ある天使のターニング・ポイント
この頃、身体の調子がおかしい。
私は天使だ。
天界に住まわれし神々より人間たちを導くという使命を与えられ、この地上に降り立った。
人々を導く、というのは神の御言葉を伝えたり、或いは地上に蔓延る魔物を退治したり、或いは善き行いをした人間に褒美を与える役割のことだ。
いずれも神々や他の誰かのための奉仕であり、それが天使の存在意義である。
私はこの地上に派遣されてから何年もの間、使命を果たし続けてきた。
私を温かく迎えてくれた教会の人々と歌を謡い祝福を授けたり。
勇者と呼ばれた歴戦の戦士に、神の造られた武具を授けたり。
ある時は、村を襲う巨大なドラゴン相手に単身で応戦して死にもの狂いで撃退したり。
魔物だけじゃなく、悪いことをする人間を懲らしめたことも何度か。
あと、無邪気な子供たちと遊んだりもしたっけ。
どれも楽しい日々であり、誇りある仕事だったと思う。
私は偉大なる神の代弁者で、主神教信者の人々からは尊敬されていて。
だから、“こんなこと”をするなんて、絶対にあってはならない、ハズなのに。
「ん……うっ……」
真夜中、町で最も大きな宿屋の一室に私はいた。
敬虔な主神教信者だった店主が快く泊めてくれたのだ。
畏れよりも、親愛のこもった眼差しで私を迎えてくれた。
そんな優しさと慈愛と信仰心の結晶みたいな場所で、あろうことか、この自分が――
「ァ――っ――!!」
自分の全てが呑み込まれてしまいそうな感覚の波に、思い切りシーツで口元を塞ぐ。
びくびくと体が痙攣する間、くぐもった吐息が自分の頭に反響している気がした。
股の間からは、ねっとりとした粘液が流れ続けて布団を汚している。
堪えきれない快楽と共に、どうして、という疑問が溢れて止まない。
どうして、天使であるはずの自分が、自慰なんかに目覚めてしまったのか。
きっかけはいつだったか、なんてもう覚えていないし知らない。
見当を付けるとすれば、たぶん魔物が人間の姿を象り始めたあたりだったと思う。
魔王がサキュバスへと代替わりし、多くの魔物がその在り方を変えたことは主神様から伝えられていた。
魔物たちは人間たちの命を奪う代わりに精を搾り取り、なんと伴侶として共に暮らすことにしたのだ。人間との共存を望んだこと、それは私たちにとっても衝撃だった。一見すれば世界は平和になったように見えたかもしれない。
でもそれは私たち天使にはけして容認できない、乱れきった在り方だった。
魔物は相変わらず人間を襲うし、殺しはしなくとも無理やり夫にするのだ。
それはもはや強姦に変わりない、許されざる大罪である。
さらに伴侶を得た後も、夫に交尾を強要或いは強要させつづけるのだという。
色に塗れた生活など言語道断。
当然ながら、主神様は魔物への対処は変わらず退治あるのみとされた。
私たちもそれに従って、今まで通り勇者には施しを、迷える人には導きを、魔物には制裁を与えて来た。
それを間違いだと思ったことなんてない。
けれど、少しだけ迷いが生まれたいたことは否定できない。
魔物は思ったよりも悪い性格をしている者は少なくて、それこそ過激派と呼ばれる組織くらいのものだったからだ。
むしろ熱心に愛を求める彼女たちと言葉を交わしたときには、少し共感を覚えてしまったくらいだ。
天使の中には善行を積んだ人物に、文字通り身をもって幸福を与える役割を持つ者もいる。
でも自分がそれを命じられることはなかったから。
そう、その一瞬だけならよかったはずなのに。
たぶん、きっとその時から、ほんの少しの綻びから、私の何かが変わり始めた。
天使は魔物じゃない。
根本的に違う存在なんだから、魔物をちょっと認めたくらいでは何も変わりはしないはず。
だから新しい魔王の影響なんて受けるはずがない。
何度そう言い聞かせても、体の疼きが止まってくれなかった。
気づけば、ソコに手が伸びていた。
今まで一度も触れたことのない場所。
なのに、ただ疼いているというだけでぐっしょりと衣服を濡らしている。
性交なんてしない天使には、こんな機能は必要ない。
人間を模した際に付いてきた勝手に付いてきた副産物だ。
だから私の体の中でも特に不要な器官――そう思っていたのに。
どうしようもなく欲しくなってしまった。
どうすればいいのかすぐに分かってしまった。
まるで生まれた時から刷り込まれていたみたいに、自然に指が秘所に導かれた。
くぷ、と水音に頬を赤らめながら、体の求めるままに中指を挿入し、くいと曲げ。
ただ、それだけでこわくなるくらいの気持ちよさが襲ってきた。
飛んでもいないのに全身が浮いたような感覚がして、頭の中が真っ白になって、体も勝手にびくびくはねてしまって。
そうして、私は初めて自慰というものを体験してしまったのだ。
幸い天使の部屋に勝手に上がるような不届き者はいなかったため、事なきを得たのだが。
思えば、あの時から……いや、最初から私は壊れていたのかもしれない。
だって私は、「もしあの時あられもない自分の姿を見られていたら、どうなっていたのだろう」なんて妄想で、もう何度も慰め続けているのだから。
「ありがとう、てんしさま! おかげでこの町はすくわれました!」
ある町の広場。
小さな少女が無邪気な笑顔を向けて、お礼の言葉を捧げてくれる。
きっと大きくなったら立派な僧侶になるのだろうな、と微笑ましくなった。
間もなく、大人たちが次々と同じような言葉をかけてくれる。
今日は近隣の森に住み着いた魔物を撃退したのだった。
比較的大きな戦いではあったが、それこそ天使歴の長い私にはアサメシマエというものだ。
「いいえ、あなた方の頑張りがあってこそです。これからも町一丸となって結束し、主神様の教えを正しく守ることができれば、必ず町は守られるでしょう」
――一体、どの口が言っているんだ、心の中で自嘲する。
彼等は次々、天使の活躍をありがたがる黄色い歓声を口にしているけれど、私にはそんなことを言われる資格なんてない。
もう何度も主神様を裏切った私には。
今、この時だって、主神様を裏切っている私には。
「てんしさま? どうかしたの?」
「えっ?」
さっきの少女だった。
今、私はどんな顔をしていたのだろう。
「い、いえ、なんでもありません。皆様も、今日は自宅へお帰りなさい。あなたも、家族が待っているのでしょう」
少女がさも不思議そうな視線を向けている。
それこそ、酷い罪悪感が胸の内を突きして、私を責め立てているようだった。
日も落ちて、月の光と純性魔力による外灯だけが光源となった時間。
私は町の隅の路地裏にいた。
密談や裏取引など、かつては犯罪に使われることも多かった場所である。
多かった、というのは、私が町の自警団と協力して、ここでの犯罪者をほぼ全部と言って良いほど捕まえたから。
だから、今は薄暗くて人気の無いだけの細道に過ぎない。
そんな場所にどうしてと聞かれれば、ある好奇心のためと答える他ないだろう。
私は路地の奥、袋小路まで歩を進める。
ここまでくれば、大通りからも簡単には見えない。
外灯の灯りも届かず、月の光も周りの建物に隠される。
人の声はおろか虫の羽音すら聞こえない、完全な無音。
その中で、ただ自分の吐息だけが荒く響いている。
私は、スカートを、少しずつ、たくし上げた。
「っ……」
流れる風がいやに冷たく感じて、代わりに頬が熱くなる。
そう、今の私は、主神様から授かった御召し物を身に付けていなかった。
もっとも人目にさらしてはいけないはずの部分を隠す、人間で言う「下着」。
朝起きてから、昼間魔物を退治しているときも、みんなから感謝の言葉を贈られたときだって。
つう、と、太腿を伝う冷たい感触。
頬があつい。顔があつい。身体があつい。
初めから、私には自慰をするとき、快楽だけではなくもう一つの感情が共にあった。
それは羞恥。
主神様の定められた決まりを破ってしまうなんて。
こんなはしたないことをするなんて。
私なんかが天使を名乗るなんて。
いけないと思っているのに……思うほどに気持よくなってしまう。
恥ずかしい。けれど、気持ちよくなりたい。
胸の中がぐちゃぐちゃに絡まって、もうなにも考えられなくなる。
考えられなくなれば、理性が消えてしまえば。
後は本能が勝手に体を動かしてくれる。
嗚呼――ついに実行してしまった。
今、私の秘所はあられもなく空気にさらされてしまっている。
毛の一つも無い綺麗なワレメが、涎のように愛液を溢れさせながら、ひくひくと疼いている。
糸を引いて零れた愛液は、ぽたりぽたりと石の地面に水たまりを作っている。
普段人間たちが生活する町の中で、清純の化身たる天使が、とんでもなくいやらしいコトをしている。
そう思う余計に興奮して、私の中の理性が欲望に食まれていくのが分かった。
「……あ、はは……」
自然と笑みが零れる。
夜の外気はけして温かくないはずだけど、身体は火が付いたように熱い。
はやく、はやく次に。そう急かすような声が聞こえた。無論私の心の声。
指を、そっとワレメに這わせる。
「っはぁ……」
我慢しきれない喘ぎが、吐息と共に空気に溶けた。
そのまま止められず、淫らな音を立てながら指を動かし続ける。
ベッドに潜りこんでの自慰とは比べ物にならない。
いつもより敏感な秘所が、ずっと大きい快楽を感じている。
「んっ、ごめんなさい、ごめんなさい、しゅしん、さまぁ……」
だめだ、口では謝ってみるけれど、声音から悦びの色を隠しきれない。
むしろ謝罪すら興奮の材料になっている。
これじゃただの変態だ。
変態。変態。変態。
そう、貴女はこんな街中で自慰に耽ってしまう変態。
どこからかそんなふうに言われた気がして、つい復唱してしまう。
「へ、ん……たい……」
そう、私は変態――そう口に出すと、全身に今までとは比べ物にならない快楽が迸る。
立っていられない。
脚を曲げ、少しずつ腰をおとして、しゃがみこんでしまう。
はしたなくも脚を開くその姿は、前から見れば、きっといやらしく腫れたワレメが丸見えだ。
「はぁーっ、はぁーっ……」
まるで発情した犬のような吐息を漏らし、指を挿入――今度は一気に三本。
「ん――っ!」
押し出されるようにどっと蜜が溢れ、石畳の地面を濡らしていく。
三本の指を膣がきゅぅと締め上げ、自分がどれだけ欲しているかを自覚させられる。
指をでたらめに動かしてみるけれど、切なさばかりがたまらなく身を苛む。
どんどん体が飢えて、こんなのじゃ物足りなくなっている。
疼く体を慰めようと、空いた指が勝手に胸をなぞっていた。
揉めるほど大きくはないけれど、かえって感じやすいのかもしれない。
目当ての乳首はとっくに硬くなっていて、服の上からでも分かるくらいに勃っていた。
私の指は衣服の中に潜り込み、敏感になったそれをきゅっと摘まみ上げる。
新たな快楽に全身の感覚がさらに昂っていく。
衝動のまま固まった乳首をこりこりと捏ね、摘まみ、引っ張る。
陰部の刺激も続けたまま、胸も弄って自慰に耽る私はもう完全に痴女だ。
それでも、ここまでやっても飢えが止まらない。
どれだけ強く触っても、全然心が満たされない。
「もっとぉ、もっとほしいよぉ……」
ほとんど無意識に、自分の持ち物を探っていた。
天使には様々な権能が与えられているが、その中には無尽蔵の箱がある。
いわば無制限に物が入り、好きに出すことができる魔法のクローゼット。
熱に浮かされながら空間に手を伸ばして、取り出したのは弓でも剣でもなく。
真っ黒な棒。
人の雄のペニスを模した玩具だった。
いつかの魔物から押収したものだったはずだが、ほとんど無意識に取り出していた。
欲しい。今は偽物でも何でも。
少しだけ躊躇しつつ、玩具を己の股にあてがう。
「〜〜〜ッ!!」
自分の細い指とは比べ物にならないほど太い玩具が、私の体を貫いていく。
本物なんて見たことないが、もしかしたら普通の人間のそれより凶悪なのかもしれない。
それでも。
入るわけない、という理性の叫びが嘘みたいに、私の体はすんなり玩具を受け入れる。
そのまま奥にこつんと当たる感覚がして、思わず嬌声を上げる。
お腹に異物を挿入されているのに慣れなくて、上手く息ができない。
でも、自分が何かに占領されている心地が驚くほど気持ちいい。
玩具をゆっくりと抜き、また入れ、それを繰り返す。
ずぷ、ずぷといった音の間隔がだんだん狭まっていく。
まるで本当に、人間の男に犯されてるみたい。
そんな妄想が、私に在りもしない幻想を叫ばせる。
「もっと、もっと、んぅっ、きて、ください、あぁっ」
無論それに応える者は虚しくも私の腕だ。
少しだけ感じた寂しさを紛らわすように、自慰行為を続けた。
ぐちゅぐちゅと、今までよりずっと大きく淫猥な音を立てながら玩具を前後させる。
より早く、より深く、突き挿入れるたびに身体がおかしくなる。
唐突に限界を提示される感覚。
来る、快楽が限界に近づいて、お腹の熱さが最高潮になって、来る――
「イく、イきます、うぁ、ぁ、あああああああああああ!!」
絶頂を宣言しながら、私の体は盛大に跳ねた。
膣圧で玩具は勝手に抜け落ち、ワレメから潮が噴き出る。
地面を汚し、ずっと大きな水たまりを作り出した。
あたりに充満する、鼻に付く匂い。
私の匂いだってことが本能で感じ取れる。
番となる雄を求める、天使らしからぬ雌の匂いだった。
どんな皮肉だろう。
私が綺麗にしたこの場所を、今度は自分で汚してしまうなんて。
「……あは、あははぁ……」
言い知れぬ背徳感が心地よい。
嗚呼、私はこんなにも堕ちてしまいました。
そんなふうに、主神様に宣言したくなるほど、清々しい。
もう戻れないかもしれない。
いいえ、もう戻りたくないのでしょう。
心を押し殺して来た自覚なんてないけれど、それでも募っていた欲望。
自分の本性がこんなにもいやらしいものだということに、興奮しているのでしょう。
嫌悪感なんて感じることない。だって気持ち良かったんですもの。
ああ――そうだ。
気持ちいい。
それはいいことのはずなのに、どうして今まで我慢していたのか。
もう全部曝け出してしまえば。
そこで。
思考は急速に固まった。
水が魔力で急速に冷やされて氷になるみたいに。
ラミア種に睨まれて石になるという方が適切かもしれない。
先程とは違った意味で頭が真っ白だった。何しろこんなの、初めての体験だったから。
……ずっとまえに、ひとのあしがみえた。
その方向はこちらを向いていて、じっととどまっている。
まるで何かに目を釘付けにされているかのように。
何か、なにかって、一体何に?
そんなの、分かり切ったこと。
「っ―――!!」
なりふり構わずできる限り急いで、全速力で飛んだ。
見られた。
見られた。
見られた。
ぐるぐると思考が渦を巻く。
どうしよう。どうしよう。この町にはもういられない。
あんな街中で、自慰なんかに、近づく人に気付かないほど夢中になっていたなんて。
頭が混乱する。
――服を全部脱いでいなくてよかった/本当に?――
私の痴態を見た彼は、どう思ったんだろう。
やっぱり軽蔑しただろうか。きっとそうに違いない。
誰より忠実に神の教えを守るはずの天使が、その教えを破るなんて。
でも、もう一つの考えが頭をよぎる――決して考えてはならないはずのもの。
――あの人は、私を見て興奮しただろうか?
「っ!!」
そう考えた瞬間、身体に火が付いたように熱くなるのを感じた。
息が乱れる。飛んでなんかいられない。
そのまま、力を失ったように落下する。
先にあったにのは森だった。
地面に激突する寸前、天使の羽は自動で動いて完璧に制御を行う。
なんとか着地できたと思ったけれど、次の瞬間にはうつぶせに倒れ込んでいた。
すぐに立ち上がろうとするけれど、だめ。
身体が熱すぎて、いますぐ弄らなければどうにかなってしまいそう。
「ふぅっ……んはぁ……」
秘所に手を伸ばすと、さっき以上に濡れそぼっていた。
体に付く土埃なんて気にしないまま、体を捩らせて快楽を堪能する。
思い浮かぶのはついぞ見なかった、あの人の顔。
驚いただろうか。怒っただろうか。それとも……
見ておけばよかった――なんでそんな考えに至るのか全く分からない。
また、ぞくりと体に熱いものが流れる感覚がした。
嬉しい。嬉しい……?
自分が欲望のはけ口になるのが……?
人の醜くて浅ましい欲望が、あんなにも嫌いだったはずなのに?
でもどうしようもなく変えられない。
私は、自分に欲情の視線が向けられることが、たまらなく嬉しい。
やがて、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
幾度も絶頂を迎えた体が冷やされていく。
しかし土埃が泥汚れになって、天使の白衣がみるみる汚れてしまう。
体力を使い果たしてしまったのか、何故か動く気にならない。
あっという間に、みすぼらしい少女のできあがり。
ぼんやりと浮遊する思考。
――今の状態で見つかったら、襲われてしまうかもしれない。
魔物ではなく、人にだ。
なんたって、他ならぬ私が、この森の魔物を掃討して、人を歩けるようにしてしまったのだし。
ああ、どうしよう。
私を見つけたのが悪い人で、私に欲情してしまったら。
滅茶苦茶になるまで犯されてしまうのだろうか。
被虐的な妄想が止まらない。
これが、私の本性なの?
そう。貴女は変態だもの。欲の溺れて、快楽に屈して、その姿が一番綺麗。
じゃあ人間よりずっと、私の方がずっと、ずっと。
もちろん、欲望を曝け出すことはとても素晴らしいこと。
変態な貴女は、もっともっと人の役に立てる。
そうでしょう? 人の役に立ちたいのでしょう?
「ええ……だらくしん、さま……♥」
無意識の一言は、天使自身の耳にも届かなかった。
口元をつり上げ小さく笑う私の翼は、少しだけ先が黒ずんでいるように見えた。
私は天使だ。
天界に住まわれし神々より人間たちを導くという使命を与えられ、この地上に降り立った。
人々を導く、というのは神の御言葉を伝えたり、或いは地上に蔓延る魔物を退治したり、或いは善き行いをした人間に褒美を与える役割のことだ。
いずれも神々や他の誰かのための奉仕であり、それが天使の存在意義である。
私はこの地上に派遣されてから何年もの間、使命を果たし続けてきた。
私を温かく迎えてくれた教会の人々と歌を謡い祝福を授けたり。
勇者と呼ばれた歴戦の戦士に、神の造られた武具を授けたり。
ある時は、村を襲う巨大なドラゴン相手に単身で応戦して死にもの狂いで撃退したり。
魔物だけじゃなく、悪いことをする人間を懲らしめたことも何度か。
あと、無邪気な子供たちと遊んだりもしたっけ。
どれも楽しい日々であり、誇りある仕事だったと思う。
私は偉大なる神の代弁者で、主神教信者の人々からは尊敬されていて。
だから、“こんなこと”をするなんて、絶対にあってはならない、ハズなのに。
「ん……うっ……」
真夜中、町で最も大きな宿屋の一室に私はいた。
敬虔な主神教信者だった店主が快く泊めてくれたのだ。
畏れよりも、親愛のこもった眼差しで私を迎えてくれた。
そんな優しさと慈愛と信仰心の結晶みたいな場所で、あろうことか、この自分が――
「ァ――っ――!!」
自分の全てが呑み込まれてしまいそうな感覚の波に、思い切りシーツで口元を塞ぐ。
びくびくと体が痙攣する間、くぐもった吐息が自分の頭に反響している気がした。
股の間からは、ねっとりとした粘液が流れ続けて布団を汚している。
堪えきれない快楽と共に、どうして、という疑問が溢れて止まない。
どうして、天使であるはずの自分が、自慰なんかに目覚めてしまったのか。
きっかけはいつだったか、なんてもう覚えていないし知らない。
見当を付けるとすれば、たぶん魔物が人間の姿を象り始めたあたりだったと思う。
魔王がサキュバスへと代替わりし、多くの魔物がその在り方を変えたことは主神様から伝えられていた。
魔物たちは人間たちの命を奪う代わりに精を搾り取り、なんと伴侶として共に暮らすことにしたのだ。人間との共存を望んだこと、それは私たちにとっても衝撃だった。一見すれば世界は平和になったように見えたかもしれない。
でもそれは私たち天使にはけして容認できない、乱れきった在り方だった。
魔物は相変わらず人間を襲うし、殺しはしなくとも無理やり夫にするのだ。
それはもはや強姦に変わりない、許されざる大罪である。
さらに伴侶を得た後も、夫に交尾を強要或いは強要させつづけるのだという。
色に塗れた生活など言語道断。
当然ながら、主神様は魔物への対処は変わらず退治あるのみとされた。
私たちもそれに従って、今まで通り勇者には施しを、迷える人には導きを、魔物には制裁を与えて来た。
それを間違いだと思ったことなんてない。
けれど、少しだけ迷いが生まれたいたことは否定できない。
魔物は思ったよりも悪い性格をしている者は少なくて、それこそ過激派と呼ばれる組織くらいのものだったからだ。
むしろ熱心に愛を求める彼女たちと言葉を交わしたときには、少し共感を覚えてしまったくらいだ。
天使の中には善行を積んだ人物に、文字通り身をもって幸福を与える役割を持つ者もいる。
でも自分がそれを命じられることはなかったから。
そう、その一瞬だけならよかったはずなのに。
たぶん、きっとその時から、ほんの少しの綻びから、私の何かが変わり始めた。
天使は魔物じゃない。
根本的に違う存在なんだから、魔物をちょっと認めたくらいでは何も変わりはしないはず。
だから新しい魔王の影響なんて受けるはずがない。
何度そう言い聞かせても、体の疼きが止まってくれなかった。
気づけば、ソコに手が伸びていた。
今まで一度も触れたことのない場所。
なのに、ただ疼いているというだけでぐっしょりと衣服を濡らしている。
性交なんてしない天使には、こんな機能は必要ない。
人間を模した際に付いてきた勝手に付いてきた副産物だ。
だから私の体の中でも特に不要な器官――そう思っていたのに。
どうしようもなく欲しくなってしまった。
どうすればいいのかすぐに分かってしまった。
まるで生まれた時から刷り込まれていたみたいに、自然に指が秘所に導かれた。
くぷ、と水音に頬を赤らめながら、体の求めるままに中指を挿入し、くいと曲げ。
ただ、それだけでこわくなるくらいの気持ちよさが襲ってきた。
飛んでもいないのに全身が浮いたような感覚がして、頭の中が真っ白になって、体も勝手にびくびくはねてしまって。
そうして、私は初めて自慰というものを体験してしまったのだ。
幸い天使の部屋に勝手に上がるような不届き者はいなかったため、事なきを得たのだが。
思えば、あの時から……いや、最初から私は壊れていたのかもしれない。
だって私は、「もしあの時あられもない自分の姿を見られていたら、どうなっていたのだろう」なんて妄想で、もう何度も慰め続けているのだから。
「ありがとう、てんしさま! おかげでこの町はすくわれました!」
ある町の広場。
小さな少女が無邪気な笑顔を向けて、お礼の言葉を捧げてくれる。
きっと大きくなったら立派な僧侶になるのだろうな、と微笑ましくなった。
間もなく、大人たちが次々と同じような言葉をかけてくれる。
今日は近隣の森に住み着いた魔物を撃退したのだった。
比較的大きな戦いではあったが、それこそ天使歴の長い私にはアサメシマエというものだ。
「いいえ、あなた方の頑張りがあってこそです。これからも町一丸となって結束し、主神様の教えを正しく守ることができれば、必ず町は守られるでしょう」
――一体、どの口が言っているんだ、心の中で自嘲する。
彼等は次々、天使の活躍をありがたがる黄色い歓声を口にしているけれど、私にはそんなことを言われる資格なんてない。
もう何度も主神様を裏切った私には。
今、この時だって、主神様を裏切っている私には。
「てんしさま? どうかしたの?」
「えっ?」
さっきの少女だった。
今、私はどんな顔をしていたのだろう。
「い、いえ、なんでもありません。皆様も、今日は自宅へお帰りなさい。あなたも、家族が待っているのでしょう」
少女がさも不思議そうな視線を向けている。
それこそ、酷い罪悪感が胸の内を突きして、私を責め立てているようだった。
日も落ちて、月の光と純性魔力による外灯だけが光源となった時間。
私は町の隅の路地裏にいた。
密談や裏取引など、かつては犯罪に使われることも多かった場所である。
多かった、というのは、私が町の自警団と協力して、ここでの犯罪者をほぼ全部と言って良いほど捕まえたから。
だから、今は薄暗くて人気の無いだけの細道に過ぎない。
そんな場所にどうしてと聞かれれば、ある好奇心のためと答える他ないだろう。
私は路地の奥、袋小路まで歩を進める。
ここまでくれば、大通りからも簡単には見えない。
外灯の灯りも届かず、月の光も周りの建物に隠される。
人の声はおろか虫の羽音すら聞こえない、完全な無音。
その中で、ただ自分の吐息だけが荒く響いている。
私は、スカートを、少しずつ、たくし上げた。
「っ……」
流れる風がいやに冷たく感じて、代わりに頬が熱くなる。
そう、今の私は、主神様から授かった御召し物を身に付けていなかった。
もっとも人目にさらしてはいけないはずの部分を隠す、人間で言う「下着」。
朝起きてから、昼間魔物を退治しているときも、みんなから感謝の言葉を贈られたときだって。
つう、と、太腿を伝う冷たい感触。
頬があつい。顔があつい。身体があつい。
初めから、私には自慰をするとき、快楽だけではなくもう一つの感情が共にあった。
それは羞恥。
主神様の定められた決まりを破ってしまうなんて。
こんなはしたないことをするなんて。
私なんかが天使を名乗るなんて。
いけないと思っているのに……思うほどに気持よくなってしまう。
恥ずかしい。けれど、気持ちよくなりたい。
胸の中がぐちゃぐちゃに絡まって、もうなにも考えられなくなる。
考えられなくなれば、理性が消えてしまえば。
後は本能が勝手に体を動かしてくれる。
嗚呼――ついに実行してしまった。
今、私の秘所はあられもなく空気にさらされてしまっている。
毛の一つも無い綺麗なワレメが、涎のように愛液を溢れさせながら、ひくひくと疼いている。
糸を引いて零れた愛液は、ぽたりぽたりと石の地面に水たまりを作っている。
普段人間たちが生活する町の中で、清純の化身たる天使が、とんでもなくいやらしいコトをしている。
そう思う余計に興奮して、私の中の理性が欲望に食まれていくのが分かった。
「……あ、はは……」
自然と笑みが零れる。
夜の外気はけして温かくないはずだけど、身体は火が付いたように熱い。
はやく、はやく次に。そう急かすような声が聞こえた。無論私の心の声。
指を、そっとワレメに這わせる。
「っはぁ……」
我慢しきれない喘ぎが、吐息と共に空気に溶けた。
そのまま止められず、淫らな音を立てながら指を動かし続ける。
ベッドに潜りこんでの自慰とは比べ物にならない。
いつもより敏感な秘所が、ずっと大きい快楽を感じている。
「んっ、ごめんなさい、ごめんなさい、しゅしん、さまぁ……」
だめだ、口では謝ってみるけれど、声音から悦びの色を隠しきれない。
むしろ謝罪すら興奮の材料になっている。
これじゃただの変態だ。
変態。変態。変態。
そう、貴女はこんな街中で自慰に耽ってしまう変態。
どこからかそんなふうに言われた気がして、つい復唱してしまう。
「へ、ん……たい……」
そう、私は変態――そう口に出すと、全身に今までとは比べ物にならない快楽が迸る。
立っていられない。
脚を曲げ、少しずつ腰をおとして、しゃがみこんでしまう。
はしたなくも脚を開くその姿は、前から見れば、きっといやらしく腫れたワレメが丸見えだ。
「はぁーっ、はぁーっ……」
まるで発情した犬のような吐息を漏らし、指を挿入――今度は一気に三本。
「ん――っ!」
押し出されるようにどっと蜜が溢れ、石畳の地面を濡らしていく。
三本の指を膣がきゅぅと締め上げ、自分がどれだけ欲しているかを自覚させられる。
指をでたらめに動かしてみるけれど、切なさばかりがたまらなく身を苛む。
どんどん体が飢えて、こんなのじゃ物足りなくなっている。
疼く体を慰めようと、空いた指が勝手に胸をなぞっていた。
揉めるほど大きくはないけれど、かえって感じやすいのかもしれない。
目当ての乳首はとっくに硬くなっていて、服の上からでも分かるくらいに勃っていた。
私の指は衣服の中に潜り込み、敏感になったそれをきゅっと摘まみ上げる。
新たな快楽に全身の感覚がさらに昂っていく。
衝動のまま固まった乳首をこりこりと捏ね、摘まみ、引っ張る。
陰部の刺激も続けたまま、胸も弄って自慰に耽る私はもう完全に痴女だ。
それでも、ここまでやっても飢えが止まらない。
どれだけ強く触っても、全然心が満たされない。
「もっとぉ、もっとほしいよぉ……」
ほとんど無意識に、自分の持ち物を探っていた。
天使には様々な権能が与えられているが、その中には無尽蔵の箱がある。
いわば無制限に物が入り、好きに出すことができる魔法のクローゼット。
熱に浮かされながら空間に手を伸ばして、取り出したのは弓でも剣でもなく。
真っ黒な棒。
人の雄のペニスを模した玩具だった。
いつかの魔物から押収したものだったはずだが、ほとんど無意識に取り出していた。
欲しい。今は偽物でも何でも。
少しだけ躊躇しつつ、玩具を己の股にあてがう。
「〜〜〜ッ!!」
自分の細い指とは比べ物にならないほど太い玩具が、私の体を貫いていく。
本物なんて見たことないが、もしかしたら普通の人間のそれより凶悪なのかもしれない。
それでも。
入るわけない、という理性の叫びが嘘みたいに、私の体はすんなり玩具を受け入れる。
そのまま奥にこつんと当たる感覚がして、思わず嬌声を上げる。
お腹に異物を挿入されているのに慣れなくて、上手く息ができない。
でも、自分が何かに占領されている心地が驚くほど気持ちいい。
玩具をゆっくりと抜き、また入れ、それを繰り返す。
ずぷ、ずぷといった音の間隔がだんだん狭まっていく。
まるで本当に、人間の男に犯されてるみたい。
そんな妄想が、私に在りもしない幻想を叫ばせる。
「もっと、もっと、んぅっ、きて、ください、あぁっ」
無論それに応える者は虚しくも私の腕だ。
少しだけ感じた寂しさを紛らわすように、自慰行為を続けた。
ぐちゅぐちゅと、今までよりずっと大きく淫猥な音を立てながら玩具を前後させる。
より早く、より深く、突き挿入れるたびに身体がおかしくなる。
唐突に限界を提示される感覚。
来る、快楽が限界に近づいて、お腹の熱さが最高潮になって、来る――
「イく、イきます、うぁ、ぁ、あああああああああああ!!」
絶頂を宣言しながら、私の体は盛大に跳ねた。
膣圧で玩具は勝手に抜け落ち、ワレメから潮が噴き出る。
地面を汚し、ずっと大きな水たまりを作り出した。
あたりに充満する、鼻に付く匂い。
私の匂いだってことが本能で感じ取れる。
番となる雄を求める、天使らしからぬ雌の匂いだった。
どんな皮肉だろう。
私が綺麗にしたこの場所を、今度は自分で汚してしまうなんて。
「……あは、あははぁ……」
言い知れぬ背徳感が心地よい。
嗚呼、私はこんなにも堕ちてしまいました。
そんなふうに、主神様に宣言したくなるほど、清々しい。
もう戻れないかもしれない。
いいえ、もう戻りたくないのでしょう。
心を押し殺して来た自覚なんてないけれど、それでも募っていた欲望。
自分の本性がこんなにもいやらしいものだということに、興奮しているのでしょう。
嫌悪感なんて感じることない。だって気持ち良かったんですもの。
ああ――そうだ。
気持ちいい。
それはいいことのはずなのに、どうして今まで我慢していたのか。
もう全部曝け出してしまえば。
そこで。
思考は急速に固まった。
水が魔力で急速に冷やされて氷になるみたいに。
ラミア種に睨まれて石になるという方が適切かもしれない。
先程とは違った意味で頭が真っ白だった。何しろこんなの、初めての体験だったから。
……ずっとまえに、ひとのあしがみえた。
その方向はこちらを向いていて、じっととどまっている。
まるで何かに目を釘付けにされているかのように。
何か、なにかって、一体何に?
そんなの、分かり切ったこと。
「っ―――!!」
なりふり構わずできる限り急いで、全速力で飛んだ。
見られた。
見られた。
見られた。
ぐるぐると思考が渦を巻く。
どうしよう。どうしよう。この町にはもういられない。
あんな街中で、自慰なんかに、近づく人に気付かないほど夢中になっていたなんて。
頭が混乱する。
――服を全部脱いでいなくてよかった/本当に?――
私の痴態を見た彼は、どう思ったんだろう。
やっぱり軽蔑しただろうか。きっとそうに違いない。
誰より忠実に神の教えを守るはずの天使が、その教えを破るなんて。
でも、もう一つの考えが頭をよぎる――決して考えてはならないはずのもの。
――あの人は、私を見て興奮しただろうか?
「っ!!」
そう考えた瞬間、身体に火が付いたように熱くなるのを感じた。
息が乱れる。飛んでなんかいられない。
そのまま、力を失ったように落下する。
先にあったにのは森だった。
地面に激突する寸前、天使の羽は自動で動いて完璧に制御を行う。
なんとか着地できたと思ったけれど、次の瞬間にはうつぶせに倒れ込んでいた。
すぐに立ち上がろうとするけれど、だめ。
身体が熱すぎて、いますぐ弄らなければどうにかなってしまいそう。
「ふぅっ……んはぁ……」
秘所に手を伸ばすと、さっき以上に濡れそぼっていた。
体に付く土埃なんて気にしないまま、体を捩らせて快楽を堪能する。
思い浮かぶのはついぞ見なかった、あの人の顔。
驚いただろうか。怒っただろうか。それとも……
見ておけばよかった――なんでそんな考えに至るのか全く分からない。
また、ぞくりと体に熱いものが流れる感覚がした。
嬉しい。嬉しい……?
自分が欲望のはけ口になるのが……?
人の醜くて浅ましい欲望が、あんなにも嫌いだったはずなのに?
でもどうしようもなく変えられない。
私は、自分に欲情の視線が向けられることが、たまらなく嬉しい。
やがて、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
幾度も絶頂を迎えた体が冷やされていく。
しかし土埃が泥汚れになって、天使の白衣がみるみる汚れてしまう。
体力を使い果たしてしまったのか、何故か動く気にならない。
あっという間に、みすぼらしい少女のできあがり。
ぼんやりと浮遊する思考。
――今の状態で見つかったら、襲われてしまうかもしれない。
魔物ではなく、人にだ。
なんたって、他ならぬ私が、この森の魔物を掃討して、人を歩けるようにしてしまったのだし。
ああ、どうしよう。
私を見つけたのが悪い人で、私に欲情してしまったら。
滅茶苦茶になるまで犯されてしまうのだろうか。
被虐的な妄想が止まらない。
これが、私の本性なの?
そう。貴女は変態だもの。欲の溺れて、快楽に屈して、その姿が一番綺麗。
じゃあ人間よりずっと、私の方がずっと、ずっと。
もちろん、欲望を曝け出すことはとても素晴らしいこと。
変態な貴女は、もっともっと人の役に立てる。
そうでしょう? 人の役に立ちたいのでしょう?
「ええ……だらくしん、さま……♥」
無意識の一言は、天使自身の耳にも届かなかった。
口元をつり上げ小さく笑う私の翼は、少しだけ先が黒ずんでいるように見えた。
19/02/27 16:18更新 / 青黄緑青