赤に白、そして‥黒
漆黒の闇が支配している夜。月の光だけが闇を祓い、仄かな明るみを大地に照らしている中、その月の光でさえ晴らすことが出来ない程の漆黒の翼を身に纏い、自由自在に夜空を飛翔している影が一つ。家を見つけては急激に高度を下げて、音を一切立てる事なく地面に降り立ち、意識を集中させて中の気配を探っていき、手はドアノブへと掛けていく。
「3人か‥」
声に出す事なく心の中で呟き、音もなくドアを開いていく。住人がひんやりとした外気を感じるや否や、身体をその漆黒の翼で纏わせ瞬き一つで見失う程の一瞬の出来事で3人を気絶させた。
「咎は必ず受ける」
一言だけ発し、気絶している男を肩に乗せた後、ドアを閉めて何事もなかったかのように装い、再び夜空へと飛翔していった。
時間は流れ‥東の空から徐々に淡い光が広がっていく頃、ここは領主邸宅内の一室。陽の光が一切射さないように窓一つ無い部屋。各所に灯された蝋燭が特有の暖かみのある光を放ち、中での作業に不自由をさせていない。
その主、ヴァンパイアは様々な色の液体をいくつかガラスの器に移し、混ぜ合わせ、起こる反応を注意深く観察し……液体は瞬時に色を変え、そして‥煙へ姿を変えていく。
「また失敗か…」
その失敗が普通であるかのように、落胆を見せることもなく、自身の手よりも厚い学術書を開き、内容と結果を確認し、詳細を羊皮紙に書き綴った後、天井を見詰めては目頭を押さえ軽く目を閉じたのも束の間。肺の空気を全て絞り尽くすような息をつき、部屋を後にした。
早朝。同じく領主邸宅内。窓から射す陽の眩しさに耐えかねて目を開き、恨めしさを込めて陽を見たことがかえって自身の目を覚ましていく。手の甲を額に当てて溜め息を吐き出し身体を起こして、すぐ隣にある金色のベルを鳴らし、直ぐ様。寝室と廊下を隔てるドアからノックする音が響いた。次いで、
「お呼びでございましょうか?」
領主の許可や断りもなく入り、臆する事なく堂々とベッドの縁に座っていく。
「お疲れのようですが‥少し休まれてはいかがですか?それにここ数日‥食事にも手を付けられておりません」
「市井の臣が苦しんでいる中で、私だけが休む訳にはいかない」
「それは違います。正確にはこれから苦しむ‥ですよ」
男は歯を立てずに耳朶を甘噛みし、伸びた両手は領主の服の中に潜り、上と下それぞれに這い回る。
「苦しめないために‥だから‥今…。私だけが……愉悦を貪る訳には‥いかない…」
「なら‥指先に付いた、この湿り気は何でございましょうか?」
上と下の指先が交互に弱い箇所を責め、口から漏れる筈だった甘い声は男の口で蓋をされて部屋を響かせる事はなかった。そして、押し倒そうとしたその束の間。領主の弱々しい握り拳が鳩尾を数回に渡り打ち続け‥男はベッドの上に仰向けになり、荒い呼吸と共に新鮮な空気を貪った。
「全く‥。油断も隙もないものだな」
「飲んで下さらないのでしたら‥口を切ってでも口移しで飲ませるしかありませんよ。それに‥嫌々と言いながらも、傷口に舌を這わせて、積極的に舐め取っていたのはどちら様でしょうか?」
開こうとする領主の唇を人差し指で軽く押して、話は尚も続いていく。
「それに‥今、領主様が倒れられましたら、全てが手遅れになってしまいます。領主としての責任も大事と思いますが‥ご自愛も忘れないで下さい」
懲りることもなく、優しくベッドに寝かしていく。
「今は駄目だ」
ドスを利かせた声。そして、強い意思を込め、睨むように見ている。
「分かりました。その融通が利かない所も貴女の魅力の一つですから。それに‥私のためだけによがり、快楽の果てに誘うのは次の朝にします」
降参する仕草の後、手を優しく差し伸べた。
「その朝を迎える前の晩、お前こそ私を満足させられるのだな?」
手を取り、平然と返していく。
「本領を発揮される前に、今すぐここで手を離して、力ずくでも、甘い声と共に積極的に腰を振らせてみたいですね。それにしましても領主様。私を呼んだ理由はなんでございましょうか?」
「お前の血を提供して貰おうと思ってな」
男の声や表情の急激な変化に驚くことなく、話を進めていく。
「左様でございますが」
返すのとほぼ同時にガラスの器を手に取ったと思えば‥すぐさま手を放し、甲高い音を立てて無数の破片へと形を変えていく。その中の1つを手に取り力をいれて握り、次第に赤い一条の線が現れては、雫を作り、その下にある容器へと落ちていった。
「これだけあれば充分だ」
男は無言のまま破片を手放し、布を手に巻き付けていった。そして‥
「この布を美味しそうに舐め、しゃぶり尽くすのは如何でしょうか?栄養も豊富ですよ」
領主も何も告げないまま部屋を後にし、
「釣れないですね‥」
小さく呟いた後、窓から外の様子を、外からはけして悟られないように注意深く様子を窺い、それからガラスの破片の処理を黙々と始めた。
領主は明け方まで篭っていた部屋へ入り、血の入った器を机の上に置き、栓をして、ストロー状で鋭い針のついた空の容器をいくつか持ち部屋を出ていき、その足で階段を降り続け…ある部屋のドアの前に立ち、その顔には緊張の色が浮かんでいる。そして、意を決して部屋へと入っていった。
部屋に居るのは昨日の晩に拐われた人間の男性。未だに気を失っている事に安堵して針を刺していく。針の内部を伝うように流れ出る血液。適度な量が集まると針を抜いて容器に文字を書いていく。そして‥一言呟き部屋を後にして、隣の部屋に入っていった。
いくつもの部屋を回り、空だった容器には全て別の人物の血液が入っている。抱えるように持っては蝋燭のある部屋へと戻り、文字が書いてある方を上にして机に並べ、血液を移すための容器をいくつか手にした所に外から響くノックの音。
「紅茶をお持ちしました」
声が聞こえ、ドアは開かれていく。
「頼んだ覚えはないのだが?」
邪魔をされ、不快感一色に染まっていく顔。
「根を詰めましても、体調を崩される事はないと思いますが‥少しは身体に何かを入れた方が良いと思いまして‥血のように赤い紅茶をご用意しました」
表情に臆することもなく、ミルクを入れてかき混ぜていき、領主の前に音を立てずに置いていく。
「分かった。お前の誠意に免じて少し貰おう」
カップに手を掛けて、口の中に含み、目を閉じて味わうように嚥下していく‥。カップをソーサーの上に戻し……目は閉じられたまま一向に開く素振りを見せない。
「後は私の方で致しますので、今はお休み下さい」
優しい顔で一言告げ、眠った領主を寝室まで抱えるように運び、ベッドの上に優しく寝かしていく。そして、口を指で拭い、唇を重ね……羊皮紙の1枚を机から取り出して文字を書き綴り、二つ折りにしてベルを重りに置いて、部屋を後にし、蝋燭の置かれた部屋に戻り、領主が記した羊皮紙と開かれたままの学術書を読んでいく。
「これなら後は私独りでもなんとかなりそうですね」
呟き、そして‥領主がしていたことと同じ事をしていく。
時間は流れ、陽が沈みかけた夕刻頃。
領主邸宅の出入り口のドアから大勢の激しく叩く音が鳴り響き、男がドアを開いた事で、大広間へとなだれ込んでいく。
「これはこれは、どのような用件で御座いましょう?」
魔物娘達の剣幕に涼しい顔で淡々した声を発した。
「昨日の夜。男の人を肩に乗せたまま、ここに入っていった人を見たと情報が寄せられました」
代表格とされるデュラハンが剣の束に手を掛けつつも、声は落ち着いている。
「その件でございますか」
「黒幕は領主補佐のアンタか領主か‥それとも両方かと聞いているの!」
剣を抜き、切っ先を首を向けられても男の顔は涼しいままに変わっていない。
「確かに‥私の独断でこの館の地下に皆様を保護しております。ですが‥私から一つよろしいでしょうか?つい先月、この街に奇病で亡くなられた方がおります。これにつきましては簡単に調べあげられる事ですので、この事に嘘偽りはございません。そして‥その病を調査している内に魔物娘の方々や私のようなインキュバスには同じ病を患う事はありません。ですが‥人間の男性、女性には高い確率で患ってしまう事が判明しました。病の拡散を防ぐために、病に冒される事のない血を使い、つい先ほど薬が完成し、全ての方に投薬をしました。これで病に冒される事は無いと思いますが‥念のためにその薬はどなたでも簡単に手に入れられるために、薬の調合方法は公開します」
そして背を向け2、3歩あるいて振り返り‥
「皆様を保護している所まで、ご案内致しますので私についてきて下さいませ」
深く頭を下げ、最短距離で地下へと歩いていった。
「ここから先、一部屋毎に保護した方々が入っております。そして‥一ヶ所に集められる広さを持つ場所が偶然、領主様のお屋敷だった事もご理解下さい」
頭を下げた後、薄暗い廊下に設置された蝋燭に火を灯し明るくしていく。
部屋一つ一つのドアが開かれ、再会に喜ぶ者や男によって薬を投与された事を語る者まで様々。階段を降りた時よりも遥かに大勢で階段を登り、大広間へ。
「街全体を混乱させないためにと考え、全て独断で行った事がかえって混乱を招いてしまった事は謝罪をしましても取り返しがつきません。私自身、このような事を二度と起こせないために、私は領主補佐の地位を自ら降ります」
宣言し、出入り口のドアを開け、男は独りで出ていった。
深夜。領主の屋敷の裏手に立つ一つの影。予め持っていた鍵を使い、屋敷に入り暗い廊下を明かりを灯す事なく歩き続け、そして一つのドアの前に止まり、開けていく。
部屋の中に居たのは部屋の主ではなく領主。
「これはこれは領主様。私の部屋にどのような用事がおありで」
「お前の行動を問い質そうと思ってな」
暗い中、その表情は読めないものの、声には十分なほどの怒気が籠められている。
「咎められるとは心外です。貴女がされようとした事を、私はそのままになぞっただけですよ」
「だが‥私は!!」
荒らげた声に動ずる事なく背後に立ち、お腹に手を回していった。
「小難しい理屈や領主補佐として、どちらがこの街にとって本当に必要な存在かも抜きにして‥有り体に言えば、貴女の事が好きだからです。私が補佐の立場を失ったとしても、貴女とのこれまでの関係が消えて無くなる事もありません。そして、私も貴女に負けないくらい貴女の事を想っている事を忘れないで下さい」
「そこまで言われたら‥私は言い返せなく……」
「言い返さなくていいんですよ。それにここは私の部屋。領主としての仮面は脱ぎ捨てて下さい」
手は服の中へと潜り、その冷たさから衝動的に短い悲鳴が部屋に響いた。
「お前‥手が……」
「この方が貴女の温もりが直に伝わりますから」
2人の間からは自然と言葉が無くなっていった。
「身体が温まった所でここ数日分に値するだけの食事を摂っていただきたいのですが‥その前に一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「将来的な話なのですが‥食事の後、場合によっては領主としての務めを数ヶ月間、休んで頂く事になるかもしれません」
「それならそれで構わん。だが‥お前こそ先に音を上げるなよ」
「今は真夜中。これからの食事の時間を差し引いて、日の出までの時間はそう長くありません。なら‥先に音を上げるのはどちらでしょうか?」
「そうだな‥ここ数日、籠っていたせいか飲まず食わずだったからな。お前が驚くようなペースで先に空にして見せるぞ」
「ですか‥なら、望む所です」
「3人か‥」
声に出す事なく心の中で呟き、音もなくドアを開いていく。住人がひんやりとした外気を感じるや否や、身体をその漆黒の翼で纏わせ瞬き一つで見失う程の一瞬の出来事で3人を気絶させた。
「咎は必ず受ける」
一言だけ発し、気絶している男を肩に乗せた後、ドアを閉めて何事もなかったかのように装い、再び夜空へと飛翔していった。
時間は流れ‥東の空から徐々に淡い光が広がっていく頃、ここは領主邸宅内の一室。陽の光が一切射さないように窓一つ無い部屋。各所に灯された蝋燭が特有の暖かみのある光を放ち、中での作業に不自由をさせていない。
その主、ヴァンパイアは様々な色の液体をいくつかガラスの器に移し、混ぜ合わせ、起こる反応を注意深く観察し……液体は瞬時に色を変え、そして‥煙へ姿を変えていく。
「また失敗か…」
その失敗が普通であるかのように、落胆を見せることもなく、自身の手よりも厚い学術書を開き、内容と結果を確認し、詳細を羊皮紙に書き綴った後、天井を見詰めては目頭を押さえ軽く目を閉じたのも束の間。肺の空気を全て絞り尽くすような息をつき、部屋を後にした。
早朝。同じく領主邸宅内。窓から射す陽の眩しさに耐えかねて目を開き、恨めしさを込めて陽を見たことがかえって自身の目を覚ましていく。手の甲を額に当てて溜め息を吐き出し身体を起こして、すぐ隣にある金色のベルを鳴らし、直ぐ様。寝室と廊下を隔てるドアからノックする音が響いた。次いで、
「お呼びでございましょうか?」
領主の許可や断りもなく入り、臆する事なく堂々とベッドの縁に座っていく。
「お疲れのようですが‥少し休まれてはいかがですか?それにここ数日‥食事にも手を付けられておりません」
「市井の臣が苦しんでいる中で、私だけが休む訳にはいかない」
「それは違います。正確にはこれから苦しむ‥ですよ」
男は歯を立てずに耳朶を甘噛みし、伸びた両手は領主の服の中に潜り、上と下それぞれに這い回る。
「苦しめないために‥だから‥今…。私だけが……愉悦を貪る訳には‥いかない…」
「なら‥指先に付いた、この湿り気は何でございましょうか?」
上と下の指先が交互に弱い箇所を責め、口から漏れる筈だった甘い声は男の口で蓋をされて部屋を響かせる事はなかった。そして、押し倒そうとしたその束の間。領主の弱々しい握り拳が鳩尾を数回に渡り打ち続け‥男はベッドの上に仰向けになり、荒い呼吸と共に新鮮な空気を貪った。
「全く‥。油断も隙もないものだな」
「飲んで下さらないのでしたら‥口を切ってでも口移しで飲ませるしかありませんよ。それに‥嫌々と言いながらも、傷口に舌を這わせて、積極的に舐め取っていたのはどちら様でしょうか?」
開こうとする領主の唇を人差し指で軽く押して、話は尚も続いていく。
「それに‥今、領主様が倒れられましたら、全てが手遅れになってしまいます。領主としての責任も大事と思いますが‥ご自愛も忘れないで下さい」
懲りることもなく、優しくベッドに寝かしていく。
「今は駄目だ」
ドスを利かせた声。そして、強い意思を込め、睨むように見ている。
「分かりました。その融通が利かない所も貴女の魅力の一つですから。それに‥私のためだけによがり、快楽の果てに誘うのは次の朝にします」
降参する仕草の後、手を優しく差し伸べた。
「その朝を迎える前の晩、お前こそ私を満足させられるのだな?」
手を取り、平然と返していく。
「本領を発揮される前に、今すぐここで手を離して、力ずくでも、甘い声と共に積極的に腰を振らせてみたいですね。それにしましても領主様。私を呼んだ理由はなんでございましょうか?」
「お前の血を提供して貰おうと思ってな」
男の声や表情の急激な変化に驚くことなく、話を進めていく。
「左様でございますが」
返すのとほぼ同時にガラスの器を手に取ったと思えば‥すぐさま手を放し、甲高い音を立てて無数の破片へと形を変えていく。その中の1つを手に取り力をいれて握り、次第に赤い一条の線が現れては、雫を作り、その下にある容器へと落ちていった。
「これだけあれば充分だ」
男は無言のまま破片を手放し、布を手に巻き付けていった。そして‥
「この布を美味しそうに舐め、しゃぶり尽くすのは如何でしょうか?栄養も豊富ですよ」
領主も何も告げないまま部屋を後にし、
「釣れないですね‥」
小さく呟いた後、窓から外の様子を、外からはけして悟られないように注意深く様子を窺い、それからガラスの破片の処理を黙々と始めた。
領主は明け方まで篭っていた部屋へ入り、血の入った器を机の上に置き、栓をして、ストロー状で鋭い針のついた空の容器をいくつか持ち部屋を出ていき、その足で階段を降り続け…ある部屋のドアの前に立ち、その顔には緊張の色が浮かんでいる。そして、意を決して部屋へと入っていった。
部屋に居るのは昨日の晩に拐われた人間の男性。未だに気を失っている事に安堵して針を刺していく。針の内部を伝うように流れ出る血液。適度な量が集まると針を抜いて容器に文字を書いていく。そして‥一言呟き部屋を後にして、隣の部屋に入っていった。
いくつもの部屋を回り、空だった容器には全て別の人物の血液が入っている。抱えるように持っては蝋燭のある部屋へと戻り、文字が書いてある方を上にして机に並べ、血液を移すための容器をいくつか手にした所に外から響くノックの音。
「紅茶をお持ちしました」
声が聞こえ、ドアは開かれていく。
「頼んだ覚えはないのだが?」
邪魔をされ、不快感一色に染まっていく顔。
「根を詰めましても、体調を崩される事はないと思いますが‥少しは身体に何かを入れた方が良いと思いまして‥血のように赤い紅茶をご用意しました」
表情に臆することもなく、ミルクを入れてかき混ぜていき、領主の前に音を立てずに置いていく。
「分かった。お前の誠意に免じて少し貰おう」
カップに手を掛けて、口の中に含み、目を閉じて味わうように嚥下していく‥。カップをソーサーの上に戻し……目は閉じられたまま一向に開く素振りを見せない。
「後は私の方で致しますので、今はお休み下さい」
優しい顔で一言告げ、眠った領主を寝室まで抱えるように運び、ベッドの上に優しく寝かしていく。そして、口を指で拭い、唇を重ね……羊皮紙の1枚を机から取り出して文字を書き綴り、二つ折りにしてベルを重りに置いて、部屋を後にし、蝋燭の置かれた部屋に戻り、領主が記した羊皮紙と開かれたままの学術書を読んでいく。
「これなら後は私独りでもなんとかなりそうですね」
呟き、そして‥領主がしていたことと同じ事をしていく。
時間は流れ、陽が沈みかけた夕刻頃。
領主邸宅の出入り口のドアから大勢の激しく叩く音が鳴り響き、男がドアを開いた事で、大広間へとなだれ込んでいく。
「これはこれは、どのような用件で御座いましょう?」
魔物娘達の剣幕に涼しい顔で淡々した声を発した。
「昨日の夜。男の人を肩に乗せたまま、ここに入っていった人を見たと情報が寄せられました」
代表格とされるデュラハンが剣の束に手を掛けつつも、声は落ち着いている。
「その件でございますか」
「黒幕は領主補佐のアンタか領主か‥それとも両方かと聞いているの!」
剣を抜き、切っ先を首を向けられても男の顔は涼しいままに変わっていない。
「確かに‥私の独断でこの館の地下に皆様を保護しております。ですが‥私から一つよろしいでしょうか?つい先月、この街に奇病で亡くなられた方がおります。これにつきましては簡単に調べあげられる事ですので、この事に嘘偽りはございません。そして‥その病を調査している内に魔物娘の方々や私のようなインキュバスには同じ病を患う事はありません。ですが‥人間の男性、女性には高い確率で患ってしまう事が判明しました。病の拡散を防ぐために、病に冒される事のない血を使い、つい先ほど薬が完成し、全ての方に投薬をしました。これで病に冒される事は無いと思いますが‥念のためにその薬はどなたでも簡単に手に入れられるために、薬の調合方法は公開します」
そして背を向け2、3歩あるいて振り返り‥
「皆様を保護している所まで、ご案内致しますので私についてきて下さいませ」
深く頭を下げ、最短距離で地下へと歩いていった。
「ここから先、一部屋毎に保護した方々が入っております。そして‥一ヶ所に集められる広さを持つ場所が偶然、領主様のお屋敷だった事もご理解下さい」
頭を下げた後、薄暗い廊下に設置された蝋燭に火を灯し明るくしていく。
部屋一つ一つのドアが開かれ、再会に喜ぶ者や男によって薬を投与された事を語る者まで様々。階段を降りた時よりも遥かに大勢で階段を登り、大広間へ。
「街全体を混乱させないためにと考え、全て独断で行った事がかえって混乱を招いてしまった事は謝罪をしましても取り返しがつきません。私自身、このような事を二度と起こせないために、私は領主補佐の地位を自ら降ります」
宣言し、出入り口のドアを開け、男は独りで出ていった。
深夜。領主の屋敷の裏手に立つ一つの影。予め持っていた鍵を使い、屋敷に入り暗い廊下を明かりを灯す事なく歩き続け、そして一つのドアの前に止まり、開けていく。
部屋の中に居たのは部屋の主ではなく領主。
「これはこれは領主様。私の部屋にどのような用事がおありで」
「お前の行動を問い質そうと思ってな」
暗い中、その表情は読めないものの、声には十分なほどの怒気が籠められている。
「咎められるとは心外です。貴女がされようとした事を、私はそのままになぞっただけですよ」
「だが‥私は!!」
荒らげた声に動ずる事なく背後に立ち、お腹に手を回していった。
「小難しい理屈や領主補佐として、どちらがこの街にとって本当に必要な存在かも抜きにして‥有り体に言えば、貴女の事が好きだからです。私が補佐の立場を失ったとしても、貴女とのこれまでの関係が消えて無くなる事もありません。そして、私も貴女に負けないくらい貴女の事を想っている事を忘れないで下さい」
「そこまで言われたら‥私は言い返せなく……」
「言い返さなくていいんですよ。それにここは私の部屋。領主としての仮面は脱ぎ捨てて下さい」
手は服の中へと潜り、その冷たさから衝動的に短い悲鳴が部屋に響いた。
「お前‥手が……」
「この方が貴女の温もりが直に伝わりますから」
2人の間からは自然と言葉が無くなっていった。
「身体が温まった所でここ数日分に値するだけの食事を摂っていただきたいのですが‥その前に一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「将来的な話なのですが‥食事の後、場合によっては領主としての務めを数ヶ月間、休んで頂く事になるかもしれません」
「それならそれで構わん。だが‥お前こそ先に音を上げるなよ」
「今は真夜中。これからの食事の時間を差し引いて、日の出までの時間はそう長くありません。なら‥先に音を上げるのはどちらでしょうか?」
「そうだな‥ここ数日、籠っていたせいか飲まず食わずだったからな。お前が驚くようなペースで先に空にして見せるぞ」
「ですか‥なら、望む所です」
12/12/23 20:56更新 / ジョワイユーズ