後編
「コリックー!どこだー!?」
ここに辿り着くのにかなり時間を費やしてしまった。あの時、コリックが連れ去られた後、俺とシャローナは一旦船に戻り、仲間たちにコリックの探索を頼み、再びコリックを探しに行った。
墓場のゾンビたちに尋ねたところ、この館に向かって飛んで行ったらしい。まさか、森の中にこんな大きい館があるなんて思ってもいなかった。
だが、問題はこれからだ。この館には1年前からヴァンパイアが住み着いていると聞いた。ヴァンパイアと言えば、高い魔力と驚異的な力を持つ実力のある魔物だ。どんな目的でコリックを連れ去ったかは知らないが、敵となると苦戦を強いられる事は必然となる。
それなのに、こんなに広いエントランスホールの中心で大声を出すなんて強敵を自ら誘う様なものだ。それも、俺一人で。
だが、俺だって考えも無しにこんな事をしている訳じゃない。一緒に来た楓とシャローナが、裏から侵入してコリックを助ける為には、俺がここで囮にならなければならない。
頼んだぞ、楓、シャローナ……俺が囮になっている間に、コリックを助け出してくれよ……!
「……!」
突然、殺気が向けられているのを感じた。俺は辺りを見回すが誰もいない。
いや、確かにいる……そいつは…………上!?
「死ねぇ!」
細身の剣が頭上から突き刺さる直前に、俺は後方に飛んで致命傷を避けた。
「……今のを避けるか……それなりにできるようだな……」
頭上から襲ってきた張本人は華麗に着地すると、鋭い目で俺を睨んできた。そいつは高貴な服装で、黒いマントを羽織り、エルフの様な長い耳を持っていた。
……そうか……こいつが館のヴァンパイアか!
「……お前が、この館に住んでるヴァンパイアか?」
「……そうだと言ったら?」
俺の質問に対し、ヴァンパイアは素っ気無く答えた。
完全に敵対してるな……迂闊に怒らせない方がいいな。
「ここに、コリックって言う俺の仲間がいるって聞いたんだ。急に邪魔して悪いが、そいつを引き取りに来たんで、会わせ……」
「邪魔だと自覚しているなら帰れ!」
俺が言い終える前に、ヴァンパイアは剣の切っ先を俺に向けて怒鳴り散らした。
……聞く耳持たないって事か……面倒だな……。
「悪いが、このまま帰る訳にはいかない。コリックは俺の大事な仲間なんでね、ここで置き去りにする様な真似だけはできない」
「仲間だと?……奇麗事を抜かすな!コリックの事など、ただの捨て駒としか思っていないだろう!?貴様に連れて行かれるくらいなら、私と共に生きた方がよっぽど良い!」
捨て駒だと?言ってくれるじゃねぇか!捻くれてるとは思ってたが、まさかここまでとはな!
カッとなった俺は、声を荒げて反論した。
「あいつは捨て駒なんかじゃない!俺の大事な仲間だ!お前が何故コリックを攫ったかなんて知らないが、コリックは返してもらうぞ!」
「……ならば……貴様には死んでもらう!」
ヴァンパイアは剣を構えて戦闘態勢に入った。
よく見ると、あの剣はレイピアか……と言う事は、牽制技が得意の様だな。素早く突き刺されない様、十分に注意しないと……!
俺は徐に長剣とショットガンを抜き取り、首に掛けているペンダントに念を送った。
サフィア……俺に力を貸してくれ!
アレスの力が込められたペンダントは光り輝き、俺に力を与えてくれた。
初っ端からペンダントの力を借りるなんて我ながらどうかしてる。だが、今回ばかりは最初から本気を出さないと勝てない。相手がヴァンパイアと言う強敵なら尚更だ。
「殺すつもりはないが……本気で行くぞ!」
「下等生物が……図に乗るでない!消え失せろ!」
ヴァンパイアの努号を合図に、俺たちは互いに駆け寄り、武器をぶつけ合って鍔迫り合いの状態に入った。
「お前から望んだ決闘だ!怪我しても知らないからな!」
「黙れ、海賊風情が!その心臓に風穴を開けてやる!」
ヴァンパイアは一歩後方に下がり、目にも留まらぬ速さで突きの連撃を繰り出してきた。普通では一つ一つの突きを見切るなんて真似はできない。だが、サフィアがくれたペンダントの力のお蔭で、俺は素早い突き攻撃を見切る事ができた。
「ふっ!はっ!あらよっとぉ!」
俺は身体を捻らせ、時には長剣で受け流す事により一つ一つの突きを避けた。
「馬鹿な!全て防いでる!?」
突きの連撃の手を休めずに、ヴァンパイアは酷く驚愕した。俺は、その戸惑いによって生じた隙を見逃さなかった。
「おんらぁ!」
俺は長剣を力いっぱい振り上げ、ヴァンパイアのレイピアを高く弾き飛ばした。レイピアが宙で回っている隙に、俺はヴァンパイアの足を狙い撃った。
「甘い!」
「なっ!」
突然の出来事に、俺は驚いてしまった。ヴァンパイアの背中に巨大な翼が生え、その場で高く飛び上がり、ショットガンの弾を避けると同時に空中で回っているレイピアを取り戻した。
高い魔力を持っている事は聞いてたが、まさか空を飛べるとは……!
くそっ!こんな事なら、一旦船に戻ってヴァンパイアの弱点であるニンニクでも持って来るべきだった!
自分自身の浅はかさを恨んでいると、ヴァンパイアは空中から俺を見下ろしながら言った。
「これが、私と貴様との力の差だ!少しは出来る様だが、所詮は下等生物、私の足元にも及ばぬわ!それが理解できたのならば、大人しく八つ裂きにされろ!」
……力の差か……確かに、俺は魔術を扱う事はできない……だが!
「理解する必要なんか無いし、八つ裂きも御免だな!俺の大事な仲間は、死んでも見捨てない!」
俺はショットガンでヴァンパイアを狙い撃った。だが、ヴァンパイアは素早く空中で身を翻し、弾丸を避けた。そしてヴァンパイアは、怒り狂いながら怒鳴り散らした。
「黙れぇ!貴様より、私の方がコリックを必要としているんだ!私に残されているのは、もうコリックしかいない!貴様などに、コリックを……愛する人を渡して堪るものか!」
「!?」
なんだ?今、『愛する人』って…………!?
「地獄へ堕ちろ!!」
「おわぁ!?」
ヴァンパイアが空中からレイピアを向けながら突進して来た。俺は咄嗟に身を翻して突進を避けた。すると、ヴァンパイアはエントランスホールの壁を蹴り、再び俺に突進して来た。
なんの、これしき!
俺は身を翻しつつ、ヴァンパイアの身体に長剣を振り下ろした。だが、ヴァンパイアは身体を回転させて足で長剣を弾き返した。そしてヴァンパイアは高く飛び上がりつつ、滞空したまま俺に向き直った。
「おのれ……!大人しく殺されれば良いと言うのに……!」
ヴァンパイアは気に食わないと言いたげな表情で俺を睨みつけた。
しかし、厄介だな……あの速さで空中へ飛ばれたままじゃ、手も足も出ない……!
……ん?あのシャンデリア……まさか……!?
俺は、ヴァンパイアの頭上にあるシャンデリアを注目した。何の変哲も無いシャンデリアだが、よく見ると、天井から吊るされている鎖の部分が錆びついている。何か強い衝撃でも与えられれば、間違いなく砕け散る。
あれを上手く利用すれば……!
俺は、少しずつ後方へと下がって行った。
「……どうした?まさか、逃げる気か?」
ヴァンパイアは誘われる様に俺に向かって飛んでくる。
そうだ、そのままこっちへ……!
まだ……まだだ……落ち着け……落ち着いて…………!
今だ!
「押し潰されろ!!」
俺はシャンデリアの鎖を狙い撃った。弾丸によって鎖が砕かれた事により、シャンデリアはヴァンパイアの頭上目がけて落下した。
「無駄だ!」
すると、ヴァンパイアは前方へ進んで落下するシャンデリアを避けた。床に叩き落とされたシャンデリアは、凄まじい音を響かせながら粉々に砕け散った。
シャンデリアは当たらなかった。だが、失敗した訳ではない。
ここまでは計画通りだからな!
「うぉぉぉぉ!!」
素早く武器を鞘に収めた俺は助走を付けてヴァンパイアに向かって跳び上がった。ペンダントの力により、足の筋力が増加した為、容易くヴァンパイアと同じ位置まで跳ぶ事ができた。
「何!?そんな馬鹿な……!」
悪いが……これで決めてやる!
「そぉらよっ!」
俺は驚愕しているヴァンパイアの胸倉を掴んで、渾身の力を込めて床に向かって背負い投げ落とした。
「ぐぁあ!!」
背中から床に叩き落とされたヴァンパイアは痛みに悶えた。それと同時に、ヴァンパイアの背中に生えていた翼が瞬く間に消えた。
俺の攻撃は、まだ終わっちゃいない!
落下の勢いを利用して、ヴァンパイアの腹部目がけて踵落としを繰り出した。
「ごはぁあっ!!」
藻掻き苦しむヴァンパイアに対して、俺はヴァンパイアの腹部に足を乗せたまま素早く長剣とショットガンを抜き取り、長剣でヴァンパイアが持っているレイピアを弾き飛ばし、更にショットガンの銃口をヴァンパイアの心臓に向けた。
例えどれ程の実力を持っていようと、生き物には共通の弱点がある。それが心臓だ。いくらヴァンパイアでも、心臓を撃ち抜かれたら一巻の終わりだ。
「……俺の勝ちだ。少しの間だけ、ここで大人しくして貰おうか」
今ならとどめを刺せるが、俺は殺す為に戦った訳じゃない。それに、俺の目的はコリックを連れ戻す事だ。楓とシャローナが無事にコリックを救出するまで、ここでこいつを見張っていよう。
すると、ヴァンパイアは俺を睨みながら、怒りで震えた声で言った。
「貴様……あれは罠だったのか!」
あれ……と言うのは、シャンデリアを落とした事か。
「悪いな、住み家の物を勝手に壊したりして。だが、あんな事でもしないと、飛んでるお前に届かないだろ?」
そう、シャンデリアはあくまで誘導する為の罠に過ぎない。ヴァンパイアの速さを考えれば、素直に下敷きになってくれる訳が無い。
だから俺は、ヴァンパイアの注意を逸らさせ、俺の方へ避ける為にシャンデリアを落とした。こうすれば力強く跳んで届く距離までヴァンパイアを引き付ける事ができる。
ある意味、一か八かの賭けだったが、成功して何よりだ。
「……貴様……本気で……コリックを……連れ戻す気か……!?」
震えた声で、尚も俺に食ってかかるヴァンパイア。
……なんでだ?俺を睨んでいる目が、どこか悔しそうに……いや、悲しく見える。
「……本気じゃなかったら、ここまで来ないだろ?お前にどう言った事情があるかは知らないが、コリックは帰させてもらうぞ」
「嫌だ!!」
俺の返答に対し、突然ヴァンパイアは大声を上げて拒否の反応を示した。
こいつ……なんでそこまでして……?
俺が疑問に思っていると、ヴァンパイアは右手の人差し指をクイッと自分の方へ振った。すると、遠くへ弾き飛ばされていたレイピアが宙に浮かび、円を描きながらヴァンパイアの手元に戻り……。
って、戻って来れるのかよ!?
「その汚い足をどけろ!ゴミがぁ!!」
おわぁ!危ねぇ!
ヴァンパイアはレイピアを振り、俺の足を斬りつけようとした。俺は咄嗟に後方へ跳び、レイピアを避けた。
俺とした事が……油断したせいでヴァンパイアを解放してしまった……!
ヴァンパイアは徐に立ち上がり、少しだけ後方へ下がり俺との距離を置いて怒鳴り散らした。
「貴様には……私の気持ちなど分かるものか!」
ヴァンパイアは、俯きながら語り始めた。
「私には……心から愛する事のできる人がいなかった……!毎日……どうにもならない孤独に悩まされていた……!そんな私を……コリックが救ってくれた……!」
「……コリックが?」
あいつが……このヴァンパイアを救った?どう言う事だ?
「コリックは……孤独によって開けられた心の穴を埋めてくれた……!コリックは……私の事を……独りで生きていた私の事を……好きだと言ってくれたんだ!」
コリックが、このヴァンパイアを?そう言えば、さっきヴァンパイアの方からも『愛する人』って言ってたな……。
だとしたら、二人に一体何があったんだ?
俺が疑問に思っていると、ヴァンパイアは話し続けた。
どこか……怒りと悲しみが混ざった様な震えた声で……。
「私もコリックを愛してる!私は、コリックと一緒にいたい!だが…………ここで貴様を殺さなければ……コリックは連れて行かれてしまう!私は……私は…………!」
突然、ヴァンパイアは顔を上げて…………。
「私は、もう独りになるのは嫌だ!愛する人と離れたくないんだぁ!!」
「!?」
大声を上げたヴァンパイアの目は悲しみに満ち溢れていた。そして、その目から溢れんばかりの涙が流れていた。
もしかして……こいつは恐れているのか?目の前から……コリックが消える事を……。
「私には、コリックが必要なんだ!コリックが私の下を離れてしまったら、生きていけなくなる!死にたくなる!寂し過ぎて、気がおかしくなる!!」
……そうか……詳しい事情はさっぱり呑み込めないが、こいつにとって、もはやコリックは大切な存在となったんだな……。
これ以上、無意味な戦いは止めた方が良いな。このヴァンパイアと、コリックの為にも…………。
「……なぁ、もう止めないか?これ以上戦う意味が無くなった。詳しい事までは分からないが、一通り察しは付いた。俺に提案があるんだが、一先ず聞いてくれないか?」
これは戦って良い問題じゃない。コリックをここに呼んで、みんなで話し合えば解決できる。
「ほざけ!一度ならず二度までも私を罠に嵌める気だろう!?貴様の言う事など誰が聞くものか!」
ヴァンパイアはレイピアの切っ先を俺に向けて反抗した。
まずいな……何を言っても聞いてくれそうにない……。
「私は負けない!コリックと共に生きる為にも、ここで貴様を殺してやる!」
ヴァンパイアは手の甲で涙を拭い、レイピアを構えて戦闘態勢に入った。
……戦いたくなかったが……こいつの気が済むなら……仕方ないか……。
「やるしか……ないか……」
意を決した俺はヴァンパイアを見据えながら身構えた。
緊迫した空気した空気に包まれる中、ヴァンパイアの出方を見極める。
そして…………!
「うぉぉぉぉ!!」
「はぁぁぁぁ!!」
互いに駆け寄り、長剣とレイピアがそれぞれ同時に振りかざされ…………。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
************
「コリックさん、行ってはダメ!」
「コリック!!」
楓さんとシャローナさんの声が後ろから聞こえる中、僕はとにかく走った。
戦って欲しくないから……傷つけあって欲しくないから……止めて欲しいから……!
僕は決死の覚悟で、迫り合うであろうキッド船長とリシャスさんの間に割り込み……。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
両手を広げて二人の間に立ち塞がり、これから襲う刃の痛みに備えて瞳を閉じた。
しかし、僕を待ち受けていたのは、痛みではなく金属がぶつかり合う乾いた音だった。
「「コリック!!?」」
二人の声が同時に僕の名を呼んだ。恐る恐る目を開けると、酷く驚いた様子でキッド船長とリシャスさんが僕を見つめていた。
僕の頭上には、キッド船長の長剣とリシャスさんのレイピアがぶつかり合っていた。
背が低くて良かった…………。
一気に全身の気が抜けて、僕は両膝を付いた。
「コリック、大丈夫か!?」
キッド船長が僕の顔を覗きこもうとすると、リシャスさんがレイピアでキッド船長を威嚇した。
「コリックに近付くな!触るな!離れろ!消え失せろ!」
「今はそんな事言ってる場合じゃないだろ!」
「五月蠅い!クズが!貴様にコリックは渡さない!」
リシャスさんは、レイピアでキッド船長を威嚇したまま僕へと視線を移して言った。
「コリック、お前は速く部屋へ戻るんだ!もうすぐこの男を殺してやるから、それまで……」
「いい加減にしてください!!」
『殺す』と聞いた途端、自分でも分かる程荒々しい声で叫んだ。僕の叫びを聞いた途端、リシャスさんは呆然と僕を見つめた。
「……武器を……下ろしてください……」
僕の頼みに、リシャスさんは未だに呆然としつつもレイピアを下ろした。そして、僕は足に力を込めて立ち上がり、リシャスさんに向き直った。
「こんな事しても……僕は嬉しくない……!キッド船長が……仲間のみんなが死んだら……悲しいよ……!」
リシャスさんには、こんな事をして欲しくない。その願いを込めつつ、僕は話し続けた。
「リシャスさんが……僕を必要としてくれるのは嬉しいよ……でも、こんなの間違ってる!何でも敵として見るなんて良くないよ!それに、キッド船長は敵じゃない!僕の憧れの人だ!これ以上、キッド船長に手を出さないで!」
「…………」
リシャスさんは無言でレイピアを腰の鞘に収めると、ばつが悪そうに視線を斜め下へと移した。その目は、どこか悲しく、辛そうに感じた。
「ふぅ、なんとか戦わずに済んで良かった……」
安堵のため息を付いたキッド船長は、長剣とショットガンをそれぞれ鞘に収めた。
「さて、色々と聞きたい事があるが……」
キッド船長は僕に歩み寄り……。
「きゃぅう!!」
僕の脳天に、拳の鉄槌が落ちた。あまりの痛さに、情けない悲鳴を上げてしまった。
痛い……凄く痛い……頭の上で星が回ってる……。
「こんの馬鹿野郎がぁ!!急に割って来るんじゃねぇ!お前の身長が低いお陰で無事で済んだが、一歩でも間違えてたら、死んじまうところだったんだぞ!!」
キッド船長の努号が耳に響いた。
キッド船長の言う事は尤もだ。でも、戦い合う二人を見たら居ても立っても居られなかった。誰も悪くないのに、無意味な戦いはして欲しくなかったから……。
「貴様……よくも!」
「やめて!」
レイピアを引き抜こうとするリシャスさんを、僕は慌てて止めた。
「良いんだ!キッド船長の方が正しいよ!悪いのは僕だよ!だからやめて!」
僕の必死の説得に、リシャスさんは渋々と鞘に収められてるレイピアから手を放した。
すると、キッド船長は両膝を付くと、胸に顔を埋めさせる形で僕を抱き寄せた。
「……無事で良かった…………」
キッド船長は、殴った僕の頭を労る様に優しく撫でてくれた。さっきまで痛かった頭が、キッド船長の大きな手で温められる感じがした。
迷惑をかけてしまったのに関わらず、キッド船長は優しくしてくれる……。嬉しさのあまりに、一滴の涙が……。
「……迷惑かけて……ごめんなさい……」
涙を拭って謝る僕に、キッド船長は抱きしめる腕を放して、優しく微笑みながら言った。
「もう気にするな。お前が無事で、本当に良かったよ……」
その優しい笑みを見た瞬間、感激のあまりに再び泣きそうになったが、なんとか涙を堪えた。すると、キッド船長は徐に立ち上がり、リシャスさんに向き直った。
「さて……今更だが、お前、名前は?」
話を振られたリシャスさんは無愛想にに名乗った。
「……リシャス」
リシャスさんの名前を聞いたキッド船長は、僕とリシャスさんを交互に見て話を切り出した。
「リシャスか……分かった。それじゃ、コリック、リシャス、早速事の成り行きを聞かせて貰おうか」
僕とリシャスさんは事情を洗い浚い話した。僕がここにいる理由、リシャスさんの過去、そして……互いに惹かれあった事まで全て。
「よし、事情はよく分かった」
話を全て聞き終えたキッド船長は、腕組みをしつつ僕を見て言った。
「本題はここからだ。まず、お前はこれからどうしたいんだ?」
キッド船長のストレートな質問に対し、僕は戸惑ったが、自分の考えを自分なりに答えた。
「えっと……僕は……これからもキッド船長たちと一緒に旅をしたいです。でも……リシャスさんとは……離れたくないんです……ごめんなさい……我が儘ですよね……」
僕の言葉に対し、キッド船長は首を横に振って否定した。
「そんな事はないさ。愛する人とは離れたくないと思うのは当然だ。……さて、今度はお前だ、リシャス」
キッド船長は、リシャスさんへと視線を移して言った。
「お前がコリックを愛してる事は分かった。それを踏まえての最終確認だ。お前は、コリックとどうしたいんだ?」
「……私は……」
リシャスさんは、両手に握り拳を作って言った。
「私は……コリックと一緒にいたい……!もう……孤独は嫌なんだ……!」
そう言ったリシャスさんは、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「二人の気持ちは、よく分かった!リシャス、突然だが、さっき言いそびれた提案を聞いてくれ」
キッド船長は、腕組みを解いてリシャスさんに話を切り出した。
「海賊として、俺たちと一緒に旅をしないか?」
…………え?一緒に旅?
「なん……だと……!?」
予期もしなかったキッド船長の勧誘に、リシャスさんは驚いた。
無理もない。さっきまで戦った相手から仲間に誘われるなんて予想できない。ましてや、ついさっきまで本気で殺そうとした相手からなら尚更だ。
それでもキッド船長は話し続けた。
「勿論、無理強いはしない。もし……この島を出るのに未練が無いのなら、どうしてもコリックと一緒にいたいのなら、俺は喜んで歓迎するぜ」
そう言ったキッド船長は、優しくて明るい笑みを浮かべていた。まるで、友と話をする様に親しげな笑みを浮かべていた。そんなキッド船長に対し、リシャスさんは驚きながらも言い返した。
「私は……貴様を殺そうとしたんだぞ!?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
キッド船長は平然と聞き返した。それに対し、リシャスさんは尚も聞き返す。
「どうかしたかって……貴様は、命を狙おうとした敵を自分の船に乗せられるのか!?」
「もう過去の話だ。事情が事情だし、根に持ってないさ。それに、俺とおまえは敵じゃないだろ?」
「それは……」
「こんな言葉を知ってるか?昨日の敵は今日の友。昨日まで敵だった奴でも、今日から味方になるって意味だ。まぁ、初めて会ったのは今日だけどな」
キッド船長は、後ろで待機してる楓さんとシャローナさんへ振り向いて訊いた。
「お前らも、文句は無いだろ?」
「はい、船長の仰せのままに」
「いいんじゃない?どうするかは本人次第だけど」
楓さんとシャローナさんも、嫌がる素振りを見せずに承諾してくれた。すると、リシャスさんは潤んだ瞳で僕を見つめた。
「コリック……」
縋る様な目つきで僕を見つめるリシャスさん。まるで、僕に何かを求めている様な気がした。
……僕も……リシャスさんと一緒にいたい!
その想いが、僕を奮い立たせた。
「リシャスさん……どうか……僕と一緒に来てください!」
僕は勇気を振り絞って言った。リシャスさんと一緒にいたい。その想いを込めて、リシャスさんに伝わる様に……。
「……ああ……喜んで!」
リシャスさんは涙を流しながら背の低い僕に合わせる為に、跪いて背中に手を回す様に抱きついてきた。
「……新しい夫婦の誕生だな」
そんな僕たちに、キッド船長は温かい眼差しを向けた。そして、僕たちを見たまま身体を横に向けて話した。
「明日の朝に出航する。俺たちは先に船に戻ってるから、お前らは今日はここで一晩過ごしてくれ。明日になったら迎えに来るから、それまでにリシャスは身支度を整えておけよ」
僕たちに気を使ってくれたのか、キッド船長はそれだけ告げると、早急に館から出て行こうとしたが……。
「……ああ、それとリシャス……」
立ち去ろうとしたキッド船長は、突然振り返ってリシャスさんに言った。
「……さっきは……投げ飛ばしたり、踏みつけたりして、ごめんな……」
僕は一瞬、何の事か分からなかったが、さっきの戦いで手を出した事かと察した。それに対し、リシャスさんはそっぽを向いて答えた。
「フン!決闘で相手に手を出した事を謝る者がいるか!今日は負けたが、次に戦う機会があったら、容赦無く打ち負かしてやる!」
「ちょっ!リシャスさん!キッド船長に向かってなんて事を……!」
僕は慌てたが、キッド船長は余裕と言った表情で答えた。
「ハハハ!そうか!だったら、俺は更に強くならないとな!」
キッド船長は僕たちに背を向けて、右手を振りながら立ち去って行った。
「じゃあな、また明日会おうぜ」
「おやすみなさい」
「またね」
キッド船長の後を追う様に、楓さんとシャローナさんも立ち去って行った。この館に残っているのは、僕とリシャスさんだけとなった。
「……コリック」
「……リシャスさ……むぅ!?」
突然、リシャスさんが僕の唇を奪った。
「ん……ふぅ……好きぃ……コリック……大好きぃ……ん……んふぅ」
リシャスさんは口内に舌を入れて舐めまわしてきた。頭が蕩けそうになりながらも、僕も舌を出して懸命に応えた。
熱く、濃厚なキスが長く続き、やがて互いに唇を離すと、唾液の糸が僕とリシャスさんの口の間に垂らされた。
「……これからも……コリックと一緒にいられるんだな……」
リシャスさんは恍惚と僕を見つめながら呟いた。
僕だって嬉しい。だって、明日からリシャスさんと一緒に旅ができるんだから……!
「僕……まだまだ半人前だけど……きっと……いや、必ずリシャスさんを幸せにしてみせるから」
僕はリシャスさんの手を握って宣言した。すると、リシャスさんは僕の頬を撫でながら言った。
「私は十分幸せだ……コリックが……旦那様が……愛する人が傍にいるから……!」
僕たちは、少しの間だけ見つめ合い、瞳に引き寄せられる様に近付いて……唇を重ねた。
「コリック……愛してる……」
「うん……僕も……」
ここに辿り着くのにかなり時間を費やしてしまった。あの時、コリックが連れ去られた後、俺とシャローナは一旦船に戻り、仲間たちにコリックの探索を頼み、再びコリックを探しに行った。
墓場のゾンビたちに尋ねたところ、この館に向かって飛んで行ったらしい。まさか、森の中にこんな大きい館があるなんて思ってもいなかった。
だが、問題はこれからだ。この館には1年前からヴァンパイアが住み着いていると聞いた。ヴァンパイアと言えば、高い魔力と驚異的な力を持つ実力のある魔物だ。どんな目的でコリックを連れ去ったかは知らないが、敵となると苦戦を強いられる事は必然となる。
それなのに、こんなに広いエントランスホールの中心で大声を出すなんて強敵を自ら誘う様なものだ。それも、俺一人で。
だが、俺だって考えも無しにこんな事をしている訳じゃない。一緒に来た楓とシャローナが、裏から侵入してコリックを助ける為には、俺がここで囮にならなければならない。
頼んだぞ、楓、シャローナ……俺が囮になっている間に、コリックを助け出してくれよ……!
「……!」
突然、殺気が向けられているのを感じた。俺は辺りを見回すが誰もいない。
いや、確かにいる……そいつは…………上!?
「死ねぇ!」
細身の剣が頭上から突き刺さる直前に、俺は後方に飛んで致命傷を避けた。
「……今のを避けるか……それなりにできるようだな……」
頭上から襲ってきた張本人は華麗に着地すると、鋭い目で俺を睨んできた。そいつは高貴な服装で、黒いマントを羽織り、エルフの様な長い耳を持っていた。
……そうか……こいつが館のヴァンパイアか!
「……お前が、この館に住んでるヴァンパイアか?」
「……そうだと言ったら?」
俺の質問に対し、ヴァンパイアは素っ気無く答えた。
完全に敵対してるな……迂闊に怒らせない方がいいな。
「ここに、コリックって言う俺の仲間がいるって聞いたんだ。急に邪魔して悪いが、そいつを引き取りに来たんで、会わせ……」
「邪魔だと自覚しているなら帰れ!」
俺が言い終える前に、ヴァンパイアは剣の切っ先を俺に向けて怒鳴り散らした。
……聞く耳持たないって事か……面倒だな……。
「悪いが、このまま帰る訳にはいかない。コリックは俺の大事な仲間なんでね、ここで置き去りにする様な真似だけはできない」
「仲間だと?……奇麗事を抜かすな!コリックの事など、ただの捨て駒としか思っていないだろう!?貴様に連れて行かれるくらいなら、私と共に生きた方がよっぽど良い!」
捨て駒だと?言ってくれるじゃねぇか!捻くれてるとは思ってたが、まさかここまでとはな!
カッとなった俺は、声を荒げて反論した。
「あいつは捨て駒なんかじゃない!俺の大事な仲間だ!お前が何故コリックを攫ったかなんて知らないが、コリックは返してもらうぞ!」
「……ならば……貴様には死んでもらう!」
ヴァンパイアは剣を構えて戦闘態勢に入った。
よく見ると、あの剣はレイピアか……と言う事は、牽制技が得意の様だな。素早く突き刺されない様、十分に注意しないと……!
俺は徐に長剣とショットガンを抜き取り、首に掛けているペンダントに念を送った。
サフィア……俺に力を貸してくれ!
アレスの力が込められたペンダントは光り輝き、俺に力を与えてくれた。
初っ端からペンダントの力を借りるなんて我ながらどうかしてる。だが、今回ばかりは最初から本気を出さないと勝てない。相手がヴァンパイアと言う強敵なら尚更だ。
「殺すつもりはないが……本気で行くぞ!」
「下等生物が……図に乗るでない!消え失せろ!」
ヴァンパイアの努号を合図に、俺たちは互いに駆け寄り、武器をぶつけ合って鍔迫り合いの状態に入った。
「お前から望んだ決闘だ!怪我しても知らないからな!」
「黙れ、海賊風情が!その心臓に風穴を開けてやる!」
ヴァンパイアは一歩後方に下がり、目にも留まらぬ速さで突きの連撃を繰り出してきた。普通では一つ一つの突きを見切るなんて真似はできない。だが、サフィアがくれたペンダントの力のお蔭で、俺は素早い突き攻撃を見切る事ができた。
「ふっ!はっ!あらよっとぉ!」
俺は身体を捻らせ、時には長剣で受け流す事により一つ一つの突きを避けた。
「馬鹿な!全て防いでる!?」
突きの連撃の手を休めずに、ヴァンパイアは酷く驚愕した。俺は、その戸惑いによって生じた隙を見逃さなかった。
「おんらぁ!」
俺は長剣を力いっぱい振り上げ、ヴァンパイアのレイピアを高く弾き飛ばした。レイピアが宙で回っている隙に、俺はヴァンパイアの足を狙い撃った。
「甘い!」
「なっ!」
突然の出来事に、俺は驚いてしまった。ヴァンパイアの背中に巨大な翼が生え、その場で高く飛び上がり、ショットガンの弾を避けると同時に空中で回っているレイピアを取り戻した。
高い魔力を持っている事は聞いてたが、まさか空を飛べるとは……!
くそっ!こんな事なら、一旦船に戻ってヴァンパイアの弱点であるニンニクでも持って来るべきだった!
自分自身の浅はかさを恨んでいると、ヴァンパイアは空中から俺を見下ろしながら言った。
「これが、私と貴様との力の差だ!少しは出来る様だが、所詮は下等生物、私の足元にも及ばぬわ!それが理解できたのならば、大人しく八つ裂きにされろ!」
……力の差か……確かに、俺は魔術を扱う事はできない……だが!
「理解する必要なんか無いし、八つ裂きも御免だな!俺の大事な仲間は、死んでも見捨てない!」
俺はショットガンでヴァンパイアを狙い撃った。だが、ヴァンパイアは素早く空中で身を翻し、弾丸を避けた。そしてヴァンパイアは、怒り狂いながら怒鳴り散らした。
「黙れぇ!貴様より、私の方がコリックを必要としているんだ!私に残されているのは、もうコリックしかいない!貴様などに、コリックを……愛する人を渡して堪るものか!」
「!?」
なんだ?今、『愛する人』って…………!?
「地獄へ堕ちろ!!」
「おわぁ!?」
ヴァンパイアが空中からレイピアを向けながら突進して来た。俺は咄嗟に身を翻して突進を避けた。すると、ヴァンパイアはエントランスホールの壁を蹴り、再び俺に突進して来た。
なんの、これしき!
俺は身を翻しつつ、ヴァンパイアの身体に長剣を振り下ろした。だが、ヴァンパイアは身体を回転させて足で長剣を弾き返した。そしてヴァンパイアは高く飛び上がりつつ、滞空したまま俺に向き直った。
「おのれ……!大人しく殺されれば良いと言うのに……!」
ヴァンパイアは気に食わないと言いたげな表情で俺を睨みつけた。
しかし、厄介だな……あの速さで空中へ飛ばれたままじゃ、手も足も出ない……!
……ん?あのシャンデリア……まさか……!?
俺は、ヴァンパイアの頭上にあるシャンデリアを注目した。何の変哲も無いシャンデリアだが、よく見ると、天井から吊るされている鎖の部分が錆びついている。何か強い衝撃でも与えられれば、間違いなく砕け散る。
あれを上手く利用すれば……!
俺は、少しずつ後方へと下がって行った。
「……どうした?まさか、逃げる気か?」
ヴァンパイアは誘われる様に俺に向かって飛んでくる。
そうだ、そのままこっちへ……!
まだ……まだだ……落ち着け……落ち着いて…………!
今だ!
「押し潰されろ!!」
俺はシャンデリアの鎖を狙い撃った。弾丸によって鎖が砕かれた事により、シャンデリアはヴァンパイアの頭上目がけて落下した。
「無駄だ!」
すると、ヴァンパイアは前方へ進んで落下するシャンデリアを避けた。床に叩き落とされたシャンデリアは、凄まじい音を響かせながら粉々に砕け散った。
シャンデリアは当たらなかった。だが、失敗した訳ではない。
ここまでは計画通りだからな!
「うぉぉぉぉ!!」
素早く武器を鞘に収めた俺は助走を付けてヴァンパイアに向かって跳び上がった。ペンダントの力により、足の筋力が増加した為、容易くヴァンパイアと同じ位置まで跳ぶ事ができた。
「何!?そんな馬鹿な……!」
悪いが……これで決めてやる!
「そぉらよっ!」
俺は驚愕しているヴァンパイアの胸倉を掴んで、渾身の力を込めて床に向かって背負い投げ落とした。
「ぐぁあ!!」
背中から床に叩き落とされたヴァンパイアは痛みに悶えた。それと同時に、ヴァンパイアの背中に生えていた翼が瞬く間に消えた。
俺の攻撃は、まだ終わっちゃいない!
落下の勢いを利用して、ヴァンパイアの腹部目がけて踵落としを繰り出した。
「ごはぁあっ!!」
藻掻き苦しむヴァンパイアに対して、俺はヴァンパイアの腹部に足を乗せたまま素早く長剣とショットガンを抜き取り、長剣でヴァンパイアが持っているレイピアを弾き飛ばし、更にショットガンの銃口をヴァンパイアの心臓に向けた。
例えどれ程の実力を持っていようと、生き物には共通の弱点がある。それが心臓だ。いくらヴァンパイアでも、心臓を撃ち抜かれたら一巻の終わりだ。
「……俺の勝ちだ。少しの間だけ、ここで大人しくして貰おうか」
今ならとどめを刺せるが、俺は殺す為に戦った訳じゃない。それに、俺の目的はコリックを連れ戻す事だ。楓とシャローナが無事にコリックを救出するまで、ここでこいつを見張っていよう。
すると、ヴァンパイアは俺を睨みながら、怒りで震えた声で言った。
「貴様……あれは罠だったのか!」
あれ……と言うのは、シャンデリアを落とした事か。
「悪いな、住み家の物を勝手に壊したりして。だが、あんな事でもしないと、飛んでるお前に届かないだろ?」
そう、シャンデリアはあくまで誘導する為の罠に過ぎない。ヴァンパイアの速さを考えれば、素直に下敷きになってくれる訳が無い。
だから俺は、ヴァンパイアの注意を逸らさせ、俺の方へ避ける為にシャンデリアを落とした。こうすれば力強く跳んで届く距離までヴァンパイアを引き付ける事ができる。
ある意味、一か八かの賭けだったが、成功して何よりだ。
「……貴様……本気で……コリックを……連れ戻す気か……!?」
震えた声で、尚も俺に食ってかかるヴァンパイア。
……なんでだ?俺を睨んでいる目が、どこか悔しそうに……いや、悲しく見える。
「……本気じゃなかったら、ここまで来ないだろ?お前にどう言った事情があるかは知らないが、コリックは帰させてもらうぞ」
「嫌だ!!」
俺の返答に対し、突然ヴァンパイアは大声を上げて拒否の反応を示した。
こいつ……なんでそこまでして……?
俺が疑問に思っていると、ヴァンパイアは右手の人差し指をクイッと自分の方へ振った。すると、遠くへ弾き飛ばされていたレイピアが宙に浮かび、円を描きながらヴァンパイアの手元に戻り……。
って、戻って来れるのかよ!?
「その汚い足をどけろ!ゴミがぁ!!」
おわぁ!危ねぇ!
ヴァンパイアはレイピアを振り、俺の足を斬りつけようとした。俺は咄嗟に後方へ跳び、レイピアを避けた。
俺とした事が……油断したせいでヴァンパイアを解放してしまった……!
ヴァンパイアは徐に立ち上がり、少しだけ後方へ下がり俺との距離を置いて怒鳴り散らした。
「貴様には……私の気持ちなど分かるものか!」
ヴァンパイアは、俯きながら語り始めた。
「私には……心から愛する事のできる人がいなかった……!毎日……どうにもならない孤独に悩まされていた……!そんな私を……コリックが救ってくれた……!」
「……コリックが?」
あいつが……このヴァンパイアを救った?どう言う事だ?
「コリックは……孤独によって開けられた心の穴を埋めてくれた……!コリックは……私の事を……独りで生きていた私の事を……好きだと言ってくれたんだ!」
コリックが、このヴァンパイアを?そう言えば、さっきヴァンパイアの方からも『愛する人』って言ってたな……。
だとしたら、二人に一体何があったんだ?
俺が疑問に思っていると、ヴァンパイアは話し続けた。
どこか……怒りと悲しみが混ざった様な震えた声で……。
「私もコリックを愛してる!私は、コリックと一緒にいたい!だが…………ここで貴様を殺さなければ……コリックは連れて行かれてしまう!私は……私は…………!」
突然、ヴァンパイアは顔を上げて…………。
「私は、もう独りになるのは嫌だ!愛する人と離れたくないんだぁ!!」
「!?」
大声を上げたヴァンパイアの目は悲しみに満ち溢れていた。そして、その目から溢れんばかりの涙が流れていた。
もしかして……こいつは恐れているのか?目の前から……コリックが消える事を……。
「私には、コリックが必要なんだ!コリックが私の下を離れてしまったら、生きていけなくなる!死にたくなる!寂し過ぎて、気がおかしくなる!!」
……そうか……詳しい事情はさっぱり呑み込めないが、こいつにとって、もはやコリックは大切な存在となったんだな……。
これ以上、無意味な戦いは止めた方が良いな。このヴァンパイアと、コリックの為にも…………。
「……なぁ、もう止めないか?これ以上戦う意味が無くなった。詳しい事までは分からないが、一通り察しは付いた。俺に提案があるんだが、一先ず聞いてくれないか?」
これは戦って良い問題じゃない。コリックをここに呼んで、みんなで話し合えば解決できる。
「ほざけ!一度ならず二度までも私を罠に嵌める気だろう!?貴様の言う事など誰が聞くものか!」
ヴァンパイアはレイピアの切っ先を俺に向けて反抗した。
まずいな……何を言っても聞いてくれそうにない……。
「私は負けない!コリックと共に生きる為にも、ここで貴様を殺してやる!」
ヴァンパイアは手の甲で涙を拭い、レイピアを構えて戦闘態勢に入った。
……戦いたくなかったが……こいつの気が済むなら……仕方ないか……。
「やるしか……ないか……」
意を決した俺はヴァンパイアを見据えながら身構えた。
緊迫した空気した空気に包まれる中、ヴァンパイアの出方を見極める。
そして…………!
「うぉぉぉぉ!!」
「はぁぁぁぁ!!」
互いに駆け寄り、長剣とレイピアがそれぞれ同時に振りかざされ…………。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
************
「コリックさん、行ってはダメ!」
「コリック!!」
楓さんとシャローナさんの声が後ろから聞こえる中、僕はとにかく走った。
戦って欲しくないから……傷つけあって欲しくないから……止めて欲しいから……!
僕は決死の覚悟で、迫り合うであろうキッド船長とリシャスさんの間に割り込み……。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
両手を広げて二人の間に立ち塞がり、これから襲う刃の痛みに備えて瞳を閉じた。
しかし、僕を待ち受けていたのは、痛みではなく金属がぶつかり合う乾いた音だった。
「「コリック!!?」」
二人の声が同時に僕の名を呼んだ。恐る恐る目を開けると、酷く驚いた様子でキッド船長とリシャスさんが僕を見つめていた。
僕の頭上には、キッド船長の長剣とリシャスさんのレイピアがぶつかり合っていた。
背が低くて良かった…………。
一気に全身の気が抜けて、僕は両膝を付いた。
「コリック、大丈夫か!?」
キッド船長が僕の顔を覗きこもうとすると、リシャスさんがレイピアでキッド船長を威嚇した。
「コリックに近付くな!触るな!離れろ!消え失せろ!」
「今はそんな事言ってる場合じゃないだろ!」
「五月蠅い!クズが!貴様にコリックは渡さない!」
リシャスさんは、レイピアでキッド船長を威嚇したまま僕へと視線を移して言った。
「コリック、お前は速く部屋へ戻るんだ!もうすぐこの男を殺してやるから、それまで……」
「いい加減にしてください!!」
『殺す』と聞いた途端、自分でも分かる程荒々しい声で叫んだ。僕の叫びを聞いた途端、リシャスさんは呆然と僕を見つめた。
「……武器を……下ろしてください……」
僕の頼みに、リシャスさんは未だに呆然としつつもレイピアを下ろした。そして、僕は足に力を込めて立ち上がり、リシャスさんに向き直った。
「こんな事しても……僕は嬉しくない……!キッド船長が……仲間のみんなが死んだら……悲しいよ……!」
リシャスさんには、こんな事をして欲しくない。その願いを込めつつ、僕は話し続けた。
「リシャスさんが……僕を必要としてくれるのは嬉しいよ……でも、こんなの間違ってる!何でも敵として見るなんて良くないよ!それに、キッド船長は敵じゃない!僕の憧れの人だ!これ以上、キッド船長に手を出さないで!」
「…………」
リシャスさんは無言でレイピアを腰の鞘に収めると、ばつが悪そうに視線を斜め下へと移した。その目は、どこか悲しく、辛そうに感じた。
「ふぅ、なんとか戦わずに済んで良かった……」
安堵のため息を付いたキッド船長は、長剣とショットガンをそれぞれ鞘に収めた。
「さて、色々と聞きたい事があるが……」
キッド船長は僕に歩み寄り……。
「きゃぅう!!」
僕の脳天に、拳の鉄槌が落ちた。あまりの痛さに、情けない悲鳴を上げてしまった。
痛い……凄く痛い……頭の上で星が回ってる……。
「こんの馬鹿野郎がぁ!!急に割って来るんじゃねぇ!お前の身長が低いお陰で無事で済んだが、一歩でも間違えてたら、死んじまうところだったんだぞ!!」
キッド船長の努号が耳に響いた。
キッド船長の言う事は尤もだ。でも、戦い合う二人を見たら居ても立っても居られなかった。誰も悪くないのに、無意味な戦いはして欲しくなかったから……。
「貴様……よくも!」
「やめて!」
レイピアを引き抜こうとするリシャスさんを、僕は慌てて止めた。
「良いんだ!キッド船長の方が正しいよ!悪いのは僕だよ!だからやめて!」
僕の必死の説得に、リシャスさんは渋々と鞘に収められてるレイピアから手を放した。
すると、キッド船長は両膝を付くと、胸に顔を埋めさせる形で僕を抱き寄せた。
「……無事で良かった…………」
キッド船長は、殴った僕の頭を労る様に優しく撫でてくれた。さっきまで痛かった頭が、キッド船長の大きな手で温められる感じがした。
迷惑をかけてしまったのに関わらず、キッド船長は優しくしてくれる……。嬉しさのあまりに、一滴の涙が……。
「……迷惑かけて……ごめんなさい……」
涙を拭って謝る僕に、キッド船長は抱きしめる腕を放して、優しく微笑みながら言った。
「もう気にするな。お前が無事で、本当に良かったよ……」
その優しい笑みを見た瞬間、感激のあまりに再び泣きそうになったが、なんとか涙を堪えた。すると、キッド船長は徐に立ち上がり、リシャスさんに向き直った。
「さて……今更だが、お前、名前は?」
話を振られたリシャスさんは無愛想にに名乗った。
「……リシャス」
リシャスさんの名前を聞いたキッド船長は、僕とリシャスさんを交互に見て話を切り出した。
「リシャスか……分かった。それじゃ、コリック、リシャス、早速事の成り行きを聞かせて貰おうか」
僕とリシャスさんは事情を洗い浚い話した。僕がここにいる理由、リシャスさんの過去、そして……互いに惹かれあった事まで全て。
「よし、事情はよく分かった」
話を全て聞き終えたキッド船長は、腕組みをしつつ僕を見て言った。
「本題はここからだ。まず、お前はこれからどうしたいんだ?」
キッド船長のストレートな質問に対し、僕は戸惑ったが、自分の考えを自分なりに答えた。
「えっと……僕は……これからもキッド船長たちと一緒に旅をしたいです。でも……リシャスさんとは……離れたくないんです……ごめんなさい……我が儘ですよね……」
僕の言葉に対し、キッド船長は首を横に振って否定した。
「そんな事はないさ。愛する人とは離れたくないと思うのは当然だ。……さて、今度はお前だ、リシャス」
キッド船長は、リシャスさんへと視線を移して言った。
「お前がコリックを愛してる事は分かった。それを踏まえての最終確認だ。お前は、コリックとどうしたいんだ?」
「……私は……」
リシャスさんは、両手に握り拳を作って言った。
「私は……コリックと一緒にいたい……!もう……孤独は嫌なんだ……!」
そう言ったリシャスさんは、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「二人の気持ちは、よく分かった!リシャス、突然だが、さっき言いそびれた提案を聞いてくれ」
キッド船長は、腕組みを解いてリシャスさんに話を切り出した。
「海賊として、俺たちと一緒に旅をしないか?」
…………え?一緒に旅?
「なん……だと……!?」
予期もしなかったキッド船長の勧誘に、リシャスさんは驚いた。
無理もない。さっきまで戦った相手から仲間に誘われるなんて予想できない。ましてや、ついさっきまで本気で殺そうとした相手からなら尚更だ。
それでもキッド船長は話し続けた。
「勿論、無理強いはしない。もし……この島を出るのに未練が無いのなら、どうしてもコリックと一緒にいたいのなら、俺は喜んで歓迎するぜ」
そう言ったキッド船長は、優しくて明るい笑みを浮かべていた。まるで、友と話をする様に親しげな笑みを浮かべていた。そんなキッド船長に対し、リシャスさんは驚きながらも言い返した。
「私は……貴様を殺そうとしたんだぞ!?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
キッド船長は平然と聞き返した。それに対し、リシャスさんは尚も聞き返す。
「どうかしたかって……貴様は、命を狙おうとした敵を自分の船に乗せられるのか!?」
「もう過去の話だ。事情が事情だし、根に持ってないさ。それに、俺とおまえは敵じゃないだろ?」
「それは……」
「こんな言葉を知ってるか?昨日の敵は今日の友。昨日まで敵だった奴でも、今日から味方になるって意味だ。まぁ、初めて会ったのは今日だけどな」
キッド船長は、後ろで待機してる楓さんとシャローナさんへ振り向いて訊いた。
「お前らも、文句は無いだろ?」
「はい、船長の仰せのままに」
「いいんじゃない?どうするかは本人次第だけど」
楓さんとシャローナさんも、嫌がる素振りを見せずに承諾してくれた。すると、リシャスさんは潤んだ瞳で僕を見つめた。
「コリック……」
縋る様な目つきで僕を見つめるリシャスさん。まるで、僕に何かを求めている様な気がした。
……僕も……リシャスさんと一緒にいたい!
その想いが、僕を奮い立たせた。
「リシャスさん……どうか……僕と一緒に来てください!」
僕は勇気を振り絞って言った。リシャスさんと一緒にいたい。その想いを込めて、リシャスさんに伝わる様に……。
「……ああ……喜んで!」
リシャスさんは涙を流しながら背の低い僕に合わせる為に、跪いて背中に手を回す様に抱きついてきた。
「……新しい夫婦の誕生だな」
そんな僕たちに、キッド船長は温かい眼差しを向けた。そして、僕たちを見たまま身体を横に向けて話した。
「明日の朝に出航する。俺たちは先に船に戻ってるから、お前らは今日はここで一晩過ごしてくれ。明日になったら迎えに来るから、それまでにリシャスは身支度を整えておけよ」
僕たちに気を使ってくれたのか、キッド船長はそれだけ告げると、早急に館から出て行こうとしたが……。
「……ああ、それとリシャス……」
立ち去ろうとしたキッド船長は、突然振り返ってリシャスさんに言った。
「……さっきは……投げ飛ばしたり、踏みつけたりして、ごめんな……」
僕は一瞬、何の事か分からなかったが、さっきの戦いで手を出した事かと察した。それに対し、リシャスさんはそっぽを向いて答えた。
「フン!決闘で相手に手を出した事を謝る者がいるか!今日は負けたが、次に戦う機会があったら、容赦無く打ち負かしてやる!」
「ちょっ!リシャスさん!キッド船長に向かってなんて事を……!」
僕は慌てたが、キッド船長は余裕と言った表情で答えた。
「ハハハ!そうか!だったら、俺は更に強くならないとな!」
キッド船長は僕たちに背を向けて、右手を振りながら立ち去って行った。
「じゃあな、また明日会おうぜ」
「おやすみなさい」
「またね」
キッド船長の後を追う様に、楓さんとシャローナさんも立ち去って行った。この館に残っているのは、僕とリシャスさんだけとなった。
「……コリック」
「……リシャスさ……むぅ!?」
突然、リシャスさんが僕の唇を奪った。
「ん……ふぅ……好きぃ……コリック……大好きぃ……ん……んふぅ」
リシャスさんは口内に舌を入れて舐めまわしてきた。頭が蕩けそうになりながらも、僕も舌を出して懸命に応えた。
熱く、濃厚なキスが長く続き、やがて互いに唇を離すと、唾液の糸が僕とリシャスさんの口の間に垂らされた。
「……これからも……コリックと一緒にいられるんだな……」
リシャスさんは恍惚と僕を見つめながら呟いた。
僕だって嬉しい。だって、明日からリシャスさんと一緒に旅ができるんだから……!
「僕……まだまだ半人前だけど……きっと……いや、必ずリシャスさんを幸せにしてみせるから」
僕はリシャスさんの手を握って宣言した。すると、リシャスさんは僕の頬を撫でながら言った。
「私は十分幸せだ……コリックが……旦那様が……愛する人が傍にいるから……!」
僕たちは、少しの間だけ見つめ合い、瞳に引き寄せられる様に近付いて……唇を重ねた。
「コリック……愛してる……」
「うん……僕も……」
11/10/05 19:48更新 / シャークドン
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