読切小説
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絵馬にかく願いは
境内の中を自転車で走る訳にはいかない。考えると同時に鳥居のすぐ横に自転車を止めて小石が敷き詰められた、なだらかな坂の参道へ。その道の中心、大小様々な石畳の上を歩いて……
途中。道は分岐して、横道へ。昼間近な時間にも関わらず、木々に覆われているためか陽が全く射すこともなく、凍りついたままの池を見ては石橋を渡りきり‥つい好奇心から氷の上に立とうとしている自分がいる。が‥割れたらと思う気持ちがそれを引き留める。

そして歩き続け、見えてきたのは‥大きな社。でも‥お世辞にも豪華で煌びやかな装飾とは程遠く、一言でいうならボロく、台風の直撃や大雪に見舞われたら一溜まりもないほどに‥。
「参拝の方ですか!!」
急な声に振り向いた先には緋袴に身を包んでいる巫女さんが嬉しそうに、目を輝かせて見ている。
「違う」とか、「道に迷っただけ」とか、「助けてほしい」とか正直言い出しづらく、財布の中の硬貨を1枚賽銭箱に入れて、その場での願いを考えている最中、
「これで今日も油揚げにありつけます♪♪」
はっきりと聞こえてきた声。続いて小石を踏む音が近付いてくる。願い事をしているフリをして、閉じている目を薄らと開ければ‥
その巫女さんの横顔は期待一色に染まり賽銭箱を覗き込み‥楽しさと嬉しさが入り交じった顔へと変わっていく。そして‥ガッツポーズをとっている最中、頭の上から黄金色の三角の毛に被われた耳が生え、腰からは同じ色のモフモフとした柔らかくも、暖かそうな毛に覆われた尻尾がフリフリと揺れている。

僕としては巫女さんの正体よりも、心の底から喜んだ笑顔が見られただけで賽銭分の価値はあったと思う。

そして‥完全に目を開けたときにはその2つは見る影もなく消えており、僕は改めて事情を話した。

「なら‥良い事を思い付きました♪♪」
手を合わせ、ポムっと心地よい音を立たせて、社の近くに奉納されている絵馬の方に機嫌良く歩いていった。正直、僕にとっては嫌な予感でしかない。
狐の絵で統一されている中。狸の絵が描かれている一際大きく、目立つ絵馬をスルーしてその隣の絵馬を手に取り、僕を見ている。
「この絵馬に書かれている願い事を叶えて下さいましたら、地図をお見せします」
「は?」声が出るよりも早く出来たのは呆気に取られる事。そして、更に話は続いていく。
「絵馬の願いが叶ったとすれば‥口コミで参拝の方が増えて……違う。違う。えっとその‥『情けは人の為ならず』できっと将来、あなたの………」
後半、弱々しい声とは裏腹に期待、そして懇願を込めた視線が僕に当てられる。選択肢は無いに等しい‥。
「でも‥実際どうやって叶えるのですか?そもそも書いた方を探すのさえ‥無理ですよ」
「大丈夫ですよ♪♪キツネは鼻が……」
何かに気がついたように、ハッとして手で口を塞いで、隠すようなわざとらしい作り笑顔。
「こう見えても鼻が利きますので、探し当てるのは探し当てるのは難しくないと思います!!」
ドヤ顔のまま少し踏ん反り返り、人差し指だけを上に立てて自慢げに言っている。
「なになに‥『大事なネコが帰ってきません。早く戻ってきてほしいです』ね」
読み上げるとすぐに絵馬を鼻の下につけて匂い?を嗅いでいる‥。言い辛い事だけど、ここだけを見たら不審者にしか見えない。今のこの時間。境内には僕以外に誰も居ない事がこの人にとって幸せな事なんだと思う。
「この匂いは‥あの時の男の人ね」
絵馬を手渡した時に居合わせていたのか、心当たりがあるように頷いている。
「これからこの男の人の所に直接行きましょう」
「願いを叶えるために、神社の関係者が直接会いに行ったら色々とマズイんじゃ‥」
「大丈夫です!!似ている人なんてよくいるものですから!!だから変装や化ける必要は……」
またも口を手で覆い、
「そ、そうですね‥。緋袴だとすぐに神社の関係者と思われますから、着替えてきます」
一礼の後に2、3歩いたと思えば急に止まり、振り返った。
「先に言っておきますけど、着替えを覗こうと考えているのでしたら、神事で使っている弓でその頭を射ぬきますので、そのつもりでいてください!!」
始めからそのつもりは無いにしても‥矢よりも早く鋭い眼光が僕を貫く。神事で使う弓で人を射貫くのはマズイだろ?頭に浮かんだつっこみは口から出ることもなく、喉を通過して、近いうちに胃で消化されていくと思う。
「社の階段に座って待っているよ」
階段に座るのを見て安心したのか、巫女さんは歩き出していった。



「おまたせ♪って何で呆けた顔をしているのですか?」
「ん‥。いや、なんでもない」
先ほどとは打って変わっての着物姿。その佇まいに見惚れてしまった。
「もしかして‥着物姿にグッときた。とかですか?」
その場で一回転して、その次に見せた妖艶な表情に僕の心は‥より強く鷲掴みにされていく。そのような感じを受けていた。
「そ、それはないよ‥」
直視さえも出来そうもない。だから‥慌てて背を向けて言い、
「そう……」
残念そうに小さく呟いた声に僕の心はズキンとはっきりとした痛みを残していく。
そのまま会話は止み、無言のまま歩き続け‥
「あーーもう!誰ですか!!鳥居の隣に自転車を放置したのは!!鎖でがっちりと巻き付けて、これでは取れないじゃない!!」
怒号にも似た声。慌てて振り返り、
「それ‥ぼ、僕の‥です……」
ジッと睨むような鋭い視線。
「ここに置くよりも……そうね‥」
顎に指を付けて考え、指定された場所―社務所のすぐ隣に自転車を起きに戻った。
「それでは行きましょうか」
先まであった雰囲気は自転車のお陰で完全に霧散して、今は並んで歩いている。




「こちらが絵馬を書いた方の家です」
何の躊躇いもなく呼び鈴を鳴らし、出てきたのは僕とあまり歳が変わらない男の人。
「どちら様でしょうか?」
「私たちは………」
絵馬に書いた願いを叶えに来ました。なんて直球に言わず、所々誤魔化して話を進めている。
男の人の話を纏めると‥
居なくなったネコとはネコマタの事で喧嘩別れでもなく、本当に出て行った理由に心当たりが無いとの事。

「匂いでこの家を探し当てたなら、そのネコマタも簡単に探し当てられるよな?」
男の人がお茶を用意している間に僕は耳打ちをした。
「ネコマタさんの事を話している時の顔を見て‥あの方も、ネコマタさんもお互いに想い合っています。そう確信しました。だから‥私が直接見つけるよりもあの方が見つけるべきです」
「想い合っているなら‥なんで出て行ったと思う?」
「それは…私はわかりません。ですが‥嫌いになって出て行った事は絶対にありません!!それにしても‥どうして私に聞くのですか?」
「同じ女だから。だから分かるかな?と思ったんだけどな‥」
言ったのも束の間。僕から勢いよく離れて、顔を真っ赤にしてこれでもかと目を見開いて見ている。

「仲がよろしいのですね。お2人は‥」
「い、いえ。ち、違います。恋人とかそんな関係ではありません!!」
詰まりながも答えた早口の否定。そして、出された湯飲みを手に取り、勢いよく口に入れて……悲鳴にも似た絶叫が家の中に木霊した。


「あの‥本当に心当たりが無いのですか?」
「はい‥。お恥ずかしながら‥」
もし‥僕にとって大切な人が居なくなったらどこを探すだろうか‥?隣の巫女さんを横目でチラッと見れば…口に氷を含んでいるためか、頬は不自然なまでに膨らんでいる。
「えっと……最初に出会った場所はどうでしょうか?」
すると男の人の顔はみるみる変わっていき、上着を羽織り始めた。


外。男の人の案内で僕と巫女さんはその場所にいる。
「ここで初めて会いました。雨の日にこの場所を通り掛かった時に猫の弱々しい鳴き声が聞こえて……探したら、身体中が濡れた猫がいて……」
鈴の音が話に割り込むように鳴り響き、振り向けば‥2本の尻尾を生やした猫が男の人に視線を送っては‥形を変えていく。
「待ってたにゃ」
「どうして1人で出て行って‥」
「黙って勝手に出て行ったのは謝るにゃ。でも‥ここの所、仕事が忙しくて‥全く構ってくれにゃくて‥。それに‥それに‥出会って1年の記念も祝ってくれなかったにゃ。にゃから‥にゃから……」
「そっか……ごめん‥」
ネコマタへと手を差し伸べた。
「一緒に帰ろう。それから2人で今までの分も、これからの事も祝い合おう」
暗い顔から一転、ネコマタは満面の笑みを見せて、男の人の手を取りそのまま顔を胸元へと沈めた。
「にゃら今日までの分を含めて、今夜は寝かさにゃいにゃ」
「そうだね。そっちこそ先にバテるなよ」
優しく頭を撫でて、僕と巫女さんの方へと振り向いた。
「ありがとうございます」
頭を下げて、そのまま来た道を戻っていった。
「絵馬の願いを叶える事が出来ましたので、私達も戻りましょう」
「あ、ああ‥。そうだな」
正直、つい今まで絵馬の事は頭から完全に離れていた。そして‥僕達も神社へ戻り、その舎務所内。
「今日はありがとうございました」
正座になって、手をついて深く頭を下げている。
「申し遅れました。私、菊理と申します」
思えば‥自己紹介もしていない。
「僕は宿儺」
「宿儺さん。本当にありがとうございました」
再び頭を下げて、上がった時の顔は覚悟を決めた顔へと変わり、顔の横にあった耳は消えて、黄金色の毛に覆われた三角の耳を頭の上から出して、同じ色の毛の尻尾も出している。
「今まで正体を隠しておりまして‥」
声とは裏腹に「ねぇ驚いた!?驚いたよね!?」の表情。もう正体を知っている僕はどんなリアクションを取ったらいいのか分からない。態とらしく驚くフリはかえって悪いと思う。だから‥
「稲荷だった事には驚いた。その‥僕も家に帰らないといけないから、地図を見せてくれると助かるんだけど……」
「そ‥そうですよね。これからお持ちしますので‥暫くお待ち下さい」
一瞬見せた呆然の顔。でも‥選択肢はこれしか無かった思う。


菊理はコピーした地図を広げ、僕が言った市まで線を引いていく。

外に出れば太陽も沈みかけている夕暮れの終わり。菊理の顔は少し暗く見えたのも束の間、頭を深く下げている。
「ありがとう」
神社を出て地図を頼りに自転車を漕ぎ続けて………不思議と道に迷った。線の通り走っていたのに…。なんと言うかその‥キツネにつままれた気分‥。
暗い道を走り続け‥運良く線路を見つけた。後はどちらかに沿って走れば必ず駅に着いて、近くに交番があるからなんとかなる。その一心で自転車を漕ぎ続けて……
いざ交番に着いて‥僕が走っていたのは家のある市から真逆の方向。思い出せば‥菊理は地図を相手に唸っていたような気がする。
交番から正しい道のりの地図を受け取って、暗い中やっと家路に着けた。


部屋に入り、ベッドに吸い込まれるように行き、そのまま睡眠。




日は過ぎて、冬休みも終わる間近の朝。夢から覚めたまま目を開けず、寒さから身を守るために布団に潜っていると不思議と誰かが居るような気がする。
「起きて下さい」
身体を揺さぶられて、声も聞こえる。でも‥これは気のせい。
「朝ですよ!!起きて下さい!!」
声の主は更に強く揺さぶり、声も大きくなっている。これ以上フリを続けるのは無理と決めてゆっくりと目を開ければ‥そこには菊理の姿があって、僕と目が合うと床に正座を始めた。
「絵馬の願いを叶えて頂きたいと思いまして‥」
その手には絵馬を持ち、僕に差し出している。
「どうして家の場所が分かったの?」
「一度紡がれた縁は簡単に断ち切れません」
僕と目を合わせて力強く言ったのも束の間。
「それでは絵馬を読みます」
僕の表情を読んだのか一瞬黙り、両手を合わせて音を立てた。
「今回は‥これから朝食を作ります。それで交換条件という事で」
声とは裏腹に尻尾は嬉しそうに揺れている。
返事も聞かずにドアノブを手に取ったと思えば振り返り、
「あの‥油揚げは冷蔵庫に入っていますか?」
………。今回も僕に選択肢は無いと思う。
13/01/03 02:38更新 / ジョワイユーズ

■作者メッセージ
明けましておめでとうございます。

正月という事で正月話。




この話、ジツは1話で一月を表して、1年間。12話の連載を考えて………2話、3話とネタが思い付きませんでしたので‥1話だけを読み切りで書きまして……ネタが思い付きましたら連載化するカモです‥。

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