エピローグ
俺の船に、新しい仲間が加わった。
そいつの名はリシャス。武術、魔術共に優れてるヴァンパイアで、コリックの妻として共に旅をする事になった。今では戦闘員として活躍している。尤も、日光が弱点であるが故に、活躍できるのは夜間の間だけだがな。
だが、それ以上に厄介な事が…………。
太陽が未だに照らされてる昼間の時、俺はダイニングにて、テーブルでコーヒーを飲んで健やかなひと時を過ごしてる……訳では無く、
「私の夫は何故、雑用のままなんだ!?」
「いや、だから、もっと能力を上げなきゃ……」
向かい側に座っているリシャスを宥めていた。
リシャスは、事あるごとに夫であるコリックの優遇を求めて来る。普段なら昼間は部屋に籠っているんだが、本人曰く、寝る気になれなかったから暇つぶしにコリックの昇格を要求する事にしたとか。俺としては、大人しく寝てて欲しかったんだが……。
「そもそも、キャビンボーイだって立派な役割だろ?船の掃除をしたり、料理を手伝ったり……」
「そう言う雑用扱いされてるのが気に食わないのだ!」
「雑用だって重要な仕事だろうが……」
「何時までも雑用なんてやってたら、立派な海賊になれないだろ!」
説得する俺に対し、リシャスは尚も食ってかかる。
勘弁してくれよ……。
「まぁまぁ、リシャスさん、夫を想う気持ちは素晴らしい事ですけど、焦っていては出来るものも出来なくなりますよ」
狐のしっぽを揺らしながら、楓はリシャスの前に紅茶を置いた。
「……だが……コリックには……早く一人前の海賊になって欲しいんだ」
楓の言葉で落ち着いたのか、リシャスは紅茶のカップを眺めながら言った。
普段は気の強いリシャスだが、女性陣に対してはどこか優しく接している。仲間になってから、サフィアを始めとした他の女性陣たちと仲良くなるのに時間は掛からなかった。色々な話をしていく内に溶け込んできたようだ。
すると、楓はリシャスの隣の椅子に座って言った。
「誰だって、いきなり何でも上手くできる訳無いですよ。船長さんが仰った通り、雑用は重要な仕事です。他の方々にやれない事でも、コリックさんになら任せられる。これって凄い事だと思いませんか?」
「……そうか……コリックは……凄いのか…………」
楓の言葉に対し、リシャスは自分の事の様に嬉しそうな笑みを浮かべた。
いやいや、確かにコリックも凄いが、俺はリシャスを言葉だけで説得できる楓の方が凄いと思う。
関心していると、ダイニングの扉からヘルムとコリックが入って来た。
「やぁ、キッド、またこってり絞られてるんだって?」
「リ、リシャスさん……またキッド船長に無理を言って……」
どうやら、他の仲間たちから聞いて来たようだ。コリックは冷や冷やしながら俺に頭を下げて言った。
「本当にすみません!リシャスさんがご迷惑を……!」
「気にするなよ。お前の成長を願ってくれる、良い嫁さんじゃないか」
俺の言葉を聞いて、リシャスはプイッとそっぽを向いた。
だが、明らかに照れ隠しである事がバレバレだ。ほんのりと頬が赤く染まってる。コリック以外の男の言う事には、素直に受け入れようとしないんだから……。
すると、コリックはリシャスの隣に座った。
「ダメだよ、リシャスさん、キッド船長に失礼な事を言ったら」
「どこが失礼なんだ?夫の昇格を求めて何が悪いと言うんだ?」
「いや、あのね、僕自身がそんなに活躍してないのに、昇格だなんて……」
「十分頑張ってるだろ!?お前だって、早く立派な海賊になりたいのだろう!?」
「そうだけどさ、何も無理を言ってまで頼まなくても……」
「コリック、お前には自信と言うものが……」
「ハイハイ、そこまで!」
ヘルムがパンパンと手を打ち鳴らしてコリックとリシャスの口論を中断させた。
「やれやれ、君たちは言われないと止めないんだから……」
ヘルムは呆れながら、俺の隣に座って来た。
すると、リシャスは鬼の形相で…………。
「影の薄い嫁無しの雑魚が偉そうな口を利くなぁ!!」
「えぇ〜…………」
うわぁ、キツイなぁ、今のは…………。
おいおい、ヘルムの奴、めっちゃ凹んでるよ……。椅子の上で膝抱えて座ってるし……。
なんか、こう……後ろに黒くてドヨ〜ンとしたのが出てるし…………。
「僕、副船長なのに……嫁がいないのは仕方ないけど……副船長なのに……」
あ〜あ〜……ヘルムは傷つきやすいから、こうなると長いんだよな……。
「あわわわ!ヘルム副船長!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさ〜い!!」
コリックは慌てて立ちあがり、必死で何度も頭を下げた。だが、キツイ一言を吐いたリシャスはどこ吹く風と紅茶を啜っている。
う〜む……独身の男に対してはかなり冷たい態度を取ってるな……。
「……あ〜、ヘルムさんの紅茶をお持ちしますね。ついでに、チョコチップクッキーも……」
……楓……一時避難かよ……。
「……あ〜、そうだ、コリック」
俺はとりあえず話題を変えて場を明るくしようと話を切り出した。
「お前がインキュバスになる日も遠くはないんじゃないか?ほぼ毎日、リシャスに血を吸われてるんだろ?」
ヴァンパイアが吸血をする際、血を吸われた人間は魔力を注がれると聞いた事がある。ある程度の魔力を注がれた人間の男はインキュバスに変化する。俺は毎日のように血を吸われてるコリックが、何時インキュバスに変化してもおかしくないと思っていた。
「インキュバス……ですか……それが、あまり実感が無いんです……」
俺の問いかけに対し、コリックは椅子に座りなおして自分の両手を見ながら答えた。
「まぁ、その内気付くさ。俺だって、最初は全然実感が無かったからな」
ふと、俺の脳裏にサフィアと夫婦の儀式を行った時の記憶が過った。
シー・ビショップであるサフィアと夫婦になって儀式を行ったお陰で、俺は海中でも生きていける身体を手に入れる事ができた。
今の俺はインキュバスだ。事実、以前より身体が丈夫になったし、精力も飛躍的に上昇した。お陰でサフィアとの夜の営みにおいては日が昇るまで長く交わる時がある。
「……ん?待てよ……」
突然、リシャスが顎に手を添えて考える仕草をすると、急に俺に質問してきた。
「キッド、貴様はインキュバスであろう?」
「……ああ、そうだが……」
俺の返答を聞くと、リシャスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
あ〜、この笑顔……何か碌でもない事を思いついたな……。
「……そうだ……インキュバスだ!」
やっぱり何か思いついたか……もう立ち上がってるし……。
コリック、速く逃げた方が……。
「さぁ、コリック!部屋に戻ろう!」
あ、遅かった。ダイニングを出ようとしてる……。
素早くコリックを抱えて……それも……お姫様抱っこで。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!戻るって、何で!?」
お姫様抱っこされたままコリックはジタバタと手足を振って抵抗してる。
「お〜い、何する気だ?」
このままじゃ不憫だと思った俺は、ダイニングを出ようとするリシャスの背中に声をかけて、コリックに助け船を出した。すると、リシャスは俺に振り向いて答えた。
「現時点において昇格が難しいのであれば、少しでも貴様に近い存在になれば良い。コリックは貴様に憧れている。ならば、その憧れの貴様と同じインキュバスになれば、立派な海賊になる第一歩を踏めると言う訳だ」
……なんか、こう……的が外れてるような……。
って、インキュバスにさせるって事は……まさか……。
「……アレか?これからヤるのか?」
「うむ!」
リシャスは満足げに頷いた。すると、コリックは抱えられたまま尚も抵抗した。
「え!?いや、ちょっ、今から!?ダメだって!まだ昼間だから、大人しくしてなきゃ……」
「大丈夫だ、日光にさえ当たらなければ問題無い!」
「いや、そ、それに、キッド船長が許す訳が……!」
コリックは俺に目だけで助けを求めて来た。
そりゃあ、インキュバスの話題を持ちかけた俺にも責任はある。
だから、責任を持って……見送ってやる!
「いってらっしゃ〜い♪」
「キッドせんちょぉぉぉぉぉぉ!!?」
悲痛の叫びを上げながらリシャスに連れて行かれるコリックを、俺は手を振って見送った。やがて、二人の姿は扉の奥へと消えて行った。
……すまんな、コリック……俺は貴重な午後を過ごしたいんだよ……。
「あら、行ってしまいましたね。せっかくクッキーをお持ちしたのに……」
楓がキッチンからクッキーと紅茶を乗せたお盆を持って来た。一時しのぎとは言え、ちゃんと持て成す気はあったようだ。
「はい、ヘルムさんの好きなアップルティーですよ」
楓はお盆から紅茶のカップを取りだしてヘルムの前に置いた。
って、まだ落ち込んでたのかよ!
「……あ、ああ、ありがとう」
好物のアップルティーを差し出された為か、ヘルムはすぐに元気を出して姿勢を正して紅茶を啜った。
分かりやすい奴だな、ホント……。
「それにしても、少しずつ仲間が増えてきますね。賑やかになって楽しいです」
楓はクッキーが盛られた皿を置いてから、俺の向かい側に座った。
楓の言った通り、旅をしていると、少しずつ仲間が増えてくる。それも魔物ばかり。だが、悪い事じゃない。仲間が増えて賑やかになるのは良い事だ。
「そうだな、次はどんな奴が仲間になるんだろうなぁ……」
俺はぼんやりと天井を見つめながら、これから仲間になるであろう人たちの姿を思い浮かべた。
次は人間か?それとも、魔物か?魔物だったら、誰が仲間になるんだろうな……。
ジパングや砂漠の国とかに行く予定があるから、妖狐にウシオニ、アヌビスやスフィンクスとかが仲間になるかもな……。
そう言えば、叔父さんが海賊をやってた頃はドラゴンを仲間にしてたよな……もしかして……いや、ドラゴンは無理か、いくらなんでも……。
「ところで、二人はどこへ行ったんだい?」
俺が思案に暮れてると、ヘルムが訊いてきた。
おいおい、気付かない程落ち込んでたのかよ、コリックが叫んでたのに……。
「あの二人なら部屋に行ったぜ」
「部屋?何で?」
「ああ、ちょっとな……」
俺は、二人が出て行った扉を見つめた…………。
**********
「……あの……リシャスさん」
「なんだ?止める気は無いぞ?」
「いえ、その……手に持ってるのは一体……?」
上半身を裸にされ、ベッドの上で馬乗りにされた状態で僕はリシャスさんに訊いた。服を殆ど脱いで、白地のシャツだけを着てるリシャスさんは、何か茶色い液体が入った小瓶を持っていた。
「これはアルラウネの密がたっぷり入った精力増進剤だ。これさえあれば、確実にインキュバスに変化できるぞ」
「精力増進剤って……そんな物どこで手に入れたの?」
「シャローナから新薬として貰った」
ああ、成程、シャローナさんが新しく作った薬か……って、ちょっと!
「それ、大丈夫なの!?シャローナさんが薬を作れるなんて初めて知ったんだど!」
動揺する僕に対し、リシャスさんは平然と答えた。
「シャローナは本物の医者だ。身体に害を与えるような物を譲る訳がない」
「そうかもしれないけど……!」
「いいか、コリック?これはシャローナが私たちの為に作ってくれた薬なのだぞ?」
「え?」
シャローナさんが……僕たちの為に?
「シャローナは、夫婦になってまだ間もない私たちに助力したいと言って、この薬を渡してくれたんだ。ここは素直に使わせてもらうのが礼儀だろう?」
そう話したリシャスさんは、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
自分たちの為に、何かしてくれる人が増えて嬉しいのかな?
「……リシャスさん」
「……ん?」
「リシャスさんは今の暮らし、楽しい?」
「勿論だ、私の傍に、コリックがいるのだからな」
リシャスさんは、頬を赤く染めながら答えた。
それなら、僕にも一つ言いたい事がある。
こんな時に言うのもおかしいけど……これだけは……今……伝えておきたいから……。
「リシャスさんの傍にいるのは……僕だけじゃないよ」
「………………」
「キッド船長も、サフィアさんも、ピュラさんも、ヘルム副船長も、楓さんも、シャローナさんも、みんな傍にいるよ」
「……ああ……」
「もう、孤独なんかじゃないよ」
「……ああ……」
「もう、寂しい想いはさせないからね」
「……コリック……」
「はい?」
「ありがとう……愛してる!!」
「むふぅ!?」
リシャスさんは僕の上半身を起こさせて、いつもより力を込めて胸に抱きしめた。シャツの上からとは言え、リシャスさんの柔らかくて大きい胸の感触が顔全体に伝わる。
気持ちいい……!
でも、苦しい……!
それでも気持ちいい……!
でも、やっぱり苦しい……!
でも、もうちょっとだけ……!
ああ、そろそろ息が……!
「……私はコリックさえ居てくれれば良いのだがな……!」
「……え?」
「いや、なんでもない、気にするな」
……今、なんか寒気がしたような……?
気のせいかな?うん、気のせいだよね?
「……さて、始めるか」
やがて、リシャスさんが僕を胸から解放すると、手に持っていた小瓶のキャップを外し、自分の口へ流した。
……って、あれ?それを飲むのは僕の方じゃあ……?
「あの、リシャスさ……んん!?」
「ん、ん〜……」
リシャスさんが口に薬を含んだままキスをしてきた。更に、リシャスさんの舌によって僕の口がこじ開けられ、そのまま口の中に薬が注がれる。
これが……いわゆる口移し!?
って、苦い!この薬、変な味がする!
「ん、ぐ、んん!んふぅ!」
「んん!んむ、ん、むぅ!」
思わず吹き出しそうになり身をよじる僕を、リシャスさんは力強く抱きしめて、僕が薬を飲み干すまで唇を離さなかった。
「んん……ぷはぁ!はぁ、はぁ、はぁ……」
「……ふぅ、やっと飲み終わったか」
やがて僕が薬を一滴残さず飲み干すと、リシャスさんは唇を離し、持ってた小瓶をベッドの上部に置いてから僕を押し倒した。
「フフフ……容赦しないからな……!」
リシャスさんは、再び僕の唇を奪った。
……あれ?
なんだろう……身体が……熱い…………!下半身が……興奮してくる…………!
僕にキスしてるリシャスさんが……愛おしくて仕方ない……!もっと気持ちよくなりたい……!
もっと……もっと……もっと、もっと!!
************
「あ〜、そうか……しまった……」
私は医療室にて、分厚い医薬の本に載ってる、とある項目を見て思わず独り事を呟いた。
以前、新しく作ってリシャスちゃんにプレゼントしたアルラウネの密入りの精力増進剤、あれは効能が強力すぎる為、多めの水で薄めて飲まなければならなかったらしい。仮に、薄めて飲まなかったら五日間の間、性器が興奮し続け、性欲が抑えられなくなるようだ。
薬なんて初めて作った為か、完成したところで浮かれてしまい、最後の所に書かれてある注意事項までキチンと読むのを忘れてた。
まぁ、今は昼間だし、多分リシャスちゃんは寝ているから、間違ってもコリック君にあれを飲ませるような事態にはならないでしょう。夜になってリシャスちゃんに会ったら、忘れずに伝えよう。
「他にはどんな薬があるのかしら?」
私は本をペラペラとめくって、何か面白い……じゃなくて、仲間たちの為になる薬の作り方を読み漁った。
この医薬の本は、以前レスカティエに滞在してた時に本屋で見つけた物で、ちょっとだけ立ち読みすると、本格的な薬の作り方が載ってた。それを見るうちに、私の医者としての性が呼び起こされ、衝動買いしてしまった。
この本には、精力増進剤以外にも、風邪を治す薬や活力を上昇させるビタミン剤など、様々な薬の作り方が載っている。まだまだ作った事のない薬は残ってる。今回の精力増進剤の成功を機に、これからも新しい薬を作っていく事に決めた。
さて、次は何にしようかな…………ん?
「……あ!これなんか面白そうね……!」
私は、とある薬の項目に目が留まった。
ちょっと難しそうだけど、面白そうだし、幸いにも作る為の材料は揃ってる。
よ〜し!次はこれに決定!
「さぁて、頑張るわよ!」
自分自身に気合を入れた私は、薬を作る準備に取り掛かった…………。
そいつの名はリシャス。武術、魔術共に優れてるヴァンパイアで、コリックの妻として共に旅をする事になった。今では戦闘員として活躍している。尤も、日光が弱点であるが故に、活躍できるのは夜間の間だけだがな。
だが、それ以上に厄介な事が…………。
太陽が未だに照らされてる昼間の時、俺はダイニングにて、テーブルでコーヒーを飲んで健やかなひと時を過ごしてる……訳では無く、
「私の夫は何故、雑用のままなんだ!?」
「いや、だから、もっと能力を上げなきゃ……」
向かい側に座っているリシャスを宥めていた。
リシャスは、事あるごとに夫であるコリックの優遇を求めて来る。普段なら昼間は部屋に籠っているんだが、本人曰く、寝る気になれなかったから暇つぶしにコリックの昇格を要求する事にしたとか。俺としては、大人しく寝てて欲しかったんだが……。
「そもそも、キャビンボーイだって立派な役割だろ?船の掃除をしたり、料理を手伝ったり……」
「そう言う雑用扱いされてるのが気に食わないのだ!」
「雑用だって重要な仕事だろうが……」
「何時までも雑用なんてやってたら、立派な海賊になれないだろ!」
説得する俺に対し、リシャスは尚も食ってかかる。
勘弁してくれよ……。
「まぁまぁ、リシャスさん、夫を想う気持ちは素晴らしい事ですけど、焦っていては出来るものも出来なくなりますよ」
狐のしっぽを揺らしながら、楓はリシャスの前に紅茶を置いた。
「……だが……コリックには……早く一人前の海賊になって欲しいんだ」
楓の言葉で落ち着いたのか、リシャスは紅茶のカップを眺めながら言った。
普段は気の強いリシャスだが、女性陣に対してはどこか優しく接している。仲間になってから、サフィアを始めとした他の女性陣たちと仲良くなるのに時間は掛からなかった。色々な話をしていく内に溶け込んできたようだ。
すると、楓はリシャスの隣の椅子に座って言った。
「誰だって、いきなり何でも上手くできる訳無いですよ。船長さんが仰った通り、雑用は重要な仕事です。他の方々にやれない事でも、コリックさんになら任せられる。これって凄い事だと思いませんか?」
「……そうか……コリックは……凄いのか…………」
楓の言葉に対し、リシャスは自分の事の様に嬉しそうな笑みを浮かべた。
いやいや、確かにコリックも凄いが、俺はリシャスを言葉だけで説得できる楓の方が凄いと思う。
関心していると、ダイニングの扉からヘルムとコリックが入って来た。
「やぁ、キッド、またこってり絞られてるんだって?」
「リ、リシャスさん……またキッド船長に無理を言って……」
どうやら、他の仲間たちから聞いて来たようだ。コリックは冷や冷やしながら俺に頭を下げて言った。
「本当にすみません!リシャスさんがご迷惑を……!」
「気にするなよ。お前の成長を願ってくれる、良い嫁さんじゃないか」
俺の言葉を聞いて、リシャスはプイッとそっぽを向いた。
だが、明らかに照れ隠しである事がバレバレだ。ほんのりと頬が赤く染まってる。コリック以外の男の言う事には、素直に受け入れようとしないんだから……。
すると、コリックはリシャスの隣に座った。
「ダメだよ、リシャスさん、キッド船長に失礼な事を言ったら」
「どこが失礼なんだ?夫の昇格を求めて何が悪いと言うんだ?」
「いや、あのね、僕自身がそんなに活躍してないのに、昇格だなんて……」
「十分頑張ってるだろ!?お前だって、早く立派な海賊になりたいのだろう!?」
「そうだけどさ、何も無理を言ってまで頼まなくても……」
「コリック、お前には自信と言うものが……」
「ハイハイ、そこまで!」
ヘルムがパンパンと手を打ち鳴らしてコリックとリシャスの口論を中断させた。
「やれやれ、君たちは言われないと止めないんだから……」
ヘルムは呆れながら、俺の隣に座って来た。
すると、リシャスは鬼の形相で…………。
「影の薄い嫁無しの雑魚が偉そうな口を利くなぁ!!」
「えぇ〜…………」
うわぁ、キツイなぁ、今のは…………。
おいおい、ヘルムの奴、めっちゃ凹んでるよ……。椅子の上で膝抱えて座ってるし……。
なんか、こう……後ろに黒くてドヨ〜ンとしたのが出てるし…………。
「僕、副船長なのに……嫁がいないのは仕方ないけど……副船長なのに……」
あ〜あ〜……ヘルムは傷つきやすいから、こうなると長いんだよな……。
「あわわわ!ヘルム副船長!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさ〜い!!」
コリックは慌てて立ちあがり、必死で何度も頭を下げた。だが、キツイ一言を吐いたリシャスはどこ吹く風と紅茶を啜っている。
う〜む……独身の男に対してはかなり冷たい態度を取ってるな……。
「……あ〜、ヘルムさんの紅茶をお持ちしますね。ついでに、チョコチップクッキーも……」
……楓……一時避難かよ……。
「……あ〜、そうだ、コリック」
俺はとりあえず話題を変えて場を明るくしようと話を切り出した。
「お前がインキュバスになる日も遠くはないんじゃないか?ほぼ毎日、リシャスに血を吸われてるんだろ?」
ヴァンパイアが吸血をする際、血を吸われた人間は魔力を注がれると聞いた事がある。ある程度の魔力を注がれた人間の男はインキュバスに変化する。俺は毎日のように血を吸われてるコリックが、何時インキュバスに変化してもおかしくないと思っていた。
「インキュバス……ですか……それが、あまり実感が無いんです……」
俺の問いかけに対し、コリックは椅子に座りなおして自分の両手を見ながら答えた。
「まぁ、その内気付くさ。俺だって、最初は全然実感が無かったからな」
ふと、俺の脳裏にサフィアと夫婦の儀式を行った時の記憶が過った。
シー・ビショップであるサフィアと夫婦になって儀式を行ったお陰で、俺は海中でも生きていける身体を手に入れる事ができた。
今の俺はインキュバスだ。事実、以前より身体が丈夫になったし、精力も飛躍的に上昇した。お陰でサフィアとの夜の営みにおいては日が昇るまで長く交わる時がある。
「……ん?待てよ……」
突然、リシャスが顎に手を添えて考える仕草をすると、急に俺に質問してきた。
「キッド、貴様はインキュバスであろう?」
「……ああ、そうだが……」
俺の返答を聞くと、リシャスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
あ〜、この笑顔……何か碌でもない事を思いついたな……。
「……そうだ……インキュバスだ!」
やっぱり何か思いついたか……もう立ち上がってるし……。
コリック、速く逃げた方が……。
「さぁ、コリック!部屋に戻ろう!」
あ、遅かった。ダイニングを出ようとしてる……。
素早くコリックを抱えて……それも……お姫様抱っこで。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!戻るって、何で!?」
お姫様抱っこされたままコリックはジタバタと手足を振って抵抗してる。
「お〜い、何する気だ?」
このままじゃ不憫だと思った俺は、ダイニングを出ようとするリシャスの背中に声をかけて、コリックに助け船を出した。すると、リシャスは俺に振り向いて答えた。
「現時点において昇格が難しいのであれば、少しでも貴様に近い存在になれば良い。コリックは貴様に憧れている。ならば、その憧れの貴様と同じインキュバスになれば、立派な海賊になる第一歩を踏めると言う訳だ」
……なんか、こう……的が外れてるような……。
って、インキュバスにさせるって事は……まさか……。
「……アレか?これからヤるのか?」
「うむ!」
リシャスは満足げに頷いた。すると、コリックは抱えられたまま尚も抵抗した。
「え!?いや、ちょっ、今から!?ダメだって!まだ昼間だから、大人しくしてなきゃ……」
「大丈夫だ、日光にさえ当たらなければ問題無い!」
「いや、そ、それに、キッド船長が許す訳が……!」
コリックは俺に目だけで助けを求めて来た。
そりゃあ、インキュバスの話題を持ちかけた俺にも責任はある。
だから、責任を持って……見送ってやる!
「いってらっしゃ〜い♪」
「キッドせんちょぉぉぉぉぉぉ!!?」
悲痛の叫びを上げながらリシャスに連れて行かれるコリックを、俺は手を振って見送った。やがて、二人の姿は扉の奥へと消えて行った。
……すまんな、コリック……俺は貴重な午後を過ごしたいんだよ……。
「あら、行ってしまいましたね。せっかくクッキーをお持ちしたのに……」
楓がキッチンからクッキーと紅茶を乗せたお盆を持って来た。一時しのぎとは言え、ちゃんと持て成す気はあったようだ。
「はい、ヘルムさんの好きなアップルティーですよ」
楓はお盆から紅茶のカップを取りだしてヘルムの前に置いた。
って、まだ落ち込んでたのかよ!
「……あ、ああ、ありがとう」
好物のアップルティーを差し出された為か、ヘルムはすぐに元気を出して姿勢を正して紅茶を啜った。
分かりやすい奴だな、ホント……。
「それにしても、少しずつ仲間が増えてきますね。賑やかになって楽しいです」
楓はクッキーが盛られた皿を置いてから、俺の向かい側に座った。
楓の言った通り、旅をしていると、少しずつ仲間が増えてくる。それも魔物ばかり。だが、悪い事じゃない。仲間が増えて賑やかになるのは良い事だ。
「そうだな、次はどんな奴が仲間になるんだろうなぁ……」
俺はぼんやりと天井を見つめながら、これから仲間になるであろう人たちの姿を思い浮かべた。
次は人間か?それとも、魔物か?魔物だったら、誰が仲間になるんだろうな……。
ジパングや砂漠の国とかに行く予定があるから、妖狐にウシオニ、アヌビスやスフィンクスとかが仲間になるかもな……。
そう言えば、叔父さんが海賊をやってた頃はドラゴンを仲間にしてたよな……もしかして……いや、ドラゴンは無理か、いくらなんでも……。
「ところで、二人はどこへ行ったんだい?」
俺が思案に暮れてると、ヘルムが訊いてきた。
おいおい、気付かない程落ち込んでたのかよ、コリックが叫んでたのに……。
「あの二人なら部屋に行ったぜ」
「部屋?何で?」
「ああ、ちょっとな……」
俺は、二人が出て行った扉を見つめた…………。
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「……あの……リシャスさん」
「なんだ?止める気は無いぞ?」
「いえ、その……手に持ってるのは一体……?」
上半身を裸にされ、ベッドの上で馬乗りにされた状態で僕はリシャスさんに訊いた。服を殆ど脱いで、白地のシャツだけを着てるリシャスさんは、何か茶色い液体が入った小瓶を持っていた。
「これはアルラウネの密がたっぷり入った精力増進剤だ。これさえあれば、確実にインキュバスに変化できるぞ」
「精力増進剤って……そんな物どこで手に入れたの?」
「シャローナから新薬として貰った」
ああ、成程、シャローナさんが新しく作った薬か……って、ちょっと!
「それ、大丈夫なの!?シャローナさんが薬を作れるなんて初めて知ったんだど!」
動揺する僕に対し、リシャスさんは平然と答えた。
「シャローナは本物の医者だ。身体に害を与えるような物を譲る訳がない」
「そうかもしれないけど……!」
「いいか、コリック?これはシャローナが私たちの為に作ってくれた薬なのだぞ?」
「え?」
シャローナさんが……僕たちの為に?
「シャローナは、夫婦になってまだ間もない私たちに助力したいと言って、この薬を渡してくれたんだ。ここは素直に使わせてもらうのが礼儀だろう?」
そう話したリシャスさんは、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
自分たちの為に、何かしてくれる人が増えて嬉しいのかな?
「……リシャスさん」
「……ん?」
「リシャスさんは今の暮らし、楽しい?」
「勿論だ、私の傍に、コリックがいるのだからな」
リシャスさんは、頬を赤く染めながら答えた。
それなら、僕にも一つ言いたい事がある。
こんな時に言うのもおかしいけど……これだけは……今……伝えておきたいから……。
「リシャスさんの傍にいるのは……僕だけじゃないよ」
「………………」
「キッド船長も、サフィアさんも、ピュラさんも、ヘルム副船長も、楓さんも、シャローナさんも、みんな傍にいるよ」
「……ああ……」
「もう、孤独なんかじゃないよ」
「……ああ……」
「もう、寂しい想いはさせないからね」
「……コリック……」
「はい?」
「ありがとう……愛してる!!」
「むふぅ!?」
リシャスさんは僕の上半身を起こさせて、いつもより力を込めて胸に抱きしめた。シャツの上からとは言え、リシャスさんの柔らかくて大きい胸の感触が顔全体に伝わる。
気持ちいい……!
でも、苦しい……!
それでも気持ちいい……!
でも、やっぱり苦しい……!
でも、もうちょっとだけ……!
ああ、そろそろ息が……!
「……私はコリックさえ居てくれれば良いのだがな……!」
「……え?」
「いや、なんでもない、気にするな」
……今、なんか寒気がしたような……?
気のせいかな?うん、気のせいだよね?
「……さて、始めるか」
やがて、リシャスさんが僕を胸から解放すると、手に持っていた小瓶のキャップを外し、自分の口へ流した。
……って、あれ?それを飲むのは僕の方じゃあ……?
「あの、リシャスさ……んん!?」
「ん、ん〜……」
リシャスさんが口に薬を含んだままキスをしてきた。更に、リシャスさんの舌によって僕の口がこじ開けられ、そのまま口の中に薬が注がれる。
これが……いわゆる口移し!?
って、苦い!この薬、変な味がする!
「ん、ぐ、んん!んふぅ!」
「んん!んむ、ん、むぅ!」
思わず吹き出しそうになり身をよじる僕を、リシャスさんは力強く抱きしめて、僕が薬を飲み干すまで唇を離さなかった。
「んん……ぷはぁ!はぁ、はぁ、はぁ……」
「……ふぅ、やっと飲み終わったか」
やがて僕が薬を一滴残さず飲み干すと、リシャスさんは唇を離し、持ってた小瓶をベッドの上部に置いてから僕を押し倒した。
「フフフ……容赦しないからな……!」
リシャスさんは、再び僕の唇を奪った。
……あれ?
なんだろう……身体が……熱い…………!下半身が……興奮してくる…………!
僕にキスしてるリシャスさんが……愛おしくて仕方ない……!もっと気持ちよくなりたい……!
もっと……もっと……もっと、もっと!!
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「あ〜、そうか……しまった……」
私は医療室にて、分厚い医薬の本に載ってる、とある項目を見て思わず独り事を呟いた。
以前、新しく作ってリシャスちゃんにプレゼントしたアルラウネの密入りの精力増進剤、あれは効能が強力すぎる為、多めの水で薄めて飲まなければならなかったらしい。仮に、薄めて飲まなかったら五日間の間、性器が興奮し続け、性欲が抑えられなくなるようだ。
薬なんて初めて作った為か、完成したところで浮かれてしまい、最後の所に書かれてある注意事項までキチンと読むのを忘れてた。
まぁ、今は昼間だし、多分リシャスちゃんは寝ているから、間違ってもコリック君にあれを飲ませるような事態にはならないでしょう。夜になってリシャスちゃんに会ったら、忘れずに伝えよう。
「他にはどんな薬があるのかしら?」
私は本をペラペラとめくって、何か面白い……じゃなくて、仲間たちの為になる薬の作り方を読み漁った。
この医薬の本は、以前レスカティエに滞在してた時に本屋で見つけた物で、ちょっとだけ立ち読みすると、本格的な薬の作り方が載ってた。それを見るうちに、私の医者としての性が呼び起こされ、衝動買いしてしまった。
この本には、精力増進剤以外にも、風邪を治す薬や活力を上昇させるビタミン剤など、様々な薬の作り方が載っている。まだまだ作った事のない薬は残ってる。今回の精力増進剤の成功を機に、これからも新しい薬を作っていく事に決めた。
さて、次は何にしようかな…………ん?
「……あ!これなんか面白そうね……!」
私は、とある薬の項目に目が留まった。
ちょっと難しそうだけど、面白そうだし、幸いにも作る為の材料は揃ってる。
よ〜し!次はこれに決定!
「さぁて、頑張るわよ!」
自分自身に気合を入れた私は、薬を作る準備に取り掛かった…………。
11/10/05 23:19更新 / シャークドン
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