初めての気持ち。初めての思い
店兼家のドアが開き、入って来たのは知り合いの刑部狸。剣の出来を鑑定するように凝視して数本手に取ると、すぐさま机の上に置き、
「これは剣の代金ね」
背負っている箱を下ろし、中からお金を‥小さな袋に分けて、剣の隣に置いてから、1本つづ丁寧に箱の中に入れていく。それから‥店の中を隅々を見るように頭を動かして、ある一点を見詰め、暫く考えるように唸り声を上げて………
「そだ。この短剣借りていい?」
軽く頷くと顔は喜色に変わり、ニシシシと笑い声を漏らしている。
「新しい商売。新しい顧客を思い付いた。んじゃ、善は急げってね♪♪近い内にこの短剣を返しに来るから、その時は新しい注文をいれるね」
入れていた剣の他に、色々な物が沢山入っている箱を難なく背負い、上機嫌で柔やかな顔で手を振っている。私がお金の入った袋を片付けていると、途端に口許だけをニヤリと歪ませていた。帰る時は必ずあの顔。だから、これはきっとジパング流の挨拶なんだと思う。
刑部狸が出ていくと私はそのお金を持って、材料を‥質の良い鉱石を買いに知り合いのドワーフの所に行き、残ったお金で食料を買い、また剣を作る。私はこの日常を送り続けていた。でも……
それから数日が経ち…。ドワーフや刑部狸とは違う、人間‥均整のとれた顔の青年が訪ねてきて、家の場所は刑部狸から聞いたと言ってる。そして、お金の入った皮袋を机の上に置き‥刑部狸が置くお金とは違い、重みのある音が聞こえた。
「これで剣の製作を依頼したい」
青年の口から出た一言。私は袋の中に手を入れて、刑部狸が支払う金額の1本分を手に取ってから、皮袋を青年に向かって押し返せば、青年の顔からは思慮の色が濃くなっていく。
「このお金は悪いことをして貯めたお金じゃない。剣を作ってほしいから貯めたお金なんだ。だから‥作ってもらう対価として受け取ってほしい」
誠意のある懸命な目と顔。私はこれほどのお金は要らないから、首を横に振ると、青年は口をつぐみ、顔は更に思慮に深く染まっていき‥
「わかった。なら‥金額は言い値でいい。でも‥引かれている分の、適正価格分の手伝いをさせてほしい」
私が頷くと青年は手を出し、私もその手を取って固く握手を交わした後、必要な鉱石を‥ドワーフの鉱山で別けて貰おうと考え、これから取り行く用意をしようとふと外を見ると‥窓から朱色の光が射している。
今から取りに行けば着くのは夜‥。ドワーフも眠っている。迷惑だと思い、明日に出直そうと結論を出して、今日は店を閉じて奥に行くと青年も後をついてきた。
「料理を作るから、そこに座っていて」
青年が作る料理に期待して、隣に立ってずっと見ていた。
「こう見えても、冒険をしているから、夜営も馴れている。だから料理の腕も期待してほしい。それに‥こっちから言った以上、半端な事はしない。約束する」
真剣な眼差しで言い切り、食料を入れている場所を指で示すと、献立を決めていくように呟いていき、ナイフを片手に手際よく下拵えをして、時間を追う毎に次々と出来上がっていく料理に舌を巻いた。
「召し上がれ」
テーブルの上には作ったことがない料理が並び、部屋中は良い香りで満ち溢れている。
「いただきます」
青年が見詰めている中、一つの料理に手をつけ、
「おいしい」
思わず声が漏れた。
「本当は‥味付けの好みが違ったらどうしようとか、不安が多かったけど‥喜んで貰えて本当に嬉しい」
明るい笑顔で喜ばれて、心の中にゆっくりと感じたことがない気持が広がっていくのを感じる‥。なんだろう‥この気持ち‥。不思議と暖かい。
もっと感じていたいから少しの間、胸に手を当て目を閉じて……そして、青年の視線を感じて視線を合わせると、驚くように目を見開いた後、顔を赤くしたまま視線を下に向けて、頬を指で軽く掻いて、何かに気がついたような表情に変え、
「いただきます」
挨拶と共に青年も夕食を口に運んでいく。
刑部狸やドワーフと一緒に食事をすることはある。近況や世間話。2人は話して私は聞いているだけ。その時とは違い青年は何も話していない。それなのに‥この青年と食べる食事は不思議と心地良さと温かさを感じる‥。
「「ごちそうさまでした」」
挨拶を交わし、青年が洗い物をしている間にも夜は深くなっていき、空いた時間で明日の予定を組んでいる内に‥自然とウトウトしてしまい青年に起こされたらしい‥。頭が覚めていないから何を言っているか全く分からない。適当に頷いて、青年を抱えて、そのままベッドに入り、暖かさを‥温もりを感じて目を閉じていく‥。
この状況。本当にどうすればいいのか解決の糸口が全く見えない。
頬杖をついて寝ていたから、「風邪を引くから、ベッドに入って眠って下さい」と言って身体を揺らしていたら、トロンとした目を開けて、頷いた後‥何故か両手を背中に回されて、そのままベッドへ……。
サイクロプスは表情の変化が乏しいから考えが読みにくい。そう聞いていた。でも‥夕ごはんを食べていたあの顔は確かに綻び、嬉しそうだったから、つい見惚れてしまい……それに‥目をトロンしていた表情も……
鍛冶屋を営んでいるといっても女の子なんだな‥。と認識を改めると同時に、顔から目線を下に、衣服で寄せられている胸を、谷間をつい見てしまい、生唾を飲む音に反射的に素直に反応するように、身体のごく一点が熱を持ち始め、強い存在感を主張してくる‥。
この距離感、寝ていることも含めて、無許可で女の子の身体を‥柔らかさを確かめるように触れるのはよくない。これは分かっている。でも‥このままだといつか抑えが利かなくなりそうだ。精神衛生上‥もとい理性を保つためにここから抜け出そうと……上だと多分引っ掛かる。ただでさえ下半身は密着に近いのに、服越しとはいえ当たり、触れてしまえてしまえば本当に抑えがより利かなくなりそうだ。なら下?
覚悟を決めて、手と身体の合間を縫うようにもぞもぞと動き……指が襟元に引っ掛かった‥。でも…取ろうと頭を動かせば胸に顔を埋める位置‥。
理性の糸が細く、切れかけていくのと同時に『寝ているなら』と悪魔(?)の囁きが欲望の背中をゆっくりと押していく‥。併せるように身体のただ一点は収まりを忘れて限界まで膨らみ、苦しいから解放してほしいとも言っているように感じる。
生唾を飲む音。それに心臓がより激しく動いている音も聞こえる。
…………
葛藤に葛藤を重ねて、結局の所。そのまま強引に身体を反転させて、サイクロプスに背中を向けて目を閉じて‥ゆっくりと呼吸をして、心の中でシーワープの数を無心になるまで数えていき、時々腹を撫でる手が中断させる。今夜は眠れるのだろうか‥?疑問と欲望と理性が頭の中を埋め尽くしていく。
朝の光で目を覚まし、最初に映ったのは青年の頭。夢現の記憶を遡ると青年を抱えて眠りについた気がする。手を離し、青年を起こさないようにベッドから出て、向かい合うように、起きるまで寝息を立てている顔を眺め続け……起きたら起きたで、すぐにあたふたとなり、その顔は既に真っ赤に染まりきっていた。
見ていて本当に面白い。
起き上がると咳払いをして、
「あ‥朝ごはんを作ります」
急ぐように台所の方へ行き、夜と同じ手際の良さで料理が作られていく。
朝食を済ませた後、ドワーフの居る鉱山へと向かい、その道中。青年は自分の冒険話を聞かせてくれた。
太陽が真上に昇りきった頃。鉱山に着き、近くにいる筈のドワーフを探して…見つけると、私を見ている表情は歓迎よりも‥何かが違う。
「あれほど疎いお前さんがねぇ……」
何の事を言っているのか、心当たりがない。顔は次第に緩んでいき、ニヤニヤと青年と私を交互に見ている。
「いえ‥違います。その…鉱石。鉱石が欲しいのです。剣を作るための…」
青年は何を否定しているのだろう‥?
「剣?ああ‥。アレの事か‥。男なら誰もが持っている。必殺の一振りの剣。そうか‥既に仕込んだ後だったのか…」
不思議と何か妙に納得した表情に変わり、頷いている。
「違います!!違います!!」
青年の顔は急激に真っ赤に染め上がり、慌てて身振り手振りを入れて話している。こうも何に必死になっているのだろう‥?
「冗談だ。冗談。見る限りで積極的に襲うとは思えない。無論、お前さんもそうだろ?」
身体から力が抜けるように青年はその場に座り込み、来た理由を説明している。
「そうだな…。なら‥祝いも兼ねて金はいらん。だから‥2人の共同作業って事で好きなだけ掘って、好きなだけ持っていくといい。なんだったら別の穴を掘っても良いぞ。これも共同作業という意味では、間違いないだろう?」
青年が項垂れた後、ドワーフは青年を置いていくように、先に鉱山の中に入り、坑道を案内していく。
「所でお前さん。サイクロプスの中で剣を鍛えて貰おうとは……早漏なのか?」
「だから、もう‥その話は止めて下さい‥」
「ならば‥遅漏という事かフムフム…」
「だから‥止めて下さい!!」
「それとも‥サイクロプスが鍛えた剣を、後ろの穴に突っ込まれたい願望があるのか?」
「その願望は持っていません」
「そこだけはキッパリと言い切るのだな。だが‥実際の所。意識をしていなければ、そうも顔や態度に出ないだろう?違うか?」
「………」
青年は私の顔をチラッと見て、私と目が合うと顔を急激に真っ赤へと染め上げ、顔を背けると、再びドワーフと話を始めている。
何の事を話しているか分からない中、私は2人の後を歩いている。ドワーフとの話で先と同じように、顔を赤くしたと思えば、急に黙ったり、項垂れたりと見ていてコロコロと変わっていく青年の表情が面白い。そして……
「鉱石の質は調べるから、ここで好きなだけ掘っていいぞ。後は若い者同士で」
私たちに道具を渡した後、すぐ後ろに下がり……道具を使って、力の限り掘り進んでいく。出てきた鉱石の鑑定はドワーフに頼み、
そして………
「これだけの良質な鉱石があれば、剣の数本分は作れるだろう。先も言ったが好きに持ち帰っていいぞ」
ドワーフは鉱石を鑑定する度に、手に持ち運べない量になると見越して、車輪の付いた箱に移していたようだ。
「運びますよ」
青年は箱に手をかけて‥押し引きを繰り返すも車輪が全く動く気配がなく、私は青年の隣で箱を押して、動かしていく。
「お前さん‥。気を落とす出ないぞ。人間とサイクロプス。既に比べる基準も違う。それに…行動するその想いこそ、本当に大事で大切だと思うぞ」
ドワーフはいつの間にか箱の中に入り、青年と話を始め、そして‥私は黙々と箱を出口へ‥朱色の光が射している方へと押していく。
「箱を返しに来るときは、そうだな……子供を2〜3人入れて返して来ても良いぞ!!」
「それ‥何年後の話ですか……」
「‥という事は…やはり、その剣を突き刺す予定があると捉えていいのか?思い出せば‥掘り出している時も息が合っていたな……」
染々とした口調の中、青年は横目で私を見て、顔を真っ赤に染めていった。
「そして今夜は剣の皮を剥いて、井戸のように水の溢れる穴に突き刺して、掘り進み、奥に命の源を放つのだろう?」
「その話‥。本当に止めて下さい」
「そうは言いつつも頭の中では考えているのだろう?その証に耳まで真っ赤にして…可愛い所もあるのぅ‥」
それ以来、青年は項垂れたまま顔を上げず、会話を途切れさせていた。
誰も何も話さないまま、出口へと進み……坑道を抜けて、すぐにドワーフは箱から飛び出し、
「後は若い者同士、夜も寝ずにがんばるのだぞ!!」
笑顔のまま手を振り、お札を言って鉱山で別れ‥家へと着く帰り道。青年は行きとは違い、何も話さず静かだった。
「行きと同じように、帰りも話が聞きたい。冒険の話は面白い話だったから……」
声が自然と出ていた。家から殆ど出ない私にとって青年の冒険の話は面白く、新鮮で、本当に楽しい。
「わかりました。それでは……」
青年が話始めると私は青年の身体を抱え、箱の中に入れてから、顔と顔。目と目を合わせて日が沈みきった夜道を‥帰路に着いていった。
家に着くとそのまま離れの工房に鉱石を運び込み、鉱石を融かしていこうとしていた矢先‥
「夕ごはんを作ります。その‥昼は食べていなかったので…」
工房から出ていき、家の方に向かったと思う。
無数の鉱石はその原型をとどめることなくゆっくりと融けて混ざりあい、仄かに赤く光を放つ塊に形に変わっていく様をじっと見続けていた。そして‥
これから剣を作り、鍛え上げていく。仕上がった剣に青年は満足して帰る。それが青年の依頼であり、私の生活の糧でもあると同時に私の全て。でも……
考えれば考える程、胸の中に穴が開いて、広がっていくような感覚‥。
取り出した金属の塊に、頃合いを見計らってハンマーを振り下ろそうとしても、腕が動かない。ハンマーがいつもより重い。……違う。いつもと同じハンマーだから、動かせないのはきっと私の意思。私自身が剣を作る事を拒んでいる。青年に作れませんでしたと伝えれば怒って出ていってしまう‥。それなら、作るべきなのに‥
いくら自分に言い聞かせても金縛りにあったように、手が動かせない。剣を作りたくないと心の底から思ったのは今が初めて。次第に視界が滲み、水気を感じて、泣いていた事に気が付けた。
「何があったの?」
青年の優しい声。きっと夕食の支度が済んで戻ってきた時に異変を感じたと思う。青年は私の前に、向き合って立ち、涙を指で拭っている。
「何があったか教えて下さい」
深く頷いて、剣を鍛え上げられない事。私が青年と別れたくない事。その全ての想いを口で伝えていった。
「最初になんて言ったか覚えてます?」
突き付けられる言葉。でもその声は‥怒る所か不思議と声も口調も何もかもが優しい。
剣の注文。これを声に出してしまったら……。作った場合、離れなければいけない恐怖。離れたくない。一緒に居たい。でも……
「引かれている分の、適正価格分の手伝いをさせてほしい。です」
出さない私に見るに見かねてか、言葉を紡ぎ更に続けていく。
「適正価格になるまで‥いえ……今日ドワーフさんと話せて、ずっと一緒に居たい気持ちに気付けました。だから…」
青年は息を大きく吸い、私の目を力強く見ている。
「今すぐは契りを交わす物は用意できない。それでも、結婚して下さい。一生、ずっと一緒に居させて下さい」
私の手を取り、指輪をはめるように指を動かしている。
「はい‥。私でも……こんな私でも一緒に居て下さい」
涙で滲んだ目で彼を見続けて、無意識に身体に抱き寄せていた。
次の日改めて、彼の剣を鍛え上げていた頃。彼は少しの間、外出していたと聞かされて‥私は行き先よりも、こうして帰ってきてくれた事が何よりも嬉しかった。
その次の日にはドワーフが家を訪ねて、テーブルに彼と私を向き合うように座らせて、小さな箱を1つづつ渡して、彼の顔を見ながら一緒に開けていく。
箱の中身はきらびやかで細やかな細工が施された指輪。でも‥私の指には填める事ができない、小さい指輪。
彼は、彼の前に置かれた箱を開けると、同じ細工の施された指輪を持って、私の手を取り指に填めていく。私の前に置かれたサイズの違う指輪の理由を理解すると同時に、涙が目の縁に沿って溜まり、一筋の形となって流れていく。霞み、滲んでいく視界の中、私は指輪を取って、彼の手を取り手探りで指輪を填めていき‥離さずにそのまま手を握り、青年も指を絡め、お互いにずっと共にいることを誓いあった。
「これは剣の代金ね」
背負っている箱を下ろし、中からお金を‥小さな袋に分けて、剣の隣に置いてから、1本つづ丁寧に箱の中に入れていく。それから‥店の中を隅々を見るように頭を動かして、ある一点を見詰め、暫く考えるように唸り声を上げて………
「そだ。この短剣借りていい?」
軽く頷くと顔は喜色に変わり、ニシシシと笑い声を漏らしている。
「新しい商売。新しい顧客を思い付いた。んじゃ、善は急げってね♪♪近い内にこの短剣を返しに来るから、その時は新しい注文をいれるね」
入れていた剣の他に、色々な物が沢山入っている箱を難なく背負い、上機嫌で柔やかな顔で手を振っている。私がお金の入った袋を片付けていると、途端に口許だけをニヤリと歪ませていた。帰る時は必ずあの顔。だから、これはきっとジパング流の挨拶なんだと思う。
刑部狸が出ていくと私はそのお金を持って、材料を‥質の良い鉱石を買いに知り合いのドワーフの所に行き、残ったお金で食料を買い、また剣を作る。私はこの日常を送り続けていた。でも……
それから数日が経ち…。ドワーフや刑部狸とは違う、人間‥均整のとれた顔の青年が訪ねてきて、家の場所は刑部狸から聞いたと言ってる。そして、お金の入った皮袋を机の上に置き‥刑部狸が置くお金とは違い、重みのある音が聞こえた。
「これで剣の製作を依頼したい」
青年の口から出た一言。私は袋の中に手を入れて、刑部狸が支払う金額の1本分を手に取ってから、皮袋を青年に向かって押し返せば、青年の顔からは思慮の色が濃くなっていく。
「このお金は悪いことをして貯めたお金じゃない。剣を作ってほしいから貯めたお金なんだ。だから‥作ってもらう対価として受け取ってほしい」
誠意のある懸命な目と顔。私はこれほどのお金は要らないから、首を横に振ると、青年は口をつぐみ、顔は更に思慮に深く染まっていき‥
「わかった。なら‥金額は言い値でいい。でも‥引かれている分の、適正価格分の手伝いをさせてほしい」
私が頷くと青年は手を出し、私もその手を取って固く握手を交わした後、必要な鉱石を‥ドワーフの鉱山で別けて貰おうと考え、これから取り行く用意をしようとふと外を見ると‥窓から朱色の光が射している。
今から取りに行けば着くのは夜‥。ドワーフも眠っている。迷惑だと思い、明日に出直そうと結論を出して、今日は店を閉じて奥に行くと青年も後をついてきた。
「料理を作るから、そこに座っていて」
青年が作る料理に期待して、隣に立ってずっと見ていた。
「こう見えても、冒険をしているから、夜営も馴れている。だから料理の腕も期待してほしい。それに‥こっちから言った以上、半端な事はしない。約束する」
真剣な眼差しで言い切り、食料を入れている場所を指で示すと、献立を決めていくように呟いていき、ナイフを片手に手際よく下拵えをして、時間を追う毎に次々と出来上がっていく料理に舌を巻いた。
「召し上がれ」
テーブルの上には作ったことがない料理が並び、部屋中は良い香りで満ち溢れている。
「いただきます」
青年が見詰めている中、一つの料理に手をつけ、
「おいしい」
思わず声が漏れた。
「本当は‥味付けの好みが違ったらどうしようとか、不安が多かったけど‥喜んで貰えて本当に嬉しい」
明るい笑顔で喜ばれて、心の中にゆっくりと感じたことがない気持が広がっていくのを感じる‥。なんだろう‥この気持ち‥。不思議と暖かい。
もっと感じていたいから少しの間、胸に手を当て目を閉じて……そして、青年の視線を感じて視線を合わせると、驚くように目を見開いた後、顔を赤くしたまま視線を下に向けて、頬を指で軽く掻いて、何かに気がついたような表情に変え、
「いただきます」
挨拶と共に青年も夕食を口に運んでいく。
刑部狸やドワーフと一緒に食事をすることはある。近況や世間話。2人は話して私は聞いているだけ。その時とは違い青年は何も話していない。それなのに‥この青年と食べる食事は不思議と心地良さと温かさを感じる‥。
「「ごちそうさまでした」」
挨拶を交わし、青年が洗い物をしている間にも夜は深くなっていき、空いた時間で明日の予定を組んでいる内に‥自然とウトウトしてしまい青年に起こされたらしい‥。頭が覚めていないから何を言っているか全く分からない。適当に頷いて、青年を抱えて、そのままベッドに入り、暖かさを‥温もりを感じて目を閉じていく‥。
この状況。本当にどうすればいいのか解決の糸口が全く見えない。
頬杖をついて寝ていたから、「風邪を引くから、ベッドに入って眠って下さい」と言って身体を揺らしていたら、トロンとした目を開けて、頷いた後‥何故か両手を背中に回されて、そのままベッドへ……。
サイクロプスは表情の変化が乏しいから考えが読みにくい。そう聞いていた。でも‥夕ごはんを食べていたあの顔は確かに綻び、嬉しそうだったから、つい見惚れてしまい……それに‥目をトロンしていた表情も……
鍛冶屋を営んでいるといっても女の子なんだな‥。と認識を改めると同時に、顔から目線を下に、衣服で寄せられている胸を、谷間をつい見てしまい、生唾を飲む音に反射的に素直に反応するように、身体のごく一点が熱を持ち始め、強い存在感を主張してくる‥。
この距離感、寝ていることも含めて、無許可で女の子の身体を‥柔らかさを確かめるように触れるのはよくない。これは分かっている。でも‥このままだといつか抑えが利かなくなりそうだ。精神衛生上‥もとい理性を保つためにここから抜け出そうと……上だと多分引っ掛かる。ただでさえ下半身は密着に近いのに、服越しとはいえ当たり、触れてしまえてしまえば本当に抑えがより利かなくなりそうだ。なら下?
覚悟を決めて、手と身体の合間を縫うようにもぞもぞと動き……指が襟元に引っ掛かった‥。でも…取ろうと頭を動かせば胸に顔を埋める位置‥。
理性の糸が細く、切れかけていくのと同時に『寝ているなら』と悪魔(?)の囁きが欲望の背中をゆっくりと押していく‥。併せるように身体のただ一点は収まりを忘れて限界まで膨らみ、苦しいから解放してほしいとも言っているように感じる。
生唾を飲む音。それに心臓がより激しく動いている音も聞こえる。
…………
葛藤に葛藤を重ねて、結局の所。そのまま強引に身体を反転させて、サイクロプスに背中を向けて目を閉じて‥ゆっくりと呼吸をして、心の中でシーワープの数を無心になるまで数えていき、時々腹を撫でる手が中断させる。今夜は眠れるのだろうか‥?疑問と欲望と理性が頭の中を埋め尽くしていく。
朝の光で目を覚まし、最初に映ったのは青年の頭。夢現の記憶を遡ると青年を抱えて眠りについた気がする。手を離し、青年を起こさないようにベッドから出て、向かい合うように、起きるまで寝息を立てている顔を眺め続け……起きたら起きたで、すぐにあたふたとなり、その顔は既に真っ赤に染まりきっていた。
見ていて本当に面白い。
起き上がると咳払いをして、
「あ‥朝ごはんを作ります」
急ぐように台所の方へ行き、夜と同じ手際の良さで料理が作られていく。
朝食を済ませた後、ドワーフの居る鉱山へと向かい、その道中。青年は自分の冒険話を聞かせてくれた。
太陽が真上に昇りきった頃。鉱山に着き、近くにいる筈のドワーフを探して…見つけると、私を見ている表情は歓迎よりも‥何かが違う。
「あれほど疎いお前さんがねぇ……」
何の事を言っているのか、心当たりがない。顔は次第に緩んでいき、ニヤニヤと青年と私を交互に見ている。
「いえ‥違います。その…鉱石。鉱石が欲しいのです。剣を作るための…」
青年は何を否定しているのだろう‥?
「剣?ああ‥。アレの事か‥。男なら誰もが持っている。必殺の一振りの剣。そうか‥既に仕込んだ後だったのか…」
不思議と何か妙に納得した表情に変わり、頷いている。
「違います!!違います!!」
青年の顔は急激に真っ赤に染め上がり、慌てて身振り手振りを入れて話している。こうも何に必死になっているのだろう‥?
「冗談だ。冗談。見る限りで積極的に襲うとは思えない。無論、お前さんもそうだろ?」
身体から力が抜けるように青年はその場に座り込み、来た理由を説明している。
「そうだな…。なら‥祝いも兼ねて金はいらん。だから‥2人の共同作業って事で好きなだけ掘って、好きなだけ持っていくといい。なんだったら別の穴を掘っても良いぞ。これも共同作業という意味では、間違いないだろう?」
青年が項垂れた後、ドワーフは青年を置いていくように、先に鉱山の中に入り、坑道を案内していく。
「所でお前さん。サイクロプスの中で剣を鍛えて貰おうとは……早漏なのか?」
「だから、もう‥その話は止めて下さい‥」
「ならば‥遅漏という事かフムフム…」
「だから‥止めて下さい!!」
「それとも‥サイクロプスが鍛えた剣を、後ろの穴に突っ込まれたい願望があるのか?」
「その願望は持っていません」
「そこだけはキッパリと言い切るのだな。だが‥実際の所。意識をしていなければ、そうも顔や態度に出ないだろう?違うか?」
「………」
青年は私の顔をチラッと見て、私と目が合うと顔を急激に真っ赤へと染め上げ、顔を背けると、再びドワーフと話を始めている。
何の事を話しているか分からない中、私は2人の後を歩いている。ドワーフとの話で先と同じように、顔を赤くしたと思えば、急に黙ったり、項垂れたりと見ていてコロコロと変わっていく青年の表情が面白い。そして……
「鉱石の質は調べるから、ここで好きなだけ掘っていいぞ。後は若い者同士で」
私たちに道具を渡した後、すぐ後ろに下がり……道具を使って、力の限り掘り進んでいく。出てきた鉱石の鑑定はドワーフに頼み、
そして………
「これだけの良質な鉱石があれば、剣の数本分は作れるだろう。先も言ったが好きに持ち帰っていいぞ」
ドワーフは鉱石を鑑定する度に、手に持ち運べない量になると見越して、車輪の付いた箱に移していたようだ。
「運びますよ」
青年は箱に手をかけて‥押し引きを繰り返すも車輪が全く動く気配がなく、私は青年の隣で箱を押して、動かしていく。
「お前さん‥。気を落とす出ないぞ。人間とサイクロプス。既に比べる基準も違う。それに…行動するその想いこそ、本当に大事で大切だと思うぞ」
ドワーフはいつの間にか箱の中に入り、青年と話を始め、そして‥私は黙々と箱を出口へ‥朱色の光が射している方へと押していく。
「箱を返しに来るときは、そうだな……子供を2〜3人入れて返して来ても良いぞ!!」
「それ‥何年後の話ですか……」
「‥という事は…やはり、その剣を突き刺す予定があると捉えていいのか?思い出せば‥掘り出している時も息が合っていたな……」
染々とした口調の中、青年は横目で私を見て、顔を真っ赤に染めていった。
「そして今夜は剣の皮を剥いて、井戸のように水の溢れる穴に突き刺して、掘り進み、奥に命の源を放つのだろう?」
「その話‥。本当に止めて下さい」
「そうは言いつつも頭の中では考えているのだろう?その証に耳まで真っ赤にして…可愛い所もあるのぅ‥」
それ以来、青年は項垂れたまま顔を上げず、会話を途切れさせていた。
誰も何も話さないまま、出口へと進み……坑道を抜けて、すぐにドワーフは箱から飛び出し、
「後は若い者同士、夜も寝ずにがんばるのだぞ!!」
笑顔のまま手を振り、お札を言って鉱山で別れ‥家へと着く帰り道。青年は行きとは違い、何も話さず静かだった。
「行きと同じように、帰りも話が聞きたい。冒険の話は面白い話だったから……」
声が自然と出ていた。家から殆ど出ない私にとって青年の冒険の話は面白く、新鮮で、本当に楽しい。
「わかりました。それでは……」
青年が話始めると私は青年の身体を抱え、箱の中に入れてから、顔と顔。目と目を合わせて日が沈みきった夜道を‥帰路に着いていった。
家に着くとそのまま離れの工房に鉱石を運び込み、鉱石を融かしていこうとしていた矢先‥
「夕ごはんを作ります。その‥昼は食べていなかったので…」
工房から出ていき、家の方に向かったと思う。
無数の鉱石はその原型をとどめることなくゆっくりと融けて混ざりあい、仄かに赤く光を放つ塊に形に変わっていく様をじっと見続けていた。そして‥
これから剣を作り、鍛え上げていく。仕上がった剣に青年は満足して帰る。それが青年の依頼であり、私の生活の糧でもあると同時に私の全て。でも……
考えれば考える程、胸の中に穴が開いて、広がっていくような感覚‥。
取り出した金属の塊に、頃合いを見計らってハンマーを振り下ろそうとしても、腕が動かない。ハンマーがいつもより重い。……違う。いつもと同じハンマーだから、動かせないのはきっと私の意思。私自身が剣を作る事を拒んでいる。青年に作れませんでしたと伝えれば怒って出ていってしまう‥。それなら、作るべきなのに‥
いくら自分に言い聞かせても金縛りにあったように、手が動かせない。剣を作りたくないと心の底から思ったのは今が初めて。次第に視界が滲み、水気を感じて、泣いていた事に気が付けた。
「何があったの?」
青年の優しい声。きっと夕食の支度が済んで戻ってきた時に異変を感じたと思う。青年は私の前に、向き合って立ち、涙を指で拭っている。
「何があったか教えて下さい」
深く頷いて、剣を鍛え上げられない事。私が青年と別れたくない事。その全ての想いを口で伝えていった。
「最初になんて言ったか覚えてます?」
突き付けられる言葉。でもその声は‥怒る所か不思議と声も口調も何もかもが優しい。
剣の注文。これを声に出してしまったら……。作った場合、離れなければいけない恐怖。離れたくない。一緒に居たい。でも……
「引かれている分の、適正価格分の手伝いをさせてほしい。です」
出さない私に見るに見かねてか、言葉を紡ぎ更に続けていく。
「適正価格になるまで‥いえ……今日ドワーフさんと話せて、ずっと一緒に居たい気持ちに気付けました。だから…」
青年は息を大きく吸い、私の目を力強く見ている。
「今すぐは契りを交わす物は用意できない。それでも、結婚して下さい。一生、ずっと一緒に居させて下さい」
私の手を取り、指輪をはめるように指を動かしている。
「はい‥。私でも……こんな私でも一緒に居て下さい」
涙で滲んだ目で彼を見続けて、無意識に身体に抱き寄せていた。
次の日改めて、彼の剣を鍛え上げていた頃。彼は少しの間、外出していたと聞かされて‥私は行き先よりも、こうして帰ってきてくれた事が何よりも嬉しかった。
その次の日にはドワーフが家を訪ねて、テーブルに彼と私を向き合うように座らせて、小さな箱を1つづつ渡して、彼の顔を見ながら一緒に開けていく。
箱の中身はきらびやかで細やかな細工が施された指輪。でも‥私の指には填める事ができない、小さい指輪。
彼は、彼の前に置かれた箱を開けると、同じ細工の施された指輪を持って、私の手を取り指に填めていく。私の前に置かれたサイズの違う指輪の理由を理解すると同時に、涙が目の縁に沿って溜まり、一筋の形となって流れていく。霞み、滲んでいく視界の中、私は指輪を取って、彼の手を取り手探りで指輪を填めていき‥離さずにそのまま手を握り、青年も指を絡め、お互いにずっと共にいることを誓いあった。
12/10/21 13:15更新 / ジョワイユーズ