2.Slumber
放課後の美術室で僕はぼんやりとグラウンドを眺めていた。窓辺に頬杖をついて、スポーツに精を出す運動部達の掛け声を聞きながら吹き抜ける風を浴びる。幽霊部員の方が多い美術部に、このゆったりと流れる時間を邪魔する人間はいない。その筈だった。
「先輩、何してるんですか?」
突然後ろから声をかけられた。振り返ると後輩の御影鏡子が興味津々といった形でこちらを見ていた。
「鏡子ちゃんか。いや、グラウンドを見てたんだよ。文化祭の出し物の題材になりそうだと思って」
「そうでしたか。確かに陸上部の女の子たちの姿は絵になりますからね」
鏡子は納得した面持ちで窓辺に駆け寄ると、そのまま身を乗り出してグラウンドを眺め始めた。
正規部員が碌にいない弱小美術部にとって文化祭は数少ないイベントだ。顧問の先生は春の時点で半年先の文化祭の出し物を考えろと言ってすぐさま職員室に戻っていった。数少ない勤勉な部員たちで協議した結果、準備時間も十分にあることから、学校の風景について絵にすると決めたのだった。
グラウンドを眺めれば運動部の様子が一望できる。丁度ケンタウロスの女の子が土煙を上げながらトラックを周回していた。眉目秀麗な彼女たちが白色や栗毛色の髪をなびかせながら駆け抜けるさまは絵の題材としてはもってこいだ。あるいはグラウンドの一角で砲丸を投擲する鬼やオーガの女の子の鍛え抜かれてた肉体美もよいかもしれない。汗を煌めかせながら重い砲丸を放り投げる様は躍動感にあふれている。同じ躍動感なら、幅跳びや高跳びで跳躍するワーラビットの女の子もありだろう。
「先輩はもう題材を決めたんですか?」
ひとしきりグラウンドを見渡した鏡子がくりくりとした目を僕に向けた。起伏の目立たぬ小柄な身体に、肩口で切りそろえた黒髪。丸顔で愛嬌はあるが、どこか垢抜けなさを感じさせる彼女の顔立ちは、今じゃめっきり少なくなった人間のそれだ。このご時世に魔物娘でなければ、魔物娘になろうともしない女性というのは珍しい。おそらく、魔物娘にならくとも深い愛で結ばれた両親のもとで育ったのだろう。僕がそうであったように。同じ人間同士だからだろうか、どういうわけか鏡子は僕になつき、ことあるたびに先輩先輩と呼んで後をついてくるようになったのだ。
「いや、まだ考えているところ」
そういいながら、僕はグラウンドから視線を外した。ちょうど良いタイミングだったし、これ以上見ていられなかったからだ。僕が見ていたのは陸上部の女子ではない。グラウンドの隅でひっそりと活動している数少ない男子の部活、男子サッカー部の練習だ。互いにパスを出し合い練習している傍らで、若干名の女子マネージャーたちが練習の手助けをしている。その中に艶やかな黒髪を垂らした女性が水筒を抱えていた。僕の姉だ。僕が視線を外したのはそこに一人のサッカー部員が駆け寄っていたからだ。見ないようにしていても、遠いグラウンドの片隅から男たちの囃し立てる声は聞こえた。
僕の姉には恋人がいる。
「よし決めた」
僕はそう言うと膝を打って立ち上がった。
「おお、決まったんですか先輩」
「うん」
目を丸くする鏡子に答えながら、僕は指で枠を作ると窓から2〜3歩後ずさった。
「教室の中から見たグラウンド! 影の差す教室と日の当たるグラウンド、この明暗。どうだろう?」
「運動部の人たちはどうしたんですか?」
「背景で、さりげなく」
「おおー」
質問に答えると、鏡子は感嘆の声をあげてうなずいた。適当なことを言っただけだがこうも感心されると心が痛む。
「とりあえずスケッチして見るよ」
そういいながら、僕はイーゼルを組み立てて、キャンバスを広げた。
「じゃあ、私はお邪魔しないように別のところで題材を考えてますね」
「そこまで気を使わなくても大丈夫だけど、ありがとう。いつでも相談しに来ててくれて構わないからね」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
そう言うと、鏡子は美術室から出て行った。ぱたぱたという彼女の上履きの音が廊下の向こうへ遠くなっていく。やがてそれが聞こえなくなると、僕は大きくため息をついた。
人払いはうまくいき、美術室には僕一人しかいなくなった。正面から日が差す窓の向こうでは、相変わらず運動部の掛け声が聞こえる。キャンバスに鉛筆を走らせながら、僕はその声の中から姉の声を探していた。
姉に恋人ができていたことを知ったのは去年の秋も終わろうとしているころだった。文化祭も終わり、窓から外を眺めていると、今のような男たちの囃し立てる声が聞こえた。その声につられて僕が目を向けると、その先で珍しく怒鳴り声をあげる姉と、恥ずかしそうに頭をかく男の二人の姿がそこにあった。怒りの声を出す姉が単なる照れ隠しであることは明白だった。その姿から姉が男と特別な関係であることを悟り、衝撃を受けた。
最初はただ自分が驚いているだけだと思っていた。だが胸中を駆け抜けた衝撃は収まるどころかそのまま奥底にとどまり渦を巻く。決して言葉では形容できぬ感情の奔流に僕は声を上げることも、指一本動かすこともできず、騒ぎが終わって練習に戻る男子たちの中からある一人だけを熱い視線で見送る姉の姿を眺めるだけだった。この感情が好意であることに気づくにはかなりの時間を要した。それに気が付いてからようやく僕は姉が好きだったことを自覚した。家族ではなく一人の女性として、僕は姉のことが好きだったのだ。
姉の恋路を眺める僕の胸中は嫉妬であり、失意であり、怒りであり、悲しみであり……少なくとも一言で表すことはできない。だがそれらがすべてマイナスの方向であることは一致していた。夕方には帰ると言って着飾るクリスマスの姉や、友達と行くと言って初めて家族ではなく一人で初詣に向かう姉を見送るたびに、僕はこの感情が悟られていないか気が気でなかった。
やがて暦の上で春を迎えると、感情の方向すらわからなくなった。三学期の中間試験の最中、進級できればそれでよいと考えている僕は、翌日のテストが得意科目であることを幸いにリビングのテレビゲームで息抜きしていた。そこに姉が男を連れてきたのだった。のちに話を聞いたところ、試験の成績がよろしくない男を見るに見かねて姉が自宅に呼んで特訓するところだったらしい。驚きの声を上げて迎える母に、男はスポーツマンらしい爽やかな挨拶をする。よく通る男の声はリビングの僕のところまで当然届き、お陰で操作を誤りキルを取られてしまった。二重の意味でむしゃくしゃしていると、丁度リビングを通りがかったらしい男が声をあげた。僕が絶賛プレイしていたゲームの名を叫んだのだ。目をこれでもかと輝かせた男は勉強の約束も忘れて僕と一緒にやることを望んだのだ。あまりの熱意に僕は敵意すら忘れて戸惑ってしまう。姉も怒り顔で引きはがしにかかるが男はそれでも食い下がる。最終的に姉は2〜3の課題をこなすことを条件に上げた。男がはいと従ったとき、どういうわけか僕までもはいと言わされてしまった。かくして二階の姉の部屋に消えていった男は、小一時間後にやり切った顔で降りてきた。続いて降りてきた姉が辟易した風に、いつもこれくらいまじめにすればいいのに、と小言を呟いていたことを考えると、男は見事課題をこなしたらしい。男は当然の権利のように僕の横に座りコントローラを手にした。そもそも僕は当惑するばかりで、まともな挨拶すら交わしていない。だが、まぶしい笑顔で一緒にやろうと言われては断ることもできなかった。いざやってみると男は長距離向けの武器で接近戦を挑む、いわゆる凸砂だった。中距離で弾をばら撒きつつじりじりと前進する派の僕からすると、多少の被弾をものともせずに突撃し、至近距離から必死の一撃を放つ男のプレイスタイルは脅威以外の何物でもなかった。ひたすら引き打ちしながらマップ構造を利用して戦う僕と、鍛え抜かれた反射神経を武器に銃弾を回避して突撃する男との戦いは一進一退の白熱したものだった。互いの勝利に一喜一憂し、オンライン対戦ですら普段なら声を出さない僕も思わず叫んでしまった。そして僕につられたのか後ろでムスッとした表情で眺めていた姉もまた、面白そうに笑い出した。その笑い声が聞こえたのだろう、男は振り向くと、姉をゲームに誘った。姉はこの手のアクションゲームが得意ではなく、当然のように拒否をする。だが、協力プレイモードならどうだ、という男の迫力に押されて、最終的にコントローラを握った。かくして海千山千のオンライン対戦に全くの初心者を含んだチーム戦が始まった。だが、幸か不幸か姉を第一という考えは僕と男とで一致していた。姉がキルされないように中距離主体の僕が誘導と弾幕でカバーし、姉がキルできるように凸砂の男が突撃と追い込みでお膳立てする。阿吽の呼吸の果てに姉が初キルで歓声を上げた時、僕と男は戦友になっていた。それからというもの、ネットを通じてオンラインプレイをする他、時には姉抜きで出会っては、ハンバーガーや映画を奢ってもらうようになったのだった。よくよく話してみれば男は人懐っこい性格をしており、同性の僕から見てもいい男だった。姉を抜きにして、学校やゲームの話をしている分には男の事もいい人だと認めることができた。だが、姉が男に向ける今まで見たことのない熱い瞳を見ると、僕はいまだに胸が張り裂けそうになるのだった。
「カーくん」
スケッチの手が完全に止まったところで、だしぬけに背後から声がした。今まで想い続けた姉の声だった。ここに姉がいる筈がない。その証拠を探そうと、僕はグラウンドの声援から姉の声を探す。
「カーくん」
また、背後から声がした。今度はひたりひたりと近づく足音まで聞こえる。それでも僕は背後からの声は嘘と決めつけていた。おそらくこれは夢だ。その証拠に体は金縛りにかかったかのように動かなかった。
「好きよ」
足音がついにすぐ背後になり、右耳の傍で息を吹きかけるように声は囁いた。背中に柔らかいものが押し付けられる。それは姉の乳房だろう。同時に視界外から腕が伸びて、僕を抱き締めた。膨らみが押しつぶされ、その頂の硬さまで薄いカッターシャツ越しに感じ取れた。
「好き」
耳元で姉の声が甘く囁いた。耳にかかっていた吐息がかすかに動いていく。脳を蕩かすような芳香とともにもみあげを滑った吐息は僕の右頬で止まった。
「こっちを向いて」
僕の頬をなめる様な至近距離で、声は言う。途端に首がぎしりと鳴った。鉄のように固まっていたはずの体が、どういうわけか首だけが動いていた。出来損ないのネジ巻きロボットのように首を回して右を向く。果たしてその先には姉の顔が存在した。白い肌は薄っすらと紅潮し、頬は緩んで微笑んでいる。唇は男とデートに行くと言っていた時の様にリップクリームで艶やかだ。そして、今まで焦がれてやまなかった熱い瞳で僕を見つめていた。この姉の顔は幻だ。高鳴る心臓を抑えるように、目の前の出来事を否定する。だがグラウンドの向こうの姉の声を僕は未だ見つけられずにいた。
不意に姉がにこりと笑った。僕がドキリとして固まったその瞬間を逃さずに、姉は目を閉じて顔を寄せた。柔らかい何かが僕の唇に触れた。
「キス、しちゃったね」
あっという間に顔を離した姉は悪戯っぽく笑って言う。対する僕のほうはというと、呆然としながら今しがた交わした唇の感触を思い返していた。こつりと額に硬いものがぶつかって我に返る。姉が僕に額をくっつけて、上目遣いでこっちを見ていた。
「あら、恥ずかしいの? でも昔はいっぱいしたじゃない。ほら――」
視界がまた暗くなり、暖かいものが唇に触れる。小鳥のさえずりのような、ちゅっという音が聞こえた。
「こんな風に――」
また、聞こえた。
「お姉ちゃん大好き、っていっぱいしたよね」
もう一度、さらにもう一度。
幾度となく姉はキスを降らせてくる。確かに仲の良い姉弟がキスするというのはよくある話である。ただしどちらも色も恋も知らない幼少のみぎりの事だ。お母さん大好き、お父さん大好き、そういう流れの中で行ったことであり、決してこんな意味ではない。性を理解したこの年でやるべきことでないのだ。
「ほら、昔の様にいっぱいしよ。お姉ちゃんもカーくんの事、大好きなんだよ」
そう言って、姉は唇を押し付けてきた。それはもはや子供同士の愛らしいキスではなかった。唇同士を深く重ねて、強く吸い付く大人のキスだった。一度、姉が唇を大きく開くと、閉ざしたままの僕の唇を食んでいく。二度目は食みながらも舌先でチロチロと僕の口先を愛撫した。そして三度目には大きく開いた口で僕の唇をほおばると、舌で僕の唇を押し開こうとしてきた。
こんなの姉弟でやることでない。そのはずなのに、僕は拒絶することができなかった。
姉の舌のなすがまま、僕は唇を開いた。咥内に侵入した姉の舌先は僕の歯や唇の裏を軽くなぶると、僕の舌先に絡め始めた。円を描くようにひとしきり舌先をなめると、今度は先をとがらせで僕の舌をひっかけようとする。それが外に出せという合図に思えた僕は要求されるままに舌を姉の咥内に伸ばした。姉は僕の舌先を唇で食むと、音を立てながら吸い付いた。一度、二度と吸い付くと、今度は舌を平らにして嘗め回してくる。最後に、姉はもう一度唇で僕の口を塞ぐと、甘い吐息とともに唾液を僕の口の中に流し込んだ。舌先を伝って喉に達した姉の唾液は暖かく、陶酔させる何かが存在した。僕は舌で味わい、自身の唾液を混ぜたそれを今度は姉に返す。姉は音を立てて戻ってきた唾液を啜った。
互いに舌を絡め、唾液を交わしあう。そこに先ほどまでの小鳥のさえずりは存在しなかった。粘着質の液体を啜り、嘗め上げる淫らな水音が響いていた。
抱き締める姉の腕が、まさぐるように僕の胸を滑っていく。あたたかな姉の手で撫でられるたびにぞくぞくとした快感が走り僕は思わず声を上げた。呻き声をあげる僕に、姉はさらに音を立てて僕の口に吸いついてくる。まさぐる姉の手が下に降りる。腹部を撫でるように滑るその手は、やがて張り詰めた僕のズボンに達した。硬くなった僕のものに触れて、姉は顔を離した。唾液の橋を舐めとって、にたりと笑う。
「固くなってる……」
ズボンの上から、姉が撫でまわす。下腹部を駆ける刺激に思わず腰を引きそうになる。だが背後から抱き締められている状態ではこの快楽から逃れることはできなかった。
「いけないんだぁ……。普通は家族とのキスでこんなにはならないんだよ」
そう言いながらくすくす笑う姉の顔は見たことのない顔をしていた。朝の挨拶とともに投げかけられる姉の微笑み、僕がバカをやったときに見せる笑顔、姉が年長の威厳を見せた時に出す恥ずかし気な頬の綻び、記憶の中の姉の笑みを全て上書きするような、淫らな雌の笑みがそこにはあった。姉の頬が更に蠱惑的に吊り上がる。
「でもいいよ、お姉ちゃんがもっと気持ちよくしてあげる」
そう言うや、姉はズボンのチャックに手をかけた。姉弟の一線を越えようという姉の動きに僕は抗議すべく頭を持ち上げる。だが、声を出す前に姉の唇が僕の口を覆った。僕の言葉を押し返すように、甘い吐息と舌が差し込まれる。すると、脳を溶かすような多幸感が沸き上がり、抗議の音はたちまち萎んでいった。
ついにチャックが下がり切り、中で張り詰めていたものが解放された。熱が充満した下着の中から、外気の冷たさに曝される環境の変化に戸惑う暇を与えず、姉がそそり立つそれを握る。温かく柔らかな姉の指の刺激が強烈すぎて、僕は呻いた。
「カーくんのおちんちんとっても熱い」
僕を握って目じりを下げた姉がため息交じりに呟く。
「とっても苦しそうだね。今からお姉ちゃんがすっきりさせてあげるからね」
そう言って姉は握りしめた右手を滑らせる。途端に電流の様な快感が走り、僕は思わず声を上げてしまった。僕の情けない声を聴いて姉は愉悦そうに微笑むと頬に口づけした。
「カーくん可愛い。いいんだよ。もっと気持ちよくなろ」
二度、三度、頬にキスを降らしながら、姉は更に手を動かして僕を攻め立てる。滑らかな手でもたらされる快楽は僕の欲望を容赦なく突き上げる。動かぬ体は抵抗の代わりに情けない喘ぎ声を僕に上げさせた。悶える僕に、姉は首筋にキスをした。あたたかな姉の唇が首に吸い付き、舌で舐め上げられると、さらにぞわぞわとした快感が畳みかけてくる。そこに未だ上半身をまさぐる姉の左手が加わる。ひとしきり胸板や、上腹部を撫で上げた左手は、また胸部に戻ると、そのままするすると敏感な頂にのびた。この部分が性感帯であることに男女変わりはない。先端を指でねじられると、途端にスイッチが入ったような快感が走る。二重三重に畳みかけられる快楽に、僕は情けなく喘いだ。姉による快楽の三重奏に耐えられるわけがない。下半身の情動はたちまち滾り、今にも爆発しそうになる。脈動の激しさを感じ取ったのか、はたまた熱が強くなったのに気付いたのか、首筋に吸い付いていた姉が妖艶に笑いながら顔を離した。
「もう出そうなの。いいよ。いっぱい出しちゃお。精子いっぱいだして、すっきりしちゃお」
そう言って、姉が僕の口にまた深いキスをした。滑らかにしごいていた姉の右手が上に滑ると、敏感になっている僕の先端をくるんだ。そのまま手のひらを押し付けるようにして刺激してくる。それだけでも十分強烈な刺激だったが、そこに胸を弄っていた左手が下りてきて、固く屹立した僕自身をしごき上げた。敏感な部分全体を両手で刺激され、沸き立つ情動は限界に達する。僕はもはや喘ぐこともできず、酸素を求める魚のように天を仰いだ。
「ほら、受け止めてあげるから、お姉ちゃんの手に精液、出して」
耳元で姉がささやきかける。その言葉が最後の引き金となった。姉の求めるままに、僕の情動は爆発した。視界が明滅し、下半身に流れる白い濁流の衝撃が体を震わせる。思考を沸騰させる快楽に僕は声のない声を上げた。
白濁した視界が彩色を取り戻し、目の前を光景を認識したときの後味は語ることもできないものだった。姉弟の一線を越えたという禁断の果実の味は、達成であり損失であり、満足であり後悔であり……、矛盾した感覚が交じり合うことなく流れ込み、もはや形容もしがたい深いため息にしかならなかった。その時、姉が僕の欲望で白く染まった手を見せつけるようにかざした。
「いっぱい、出たね」
感嘆の息をつくように、ゆっくり吐き出された言葉。それは糖蜜のように甘く僕の意識に浸透し、吐き出した快楽の残滓を刺激する。鎌首を持ち上げたそれはぞくぞくとする快感となって全身を駆け巡った。
暫しの間かざされていた右手が不意に視界外に消えた。気配はすぐ顔の横、姉の顔が存在するはずの場所にある。もしや、と僕が想像したのは期待か不安か。いずれにせよそれをはっきりと認識する前に、その予想通りの行動を姉は起こした。ずるずるっ、と品のない音がすぐ耳の傍でした。姉が何かを啜り上げている。右を向けばそれを確認することができる。でも僕はできなかった。それは姉弟の一線を越えてもなお、そこから先に行きたくないと考えていたからかもしれない。だが、そんな僕をよそに、姉は僕に聞かせるように啜る音を一際強くさせた。否が応でも想像力を掻き立てるその音は、やがてぴちゃぴちゃという舐めとる音に変わり、その後はくちゃくちゃという咀嚼音に変わる。丹念に味わう様にひとしきり続いたその音は、やがて意識しなければ出せないごくんという嚥下音で終わった。その時には、僕が吐き出した欲望で姉が何をしているのか想像しきっており、罪悪感を伴う暗い興奮が下半身を疼かせていた。
「ご馳走様」
最後に耳に吐きかけるようにつぶやいた姉の言葉で、下半身の興奮は再動した。耳元でくすりと笑う声がした。
「あら、また硬くなった。そんなにお姉ちゃんと気持ちよくなりたいの?」
そう言いながら姉は僕の硬くなったものをひとなでした。欲望を吐き出したばかりというもっとも敏感な時に加えられる刺激に、僕は言葉も出せずあえぐしかできない。ただただ酸素を求めて口をパクパクさせる僕に。姉は吐息を吹きかけるように囁いた。
「いいよ、もっと気もよくなろ。お姉ちゃんも気持ちよくなりたいから」
快楽にあえぐばかりだった僕でも、最後の姉の言葉にははっとした。だが、僕が聞き返す前に姉が僕の目の前に現れた。想像通り一糸まとわぬ姿の姉は、そのまま僕の膝の上にまたがった。上気した顔で見下ろすまなざしに、眼前に突き出された胸の頂。何よりも硬く怒張した僕自身に押し付けられた暖かく濡れた感触に、僕は息をのんだ。
「ほら、カーくん分かる? お姉ちゃんのここ、カーくんが欲しくてもうこんなに濡れちゃってる」
そう言いながら、姉は濡れそぼった股間を僕にこすり付けた。屹立した僕自身を撫で上げるそれは、僕が今まで夢見た場所だ。夢見ながら、されど姉弟だから決して触れてはならぬと言い聞かせてきた場所だ。だが僕が理性で拒もうとするその神聖な部分を、姉は惜しげもなく押し付ける。そればかりか、甘い吐息を吐きながら擦り付けてくる。姉が腰を前後させるたびに僕自身を撫で上げ、溢れていた潤滑液が音を立てた。その粘着質な音とは対照的に、刺激はやすりの様に僕の理性を削ぎ落していった。
「お姉ちゃん、カーくんが欲しいな。カーくんはお姉ちゃんのこと欲しい?」
蕩け切った声色で姉が誘う。僕はただただ喉を詰まらせていた。だって僕たちは姉弟だ。魔物娘であればこういうこともあるらしいが、姉は正真正銘の人間だ。古い血の習慣に囚われた種族である僕らに近親相姦は禁忌である。さらに言えば姉には想い人がいる。僕よりももっと相応しい想い人が。
姉の恋人に思い至った瞬間、目も前の光景が現実味を失った。僕を見下ろす姉の蕩けた笑顔は既に恋人がいる人間のものではない。実の弟に対する顔でもない。これは夢なのだ。背後から迫ってきたときに感じた予感の通り、これは僕が生み出した幻想なのだ。
なら、いいだろう。
喉を詰まらす生唾を飲み干して、僕は小さく頷いた。それを見て姉は頬を釣り上げた。それは正に悪魔だった。淫蕩を司どり、人々を背徳に誘う淫魔の笑みがそこにあった。
姉が腰を落とす。僕の陰茎が柔らかく温かい蜜壺に包まれる。その腰が抜ける様な心地よさに僕は思わず声を上げた。姉も同じなのか甘い溜息を吐いていた。
「見える、カーくん。カーくんのおチンチン、全部お姉ちゃんの中に入ってるよ」
上気した顔で微笑みながら姉は言った。その言葉に誘われるまま視線を落とせば、僕をすっぽり埋めた下腹部を姉が幸せそうに撫でていた。まざまざと見せつけられる姉とセックスしているという光景。姉弟の一線をついに破ってしまった光景に、かろうじて残っていた現実味がついに音を立てて崩れ落ちた。理性の箍が外れて、僕は姉を抱きしめていた。姉が小さな悲鳴を上げる。
「どうしたのカーくん」
「ずっと、姉さんとこうしたかった」
夢ならば、構うことはない。押さえつけていた想いを全て吐き出してしまえ。
「好きだ。姉さんのことが。姉弟じゃなく、一人の女性として好きだ。ずっと、ずっと前からそう思ってた」
姉の体を強く抱きしめながら、僕は叫ぶように言った。今まで溜め込み続けた想いを全てぶつけるように。この不確かな今を確認するように。これが夢ならばいっそ目覚めてしまえと願うように。だが、姉は僕に体を預けながら耳元に口を寄せる。
「お姉ちゃんも同じだよ。カーくんの事、大好き」
耳朶に吹きかけられる甘い吐息。その温もりは抱き締めた姉の体と同じように確かな存在として僕の耳を熱くしていた。
「だから、二人で愛し合お。二人でいっぱい気持ちよくなろ」
言い終わる前に、姉が腰を動かした。竿全体を姉の内壁で撫で上げられ、僕は思わず声を上げた。姉もまた同時に嬌声を上げる。調和した喘ぎ声に淫らな水音と、肉がぶつかるリズムが加わる。それは背徳的なオーケストラとなって、下半身から立ち上る悦楽を盛り立てていく。
情動と快楽で明滅する思考の中、それでも現実を確かめようと抱き締めた姉の体をまさぐった。胸板に押し付けられた双球、絡み合う腕、さすり上げる背中、それらは確かな現実味と共に、僕に温もりを返してくる。密着した肌から伝わるその熱さが、僕の情動を更に滾らせた。
不意に姉が僕の頬をつかんだ。快感で濁る視界の向こうでは、姉が僕を熱い瞳で見下ろしていた。
「カーくん」
そう一言だけ呟くと、瞳を閉じて、代わりに唇を突き出した。
「姉さん」
僕もまた呟くと、その唇に吸い付いた。互いに口を交わしながら、腰の動きに合わせて漏れる吐息を流しあう。甘い喘ぎ声と共に吹き込まれる姉の吐息が、僕の口内に熱をもたらし、心の奥で燃える情動を更に煽っていく。姉もまた同じなのだろう。抽挿の合間に僕が唇を交わすと、姉もまた甘い喘ぎ声を上げながらより熱くなった吐息を返してきた。
「姉さん、姉さん」
滾る情動に突き動かされた結果、いつの間にか僕が姉を突き上げていた。本能に駆り立てられた、がむしゃらな突き上げ。だが姉は苦しむどころかその嬌声をより強くしていった。
柔らかな姉の内部を貫いて、その最奥突き上げる。そのたびに内壁が陰茎をさすり、肉襞が雁首を撫で上げ、子宮口が鈴口に吸い付いてくる。そのすべてが言葉にもできない快楽のとなって脳髄を刺激し、僕は呻くような喘ぎ声をあげた。
沸き立つ情動がいよいよ限界に近づき、思考が白濁し始める。霞みゆく現実を取り戻そうと僕は眼の前の想い人を呼んだ。
「姉さん、姉さん」
「カーくん、カーくん」
姉は僕の名を呼ぶと、僕に応えるように抱き着いてきた。言葉が、体が、想いが、全てが交わり、混然となって燃え上がる。その熱量に僕の情動がついに爆発した。
想い人の最奥にぶちまけた歓喜の情動は、至上の快楽を伴いながら僕を白に染め上げていく。視界も思考も感触も全てを白に染め上げたそれは、この現実すらも白く塗りつぶした。眼の前の姉の姿が霞み、僕の名を呼ぶ声が掻き消えていく。抱き締めたその温もりすら消失していくに従い、これまで確固だったこの現実すら失われていった。
あらゆるものを吐き出し、あらゆるものを失った虚無の中で僕は悟る。今までの光景はすべて夢であったと。そして空虚となった僕を満たすように、安堵が心の奥から沸き起こった。近親相姦の禁忌を破らずに済んだ安堵。姉と想いを交わさなかったという安堵。それはこれまで隠し続けていた内心を、遂に隠し通したという安堵。
視界が歓喜の白から平静の黒に移ろいでいく。涅槃の闇が夢無き眠りに僕を引きずり込んでいく。全てを吐き出して虚脱状態の僕は沈みゆく眠気に身を任せようとしていた。だが、響き渡る声が僕の意識をつかんだ
「先輩! 起きてください!」
目を覚ますと鏡子がいた。すぐ脇に立った彼女は、顔を夕日で赤く照らしながら呆れ半分といった様子で僕を見下ろしていた。
「もう閉門ですよ。軽くアタリがつけてあるだけでほとんど進んでないじゃないですか。私を追い出したのはもしかして眠りたかっただけだったりしませんか」
「いやあ、そもそも追い出したわけじゃないんだけど……」
適当に鏡子に返事をしながら、僕は自身の下半身に意識を集中していた。勃起はしていない。下着に違和感も感じない。学校で夢精するといった恥は掻かずに済んだようだし、その恥を鏡子に悟られることもなかったようだ。
「まあ、すごく眠かったのは確かだけどね。最近、夜眠れなくて」
「どうかしたんですか?」
「まあ、ちょっとね」
悩みの原因が淫らな夢などとは女の子の鏡子に言えるわけがない。僕は曖昧に答えながらイーゼルを準備室に引きずった。
校門で鏡子と別れると、僕は一人歩きながら脳裏によぎる夢の名残と戦っていた。何度も瞬いては消えていく姉の裸。それを早々に振り払わなければならない。だけど、どんなに振り払おうと思っても僕を魅了するその裸体は消えることはない。意識すればするほどに記憶が確固たるものになる気がして、代わりに別の事を考えることに挑戦する。だが、いくら絵の題材や、鏡子のことを考えてもすぐさま眼の前で揺れる姉の乳房を思い出してしまう。外聞を投げ捨てて時には頭振り、時には唸っていると不意に背後から声をかけられた。
「どうしたのカーくん、なんか変だよ」
姉だった。色気もなく艶気もなく、怪訝そうに僕を見つめるその顔は、幾度となく見てきた現実の姉のそれだ。だがその夕日に照らされる赤の中に、振るいきれぬ夢で見た上気した姉の顔が重なる。
「いや、部活の絵の題材で悩んでて……」
「そう、お姉ちゃんでよければ相談に乗るよ」
僕の返事に、姉が一歩踏み込んできた。ずいと突き出された姉の顔。声に合わせて動く唇を見て、僕は夢の内容を思い出していた。重ね合わせた唇の柔らかな感触。口を交わしあい、互いに吹き込んだ吐息の温かさ。そして、すぐ耳元で聞かせるように音を立てて飲み干した精液を飲む行為。全てが夢であったとしても、あのご馳走様という言葉を思い出さずにはいられない。
「いや、一人でじっくり考えたいから……先に帰ってるよ」
そう言って僕は駆け出した。背後で姉が戸惑うような声を上げたが、無視して家に向かう。これ以上姉の顔を見ていられなかった。夢の内容が次々思い出され、心臓が音を立てる。下半身が充血していく。姉に淫らな欲望を沸き立てずにはいられない。だが、それは夢では許されても、現実では許されない禁忌なのだ。ひとたび破ってしまえば姉と弟という立場はおろか、家族という僕たちの関係の基盤すら破壊されてしまう。そして人間の僕たちの間に残されるのは荒涼とした関係だ。僕のためにも、姉のためにも決して白日の下に曝してはならないのだ。
家に帰ると駆け込むように自室のベッドにうずくまった。夢の内容をいくら振り払おうとしても、依然として消えることはない。やがて階下で姉の声が聞こえた。程なく今度は母が僕を呼んだ。
「和幸、ご飯よ、おりてらっしゃい」
未だ夢を消し去り切れない僕は、その声になんて答えたかわからなかった。だが、それでも日々の習慣に従い足は階下のリビングに向いていた。
僕は今どんな顔をしているのだろうか。いつも通りの姉の弟でいられているだろうか。自問するが答えは出なかった。
「先輩、何してるんですか?」
突然後ろから声をかけられた。振り返ると後輩の御影鏡子が興味津々といった形でこちらを見ていた。
「鏡子ちゃんか。いや、グラウンドを見てたんだよ。文化祭の出し物の題材になりそうだと思って」
「そうでしたか。確かに陸上部の女の子たちの姿は絵になりますからね」
鏡子は納得した面持ちで窓辺に駆け寄ると、そのまま身を乗り出してグラウンドを眺め始めた。
正規部員が碌にいない弱小美術部にとって文化祭は数少ないイベントだ。顧問の先生は春の時点で半年先の文化祭の出し物を考えろと言ってすぐさま職員室に戻っていった。数少ない勤勉な部員たちで協議した結果、準備時間も十分にあることから、学校の風景について絵にすると決めたのだった。
グラウンドを眺めれば運動部の様子が一望できる。丁度ケンタウロスの女の子が土煙を上げながらトラックを周回していた。眉目秀麗な彼女たちが白色や栗毛色の髪をなびかせながら駆け抜けるさまは絵の題材としてはもってこいだ。あるいはグラウンドの一角で砲丸を投擲する鬼やオーガの女の子の鍛え抜かれてた肉体美もよいかもしれない。汗を煌めかせながら重い砲丸を放り投げる様は躍動感にあふれている。同じ躍動感なら、幅跳びや高跳びで跳躍するワーラビットの女の子もありだろう。
「先輩はもう題材を決めたんですか?」
ひとしきりグラウンドを見渡した鏡子がくりくりとした目を僕に向けた。起伏の目立たぬ小柄な身体に、肩口で切りそろえた黒髪。丸顔で愛嬌はあるが、どこか垢抜けなさを感じさせる彼女の顔立ちは、今じゃめっきり少なくなった人間のそれだ。このご時世に魔物娘でなければ、魔物娘になろうともしない女性というのは珍しい。おそらく、魔物娘にならくとも深い愛で結ばれた両親のもとで育ったのだろう。僕がそうであったように。同じ人間同士だからだろうか、どういうわけか鏡子は僕になつき、ことあるたびに先輩先輩と呼んで後をついてくるようになったのだ。
「いや、まだ考えているところ」
そういいながら、僕はグラウンドから視線を外した。ちょうど良いタイミングだったし、これ以上見ていられなかったからだ。僕が見ていたのは陸上部の女子ではない。グラウンドの隅でひっそりと活動している数少ない男子の部活、男子サッカー部の練習だ。互いにパスを出し合い練習している傍らで、若干名の女子マネージャーたちが練習の手助けをしている。その中に艶やかな黒髪を垂らした女性が水筒を抱えていた。僕の姉だ。僕が視線を外したのはそこに一人のサッカー部員が駆け寄っていたからだ。見ないようにしていても、遠いグラウンドの片隅から男たちの囃し立てる声は聞こえた。
僕の姉には恋人がいる。
「よし決めた」
僕はそう言うと膝を打って立ち上がった。
「おお、決まったんですか先輩」
「うん」
目を丸くする鏡子に答えながら、僕は指で枠を作ると窓から2〜3歩後ずさった。
「教室の中から見たグラウンド! 影の差す教室と日の当たるグラウンド、この明暗。どうだろう?」
「運動部の人たちはどうしたんですか?」
「背景で、さりげなく」
「おおー」
質問に答えると、鏡子は感嘆の声をあげてうなずいた。適当なことを言っただけだがこうも感心されると心が痛む。
「とりあえずスケッチして見るよ」
そういいながら、僕はイーゼルを組み立てて、キャンバスを広げた。
「じゃあ、私はお邪魔しないように別のところで題材を考えてますね」
「そこまで気を使わなくても大丈夫だけど、ありがとう。いつでも相談しに来ててくれて構わないからね」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
そう言うと、鏡子は美術室から出て行った。ぱたぱたという彼女の上履きの音が廊下の向こうへ遠くなっていく。やがてそれが聞こえなくなると、僕は大きくため息をついた。
人払いはうまくいき、美術室には僕一人しかいなくなった。正面から日が差す窓の向こうでは、相変わらず運動部の掛け声が聞こえる。キャンバスに鉛筆を走らせながら、僕はその声の中から姉の声を探していた。
姉に恋人ができていたことを知ったのは去年の秋も終わろうとしているころだった。文化祭も終わり、窓から外を眺めていると、今のような男たちの囃し立てる声が聞こえた。その声につられて僕が目を向けると、その先で珍しく怒鳴り声をあげる姉と、恥ずかしそうに頭をかく男の二人の姿がそこにあった。怒りの声を出す姉が単なる照れ隠しであることは明白だった。その姿から姉が男と特別な関係であることを悟り、衝撃を受けた。
最初はただ自分が驚いているだけだと思っていた。だが胸中を駆け抜けた衝撃は収まるどころかそのまま奥底にとどまり渦を巻く。決して言葉では形容できぬ感情の奔流に僕は声を上げることも、指一本動かすこともできず、騒ぎが終わって練習に戻る男子たちの中からある一人だけを熱い視線で見送る姉の姿を眺めるだけだった。この感情が好意であることに気づくにはかなりの時間を要した。それに気が付いてからようやく僕は姉が好きだったことを自覚した。家族ではなく一人の女性として、僕は姉のことが好きだったのだ。
姉の恋路を眺める僕の胸中は嫉妬であり、失意であり、怒りであり、悲しみであり……少なくとも一言で表すことはできない。だがそれらがすべてマイナスの方向であることは一致していた。夕方には帰ると言って着飾るクリスマスの姉や、友達と行くと言って初めて家族ではなく一人で初詣に向かう姉を見送るたびに、僕はこの感情が悟られていないか気が気でなかった。
やがて暦の上で春を迎えると、感情の方向すらわからなくなった。三学期の中間試験の最中、進級できればそれでよいと考えている僕は、翌日のテストが得意科目であることを幸いにリビングのテレビゲームで息抜きしていた。そこに姉が男を連れてきたのだった。のちに話を聞いたところ、試験の成績がよろしくない男を見るに見かねて姉が自宅に呼んで特訓するところだったらしい。驚きの声を上げて迎える母に、男はスポーツマンらしい爽やかな挨拶をする。よく通る男の声はリビングの僕のところまで当然届き、お陰で操作を誤りキルを取られてしまった。二重の意味でむしゃくしゃしていると、丁度リビングを通りがかったらしい男が声をあげた。僕が絶賛プレイしていたゲームの名を叫んだのだ。目をこれでもかと輝かせた男は勉強の約束も忘れて僕と一緒にやることを望んだのだ。あまりの熱意に僕は敵意すら忘れて戸惑ってしまう。姉も怒り顔で引きはがしにかかるが男はそれでも食い下がる。最終的に姉は2〜3の課題をこなすことを条件に上げた。男がはいと従ったとき、どういうわけか僕までもはいと言わされてしまった。かくして二階の姉の部屋に消えていった男は、小一時間後にやり切った顔で降りてきた。続いて降りてきた姉が辟易した風に、いつもこれくらいまじめにすればいいのに、と小言を呟いていたことを考えると、男は見事課題をこなしたらしい。男は当然の権利のように僕の横に座りコントローラを手にした。そもそも僕は当惑するばかりで、まともな挨拶すら交わしていない。だが、まぶしい笑顔で一緒にやろうと言われては断ることもできなかった。いざやってみると男は長距離向けの武器で接近戦を挑む、いわゆる凸砂だった。中距離で弾をばら撒きつつじりじりと前進する派の僕からすると、多少の被弾をものともせずに突撃し、至近距離から必死の一撃を放つ男のプレイスタイルは脅威以外の何物でもなかった。ひたすら引き打ちしながらマップ構造を利用して戦う僕と、鍛え抜かれた反射神経を武器に銃弾を回避して突撃する男との戦いは一進一退の白熱したものだった。互いの勝利に一喜一憂し、オンライン対戦ですら普段なら声を出さない僕も思わず叫んでしまった。そして僕につられたのか後ろでムスッとした表情で眺めていた姉もまた、面白そうに笑い出した。その笑い声が聞こえたのだろう、男は振り向くと、姉をゲームに誘った。姉はこの手のアクションゲームが得意ではなく、当然のように拒否をする。だが、協力プレイモードならどうだ、という男の迫力に押されて、最終的にコントローラを握った。かくして海千山千のオンライン対戦に全くの初心者を含んだチーム戦が始まった。だが、幸か不幸か姉を第一という考えは僕と男とで一致していた。姉がキルされないように中距離主体の僕が誘導と弾幕でカバーし、姉がキルできるように凸砂の男が突撃と追い込みでお膳立てする。阿吽の呼吸の果てに姉が初キルで歓声を上げた時、僕と男は戦友になっていた。それからというもの、ネットを通じてオンラインプレイをする他、時には姉抜きで出会っては、ハンバーガーや映画を奢ってもらうようになったのだった。よくよく話してみれば男は人懐っこい性格をしており、同性の僕から見てもいい男だった。姉を抜きにして、学校やゲームの話をしている分には男の事もいい人だと認めることができた。だが、姉が男に向ける今まで見たことのない熱い瞳を見ると、僕はいまだに胸が張り裂けそうになるのだった。
「カーくん」
スケッチの手が完全に止まったところで、だしぬけに背後から声がした。今まで想い続けた姉の声だった。ここに姉がいる筈がない。その証拠を探そうと、僕はグラウンドの声援から姉の声を探す。
「カーくん」
また、背後から声がした。今度はひたりひたりと近づく足音まで聞こえる。それでも僕は背後からの声は嘘と決めつけていた。おそらくこれは夢だ。その証拠に体は金縛りにかかったかのように動かなかった。
「好きよ」
足音がついにすぐ背後になり、右耳の傍で息を吹きかけるように声は囁いた。背中に柔らかいものが押し付けられる。それは姉の乳房だろう。同時に視界外から腕が伸びて、僕を抱き締めた。膨らみが押しつぶされ、その頂の硬さまで薄いカッターシャツ越しに感じ取れた。
「好き」
耳元で姉の声が甘く囁いた。耳にかかっていた吐息がかすかに動いていく。脳を蕩かすような芳香とともにもみあげを滑った吐息は僕の右頬で止まった。
「こっちを向いて」
僕の頬をなめる様な至近距離で、声は言う。途端に首がぎしりと鳴った。鉄のように固まっていたはずの体が、どういうわけか首だけが動いていた。出来損ないのネジ巻きロボットのように首を回して右を向く。果たしてその先には姉の顔が存在した。白い肌は薄っすらと紅潮し、頬は緩んで微笑んでいる。唇は男とデートに行くと言っていた時の様にリップクリームで艶やかだ。そして、今まで焦がれてやまなかった熱い瞳で僕を見つめていた。この姉の顔は幻だ。高鳴る心臓を抑えるように、目の前の出来事を否定する。だがグラウンドの向こうの姉の声を僕は未だ見つけられずにいた。
不意に姉がにこりと笑った。僕がドキリとして固まったその瞬間を逃さずに、姉は目を閉じて顔を寄せた。柔らかい何かが僕の唇に触れた。
「キス、しちゃったね」
あっという間に顔を離した姉は悪戯っぽく笑って言う。対する僕のほうはというと、呆然としながら今しがた交わした唇の感触を思い返していた。こつりと額に硬いものがぶつかって我に返る。姉が僕に額をくっつけて、上目遣いでこっちを見ていた。
「あら、恥ずかしいの? でも昔はいっぱいしたじゃない。ほら――」
視界がまた暗くなり、暖かいものが唇に触れる。小鳥のさえずりのような、ちゅっという音が聞こえた。
「こんな風に――」
また、聞こえた。
「お姉ちゃん大好き、っていっぱいしたよね」
もう一度、さらにもう一度。
幾度となく姉はキスを降らせてくる。確かに仲の良い姉弟がキスするというのはよくある話である。ただしどちらも色も恋も知らない幼少のみぎりの事だ。お母さん大好き、お父さん大好き、そういう流れの中で行ったことであり、決してこんな意味ではない。性を理解したこの年でやるべきことでないのだ。
「ほら、昔の様にいっぱいしよ。お姉ちゃんもカーくんの事、大好きなんだよ」
そう言って、姉は唇を押し付けてきた。それはもはや子供同士の愛らしいキスではなかった。唇同士を深く重ねて、強く吸い付く大人のキスだった。一度、姉が唇を大きく開くと、閉ざしたままの僕の唇を食んでいく。二度目は食みながらも舌先でチロチロと僕の口先を愛撫した。そして三度目には大きく開いた口で僕の唇をほおばると、舌で僕の唇を押し開こうとしてきた。
こんなの姉弟でやることでない。そのはずなのに、僕は拒絶することができなかった。
姉の舌のなすがまま、僕は唇を開いた。咥内に侵入した姉の舌先は僕の歯や唇の裏を軽くなぶると、僕の舌先に絡め始めた。円を描くようにひとしきり舌先をなめると、今度は先をとがらせで僕の舌をひっかけようとする。それが外に出せという合図に思えた僕は要求されるままに舌を姉の咥内に伸ばした。姉は僕の舌先を唇で食むと、音を立てながら吸い付いた。一度、二度と吸い付くと、今度は舌を平らにして嘗め回してくる。最後に、姉はもう一度唇で僕の口を塞ぐと、甘い吐息とともに唾液を僕の口の中に流し込んだ。舌先を伝って喉に達した姉の唾液は暖かく、陶酔させる何かが存在した。僕は舌で味わい、自身の唾液を混ぜたそれを今度は姉に返す。姉は音を立てて戻ってきた唾液を啜った。
互いに舌を絡め、唾液を交わしあう。そこに先ほどまでの小鳥のさえずりは存在しなかった。粘着質の液体を啜り、嘗め上げる淫らな水音が響いていた。
抱き締める姉の腕が、まさぐるように僕の胸を滑っていく。あたたかな姉の手で撫でられるたびにぞくぞくとした快感が走り僕は思わず声を上げた。呻き声をあげる僕に、姉はさらに音を立てて僕の口に吸いついてくる。まさぐる姉の手が下に降りる。腹部を撫でるように滑るその手は、やがて張り詰めた僕のズボンに達した。硬くなった僕のものに触れて、姉は顔を離した。唾液の橋を舐めとって、にたりと笑う。
「固くなってる……」
ズボンの上から、姉が撫でまわす。下腹部を駆ける刺激に思わず腰を引きそうになる。だが背後から抱き締められている状態ではこの快楽から逃れることはできなかった。
「いけないんだぁ……。普通は家族とのキスでこんなにはならないんだよ」
そう言いながらくすくす笑う姉の顔は見たことのない顔をしていた。朝の挨拶とともに投げかけられる姉の微笑み、僕がバカをやったときに見せる笑顔、姉が年長の威厳を見せた時に出す恥ずかし気な頬の綻び、記憶の中の姉の笑みを全て上書きするような、淫らな雌の笑みがそこにはあった。姉の頬が更に蠱惑的に吊り上がる。
「でもいいよ、お姉ちゃんがもっと気持ちよくしてあげる」
そう言うや、姉はズボンのチャックに手をかけた。姉弟の一線を越えようという姉の動きに僕は抗議すべく頭を持ち上げる。だが、声を出す前に姉の唇が僕の口を覆った。僕の言葉を押し返すように、甘い吐息と舌が差し込まれる。すると、脳を溶かすような多幸感が沸き上がり、抗議の音はたちまち萎んでいった。
ついにチャックが下がり切り、中で張り詰めていたものが解放された。熱が充満した下着の中から、外気の冷たさに曝される環境の変化に戸惑う暇を与えず、姉がそそり立つそれを握る。温かく柔らかな姉の指の刺激が強烈すぎて、僕は呻いた。
「カーくんのおちんちんとっても熱い」
僕を握って目じりを下げた姉がため息交じりに呟く。
「とっても苦しそうだね。今からお姉ちゃんがすっきりさせてあげるからね」
そう言って姉は握りしめた右手を滑らせる。途端に電流の様な快感が走り、僕は思わず声を上げてしまった。僕の情けない声を聴いて姉は愉悦そうに微笑むと頬に口づけした。
「カーくん可愛い。いいんだよ。もっと気持ちよくなろ」
二度、三度、頬にキスを降らしながら、姉は更に手を動かして僕を攻め立てる。滑らかな手でもたらされる快楽は僕の欲望を容赦なく突き上げる。動かぬ体は抵抗の代わりに情けない喘ぎ声を僕に上げさせた。悶える僕に、姉は首筋にキスをした。あたたかな姉の唇が首に吸い付き、舌で舐め上げられると、さらにぞわぞわとした快感が畳みかけてくる。そこに未だ上半身をまさぐる姉の左手が加わる。ひとしきり胸板や、上腹部を撫で上げた左手は、また胸部に戻ると、そのままするすると敏感な頂にのびた。この部分が性感帯であることに男女変わりはない。先端を指でねじられると、途端にスイッチが入ったような快感が走る。二重三重に畳みかけられる快楽に、僕は情けなく喘いだ。姉による快楽の三重奏に耐えられるわけがない。下半身の情動はたちまち滾り、今にも爆発しそうになる。脈動の激しさを感じ取ったのか、はたまた熱が強くなったのに気付いたのか、首筋に吸い付いていた姉が妖艶に笑いながら顔を離した。
「もう出そうなの。いいよ。いっぱい出しちゃお。精子いっぱいだして、すっきりしちゃお」
そう言って、姉が僕の口にまた深いキスをした。滑らかにしごいていた姉の右手が上に滑ると、敏感になっている僕の先端をくるんだ。そのまま手のひらを押し付けるようにして刺激してくる。それだけでも十分強烈な刺激だったが、そこに胸を弄っていた左手が下りてきて、固く屹立した僕自身をしごき上げた。敏感な部分全体を両手で刺激され、沸き立つ情動は限界に達する。僕はもはや喘ぐこともできず、酸素を求める魚のように天を仰いだ。
「ほら、受け止めてあげるから、お姉ちゃんの手に精液、出して」
耳元で姉がささやきかける。その言葉が最後の引き金となった。姉の求めるままに、僕の情動は爆発した。視界が明滅し、下半身に流れる白い濁流の衝撃が体を震わせる。思考を沸騰させる快楽に僕は声のない声を上げた。
白濁した視界が彩色を取り戻し、目の前を光景を認識したときの後味は語ることもできないものだった。姉弟の一線を越えたという禁断の果実の味は、達成であり損失であり、満足であり後悔であり……、矛盾した感覚が交じり合うことなく流れ込み、もはや形容もしがたい深いため息にしかならなかった。その時、姉が僕の欲望で白く染まった手を見せつけるようにかざした。
「いっぱい、出たね」
感嘆の息をつくように、ゆっくり吐き出された言葉。それは糖蜜のように甘く僕の意識に浸透し、吐き出した快楽の残滓を刺激する。鎌首を持ち上げたそれはぞくぞくとする快感となって全身を駆け巡った。
暫しの間かざされていた右手が不意に視界外に消えた。気配はすぐ顔の横、姉の顔が存在するはずの場所にある。もしや、と僕が想像したのは期待か不安か。いずれにせよそれをはっきりと認識する前に、その予想通りの行動を姉は起こした。ずるずるっ、と品のない音がすぐ耳の傍でした。姉が何かを啜り上げている。右を向けばそれを確認することができる。でも僕はできなかった。それは姉弟の一線を越えてもなお、そこから先に行きたくないと考えていたからかもしれない。だが、そんな僕をよそに、姉は僕に聞かせるように啜る音を一際強くさせた。否が応でも想像力を掻き立てるその音は、やがてぴちゃぴちゃという舐めとる音に変わり、その後はくちゃくちゃという咀嚼音に変わる。丹念に味わう様にひとしきり続いたその音は、やがて意識しなければ出せないごくんという嚥下音で終わった。その時には、僕が吐き出した欲望で姉が何をしているのか想像しきっており、罪悪感を伴う暗い興奮が下半身を疼かせていた。
「ご馳走様」
最後に耳に吐きかけるようにつぶやいた姉の言葉で、下半身の興奮は再動した。耳元でくすりと笑う声がした。
「あら、また硬くなった。そんなにお姉ちゃんと気持ちよくなりたいの?」
そう言いながら姉は僕の硬くなったものをひとなでした。欲望を吐き出したばかりというもっとも敏感な時に加えられる刺激に、僕は言葉も出せずあえぐしかできない。ただただ酸素を求めて口をパクパクさせる僕に。姉は吐息を吹きかけるように囁いた。
「いいよ、もっと気もよくなろ。お姉ちゃんも気持ちよくなりたいから」
快楽にあえぐばかりだった僕でも、最後の姉の言葉にははっとした。だが、僕が聞き返す前に姉が僕の目の前に現れた。想像通り一糸まとわぬ姿の姉は、そのまま僕の膝の上にまたがった。上気した顔で見下ろすまなざしに、眼前に突き出された胸の頂。何よりも硬く怒張した僕自身に押し付けられた暖かく濡れた感触に、僕は息をのんだ。
「ほら、カーくん分かる? お姉ちゃんのここ、カーくんが欲しくてもうこんなに濡れちゃってる」
そう言いながら、姉は濡れそぼった股間を僕にこすり付けた。屹立した僕自身を撫で上げるそれは、僕が今まで夢見た場所だ。夢見ながら、されど姉弟だから決して触れてはならぬと言い聞かせてきた場所だ。だが僕が理性で拒もうとするその神聖な部分を、姉は惜しげもなく押し付ける。そればかりか、甘い吐息を吐きながら擦り付けてくる。姉が腰を前後させるたびに僕自身を撫で上げ、溢れていた潤滑液が音を立てた。その粘着質な音とは対照的に、刺激はやすりの様に僕の理性を削ぎ落していった。
「お姉ちゃん、カーくんが欲しいな。カーくんはお姉ちゃんのこと欲しい?」
蕩け切った声色で姉が誘う。僕はただただ喉を詰まらせていた。だって僕たちは姉弟だ。魔物娘であればこういうこともあるらしいが、姉は正真正銘の人間だ。古い血の習慣に囚われた種族である僕らに近親相姦は禁忌である。さらに言えば姉には想い人がいる。僕よりももっと相応しい想い人が。
姉の恋人に思い至った瞬間、目も前の光景が現実味を失った。僕を見下ろす姉の蕩けた笑顔は既に恋人がいる人間のものではない。実の弟に対する顔でもない。これは夢なのだ。背後から迫ってきたときに感じた予感の通り、これは僕が生み出した幻想なのだ。
なら、いいだろう。
喉を詰まらす生唾を飲み干して、僕は小さく頷いた。それを見て姉は頬を釣り上げた。それは正に悪魔だった。淫蕩を司どり、人々を背徳に誘う淫魔の笑みがそこにあった。
姉が腰を落とす。僕の陰茎が柔らかく温かい蜜壺に包まれる。その腰が抜ける様な心地よさに僕は思わず声を上げた。姉も同じなのか甘い溜息を吐いていた。
「見える、カーくん。カーくんのおチンチン、全部お姉ちゃんの中に入ってるよ」
上気した顔で微笑みながら姉は言った。その言葉に誘われるまま視線を落とせば、僕をすっぽり埋めた下腹部を姉が幸せそうに撫でていた。まざまざと見せつけられる姉とセックスしているという光景。姉弟の一線をついに破ってしまった光景に、かろうじて残っていた現実味がついに音を立てて崩れ落ちた。理性の箍が外れて、僕は姉を抱きしめていた。姉が小さな悲鳴を上げる。
「どうしたのカーくん」
「ずっと、姉さんとこうしたかった」
夢ならば、構うことはない。押さえつけていた想いを全て吐き出してしまえ。
「好きだ。姉さんのことが。姉弟じゃなく、一人の女性として好きだ。ずっと、ずっと前からそう思ってた」
姉の体を強く抱きしめながら、僕は叫ぶように言った。今まで溜め込み続けた想いを全てぶつけるように。この不確かな今を確認するように。これが夢ならばいっそ目覚めてしまえと願うように。だが、姉は僕に体を預けながら耳元に口を寄せる。
「お姉ちゃんも同じだよ。カーくんの事、大好き」
耳朶に吹きかけられる甘い吐息。その温もりは抱き締めた姉の体と同じように確かな存在として僕の耳を熱くしていた。
「だから、二人で愛し合お。二人でいっぱい気持ちよくなろ」
言い終わる前に、姉が腰を動かした。竿全体を姉の内壁で撫で上げられ、僕は思わず声を上げた。姉もまた同時に嬌声を上げる。調和した喘ぎ声に淫らな水音と、肉がぶつかるリズムが加わる。それは背徳的なオーケストラとなって、下半身から立ち上る悦楽を盛り立てていく。
情動と快楽で明滅する思考の中、それでも現実を確かめようと抱き締めた姉の体をまさぐった。胸板に押し付けられた双球、絡み合う腕、さすり上げる背中、それらは確かな現実味と共に、僕に温もりを返してくる。密着した肌から伝わるその熱さが、僕の情動を更に滾らせた。
不意に姉が僕の頬をつかんだ。快感で濁る視界の向こうでは、姉が僕を熱い瞳で見下ろしていた。
「カーくん」
そう一言だけ呟くと、瞳を閉じて、代わりに唇を突き出した。
「姉さん」
僕もまた呟くと、その唇に吸い付いた。互いに口を交わしながら、腰の動きに合わせて漏れる吐息を流しあう。甘い喘ぎ声と共に吹き込まれる姉の吐息が、僕の口内に熱をもたらし、心の奥で燃える情動を更に煽っていく。姉もまた同じなのだろう。抽挿の合間に僕が唇を交わすと、姉もまた甘い喘ぎ声を上げながらより熱くなった吐息を返してきた。
「姉さん、姉さん」
滾る情動に突き動かされた結果、いつの間にか僕が姉を突き上げていた。本能に駆り立てられた、がむしゃらな突き上げ。だが姉は苦しむどころかその嬌声をより強くしていった。
柔らかな姉の内部を貫いて、その最奥突き上げる。そのたびに内壁が陰茎をさすり、肉襞が雁首を撫で上げ、子宮口が鈴口に吸い付いてくる。そのすべてが言葉にもできない快楽のとなって脳髄を刺激し、僕は呻くような喘ぎ声をあげた。
沸き立つ情動がいよいよ限界に近づき、思考が白濁し始める。霞みゆく現実を取り戻そうと僕は眼の前の想い人を呼んだ。
「姉さん、姉さん」
「カーくん、カーくん」
姉は僕の名を呼ぶと、僕に応えるように抱き着いてきた。言葉が、体が、想いが、全てが交わり、混然となって燃え上がる。その熱量に僕の情動がついに爆発した。
想い人の最奥にぶちまけた歓喜の情動は、至上の快楽を伴いながら僕を白に染め上げていく。視界も思考も感触も全てを白に染め上げたそれは、この現実すらも白く塗りつぶした。眼の前の姉の姿が霞み、僕の名を呼ぶ声が掻き消えていく。抱き締めたその温もりすら消失していくに従い、これまで確固だったこの現実すら失われていった。
あらゆるものを吐き出し、あらゆるものを失った虚無の中で僕は悟る。今までの光景はすべて夢であったと。そして空虚となった僕を満たすように、安堵が心の奥から沸き起こった。近親相姦の禁忌を破らずに済んだ安堵。姉と想いを交わさなかったという安堵。それはこれまで隠し続けていた内心を、遂に隠し通したという安堵。
視界が歓喜の白から平静の黒に移ろいでいく。涅槃の闇が夢無き眠りに僕を引きずり込んでいく。全てを吐き出して虚脱状態の僕は沈みゆく眠気に身を任せようとしていた。だが、響き渡る声が僕の意識をつかんだ
「先輩! 起きてください!」
目を覚ますと鏡子がいた。すぐ脇に立った彼女は、顔を夕日で赤く照らしながら呆れ半分といった様子で僕を見下ろしていた。
「もう閉門ですよ。軽くアタリがつけてあるだけでほとんど進んでないじゃないですか。私を追い出したのはもしかして眠りたかっただけだったりしませんか」
「いやあ、そもそも追い出したわけじゃないんだけど……」
適当に鏡子に返事をしながら、僕は自身の下半身に意識を集中していた。勃起はしていない。下着に違和感も感じない。学校で夢精するといった恥は掻かずに済んだようだし、その恥を鏡子に悟られることもなかったようだ。
「まあ、すごく眠かったのは確かだけどね。最近、夜眠れなくて」
「どうかしたんですか?」
「まあ、ちょっとね」
悩みの原因が淫らな夢などとは女の子の鏡子に言えるわけがない。僕は曖昧に答えながらイーゼルを準備室に引きずった。
校門で鏡子と別れると、僕は一人歩きながら脳裏によぎる夢の名残と戦っていた。何度も瞬いては消えていく姉の裸。それを早々に振り払わなければならない。だけど、どんなに振り払おうと思っても僕を魅了するその裸体は消えることはない。意識すればするほどに記憶が確固たるものになる気がして、代わりに別の事を考えることに挑戦する。だが、いくら絵の題材や、鏡子のことを考えてもすぐさま眼の前で揺れる姉の乳房を思い出してしまう。外聞を投げ捨てて時には頭振り、時には唸っていると不意に背後から声をかけられた。
「どうしたのカーくん、なんか変だよ」
姉だった。色気もなく艶気もなく、怪訝そうに僕を見つめるその顔は、幾度となく見てきた現実の姉のそれだ。だがその夕日に照らされる赤の中に、振るいきれぬ夢で見た上気した姉の顔が重なる。
「いや、部活の絵の題材で悩んでて……」
「そう、お姉ちゃんでよければ相談に乗るよ」
僕の返事に、姉が一歩踏み込んできた。ずいと突き出された姉の顔。声に合わせて動く唇を見て、僕は夢の内容を思い出していた。重ね合わせた唇の柔らかな感触。口を交わしあい、互いに吹き込んだ吐息の温かさ。そして、すぐ耳元で聞かせるように音を立てて飲み干した精液を飲む行為。全てが夢であったとしても、あのご馳走様という言葉を思い出さずにはいられない。
「いや、一人でじっくり考えたいから……先に帰ってるよ」
そう言って僕は駆け出した。背後で姉が戸惑うような声を上げたが、無視して家に向かう。これ以上姉の顔を見ていられなかった。夢の内容が次々思い出され、心臓が音を立てる。下半身が充血していく。姉に淫らな欲望を沸き立てずにはいられない。だが、それは夢では許されても、現実では許されない禁忌なのだ。ひとたび破ってしまえば姉と弟という立場はおろか、家族という僕たちの関係の基盤すら破壊されてしまう。そして人間の僕たちの間に残されるのは荒涼とした関係だ。僕のためにも、姉のためにも決して白日の下に曝してはならないのだ。
家に帰ると駆け込むように自室のベッドにうずくまった。夢の内容をいくら振り払おうとしても、依然として消えることはない。やがて階下で姉の声が聞こえた。程なく今度は母が僕を呼んだ。
「和幸、ご飯よ、おりてらっしゃい」
未だ夢を消し去り切れない僕は、その声になんて答えたかわからなかった。だが、それでも日々の習慣に従い足は階下のリビングに向いていた。
僕は今どんな顔をしているのだろうか。いつも通りの姉の弟でいられているだろうか。自問するが答えは出なかった。
19/11/23 12:38更新 / ハチ丸
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