僕のお姉ちゃんたち
新堂家において、両親の不在は珍しい事ではなかった。
というか、むしろ共働きである彼らは家にいる事の方が少ない。週末も例外ではなく。
お盆や年末年始は流石に休めるが、それでも二日が精々だ。誕生日やクリスマスを家族三人で過ごした事など、数えるほどもない。
代わりに、それらの日を含めて、彼は頻繁に伯父夫婦の家へ預けられていた。
自宅からバス一本で行ける距離にある、八城家だ。
八城家には双子の姉妹がおり、彼女たちは彼にとても良くしてくれた。伯父夫婦も同様に、うちには子供が三人いる、と笑いながら可愛がってくれていた。
※
この日も、そんな一日だった。
父親は週の頭から出張中で、母親は何かの会議があるらしい。日付が変わる前に帰れるか怪しいと、出がけに言われていた。
いつものようにバスに乗り、いつものバス停で降りる。学校帰りに訪れる平日と違い、今日から二連休という事もあって、荷物は少し多めだった。
「あーちゃん」
バスの音が遠ざかったところで、そう声をかけられる。これも、いつもの事だった。
顔を上げると、視線の先に笑顔で手を振る人物が二人。女性と言うにはやや幼く、少女と言うには大人っぽい。確か十九歳だったはず、と彼は頭の中で確認する。七つ年上なのだから、間違いはないだろう。
二人は、よく似た顔立ちをしていた。というか、瓜二つだった。
肩にかかるかどうかというショートカットの髪に、やや垂れた目。右目の下の泣きボクロまで同じだ。身長も同じだと言っていたのを思い出す。体重は知らないが。
彼女たちは、一卵性の双子なのだ。
姉の名が、美凪。妹の名が、燐。初対面の人間では、どちらがどちらかは、まず分からない。実の親ですら稀に間違える事があるが、しいて言えば美凪の方が少しだけ料理が上手く、燐の方が少しだけ勉強を教えるのが上手い。
とはいえ、それも違いと言えるほど大きな差ではなく、彼もそれを根拠に二人を見分けている訳ではなかった。
では何を、と言われても答えようはない。気がついたら、何となく分かるようになっていたのだ。
頻繁に顔を合わせているというのに、いつも、この最初の瞬間というのは気まずかった。照れくさいと言い換えてもいいかも知れないが、何かしらの違いがあるような気もする。
あーちゃん、という物心ついた頃から続く呼び名も一因だろうと、彼は思った。女みたいだという反発心も、しかし本名もまた飛鳥という男女どちらでも違和感のないものでは酷く虚しい。
「……こんにちは」
ペコリと頭を下げる人見知りしたような飛鳥の態度に、双子は同じように好ましげな微苦笑を浮かべた。
「他人行儀ねー、いつもの事だけど」
「まあ久しぶりだし、分からないでもないけどね」
腰に手を当てる美凪を宥めるように、燐がそちらに視線を向ける。が、
「先週、来たよ……」
ボソッと飛鳥が言うと、彼女は気まずげに黙りこんで目を逸らした。それから開き直ったように飛鳥に歩み寄り、
「いいのよ、私は久しぶりだと思ったんだから」
後ろから彼の身体に腕を回して抱きしめる。
「わ……」
昔から変わらぬ積極的なスキンシップに、飛鳥は戸惑ったような声を洩らした。顔が赤くなってでもいるのか、美凪がクスクスと笑う。
「それじゃ、行こっか」
彼女は飛鳥の荷物を手に取り、背後の燐が彼の手を引いて歩き出した。
※
八城家はバス停から十分ほど歩いた閑静な住宅街の、比較的、陽当たりのいい場所にある二階建てだった。
坂道の途中にあるため、二段ほどの階段を上ってから門を開ける。飛び石の上を歩いて玄関まで行くと、美凪がポケットから鍵を取り出した。それを鍵穴に挿しこむが、
「……あれ?」
どうやら鍵はかかっていなかったらしく、彼女は怪訝そうな表情で鍵を抜き、ノブを捻る。
「あら、お帰りなさい。丁度よかったわ」
開いたドアの向こうには、双子を十年ほど成長させたような女性の姿があった。よく双子の姉と誤解されるらしいが、紛れもなく彼女たちの母親である。
飛鳥にとっては伯母に当たるが、そう呼ぶのが申し訳なく感じるような若々しい外見だった。もっとも当人は全く気にしておらず、むしろ歳を気にして相応の呼び方を執拗に忌避する方がよほど無様、と言って憚らないような女性なのだが。
「どうしたの、母さん。こんな時間に……」
「学生時代の友達が事故に遭ったから、お父さんと一緒にお見舞いに行くために早退してきたのよ」
「あ……そうなんだ」
少しだけ声のトーンを落として、美凪が道を開けた。彼女に倣って、飛鳥――と、再び背後から腕を回してきていた燐――も脇へ退く。
「ごめんなさいね、飛鳥。せっかく来てもらったのに、構ってあげられないけど……」
「ううん、大丈夫。それより友達の人、大した事ないといいね」
そうね、と微笑みながら彼女は娘たちを見遣り、
「悪いけど、後は頼むわね。夕方には帰ってくるけど」
「うん。いってらっしゃい」
「気をつけて」
少しだけ忙しなく踵を返す母親に、美凪は自分の、燐は何故か飛鳥の手首を取って、それぞれ手を振って見送った。
勝手知ったる他人の家のリビングで、飛鳥はテーブルに向かっていた。
目の前にはノートと問題集が広げられ、手にはシャーペン。自宅にいようが他所の家にいようが、彼の行動パターンは、そう変わらない。
「あーちゃんは真面目だねー」
アイスティーのグラスを邪魔にならない位置に置きながら美凪が苦笑するが、飛鳥は自分が真面目だと思った事はなかった。単に嫌な事や面倒な事は、先に片づけてしまいたいだけである。
そんな飛鳥の隣に座り、燐は彼の手元を眺めていた。時々シャーペンが止まっても、すぐには教えずに彼が自分で考える事を促している。が、
「……何だか、どんどん私の出る幕がなくなってくわね」
飛鳥が手を止め、アイスティーに手を伸ばしたタイミングで彼女は溜息をついた。
「分からない事があっても、まずは自分で頑張ってみようとする方向で伸ばしたつもりだったけど、おかげで、あーちゃん全然頼ってくれなくなっちゃったし」
「いや、だって……。分かるんだから頼らないでしょ、普通」
拗ねる年上を、飛鳥は困ったように見遣る。
「今どき塾にも通ってないのに、けっこう成績いいんだってね」
そう言いながら、対面に菓子皿と自分の分のアイスティーを持って美凪が座った。
「別に、普通……。塾行ってる奴らの方が、テストの点はいいよ」
とはいえ、クラスメイトから勉強のやり方を教えてほしいと言われた事もある飛鳥である。取り立てて特別な事をしている意識もない彼には、精々、分からない問題があるなら、その問題の解き方を自分で調べる、くらいの事しか言えなかったが。
ちなみに、それに対して返ってきたのは、調べ方が分からない、という答えだった。
教科書に書いてあるのに、と飛鳥は思う。その後に、ネットで調べるのかと続いたときには、もう何を言っていいやら分からなくなってしまった。
「燐姉ぇは誇らしい反面、ちょっぴり淋しいでーす。ねえ、分からない問題ないの?」
膝を抱えて身体を左右に揺らしていた燐は、大きく飛鳥の側に身体を傾けると、自分の頭を彼の頭にコツンとぶつける。
「ないよ、今んとこ」
「あれよう……。分かんなくなれよう……」
そのまま頭をグリグリしていると、
「あっ……」
「わっ!?」
バランスを崩した燐を支えきれず、彼女もろとも飛鳥はカーペットに転がった。
「もう。零したらどうすんの」
半ばほどまで減った琥珀色の液体が激しく揺れるグラスをテーブルに置きながら、飛鳥は咎めるように言う。けれど燐は、彼の腰に腕を回してクスクスと笑うばかりだった。
「まあまあ。その辺も含めて、ちょっとやそっとの問題は、燐姉ぇサポートセンターがサクッと解決しますから」
「……燐姉ぇの問題は、誰がサクッと解決してくれんの?」
飛鳥が半眼になると、燐は無言で美凪を指差し、美凪は黙って手でバツ印を作った。
サポート対象外という事らしい。
※
結局、大して燐が活躍する事もなく宿題は終わった。
美凪主導で三人で昼食を作り、それぞれが手がけたものを互いに批評しながら食事を終える。それから、後片づけも三人で済ませた。
午後になれば、これといってやるべき事もなかった。暫くは三人で代わる代わるテレビゲームで対戦などしていたが、それにも飽きて、今は双子が前日に借りてきた映画を見ている。
飛鳥の好みに合わせてくれたのか、それはハリウッド製のアクション物だった。といっても、主人公が一人で巨悪に立ち向かう火薬多めの現代劇ではなく、中世ヨーロッパに似た異世界を舞台にしたファンタジー物だが。
『やっぱり男の子は、剣とか魔法とか好きなんだね』
見始める前に、美凪はそんな事を言っていた。
確かに、いまいち実戦的なのか分からないながらも見映えのするアクションは好きだが、しかし、その言われようは何だか子供扱いされているようで、飛鳥は少しだけムッとなった。事実として子供なので、ムッとしても仕方がないのも分かるのだが。
とはいえ、それを言うなら女の子である双子は、それこそ剣だの魔法だのの映画を見ても楽しめないのではないかとも思う。
気を遣わせてしまっているような気がして申し訳なく思いながら、飛鳥は何処へともなく逸らしていた視線を画面へ向け――
「…………」
無言のまま再び逸らした。
つい先程までは画面の中ではイケメンとヒゲダンディが格好よく斬り結んでいたはずなのに、いつの間にかシーンは変わり、今は薄暗い部屋の中でイケメンとヒロインが口づけを交わしていた。
圧倒的スケールと迫力で送るアクション大作――そう謳っていたはずなのに、何故。
酷く気まずい思いで飛鳥は双子を見遣るが、意外にも彼女たちは平然と画面を眺めていた。その佇まいに互いの年齢差を再認識するが、ややあって彼女たちに対して抱いた印象が間違っているらしい事に彼は気づいた。
平然、ではない。
眺めている、でもない。
少女たちの頬は、微妙に赤らんでいる。瞳は輝き、食い入るように画面を見つめていた。
変貌と言ってもいい双子の様子は、女の子でもちゃんと楽しめているらしい、などと安堵する余裕を飛鳥から奪い去っていた。
若干の怖さを胸に窺っていると、ふっと美凪の視線が飛鳥を向いた。目が合う。
「……してみる?」
微笑みかけられた事に戸惑う彼の耳元で、いつの間にか背後に回った燐が囁いた。
「えっ……!?」
ビクッと肩を跳ねさせて振り返る飛鳥に、彼女は目を細める。代わりに、
「おんなじ事、してみようか……?」
妹とよく似た甘い声と共に、姉が近づいてくる音が耳に届いた。
「な……なに言ってんの」
彼女たちの悪戯好きは知っていたので、どうせからかわれているのだと思い、飛鳥は微妙に引きつった笑顔で流そうとする。しかし、
「あーちゃんは、ああいうの興味ない?」
「キス……とか」
わざと息を吹きかけるような囁きに、慌ててそちら側の耳を押さえながらカーペットの上を後退った。尋常ではない熱を頬に感じ、俯く。
正直に言えば、興味はあった。ない訳がない――子供とはいえ、男なのだから。
絶対に他人には言えないが、この双子とそういう事≠する妄想だってした事はある。けれど、そのあと決まって言葉に出来ないほどの罪悪感に苛まれるのだ。
誰にも言った事のない自分の汚い部分を何故か彼女たちが知っていて、それを突きつけられたような気がして飛鳥は震えた。それでも平静を装い、取り繕うように言う。
「で、でも……そういうのって好きな人とするもんだし……」
彼の言葉に、双子は良く似た表情でキョトンと目を丸くした。それから、ふっ、と小さく噴き出す。
「私たち、好きよ? あーちゃんの事」
「……いや、そういう意味じゃなくて」
臆面もなく言う美凪の言葉に、飛鳥は目を逸らした。彼女たちの言う好き≠ヘ、弟みたいだとか、そういう意味だろうと思う。
「考えが古いなー、あーちゃんは。昭和だよ、昭和」
自分だって年号が昭和だった頃には影も形もないにも関わらず、まるで当時を知るかのような口調で燐は呆れて見せた。
「キスなんて、そんな構えるような事じゃないよ。ほら……」
そう言って彼女は手を伸ばす。
美凪の方へ。
その美凪も燐の傍らへやって来ると、差し伸べられた手を取って自分の頬に宛がいながら、ゆっくりと目を閉じて――
双子は互いに当たり前のように顔を寄せ合うと、その艶やかな唇を重ね合った。
「…………」
あまりの出来事に、飛鳥は思考停止して硬直していた。にも関わらず、視線は互いの感触を確かめるように重なり、啄み合う彼女たちの唇から逸らせなくなっている。
同性同士――しかも血の繋がった姉妹で、一卵性の双子。そんな二人が頬を上気させて求め合う倒錯的な光景に、飛鳥の心臓は激しく脈打っていた。
やがて、くちゅ……、という音と共に唇が離れる。
「……ね?」
燐は僅かに呼吸を荒らげながら、流し目で微笑んだ。
※
恐怖にも似た感情に支配され、動く事の出来ない飛鳥に美凪が擦り寄って来る。
「してみよ……? ね?」
「……でも」
安心させるように微笑む美凪に、それでも飛鳥が躊躇うように目を逸らすと、不意に彼女の表情が淋しげなものに変わった。
「……それとも、あーちゃんは私たちのこと嫌い?」
冗談でもその可能性は口にしたくなかった、という口調に、飛鳥は慌てて視線を上げる。
「そっ、そんな事ない……けど……」
「けど……? 怖い?」
優しい声で燐。
「怖くなんて……」
「じゃあ……しよ?」
スルリと後ろから腕が回され、右の頬に柔らかな燐の唇が押し当てられた。
そのまま自分の唇の方へそれが移動してくるのを感じながら、飛鳥は怯えるようにキツく目を瞑る。左の頬へ手が添えられ、彼女の方へ振り向くよう促された。
やがて唇が重なる。驚くほど柔らかい。包みこまれるような温もりに優しく撫でられ、甘く吸われた。
少し遅れて、燐の手が離れた左の頬にも同じような感触を覚える。それは首筋の方へ移動すると、つ、と舌先で舐め上げた。
「ん……ぁ……」
最後に軽く耳たぶを噛まれ、飛鳥の口から小さく声が洩れた。
頑なに引き結ばれていた唇が開かれると、燐はチロリとそこを舐めてから、舌を彼の口内に侵入させる。
「んっ……んんっ……!?」
驚いたように目を見開く飛鳥に視線だけで笑いかけ、その小さな舌を絡め取った。
その間に美凪は、下から飛鳥のシャツの中へ手を差し入れた。少年らしい、まだそれほど筋肉もついていない身体を愛おしげに撫でる。
指先で乳首を転がされ、彼はくすぐったそうに身体をよじった。
「んぐ……ぁ」
ようやく唇が離され、口の中に溜まった唾液を飲みこんでから飛鳥は息をつく。けれど美凪が自分のズボンを脱がそうとしているのに気づいて、慌ててその手を押さえた。
「な……何するの……」
ぼうっとする頭と回らない口でそう訊くと、彼女はチラリとテレビの画面に視線を遣る。
「おんなじ事……」
確認しようと首を動かすより早く、今度は悪戯っぽく笑う彼女に唇を奪われた。
「んー! んっ、んん!!」
口の中を掻き回されてから舌を吸い出され、すぼめた唇で扱かれる。はっきりと確認は出来なかったが、それでも視界の端でテレビ画面を捉える事は出来ていた。
薄暗い部屋のベッドの中で、男女が抱き合っていた。下半身は白いシーツで隠されていたが、小六にもなれば性教育くらい受けている。何をしているかは分かった。
キスをしたままベルトが外され、スルリとズボンが下着ごと脱がされる。
いつの間にか背後から燐がいなくなっていた。脱がせたのは彼女だろう。
「……まだ、生えてないんだ」
そう言ってクスッと笑うと、燐は白くて細い指先で飛鳥のモノを弄ぶ。
「やっ――」
ピクンと腰を引くような反応を見せて、飛鳥は首を振って無理やり美凪の唇を外した。
「何で……こんな事するの……?」
涙すら浮かべる彼に、やりすぎを感じたか、少しだけ気まずそうにしながらも美凪は拗ねたように答える。
「だって……あーちゃん、誤解してるんだもん」
「……え?」
「私たちの好き≠ヘ、こういう″Dき。あーちゃんが思ってるような意味でキスだって出来るし、裸だって見せられる」
それを証明するように、二人は躊躇う事なく服を脱いでいく。
「それに、あーちゃんになら本当の姿を見せても大丈夫だと思ったし……」
「え……」
そう言って下着まで脱いで全裸になった燐に、飛鳥は我が目を疑った。
白い肌は瑞々しく、張りがある。豊満な胸は、しかし決して重力には負けておらず、薄く染まる先端は桜色という表現がぴったりだった。そして――
いつの間にか彼女の頭には弧を描く角が生え、その背にはコウモリのような羽が広がる。腰からは、先端がハートのようになった尻尾が生えていた。
「……サキュバス、っていうのよ」
横から美凪――彼女も同じような姿になっていた。
その特徴を端的に言うなら、悪魔、だろう。けれど邪悪さは感じられない。醜悪さもない。向けられる眼差しはひたすらに一途で、しかし拒絶されるかも知れない不安からか瞳の奥は揺れていた。
「……綺麗」
見惚れたように陶然となって、意図せずといった感じで飛鳥の口から感想が零れた。
「えぅ……!?」
完全なる不意討ちに、燐が赤くなる。先程までの性的な興奮からくる上気ではなく、少女めいた――少女らしい恥じらいからくる赤面だ。
「そっ、そういうとこ……あーちゃん、昔からズルい……」
表情を隠すように俯く、尖った耳の先まで赤くなる妹の姿に、美凪は微笑ましげに目を細めた。しなだれかかるように飛鳥を抱きしめる。
「ほんと、ズルいわよね……。そうやって自覚もなく、いちばん欲しい言葉をくれたり、逆に思いもしなかった嬉しい事を言ってくれたり」
そう言って額に口づける彼女に代わり、燐は少しだけ恨めしげな上目遣いで、
「それで私たちが、どれだけドキドキしてたかなんて、きっと知らないんだろうね……」
四つん這いのままにじり寄り、まだ皮の剥けきっていない飛鳥の亀頭を指先でつついた。
「んっ……!」
走る快感に、ピクンと飛鳥は目を細める。
「だから、ずっと我慢してたんだけど、もう無理。あーちゃんが高校生になるくらいまでは、って二人で話してたんだけど……」
「ごめんね……」
耳元で熱く囁かれ、
「「欲しくなっちゃった」」
続いた言葉は、どちらが口にしたものか飛鳥には分からなかった。
※
燐の頭が、ゆっくりと下がっていく。
その唇が何に向かっているのかを悟り、飛鳥は目を剥いた。
「だっ――駄目だよ、そんなの! 汚いよ」
「汚くなんてないよ。あーちゃんのだもん」
美凪が笑いかけ、彼の手を取る。
「いっぱい色んな事してあげる……だから、あーちゃんも、いっぱいして……」
両手を胸へと導かれ、どうすればいいのか迷うように飛鳥は動きを止めた。その手の上から重ねられた美凪の手が、促すように円を描く。
「……どう?」
「柔らかい……」
真っ赤な顔で陶酔したように呟く飛鳥は、やがて自分から手を動かし始めた。ふにゅっ、と握る手に力を入れると、んっ、と美凪が鼻にかかった声を洩らす。
「あっ、ごめん。……痛かった?」
「ううん、気持ちよかった。あーちゃん、上手」
もっとして、と言いながら彼女は、片方の乳房を持ち上げて、その先端を飛鳥の口元へ差し出した。
「手だけじゃなくて、口でもしてくれると嬉しいな……」
「う……うん」
躊躇いがちに頷き、彼は少しずつ顔を近づけていく。ふんわりと包みこまれるような、仄かに甘い匂いがした。
差し出した舌の先でチロッと乳首を舐めると、あっ、と美凪が吐息混じりに啼く。そのまま小さな乳輪を覆い隠すように口を触れさせ、飴玉でも転がすように舌を動かし始めると、彼女の声は更に大きくなり、艶を増していった。
「じゃあ、そろそろ、あーちゃんも気持ち良くしてあげるね」
わざわざ待っていたらしい燐が、少しだけ嗜虐的な色を滲ませて笑んだ。飛鳥のモノを握ってフニフニと軽く揉むと。硬くなり始めたそれを根本からネットリと舐め上げる。愛おしげに先端に口づけると、ゆっくりと口に含んで、熱く濡れた柔らかな舌を蛇のように絡ませた。
「ん……ぅ、あ……っは……」
初めて受ける刺激と快楽に、飛鳥は美凪の胸から口を離して喘ぐ。剥けきらない皮と亀頭の間に燐の舌が差し入れられ、にゅるんと剥かれた瞬間、
「――ぁあ!!」
思わず大きな声が洩れた。
「……可愛い。女の子みたい」
軽く仰け反る飛鳥に、美凪は口元に手を当てて微笑む。反対の手で背中を支えながら、優しく彼を横たえた。
「なら、私も気持ちよくしてあげる」
それから、彼女もまた飛鳥のモノへと唇を寄せた。トロリと滴り落ちる妹の唾液を舐め取るように、舌先で睾丸のあたりを掬って、軽く吸いながら唇でやわやわと刺激する。
唾液を絡ませながら先端をしゃぶり、舌先で裏筋を刺激していた燐が、ゆっくりと横へ移動した。呼応するように睾丸を舐め上げた美凪が反対側へ移動し、双子の唇と舌が飛鳥のモノを左右から挟みこんだ。
ただ舐められるだけですら未知の感触だったというのに、こうなると、もう何と表現していいか分からなかった。ひたすら柔らかく、しなやかで熱い、ぬるりと濡れた別の生き物が、絡み合い這いずり回り包みこんでくるようだ。
左右から唇で挟み、吸い、舌を這わせる双子は、少しずつ亀頭の方へ移動していくと、先端を舐めしゃぶりながら互いの舌をも絡ませ始める。同時に尻尾も互いの股間に向かい、蠢き始めた。
ぴちゃぴちゃという水音と、ぬらりと光る絡み合う舌。溢れ出し混ざり合う、どちらのものかも分からなくなった唾液に濡れていく亀頭。狭い所へ入りこもうと、蛇のようにうねる尻尾。上気した双子の頬と、吐息混じりの嬌声。
それらから目も意識も逸らせず、飛鳥のモノはガチガチに硬くなっていた。
やがて唾液の糸を引きながら口を離した燐が、上目遣いに飛鳥に視線を向けてきた。
「……凄いね、あーちゃん。出さないなんて、頑張り屋さん」
テストで百点を取ったのを褒めるような口調だった。
そのまま燐は飛鳥の上に跨り、ゆっくりと腰を下ろす。愛液に塗れてグチュグチュになった女性器に亀頭が触れた瞬間、飛鳥の身体がピクンと震えた。
程なくして、柔らかくも弾力のある肉を押し広げる感触と共に、飛鳥のモノがニュルリと燐の中へと入っていく。熱くすら感じる体温と吸いつくようなヒダヒダが、彼を根本まで呑みこんだ。
「あっ……は、ぁ……。凄い……あーちゃんと一つになってる」
上気した頬と陶然とした眼差しで、燐はゆっくりと腰を振り始める。
「ぅ……、あっ……あぁっ……!」
下半身を中心に痺れるように広がる未知の快感に、飛鳥は堪らず声を洩らした。
更に左手が持ち上げらあれ、指先に熱く濡れた感触が広がる。見れば、美凪がネットリと味わうように舌を這わせていた。
彼女は目だけで淫らに微笑むと、その飛鳥の指を自分の秘所へと差し入れる。
「ん、ぅあ……あぁん!」
そのまま自慰のように身体を揺すっていると、指先がいい所を引っ掻いたのか、その身体が小さく跳ねた。
やがて、扱かれる股間に何かがこみ上げて来る。燐の方も切なげな嬌声に余裕がなくなり、限界が近い事を窺わせた。
「あっ――あぁっ……! でっ――出ちゃうよ、燐姉ぇ!」
「いいよ……っ。来て――中に来て、あーちゃんっ!!」
燐の言葉の最後は既に悲鳴と区別がつかなくなり、仰け反る彼女の下で飛鳥もまた身体を震わせた。ビクンビクンという痙攣の度に熱い液体が吐き出され、膣内を満たしていく。
「お疲れ様……」
放心したように荒く息をつく飛鳥の頭を撫でながら、美凪が慈母のような笑みを浮かべた。
「少し休んだら、今度は私とシてね?」
※
ゆっくりと飛鳥は目を開く。
周囲は薄暗い。ぼんやりした頭では、既に朝である事に気づくのに随分と時間がかかった。
珍しく俯せで眠っていた彼は、人肌で温められた柔らかな寝具に手をついて、のっそりと身体を起こそうとする。が――
「うわっ!?」
掌に伝わってきた異様にふんにょりした感触に目を遣り、飛鳥は慌てて飛び起きた。
何故かその手の下には、程よく大きくて形のいい美凪の剥き出しの胸があった。というより、全裸の飛鳥の下に、同じく全裸の美凪が眠っていたというのが正解だ。
混乱しながら彼女の上から退こうとした瞬間、ニュルンという甘い痺れが下半身を襲った。
それが美凪の中に差し入れられたままになっていた自分のモノが引き抜かれた感触だと悟ると共に、腰砕けになりながら飛鳥はそれまでの記憶を取り戻した。
電話が鳴ったのは、休憩を挟んで美凪に押し倒されているときだった。
受話器を取ったのは一糸まとわぬ燐で、相手は伯母――つまり彼女の母親だったらしい。曰く、久々に夫婦で外へ出てきたので二人で食事をしてから帰る、との事だった。
これで完全に双子のスイッチが入ってしまったのだ。
幾度となく代わる代わる求められ、夕食の時間こそ取れたものの、その後は二人に風呂場へ連れていかれて揉みくちゃにされ、寝室に入ってからも二人がかりで散々貪られた挙句、気絶するように眠りに落ちたのだ。
そこには、高校生になるまで待つつもりでいたとは思えない、遠慮の欠片も見受けられなかった。
「ぅ〜……ぁ〜……」
途方に暮れたように飛鳥は項垂れる。いったい何度達したのかも憶えていなければ、このあと双子とどう接すればいいのかも分からない。
何より怖いのは、伯父や伯母の反応だった。
自分のした事が、ほんらい子供を作るための行為だというのは知っていた。出来てしまったらという不安こそ、行為の最中に双子から『サキュバスだから大丈夫』だと知らされていたが、それでも疚しさや申し訳なさは消えない。
どう言い訳すればいいのだろう。そんな事を考えかけて、飛鳥は頭を振った。言い訳ではなく、謝らなければならないのだと思い直す。赦してもらえるとも思えないが。
もうこの家に来る事も、伯父や伯母に笑顔を向けてもらう事もなくなるのかも知れないと唇を噛んでいると、不意に左右の手が同時に優しく握られた。
「大丈夫だよ……」
「母さんもサキュバスだから」
安心させるようでいて僅かに笑いの成分を含んだ双子の言葉に、飛鳥の思考が止まる。
「……え?」
とはいえ、彼女たちがサキュバスである以上、その親である伯母がそうである事は何もおかしくはない。
おかしいのは、と、寝室へ引き上げる際に見た、帰ってきた伯父と伯母の微笑ましげな表情が思い出された。てっきり仲の良い子供たちを喜ばしく思ってのものだと思っていたのだが。
「まさか……」
初めから家族ぐるみでそのつもり≠セったのでは――恐怖にも似た感情が飛鳥の中に湧き上がる。思えば、夕食までには帰ると言っていた伯母から外で食事をしてくると電話があったのも、そうなってもいいように≠ニいう彼女なりの、娘たちへの気遣いだろう。
そうなる℃魔連絡している時間などなかったはずだが、それこそ、もしかしたら伯母の出がけにサキュバス同士のアイコンタクトがあったのかも知れない。
「という訳で……」
「これからも、よろしくね」
それでも、それを確かめる勇気はない飛鳥は、
「……うん」
身を起こした双子に左右から頬にキスをされ、真っ赤になって頷くしかなかった。
というか、むしろ共働きである彼らは家にいる事の方が少ない。週末も例外ではなく。
お盆や年末年始は流石に休めるが、それでも二日が精々だ。誕生日やクリスマスを家族三人で過ごした事など、数えるほどもない。
代わりに、それらの日を含めて、彼は頻繁に伯父夫婦の家へ預けられていた。
自宅からバス一本で行ける距離にある、八城家だ。
八城家には双子の姉妹がおり、彼女たちは彼にとても良くしてくれた。伯父夫婦も同様に、うちには子供が三人いる、と笑いながら可愛がってくれていた。
※
この日も、そんな一日だった。
父親は週の頭から出張中で、母親は何かの会議があるらしい。日付が変わる前に帰れるか怪しいと、出がけに言われていた。
いつものようにバスに乗り、いつものバス停で降りる。学校帰りに訪れる平日と違い、今日から二連休という事もあって、荷物は少し多めだった。
「あーちゃん」
バスの音が遠ざかったところで、そう声をかけられる。これも、いつもの事だった。
顔を上げると、視線の先に笑顔で手を振る人物が二人。女性と言うにはやや幼く、少女と言うには大人っぽい。確か十九歳だったはず、と彼は頭の中で確認する。七つ年上なのだから、間違いはないだろう。
二人は、よく似た顔立ちをしていた。というか、瓜二つだった。
肩にかかるかどうかというショートカットの髪に、やや垂れた目。右目の下の泣きボクロまで同じだ。身長も同じだと言っていたのを思い出す。体重は知らないが。
彼女たちは、一卵性の双子なのだ。
姉の名が、美凪。妹の名が、燐。初対面の人間では、どちらがどちらかは、まず分からない。実の親ですら稀に間違える事があるが、しいて言えば美凪の方が少しだけ料理が上手く、燐の方が少しだけ勉強を教えるのが上手い。
とはいえ、それも違いと言えるほど大きな差ではなく、彼もそれを根拠に二人を見分けている訳ではなかった。
では何を、と言われても答えようはない。気がついたら、何となく分かるようになっていたのだ。
頻繁に顔を合わせているというのに、いつも、この最初の瞬間というのは気まずかった。照れくさいと言い換えてもいいかも知れないが、何かしらの違いがあるような気もする。
あーちゃん、という物心ついた頃から続く呼び名も一因だろうと、彼は思った。女みたいだという反発心も、しかし本名もまた飛鳥という男女どちらでも違和感のないものでは酷く虚しい。
「……こんにちは」
ペコリと頭を下げる人見知りしたような飛鳥の態度に、双子は同じように好ましげな微苦笑を浮かべた。
「他人行儀ねー、いつもの事だけど」
「まあ久しぶりだし、分からないでもないけどね」
腰に手を当てる美凪を宥めるように、燐がそちらに視線を向ける。が、
「先週、来たよ……」
ボソッと飛鳥が言うと、彼女は気まずげに黙りこんで目を逸らした。それから開き直ったように飛鳥に歩み寄り、
「いいのよ、私は久しぶりだと思ったんだから」
後ろから彼の身体に腕を回して抱きしめる。
「わ……」
昔から変わらぬ積極的なスキンシップに、飛鳥は戸惑ったような声を洩らした。顔が赤くなってでもいるのか、美凪がクスクスと笑う。
「それじゃ、行こっか」
彼女は飛鳥の荷物を手に取り、背後の燐が彼の手を引いて歩き出した。
※
八城家はバス停から十分ほど歩いた閑静な住宅街の、比較的、陽当たりのいい場所にある二階建てだった。
坂道の途中にあるため、二段ほどの階段を上ってから門を開ける。飛び石の上を歩いて玄関まで行くと、美凪がポケットから鍵を取り出した。それを鍵穴に挿しこむが、
「……あれ?」
どうやら鍵はかかっていなかったらしく、彼女は怪訝そうな表情で鍵を抜き、ノブを捻る。
「あら、お帰りなさい。丁度よかったわ」
開いたドアの向こうには、双子を十年ほど成長させたような女性の姿があった。よく双子の姉と誤解されるらしいが、紛れもなく彼女たちの母親である。
飛鳥にとっては伯母に当たるが、そう呼ぶのが申し訳なく感じるような若々しい外見だった。もっとも当人は全く気にしておらず、むしろ歳を気にして相応の呼び方を執拗に忌避する方がよほど無様、と言って憚らないような女性なのだが。
「どうしたの、母さん。こんな時間に……」
「学生時代の友達が事故に遭ったから、お父さんと一緒にお見舞いに行くために早退してきたのよ」
「あ……そうなんだ」
少しだけ声のトーンを落として、美凪が道を開けた。彼女に倣って、飛鳥――と、再び背後から腕を回してきていた燐――も脇へ退く。
「ごめんなさいね、飛鳥。せっかく来てもらったのに、構ってあげられないけど……」
「ううん、大丈夫。それより友達の人、大した事ないといいね」
そうね、と微笑みながら彼女は娘たちを見遣り、
「悪いけど、後は頼むわね。夕方には帰ってくるけど」
「うん。いってらっしゃい」
「気をつけて」
少しだけ忙しなく踵を返す母親に、美凪は自分の、燐は何故か飛鳥の手首を取って、それぞれ手を振って見送った。
勝手知ったる他人の家のリビングで、飛鳥はテーブルに向かっていた。
目の前にはノートと問題集が広げられ、手にはシャーペン。自宅にいようが他所の家にいようが、彼の行動パターンは、そう変わらない。
「あーちゃんは真面目だねー」
アイスティーのグラスを邪魔にならない位置に置きながら美凪が苦笑するが、飛鳥は自分が真面目だと思った事はなかった。単に嫌な事や面倒な事は、先に片づけてしまいたいだけである。
そんな飛鳥の隣に座り、燐は彼の手元を眺めていた。時々シャーペンが止まっても、すぐには教えずに彼が自分で考える事を促している。が、
「……何だか、どんどん私の出る幕がなくなってくわね」
飛鳥が手を止め、アイスティーに手を伸ばしたタイミングで彼女は溜息をついた。
「分からない事があっても、まずは自分で頑張ってみようとする方向で伸ばしたつもりだったけど、おかげで、あーちゃん全然頼ってくれなくなっちゃったし」
「いや、だって……。分かるんだから頼らないでしょ、普通」
拗ねる年上を、飛鳥は困ったように見遣る。
「今どき塾にも通ってないのに、けっこう成績いいんだってね」
そう言いながら、対面に菓子皿と自分の分のアイスティーを持って美凪が座った。
「別に、普通……。塾行ってる奴らの方が、テストの点はいいよ」
とはいえ、クラスメイトから勉強のやり方を教えてほしいと言われた事もある飛鳥である。取り立てて特別な事をしている意識もない彼には、精々、分からない問題があるなら、その問題の解き方を自分で調べる、くらいの事しか言えなかったが。
ちなみに、それに対して返ってきたのは、調べ方が分からない、という答えだった。
教科書に書いてあるのに、と飛鳥は思う。その後に、ネットで調べるのかと続いたときには、もう何を言っていいやら分からなくなってしまった。
「燐姉ぇは誇らしい反面、ちょっぴり淋しいでーす。ねえ、分からない問題ないの?」
膝を抱えて身体を左右に揺らしていた燐は、大きく飛鳥の側に身体を傾けると、自分の頭を彼の頭にコツンとぶつける。
「ないよ、今んとこ」
「あれよう……。分かんなくなれよう……」
そのまま頭をグリグリしていると、
「あっ……」
「わっ!?」
バランスを崩した燐を支えきれず、彼女もろとも飛鳥はカーペットに転がった。
「もう。零したらどうすんの」
半ばほどまで減った琥珀色の液体が激しく揺れるグラスをテーブルに置きながら、飛鳥は咎めるように言う。けれど燐は、彼の腰に腕を回してクスクスと笑うばかりだった。
「まあまあ。その辺も含めて、ちょっとやそっとの問題は、燐姉ぇサポートセンターがサクッと解決しますから」
「……燐姉ぇの問題は、誰がサクッと解決してくれんの?」
飛鳥が半眼になると、燐は無言で美凪を指差し、美凪は黙って手でバツ印を作った。
サポート対象外という事らしい。
※
結局、大して燐が活躍する事もなく宿題は終わった。
美凪主導で三人で昼食を作り、それぞれが手がけたものを互いに批評しながら食事を終える。それから、後片づけも三人で済ませた。
午後になれば、これといってやるべき事もなかった。暫くは三人で代わる代わるテレビゲームで対戦などしていたが、それにも飽きて、今は双子が前日に借りてきた映画を見ている。
飛鳥の好みに合わせてくれたのか、それはハリウッド製のアクション物だった。といっても、主人公が一人で巨悪に立ち向かう火薬多めの現代劇ではなく、中世ヨーロッパに似た異世界を舞台にしたファンタジー物だが。
『やっぱり男の子は、剣とか魔法とか好きなんだね』
見始める前に、美凪はそんな事を言っていた。
確かに、いまいち実戦的なのか分からないながらも見映えのするアクションは好きだが、しかし、その言われようは何だか子供扱いされているようで、飛鳥は少しだけムッとなった。事実として子供なので、ムッとしても仕方がないのも分かるのだが。
とはいえ、それを言うなら女の子である双子は、それこそ剣だの魔法だのの映画を見ても楽しめないのではないかとも思う。
気を遣わせてしまっているような気がして申し訳なく思いながら、飛鳥は何処へともなく逸らしていた視線を画面へ向け――
「…………」
無言のまま再び逸らした。
つい先程までは画面の中ではイケメンとヒゲダンディが格好よく斬り結んでいたはずなのに、いつの間にかシーンは変わり、今は薄暗い部屋の中でイケメンとヒロインが口づけを交わしていた。
圧倒的スケールと迫力で送るアクション大作――そう謳っていたはずなのに、何故。
酷く気まずい思いで飛鳥は双子を見遣るが、意外にも彼女たちは平然と画面を眺めていた。その佇まいに互いの年齢差を再認識するが、ややあって彼女たちに対して抱いた印象が間違っているらしい事に彼は気づいた。
平然、ではない。
眺めている、でもない。
少女たちの頬は、微妙に赤らんでいる。瞳は輝き、食い入るように画面を見つめていた。
変貌と言ってもいい双子の様子は、女の子でもちゃんと楽しめているらしい、などと安堵する余裕を飛鳥から奪い去っていた。
若干の怖さを胸に窺っていると、ふっと美凪の視線が飛鳥を向いた。目が合う。
「……してみる?」
微笑みかけられた事に戸惑う彼の耳元で、いつの間にか背後に回った燐が囁いた。
「えっ……!?」
ビクッと肩を跳ねさせて振り返る飛鳥に、彼女は目を細める。代わりに、
「おんなじ事、してみようか……?」
妹とよく似た甘い声と共に、姉が近づいてくる音が耳に届いた。
「な……なに言ってんの」
彼女たちの悪戯好きは知っていたので、どうせからかわれているのだと思い、飛鳥は微妙に引きつった笑顔で流そうとする。しかし、
「あーちゃんは、ああいうの興味ない?」
「キス……とか」
わざと息を吹きかけるような囁きに、慌ててそちら側の耳を押さえながらカーペットの上を後退った。尋常ではない熱を頬に感じ、俯く。
正直に言えば、興味はあった。ない訳がない――子供とはいえ、男なのだから。
絶対に他人には言えないが、この双子とそういう事≠する妄想だってした事はある。けれど、そのあと決まって言葉に出来ないほどの罪悪感に苛まれるのだ。
誰にも言った事のない自分の汚い部分を何故か彼女たちが知っていて、それを突きつけられたような気がして飛鳥は震えた。それでも平静を装い、取り繕うように言う。
「で、でも……そういうのって好きな人とするもんだし……」
彼の言葉に、双子は良く似た表情でキョトンと目を丸くした。それから、ふっ、と小さく噴き出す。
「私たち、好きよ? あーちゃんの事」
「……いや、そういう意味じゃなくて」
臆面もなく言う美凪の言葉に、飛鳥は目を逸らした。彼女たちの言う好き≠ヘ、弟みたいだとか、そういう意味だろうと思う。
「考えが古いなー、あーちゃんは。昭和だよ、昭和」
自分だって年号が昭和だった頃には影も形もないにも関わらず、まるで当時を知るかのような口調で燐は呆れて見せた。
「キスなんて、そんな構えるような事じゃないよ。ほら……」
そう言って彼女は手を伸ばす。
美凪の方へ。
その美凪も燐の傍らへやって来ると、差し伸べられた手を取って自分の頬に宛がいながら、ゆっくりと目を閉じて――
双子は互いに当たり前のように顔を寄せ合うと、その艶やかな唇を重ね合った。
「…………」
あまりの出来事に、飛鳥は思考停止して硬直していた。にも関わらず、視線は互いの感触を確かめるように重なり、啄み合う彼女たちの唇から逸らせなくなっている。
同性同士――しかも血の繋がった姉妹で、一卵性の双子。そんな二人が頬を上気させて求め合う倒錯的な光景に、飛鳥の心臓は激しく脈打っていた。
やがて、くちゅ……、という音と共に唇が離れる。
「……ね?」
燐は僅かに呼吸を荒らげながら、流し目で微笑んだ。
※
恐怖にも似た感情に支配され、動く事の出来ない飛鳥に美凪が擦り寄って来る。
「してみよ……? ね?」
「……でも」
安心させるように微笑む美凪に、それでも飛鳥が躊躇うように目を逸らすと、不意に彼女の表情が淋しげなものに変わった。
「……それとも、あーちゃんは私たちのこと嫌い?」
冗談でもその可能性は口にしたくなかった、という口調に、飛鳥は慌てて視線を上げる。
「そっ、そんな事ない……けど……」
「けど……? 怖い?」
優しい声で燐。
「怖くなんて……」
「じゃあ……しよ?」
スルリと後ろから腕が回され、右の頬に柔らかな燐の唇が押し当てられた。
そのまま自分の唇の方へそれが移動してくるのを感じながら、飛鳥は怯えるようにキツく目を瞑る。左の頬へ手が添えられ、彼女の方へ振り向くよう促された。
やがて唇が重なる。驚くほど柔らかい。包みこまれるような温もりに優しく撫でられ、甘く吸われた。
少し遅れて、燐の手が離れた左の頬にも同じような感触を覚える。それは首筋の方へ移動すると、つ、と舌先で舐め上げた。
「ん……ぁ……」
最後に軽く耳たぶを噛まれ、飛鳥の口から小さく声が洩れた。
頑なに引き結ばれていた唇が開かれると、燐はチロリとそこを舐めてから、舌を彼の口内に侵入させる。
「んっ……んんっ……!?」
驚いたように目を見開く飛鳥に視線だけで笑いかけ、その小さな舌を絡め取った。
その間に美凪は、下から飛鳥のシャツの中へ手を差し入れた。少年らしい、まだそれほど筋肉もついていない身体を愛おしげに撫でる。
指先で乳首を転がされ、彼はくすぐったそうに身体をよじった。
「んぐ……ぁ」
ようやく唇が離され、口の中に溜まった唾液を飲みこんでから飛鳥は息をつく。けれど美凪が自分のズボンを脱がそうとしているのに気づいて、慌ててその手を押さえた。
「な……何するの……」
ぼうっとする頭と回らない口でそう訊くと、彼女はチラリとテレビの画面に視線を遣る。
「おんなじ事……」
確認しようと首を動かすより早く、今度は悪戯っぽく笑う彼女に唇を奪われた。
「んー! んっ、んん!!」
口の中を掻き回されてから舌を吸い出され、すぼめた唇で扱かれる。はっきりと確認は出来なかったが、それでも視界の端でテレビ画面を捉える事は出来ていた。
薄暗い部屋のベッドの中で、男女が抱き合っていた。下半身は白いシーツで隠されていたが、小六にもなれば性教育くらい受けている。何をしているかは分かった。
キスをしたままベルトが外され、スルリとズボンが下着ごと脱がされる。
いつの間にか背後から燐がいなくなっていた。脱がせたのは彼女だろう。
「……まだ、生えてないんだ」
そう言ってクスッと笑うと、燐は白くて細い指先で飛鳥のモノを弄ぶ。
「やっ――」
ピクンと腰を引くような反応を見せて、飛鳥は首を振って無理やり美凪の唇を外した。
「何で……こんな事するの……?」
涙すら浮かべる彼に、やりすぎを感じたか、少しだけ気まずそうにしながらも美凪は拗ねたように答える。
「だって……あーちゃん、誤解してるんだもん」
「……え?」
「私たちの好き≠ヘ、こういう″Dき。あーちゃんが思ってるような意味でキスだって出来るし、裸だって見せられる」
それを証明するように、二人は躊躇う事なく服を脱いでいく。
「それに、あーちゃんになら本当の姿を見せても大丈夫だと思ったし……」
「え……」
そう言って下着まで脱いで全裸になった燐に、飛鳥は我が目を疑った。
白い肌は瑞々しく、張りがある。豊満な胸は、しかし決して重力には負けておらず、薄く染まる先端は桜色という表現がぴったりだった。そして――
いつの間にか彼女の頭には弧を描く角が生え、その背にはコウモリのような羽が広がる。腰からは、先端がハートのようになった尻尾が生えていた。
「……サキュバス、っていうのよ」
横から美凪――彼女も同じような姿になっていた。
その特徴を端的に言うなら、悪魔、だろう。けれど邪悪さは感じられない。醜悪さもない。向けられる眼差しはひたすらに一途で、しかし拒絶されるかも知れない不安からか瞳の奥は揺れていた。
「……綺麗」
見惚れたように陶然となって、意図せずといった感じで飛鳥の口から感想が零れた。
「えぅ……!?」
完全なる不意討ちに、燐が赤くなる。先程までの性的な興奮からくる上気ではなく、少女めいた――少女らしい恥じらいからくる赤面だ。
「そっ、そういうとこ……あーちゃん、昔からズルい……」
表情を隠すように俯く、尖った耳の先まで赤くなる妹の姿に、美凪は微笑ましげに目を細めた。しなだれかかるように飛鳥を抱きしめる。
「ほんと、ズルいわよね……。そうやって自覚もなく、いちばん欲しい言葉をくれたり、逆に思いもしなかった嬉しい事を言ってくれたり」
そう言って額に口づける彼女に代わり、燐は少しだけ恨めしげな上目遣いで、
「それで私たちが、どれだけドキドキしてたかなんて、きっと知らないんだろうね……」
四つん這いのままにじり寄り、まだ皮の剥けきっていない飛鳥の亀頭を指先でつついた。
「んっ……!」
走る快感に、ピクンと飛鳥は目を細める。
「だから、ずっと我慢してたんだけど、もう無理。あーちゃんが高校生になるくらいまでは、って二人で話してたんだけど……」
「ごめんね……」
耳元で熱く囁かれ、
「「欲しくなっちゃった」」
続いた言葉は、どちらが口にしたものか飛鳥には分からなかった。
※
燐の頭が、ゆっくりと下がっていく。
その唇が何に向かっているのかを悟り、飛鳥は目を剥いた。
「だっ――駄目だよ、そんなの! 汚いよ」
「汚くなんてないよ。あーちゃんのだもん」
美凪が笑いかけ、彼の手を取る。
「いっぱい色んな事してあげる……だから、あーちゃんも、いっぱいして……」
両手を胸へと導かれ、どうすればいいのか迷うように飛鳥は動きを止めた。その手の上から重ねられた美凪の手が、促すように円を描く。
「……どう?」
「柔らかい……」
真っ赤な顔で陶酔したように呟く飛鳥は、やがて自分から手を動かし始めた。ふにゅっ、と握る手に力を入れると、んっ、と美凪が鼻にかかった声を洩らす。
「あっ、ごめん。……痛かった?」
「ううん、気持ちよかった。あーちゃん、上手」
もっとして、と言いながら彼女は、片方の乳房を持ち上げて、その先端を飛鳥の口元へ差し出した。
「手だけじゃなくて、口でもしてくれると嬉しいな……」
「う……うん」
躊躇いがちに頷き、彼は少しずつ顔を近づけていく。ふんわりと包みこまれるような、仄かに甘い匂いがした。
差し出した舌の先でチロッと乳首を舐めると、あっ、と美凪が吐息混じりに啼く。そのまま小さな乳輪を覆い隠すように口を触れさせ、飴玉でも転がすように舌を動かし始めると、彼女の声は更に大きくなり、艶を増していった。
「じゃあ、そろそろ、あーちゃんも気持ち良くしてあげるね」
わざわざ待っていたらしい燐が、少しだけ嗜虐的な色を滲ませて笑んだ。飛鳥のモノを握ってフニフニと軽く揉むと。硬くなり始めたそれを根本からネットリと舐め上げる。愛おしげに先端に口づけると、ゆっくりと口に含んで、熱く濡れた柔らかな舌を蛇のように絡ませた。
「ん……ぅ、あ……っは……」
初めて受ける刺激と快楽に、飛鳥は美凪の胸から口を離して喘ぐ。剥けきらない皮と亀頭の間に燐の舌が差し入れられ、にゅるんと剥かれた瞬間、
「――ぁあ!!」
思わず大きな声が洩れた。
「……可愛い。女の子みたい」
軽く仰け反る飛鳥に、美凪は口元に手を当てて微笑む。反対の手で背中を支えながら、優しく彼を横たえた。
「なら、私も気持ちよくしてあげる」
それから、彼女もまた飛鳥のモノへと唇を寄せた。トロリと滴り落ちる妹の唾液を舐め取るように、舌先で睾丸のあたりを掬って、軽く吸いながら唇でやわやわと刺激する。
唾液を絡ませながら先端をしゃぶり、舌先で裏筋を刺激していた燐が、ゆっくりと横へ移動した。呼応するように睾丸を舐め上げた美凪が反対側へ移動し、双子の唇と舌が飛鳥のモノを左右から挟みこんだ。
ただ舐められるだけですら未知の感触だったというのに、こうなると、もう何と表現していいか分からなかった。ひたすら柔らかく、しなやかで熱い、ぬるりと濡れた別の生き物が、絡み合い這いずり回り包みこんでくるようだ。
左右から唇で挟み、吸い、舌を這わせる双子は、少しずつ亀頭の方へ移動していくと、先端を舐めしゃぶりながら互いの舌をも絡ませ始める。同時に尻尾も互いの股間に向かい、蠢き始めた。
ぴちゃぴちゃという水音と、ぬらりと光る絡み合う舌。溢れ出し混ざり合う、どちらのものかも分からなくなった唾液に濡れていく亀頭。狭い所へ入りこもうと、蛇のようにうねる尻尾。上気した双子の頬と、吐息混じりの嬌声。
それらから目も意識も逸らせず、飛鳥のモノはガチガチに硬くなっていた。
やがて唾液の糸を引きながら口を離した燐が、上目遣いに飛鳥に視線を向けてきた。
「……凄いね、あーちゃん。出さないなんて、頑張り屋さん」
テストで百点を取ったのを褒めるような口調だった。
そのまま燐は飛鳥の上に跨り、ゆっくりと腰を下ろす。愛液に塗れてグチュグチュになった女性器に亀頭が触れた瞬間、飛鳥の身体がピクンと震えた。
程なくして、柔らかくも弾力のある肉を押し広げる感触と共に、飛鳥のモノがニュルリと燐の中へと入っていく。熱くすら感じる体温と吸いつくようなヒダヒダが、彼を根本まで呑みこんだ。
「あっ……は、ぁ……。凄い……あーちゃんと一つになってる」
上気した頬と陶然とした眼差しで、燐はゆっくりと腰を振り始める。
「ぅ……、あっ……あぁっ……!」
下半身を中心に痺れるように広がる未知の快感に、飛鳥は堪らず声を洩らした。
更に左手が持ち上げらあれ、指先に熱く濡れた感触が広がる。見れば、美凪がネットリと味わうように舌を這わせていた。
彼女は目だけで淫らに微笑むと、その飛鳥の指を自分の秘所へと差し入れる。
「ん、ぅあ……あぁん!」
そのまま自慰のように身体を揺すっていると、指先がいい所を引っ掻いたのか、その身体が小さく跳ねた。
やがて、扱かれる股間に何かがこみ上げて来る。燐の方も切なげな嬌声に余裕がなくなり、限界が近い事を窺わせた。
「あっ――あぁっ……! でっ――出ちゃうよ、燐姉ぇ!」
「いいよ……っ。来て――中に来て、あーちゃんっ!!」
燐の言葉の最後は既に悲鳴と区別がつかなくなり、仰け反る彼女の下で飛鳥もまた身体を震わせた。ビクンビクンという痙攣の度に熱い液体が吐き出され、膣内を満たしていく。
「お疲れ様……」
放心したように荒く息をつく飛鳥の頭を撫でながら、美凪が慈母のような笑みを浮かべた。
「少し休んだら、今度は私とシてね?」
※
ゆっくりと飛鳥は目を開く。
周囲は薄暗い。ぼんやりした頭では、既に朝である事に気づくのに随分と時間がかかった。
珍しく俯せで眠っていた彼は、人肌で温められた柔らかな寝具に手をついて、のっそりと身体を起こそうとする。が――
「うわっ!?」
掌に伝わってきた異様にふんにょりした感触に目を遣り、飛鳥は慌てて飛び起きた。
何故かその手の下には、程よく大きくて形のいい美凪の剥き出しの胸があった。というより、全裸の飛鳥の下に、同じく全裸の美凪が眠っていたというのが正解だ。
混乱しながら彼女の上から退こうとした瞬間、ニュルンという甘い痺れが下半身を襲った。
それが美凪の中に差し入れられたままになっていた自分のモノが引き抜かれた感触だと悟ると共に、腰砕けになりながら飛鳥はそれまでの記憶を取り戻した。
電話が鳴ったのは、休憩を挟んで美凪に押し倒されているときだった。
受話器を取ったのは一糸まとわぬ燐で、相手は伯母――つまり彼女の母親だったらしい。曰く、久々に夫婦で外へ出てきたので二人で食事をしてから帰る、との事だった。
これで完全に双子のスイッチが入ってしまったのだ。
幾度となく代わる代わる求められ、夕食の時間こそ取れたものの、その後は二人に風呂場へ連れていかれて揉みくちゃにされ、寝室に入ってからも二人がかりで散々貪られた挙句、気絶するように眠りに落ちたのだ。
そこには、高校生になるまで待つつもりでいたとは思えない、遠慮の欠片も見受けられなかった。
「ぅ〜……ぁ〜……」
途方に暮れたように飛鳥は項垂れる。いったい何度達したのかも憶えていなければ、このあと双子とどう接すればいいのかも分からない。
何より怖いのは、伯父や伯母の反応だった。
自分のした事が、ほんらい子供を作るための行為だというのは知っていた。出来てしまったらという不安こそ、行為の最中に双子から『サキュバスだから大丈夫』だと知らされていたが、それでも疚しさや申し訳なさは消えない。
どう言い訳すればいいのだろう。そんな事を考えかけて、飛鳥は頭を振った。言い訳ではなく、謝らなければならないのだと思い直す。赦してもらえるとも思えないが。
もうこの家に来る事も、伯父や伯母に笑顔を向けてもらう事もなくなるのかも知れないと唇を噛んでいると、不意に左右の手が同時に優しく握られた。
「大丈夫だよ……」
「母さんもサキュバスだから」
安心させるようでいて僅かに笑いの成分を含んだ双子の言葉に、飛鳥の思考が止まる。
「……え?」
とはいえ、彼女たちがサキュバスである以上、その親である伯母がそうである事は何もおかしくはない。
おかしいのは、と、寝室へ引き上げる際に見た、帰ってきた伯父と伯母の微笑ましげな表情が思い出された。てっきり仲の良い子供たちを喜ばしく思ってのものだと思っていたのだが。
「まさか……」
初めから家族ぐるみでそのつもり≠セったのでは――恐怖にも似た感情が飛鳥の中に湧き上がる。思えば、夕食までには帰ると言っていた伯母から外で食事をしてくると電話があったのも、そうなってもいいように≠ニいう彼女なりの、娘たちへの気遣いだろう。
そうなる℃魔連絡している時間などなかったはずだが、それこそ、もしかしたら伯母の出がけにサキュバス同士のアイコンタクトがあったのかも知れない。
「という訳で……」
「これからも、よろしくね」
それでも、それを確かめる勇気はない飛鳥は、
「……うん」
身を起こした双子に左右から頬にキスをされ、真っ赤になって頷くしかなかった。
12/02/17 18:28更新 / azure