いいものが、そうそう落ちてる訳もない
年の瀬も迫る十二月二十四日。世間的には、この日はクリスマスイブと呼ばれている。
街にはネオンが輝き、賑やかな音楽の流れる往来にはカップルが溢れる。ケーキ屋は稼ぎ時だと目を血走らせて、怨念めいた何かの籠もったケーキを量産する機械と化し、子供たちはケーキとプレゼント――おまけとして、それを買ってくる父親――を、今か今かと待つのだろう。
とはいえ独り身の僕には、それも関係ない。ただの一日だ。
しいて何か特別な事を挙げるとすれば、今日が忘年会だった事くらいだろうか。とはいえ日が日であるためか、参加者は僕同様、独り身の淋しい奴ばかりだったが。
既に惰性で続いているだけの家庭に帰りを待っていてくれる者もいないらしく、部長はかなり強引に僕らを居酒屋へ連れていった。平の新入社員である僕らに、それを断れる道理もない。
予定のある奴が心底うらやましくはあったけれど、その理由が部長の愚痴に付き合わされなくて済むからというのは、あまりに虚しかった。
どうにか僕が解放されたのは、終電ギリギリになったからだった。このときほど鉄道会社が二十四時間営業ではない事をありがたく思った事はないかも知れないが、乗り遅れる危機感に駆られながら酔いの回った身体で夜道を全力疾走させられたのでは、あまり感謝する気にもなれなかった。
ようやく駅に着く。ここから自宅までの距離は、酷く中途半端だ。
普段ならばバスを使うのだが、今日に限っては歩かざるを得ない。酔い覚ましになると無理やり自分を納得させて、僕は街灯の少ない道をトボトボと歩き出した。
酔いのためか、やはり足元はフラついていた。転ばないように気をつけながら、途中で水でも買っておけばよかったと思う。まあ、そんな余裕はなかったんだけど。
意識がフワフワしていて、危なっかしい。強烈な睡魔に襲われているのか、寒さで気が遠くなっているのか判然としないまま、座ったら最後、朝まで起きない、と頭の隅でおぼろげに思う。この寒さじゃ、永久に起きられなくなる可能性もあるが。
「ん……?」
夕方のニュースで取り上げられる、道端で眠ってしまったサラリーマンみたいにだけはならないよう心がけながら歩いている矢先に、まさにそうなってしまった人物を見つけたのは何の因果か。
誰もいない、車の一台すら走っていない交差点。縁石に腰を下ろし、歩行者用の信号機の支柱にもたれて眠っている人影があった。
(不用心だなぁ……)
そう思いながら目を遣り、僕は驚く。眠っているのは女性だった。
おそらく僕と同じように、彼女も忘年会だったのだろう。或いはただの飲み会かも知れないが、何にせよ酔い潰れているようだった。
とはいえ、それは顔色からは分からない。何せ彼女の種族は、もともと赤いのだから。
ならば何故わかったかといえば、つまるところ彼女を中心に強烈な酒臭さが振り撒かれていたからだ。
頭部には二本の角――アカオニだった。
酔いが回って熱いのか、彼女の服装は、かなりあられもない事になっている。コートはかろうじて袖が通されているだけで、中のシャツもはだけられてブラが覗いていた。脚もだらしなく投げ出され、靴の片方が車道に転がっている。
「……危ないなぁ」
何に対するものだか分からないまま、僕は呟く。女性のナリは、ともすれば強姦された後のようにも見えた。
靴を拾って女性の前へ回ると、ん、と彼女が小さく声を洩らした。
「――っ!?」
僕の心臓が跳ねる。妙な想像をしてしまったせいか、物凄く気まずい。何か寝言でも言っているのか、小さく動く唇が妙に艶めかしく見えた。
「あ、あの……風邪ひきますよ?」
それでも僕は善人ぶった言葉を吐く。女性の肩に手を乗せて軽く揺すってみるのは彼女を起こすためであり、彼女が何をしても起きない事を確認するためでは断じてない。ない――はずだ。
「……起きてください。家、何処です?」
更に揺するが、やりすぎたか、絶妙のバランスで支柱に寄りかかっていた女性の身体が車道側に傾いた。
「うわっ!?」
慌てて僕はしゃがみこみ、彼女を自分の方へ引っ張る。腕の中に収まる相手が変わらぬ寝息を立てているのに、安堵の溜息をついた。
心臓がバクバクいっている。それは、何も驚いたからという理由だけではない。
酔い潰れているせいか、女性の身体は妙に弛緩していた。柔らかく、温かい。不快なほどに高い体温ではなかったが、確かに服がはだけていても寒くはなさそうだった。
「んぅ……」
鼻にかかったような声で小さく呻く女性に、僕は硬直した。
首筋に吐息がかかる。酒臭いだけのはずなのに、妙に甘い。頭が、ぼんやりしてきた。潰れるほど飲んだ彼女の酔いが、僕にまで回ってきたようだった。
いけないと思いながら、僕は女性に顔を近づけていく。彼女は目を覚まさない。
そのまま唇を重ねた。とろけるように柔らかいのに、瑞々しい弾力がある。次第に唾液で濡れる、ツルリとした感触も心地いい。
おそるおそる舌を割りこませても、やはり女性は起きなかった。
相手の舌を掬い取り、絡ませる。ヌルリとした感触と共に唾液が流れこんでいくが、それが口腔内に溜まらないうちに女性は飲み下していく。夢の中でも飲み会が続いているらしい。
はだけた服の上から大きくて形の良い胸をさする。ブラを摺り下げ露出した乳首を弄んでいると、彼女の吐息が熱を帯び始めた。意識がなくても感じるものなのだろうか。
ねっとりと銀色の糸を引きながら、僕は唇を離した。それを手の甲で拭いながら、周囲を見回す。
「こんな所に放っておくなんて、危ないよな……」
誰よりも自分が一番危険なのを自覚しながら、誰が見ている訳でもないのに分別くさい言い訳をする。女性に脱げた靴の片方を履かせてから、僕は彼女を背負って歩き始めた。
自宅周辺には、既に明かりらしい明かりはない。それは、時間を考えれば当たり前の事だった。
プライバシー、プライバシーとナントカの一つ覚えか新興宗教のように叫ばれる昨今の風潮によってか、築四年というアパートは決して広くはなかったが防音だけは万全だった。
僕は女性を背負ったまま階段を上り、苦労して取り出した鍵で自室の扉を開ける。内側から鍵とチェーンをかけてから、壁に手を伸ばして廊下の明かりをつけた。
何処かボーっとした頭で、溜息を一つ。見慣れた自宅ではあるが、背中の異物の存在のせいで妙に落ち着かない。
いちど女性を廊下へ降ろし、彼女の靴を脱がせてから自分も靴を脱ぐ。それから再び彼女を背負うと、僕は寝室へと向かった。
ベッドへ女性を横たえる。ぐんにゃりと脱力した身体はバランスを取りづらく、殆ど投げ出すような形になってしまったが、それでもやはり女性は起きなかった。
いつの間にか呼吸が荒くなっていた。息苦しさを覚えて、僕はネクタイを乱暴に抜き取る。
僕の部屋に女の子がいる。僕のベッドで肌も露に眠っている。
もう我慢できなかった。
僕は彼女の唇をいちど乱暴に吸うと、コートを剥ぎ取りシャツのボタンを外していく。ホックを外したブラを毟り取って放り、肌の赤に比べて僅かに色の濃い先端の突起を口に含んだ。空いた手で反対の胸を荒々しく揉みしだく。
僕は、おかしくなっていた。もう女性が目を覚ますかも知れないなんて事は、どうでもよくなっていた。
舌で転がされ硬く勃った乳首から名残り惜しい思いで口を離すと、今度は彼女のパンツに手を伸ばした。ボタンを外し、ファスナーを下げ、一気に引き摺り下ろす。膝や足首のところで引っかかったが、構わず乱暴に脱がせた。
下着の上から股間を撫でると、息を荒らげ女性が腰をくねらせ始める。彼女が感じている事に気をよくしながら、僕はその下着も引き摺り下ろした。
割れ目からは、既にじっとりと愛液が滲み出してきていた。
僕はむしゃぶりつくように股間に顔をうずめると、両手の親指で秘唇を押し広げ、狂ったように舌を暴れさせた。秘唇の内側から尿道口、クリトリスまで、まんべんなく舐め回す。尖らせた舌を中へと差し入れると、それを押し返すように更に愛液が溢れ出した。
軽く噎せるように咳きこみながら、僕は顔を離す。女性は上気した様子で、だらしなく脚を広げている。
僕は我知らずほくそ笑みながら、服を脱ぐ。ボクサーパンツの下から現れたモノは、既に硬く屹立していた。女性の脚の間に身体を割りこませ、掬い取った愛液を股間のモノに塗りつけて数回扱く。
亀頭の先端で割れ目をなぞり、一気に挿入しようとした瞬間――
視界が回転した。
目の前には何が起こったか分からないといった様子で、男が間抜け面を晒している。
アタシは組み敷いた男の頭の両側に手をついて、その顔を覗きこんでいた。自然と自分の口角が上がるのが分かる。
おそらく嗜虐的な笑みになっていたのだろう。男が、ひっ、と喉を引きつらせた。
「ちっ――ちが……違うんです。これは、その――」
青ざめた顔で必死に言い訳をしようとするが、震えのせいで言葉になっていない。
なかなかいい顔だった。アタシはゆっくりと顔を近づけ、ことさら優しく言ってやる。
「なぁにが違うってんだ……? 聞かせてくれよ……酔い潰れて眠ってる女にキスして胸揉んで、家まで持ち帰って犯そうとしたやむを得ない@摎Rってやつをさ」
「なっ――!? あっ、あんた起きてたのか!?」
男は更に愉快な顔になり、アタシは思わず、くくっ、と声を洩らした。起き上がろうとする相手の胸板を突き飛ばして、その上に身体を重ねる。
「なぁ……犯罪者には罰を与えないと駄目だよな?」
耳元で甘く囁いてやると、男はビクッと身体を硬くした。
「硬くするのは、こっちだけでいいんだよ」
身体をずらして、イチモツを軽く扱いてやる。
「うっ……」
快感が走ったのか、男は腰を引くような仕種をした。
「ふん……お前がアタシにした事、全部やり返してやろうか」
唇同士が掠める距離で息を吹きかけるや否や、アタシは男の唇を貪った。荒々しく舐め回し、強く吸って舌を引っ張り出すと、痛いくらいに歯を立てる。目を見開いて小さく首を左右に振る男に目だけで笑いかけてやると、今度は大きく口を開けて重ね、相手の口内を嬲り倒した。
唾液が気管にでも入ったのか、顔を背けて男が咳きこんだ。
「次は胸だったか?」
その間にアタシは男の乳首を舌で弄ぶ。軽く噛んでやると、うぁっ、と悲鳴が洩れた。
「何だよ、男でも胸は感じるのか? それとも、お前が救い難いドMなだけか?」
せせら笑いながら、更に下へ。男は身をよじって逃げようとするが、アタシの方が早い。がっちりとイチモツを握って力を籠めてやる。
「逃げたら、どうなるか分かるか? アタシは警察へ行くだけだぜ?」
男は絶望的な表情で脱力した。
アタシは唇の端を片方だけ上げ、男のイチモツにかぶりつく。銜えこみ、舌でカリから裏筋へと外周をなぞるように撫で回した。尿道口を舌先で刺激しながら唾液を中へと送りこみ、一気にそれを吸い出すと、
「ひっ――ひぅあああああああ!」
男は涙を零しながら、快感に背を仰け反らせた。
アタシは口の中に吐き出された液体を舌で掻き混ぜながら、それをゆっくり飲み下す。
「いい味だ。さあ、本番いってみようか」
「ひっ――い、いやだ! やめてくれ!!」
震えながら逃れようとする男を、アタシは鼻で笑い飛ばした。
「言えた義理かよ、性犯罪者?」
後退る男を捕まえ、強引に挿入する。
「ぁああああ!」
「あっは、ずいぶん硬えな。犯そうとした女に逆に犯されて感じてんのか?」
嘲笑いながら荒々しく腰を振り、腕を掴んで男を引き起こした。そのまま壁へ押しつけ、対面座位の状態で無理やり唇を奪う。
「んんんんんんんんんんんんんっ!!」
男は目を見開いたまま顔を背けようとするが、がっちりと顎を固定したまま舌を嬲ってやる。唇の間から零れる唾液を潤滑油代わりにして、男の胸板で乳首を転がした。
「ぷは……! また少しデカくなったな、このド変態」
舌舐めずりをして、耳元で嗤う。キュッとイチモツを締めてやり、腰を振るピッチを速めると、
「あああああ!! 嫌だ――いやだあああああああああっ!!」
男は獣じみた絶叫と共に、天を仰いで絶頂した。
「……ふふっ」
男を捻じ伏せた愉悦に、アタシは頬を弛める。精子に子宮口を叩かれる感触が心地いい。
男は荒く息をつきながらも、魂が抜けたかのように瞬きもせず、あらぬ方向へ視線を投げていた。明らかに勘違いをしている。
アタシはニヤリと笑んで、その頬に手を這わせた。相手はビクリと震えるが、そんな事は関係ない。無理やりこちらを向かせ、甘く愛の言葉を囁いてやる。
「……一度や二度で終わると思うなよ?」
恐怖と絶望が飽和した表情で、男はアタシを突き飛ばした。
アタシは最高に愉快な気分で、ベッドを飛び降りると逃げる男を追った。
目覚めは最悪だった。今日が休日で本当に良かったと思う。
昨日が忘年会だった事は憶えているが、それ以外の事は、かなりあやふやだった。記憶が飛ぶほど飲んだ憶えはないのだけれど。
ついでに言うなら、妙な倦怠感があった。全身がダルい。眠ったはずなのに、まったく疲れが取れていない。
それもこれも、夢見が悪かったせいだろうと思う。本当に酷い夢だった。あんな悪夢は生まれて初めてだ。
夢の中での行為自体は、どちらかといえば良い夢だろう。男なら誰でもそう思うはずだ。
けれど異様なリアルさを以って犯される夢というのは、正直、歓迎できなかった。自分が吐き出した精子を飲み下した口でキスされた感触を思い出し、僕は吐き気を堪える。
「風呂……入るか」
少しでも気分を変えようと、僕は居間を通って風呂場のある廊下を目指す。その途中――
「……え?」
呆けた声が洩れた。
嘘だ、と思う。あれは夢のはずだ。だって僕は、ちゃんとパジャマに着替えて眠っていた。スーツだってハンガーにかかっていたし、ベッドに妙な染みがあったりもしなかった。
なのに――
壁の一点――普段から殆ど使う事のないコルクボードの隣。
そこにかかっているはずの、この部屋の合鍵がなくなっていた。
「…………」
呆然と僕は立ち尽くし――
気がついたときには座りこんで数時間が経過していた。
街にはネオンが輝き、賑やかな音楽の流れる往来にはカップルが溢れる。ケーキ屋は稼ぎ時だと目を血走らせて、怨念めいた何かの籠もったケーキを量産する機械と化し、子供たちはケーキとプレゼント――おまけとして、それを買ってくる父親――を、今か今かと待つのだろう。
とはいえ独り身の僕には、それも関係ない。ただの一日だ。
しいて何か特別な事を挙げるとすれば、今日が忘年会だった事くらいだろうか。とはいえ日が日であるためか、参加者は僕同様、独り身の淋しい奴ばかりだったが。
既に惰性で続いているだけの家庭に帰りを待っていてくれる者もいないらしく、部長はかなり強引に僕らを居酒屋へ連れていった。平の新入社員である僕らに、それを断れる道理もない。
予定のある奴が心底うらやましくはあったけれど、その理由が部長の愚痴に付き合わされなくて済むからというのは、あまりに虚しかった。
どうにか僕が解放されたのは、終電ギリギリになったからだった。このときほど鉄道会社が二十四時間営業ではない事をありがたく思った事はないかも知れないが、乗り遅れる危機感に駆られながら酔いの回った身体で夜道を全力疾走させられたのでは、あまり感謝する気にもなれなかった。
ようやく駅に着く。ここから自宅までの距離は、酷く中途半端だ。
普段ならばバスを使うのだが、今日に限っては歩かざるを得ない。酔い覚ましになると無理やり自分を納得させて、僕は街灯の少ない道をトボトボと歩き出した。
酔いのためか、やはり足元はフラついていた。転ばないように気をつけながら、途中で水でも買っておけばよかったと思う。まあ、そんな余裕はなかったんだけど。
意識がフワフワしていて、危なっかしい。強烈な睡魔に襲われているのか、寒さで気が遠くなっているのか判然としないまま、座ったら最後、朝まで起きない、と頭の隅でおぼろげに思う。この寒さじゃ、永久に起きられなくなる可能性もあるが。
「ん……?」
夕方のニュースで取り上げられる、道端で眠ってしまったサラリーマンみたいにだけはならないよう心がけながら歩いている矢先に、まさにそうなってしまった人物を見つけたのは何の因果か。
誰もいない、車の一台すら走っていない交差点。縁石に腰を下ろし、歩行者用の信号機の支柱にもたれて眠っている人影があった。
(不用心だなぁ……)
そう思いながら目を遣り、僕は驚く。眠っているのは女性だった。
おそらく僕と同じように、彼女も忘年会だったのだろう。或いはただの飲み会かも知れないが、何にせよ酔い潰れているようだった。
とはいえ、それは顔色からは分からない。何せ彼女の種族は、もともと赤いのだから。
ならば何故わかったかといえば、つまるところ彼女を中心に強烈な酒臭さが振り撒かれていたからだ。
頭部には二本の角――アカオニだった。
酔いが回って熱いのか、彼女の服装は、かなりあられもない事になっている。コートはかろうじて袖が通されているだけで、中のシャツもはだけられてブラが覗いていた。脚もだらしなく投げ出され、靴の片方が車道に転がっている。
「……危ないなぁ」
何に対するものだか分からないまま、僕は呟く。女性のナリは、ともすれば強姦された後のようにも見えた。
靴を拾って女性の前へ回ると、ん、と彼女が小さく声を洩らした。
「――っ!?」
僕の心臓が跳ねる。妙な想像をしてしまったせいか、物凄く気まずい。何か寝言でも言っているのか、小さく動く唇が妙に艶めかしく見えた。
「あ、あの……風邪ひきますよ?」
それでも僕は善人ぶった言葉を吐く。女性の肩に手を乗せて軽く揺すってみるのは彼女を起こすためであり、彼女が何をしても起きない事を確認するためでは断じてない。ない――はずだ。
「……起きてください。家、何処です?」
更に揺するが、やりすぎたか、絶妙のバランスで支柱に寄りかかっていた女性の身体が車道側に傾いた。
「うわっ!?」
慌てて僕はしゃがみこみ、彼女を自分の方へ引っ張る。腕の中に収まる相手が変わらぬ寝息を立てているのに、安堵の溜息をついた。
心臓がバクバクいっている。それは、何も驚いたからという理由だけではない。
酔い潰れているせいか、女性の身体は妙に弛緩していた。柔らかく、温かい。不快なほどに高い体温ではなかったが、確かに服がはだけていても寒くはなさそうだった。
「んぅ……」
鼻にかかったような声で小さく呻く女性に、僕は硬直した。
首筋に吐息がかかる。酒臭いだけのはずなのに、妙に甘い。頭が、ぼんやりしてきた。潰れるほど飲んだ彼女の酔いが、僕にまで回ってきたようだった。
いけないと思いながら、僕は女性に顔を近づけていく。彼女は目を覚まさない。
そのまま唇を重ねた。とろけるように柔らかいのに、瑞々しい弾力がある。次第に唾液で濡れる、ツルリとした感触も心地いい。
おそるおそる舌を割りこませても、やはり女性は起きなかった。
相手の舌を掬い取り、絡ませる。ヌルリとした感触と共に唾液が流れこんでいくが、それが口腔内に溜まらないうちに女性は飲み下していく。夢の中でも飲み会が続いているらしい。
はだけた服の上から大きくて形の良い胸をさする。ブラを摺り下げ露出した乳首を弄んでいると、彼女の吐息が熱を帯び始めた。意識がなくても感じるものなのだろうか。
ねっとりと銀色の糸を引きながら、僕は唇を離した。それを手の甲で拭いながら、周囲を見回す。
「こんな所に放っておくなんて、危ないよな……」
誰よりも自分が一番危険なのを自覚しながら、誰が見ている訳でもないのに分別くさい言い訳をする。女性に脱げた靴の片方を履かせてから、僕は彼女を背負って歩き始めた。
自宅周辺には、既に明かりらしい明かりはない。それは、時間を考えれば当たり前の事だった。
プライバシー、プライバシーとナントカの一つ覚えか新興宗教のように叫ばれる昨今の風潮によってか、築四年というアパートは決して広くはなかったが防音だけは万全だった。
僕は女性を背負ったまま階段を上り、苦労して取り出した鍵で自室の扉を開ける。内側から鍵とチェーンをかけてから、壁に手を伸ばして廊下の明かりをつけた。
何処かボーっとした頭で、溜息を一つ。見慣れた自宅ではあるが、背中の異物の存在のせいで妙に落ち着かない。
いちど女性を廊下へ降ろし、彼女の靴を脱がせてから自分も靴を脱ぐ。それから再び彼女を背負うと、僕は寝室へと向かった。
ベッドへ女性を横たえる。ぐんにゃりと脱力した身体はバランスを取りづらく、殆ど投げ出すような形になってしまったが、それでもやはり女性は起きなかった。
いつの間にか呼吸が荒くなっていた。息苦しさを覚えて、僕はネクタイを乱暴に抜き取る。
僕の部屋に女の子がいる。僕のベッドで肌も露に眠っている。
もう我慢できなかった。
僕は彼女の唇をいちど乱暴に吸うと、コートを剥ぎ取りシャツのボタンを外していく。ホックを外したブラを毟り取って放り、肌の赤に比べて僅かに色の濃い先端の突起を口に含んだ。空いた手で反対の胸を荒々しく揉みしだく。
僕は、おかしくなっていた。もう女性が目を覚ますかも知れないなんて事は、どうでもよくなっていた。
舌で転がされ硬く勃った乳首から名残り惜しい思いで口を離すと、今度は彼女のパンツに手を伸ばした。ボタンを外し、ファスナーを下げ、一気に引き摺り下ろす。膝や足首のところで引っかかったが、構わず乱暴に脱がせた。
下着の上から股間を撫でると、息を荒らげ女性が腰をくねらせ始める。彼女が感じている事に気をよくしながら、僕はその下着も引き摺り下ろした。
割れ目からは、既にじっとりと愛液が滲み出してきていた。
僕はむしゃぶりつくように股間に顔をうずめると、両手の親指で秘唇を押し広げ、狂ったように舌を暴れさせた。秘唇の内側から尿道口、クリトリスまで、まんべんなく舐め回す。尖らせた舌を中へと差し入れると、それを押し返すように更に愛液が溢れ出した。
軽く噎せるように咳きこみながら、僕は顔を離す。女性は上気した様子で、だらしなく脚を広げている。
僕は我知らずほくそ笑みながら、服を脱ぐ。ボクサーパンツの下から現れたモノは、既に硬く屹立していた。女性の脚の間に身体を割りこませ、掬い取った愛液を股間のモノに塗りつけて数回扱く。
亀頭の先端で割れ目をなぞり、一気に挿入しようとした瞬間――
視界が回転した。
目の前には何が起こったか分からないといった様子で、男が間抜け面を晒している。
アタシは組み敷いた男の頭の両側に手をついて、その顔を覗きこんでいた。自然と自分の口角が上がるのが分かる。
おそらく嗜虐的な笑みになっていたのだろう。男が、ひっ、と喉を引きつらせた。
「ちっ――ちが……違うんです。これは、その――」
青ざめた顔で必死に言い訳をしようとするが、震えのせいで言葉になっていない。
なかなかいい顔だった。アタシはゆっくりと顔を近づけ、ことさら優しく言ってやる。
「なぁにが違うってんだ……? 聞かせてくれよ……酔い潰れて眠ってる女にキスして胸揉んで、家まで持ち帰って犯そうとしたやむを得ない@摎Rってやつをさ」
「なっ――!? あっ、あんた起きてたのか!?」
男は更に愉快な顔になり、アタシは思わず、くくっ、と声を洩らした。起き上がろうとする相手の胸板を突き飛ばして、その上に身体を重ねる。
「なぁ……犯罪者には罰を与えないと駄目だよな?」
耳元で甘く囁いてやると、男はビクッと身体を硬くした。
「硬くするのは、こっちだけでいいんだよ」
身体をずらして、イチモツを軽く扱いてやる。
「うっ……」
快感が走ったのか、男は腰を引くような仕種をした。
「ふん……お前がアタシにした事、全部やり返してやろうか」
唇同士が掠める距離で息を吹きかけるや否や、アタシは男の唇を貪った。荒々しく舐め回し、強く吸って舌を引っ張り出すと、痛いくらいに歯を立てる。目を見開いて小さく首を左右に振る男に目だけで笑いかけてやると、今度は大きく口を開けて重ね、相手の口内を嬲り倒した。
唾液が気管にでも入ったのか、顔を背けて男が咳きこんだ。
「次は胸だったか?」
その間にアタシは男の乳首を舌で弄ぶ。軽く噛んでやると、うぁっ、と悲鳴が洩れた。
「何だよ、男でも胸は感じるのか? それとも、お前が救い難いドMなだけか?」
せせら笑いながら、更に下へ。男は身をよじって逃げようとするが、アタシの方が早い。がっちりとイチモツを握って力を籠めてやる。
「逃げたら、どうなるか分かるか? アタシは警察へ行くだけだぜ?」
男は絶望的な表情で脱力した。
アタシは唇の端を片方だけ上げ、男のイチモツにかぶりつく。銜えこみ、舌でカリから裏筋へと外周をなぞるように撫で回した。尿道口を舌先で刺激しながら唾液を中へと送りこみ、一気にそれを吸い出すと、
「ひっ――ひぅあああああああ!」
男は涙を零しながら、快感に背を仰け反らせた。
アタシは口の中に吐き出された液体を舌で掻き混ぜながら、それをゆっくり飲み下す。
「いい味だ。さあ、本番いってみようか」
「ひっ――い、いやだ! やめてくれ!!」
震えながら逃れようとする男を、アタシは鼻で笑い飛ばした。
「言えた義理かよ、性犯罪者?」
後退る男を捕まえ、強引に挿入する。
「ぁああああ!」
「あっは、ずいぶん硬えな。犯そうとした女に逆に犯されて感じてんのか?」
嘲笑いながら荒々しく腰を振り、腕を掴んで男を引き起こした。そのまま壁へ押しつけ、対面座位の状態で無理やり唇を奪う。
「んんんんんんんんんんんんんっ!!」
男は目を見開いたまま顔を背けようとするが、がっちりと顎を固定したまま舌を嬲ってやる。唇の間から零れる唾液を潤滑油代わりにして、男の胸板で乳首を転がした。
「ぷは……! また少しデカくなったな、このド変態」
舌舐めずりをして、耳元で嗤う。キュッとイチモツを締めてやり、腰を振るピッチを速めると、
「あああああ!! 嫌だ――いやだあああああああああっ!!」
男は獣じみた絶叫と共に、天を仰いで絶頂した。
「……ふふっ」
男を捻じ伏せた愉悦に、アタシは頬を弛める。精子に子宮口を叩かれる感触が心地いい。
男は荒く息をつきながらも、魂が抜けたかのように瞬きもせず、あらぬ方向へ視線を投げていた。明らかに勘違いをしている。
アタシはニヤリと笑んで、その頬に手を這わせた。相手はビクリと震えるが、そんな事は関係ない。無理やりこちらを向かせ、甘く愛の言葉を囁いてやる。
「……一度や二度で終わると思うなよ?」
恐怖と絶望が飽和した表情で、男はアタシを突き飛ばした。
アタシは最高に愉快な気分で、ベッドを飛び降りると逃げる男を追った。
目覚めは最悪だった。今日が休日で本当に良かったと思う。
昨日が忘年会だった事は憶えているが、それ以外の事は、かなりあやふやだった。記憶が飛ぶほど飲んだ憶えはないのだけれど。
ついでに言うなら、妙な倦怠感があった。全身がダルい。眠ったはずなのに、まったく疲れが取れていない。
それもこれも、夢見が悪かったせいだろうと思う。本当に酷い夢だった。あんな悪夢は生まれて初めてだ。
夢の中での行為自体は、どちらかといえば良い夢だろう。男なら誰でもそう思うはずだ。
けれど異様なリアルさを以って犯される夢というのは、正直、歓迎できなかった。自分が吐き出した精子を飲み下した口でキスされた感触を思い出し、僕は吐き気を堪える。
「風呂……入るか」
少しでも気分を変えようと、僕は居間を通って風呂場のある廊下を目指す。その途中――
「……え?」
呆けた声が洩れた。
嘘だ、と思う。あれは夢のはずだ。だって僕は、ちゃんとパジャマに着替えて眠っていた。スーツだってハンガーにかかっていたし、ベッドに妙な染みがあったりもしなかった。
なのに――
壁の一点――普段から殆ど使う事のないコルクボードの隣。
そこにかかっているはずの、この部屋の合鍵がなくなっていた。
「…………」
呆然と僕は立ち尽くし――
気がついたときには座りこんで数時間が経過していた。
11/12/17 17:48更新 / azure