連載小説
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前編
 15の時に故郷の村にやって来た《教団》の神父によって、《勇者》としての素質を見出された俺は、《魔物》に両親を殺されていたのもあり、コレで親父達の仇討ちが出来ると考え、即答して首都の養成所に移り住む事にした。
 だが、そんな歳相応の甘い考えしかなかった俺を待っていたのは、地獄のような訓練の日々と恐ろしいまでの階級社会だった。
 いくら《勇者》の素質があったと云っても、所詮は小さな村の子供だ。数百人という《勇者候補》の中に居ては、村の中ではそれなりの能力があったとしても、幼少の頃から《勇者》となるべく教育を受けてきた上流階級で上位に位置する奴等と比べたら、もう雲泥の差。
 奴等は剣のたった一振りで周囲一帯を薙ぎ払い、その気になれば小規模な街なら単騎で潰せる程で、俺の様な中の下程度の人間からしたら、訓練を受けるのがバカらしくなる位だった。
 タダ、まぁ、そんな化け物じみた奴等はほんの一握りだし、消耗させるわけにもいかなかったからこそ、俺らの様な使い捨てれる《勇者》が必要だったんだろう。
 それに、腐っても《勇者》は《勇者》だ。
 《主神》からの《祝福》を受けているため、対魔法に関する能力は、中の下である俺程度でも一般の兵に比べて遥かに高いし、基本的な身体能力もかなり上昇している。
 訓練の一環で、170前半しかない俺が、2メートルを優に超える筋骨隆々な兵士長と鍔迫り合いになった時に、純粋な膂力で押し返せた時には、本当に驚いたもんだ。
 《教団》が運営している養成所にいるため、衣食住の心配がない代わりといっちゃなんだが、訓練は本当に血の滲むモノで、痛みで寝れない日が何日も続く程厳しく、文字通り尿に血が混じっていた時には、死を覚悟したもんだ。
 その御蔭か何だか知らんが、一年の地獄の訓練を終えた俺も一端の《勇者》になり、小隊規模の人数を預かる事になった時に、村の奴等が居たのには、ぶっ倒れそうになる位驚いた。
 俺の家と隣同士で、歳も一緒の親友であり、悪友でもあるユーリーが一歩前に出て来て、肩に手を乗せて来た。

「オマエ一人に背負わせねぇよ、ジェス。俺たちは《家族》だ」

 泣いたね……目の前に村の奴等がいるのに、俺は我慢が出来なかった。
 養成所の中では、首都に住んでいた奴等が殆どだったから《余所者》として扱われ、上流階級の奴等からも嫌がらせを受け続けた、孤独との戦いでもあった一年間。
 心の中にあったナニカがフッ――と抜ける感じがして、涙が止まらなかった。
 両親を《魔物》に喰われ、塞ぎ込んでいた俺を立ち直らせてくれただけでなく、暖かく見守ってくれた上に、一人飛び出した俺の事を今も忘れず、自分の命が危険に晒されるのも構わず来てくれたコイツラを俺は絶対に護らなきゃならない。

 ――そう、例え、この生命を犠牲にしたとしても、コイツらを護るんだ……。

 そんな《教団》の教義に反する想いを持っていたのがいけなかったんだろうな……。
 《勇者》としては、中の下程度の能力しかなかったんだが、何としても力が必要だった俺は、養成所と《勇者》候補である権利を最大限に利用して、玉石混淆の魔術に関する書物を読み漁り、遂に辿り着いた。

 ――《犠牲魔術(サクリファイス・マジック)》……。

 この世に存在するありとあらゆるモノを供物とする事で、膨大な《魔力》を発生させ、《魔術》を引き起こす《禁術》。
 その威力は確かに凄まじく、道端に転がっている何の変哲もない石ころたった一つで、攻撃に利用すれば、数メートル四方を吹き飛ばし、防御に転用した場合は、鍛え上げられた鋼の剣を弾く程の楯を作り出せた。
 しかも、供物に使用するモノが貴重であればある程変換出来る《魔力》が強力になり、俺は試した事はねぇが、生き物の命を捧げた場合は、凄まじい威力を発揮出来ると書かれていたが、後で俺はそれを身を以て実感する事となった。
 まぁ……今にして思えば、多分、《犠牲魔術》なんていう《禁術》に辿り着いたのも、《教団》の奴等の手引だったんだろうってのは、容易に解る。だが、当時の俺は、若過ぎたし、焦っていたから、そんな事にも気付かず、只々力欲しさに《ソイツ》に手を出してしまった。
 タダ、最低最悪な《魔術》に手を出しちまった俺だが、唯一の救いは、《勇者》としては中の下程度の能力しかなかったのに、村の奴等を死なせなせずに済んだんだから、悪い事だらけって訳じゃなかったな。
 《教団》じゃなく、兎に角、村の奴等を護る事を第一に考えて動いたおかげで、上からは疎まれて満足な物資を回してもらえなかった。その上、中の下程度の能力しかないのに、到底不可能な《魔物》を討伐していたのも上の連中には面白くなかった様で、俺の隊は端に追いやられていったため、苦しくはあったけど、アイツらが一緒にいてくれたから辛くはなかった。
 だが、やっぱりというか、人間が触れちゃいけないモノに手を出したヤツが、いつ迄もそんな穏やかな時間を過ごせる訳もなく、《犠牲魔術》の修練のために、宿舎から離れた人気がない森の奥に向かった月が妙に明るかったある日。噂には聞いていたが、まさか本当に居るとは思わなかった存在と出会った。
 《教団》の《掃除屋》こと、チェニックのフードを目深く被った白き死神――異端特務機関《カリオテ》。
 前に長く垂れているチェニックの刺繍に金糸が使われている所からして、最低でも助祭クラス――下手をしたら、それ以上の俺程度の人間からしたら、雲の上の存在だ。
「……本来なら《禁術》に手を伸ばしたモノを生かしておくのは、教義に反しますが、選択肢を与えます」
 チェニックを目深く被っているため、顔が解らず、パッと見も男とも女とも取れる外見で、聞こえてきた声すら透き通る様な中性的であったから、自分の命が掛かっているにも関わらず、呆然としてしまっていると、白き死神が再び同じ質問をして来たんで、言葉を返した。
「あ、あぁ……命が助かるなら、何でもするが……その選択肢ってのは、何だ?」
「《ある魔物》の討伐任務を受けるか、受けないか、ですよ」
 もし、断った場合は? ――っと目の間の存在との絶対的実力差を感じつつも、頬に挑む様な笑みを浮かべて返すと、白き死神が指を鳴らした。
 瞬間、それまで何も感じられなかった周囲から、突然、十前後の気配が発生し、俺は苦笑した。
 成る程、実質、選択肢は無し、か……。
 俺は両の掌を白き死神に向けた。
「解った……謹んでその《ある魔物》ってのの討伐任務を受けるよ」
 だがな――っと俺は手を下ろしながら続けた。
「何で俺なんだ? この養成所には俺よりもずっと優秀な《勇者》様が多く存在する。ハッキリ云って、俺は下から数得た方が早い位なんだぜ?」
「えぇ、アナタの養成所内での序列は、決して高いとは云えませんが、他の《勇者》にはない、特殊な技能を持っているからです」
「へぇ〜、《犠牲魔術(コレ)》ってそんなに特殊なのか?」
「少なくとも、書物を読んだ程度で習得出来るモノではありません」
「確かに《禁術》と呼ばれるだけあって、俺は初歩の初歩しか使えないのに、その威力は凄まじいモノがあるな。発動条件もエゲツナイが、それでも、元々が元々だから、相手に出来る《魔物》はたかが知れてるぜ?」
 ふっ――っと白き死神が鼻で笑った。
「本当に《犠牲魔術(ソレ)》の初歩しか扱えないのなら、アナタ程度の実力で、先日の《魔界》哨戒任務で、《デュラハン》率いる小隊から逃げ切る事は出来ませんよ」
 チッ……全部お見通しって訳か……。
 これ以上話を続けて、要らぬ言葉を重ねられるのは勘弁だった俺は、諦めて討伐対象の《ある魔物》の情報を得る事にした。
「厭な予感しかしないが、拒否する事は出来ないのなら、少しでも情報が欲しい。……《ある魔物》ってのはなんだ?」
 少しでも生き残るためには、訊かない訳にはいかない。
「獅子の身体と頭をしていますが、同時に竜と山羊の頭部も持ち、尾は猛毒の大蛇となっている非常に強力な合成獣ですよ」
 ビンゴ――最悪じゃないか……。
 十中八九、上級の《魔物》――《キマイラ》だ。
 個々の能力は元となっている《魔物》と比べると若干劣るが、重要なのは、それら全てを複合的に扱える所だ。一度だけ、戦場で見た事があるが、俺よりも遥かに上の《勇者》が手玉に取られ、抵抗らしい抵抗を出来ずに惨殺されたのには、寒気を覚えたね。
 その後、上位の《勇者》が数人投入されたおかげで事無きを得たが、襲撃されたのが拠点じゃなかったら、援軍を送られず、全滅していた程の単騎で戦局を変えてしまう化け物。
 勘弁してくれよ……俺が任されている小隊程度でどうにかなるモンじゃねぇぞ……。
 俺が逡巡してジッと見詰めていると、白き死神がフッと嘲笑するように鼻白んだ。
「今死ぬか、後で死ぬか……タダそれだけです」
 しかし――っと続ける。
「後者ならば、アナタだけでなく、《大切な友人達》が生き残る可能性が僅かでも存在しますよ?」
「ちょっと待て……まさか、俺が依頼を断ったら、アイツらも殺すつもりだったのか?!」
 当たり前ですよ――っと白き死神の口は弧を描いた。
「部隊長の罪は部隊の罪。有象無象の区別無く、一切合切を鏖殺します」
 元々拒否権はなかったが、そこまでやりやがるか――俺は改めて《教団》のエゲツナサを実感しつつ、それに気付けず、実力もままならない己の未熟さを呪った。
 では、よろしくお願いしますよ――っと言葉を残し、白き死神と周囲から感じられた気配が突然消えた。
 残された俺は、暑くもないのに異様に汗をかいていて、その場にへたり込んでしまった。
 力の差は歴然。
 俺の命を代償として《魔術》を行使したとしても毛程の傷を負わせられるかどうか……。
「俺、よく殺されなれなかったな……」



 薄暗い洞窟の中、訓練所程もある開けた空間で、俺は白き死神からの依頼の討伐対象である上級の《魔物》――キマイラと対峙していた。
 ――っと云っても、防具が防具の用を呈していなく、身体も疵と毒で意識が朦朧としている俺と、何頭もの馬に引かせて漸く走る大型馬車程もある巨体にも関わらず、獣特有の発達して隆起する靭やかな四肢を器用に動かす事で、足音も立てずに歩く様は、何処か余裕が視え、4つ存在する首全てが活力に満ち満ちているキマイラじゃ、自ずと結果は見えている。
 むしろ、こうして半時以上対峙出来ているだけでも御の字だ。
 無論、俺と目の前のキマイラ以外、この空間には誰も居ない。
 アイツらには睡眠の魔術を使って皆深い眠りに入らせた。
 死ぬって解っている戦いに友人を連れて来れる程、俺は腐っちゃいない。
 キマイラが大木程もある前足を振り上げ、その大きさに見合わぬ瞬速で振るわれたソレを魔術デコイでやり過ごすが、岩で作った筈のデコイが掻き消えたのを眼にした時には、今相手をしているのが正真正銘の化け物である事を実感したね。
 俺の本体を見失って一瞬動きが止まった横っ腹に、俺の得意とする《土氣》を《犠牲魔術》で強化した、岩で作られたランスを勢い良く射出した。
 タイミングも角度も完璧であったが、それは《頭が1つ》であった場合だけだ。
 尾である大蛇がいち早く俺の一撃に気付き、後数瞬で絶命迄はいかなくとも、致命傷にはなったであろう岩のランスが噛み砕かれたため、急いで距離を取ろうとした俺だが、背後に飛び退いた際に若干残った右足に噛み付かれ、逆さ吊りにされた。
 噛み付かれた右足を中心に激痛が走り、更に小気味良い音が響いたため、砕かれたのが解った。叫び声を上げて必死に足を抜こうとした俺だが、ふと、大蛇の動きが大人しい事に気付き、自分の置かれている状況を把握した瞬間、《死》の文字が頭を埋め尽くした。 キマイラの残りの3つの頭が間近に迫っていて、獅子とドラゴンの頭部が低い唸り声を上げて威嚇し、山羊の頭部からは歯を擦り合わせて不協和音を立てていた。
 化け物だけあり、どの瞳からも淀んだ精気しか感じられず、射竦められて動けなくなってしまった俺だが、キマイラは、どうやら獲物をいたぶってから食す趣味があるらしく、大蛇が器用に鎌首を振って、前方へと俺を投げ出すと、ゆっくりと近付いて来た。
 足が砕かれて満足に這う事すら出来ない俺は、キマイラからしたら、さぞや滑稽に映っただろうが、それで良い。
 相手が絶対的実力差から慢心してくれれば、それだけ俺が生き残る可能性が出て来るというものだ。
 唯一マトモに動く右腕と左足を使い、幼子の拙い歩きよりも遅い動きで壁際迄移動した俺は、ゆったりとした足取りで獲物の足掻きを眺めつつ、追い詰めて来た獣へと振り返った。
 相手の機動力と体力を1つずつ削いでいき、絶望に打ち拉がれる相手を生きたまま喰らうなんて、良い趣味をしているぜ……。まっ、そんな俺も、タダで喰われてやる気は、毛頭ないがな。
 キマイラが後ろ足だけで立ち上がり、上体を倒して来た瞬間、俺は意を決し、砕かれた右足に《犠牲魔術》を施行した。
 右足の膝から下が、内側から膨れ上がると、破裂し、血と一部の肉片を撒き散らしながら、白い何かが凄まじい速さで変形しながら、4つ存在する頭部の完璧なる死角の腹部へと直進し、そのまま背中まで貫いた。
 洞窟内を震わせる4種の咆哮に、脳を揺さぶられる衝撃を受けるが、この程度では撃退出来ぬと悟った俺は、毒が回っており、壊死しかけている左腕にも《犠牲魔術》を施し、二の腕から先が破裂した左腕から伸びた白い何かで、今度は胸部を貫くが、強靭な筋と骨に阻まれ、心の臓には届かなかった。
 後もう少しでキマイラを仕留められ、アイツらを救える! ――そう、痛みでオカシクなった頭で勝利を確信したが、どうやら右足と左腕程度では、施行限界に達したらしく、白き何かは崩れ落ち、砂となって消えてしまった。
 白き何かが消えた事で、栓がなくなり、腹部と胸部から大量の出血をしてフラつくキマイラが、洞窟の奥へと後退しだした。
 このままでは、依頼が失敗になり、アイツらを救えない!
 莫迦な俺は、後先も考えず、左目を抉り取り、神経が繋がっているソレを《犠牲魔術》の贄として、魔術を施行するも、脳に直接繋がっている神経からの焼ける痛みに、施行が完璧にられてしまい、マトモな魔術を発動出来にまま、その場に崩れる事になってしまった。
 洞窟の奥に、覚束無い足取りで姿を消していくキマイラを狭くなった視界で捉えたまま、右腕を伸ばすが、数10メートル先を歩いている相手に届く訳もなく、このままココで死ぬ訳にはいかない俺は、意識を手放す直前に、自分自身に《犠牲魔術》を施行して、闇へと落ちた。

 身体が揺すられている感覚によって目を覚ました俺は、自分の視界が狭い事に違和感を覚えるも、直ぐに気を失う直前に何をしたのか思い出すと同時に、視界に入っている悪友たちの顔に驚きを隠せなかった。
 何で……――っと言葉を出そうとした俺を遮る様に、ユーリーが今にも泣きそうな表情で首を横に振ったので、何も云えなくなってしまった。

「オマエはバカだ……大バカ野郎だ……アレだけ、何もかも一人で背負うなって云ったのに、結局、こうして全部一人で背負い込みやがって……」

 さぁ、戻ろう……――っと悪友たちに身体を持ち上げられた所で、俺は白き死神からの依頼を思い出し、慌ててキマイラが逃げた洞窟の奥に向かおうと暴れたが、再びユーリーによって止められてしまった。

「もう、いい……いんだよ、ジェス……俺らの故郷に帰ろう……《教団》だって、気に食わない俺らがいなくなりゃ、清々するだろうさ……」

 その言葉が、ストンっと心に落ちた俺は、小さく頷き、再び意思を手放した。


 もっとも、次に目を覚ましたのは、故郷の俺のベッドの上で、アレから一年以上経っているだけでなく、《魔王》が代替わりをしていて、《魔物》が全て人間の女の様な姿に変わっていた。
 そのため、先代の《魔王》時代に、《勇者》として醜悪で残虐なアイツらと戦争をしていたから、幾ら友好的でも、最初のうちはなれず、何度か本気の闘争をしかけてしまったのは、今じゃ懐かしい思い出だ。

 ――更に10年の時が流れ、ユーリーたち悪友が30手前の良い年齢になり、精神的にも肉体的にも円熟した中、俺の身体は、既に50前半で白髪のジジイとなっちまっていた。
 仕方の無い事さ……キマイラとの戦闘で瀕死の重傷を負い、もはや贄と出来るものがなかった俺は、自らの《命》を使う事で、身体の疵を癒して生き永らえたんだからな。
 おかげで、失った手足と目玉以外は治った代わりに、通常の人間よりも老いる速度が早く、こうして悪友たちが円熟し、一人、また一人と家庭を持ち、夫婦としての第二の人生を育む中、俺は只々静かに死を待つだけとなった。
 本来人間が手を伸ばしちゃいけないモノへと触れてしまった罰――そう思えば、こうして悪友たちの幸せを見守れるだけでも、良しとしなければいけない。
 今日もユーリーが開いているBARで、グラスを傾け、日がな一日、ゆったりと過ごしていると、10歳位の悪ガキが、俺の義足を蹴って来た。

「ジイちゃん、いっつもココで仕事もしないで酒ばっか呑んでいるけど、元《勇者》って話、それ本当なんか?」

 悪ガキの言葉に、思わずユーリーが窘めようとするが、俺が手で制し、屈み込んで悪ガキに視線の高さを合わせた。
「今坊主が蹴った足と、この左腕がその証拠だ」
「でも、そんだけヒドイ怪我をしたって事はジイちゃん強くなかったんだろう?」
「あぁ、強くなかったな。だから、いつも生き残る事に必死だったが、どうしても強い奴に立ち向かわなくちゃいけなくなった」
 んで、その結果がコレだ――っと俺は眼帯で隠れている自分の左目を指した。
 ダメダメじゃん――っとの悪ガキの言葉に苦笑して、俺は屈むのを止めて、椅子に座り直した。
「そうだ、ダメダメだ。そんなダメダメな俺だからこそ、《元勇者》になっちまったんだよ」
「ふ〜ん……カッコワル」
「……そこまでにしておけ、ラルフ。すまないな、《ジェイス爺さん》。コイツには、俺から云っておくよ」
「気にすんな。子供の戯言だ」
 流石にみかねたユーリーが止めに入り、悪ガキを店の外に追い出した。
 暫くして客も居なくなり、俺とユーリーだけとなった所で、悪友がゆっくりと口を開いた。
「なぁ、《ジェス》……」
「何だ? ユーリー」
「いつまで隠しておくつもりだ?」
「いつまでも、だ……」
「で、でもよ――っ!」
 カウンターから身を乗り出して訴え掛けて来たユーリーを手で制し、俺はゆっくりと首を横に動かした。
「ユーリー、今の俺は、村の唯一の《勇者》にして《勇敢なジェス》の遠い親戚である、呑んだくれの《元勇者ジェイス》さ。村の奴等から、俺が何て云われているかなんて、解っているさ」
「だったら! ……だったら、尚更、本当の事を云うべきだ!」
 ダメだ――っと熱くなる悪友を冷ますべく、俺は殊更冷たく云い放つ。
「もし俺が《ジェス》だとバレたら、《何でこんなジジイになった》ってなっちまう。そして、その切っ掛けや原因をもし知ってしまった場合、ユーリーたちが村の奴等から不当な扱いを受けちまう」
 それはいけねぇ……それだけはダメだ……――っと俺がゆっくりと吐き出すように呟くと、ユーリーは俯いてしまい、何かに耐える様に震えた。

 すまねぇ、ユーリー……例え自己満足になっちまったとしても、それでも、俺は、オマエたちを護りたいんだ……。


 そこから5年の月日が経ち、俺の身体が60の手前になり、悪友たちの子供も悪ガキになる頃、遂に恐れていた事が起きてしまった……。
14/12/03 00:56更新 / 黒猫
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■作者メッセージ
 お久し振りです。
 黒猫です。

 前回の更新から、非常に時間が空いてしまいました……。
 ちょいと気分転換に、違うモノを書いてみました。
 皆さんに受け入れて頂けると、有り難いです。
 今回は前後編に分けているので、そこまで時間が掛からずに、完結させたいと思います。

 それでは、ココマデ読んで下さい、ありがとうございました。
 次回もよろしくお願いいたします。

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