季節外れの尋ね人 |
俺の名前は冬馬駆(とうまかける)高校二年生だ。
成績はあまり良くない。加えてこれといった特徴もない平凡な学生だ。 両親は海外出勤が多く自宅では殆ど一人暮らしの状態が多い。 けど一人暮らしも悪くない。幼い頃は大変だったが忙しい時間を割いて俺を育ててくれた両親には感謝している。それに俺は一人じゃない幼馴染が居る。 「冬馬くん」 「なに?」 声の方向に視線を移すと、そこには長い黒髪をアップにした少女。 彼女の名前は神矢春姫(かみやはるひ)この高校のアイドルに近い存在。 何を隠そう、この美少女こそ俺の幼馴染であり同級生の少女だ。 彼女の両親と俺の両親は大学の頃に知り合い今も交流が続いている。 その為、両親が海外出勤になった時、彼女の両親に俺の事を頼んだ。 彼女の両親は、それを快く引き受けた為、俺と彼女は姉弟の様に育った。 「今日のレポート、まだ提出してないでしょ?」 「あぁ、ごめん」 「夕方までに提出してね?」 「わかった」 彼女は一年生の時から既に生徒会長を務めている。 まさに才色兼備と言う言葉が、ぴったりの印象を持つ。 容姿端麗で男性はおろか女性や教師にも人気がある美人生徒会長だ。 そんな錦上添花、高嶺の花とも言われる生徒会長と俺はタメ口で話せる仲だ。 その為、友人たちに生徒会長と付き合ってるのかを毎日の様に聞かされ、その度に俺は否定の言葉を投げ掛けているが全然わかってもらえない。 しかし、かといって、むきになればなるほど否定すればするほど更に話は大きくややこしくなる為、俺は友人たちに、やんわりと話している。 実際、俺達は本当に付き合っているわけではない。双方の両親が大学のサークルで知り合った同期であるという事だけだ。その後、両親達は仲良くなり、卒業して忙しい俺の両親に代わって面倒を見てもらっていただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。俺と彼女は確かに幼馴染ではあるが、それ以上の関係はない。そもそも俺と彼女では釣り合いが取れない。彼女は俺にとって姉の様な存在であり尊敬する生徒会長それだけの存在だ。 放課後。レポートを提出した俺は帰宅している。 夕方とは思えないほど空は明るい。 「なんか冷えるな」 夏だというのに俺の周りだけがやけに冷える。 学校を出た時は暑かったのに…そんな時、声が聞こえた。 「お迎えに参りました、カケルさま」 同時に辺りは暗くなり、螺旋状に雪が舞う。 その中心に着物姿の少女が見える。 「(やばい…幻覚か?夏なのに雪が見える)」 寒さの原因は、この女性だ…間違いない。 俺を凍死させる気なのだろうか? 長袖シャツを腕捲りし、黒いベストを着ているとは言え、寒い。 いつもは暑いのに今日だけ、今この時だけは凍えそうなほど寒い。 「誰?」 俺は反射的に聞く。 「お忘れですか?私です」 次の瞬間、過去の記憶が投影された。 十歳の冬休み、両親と里帰りした。 両親の実家は雪国。冬は雪が多く積もる地域だ。 その為、除雪作業が必要なのだが如何せん寒いのは苦手だ。 けれど不思議と雪かきは楽しい。 時間を忘れ、雪かきをしていたら一人の少女が現れた。 全身を包む白い着物。腰に青い帯を巻き、足袋と草履を履いている。 「わたしも手伝う」 真冬だというのに薄手の着物を着た少女は何も羽織ってない。 少女は雪に突き刺してある鉄製のスコップを手に取った。 「こっちを使いなよ」 俺は自分が使っていたアルミ製のスコップを渡した。 「でも……」 「いいから、はい」 戸惑う少女に構わず交換した。 「ありがとう」 俺と少女は一緒に雪かきを始めた。 しばらくして少女は口を開いた。 「ねぇ、冬は嫌い?」 「なんで?」 「ちょっと気になって…」 「正直、苦手かな」 「そっか…」 「けど雪は好きだよ」 「そうなの?」 「うん、かまくらや雪合戦ができるからね」 「変わってるね」 「よく言われる」 「ふふっ」 「ははっ」 自然と笑みがこぼれた。 そして数分も経たないうちに雪かきが終わった。 最初は寒かったけど身体を動かしたら温まってきた。 頃合を見計らったのかどうか分からないけど祖母が声をかけてくれた。 「カズ君、お餅が焼けたよ」 「今行く、君もどう?」 振り向くと着物姿の少女は忽然と消えていた。 「あ、あれ?」 きょろきょろ辺りを見渡しても少女の姿はない。 まるで春の雪解け水のように、その姿はなかった。 「夢だったのかな?」 「カズ君、なにしてるんだい?お餅が冷えるよ」 「今行くよ」 祖母の再度の呼びかけに応じ、家の中に入った。 餅を頬張りながら先ほどの出来事を祖母に話した。 「それは、ゆきわらしだね」 「ゆきわらし?」 「そんだ」 祖母の話によると一緒に雪かきをした少女はゆきわらしという。 ゆきわらしとは成人前の雪女の姿で、この時期に人里を訪れては子供たちと混ざって遊ぶ。ゆきわらし自体には特に危険性は全くない。けれど交流があった場合に限り、雪女に成長した際、自分の夫のするべく人里まで迎えに来ることがあるという。一説によると雪女に魅入られた者は“神隠し”や“別の世界”に連れていかれるとあるが本当かどうか分からない。当時、俺もそんなことは信じられないと思っていた。ただ普通に彼女と友達になりたいと、そう願っていた。けど、それが運命の分かれ道だった…彼女の口から思いがけない言葉が出るまでは…。それは彼女と交流を深め、一緒に遊んでいた一週間目の時だ。 「わたし、大きくなったらカケルくんのお嫁さんになる」 その時は気にも留めなかった。単なる子供の口約束で俺も頷いた。 また約束を守る証として互いの小指を曲げて絡み合わせて誓う指切りげんまんもした。歌の中にある“針千本呑ます”は“氷柱百本呑ます”だった。俺はその約束に子供ながら身震いを覚えた。祖母の話を聞いて、もしそうなら本当にやりかねないと…。彼女の口調から冗談で言っているように聞こえなかった。 けど当時は、ただ周りが寒かったから身震いをしたのだろうと思い込んだ。 だけど実際は違った…彼女は本気で俺のお嫁さんになろうとしてたんだ。 そのことに気付いたのは中学三年生の時だ。 ある晩、左手薬指に視線を移すと雪結晶のエンゲージリングが嵌っていた。 いつ購入したか覚えはなかったけど気にせず、風呂に入る為に外そうとしたが外れない。どれだけ頑張っても外せなかった。仕方なくエンゲージリングを嵌めたまま風呂に入った。けど、まるで最初から身体の一部だったように全く違和感がなかった。 次の日、俺は幼馴染であり、神矢神社の巫女である神矢春姫に問われた。 「冬馬くん…誰かと婚約してるの?」 「なんで?」 「エンゲージリングが嵌めてるから」 「見えるのか?」 「どういう意味?」 俺は昨晩のことを幼馴染に伝えた。 「ご両親には見えなかったの?」 「ああ…不思議だよな、それともう一つ聞いてほしいんだ」 「なに?」 「昨日の夜さ、寝ていたら夢の中に着物姿の女性が現れたんだ」 「着物姿の女性?」 「ああ、青みを帯びた銀髪と髪と同じ瞳…人とは思えないほど凄く綺麗で、その女性が俺に夢の中で言ったんだ、もうすぐ時が来ますってさ」 「ふぅん(ほとんど惚気じゃない)」 「ふぅんって…俺は真剣だぞ」 「分かったから…ほら早くしないと遅刻するよ」 「お、おい!待てよ」 神矢は早足に歩く。 「ったく…なんなんだよ、不機嫌な顔して」 俺は駆け足になる。 「(それにしても…夢の中に現れた女性、誰かに似てるんだよな)」 中学三年生のある夏の出来事だった。 そして現在。 「まさかあの時の女の子?」 「思い出して頂けましたか?」 雪女の女性は妖艶に微笑む。 「改めて自己紹介致します…わたしは雪女の雪美、十七歳になったカケル様のお迎えに上がりました」 「なんで俺の年齢を?」 「約束したではありませんか、あの時」 あの時?あの時っていつだ? 色々とあの時はあるが話から推察するに…。 「指切りげんまん!?」 「はい、あの時、わたしの“力”をカケル様の薬指に送ったのです」 「それで中三の誕生日に、このリングが俺の左手薬指に?」 「はい、十五歳になったカケル様へ、わたしからの贈り物です…個人差はありますが大抵の雪女は愛した殿方の十五回目の誕生日に誓いの指輪を贈ります」 「どうして十五歳なんだ?」 「これも個人差があるのですが雪女の殆どが十五歳で成人します、そして指輪を贈った男性の夢枕に現れて自分の虜にするのです」 「なるほど…」 「ですが、どういうわけかカケル様には“術”が掛かっていないのです」 「なんで?」 「それはわたしにも分かりません」 雪女にも分からないことがあるんだな。 やっぱり人は万能じゃない…彼女が人なのは分からないけど。 「考えられるのは“力”のある何者かがカケル様を守っている…そう結論付けしました」 “力”のある何者か…一人だけ心当たりがある。 けど、それが本当かどうかわからない。 その時、凛とした声が聞こえた。 「冬馬くん!」 「だれ!」 雪美は周囲を警戒する。 「(この声は…)」 俺は声の方向に視線を移す。 そこには長い黒髪を白いリボンで束ねた巫女装束の幼馴染の神矢がいた。 「冬馬くん、大丈夫?」 「だれ?」 「神矢」 神矢神社の巫女、神矢春姫が俺と雪美の間に割って入った。 私は「炎」と書かれた護符を懐から取り出し投げつけた。 「『飛炎』」 私の“言霊”によって火の護符は火の鳥となって雪女に迫る。 「『氷雪鳥』」 しかし、少女は唇に掌を当て、離すと静かに降る周囲の雪を利用して氷の鳥を創り出し、正面から火の鳥を迎え撃った。炎と氷…対局する二つが、ぶつかり合い炎の熱によって溶かされた氷が水蒸気となり、白い湯気が周囲を覆う。 その水蒸気の中から氷で作られた氷の矢が現れた。 「!?」 私は反射的に氷の矢を回避する。 それも束の間で白い湯気の中から複数の氷の矢が私に向かって放たれた。 「(間に合わない)」 回避を断念した私は胸元から「盾」の護符を取り出して投げつける。 護符は原形を留めたまま分離し、氷の矢を次々に防いで私を護る。 この護符は言霊を必要としない為、瞬時に発動できるのが強みである。 徐々に水蒸気の霧が晴れ、目の前に現れたのは薄手の着物を着た女性。 青みを帯びた銀髪、髪と同じ瞳、雪の様に白い肌をした雪の妖怪。 「貴女…雪女ね」 「そうよ」 私は左手で刀印を作ったまま対峙する。 凛とたたずむ雪女の少女は女の私から見ても非常に美しい。 この世の者とは思えないほど異常な美しさと艶やかさがある。 「この“力”…カケル様から感じたのは貴女ね」 「そうよ、 私は神矢神社の退魔巫女、神矢春姫」 「どうして邪魔をするの?」 「貴方と“駆くん”は住む世界が違うからよ」 「それは貴女が決める事なの?」 雪女の少女は冷たく言い放つ。 「貴女はカケル様の何?」 「私は彼の幼馴染よ」 「幼馴染如きが私とカケル様の邪魔をしないで!」 雪女の少女は、そう言うと右手に雪の結晶を集めた。 それは徐々に一振りの日本刀に形を変える。 「雪晶刀『雪月花』」 雪女の少女は刀を構える。 「構えて」 「えっ」 私は驚いた。 「丸腰の相手と戦うつもりはないわ」 この挑発に乗るべきが乗らないべきか…。 私も武術の心得はある…私の家系は代々続く退魔師。 古くから人に仇名すものと戦ってきた正統なる退魔巫女。 「(どうする?)」 もし、乗らばければ彼女は何もしないで帰ってくれるかもしれない。 しかし、その考えは甘かった。 「構えないならカケル様は連れて行く」 「それはダメ!」 私は感情をむき出しにした。 「どうして?貴女とカケル様は“ただの幼馴染”でしょ?」 雪女の少女が放った言葉が私の胸を刺す。 「恋人でもなければ妻でもない」 「それはっ……」 「そんな貴女がカケル様を、どうしようというの?」 「…」 「私はカケル様を愛してる、あの時からずっと…カケル様だけを想い続けてきた…来る日も来る日もカケル様の事を考えない日はなかった」 「そこまで冬馬くんの事を…」 「そうよ、そして、やっと成人になってカケル様の許へ来る事が出来た時の私の気持ちが貴女に分かる?分からないでしょ?だから私はカケル様を私の世界に連れていく…そして、永遠に愛し合うのよ」 私はどうにかして言葉を発した。 「そこに“愛”はあるの?」 「なんですって?」 威圧的な雪女の少女。 だけど私は怯まない。 「そこに“愛”はあるのって聞いているの…貴女の一方的な押し付けの“愛”に冬馬くんが応えると思う?」 「なにを…」 「“愛”っていうのは押し付けるんじゃなくて少しずつ育んでいくもの…」 「黙って…」 「それを押し付けるのは“愛”じゃなく単なる貴女の“我が儘”よ!」 「黙ってって言ってるでしょ!」 雪女の少女は感情を爆発させた。 「もういい…ここで消えて!」 「どうして」 「目障りだからよ!」 雪女の少女は『雪月花』を構えると丸腰の私に迫る。 振り下ろされる刀…その時。 「やめろぉおおお」 声が響いた。 「冬馬くん!」 次の瞬間、私の目の前に冬馬くんが両手を広げて現れた。 「どうして…」 「雪美…」 「どうして、その女を庇うのよ!」 驚いたのは雪女の少女だった。 「私の方が貴方を愛しているのに!」 「俺も雪美の一途な想いが好きだ」 「だったら!」 「でも、神矢は俺の大切な幼馴染なんだ」 「冬馬くん…」 すると雪女の少女の瞳から涙が流れた。 「なんで…なんで…分からないよ」 「雪美…」 「“愛”ってなに?私には分からないよ…私のどこが間違っているの?」 「君は何も間違っちゃいない…けど人を愛する気持ちっていうのは神矢の言うとおり、人に押し付けるものじゃなくて少しずつ育んでいくものなんだ」 「そんなこと言われたって分からないよ…」 「分からなくていいんだ、俺だって偉そうなこと言ってるけど分からない」 「カケル様も?」 「ああ、だから一緒に考えよう」 「一緒に?」 「そうだ、一緒に考えるんだ」 そういうと冬馬くんは私に向き直る。 「ごめん、神矢」 「突然どうしたの?」 「俺は雪美と一緒に行く」 「えっ」 鈍器で頭を殴られた様な感覚がした。 「どこ……へ?」 聞きたくない…でも、聞かずにはいられない。 「雪美の世界だ」 今度は金づちで思いっきり頭を殴られた感覚。 「なん……で……?」 「雪美と一緒に答えを見つける為だ」 すると二人の周囲に不思議な文字が浮かび上がる。 この世のものではない複雑な形式の文字。 私には、それが何か理解できない…。 だけど、これを逃したらきっと私は一生後悔する事になる。 私は無意識に冬馬くんの服を掴んだ。 「神矢?」 「私も行く」 「えっ?」 自然と言葉が出た。 「私にだって分からないもの…」 「神矢…」 私の手は震えている。 けど、その手を掴んだのは冬馬くんではなかった。 「貴女も来る?」 それは今まで敵同士であった雪女の少女。 「(貴女もカケル様が好きなんでしょ?)」 「(……うん)」 雪女の少女は冬馬くんに聞こえないよう小さな声で話す。 その答えを聞いた雪女の少女は笑顔になった。 「(なら私達はこれから同じ人を好きになった親友よ)」 「(親……友?)」 「(そうよ、恋敵とも言うけどね)」 私は、その差し伸ばされた手をしっかりと握った。 「自己紹介がまだだったね、私は雪女の雪美」 「私は神矢春姫」 「ハルヒか…よろしくね?」 「よろしく、ユキミ」 「どうしたんだよ…二人とも」 「何でもないよ」 「ええ、何でもないわ」 私たち三人は光の中に消えた。 |
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少しでも涼しくなるようにと、ゆきおんなをテーマに書きました
以前、似たようなものを書いたのですが色々と問題があってやめました “誤字脱字”“感想”のみ、お待ちしております 14/08/23 18:49 蒼穹の翼 |