港町解放
あれから数年の月日が流れ、各地のジパングでは教団の残党を駆逐してる。
元々独自の勢力を持つジパングは特別な土地であり、大陸と同じく争いの種は消えないが殆どの国は互いに手を取り合って魔物娘達と秩序を維持している。
中でも『越後の蒼龍』『出雲の玄武』『甲斐の白虎』『奥羽の朱雀』と呼ばれる四つの連合国は古来より不思議な縁(えにし)によって結ばれている。
その為、ジパングは、この四つの国が中心となって秩序を護っているとも言われている。
「大分、教団は大陸に戻ったが侵攻を諦める気はないか」
「そうじゃの…こちらの港町を解放しても向こうが…」
「確かに大陸の港町を解放しない以上、教団の勢いは衰えないか」
此処は数年前、大陸から渡って来た教団に支配された越後城。
今は若き領主の蒼緋と、クノ一部隊の長を務める彼の妻、千代姫御前(ちよめごぜん)が共に生活圏を築いている。
「やはり侵攻を喰い止めるには…」
「大陸の港町を解放するしかないの」
蒼緋と千代姫御前は現在、クノ一と忍者から得た情報を基に話し合っていた。
「しかし、誰を大陸に派遣する?」
「そうじゃの…」
「我等を含め、この地方の者達は大陸の文化に馴染めないと思うのだが」
「それは妾も考えておる」
大陸は発展途上等が著しい為、ジパングと非常に文化の違いがある。
その為、こちらの常識があちらでは通じない事の方が多い。
だが皮肉な事に大陸の港町を解放しない限り、この地に住む人達は教団の侵攻を受け続け、やがては疲弊してしまい、彼女達にも危険が及んでしまう。
それを打破する為に大陸へ渡り、唯一の親魔物派である港町を解放する必要があった。
「大陸の文化に馴染める者なんて居るだろうか」
「二人、心当たりがある」
千代姫御前は傍に控える侍女のクノ一に使いを頼んだ。
侍女は、それを承諾すると闇に紛れる様に姿を消す。
「一体、誰を派遣すると言うのだ?」
「蒼輝(そうき)と美代(みよ)じゃ」
「あの二人を?」
「うむ、あの二人なら妾達の常識に囚われないと思うのじゃ」
「確かに蒼輝と美代は、元々この世界の住人じゃないからな」
「何を言うのじゃ!二人は、この世界の住人じゃろ」
蒼輝と美代は嘗て別の時空から千代姫御前の『次元を紡ぐ力』によってこの世界にやって来た異界人である。二人は蒼緋と千代姫御前の名前の一文字を授かり、「蒼輝」と「美代」に改名した。
蒼輝は旧名を風神(かざかみ)輝(ひかる)、美代は旧名を風神(かざかみ)美由姫(みゆき)と言い、二人は元々この世界とは違う別の世界からやってきた。
だが、ある晩、妹の美由姫は生涯共に兄と添い遂げる為の儀式を行ない、その際に千代姫の強大な霊力や魔力を送り込まれて彼女は稲荷となった。
そして遠征から戻った輝と三日三晩の契りを結び、二人は夫婦となった。
その三日三晩に続く契りの儀式の際、膨大な霊力や魔力を流し込まれた輝の身体にも変化が起こり、彼の身体能力等は今まで以上に向上した。
「そうだったな…あの二人は、この世界で生きる道を選んだのだったな」
「うむ…自らの意思で、この世界に残る決意をしたのは二人じゃ」
数分後…蒼緋と千代姫御前の許に容姿の整った青年と容姿の非常に美しい少女が侍女のクノ一に連れられてやってきた。
「千代姫様、お二人を連れて参りました」
「うむ」
「お呼びですか、千代姫様」
「俺達に出来る事なら何でも致します」
整った容姿をした青年は少し長めの茶髪と紫水晶の様な瞳を宿す蒼輝。
美少女は琥珀色の瞳に膝まで長い黒髪を川の様に流した美代。
二人は嘗て同じ母親の母胎より産まれた血を分けた兄妹だった。
「君達二人に向かってほしい場所がある」
「何処ですか?」
「海を渡った西の大陸じゃ」
「構いませんが大陸へ渡るには教団の船が必要ではないでしょうか?」
「うむ、クノ一部隊の情報によると教団の船は明日、大陸へ渡る予定じゃ」
「そこで君達は教団に紛れ込み、港町に入港する」
「その後、大陸の者達と交流を深めていき、機を見計らって連携を取りながら教団に支配された港町を解放…という流れになるのじゃ」
「しかし、そう簡単にはいかないと思う」
「この大任を引きうけてくれるかの?」
蒼輝と美代は互いに顔を合わせて頷くと蒼緋と千代姫に向き直る。
数年前に愛し合う存在となった二人の絆は変わる事無く寧ろ、より強く、そして、より深くなっていた。
「俺達で力になれるのなら」
「この大任を必ず成し遂げます」
俺は夜空に煌めく満天の星空と月を見上げている。
数年前、稲荷になった美由姫と契りを結び、その時に膨大な力を得た。
最初、身体中の奥という奥から炎の様に熱い何かが込み上げ、同時に理性が薄れる感覚もあった。更に異常なほど性欲が高まり、鎮静化する兆しが全く無く寧ろ、より性欲は増加し、一晩中交わっても問題ない位だった。
「此方にいたのね、蒼輝」
「ああ、此処は月と星空が良く見えるからな」
「何を考えてたの?」
「ん…昔の事だ」
稲荷となり、美代と改名した元妹は傍に来ると膝を折り曲げて座り込む。
そのまま背中を寄せ合わせた美代は俺に寄り掛かってきた。
月に照らされた美代の、さらさらした艶やかな長い黒髪が風に靡かれる。
「後悔してる?」
「いや、自分の意思で残ったから何も後悔してないさ」
そう言うと美代は俺の背中に滑らかな頬を当ててきた。
背中越しでも分かる美代の体温が心地よく感じられた。
「よかった…私、凄く心配だった」
「どうして?」
「私の所為で"お兄ちゃん"が元の世界に帰らないのかと思ったから…」
「そんな事、気にしてたのか?」
「だって…」
俺は背中に寄り添う美代に向き直ると華奢な身体を強く抱きしめた。
美代の身体は女性特有の、たおやかさ・しなやかさがあり、それに気付いたのは閨で初めて彼女と契りを交わして一つになった時だった。
恐怖なのか喜びなのか分からない震える美代が、とても愛しかった。
十数年間と言う俺にとって短い月日は彼女にとって非常に長かったのだろう。
瞳を濡らし、微笑む彼女を俺は一生涯かけて護ると、あの時にそう決めた。
「美代が気にする事じゃないんだ」
「でも…」
「なら逆に聞くけどあの時、俺は元の世界に戻った方がよかったのか?」
すると先程まで戸惑っていた美代の表情が一変する。
「そんなのもっと嫌よ、私は小さい頃からずっと好きだったんだから!」
美代は今も徒手空拳の修練を欠かさず行なっている為、腕力や筋力もある。
だが着物を着る事が多くなった今、徒手空拳の補助として鉄扇術を覚えた。
これは護身術だが上手く活用する事により徒手空拳にも勝る武術と変化する。
「この想いは数年の月日が流れた今でも変わる事なんて無い」
美代は自分に言い聞かせる様に俺を決して離すまいと抱きしめる。
「やっと貴方と結ばれたのに今生の別れになるのは嫌だった」
「美代…」
「だから何度でも言うよ、私は心から貴方を愛してます」
「ありがとう、俺も君を愛してる」
そっ、と俺は夜空とススキに囲まれた場所で美代と口づけを交わす。
「ん……むぅ……んぅ……」
濡れた唇は少し塩辛かったが、彼女の涙だったから気にならない。
「じゃあ、明日は大陸に渡るからもう寝るか」
俺が立ち上がると美代は上目遣いの潤んだ瞳で衣服の裾を引っ張ってる。
どうやら先程の口づけの影響で完全にスイッチが入ったようだ。
「明日、早いからそんなに多くは、やらないよ?」
こくんっ、頬を朱に染めて頷く美代と一緒に俺は閨へ向かう。
そして幾度か契りを交わした後、俺達は眠りの床に就いた。
太陽が東の空に昇る早朝…霞が掛かった景色の中、白い外套を被る二人の男女が居る。一人は整った顔立ちをした蒼輝、もう一人は美しい顔立ちをした着物姿の美代。二人を見送るのは越後の若き領主であり、二人の後見人となった蒼緋と彼の妻であり、クノ一の統領を務める稲荷の千代姫御前である。
「大陸の港町を頼むのじゃ」
「吉報を待っている」
白い外套を羽織った蒼輝と美代は越後の港へ向かった。
港町に到着すると美代は素早く人に変化して外套を深く被る。
「意外と少ないな」
「この数年間で大分、西へ戻ったみたいね」
越後港で荷造りをする教団の人数は意外と少なかった。
美代の言うとおり、彼等はジパング侵攻を断念して国に帰ったのだろう。
蒼緋さんと千代姫さんの話では侵攻を諦めてないと聞いたが、この現状を見る限りだと彼等はもうジパングに攻めて来ないんじゃないだろうか。
「力を蓄えてから再び来訪する可能性はあるよ」
俺の心を見透かしたかのように美代は不謹慎な俺の心象言葉に戒めをかける。
確かに今は大丈夫でもいつか再来する可能性が無いとは言い切れない。
「そうだな、それを未然に防ぐ為にも俺達が西へ渡るんだ」
「そう言う事よ、行くよ」
俺と美代は教団に紛れ込むと魔力を原動にして動く蒸気船に乗り込む。
暫らくして荷造りの終わった彼等も次々と乗船し、甲板には男女合わせて総勢百名近くの教団が集まった。その中の一人、リーダー格の男が船長に出航を命じた。命じられた船長は本来なら石炭を入れる場所に職人の手によって魔力で精製された燃料をくべる。
「港町アクエリウスに向けて出港だ」
統括者の号令の下、蒸気船は魔力を含んだ蒸気を吹き出してから静かに動き出し、船長は舵を切ると大陸の港町に向けて進路を取った。
またこの船には特殊な魔法が施されていた為、船旅の道中、海洋の魔物娘に遭遇せず無事、何事もなく大陸の港町アクエリウスに入港する事が出来た。
「そんなに日数は掛からなかったな」
「あの船には彼女達を寄せ付けない特殊な魔法が掛かってたからね」
「美代は気分とか悪くならなかったか?」
「大丈夫よ、私には千代姫さんから貰った勾玉があるもの」
美代は首にかけた翡翠の勾玉を見せてくれた。俺も同じ勾玉を所持してる。
これは女郎蜘蛛の千登勢(ちとせ)さんの糸が何重にも合わさって作られた紐に千代姫さんの霊力や魔力が編み込まれている為、絶対に切れる事は無い。余談ではあるが女郎蜘蛛の糸は非常に強度や耐久がある為、彼女の糸で作られた衣服等はどれも一級品であり、市場においても非常に高額な取引が行なわれている。実際、俺と美代が羽織っている外套や着ている衣服は全て千登勢さんの手作りだ。
「それは兎も角として、これからどうするの?」
「まず此処を出よう、そうすれば何処かに解放軍が居る筈だ」
俺達は教団に気付かれないよう港町アクエリウスを発つ。
暫らく周囲を警戒しながら俺と変化を解いた美代は捜索を開始する。
その時、僅かだが俺は殺気を感じ、それは美代も同じだったらしく互いに背中を合わせて相手の出方を窺う。背中に感じる互いの体温が安心感を与える。
「(一人や二人じゃないな)」
「(うん、多数の気配がする)」
「(教団の連中か?)」
「(違うと思う)」
俺は神霊刀『神威』に手を添え、腰を深く落とし、抜刀術の構えを取る。
背中越しでも分かる美代も鉄扇に霊力を込めて構えを取った。
徐々に近づく殺気に俺と美代は周囲に気を配りながら神経を集中させる。
ジパングに滞在してた頃は戦線に加わらなかったが今回は違う。
「(来るぞっ!)」
「(うん!)」
先に仕掛けて来たのは思惑通り、俺達を囲む大陸の住人だった。
だが俺達は前に出ず、互いに背中を合わせたまま相手の動きに注意して防御体勢を取る。此処で動けば間違いなく袋叩きに遭う。いくら他の者達より俺達の身体能力が高いとは言え、多勢に無勢では勝てる戦にも勝てはしない。
信頼できるパートナーであり、相棒であり、生涯を共に添い遂げて生きると決めた最愛の美代に背中を任せて俺は襲撃を全て弾き返す。
私は蒼輝の体温を背中に感じながら襲撃してくる大陸の住人の攻勢を全て鉄扇術を用いて受け流す。元々私の戦闘型は徒手空拳、つまり己の拳等を信じて戦う超近接型だった。だけど、この姿になってから着物を着る機会が多くなった為、その補助として鉄扇術を覚えた。
元々鉄扇術は護身術の一種であり、そこで霊力や魔力を鉄扇に込める事に着目した私は殺傷能力の少ない鉄扇術を実戦で活用できる位まで応用した。
「甘いわ!」
死角から得物を振り下ろす相手に魔力を込めた鉄扇を使って叩き落とす。
その後、素早く背負い投げの要領で相手を投げ飛ばした。
投げ飛ばされた相手は受け身を取る事が出来ず鈍い音と共に背中を強く地面に打ち付けた。
再び死角からの斬撃を今度は閉じた鉄扇の扇面で受け止め、着物で隠れた右脚を使って相手の左脚を思いっきり刈る。バランスを失った襲撃者は地面に強く背中を打ち付け、追い打ちをかける様に私は鉄扇で相手の急所を打つ。
着物姿である以上、極力派手な動きは避けて投げ技等で決める。
「二人組相手に何を手間取っている!」
「ですがこの二人、かなりの手練れです」
「一斉に仕掛ければいいだけの話だ!」
襲撃者達は一旦距離を取るとそれぞれ再び得物を構える。
その中には先程、襲撃者達に怒鳴り声を上げたリーダー格の男も居る。
「此処は俺に任せてくれ」
「そのつもりよ」
円陣を組むように複数の襲撃者は俺達を取り囲む。
連携が、きちんと取れており尚且つ統括された良い動きだ。
「掛かれ!」
合図の下、一斉に大陸の住人が迫ってきた。
「『地龍・龍刃円舞』」
鞘に収めた『神威』を抜き、その動作で大地に大きな円を描く。
描かれた円から二重三重の衝撃波の波紋が迫り来る襲撃者を一掃する。
無益な殺生を好まない俺は殺傷の低い峯を使って牽制した。
だが如何に殺傷が低いとはいえ、峯打ちも非常にダメージがある。
ちゃきんっ、と軽快で静かな音を立てて神威を鞘に収める。
「見事な剣技だね」
「何者だっ!」
俺は抜刀術の構えを取り、いつでも神威を抜ける状態を維持する。
視線の先に居たのは西洋風の鎧を装備した二十代後半の青年だった。
背中を合わせる美代も背後を固めながら注意深く相手の出方を窺う。
恐らく先程の指揮は全て、この青年が行なっていたのだろう。
「今、俺達を襲撃した者達は、あんたの指示か?」
「そうだよ、君達の実力を見たかったんだ」
「何故こんなに、まどろっこしい真似をしたんだ?」
「こうでもしなければ君達の実力が分からないからね」
相手に敵意が無い事を確認した俺と美代は臨戦態勢を解く。
だが完全に信用したわけじゃない為、背後は合わせたままだ。
「今度は僕から君達に質問する」
「良いだろう」
俺達は幾つか質問に答えた後、リエス=エリオンと名乗る解放軍を指揮する青年に今も彼等が滞在する隠れ里に案内され、アクエリウス解放軍の戦列に加わる事となった。
「ハーピーの斥候部隊によると教団の殆どが今、出払っているみたいだ」
「なら今が好機だ、あたし達の部隊が先に突撃を仕掛ける」
「待て!不用意な行動は全軍を危険に晒すぞ」
「細けぇこと気にすんな、あたしはもう何ヵ月間も身体が鈍ってんだ」
「貴様の様に年がら年中、食事や睡眠の事しか考えてない奴に任せられんと言う事だ!」
「お前の様に理性的に動く方がミスをした時が一番、大変じゃねぇか?」
「なんだと!」
「やるか!」
軍議の最中に大声で口論するのはミノタウロスとケンタウロスの少女。
俺は以前、蒼緋さんから『魔物娘図鑑』という図鑑を読ませてもらった。
発行元は不明だが、これは、とある放浪の魔物学者が世界を旅しながら出会った魔物娘達の知識等が記載されている書物だ。以前、ジパングを訪れた魔物学者から蒼緋さんが譲り受けた。この魔物学者は危険を承知の上で今現在も世界を旅しながら未完成の図鑑を完成させる為に放浪していると聞いた。
話を戻そう…ミノタウロスの少女は体長が二メートル近くあり、上半身は人間の少女だが下半身から下は二足歩行を実現した牛の姿をしている。また幅の広い革ベルトの様なもので、はち切れんばかりの大きな胸を覆ってる。彼女は殆ど裸同然の格好をしており、重量感あふれる愛用の斧を壁に立て掛けている。
次にケンタウロスの少女は若干小柄な体躯をしており、上半身は人間の少女の姿、下半身は馬の姿をしている。彼女は民族独自の衣装を着こなし、愛用の長い槍は槍立てにある。
二人のルックスは非常に整っている為、美少女と言っても過言ではない。
「はいはい、二人とも少し落ち着きなさい」
今にも取っ組み合いを始めようとする二人の美少女の仲裁に入ったのは、美しい容姿と美貌を兼ね備えたエルフの少女。リエスさんの話によると彼女はエルフの中でも特に珍しいとされ、人との交流を持つ類い稀なエルフの少女であり、また同族からも不思議と忌み嫌われない変わった存在である。
またエルフと異なるダークエルフと言う自ら魔に堕ちたエルフも存在する。
「今は軍議中よ」
「だってよ…」
「面目ない…」
ミノタウロスとケンタウロスの美少女は叱られた子犬の様に大人しくなり、先程まで口論してたのが嘘の様に静かになる。この二人の美少女は別段、仲が悪い訳ではなく寧ろ仲は良い方である。ただ理知と感情は対となる気性の為、物の見方や価値観等が異なるのだ。しかし、そんな二人も戦闘になれば人が変わった様に息がぴったりになる。
「そもそも貴女達二人の意見だけ取り入れるわけないでしょ」
「まぁ、そうだろう」
「ふんっ、悪かったな」
エルフの少女はミノタウロスの少女から憎まれ口を叩かれながらも軍議を再開させる。
それを見計らった様に解放軍のリエス=エリオン総帥は口を開く。
「暫らく現状を把握した後、増援等の可能性が無いようなら寝静まった夜を見計らい、奇襲を掛けてアクエリウスを鎮圧・奪還し、港町を解放する」
「それが一番妥当だな、現在、此処一帯の教団の勢力は非常に弱まってる」
「確かに二年前辺りを境に教団の勢力は弱体の傾向にあるな」
「恐らくそれが影響している為、一定区域に多く配置できないのだろう」
それぞれ各部隊を指揮する隊長は総帥の意見に賛同する。
「決行は今夜になる思います…宜しいですか?ソウキさん、ミヨさん」
今まで黙って軍議を聞いていた蒼輝と美代に総帥は話を振る。
「私達は何も意見する事はありません」
「俺達は総帥殿の決定事項に従うだけだ」
「ではこれより『アクエリウス解放作戦』を始動する、各隊は持ち場に戻れ」
軍議が終了し、各部隊の隊長は本陣から持ち場に戻る。
しかし、蒼輝と美代は部隊を持っていない為、必然的に本陣で待機する事となった。
人々が寝静まった巳の刻。闇夜に紛れ、俺はミノタウロスの少女とエルフの少女、そして最愛の美代と一緒に夜襲の配置に就いて待機してる。あの後、ハーピーの部隊は再び斥候の任に就き、教団の細かな動きを港町の上空にて交替しながら監視してた。
「準備は良いか?」
「問題無い」
「此方も不備無しよ」
「こっちも問題無いわ」
俺が何故彼女達と一緒に奇襲を行なうのか、その答えは数時間前に遡る。
あの後、軍議が終わって待機中の際、特にする事がなかった俺は日課の抜刀術の素振りを五百回行なった。その時、俺の素振りを見ていたミノタウロスの少女に実戦形式の試合を申し込まれ、それを承諾した俺はミノタウロスの少女と実戦演習を行なう事になった。それを良い機会と捉えた魔物娘達が俺の実力を見定める為、多数集まり、まるで決闘大会の様に人々が観衆・観客として俺達を囲んで集まってきた。
―「ギャラリーが多いほど燃えるぜ」―
ミノタウロスの少女は巨大な斧を肩に担ぐと戦闘態勢を取る。
俺も抜刀術の構えを取るとスラリとした巨躯の美少女を見据える。
互いに一歩も微動だにせず、俺とミノタウロスの少女は相手の出方を窺う。
―「あたしに負けたらあたしのモノになれよ?」―
―「なぜだ?」―
―「そりゃ、お前…これから先、あたしと一緒に暮らすんだからな!」―
少女は、その巨体に似合わない素早い動作で一気に間合いを詰めて来た。
そして間合いに入った俺の頭上からは重量感ある巨大な斧が振り下ろされる。
俺は素早く後方に飛び退く…振り下ろされた巨大な斧は地面を大きく削る。
―「あの状況下で良くあたしの初撃を回避したな」―
―「かなり危なかったけどな」―
―「中々良い目と洞察力を持ってるな、益々お前が欲しくなったぜ」―
再び間合いを詰め、ミノタウロスの少女は斧を振る。
幾ら斧の背面部分を使ってるとはいえ、一撃でも喰らえば即アウト。
全身打撲と骨折で動けなくなり、解放作戦に加わる事が出来なくなる。
俺は以前より向上した動体視力で相手の動きを良く観察し、少ない動作で回避する。
抜刀術の真骨頂は、その刹那の瞬間を見逃さず相手に一撃を与える事。
―「避けるばかりじゃ、あたしには勝てないぜ!」―
振り下ろされた巨大な斧を回避した俺は大きく間合いを取り、柄に手を添える。
―「『火龍・龍焔撃』」―
蒼い双翼を背中に輝かせた俺は少女との間合いを一気に詰める。
完全に不意を突いた俺はミノタウロスの少女の懐に潜り込むと神霊刀『神威』を素早く抜き、刀の柄頭で少女の腹部に烈火の如く重い打撃を与える。
―「くぅ…効いたぜぇ、だがあたしはまだ膝を付いていないぜ!」―
―「ぐっ」―
今度はミノタウロスの少女から放たれた剛腕が俺の脇腹を見事に直撃する。
少女は手加減をしてくれてたようだが俺の脇腹は若干悲鳴を上げている。
―「さぁ、行くぜ!」―
再び大地を力強く蹴ってミノタウロスの少女が迫ってくる。
―「そこまでよ!」―
大観衆の中からエルフの美少女が凛とした美声を上げて決闘を止める。
―「んだよ、折角これから面白くなってくるってのに」―
―「この勝負、異国の青年の勝ちよ」―
―「なんで!」―
―「今は演習だけど、これが実戦なら貴女は死んでるわ」―
―「くっ…わかったよ、この勝負、あたしの負けだ…」―
巨大な斧を担ぎ直したミノタウロスの少女は自分の陣営に戻る。
そして彼女は去り際、こんな言葉を俺に言い残していった。
―「よぉく"匂い"を嗅いだら既に他の女の匂いが染み付いてるぜ」―
その後、先の決闘で実力を認められた俺は少人数で敵の陣営に攻め込み、強襲や奇襲等を仕掛ける独立機動強襲部隊に抜擢され、今に至ると言うわけだ。
「んじゃ、行くぜ、遅れるなよ!」
俺達は警備の手薄な場所を見つけると獅子奮迅の勢いで攻め込む。
教団も応戦するが鬼気迫る俺達の勢いを止める事が出来ない。
ミノタウロスの少女は斧を振り、エルフの少女は弓矢と魔法で援護を行ない、美代は鉄扇術と狐火を操り、俺は抜刀術の剣技を駆使しながら攻め続ける。
この作戦はスピードが重要であり、応援の使者を出される前に制圧する必要があった。
「おらおらぁ!!骨のある奴はいねぇのか!」
「ディア!単独行動は避けなさいと言ってるでしょ!」
「ちっ、わかったよ、レナス」
今にも敵本陣に飛び込もうとするディアと呼ばれたミノタウロスの少女をレナスと呼ばれたエルフの少女が制止をかけると二人は前衛と後衛に分かれた。
一方の俺は美代と背中を合わせ、極力死角が無い様に教団を駆逐する。
その後、頃合い見計らった外の待機部隊もケンタウロスの少女を筆頭に次々と港町に雪崩れ込んで来た。程なくして港町アクエリウスは親魔物派の解放軍によって解放された。
「待ちやがれっ!」
「深追いは禁物よ、既にアクエリウスは解放されたわ」
「思ったより被害は最小限に抑えられたな」
神霊刀『神威』を鞘に収めた俺は労いの言葉を掛ける。
「ええ、貴方達の御蔭よ」
「何人か逃がしちまったがな」
周囲を見渡すと気絶した教団の傍らに透明感ある半液体状の生物が居た。
"彼女達"は今も尚、抗う彼等を決して逃がさない様に、その粘着性の高い青い身体で絡め取り男女が交合する様な形で辺り構わず、その行為に無我夢中で耽っている。
「彼女達は戦闘に参加しないけど、あのように戦利品(男)を贈呈してるの」
「あたし等は別に人間が嫌いなわけじゃないからな」
「ええ、むしろ共存・共生の道を選んでいる」
既に辺り一面は卑猥な阿鼻叫喚の渦に巻き込まれ、所々から淫靡な喘ぎ声が聞こえる。
「これに耐性の無い者がこれを目の当たりにすると抑制が効かなくなるのよ」
「あたし等はスライム達とは違って耐性があるから平気だがスライム達の様に本能の赴くまま"餌"となる人間の男を求めて徘徊する者達にとっては非常に難儀なものだ」
「そうだな」
俺はディアとレナスの説明を聞きながら視界の中で行なわれている今の現状に相槌を打つ事しか出来なかった。
元々独自の勢力を持つジパングは特別な土地であり、大陸と同じく争いの種は消えないが殆どの国は互いに手を取り合って魔物娘達と秩序を維持している。
中でも『越後の蒼龍』『出雲の玄武』『甲斐の白虎』『奥羽の朱雀』と呼ばれる四つの連合国は古来より不思議な縁(えにし)によって結ばれている。
その為、ジパングは、この四つの国が中心となって秩序を護っているとも言われている。
「大分、教団は大陸に戻ったが侵攻を諦める気はないか」
「そうじゃの…こちらの港町を解放しても向こうが…」
「確かに大陸の港町を解放しない以上、教団の勢いは衰えないか」
此処は数年前、大陸から渡って来た教団に支配された越後城。
今は若き領主の蒼緋と、クノ一部隊の長を務める彼の妻、千代姫御前(ちよめごぜん)が共に生活圏を築いている。
「やはり侵攻を喰い止めるには…」
「大陸の港町を解放するしかないの」
蒼緋と千代姫御前は現在、クノ一と忍者から得た情報を基に話し合っていた。
「しかし、誰を大陸に派遣する?」
「そうじゃの…」
「我等を含め、この地方の者達は大陸の文化に馴染めないと思うのだが」
「それは妾も考えておる」
大陸は発展途上等が著しい為、ジパングと非常に文化の違いがある。
その為、こちらの常識があちらでは通じない事の方が多い。
だが皮肉な事に大陸の港町を解放しない限り、この地に住む人達は教団の侵攻を受け続け、やがては疲弊してしまい、彼女達にも危険が及んでしまう。
それを打破する為に大陸へ渡り、唯一の親魔物派である港町を解放する必要があった。
「大陸の文化に馴染める者なんて居るだろうか」
「二人、心当たりがある」
千代姫御前は傍に控える侍女のクノ一に使いを頼んだ。
侍女は、それを承諾すると闇に紛れる様に姿を消す。
「一体、誰を派遣すると言うのだ?」
「蒼輝(そうき)と美代(みよ)じゃ」
「あの二人を?」
「うむ、あの二人なら妾達の常識に囚われないと思うのじゃ」
「確かに蒼輝と美代は、元々この世界の住人じゃないからな」
「何を言うのじゃ!二人は、この世界の住人じゃろ」
蒼輝と美代は嘗て別の時空から千代姫御前の『次元を紡ぐ力』によってこの世界にやって来た異界人である。二人は蒼緋と千代姫御前の名前の一文字を授かり、「蒼輝」と「美代」に改名した。
蒼輝は旧名を風神(かざかみ)輝(ひかる)、美代は旧名を風神(かざかみ)美由姫(みゆき)と言い、二人は元々この世界とは違う別の世界からやってきた。
だが、ある晩、妹の美由姫は生涯共に兄と添い遂げる為の儀式を行ない、その際に千代姫の強大な霊力や魔力を送り込まれて彼女は稲荷となった。
そして遠征から戻った輝と三日三晩の契りを結び、二人は夫婦となった。
その三日三晩に続く契りの儀式の際、膨大な霊力や魔力を流し込まれた輝の身体にも変化が起こり、彼の身体能力等は今まで以上に向上した。
「そうだったな…あの二人は、この世界で生きる道を選んだのだったな」
「うむ…自らの意思で、この世界に残る決意をしたのは二人じゃ」
数分後…蒼緋と千代姫御前の許に容姿の整った青年と容姿の非常に美しい少女が侍女のクノ一に連れられてやってきた。
「千代姫様、お二人を連れて参りました」
「うむ」
「お呼びですか、千代姫様」
「俺達に出来る事なら何でも致します」
整った容姿をした青年は少し長めの茶髪と紫水晶の様な瞳を宿す蒼輝。
美少女は琥珀色の瞳に膝まで長い黒髪を川の様に流した美代。
二人は嘗て同じ母親の母胎より産まれた血を分けた兄妹だった。
「君達二人に向かってほしい場所がある」
「何処ですか?」
「海を渡った西の大陸じゃ」
「構いませんが大陸へ渡るには教団の船が必要ではないでしょうか?」
「うむ、クノ一部隊の情報によると教団の船は明日、大陸へ渡る予定じゃ」
「そこで君達は教団に紛れ込み、港町に入港する」
「その後、大陸の者達と交流を深めていき、機を見計らって連携を取りながら教団に支配された港町を解放…という流れになるのじゃ」
「しかし、そう簡単にはいかないと思う」
「この大任を引きうけてくれるかの?」
蒼輝と美代は互いに顔を合わせて頷くと蒼緋と千代姫に向き直る。
数年前に愛し合う存在となった二人の絆は変わる事無く寧ろ、より強く、そして、より深くなっていた。
「俺達で力になれるのなら」
「この大任を必ず成し遂げます」
俺は夜空に煌めく満天の星空と月を見上げている。
数年前、稲荷になった美由姫と契りを結び、その時に膨大な力を得た。
最初、身体中の奥という奥から炎の様に熱い何かが込み上げ、同時に理性が薄れる感覚もあった。更に異常なほど性欲が高まり、鎮静化する兆しが全く無く寧ろ、より性欲は増加し、一晩中交わっても問題ない位だった。
「此方にいたのね、蒼輝」
「ああ、此処は月と星空が良く見えるからな」
「何を考えてたの?」
「ん…昔の事だ」
稲荷となり、美代と改名した元妹は傍に来ると膝を折り曲げて座り込む。
そのまま背中を寄せ合わせた美代は俺に寄り掛かってきた。
月に照らされた美代の、さらさらした艶やかな長い黒髪が風に靡かれる。
「後悔してる?」
「いや、自分の意思で残ったから何も後悔してないさ」
そう言うと美代は俺の背中に滑らかな頬を当ててきた。
背中越しでも分かる美代の体温が心地よく感じられた。
「よかった…私、凄く心配だった」
「どうして?」
「私の所為で"お兄ちゃん"が元の世界に帰らないのかと思ったから…」
「そんな事、気にしてたのか?」
「だって…」
俺は背中に寄り添う美代に向き直ると華奢な身体を強く抱きしめた。
美代の身体は女性特有の、たおやかさ・しなやかさがあり、それに気付いたのは閨で初めて彼女と契りを交わして一つになった時だった。
恐怖なのか喜びなのか分からない震える美代が、とても愛しかった。
十数年間と言う俺にとって短い月日は彼女にとって非常に長かったのだろう。
瞳を濡らし、微笑む彼女を俺は一生涯かけて護ると、あの時にそう決めた。
「美代が気にする事じゃないんだ」
「でも…」
「なら逆に聞くけどあの時、俺は元の世界に戻った方がよかったのか?」
すると先程まで戸惑っていた美代の表情が一変する。
「そんなのもっと嫌よ、私は小さい頃からずっと好きだったんだから!」
美代は今も徒手空拳の修練を欠かさず行なっている為、腕力や筋力もある。
だが着物を着る事が多くなった今、徒手空拳の補助として鉄扇術を覚えた。
これは護身術だが上手く活用する事により徒手空拳にも勝る武術と変化する。
「この想いは数年の月日が流れた今でも変わる事なんて無い」
美代は自分に言い聞かせる様に俺を決して離すまいと抱きしめる。
「やっと貴方と結ばれたのに今生の別れになるのは嫌だった」
「美代…」
「だから何度でも言うよ、私は心から貴方を愛してます」
「ありがとう、俺も君を愛してる」
そっ、と俺は夜空とススキに囲まれた場所で美代と口づけを交わす。
「ん……むぅ……んぅ……」
濡れた唇は少し塩辛かったが、彼女の涙だったから気にならない。
「じゃあ、明日は大陸に渡るからもう寝るか」
俺が立ち上がると美代は上目遣いの潤んだ瞳で衣服の裾を引っ張ってる。
どうやら先程の口づけの影響で完全にスイッチが入ったようだ。
「明日、早いからそんなに多くは、やらないよ?」
こくんっ、頬を朱に染めて頷く美代と一緒に俺は閨へ向かう。
そして幾度か契りを交わした後、俺達は眠りの床に就いた。
太陽が東の空に昇る早朝…霞が掛かった景色の中、白い外套を被る二人の男女が居る。一人は整った顔立ちをした蒼輝、もう一人は美しい顔立ちをした着物姿の美代。二人を見送るのは越後の若き領主であり、二人の後見人となった蒼緋と彼の妻であり、クノ一の統領を務める稲荷の千代姫御前である。
「大陸の港町を頼むのじゃ」
「吉報を待っている」
白い外套を羽織った蒼輝と美代は越後の港へ向かった。
港町に到着すると美代は素早く人に変化して外套を深く被る。
「意外と少ないな」
「この数年間で大分、西へ戻ったみたいね」
越後港で荷造りをする教団の人数は意外と少なかった。
美代の言うとおり、彼等はジパング侵攻を断念して国に帰ったのだろう。
蒼緋さんと千代姫さんの話では侵攻を諦めてないと聞いたが、この現状を見る限りだと彼等はもうジパングに攻めて来ないんじゃないだろうか。
「力を蓄えてから再び来訪する可能性はあるよ」
俺の心を見透かしたかのように美代は不謹慎な俺の心象言葉に戒めをかける。
確かに今は大丈夫でもいつか再来する可能性が無いとは言い切れない。
「そうだな、それを未然に防ぐ為にも俺達が西へ渡るんだ」
「そう言う事よ、行くよ」
俺と美代は教団に紛れ込むと魔力を原動にして動く蒸気船に乗り込む。
暫らくして荷造りの終わった彼等も次々と乗船し、甲板には男女合わせて総勢百名近くの教団が集まった。その中の一人、リーダー格の男が船長に出航を命じた。命じられた船長は本来なら石炭を入れる場所に職人の手によって魔力で精製された燃料をくべる。
「港町アクエリウスに向けて出港だ」
統括者の号令の下、蒸気船は魔力を含んだ蒸気を吹き出してから静かに動き出し、船長は舵を切ると大陸の港町に向けて進路を取った。
またこの船には特殊な魔法が施されていた為、船旅の道中、海洋の魔物娘に遭遇せず無事、何事もなく大陸の港町アクエリウスに入港する事が出来た。
「そんなに日数は掛からなかったな」
「あの船には彼女達を寄せ付けない特殊な魔法が掛かってたからね」
「美代は気分とか悪くならなかったか?」
「大丈夫よ、私には千代姫さんから貰った勾玉があるもの」
美代は首にかけた翡翠の勾玉を見せてくれた。俺も同じ勾玉を所持してる。
これは女郎蜘蛛の千登勢(ちとせ)さんの糸が何重にも合わさって作られた紐に千代姫さんの霊力や魔力が編み込まれている為、絶対に切れる事は無い。余談ではあるが女郎蜘蛛の糸は非常に強度や耐久がある為、彼女の糸で作られた衣服等はどれも一級品であり、市場においても非常に高額な取引が行なわれている。実際、俺と美代が羽織っている外套や着ている衣服は全て千登勢さんの手作りだ。
「それは兎も角として、これからどうするの?」
「まず此処を出よう、そうすれば何処かに解放軍が居る筈だ」
俺達は教団に気付かれないよう港町アクエリウスを発つ。
暫らく周囲を警戒しながら俺と変化を解いた美代は捜索を開始する。
その時、僅かだが俺は殺気を感じ、それは美代も同じだったらしく互いに背中を合わせて相手の出方を窺う。背中に感じる互いの体温が安心感を与える。
「(一人や二人じゃないな)」
「(うん、多数の気配がする)」
「(教団の連中か?)」
「(違うと思う)」
俺は神霊刀『神威』に手を添え、腰を深く落とし、抜刀術の構えを取る。
背中越しでも分かる美代も鉄扇に霊力を込めて構えを取った。
徐々に近づく殺気に俺と美代は周囲に気を配りながら神経を集中させる。
ジパングに滞在してた頃は戦線に加わらなかったが今回は違う。
「(来るぞっ!)」
「(うん!)」
先に仕掛けて来たのは思惑通り、俺達を囲む大陸の住人だった。
だが俺達は前に出ず、互いに背中を合わせたまま相手の動きに注意して防御体勢を取る。此処で動けば間違いなく袋叩きに遭う。いくら他の者達より俺達の身体能力が高いとは言え、多勢に無勢では勝てる戦にも勝てはしない。
信頼できるパートナーであり、相棒であり、生涯を共に添い遂げて生きると決めた最愛の美代に背中を任せて俺は襲撃を全て弾き返す。
私は蒼輝の体温を背中に感じながら襲撃してくる大陸の住人の攻勢を全て鉄扇術を用いて受け流す。元々私の戦闘型は徒手空拳、つまり己の拳等を信じて戦う超近接型だった。だけど、この姿になってから着物を着る機会が多くなった為、その補助として鉄扇術を覚えた。
元々鉄扇術は護身術の一種であり、そこで霊力や魔力を鉄扇に込める事に着目した私は殺傷能力の少ない鉄扇術を実戦で活用できる位まで応用した。
「甘いわ!」
死角から得物を振り下ろす相手に魔力を込めた鉄扇を使って叩き落とす。
その後、素早く背負い投げの要領で相手を投げ飛ばした。
投げ飛ばされた相手は受け身を取る事が出来ず鈍い音と共に背中を強く地面に打ち付けた。
再び死角からの斬撃を今度は閉じた鉄扇の扇面で受け止め、着物で隠れた右脚を使って相手の左脚を思いっきり刈る。バランスを失った襲撃者は地面に強く背中を打ち付け、追い打ちをかける様に私は鉄扇で相手の急所を打つ。
着物姿である以上、極力派手な動きは避けて投げ技等で決める。
「二人組相手に何を手間取っている!」
「ですがこの二人、かなりの手練れです」
「一斉に仕掛ければいいだけの話だ!」
襲撃者達は一旦距離を取るとそれぞれ再び得物を構える。
その中には先程、襲撃者達に怒鳴り声を上げたリーダー格の男も居る。
「此処は俺に任せてくれ」
「そのつもりよ」
円陣を組むように複数の襲撃者は俺達を取り囲む。
連携が、きちんと取れており尚且つ統括された良い動きだ。
「掛かれ!」
合図の下、一斉に大陸の住人が迫ってきた。
「『地龍・龍刃円舞』」
鞘に収めた『神威』を抜き、その動作で大地に大きな円を描く。
描かれた円から二重三重の衝撃波の波紋が迫り来る襲撃者を一掃する。
無益な殺生を好まない俺は殺傷の低い峯を使って牽制した。
だが如何に殺傷が低いとはいえ、峯打ちも非常にダメージがある。
ちゃきんっ、と軽快で静かな音を立てて神威を鞘に収める。
「見事な剣技だね」
「何者だっ!」
俺は抜刀術の構えを取り、いつでも神威を抜ける状態を維持する。
視線の先に居たのは西洋風の鎧を装備した二十代後半の青年だった。
背中を合わせる美代も背後を固めながら注意深く相手の出方を窺う。
恐らく先程の指揮は全て、この青年が行なっていたのだろう。
「今、俺達を襲撃した者達は、あんたの指示か?」
「そうだよ、君達の実力を見たかったんだ」
「何故こんなに、まどろっこしい真似をしたんだ?」
「こうでもしなければ君達の実力が分からないからね」
相手に敵意が無い事を確認した俺と美代は臨戦態勢を解く。
だが完全に信用したわけじゃない為、背後は合わせたままだ。
「今度は僕から君達に質問する」
「良いだろう」
俺達は幾つか質問に答えた後、リエス=エリオンと名乗る解放軍を指揮する青年に今も彼等が滞在する隠れ里に案内され、アクエリウス解放軍の戦列に加わる事となった。
「ハーピーの斥候部隊によると教団の殆どが今、出払っているみたいだ」
「なら今が好機だ、あたし達の部隊が先に突撃を仕掛ける」
「待て!不用意な行動は全軍を危険に晒すぞ」
「細けぇこと気にすんな、あたしはもう何ヵ月間も身体が鈍ってんだ」
「貴様の様に年がら年中、食事や睡眠の事しか考えてない奴に任せられんと言う事だ!」
「お前の様に理性的に動く方がミスをした時が一番、大変じゃねぇか?」
「なんだと!」
「やるか!」
軍議の最中に大声で口論するのはミノタウロスとケンタウロスの少女。
俺は以前、蒼緋さんから『魔物娘図鑑』という図鑑を読ませてもらった。
発行元は不明だが、これは、とある放浪の魔物学者が世界を旅しながら出会った魔物娘達の知識等が記載されている書物だ。以前、ジパングを訪れた魔物学者から蒼緋さんが譲り受けた。この魔物学者は危険を承知の上で今現在も世界を旅しながら未完成の図鑑を完成させる為に放浪していると聞いた。
話を戻そう…ミノタウロスの少女は体長が二メートル近くあり、上半身は人間の少女だが下半身から下は二足歩行を実現した牛の姿をしている。また幅の広い革ベルトの様なもので、はち切れんばかりの大きな胸を覆ってる。彼女は殆ど裸同然の格好をしており、重量感あふれる愛用の斧を壁に立て掛けている。
次にケンタウロスの少女は若干小柄な体躯をしており、上半身は人間の少女の姿、下半身は馬の姿をしている。彼女は民族独自の衣装を着こなし、愛用の長い槍は槍立てにある。
二人のルックスは非常に整っている為、美少女と言っても過言ではない。
「はいはい、二人とも少し落ち着きなさい」
今にも取っ組み合いを始めようとする二人の美少女の仲裁に入ったのは、美しい容姿と美貌を兼ね備えたエルフの少女。リエスさんの話によると彼女はエルフの中でも特に珍しいとされ、人との交流を持つ類い稀なエルフの少女であり、また同族からも不思議と忌み嫌われない変わった存在である。
またエルフと異なるダークエルフと言う自ら魔に堕ちたエルフも存在する。
「今は軍議中よ」
「だってよ…」
「面目ない…」
ミノタウロスとケンタウロスの美少女は叱られた子犬の様に大人しくなり、先程まで口論してたのが嘘の様に静かになる。この二人の美少女は別段、仲が悪い訳ではなく寧ろ仲は良い方である。ただ理知と感情は対となる気性の為、物の見方や価値観等が異なるのだ。しかし、そんな二人も戦闘になれば人が変わった様に息がぴったりになる。
「そもそも貴女達二人の意見だけ取り入れるわけないでしょ」
「まぁ、そうだろう」
「ふんっ、悪かったな」
エルフの少女はミノタウロスの少女から憎まれ口を叩かれながらも軍議を再開させる。
それを見計らった様に解放軍のリエス=エリオン総帥は口を開く。
「暫らく現状を把握した後、増援等の可能性が無いようなら寝静まった夜を見計らい、奇襲を掛けてアクエリウスを鎮圧・奪還し、港町を解放する」
「それが一番妥当だな、現在、此処一帯の教団の勢力は非常に弱まってる」
「確かに二年前辺りを境に教団の勢力は弱体の傾向にあるな」
「恐らくそれが影響している為、一定区域に多く配置できないのだろう」
それぞれ各部隊を指揮する隊長は総帥の意見に賛同する。
「決行は今夜になる思います…宜しいですか?ソウキさん、ミヨさん」
今まで黙って軍議を聞いていた蒼輝と美代に総帥は話を振る。
「私達は何も意見する事はありません」
「俺達は総帥殿の決定事項に従うだけだ」
「ではこれより『アクエリウス解放作戦』を始動する、各隊は持ち場に戻れ」
軍議が終了し、各部隊の隊長は本陣から持ち場に戻る。
しかし、蒼輝と美代は部隊を持っていない為、必然的に本陣で待機する事となった。
人々が寝静まった巳の刻。闇夜に紛れ、俺はミノタウロスの少女とエルフの少女、そして最愛の美代と一緒に夜襲の配置に就いて待機してる。あの後、ハーピーの部隊は再び斥候の任に就き、教団の細かな動きを港町の上空にて交替しながら監視してた。
「準備は良いか?」
「問題無い」
「此方も不備無しよ」
「こっちも問題無いわ」
俺が何故彼女達と一緒に奇襲を行なうのか、その答えは数時間前に遡る。
あの後、軍議が終わって待機中の際、特にする事がなかった俺は日課の抜刀術の素振りを五百回行なった。その時、俺の素振りを見ていたミノタウロスの少女に実戦形式の試合を申し込まれ、それを承諾した俺はミノタウロスの少女と実戦演習を行なう事になった。それを良い機会と捉えた魔物娘達が俺の実力を見定める為、多数集まり、まるで決闘大会の様に人々が観衆・観客として俺達を囲んで集まってきた。
―「ギャラリーが多いほど燃えるぜ」―
ミノタウロスの少女は巨大な斧を肩に担ぐと戦闘態勢を取る。
俺も抜刀術の構えを取るとスラリとした巨躯の美少女を見据える。
互いに一歩も微動だにせず、俺とミノタウロスの少女は相手の出方を窺う。
―「あたしに負けたらあたしのモノになれよ?」―
―「なぜだ?」―
―「そりゃ、お前…これから先、あたしと一緒に暮らすんだからな!」―
少女は、その巨体に似合わない素早い動作で一気に間合いを詰めて来た。
そして間合いに入った俺の頭上からは重量感ある巨大な斧が振り下ろされる。
俺は素早く後方に飛び退く…振り下ろされた巨大な斧は地面を大きく削る。
―「あの状況下で良くあたしの初撃を回避したな」―
―「かなり危なかったけどな」―
―「中々良い目と洞察力を持ってるな、益々お前が欲しくなったぜ」―
再び間合いを詰め、ミノタウロスの少女は斧を振る。
幾ら斧の背面部分を使ってるとはいえ、一撃でも喰らえば即アウト。
全身打撲と骨折で動けなくなり、解放作戦に加わる事が出来なくなる。
俺は以前より向上した動体視力で相手の動きを良く観察し、少ない動作で回避する。
抜刀術の真骨頂は、その刹那の瞬間を見逃さず相手に一撃を与える事。
―「避けるばかりじゃ、あたしには勝てないぜ!」―
振り下ろされた巨大な斧を回避した俺は大きく間合いを取り、柄に手を添える。
―「『火龍・龍焔撃』」―
蒼い双翼を背中に輝かせた俺は少女との間合いを一気に詰める。
完全に不意を突いた俺はミノタウロスの少女の懐に潜り込むと神霊刀『神威』を素早く抜き、刀の柄頭で少女の腹部に烈火の如く重い打撃を与える。
―「くぅ…効いたぜぇ、だがあたしはまだ膝を付いていないぜ!」―
―「ぐっ」―
今度はミノタウロスの少女から放たれた剛腕が俺の脇腹を見事に直撃する。
少女は手加減をしてくれてたようだが俺の脇腹は若干悲鳴を上げている。
―「さぁ、行くぜ!」―
再び大地を力強く蹴ってミノタウロスの少女が迫ってくる。
―「そこまでよ!」―
大観衆の中からエルフの美少女が凛とした美声を上げて決闘を止める。
―「んだよ、折角これから面白くなってくるってのに」―
―「この勝負、異国の青年の勝ちよ」―
―「なんで!」―
―「今は演習だけど、これが実戦なら貴女は死んでるわ」―
―「くっ…わかったよ、この勝負、あたしの負けだ…」―
巨大な斧を担ぎ直したミノタウロスの少女は自分の陣営に戻る。
そして彼女は去り際、こんな言葉を俺に言い残していった。
―「よぉく"匂い"を嗅いだら既に他の女の匂いが染み付いてるぜ」―
その後、先の決闘で実力を認められた俺は少人数で敵の陣営に攻め込み、強襲や奇襲等を仕掛ける独立機動強襲部隊に抜擢され、今に至ると言うわけだ。
「んじゃ、行くぜ、遅れるなよ!」
俺達は警備の手薄な場所を見つけると獅子奮迅の勢いで攻め込む。
教団も応戦するが鬼気迫る俺達の勢いを止める事が出来ない。
ミノタウロスの少女は斧を振り、エルフの少女は弓矢と魔法で援護を行ない、美代は鉄扇術と狐火を操り、俺は抜刀術の剣技を駆使しながら攻め続ける。
この作戦はスピードが重要であり、応援の使者を出される前に制圧する必要があった。
「おらおらぁ!!骨のある奴はいねぇのか!」
「ディア!単独行動は避けなさいと言ってるでしょ!」
「ちっ、わかったよ、レナス」
今にも敵本陣に飛び込もうとするディアと呼ばれたミノタウロスの少女をレナスと呼ばれたエルフの少女が制止をかけると二人は前衛と後衛に分かれた。
一方の俺は美代と背中を合わせ、極力死角が無い様に教団を駆逐する。
その後、頃合い見計らった外の待機部隊もケンタウロスの少女を筆頭に次々と港町に雪崩れ込んで来た。程なくして港町アクエリウスは親魔物派の解放軍によって解放された。
「待ちやがれっ!」
「深追いは禁物よ、既にアクエリウスは解放されたわ」
「思ったより被害は最小限に抑えられたな」
神霊刀『神威』を鞘に収めた俺は労いの言葉を掛ける。
「ええ、貴方達の御蔭よ」
「何人か逃がしちまったがな」
周囲を見渡すと気絶した教団の傍らに透明感ある半液体状の生物が居た。
"彼女達"は今も尚、抗う彼等を決して逃がさない様に、その粘着性の高い青い身体で絡め取り男女が交合する様な形で辺り構わず、その行為に無我夢中で耽っている。
「彼女達は戦闘に参加しないけど、あのように戦利品(男)を贈呈してるの」
「あたし等は別に人間が嫌いなわけじゃないからな」
「ええ、むしろ共存・共生の道を選んでいる」
既に辺り一面は卑猥な阿鼻叫喚の渦に巻き込まれ、所々から淫靡な喘ぎ声が聞こえる。
「これに耐性の無い者がこれを目の当たりにすると抑制が効かなくなるのよ」
「あたし等はスライム達とは違って耐性があるから平気だがスライム達の様に本能の赴くまま"餌"となる人間の男を求めて徘徊する者達にとっては非常に難儀なものだ」
「そうだな」
俺はディアとレナスの説明を聞きながら視界の中で行なわれている今の現状に相槌を打つ事しか出来なかった。
12/06/03 12:05更新 / 蒼穹の翼
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