連載小説
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第三話:武闘大会【登録祭】
 人が行き来するために舗装された道を歩く事半日。
 【ジパング】から大陸に訪れた際に一番初めに着く事になる親魔物領内に存在する国家の一つ――【ブリュンヒルデ】に漸く着いた。
 連戦の上に、力を解放してしまった事もあり、心身共に疲労困憊な僕は、先程の村とは比べられぬ程堅牢な石造りの外壁に唯一存在する巨大な木製の出入り口にて、身分証明を済ますと、直ぐに宿の確保に向かった。
 遙か遠方に存在する巨大な城へ続く大通りの両側に、並ぶ様にして立っている様々な店に目を奪われていたが、流石親魔物領に存在するだけあり、店主も道行く人々も人と【魔物】が入り乱れ、故郷に似た風景に一瞬、哀愁を感じてしまった。
「僕が居た城下町はここまで広くも活気もなかったな……やっぱり大陸は凄いや」
 元服を過ぎた大人が何時迄も感慨に浸っているのは情けないと、頭を軽く振るい、宿の確保を続ける事にした。


 探す事数刻――。


「……高い……高過ぎる……何だ、この価格は??」
 最初に降り立った港町が、故郷と余り変わらない値段で似た様な食べ物が売っており、物価が大体同じであろうと思っていたが、これは想定外だ。
 街によって物価が違うとは聞いていたがここまで違うとは驚きだ。
 一応、旅の資金はそれなりに持ってきているので、宿を確保出来ない事はないが……ここで使ってしまうと、今後の予定に大きく響いてしまう。
 然りとて、宿を確保せねば、幾ら自治区内とはいえ、安心して身体を休める事が出来ず、先の様な緊急事態に対応出来なくなってしまうこのジレンマ。
 さて、どうしたものかと悩んでいると、大通りの一角に人だかりが出来ている事を確認した僕は、何事であるか興味を惹かれ、そちらに足を運んだ。
 人だかりを掻き分け、行き着いた先には、豪勢な立て看板とそれに貼り付けられている一枚の紙があった。
 何々……武闘大会開催の告知! か……。
 此度の旅の目的が名を上げる事ではない僕は、一気に興味が削がれ、その場を後にしようとしたが、ふと、耳に入ってきた言葉に足を止めた。
「今日の正午までなら飛び入り参加オーケーで、大会期間中の寝床も運営委員会が確保してくれる上に、優勝すれば賞金の金貨30000枚と国王からの特別賞が貰えるが……流石の俺でもこの大会は自信がないな〜」
「あぁ、この日のために鍛えた大陸中の猛者が集まる上に、魔物も人間も関係ないからな。厳しいぜ」
「しかも、相手を殺さずのルールだぜ? 幾ら武器も魔法の使用も許可されていても、そんなの無理も良い所だぜ」
「前回、前々回と優勝者が【デュラハン】と【バフォメッット】って時点で最早俺達の出る幕じゃないな」
「ははぁ〜、前回の準決勝戦の人間の男は可愛そうだったな……妙に戦闘慣れした【ホルスタルス】の一撃を食らってしまってから、強制まな板ショー……俺久し振りに魔物が怖いと感じたね……」
 後半の方は余り聞き取れなかったが、大会に出れば、宿の心配がない上に、上手く優勝すれば賞金である金貨30000枚が貰える事だけはハッキリと聞こえた。
 成る程ね、街中に異様な活気があったのは、この武闘大会があるからで、飛び入り参加は正午まで……か。
 懐に仕舞っている懐中時計を取り出し、時間を確認する。
 ……後一時間もない……先程の会話を聞く限り、優勝はかなり厳しく、大会もいつまでなるか解らないが、期間中の宿の心配がないのは大きいな。
 今後の旅を続けていく上で、先立つ物と宿の確保は最優先事項でもあるため、これ以上悩んでいても仕方がないと判断し、張り紙を注視して受付場所を確認した。
 受付場所は大会開催場所でもある街中央の総合武闘観覧施設の【コロッセオ】か……って、確かこの【コロッセオ】は、親魔物領内でも一、二位を争う程の大きさを持ち、領内の主要武闘大会の殆どがここで執り行われていると資料に書かれていたじゃないか……。
 どうやら、連戦による疲れで、思考能力だけでなく、記憶能力も若干落ちてしまっており、一抹の不安を覚えるが、初回から能力を使用する程の本格的な戦闘はないであろうと予想した僕は、【コロッセオ】へと足を進めた。
 【コロッセオ】に近付くと、僕以外にも飛び入りで参加をするヒトが未だ沢山いたらしく、一見して【戦士】であると解る雰囲気や武具を纏った者達が長蛇の列を作っていたので、迷う事無くその列に並び、順番を待つ事にした。
「――あれぇ〜? キミもこの大会に参加するのぉ〜??」
 周りに居る者全てが敵である張り詰めた空気が流れるこの場には似つかわしくない、妙に間延びして、聞くだけで戦意が削がれそうな抑揚の声を突然掛けられ、脱力しつつも背後へ振り返った。
 そこには、声質通り間の抜けた柔らかな表情の【魔物】の女性が小首を傾げて、何処か遠くを見るような視線を僕に向けていた。
 豚の耳と尻尾で、秘所を隠すための必要最小限の生地と防具を身に纏い、表情に似合わず、身体の至る所に古傷があるが、とても【ふくよかな】身体の持ち主となると――この女性は【オーク】かな?
 振り向いたまま何も答えず静かに観察していると、【オーク】の女性はゆっくりと身体を左右に揺らし、それにつられて小首も左右に動いた。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」

 ――だ、駄目だ、この女性、こちらから何か答えない限り、次の言葉を言ってこないぞ……。

 お互いに見つめ合っているだけなのも絵的に宜しくないと思い、仕方無く答える事にした。
「え、え〜と〜……そのつもりですよ。一応、これでも――」
「そっかぁ〜、それじゃ〜、キミと当たる場合、かなり厳しい戦いになるねぇ〜」
 【オーク】からの意外な言葉に、それ迄緩めていた緊張の糸を一気に警戒レベル迄引き上げ、相手には気付かれぬ様左手をそっと鍔元へ移動させた。
「うわっ、一瞬でこんなにも変わるなんて、これは1つ2つ死線を潜り抜けてきたって身につくもんじゃないよぉ〜。それにぃ〜――」

「さり気なくこの距離で臨戦態勢に入られちゃったら、わたしでも対応しきれないよぉ〜」
「………………それはどうでしょうかな?……」

 得物の性質上、僕は抜刀と同時に半歩後ろに下がらなければならず、動作に一瞬の遅れが生じるのに対し、彼女は只その膂力を活かした突進をしてくるだけでよく、そうなってしまった場合、得物を持っている僕の方が逆に不利になってしまう。
 彼女を試すわけではないが、一般人には解らぬように上体をそのままに下半身の重心を後ろに若干下げると、【オーク】も上体はそのままゆっくりと左右に動かしながら、腰の動きが止まり、膝が曲がり、いつでも飛び出せる状態となった。
 こりゃ相手の方が一枚上手だな……これ以上意地を通すのは困難と感じた僕は、短く溜め息を一つ零し、強張らせた身体を弛緩させて、鍔元に置いた左手と右手の掌を【オーク】に向けつつ、肩の高さ迄持ち上げて降参の意を示した。
「……降参です。これが戦場だったら、僕はアナタに敗れていたでしょう」
「ううん、そんな事ないよぉ〜。これが戦場だったら、敗れていたのはわたしだよぉ〜。だって、少しでも邪な思いを持ってキミの背後にいたら、一刀の元にわたしの身体が真っ二つになっていた所だもん」
「謙遜しますね。その背負っている巨大な鉄杖、随分と綺麗にされていますが、身に纏う空気に戦場の香りがしますよ」
 表情は相も変わらず良く解らないが、耳がピクッと小さく動いた。
「【イクサバ】、ですかぁ〜……キミは若いのに、随分と場数を踏んできたんだねぇ〜」
「元服を迎える迄に戦場の1つ2つ経験しなくては、【侍】に生まれた者としての【恥】ですからね」
 アナタこそ――僕はそこで一息つき、右手の手っ甲を外した。
「鈍器の中でも特に難しいが、極めれば最も殺傷能力の高い鉄杖を扱っている所と、その身体中に残っている数々の古傷。相当熾烈な戦場を生き抜いた【兵】であると見受けます」
 そして、右手を差し出すと、静かに、しかし力強く握り替えしてきた。
「そこまで見抜かれていたとはねぇ〜。わたしはオルク、オルク=アン。オルクって読んで頂戴〜」
「僕は、新城 兵頭 一磨。一磨と呼んで下さい」
 互いにもう一度だけ力強く握り合い、手を放した。
「さ〜て、丁度わたし達の順番になったし、また後でねぇ〜」
「えぇ、また後程お会いしましょう」
 都合良く受付の順番が回ってきたので、僕等は別々の受付へと向かった。
 未だ人々で大変な状態になっている受付へ向かうと、視線すら解らない程ビン底な眼鏡を掛けて三つ編みにした、いかにもな事務の女性に会い、これまた事務的な説明をされ、指示された通り、円形の【コロッセオ】の外壁に沿って歩みを進めた。
 それにしても、何と大きな建物である事か……【ジパング】でもこれ程の建物となると主の居城位しかないのに、これが一般大衆の娯楽の場であり、この国の主の居城は奥の更に巨大なあの建造物となると、流石【大陸】であるな。
 石で作られた【コロッセオ】の外壁には、一定間隔でAからZまでの文字が書かれており、その下に出入り口と思わしき木製の大きな扉と係の人が居たため、渡された用紙を確認して、指定されている【A】の文字の出入り口へ向かい、中へ通してもらった。
 外壁と同じく石造りの通路を暫く進むと、広間の様な開けた空間へと辿り着いた。
 中には既に受付を済ました僕以外の多くの戦士達でひしめき合っていた。
 誰もが次の瞬間【対戦相手】に成る得る一触即発の緊張感の中、【大会規定】によってギリギリの均衡を保っているこの空間で、下手な行動は即死に繋がる事を肌で感じ取った僕は、手頃な空いている席へ腰を下ろして、簡単には説明されたが、再度【大会規定】を確認するべく、受付の際に渡された一枚の【大会規定】を懐から取り出した。

【大会規定】
一つ、対戦の際には如何なる戦闘道具の使用を許可する。
一つ、対戦の際の魔法及び、それに連なるモノの使用を許可する。
一つ、選手同士の接触は許可するが、対戦以外での他選手への妨害行為は違反行為と判断する。
一つ、違反行為を行った者は、我が国への反逆行為とみなし、それ相応の罰を覚悟するべし。
一つ、本大会規定を厳守する限り、我が国は、その誇りに掛けて、大会開催中、全ての選手の身の保証を確実のものとする。

 何とも簡潔且つ解り易い規定ではあるが、このままでは只の【殺し合い】であり、大衆娯楽とは成り得ないため、この【大会】を【大会】たらしめ、登録した選手としては最初にして最大の腕の見せ所となる規定がある。
 それが、この【一つ、戦闘、非戦闘関わらず、相手の命を奪う行為は重大違反行為である】だ。
 あらゆる戦闘行為、武器を使用しても良いのに、【相手の命を奪ってはならぬ】となっているため、本来ならば、身体強化、魔法具、果ては大規模破壊行為と、戦闘に有利である筈の魔法使いの参加が、パッと見で少ないと解る程なのは、その威力故の精度の難しさからだろう。
 僕だって左目に埋め込んだ【禁珠眼】は、その巨大過ぎる力故に、できるだけ使用は避けたいと思っているからね。
 そうなると、魔法使いが相手の場合は、注意しなければならないな。
 その【魔法使い】は自分の腕に自信があるだけか、実力が伴っているかの2通りしかないと判断できるからだ。
 僕には成さなければならぬ事がある。

 アイツを……我等が侍の恥であるアイツを、この手で屠る迄は、この命、無駄に削るわけにはいかない……。

 片時も忘れた事のない、今でも鮮明に思い出せる当時の映像が蘇り、左目の奥がズキリと鈍い痛みを発した。
 奥歯を噛み締め、それに耐える。
 燃えさかる主の居城。
 逃げ惑う人々を誘導しつつ、敵からの追撃を迎え撃つ我等侍。
 主とその側近を避難させ、後は非戦闘民だけとなった所へ現れる、アイツと裏切り先の者共。
 連日に渡る戦闘と、仲間の裏切りによる居城の陥落という二重の疲労に、一人、また一人と倒れる友。
 城内と城下の民の避難が完了した頃には、その場に立っていたのは僕とアイツだけだった。
 稚児の頃からの友が、今際の際に託してきた【アゲハ】も保って数合。
 身体の至る所から血が流れ、視界に霞が掛かり、心身共に限界を迎えた僕。
 対するアイツは、肩から提げている純白の襦袢を返り血で、艶やか華を咲かせていた。
 最早此までと覚悟を決めて、【アゲハ】を腰溜めに、アイツへと肉薄する。
 残る力を振り絞り、渾身の一撃を放つが、アイツの襦袢を切り裂くで止まり、返す刀の追撃を前に、アイツからの一閃により、奪われた左目の光り。
 奪われた左目に手を当て、膝を地に付けてしまった僕に、刀の剣先を鼻先に突き付けながら、侍としての矜持を揺るがす事をアイツは言い放った。

「一磨、オマエの命だけは預けてやる。但し、他の奴等は別だ」

 そして、僕に背を向けて歩き出したアイツは、言葉の通り、避難した城内と城下の民を数刻の内に皆殺しにした。

 主とその側近は、既に遠方迄避難している上に、我が父を筆頭とした近衛武士団がいるため、諦めたのだろう。

 預けられた仲間も民も誰一人として護れず、更に敵から情けを掛けられ、生き恥を晒してしまった僕は、傷も癒えぬ身体のまま、近衛武士団に護られている主の元へ赴き、これまでの経緯をご報告し、自らの失態の責任を取るべく、懐刀を取り出した所で、主に止められてしまった。
 しかも、只止められた訳ではなく、近衛武士の誰もが目を丸くし、固まってしまう程大きな声を上げながらである。
 その後、紆余曲折有り、僕は【禁珠眼】と呼ばれる呪具の一種である新たな左目と一降りの大刀、そして、この命に代えても成さねばならぬ勅令を託された。
 【大会規定】を確認する筈が、いつの間にか思い出したくもない過去の回想へと陥ってしまい、未だに振り切れていない己の未熟さに苦笑しつつ、ふと、周囲に流れる空気が到着した時よりも張り詰めている事に気付き、柱時計へと視線を向けた。
 ――なるほど、もう決闘の時間になったのか。
 未だ途中であったが、重要な箇所は全て確認し終えているので、【大会規定】を懐にしまった。
 暫くすると、大会の係の者であろう、受付と同じ服装の女性が現れた。
「これから開会式を始めます。選手の方は皆さん、わたしに付いてきて下さい」
 僕を含めた控え室の選手全てがその言葉に従い、受付の女性の後を追った。
 ガタイの良い人達が通るには些か狭い石造りの通路をゾロゾロと進むと、雑音に似た何かかが徐々に形を持って耳に届いて来た。
 ……歓声……なのか? もしそうだとしたら、数万の単位の人間が居る事になるが……まぁ、あの広さがあるのだから、それ位居たとしても可笑しくないけど、そうなると困った事になったな。
 確かに主からの勅令であるため、隠れてこそこそとする必要はないのだが、必要以上に目立ってしまうのは、今後の事を考えた場合に余り宜しくない事に………………否、そうでもないか……。
 これ程の人の目に触れる機会なんぞ、一生に有るか無いかなのだから、むしろ、これを利用しない手はない。
 そうなると――


 「「「「「――っ??!」」」」」


 突然、異質な雰囲気に包まれた事に気付いた力のある者達が歩みを止めて何事かと辺りを見回し、発生源である僕へと一斉に視線が集まった。
 向けられた視線は、全部で24。その全てに「こんな小兵が?!」っと云わんばかりの言葉に表せぬ一種の「恐れ」が感じ取れた。
 だが、ここでこれ以上正体を明かしてしまうのは、今後の試合に響いてしまうので、内で解放の喜びに奮える本能の獣を押さえ込み、「どうかしましたか?」っと敢えて何事も無かったかの様に振る舞い、かなり苦しいが、その場を紛らわした。
 ………………まぁ、案の定、何人かは不敵な笑みを浮かべて、僕の一連の行動を見抜いていたが、それ以外は、殆どが敢えて追求する事はせず、何名かの選手が歩みを止めて僕に視線を向ける事を訝しげに見ている係の人の基へ急ぎ、僕と同じ様に何事も無かったかの如く続いた。


「……やはり、危険な存在だな……」


 小さな呟き、しかし、確固たる意志と共に放たれた言葉。
 今度は僕が声の発信源へと視線を向けた。

 ――いない……。

 半径3メートルの制空圏内に存在する全ての対象を、その内に秘める【氣】から判断する。僕に【氣】を捜査されている時に、妙な表情をする者は何人かいたが、あれ程の事を云えると考えられる者がいなかったため、諦めて僕も他の選手同様、係の人の後に続いた。
 石造りの通路を抜けた瞬間、それまで壁によって防がれていた空気の振動が一気に押し寄せてきたため、最早言葉としては聞こえない程の大きな歓声に、僕の全身は襲われた。
 円形の僕等選手達が戦うであろう土が向きだしの試合場を取り囲むように、十数メートルもの高さの壁があり、その壁の上に階段状になって存在するであろう観客席は、その姿は疎か、床すら確認できない程の人がいて、さっきは数万と判断したけど、もっといるかもしれないな、これは……。
 その圧倒的な人数と熱気に気圧され、暫く呆然と立ち尽くしてしまったが、いつまでも呆けていては、只の阿呆なので、両頬を挟むように叩いて気を入れ直し、既に到着していた他の選手に習い、何となくだが列となっている一陣へと足を運び、並ぶ事にした。
 この人数、この熱気……故郷である【ジパング】では、合戦位でしか見た事のない人数に関心し、怪しまれない程度に周りを眺めた。
 観客も凄いが、選手の方も古今東西、凄い人数が居る。ここに居る人達だけで、この世に存在するあらゆる武術が揃ってしまうのではないかと感じてしまう程だ。
 パッと見ただけでも解る程、やはりと云うか、【魔物】の人達が殆どで、【人間】は僕を含め、チラホラとしか見受けられない。只、それは逆に云えば、【魔物】の中に於いても、突出した能力を持っていると自負している者達であり、もし対戦するとなると、下手な【魔物】よりも厄介な存在という事になる。
 後は大陸で行われる大会だけあり、外見だけで僕と同じ【ジパング】出身の選手はどうもいないみたいだ。お互いの手の内が解る相手がいない事に安心しつつも、同郷の者がいない事に若干寂しくもなるな。

 他には……――っ?!!

 この場には似付かわしくない、黒の外套に身を包み、同じく黒のシルクハットを頭に乗せた、眼鏡の端整な顔立ちの壮年の男と視線が合った。
 その瞬間、この壮年の男こそが、先程の通路で僕の内に隠している能力を一発で見抜き、【危険な存在】と発言した本人だと気付き、【疾歩】と呼ばれる特殊な歩みで人々の合間をぬい、擦れ違った者が気付かぬ程の速さで近付いたが、黒外套の男は、裾を翻し近くにいた【魔物】の影に隠れたほんの一瞬の隙を付き、姿を消した。
 制空権内の【氣】を捜査しようとしたが、先程と同じく完璧に逃げられてしまったと判断し、諦めて開会式が開催されるのを待つ事にした。
 その後、余程珍しいのか、時折声を掛けてくる他の選手と二、三話しをしていると、突然、金属の銅鑼を思いっ切り叩いた、文字通り空気を振るわせる轟音が、【コロッセオ】内を蹂躙し、あれだけざわめき合っていた観客が一斉に口を閉じた。
 この手の音には、逆に合戦場で慣れているので、余り身構える事もなく、ゆっくりと音のした方へ身体ごと視線を向けた。
 獅子をモチーフとした豪勢な装飾を施されたテラス状の貴賓席の奥から、右手側にデュラハン、左手側にバフォメットを従え、これまた獅子を模した金の刺繍が特徴の身頃のみの外套を羽織った、立派な髭を蓄えた彫りの深い男性が姿を現した。
 数十メートルも離れているのに感じるこの気迫は、正に【国王】という名に恥じない程であり、選手達の中には、若干気圧されてしまっている者もいる位だ。
 そこに存在するだけで、全身の毛穴が粟立つこの感覚は、主に初めてあった時以来、久方振りに味わう。
 流石、【反魔物派】である【教団】と真っ向から対峙し、武力だけでなく外交でも圧倒しているだけある。
 【ブリュンヒルデ】国王は、眼下に集う選手達を一瞥すると、両の手を広げ、真っ直ぐと正面を見据えた。

「私は長い前口上は得意でないし、ここに居る全ての者もそんなモノを求めているとも思えない……そのため、簡潔にさせてもらう。 これより、ブリュンヒルデ武闘大会を開催する事をここに宣言する! 皆の者、存分に楽しめ!!」

 開催宣言を終えた瞬間、【コロッセオ】内に存在する全ての人が、待ちに待った開催に思いの丈を言動で表し、最早言葉と認識できない歓声と地を揺らす程の歓喜。
 作られた戦場、見せ物としての闘争――本来ならば【侍】の僕とは相容れないモノではあるが、周りの熱気にやられてしまったのか、自然と心音が激しくなり、これから始まるであろう武と武のぶつかり合いに心が躍った。
11/02/16 13:59更新 / 黒猫
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■作者メッセージ
約半年振りになりますが、漸く続きが書けました……。

やはり、実生活が忙しくなってしまうと、
なかなかどうして筆が進まず、参ってしまいます。

次は……今回よりかは早めに出せる様努力して参りますので、
今後とも、よろしくお願いいたします。

今回も読んでいただき、ありがとうございます。
また、機会がございましたら、是非お願いいたします。

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