死闘
私がこの力を手に入れたのは数年前。
それはいつもの様に国の政務を終わらせた時の事。
私は不思議な力に引き寄せられる様に地下施設でこの力を発見した。
「これは…!?」
私は台座の上にある巻物を手に取ると地下施設から自分の部屋に戻った。
古い文献を調べると、この力は『闇の技法』と呼ばれる代物だった。
元々古代魔法に興味がある私は其れなりの知識を持っている。
その為、私の部屋の本棚には多くの古代魔法に関する文献が存在する。
文献によると『闇の技法』は暗黒時代の魔王固有の戦闘技法であり、言わば上位古代魔法と言っても過言ではない。
「この力を制御できれば…」
私は多くの文献を読み漁り、長年の知識と勘を使ってついに封印解除の術式を見つけた。非常に複雑な封印術式が巻物に施されていたが黒の派閥に在籍する考古学に精通した人材何人かと解除式を見つけた為、半年近くで見つける事が出来た。
元々私は此の国を掌握する為、数年前に派遣された考古学に精通した『光の教団』のメンバーである。ある日、国の国王が病の床に伏せていると言う情報を教団は入手した。そして私は教団の中でも最も位の高い聖職者…ユリウス・フォン・セラフィス教皇から二つの勅命を受けた。一つは親魔物派の国王に取り入り、偽りの大臣となってライブラの中枢を掌握する事。もう一つは同じく偽りの大臣となり信頼を得た後、病を装って国王を暗殺する事。後者は暗殺を専門とした者に任せる為、私の仕事は取り入る事である。
しかし、この力を手に入れた事で暗殺を専門とする者達には別の任務を言い渡した。
その為、私自ら国王を"救済"する事を決意した。
「大臣、これは一体どういう事ですか?なぜ側近である貴方が謀反を…」
「元々私の目的は親魔物派のライブラを掌握、或いは王を病と装って亡き者にする為に『光の教団』から派遣された人間だからです」
「どうしてライブラを?」
「此の国が我等が教団…反魔物派の敵、親魔物派の国だからです」
「しかし、貴方は数年間、王宮に在籍したではありませんか」
「私だって好き好んで魔物が在籍する王宮に居たわけではありません、魔物は人間の天敵…」
「それは昔の事です…今の"彼女達"は昔の"彼等"とは全く違う別の存在です」
「王妃様…貴女は人間でしょう?何故あんな魔物達の肩を持つのですか?」
「彼女達が無害な存在だからです」
「王妃様も魔物に感化されましたか?」
私は闇の術式を王妃の周りに展開させ、簡単な索敵を行なう。
すると驚きの事実が判明した。
「これはこれは…王妃様、貴女も魔物だったのですね?」
「っ!?」
「失態です…こんな近くに魔物が潜伏してたとは…」
これ以上の会話を無理と判断した私は国王と付き添いの“魔物”もろとも我等が崇拝する神の代理人の名の下、憐れな国王の魂を天へ“魔物”は討滅する。
私は此処へ赴く前に二人の守護騎士の足止めを暗殺者たちに任せた。
彼等には独自の判断で戦闘を行なって貰い必要があれば葬っても構わないと事前に伝えておいた。しかし、そんな事を伝えなくても彼等は暗殺を専門とする為、己の任務を全うするだろう。
今此処には私を含み、国王と“魔物”の三人…救済する事は容易い。
私は胸の前で十字架の印を切ると右手を天に掲げ、救済の槍『ロンギヌス』を顕現する。
原物の『ロンギヌス』は教皇様が所持している為、これは複製である。
そして、この『ロンギヌス』は我ら光の教団が必ず最初に取得する戦闘技能の一つであり、この槍に貫かれた人間は魂が浄化され、過去の記憶や思い出等その全てが白紙に戻され、新しく生まれ変わる。反対に魔物達が此の槍に貫かれると転生も出来ず、この世から抹消される。しかし、その能力は原物の『ロンギヌス』に限られている為、複製の場合、人の魂は浄化されるが過去の記憶や思い出等は後に残る。また魔物も同じで複製の場合、抹消する事は出来ないが深手を負わせる事は出来る。しかし、本当に力の強い(魔力や魔法等に長けた)者が此の槍を扱うと複製でも原物と同じ能力を発動する事が出来る。だが其れは完全ではなく不完全な能力となっている為、あまり意味は無い。
しかし、私には闇の技法がある為、教皇様と同じく“魔物”を抹消できる。
「神に祈る時間を与えます」
「必要ありません」
「そうですか…しかし、ご安心ください」
私は周囲の魔素を集めて作った『ロンギヌス』を構えると一言だけ呟く。
「貴女が祈りを奉げなくとも王は光の神に祝福され、この世から貴女は抹消されます」
私は逆手に持った『ロンギヌス』を国王と“魔物”に躊躇なく投擲した。
しかし、槍の矛先は先程まで居なかった筈の気配に叩き落とされた。
「間一髪…」
「もう少し到着するのが遅れてたら二人とも危なかったね」
其処には東国の島国に古くから伝わるカタナを所持した人物…茶髪に紫水晶の瞳を宿らせたジパングからやって来た青年、ソウキだった。彼の隣には私の知らない若い娘が浮遊してる…恐らく非常に高度な知識を持った魔法使いの類か或いは…。いずれにしても彼等は国王を暗殺する妨げとなる。
「邪魔しないで頂きたい、ソウキ殿」
「悪いがそういうわけにはいかない」
「では其処に居る憐れな二人の救済に手を出すつもりですか?」
「何が救済だ!一方的に攻撃を仕掛けてるだけだろうが」
「やれやれ…私の何処が一方的だと言うのですか?」
「無抵抗な相手に攻撃を仕掛ける…これの何処が一方的じゃないんだ?」
「これは儀式です…彼等の魂を我等の崇拝する主神に還す為の儀式です」
私は再び『ロンギヌス』を魔素で編み込むと今度は槍を構える。
『光の教団』は主に聖騎士や聖戦士に前衛を任せ、魔法使いは後衛で強力な中距離・遠距離型の放出系魔法(火炎や冷気等)を得意とする安定したスタイルが非常に多い組織である。しかし、近年、武器を扱って戦闘を行なう前衛型の魔法使いも増え始めた。この前衛型の魔法使いと言うのは魔力を付加した武器で術者も自ら前線に出て戦う変幻自在のスタイルである。私達は俗に魔法戦士・魔法騎士と、そう呼び表してる。
「どうしても邪魔をするというのなら…」
私は戦闘態勢を取る。
「貴方も例外では無い!」
一閃、煌めく銀色の矛先がソウキを捉える。
…がソウキは其れを少ない動作で回避する。
まるで私が突撃して来るのを先読みしたように。
「最近の教団は武器も扱うのか…」
「このスタイルは近年、増え始めました…未だ需要は少ないですがね」
私はソウキのカタナの間合いから素早く距離を置く。
彼の戦い方は、この半年間で研究させてもらった。
彼はジパングに古くから伝わる伝統武芸『イアイ』と言うもの。
其の間合いは限られても非常に強力な一撃を持つ。
そして私は其の間合いの長さが重要であり、不用意な接近は許さない。
しかし、彼も強者である以上、油断は出来ない。
「美代」
「なに?」
「国王様と王妃様、王宮の人達、それとライブラの民を避難させてくれ」
「蒼輝は?」
「俺は大臣の相手をする」
「一人で大丈夫?」
「心配するな」
「分かったわ、でも気を付けて…大臣、まだ何かを隠し持ってると思うわ」
「肝に銘じておく…早く行け!」
「うん」
ソウキの傍を浮遊してた若い娘は私の暗殺対象を華奢な身体で支える。
普通の若い娘なら大人二人を軽々と持ち上げる事は出来ない。
「娘…まさか魔物か!」
「『風龍・虚空閃-弐式』」
ソウキは素早く鞘から抜いた刀身から風の刃を出す。
風の刃は密度の高い衝撃波となり、私を捉える。
すぐさま私は魔法障壁を展開して風の衝撃波を緩和する。
「くっ、邪魔しないで頂きたい」
「そうはいかない」
ソウキは背後の扉を守護する様に立ち塞がる。
「此処から先は絶対に通さない」
「いいでしょう…では手始めに貴方の魂を神へ献上します」
私は再び槍を構えて扉を守護するソウキに槍を振るった。
はっきり言って前衛型の魔法使いの武器を扱う実力は俺より低い。
攻撃も単調だし、足の運びも遅い…何より非常に読みやすい攻撃だ。
其処ら辺にいる山賊や盗賊等の相手に不足無いだろう。
では何故、俺が攻撃に転じる事が出来ないのか…答えは簡単だ。
相手が"魔法使い"であると言う事だ。
「凍てつく氷の弾丸よ…敵を討て!『アイスショット』」
「『風龍・虚空閃-壱式』」
大臣は掌に魔力を収束させ、複数の氷弾を放つ。
俺は刀身を素早く抜き、風の衝撃波を複数放ち、氷の弾丸を撃ち落とす。
「ならこれはどうですか」
次に大臣は槍本体の中心を握ると弓矢を番える構えを取る。
すると槍の矛先と石突きから魔力で編み込まれた弓の弦が引かれる。
そして引かれた弓の弦には炎で作られた矢が赤々と燃えている。
「かの者を焼き尽くせ『フレイムアロー』」
ぎりぎりまで引き絞った炎の矢を大臣は躊躇なく放つ。
放たれた炎の矢は俺を確実に射抜く為、迫り来る。
しかし、一直線に飛ぶ矢など軌道を読む事が容易い。
だが一直線に飛ぶ筈の炎の矢は突然、鏃の先端部分が複数に拡散する。
「!?」
予期せぬ出来事に反応の遅れた俺は分裂した複数の炎の矢の直撃を受けた。
だが普通の矢とは異なり、魔素を編み込んで作った矢の為、致命傷は免れた。
しかし、致命傷は免れても身体に負ったダメージは相当なものだ。
「ぐっ、拡散魔法をこのタイミングで…」
「矢が一直線に飛ぶとは思わない事です、貴方の相手は魔法使いですよ?」
「そうだな…魔法使いは魔力や魔法を操るスペシャリスト、か」
「理解できましたか?では『吹き荒ぶ氷の嵐よ』」
「(詠唱…!?)させるか!」
俺は思いっきり踏み込むと詠唱を行なう魔法戦士の魔法を阻止する為に突貫する。此処へ訪れる前、俺は『悠久の翼』に在籍するエルフのレナス=アイリス参謀から魔法に関する知識を教えてもらった。彼女が説明するに強力な中距離・遠距離型の放出系魔法を得意とする魔法使いは呪文詠唱を二つに使い分ける。中でも呪文詠唱が長いものは、その一撃が非常に強力で威力もある。
「『我が契約に従い、かの者を吹き飛ばせ』」
「『火龍・龍焔撃』」
「『アイステン…』」
蒼い翼を煌めかせ、瞬時に相手の懐に飛び込んだ俺は柄頭で大臣の腹部に烈火の打撃を与える…が刀の柄頭は見えない壁の様なもので防御される。俺は、そのまま大臣の“後ろ肩から伸びたもう片方の黒い腕”に無防備状態の腹部を殴打され、後方に吹き飛ばされた。
「がふっ」
「言い忘れてました、不用意に私に接近すると危険ですよ」
俺は腹部を押さえて立ち上がり、大臣に視線を移す。
彼の後ろ両肩には“普通の人間には絶対にあり得る筈の無い”黒い腕。
その黒い両腕は自由自在に動き、俺を見据える様に戦闘態勢を取る。
「これは『メイフマドウ』と言い、別名『死神の腕』と呼ばれるものです」
「死神の腕?」
「はい、非常に制御が困難な為、私も顕現するのが精一杯です」
「親切にどうも」
「いえいえ、少しくらいハンデがあった方がいいでしょう?」
「俺も随分と嘗められたものだ」
とは強気に言ったものの先程の一撃、もし直撃を受けていたら完全に動けなくなっていたかもしれない。物理的にも精神的にも、あれは危険だと身体が畏怖する所だった。あの『死神の腕』と呼ばれる腕は非常に厄介な代物だな。
「もう一つ、この腕は私の意に反して動くので命の保証は出来ません」
「成程…ならば俺も力を制御する必要がなくなるわけか」
「どう言う意味です?」
「こう言う意味だ!」
再び瞬時に懐へ飛び込んだ俺は大臣の腹部に峯打ちを叩き込む。
勿論、見えない物理魔法障壁が展開されている思うが今度は違う。
「『破魔・龍皇刃』」
刀身に破魔の霊力を纏い、素早く鞘から抜いた白銀の刃の峯を横薙ぎに振る。
すると先程、刀の柄頭を止めた障壁は敢え無く砕け、その勢いは衰える事無く大臣の腹部を捉える。
「くっ…!?」
まさか物理魔法障壁が破られるとは思わなかったらしく峯の直撃を受けた大臣は其の場に膝を突く。俺は刀を素早く鞘に収めると黒い腕が振られる前に距離を置く。間一髪の所で黒い腕は空を切り、俺は黒い腕の間合いから外れた。
「やはり魔法戦士は耐久力がある…今の一撃は中距離・遠距離型の放出系魔法を得意とする魔法使いには結構な痛手の筈なんだが…」
「当たり前です、体力や筋力等が無ければ武器は扱えません」
「まぁ、そうだな…だが形勢逆転だ、どうする?」
其の時、私の頭の中に声が響く。
―力が欲しい?―
其れはまるで地の底から湧き上がる様な戦慄を覚える女の声。
「何者!?」
―答えなさい…絶対的な力が欲しい?―
「勝つ為なら絶対な力が欲しい」
―ならば私を解放しなさい―
「何!?」
―この戒めを解き放てば大いなる力がお前の身に宿る…けど心得なさい―
―この力は徐々にお前の精神と肉体を蝕んでいきます―
―其の間に、この力を飼い馴らす事が出来なければ破壊と殺戮の衝動に駆られた異形の化け物となる―
「成程…リスクの方が圧倒的に優位の立場にあるわけですか」
―当然でしょう?“ただの人間”がこの力を手に入れれば大きな代償を支払う必要があるわ…この力は禁じられた『闇の技法』よ?」―
「いいでしょう…この力を手に入れた時点でリスクは覚悟の上です」
微動だにしない大臣を見据えたまま俺は戦闘態勢を継続する。
さすがの俺も無防備な相手に無闇矢鱈と攻撃を仕掛けない。
しかし、いつ動き出しても良い様に相手の動きは良く観察する。
ものの数十分くらいだろうか?急に大臣が地面にうずくまる。
「くっ…うぁあああああああああっ!?」
「な、なんだ!?」
その場にうずくまったと思ったら今度は苦悩の声を上げた大臣に俺が驚く。
「(か、身体が…あ、熱い…骨が…内側…から…溶かされてる…こ、これが…完全に…力を解放した…『闇の技法』…禁断の技法に…手を出した…人間の末路…と言う事ですか…制御が…利か…な…い…取り…込ま…れ…)」
地面に膝を突き、肘を突く大臣の身体が徐々に黒い霧に覆われる。
完全に黒い霧に覆われた大臣の姿に俺は唖然とする。
だってそうだろ?先程まで戦っていた相手が急に動かなくなって次に動き出したと思ったら今度は黒い霧が文字通り大臣を“取り込んだ”。驚かない方がどうかしてる。
「大丈夫か?」
横たわる大臣に声をかけてみるが黒い霧に覆われた大臣からの返答は無い。
「まさか…死んだのか?」
しかし、正体も分からない黒い霧に覆われただけで人は息絶えるものか?
これが毒など人害に悪影響を及ぼす霧なら分からないでもない。
だが本当に毒の霧であれば俺も被害を受けてる筈…けど何の影響も無い。
ならば一体なぜ大臣は黒い霧に覆われただけで動かなくなったのか…。
暫らく様子を見ていると黒い霧の中から突然、先の戦いで見た黒い腕が伸びてきた。
「!?」
俺は反射的に神霊刀『神威』を使って防御体勢に入る。
思った通り、黒い霧の中から姿を現した黒い腕は俺を容赦なく殴り飛ばす。
「くっ」
防御体勢に入っていた為、被害は最小限に抑えられた。
しかし、霧の中から伸びた黒い腕の攻撃は最初の一撃で終わらなかった。
続いてもう片方の黒い腕も姿を現し、合計二本の腕が猛攻を仕掛けてくる。
「(なんて猛攻だ、たった二本の腕だけなのに…)」
完全に受け身の態勢になった俺は護りを固め、迫り来る二本の黒い腕の猛攻に耐え忍び、反撃の機会を窺う。だが至近距離から断続的に繰り出される黒い腕の猛攻が予想以上に凄まじく動きを読むのに精一杯でなかなか反撃に転じる事が出来ない。俺は護りを固めながら如何にして相手を刀の間合いに入れるかを最も重要視する。其れなりに体術の心得はあるが俺の戦闘スタイルはあくまで剣術…その為、非常に相手との距離や間合いが重要になる。
「(だが少し変だ、これだけ猛攻を仕掛けているにも拘らず"重く"ない)」
本来、徒手空拳は自分の体重を付加させるもの。
これが武器を扱うとなれば武器の重量を付加させて仕掛けてくる。
しかし、この腕の場合、拳には何の重みもなく護りを固めてれば安心だ。
だが速度だけを考えると常人の目でこの腕を捉える事は到底不可能だろう。
実際、魔力と霊力を身の内に宿す俺でも速度を捕捉するのが大変だ。
そう言う見解なら体重を付加してない腕の猛攻は厄介と言えば厄介だ。
「(まるで後方で横たわる大臣を護っているようだ)」
すると黒い腕の後方で横たわる黒い霧に覆われた大臣が静かに起き上ろうと身を起こし始める。相変わらず霧は大臣を覆ったままだが其れをものともせず、大臣は何か戒めの様なものを徐々に解き放とうとしている。其の際、色々と面倒な為、二本の腕が自分の意思で動き、ガーディアンの役割をしている様にも感じられる。
「一体なにが…」
完全に身を起こした大臣の身に突如異変が起こる。
先程の黒い霧が更に大臣の身体全体に広がり、異形の姿に変化し始めた。
肌は漆黒の闇の色に変色し、両手両足には鋭い爪、頭には二本の角、尾てい骨辺りから太く長い尻尾の様なものが伸び、背中には六枚の漆黒の翼。
「(大臣…だよな?だが先程の気配と全く違う…恐ろしいほどの殺気だ)」
既に二本の黒い腕は大臣の許に戻り、身体の一部として機能している。
俺はいつでも対抗できるように全神経を集中させ、迎撃態勢に入る。
―倒せ、目の前の敵を…薙ぎ払え!!―
次の瞬間、異形の姿になった大臣の姿が忽然と視界から消える。
気付いた頃には腹部に重く鈍い痛みが走っていた。
「ぐっ」
俺は変わり果てた大臣の放った渾身の一撃の直撃を受け、そのまま後方に吹き飛ばされる。俺は満足な受け身も取れず壁に激突して背中を強く殴打した。予想を遥かに上回る大臣の速度に俺の反応速度が対応しきれなかったのだ。
「(完全に…不意を突かれた)」
「ガァアアアアアッ!!」
大臣は雄叫びを上げると再び瞬時に距離を詰め、刀の間合いから外れる。
其のまま黒い腕二本と元の腕二本…合計四本の腕が猛攻を仕掛けてくる。
最初の一撃を受けていた御蔭で腕の軌道は僅かだが捕捉できる。
しかし、腕の軌道を読むのに精一杯で反撃態勢を取る事が全く出来ない。
「(先程と全く動きが違う…なんだ、こいつは)」
「ガァアアアアアアアアアアッ!」
異形の化け物はスピードだけでなくパワーも桁違いだ。
少しでも気を抜けば、すぐ戦闘不能に陥る。
俺は全神経を集中させて護りを固め、尚且つ反撃の隙を窺う。
だが嵐のような化け物の攻勢は全く止む気配が無い。
「(なんて重い一撃だ…まるで重力を相手にしているようだ)」
しかし、其の時の事。
「蒼輝!国王様も王妃様も国民も皆、避難したわ。今はライブラの町はずれに悠久の翼が陣を構えて布陣してるから其処で保護されてる」
「そうか…よかった」
ライブラの国民達が避難して安堵感も束の間の出来事だ。
異形の化け物は美代に攻撃目標を変更した。
「いい度胸ね…私を九尾の稲荷と知っての攻撃かしら?」
美代は相手を見据えると臆する事無く敵を迎え撃つ。
「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
化け物となった大臣は四つの拳に闇の魔力を集中させて打ち下ろした。
だが美代は其の攻撃を、ひらりと舞を踊る様に回避する。
美代には相手の動きが完全に見えてるのだろう。
俺は体勢を立て直し、この機を逃さない様にした。
「『水龍・氷裂斬』」
俺は刀身に冷気を纏い、抜刀術の要領で敵を一閃。
不意を突かれ、隙だらけの大臣の背中を斬り裂く。
「ガァアアッ!」
背中を斬られた大臣は俺に目標を変更し、闇の力を収束した腕を振る。
しかし、今度は美代が隙だらけになった背中に密度の高い狐火を放つ。
「狐火・焔熱招来『業火』」
まるで隕石の様な巨大な焔の熱塊が大臣の背中に直撃する。
大臣は巨大な焔の熱塊に押しつぶされ、地に伏せる。
「大丈夫?」
虚空術(空中を滞空)の発動を解いた美代が俺の許に駆け寄って来る。
勿論、熱塊の下敷きになってる大臣を正面にして。
万が一、大臣が動き出してきても素早く対応する為だ。
「大した怪我は無いから安心してくれ」
「うん…読みが的中したね」
「ああ…まさか大臣が“あんな姿”になるなんてな」
「あの力は恐らく『闇の技法』だと思う」
「『闇の技法』?」
「うん」
美代は『闇の技法』がどういった代物なのかを千代姫さんから聞いた話をそのまま俺に教えてくれた。『闇の技法』とは世代交代する前の魔王が勇者に対抗する為、自ら編み出した魔王固有の戦闘技法であった。しかし、丁度その頃になって魔王が世代交代をした為『闇の技法』は負の遺産として、この世界に残り、長きに渡って封印されていた。
「だが、この国の地下で『闇の技法』を見つけた大臣が」
「封印解除式を発見して自分に取り込んだけど」
「逆に取り込まれてしまって今の姿になった…と言う事か」
「うん」
「皮肉だな」
その時、先程、巨大な熱塊に押しつぶされた大臣が動き出す。
俺と美代は素早く背中合わせになり、敵の襲撃に備えた。
大臣は燃え盛る焔を物ともせず立ち上がり、闇の力で熱塊を消滅させる。
「何て奴だ…」
「闇の炎で私の焔を相殺したのね」
「どうする?」
「このまま消耗戦を続けても私達に勝機はないわ…」
「だな…いずれ俺達が危険になる」
「うん…でも一つだけ、あの闇の魔物に対抗できる方法があるわ」
「方法があるのか?」
「うん、私と蒼輝が『誓約』するの」
俺は美代の意図する言葉を理解した。誓約…それは互いに信じ合う者同士が『誓約(エンゲージ)』する事で人知を超えた能力を発揮する事だ。発動条件として非常に高い霊力を持つ『男性』と非常に高い魔力を持つ『女性』が条件であり、片方一つでも欠ければ不可能である。他にも男性は『霊力』女性は『魔力』を一定値以上保持する必要があるなど条件や制限は厳しいものがそろっている。
また『誓約』は戦闘を行なう術者に多大な負担を掛ける為、長時間継続する事が出来ない。もし長時間継続すれば、その者は必ずどこかに弊害が残り、運悪ければ廃人となって二度と社会に復帰する事が出来ない。しかし、その恩恵は凄まじいもので使い方を間違わなければ非常に高度な術なのは間違いない。
それはいつもの様に国の政務を終わらせた時の事。
私は不思議な力に引き寄せられる様に地下施設でこの力を発見した。
「これは…!?」
私は台座の上にある巻物を手に取ると地下施設から自分の部屋に戻った。
古い文献を調べると、この力は『闇の技法』と呼ばれる代物だった。
元々古代魔法に興味がある私は其れなりの知識を持っている。
その為、私の部屋の本棚には多くの古代魔法に関する文献が存在する。
文献によると『闇の技法』は暗黒時代の魔王固有の戦闘技法であり、言わば上位古代魔法と言っても過言ではない。
「この力を制御できれば…」
私は多くの文献を読み漁り、長年の知識と勘を使ってついに封印解除の術式を見つけた。非常に複雑な封印術式が巻物に施されていたが黒の派閥に在籍する考古学に精通した人材何人かと解除式を見つけた為、半年近くで見つける事が出来た。
元々私は此の国を掌握する為、数年前に派遣された考古学に精通した『光の教団』のメンバーである。ある日、国の国王が病の床に伏せていると言う情報を教団は入手した。そして私は教団の中でも最も位の高い聖職者…ユリウス・フォン・セラフィス教皇から二つの勅命を受けた。一つは親魔物派の国王に取り入り、偽りの大臣となってライブラの中枢を掌握する事。もう一つは同じく偽りの大臣となり信頼を得た後、病を装って国王を暗殺する事。後者は暗殺を専門とした者に任せる為、私の仕事は取り入る事である。
しかし、この力を手に入れた事で暗殺を専門とする者達には別の任務を言い渡した。
その為、私自ら国王を"救済"する事を決意した。
「大臣、これは一体どういう事ですか?なぜ側近である貴方が謀反を…」
「元々私の目的は親魔物派のライブラを掌握、或いは王を病と装って亡き者にする為に『光の教団』から派遣された人間だからです」
「どうしてライブラを?」
「此の国が我等が教団…反魔物派の敵、親魔物派の国だからです」
「しかし、貴方は数年間、王宮に在籍したではありませんか」
「私だって好き好んで魔物が在籍する王宮に居たわけではありません、魔物は人間の天敵…」
「それは昔の事です…今の"彼女達"は昔の"彼等"とは全く違う別の存在です」
「王妃様…貴女は人間でしょう?何故あんな魔物達の肩を持つのですか?」
「彼女達が無害な存在だからです」
「王妃様も魔物に感化されましたか?」
私は闇の術式を王妃の周りに展開させ、簡単な索敵を行なう。
すると驚きの事実が判明した。
「これはこれは…王妃様、貴女も魔物だったのですね?」
「っ!?」
「失態です…こんな近くに魔物が潜伏してたとは…」
これ以上の会話を無理と判断した私は国王と付き添いの“魔物”もろとも我等が崇拝する神の代理人の名の下、憐れな国王の魂を天へ“魔物”は討滅する。
私は此処へ赴く前に二人の守護騎士の足止めを暗殺者たちに任せた。
彼等には独自の判断で戦闘を行なって貰い必要があれば葬っても構わないと事前に伝えておいた。しかし、そんな事を伝えなくても彼等は暗殺を専門とする為、己の任務を全うするだろう。
今此処には私を含み、国王と“魔物”の三人…救済する事は容易い。
私は胸の前で十字架の印を切ると右手を天に掲げ、救済の槍『ロンギヌス』を顕現する。
原物の『ロンギヌス』は教皇様が所持している為、これは複製である。
そして、この『ロンギヌス』は我ら光の教団が必ず最初に取得する戦闘技能の一つであり、この槍に貫かれた人間は魂が浄化され、過去の記憶や思い出等その全てが白紙に戻され、新しく生まれ変わる。反対に魔物達が此の槍に貫かれると転生も出来ず、この世から抹消される。しかし、その能力は原物の『ロンギヌス』に限られている為、複製の場合、人の魂は浄化されるが過去の記憶や思い出等は後に残る。また魔物も同じで複製の場合、抹消する事は出来ないが深手を負わせる事は出来る。しかし、本当に力の強い(魔力や魔法等に長けた)者が此の槍を扱うと複製でも原物と同じ能力を発動する事が出来る。だが其れは完全ではなく不完全な能力となっている為、あまり意味は無い。
しかし、私には闇の技法がある為、教皇様と同じく“魔物”を抹消できる。
「神に祈る時間を与えます」
「必要ありません」
「そうですか…しかし、ご安心ください」
私は周囲の魔素を集めて作った『ロンギヌス』を構えると一言だけ呟く。
「貴女が祈りを奉げなくとも王は光の神に祝福され、この世から貴女は抹消されます」
私は逆手に持った『ロンギヌス』を国王と“魔物”に躊躇なく投擲した。
しかし、槍の矛先は先程まで居なかった筈の気配に叩き落とされた。
「間一髪…」
「もう少し到着するのが遅れてたら二人とも危なかったね」
其処には東国の島国に古くから伝わるカタナを所持した人物…茶髪に紫水晶の瞳を宿らせたジパングからやって来た青年、ソウキだった。彼の隣には私の知らない若い娘が浮遊してる…恐らく非常に高度な知識を持った魔法使いの類か或いは…。いずれにしても彼等は国王を暗殺する妨げとなる。
「邪魔しないで頂きたい、ソウキ殿」
「悪いがそういうわけにはいかない」
「では其処に居る憐れな二人の救済に手を出すつもりですか?」
「何が救済だ!一方的に攻撃を仕掛けてるだけだろうが」
「やれやれ…私の何処が一方的だと言うのですか?」
「無抵抗な相手に攻撃を仕掛ける…これの何処が一方的じゃないんだ?」
「これは儀式です…彼等の魂を我等の崇拝する主神に還す為の儀式です」
私は再び『ロンギヌス』を魔素で編み込むと今度は槍を構える。
『光の教団』は主に聖騎士や聖戦士に前衛を任せ、魔法使いは後衛で強力な中距離・遠距離型の放出系魔法(火炎や冷気等)を得意とする安定したスタイルが非常に多い組織である。しかし、近年、武器を扱って戦闘を行なう前衛型の魔法使いも増え始めた。この前衛型の魔法使いと言うのは魔力を付加した武器で術者も自ら前線に出て戦う変幻自在のスタイルである。私達は俗に魔法戦士・魔法騎士と、そう呼び表してる。
「どうしても邪魔をするというのなら…」
私は戦闘態勢を取る。
「貴方も例外では無い!」
一閃、煌めく銀色の矛先がソウキを捉える。
…がソウキは其れを少ない動作で回避する。
まるで私が突撃して来るのを先読みしたように。
「最近の教団は武器も扱うのか…」
「このスタイルは近年、増え始めました…未だ需要は少ないですがね」
私はソウキのカタナの間合いから素早く距離を置く。
彼の戦い方は、この半年間で研究させてもらった。
彼はジパングに古くから伝わる伝統武芸『イアイ』と言うもの。
其の間合いは限られても非常に強力な一撃を持つ。
そして私は其の間合いの長さが重要であり、不用意な接近は許さない。
しかし、彼も強者である以上、油断は出来ない。
「美代」
「なに?」
「国王様と王妃様、王宮の人達、それとライブラの民を避難させてくれ」
「蒼輝は?」
「俺は大臣の相手をする」
「一人で大丈夫?」
「心配するな」
「分かったわ、でも気を付けて…大臣、まだ何かを隠し持ってると思うわ」
「肝に銘じておく…早く行け!」
「うん」
ソウキの傍を浮遊してた若い娘は私の暗殺対象を華奢な身体で支える。
普通の若い娘なら大人二人を軽々と持ち上げる事は出来ない。
「娘…まさか魔物か!」
「『風龍・虚空閃-弐式』」
ソウキは素早く鞘から抜いた刀身から風の刃を出す。
風の刃は密度の高い衝撃波となり、私を捉える。
すぐさま私は魔法障壁を展開して風の衝撃波を緩和する。
「くっ、邪魔しないで頂きたい」
「そうはいかない」
ソウキは背後の扉を守護する様に立ち塞がる。
「此処から先は絶対に通さない」
「いいでしょう…では手始めに貴方の魂を神へ献上します」
私は再び槍を構えて扉を守護するソウキに槍を振るった。
はっきり言って前衛型の魔法使いの武器を扱う実力は俺より低い。
攻撃も単調だし、足の運びも遅い…何より非常に読みやすい攻撃だ。
其処ら辺にいる山賊や盗賊等の相手に不足無いだろう。
では何故、俺が攻撃に転じる事が出来ないのか…答えは簡単だ。
相手が"魔法使い"であると言う事だ。
「凍てつく氷の弾丸よ…敵を討て!『アイスショット』」
「『風龍・虚空閃-壱式』」
大臣は掌に魔力を収束させ、複数の氷弾を放つ。
俺は刀身を素早く抜き、風の衝撃波を複数放ち、氷の弾丸を撃ち落とす。
「ならこれはどうですか」
次に大臣は槍本体の中心を握ると弓矢を番える構えを取る。
すると槍の矛先と石突きから魔力で編み込まれた弓の弦が引かれる。
そして引かれた弓の弦には炎で作られた矢が赤々と燃えている。
「かの者を焼き尽くせ『フレイムアロー』」
ぎりぎりまで引き絞った炎の矢を大臣は躊躇なく放つ。
放たれた炎の矢は俺を確実に射抜く為、迫り来る。
しかし、一直線に飛ぶ矢など軌道を読む事が容易い。
だが一直線に飛ぶ筈の炎の矢は突然、鏃の先端部分が複数に拡散する。
「!?」
予期せぬ出来事に反応の遅れた俺は分裂した複数の炎の矢の直撃を受けた。
だが普通の矢とは異なり、魔素を編み込んで作った矢の為、致命傷は免れた。
しかし、致命傷は免れても身体に負ったダメージは相当なものだ。
「ぐっ、拡散魔法をこのタイミングで…」
「矢が一直線に飛ぶとは思わない事です、貴方の相手は魔法使いですよ?」
「そうだな…魔法使いは魔力や魔法を操るスペシャリスト、か」
「理解できましたか?では『吹き荒ぶ氷の嵐よ』」
「(詠唱…!?)させるか!」
俺は思いっきり踏み込むと詠唱を行なう魔法戦士の魔法を阻止する為に突貫する。此処へ訪れる前、俺は『悠久の翼』に在籍するエルフのレナス=アイリス参謀から魔法に関する知識を教えてもらった。彼女が説明するに強力な中距離・遠距離型の放出系魔法を得意とする魔法使いは呪文詠唱を二つに使い分ける。中でも呪文詠唱が長いものは、その一撃が非常に強力で威力もある。
「『我が契約に従い、かの者を吹き飛ばせ』」
「『火龍・龍焔撃』」
「『アイステン…』」
蒼い翼を煌めかせ、瞬時に相手の懐に飛び込んだ俺は柄頭で大臣の腹部に烈火の打撃を与える…が刀の柄頭は見えない壁の様なもので防御される。俺は、そのまま大臣の“後ろ肩から伸びたもう片方の黒い腕”に無防備状態の腹部を殴打され、後方に吹き飛ばされた。
「がふっ」
「言い忘れてました、不用意に私に接近すると危険ですよ」
俺は腹部を押さえて立ち上がり、大臣に視線を移す。
彼の後ろ両肩には“普通の人間には絶対にあり得る筈の無い”黒い腕。
その黒い両腕は自由自在に動き、俺を見据える様に戦闘態勢を取る。
「これは『メイフマドウ』と言い、別名『死神の腕』と呼ばれるものです」
「死神の腕?」
「はい、非常に制御が困難な為、私も顕現するのが精一杯です」
「親切にどうも」
「いえいえ、少しくらいハンデがあった方がいいでしょう?」
「俺も随分と嘗められたものだ」
とは強気に言ったものの先程の一撃、もし直撃を受けていたら完全に動けなくなっていたかもしれない。物理的にも精神的にも、あれは危険だと身体が畏怖する所だった。あの『死神の腕』と呼ばれる腕は非常に厄介な代物だな。
「もう一つ、この腕は私の意に反して動くので命の保証は出来ません」
「成程…ならば俺も力を制御する必要がなくなるわけか」
「どう言う意味です?」
「こう言う意味だ!」
再び瞬時に懐へ飛び込んだ俺は大臣の腹部に峯打ちを叩き込む。
勿論、見えない物理魔法障壁が展開されている思うが今度は違う。
「『破魔・龍皇刃』」
刀身に破魔の霊力を纏い、素早く鞘から抜いた白銀の刃の峯を横薙ぎに振る。
すると先程、刀の柄頭を止めた障壁は敢え無く砕け、その勢いは衰える事無く大臣の腹部を捉える。
「くっ…!?」
まさか物理魔法障壁が破られるとは思わなかったらしく峯の直撃を受けた大臣は其の場に膝を突く。俺は刀を素早く鞘に収めると黒い腕が振られる前に距離を置く。間一髪の所で黒い腕は空を切り、俺は黒い腕の間合いから外れた。
「やはり魔法戦士は耐久力がある…今の一撃は中距離・遠距離型の放出系魔法を得意とする魔法使いには結構な痛手の筈なんだが…」
「当たり前です、体力や筋力等が無ければ武器は扱えません」
「まぁ、そうだな…だが形勢逆転だ、どうする?」
其の時、私の頭の中に声が響く。
―力が欲しい?―
其れはまるで地の底から湧き上がる様な戦慄を覚える女の声。
「何者!?」
―答えなさい…絶対的な力が欲しい?―
「勝つ為なら絶対な力が欲しい」
―ならば私を解放しなさい―
「何!?」
―この戒めを解き放てば大いなる力がお前の身に宿る…けど心得なさい―
―この力は徐々にお前の精神と肉体を蝕んでいきます―
―其の間に、この力を飼い馴らす事が出来なければ破壊と殺戮の衝動に駆られた異形の化け物となる―
「成程…リスクの方が圧倒的に優位の立場にあるわけですか」
―当然でしょう?“ただの人間”がこの力を手に入れれば大きな代償を支払う必要があるわ…この力は禁じられた『闇の技法』よ?」―
「いいでしょう…この力を手に入れた時点でリスクは覚悟の上です」
微動だにしない大臣を見据えたまま俺は戦闘態勢を継続する。
さすがの俺も無防備な相手に無闇矢鱈と攻撃を仕掛けない。
しかし、いつ動き出しても良い様に相手の動きは良く観察する。
ものの数十分くらいだろうか?急に大臣が地面にうずくまる。
「くっ…うぁあああああああああっ!?」
「な、なんだ!?」
その場にうずくまったと思ったら今度は苦悩の声を上げた大臣に俺が驚く。
「(か、身体が…あ、熱い…骨が…内側…から…溶かされてる…こ、これが…完全に…力を解放した…『闇の技法』…禁断の技法に…手を出した…人間の末路…と言う事ですか…制御が…利か…な…い…取り…込ま…れ…)」
地面に膝を突き、肘を突く大臣の身体が徐々に黒い霧に覆われる。
完全に黒い霧に覆われた大臣の姿に俺は唖然とする。
だってそうだろ?先程まで戦っていた相手が急に動かなくなって次に動き出したと思ったら今度は黒い霧が文字通り大臣を“取り込んだ”。驚かない方がどうかしてる。
「大丈夫か?」
横たわる大臣に声をかけてみるが黒い霧に覆われた大臣からの返答は無い。
「まさか…死んだのか?」
しかし、正体も分からない黒い霧に覆われただけで人は息絶えるものか?
これが毒など人害に悪影響を及ぼす霧なら分からないでもない。
だが本当に毒の霧であれば俺も被害を受けてる筈…けど何の影響も無い。
ならば一体なぜ大臣は黒い霧に覆われただけで動かなくなったのか…。
暫らく様子を見ていると黒い霧の中から突然、先の戦いで見た黒い腕が伸びてきた。
「!?」
俺は反射的に神霊刀『神威』を使って防御体勢に入る。
思った通り、黒い霧の中から姿を現した黒い腕は俺を容赦なく殴り飛ばす。
「くっ」
防御体勢に入っていた為、被害は最小限に抑えられた。
しかし、霧の中から伸びた黒い腕の攻撃は最初の一撃で終わらなかった。
続いてもう片方の黒い腕も姿を現し、合計二本の腕が猛攻を仕掛けてくる。
「(なんて猛攻だ、たった二本の腕だけなのに…)」
完全に受け身の態勢になった俺は護りを固め、迫り来る二本の黒い腕の猛攻に耐え忍び、反撃の機会を窺う。だが至近距離から断続的に繰り出される黒い腕の猛攻が予想以上に凄まじく動きを読むのに精一杯でなかなか反撃に転じる事が出来ない。俺は護りを固めながら如何にして相手を刀の間合いに入れるかを最も重要視する。其れなりに体術の心得はあるが俺の戦闘スタイルはあくまで剣術…その為、非常に相手との距離や間合いが重要になる。
「(だが少し変だ、これだけ猛攻を仕掛けているにも拘らず"重く"ない)」
本来、徒手空拳は自分の体重を付加させるもの。
これが武器を扱うとなれば武器の重量を付加させて仕掛けてくる。
しかし、この腕の場合、拳には何の重みもなく護りを固めてれば安心だ。
だが速度だけを考えると常人の目でこの腕を捉える事は到底不可能だろう。
実際、魔力と霊力を身の内に宿す俺でも速度を捕捉するのが大変だ。
そう言う見解なら体重を付加してない腕の猛攻は厄介と言えば厄介だ。
「(まるで後方で横たわる大臣を護っているようだ)」
すると黒い腕の後方で横たわる黒い霧に覆われた大臣が静かに起き上ろうと身を起こし始める。相変わらず霧は大臣を覆ったままだが其れをものともせず、大臣は何か戒めの様なものを徐々に解き放とうとしている。其の際、色々と面倒な為、二本の腕が自分の意思で動き、ガーディアンの役割をしている様にも感じられる。
「一体なにが…」
完全に身を起こした大臣の身に突如異変が起こる。
先程の黒い霧が更に大臣の身体全体に広がり、異形の姿に変化し始めた。
肌は漆黒の闇の色に変色し、両手両足には鋭い爪、頭には二本の角、尾てい骨辺りから太く長い尻尾の様なものが伸び、背中には六枚の漆黒の翼。
「(大臣…だよな?だが先程の気配と全く違う…恐ろしいほどの殺気だ)」
既に二本の黒い腕は大臣の許に戻り、身体の一部として機能している。
俺はいつでも対抗できるように全神経を集中させ、迎撃態勢に入る。
―倒せ、目の前の敵を…薙ぎ払え!!―
次の瞬間、異形の姿になった大臣の姿が忽然と視界から消える。
気付いた頃には腹部に重く鈍い痛みが走っていた。
「ぐっ」
俺は変わり果てた大臣の放った渾身の一撃の直撃を受け、そのまま後方に吹き飛ばされる。俺は満足な受け身も取れず壁に激突して背中を強く殴打した。予想を遥かに上回る大臣の速度に俺の反応速度が対応しきれなかったのだ。
「(完全に…不意を突かれた)」
「ガァアアアアアッ!!」
大臣は雄叫びを上げると再び瞬時に距離を詰め、刀の間合いから外れる。
其のまま黒い腕二本と元の腕二本…合計四本の腕が猛攻を仕掛けてくる。
最初の一撃を受けていた御蔭で腕の軌道は僅かだが捕捉できる。
しかし、腕の軌道を読むのに精一杯で反撃態勢を取る事が全く出来ない。
「(先程と全く動きが違う…なんだ、こいつは)」
「ガァアアアアアアアアアアッ!」
異形の化け物はスピードだけでなくパワーも桁違いだ。
少しでも気を抜けば、すぐ戦闘不能に陥る。
俺は全神経を集中させて護りを固め、尚且つ反撃の隙を窺う。
だが嵐のような化け物の攻勢は全く止む気配が無い。
「(なんて重い一撃だ…まるで重力を相手にしているようだ)」
しかし、其の時の事。
「蒼輝!国王様も王妃様も国民も皆、避難したわ。今はライブラの町はずれに悠久の翼が陣を構えて布陣してるから其処で保護されてる」
「そうか…よかった」
ライブラの国民達が避難して安堵感も束の間の出来事だ。
異形の化け物は美代に攻撃目標を変更した。
「いい度胸ね…私を九尾の稲荷と知っての攻撃かしら?」
美代は相手を見据えると臆する事無く敵を迎え撃つ。
「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
化け物となった大臣は四つの拳に闇の魔力を集中させて打ち下ろした。
だが美代は其の攻撃を、ひらりと舞を踊る様に回避する。
美代には相手の動きが完全に見えてるのだろう。
俺は体勢を立て直し、この機を逃さない様にした。
「『水龍・氷裂斬』」
俺は刀身に冷気を纏い、抜刀術の要領で敵を一閃。
不意を突かれ、隙だらけの大臣の背中を斬り裂く。
「ガァアアッ!」
背中を斬られた大臣は俺に目標を変更し、闇の力を収束した腕を振る。
しかし、今度は美代が隙だらけになった背中に密度の高い狐火を放つ。
「狐火・焔熱招来『業火』」
まるで隕石の様な巨大な焔の熱塊が大臣の背中に直撃する。
大臣は巨大な焔の熱塊に押しつぶされ、地に伏せる。
「大丈夫?」
虚空術(空中を滞空)の発動を解いた美代が俺の許に駆け寄って来る。
勿論、熱塊の下敷きになってる大臣を正面にして。
万が一、大臣が動き出してきても素早く対応する為だ。
「大した怪我は無いから安心してくれ」
「うん…読みが的中したね」
「ああ…まさか大臣が“あんな姿”になるなんてな」
「あの力は恐らく『闇の技法』だと思う」
「『闇の技法』?」
「うん」
美代は『闇の技法』がどういった代物なのかを千代姫さんから聞いた話をそのまま俺に教えてくれた。『闇の技法』とは世代交代する前の魔王が勇者に対抗する為、自ら編み出した魔王固有の戦闘技法であった。しかし、丁度その頃になって魔王が世代交代をした為『闇の技法』は負の遺産として、この世界に残り、長きに渡って封印されていた。
「だが、この国の地下で『闇の技法』を見つけた大臣が」
「封印解除式を発見して自分に取り込んだけど」
「逆に取り込まれてしまって今の姿になった…と言う事か」
「うん」
「皮肉だな」
その時、先程、巨大な熱塊に押しつぶされた大臣が動き出す。
俺と美代は素早く背中合わせになり、敵の襲撃に備えた。
大臣は燃え盛る焔を物ともせず立ち上がり、闇の力で熱塊を消滅させる。
「何て奴だ…」
「闇の炎で私の焔を相殺したのね」
「どうする?」
「このまま消耗戦を続けても私達に勝機はないわ…」
「だな…いずれ俺達が危険になる」
「うん…でも一つだけ、あの闇の魔物に対抗できる方法があるわ」
「方法があるのか?」
「うん、私と蒼輝が『誓約』するの」
俺は美代の意図する言葉を理解した。誓約…それは互いに信じ合う者同士が『誓約(エンゲージ)』する事で人知を超えた能力を発揮する事だ。発動条件として非常に高い霊力を持つ『男性』と非常に高い魔力を持つ『女性』が条件であり、片方一つでも欠ければ不可能である。他にも男性は『霊力』女性は『魔力』を一定値以上保持する必要があるなど条件や制限は厳しいものがそろっている。
また『誓約』は戦闘を行なう術者に多大な負担を掛ける為、長時間継続する事が出来ない。もし長時間継続すれば、その者は必ずどこかに弊害が残り、運悪ければ廃人となって二度と社会に復帰する事が出来ない。しかし、その恩恵は凄まじいもので使い方を間違わなければ非常に高度な術なのは間違いない。
12/09/21 15:04更新 / 蒼穹の翼
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