執事と吸血鬼―後編1―
―――エアナ―――
兄様はすぐに見つかった。
兄様はフィリやクーニャの旦那様と一緒に待機していた部屋に立ち尽くしていた。
「兄様・・・」
ああ、なんだろう。なんだか頭がぼぅっとする。思考に霞がかかったみたいで何だかフラフラしている。
さっきので疲れが出てきたのかな・・・
おかしいな・・・なんだかお腹がすっごく空いた・・・
あ・・・そうだった。血が欲しかったんだ。
「兄様・・・血が飲みたい。血、血、血、血が欲しいよ」
兄様は私の求めに何にも反応しない・・・それって飲んで良いって事だよね。
兄様の首が・・・スゴク美味しそうな頚動脈が・・・綺麗・・・吸わせてもらっていいよね。
カプッ
兄様の首に噛み付いて血を吸い出す・・・
兄様の血が口腔に、喉に、胃に、どんどん流れてくる。
美味しい、美味しいよ。兄様の血は本当に美味しい。
兄様に会うまでは父上に飲ませてもらっていた。
でも、兄様が使用人として母上に連れられて『そろそろ他の男の血を試してみるといい』と母上に勧められて兄様の血を飲んだ瞬間、もう父上の血は飲めないと本能で感じた。
だってこんなに美味しいのだ。こんなに愛しいのだ。
愛しい兄様の血を飲む。
これ以上に■■■事などあるものか。
―――そうだ。この世にこれ以上■■な事などあるものか―――
ああ、兄様の血を飲んでいるだけで魔力が戻ってくる。
それと共にどんどん体が熱くなってくる。
今なら何だって出来るかもしれない。
―――今なら何だって出来るだろう? さぁ、あの時の答えを貰おう―――
そうだ、今もう一度告白しよう。そして・・・既成事実を作ってしまえば・・・
「兄様・・・あの時の答え、まだ頂いていませんでしたね。もう一度言いますので、今度は答えを下さい。私は、エアナ・リーデンは貴方を、ジュウロウ・ユウキを愛しています。貴方を永久に愛しています。だから、私と結婚してください」
あれ? 結婚ってなんだったっけ? ああ、そうか。『ケッコン』って男と女がくっつく事だった。
よし、もう一回言おう。兄様だってくっつきたいよね? だってこんなに気持ち良い事なんだもの。
血を吸っただけでこんなに気持ち良いんだから。
■■で■を吸ったらもっと気持ち良いはず。兄様も出してくれたら絶対気持ち良くなるから。
兄様、私を受け入れて?
「・・・・・・・」
「ねぇ、兄様。何か言って? 兄様も気持ち良くなりたいでしょ? 私が気持ち良くしてあげる。兄様が私以外見れなくしてあげる。私以外必要なくしてあげる。だから―――」
その時だった。兄様は急に私を床に組み伏せてきた。
あはっ、兄様やっと素直になってくれた。いいよ、兄様の好きにして。
「コ・・・・・・・・タイ」
え? 兄様何言ったの? 声小さくて聞こえないよ。
「殺したい。俺はお前をコロシタイ」
え・・・・兄様? 何・・・言ってるの?
「死ね・・・シネ死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね・・・死ね? シネ・・・ってナンダ? アアア、ソンナコトドウだってイイ、シネシネ死ね、綺麗だキレイダキレイだ美しいウツクシイウツクシイ」
兄様が私の首を絞めてくる。
苦しい、苦しい苦しい苦しい苦しいどうしてどうしてどうしてどうして?
兄様・・・私が嫌いなの?
私兄様に嫌われてたの? 殺したいほど憎まれてたの?
兄様は私を殺したいほど嫌いなんだ。
なんだろう。胸に穴が開いたみたいだ。
スースーする・・・体中に風穴が開いて私がそこから全部流れたみたいだ・・
兄様に嫌われたくない。
息出来ないよ・・・苦しい苦しい・・・兄様、なんでそんなに悲しい顔してるの? どうしてそんなに苦しそうなの? どうしてそんなに辛そうなの?
ああ、兄様にそんな顔似合わない。
私が兄様を笑顔にしてあげたい。
私が兄様を受け入れるから。
でも、どうして・・・
「どう・・・し・・・て・・・?」
「にい・・・さま・・・・」
「っ!!」
首を締め付ける手の力が緩んだ。
「ゲホッ・・・ゲホゲホ・・・」
やっと呼吸が出来る。でも今大事なのは兄様。呼吸なんか二の次だ。
「兄様・・・」
私は兄様にどんなに嫌われたって兄様を好きでいるから。
兄様に近づきたい。
兄様の胸に抱かれたい。
気づいたらもう兄様に近寄ろうとしていた。
「来るなっ!!」
「っ!!」
でもその歩みは兄様の拒絶の一言ですぐに止まってしまった。
「殺したい・・・違う違うっ!! そうじゃない!! 殺したくないっ!! 血が見たい・・・死ね・・・シネ死ねシネ・・・ああああああ違う違う、そうじゃないんだ。そうじゃないんです・・・お姫様!! 私が望んでるのはそうじゃない・・・そうじゃない? 何が? 殺したい、腸が見たい、あの耽美な声が聞きたい。死体が見たい・・・お前のお前のお前のお前のっ!! 違うチガウッ!! ・・・見たくない。そうじゃないんです!! そうじゃないんです。幸せにしたい不幸にしたい喜ばせてやりたい苦しめてやりたい―――」
「やめろーーーーーーーーーーっ!!」
「違う違うそんな事はない呉羽を愛していなかったなんて有り得ない可愛い子だったんだ愛しい子だったんだ愛していないはずがないあの子を最後まで守りたかった親父をアイツ等に売り渡してでも守りたかったんだそれほどまでの事をして愛していないはずがない!!」
「そんなはず無い!! あの時私は動けなかった動くなと言われた動けば即座に姫を殺すぞと脅されたなら動けるはずが無いそれにアレを使えば呉羽も殺していた!!」
「お前は誰だっ!! 誰だ誰だ誰だ誰だ!! 私から出て行けこの悪魔め!! 鬼め!!」
何? 兄様・・・どうしたの? 何だか兄様の体に二人の兄様が居て喧嘩してるみたいだ。
兄様は頭を抱えて自分の言葉を否定しては肯定して、まるで多重人格者みたいになっている。
私はどうしていいか分からなくてその場に立ち尽くすしかなかった。
やがて兄様はやっと落ち着かれた。
「にい・・・さま?」
怖い。冷静になった兄様から改めて拒絶と嫌悪の言葉を告げられるのが。
「お姫様・・・いや、違うな。エアナ」
兄様が・・・兄様がやっと私の名前を呼んでくれた。
こんな状況なのにそれだけで嬉しい。嬉しさが爆発して思考がままならなくなる。
「はい・・・兄様」
「私はお前を愛している」
「っ!!」
兄様が愛してるって・・・私を愛してるって言ってくれた!! 良かった、嫌われたんじゃないんだ。
良かった、本当に良かった。
「兄様っ!!」
ああ、この世が総て幸せに染められていく。
このまま兄様と誰の手も届かない所で愛し合いたい。
―――そうだろう? ■の事なんてどうだっていいだろう? 他の事なんかどうだっていいだろう?―――
「だけど・・・私は君を殺したい」
・・・・・・え?
それはどういう―――
「エアナ、君に話さないといけない事があるから聞いてくれ。私は、御館様に連れられてここに来るまでジパングの大名・・・こっちで言う王族だったんだ。でも妹が政略結婚の時にごねてね、父がそれを受け入れてしまったが為に色々ダメになって滅亡したんだ。その時私は・・・私はね、妹・呉羽を生かす為だけに敵に実の父を売ったんだ。目の前で斬り刻まれながら、死の間際まで私を呪い呪詛を吐き続けた父を見ても私は何とも思わなかった。妹を生き残らせるために踏み潰した虫けらみたいに思っていたんだ。だから目の前でどんな呪詛を吐かれようと、どんな罵りを受けようと、全く何にも思わなかったんだ。呉羽が生き残るためならどれだけ人が死のうが構わない、それほどまでに呉羽を愛していたんだ。だというのに私は・・・私は裏切りに裏切りを返され、呉羽を目の前で犯され、嬲られ、槍衾を突き立てられて果てるまでただただ見ているだけだったんだ。敵は皆呉羽を犯す事と当主の間にある装飾品を略奪する事ばかりに気が向いていて・・・私が蔵からアレを・・・呉羽を助けられる武器を持って来られる機会があったのに、だ。私はね、その時死に掛けている呉羽を見てただ『綺麗だ』としか思わなかった!! それどころかもっと苦しんで死んでくれ、もっともっと血を流してくれ、そんな事ばかりを思っていたんだ!! 私はね、『死』を美しいと感じてしまうんだよ。その美しい死を見たくて見たくて、人を殺したくて仕方が無いんだ。愛しいお前を殺したくて仕方が無い。でも愛しているんだ。お前を、エアナを幸せにしてやりたい、君と家庭を持って二人の子供を育てていきたい。そう思っているのにっ!! エアナを苦しめたくて、殺したくて仕方が無い自分が居るんだ。それにこの想いは絶対叶ってはならないと分かってもいるよ。エアナはこの婚姻を以って戦争に終止符を打とうとしている事は知っているよ。エアナが結婚しなければこの国にまたも悲劇が訪れるんだからね。また君が嘆く死が蔓延する。そんな事はさせない、そう思っているんだろう? でも私はそれを望んでしまう。皆死ね、死んで美しい姿を見せてくれ、ってね。すまない。エアナが・・・君が愛してくれたというのに私はこんなにも醜い、真性の悪なんだ。」
兄様はそれだけ言い残すと、走って出て行かれてしまった。
追いかけなければ・・・
そう思うのに体が動かない。
兄様が言った事が全然理解出来ない。
兄様は私を愛していると言ってくれた。
幸せにしたいと、家庭を持ちたいと言ってくれた。
だのに殺したい、と。
『死』が美しい、と。
だから殺したい、自分は父を裏切って殺し、妹すら自身の悦びの為に見殺した、と。
兄様の真意が分からない。
兄様が分からない。
兄様、嘘ですよね? 兄様が人殺しだなんて・・・
嘘ですよね? 嘘だと言ってください兄様っ!!
―――ジュウロウ―――
気がついたら私は脳が溶けそうになるほどの甘美な感覚に浸されていた。
私は一体・・・確かラウディー様に何か言われたはずなんだ。
お姫様に私は・・・分からない、何を話していたんだ? この甘美な感覚はなんだ? 脳が直接弱火の鍋でコトコト煮込まれているようで、もっと言えばぬるめの温泉でゆったりと寛いでいるような、そんな緩慢な快感が私の全身を襲っている?
私が状況判断の為に視線を動かそうとした途端、首が左に回らない事に気づいた。
なんだ? 何故首が回らな―――
「兄様・・・あの時の答え、まだ頂いていませんでしたね。もう一度言いますので、今度は答えを下さい。私は、エアナ・リーデンは貴方を、ジュウロウ・ユウキを愛しています。貴方を永久に愛しています。だから、私と結婚してください」
お姫・・・様・・・?
はは・・・ははは・・・何の・・・冗談ですか・・・なんでお姫様が・・・やめてくれ、その愛らしい顔を私のような屑に近づけないでくれ、その愛しい吐息を私に浴びせないでくれ、その神聖な唇を私に触れさせないでくれ、ああ、そんな羞恥に染まった目で見つめないでくれ期待するような上目遣いで見ないでくれ愛しい者を見る目で見ないでくれ答えを求める目で見ないでくれ殺したい殺したい殺したい殺したいどんな殺し方をしようか、斬殺圧殺轢殺絞殺屠殺暗殺溺殺瀟殺縊殺殴殺鏖殺虐殺禁殺撃殺構殺故殺惨殺残殺射殺刺殺磔殺鴆殺闘殺毒殺搏殺爆殺焚殺暴殺撲殺扼殺蹴殺溶殺、次々と殺し方が沸いては消える穢れろ穢れろ穢れろ穢れてしまえ死の穢れは美しいしねシネシネ死ねあらゆる万象皆死ねお姫様も例外ではないしね死ねシネ美しい声を聞かせろ愛している愛している愛している愛しているから壊れろ壊れろ壊れろ壊れてしまえ壊したい殺したい愛したい愛しているだから死に瀕してくれあの紅を見たいキレイだキレイキレイ綺麗綺麗きれい綺麗な死を、死を!!
「どう・・・して? ・・・にい・・・さま・・・」
っ!! あ・・・あ? 私は・・・え? ・・・私は何をして・・・? え? 何故お姫様の首に手を・・・可笑しい、何をしているんだ私は。早く手をどけなければ。楽しい、早く死ねよ。どんな顔で死ぬんだ? 泣いて死ぬのか? 憎しみながら死ぬのか? 訳も分からず放心して死ぬのか? 見たい見たいみたい!!
「兄様・・・」
お姫様が近づいてくる。
どうしていいか分からないような、道に迷って立ち止まってしまった稚児のように、何をどうしていいか分からないまま、唯一頼れる存在に縋り付くように。
「来るなっ!!」
私はお姫様がこれ以上近づいてこないよう静止を掛ける。
何か、何か言わなくては。お姫様に今の事態を言い訳しないと、何とか誤魔化さないと。
「殺したい・・・違う違うっ!! そうじゃない!! 殺したくないっ!! 血が見たい・・・死ね・・・シネ死ねシネ・・・ああああああ違う違う、そうじゃないんだ。そうじゃないんです・・・お姫様!! 私が望んでるのはそうじゃない・・・そうじゃない? 何が? 殺したい、腸が見たい、あの耽美な声が聞きたい。死体が見たい・・・お前のお前のお前のお前のっ!! 違うチガウッ!! ・・・見たくない。そうじゃないんです!! そうじゃないんです。幸せにしたい不幸にしたい喜ばせてやりたい苦しめてやりたい―――」
何とかこの場を誤魔化さないと、何とかお姫様が納得出来る言い訳を言わないと、そう考えて口に出した言葉は全て私の本心に変わっていく。
考えが纏まらない思考が可笑しい神経に異変を感じる脳が焼き切れていく筋肉が断線していく何故何故なぜ何故ナゼどうしてどうしてどうしてどうして
―――シネシネシネシネシネシネシネシネ死んで美しくなれ穢れろ穢れろ穢してやる殺してやる綺麗にしてやる綺麗が見たいシの旋律が聴きたい私が殺し私によって穢れ果てろその臓物の一片までも愛し抜こう愛している愛している愛している好きだ好きだ好きだ好きだコイツは私を好きだと言った結婚してくれと言ったなら穢していいだろう? だってもうこの娘は私のモノだどうしようと私の勝手だ壊してやる壊してやる壊れてしまえ何処から壊す? 腹か? 頭か? 足か? 腕か? それとも皮膚からか? それとも精神から? 人体なんて壊す所は幾らでもある至高の芸術品にしてやるどう殺してやろ―――
「やめろーーーーーーーーーーっ!!」
何だ? なぜ私はこんな狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる止めてくれ止めてくれ止めてくれ止めてくれお姫様は幸せにしたい幸せにしたいんだ殺したくない壊したくない守りたい愛したい共に傍に在り続けたいこれ以上の至高の美が何処にある愛しい美が何処にある愛する者こそが究極の美だ壊さない殺さない止めろ止めろ
―――愛しい者ほど殺せば綺麗だ美しい可愛い妹が死んだ時すら綺麗としか思わなかった私が何を今更壊せ殺せあの時の敵がしていた事を私がするだけだあの日からお姫様に会うまで御館様に屋敷に連れてこられるまでずっと妹を、呉羽をこの手で殺せなかった事を悔い続けてきたくせに今更愛しているから殺したくないは無いだろうなら妹は愛していなかったのか?―――
「違う違うそんな事はない呉羽を愛していなかったなんて有り得ない可愛い子だったんだ愛しい子だったんだ愛していないはずがないあの子を最後まで守りたかった親父をアイツ等に売り渡してでも守りたかったんだそれほどまでの事をして愛していないはずがない!!」
―――でも結局死んだお前はあの時救えたじゃないかアイツ等は呉羽に夢中だったあの時蔵に走ってさえいればアイツ等皆殺しに出来たじゃないか助けれたじゃないかどうしてアレを使わなかったどうしてどうしてどうして? 見たかったんだろう愛している者が死ぬ様が―――
「そんなはず無い!! あの時私は動けなかった動くなと言われた動けば即座に姫を殺すぞと脅されたなら動けるはずが無いそれにアレを使えば呉羽も殺していた!!」
―――でも存分に楽しんだじゃないか死を、死を!! なら今度も楽しもう次も愛して殺せばいい愛したら殺せばいいその死の様をしっかり覚えておけばソイツラは永遠に私のモノだ誰にも渡さない渡さない私が愛した者は私以外に触れさせるものか殺させるものか!!―――
「お前は誰だっ!! 誰だ誰だ誰だ誰だ!! 私から出て行けこの悪魔め!! 鬼め!!」
―――馬鹿をいうな私は私お前は私私はお前お前はお前私だ須らく私が考えているんだ二重人格とやらに逃げるなそれは危険だ戻れなくなる認めろ認めろ認めない許されない認めろ許せ私はこれで正常だ異常だお前は私じゃない悪魔だ鬼だ違うそんな思考に逃げたらそれは卑怯だ考える事を止めるな都合の良い言い訳に逃げ込むな逃げ込んだ先に何がある愛した相手を片端から殺す気かそれもいいだろう殺そう死を生み出そう殺して殺して殺し尽くそうお姫様のエアナの愛した国を私が蹂躙するのか止めろ許さないそんな事してどうするもうどうにもならない壊れようもう疲れた壊れてしまおう楽になってしまおう許さないそんな逃げは許されないそんなのエアナへの冒涜だもう無理なんだ限界だ狂ってるなら狂い切ってしまえ最後の最後まで行き着いてしまえ逃げるなんて許さない許されないお前は実の父を妹を生かす為に見殺しにしたそれどころか敵に売り渡したんだその罪を償え償え償え償え赦されるものか許されるものか私はお前は貴様は汝は永劫赦されない向き合え向き合え向き合え向き合え!!―――
ああ、認めよう。
もう無理だ偽りきれない。
これ以上偽ったらコワレテしまう。
「にい・・・さま?」
お姫様が・・・いや、エアナがどうしていいか分からずオロオロしながら私の出方を見ている。
まるで怒られるのを恐れる稚児のようだ。
「お姫様・・・いや、違うな。エアナ」
「はい・・・兄様」
「私はお前を愛している」
「っ!!」
エアナの表情が花が咲き誇るように美しい笑顔になっていく。
ああ、なんて可愛いんだ。なんて愛しいんだ。
「兄様っ!!」
エアナはその喜びのまま私に抱きつこうと進んでくる。
エアナに抱きつかれたら私はエアナを殺すか、エアナに一生嘘をつき続けたまま、どんどんこの狂った嗜好を募らせて壊れるだろう。だから言わなければ。
「だけど・・・私は君を殺したい」
「エアナ、君に話さないといけない事があるから聞いてくれ。私は、御館様に連れられてここに来るまでジパングの大名・・・こっちで言う王族だったんだ。でも妹が政略結婚の時にごねてね、父がそれを受け入れてしまったが為に色々ダメになって滅亡したんだ。その時私は・・・私はね、妹・呉羽を生かす為だけに敵に実の父を売ったんだ。目の前で斬り刻まれながら、死の間際まで私を呪い呪詛を吐き続けた父を見ても私は何とも思わなかった。妹を生き残らせるために踏み潰した虫けらみたいに思っていたんだ。だから目の前でどんな呪詛を吐かれようと、どんな罵りを受けようと、全く何にも思わなかったんだ。呉羽が生き残るためならどれだけ人が死のうが構わない、それほどまでに呉羽を愛していたんだ。だというのに私は・・・私は裏切りに裏切りを返され、呉羽を目の前で犯され、嬲られ、槍衾を突き立てられて果てるまでただただ見ているだけだったんだ。敵は皆呉羽を犯す事と当主の間にある装飾品を略奪する事ばかりに気が向いていて・・・私が蔵からアレを・・・呉羽を助けられる武器を持って来られる機会があったのに、だ。私はね、その時死に掛けている呉羽を見てただ『綺麗だ』としか思わなかった!! それどころかもっと苦しんで死んでくれ、もっともっと血を流してくれ、そんな事ばかりを思っていたんだ!! 私はね、『死』を美しいと感じてしまうんだよ。その美しい死を見たくて見たくて、人を殺したくて仕方が無いんだ。愛しいお前を殺したくて仕方が無い。でも愛しているんだ。お前を、エアナを幸せにしてやりたい、君と家庭を持って二人の子供を育てていきたい。そう思っているのにっ!! エアナを苦しめたくて、殺したくて仕方が無い自分が居るんだ。それにこの想いは絶対叶ってはならないと分かってもいるよ。エアナはこの婚姻を以って戦争に終止符を打とうとしている事は知っているよ。エアナが結婚しなければこの国にまたも悲劇が訪れるんだからね。また君が嘆く死が蔓延する。そんな事はさせない、そう思っているんだろう? でも私はそれを望んでしまう。皆死ね、死んで美しい姿を見せてくれ、ってね。すまない。エアナが・・・君が愛してくれたというのに私はこんなにも醜い、真性の悪なんだ」
言った。言ってしまった。
もうこれで私はエアナの前に居られなくなった。
エアナは、魔物は善なる者だ。こんな悪嫌うに決まっている。いや、嫌わないといけない。
嫌ってくれ。でないと本当にお前を殺してしまう。抑えが効かなくなる。
エアナは何も言わない。
何を言われたのか分からないらしい。
この隙に去ろう。気持ちは伝えた。
エアナの告白にも答えた。
ならもうここにいる必要は無い。居たらいけない。
そして魔物の居ない地に行かなくては。
こんな悪は魔物と関わってはいけない。
いや、それどころか人とも関わってはいけない。
私は動かないエアナを置き去りにして夜の闇に飛び出した。
行かないと。魔物の、人の居ないところへ―――
兄様はすぐに見つかった。
兄様はフィリやクーニャの旦那様と一緒に待機していた部屋に立ち尽くしていた。
「兄様・・・」
ああ、なんだろう。なんだか頭がぼぅっとする。思考に霞がかかったみたいで何だかフラフラしている。
さっきので疲れが出てきたのかな・・・
おかしいな・・・なんだかお腹がすっごく空いた・・・
あ・・・そうだった。血が欲しかったんだ。
「兄様・・・血が飲みたい。血、血、血、血が欲しいよ」
兄様は私の求めに何にも反応しない・・・それって飲んで良いって事だよね。
兄様の首が・・・スゴク美味しそうな頚動脈が・・・綺麗・・・吸わせてもらっていいよね。
カプッ
兄様の首に噛み付いて血を吸い出す・・・
兄様の血が口腔に、喉に、胃に、どんどん流れてくる。
美味しい、美味しいよ。兄様の血は本当に美味しい。
兄様に会うまでは父上に飲ませてもらっていた。
でも、兄様が使用人として母上に連れられて『そろそろ他の男の血を試してみるといい』と母上に勧められて兄様の血を飲んだ瞬間、もう父上の血は飲めないと本能で感じた。
だってこんなに美味しいのだ。こんなに愛しいのだ。
愛しい兄様の血を飲む。
これ以上に■■■事などあるものか。
―――そうだ。この世にこれ以上■■な事などあるものか―――
ああ、兄様の血を飲んでいるだけで魔力が戻ってくる。
それと共にどんどん体が熱くなってくる。
今なら何だって出来るかもしれない。
―――今なら何だって出来るだろう? さぁ、あの時の答えを貰おう―――
そうだ、今もう一度告白しよう。そして・・・既成事実を作ってしまえば・・・
「兄様・・・あの時の答え、まだ頂いていませんでしたね。もう一度言いますので、今度は答えを下さい。私は、エアナ・リーデンは貴方を、ジュウロウ・ユウキを愛しています。貴方を永久に愛しています。だから、私と結婚してください」
あれ? 結婚ってなんだったっけ? ああ、そうか。『ケッコン』って男と女がくっつく事だった。
よし、もう一回言おう。兄様だってくっつきたいよね? だってこんなに気持ち良い事なんだもの。
血を吸っただけでこんなに気持ち良いんだから。
■■で■を吸ったらもっと気持ち良いはず。兄様も出してくれたら絶対気持ち良くなるから。
兄様、私を受け入れて?
「・・・・・・・」
「ねぇ、兄様。何か言って? 兄様も気持ち良くなりたいでしょ? 私が気持ち良くしてあげる。兄様が私以外見れなくしてあげる。私以外必要なくしてあげる。だから―――」
その時だった。兄様は急に私を床に組み伏せてきた。
あはっ、兄様やっと素直になってくれた。いいよ、兄様の好きにして。
「コ・・・・・・・・タイ」
え? 兄様何言ったの? 声小さくて聞こえないよ。
「殺したい。俺はお前をコロシタイ」
え・・・・兄様? 何・・・言ってるの?
「死ね・・・シネ死ねシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね・・・死ね? シネ・・・ってナンダ? アアア、ソンナコトドウだってイイ、シネシネ死ね、綺麗だキレイダキレイだ美しいウツクシイウツクシイ」
兄様が私の首を絞めてくる。
苦しい、苦しい苦しい苦しい苦しいどうしてどうしてどうしてどうして?
兄様・・・私が嫌いなの?
私兄様に嫌われてたの? 殺したいほど憎まれてたの?
兄様は私を殺したいほど嫌いなんだ。
なんだろう。胸に穴が開いたみたいだ。
スースーする・・・体中に風穴が開いて私がそこから全部流れたみたいだ・・
兄様に嫌われたくない。
息出来ないよ・・・苦しい苦しい・・・兄様、なんでそんなに悲しい顔してるの? どうしてそんなに苦しそうなの? どうしてそんなに辛そうなの?
ああ、兄様にそんな顔似合わない。
私が兄様を笑顔にしてあげたい。
私が兄様を受け入れるから。
でも、どうして・・・
「どう・・・し・・・て・・・?」
「にい・・・さま・・・・」
「っ!!」
首を締め付ける手の力が緩んだ。
「ゲホッ・・・ゲホゲホ・・・」
やっと呼吸が出来る。でも今大事なのは兄様。呼吸なんか二の次だ。
「兄様・・・」
私は兄様にどんなに嫌われたって兄様を好きでいるから。
兄様に近づきたい。
兄様の胸に抱かれたい。
気づいたらもう兄様に近寄ろうとしていた。
「来るなっ!!」
「っ!!」
でもその歩みは兄様の拒絶の一言ですぐに止まってしまった。
「殺したい・・・違う違うっ!! そうじゃない!! 殺したくないっ!! 血が見たい・・・死ね・・・シネ死ねシネ・・・ああああああ違う違う、そうじゃないんだ。そうじゃないんです・・・お姫様!! 私が望んでるのはそうじゃない・・・そうじゃない? 何が? 殺したい、腸が見たい、あの耽美な声が聞きたい。死体が見たい・・・お前のお前のお前のお前のっ!! 違うチガウッ!! ・・・見たくない。そうじゃないんです!! そうじゃないんです。幸せにしたい不幸にしたい喜ばせてやりたい苦しめてやりたい―――」
「やめろーーーーーーーーーーっ!!」
「違う違うそんな事はない呉羽を愛していなかったなんて有り得ない可愛い子だったんだ愛しい子だったんだ愛していないはずがないあの子を最後まで守りたかった親父をアイツ等に売り渡してでも守りたかったんだそれほどまでの事をして愛していないはずがない!!」
「そんなはず無い!! あの時私は動けなかった動くなと言われた動けば即座に姫を殺すぞと脅されたなら動けるはずが無いそれにアレを使えば呉羽も殺していた!!」
「お前は誰だっ!! 誰だ誰だ誰だ誰だ!! 私から出て行けこの悪魔め!! 鬼め!!」
何? 兄様・・・どうしたの? 何だか兄様の体に二人の兄様が居て喧嘩してるみたいだ。
兄様は頭を抱えて自分の言葉を否定しては肯定して、まるで多重人格者みたいになっている。
私はどうしていいか分からなくてその場に立ち尽くすしかなかった。
やがて兄様はやっと落ち着かれた。
「にい・・・さま?」
怖い。冷静になった兄様から改めて拒絶と嫌悪の言葉を告げられるのが。
「お姫様・・・いや、違うな。エアナ」
兄様が・・・兄様がやっと私の名前を呼んでくれた。
こんな状況なのにそれだけで嬉しい。嬉しさが爆発して思考がままならなくなる。
「はい・・・兄様」
「私はお前を愛している」
「っ!!」
兄様が愛してるって・・・私を愛してるって言ってくれた!! 良かった、嫌われたんじゃないんだ。
良かった、本当に良かった。
「兄様っ!!」
ああ、この世が総て幸せに染められていく。
このまま兄様と誰の手も届かない所で愛し合いたい。
―――そうだろう? ■の事なんてどうだっていいだろう? 他の事なんかどうだっていいだろう?―――
「だけど・・・私は君を殺したい」
・・・・・・え?
それはどういう―――
「エアナ、君に話さないといけない事があるから聞いてくれ。私は、御館様に連れられてここに来るまでジパングの大名・・・こっちで言う王族だったんだ。でも妹が政略結婚の時にごねてね、父がそれを受け入れてしまったが為に色々ダメになって滅亡したんだ。その時私は・・・私はね、妹・呉羽を生かす為だけに敵に実の父を売ったんだ。目の前で斬り刻まれながら、死の間際まで私を呪い呪詛を吐き続けた父を見ても私は何とも思わなかった。妹を生き残らせるために踏み潰した虫けらみたいに思っていたんだ。だから目の前でどんな呪詛を吐かれようと、どんな罵りを受けようと、全く何にも思わなかったんだ。呉羽が生き残るためならどれだけ人が死のうが構わない、それほどまでに呉羽を愛していたんだ。だというのに私は・・・私は裏切りに裏切りを返され、呉羽を目の前で犯され、嬲られ、槍衾を突き立てられて果てるまでただただ見ているだけだったんだ。敵は皆呉羽を犯す事と当主の間にある装飾品を略奪する事ばかりに気が向いていて・・・私が蔵からアレを・・・呉羽を助けられる武器を持って来られる機会があったのに、だ。私はね、その時死に掛けている呉羽を見てただ『綺麗だ』としか思わなかった!! それどころかもっと苦しんで死んでくれ、もっともっと血を流してくれ、そんな事ばかりを思っていたんだ!! 私はね、『死』を美しいと感じてしまうんだよ。その美しい死を見たくて見たくて、人を殺したくて仕方が無いんだ。愛しいお前を殺したくて仕方が無い。でも愛しているんだ。お前を、エアナを幸せにしてやりたい、君と家庭を持って二人の子供を育てていきたい。そう思っているのにっ!! エアナを苦しめたくて、殺したくて仕方が無い自分が居るんだ。それにこの想いは絶対叶ってはならないと分かってもいるよ。エアナはこの婚姻を以って戦争に終止符を打とうとしている事は知っているよ。エアナが結婚しなければこの国にまたも悲劇が訪れるんだからね。また君が嘆く死が蔓延する。そんな事はさせない、そう思っているんだろう? でも私はそれを望んでしまう。皆死ね、死んで美しい姿を見せてくれ、ってね。すまない。エアナが・・・君が愛してくれたというのに私はこんなにも醜い、真性の悪なんだ。」
兄様はそれだけ言い残すと、走って出て行かれてしまった。
追いかけなければ・・・
そう思うのに体が動かない。
兄様が言った事が全然理解出来ない。
兄様は私を愛していると言ってくれた。
幸せにしたいと、家庭を持ちたいと言ってくれた。
だのに殺したい、と。
『死』が美しい、と。
だから殺したい、自分は父を裏切って殺し、妹すら自身の悦びの為に見殺した、と。
兄様の真意が分からない。
兄様が分からない。
兄様、嘘ですよね? 兄様が人殺しだなんて・・・
嘘ですよね? 嘘だと言ってください兄様っ!!
―――ジュウロウ―――
気がついたら私は脳が溶けそうになるほどの甘美な感覚に浸されていた。
私は一体・・・確かラウディー様に何か言われたはずなんだ。
お姫様に私は・・・分からない、何を話していたんだ? この甘美な感覚はなんだ? 脳が直接弱火の鍋でコトコト煮込まれているようで、もっと言えばぬるめの温泉でゆったりと寛いでいるような、そんな緩慢な快感が私の全身を襲っている?
私が状況判断の為に視線を動かそうとした途端、首が左に回らない事に気づいた。
なんだ? 何故首が回らな―――
「兄様・・・あの時の答え、まだ頂いていませんでしたね。もう一度言いますので、今度は答えを下さい。私は、エアナ・リーデンは貴方を、ジュウロウ・ユウキを愛しています。貴方を永久に愛しています。だから、私と結婚してください」
お姫・・・様・・・?
はは・・・ははは・・・何の・・・冗談ですか・・・なんでお姫様が・・・やめてくれ、その愛らしい顔を私のような屑に近づけないでくれ、その愛しい吐息を私に浴びせないでくれ、その神聖な唇を私に触れさせないでくれ、ああ、そんな羞恥に染まった目で見つめないでくれ期待するような上目遣いで見ないでくれ愛しい者を見る目で見ないでくれ答えを求める目で見ないでくれ殺したい殺したい殺したい殺したいどんな殺し方をしようか、斬殺圧殺轢殺絞殺屠殺暗殺溺殺瀟殺縊殺殴殺鏖殺虐殺禁殺撃殺構殺故殺惨殺残殺射殺刺殺磔殺鴆殺闘殺毒殺搏殺爆殺焚殺暴殺撲殺扼殺蹴殺溶殺、次々と殺し方が沸いては消える穢れろ穢れろ穢れろ穢れてしまえ死の穢れは美しいしねシネシネ死ねあらゆる万象皆死ねお姫様も例外ではないしね死ねシネ美しい声を聞かせろ愛している愛している愛している愛しているから壊れろ壊れろ壊れろ壊れてしまえ壊したい殺したい愛したい愛しているだから死に瀕してくれあの紅を見たいキレイだキレイキレイ綺麗綺麗きれい綺麗な死を、死を!!
「どう・・・して? ・・・にい・・・さま・・・」
っ!! あ・・・あ? 私は・・・え? ・・・私は何をして・・・? え? 何故お姫様の首に手を・・・可笑しい、何をしているんだ私は。早く手をどけなければ。楽しい、早く死ねよ。どんな顔で死ぬんだ? 泣いて死ぬのか? 憎しみながら死ぬのか? 訳も分からず放心して死ぬのか? 見たい見たいみたい!!
「兄様・・・」
お姫様が近づいてくる。
どうしていいか分からないような、道に迷って立ち止まってしまった稚児のように、何をどうしていいか分からないまま、唯一頼れる存在に縋り付くように。
「来るなっ!!」
私はお姫様がこれ以上近づいてこないよう静止を掛ける。
何か、何か言わなくては。お姫様に今の事態を言い訳しないと、何とか誤魔化さないと。
「殺したい・・・違う違うっ!! そうじゃない!! 殺したくないっ!! 血が見たい・・・死ね・・・シネ死ねシネ・・・ああああああ違う違う、そうじゃないんだ。そうじゃないんです・・・お姫様!! 私が望んでるのはそうじゃない・・・そうじゃない? 何が? 殺したい、腸が見たい、あの耽美な声が聞きたい。死体が見たい・・・お前のお前のお前のお前のっ!! 違うチガウッ!! ・・・見たくない。そうじゃないんです!! そうじゃないんです。幸せにしたい不幸にしたい喜ばせてやりたい苦しめてやりたい―――」
何とかこの場を誤魔化さないと、何とかお姫様が納得出来る言い訳を言わないと、そう考えて口に出した言葉は全て私の本心に変わっていく。
考えが纏まらない思考が可笑しい神経に異変を感じる脳が焼き切れていく筋肉が断線していく何故何故なぜ何故ナゼどうしてどうしてどうしてどうして
―――シネシネシネシネシネシネシネシネ死んで美しくなれ穢れろ穢れろ穢してやる殺してやる綺麗にしてやる綺麗が見たいシの旋律が聴きたい私が殺し私によって穢れ果てろその臓物の一片までも愛し抜こう愛している愛している愛している好きだ好きだ好きだ好きだコイツは私を好きだと言った結婚してくれと言ったなら穢していいだろう? だってもうこの娘は私のモノだどうしようと私の勝手だ壊してやる壊してやる壊れてしまえ何処から壊す? 腹か? 頭か? 足か? 腕か? それとも皮膚からか? それとも精神から? 人体なんて壊す所は幾らでもある至高の芸術品にしてやるどう殺してやろ―――
「やめろーーーーーーーーーーっ!!」
何だ? なぜ私はこんな狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる止めてくれ止めてくれ止めてくれ止めてくれお姫様は幸せにしたい幸せにしたいんだ殺したくない壊したくない守りたい愛したい共に傍に在り続けたいこれ以上の至高の美が何処にある愛しい美が何処にある愛する者こそが究極の美だ壊さない殺さない止めろ止めろ
―――愛しい者ほど殺せば綺麗だ美しい可愛い妹が死んだ時すら綺麗としか思わなかった私が何を今更壊せ殺せあの時の敵がしていた事を私がするだけだあの日からお姫様に会うまで御館様に屋敷に連れてこられるまでずっと妹を、呉羽をこの手で殺せなかった事を悔い続けてきたくせに今更愛しているから殺したくないは無いだろうなら妹は愛していなかったのか?―――
「違う違うそんな事はない呉羽を愛していなかったなんて有り得ない可愛い子だったんだ愛しい子だったんだ愛していないはずがないあの子を最後まで守りたかった親父をアイツ等に売り渡してでも守りたかったんだそれほどまでの事をして愛していないはずがない!!」
―――でも結局死んだお前はあの時救えたじゃないかアイツ等は呉羽に夢中だったあの時蔵に走ってさえいればアイツ等皆殺しに出来たじゃないか助けれたじゃないかどうしてアレを使わなかったどうしてどうしてどうして? 見たかったんだろう愛している者が死ぬ様が―――
「そんなはず無い!! あの時私は動けなかった動くなと言われた動けば即座に姫を殺すぞと脅されたなら動けるはずが無いそれにアレを使えば呉羽も殺していた!!」
―――でも存分に楽しんだじゃないか死を、死を!! なら今度も楽しもう次も愛して殺せばいい愛したら殺せばいいその死の様をしっかり覚えておけばソイツラは永遠に私のモノだ誰にも渡さない渡さない私が愛した者は私以外に触れさせるものか殺させるものか!!―――
「お前は誰だっ!! 誰だ誰だ誰だ誰だ!! 私から出て行けこの悪魔め!! 鬼め!!」
―――馬鹿をいうな私は私お前は私私はお前お前はお前私だ須らく私が考えているんだ二重人格とやらに逃げるなそれは危険だ戻れなくなる認めろ認めろ認めない許されない認めろ許せ私はこれで正常だ異常だお前は私じゃない悪魔だ鬼だ違うそんな思考に逃げたらそれは卑怯だ考える事を止めるな都合の良い言い訳に逃げ込むな逃げ込んだ先に何がある愛した相手を片端から殺す気かそれもいいだろう殺そう死を生み出そう殺して殺して殺し尽くそうお姫様のエアナの愛した国を私が蹂躙するのか止めろ許さないそんな事してどうするもうどうにもならない壊れようもう疲れた壊れてしまおう楽になってしまおう許さないそんな逃げは許されないそんなのエアナへの冒涜だもう無理なんだ限界だ狂ってるなら狂い切ってしまえ最後の最後まで行き着いてしまえ逃げるなんて許さない許されないお前は実の父を妹を生かす為に見殺しにしたそれどころか敵に売り渡したんだその罪を償え償え償え償え赦されるものか許されるものか私はお前は貴様は汝は永劫赦されない向き合え向き合え向き合え向き合え!!―――
ああ、認めよう。
もう無理だ偽りきれない。
これ以上偽ったらコワレテしまう。
「にい・・・さま?」
お姫様が・・・いや、エアナがどうしていいか分からずオロオロしながら私の出方を見ている。
まるで怒られるのを恐れる稚児のようだ。
「お姫様・・・いや、違うな。エアナ」
「はい・・・兄様」
「私はお前を愛している」
「っ!!」
エアナの表情が花が咲き誇るように美しい笑顔になっていく。
ああ、なんて可愛いんだ。なんて愛しいんだ。
「兄様っ!!」
エアナはその喜びのまま私に抱きつこうと進んでくる。
エアナに抱きつかれたら私はエアナを殺すか、エアナに一生嘘をつき続けたまま、どんどんこの狂った嗜好を募らせて壊れるだろう。だから言わなければ。
「だけど・・・私は君を殺したい」
「エアナ、君に話さないといけない事があるから聞いてくれ。私は、御館様に連れられてここに来るまでジパングの大名・・・こっちで言う王族だったんだ。でも妹が政略結婚の時にごねてね、父がそれを受け入れてしまったが為に色々ダメになって滅亡したんだ。その時私は・・・私はね、妹・呉羽を生かす為だけに敵に実の父を売ったんだ。目の前で斬り刻まれながら、死の間際まで私を呪い呪詛を吐き続けた父を見ても私は何とも思わなかった。妹を生き残らせるために踏み潰した虫けらみたいに思っていたんだ。だから目の前でどんな呪詛を吐かれようと、どんな罵りを受けようと、全く何にも思わなかったんだ。呉羽が生き残るためならどれだけ人が死のうが構わない、それほどまでに呉羽を愛していたんだ。だというのに私は・・・私は裏切りに裏切りを返され、呉羽を目の前で犯され、嬲られ、槍衾を突き立てられて果てるまでただただ見ているだけだったんだ。敵は皆呉羽を犯す事と当主の間にある装飾品を略奪する事ばかりに気が向いていて・・・私が蔵からアレを・・・呉羽を助けられる武器を持って来られる機会があったのに、だ。私はね、その時死に掛けている呉羽を見てただ『綺麗だ』としか思わなかった!! それどころかもっと苦しんで死んでくれ、もっともっと血を流してくれ、そんな事ばかりを思っていたんだ!! 私はね、『死』を美しいと感じてしまうんだよ。その美しい死を見たくて見たくて、人を殺したくて仕方が無いんだ。愛しいお前を殺したくて仕方が無い。でも愛しているんだ。お前を、エアナを幸せにしてやりたい、君と家庭を持って二人の子供を育てていきたい。そう思っているのにっ!! エアナを苦しめたくて、殺したくて仕方が無い自分が居るんだ。それにこの想いは絶対叶ってはならないと分かってもいるよ。エアナはこの婚姻を以って戦争に終止符を打とうとしている事は知っているよ。エアナが結婚しなければこの国にまたも悲劇が訪れるんだからね。また君が嘆く死が蔓延する。そんな事はさせない、そう思っているんだろう? でも私はそれを望んでしまう。皆死ね、死んで美しい姿を見せてくれ、ってね。すまない。エアナが・・・君が愛してくれたというのに私はこんなにも醜い、真性の悪なんだ」
言った。言ってしまった。
もうこれで私はエアナの前に居られなくなった。
エアナは、魔物は善なる者だ。こんな悪嫌うに決まっている。いや、嫌わないといけない。
嫌ってくれ。でないと本当にお前を殺してしまう。抑えが効かなくなる。
エアナは何も言わない。
何を言われたのか分からないらしい。
この隙に去ろう。気持ちは伝えた。
エアナの告白にも答えた。
ならもうここにいる必要は無い。居たらいけない。
そして魔物の居ない地に行かなくては。
こんな悪は魔物と関わってはいけない。
いや、それどころか人とも関わってはいけない。
私は動かないエアナを置き去りにして夜の闇に飛び出した。
行かないと。魔物の、人の居ないところへ―――
12/02/15 03:12更新 / 没落教団兵A
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