ある日の休日の早朝。日課のジョギングでただなんとなく、気紛れでいつもと違う道を走り……道路の上で車に轢かれた猫を見つけて、急ぎすぐに胸に抱きかかえ、そのまま普段よく休憩に使う公園へ行き‥木がたくさん生えている所に埋めた。

名前のない墓標。名前が無くても、この猫が確かに生きていた証。
安らかに眠れる事を祈り、公園の花を数本手向けて公園を後にした。

次の日。仕事が終わり、家へと帰り‥ドアの前に1匹の猫が座っていた。足音で気付いたのか僕の顔を見た途端に顔を明るくしたように見えたのは‥きっと脳内の変換だと思う。
鍵を開けると猫は真っ先に家に入って、玄関で帰ってきた僕を出迎えるようにニャ〜と鳴き、ずっと見上げていた。
お返しに頭を撫でようと手を出すと、急に踵を返して……明るい所で後ろ姿を見て‥初めて、この猫から尻尾が2つ生えている事に気がついて、気味が悪いといったマイナスの感情を抱く所か逆に好感を‥野良なら飼おうとさえ思えてきている。

猫は部屋の1つ1つを確認するように回り始めて……気が済んだのか、居間でゴロンとお腹を上に向けてくつろぎ始めて、再び撫でようと近づくと直ぐに起き上がり、離れてしまった。僕が2歩3歩と近づくと同じように下がってしまい、諦めて居間でテレビを見ていると、突如消え…辺りを探れば、猫にリモコンが踏まれていた。その目はどこか怒っているように見え、『テレビよりも構ってほしい』と言っているように思うのは‥きっとこれも脳内変換の賜物。

食事時。手始めに鶏肉を数切れ電子レンジ調理して‥火傷をしないように冷ましてから、器に移して床に置くと猫は僕を見つめて、お礼を言っているように鳴き、それからゆっくりと歩いて、鶏肉を食べ始め……今なら撫でられる。そう思った矢先の事、器の縁を噛み、僕から少し遠ざかるように後退り。そして……食べ終わると、頭で器用に器を押して……姿勢よく座って‥身長差があるのが原因か上目使いで僕を見て鳴いた。
その姿に愛らしくもなり、頭を撫でたい。その欲求が心を満たすも‥しゃがむと直ぐに再び遠ざかった……。
諦めの溜め息を軽く吐き、直ぐに次の鶏肉をレンジに入れて冷ましてから再び器の中へ‥
夕食も摂り、シャワーを浴びて‥寝る前に‥右手の恋人で……止めておこう。
猫の前で薄い本をオカズにに息子を弄るのは抵抗があった。でも‥猫と目が合い……
雌の猫なら……口の中に息子を入れて、ザラザラしていると思う舌で味わうように舐められて、それから小さな舌先で尿道を……いや、これ以上は止めよう。そもそも普通なら猫に欲情はしない。彼女いない歴=年齢だから脳内が変な妄想を抱いている訳で……そうでなければ困る。
寸での所で変な橋を渡りきらずに引き返せて良かったと思う。
そして‥電気を消してベッドへ……
夢もうつつに何か毛深いものが手に触れ‥あの猫が自分から触られに来るとは思えない。そう決めつけて深い夢に落ちていった。


朝。いつものように慌ただしく出ていき、仕事場についてから、猫にご飯を上げていなかった事を思い出した。

帰りにご機嫌取り兼飼い猫の証の猫用の鈴の付いた首輪と猫の缶詰めを買い帰路へ‥

家で僕を待っていたのは悲劇だった。
冷蔵庫に入れていない野菜は所々噛み千切られ、家中に散乱。そして‥愛用の薄い本には表紙から爪研ぎされた跡が‥
僕の姿を見るなり、怒っているような鋭い視線。猫に狩られるネズミの気持ちが一瞬にして理解出来た。
全ては朝食を上げなかった僕が悪い訳で怒ることも出来ずに、袋から首輪を見せるもプイッとご機嫌斜めに遠ざかれ、仕方なしに居間のテーブルに置いた‥。

散らかされた野菜を片付けて、愛読書の様子を‥1ページ1ページ自主規制とその周辺所だけが不思議と爪で引っ掻かれて‥深く溜め息を吐いた後、新聞や広告、その他雑誌と混ぜて、外側からでは絶対に判別がつけられないように偽装して、資源ごみの日に出そうとビニール紐で泣く泣くキツく縛っていった。

そして‥いつもと変わらずの夕食の準備にシャワー。そして‥明日は休みだからこその寝る前にビールを2本‥。

部屋に‥ベッドに辿り着かずに居間で泥酔。
女の子の心配するような声が聞こえるも、独り身の家に突然見知らぬ誰かが入ってくるなんてあり得ない。全ては溜まっているからこその夢。そう‥全ては夢。



朝‥

ベッドの上で寝ていた。酔いながらも辿り着けた？そう決めて、身体を動かして……シーツがやけに地肌に当たる。

布団の中を覗き込むように見ていき……下半身がモロに出されて、朝だけあって息子の方は元気よく直立している。
なぜ露出？何があった？酔っても露出した事は1回もない！
頭の中を巡りに巡らせても‥昨日、確かにビールを2本飲んだ。勢いで猫に飲まそうとして、そっぽを向かれたのも覚えている。
重要なその後が全く思い出せない。

そして‥僕の腿の近くにうっすらと肌色の何かがある。自分の足は確かにここにある。なら‥と思い恐る恐る横を見れば……


隣に誰？が目を大きく開けて僕を見ていた‥。
「おはようニャ♪」
「あ‥うん。おはよう」
朝の挨拶を交わした‥。

「良かったニャ♪目を開けたニャ！」
その子は満面の笑みに変わり、目尻に涙を溜めて喜んでいた。
「その‥事情が全く分かりません…。宜しければ、解りやすく説明して下さると助かります」
上司にも使った事がない言葉‥。
「仕方ニャいニャ」
僕がビールを飲んで顔を真っ赤にしたのを病気か何かと思って、ベッドに運んで介抱したとの事。ただ‥どこから来た。とか、なんで家にいるの？とか重要な事は全く触れられていない。
床には水を入れたボールにタオル。それと薬箱。確かにそれらしい痕跡があった。
「あと‥その‥。その‥。ニャんと言うか‥その‥」
急に顔を朱に染めて、モジモジした姿が愛らしくも映り、ドキっとしてしまった。
「ベッドで介抱している内に‥その、その‥ご主人様の事が」
言い難そうに目を合わせては逸らしを繰り返して‥
「聞いたら、ご主人様も頷いてたから‥その、その‥私の初めてを……」
断片的な言葉や仕草から連想して‥1つの結論が頭を過った。
そして‥その子は勢いよく布団を捲り‥見えたのは猫や犬の手をそのまま人の大きさまで拡大したような手、そしてモコモコと生えている毛。自然とそこに目がいった。
指から爪を出して、恥じらうようにシーツの1箇所を指して‥自然とつられて視点を合わせて…そこには血の跡があった。
そう血の跡。
僕が下半身を露出してベッドに血の跡があるなら‥きっと、いや、あった事は1つしか無いと思う。
大人の階段を上った。正直に言ってその実感が全くない。せめて記憶があれば……
悔やむ気持ちを打ち消すように腹の虫が自己主張。でも‥事実を事実として認識した瞬間。親不孝な息子はさらに元気がよくなり、仕方なしに毛布を腰巻きにしてベッドから出て、猫を探した。
不意に鈴の音。猫と思い振り向くとさっきの女の子が立っている。
昨日猫にと買った首輪と同じデザインのチョーカー。その鈴の音だった。
「ベッドの下や、冷蔵庫の上を見て、何をしているのかニャ？」
立っている姿に軽く映ったのは無防備な太股。そしてそのすぐ上。見えそうで見えないギリギリのチラリズム。落ち着きを息子は再び活力を得てしまった。
見ていたことを隠すように目線を再び上に、顔に合わせた。
「猫を探しているんだ。僕が食べるより先にご飯をあげようと思って‥」
「その猫が私ニャ!!」
「へ？」
頭の上にある三角の耳。所々、猫の手足を象った模様の服。猫っぽい手と足。そしてゆらゆらと動いている2本の尻尾。確かにそれらしらはあるでも……
「目が疑ってるニャ！証拠を見せるからよくみるニャ！」
ドロン。効果音で表すならそんな感じ。目の前の女の子は本当に猫になり、そして‥元に戻った。
「信じたかニャ？それにこの首輪はご主人様が買ってきたニャ！」
首を爪で指している。でも‥あまりの事に言葉を失い、ただ頷く事しか出来なかった。


「どうして家に来たの？」
落ち着いて最初に出た疑問。
「どうしてって‥一昨日、私が車に轢かれて‥でもご主人様は私の事をちゃんと1つの命として弔ってくれたニャ。それに‥それに‥血も流しきって、冷えた身体にご主人様の温もりが染み込んだニャ」
「えと。その‥公園に埋めた猫と同じ猫って事？」
俄に信じがたい話。でも、人の姿になれる猫が目の前にいる。この事は紛れもない事実。
「そうニャ！猫には9つの命があるって話を聞いた事がニャいかニャ？ニャから1回失っても大丈夫ニャ♪それに‥」
帯を解いて‥服を捲り、手や足と違い、毛が全く生えていない地肌。そして、そのすぐ下、穿かない主義なのですか？ワレメらしいのが一瞬見えました‥。刺激が強すぎるから、これ以上の注視は止めよう。
煩悩を振り払うように上を見て‥捲れられた箇所には下乳がチラチラ見え隠れしている。やはり着けない主義なのですね。だめだ‥息子は大いに喜んでいるが、上も刺激が強い。
そして、下乳とは違う箇所を爪で指して
「これがその時の傷痕ニャ。でも‥時間が経てば消えるから問題ニャいニャ♪」
見せるとすぐに服を下ろして、手際よく帯を絞めて、すぐに正座。
「私はご主人様に惚れたニャ。ご主人様とずっと一緒に居たいニャ。ニャから私を家に置いて下さい」
深々と頭を下げて‥
「うん。いいよ。一緒に住もう」
無下に断れる筈もない。そして‥酔っていたとはいえ、男として責任も取るべき。
ただ‥僕の両親には何と言って紹介しようか。
「良かったニャ♪嬉しいニャ♪」
この子の満面な笑みを見て、僕の胸にあった心配事はすぐに消えた。
そして、喜びを表すかのように‥
一瞬何が起きたのか理解出来なかった。服越しに感じられる胸の感触。背中に回された両手、そして‥近すぎる距離の顔は朱に染まっていた。僕は抱きつかれていた。

「ご主人様。そにょ‥そにょ……」
モジモジする姿がすごく可愛い。
「ん？どうしたの？」
「そにょ‥そにょ……ご主人様と……」
なんとなく言いたい事が解ってきた。でも‥その先は男として女の子に言わせる訳にはいかない。
僕は目をそっと閉じて唇に唇を重ねた。

■作者メッセージ
『猫は九生を得る』の英訳から思いついた話です。
猫が喋ったら何を言うのかな？と何処と無く思う日々。