読切小説
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初恋
夕暮れ時。
それは突然の質問だった。

「なぁ」
「なに?」

私は“夫”に向き直る。

「飯綱(イヅナ)は初恋をした事がある?」
「突然どうしたの?」
「いや、ちょっと…」

私は夫と一緒に旅をしている。
その道中、小さな村に私達は立ち寄った。
そこは緑の生い茂る思い出深い場所。

「気になる?」
「多少…」
「多少?」

私は夫の瞳をじーっと見つめる。
暫らくして夫は本音を漏らした。

「ごめん…本当は非常に気になっている」

私はくすりっと笑う。
宿屋を訪れる前、私は、ある夫婦の所へ行った。

「可愛い!」
「え?うわっ!?」

私は夫に抱き付き、嬉しさのあまり耳と尻尾を出す。
そして、四本の尻尾を、ぱたぱたと揺らす。

「いいよ、素直なキミに私の初恋を教えてあげる」










それは私が五歳の頃。
私は、お父さんとお母さん一緒に小さな村へ家族旅行に来た。
その村はとても緑が生い茂った自然豊かな心安らぐ場所。
だけど私は、その村で両親とはぐれてしまった。
外界を知らない私は小さな村で急に心細くなって泣いてしまった。
そんな時、一人の青年が声をかけてくれた。

「どうしたんだい?」

青年は私の頭に手を添えると、しゃがみこんできた。
茶色の髪、灰色の瞳をして眼鏡をかけている。

「お母さんとお父さん居ないの…」
「はぐれちゃったのかな?」
「うん……」
「じゃあ、一緒に捜そう…ほら泣かないで」

青年は私の涙を拭う。

「ありがとう…」
「どういたしまして」

その青年の顔を見て私は初めて恋をした。
お父さんとは、また違った優しい笑顔。
青年は私の手を取ると歩き出した。

「すいません」
「どうしたのぉ〜?オウガちゃん」
「オウガちゃんは止めてくださいよ、ベルナさん」
「えぇ〜オウガちゃんはオウガちゃんよぉ〜」

甘ったるい声と当時に顔を出したのはホルスタウロスのお姉さん。
白と灰色を混ぜ合わせた様なショートより少し長い髪色をしている。
見れば首には黄金色のベルがアクセサリーとなっている。
しかし、もっとも驚く所は、そこじゃなかった。

「この子の親を捜しているのですが…」
「ん〜見てないわねぇ〜」

人差し指を顎に当て、考えるベルナさんと呼ばれたホルスタウロスのお姉さんの胸を見れば、はちきれんばかりの巨大な双丘がカウンターの上に乗せられ、重力に押しつぶされながらも、その原形を留めている。そんなベルナさんの胸を見て自分の胸を見る…見事なまでに平坦胸。別の意味で泣けてくる。

「(うぅ…でも、これからよ…お母さんだって、あの姿になってから胸が成長してきたって言ってた)」

私は、お父さんとお母さんの馴れ初めを知ってる。

「そうですか…」
「ごめんねぇ〜」
「いえいえ、他をあたってみます」

再び歩き出した。

「あの人のミルクは味・栄養とともに一級品でね…かなり需要が高くて活発的に取引が行なわれているんだよ…まぁ、“彼女達限定”だけどね…私達も飲めない事はないけど」

次にパン屋さんを訪れると芳ばしいパンの香りがした。
そこではエプロン姿の若いお兄さんが忙しなく動いている。
その傍らでは同じくエプロン姿の女性が働いている。
しかし、よく見れば、その女性の頭には捻じれた二本の角、腰から二枚の羽、尾てい骨辺りからは長い尻尾が生えていた。

「今日も忙しいですね」
「おぉ!オウガ!」
「どうも」

一旦手を止めたが若いお兄さんは再び仕事に移る。

「もうちょっと待っててくれ、これが終わったら休憩なんだ」
「いえ、ちょっと聞きたい事があって」
「ん〜なら俺の奥さんでもいいか?」
「構いませんよ」
「そうか、おーい…レナ」
「な〜に?エルド」

エプロン姿の女性…しかし、人間の女性じゃない。
それもそのはず、彼女はサキュバス。

「あら、オウガさん」
「御無沙汰してます」
「どうかしたの?」
「この子の親を見ませんでしたか?」

レナさんと呼ばれるサキュバスのお姉さんは私に視線を移す。
私から見てもサキュバスの魔性の色香は強力である。
今の魔王様の影響なんだろうな…あまり興味ないけど。

「見てないわね」
「そうですか…」
「ごめんね」
「いいえ、気にしないでください」

オウガさんは丁寧にお辞儀をする。
私もそれに習ってぺこりっ、と挨拶をした。

「子供って可愛いな」

休憩に入ったエルドと呼ばれた若いお兄さん。
彼は顎に手を添えて、ぽつりと言った。

「エルド…それって私を誘ってる?」
「え?」
「子作りしたい?」
「い、いや…別にそう言う意味で言ったわけでは…」
「もう…そう言う事なら早く言ってくれればよかったのに!」

先程の何と無く言った言葉がサキュバスさんの本能を刺激したようだ。

「こ、こら!ふむぅ!!」
「んっ、んんっ……んっ」
「ま、まだ…仕事が…こ、こらぁ…」

私は其のさまがはっきりと目に焼き付いた。
濃厚な大人のキス…私の顔は真っ赤になった。

「ちょ、ちょっと!お二人とも!真昼間から…しかも子供の目の前で!」

完全にスイッチが入ったサキュバスのお姉さんに声は届いてない。
若いお兄さんは持てる力を振り絞り、羊皮紙に文字を書く。

≪突然ですが今日は閉めます、皆さん、申し訳ございません≫

そのまま力尽き、若いお兄さんはサキュバスのお姉さんに連れて行かれた。

「…」
「…」
「…」

私とオウガさん、そしてドラゴンのお姉さんは呆然とする。
しかし、その沈黙を破ったのは他ならぬオウガさんだった。

「まぁ、いつもの事なんだ…この村の住人の皆が知っている、彼のパンはこの村で非常においしいって評判だけど如何せん、彼の奥さんがサキュバスだからね…こう言った事は日常茶飯事だよ…ははっ」

私達はパン屋を後にした。
その途中、背後から聞こえてくる艶めかしい喘ぎ声。
すぐにわかる…これはサキュバスのお姉さんの声。

「今日はもう無理か…予約してたんだけどな…はぁ」

オウガさんは肩を落とした。

次に訪れたのは服屋。
ここには生活に必要な衣類等を販売してる。

「こんにちは」
「は〜い」

店から現れたのは薄紫色の長い髪を後ろで束ねた容姿の美しい女性。
しかし、普通の女性では無い。
見れば上半身は人間の女性だが下半身は蜘蛛の姿をしている。
彼女は胸部と腹部を大胆に露出させたタンクトップの様な衣服を着てる。

「オウガさん」
「どうも、サラエさん」
「衣服の注文ですか?それなら主人を呼びますけど?」
「今日は違うんです」
「では如何なされましたか?」

サラエと呼ばれたアラクネの女性は右手の甲に左手を添えている。
オウガさんは私をサラエさんの前に連れてきた。

「この子の両親を捜しているのですけど」
「あら、稲荷の娘さんね」
「はい、心当たりはありませんか?」

サラエさんは暫らく考えた後。

「ごめんなさい…ちょっと分からない」
「そうですか」
「この村で稲荷の子供は珍しいわね…」
「はい」
「この地方でジパングの子は珍しいから…お役に立てなくてごめんなさい」
「いいえ、他を当たってみます」
「はい、どうぞ、今後ともごひいきにお願いします」

オウガさんに手を引かれながら私は服屋から離れた。

「あの服屋では“彼女達”の衣服はサラエさんが担当して“私達”の衣服は彼女の旦那さんが担当しているんだよ」

次に訪れたのは雑貨屋。
ここでは生活に必要な必需品等を取り扱っているとオウガさんから聞いた。

「すみません」
「はい、少々お待ちを」

店の奥から現れたのは落ち着いた声の女性。
整った容姿、しかし、ただの女性では無い。
上半身は人間の女性、下半身から下は馬の姿をしている。

「オウガくんか」
「お世話になっています」

雑貨屋の店主それはケンタウロスのお姉さんだった。
上半身は長い一枚の布で覆われ、頭と顔が出せれるよう工夫されている。
またこの長い衣服を止めるのは腰に巻かれた皮製の腰巻のみである。
真正面から見れば、さほど問題はない…だけど視線を横に移せば見事に脇腹や乳房の横顔が顔を覗かせている。勿論、胸を隠す下着は付けていない。

「今日はどうした?」
「この子の親を捜しているんです」
「ふむ…」

ケンタウロスのお姉さんは私に視線を移す。
その眼差しは、とても優しい。

「稲荷の子供か…」
「はい…心当たりありませんか?スメラギさん」
「うーん…」

スメラギさんと呼ばれたケンタウロスのお姉さんは腕を胸の前で組む。

「そう言えば…」
「何か手掛かりが?」
「その娘の両親らしき夫婦をさきほど見たぞ」
「どこでですか?」
「確かアマゾネス夫妻が経営する宿屋だったな」
「本当ですか?」
「うむ…その娘と似た服装だから恐らく両親だろう」

オウガさんは私に向き直る。

「君のお父さんとお母さん、この村の宿屋に居るってさ」
「ほんとう?」
「本当さ、よかったね」
「うん」
「スメラギさん、ありがとうございます」
「気にするな、皆が皆、助けあっていくのだからな」

オウガさんはお礼を言うと、その場を後にした。
暫らくして私はオウガさんとドラゴンのお姉さんと一緒にスメラギさんが教えてくれたアマゾネス夫妻の経営する小さな宿屋に到着した。
そこで私は一番逢いたかった人物と再会を果たした。

「おかあさん!おとうさん!」

私は一目散に両親の許へ駆けた。
お母さんは瞳に涙を浮かべ、私を抱き締める。
私も同じく瞳に涙をためて抱きあう。
お父さんは、その傍で私の頭を撫でてくれた。

「娘を見つけていただきまして、ありがとうございます」
「気にしないでください」

私は再会を喜び合いながら抱きあっている。
その為、お父さんが代わってオウガさんと話す。

「そちらの女性は貴方の奥さんですか?」

私は、その言葉に、どきりっとした。
まるで心臓をわしづかみにされた様な感じ。

「違いますよ、以前、倒れていた所を私が保護したのです」

私は、その言葉に、ほっと安心した。

「そうでしたか」

落ち着きを取り戻したお母さんは、お父さんに私を預ける。
私は、両脇の下から抱き上げられ、抱き抱えられる。

「(はずかしい…)」

でも嫌じゃない…私はお父さん抱っこされるのが好きだから。
だけど恋をした人の前で抱っこされるのは、ちょっと複雑。

「ありがとうございます、何とお礼を言っていいのか…」
「そんな感謝される様な事はしてませんよ、困っていたから助けたのです」
「いいえ、それでは私と夫の気が済みません」

お母さんは何か考えた後、一枚の地図をオウガさんに渡した。

「ここに私と夫と娘が居ますので是非、訪れてください」

それは私たち家族が暮らす大国。

「その時、夫と一緒におもてなし致します…ね?あなた」
「そうだな…何なら娘をもらってくれないか?そちらの女性は奥さんではないようだし」
「い、いえ!そんな!?」

私はお父さんの言葉に頬を赤くする。
それに釣られる様にオウガさんは慌てふためいている。

「あ!仕事が残っているので、これで失礼します!さようなら!」

オウガさんは脱兎の如く駆けた。
その後ろからドラゴンのお姉さんも後に続く。

「面白い青年だったな」
「名前を聞くのを忘れたわね」
「縁があれば、また逢えるさ」
「そうね」










夕暮れの空は夜の色に変わった。

「だけど私の初恋は唐突に終わりを告げた」
「どうして?」
「ある時、オウガさんが“奥さん”を連れてやってきたから」
「え?」
「私は金槌で頭を殴られたような衝撃を受けた…しかも、その奥さんがドラゴンのお姉さんだった」
「そんな…」
「私は目の前が真っ暗になった」
「…」
「でも、後悔はしてないよ」

飯綱(イヅナ)は再び俺に向き直る。

「その御蔭で人を好きになる気持ちを知ってキミと出会えた」

その顔は過去を振り返らない未来を生きる者の姿。

「イヅナ」
「きゃっ」

俺はイヅナを思いっきり抱きしめた。

「いきなり、どうしたの?」
「俺じゃ頼りないけど必ず幸せにするから!」

俺は力一杯、イヅナの華奢な身体を抱きしめる。
最初、イヅナも驚いていたが、すぐに抱きしめ返してくれた。

「私は充分、幸せだよ」
「愛してる…イヅナ」
「私も愛してるわ」

俺とイヅナは、そのまま長い夜を迎えた。
12/09/27 23:00更新 / 蒼穹の翼

■作者メッセージ
今回は「ドラゴン・ティアーズ」のサイドストーリーです

人を好きになる気持ちはどう言うものかを書いてみました
こう言った内容の本とか、あまり見ないので上手く書けたか分かりません

イヅナと夫の正体は今後の物語で執筆します

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