壊れかけのセイレーン
「えへへっ、おはようダーリン!今日もカッコいいね!」
「3日も風呂に入れず両手両足を拘束されて床に転がされてるこの醜態をカッコいいと思えるのなら眼か頭がおかしいと思うよ」
「さ、朝起きたらまず顔を洗おうね!私が洗ってあげる!」ペロペロ
「顔を舐め回されることを顔を洗うとは言わない」ベトベト
「それじゃあご飯にしよっか!おにぎり作ってきたよ!」
「全部具が卵焼きなんだけど」
「もう…///ダーリンのエッチ///」
「ここに来てから米と卵しか食べてない、俺のコレステロール値がヤバい」
「ダーリンったら…、口元にご飯粒付いてるよ?取ってあげるね」
「むぐっ…!ん、んむ……!!(ついでとばかりにディープキスしないでほしい)」
「あははっ…、キスで蕩け顔になってるダーリン可愛い……」
「セイレーンの笑顔を見て背筋が凍る日が来るとは思わなかった」
「後は食後の運動…、は、まだ早いよね…///」
「なんで常識は無いのに魔物娘に不要な貞淑さは持ってるの」
「どこかに遊びに行こうにも、今日は雨が降ってるからどこにも行けないね…」
「晴れの日もここから出してもらえた記憶は無いんだけど」
「でもこんな雨の日は思い出すね。私とダーリンが初めて会った日のこと……」
「あの日は晴れだった気がするんだけど」
「教団に追われていた私を守ってくれたあの時ダーリン、素敵だったな……
あの日私は確信したの、これは運命だって」
「俺は交通事故にでも遭った気分だけどね」
「私ね、今ダーリンの為の特別な歌の練習してるの。それが完成したら、結婚して赤ちゃんつくろうね」
「今ボク多分死刑宣告されました」
「愛するダーリンに捧げる歌だもん、船の一つや二つじゃダメだよね。国一つ落とせるぐらいの歌じゃないと」
「故郷のお母さんごめんなさい、俺のせいで国が一つ滅びるかもしれません」
「えへへ……。子供の名前何が良い?ダーリンに決めて欲しいな♪」
「そうだな…、セイレーンだから、素敵な歌を歌えるよう『奏(かなで)』っていうのはどう?」
「そっか、ダーリンジパング出身だもんね。ふふ、とっても素敵な名前だよ」
「ありがとう」
「どういたしまして。それで、残り17個は?」
「まって理解が追いつかない」
「残り次女から18女までにはどんな名前を付けるの?」
「18人も子供産む気なの!?」
「最低でも20人は居ないと集落とは言えないよ?」
「一つの家族なんだから何十人居ようと集落とは呼ばない」
「でも、子供は沢山作らないと……」
「あまり子供が多すぎるとその世話にかかりきりで二人の時間が無くなるよ」
「えっ、そ、それはイヤだ!!」
「多くても3人ぐらいで良いんじゃないかな」
「そ、そっか…、うん、そうする……」
(よし、これで終身繁殖地獄ルートは避けられた)
「えへへ、ダーリンも私達の将来のこと真剣に考えてくれてるんだね!嬉しいな!」
(その代わりにもっとやばいルートに入ったかもしれない)
「ふふ…、ダーリンやっぱりカッコいいなぁ………♪」
(ハイライトの消えたセイレーンってめっちゃ怖いな。初めて知った)
「あ、そろそろお昼だね、ご飯どうする?」
「うーん、あんまりお腹空いてないからなぁ……。お昼はいらな「あーんにする?口移しにする?」
まってどうするってどうやって食べさせてもらうかの話だったの」
「お昼抜くなんてダメだよ!インキュバスになる前に身体壊しちゃったら大変だもん!」
「俺の身体の心配をしてくれているのなら米と卵以外の食材を調達してくれ」
「でも、ミルクは赤ちゃんできないと出てこないし……」
「なんで米は妥協してるのにそれ以外は自分の身体で賄おうとするの」
「右のおっぱいは子供用、左のおっぱいはダーリン専用だよ!」
「どっちも子供専用だよ」
「あー、将来の話してたら早く結婚したくなってきちゃった!」
「ひえっ」
「ちょっと歌の練習してくるね!船5隻ぐらい沈めたら戻ってくるから!」
「またマーメイド達からお礼の品が大量に届くんだろうな……」
「ただいまー!ね、ね、今日すごい!教団の船も沈められるようになってた!」
「それはすごいな、教団の船は対魔力の加護があるからそう簡単には沈まないのに」
「この調子で行けば最高の『特別な歌』が完成する日も遠くないよね!」
(普通の『特別な歌』でさえ男は気が狂うほど魅了されるって話なのに、
そんな力作聞かせられたら俺どうなるんだろう)
「どうしたのダーリン、青い顔して」
「いや、なんでもない。そういえばさ」
「なにー?」
「なんでそんなに結婚にストイックなの?魔物娘なんだから、本当は一日でも早くシたいはずなのに、
未だにキス以上の事はしてこないし……」
「……確かに、今の私でも、ダーリンを一生私にメロメロにするぐらいの『特別な歌』は歌えると思う。でも、セイレーンの『特別な歌』ってプロポーズなんだよ。一生に一度の歌を捧げて、私は永遠にあなたにもの。あなたは永遠に私のものって誓い合う為の、大事なもの。それを、中途半端な状態で歌いたくない。それは、あなたに対して失礼だと思うから」
「……そっか、ごめん。軽々しくこんな事言って」
「ううん、私が普通のセイレーンと違うだけだから。気にしないで」
「君がそんなに真剣に俺とのことを考えて居たなんて、知らなかった」
「えへへ、実はこれ、お姉ちゃんが言ってたことの受け売りなんだけどね」
「……お姉ちゃん?」
「うん、お姉ちゃ………あれ、お姉ちゃんって……、誰だっけ……?
私に、お姉ちゃんなんて居ない……、でも、じゃあ私に色んなことを教えてくれた、
この人は誰……?分からない。思い出せない……、私の頭の中で微笑む、貴女は誰……?」
「……アストレア!」
「アストレア……?誰、それ……?私、ワタシのこと……?
あれ、私の名前……、お姉ちゃんがいつも呼んでくれた、私の名前……
だから、お姉ちゃんって誰……?」
「ねえ、俺もう疲れちゃったからお昼寝がしたいんだ!
一人じゃ眠れないから、一緒に寝てくれないかな!!」
「……………」
「……………」
「……ふふっ、しょうがないなー♪ダーリンったら私が居ないとダメなんだから
良いよ、一緒に寝てあげる。子守唄も歌ってあげようか?」
「いや、それよりも、ぎゅって抱きしめても良いかな」
「もー、甘えん坊さん♪良いよ、私を抱き枕にして寝たいんだよね」
「ありがとう、それじゃ遠慮なく」ギュッ
「ふふっ、ダーリンの身体、あった、かい………」
「……お休み、アストレア」
……………
………
…
―――嫌ぁ!お姉ちゃん!眼を覚まして、お姉ちゃん!!
―――なんで、何でこんな酷い事するの!?私達はただ、歌で皆を笑顔にしてあげたいだけなのに!
―――やだ、来ないで……、誰か、誰か助けて!!
―――そこの少年、こちらに青い羽の魔物がやってこなかったか?
―――いえ、見ていません。
―――そうか、奴はセイレーンと言ってな、歌で人を惑わせ、船を沈めるという凶悪な魔物だ。
見つけたらすぐに我々教団へ知らせるように、ではな。
―――………
―――……もう、行ったよ。
―――あ、ありがとうございます……。
―――大陸では教団って連中が魔物排斥に熱心だって聞いてたけど、ここまで過激とはなぁ……。
―――あの人達に、私の、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが…!!
―――………
―――返して!お姉ちゃんを、返してよう……!
―――……ごめんな。俺には、ただ傍に居てやる事しかできない……。
―――……どうした?なんでついて来るんだ?
―――……私、お姉ちゃんしか家族が居なくて。それで、里から出た事もあんまりなくて、
ここまでの道も、お姉ちゃん頼りだったから、帰る事もできなくて、その…、
これからどうすれば良いのか、分からないんです………。
―――……乗りかかった船、か。良いよ、ついておいで。どっかの親魔物領まで連れて行くよ。
―――あ、ありがとうございます……!
―――アストレア、これは、何の冗談だ?
―――私には、もう貴方しか居ないんです。他の人間はもちろん、
魔物の皆さんも、怖くてたまらない……、だから、貴方は私の傍に居なきゃダメなんです……。
―――こんなことをさせる為に、君のお姉さんは命を張ったのか?
―――お姉さん……?お姉さんって、誰ですか……?
―――誰って、命懸けで君を守った、君の最愛の姉……、
―――……し、知らない!お姉ちゃんなんて、私は知らない!!
あ、頭が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!
―――アストレア!?しっかりしろ、アストレア!!
…
………
……………
「どうすれば、良かったんだろう。どうすれば、俺はこの子の心を守れたんだろう……」
「でも、俺ができることは変わらない。ただ、傍に居るだけしか、俺にはできない」
「だから、どうか、どうか―」
「すー、すー……」
「―そんなちっぽけなことで、この子の未来が守られますように。」
17/07/06 12:02更新 / アルストロメリア