荷馬車の上での夫婦の会話
パッカラパッカラガタゴトと荷馬車の進む音が耳に心地よい。
俺は荷台の上で仰向けになり雲を見ながら、手綱を握る妻に話しかけた。
「なぁ」
「何?」
少しの沈黙。妻が眉を寄せてこっちに顔を向ける。
「いや、何よ?どないしたん?」
特徴的な話し方をする妻は刑部狸。頭でピクピク動く耳がとても可愛らしい。
「お前ってさ」
「うん?」
「何で俺なんかを選んでくれたんだ?」
「はぁ?今更なに言うてんの。アホちゃう?」
なかなかひどいことを言ってくれる。
「いや、さ。もうお前と会って一年になるわけだ」
「せやね」
「俺はあんとき、人生のどん底にいたわけよ」
「……せやね」
「自分で言うのもなんだけど、あんときの俺はひどい顔をしてて、その」
「うん」
「……いろんな女……魔物だって少し避けて前を通り過ぎるような状態だったわけだ」
「せやね。あの顔っちゅーか、あんたのあの目はまともな女なら近寄ろうともせんかったやろねー。どう考えても巻き込まれたらろくなことなら無さそうやったし」
「うぐっ。……もうちょっと言い方を……」
「やーよ。で?そんななか、あんたに声かけたウチがイカれポンポコ狸やとでも言いたいんか?」
「イカれポンポコ狸ってなんだよ……違うよ。でも、何で俺なんかに話しかけてくれたのかなーと。お前の言う通りすげえ今更だけど……」
「何でって……」
さっきより長い沈黙。妻は前を向いてて顔が見えない。
どんな表情をしているんだろう。俺の方からはわからない。
やがてため息をつくと、彼女は馬車を止めてこっちを向く。その顔は赤くなっていた。
「わろたら、しばくで。ええか?」
「お、おう」
俺はどんなことを言われるのだろう。逆に緊張してきた。
「……れ……や」
「あん?」
「せ、せやから……ひと……れ!」
「ひとれ?」
「一目惚れ!ウチはあんたに一目惚れしてもうたのッ!あんたに話しかける二日前に既にッ!」
「ほぇあ?」
思わず口から変な声が漏れる。
「あんたが、裏路地の隅の方でうずくまってんのみて、なんやあれって思うとったんよ。汚いし、ぶつぶつなんか言うてるしさ」
「う……そ、それは」
「わかってるよ。あれ、商品紹介の練習、しとったんやろ」
「おう。それがどうし……あれ?その事話したっけ?」
「……話続けるで」
「……ん」
「んで、何か頭ん中からあんたが離れへんようになってさ、気になってしゃあないから、商売ついでにあんたのことを聞いて回ったんよ。そしたら……」
「……」
「騙されて全財産搾り取られた商人やっていうやないの」
そう。俺は一年前、質の悪い詐欺師に騙され、商品も金も服もなにもかも奪われてしまっていた。こいつが話しかけてきたときは丁度、それから一ヶ月後のことだった。
「で、あんた気づいてへんやろうけど、ウチ、話しかける前に一回あんたの前におったことあったんよ」
「え?まじで?」
「そ。それであんたの独り言、聞かせてもろたわ。ウチはてっきり恨み言言ってるとおもっとたんよ。もしそうやったらまあ、ちょっと金を恵んで去っとったと思うわ」
「そうかよ」
「そうよー。でもあんたはウチの予想なんかコロッと覆しよった。誰が思うかいな。ありもせん商品を、いつ手に入れてもエエように売り口上の練習しとるなんて」
「……おう」
「ウチはな」
そう言って、妻は俺の顔をつかみグイっと寄せた。
「あんたの、腐ってもボロにされても死神にぜっっっっっっっっっっっったい渡さんかったあんたの、商人魂に一目惚れしてもうたの」
「ッ!」
妻はニヤリと笑うと俺の唇を塞いだ。
「ん……ぷぁ。せやから、ウチはあんたを拾った。あんたを夫に選んだ。文句、ある?」
「な、ない」
妻は満足げに笑うとまた馬車を進め始めた。
「せやったら、ええ。はい。これがウチがあんたを選んだ理由。死んでも離さんから覚悟しいや」
「……あぁ。分かったよ。死んでもお前からは離れない」
「取引、改めて成立な。言質とったから、ほんまにはなさへんで」
「あいよ」
あぁ。人生、何があるかわからないもんだ。人生のどん底を一ヶ月経験しただけで一生の幸せを約束される……なんてな。
空を流れる雲を眺めながらそんなことを思った。
「あ、あと、今夜は寝かせへんで」
「マジっすか」
俺は荷台の上で仰向けになり雲を見ながら、手綱を握る妻に話しかけた。
「なぁ」
「何?」
少しの沈黙。妻が眉を寄せてこっちに顔を向ける。
「いや、何よ?どないしたん?」
特徴的な話し方をする妻は刑部狸。頭でピクピク動く耳がとても可愛らしい。
「お前ってさ」
「うん?」
「何で俺なんかを選んでくれたんだ?」
「はぁ?今更なに言うてんの。アホちゃう?」
なかなかひどいことを言ってくれる。
「いや、さ。もうお前と会って一年になるわけだ」
「せやね」
「俺はあんとき、人生のどん底にいたわけよ」
「……せやね」
「自分で言うのもなんだけど、あんときの俺はひどい顔をしてて、その」
「うん」
「……いろんな女……魔物だって少し避けて前を通り過ぎるような状態だったわけだ」
「せやね。あの顔っちゅーか、あんたのあの目はまともな女なら近寄ろうともせんかったやろねー。どう考えても巻き込まれたらろくなことなら無さそうやったし」
「うぐっ。……もうちょっと言い方を……」
「やーよ。で?そんななか、あんたに声かけたウチがイカれポンポコ狸やとでも言いたいんか?」
「イカれポンポコ狸ってなんだよ……違うよ。でも、何で俺なんかに話しかけてくれたのかなーと。お前の言う通りすげえ今更だけど……」
「何でって……」
さっきより長い沈黙。妻は前を向いてて顔が見えない。
どんな表情をしているんだろう。俺の方からはわからない。
やがてため息をつくと、彼女は馬車を止めてこっちを向く。その顔は赤くなっていた。
「わろたら、しばくで。ええか?」
「お、おう」
俺はどんなことを言われるのだろう。逆に緊張してきた。
「……れ……や」
「あん?」
「せ、せやから……ひと……れ!」
「ひとれ?」
「一目惚れ!ウチはあんたに一目惚れしてもうたのッ!あんたに話しかける二日前に既にッ!」
「ほぇあ?」
思わず口から変な声が漏れる。
「あんたが、裏路地の隅の方でうずくまってんのみて、なんやあれって思うとったんよ。汚いし、ぶつぶつなんか言うてるしさ」
「う……そ、それは」
「わかってるよ。あれ、商品紹介の練習、しとったんやろ」
「おう。それがどうし……あれ?その事話したっけ?」
「……話続けるで」
「……ん」
「んで、何か頭ん中からあんたが離れへんようになってさ、気になってしゃあないから、商売ついでにあんたのことを聞いて回ったんよ。そしたら……」
「……」
「騙されて全財産搾り取られた商人やっていうやないの」
そう。俺は一年前、質の悪い詐欺師に騙され、商品も金も服もなにもかも奪われてしまっていた。こいつが話しかけてきたときは丁度、それから一ヶ月後のことだった。
「で、あんた気づいてへんやろうけど、ウチ、話しかける前に一回あんたの前におったことあったんよ」
「え?まじで?」
「そ。それであんたの独り言、聞かせてもろたわ。ウチはてっきり恨み言言ってるとおもっとたんよ。もしそうやったらまあ、ちょっと金を恵んで去っとったと思うわ」
「そうかよ」
「そうよー。でもあんたはウチの予想なんかコロッと覆しよった。誰が思うかいな。ありもせん商品を、いつ手に入れてもエエように売り口上の練習しとるなんて」
「……おう」
「ウチはな」
そう言って、妻は俺の顔をつかみグイっと寄せた。
「あんたの、腐ってもボロにされても死神にぜっっっっっっっっっっっったい渡さんかったあんたの、商人魂に一目惚れしてもうたの」
「ッ!」
妻はニヤリと笑うと俺の唇を塞いだ。
「ん……ぷぁ。せやから、ウチはあんたを拾った。あんたを夫に選んだ。文句、ある?」
「な、ない」
妻は満足げに笑うとまた馬車を進め始めた。
「せやったら、ええ。はい。これがウチがあんたを選んだ理由。死んでも離さんから覚悟しいや」
「……あぁ。分かったよ。死んでもお前からは離れない」
「取引、改めて成立な。言質とったから、ほんまにはなさへんで」
「あいよ」
あぁ。人生、何があるかわからないもんだ。人生のどん底を一ヶ月経験しただけで一生の幸せを約束される……なんてな。
空を流れる雲を眺めながらそんなことを思った。
「あ、あと、今夜は寝かせへんで」
「マジっすか」
13/11/16 11:02更新 / しんぷとむ