終章 宴の跡
睦みの声を背に、彼女は小屋を後にした。男女の熱気が渦巻いていた部屋の中から一転して、外の涼気が昂ぶった彼女の身体を冷やしていく。だが、それでも彼女の耳から嬌声が消えることはなかった。風の向こうからも、女の悦びの声が聞こえる。見渡せばどの小屋からも、窓から漏れる光の中に交わりあう男女の影がちらついていた。道から外れた茂みですら、その奥からは淫らな水音が響いていた。
気づけば周囲には桃色の霧が漂い、淫靡な匂いが立ち込めていた。それはこの地が魔の力で満ちた証だった。魔の瘴気が充満し、男と女が場所を気にせず混じり合う背徳の地と化した証拠。そこに神の教えを守り続けてきた純朴な村の面影はなかった。その代わりに、互いを求めあう、冒涜的な、されど幸せそうな愛の言葉が響いていた。
「御母様、この地もまた愛に満たされた地に変わりました」
夜空を見上げて彼女は呟く。彼女の紅い瞳の先には、月が同じように紅く輝いていた。彼女の正体は魔界の姫に名を連ねる淫魔。人を襲うしか知らなかった魔物たちのことごとくに愛を教えて、淫らで美しい女性に作り替えた魔王の力を受け継ぐ存在。魔界の奥地でひたすら魔力を高める両親に成り代わり、各地を淫猥で染め上げてきたリリムの一人、イナンナだった。
月明りに照らされた彼女の顔は晴れやかだ。その理由は単に主神の教えを素朴に信じていた一つの村を魔界に誘ったからではない。自らが秘めた愛を知りつつ、その愛を捨てざるを得なかった一組の男女を、彼女の力で愛を取り戻させることができたからだ。これこそが彼女たちリリムが持つ使命。彼女が尊敬してやまない両親の望みなのだ。彼女は思う。これを話せば魔界の両親はきっと喜んでくれるだろう、と。
彼女の背後で空気が揺らめく。その刹那、彼女の背中から蝙蝠のような羽が生えた。滑らかな皮膜で作られた白い翼が一度打ち下ろされると、彼女の身体は重みを失ったように宙に浮いた。もう一度、もう一度。翼を何度も羽ばたいて彼女は夜空の高みに登っていく。赤々と輝く月を背して彼女は次なる土地へと向かった。愛を失った人々に愛を与えるために。愛を知らぬ人々に愛を教えるために。新たな使命を胸に、彼女は夜空を飛んでいく。その後に残るのは夫婦たちの睦みの声。男女が互いを求めあう愛の声。そこに孤独もなければ、別れもなかった。ひたすら繋がりあい、悦びを分かち合う愛の世界が広がっていた。
気づけば周囲には桃色の霧が漂い、淫靡な匂いが立ち込めていた。それはこの地が魔の力で満ちた証だった。魔の瘴気が充満し、男と女が場所を気にせず混じり合う背徳の地と化した証拠。そこに神の教えを守り続けてきた純朴な村の面影はなかった。その代わりに、互いを求めあう、冒涜的な、されど幸せそうな愛の言葉が響いていた。
「御母様、この地もまた愛に満たされた地に変わりました」
夜空を見上げて彼女は呟く。彼女の紅い瞳の先には、月が同じように紅く輝いていた。彼女の正体は魔界の姫に名を連ねる淫魔。人を襲うしか知らなかった魔物たちのことごとくに愛を教えて、淫らで美しい女性に作り替えた魔王の力を受け継ぐ存在。魔界の奥地でひたすら魔力を高める両親に成り代わり、各地を淫猥で染め上げてきたリリムの一人、イナンナだった。
月明りに照らされた彼女の顔は晴れやかだ。その理由は単に主神の教えを素朴に信じていた一つの村を魔界に誘ったからではない。自らが秘めた愛を知りつつ、その愛を捨てざるを得なかった一組の男女を、彼女の力で愛を取り戻させることができたからだ。これこそが彼女たちリリムが持つ使命。彼女が尊敬してやまない両親の望みなのだ。彼女は思う。これを話せば魔界の両親はきっと喜んでくれるだろう、と。
彼女の背後で空気が揺らめく。その刹那、彼女の背中から蝙蝠のような羽が生えた。滑らかな皮膜で作られた白い翼が一度打ち下ろされると、彼女の身体は重みを失ったように宙に浮いた。もう一度、もう一度。翼を何度も羽ばたいて彼女は夜空の高みに登っていく。赤々と輝く月を背して彼女は次なる土地へと向かった。愛を失った人々に愛を与えるために。愛を知らぬ人々に愛を教えるために。新たな使命を胸に、彼女は夜空を飛んでいく。その後に残るのは夫婦たちの睦みの声。男女が互いを求めあう愛の声。そこに孤独もなければ、別れもなかった。ひたすら繋がりあい、悦びを分かち合う愛の世界が広がっていた。
16/07/31 21:19更新 / ハチ丸
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