
そうだ、こんな時こそ冷静にならないと……!
一回深呼吸をして落ち着いた俺を見るなり、ユニコーンは言った。
「残念だけど、私はあなたを連れて行けないわ」
「……はぁ!?」
何を言い出すんだよ!まさか、かなり危険な場所なのか……!?
「正確には、この島の魔物には行けない場所、つまり、あなたになら行ける場所に行けば良いのよ」
俺にしか行けない場所?どう言う事だ?ますます分からない……!
訳が分からず混乱してる俺を見て、ユニコーンはヒントをくれた。
「あなたにはサフィアちゃんって言うシー・ビショップのお嫁さんがいるでしょ?と言う事は……当然、ちゃんとやったんでしょ?」
やった?やったって…………あ!
「そうか!その手があったか!」
俺は思わずポンと手を打った。
「そう言う事」
ユニコーンは満足げに頷いた。
それにしても、頭良いな……恐れ入ったよ、ホントに!
俺が関心してると…………!
「…………!?」
突然、大勢の声が聞こえた。
ヤバい!もう戻って来たのか!
「ここから東へまっすぐ走ればすぐに着くわ!急いで!」
ユニコーンは東の方向を指差して言った。
「本当にありがとな!後でお礼がしたいから、また会おうぜ!」
俺は走り出すのと同時にユニコーンに言った。
「その先は崖が多いから気を付けてね!」
「おう!」
後ろからのユニコーンの警告に対し、俺は走りながら答えた…………。
俺は崖の前に立ち、下に広がる青い海を見渡した。
どうにか誰にも捕まらずにここまで着いた。あのユニコーンには感謝してもし切れない。後でちゃんとお礼をしないとな。
「……よし!」
意を決した俺は、勢いよく走りだした。
そして…………。
「とりゃあ!!」
崖を跳び下り、海へと跳び込んだ…………。
************
「成程ね……」
私は空から船長さんが海へ飛び込んだ様子を見て呟いた。
「陸の生き物は水の中の匂いまで感じる事は出来ない。これで完全に匂いを断ち切ったわね」
魔物に限らず、人間などの陸で生活している生物は、水の中では鼻が効かない。水そのものに臭いが付く事はあっても、船長さんが跳び込んだのは果てしない海、瓶一杯分の薬の匂いを消すなんて容易い事。
あのまま数分の間、海に潜っていれば自然と媚薬の匂いも消える。島の魔物たちも、今頃は正気に戻っているでしょ。
「結果的には良かったけど、無駄足だったわね……」
私は片手に持ってる媚薬の匂いを消す薬が入った瓶を見て言った。
コリック君が大慌てで船に戻って来て、現状を知らされた時は本当に大変だった。サフィアちゃんは激しくうろたえて勝手に船長さんを探しに行っちゃうし、副船長さんは『速く匂いを消す薬を作るんだ!』って怒鳴るし……。そりゃあ、瓶の蓋を失くした私も悪いけど、ちゃんと蓋の代わりになる物を探したんだし……まぁ、結果オーライって事で。
「ん?」
私は、船長さんに向かって泳いでくる人魚の様なものを見た。
あれは……サフィアちゃん?
間違いなくサフィアちゃんだった。どうやら、無事に会えたみたいね。二人の邪魔をするのも悪いし……。念の為、島の魔物たちの様子を見てからまた来よう。
私は島に向かって飛んで行った。
……でも、あの媚薬は成功したって事よね?次はもっと難易度の高い薬を作ってみようかしら?ハーピーにしか効かない媚薬とか、デュラハンにしか効かない媚薬とか……。
……って、そんなの作ったらまた怒られそう……。でも、売って旅の資金を集める為って言えば……無理かしら?
************
「キッド!」
海の浅層の中、俺はサフィアに抱きつかれた。
「キッド……良かった……!キッドが襲われてると思ったら、私、私……!」
サフィアは俺の胸に顔を埋めてきた。俺はサフィアの頭を優しく撫でた。
そんなに、心配してくれたんだな…………。
「サフィア、俺が愛してるのはお前だけだよ」
耳元で囁くと、サフィアは俺を抱きしめる力を強めた。
「……キッド、ちょっと待っててください」
突然、サフィアが俺から離れた。そして海上に向かって泳ぎ、海面から顔を出すと、島に向かって大声を上げた。
「私はキッドの妻です!キッドは誰にも渡しません!私とキッドは、心から愛し合っているのです!!」
ちょっ!サフィア!大胆過ぎるだろ!
海の中で慌ててると、サフィアは海上から戻ってきて、はち切れんばかりの笑顔を見せながら再び俺に抱きついた。
「ですよね、キッド!」
「……ああ!」
愛おしさを抑えきれなくなった俺はサフィアを抱き返した。それからも、俺たちは暫くの間抱き合っていた…………。
……そうだ、シャローナにはキツイお仕置きをしないとな……!
************
「!?……何!?この寒気は…………!?」
医療室にて、俺は冒険の準備を進めていた。船は既に島に停泊してて、降りればすぐに上陸できる。後は消毒液や包帯など、怪我をした時の為の医療品を揃えれば出発できる。
「さて、行くか」
外でコリックが待ってるから速く行かないとな。待たせ過ぎると、またリシャスに文句を言われる羽目になる。
必要な物を揃えた俺は、引き出した物を早急に片付けて医療室を出て行った…………。
************
「さ〜て、次は何を作ろうかな〜?」
ダイニングで一休みした私は、新しい新薬を作る為に医療室に戻った。
実は以前に新しい薬が完成したけど、まだ実験は行ってない。今すぐ効果を確かめたいけど、試すには場所が悪いから、都合の良い時まで先送りする事にした。
今は新しい薬を作る段階に入ってる。次はすぐに試せる薬を開発しよう。
「……あら?」
私は、机に置かれてる手紙の様な物に目が留まった。手紙は空の瓶によって押さえられている。
そう言えば、船長さんが冒険の準備の為にこの部屋に入るって言ってたわね。この手紙は船長さんが書いたのかしら?
私は机の手紙を取って読んでみた。
「……え?」
その内容を見た瞬間、顔が青ざめた気がした。いや、間違いなく青ざめた。
「もしかして……!」
私は手紙を抑えてた空の瓶を見直した。
……間違いない!これは私が新しく作った薬を入れてた瓶だわ!
まさか……船長さんは既に島へ!?
「大変!急いで連れ戻さないと、船長さんが!」
************
「うわ〜……凄いですね…………!」
「ああ、こりゃ広いな…………!」
島を上陸して、生い茂る木々を抜けた先には、だだっ広い草原が待っていた。辺り一面短い草に覆われて、吹き抜ける風が爽やかな気分にさせてくれる。
「ここでのんびりと昼寝をしたら気持ちいいだろうな……」
「いいですね!あと、お弁当を持ってみんなで食べたら最高ですね!」
コリックは楽しそうに言った。
確かに、ここでみんなで宴ってのも悪くないな。もう少し探索して、本当に安全な島だと確認したら、夜になってから仲間たちを呼んで宴にしようか。
そう言えば、この島には誰かいるのか?草原に着くまでは誰にも会わなかったが…………。
「ねぇ、そこのお兄さん」
俺の疑問を解くかの様に、後ろから誰かが呼びかけた。振り向くと、狐のしっぽと狐の耳を持った女……つまり、妖狐が立っていた。
なんだ、ちゃんと島に住んでる人が居たのか。ちょうど良い、この島について色々と聞かせて貰うとするか。
「アンタ、この島に住んでるのか?俺たちは旅をしているんだが、この島には初めて来たんで、悪いんだが、この島について色々と聞かせてくれないか?」
「ええ、良いわよ。でも、それより……」
妖狐は俺に歩み寄ると、突然俺の腕を掴んできた。
「お、おい、アンタ…………」
予期もしない出来事に、俺は戸惑ってしまった。俺の腕を掴んでる妖孤は、どこか恍惚の目で俺を見つめ、狐のしっぽを揺らせて……。
「私の家に寄って行かない?そこで……エッチしましょ♪」
「……って、ちょっと待てぇ!」
俺は慌てて妖孤の腕を振り解き、距離を置く様に後退りした。黙って様子を見てたコリックも、オドオドしながら俺の後ろに回った。
「何考えてるんだ、アンタ!俺はただ、この島について色々と聞きたいだけで……!」
「島の事なら後で教えてあげるわよ。それより、ほら、恥ずかしがらないで、良い事しよ♪」
艶めかしい目で俺を見つめながら、妖孤は尚も歩み寄ってくる。
何なんだよ、一体……!?こいつも魔物なら、俺が既に嫁を娶ってる事だって判断できるハズなのに……!
すると……。
「こらー!ちょっと待つニャー!」
突然、横から甲高い声が響いた。そこにはワーキャットが立っていて、素早く俺の隣に駆け寄った。
「この人はアタシのものだニャ!胸だけが取り柄の狐はあっちへ行くニャ!」
……助けてくれるのかと思ったが、こいつもか……。
「あ〜、あのな……」
「ニャフ〜ン♪ご主人様〜♪ゴロゴロしてニャ〜ン♪」
俺の弁明を聞く前に、ワーキャットは俺の足に擦り寄ってきた。
一見すると微笑ましい光景なんだろうが……これだけは言える。このワーキャット、明らかに何かねだってる。
「ちょ、ちょっと!その人は私が先に見つけたのよ!横取りするんじゃないわよ!」
「お、おい!待て!」
妖狐は俺に駆け寄り、腕を掴んで自分の方へ引き寄せようとした。
「ああ、ちょっと!放すんだニャ!ご主人様が可哀想だニャ!」
それに対し、ワーキャットも負けじと俺のもう片方の腕を掴んで引き寄せる。
「誰がご主人様よ!図々しいのにも程があるわ!」
「無理に誘おうとしたあんたに言われたくないニャ!」
「この人は私のダーリンになるのよ!まな板おっぱいの小娘は引っ込んでなさい!」
「魔物に必要なのは胸じゃないニャ!スケベ心丸出しのエロ狐よりマシだニャ!」
「何よ!ガキんちょの癖に生意気なのよ!」
「年増女が出しゃばるんじゃないニャ!」
痛い痛い痛い!!引っ張るな!引っ張るなって!
「止めねぇか!!」
俺は力づくで両腕を振り解き、逃げる様に二人から離れた。コリックも後に続いて俺の後ろに回った。
「俺は女とイチャイチャする為に此処に来たんじゃない!第一、アンタらには悪いけど、俺にはもう魔物の嫁がいるんだ!そんなに男が欲しいんだったら、他を当たってくれ!」
俺は妖狐とワーキャットに向き直って抗議した。
幾ら男に飢えてるからって、これはやり過ぎだろ……!
「またまた、そんな嘘付いちゃって」
「ご主人様から他の魔物の匂いなんかしないニャ」
「え?」
匂いがしない?そんな馬鹿な……!?
俺はちゃんとサフィアと夫婦の儀式を行った。それなのに、匂いがしないなんて……どう言う事だ?
「むしろね、お兄さんからは甘い匂いがするのよね〜」
「そうそう、嗅いでいるとムラムラしちゃうニャ〜」
……甘い?ムラムラ?何を言ってんだ?
俺は思わず手の甲の匂いを嗅いでみたが、何も感じなかった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
俺の後ろにいたコリックが二人の前に出た。
「キッド船長の言ってる事は本当です!キッド船長はシー・ビショップの方と結婚してまして……」
「「あんたは黙ってなさい(るニャ)!!」」
「ひぃ!」
二人の気圧に怖気づいたコリックは、再び俺の後ろに回った。
頼むよ、もう少しだけ気張ってくれよ……。
「ほら、お兄さん、こんな猫なんか放っておいて、私とラブラブしましょ♪」
「ご主人様〜♪狐に構わないでアタシを撫で撫でしてニャ〜ン♪」
二人は俺に詰め寄って来る。俺は呼応するように徐々に後退する。
よく分からないが、ここは逃げた方が良さそうだな……!よし!
「あー!!」
「「え?」」
「今だ!逃げるぞ、コリック!」
「は、はい!」
俺が指を指して二人の気を逸らしてる隙に、俺はコリックを連れて森へ向かって逃げだした。
こんなセコい手段を使うのも不本意だが、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
「ああ!お兄さん!待って!行かないで!」
「ご主人様〜!アタシを置いて行かないで〜!」
背後から二人の声が聞こえたが、構ってる暇は無い。速く船に戻らないと……!
って、おわぁ!?
「わぁ〜!素敵な殿方です〜!」
森へ入ろうとした直後、今度は森の中からワーシープが出てきた。そいつも恍惚な目で俺を見つめながらゆっくりと詰め寄ってくる。
おいおい、こいつもかよ……!
「お兄さ〜ん!」
「ご主人様〜!」
二人の声が聞こえた。振り向いて見ると、さっきの妖狐とワーキャットが追って来た。
ヤバい!速く逃げないと!
「アンタ、悪いんだが通してくれ!急いでるんだ!」
「え〜?嫌ですよ〜。やっと運命の人と巡り会えたのに〜」
「いや、運命の人って……俺にはサフィアが……って、聞いてるのか!?」
俺の頼みを聞き入れずに、ワーシープは徐々に俺との距離を縮める。後ろからは妖孤とワーキャットが迫って来る。
くそっ!挟み撃ちかよ……!こうなったら……!
「コリック!右だ!」
「は、はい!」
俺は横へ跳んで挟み撃ちを回避すると、素早くワーシープの横をすり抜けて森の中へ逃げ込んだ。生い茂る木々を必死で掻き分け、ある程度走った所で俺は一本の大きな木の前で立ち止まった。
この木に登れば、あいつらから逃れるかもしれない!
「コリック!この木に登るぞ!」
後を追って来る妖狐たちの目を掻い潜る為に、俺は急いで木に登った。コリックも慌てながら俺の後に続いて木に登り始める。やがて、太くて丈夫そうな木の枝に移り、俺は下の様子を見てみた。
「お兄さ〜ん!どこにいるの〜!?」
「ご主人様〜!出てきてニャ〜!」
「一緒にお昼寝しましょうよ〜!」
妖孤、ワーキャット、ワーシープの三人は、木の枝にいる俺に気付かずにその場を通り過ぎて行った。
とりあえず、なんとか振り切れた様だ……。
「何なんだよ、一体……?」
魔物は既に嫁のいる男には襲わないのが常識だ。あいつらも魔物なら、魔力や匂いなどで俺が結婚してる事くらい判断できるハズだ。それなのに、何故あそこまで……?
「……あの、キッド船長……」
「ん?」
俺の隣で木の枝に座ってるコリックが話しかけた。
「……何か、香水でも付けました?」
「……なんでだ?」
コリックの質問の意図が分からず、思わず聞き返すと、コリックは自信無さげな表情を浮かべながら答えた。
「さっき……妖狐さんとワーキャットさんが、キッド船長から甘い匂いがするって言ってましたから……」
そう言えば、そんな事言われてたな……逃げるのに必死ですっかり忘れてた。だが、さっき自分の手の匂いを嗅いでみたが、何も感じなかった。恐らく、魔物にしか感じ取る事ができないのだろう。
香水なんて付けてないし…………ん?香水?
「そう言えば…………」
俺は、医療室にいた時の事を思い出した…………。
〜〜〜数分前〜〜〜
「あと、消毒液も必要だよな。え〜っと……あれか?」
俺は机の左側に設置されてる戸棚に目を移した。その中には様々な液体の入った瓶が並べられている。消毒液があると思った俺は、戸棚を開けて消毒液を探し出した。
「これは……違う。これも……違う」
中段の瓶を漁ったが、その中には消毒液は無かった。今度は頭上の段を探す事にした俺は、手前にある瓶を取りだした。だが、瓶が大きすぎる為か、蓋の部分につっかえて取り出せない。俺は瓶を手前に傾けて取り出そうとした。
その時!
「おわぁっ!!」
瓶の中から液体がこぼれ、俺はその液体を頭から被ってしまった。不意の出来事に驚いた俺は、無意識に瓶から手を放してしまった。そのせいで更に瓶の液体は俺の頭を覆っていく。
「ああ!くそっ!」
悪態を付きながらも、俺は瓶を取り出して液体が流れるのを防いだ。瓶に入ってた液体は全て流され、瓶は空の状態になった。
「……ったく、シャローナの奴!ちゃんと蓋しろよ!」
〜〜〜現在〜〜〜
あの後、俺は液体を拭き取り、シャローナへの文句の手紙を書いて、今に至る。
……あの液体が原因なのか?まさか、媚薬だったなんてオチじゃないだろうな…………?
「あの……何か、心当たりがあるのですか?」
考え事をしてる俺に、コリックは心配そうな表情を浮かべて訊いた。
「ああ、あるにはあるんだが……」
俺は医療室での出来事を話そうとした…………が!
「うぉっ!?」
「わわぁ!?」
なんだ、なんだ!?
突然、俺たちが乗ってる木が大きく揺れ出した。
「男〜!速く下りてらっしゃ〜い!」
木の下から声が聞こえた。見下ろすと、そこにはグリズリーが両手で木を揺すって俺たちを落とそうとしていた。
まさか、こいつも俺が目当てか!?ってか、何でよりによって怪力自慢のグリズリーなんだよ!
「うわぁ!落ちるぅ!」
「頑張れ、コリック!」
俺とコリックは振り落とされない様にしっかりと枝に掴んだ。
「ほらほら、旦那様〜!速く家に帰りましょ〜!」
「お前の旦那になった憶えはねぇよ!」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。
だが、何時までもこうしてる訳にもいかない。このままじゃ振り落とされる。どうすれば……!
「そうはさせないよ!」
突然、何かが木を揺らしてたグリズリーを突き飛ばした。それは、巨大な斧を担いだミノタウロスだった。
「アタイの男に手を出すんじゃないよ!」
「お前の男になった憶えはねぇよ!」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。
……なんだろう……デジャブを感じるが……気のせいか?
「邪魔しないで!」
突き飛ばされたグリズリーは、素早く起き上がってミノタウロスに襲いかかったが、それに対しミノタウロスは両手で受け止め、取っ組み合いの状態に入った。
「今だ、コリック!跳び下りて逃げるぞ!」
俺たちは素早く木から跳び下りて逃げ出した。
しかし……!
「あぁ!いたわ!」
「ご主人様〜!」
「待って〜!」
俺たちを追いかけてた妖狐たちが目の前に現れた。
くそっ!見つかったか!
「コリック、こっちだ!」
俺はコリックを連れて草原の方向に向かって逃げ出した。
「ちょっと!どこ行くの!?」
「待ってくれよ!アタイはここだよ!」
必死に逃げる俺に気付いたのか、グリズリーとミノタウロスも追いかけてきた。やがて、さっきの草原に戻った俺は、走りながらコリックに言った。
「コリック!先に船に戻って、シャローナにこの事を報告してくれ!」
「え!?あ、あの、キッド船長はどうするのですか!?」
「俺はこいつらを振り切ってから船に戻る!」
「そ、そんな!キッド船長を置いてくなんて……!」
コリックは辛そうな表情を浮かべた。
心配してくれるのは嬉しいが、こいつまで巻き込む訳にはいかない。
「大丈夫だ!お前の船長を信じろ!」
俺は余裕の笑みを見せてやった。それに対し、コリックは意を決したのか、無言で大きく頷いた。
「それじゃ、頼んだぞ!」
俺はコリックから離れる様に方向を変えて走り続けた。後を追って来る魔物たちも、コリックには目もくれず俺を追いかけ続けた。
「キッド船長ーーーーー!!」
後ろからコリックの叫び声が聞こえた。
大丈夫だって言ったのに、心配性な奴だな…………。
「待って〜〜〜〜〜!!」
「待たねぇよ!!」
追って来る魔物たちに言い返しながら、俺は足に力を込めて走り続けた。やがて、再び森の中に入り、生い茂る木々を素早く掻い潜りながら逃げ続けた。
「「待って〜〜〜〜〜!!」」
「待たねぇっての!!」
未だに追い続けてる魔物たちに言い返す。
……あれ?さっきより声が大きくなってる様な……。
そう思いながらも、俺は森の中を逃げ続ける。
「「「待ってよ〜〜〜〜〜!!」」」
「待たねぇっつってるだろ!!」
しぶとく追って来る魔物たちに再び言い返す。
……段々声が大きくなってる……。
胸騒ぎを覚えつつも逃げ続けた俺は、再び広い草原に出た。
「「「「待ってってば〜〜〜〜〜!!」」」」
「以下略!!」
まだまだ執念深く諦める事無く追って来る魔物たちに……言い返す気も無くなった。
……なんだろう……大きくなってると言うより、増えてると言った方が正しいか……。逃げるのに必死だったから、後ろの状況を確認してなかった。三秒数えて振り向いて見るか。
一、二の…………三!
「「「「「待て、ゴルァァァァァァァ!!!」」」」」
「ぎゃあああああああああ!!!」
怖い、怖い、怖い!怖すぎて悲鳴上げちまった!!
最初は五人だったのに、何時の間にか数十人にも増えてる!しかも砂煙まで出てるし!
え〜と、俺を追ってるのは……妖狐、ワーキャット、ワーシープ、グリズリー、ミノタウロス、ワーウルフ、ホルスタウロス、ラージマウス、ワーラビット、ケンタウロス……。
って、呑気に確認しとる場合か!!
「ワオォォォン!」
「メェェェェェ!」
「婿にならないと、張り倒すぞぉぉぉぉぉ!!」
なんか、メッチャ鳴いとる!つーか、三番目のは明らかに脅迫だろ!
「俺が愛してるのはサフィアだけだ!いい加減に諦めてくれ!」
「黙らっしゃーい!!」
俺の言う事にも聞く耳持たず、魔物たちは追いかけ続ける。
こりゃ、本気の本気を出さないと……捕まる!!
「サフィア!力を貸してくれ!今すぐ!頼むから!」
俺は首のペンダントに念を送った。ペンダントが光り輝き、俺に力を与えてくれる。
「うぉぉぉぉぉ!!」
ペンダントの力によって足の筋力が増加した事により、逃げる速さが格段に上がった。
よし、いいぞ!追って来る魔物たちの姿が見えなくなった!
俺はそのまま走り続け、追って来る魔物たちをかく乱する為に再び森の中へ入った。
すると……。
「止まって!」
「おわぁ!」
俺の前にユニコーンが立ち塞がった。突然の事に、不覚にも立ち止まってしまった。
マズイ!俺とした事が……!
「大丈夫!私はあなたの味方よ!あなた、キッド君でしょ!?」
「え!?」
何で俺の名前を!?
俺が疑問に思ってると、後ろから俺を追って来る魔物たちの声が聞こえた。
ヤバい!追い付かれる!
「一旦この中に隠れて!速く!」
ユニコーンは、すぐ傍に立ってる大きな木の空洞を指差した。
よく分からないが、ここは助けて貰うしかない!
俺は急いで木の空洞に入り、身を隠した。俺を追って来る魔物たちの声が徐々に聞こえてくる……!
「みんな〜!男の人はあっちに行ったわよ〜!」
ユニコーンは俺とは真逆の方向を指差しながら大声で言った。すると、魔物たちの声が小さくなり、辺りに静寂が漂った。
「……みんな行ったわ。もう出て来ても大丈夫よ」
魔物たちが去った事を確認すると、ユニコーンは隠れてる俺に呼びかけた。俺はゆっくりと木から出て辺りを見渡した。
ユニコーン以外誰もいない。一時だけ凌げたようだ……。
「アンタのお陰で助かったぜ、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
俺が礼を言うと、ユニコーンは両手をかざして微笑んだ。
お陰で助かった……!だが、何で俺の名前を……?
「ところで、アンタ、俺を知ってるのか?」
「あ、そうそう!あのね、詳しい話はサフィアちゃんから聞いたわ。あなたのお嫁さんでしょ?」
「え?ああ、そうだが……サフィアに会ったのか?」
「ええ、さっき海岸でね、あなたの事を頼まれたのよ」
頼まれた?どういう事だ?
俺の疑問に答えるかの様に、ユニコーンは話を切り出した。
「あなた、この島に上陸する前に媚薬を被っちゃったでしょ?」
「媚薬……?あ!まさか……!」
俺は医療室での出来事を思い出した。
やっぱり、あれは媚薬だったのか……!
「サフィアちゃんから聞いた話だけど、その媚薬ってかなり珍しい物で、獣人型の魔物にしか効かないらしいのよ。それ以外の魔物には全然効果が無いみたいなの」
なんだよ、それ!何でそんな細かい技術が必要になる薬が俺の船にあるんだよ!?
「それと、あなたはこの島の名前、知ってる?」
「……いや、知らないが……」
「この島はね、モフモフアイランドって言うの」
……なんか、おとぎ話に出てきそうな名前だな……。まさか、この島には名前通りモフモフした魔物しか住んでないとか言うんじゃないだろうな……?
「この島には、名前の通りモフモフした獣人型の魔物しか住んでないの」
マジかよ!予想的中かよ!……ん?待てよ……?
「あ〜、まさか……俺が被った媚薬は、この島に住んでる殆どの魔物に効いてしまうと?」
「……うん、残念だけど……」
うわぁ……八方ふさがりかよ……最悪の状況だ……。シャローナの奴、後で締め上げてやる!でも……。
「まさか、ここまで効くとは……。俺、もう嫁がいるのに……」
「それなんだけど、あなたの場合は例外みたいなの」
「え?」
ユニコーンは疑問に思ってる俺に説明した。
「その媚薬はね、香水みたいに霧状にして身体に付けて、媚薬から出る匂いで魔物を誘うのが普通の使い方なの。本当なら、既にお嫁さんのいる人が使っても何の意味も無いけど、あなたの場合は頭から大量に被ったせいで、お嫁さんの匂いが媚薬の匂いに上書きされたのよ」
それで魔物たちは俺に嫁がいるかいないか判断できなかったのか……。
いや、待てよ……?
「アンタには効いてないみたいだが……?」
「私が夫にするのは性交が未経験の方だけなの。あなたは既にサフィアちゃんと夫婦になってるでしょ?それと、いくら大量に被っても既に夫のいる魔物には効かないって聞いたわ」
ユニコーンは丁寧に説明した。
成程……確かに、ユニコーンは童貞を夫に選ぶ魔物だ。それに、夫を得た魔物は夫以外の男を男として見ない習性がある。どんなに強力な薬でも、夫婦の愛を引き裂く事は出来ないって事か。
媚薬については一通り理解した。だが、問題は……。
「……あ〜、そう言えば……媚薬の効果を消す方法とか、聞いてないか?」
元はと言えば、この媚薬の匂いのせいで追いかけられる羽目になったんだ。この匂いさえ消す事ができれば、追いかけられずに済むハズだ。
そう思った俺は、自信無さげに訊いたが……。
「ごめんなさい、そこまで聞いてないわ。急いで匂いを消す薬を作ってるらしいけど、かなり時間が掛かるみたいなのよ……」
ユニコーンは申し訳無さそうに答えた。
やっぱり、今すぐには無理か……。となると、匂いを消す薬ができるまで逃げ続けるしかないのか……。
「……でも私、安全に避難できる場所なら知ってるわ」
「え!?」
安全に避難!?そんな場所があったなんて知らなかった!
「どこなんだ!?すぐにそこへ連れてってくれ!頼む!」
「ちょ、ちょっと待って!落ち着いて!」
思わず問い詰めてしまった俺を、ユニコーンは宥めた。
そうだ、こんな時こそ冷静にならないと……!
一回深呼吸をして落ち着いた俺を見るなり、ユニコーンは言った。
「残念だけど、私はあなたを連れて行けないわ」
「……はぁ!?」
何を言い出すんだよ!まさか、かなり危険な場所なのか……!?
「正確には、この島の魔物には行けない場所、つまり、あなたになら行ける場所に行けば良いのよ」
俺にしか行けない場所?どう言う事だ?ますます分からない……!
訳が分からず混乱してる俺を見て、ユニコーンはヒントをくれた。
「あなたにはサフィアちゃんって言うシー・ビショップのお嫁さんがいるでしょ?と言う事は……当然、ちゃんとやったんでしょ?」
やった?やったって…………あ!
「そうか!その手があったか!」
俺は思わずポンと手を打った。
「そう言う事」
ユニコーンは満足げに頷いた。
それにしても、頭良いな……恐れ入ったよ、ホントに!
俺が関心してると…………!
「…………!?」
突然、大勢の声が聞こえた。
ヤバい!もう戻って来たのか!
「ここから東へまっすぐ走ればすぐに着くわ!急いで!」
ユニコーンは東の方向を指差して言った。
「本当にありがとな!後でお礼がしたいから、また会おうぜ!」
俺は走り出すのと同時にユニコーンに言った。
「その先は崖が多いから気を付けてね!」
「おう!」
後ろからのユニコーンの警告に対し、俺は走りながら答えた…………。
俺は崖の前に立ち、下に広がる青い海を見渡した。
どうにか誰にも捕まらずにここまで着いた。あのユニコーンには感謝してもし切れない。後でちゃんとお礼をしないとな。
「……よし!」
意を決した俺は、勢いよく走りだした。
そして…………。
「とりゃあ!!」
崖を跳び下り、海へと跳び込んだ…………。
************
「成程ね……」
私は空から船長さんが海へ飛び込んだ様子を見て呟いた。
「陸の生き物は水の中の匂いまで感じる事は出来ない。これで完全に匂いを断ち切ったわね」
魔物に限らず、人間などの陸で生活している生物は、水の中では鼻が効かない。水そのものに臭いが付く事はあっても、船長さんが跳び込んだのは果てしない海、瓶一杯分の薬の匂いを消すなんて容易い事。
あのまま数分の間、海に潜っていれば自然と媚薬の匂いも消える。島の魔物たちも、今頃は正気に戻っているでしょ。
「結果的には良かったけど、無駄足だったわね……」
私は片手に持ってる媚薬の匂いを消す薬が入った瓶を見て言った。
コリック君が大慌てで船に戻って来て、現状を知らされた時は本当に大変だった。サフィアちゃんは激しくうろたえて勝手に船長さんを探しに行っちゃうし、副船長さんは『速く匂いを消す薬を作るんだ!』って怒鳴るし……。そりゃあ、瓶の蓋を失くした私も悪いけど、ちゃんと蓋の代わりになる物を探したんだし……まぁ、結果オーライって事で。
「ん?」
私は、船長さんに向かって泳いでくる人魚の様なものを見た。
あれは……サフィアちゃん?
間違いなくサフィアちゃんだった。どうやら、無事に会えたみたいね。二人の邪魔をするのも悪いし……。念の為、島の魔物たちの様子を見てからまた来よう。
私は島に向かって飛んで行った。
……でも、あの媚薬は成功したって事よね?次はもっと難易度の高い薬を作ってみようかしら?ハーピーにしか効かない媚薬とか、デュラハンにしか効かない媚薬とか……。
……って、そんなの作ったらまた怒られそう……。でも、売って旅の資金を集める為って言えば……無理かしら?
************
「キッド!」
海の浅層の中、俺はサフィアに抱きつかれた。
「キッド……良かった……!キッドが襲われてると思ったら、私、私……!」
サフィアは俺の胸に顔を埋めてきた。俺はサフィアの頭を優しく撫でた。
そんなに、心配してくれたんだな…………。
「サフィア、俺が愛してるのはお前だけだよ」
耳元で囁くと、サフィアは俺を抱きしめる力を強めた。
「……キッド、ちょっと待っててください」
突然、サフィアが俺から離れた。そして海上に向かって泳ぎ、海面から顔を出すと、島に向かって大声を上げた。
「私はキッドの妻です!キッドは誰にも渡しません!私とキッドは、心から愛し合っているのです!!」
ちょっ!サフィア!大胆過ぎるだろ!
海の中で慌ててると、サフィアは海上から戻ってきて、はち切れんばかりの笑顔を見せながら再び俺に抱きついた。
「ですよね、キッド!」
「……ああ!」
愛おしさを抑えきれなくなった俺はサフィアを抱き返した。それからも、俺たちは暫くの間抱き合っていた…………。
……そうだ、シャローナにはキツイお仕置きをしないとな……!
************
「!?……何!?この寒気は…………!?」
11/11/02 18:07更新 / シャークドン