樅の木の一番上に飾るもの
あれは‥夏休みのある日。エアコンが壊れその修理が終わるまでの今日一日、修理の騒音から逃れるためと、涼を取るためを兼ねてプールに行こうと思い付いたのも束の間、独りで行くなら近所よりも、誰も知らない所にと考えて、いざ遠くのプールへ。
夏休みだけあって、親子連れや恋人、友人関係が多い中、浮き輪を使って、もがくように泳いでいる(?)1人の女の子が印象深く写り、眺め続けていた。そして‥苦しそうに顔を上げた時に目が合い‥その顔を見て、頭の中が瞬時に誰だか答えを導き出すのとほぼ同時に、浮き輪を抱えたままプールから上がり僕に一直線に向かって歩いて来ている。
その子は学校のアイドル的な存在のアリス。僕も密かに憧れを抱いている1人だから、クラスは違っても顔と名前を知っている。
僕の前に止まって名前を呼ばれた時には本当に驚いた。学校という環境の中、特に目立った事もなく、ゲームの世界に言い換えれば、しがない村人同然だから名前を覚えられていたことが何よりも嬉しかった。
「そのね‥泳ぎ方を知っていたらね…。教えてほしいの……。だから…お願い‥」
真っ赤な顔でモジモジして僕を見ている。
「うん。いいよ」
僕は手を差し出し、彼女も満面な笑みをたたえて僕の手を取る姿に見惚れ、学校のアイドル的な存在になれた理由がよく分かる。
そして‥プール全体の休憩時間。
誰も座っていない日傘付きのテーブルを見つけては急いで座り、話題は飲み物へ。僕が出そうにも、「私が教えて貰っているんだから、私が払うね」笑顔でのこの一言が完全に決まり、今は飲み物売り場に並ぶ後ろを姿を眺め、時折動かしている羽や尻尾が水着から出すための切り込みを押し動かし、地肌をチラチラと覗かせている。
目のやり場に困りながらも、振り返り、無邪気な笑顔に、その両手にはジュース。
「お待たせ♪♪はいどうぞ♪」
この笑顔には自然と癒されると同時に心から惹き付けられる。
「ありがとう」
僕は緑の炭酸を取り、彼女が飲んでいるのは白い乳酸菌飲料。頬を少しすぼませてストローの中も次第に白色に満たされては口に運び、喉を動かして身体に取り込まれていく‥。そういえば‥あの白いのにも夥しいくらいの……
………。今は水着。これ以上考えたら、イスから立てなくなりそうだ‥。
「えっと‥話聞いてる?」
無邪気に首を傾げて頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「ごめん、ごめん」
「そのね……泳げるようになるまで、その‥教えてくれると……嬉しい…かな‥」
今にも泣きそうで真っ赤な顔で見詰められている。
「僕の方こそ‥その、宜しくお願いします」
「ありがとう♪♪」
喜びを表しきった顔で身体を乗り上げて、僕の手を掴んだその勢いで、乳酸菌飲料は身体に押し倒され、テーブルに広がっていく。そして、その一部が彼女の水着へと染み込み、地肌を直接塗っていく‥。……。今すぐイスから立ち上がるのはムリそうだ‥。
この日を境に彼女と毎日のようにプールに通い、日を追う毎にメキメキと上達して‥1週間が経ち‥。プールサイドに立って彼女を見守っている。
「1回も足を着かないで、泳ぎきれたよ!!」
水面から勢いよく上がり、初めて見せる眩しい笑顔。
「うん。見てたよ。おめでとう」
「手を出して♪」
手‥?疑問に思いながらも、顔のすぐ横で開き、
「ハイタッチ!!」
勢いよく飛び跳ねて、張りのある音を立たせたその直後。勢いが良すぎたのか僕はバランスを崩し、次いで彼女の身体が‥
押し倒される形で身体がお互いに密着して、彼女が起き上がるまでの一瞬の間、全ての時間が止まったようにも感じられた。
「ごめんなさい‥」
呟くような小さな声。以来、彼女は何も話さなくなり‥青かった空は時間を追う毎に次第に茜色へと染まっていく。
プールから出て挨拶を交わし、いつもと同じように家路に向かおうとしたその矢先、声をかけられて僕は振り向いた。
「泳げるようになった、お札をまだしてないから‥」
羽を使い、足がゆっくりと地面から離れていき、そして‥マシュマロよりも柔らかい感触が唇に広がっていく‥。ほんの一瞬の出来事。でも長い長い時間にも感じられる。目の前でゆっくりと開かれていく大きな瞳に僕が映り、瞬時に照らされている西日にも負けない紅の色が顔を塗っていく。
「さっきから‥。違う。一緒に居るとずっとドキドキしているの。だから‥」
手のひらが胸へと押し当てられて……鼓動を感じる所か、この出来事に頭の処理さえも追いついていない。
「だからね‥。泳げるようになったら、会えなくなるじゃなくて‥泳げても会って一緒に居ていい?」
言葉よりも先に表せたのは頷く事。気の利く言葉が全く出せなかった自分が恨めしい。
「ありがとう♪♪」
喜びを顔一杯に表して、その後は明日以降の会える日や待ち合わせ場所を決めてお互いに家路についた。
夏休みも終わった始業式の後。友人と談笑中に突如として会話が止まり、その表情は驚きや完全に固まっている。そしてその視線を頼りに頭を動かしていくと、僕の隣に彼女が立っていた。
「えへへ。来ちゃいました♪」
屈託のない笑顔を見せると友人方にお辞儀をして、子猫のように二の腕に顔を擦り付けてくる。
怪奇や好奇な目に晒されていく中。きっかけを話す訳にも行かず、適当に誤魔化して教室を後にした。
10月、11月と季節は流れ、今は12月。終業式も近い頃。今日はHRが早く終わって彼女のクラスへ行っても、もう帰ったと‥。今まで一緒に帰らない日は何度かあったから、それはそれで何かの事情があると思う。仕方なしに1人で外に出てから‥渡すプレゼントを考えて駅前へ。
彼女と待ち合わせる時によく使う、大きな樅の木はクリスマスの装飾が施され、辺りは完全にクリスマスムード一色。
ウインドショッピングをして、気になる商品の値札を見ては愕然となり……絶対に傷をつけないように丁寧に戻し、ため息をついて素直に家に帰った。
その次の日も彼女は早くに帰り、その日の夜に電話をしても、話がちぐはぐして要領が得ない。そして最後に「ごめんね」この小さな一言で電話は切られ…考えに考えを重ねても、謝られる理由は何一つ思い浮かばない。
その次の日も次の日も彼女と一緒に帰ることはなかった‥。
「そういえば‥最近のお前1人だよな?喧嘩か?それともフラれたか?」
放課後。友人が冗談を交えているも、深く心に突き刺さっていく言葉。省みれば彼女と話して帰る日々を送っていただけで‥恋人らしい事やお互いの家に行き来した事もない。もしかしたら‥彼女から見れば僕は友達以上恋人未満なのかも知れない。それに‥フッた意味を込めての謝りだったのかも知れない。不安だけが心を塗り潰していく。
「そんな暗い顔するなよ。いざとなれば男だけのパーティーに呼んでやるから」
今日も1人で家に帰って、部屋に入り携帯を手に取るも、突きつけられる言葉に電話をかける事も出来ずに、無気力のまま時間だけが過ぎていく。
そして……
クリスマスの前日、その日の夜。携帯が鳴り響き、見れば彼女の名前。一瞬、戸惑うも出て、聞こえてきたのは彼女の声。
「今ね‥駅前にある、いつもの大きな樅の木の下にいるの‥。今まで会えなくてごめんね‥。本当は明日会いたいって思ってたの。でも……」
後半‥その声は涙声に変わって、上着を掴み飛び出すように家を出て‥力限り走り続けた。
駅前の樅の木の下。彼女の姿はすぐに見つかり、彼女も僕を見つけると走ってきて、飛び込み‥走り疲れた足は踏ん張りが利かずその場に尻餅をついて‥泣く声と共に仄かに温かい水分が胸に染み込み、彼女が落ち着くまで頭を撫で続けた。
話をしたいと思っても、真っ赤になるまで泣き腫らした彼女を近くの喫茶店に入れる訳にもいかない。
「あのね‥。その…家に来てほしいの‥」
二つ返事で返して、いつもの学校の帰りと同じように手を繋いで、初めて行く彼女の家に心が踊っていく。
「ここが家。ただいま」
「おじゃまします」
案内されるままに廊下を歩いて、
「あら‥連れてきたの?」
会ったのはサキュバス。服の面積のなさに、つい見惚れてしまいそうになっている自分がに鞭を打ち、直視しないように不自然なまでに首を曲げている。
「妹から話は聞いているわ。よろしく♪」
妖艶な笑み。そして‥その瞳に吸い込まれていく感覚と共に、急激に高鳴っていく心臓。鼻で息をするのがつらく、口から出る息は熱を帯び、身体も熱い。
不意に腕を引っ張られた事で‥僕は僕の現実に引き戻された気がした。横を見れば彼女が心配な顔で見ている。
「私は邪魔なようね」
にこやかな笑みに変わり、1つの部屋に入っていき、彼女に手を引かれるまま‥奥の部屋に入った。
「ここが私の部屋です。その恥ずかしいから色々見ないで……」
リンゴよりも真っ赤な顔で弱々しく小さな声を上げて、部屋を眺めるのを止めて向き合い‥彼女はベッドの上にいたワーラビットの縫いぐるみを胸に抱いている。
「そのね‥。12月になってね、クリスマスだから‥一緒に過ごしたいから、お姉ちゃん達にケーキの作り方を教えて貰ってたの。だからその‥一緒に帰ったり、話せなくて、ごめんなさい……。今日‥ケーキが出来たの‥。でも‥出来たケーキを見てたら‥今まで会えなかった事に急に悲しくなってきて‥それで………電話して……」
目尻に大粒の涙を溜めている。
「話すことはこれからも、たくさんできるからいいよ。それに手作りのケーキが嬉しくて、明日が待ち遠しくて楽しみで、作ってくれてありがとう」
手を取って話した後、指で涙を拭い彼女と身を寄せるように隣に座った。
「クリスマスだから、ケーキのお札と一緒にプレゼントを渡したい。何か欲しい物とかある?」
「小さい頃からずっと欲しいのがあるの。でも……」
言葉に反して彼女の顔は不思議と暗い。
「駅前の大きな樅の木の一番上にある星が欲しいの…。でも…独り占めしたら、みんなから楽しい気持ちが無くなりそうで、だから、だから……」
「分かった。僕がなんとかする」
力強く頷いて返し、彼女の顔からは次第に明るさが取り戻ってくる。
今日は夜も遅いからといった事もあり、初めて泊まる事に……
でも‥ドキドキして眠れない中。隣でスヤスヤと寝息を立てている彼女の寝顔を見れた事が何よりも嬉しく、そして‥一睡も出来ないままに夜は明けて‥
「行ってくる」
「行ってらっしゃい♪♪」
駅に向かい、そのまま闇雲に探すよりも、飾りつけの担当を探して話を聞いて……彼女のが望んだのと同じ星を見付け、ラッピングも終わった頃には夕暮れを過ぎて、急いで戻り‥玄関には彼女が立っていた。
「お帰りなさい♪」
「ただいま。おじゃまします。かな‥?」
部屋に案内されて‥中は昨日と打って変わって赤と緑のクリスマス装飾。テーブルの上には白い1つの箱。開けられて出てくるケーキ。真ん中に1本の細い蝋燭が刺される。
「今年が初めて一緒に過ごすクリスマスだから。だからね‥。その‥。来年、再来年って、蝋燭の数を1本づつ増やしていこうね♪♪」
「うん」
力強く頷き、彼女の顔は真っ赤。僕もきっと赤いと思う。
切り分けられるケーキ。光の加減か、断面から見えるスポンジは不思議な色に見えた…。
口に運んだ瞬間‥今まで感じたことがない未知の味が広がる。そして‥遠退いていく意識。彼女の声が遠くに聞こえてくる……。
目を開けた時には彼女のベッドに寝かされて‥涙で溢れた顔を拭った後に‥気を取り直して初めてのプレゼントを手渡す事が出来た。
夏休みだけあって、親子連れや恋人、友人関係が多い中、浮き輪を使って、もがくように泳いでいる(?)1人の女の子が印象深く写り、眺め続けていた。そして‥苦しそうに顔を上げた時に目が合い‥その顔を見て、頭の中が瞬時に誰だか答えを導き出すのとほぼ同時に、浮き輪を抱えたままプールから上がり僕に一直線に向かって歩いて来ている。
その子は学校のアイドル的な存在のアリス。僕も密かに憧れを抱いている1人だから、クラスは違っても顔と名前を知っている。
僕の前に止まって名前を呼ばれた時には本当に驚いた。学校という環境の中、特に目立った事もなく、ゲームの世界に言い換えれば、しがない村人同然だから名前を覚えられていたことが何よりも嬉しかった。
「そのね‥泳ぎ方を知っていたらね…。教えてほしいの……。だから…お願い‥」
真っ赤な顔でモジモジして僕を見ている。
「うん。いいよ」
僕は手を差し出し、彼女も満面な笑みをたたえて僕の手を取る姿に見惚れ、学校のアイドル的な存在になれた理由がよく分かる。
そして‥プール全体の休憩時間。
誰も座っていない日傘付きのテーブルを見つけては急いで座り、話題は飲み物へ。僕が出そうにも、「私が教えて貰っているんだから、私が払うね」笑顔でのこの一言が完全に決まり、今は飲み物売り場に並ぶ後ろを姿を眺め、時折動かしている羽や尻尾が水着から出すための切り込みを押し動かし、地肌をチラチラと覗かせている。
目のやり場に困りながらも、振り返り、無邪気な笑顔に、その両手にはジュース。
「お待たせ♪♪はいどうぞ♪」
この笑顔には自然と癒されると同時に心から惹き付けられる。
「ありがとう」
僕は緑の炭酸を取り、彼女が飲んでいるのは白い乳酸菌飲料。頬を少しすぼませてストローの中も次第に白色に満たされては口に運び、喉を動かして身体に取り込まれていく‥。そういえば‥あの白いのにも夥しいくらいの……
………。今は水着。これ以上考えたら、イスから立てなくなりそうだ‥。
「えっと‥話聞いてる?」
無邪気に首を傾げて頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「ごめん、ごめん」
「そのね……泳げるようになるまで、その‥教えてくれると……嬉しい…かな‥」
今にも泣きそうで真っ赤な顔で見詰められている。
「僕の方こそ‥その、宜しくお願いします」
「ありがとう♪♪」
喜びを表しきった顔で身体を乗り上げて、僕の手を掴んだその勢いで、乳酸菌飲料は身体に押し倒され、テーブルに広がっていく。そして、その一部が彼女の水着へと染み込み、地肌を直接塗っていく‥。……。今すぐイスから立ち上がるのはムリそうだ‥。
この日を境に彼女と毎日のようにプールに通い、日を追う毎にメキメキと上達して‥1週間が経ち‥。プールサイドに立って彼女を見守っている。
「1回も足を着かないで、泳ぎきれたよ!!」
水面から勢いよく上がり、初めて見せる眩しい笑顔。
「うん。見てたよ。おめでとう」
「手を出して♪」
手‥?疑問に思いながらも、顔のすぐ横で開き、
「ハイタッチ!!」
勢いよく飛び跳ねて、張りのある音を立たせたその直後。勢いが良すぎたのか僕はバランスを崩し、次いで彼女の身体が‥
押し倒される形で身体がお互いに密着して、彼女が起き上がるまでの一瞬の間、全ての時間が止まったようにも感じられた。
「ごめんなさい‥」
呟くような小さな声。以来、彼女は何も話さなくなり‥青かった空は時間を追う毎に次第に茜色へと染まっていく。
プールから出て挨拶を交わし、いつもと同じように家路に向かおうとしたその矢先、声をかけられて僕は振り向いた。
「泳げるようになった、お札をまだしてないから‥」
羽を使い、足がゆっくりと地面から離れていき、そして‥マシュマロよりも柔らかい感触が唇に広がっていく‥。ほんの一瞬の出来事。でも長い長い時間にも感じられる。目の前でゆっくりと開かれていく大きな瞳に僕が映り、瞬時に照らされている西日にも負けない紅の色が顔を塗っていく。
「さっきから‥。違う。一緒に居るとずっとドキドキしているの。だから‥」
手のひらが胸へと押し当てられて……鼓動を感じる所か、この出来事に頭の処理さえも追いついていない。
「だからね‥。泳げるようになったら、会えなくなるじゃなくて‥泳げても会って一緒に居ていい?」
言葉よりも先に表せたのは頷く事。気の利く言葉が全く出せなかった自分が恨めしい。
「ありがとう♪♪」
喜びを顔一杯に表して、その後は明日以降の会える日や待ち合わせ場所を決めてお互いに家路についた。
夏休みも終わった始業式の後。友人と談笑中に突如として会話が止まり、その表情は驚きや完全に固まっている。そしてその視線を頼りに頭を動かしていくと、僕の隣に彼女が立っていた。
「えへへ。来ちゃいました♪」
屈託のない笑顔を見せると友人方にお辞儀をして、子猫のように二の腕に顔を擦り付けてくる。
怪奇や好奇な目に晒されていく中。きっかけを話す訳にも行かず、適当に誤魔化して教室を後にした。
10月、11月と季節は流れ、今は12月。終業式も近い頃。今日はHRが早く終わって彼女のクラスへ行っても、もう帰ったと‥。今まで一緒に帰らない日は何度かあったから、それはそれで何かの事情があると思う。仕方なしに1人で外に出てから‥渡すプレゼントを考えて駅前へ。
彼女と待ち合わせる時によく使う、大きな樅の木はクリスマスの装飾が施され、辺りは完全にクリスマスムード一色。
ウインドショッピングをして、気になる商品の値札を見ては愕然となり……絶対に傷をつけないように丁寧に戻し、ため息をついて素直に家に帰った。
その次の日も彼女は早くに帰り、その日の夜に電話をしても、話がちぐはぐして要領が得ない。そして最後に「ごめんね」この小さな一言で電話は切られ…考えに考えを重ねても、謝られる理由は何一つ思い浮かばない。
その次の日も次の日も彼女と一緒に帰ることはなかった‥。
「そういえば‥最近のお前1人だよな?喧嘩か?それともフラれたか?」
放課後。友人が冗談を交えているも、深く心に突き刺さっていく言葉。省みれば彼女と話して帰る日々を送っていただけで‥恋人らしい事やお互いの家に行き来した事もない。もしかしたら‥彼女から見れば僕は友達以上恋人未満なのかも知れない。それに‥フッた意味を込めての謝りだったのかも知れない。不安だけが心を塗り潰していく。
「そんな暗い顔するなよ。いざとなれば男だけのパーティーに呼んでやるから」
今日も1人で家に帰って、部屋に入り携帯を手に取るも、突きつけられる言葉に電話をかける事も出来ずに、無気力のまま時間だけが過ぎていく。
そして……
クリスマスの前日、その日の夜。携帯が鳴り響き、見れば彼女の名前。一瞬、戸惑うも出て、聞こえてきたのは彼女の声。
「今ね‥駅前にある、いつもの大きな樅の木の下にいるの‥。今まで会えなくてごめんね‥。本当は明日会いたいって思ってたの。でも……」
後半‥その声は涙声に変わって、上着を掴み飛び出すように家を出て‥力限り走り続けた。
駅前の樅の木の下。彼女の姿はすぐに見つかり、彼女も僕を見つけると走ってきて、飛び込み‥走り疲れた足は踏ん張りが利かずその場に尻餅をついて‥泣く声と共に仄かに温かい水分が胸に染み込み、彼女が落ち着くまで頭を撫で続けた。
話をしたいと思っても、真っ赤になるまで泣き腫らした彼女を近くの喫茶店に入れる訳にもいかない。
「あのね‥。その…家に来てほしいの‥」
二つ返事で返して、いつもの学校の帰りと同じように手を繋いで、初めて行く彼女の家に心が踊っていく。
「ここが家。ただいま」
「おじゃまします」
案内されるままに廊下を歩いて、
「あら‥連れてきたの?」
会ったのはサキュバス。服の面積のなさに、つい見惚れてしまいそうになっている自分がに鞭を打ち、直視しないように不自然なまでに首を曲げている。
「妹から話は聞いているわ。よろしく♪」
妖艶な笑み。そして‥その瞳に吸い込まれていく感覚と共に、急激に高鳴っていく心臓。鼻で息をするのがつらく、口から出る息は熱を帯び、身体も熱い。
不意に腕を引っ張られた事で‥僕は僕の現実に引き戻された気がした。横を見れば彼女が心配な顔で見ている。
「私は邪魔なようね」
にこやかな笑みに変わり、1つの部屋に入っていき、彼女に手を引かれるまま‥奥の部屋に入った。
「ここが私の部屋です。その恥ずかしいから色々見ないで……」
リンゴよりも真っ赤な顔で弱々しく小さな声を上げて、部屋を眺めるのを止めて向き合い‥彼女はベッドの上にいたワーラビットの縫いぐるみを胸に抱いている。
「そのね‥。12月になってね、クリスマスだから‥一緒に過ごしたいから、お姉ちゃん達にケーキの作り方を教えて貰ってたの。だからその‥一緒に帰ったり、話せなくて、ごめんなさい……。今日‥ケーキが出来たの‥。でも‥出来たケーキを見てたら‥今まで会えなかった事に急に悲しくなってきて‥それで………電話して……」
目尻に大粒の涙を溜めている。
「話すことはこれからも、たくさんできるからいいよ。それに手作りのケーキが嬉しくて、明日が待ち遠しくて楽しみで、作ってくれてありがとう」
手を取って話した後、指で涙を拭い彼女と身を寄せるように隣に座った。
「クリスマスだから、ケーキのお札と一緒にプレゼントを渡したい。何か欲しい物とかある?」
「小さい頃からずっと欲しいのがあるの。でも……」
言葉に反して彼女の顔は不思議と暗い。
「駅前の大きな樅の木の一番上にある星が欲しいの…。でも…独り占めしたら、みんなから楽しい気持ちが無くなりそうで、だから、だから……」
「分かった。僕がなんとかする」
力強く頷いて返し、彼女の顔からは次第に明るさが取り戻ってくる。
今日は夜も遅いからといった事もあり、初めて泊まる事に……
でも‥ドキドキして眠れない中。隣でスヤスヤと寝息を立てている彼女の寝顔を見れた事が何よりも嬉しく、そして‥一睡も出来ないままに夜は明けて‥
「行ってくる」
「行ってらっしゃい♪♪」
駅に向かい、そのまま闇雲に探すよりも、飾りつけの担当を探して話を聞いて……彼女のが望んだのと同じ星を見付け、ラッピングも終わった頃には夕暮れを過ぎて、急いで戻り‥玄関には彼女が立っていた。
「お帰りなさい♪」
「ただいま。おじゃまします。かな‥?」
部屋に案内されて‥中は昨日と打って変わって赤と緑のクリスマス装飾。テーブルの上には白い1つの箱。開けられて出てくるケーキ。真ん中に1本の細い蝋燭が刺される。
「今年が初めて一緒に過ごすクリスマスだから。だからね‥。その‥。来年、再来年って、蝋燭の数を1本づつ増やしていこうね♪♪」
「うん」
力強く頷き、彼女の顔は真っ赤。僕もきっと赤いと思う。
切り分けられるケーキ。光の加減か、断面から見えるスポンジは不思議な色に見えた…。
口に運んだ瞬間‥今まで感じたことがない未知の味が広がる。そして‥遠退いていく意識。彼女の声が遠くに聞こえてくる……。
目を開けた時には彼女のベッドに寝かされて‥涙で溢れた顔を拭った後に‥気を取り直して初めてのプレゼントを手渡す事が出来た。
12/12/13 01:31更新 / ジョワイユーズ