読切小説
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レスカティエ巡り!ガイドはデルエラ様
「……さて、どうする……?」

愛船、ブラック・モンスターの甲板にて、俺は片手で伸縮自在の小型望遠鏡を通して遠く離れた国の様子を覗いていた。今から俺たちは、あの国に上陸する……予定だった。
あの国の名はレスカティエ教国。教団の人間が治めている宗教国家であり、数多くの勇者を輩出してきた巨大国家でもある。その国は主神の教えを国教としている為、当然魔物を敵対視している国だ。
そんな国に俺の最愛の妻であり、シー・ビショップと言う人魚でもあるサフィアを始めとした多くの魔物たちを連れていくのには流石に躊躇った。だが、これからの旅に必要な物資をある程度集めなければならなかった。
レスカティエ教国に上陸する時は、なんとかして人気のない海岸に停泊し、仲間の魔物たちには上陸させないように決めていた。
だが、思わぬ事態が発生し、未だに上陸するか否か迷っている最中だった。

レスカティエ教国が堕落した。
この一報を聞いたのは一昨日の事だった。この船の副船長であり、俺の右腕的存在でもあるヘルムが、新聞を通してレスカティエ教国が侵略された事を知ったらしく、早急に俺に知らせてきた。
問題はその全貌だった。たった一人の魔物によって侵略された。そのあまりにも信じられない事実を聞かされた俺は耳を疑った。だが、その侵略の首謀者の名を聞いた途端、俺は信じられない事実に納得してしまった。

その首謀者の名は、デルエラ。
リリムと言う魔物の一人であり、彼女らは魔王の娘であるが故に桁外れの力を持っている恐るべき魔物だ。俺自身はデルエラとは一度も対面した事は無いが、俺の叔父さんの嫁であり、リリムでもあるアミナさんから、デルエラについては度々聞かされていた。
デルエラはアミナさんの姉であり、何でもアミナさんより強大な力を有していると聞いた。あくまで聞いた話だが、魔王の理想郷を実現する為に数多くの女性を魔物に変え続けている過激派な魔物だと聞いた。

デルエラが何故レスカティエ教国を侵略したか、詳しい事までは分からないが、今現在においてレスカティエ教国が異常な事態に晒されているのは確かだ。迂闊に足を踏み入れればどんな目に遭うか分からない。
レスカティエ教国の崩壊を聞いた一昨日から、どうするか行き詰ったものの、悩んでばかりで留まっている訳にもいかなかったが故に、とりあえずレスカティエ教国が見える所にまで来た。
望遠鏡で覗いても、ハッキリ見えるのは暗い闇に包まれた城だけで、他の住宅街や市場らしきものの様子は微かに見えるだけで、詳しい様子までは確認できなかった。

「ねぇ、お兄ちゃん。私にも見せて!」

俺の隣にいる妹的存在である子供のマーメイド、ピュラが両腕を俺に向かって伸ばして望遠鏡を欲しがってきた。

「あまり面白いものは見えないぞ?」

そう言いながらも、俺はピュラに望遠鏡を手渡した。ピュラは片目を瞑って望遠鏡を覗きこんでレスカティエ教国の様子を見た。

「キッド、何か見えましたか?」

ふと、俺の隣に立っているサフィアが声をかけてきた。

「いや、見えるのは望遠鏡無しでも確認できる城だけだ。他の所はほんの僅かに見えるだけで、人らしき人は見えない」

俺はありのままの現状を答えた。すると、俺の背後からヘルムが話しかけてきた。

「いっその事、レスカティエ教国には上陸せずに、多少の苦労は覚悟の上で次の国を目指して出航するって案もある。あまり利口な考えじゃないけど、無難な道はこれしかない。どうする?何時までもここに留まってる訳にもいかないよ?」

ヘルムの言う事は尤もだ。何時までもこんな海原で立ち往生してる場合じゃない。いい加減にどうするか決めないとな…………。

「……あ!お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

突然、ピュラが望遠鏡を覗いたまま俺を呼んだ。

「どうした、ピュラ?何か見えたか?」
「なんかね、お城から何か出てきた!」

……何か出た?城から?
俺は城を見てみたが、確認できるのは城だけで、それ以外のものはよく見えない。

「ピュラ、何が出たんだ?」
「えっと……なんか、翼が生えた女の人が……」

……翼の生えた女?もしかして、魔物か?
俺はピュラに詳しい事を聞こうとしたが……。

「ああ!お兄ちゃん、大変!こっちに向かって飛んでくる!」
「何!?」

ピュラの声に、俺は咄嗟に城の方へ視線を移した。すると、何かが物凄いスピードでこっちに向かって飛んでくるのが見えた。俺は目を細めて、跳んでくるものが何か見極める。
その姿は、ピュラが言った通り翼の生えた女だ。耳はエルフの様に長く尖っていて、髪は白銀に輝き、身体の至る所には赤い目の形をした宝石が飾られて……。
……まてよ……デルエラの特徴は確か赤い目……こっちに飛んでくる魔物の目も赤い……まさか!

「ハァイ♪海賊のみなさん♪ご機嫌いかが?」

俺が気付いた時には、その飛んでくる魔物は船の船首にまで飛んできていた。魔物は上空から船の船首にゆっくりと着地し、軽い足取りで甲板へ降りた。
上から下まで、その魔物の姿を確認した俺は確信した。
間違いない……こいつがレスカティエ教国を侵略したデルエラだ!

「え〜っと……あら、いたいた♪」

デルエラは辺りを見渡し、俺の姿を見るなり、どこか品のある足取りで俺の下へ歩み寄ってきた。隣にいるサフィアとピュラはデルエラを見るなり緊張した面持ちで身構えた。

「この船の船長、キッド・リスカードって言う人は、あなたね?」
「……そうだが?」

デルエラはどこか妖しい笑みを浮かべながら俺に問いかけてきた。できるだけ、自分自身に冷静になるように言い聞かせて答えた。
心臓が早鐘を打っているのが自分でも分かっている。今、俺の目の前にいるのは、たった一人で国を侵略してみせた実力のある魔物だ。まさか、そんな奴が自ら俺たちの前に姿を現すなんて思ってもいなかった。
そのデルエラが、一体何の為に?
俺は疑問に思いながらも、デルエラが言葉を発するのを待った……が、

「お会いしたかったわぁ!アミナの言った通り、ホント良い男ねぇ♪」
「え?えぇ??」

デルエラは思いもよらぬ行動を取って見せた。俺の手を両手で握り、軽く上下に振ってきた。その表情ときたら、まるで客を歓迎するかのような優しい笑顔だった。
あまりにも想定外な事に、俺は呆然と手を握られながら立ちつくしてしまった。そんな俺に構わず、デルエラは手を放して笑顔のまま放し続けた。

「あなたの噂は度々聞いてるわよ。魔物を船に乗せて、共に旅をしていて、仲間が魔物を嫁として連れてきた時には、迷わずに迎え入れてくれるとか。あなたの様に人間と魔物の共存を望んでくれている人間に会えて光栄だわ♪」

……あれ?なんか…………俺が想像してたのと大分違うな……。
一国を侵略したって聞いたから、どれ程の荒くれ者かと思ってたんだが……なんだろう?もしかして…………実は結構良い人だったりするか?

「…………あら、どうしたの?キョトンとしちゃって……可愛い♪」

デルエラはからかうように言ってきた。
は!そうだ!まずはデルエラが何故俺の前にやって来たのか訊かないと!何よりも、まだデルエラに敵意が無いとは言い切れない。
我を取り戻した俺は、コホンと咳払いして自分の疑問を率直に訊いた。

「あ〜、失礼だが、もしかしてアンタはレスカティエ教国を手に入れたデルエラって人か?」
「あ、自己紹介がまだだったわね。ええ、そうよ。私はデルエラ。あなたの言った通り、つい先日レスカティエを陥落させたの。よろしくね♪」
「ああ、よろしく。で、来て貰ってこんな事を聞いて申し訳ないんだが、何故わざわざ城を出て俺たちの所に来たんだ?」
「ええ、実はさっきね、私の部下からあなたたちがレスカティエに向かって来ているって聞いたの。それで、港であなたたちを迎え入れようって事になったんだけど、待ちきれなくなっちゃって迎えに来たのよ♪」

迎え入れるって……俺たちを?
と言う事は、一応上陸しても問題は無いようだ。だが、デルエラは俺の事を知っていると言う事は、俺たちが海賊だってことも見当がついているハズ。なのに、何故わざわざ歓迎してくれるんだ?

「その……歓迎してくれるのは嬉しいんだが、いいのか?俺たちが海賊だって事は知ってるだろ?」

俺の質問に、デルエラは気にしないと言った素振りを見せて答えた。

「あなたが率いる海賊なら喜んで歓迎するわ。もし歓迎する気がなかったら、今頃あなたたちは私によって海の藻屑にされてるわよ」

言われてみればそうだ。一国を陥落させられる程の力を持っているデルエラなら、この船を沈めるくらい容易い事だ。
……よし、決めた!

「それじゃ、お言葉に甘えさせて貰うぜ」
「そうこなくっちゃ♪」

デルエラは満足そうに頷いた。本当に悪い奴でも無さそうだし、ここまで手厚くもてなしておいて退く訳にもいかないからな。
……さて、そうと決まれば、

「野郎ども!船を進めろ!レスカティエに上陸するぞ!」
「ウォォォォォ!!」

俺のお決まりの号令により、仲間たちはレスカティエに向かって船を進めた。



レスカティエの港に船を停泊させ、俺とサフィア、ピュラの他に、稲荷の料理人楓、サキュバスの船医シャローナを始めとした数人の仲間たちが上陸した。
レスカティエに上陸する前に、俺はあらかじめ班別に行動するように決めていた。楓は食料の調達、シャローナは医薬と日用品の調達の為に、それぞれ数人の仲間たちを率いて出回る事にした。
そして、デルエラが部下たちに案内を頼んでおいたらしく、上陸するなり、楓とシャローナはそれぞれデルエラの部下に案内される形で街へ出かけて行った。

「さて、船長さん、これから何か用事はある?」

あのまま船に乗せて貰い、共に上陸したデルエラは俺に訊いてきた。

「いや、特にこれと言った用事はない。俺も今から色々と見て回ろうと思ってたんだが?」
「ちょうど良かった。私に提案があるんだけど、聞いてくれる?」
「?……まぁ、いいけど……?」

デルエラは妖しい笑みを浮かべて話を切り出した。

「これから、あなたに新しく生まれ変わったレスカティエの案内をしてあげたいと思うのよ。まだそんなに日は経ってないけど、前より楽しい場所が結構増えたの。ただ見て回るより、現地を熟知している案内役がいた方が良いでしょ?」

案内してくれるのか?そこまでしてくれてありがたい。ただ…………。

「アンタ、城には戻らなくて良いのか?」
「その必要は無いわ。誤解されがちだけど、実際にはフランツィスカって言う名前の女王が治めているの。私が持っているのは最終的な決定権だけ。城に戻る必要は無いの」

俺の疑問に、デルエラは問題無いと言った表情で答えた。
うーん……レスカティエの政権は理解し難いな。まぁ、本人が大丈夫って言ってるなら大丈夫だろう、多分。
俺がそう思っていると、デルエラは俺の隣にいるサフィアに話しかけた。

「あ、良かったら、船長さんのお嫁さんもご一緒にいかが?」
「え?私もよろしいのですか?」
「勿論♪」

少し戸惑いながら聞き返してくるサフィアに対し、デルエラは色気のあるウインクで返した。すると、ピュラが手をバタつかせながら言ってきた。

「お姉ちゃんたちばっかりずる〜い!私も行きたい!」
「あらあら♪どうする、船長さん?私は構わないけど?」

デルエラは片手を頬に添える仕草をしながら俺に訊いてきた。勿論……。

「一緒に行こうぜ、ピュラ」
「わーい!やったぁ!」

ピュラは嬉しそうに両手を上げて飛び跳ねた。やっぱり、まだまだ子供だな。

「さぁ、そうと決まれば……」

デルエラは軽く右手を振り上げた。すると……。

「きゃあ!?」
「わぁ!?」
「……なっ……!?」

俺は突然の出来事に目を疑った。俺の影から触手の様なものが生えてきて、サフィアとピュラの身体に巻き付いてきた。ただ、巻き付くとは言っても、まるで触手が椅子の様に二人の身体を支えて浮かせていると言った感じだ。

「お、おい、これって……!?」
「そんなに慌てないで。それは私が作った触手よ。二人の魚の足は陸を歩くのには少し不便でしょ?移動する時は、私がこうやって導いてあげるわ♪」

慌てふためく俺に、デルエラは宥める様に説明した。
成程な……俺が移動すれば、俺の影の触手も二人を連れたまま付いて来るって事か。それにしても、凄い光景だな。俺の影がサフィアに巻きついてるなんて……。

「キ、キッド!そんなに見ないでください!恥ずかしいです!」
「え!?あ、いや、すまない!その……!」

サフィアは顔を真っ赤に染めて抗議してきた。
何考えてるんだ、俺は……。
ちょっ!デルエラめ……いやらしい目つきでこっち見るなよ!

「あらあら……触手で縛られてるお嫁さんを見て興奮しちゃった?だったら、船に戻ってヤッちゃう?案内なら、次の日でも構わないわよ?」

どこか楽しそうに笑ってからかってくるデルエラ。反論しようとしたが、口論だろうと、戦闘だろうと、デルエラに勝てるとは思えない。

「いや、お気使い無用だ……案内を頼む」

頭を冷やした俺は、デルエラに街の案内を申し込んだ。デルエラは身体を横に向けて、顔を見ながら言った。

「それじゃあ早速、歓楽街に行きましょう♪」



デルエラの提案により、俺たちは歓楽街を散策していた。辺りは薄暗く感じるのにも関わらず、街の中は沢山の人間や魔物で賑わってて、様々な店が立ち並んでいた。

「ご主人様〜♪ニャンニャンカフェへお帰りなさいませ〜♪ニャンニャン♪」
「只今、美容マッサージ、二割引キャンペーン実施中で〜す!」
「あのリャナンシーの人気画家、サリン大先生の渾身の作品、『愛の果実』期間限定で公開中です!」

メイド服を着たワーキャットを始めとする様々な店の店員が大通りを歩く人々に呼びかけている。よく見てみると、どこか淫らで過激な店や施設が多いような気がした。これもデルエラの思想による影響からだろうか。

「さて……まずはどこへ連れて行こうかしら?」

俺たちの先頭を歩くデルエラは、楽しそうに店を見渡しながら呟いた。自身が造った歓楽街を紹介するのが楽しいのか、生き生きとした足取りだった。
すると、デルエラは何か閃いた様子を見せると、その場で立ち止まって俺たちに向き直り、一つ提案をしてきた。

「ねぇ、まず最初は服でも買わない?」
「……服?」

なんで、いきなり服?そんな疑問に答えるかの様に、デルエラは話した。

「ほら、海賊にとっても身だしなみは重要な事でしょ?これから長い旅をするにしても、服装だけは整えたいと思わない?私がこれから安い上に質の良い、デザインも素敵な店に連れてってあげるから、まずはそこでお買いものってのはどうかしら?」

確かに……服もある程度は買っておいた方が良いな。

「キッド……私、行ってみたいのですけど……」
「私も行きたい!」

俺の考えに賛同するかのように、サフィアとピュラも賛成の意を示した。

「よし!それじゃ、行くか!」



デルエラが案内した服屋を訪れた…………が、

「……うわぁ……こりゃまた……」

店内に並べてある服の殆どは魔物用、それも露出が高く、際どい服ばかりが並べてあった。正直、男の俺は少々肩身が狭いんだが……唯一の救いは、わずかながら一般的な男の服も並ばれている事だった。

「ほら、これなんかピュラにピッタリだと思いませんか?」
「わぁ!それ可愛いね!」

一旦俺の影から放されたサフィアとピュラは楽しそうに商品を物色していた。
よく考えると、あの二人を旅に連れて以来、まだ何も買ってあげてなかったな。少し高くても、ここは奮発して買うとするか。

「どうかしら?どの服も性欲をそそるでしょ?」

デルエラが面白そうに声をかけてきた。
性欲をそそるって…………そりゃまぁ、興奮しないなんて言ったら嘘になるが……目のやり場に困る。
ちょっと、男用の服でも見てみるか……。

「キッド、これとこれ、どちらが良いと思いますか?」

男用の服を見に行こうとした俺を、サフィアが呼びとめた。

「う〜ん……そうだな……」

サフィアは両手に二つの服を持っていたが、一方は清楚な制服、もう一方は白生地のカットソーだった。
恥ずかしい事に、俺は今まで女と一緒に買い物なんて経験が無かった為、こういう服選びについては全くもって理解できない。

「あんまり悩まないで、サクッと決めた方が良いわよ。女を待たせるのはタブーだからね?」

追い打ちをかける様にデルエラが言ってきた。
いくらなんでも、それは分かってる。だが、どっちでも良いなんて曖昧な答えは良くないからな……。

「そっちなんてどうだ?」

俺はカットソーを指差して言った。
清楚な服も悪くないが、たまにはカジュアルな服を着ているサフィアを見てみたい。そう思った俺はカットソーを薦める事にした。

「こっちですね?よし、これに決めました!」

サフィアは選ばれなかった制服を戻しに行った。すると、今度はピュラが俺に話しかけてきた。

「お兄ちゃん、これ買ってくれる?」

ピュラは花柄の可愛らしいワンピースを持っていた。
お、これは着てみたら中々似合いそうだな。

「ああ、いいぞ。だが、その前にちゃんと試着してサイズが合うか確認しないとな」
「あ、そっか。え〜と、試着室は……」

ピュラが店内を見渡していると、店の店員であるレッサーサキュバスがにこやかな笑みを浮かべながらやってきた。

「お客様、何かお探しでしょうか?」
「ああ、この子を試着室まで連れて行ってくれないか?」
「かしこまりました。お客様、どうぞこちらへ」

俺が店員に頼むと、店員はピュラを試着室まで連れて行った。

「あなたも見てきたら?二人に構ってあげるのも大事だけど、自分の為に買ってもいいのよ?」

俺の隣に立っているデルエラが男用の服を指差しながら言ってきた。

「俺の事より、まずはサフィアとピュラを優先しようと思うんだ。苦難の多い旅をしている分、今この時だけでも、あの二人には贅沢させてやりたいからな」
「あら、優しいのね。船長さんのお嫁さんが羨ましいわ♪」

デルエラは、まるで微笑ましいものでも見るような目つきで俺を見た。
優しいか……ちょっと照れ臭いな……。

「キッド〜、どっちが良いか選んで欲しいのですけど〜!」
「キッドお兄ちゃ〜ん!サイズ、ピッタリだったよ!見て見て〜!」

二人が同時に俺を呼んだ。
いっぺんに呼ばれても困るんだが……。俺はとりあえず、二人の下に向かって行った。

「……優しすぎて、自分が損をするタイプかしら?」

背後から聞こえるデルエラの呟きに耳が痛くなった。否定できない自分が悲しい…………。



次に俺たちが訪れたのは、レスカティエ立絵画美術館。様々な有名画家によって描かれた様々な種類の絵画が数多く展示されている美術館だ。
俺は展示されてる絵画を眺めてみたが……案の定、どこか淫猥で禍々しい感じの絵画ばかりだ。
魔物が運営する美術館ってこういうものなのか?

「どれも素敵な作品ね。あなたもそう思わない?」

俺の隣で絵画を眺めていたデルエラは話を振ってきた。

「あ、ああ……そうだな……」

俺は肯定したが、実を言うと、芸術的な価値を見出す事は出来なかった。そもそも、絵画なんて自分から見に行く事は滅多に無い。その為か、申し訳ないが絵画はおろか、絵画作家の事まで何も分かっていなかった。

「ピュラ、この絵の人、あなたと同じマーメイドですよ」

少し遅れて観賞しているサフィアが、一つの絵画を指差して隣にいるピュラに話しかけていた。
それは、茜色の夕焼けに染まる海を背景に、胸に手を当てて岩場に座っている大人のマーメイドが、瞳を閉じて微笑んでいる絵画だった。
夕焼けの鮮やかさが醸し出され、描かれているマーメイドの微笑みには、どこか哀愁を漂わせていた。

「……良く分かんない」

ピュラの口から出たのは、正直な感想だった。
この絵画を書いた作家が聞いたらズッこけるだろうな…………。
俺がそう思っていると、デルエラはピュラの下に歩み寄り、姿勢を低くして話した。

「この絵のマーメイドはね、何時か運命の人に出会える事を海神ポセイドンに祈っているのよ。でも良く見て、もう大人になってるでしょ?このマーメイドはね、何時までも運命の人に出会えない寂しさを紛らわす為に、祈りながら運命の人との楽しいひと時を頭に思い浮かべているの」
「……なんだか、かわいそう……」

デルエラの説明を聞いたピュラは、不安な表情で絵のマーメイドを見つめた。すると、デルエラはピュラの頭を優しく撫でながら話した。

「大丈夫、この絵のマーメイドは必ず運命の人に会えるわ。私たち魔物は人間の男性が必要でしょ?自分にとって必要な人は、いつか必ず自分の下に来てくれるのよ」

どこかで聞いた事がある……と、思ったら、数日前に俺も同じ様な事を言ったな。
デルエラの言う事は尤もだ。魔物に限らず、人間も一人では生きられない。自分にとって必要な人は、必ずやってくるものだ。

「あなたも華やかで美しい、立派なマーメイドになれるわ。そしたら、淫らで卑猥な魔物になるのよ?頑張ってね♪」
「……うん!」

……ちょっと待て、前半はともかく、後半は子供に言って良い事なのか?
そう思ったが、この空気をぶち壊す様な発言は心許ない。
魔物だから問題なし!心の中でほぼ強制的に自己完結させた。



「あ〜……いい湯加減だ……」

俺は今、歓楽街の中にある銭湯にて、大浴場の温泉に浸かって身体を休めていた。一区切りついたところで、デルエラの提案により、俺たちは温泉で身体を休める事になった。                

今俺たちがいる場所こそ、デルエラが自信を持ってお勧めできる『快楽の湯』と言う銭湯だ。ここは天然の温泉を使用しており、男湯には筋肉痛や疲労などを取る効果があり、更に体内の精を増幅させる効能も含まれている。一方、女湯は筋肉痛と疲労を取る他に、美容効果も含まれている。
幻の湯とも呼ばれる程価値が高く、元々は、かつてこの国に務めてた勇者しか入る事の許されない名スポットだったらしい。侵略された今では、この湯に入る許可を得られるのはデルエラと部下だけとか。
そのため、これだけ広い大浴場なのにも関わらず、男湯に入っているのは俺だけで、女湯の方も入っているのはサフィア、ピュラ、デルエラの三人だけ、いわゆる貸し切り状態だ。

船にも風呂はあるが、やっぱり本物の温泉とは比べ物にもならない。生き返ったように最高に気分が良い。

「船長さん、そちらの湯加減はどう?」

ふと、大浴場の壁からデルエラの声が聞こえた。
そう言えば、ここの唯一の欠点は少々壁が薄い事だってデルエラが言ってたな。と言う事は、壁の向こう側は女湯か。

「キッド、そちらはどうですか?」
「お兄ちゃーん、こっちは気持ちいいよー!」

サフィアとピュラの声が聞こえた。

「おー!こっちも最高だぞ!」

俺は壁の向こう側に向かって言った。
欠点と呼ばれても、こうやって会話ができるなら、壁が薄いのは逆にありがたい。貸し切り状態だったら尚の事だ。
そうだ、確かここの大広間で瓶の牛乳が売られてたな。風呂上がりの一杯は格別に美味い。より美味く飲む為に、もう少しだけ温まっておくか。

「ところで、前から言おうと思ってたけど、サフィアちゃんのおっぱいって大きいわね♪」

……な、何だ?
壁から聞こえるデルエラの声に思わず反応してしまった。

「い、いえいえ、そんな事は無いです。デルエラさんこそ、お肌が滑々してて羨ましいです」
「あら、サフィアちゃんだってお肌が潤ってるじゃない。こんな綺麗な身体のお嫁さんに愛されている船長さんは幸せ者ね♪」

……これが……風呂においての……女同士の会話なのか…………?
って、うぉい!何聞き耳立ててんだ!俺の馬鹿野郎!スケベ!不謹慎すぎるだろ!
身体を温める事に集中しよう!何も聞かない聞こえない……!

「……ねぇ、ちょっと触ってもいいかしら?」

……え?触るって…………?

「きゃあ!ちょ、デルエラさん!そんな…………いきなり鷲掴みしないでください!」

わ、鷲掴み!?鷲掴み出来る女の身体の部位と言ったら……。
だからぁ!聞き耳立てるなっつーの、俺!変な妄想もするな!

「折角だから、ここでもっと大きくしちゃいましょうか♪」

……止めろ……頼むから……止めてくれ……。

「あ、ああん!やっ、止めてください!そんな……強く揉まないでぇ!」

……揉まれてる……サフィアの胸が……デルエラに…………。
だーかーらー!聞き耳立てるな!妄想するな!不謹慎だ!

「いいじゃない♪もっと大きくすれば、船長さんも喜ぶわよ♪」
「だ、だからってそんな……あぁ!や、止めてください……声……キッドに……き、聞こえちゃう……」

……壁が薄くてありがたいと思った事、撤回!声が聞こえる程薄い壁が憎い…………。
っていうか、俺の方もヤバい……身体が熱くなってきた……腰に巻いてるタオルも……テント張ってるし……。

「ほらピュラちゃん、片方のおっぱいを揉んで大きくしてあげましょう♪」

デ、デルエラ!ピュラまで巻き込ませる気か!?頼む、ピュラ!断わってくれ!断わってくれよ……!

「うん!一緒に揉む!」

なんで躊躇いも無く承諾するんだぁ!?人間なら恥じらいってものを!
……って、人間じゃない。魔物だった。魔物に恥じらいなんて……。

「ああん!ちょ、ピュラ、止めなさい!止めなさいってばぁ!」

もう禁断の3Pが始まっとるー!
ヤバいヤバいヤバいって!身体熱い!タオルのテントは絶好調に直立!どうする!?どうするの!?どうするのよ、俺!?

「ピュラちゃん、もっと強く揉んであげて。そうすればサフィアちゃん、もっと気持ちよくなっちゃうから♪」
「うん!よいしょ、よいしょ!」
「そうそう、良い感じ♪ほら、サフィアちゃんも気持ちいいでしょ?」
「そ、そんな……」
「つまらない意地なんか張らないで、正直になっちゃいましょ♪」
「あ、ああ……だ、ダメェ…………私……私……」

……その時、俺は悟った。
この場を逃れる方法はただ一つ…………。

「先に上がる!って言うか逃げる!逃げるが勝ち!」

俺は全速力で大浴場と言う名の修羅場から逃走した…………。



「風呂で何やっとるんだ!お前らぁ!」

互いに着替えを済ませ、大広間に集合した時の俺の第一声がこれだ。
だって、しょうがないだろ!?壁越しにあんな声を聞かされたら堪ったもんじゃない!

「だ、だって……デルエラさんが……」
「えへへ……ごめんね、お兄ちゃん」

顔を真っ赤に染めながら俯くサフィアと、悪戯っぽく笑いながら謝るピュラ。

「まあまあ、いいじゃない♪中々楽しめたでしょ?」

全く悪びれた様子も見せずに瓶の牛乳を片手にほくそ笑むデルエラ。
……こいつ、確信犯だ!壁が薄い事を分かっておいて、やるなんて…………!

「よくねぇよ!危うくのぼせるところだったんだぞ!別の意味で!」

俺は持っている瓶の牛乳を飲んでからデルエラに抗議した。

「でも、温泉のお陰で、お肌はツルツル、おっぱいはボリュームアップ!まさに一石二鳥ね♪」
「デ、デルエラさん……」

デルエラはからかう様にサフィアの肩を軽く叩いた。
……変だな……温泉に浸かったハズなのに、一段と疲れが溜まったような…………。

「さぁ、ここで少し休憩したら、次は大人気のスイーツ専門店に行くわよ♪」

瓶の牛乳を一気飲みしたデルエラは楽しそうに空になった瓶を高々と上げた。



「それで、この前なんかね……」

デルエラに紹介された店の中にて、俺たちは丸いテーブルを中心に囲むように座り、雑談しながら注文した料理が運ばれるのを待った。
その間、デルエラから様々な話を聞かされた。魔界の事や妹のアミナさんの事、レスカティエを侵略する時の事など、デルエラの話は興味が深まるものばかりだった。
そこへ、店員であるラミアが注文された料理を運んで来た。

「お待たせいたしました。こちら、虜の果実のタルトでございます」

タルトを注文したのはデルエラで、店員はデルエラの前にタルトを置く。

「続きまして、こちらはメロンパフェでございます」

パフェは注文したピュラの前に置かれる。

「こちらは、自家製濃厚チーズケーキでございます」

サフィアの前に薄黄色のチーズケーキが置かれる。

「こちらは、ガトーショコラ、バニラアイス添えでございます」

最期に、俺の前にバニラアイスが添えられたチョコレートケーキが置かれた。

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

ラミアはお辞儀をすると、厨房へと戻って行った。

「まぁ、美味しそうですね」
「パフェなんて、初めて!」
「ウフフ、さぁ、食べましょうか♪」

美味そうな料理を前に、女性陣は嬉しそうに食べ始めた。早速俺もフォークでケーキを一口サイズに切り、口へ運んだ。チョコレートの濃厚な甘みが口から伝わる。これだけでも美味いが、今度は添え物のバニラアイスと一緒に食べてみた。チョコとアイス、それぞれの甘みが互いに邪魔をせずに口いっぱいに広がってかなり美味い。これは中々の逸品だ。

「う〜ん、美味しいです!」
「このメロン、甘くて美味しい!」
「そうでしょ?この店にハズレは無いからね♪」

女性陣はそれぞれの料理を楽しそうに食べた。
女はこういうお菓子が好きなんだな……。
微笑ましい光景を見た俺はつくづく思った。すると、ピュラは物欲しげな視線を俺に向けてきた。

「……どうした、ピュラ?」
「お兄ちゃん、それ、一口だけちょうだい」

……ああ、これか。

「しょうがないな……ほら」

俺はケーキが乗ってる皿をピュラの前に移した。ピュラは嬉しそうにフォークでケーキを切り分けて食べた。

「……うん、これも美味しい!」

愛くるしい笑みを浮かべるピュラ。その表情を見て自然と口元が緩くなった。

「お兄ちゃん、お礼にこれ、あげる!」

ピュラはパフェに入ってるメロンをケーキの皿に乗せて俺に返してきた。

「ありがとよ、ピュラ」

皿を自分の方に戻しながら礼を言う俺に対し、ピュラは照れ笑いを浮かべた。

…………ん?

不意に妬みの視線を向けられている事に気付いた俺は、その視線の先を見てみた。サフィアがこれまた物欲しげな眼差しで俺を見つめていた。

「あ、あの……キッド……私も……」
「……ああ、いいぞ」

俺がケーキの皿をサフィアの前に移そうとしたら……。

「一々お皿を移す必要なんて無いじゃない。食べさせてあげた方が美味しくなるわ♪」

……食べさせる?それって……。

「食べさせるって……俺が……サフィアに?」
「当然」

デルエラはさも当たり前だと言わんばかりに頷いた。それを聞いたサフィアは顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
……いや、こんな公の場で流石にそれは……。

「あら、いいじゃない。減るものでもないんだし♪それとも……あなたたちの愛は、人に見せられない程恥ずかしいものなのかしら?」

デルエラの挑発的な発言に反応したサフィアは、一瞬だけムッとした表情を浮かべると、意を決したのか、俺に向かって口を開けてきた。

「キ、キッド……あ〜ん……」

……ここまでさせておいて、やらない訳にはいかないな……。
俺は自分の皿のケーキを切り分け、サフィアの口に運んだ。

「……美味しい……です……」

……サフィア……頼むから、そんな恥ずかしそうな顔をするのはやめてくれ……!俺まで恥ずかしくなる……!

「さぁ、次はサフィアちゃんが食べさせる番よ♪」

って、まだやるのかよ!?

「は、はい!えっと……はい、キッド、あ〜ん」

もうスタンバっとる!サフィア、心なしかノってないか!?
……だが、ここまでさせておいて拒否するなんて男の恥だ……!

「あ……あ〜ん……」

俺はサフィアに出されたチーズケーキを食べた。濃厚なチーズの旨味がしつこくなくて美味い……と言いたいが、それより気恥ずかしさの方が勝ってた。

「はい、良くできました♪」

子供をあやす様にデルエラが言ってきた。
この状況で褒められても嬉しくない…………。


「ところで、船長さん、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」

それぞれの料理を食べ終えた俺たちは、次に向かう予定の劇場で演劇が始まるまで店で一服する事にした。その最中に、コーヒーを啜ったデルエラが俺に話しかけてきた。

「あなたは人間と魔物が共存する事をどう思っているの?」

……なんか、いきなり難しい事を聞くな……。

「そんなに正確に答えようとする必要は無いわ。自分自身が思っている事を、有りのままに答えてね」

デルエラは、俺が答えやすくなる様に助言してきた。
そう言うなら、文字通り俺が思っている事を答えさせて貰おうか。

「そうだな……俺は……良いと思っている。人間には魔物、魔物には人間が、それぞれ必要だからな」
「……え?」

俺の言葉に、デルエラは目を丸くしたが、俺は構わずに話し続けた。

「気が遠くなる程昔、人間と魔物は殺し合う存在だった事は聞いた事がある。俺はまだ生まれてなかったから、その時代の事なんて何も知らないが、どう足掻いても必ず意味の無い犠牲が出ていた。これは確かだ」

これは俺の叔父さんから聞いた話で、今と違って、人間と魔物はかつて互いの命を奪いあった存在だった。その頃の魔物は、人間の血肉を喰らう凶暴なものが多かったらしい。

「その時代と比べたら、今は本当に良くなった。魔物を敵対視している人間は未だにいるが、それでも無駄な殺し合いが必要無くなった。今でこそ様々な問題はあるが、互いに愛し合う事で共存できる時代は、互いに殺し合っていた時代と比べたらよっぽど良いものだ」

俺は砂糖もミルクも入ってないブラックコーヒーを啜り、口の中を潤わせてから話した。

「アンタ、今の魔物は人間が必要だって、美術館で言ってたよな?それは人間にも言える事だ。これは俺の勝手な推測だが、ただひたすら魔物を殺す時代の人間と比べたら、殺す必要の無くなった今の時代の人間は、魔物と共存する様になってから、愛する事の大切さを学ぶ事ができたと思うんだ。それは、人間を必要とする魔物が教えてくれた事だ。だが、今でも愛する事の大切さを知らない人間は数多く存在する。そいつらを変えるには、魔物が必要なんだ。今でも、これからもな」

これが俺の考えだ。嘘偽りなんて一片も無い。ただ、これはサフィアに影響されて出された考えだ。サフィアはシービショップ。多くの人間と魔物が結ばれる事を誰よりも願っている。その健気な姿をみる内に、俺も多くの人間と魔物が結ばれる事を願うようになった。現に、人間と魔物は、互いを必要としているから……。

「……素敵……」

デルエラは恍惚に俺を見つめて呟いた。
……そんな目で見られても……困るんだが……。

「なんだろう……あなたって本当に良い男ね!見た目だけじゃなく、中身まで全部!私、あなたの事気に入っちゃったわ!」

そう言うと、デルエラは興奮気味にサフィアに視線を移して話した。

「あなたが本当に羨ましいわ!こんな良い男のお嫁さんだなんて、滅多になれるものじゃないわ!これからもずっと傍にいてあげるのよ!」
「……はい!勿論です!」

サフィアは満面の笑みを浮かべた。
そんなに褒められると照れるな……。いや、それ以前に褒められる様な事を言ったか、俺?

「ああ、なんだか最高に良い気分になってきた!そうだわ!今夜、港で宴を開きましょう!お金は全部私が出すわ!大盤振る舞いよ!」

周囲の目も気にせず、デルエラは意気揚々とはしゃぎ出した…………。



それから俺たちは、予定通り演劇を見た後、様々な施設を回って遊び尽くした。
それから、デルエラの予告通り、夜になった頃、港にて宴が開かれた。
辺りはすっかり暗くなっているのにも関わらず、俺の仲間たちはレスカティエの住民たちやデルエラの部下を交えて料理や酒を味わい、宴を楽しんだ。
俺はその様子を愛船、ブラック・モンスターの甲板から眺めていた。

「船長さん、こんなところにいたのね」

ふと、デルエラが上空から俺の隣に降りてきた。

「みんなの所へ行かないの?サフィアちゃんとピュラちゃんもいるのに」
「今日は止めとく。遊び過ぎて疲れたからな。ここで静かに眺めている事にしたんだ」
「あら、そう?……ねえ、今日はどうだった?楽しかったかしら?」
「ああ、お陰で充実した一日を過ごせた。案内してくれてありがとな」

今日は本当に楽しかった。上陸する前は散々迷ったが、今は来て本当に良かったと思っている。それと、色々と楽しい場所へ案内してくれたデルエラには、心から感謝している。
すると、デルエラは突然俺を見て話した。

「……私も、あなたにお礼が言いたいわ」
「え?」

……お礼?何の事だ?
疑問に思っている俺に構わず、デルエラは話を切り出した。

「私ね、魔王である母が夢見る理想郷を一刻も早く造りたいの。人間と魔物を一つにする夢を実現したいと思っているわ」

デルエラは身体を俺に向けて話し続けた。

「あなたがさっき『人間には魔物が必要だ』って言った時、とても嬉しかったわ……。あなたにそんな気は無いのだろうけど、まるで母の理想を称賛してくれた様に言ってくれて嬉しかった。今まで、数多くの人間と会ったけど、私の父以外にそんな事を言ってくれたのは、あなたが初めてよ」

デルエラは、そっと俺の手を握って言った。

「ありがとう」

…………気恥ずかしいな……礼を言われる様な事は何もやってないんだが……。

「ああ、いや……礼なんてそんな……」

どう返して良いか分からず、俺は曖昧な答えで茶を濁した。すると、デルエラは手を放して訊いてきた。

「ところで、これからどこへ行く予定なの?行き先とかは決めてあるの?」
「いや、特に決まってない。所々、島を探索したり、国を訪れたりと、冒険の日々を送るさ。……ああ、それと、出航まで物資を補給したり、英気を養ったりしたいから、三日くらいここに留まってもいいか?」
「勿論よ♪」

デルエラは満面の笑みを浮かべて承諾してくれた。
レスカティエは本当に良い所だ。離れるのは名残惜しいが、何時までも長居する訳にはいかない。三日もあれば、出航する為の準備が十分に整えられる。英気を養ったら、また旅に出るとしよう。

「……それじゃ、ここで私から、船長さんにプレゼントを渡したいと思うわ♪」
「プレゼント?」

これまた唐突だな……だが、それらしき物は何も持ってないようだが……?

「船長さん、ちょっと頭を下げて」
「え、なんで?」
「いいから、いいから♪」
「……?」

俺は言われた通りにデルエラに向かって頭を下げた。
すると…………。

「ハァイ、いい子いい子〜♪」

デルエラは俺の頭を優しく撫で撫で…………って、おい!

「なんじゃ、そりゃあ!」

俺は思わずガバッと頭を上げた。

「あら、船長さんは激しい方がお好みかしら?」
「いや、そう言う問題じゃなくて!」
「でも良かったでしょ?」
「……ああ、良かったよ……うん……」

もはや反論する気も失せた……デルエラには本当に逆らえない。俺は改めて思い知らされた。

「それじゃ、私は宴に参加してくるわね。また後で会いましょう♪」

デルエラは翼を広げて港に向かって飛んで行った。
すると…………。

「……キッド……」

海から何かが飛んできて俺の後ろに着地したかと思うと、そこにはサフィアが立っていた。

「……サフィア?」

だが、サフィアの様子が明らかに変だった。顔は真っ赤に染まり、息遣いが荒く、俺を見つめる瞳は潤んでいた。

「キッド……私……あなたが欲しい……」

……なんだ?何を言い出すんだ?

「おい、サフィア……どうしたんだ?」
「キッドォ!んん!」
「むぅ!?」

突然、サフィアは俺に飛びついて来た。そして激しく俺の唇に貪り付いた。

「ちょ、サフィア!やめ、んん!」
「我慢できない!ん、ちゅ、んふぅ!」

俺が止めさせようとしても、サフィアは俺にしがみ付いて唇を放そうとしない。
濃厚なキスを終えたサフィアは、俺の腕を掴んで部屋に向かって引きずり出した。

「お、おい、サフィア!どうしたんだよ!」
「私でも……分かりません……!今はただ……キッドが欲しい!キッドと愛し合いたい!」

力も体重も俺の方が勝っているハズ。それなのに、俺の身体はサフィアによって船長室へと引きずられて行く。

「キッド……今夜は愛し合いましょう」
「ちょっ!待てって!サフィ……」

俺とサフィアの姿は、船長室へと繋がる扉の奥へ消えて行った…………。



「いい、ピュラちゃん?明日の朝になるまで船長さんの部屋に入っちゃダメよ?」
「なんで?」
「私ね、船長さんとサフィアちゃんにプレゼントをあげたの。それはね、二人っきりでないと楽しめないものだから、私たちは邪魔しちゃダメなのよ」
「二人っきりでないと楽しめないの?」
「そうよ♪実はさっきね、より一層楽しめるように、二人の頭を撫でて魔力を与えておいたの。朝になるまでは、二人から部屋を出る事はないわね♪」
「そっか……今日は一人で寝なきゃ……」
「大丈夫よ♪今日は私の部屋で一緒に寝ましょう♪」
「え!?いいの!?」
「勿論よ♪歓迎するわ♪」
「やったぁ!お泊りだ!」
「ウフフ、それじゃ、今日は寝るまで楽しみましょう♪」
「うん!」
12/07/27 08:42更新 / シャークドン

■作者メッセージ
海賊と人魚の続編ですが……いかがでしょうか?

舞台はレスカティエとなっておりますが、極力皆様のイメージを壊さない様に書いたのですが……。もしも、レスカティエ、及びデルエラ様のイメージを壊されてしまいましたら、この場をお借りして謝罪します。誠に申し訳ございませんでした。

さて、これからはキッド一行の物語を中心に書いていきたいと思います。駄文書きな私でございますが、何卒よろしくお願いします。

そして、一言。
デルエラ様に撫で撫でされたキッド、もげろ!
↑(お前がやらせたんだろ!)

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