前編
昔々、ある反魔物領の王国に、うぬぼれやなお妃様がいました。ある時、魔法の鏡を手に入れたお妃様は、その鏡にこう問いかけました。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この国で一番美しいのはだあれ？」
すると、鏡は抑揚のない声でこう答えました。
「ソレハ、白雪姫デス」
鏡の返答に、お妃様はこう叫びました。
「あいつ男じゃない！」
この国では先代の魔王様の時代から、男の子に女の子の名前を付けて幼いうちは女の子の格好をさせ、この国の成人年齢である１５歳の誕生日に男性としての名前を改めて名乗らせるという変わった風習がありました。こうすることで悪霊から男の子を守る事ができるというジパングから伝わった迷信があったのです。皮肉にも今の魔王様に代替わりして魔物が変化したことで、方向性だけ見ればある意味有効になった気がしなくもありません。
そして、白雪姫というのはお妃様の夫君である王様の、遠い親戚の男の子でした。雪のように白い肌と、赤く血色の良い頬、黒檀のように艶のある真っ黒な髪をした美少年です。彼の母親は彼を産んだ時に産後の肥立ちが悪くて命を落とし、父親も数年前に流行り病で亡くなったので、王様は白雪を養子に迎えていました。この時には１５歳の誕生日までギリギリ１月残っていたので、まだ男性としての名前を名乗っていません。
鏡の返答を聞いて、お妃様はこの鏡をかち割ってやろうかと思いました。そもそもお妃様からすれば「この国で一番美しいのは誰か」と問われてお妃様以外の名前を挙げるというのは、「『き』で始まる綺麗な物といえば何か」と問われて「きれいなきんたま」と返すようなものです。これが人間なら、呪いで熊のぬいぐるみに変える刑罰を即座に言い渡されてしまいます。
しかし、お妃様はぐっとこらえます。この魔法の鏡はグレムリンという魔物が技術の粋を集めて作り、持ち主の求める真実を見通して持ち主に伝えるという触れ込みで売られていた絡繰なのです。しかも反魔物領なら通常では見つかれば確実に没収して破棄されるか厳重に封印される類の道具なので、手に入れるには裏から手を回す必要があるという事でお妃様はこれを買うのにかなりの大金を吹っ掛けられていました。そんな凄い魔法の鏡ならもっと先に聞くべき事が色々ありそうなのに、まず自分のちっぽけな自尊心を満たす事を考える辺りにお妃様の小物ぶりが伺えます。
その時、お妃様はふとこう考えなおしました。
「いや、待てよ。確かに白雪の美しさは厄介かもしれない」
お妃様がこう考える理由は、白雪を養子に迎えた王様にありました。一般の国民にはひた隠しにされている事ですがこの王様、実は大の男好きで、特に美青年を目の前にすると後先考えなくなる節がありました。先代の王様がまだご存命だった頃、当時王子だった今の王様は同盟国との会談の場でよその国の王子様に一目惚れし、ろくに会話もした事のないうちから大量に恋文を送り付けるというとんでもない事をしでかして、先代の王様が自ら事態収拾に乗り出さなければ危うく国交断絶まで行きかけた事もあったくらいです。
お妃様と結婚した事についても、「お前と結婚したのは貴族であるお前の家との繋がりと、私の跡取りを産んでくれる者を得るためだけだ」とお妃様に婚礼の席ではっきり告げていました。お妃様も王妃、そしてゆくゆくは次期国王の母親という立場を得る事だけが目当てだったので、そこはお互い様です。（編注：今の魔物娘にとっては信じがたい事ですが、人間というのは相手への愛情や恋愛感情が全くなくても、その気になれば損得勘定だけで結婚して子供を生む事のできる不思議な生物なのです）
しかし、王様がこの調子では、お妃様と寝屋を共にする回数も知れたものであり、お妃様がお世継ぎを産むことなどそうそう望めそうにもありません。実際、王様とお妃様は未だに実の子に恵まれず、この国では王様の養子は１５歳の成人を迎えれば王位継承権を持つので、来月には白雪が唯一の次期国王候補になります。仮に今からお妃様がお世継ぎを産んだとしても、白雪が美青年に成長すれば王様はお妃様との子を差し置いて白雪を後継者に指名してしまうでしょう。それどころか、王様は白雪と相手の顔を見なくても股間を握った感触だけで判別できるような仲になろうとするかもしれません。お妃様とその子供――その時にいたらですが――の居場所は無くなります。
こうなったら白雪を消すしかない。お妃様はそう結論付けました。
次は具体的な方法です。まず、王様に白雪の死をすぐに知られてしまうような方法を使う案は真っ先に除外しました。そうすれば仮にお妃様の仕業だとばれずに済んだとしても、王様は白雪のお墓として、将来お妃様が亡くなる時より立派な墓を立ててしまうでしょう。それではお妃様の小物な自尊心は満たされません。それに王様は白雪の死に落ち込んで、お妃様と寝屋を共にする回数が更に減ってしまうかもしれません。同じような理由で、白雪を呪いで熊のぬいぐるみに変えてしまうという案も却下です。行方不明扱いになるようにすればいい。お妃様はそう考えました。そうすれば王様が白雪の死を確信する前に後継者不在という問題を突きつけ、お妃様と寝屋を共にする回数を増やすよう迫る事ができます。
お妃様は１人の猟師を雇い、白雪に西の親魔物領との国境の山にある森へ行って、猟師から狩りの技術を学ぶようにと言いつけました。そして猟師には森で白雪を始末してくるように、始末した証拠を持ちかえれば大金を払うとこっそり言い含めました。
「白雪様。この辺りは親魔物領との境目です。魔物がいつどこで襲ってきてもおかしくないのでお気を付けください」
猟師は白雪を先導して森の中を歩きながら、これで何度目になるか解らない言葉を繰り返しました。その胸の中では心臓が早鐘を打っていましたが、魔物がいつ現れるか解らないからだけではありませんでした。もちろん白雪が美少年だからではありません。お妃様から恐ろしい密命を受けたからです。
ちょうど賭けごとに負けてお金に困っていた事と、断れば有りもしない罪状をでっち上げて呪いで熊のぬいぐるみに変えられてしまいかねないという考えがあり、渋々お妃様の依頼を引き受けましたが、義理とはいえ母親が息子をこっそり殺させようだなんてどう考えてもまともな話ではありません。しかも王国の西にある親魔物領との国境といえば、普段なら猟師の仕事でも絶対に近づかない超危険地帯です。白雪を始末した証拠を持ち帰れば大金を払うと言われましたが、今思えば代わりに口封じされてしまうかもしれません。
「逃げよう」
白雪に聞こえないように、小さな声で猟師は呟きました。白雪をこの森に置き去りにするだけなら、生還する可能性もゼロとは言えません。少なくとも、まだ成人もしていない子供が苦しんで息絶える様をこの目で見ずに済みます。
そこまで考えた時、猟師はふと、さっきまで自分の後ろを付いてきていた足音がいつの間にか消えている事に気が付きました。
「……白雪様？」
猟師は慌てて辺りを見回しますが、白雪の姿は影も形も見えません。はぐれたか、話がおかしいと気づいて逃げてしまったのでしょうか。
その時、猟師は近くの木と木の間を人影のような物が横切るのを目に留めました。
「白雪様？ そちらにいらっしゃるんですか？」
すると、木陰から小さな子供が姿を現しました。
「ぶっぶー、はずれ。というかしらゆきって誰？」
猟師は子供の姿を見て全身の血が引くのを感じました。まず森を歩き慣れた大人の猟師でも迷いそうな深い森をこんな子供が１人で歩き回っているだけでも驚くべき事ですが、その少女は森の中を歩くというのに小さな革布を縄で体に括り付けたような、肌のほとんどを全く覆えていない恰好をしていました。しかも、頭には豚のような耳があります。間違いありません。オークです。
「くっ、魔物か！」
慌てて小さなオークから距離を取りながら、猟師が弓矢を構えようとしたその時。背中に何か柔らかいものが当たったかと思うと、猟師の後頭部に突然脳が焼ききれそうになるほどの激しい快感が走り、彼はたちまちズボンを精液で濡らしながら気を失ってしまいました。
「一体いつから――自分が狩る側だと錯覚していた？」
そこには、猟師が見たオークよりも少し年上な、お姉さんのオークが魔界銀のハンマーを手にして立っていました。妹が猟師の注意を引き、その隙に姉が猟師の背後に回るという連係プレーだったのです。
「今日はあんたも頑張ったからね。こいつの一番搾りはあんたにゆずってやるよ」
「やった。お姉ちゃん大好き」
楽しそうに話しながら、オークの姉妹は気絶した猟師を自分達の住処へとお持ち帰りしてしまいました。
猟師は、そしてもちろん白雪も知らない事ですが、この森では至る所に様々な種族の魔物が独身の男性にだけ反応する魔法の罠を思い思いに仕掛けており、不思議の国ほどではありませんが独身、特に童貞の男性が１度入ってしまえば方向感覚を失って魔物の住処の近くへと誘われ、独身のまま外に出るのは不可能に近い地上の――いや、痴情の迷路になっていました。
一方、そんな事態になっているとは知らない白雪は、恐怖に胸が張り裂けそうになりながらも何時間も森の中を歩き続けていました。
思えば今日はおかしな事ばかり起こります。本来の予定なら今日は国一番の腕前を持つ薬師に薬学の講義を受けることになっていたはずなのに、突然狩りの授業への変更を継母であるお妃様に言い渡され、狩りについては座学を受けた事すら無いのにいきなり面識のない猟師と２人で実習へと放り出されたのです。一応弓矢の扱い方も含めた武術の手習いは一通りこなしていましたが、動物の仕留め方など知るはずもありません。おかしな事はそれだけではありません。実習の行き先はてっきり王宮にほど近い王族の所有する山だと思っていたら、西にある親魔物領との国境地帯の森ではありませんか。しかもその森に入ったと思ったら、さっきまで目の前を歩いていた猟師が、少し目を離した間に忽然と姿を消してしまったのです。
その時、白雪の目に森の木々とは違う物が飛び込んできました。
「民家だ！ やった。助かったんだ」
駆け寄ってみると、戸が開いていたのでそこから声をかけました。
「すみません。誰かいらっしゃいませんか」
返事がありません。白雪は「入りますよ」とひと声かけてから中に入ってみました。すると、奇妙な事に気づきました。
部屋の中全体が普通の家より一回り小さいのです。天井がやけに低く、椅子などの調度品もまるで子供サイズのような小さい物しかありません。
その時、白雪はテーブルの上に真新しい食べかけのパンと野菜が置いてあるのに気付きました。傍らに置かれたコップにも水が入っていますが、腐ったりしている様子はありません。彼はろくに装備もない状態で歩き慣れない森の中を何時間も歩きまわっていたので、それを見た瞬間に思わずパンと野菜を喉に掻き込み、コップの水で胃の中に流し込みました。
しかし、白雪は休める場所を見つけ、どうにか空腹を満たして安堵した所ではっと我に返ります。真新しい食べ物が置かれていたという事は、ここは空き家ではなく誰か住んでいるのです。だったら住人が出かけている間に家の中に押し入って置いてある食べ物を食べた自分は泥棒です。
「……よし！」
部屋を見回し、白雪はある決意をしました。
日も沈んで辺りがすっかり暗くなったころ、家の住人が帰ってきました。それは７人のドワーフ達でした。
「あーあ、今日も晩ご飯はパサパサしたパンと干し肉かあ」
「そう落ち込まないでよ。今受けている仕事が終わったら、久々にパーッとやろうじゃない」
彼女達は山奥で鉱石を掘りだしたり、その近くに建てた鍛冶場と工房で他の魔物達からの注文を受け、金属やガラスでできた製品を作ったりして生計を立てています。今のように大口の注文が入った時には、家にはパンと野菜と干し肉を切っただけの料理とは言いづらい物を食べて寝るためだけに帰るような状態になっていました。ちなみに、さっきのオークが持っていた魔界銀のハンマーも、このドワーフ達が作った物でした。
そしてドワーフ達が家に入ろうとした時、１人が異変に気づきました。
「おい、何かにおわないか？」
「ああ。とてもいい匂いがする」
明かりを手に入ってみると、昨日の食べ残しをそのまま置いていたはずのテーブルの上に、大きな鍋が置いてありました。蓋を開けると野菜と干し肉を具材にしたおいしそうなスープが入っていて、食欲をそそる匂いが漂ってきます。鍋の横には食べやすい大きさに切られたパンが大皿に盛られていて、取り皿やコップもきちんと洗われた状態できれいに並べてありました。
「おいしそう」
ドワーフの１人が呟いた時、別のドワーフがまたある事に気づきました。
「寝室の方から、もっといい匂いがするぞ」
今度は明かりで寝室の方を照らしてみると、７つ並べられたベッドの１つに横から突っ伏すようにして、美少年が眠っていました。白雪です。彼はテーブルの上にあった食事を食べてしまったお詫びに、倉庫にあった食材で代わりの食事を作っていました。そしてついでに寝室も掃除しておこうと思ったのですが、あまりに疲れ切っていたのでベッドに倒れ込んでしまったのです。
「なんてきれいな子なんだ」
ドワーフ達は口々に呟きます。その時、ドワーフの１人がベッドに上がり、そこに投げ出された白雪の腕を枕にして横になろうとしました。
「ぐへへ」
「ちょっと待ちなさい！ あんた何やってんの」
「これはあたいのベッドだぞ。自分のベッド使って何が悪い」
「それ絶対『使う』の意味違うでしょうが。というかあたしにも貸しなさい」
「ずるい！ 私も！」
次々に加わり、ドワーフ達は喧嘩を始めてしまいました。しかし、彼女達も疲れ切っていたので、いつの間にか全員が白雪の周りに寄り添うようにして眠りこけていました。
翌朝、目を覚ました白雪は、自分の周りに魔物が７人もいるのでとても驚きました。彼は目を覚ましたドワーフ達に家の物を勝手に食べたり使ったりしたことを謝りましたが、彼女達は気にする様子はありませんでした。
「あんた、名前はなんて言うの？」
「僕は白雪と言います」
「へえ、名前もかわいいんだね」
その時、ドワーフ達の誰かのお腹の虫が、盛大に鳴く音が聞こえました。思えば昨日はせっかくおいしそうな食事があったのにそれを食べずに眠ってしまったため、みんなお腹ぺこぺこです。白雪は苦笑いしながら提案します。
「その、良かったら台所でスープを温め直しましょうか」
しかし、彼の言葉はドワーフ達の耳には入っていませんでした。みんな一斉に白雪に向かって、体を舐めまわすような視線を投げかけます。名前の通り雪のように白い肌と、赤く血色の良い頬、黒檀のように艶のある真っ黒な髪に、精悍な体つき。そして何よりさっきまで眠っていたためでしょうか。ズボンの股間の部分がまさに食べごろだと言わんばかりに盛り上がっています。
スープなんかよりも最高においしそうなご馳走が、そこにありました。
「おまえが朝ご飯になるんだよ！」
「「「「「「ヒャッハー！」」」」」」
最年長のドワーフの号令と共に、みんな一斉に白雪に飛びかかっていきました。彼もそれなりに鍛えてはいますが、相手は魔物でしかも７人がかり。しかも驚いている間にマウントポジションを取られてしまっては敵うはずありません。哀れにも白雪はドワーフ達によってあっさりと服を引ん剥かれてしまいました。
「さっすがー、ボスは話がわかるっ！」
「さわらないで……お願い、やめて……」
「口ではそう言っても手でちょっとこすっただけでほら。体は正直だぜ？」
「ク○ニしろオラァァァ！（編注：ここだけ伏字になっている理由はよく解りません）」
ドワーフ達はまさに半狂乱といった様子で口々に勝手な事を言いながら、白雪の体を貪り尽していきました。彼が昨日作ったスープもドワーフ達の口内で温めた後、そこから直接白雪の口に流し込まれていきます。霧の大陸では満漢全席と言って何日もかけて食べるフルコースが存在するらしいですが、ドワーフ達はまさにそんな感じで、どっぷり日が暮れて出涸らしも出なくなるまで白雪というご馳走を味わい尽くした後、気絶するように眠り込んだ彼の周りで再び寄り添うように眠りました。
さらに翌朝、再び目を覚ました白雪は、たいへん怯えながらドワーフ達から逃げ惑いました。しかしそれを見て自分達が調子に乗って白雪を傷つけてしまった事に気づいたドワーフ達は深く反省したので、――身も蓋もない事を言えばその様子が子供っぽくて可愛らしかった事もあって、彼はもう昨日のような事は２度としないという条件付きで、彼女達を許してあげました。
それから白雪は、ドワーフ達に森の中で彷徨う事になった経緯を話しました。
「今まで考えないようにしていたけど、やっぱりお妃様は僕を殺そうとしたんだと思います。皆さんお願いします。僕をこの家に匿ってもらえませんか。お妃様の追手もここまでは来られないはずです」
するとドワーフの１人が、顔を真っ赤にしながら言いました。
「あんたが料理とか掃除とか洗濯とかうちの事をしてくれたり、その……毎日あたいたちを気持ちよくしてくれるなら、ずっとここに匿ってやってもいいぞ。なあ、みんな」
彼女の言葉に異論を挟むドワーフはいませんでした。
それから毎日、昼間はドワーフ達は山に仕事に出かけ、その間に白雪は家事をするというアマゾネスのような生活が始まりました。仕事が遅くまで続いても白雪がおいしい食事を作って帰りを待っていると考えると、採鉱や鍛冶の仕事も今まで以上に捗ります。それに８人で楽しく食事をした後に、白雪の体を労わりながらのセックスだと、心なしか彼からもらう精も無理矢理搾り取った時よりも甘美で力強い物に感じられました。
一方、王国では王様の唯一の後継者候補が突然いなくなったことで、上を下への大騒ぎになっていました。お妃様は猟師が白雪を始末した証拠を持ち帰るどころか、その猟師も帰ってこなかったことが気がかりでしたが、彼女は未だに魔物が人間を殺す物だと信じ切っていたため、２人とも魔物の餌食になってしまったのだと納得しました。魔法の鏡の効果が正しいのか不安になったお妃様は、鏡に話しかける事を止めましたが、鏡の見た目だけは立派ですしお妃様以外の言葉には反応しないように設定されているので普通の鏡として使い続けました。お妃様はこれ幸いと王様に自分と寝屋を共にする回数を増やすよう迫りましたが、その後も王様とお妃様の間にはお世継ぎが生まれる様子はありませんでした。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この国で一番美しいのはだあれ？」
すると、鏡は抑揚のない声でこう答えました。
「ソレハ、白雪姫デス」
鏡の返答に、お妃様はこう叫びました。
「あいつ男じゃない！」
この国では先代の魔王様の時代から、男の子に女の子の名前を付けて幼いうちは女の子の格好をさせ、この国の成人年齢である１５歳の誕生日に男性としての名前を改めて名乗らせるという変わった風習がありました。こうすることで悪霊から男の子を守る事ができるというジパングから伝わった迷信があったのです。皮肉にも今の魔王様に代替わりして魔物が変化したことで、方向性だけ見ればある意味有効になった気がしなくもありません。
そして、白雪姫というのはお妃様の夫君である王様の、遠い親戚の男の子でした。雪のように白い肌と、赤く血色の良い頬、黒檀のように艶のある真っ黒な髪をした美少年です。彼の母親は彼を産んだ時に産後の肥立ちが悪くて命を落とし、父親も数年前に流行り病で亡くなったので、王様は白雪を養子に迎えていました。この時には１５歳の誕生日までギリギリ１月残っていたので、まだ男性としての名前を名乗っていません。
鏡の返答を聞いて、お妃様はこの鏡をかち割ってやろうかと思いました。そもそもお妃様からすれば「この国で一番美しいのは誰か」と問われてお妃様以外の名前を挙げるというのは、「『き』で始まる綺麗な物といえば何か」と問われて「きれいなきんたま」と返すようなものです。これが人間なら、呪いで熊のぬいぐるみに変える刑罰を即座に言い渡されてしまいます。
しかし、お妃様はぐっとこらえます。この魔法の鏡はグレムリンという魔物が技術の粋を集めて作り、持ち主の求める真実を見通して持ち主に伝えるという触れ込みで売られていた絡繰なのです。しかも反魔物領なら通常では見つかれば確実に没収して破棄されるか厳重に封印される類の道具なので、手に入れるには裏から手を回す必要があるという事でお妃様はこれを買うのにかなりの大金を吹っ掛けられていました。そんな凄い魔法の鏡ならもっと先に聞くべき事が色々ありそうなのに、まず自分のちっぽけな自尊心を満たす事を考える辺りにお妃様の小物ぶりが伺えます。
その時、お妃様はふとこう考えなおしました。
「いや、待てよ。確かに白雪の美しさは厄介かもしれない」
お妃様がこう考える理由は、白雪を養子に迎えた王様にありました。一般の国民にはひた隠しにされている事ですがこの王様、実は大の男好きで、特に美青年を目の前にすると後先考えなくなる節がありました。先代の王様がまだご存命だった頃、当時王子だった今の王様は同盟国との会談の場でよその国の王子様に一目惚れし、ろくに会話もした事のないうちから大量に恋文を送り付けるというとんでもない事をしでかして、先代の王様が自ら事態収拾に乗り出さなければ危うく国交断絶まで行きかけた事もあったくらいです。
お妃様と結婚した事についても、「お前と結婚したのは貴族であるお前の家との繋がりと、私の跡取りを産んでくれる者を得るためだけだ」とお妃様に婚礼の席ではっきり告げていました。お妃様も王妃、そしてゆくゆくは次期国王の母親という立場を得る事だけが目当てだったので、そこはお互い様です。（編注：今の魔物娘にとっては信じがたい事ですが、人間というのは相手への愛情や恋愛感情が全くなくても、その気になれば損得勘定だけで結婚して子供を生む事のできる不思議な生物なのです）
しかし、王様がこの調子では、お妃様と寝屋を共にする回数も知れたものであり、お妃様がお世継ぎを産むことなどそうそう望めそうにもありません。実際、王様とお妃様は未だに実の子に恵まれず、この国では王様の養子は１５歳の成人を迎えれば王位継承権を持つので、来月には白雪が唯一の次期国王候補になります。仮に今からお妃様がお世継ぎを産んだとしても、白雪が美青年に成長すれば王様はお妃様との子を差し置いて白雪を後継者に指名してしまうでしょう。それどころか、王様は白雪と相手の顔を見なくても股間を握った感触だけで判別できるような仲になろうとするかもしれません。お妃様とその子供――その時にいたらですが――の居場所は無くなります。
こうなったら白雪を消すしかない。お妃様はそう結論付けました。
次は具体的な方法です。まず、王様に白雪の死をすぐに知られてしまうような方法を使う案は真っ先に除外しました。そうすれば仮にお妃様の仕業だとばれずに済んだとしても、王様は白雪のお墓として、将来お妃様が亡くなる時より立派な墓を立ててしまうでしょう。それではお妃様の小物な自尊心は満たされません。それに王様は白雪の死に落ち込んで、お妃様と寝屋を共にする回数が更に減ってしまうかもしれません。同じような理由で、白雪を呪いで熊のぬいぐるみに変えてしまうという案も却下です。行方不明扱いになるようにすればいい。お妃様はそう考えました。そうすれば王様が白雪の死を確信する前に後継者不在という問題を突きつけ、お妃様と寝屋を共にする回数を増やすよう迫る事ができます。
お妃様は１人の猟師を雇い、白雪に西の親魔物領との国境の山にある森へ行って、猟師から狩りの技術を学ぶようにと言いつけました。そして猟師には森で白雪を始末してくるように、始末した証拠を持ちかえれば大金を払うとこっそり言い含めました。
「白雪様。この辺りは親魔物領との境目です。魔物がいつどこで襲ってきてもおかしくないのでお気を付けください」
猟師は白雪を先導して森の中を歩きながら、これで何度目になるか解らない言葉を繰り返しました。その胸の中では心臓が早鐘を打っていましたが、魔物がいつ現れるか解らないからだけではありませんでした。もちろん白雪が美少年だからではありません。お妃様から恐ろしい密命を受けたからです。
ちょうど賭けごとに負けてお金に困っていた事と、断れば有りもしない罪状をでっち上げて呪いで熊のぬいぐるみに変えられてしまいかねないという考えがあり、渋々お妃様の依頼を引き受けましたが、義理とはいえ母親が息子をこっそり殺させようだなんてどう考えてもまともな話ではありません。しかも王国の西にある親魔物領との国境といえば、普段なら猟師の仕事でも絶対に近づかない超危険地帯です。白雪を始末した証拠を持ち帰れば大金を払うと言われましたが、今思えば代わりに口封じされてしまうかもしれません。
「逃げよう」
白雪に聞こえないように、小さな声で猟師は呟きました。白雪をこの森に置き去りにするだけなら、生還する可能性もゼロとは言えません。少なくとも、まだ成人もしていない子供が苦しんで息絶える様をこの目で見ずに済みます。
そこまで考えた時、猟師はふと、さっきまで自分の後ろを付いてきていた足音がいつの間にか消えている事に気が付きました。
「……白雪様？」
猟師は慌てて辺りを見回しますが、白雪の姿は影も形も見えません。はぐれたか、話がおかしいと気づいて逃げてしまったのでしょうか。
その時、猟師は近くの木と木の間を人影のような物が横切るのを目に留めました。
「白雪様？ そちらにいらっしゃるんですか？」
すると、木陰から小さな子供が姿を現しました。
「ぶっぶー、はずれ。というかしらゆきって誰？」
猟師は子供の姿を見て全身の血が引くのを感じました。まず森を歩き慣れた大人の猟師でも迷いそうな深い森をこんな子供が１人で歩き回っているだけでも驚くべき事ですが、その少女は森の中を歩くというのに小さな革布を縄で体に括り付けたような、肌のほとんどを全く覆えていない恰好をしていました。しかも、頭には豚のような耳があります。間違いありません。オークです。
「くっ、魔物か！」
慌てて小さなオークから距離を取りながら、猟師が弓矢を構えようとしたその時。背中に何か柔らかいものが当たったかと思うと、猟師の後頭部に突然脳が焼ききれそうになるほどの激しい快感が走り、彼はたちまちズボンを精液で濡らしながら気を失ってしまいました。
「一体いつから――自分が狩る側だと錯覚していた？」
そこには、猟師が見たオークよりも少し年上な、お姉さんのオークが魔界銀のハンマーを手にして立っていました。妹が猟師の注意を引き、その隙に姉が猟師の背後に回るという連係プレーだったのです。
「今日はあんたも頑張ったからね。こいつの一番搾りはあんたにゆずってやるよ」
「やった。お姉ちゃん大好き」
楽しそうに話しながら、オークの姉妹は気絶した猟師を自分達の住処へとお持ち帰りしてしまいました。
猟師は、そしてもちろん白雪も知らない事ですが、この森では至る所に様々な種族の魔物が独身の男性にだけ反応する魔法の罠を思い思いに仕掛けており、不思議の国ほどではありませんが独身、特に童貞の男性が１度入ってしまえば方向感覚を失って魔物の住処の近くへと誘われ、独身のまま外に出るのは不可能に近い地上の――いや、痴情の迷路になっていました。
一方、そんな事態になっているとは知らない白雪は、恐怖に胸が張り裂けそうになりながらも何時間も森の中を歩き続けていました。
思えば今日はおかしな事ばかり起こります。本来の予定なら今日は国一番の腕前を持つ薬師に薬学の講義を受けることになっていたはずなのに、突然狩りの授業への変更を継母であるお妃様に言い渡され、狩りについては座学を受けた事すら無いのにいきなり面識のない猟師と２人で実習へと放り出されたのです。一応弓矢の扱い方も含めた武術の手習いは一通りこなしていましたが、動物の仕留め方など知るはずもありません。おかしな事はそれだけではありません。実習の行き先はてっきり王宮にほど近い王族の所有する山だと思っていたら、西にある親魔物領との国境地帯の森ではありませんか。しかもその森に入ったと思ったら、さっきまで目の前を歩いていた猟師が、少し目を離した間に忽然と姿を消してしまったのです。
その時、白雪の目に森の木々とは違う物が飛び込んできました。
「民家だ！ やった。助かったんだ」
駆け寄ってみると、戸が開いていたのでそこから声をかけました。
「すみません。誰かいらっしゃいませんか」
返事がありません。白雪は「入りますよ」とひと声かけてから中に入ってみました。すると、奇妙な事に気づきました。
部屋の中全体が普通の家より一回り小さいのです。天井がやけに低く、椅子などの調度品もまるで子供サイズのような小さい物しかありません。
その時、白雪はテーブルの上に真新しい食べかけのパンと野菜が置いてあるのに気付きました。傍らに置かれたコップにも水が入っていますが、腐ったりしている様子はありません。彼はろくに装備もない状態で歩き慣れない森の中を何時間も歩きまわっていたので、それを見た瞬間に思わずパンと野菜を喉に掻き込み、コップの水で胃の中に流し込みました。
しかし、白雪は休める場所を見つけ、どうにか空腹を満たして安堵した所ではっと我に返ります。真新しい食べ物が置かれていたという事は、ここは空き家ではなく誰か住んでいるのです。だったら住人が出かけている間に家の中に押し入って置いてある食べ物を食べた自分は泥棒です。
「……よし！」
部屋を見回し、白雪はある決意をしました。
日も沈んで辺りがすっかり暗くなったころ、家の住人が帰ってきました。それは７人のドワーフ達でした。
「あーあ、今日も晩ご飯はパサパサしたパンと干し肉かあ」
「そう落ち込まないでよ。今受けている仕事が終わったら、久々にパーッとやろうじゃない」
彼女達は山奥で鉱石を掘りだしたり、その近くに建てた鍛冶場と工房で他の魔物達からの注文を受け、金属やガラスでできた製品を作ったりして生計を立てています。今のように大口の注文が入った時には、家にはパンと野菜と干し肉を切っただけの料理とは言いづらい物を食べて寝るためだけに帰るような状態になっていました。ちなみに、さっきのオークが持っていた魔界銀のハンマーも、このドワーフ達が作った物でした。
そしてドワーフ達が家に入ろうとした時、１人が異変に気づきました。
「おい、何かにおわないか？」
「ああ。とてもいい匂いがする」
明かりを手に入ってみると、昨日の食べ残しをそのまま置いていたはずのテーブルの上に、大きな鍋が置いてありました。蓋を開けると野菜と干し肉を具材にしたおいしそうなスープが入っていて、食欲をそそる匂いが漂ってきます。鍋の横には食べやすい大きさに切られたパンが大皿に盛られていて、取り皿やコップもきちんと洗われた状態できれいに並べてありました。
「おいしそう」
ドワーフの１人が呟いた時、別のドワーフがまたある事に気づきました。
「寝室の方から、もっといい匂いがするぞ」
今度は明かりで寝室の方を照らしてみると、７つ並べられたベッドの１つに横から突っ伏すようにして、美少年が眠っていました。白雪です。彼はテーブルの上にあった食事を食べてしまったお詫びに、倉庫にあった食材で代わりの食事を作っていました。そしてついでに寝室も掃除しておこうと思ったのですが、あまりに疲れ切っていたのでベッドに倒れ込んでしまったのです。
「なんてきれいな子なんだ」
ドワーフ達は口々に呟きます。その時、ドワーフの１人がベッドに上がり、そこに投げ出された白雪の腕を枕にして横になろうとしました。
「ぐへへ」
「ちょっと待ちなさい！ あんた何やってんの」
「これはあたいのベッドだぞ。自分のベッド使って何が悪い」
「それ絶対『使う』の意味違うでしょうが。というかあたしにも貸しなさい」
「ずるい！ 私も！」
次々に加わり、ドワーフ達は喧嘩を始めてしまいました。しかし、彼女達も疲れ切っていたので、いつの間にか全員が白雪の周りに寄り添うようにして眠りこけていました。
翌朝、目を覚ました白雪は、自分の周りに魔物が７人もいるのでとても驚きました。彼は目を覚ましたドワーフ達に家の物を勝手に食べたり使ったりしたことを謝りましたが、彼女達は気にする様子はありませんでした。
「あんた、名前はなんて言うの？」
「僕は白雪と言います」
「へえ、名前もかわいいんだね」
その時、ドワーフ達の誰かのお腹の虫が、盛大に鳴く音が聞こえました。思えば昨日はせっかくおいしそうな食事があったのにそれを食べずに眠ってしまったため、みんなお腹ぺこぺこです。白雪は苦笑いしながら提案します。
「その、良かったら台所でスープを温め直しましょうか」
しかし、彼の言葉はドワーフ達の耳には入っていませんでした。みんな一斉に白雪に向かって、体を舐めまわすような視線を投げかけます。名前の通り雪のように白い肌と、赤く血色の良い頬、黒檀のように艶のある真っ黒な髪に、精悍な体つき。そして何よりさっきまで眠っていたためでしょうか。ズボンの股間の部分がまさに食べごろだと言わんばかりに盛り上がっています。
スープなんかよりも最高においしそうなご馳走が、そこにありました。
「おまえが朝ご飯になるんだよ！」
「「「「「「ヒャッハー！」」」」」」
最年長のドワーフの号令と共に、みんな一斉に白雪に飛びかかっていきました。彼もそれなりに鍛えてはいますが、相手は魔物でしかも７人がかり。しかも驚いている間にマウントポジションを取られてしまっては敵うはずありません。哀れにも白雪はドワーフ達によってあっさりと服を引ん剥かれてしまいました。
「さっすがー、ボスは話がわかるっ！」
「さわらないで……お願い、やめて……」
「口ではそう言っても手でちょっとこすっただけでほら。体は正直だぜ？」
「ク○ニしろオラァァァ！（編注：ここだけ伏字になっている理由はよく解りません）」
ドワーフ達はまさに半狂乱といった様子で口々に勝手な事を言いながら、白雪の体を貪り尽していきました。彼が昨日作ったスープもドワーフ達の口内で温めた後、そこから直接白雪の口に流し込まれていきます。霧の大陸では満漢全席と言って何日もかけて食べるフルコースが存在するらしいですが、ドワーフ達はまさにそんな感じで、どっぷり日が暮れて出涸らしも出なくなるまで白雪というご馳走を味わい尽くした後、気絶するように眠り込んだ彼の周りで再び寄り添うように眠りました。
さらに翌朝、再び目を覚ました白雪は、たいへん怯えながらドワーフ達から逃げ惑いました。しかしそれを見て自分達が調子に乗って白雪を傷つけてしまった事に気づいたドワーフ達は深く反省したので、――身も蓋もない事を言えばその様子が子供っぽくて可愛らしかった事もあって、彼はもう昨日のような事は２度としないという条件付きで、彼女達を許してあげました。
それから白雪は、ドワーフ達に森の中で彷徨う事になった経緯を話しました。
「今まで考えないようにしていたけど、やっぱりお妃様は僕を殺そうとしたんだと思います。皆さんお願いします。僕をこの家に匿ってもらえませんか。お妃様の追手もここまでは来られないはずです」
するとドワーフの１人が、顔を真っ赤にしながら言いました。
「あんたが料理とか掃除とか洗濯とかうちの事をしてくれたり、その……毎日あたいたちを気持ちよくしてくれるなら、ずっとここに匿ってやってもいいぞ。なあ、みんな」
彼女の言葉に異論を挟むドワーフはいませんでした。
それから毎日、昼間はドワーフ達は山に仕事に出かけ、その間に白雪は家事をするというアマゾネスのような生活が始まりました。仕事が遅くまで続いても白雪がおいしい食事を作って帰りを待っていると考えると、採鉱や鍛冶の仕事も今まで以上に捗ります。それに８人で楽しく食事をした後に、白雪の体を労わりながらのセックスだと、心なしか彼からもらう精も無理矢理搾り取った時よりも甘美で力強い物に感じられました。
一方、王国では王様の唯一の後継者候補が突然いなくなったことで、上を下への大騒ぎになっていました。お妃様は猟師が白雪を始末した証拠を持ち帰るどころか、その猟師も帰ってこなかったことが気がかりでしたが、彼女は未だに魔物が人間を殺す物だと信じ切っていたため、２人とも魔物の餌食になってしまったのだと納得しました。魔法の鏡の効果が正しいのか不安になったお妃様は、鏡に話しかける事を止めましたが、鏡の見た目だけは立派ですしお妃様以外の言葉には反応しないように設定されているので普通の鏡として使い続けました。お妃様はこれ幸いと王様に自分と寝屋を共にする回数を増やすよう迫りましたが、その後も王様とお妃様の間にはお世継ぎが生まれる様子はありませんでした。
17/10/02 07:27更新 / bean
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