転校生
「俺と、付き合ってくださいっ!!!」
夕暮れの校舎裏で響く男の声。
それは紛れもなく自分の口から発せられたもので、そして気持ちを打ち明け伝えるための言葉。
いわゆる、男女交際を求める『告白』だ。
自分でも驚くくらいに声が出た。心臓は破裂しそうなくらい高鳴り、血の巡りで顔まで熱い。
緊張で汗も吹き出ていることだろう。この瞬間はいつでも何度でも慣れることはない。
勢いよく頭を下げ、相手の顔を見ることができない俺は返答を待っていた。
相手は学校でも可愛い女の子。
それもそのはず、この世では最早知らぬ人などそんなにいないであろう『魔物娘』だ。
容姿は綺麗で、性格も一途で、男を虜にする魅力がある。
そして男性を愛する特性から、一部では彼氏に飢えている印象まであるくらいに。
付き合っている相手のいない魔物娘からすれば、告白してくる男はとても嬉しいことだろう。
すると、相手の女子は・・・
「・・・ごめんなさい。貴方とは付き合えないわ」
俺の告白に拒否の意思を示した。
・―・―・―・―・
「それで、『今回も』ダメだったと」
「・・・・・・・・・おう」
翌朝の教室。ホームルーム前。
自分の机に顔を突っ伏している俺の話を聞いてくれた友人、天村雲雀は静かに結果を予測して話してきた。
昨日のショックが抜けきれていない俺は、やや不機嫌に一言返す。
すでに教室には生徒が集まっており、がやがやと話し声が騒がしい。
その俺の一言は注意していないと聞き逃してしまいそうな声量だった。
しかし、そんな態度でも天村はちゃんと返事をしてくれた。
「お前も懲りねぇよなぁ・・・これで通算何回目の失恋だ?」
「あー、確かもう50回目だっけ?あれじゃん。目標達成してんじゃん」
「まだ48回目だよっ!!それに目標にはしてねぇ!!」
横から茶々を入れてきたのはもう一人の友人、笹森成樹。
天村とは違って少しお調子者なところがあるゲーマー野郎だ。
折角真面目な天村にだけ話してたってのに。この野郎、人が気にしていることを。
・・・そうさ、フラレたのは今回が初めてじゃない。
この世に生まれて16年。俺は『48回』の告白をしてきて、そして見事に全部玉砕しているのさ。
俺が告白する女子はみんな、『他に好きな人がいたり』、『今は恋愛とか興味なかったり』、『運命の出会いを待っていたり』・・・と様々な理由で、人間・魔物娘合わせて全員駄目だった。
でも、48回も回数を重ねて振られているのは、俺にも原因がある・・・と思うけど。
「でもさぁ、ガラシン。その『惚れっぽい』性格。いい加減どうにかした方がいいんじゃね?」
「仕方ないだろ!好きなもんは好きなんだからよ!!」
そう、俺は惚れっぽいんだ。女性をすぐに好きになりすぎるところがある。
勿論誰だっていいとかそんなんじゃない。
軽い男と勘違いされやすいが、俺は全部本気で全部大真面目だ。
ただ・・・その女の子のいい笑顔を見ると、胸を打たれちまうだけだ。
あの顔をもう一度、俺の前で見せて欲しいと思っちまうだけなんだ。
「あー、まあ気持ちは分かる。気持ちに嘘はつけねぇよな」
「ひばりんには生徒会長いるもんなー」
「だっ、あ、あれは違うって言ってんだろっ・・・」
「天村が羨ましいぜ全く・・・あの会長さんといつも一緒にいるんだからよ」
ちなみに彼女いない歴=年齢の俺とは違い、天村には気になる異性がいる。
・・・付き合ってはいないそうだけど、時間の問題だろう。
だってその会長に告白したとき、断られた理由が「私雲雀君専用だから。ごめんなさいね」だったからな。
天村は気付いていない・・・いや気付かないようにしているみたいだけど、ほぼ周知の事実である。
「『幼馴染との恋、ようやく実る』って見出し、いつ出したらいい?」
「止めろ。全力で止めてくれ」
「・・・でも〜?本当は〜?」
「本当に止めろっつてんだろ成樹」ギリギリギリギリ
「いだだだだだ止めてひばりん俺のライフはもう0よ!!」
「ギブ早いなオイ」
俺は新聞部だから、変わったことがあれば新聞記事として広報することができる。
放課後は愛用のカメラを持ってスクープを探しに行くのが日課だ。
学校一の人気者といってもいい生徒会長の話題は、一面を飾るには十分な話題。
生徒会長ファンクラブからは刺されそうだけど、対象は間違いなくこの目の前にいる幸せ者だろうから気にしない。
「まあ、そんなことよりもよ。お前ら聞いたか?今日うちのクラスにも転校生来るってよ?」
「転校生?こんな時期にまた珍しいな」
「しかも超可愛いってよ!いやー楽しみだ!」
「可愛い転校生か・・・それは是非取材してみたいもんだ」
「・・・いやらしい意味で?」
「新しい意味でだよ!そういう新聞は風紀上書けないし、書く気もない!」
「お前、相変わらず真面目だな。・・・なんで彼女できねぇんだか」
「うるさいよ!」
「おーう、お前ら静かにしろー。ホームルーム始めんぞー」
そんなこんなでもう担任の先生が教室に入ってきた。
朝の時間は有限で短い。話の続きはきっと休み時間となるだろう。
最も、その転校生とやらの噂が本当なら、俺の話題はこれっきりになってしまうだろうが。
「今日の欠席は・・・いねぇな。あと、それと転校生来たから。お前ら仲良くな」
担任のいつもと変わらないだるそうな調子で朝の時間が進められる。
が、その一言にはいつもと違う話題が含まれていた。
さらっと流した転校生の説明に思わずスルーしそうになったが、教室が徐々にザワザワし始める。
どうやらあのお調子者が言っていたことは本当だったらしい。
突如、教室の前側の扉が元気よく開かれ、噂の人物が入ってきた。
三箇所に短めに結えられたスリーサイドアップの特徴的な髪型による独特なシルエット。
その明るい金色の髪を勢いよくなびかせ、ステップ混じりで教壇に近づき、あどけない笑顔で口を開いた。
「どーも皆さんおはようございまーす!!!今日から転校してきました!!
『陽向 光(ひむかい ひかり)』16歳!アイドルやってます!よろしくお願いしまーす☆」
「うおおおおおおおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉおぉおおおおおお!?!?!?」
「ええええええぇええええええぇぇえええええぇぇぇぇええええぇぇええ!!!???」
「きゃぁあああああぁぁああああぁああぁあああああぁぁぁぁあぁあぁああ!!!♥♥♥」
「ひゃぁっ!?」
教室内はこれ以上にないくらい盛り上がる。
男子生徒は歓喜の雄叫びを上げ、女子生徒は黄色く甲高い興奮を示していた。
先生は予想ができていたかのような面倒臭そうな顔をしている。
それもそうだろう。彼女はお茶の間で有名なアイドル。
今メキメキと力を伸ばしている期待の超新星。
間違いがなければ『シャイニング系アイドル☆ひかりちゃん』その人だろう。
あんまりアイドルに詳しくない人でも、名前くらいは聞いたことがあるくらいの有名人だ。
例えば俺とか。
「えっ!?せんせーーー!!何で!?何で『ひかりちゃん』ここにいんの!?」
「嘘っ!?本物?本物の『ひかりちゃん』なのーー!?」
「うはっ!!俺生で初めて見たよ!!うわわっ!うわっ!マジかよ!!」
「ゆ、夢でも見てんじゃあねえか・・・!俺たちはっ・・・!」
「めっちゃ可愛い!!テレビより数倍カワイイ!!」
「ほほほほ本物の生アイドルでござるっ!拙者こここ興奮がおさえきききれぬぬぬででd」
「ちくわ大明神」
「本当にこれから一緒に学校生活!?いやーん!!よろしくねー!!」
「意外と背ぇちっちゃいねぇー!!可愛いっ!」
「これも定め・・・運命の導きか」
「アイドルキタ━(゚∀゚)━!美少女キタ━(゚∀゚)━!!」
うん、何人か反応がおかしい奴がいるけれど気にしない方がいい。
うちの学校ではキャラが濃いのなんて当たり前だから。気にしてたらキリがないから。
あと変な一言呟いた奴。誰だ今の。
「なあおい!すげえな!おいガラシン!!アイドルだぜ!?俺ここまでだと思わなかったよ!!」
「あ、ああ。本当に凄い奴が来たな笹森。お前の言ってた通りだ」
「んー?なんだよお前らしくねえなあ!いつもなら飛びつくくらいの可愛い子ちゃんじゃねーか!!」
「いや飛びついたりしないから。飢えてる訳じゃないからな」
「でも反応薄いじゃん?これこそスクープ中のスクープなんだからよ!」
「お、おう。そうなんだけどよ・・・」
最初は驚きながらも元気よく教室中のみんなに笑顔を向ける陽向。
まさしくアイドルの鑑といった百点満点の笑顔だろう。
でも、何故か俺にはその顔にどこか違和感を覚える。
なんと表現すればいいのか分からないが、どこか・・・
「おーう、お前ら落ち着け。騒ぐのは昼休みにしやがれ」
ここで先生からの制止が入る。
騒ぎで忘れそうになるが、今はホームルームの真っ最中なのだ。
ざわつきが少しずつ小さくなっていく。いつもの朝の雰囲気へと戻っていく。
俺は先程感じた違和感を頭の隅に置きながら、その後の先生の話を聞いていた。
・―・―・―・―・
「ねーねー!ひかりちゃんってドコ住んでんのー?」
「それはちょっと教えられないかなー。特定されたら困っちゃうもん☆」
「お仕事ってどう?やっぱり大変?」
「大変だけれど、やりがいあるよー!それに楽しいよ!」
「よかったら、サインもらえないかなっ・・・!!」
「うーん、そういうのはダメって事務所に言われてて・・・今度サイン会に来てくれると嬉しいな☆」
「NEWシングル買ったよー!すっごく良かった!!」
「ありがとー!!これからも応援よろしくね☆」
再び嵐のような騒ぎが始まったのは昼休みだった。
転校生の噂を嗅ぎつけ隣の教室から、さらには別の校舎から上級生たちもが集まってきたのだ。
まあ、人気アイドルが近くにいれば一目見ようと集まるのは必然なわけで。
昼の教室は一つの席を中心にごった返していた。
「やっぱりすげぇ人気だよな、『ひかりちゃん』は」
「いやー、眩しくて俺目が眩んじゃうぜ。明日から眼鏡でもかけてくっかな」
「笹森が眼鏡とか死ぬ程似合わんからやめとけ」
「え、ひどくない?」
俺はというと、その様子を遠目で見ながら笹森と二人で昼飯を食べていた。
笹森は購買のパンにかじりつきながら、俺は自作の弁当を食べながら二人で談笑していた。
天村は生徒会長に呼び出され、生徒会の仕事をしに行ったのでこの場にはいない。
今頃生徒会長の愛情篭った弁当でも食べているだろうな。
「でも流石に本人困ってそうだぜ?助け舟出したらカッコ良くねぇかな!?」
「男女諸共お前をタコ殴りにして終わりだろうな。笹森、あいつはいい奴だったよ・・・」
「勝手に殺すんじゃねぇよ!あーでも仲良くなれねぇかなー!
そうだ!お前新聞部なんだから取材にかこつけて声かけてこいよ!」
「新聞を私利私欲のために使うわけ無いだろう。そのうち取材はするつもりだが、今は時期じゃない」
俺の新聞に対するモットーは『真実を誠実に』だ。
軽い気持ちで相手に踏み込んだら失礼に値する。
それに、今行ったところで相手にはされないだろう。
彼女の取材は1、2ヶ月経ってからが妥当といったところか。
「ンモー!頭カッチカチの真面目さんめこの野郎!そんなんだと将来ハゲるぞ!」
「うっせ。先のことなんて誰にもわかんねえよ。別にハゲても気にしなきゃいい」
「・・・ガラシン。お前、本当に真面目だよな」
「自分ではそうは思っていないんだけどな。・・・おっ、陽向どっか行くみたいだぞ」
「何!?ひかりちゃんを追いかけるぞ!ガラシン!」
「馬鹿言うな。多分トイレとかだろ。周りの奴も付いてってねぇよ。大人しく座って待っとけ」
「アイドルはトイレなんてしません!常識的に考えて!」
「お前はアイドルをなんだと思ってるんだ」
笹森、お前ゲームだけじゃなくてアイドルオタなとこもあったんだな。初めて知ったよ。
大丈夫だ。お前がどんな奴でも俺と天村は友達だからな。多分。
「ガラシン、なんだその生易しい目は!やめて!そんな目で俺を見ないで!」
「どんな目だ。ん・・・俺もトイレ行ってくるかな」
「ハッ!まさかひかりちゃん追いかけて抜けがけしようってんじゃねーだろうな!
ここは通さねぇぞ!通りたくば俺を倒してから」
「掴むな離せ!アイドルはトイレ行かねぇって言ったのお前だろうが!」ゴスッ
「ナムサンッ!」グハッ!
・―・―・―・―・
うちの教室からトイレは微妙に位置が悪く、少し離れている。
正確に言えば、俺が使っているトイレの位置が教室から少し遠いところにあるのだ。
魔物娘が世間に広まってから数十年。様々なものが多様化しはじめ、どの種族でも対応できるような作りのものが多くなってきている。
他種族用にとトイレ一つでも広く作られていたりする。中にはちょっとアレな声が響く個室もあるのでたまったもんじゃない。
そんな中でも人間用に作られているところもきちんとあり、俺はそっちの方が落ち着くのさ。
「教室戻ったら次の授業の準備しとかねぇと。流石に落ち着いているよな」
昼休みももうすぐ終わるため、教室もまた元通りだろう。
そんなことを考えつつ用を済ませて教室へと歩いていた。その時だった。
「うおぉっ!?」
「きゃぁっ!?」
廊下の曲がり角で誰かにぶつかった。
俺は一瞬柔らかい感触を感じながらそのまま後ろにひっくり返り、情けなく尻餅をつく。
声からして女の子だ。これはまずい、と上体をすぐに起こした。
声がした方を見るとそこには綺麗な黒髪の女の子が俺と同じように尻餅をついていた。
前髪が長く目元が隠れているが、その隙間から見える赤い瞳がとても印象的で。
立ち上がるのを忘れるくらいには見とれてしまっていた。
「いたたた・・・」
「あ、だ、大丈夫か?ごめんな、怪我はないか?」
「は、はい。だいじょう、ぶ・・・です・・・・・・」
すぐさま立ち上がって手を差し伸べる。
女の子は少し驚いたようだったが、びくびくしながらも手を取ってくれた。
黒い髪とは反対に、肌は色白。透き通るような白さで、傷つけるのが怖くなるくらい陶器のような肌である。
「よいしょっ・・・」
「ぅおっ・・・!?」
女の子が立ち上がると、その背の高さに驚いた。
背は低い方ではない俺よりも大きい。女性にしてはかなりの長身だった。
そして、でかい。身長だけでなく、何というか、どこというか。
その全体を一言でいうならむちむちぷりんという言葉がしっくりくる。
・・・さっきぶつかった時、少し触ってしまったんじゃないだろうか。
「あ、あの・・・そんなに見られると、恥ずかしい、です・・・」
「っ!ご、ごめん!じゃあ俺はこれで!」
「あっ・・・」
女の子の手を握ったまま全体を眺めている自分がいることに、そこで初めて気がついた。
俺は恥ずかしさから慌てて手を離し、逃げるようにその場から走る。
一体何をやっているんだ、俺は。失礼すぎるだろうが。
あんなにジロジロと初対面の女子の身体を見て・・・
しかし、あんなに大きい女子・・・うちの学校にいたっけか?
キーンコーンカーンコーン
ここでチャイムが鳴った。昼休みももう終わりだ。
俺は急いで教室へ戻り、午後の授業へと頭を切り替えていた。
「・・・少し、触られちゃった。まだ、ドキドキ、してる・・・・・・あの人、確か・・・」
・―・―・―・―・
放課後、俺は重い足取りで家へと向かっていた。
午後の授業が終わった後、カメラを片手にスクープを探して。
そのついでに昼休みにあった女の子にもう一度会って謝ろうと学校中を歩き回ったのだが、結局スクープも女の子も見つからなかった。
放課後まで教室が騒がしかったし、今日は無性に疲れた・・・
まあ一番疲れたのは当事者である陽向だろうけれど。
彼女、授業の後は仕事だとか周りに集まっていた奴らには言ってたな。
アイドルってのは大変だな・・・
『私のNEWシングル!【Secret Love】!みんなー!よろしくねっ☆』
突然、どこからか陽向の声が聞こえてきた。
それは幻聴なんかじゃなく、CDショップの前を通りかかったからだった。
新曲の宣伝に勤しむ録音された彼女の声が大通りに響き渡っている。
「アイドルか・・・」
今までそれ程興味がなかったが、いざ本物を前にして少し思うところがあった俺は、CDの近くに置いてあった雑誌を手に取った。
音楽系雑誌の表紙にはアイドルの『ひかりちゃん』が飾られている。
中身も案の定、彼女の特集が事細かに書かれていた。
「・・・ん?」
その中でもいくつかの写真に目がついた。『ひかりちゃん』の写真集の一部だ。
見るだけで人を元気にさせるような、眩しい笑顔が写っていた。
こんな笑顔を間近で見たら、思わずドキッとしてしまうことだろう。
ここでふと、今日の陽向の様子を思い出す。誰に対しても、明るい笑顔を振りまいていた。
近くに来ていたクラスメートやファンにも、嫌な顔ひとつ見せずにずっと対応していた。
今日一日の陽向の笑顔とこの写真の『ひかりちゃん』の笑顔。どこを見ても同じにしか見えない。
だが俺には、彼女のあの笑顔とこの写真の笑顔が、どこか重ならないような気がした。
そして、一度気になり出すと、俺はいてもたってもいられなくなっていた。
「・・・こうやって皆アイドルにハマっていくのかね」
笹森のこと、これじゃあ何も言えないな。
何だかんだ言って、俺も彼女のこと一日中見ていたんだから。
明日、陽向に会ったらちょっと聞いてみよう。
苦笑いを浮かべながら、俺は彼女にこのことをどう伝えるべきかを考えていた。
・―・―・―・―・
俺は翌日、朝一番に学校へ来ていた。
陽向とどうやって話をするか、それを考えているとあまり眠れなかった。
だからといって早く来たところで、何の意味もないんだけども。
折角だから教室に荷物を置いてから、部室で写真の整理でもしているか・・・
そう思いながら、一つあくびをしつつ教室の扉を開けた。
「ふあぁ・・・・・・・・・えっ」
「・・・・・・・・・ひゃぁっ!?」
中には先客がいたようで、眠気まなこをこすりながらピントを合わせると、そこには着替え中であろう半裸の女子がいた。
ピシャァァン!!!
全力で扉を閉めた。
もしやこれは夢で、寝ぼけて見間違えたのかと思った。見えちゃいけないもんが見えた。
いやいや、日本語がおかしい。夢で寝ぼけるってなんだ。あれ、おかしいかな?
OK、一旦落ち着こう。深呼吸して、扉をノックしてみて、それからだ。
コンコンコン・・・
「は、入っても、いいか?」
「へ!?え、うん!いいよ!もう大丈夫!」
中から聞こえる女子の声。やはり見間違いなんかじゃなかった。
声の主も少し恥ずかしさを取り繕うように元気に返事をする。
・・・というより、この声、まさか・・・
恐る恐る扉を開けると、そこに立っていたのは。
「おっ、おはよう!ず、随分早いんだね!///」
「あれ?あ、ああ、おはよう・・・陽向」
昨日からの噂の人物。陽向だった。
ここでふと疑問に思う。アイドルが何故こんな時間に、というのもあるが。
さっき俺が見た女子は、黒髪の・・・そう、昨日昼休みにぶつかってしまった、あの女の子のような気がしたんだけれども。
教室を見る限り、中にいるのは陽向一人。他の生徒がいる様子はない。
「えーっと、確か・・・ごめん、昨日名前聞いてなかったよね!あたしは陽向 光・・・って知ってるよね!自己紹介したもんねっ!///」
「お、俺は五十嵐・・・『五十嵐 慎(いがらし しん)』だ」
陽向も少しテンパっているようだ。無理もない。
昨日あったばかりの同級生に恥ずかしいところを見られたら、誰だって動揺するに決まっている。
俺だって、どんな顔して向かい合えばいいか分からない。
「い、五十嵐くん!よろしくね!それで、その・・・見た?」
「な、何を?」
「えっ?・・・あれっ、あの、その・・・・・・そう、下着・・・・・・とか?///」
「み、見てない!見てないぞ、うん。一瞬だったし、なんか見間違えた?みたいだし・・・」
「そ、そうなんだ・・・あっ、そうだ!き、昨日はありがとね!その・・・えと・・・」
「昨日・・・?俺何かしたっけ?」
「へっ?何って・・・あっ、ううん!ごめん!勘違いだった!あはははは・・・」
訂正、大分テンパっているらしい。
現に、俺は陽向の下着姿は見てないし、お礼を言われるようなこともしていない。
今日初めて接点を持ったくらいなんだから、やはり相当恥ずかしかったらしい。
陽向は顔を赤くしたり暗くしたり、めまぐるしく変化する。
罪悪感が頭の中を支配していく。やってしまったと、胸の奥が苦しくなる。
「・・・本当にごめんな。まさか着替え中の奴がいると思わなくてさ」
「ううん!こっちこそ、教室で着替えててごめんね・・・で、できれば、誰にも言わないで欲しい・・・
けど・・・」
「いや、バレたら俺の命が危ないから。絶対言えないよそりゃ・・・」
アイドルの生着替えシーンなんて普通見たくても見られない。
おそらくバレたらこの学校の全男子生徒から袋叩きにあうんじゃないかな。
特に笹森からは格闘ゲームの永久コンボ技のような突っかかり方をされるのが目に見える。
面倒くさいのはごめんだ。
「ほ、本当に言わない?」
「言わない。俺は、約束は絶対守る男だと自負しているつもりだ」
「・・・そっか。なら安心だね?」クス
陽向の顔から笑みがこぼれた。
少し顔を赤くしたその微笑みに、ドキリと胸が高鳴る。
こういうちょっとした表情の変化も、陽向の魅力なのだろう。
アイドルとして陽向が人気になる理由が少し分かった気がした。
しかし、彼女はすぐに困った顔になる。
「でも、一方的に約束させるのは悪いよー・・・」
「別にいいんだけど・・・律儀なんだな、陽向って」
「そ、そんなことないよー☆///」
「うーん・・・そうだ。それなら一つ、お願いしたいことがある」
「へぅっ?」
・―・―・―・―・
「おいガラシン。昼飯食おうぜー」
「おー、悪いけど今日は先約があるんだ。ごめんな」
昼休み、笹森からいつものように声をかけられる。
だけど今日は大事な約束があるのだ。笹森には少しだけ申し訳ないと思う。
今日だけだろうから一人で飯を食ってくれ。
ちなみに天村はすでに生徒会長に連れられてどっか行った。精が出ますね。
「あぁん?珍しいじゃん。新聞部絡みで何かあったのか?」
「別にそれとは違う。個人的な用事だ」
「ふーん・・・あれ?ひかりちゃんもいつの間にかいねぇ!?」
「それじゃ俺も行くから。また5限目にな」
「んん?おう・・・・・・・・・いやいや待て!待ってくれ!一人飯とか寂しいだろぉ?
だから俺もその用事とやらを手伝ってやるよ〜。仕方ねぇな〜・・・
ってもういねぇし!!」
・―・―・―・―・
「あー、風が気持ちーな〜・・・」
「そ、そうだねっ・・・・・・」
友人との飯を断り、俺は屋上にいた。
それも一人ではない。あの陽向と一緒にだ。
俺は朝に『今日の昼休みに少し二人で話がしたい』という約束をしたのだ。
朝のあの時間帯では部活の朝練で教室に来る奴もいるだろうと、人目を気にした結果だった。
それにしても、あのアイドルが隣にいる、と意識してしまうと緊張してしまう。
「今日はいい天気ですね」と並ぶくらい使い古されているだろう話題を陽向に振り、心を落ち着かせようとしていた。
「い、五十嵐くん。それで、話って?」
「あー、それな・・・ちょっと聞きたいことがあってな」
陽向は不思議そうな顔をしていた。
そりゃそうだろう。昨日あったばかりで今日初めて話した相手に二人っきりで聞きたいことがあるなんて、不思議どころか不審に思っても仕方ない。
本当はもっと日を置いて、彼女がクラスに馴染んでから聞いた方がいいんだろう。
でも、何だかそれでは俺は遅いような、そんな気がしてならなかった。
「なあ陽向。この学校ってどうだ?」
「えっ?ど、どうって言われても・・・まだ二日目だよ?そんなの分かんないよ」
「まあ、そっか。そうだよな。じゃああれだ。上手くやってけそうとか、頑張れそうとか。
不安はあると思うけど、そんなこと考えたか?」
「うーん、皆いい人ばかりだと思うし、楽しくしたいなって思ってる。
でも何でわざわざそんなこと聞くの?先生みたいだね五十嵐くん☆」
陽向の反応は最もだ。
俺をおかしな奴とでも受け取っているのだろう。
でも、ここからが本題で。俺の聞きたいことだった。
「じゃあさ、何でそんなに辛そうな顔しているんだ?」
「・・・えっ」
俺は昨日、陽向の笑顔に違和感を持っていた。
雑誌を見比べてから、その違いがよく分かったんだ。
正直、アイドルの事情とかそのへんはよく分からない。
でも、雑誌の写真に写っていた陽向は、心からの笑顔だった。
アイドルを本気で楽しんでいる、魅力のある顔だった。
だが学校では、どこか作ったような。顔だけ笑っているような、そんな表情だと思った。
それだけじゃなくて。
「や、やだなーもう☆ 辛い顔なんてしてないよー!だって、アイドルだもん☆」
「無理に笑わなくたって、いいんだぞ」
「・・・っ!」
「ここは学校で、仕事じゃない。誰も笑顔でいなくても、心配する奴はいても責める奴なんていない」
「そ、そんなこと・・・」
「分かっているなら、何で隠すんだ?陽向。何でそんなに苦しそうなの隠すんだよ。
昨日雑誌見たけど、自然に笑ってたじゃないか。楽しそうだった」
「あ、ありがとうね☆ 雑誌見てくれて。
五十嵐くんもこの『ひかりちゃん』のファンになったのかな〜?」
「俺は!!『陽向』に聞いてんだよっ!!」
「・・・ぅ、ぁっ」
つい、声を荒げてしまう。
どうにも逃げようとしている、言い訳を並べている陽向に。俺は思わず怒気を込めてしまう。
口に出してからハッと気がついた。
そこから急激に、氷水の滝に打たれたかのような衝撃で頭が冷える。
「わ、悪い。怒鳴るつもりはなかった」
「・・・・・・・・・」
「・・・冷静に考えてみりゃおかしな話だ。今日あった奴にこんなこと言われて。
話せるわけないよな。アイドルだって、大変なんだろうから。俺ごときが分かるはずもない理由、いっぱいあるよな」
「・・・・・・五十嵐くん」
「すまない。今日の話は忘れてくれ。変なこと言って悪かった。それじゃそろそろ」
「五十嵐くん!!」
今度は、陽向から大声が出た。
明るいアイドルに似つかわしくない、必死な声で。
目の前の女の子は、俺の名前を呼んだ。
そして彼女は、静かに胸の内を語ってくれた。
「自分だけ言いたいことだけ言って、ずるいよ・・・本当にずるいよっ・・・」
「陽向・・・」
「私ね、前の学校。少し辛かったんだ。だからこの学校に転校してきたの。
あっ別にね!いじめとか受けてた訳じゃないんだけど、クラスメイトも先生もいい人ばかりでね!
優しくしてくれるの。 『アイドルのあたし』を」
「・・・・・・」
「皆、見ているのはアイドルのひかりちゃんの姿で・・・
本当の『私』を見てくれる人、ここでもいないんだなって。
私のこと、分かってくれる人は勿論いるよ!けど、学校とかにはいなくて・・・
アイドルだもん。仕方ないって、当たり前だって・・・諦めてた」
話を聞いて、腑に落ちた。
周りが特別扱いしているのだから、それに応えなくてはならない責務が、彼女を悩ませていた。
だから、それに合わせるように笑顔を向けていたが、心から笑えなかったんだろう。
いくらアイドルだって年相応の女の子なのだ。
普通にはしゃいで、普通に過ごして、普通に誰かとおしゃべりがしたい。
それが彼女の、普通の願いだった。
「アイドルの道は、自分で選んだ道だから。後悔はないよ!でも、やっぱり寂しくて・・・」
「じゃあさ、友達になろう」
「えっ・・・」
俺は、そんな女の子の願いを。叫びを。
無視するなんてできなかった。
「悩みがあったら聞く。愚痴でもなんでも、好きなことを話す。何かあったら助けてもらう。
アイドルだろうと皇帝陛下だろうと、そんな友達くらいはいるさ」
「とも、だち・・・」
「おう!ああ、でも本当は女の子の友達の方がいいよなぁ・・・流石に性別までは変えらんないし、あんまり最近の女の子の話とか分かんないけど・・・」
「わたしの、ともだち・・・」
「あー、やっぱ、駄目かな。俺なんかじゃ」
「うう、うぁ・・・・・・」
陽向の声は震えていた。声だけではない、体も、触れば崩れてしまいそうだった。
そして、綺麗な青い瞳から少しずつ、零れるように涙を落としていた。
少なくともアイドルがする笑顔はなく、一人の少女の顔があった。
だが、俺にその変化を察する余裕はない。女の子に目の前で泣かれたのだ。
そして、泣かせたのは間違いなく俺が原因だ。全身から嫌な汗が吹き出る。
告白した子には思わず泣いて謝る子もいたっけ、と泣いている女性にある種のトラウマを持っている俺にとって、この状況は一刻も早く改善したかった。
「ま、待って、陽向!泣かないでくれ!そんなに嫌だったか!?」
「ち、違うの・・・ひっく・・・私、嬉しいの・・・・・・えうぅ・・・」
「う、嬉しい・・・?」
「ちゃんと、『私』を見て、ともっ、友達に、なってくれるって・・・
うぇぇええぇえええぇぇぇぇえぇぇぇぇえぇぇぇぇえぇぇえぇぇん・・・」
「お、落ち着け陽向ーーー!!」
・―・―・―・―・
「うう・・・五十嵐くんのご飯、おいひい・・・」
「泣くのか食べるのかどっちかにしてくれ」
しばらくの間、泣いている陽向を宥めるためにあの手この手で一人あたふたしていた俺は、泣きながら突如鳴った彼女のお腹の音をきっかけに、自分の手作り弁当を見せることで少し気をそらし、落ち着かせることに成功した。
まるで泣きじゃくる子供をあやす親のようだ。学生の身であるが、親の気分を早々に味わってしまったと思う。
「お口に合ったのなら幸いだよ。手を抜かずに作っているかいがあった」
「えっ、これ五十嵐くんの手作りなのっ!?じょ、女子力高いっ・・・!」
「女子力て」
自分でできることはなるべく自分で、と毎朝弁当と朝食は用意しているだけです。
それを女子力と表現されるのは、男子生徒の俺にとっては複雑な気持ちにしかならなかった。
すると、いつの間にか弁当の中身は空になっている。
陽向が全部食べてしまったようだ。陽向もぱくぱくと食べきってしまって恥ずかしいのか、顔を赤らめている。意外と食いしん坊なのね。
少なくとも、これで俺の昼飯抜きが確定したのは間違いない。
陽向は開き直ったように立ち上がって背伸びをすると、こちらに向き直った。
「泣いてスッキリしたし、お腹もいっぱい!色々とご迷惑をおかけしました!☆」
「泣かせたのは俺だしね・・・お詫びになったんならいいよ」
「おかげで元気が出たよっ!ありがとう!それと・・・」
彼女は俺の目の前に手を出した。
その差し出された手を、俺はしっかりと握る。
小さくて勢いのある、ぷにぷにの手だ。
「これから、よろしくねっ☆ 『友達』の五十嵐くん!」
「・・・こちらこそ、よろしくお願いします、と。陽向、さん」
「むー、今まで呼び捨てだったんだから、今更さん付けしないでよー☆」
「いや、なんとなくな」
二人で握手を交わす。奇妙な男女の友情の握手。
まさか、些細なきっかけでこんなことになるとは思わなかったけれど、後悔はなかった。
なんてことはない。転校生の女の子と仲良くなっただけだ。
どこにでもある青春の1ページ。ちょっとした日常の小さな変化。
キーンコーンカーンコーン
ここで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。屋上から教室までは、距離がある。
急に現実に引き戻されたような感覚に陥るが、そんなこと考えてる場合じゃない。
「やべっ、陽向!昼休み終わっちまった!」
「よしっ、早く一緒に教室に戻ろっ!手でも繋ぐ?」
「馬鹿言え!そんなの見つかった日には、俺はクラスメイトから袋叩きだ!時間差で戻るぞ!」
「えぇー、気にしなくてもいいのに・・・・・・そうだ!五十嵐くんお昼食べてないよね!?」
「ああ、誰かさんが弁当全部食べちゃったからな!」
「あぅ・・・それじゃ放課後!どっか食べ行こっ!あたしの奢り!今日は仕事とかないから☆」
「それで手を打とう!そら急ぐぞ!」
「うん!」
くだらない会話でさえ楽しい。それが友達。
相手はアイドルで、女友達なんてはじめてだけど、そんなことは関係ない。
今日、友達がまた一人増えたことが、俺は素直に嬉しかった。
これからまた、賑やかになっていくのだろう。
新聞の記事にはできないが、俺はこれからの生活が、楽しみで仕方なかった。
・―・―・―・―・
彼と別れて、廊下を走る。
時間差で教室に来るみたいだけど、間違いなく遅刻してしまうだろう。
少しでも遅れないためにも、私はなるべく早く教室に戻る。
ドキドキと、胸が高鳴る。
走っているせいもあるだろう。
でも、それだけじゃない。
原因は分かっていた。これはごまかす必要も、隠す必要もない、私の感情。
こんな偽りの私に、真っ直ぐにぶつかってきた彼に。初めて。
本当のことを、全部は話せていない彼に。どうしようもなく。
「・・・えへへ!///」
私は、彼に『恋』をしたんだ。
15/10/07 23:26更新 / 群青さん
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