3.Awake
線を引く。白いキャンバスの生地に、鉛筆で線を引いてく。一つ、二つ……幾度となく走らせて太い線を描いていく。線と線をつなげて形を作っていく。
放課後の美術室、いつもの席で僕は絵を描いていた。ただそれだけに集中していた。真っ白なキャンバスの上に鉛筆を走らせて、形を描く。真っ白な世界に輪郭を描いていき、そして頭の中の景色をキャンバスの上に浮かび上がらせる。窓の向こうのグラウンドの声も、どこかの部室から聞こえる吹奏楽の声も、果てはキャンバスを滑る鉛筆の声すら忘れて僕はその行為に没頭していた。没頭しなければならなかった。
今、キャンバスに描いているのは単なる風景ではない。顧問の課題を無視して、ただただ僕が描きたいと思ったものを描いているのだ。それをするには雑念を排除しなければならない。そうしなければ思い描く光景が零れ落ちてしまう。この題材はそれほどまでに僕の心を満たし、溢れそうになっていた。
大雑把に動かしていた鉛筆を、少しずつ細かくしていく。次第にキャンバスの上に浮かび上がる陰影は下書きと呼ぶには緻密すぎる。だが、僕は構わず鉛筆を動かし続けた。もう絵筆を重ねるつもりはなかった。鉛筆線画で終わらせるつもりだった。もとより溢れ出す思いを形にするだけの手慰みだ。それにはこれで十分だ。
息を止める様な細かな書き込みを終えて、僕はようやく鉛筆を置いた。背もたれに体重を預けて一息つく。そのとき、キャンバスの向こうのカーテンが外に吸い出された。中から外へ流れる空気の奔流。その風がふわりと嗅ぎ慣れた香りを届けた。それは甘い甘い、あの香り。
「何描いてるの、カーくん」
背後から姉の声がした。ひたりひたりと足音を立てて僕のすぐ後ろに迫ってくる。
「あ、もしかしてお姉ちゃんの絵を描いてる?」
僕の肩に手を置いて、姉は言った。僕は答えずにキャンバスを眺めた。
光の差し込む窓。それを背に立つ女性の姿がキャンバスには描かれている。荒い下書き紛いのタッチで描かれた黒髪の女性。顔は逆光の影で淡く潰している。だが、その下に刻まれた筆跡をたどれば、その表情まで読み取ることができるだろう。逆光の中、軽く微笑む女性。僕を誘う様に目を細める彼女は、まぎれもなく僕の姉だった。
「まだ描いてる途中だよね? お姉ちゃんがモデルになったげる」
僕が答えずにいると、姉は前に躍り出て、絵に描かれた通り窓の前に立った。これまで夢に見た通りの、一糸まとわぬ姿を逆光の中に浮かび上がらせる。ともすればグラウンドから見えてしまうかもしれない。それを気にしているのだろうか、微かに背後を気にしながら、僕にはにかんだ笑みを見せた。
僕は転がしていた鉛筆を取ると、残っていた体の部分に滑らした。
「裸んぼのまま描かれるのは、お姉ちゃん、ちょっと恥ずかしいな」
姉は恥ずかしげにつぶやく。僕はキャンバスから目を離さずに答えた。
「いいさ、僕しか見ないから」
「でも、絵にしたらそのまま残っちゃうでしょ、そしたら誰かに見られちゃうかなって」
「いや、僕しか見ない」
鉛筆を止めて僕は答える。姉が何かを言いたげに息を吸った。言葉が吐き出される前に僕はつづけた。
「燃やす。完成したら、焼却炉に行って、燃やす」
吐き捨てるように言って、僕は鉛筆を滑らした。また途中の腰回り、下腹部の陰影を臍から下の曲線を意識して描いていく。
「なんで、なんで燃やしちゃうの? せっかく描いたのに」
鉛筆は突き出た腰骨から太腿を描いていく。逆光が回り込んで浮かび上がる白い線を残すように、一際濃い影を乗せていく。キャンバスの向こうで姉が声を上げた。
「ねえ、どうして?」
「燃やしたいから」
僕は鉛筆を止めて答えた。
「燃やして、消してしまいたいんだ。この絵を、この絵に込めた僕の想いを」
そう言い切って、僕はキャンバスの向こうを見据えた。僕の視線の先では、いつもは蠱惑気味に笑っていた姉が狼狽した姿を見せていた。その姉の姿をした女に向けて僕は続けた。
「夢でいいから、姉さんに好きって言ってほしかった。夢でいいから、家族ではなく恋人として、一人の男として、好きって言ってほしかった。でも、駄目なんだ」
鉛筆を握る手に力が入る。僕は叫ぶように言った。
「駄目なんだ! 姉さんはあくまで姉さんで、血のつながった僕の家族で、そして恋人がいるんだ。僕じゃない別の誰かが」
近親姦と略奪愛。ただでさえ重い禁忌が二つも重なってしまえば、もはやどうにもできなかった。
聞くところによると魔物娘の家族であれば近親姦など関係ないらしい。だが、生憎ながら姉も僕も人間だ。未だに古い血の因習に囚われている。家族がそのまま恋人になることはあってはならないことだ。
そしてもう一つ、恋人の存在だ。もしその男が見るからに頼りない存在だったり、あるいは姉を泣かしたりするようなろくでなしだったら、もしかしたら別の気持ちが出てきたのかもしれない。だが、そいつは男の僕が見ても頼りがいのあるいい男で、姉はそいつを見るといつも笑顔を見せていた。姉が幸せそうに笑えば笑うほどに、成り代わってやろうという僕の気持ちは萎んでいった。
「だから、燃やすしかないんだ。この絵も、この気持ちも、全部燃やして灰にしなきゃいけないんだ」
キャンバスの向こうの女は、僕の言葉に何も返さず、息を呑んで立ちすくんでいる。僕はその女に言い切った。
「だから、もうやめてくれ。その姿で現れないでくれ」
顔を青くする女に向けて、僕は続けた。意識しなくても言葉が溢れ出てくる。言葉の奔流をそのままに、溜まりに溜まった蟠りを叩きつけた。
「もう限界なんだ。君の姿を見ていると、姉さんへの想いが堪えきれなくなる。溢れて溢れて止まらなくなる。でも、それはできないんだ。やってはいけないんだ。君も知っていると思うけど、僕たちはまだ人間なんだ。だから、それでもこの気持ちは押し留めなきゃいけないんだ。でも、それももう限界なんだ。だから燃やすんだ。描いて、形にして、そしてそれを燃やして灰にするんだ。もうそうするしかないんだ。だから、もうその姿で僕の前に現れないでくれ。その姿で、僕の姉さんへの想いを弄ばないでくれ」
最後の言葉は絞り出すように、僕は言った。いつの間にか鉛筆が軋むほど手を握りしめていた。
全ては愛する姉のため。姉を想う気持ちのため。これを守り続けるためには、彼女から決別しなければならない。この、姉の名を語る紛い物(イミテーション)から。
僕の言葉を黙って聞いていた彼女は、やがて呟くように言った。
「ごめん……なさい。……私……そんなつもりじゃ……」
ぽつりぽつりと漏れるつぶやきとともに、周囲の景色が揺らいでいく。同時に姉のような女の姿が滲んで輪郭を失っていく。これは夢から覚める兆候だ。そう、全ては魔物娘が見せる甘美な夢だったのだ。
滲んでいた輪郭がやがてまとまりだして、新たな形を作り出す。景色の歪みも戻っていき、世界が精緻さを取り戻していく。遂に僕は現実を取り戻した。そして、露になった真実の世界で、一人の少女が僕の目の前で立っていた。
制服に身を包んだ彼女の身体は、姉より一回り小さければ、その起伏も目立たない。肩口で切りそろえた黒髪をたたえたその顔は、どこか垢抜けない丸顔だ。ただ、彼女の伏した目が普段はくりくりと愛らしいことを僕は知っている。
「鏡子ちゃん、だね」
姿を現したのは後輩の御影鏡子だった。美麗な魔物娘と一線を画す姿にかつての僕は彼女を同じ人間だと思い込んでいた。その予想が裏切られたにもかかわらず僕の胸中に驚きはなかった。例外はあらゆるものにある。魔物娘だってそうだ。さらに言えば、そもそも人間とさして変わらない姿を宿命付けられた種族だっているのだ。それは――。
「ドッペルゲンガー、だったんだね」
「ごめんなさい。騙すつもりじゃなかったんです」
「いいさ。そもそも自分の種族なんてわざわざ言いふらすものでもない」
ドッペルゲンガー。それは魔物娘の中でも一際深い業を背負わされた種族だ。他の魔物娘とは一歩劣る容貌の彼女たちは他の魔物娘以上に情が深く、それ故に、実らぬ恋に心惹かれる。彼女たちは愛すべき人を見つけると、その魔力を持って愛すべき人が恋焦がれる想い人に身を変貌させる。かくして意中の人に成り代わった彼女たちは、愛すべき人に仮初の夢を与えるのだ。
御影鏡子もまたその一人だったようだ。ドッペルゲンガーの血に従った彼女は、僕の姉に身を変えて、叶うはずのない夢を見せていたのだ。これまで彼女は姉の衣を身にまとい、淫靡に笑いながら僕を誘惑していた。だが、その衣を剥ぎ取られて真実の姿を晒す今の彼女は、怯えた眼差しで僕を見つめるだけの存在だった。
僕はイーゼルを押しのけると、席を立って鏡子のもとに歩いた。彼女は目を固く閉じると、首をすくめて身構える。僕は彼女の肩をつかんだ。彼女はわずかに身を震わせたが、それ以上抵抗はしなかった。僕は彼女をそのまま近場の机に押し倒した。
「あの……先輩、何を……」
怯えた目で見上げながら、鏡子が問いかけてくる。僕は彼女の目を見ていった。
「君を抱きたい」
震えていた瞳が、今度は当惑で広がった。
「あの、それって――」
戸惑いの声を上げる鏡子の口を僕は自分の唇で塞いだ。柔らかな彼女の唇が、何か抗議をしようと動いたが、僕は構わず押さえつける。やがて彼女は諦めたように力を抜いた。
鏡子が全くの無抵抗になったところで僕は唇を離した。彼女は頬を赤く染めながらも、未だに不安げに僕を見上げている。
「今まで散々やってきたんだ、いいだろう?」
「でも、それは私ですけど、お姉さんの姿の私でして……」
「僕は、鏡子ちゃんを、君を抱きたいんだ」
もう一度、彼女の目を見つめて僕は言った。しばらく僕の瞳を見上げていた彼女は、やがて小さく答えた。
「はい」
僕は改めて鏡子に口づけした。今度は抵抗せずに、彼女も唇を押し付けてくる。閉じられた唇を押し開くと、甘い吐息が僕の咥内に吹き込んだ。僕は舌を差し込んで彼女の唇をなぞっていく。柔らかな唇の感触を楽しんでいると、彼女は甘い息を漏らしながら舌を突き出した。彼女の口腔からそそり立つそれを僕は啄み、そして舐め上げる。ナメクジの交尾のように、互いの舌と舌を絡めあい、流れ出る唾液を啜りあう。粘着質な水音が響き、耳から僕を昂らせていった。
押し付けた唇を、頬へ、更にその奥へずらしていく。鏡子の体をひしと抱き締めながら、首筋に顔をうずめた。未だ彼女の肌を啄みながら、その芳香を吸い込む。鼻腔いっぱいに広がるのは、甘い甘い嗅ぎ慣れた姉の香りではなく、どことなく甘酸っぱい鏡子の香り。雌の香りとはまだ言い切れないその健康的な香りを、記憶に刻むように何度も何度も嗅いだ。
首筋を幾度か啄む。くすぐったいのか鏡子は小さな声を上げて身をよじった。だがすぐに僕の背に手を回し次なる愛撫をねだる。促されるままに僕は彼女の首筋に吸い付いた。彼女の白い肌に跡が残ろうが、かまわず唇を這わせていく。むしろ自分の印を残そうとしているのかもしれない。鏡子の肌に僕の唇の跡を刻み、僕の唇に鏡子の肌の滑らかさを刻もうとしているのかもしれない。
鏡子の首筋を滑る僕の唇は固い布によって遮られた。糊の良く効いたブラウスの襟だ。僕は顔を上げるとブラウスのボタンに手を伸ばした。鏡子はわずかに身を震わせるが抵抗はしない。僕はそのままボタンを外していった。
ブラウスを開くとまず現れたのは白いキャミソールだ。華奢な彼女の身体を可愛らしく包んでいる。僕はキャミソールの裾に手を差し込むと、彼女の肌を撫でるようにまくり上げた。肌着に合わせた白いブラジャーが表れて僕は息をのむ。だが、顔を上に向けると、鏡子は表情を固くしていた。
「どうした? 嫌なのか?」
「……」
顔を赤くして目をそらす鏡子は、やがて両手で胸を隠した。
「やっぱり恥ずかしいです。私の胸、お姉さんみたいにおっきくないですし」
「大きさなんてどうでもいい。僕は鏡子ちゃんの胸が見たいんだ」
そう言って、僕は腕を引きはがした。露になったブラジャーに指を差し込み、そのまま上にずらす。露になった鏡子の胸に、すかさず僕は手を滑らした。あばらの上に薄く堆積した彼女の乳房を手のひら全体で愛撫する。当然とも言うべきか、夢で見た姉の胸に比べるとその質量はあまりにも小さい。揉みしだくこともできず、薄い乳房を捏ね上げる感覚は姉の乳房とは趣が大きく異なる。だが、その異なる感触こそ鏡子の感触なのだ。その感触を、その実感を深く刻み込もうと、僕は撫で上げる手に力を込めた。
鏡子がかすかに息を漏らす。それは僕がもたらす刺激を明確に感じた証だった。姉とは違う、可愛らしい反応。そんな反応が更に見たくて僕は更に愛撫を続けた。手のひらの中で彼女の乳頭が自己主張している。僕は親指の付けで転がし、弄ぶ。そのたびに彼女は体を震わせ甘い吐息を漏らす。身を昂らせるその刺激が未だ慣れないのか、彼女はかすかに身を捩った。僕は腕に力を籠めると彼女を机に抑え込んだ。手のひらで愛撫を続けながら、彼女の首筋に吸い付いて更なる刺激を加える。ついに彼女は明確な声を出して喘いだ。跳ね上がる彼女の身体を押さえつけて、更に首筋に吸い付き跡を残していく。悶えながら上体をねじる彼女は、やがて太腿を擦りながら膝で僕の腹部を突いた。
「あっ、そっちは……」
僕が上体を持ち上げて視線を下にずらすと、鏡子は慌てたように言った。僕は彼女の言葉を無視してスカートに手を滑らせる。彼女の内股を隠すその布をめくり上げた。飾り気のない白い下着が僕の眼下に晒される。彼女の秘部を守るクロッチはぐっしょりと濡れていた。
「感じたのか?」
「……はい」
僕の問いかけに、消え入るような小さな声で鏡子は答えた。彼女を押し倒してから一方的な愛撫を続けてきた。ある意味では僕自身の欲求を満たすためだけの一方的な責め。それでも彼女が悦びを感じてくれていたことが、かすかに僕の気持ちを晴らしていた。
「脱がすよ」
続けてそう言うと、鏡子は答える代わりに、腰を軽く持ち上げた。僕は彼女の下着に手をかけて引き下ろす。湿り切ったクロッチは暫し彼女に張り付いて抵抗したが、すぐに糸を引きながら引きはがされる。そして濡れそぼった彼女の秘裂が露になった。
鏡子が言葉にもならないうめき声をあげた。それもそうだろう。今僕に見せているのは紛れもない鏡子の姿だ。ドッペルゲンガーとして模倣した誰かの姿ではない。想い人の理想の女性という衣を剥ぎ取られ、それとは似るところのない真の姿を晒すというのは相当に恥ずかしく、苦しい行いかもしれない。実際、仄かに赤みを帯びた肌を晒す恥丘に、固く閉じられた秘裂は、成熟した女性だった姉のそれとは大きく異なっている。だが僕はかまわずそこにむしゃぶりついた。
小さな悲鳴を上げて、鏡子は僕の頭を押し返そうとした。僕は彼女の抵抗を無視し、内ももに顔を埋めたまま息を吸い込んだ。その香りは女と呼ぶには未成熟さを多く残している。これこそが鏡子の匂いなのだ。脳に刻み付けるようにもう一度僕は吸い込む。そして、今度はその香りを元となる彼女の秘裂に舌を這わせた。
また鏡子が声を上げた。今度は明らかに悦びを想起させるあえぎ声だ。僕は固く閉じた彼女の秘裂を舌先を使ってこじ開ける。発達しきらない彼女自身を嘗め回し、かすかに自己主張する秘核をなぞり上げ、蜜を流す入り口に舌先を突き込む。そのたびに彼女は声を上げてよがり、腰を跳ね上げる。僕はその腰を押さえつけて責めを続けた。
「やっ……ダメです。これ以上は……」
高まり続ける鏡子の嬌声が最高潮に達する。制止を求める言葉とは裏腹に、彼女は僕の頭を内腿で挟み込んだ。僕は一際反応が良かった秘核に吸い付いて、最後の一撃を加える。遂に鏡子は絶叫した。腰を浮かべながら鏡子は体を何度も痙攣させる。その震えに合わせて水しぶきが僕の顔を撃った。秘裂から噴き出すそれは彼女が絶頂に至った印だ。僕は口を開けてむしゃぶりつき、その飛沫を嚥下した。喉を通るその液体は、熱く、甘く、そして青い。熟成とは程遠いが、それ故に鏡子の味であることを示している。僕はとめどなく溢れる彼女の印とも言うべき液体を胃に流し込んでいった。
蜜の飛沫が勢いを止めると同時に、彼女は浮かべていた腰を下ろした。僕の頭を挟んだ彼女の内腿も力を緩めて解放する。僕は濡れた口元を拭いながら埋めていた身体を起こした。鏡子は荒い息を吐きながら、焦点の定まらない瞳で僕を眺めている。僕は彼女を見下ろしながら自分の下半身に手を伸ばした。指先が金具をつかみ、そのまま小さな音を立てながらファスナーを下ろしていく。僕の意図を悟ったのか、揺蕩っていた彼女の視線が僕の下半身に集中した。息すら止めて見入る彼女に、僕はズボンの中で抑えこまれていた自分自身を解き放った。
「そろそろいいかい?」
怒張するそれをまじまじと見つめる鏡子に僕は問いかけた。彼女は逡巡するかのように暫しの間を開けたのち、小さくうなずいた。その答えを確認して、僕は自身を鏡子の秘裂にあてがった。わずかに力を込めて秘裂を押し割り、潤滑油にまみれた穴に押し付ける。
「じゃあ挿れるよ」
そう言って、僕は自身を突き込んだ。
鏡子が苦悶のうめき声をあげた。それもそうだろう。成熟には程遠い彼女の内部は、僕を受け入れるには小さすぎる。真実の姿で、鏡子自身の姿で繋がるのが初めてだったせいもあるだろう。純潔が破られ、その証が赤い雫となってあふれ出した。破瓜の痛みと身の丈に合わないものを挿入される痛み、二つの痛みに鏡子は顔を歪ませる。だがそれでも彼女は僕にしがみつき、僕自身をより奥へ受け入れようとしていた。その健気さが僕の胸を打ち、ともすれば独りよがりになりそうな衝動を押しとどめた。代わりとばかりに脂汗を浮かべる彼女を覆うように抱きしめる。僕の胸元で彼女はしばらく呻いていたが、やがて波が引いたのか荒い息を吐き出すと、次第に息を整え始めた。
「大丈夫かい」
体を持ち上げて、抱え込んでいた鏡子の様子をうかがう。僕に問いかけられた彼女は明らかな作り物笑みを浮かべた。
「……大丈夫です。……私は、魔物娘ですから……だから私に気にせず動いてください……私で気持ちよくなってください」
未だ汗を浮かべて語る鏡子はどこまでも健気だ。だからこそここで終わりにもしたくなる。だが、それは彼女の本意ではないだろう。偽りの姿、姉を象った姿でなければ僕を受け入れられないというのは彼女にとって悲劇だ。それは僕にとっても同じだ。むしろ彼女以上に受け入れ難い。もしかしたら、魔物娘の血が目覚めて、彼女に悦びをもたらしてくれる可能性だって十分にある。だからこそ僕は続けることを決めた。これからの行いが小柄な彼女にとってどれほどの責め苦であろうとも、最後までやりきると心に決めたのだ。抱え込んだ彼女に軽く口づけをして、僕は腰を突いた。
前後するたびに僕を刺激する鏡子の内部は、夢で幾度も交わった姉のは当然ながら異なっていた。理想化した姿だったとはいえ、姉は見た目通り柔軟に僕を受け入れ、柔らかく撫で上げてくれた。鏡子はと言えば、咥えて離さないと表現すれば、魔物娘にふさわしい名器と言えよう。だが、その体躯が示すように、あまりにも未発達だ。彼女が僕の動きに張り裂けそうな痛みを感じるように、僕もまた彼女の締め付けに潰されるような痛みに近い刺激を受けていた。僕を固く咥える彼女の内壁は、僕が腰を引くたびに彼女の臓腑を引きずり出し、僕が腰を突き込むたびに彼女の臓腑を貫くような錯覚をさせる。苦し気に呻く彼女の吐息を聞いているとその錯覚は現実ではないかと思えてくる。僕はただ彼女が魔物娘であることを信じて、腰を動かし続けた。
「……っ、あっ……」
不意に鏡子が小さく喘いだ。もう一度突き込んでみると、今度は確かに声を上げて喘いだ。見れば彼女の苦悶の表情もだいぶ和らいでいた。どうやら魔物娘の血がようやく表れたらしい。これ以上彼女に苦しみをもたらすことはない。そう思うと心が幾らか和らいだ。
代わりとばかりに僕は鏡子のか細い腰をつかんだ。腕力を使って引き込み、より最奥に腰を突き込んでいく。最も神聖な部分を貫かれる衝撃に、彼女も初めは苦し気な息を漏らしていた。だが、二突き、三突きするうちに、甘い喘ぎ声を漏らすようになった。
「先輩……気持ちいいですか? ……私、先輩の事……気持ちよくできてますか?」
僕に揺さぶられながら鏡子は問いかけてきた。魔物娘の血によってだいぶ楽になっているとはいえ、自身の身体を貫かれている彼女は未だ余裕はないはず。なのに彼女は僕のことばかり気にかける。自分が気持ちいいのか、苦しいのかではなく、僕が気持ちいのかを考えてくれる。荒い息を吐きながらも、それでも僕を想って見上げるその顔が僕の胸を突いた。
「ああ、気持ちいいよ」
僕が答えると、鏡子は安心したように微笑んだ。
鏡子は始めから僕のことを第一に行動していた。僕が実らぬ恋を見ていると知るや、彼女は自身を姉に変化させ、僕にひと時の夢を見せてくれた。たとえそれがドッペルゲンガーの宿命であったとしても、別人の名を呼ばれながら抱かれる鏡子の心中は如何ほどだったのだろう。そう思うと胸が締め付けられ、今までの自分が恥ずかしくなった。どうにかして彼女に報いて上げたい。身体だけでなく、心から彼女に悦びをもたらしてあげたい。そう思い、僕はただ腰を振り続けた。
鏡子の内部は依然として僕をきつく締め付けて離さない。僕が腰を引くたびに僕のものをきつくしごき上げ、姉とは別の快楽を与える。僕が思わず息を漏らすと、彼女は微かに頬を緩めた。
「先輩……好き……好きです。だから……もっと私で……気持ちよくなって」
顔を紅潮させて彼女は言った。彼女の好意を正面から受け止めることができたらどれ程よかっただろうか。臆面もなく彼女に好きと返すことができたらどれ程よかっただろう。だが、言葉を返そうと思うたびに心の奥底で別の顔が浮かび上がる。それは真に僕が想う人の顔。穏やかな笑顔で僕をずっと見守ってくれた姉の笑顔。それを消し去ることなんてできるわけがない。
不意に視界が揺らいだ。胸に抱く鏡子の顔が歪み、別人に変わっていく。それは正に今僕の心に浮かぶ姉の顔だった。僕は思わず叫んだ。
「鏡子!」
鏡子の名を叫んだ途端、視界は現実を取り戻し、胸に抱く女は鏡子の顔となる。快感の頂間際に追い詰められたことによって、彼女が持つドッペルゲンガーの血が発現しかけていたようだ。
「いいんです。……私は……どっちでも……」
荒い息を吐きながら彼女は言った。その健気さが逆に僕の胸を打つ。姉の代わりでもいいとまで言ってくれる彼女を、姉の代わりになってできない。僕は心に浮かぶ顔を押し殺した。そうだ、彼女は僕に嘘をつき続けてきた。だから僕も嘘をつけばいいのだ。
「好きだ!」
僕がそう言うと、鏡子は驚いたふうに体を震わせた。目を見開いて、僕を見つめてくる。僕は彼女の瞳を見据えて言った。
「好きだ! 鏡子、好きだ!」
腰を打ち付けながら、僕は言った。何度も、何度も、叫ぶように好きだといった。鏡子を好きだというたびに、心の奥底に浮かぶ笑顔が歪んでいき、霞んでいく。そのまま鏡子の顔で上書きされることを願って、僕は繰り返し叫んだ。
「先輩……私もです。……私も……好きです」
僕の言葉に応えるように鏡子が僕に縋りついた。僕を締め付ける鏡子の内部はこれ以上ないほど熱くなっていた。彼女の口から漏れる吐息の調子も頂点に近くなっている。かく言う僕も、下半身で滾る衝動は限界に届こうとしていた。腰を打ち付けるたびに下半身から浮上する白い気泡が、鏡子への思慮を押し出していく。残るのは雄としての原初の欲求。雌の内部に己の遺伝子をぶちまけようとする命の衝動。掻き消えていく想いの残滓を離すまいと歯を食いしばる。快楽への抵抗、それは単に衝動の圧力を高めるだけだ。脳裏をたちまち本能的欲求が埋め尽くしていく。最早の動かすのも限界だった。僕を締め付ける刺激に抗うのはもはや無理だった。獣の欲求に身を任せて、僕は一際深く腰を突き込んだ。途端に鏡子の身体が大きく跳ねた。同時に僕自身がこれまでにないほど激しく締め付けられ、遂に衝動が沸騰する。下半身から欲望が溢れ出すその刹那、僕は忘れまいと意識に刻み込んでいた想い人の名を叫んだ。同時に雄の欲望が僕の中から噴出し、思考を真っ白に染めた。
荒い息、その声が僕を白濁の世界から現実に引き戻した。額に浮いた汗が僕の頬を滑り、その冷涼さが意識を明瞭にさせる。未だ激しく脈打つ心臓の音を聞きながら、僕はつい今しがた叫んだ人の名を反芻していた。
僕の顎の下で溜まる汗が、やがて一つの雫となって零れ落ちる。それは僕が抱く彼女の豊かな胸の上に落ちて弾けた。
自分が何をしたのか悟ると、同時に視界が滲み始めた。自分の情けなさが涙腺を熱くさせる。雫を流すまいと目を閉じても涙は溢れて止まらない。身体を支える気力を失くし、僕は彼女の胸に顔を埋めた。
「すまない」
柔らかな乳房に包まれながら、僕は呟いた。彼女はただただ優しく僕の頭を撫でた。
「いいの……私がしたかったことだから……」
僕を撫でながら、鏡子は姉の顔で答えた。
放課後の美術室、いつもの席で僕は絵を描いていた。ただそれだけに集中していた。真っ白なキャンバスの上に鉛筆を走らせて、形を描く。真っ白な世界に輪郭を描いていき、そして頭の中の景色をキャンバスの上に浮かび上がらせる。窓の向こうのグラウンドの声も、どこかの部室から聞こえる吹奏楽の声も、果てはキャンバスを滑る鉛筆の声すら忘れて僕はその行為に没頭していた。没頭しなければならなかった。
今、キャンバスに描いているのは単なる風景ではない。顧問の課題を無視して、ただただ僕が描きたいと思ったものを描いているのだ。それをするには雑念を排除しなければならない。そうしなければ思い描く光景が零れ落ちてしまう。この題材はそれほどまでに僕の心を満たし、溢れそうになっていた。
大雑把に動かしていた鉛筆を、少しずつ細かくしていく。次第にキャンバスの上に浮かび上がる陰影は下書きと呼ぶには緻密すぎる。だが、僕は構わず鉛筆を動かし続けた。もう絵筆を重ねるつもりはなかった。鉛筆線画で終わらせるつもりだった。もとより溢れ出す思いを形にするだけの手慰みだ。それにはこれで十分だ。
息を止める様な細かな書き込みを終えて、僕はようやく鉛筆を置いた。背もたれに体重を預けて一息つく。そのとき、キャンバスの向こうのカーテンが外に吸い出された。中から外へ流れる空気の奔流。その風がふわりと嗅ぎ慣れた香りを届けた。それは甘い甘い、あの香り。
「何描いてるの、カーくん」
背後から姉の声がした。ひたりひたりと足音を立てて僕のすぐ後ろに迫ってくる。
「あ、もしかしてお姉ちゃんの絵を描いてる?」
僕の肩に手を置いて、姉は言った。僕は答えずにキャンバスを眺めた。
光の差し込む窓。それを背に立つ女性の姿がキャンバスには描かれている。荒い下書き紛いのタッチで描かれた黒髪の女性。顔は逆光の影で淡く潰している。だが、その下に刻まれた筆跡をたどれば、その表情まで読み取ることができるだろう。逆光の中、軽く微笑む女性。僕を誘う様に目を細める彼女は、まぎれもなく僕の姉だった。
「まだ描いてる途中だよね? お姉ちゃんがモデルになったげる」
僕が答えずにいると、姉は前に躍り出て、絵に描かれた通り窓の前に立った。これまで夢に見た通りの、一糸まとわぬ姿を逆光の中に浮かび上がらせる。ともすればグラウンドから見えてしまうかもしれない。それを気にしているのだろうか、微かに背後を気にしながら、僕にはにかんだ笑みを見せた。
僕は転がしていた鉛筆を取ると、残っていた体の部分に滑らした。
「裸んぼのまま描かれるのは、お姉ちゃん、ちょっと恥ずかしいな」
姉は恥ずかしげにつぶやく。僕はキャンバスから目を離さずに答えた。
「いいさ、僕しか見ないから」
「でも、絵にしたらそのまま残っちゃうでしょ、そしたら誰かに見られちゃうかなって」
「いや、僕しか見ない」
鉛筆を止めて僕は答える。姉が何かを言いたげに息を吸った。言葉が吐き出される前に僕はつづけた。
「燃やす。完成したら、焼却炉に行って、燃やす」
吐き捨てるように言って、僕は鉛筆を滑らした。また途中の腰回り、下腹部の陰影を臍から下の曲線を意識して描いていく。
「なんで、なんで燃やしちゃうの? せっかく描いたのに」
鉛筆は突き出た腰骨から太腿を描いていく。逆光が回り込んで浮かび上がる白い線を残すように、一際濃い影を乗せていく。キャンバスの向こうで姉が声を上げた。
「ねえ、どうして?」
「燃やしたいから」
僕は鉛筆を止めて答えた。
「燃やして、消してしまいたいんだ。この絵を、この絵に込めた僕の想いを」
そう言い切って、僕はキャンバスの向こうを見据えた。僕の視線の先では、いつもは蠱惑気味に笑っていた姉が狼狽した姿を見せていた。その姉の姿をした女に向けて僕は続けた。
「夢でいいから、姉さんに好きって言ってほしかった。夢でいいから、家族ではなく恋人として、一人の男として、好きって言ってほしかった。でも、駄目なんだ」
鉛筆を握る手に力が入る。僕は叫ぶように言った。
「駄目なんだ! 姉さんはあくまで姉さんで、血のつながった僕の家族で、そして恋人がいるんだ。僕じゃない別の誰かが」
近親姦と略奪愛。ただでさえ重い禁忌が二つも重なってしまえば、もはやどうにもできなかった。
聞くところによると魔物娘の家族であれば近親姦など関係ないらしい。だが、生憎ながら姉も僕も人間だ。未だに古い血の因習に囚われている。家族がそのまま恋人になることはあってはならないことだ。
そしてもう一つ、恋人の存在だ。もしその男が見るからに頼りない存在だったり、あるいは姉を泣かしたりするようなろくでなしだったら、もしかしたら別の気持ちが出てきたのかもしれない。だが、そいつは男の僕が見ても頼りがいのあるいい男で、姉はそいつを見るといつも笑顔を見せていた。姉が幸せそうに笑えば笑うほどに、成り代わってやろうという僕の気持ちは萎んでいった。
「だから、燃やすしかないんだ。この絵も、この気持ちも、全部燃やして灰にしなきゃいけないんだ」
キャンバスの向こうの女は、僕の言葉に何も返さず、息を呑んで立ちすくんでいる。僕はその女に言い切った。
「だから、もうやめてくれ。その姿で現れないでくれ」
顔を青くする女に向けて、僕は続けた。意識しなくても言葉が溢れ出てくる。言葉の奔流をそのままに、溜まりに溜まった蟠りを叩きつけた。
「もう限界なんだ。君の姿を見ていると、姉さんへの想いが堪えきれなくなる。溢れて溢れて止まらなくなる。でも、それはできないんだ。やってはいけないんだ。君も知っていると思うけど、僕たちはまだ人間なんだ。だから、それでもこの気持ちは押し留めなきゃいけないんだ。でも、それももう限界なんだ。だから燃やすんだ。描いて、形にして、そしてそれを燃やして灰にするんだ。もうそうするしかないんだ。だから、もうその姿で僕の前に現れないでくれ。その姿で、僕の姉さんへの想いを弄ばないでくれ」
最後の言葉は絞り出すように、僕は言った。いつの間にか鉛筆が軋むほど手を握りしめていた。
全ては愛する姉のため。姉を想う気持ちのため。これを守り続けるためには、彼女から決別しなければならない。この、姉の名を語る紛い物(イミテーション)から。
僕の言葉を黙って聞いていた彼女は、やがて呟くように言った。
「ごめん……なさい。……私……そんなつもりじゃ……」
ぽつりぽつりと漏れるつぶやきとともに、周囲の景色が揺らいでいく。同時に姉のような女の姿が滲んで輪郭を失っていく。これは夢から覚める兆候だ。そう、全ては魔物娘が見せる甘美な夢だったのだ。
滲んでいた輪郭がやがてまとまりだして、新たな形を作り出す。景色の歪みも戻っていき、世界が精緻さを取り戻していく。遂に僕は現実を取り戻した。そして、露になった真実の世界で、一人の少女が僕の目の前で立っていた。
制服に身を包んだ彼女の身体は、姉より一回り小さければ、その起伏も目立たない。肩口で切りそろえた黒髪をたたえたその顔は、どこか垢抜けない丸顔だ。ただ、彼女の伏した目が普段はくりくりと愛らしいことを僕は知っている。
「鏡子ちゃん、だね」
姿を現したのは後輩の御影鏡子だった。美麗な魔物娘と一線を画す姿にかつての僕は彼女を同じ人間だと思い込んでいた。その予想が裏切られたにもかかわらず僕の胸中に驚きはなかった。例外はあらゆるものにある。魔物娘だってそうだ。さらに言えば、そもそも人間とさして変わらない姿を宿命付けられた種族だっているのだ。それは――。
「ドッペルゲンガー、だったんだね」
「ごめんなさい。騙すつもりじゃなかったんです」
「いいさ。そもそも自分の種族なんてわざわざ言いふらすものでもない」
ドッペルゲンガー。それは魔物娘の中でも一際深い業を背負わされた種族だ。他の魔物娘とは一歩劣る容貌の彼女たちは他の魔物娘以上に情が深く、それ故に、実らぬ恋に心惹かれる。彼女たちは愛すべき人を見つけると、その魔力を持って愛すべき人が恋焦がれる想い人に身を変貌させる。かくして意中の人に成り代わった彼女たちは、愛すべき人に仮初の夢を与えるのだ。
御影鏡子もまたその一人だったようだ。ドッペルゲンガーの血に従った彼女は、僕の姉に身を変えて、叶うはずのない夢を見せていたのだ。これまで彼女は姉の衣を身にまとい、淫靡に笑いながら僕を誘惑していた。だが、その衣を剥ぎ取られて真実の姿を晒す今の彼女は、怯えた眼差しで僕を見つめるだけの存在だった。
僕はイーゼルを押しのけると、席を立って鏡子のもとに歩いた。彼女は目を固く閉じると、首をすくめて身構える。僕は彼女の肩をつかんだ。彼女はわずかに身を震わせたが、それ以上抵抗はしなかった。僕は彼女をそのまま近場の机に押し倒した。
「あの……先輩、何を……」
怯えた目で見上げながら、鏡子が問いかけてくる。僕は彼女の目を見ていった。
「君を抱きたい」
震えていた瞳が、今度は当惑で広がった。
「あの、それって――」
戸惑いの声を上げる鏡子の口を僕は自分の唇で塞いだ。柔らかな彼女の唇が、何か抗議をしようと動いたが、僕は構わず押さえつける。やがて彼女は諦めたように力を抜いた。
鏡子が全くの無抵抗になったところで僕は唇を離した。彼女は頬を赤く染めながらも、未だに不安げに僕を見上げている。
「今まで散々やってきたんだ、いいだろう?」
「でも、それは私ですけど、お姉さんの姿の私でして……」
「僕は、鏡子ちゃんを、君を抱きたいんだ」
もう一度、彼女の目を見つめて僕は言った。しばらく僕の瞳を見上げていた彼女は、やがて小さく答えた。
「はい」
僕は改めて鏡子に口づけした。今度は抵抗せずに、彼女も唇を押し付けてくる。閉じられた唇を押し開くと、甘い吐息が僕の咥内に吹き込んだ。僕は舌を差し込んで彼女の唇をなぞっていく。柔らかな唇の感触を楽しんでいると、彼女は甘い息を漏らしながら舌を突き出した。彼女の口腔からそそり立つそれを僕は啄み、そして舐め上げる。ナメクジの交尾のように、互いの舌と舌を絡めあい、流れ出る唾液を啜りあう。粘着質な水音が響き、耳から僕を昂らせていった。
押し付けた唇を、頬へ、更にその奥へずらしていく。鏡子の体をひしと抱き締めながら、首筋に顔をうずめた。未だ彼女の肌を啄みながら、その芳香を吸い込む。鼻腔いっぱいに広がるのは、甘い甘い嗅ぎ慣れた姉の香りではなく、どことなく甘酸っぱい鏡子の香り。雌の香りとはまだ言い切れないその健康的な香りを、記憶に刻むように何度も何度も嗅いだ。
首筋を幾度か啄む。くすぐったいのか鏡子は小さな声を上げて身をよじった。だがすぐに僕の背に手を回し次なる愛撫をねだる。促されるままに僕は彼女の首筋に吸い付いた。彼女の白い肌に跡が残ろうが、かまわず唇を這わせていく。むしろ自分の印を残そうとしているのかもしれない。鏡子の肌に僕の唇の跡を刻み、僕の唇に鏡子の肌の滑らかさを刻もうとしているのかもしれない。
鏡子の首筋を滑る僕の唇は固い布によって遮られた。糊の良く効いたブラウスの襟だ。僕は顔を上げるとブラウスのボタンに手を伸ばした。鏡子はわずかに身を震わせるが抵抗はしない。僕はそのままボタンを外していった。
ブラウスを開くとまず現れたのは白いキャミソールだ。華奢な彼女の身体を可愛らしく包んでいる。僕はキャミソールの裾に手を差し込むと、彼女の肌を撫でるようにまくり上げた。肌着に合わせた白いブラジャーが表れて僕は息をのむ。だが、顔を上に向けると、鏡子は表情を固くしていた。
「どうした? 嫌なのか?」
「……」
顔を赤くして目をそらす鏡子は、やがて両手で胸を隠した。
「やっぱり恥ずかしいです。私の胸、お姉さんみたいにおっきくないですし」
「大きさなんてどうでもいい。僕は鏡子ちゃんの胸が見たいんだ」
そう言って、僕は腕を引きはがした。露になったブラジャーに指を差し込み、そのまま上にずらす。露になった鏡子の胸に、すかさず僕は手を滑らした。あばらの上に薄く堆積した彼女の乳房を手のひら全体で愛撫する。当然とも言うべきか、夢で見た姉の胸に比べるとその質量はあまりにも小さい。揉みしだくこともできず、薄い乳房を捏ね上げる感覚は姉の乳房とは趣が大きく異なる。だが、その異なる感触こそ鏡子の感触なのだ。その感触を、その実感を深く刻み込もうと、僕は撫で上げる手に力を込めた。
鏡子がかすかに息を漏らす。それは僕がもたらす刺激を明確に感じた証だった。姉とは違う、可愛らしい反応。そんな反応が更に見たくて僕は更に愛撫を続けた。手のひらの中で彼女の乳頭が自己主張している。僕は親指の付けで転がし、弄ぶ。そのたびに彼女は体を震わせ甘い吐息を漏らす。身を昂らせるその刺激が未だ慣れないのか、彼女はかすかに身を捩った。僕は腕に力を籠めると彼女を机に抑え込んだ。手のひらで愛撫を続けながら、彼女の首筋に吸い付いて更なる刺激を加える。ついに彼女は明確な声を出して喘いだ。跳ね上がる彼女の身体を押さえつけて、更に首筋に吸い付き跡を残していく。悶えながら上体をねじる彼女は、やがて太腿を擦りながら膝で僕の腹部を突いた。
「あっ、そっちは……」
僕が上体を持ち上げて視線を下にずらすと、鏡子は慌てたように言った。僕は彼女の言葉を無視してスカートに手を滑らせる。彼女の内股を隠すその布をめくり上げた。飾り気のない白い下着が僕の眼下に晒される。彼女の秘部を守るクロッチはぐっしょりと濡れていた。
「感じたのか?」
「……はい」
僕の問いかけに、消え入るような小さな声で鏡子は答えた。彼女を押し倒してから一方的な愛撫を続けてきた。ある意味では僕自身の欲求を満たすためだけの一方的な責め。それでも彼女が悦びを感じてくれていたことが、かすかに僕の気持ちを晴らしていた。
「脱がすよ」
続けてそう言うと、鏡子は答える代わりに、腰を軽く持ち上げた。僕は彼女の下着に手をかけて引き下ろす。湿り切ったクロッチは暫し彼女に張り付いて抵抗したが、すぐに糸を引きながら引きはがされる。そして濡れそぼった彼女の秘裂が露になった。
鏡子が言葉にもならないうめき声をあげた。それもそうだろう。今僕に見せているのは紛れもない鏡子の姿だ。ドッペルゲンガーとして模倣した誰かの姿ではない。想い人の理想の女性という衣を剥ぎ取られ、それとは似るところのない真の姿を晒すというのは相当に恥ずかしく、苦しい行いかもしれない。実際、仄かに赤みを帯びた肌を晒す恥丘に、固く閉じられた秘裂は、成熟した女性だった姉のそれとは大きく異なっている。だが僕はかまわずそこにむしゃぶりついた。
小さな悲鳴を上げて、鏡子は僕の頭を押し返そうとした。僕は彼女の抵抗を無視し、内ももに顔を埋めたまま息を吸い込んだ。その香りは女と呼ぶには未成熟さを多く残している。これこそが鏡子の匂いなのだ。脳に刻み付けるようにもう一度僕は吸い込む。そして、今度はその香りを元となる彼女の秘裂に舌を這わせた。
また鏡子が声を上げた。今度は明らかに悦びを想起させるあえぎ声だ。僕は固く閉じた彼女の秘裂を舌先を使ってこじ開ける。発達しきらない彼女自身を嘗め回し、かすかに自己主張する秘核をなぞり上げ、蜜を流す入り口に舌先を突き込む。そのたびに彼女は声を上げてよがり、腰を跳ね上げる。僕はその腰を押さえつけて責めを続けた。
「やっ……ダメです。これ以上は……」
高まり続ける鏡子の嬌声が最高潮に達する。制止を求める言葉とは裏腹に、彼女は僕の頭を内腿で挟み込んだ。僕は一際反応が良かった秘核に吸い付いて、最後の一撃を加える。遂に鏡子は絶叫した。腰を浮かべながら鏡子は体を何度も痙攣させる。その震えに合わせて水しぶきが僕の顔を撃った。秘裂から噴き出すそれは彼女が絶頂に至った印だ。僕は口を開けてむしゃぶりつき、その飛沫を嚥下した。喉を通るその液体は、熱く、甘く、そして青い。熟成とは程遠いが、それ故に鏡子の味であることを示している。僕はとめどなく溢れる彼女の印とも言うべき液体を胃に流し込んでいった。
蜜の飛沫が勢いを止めると同時に、彼女は浮かべていた腰を下ろした。僕の頭を挟んだ彼女の内腿も力を緩めて解放する。僕は濡れた口元を拭いながら埋めていた身体を起こした。鏡子は荒い息を吐きながら、焦点の定まらない瞳で僕を眺めている。僕は彼女を見下ろしながら自分の下半身に手を伸ばした。指先が金具をつかみ、そのまま小さな音を立てながらファスナーを下ろしていく。僕の意図を悟ったのか、揺蕩っていた彼女の視線が僕の下半身に集中した。息すら止めて見入る彼女に、僕はズボンの中で抑えこまれていた自分自身を解き放った。
「そろそろいいかい?」
怒張するそれをまじまじと見つめる鏡子に僕は問いかけた。彼女は逡巡するかのように暫しの間を開けたのち、小さくうなずいた。その答えを確認して、僕は自身を鏡子の秘裂にあてがった。わずかに力を込めて秘裂を押し割り、潤滑油にまみれた穴に押し付ける。
「じゃあ挿れるよ」
そう言って、僕は自身を突き込んだ。
鏡子が苦悶のうめき声をあげた。それもそうだろう。成熟には程遠い彼女の内部は、僕を受け入れるには小さすぎる。真実の姿で、鏡子自身の姿で繋がるのが初めてだったせいもあるだろう。純潔が破られ、その証が赤い雫となってあふれ出した。破瓜の痛みと身の丈に合わないものを挿入される痛み、二つの痛みに鏡子は顔を歪ませる。だがそれでも彼女は僕にしがみつき、僕自身をより奥へ受け入れようとしていた。その健気さが僕の胸を打ち、ともすれば独りよがりになりそうな衝動を押しとどめた。代わりとばかりに脂汗を浮かべる彼女を覆うように抱きしめる。僕の胸元で彼女はしばらく呻いていたが、やがて波が引いたのか荒い息を吐き出すと、次第に息を整え始めた。
「大丈夫かい」
体を持ち上げて、抱え込んでいた鏡子の様子をうかがう。僕に問いかけられた彼女は明らかな作り物笑みを浮かべた。
「……大丈夫です。……私は、魔物娘ですから……だから私に気にせず動いてください……私で気持ちよくなってください」
未だ汗を浮かべて語る鏡子はどこまでも健気だ。だからこそここで終わりにもしたくなる。だが、それは彼女の本意ではないだろう。偽りの姿、姉を象った姿でなければ僕を受け入れられないというのは彼女にとって悲劇だ。それは僕にとっても同じだ。むしろ彼女以上に受け入れ難い。もしかしたら、魔物娘の血が目覚めて、彼女に悦びをもたらしてくれる可能性だって十分にある。だからこそ僕は続けることを決めた。これからの行いが小柄な彼女にとってどれほどの責め苦であろうとも、最後までやりきると心に決めたのだ。抱え込んだ彼女に軽く口づけをして、僕は腰を突いた。
前後するたびに僕を刺激する鏡子の内部は、夢で幾度も交わった姉のは当然ながら異なっていた。理想化した姿だったとはいえ、姉は見た目通り柔軟に僕を受け入れ、柔らかく撫で上げてくれた。鏡子はと言えば、咥えて離さないと表現すれば、魔物娘にふさわしい名器と言えよう。だが、その体躯が示すように、あまりにも未発達だ。彼女が僕の動きに張り裂けそうな痛みを感じるように、僕もまた彼女の締め付けに潰されるような痛みに近い刺激を受けていた。僕を固く咥える彼女の内壁は、僕が腰を引くたびに彼女の臓腑を引きずり出し、僕が腰を突き込むたびに彼女の臓腑を貫くような錯覚をさせる。苦し気に呻く彼女の吐息を聞いているとその錯覚は現実ではないかと思えてくる。僕はただ彼女が魔物娘であることを信じて、腰を動かし続けた。
「……っ、あっ……」
不意に鏡子が小さく喘いだ。もう一度突き込んでみると、今度は確かに声を上げて喘いだ。見れば彼女の苦悶の表情もだいぶ和らいでいた。どうやら魔物娘の血がようやく表れたらしい。これ以上彼女に苦しみをもたらすことはない。そう思うと心が幾らか和らいだ。
代わりとばかりに僕は鏡子のか細い腰をつかんだ。腕力を使って引き込み、より最奥に腰を突き込んでいく。最も神聖な部分を貫かれる衝撃に、彼女も初めは苦し気な息を漏らしていた。だが、二突き、三突きするうちに、甘い喘ぎ声を漏らすようになった。
「先輩……気持ちいいですか? ……私、先輩の事……気持ちよくできてますか?」
僕に揺さぶられながら鏡子は問いかけてきた。魔物娘の血によってだいぶ楽になっているとはいえ、自身の身体を貫かれている彼女は未だ余裕はないはず。なのに彼女は僕のことばかり気にかける。自分が気持ちいいのか、苦しいのかではなく、僕が気持ちいのかを考えてくれる。荒い息を吐きながらも、それでも僕を想って見上げるその顔が僕の胸を突いた。
「ああ、気持ちいいよ」
僕が答えると、鏡子は安心したように微笑んだ。
鏡子は始めから僕のことを第一に行動していた。僕が実らぬ恋を見ていると知るや、彼女は自身を姉に変化させ、僕にひと時の夢を見せてくれた。たとえそれがドッペルゲンガーの宿命であったとしても、別人の名を呼ばれながら抱かれる鏡子の心中は如何ほどだったのだろう。そう思うと胸が締め付けられ、今までの自分が恥ずかしくなった。どうにかして彼女に報いて上げたい。身体だけでなく、心から彼女に悦びをもたらしてあげたい。そう思い、僕はただ腰を振り続けた。
鏡子の内部は依然として僕をきつく締め付けて離さない。僕が腰を引くたびに僕のものをきつくしごき上げ、姉とは別の快楽を与える。僕が思わず息を漏らすと、彼女は微かに頬を緩めた。
「先輩……好き……好きです。だから……もっと私で……気持ちよくなって」
顔を紅潮させて彼女は言った。彼女の好意を正面から受け止めることができたらどれ程よかっただろうか。臆面もなく彼女に好きと返すことができたらどれ程よかっただろう。だが、言葉を返そうと思うたびに心の奥底で別の顔が浮かび上がる。それは真に僕が想う人の顔。穏やかな笑顔で僕をずっと見守ってくれた姉の笑顔。それを消し去ることなんてできるわけがない。
不意に視界が揺らいだ。胸に抱く鏡子の顔が歪み、別人に変わっていく。それは正に今僕の心に浮かぶ姉の顔だった。僕は思わず叫んだ。
「鏡子!」
鏡子の名を叫んだ途端、視界は現実を取り戻し、胸に抱く女は鏡子の顔となる。快感の頂間際に追い詰められたことによって、彼女が持つドッペルゲンガーの血が発現しかけていたようだ。
「いいんです。……私は……どっちでも……」
荒い息を吐きながら彼女は言った。その健気さが逆に僕の胸を打つ。姉の代わりでもいいとまで言ってくれる彼女を、姉の代わりになってできない。僕は心に浮かぶ顔を押し殺した。そうだ、彼女は僕に嘘をつき続けてきた。だから僕も嘘をつけばいいのだ。
「好きだ!」
僕がそう言うと、鏡子は驚いたふうに体を震わせた。目を見開いて、僕を見つめてくる。僕は彼女の瞳を見据えて言った。
「好きだ! 鏡子、好きだ!」
腰を打ち付けながら、僕は言った。何度も、何度も、叫ぶように好きだといった。鏡子を好きだというたびに、心の奥底に浮かぶ笑顔が歪んでいき、霞んでいく。そのまま鏡子の顔で上書きされることを願って、僕は繰り返し叫んだ。
「先輩……私もです。……私も……好きです」
僕の言葉に応えるように鏡子が僕に縋りついた。僕を締め付ける鏡子の内部はこれ以上ないほど熱くなっていた。彼女の口から漏れる吐息の調子も頂点に近くなっている。かく言う僕も、下半身で滾る衝動は限界に届こうとしていた。腰を打ち付けるたびに下半身から浮上する白い気泡が、鏡子への思慮を押し出していく。残るのは雄としての原初の欲求。雌の内部に己の遺伝子をぶちまけようとする命の衝動。掻き消えていく想いの残滓を離すまいと歯を食いしばる。快楽への抵抗、それは単に衝動の圧力を高めるだけだ。脳裏をたちまち本能的欲求が埋め尽くしていく。最早の動かすのも限界だった。僕を締め付ける刺激に抗うのはもはや無理だった。獣の欲求に身を任せて、僕は一際深く腰を突き込んだ。途端に鏡子の身体が大きく跳ねた。同時に僕自身がこれまでにないほど激しく締め付けられ、遂に衝動が沸騰する。下半身から欲望が溢れ出すその刹那、僕は忘れまいと意識に刻み込んでいた想い人の名を叫んだ。同時に雄の欲望が僕の中から噴出し、思考を真っ白に染めた。
荒い息、その声が僕を白濁の世界から現実に引き戻した。額に浮いた汗が僕の頬を滑り、その冷涼さが意識を明瞭にさせる。未だ激しく脈打つ心臓の音を聞きながら、僕はつい今しがた叫んだ人の名を反芻していた。
僕の顎の下で溜まる汗が、やがて一つの雫となって零れ落ちる。それは僕が抱く彼女の豊かな胸の上に落ちて弾けた。
自分が何をしたのか悟ると、同時に視界が滲み始めた。自分の情けなさが涙腺を熱くさせる。雫を流すまいと目を閉じても涙は溢れて止まらない。身体を支える気力を失くし、僕は彼女の胸に顔を埋めた。
「すまない」
柔らかな乳房に包まれながら、僕は呟いた。彼女はただただ優しく僕の頭を撫でた。
「いいの……私がしたかったことだから……」
僕を撫でながら、鏡子は姉の顔で答えた。
19/11/23 12:29更新 / ハチ丸
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