第七章 始まる宴
その後、クレアさんの住居に案内された。
この集落の建造物は全て通気性が良く快適な暮らしが望めた。
またクレアさんから昼は心地よく夜は涼しいとも教えてもらった。
しばらくすると彼女の夫だろうか?飲み物をもてなしてくれた。
俺は丁寧に頭を下げてから「いただきます」と言って口に含む。
「美味しい」
素直な意見を言った。
独特の風味と香り、似たような味を知っている。
「これはジパングから取り寄せたお茶だ。私の夫が東方の島国出身でな…最初は私も慣れなかったが慣れば美味い、だから定期的に私は夫と一緒にジパングに行って夫の友人から貰ってる、シオンの口に合って何よりだ」
「私の故郷も、これと似たようなお茶を扱ってます」
「ふむ…ならばいつか持ってきてもらえるだろうか?」
「構いませんよ」
和気藹藹と語る俺の耳に賑やかな声が聞こえてくる。
視線を移せば数名の夫婦やその子供、未婚らしきアマゾネスの人達。
その後、数分も経過しない内に長の大広間は多くの人々で賑わった。
クレアさんに理由を聞けば今宵、月に一度ある感謝祭という。
日々の生活を支えてくれる食料に感謝の意を示す行事。
けどそれは表向き、裏向きに考えれば宴のようなものだ。
でもその考えはいいと思う…聞いた話によれば毎日、皆が大変だという。
今宵は羽目を外す事もあるだろう…しかし、それは明日を生きる糧とする。
そうやって人も魔物も明日を迎え、未来を決めていく…なんかいいよな。
「ふむ…賑やかになってきた」
「そうですね」
周りを見渡せば総勢五十名前後が集まっていた。
集落の人口はまだ居るらしく今は夫婦揃って訪れて居る者が少ない。
この時間帯と世の理を考えれば今は夜のイトナミの真っ最中だ。
感謝祭でも夫婦の場合、狩りをしてきた妻を夫が労っているのだろう。
彼女達の常識は外界…つまり俺達と全く正反対だと言うのを聞いた。
だからだろうか?給仕をしているのは男性陣ばかりだ。
女性陣の方は俺を中心に様々な質問を投げ掛けてくる。
「まだまだ集まるぞ」
「えぇ!?これ以上無理じゃないですか?」
「本格的に感謝祭が始まるのは広場に行ってからだ」
「そうなんですか」
「うむ…今はシオンを紹介したいからな」
「恐縮です」
クレアさんは俺に視線を合わせると微笑んでくれた。
その笑みは人外の美しさと魔性の輝きを放っていた。
「では皆の衆、広場に向かおう」
広場に到着した俺は驚きに目を見張る。
広場の中心には焚火に使用する大きな木材の組み木が並べられていた。
火を入れれば山火事ならぬ森火事でも起きそうなくらい大きい。
更にその付近にはこれまた大きな鉄板が綺麗に並べられてる。
どれほどの鉄を使えばあれくらい大きな物が出来るのだろうか。
「壮観です」
「驚いたか?」
「これほど大きなのは初めてです」
「そうかそうか」
長のクレアさんは満足げに頷く。
「シオンの村には無いのか?」
「あるにはありますがこれほど大きなものは無いです」
大和は山に囲まれている為、火の取り扱いには充分注意してる。
少しの誤差や間違いで大惨事になる事もあるからだ。
話を戻そう…焚火の近くでは彼女等の夫達が忙しなく働いてる。
その後、準備が整い、次に彼等は自分の暮らす家に向かった。
すると次々と家の中から彼等の奥さんや子供たちが現れた。
数分後、広場には総勢百名前後の人々が集まり賑わいを見せる。
統計からすると未婚女性と既婚女性の数は五分五分くらいだ。
付け加えるなら未婚女性に幼い子供も入ってる…説明するまでもないか。
俺は途中参加と言う形だが長のクレアさんが皆に紹介してくれた。
簡潔な自己紹介、並び軽い質問を受け、感謝祭は始まりを告げる。
長の号令の下、巨大な組み木に火がくべられて鉄板が炙られた。
充分に熱が広がり、その上に解体された鹿や猪等の肉が置かれて焼かれる。
程よく焼かれた数々の獲物は食欲を煽り、俺の胃を刺激する。
故郷でも狩猟生活をしながら猪等を食べていた為、懐かしい感じだ。
次々と差し出される肉や酒、それらを自分のペースに合わせて口に運び、美味しく頂くが何気に肉よりも酒が多く勧められるのは気のせいだろうか?
それに故郷の酒とは全く違う為、少々煽るだけで頬が紅潮してくる。
徐々に感謝祭は加速を始め、皆が世間話に花咲かせ、友人や知り合いと話す。
俺は彼女達の夫に混ざり外界の様子やここの生活は大変かなどの話を始めた。
暫らくして話し込んでいる俺の背後から唐突に声が聞こえた。
「お前がシオンか?私の名前はチェルだ」
「はぁ…」
「先刻…不思議な楽器を吹いてたな?」
「吹いてたけど…それが何か?」
「気に入った!お前を私の婿にする」
「ははっ、御冗談を」
「冗談ではない!本気だ、異議があるのなら腰に下げるソレを抜け」
彼女達の求婚は直球と聞いたがここまでなのか?
見れば褐色の肌をしたチェルと名乗る少女の身体は朱を帯びてる。
酒の影響で酔ってる為か顔はほんのりと赤く息遣いが微妙に荒い。
獲物を目の前にした餓えた獣の如く今にでも襲い掛かってきそうだ。
そして周囲に居た夫達が彼女をなだめるが治まる事を知らない。
そのまま俺の服を強引に引っ掴み、自分の家に引っ張っていく。
気がつけば広場で注目の的になっているのは何時しか俺と彼女だった。
事の様子を見守る彼女達の(二人を除く)瞳には好機の色が宿ってる。
「(ははっ、成程…クレハさん、こう言う事ね)」
「(だから言っただろう?私の傍を離れるな、と)」
「(クレハさんが俺から離れていったんでしょ)」
「(…気にするな、シオンもあるだろ?友人と話したい事くらい)」
「(ぐっ…確かにそうですが、これはあまりにも酷だ)」
「(私はシオンの腕を信じてるぞ、ではな)」
そんな会話をクレハさんとする俺はチェルと名乗る少女に引っ張られる。
華奢な身体に秘められた力と不釣り合いな大剣を携えて…。
シオンがチェルの家に連れて行かれる…。
だ、ダメ…シオンは私の…あれ?どうして私がダメと決めつける?
私より強くて魅力的な女性だし、器量だってある。
未だに私はチェルから一本も取れた事が無い。
ならどうしてこんなにも胸が苦しいのか…さっきもそう。
彼がオカリナを吹いてる時、胸が張り裂けそうなほど苦しかった。
何か大事なものを忘れている気がして…。
―「オカリナが上手くなってきたね」―
―「姉さんのおかげだよ」―
―「そんな事無いよ」―
―「ううん、姉さんのおかげだよ、いつか一緒に吹こう」―
―「ありがと♪その時を楽しみにしてるからね」―
唐突に私の頭の中に投影された。
これは記憶…?でも何故私の記憶にシオンが?
そもそも"オカリナ"って?吹いてた楽器…あれの事?
次々と浮かび上がる疑問に頭がおかしくなりそう。
気の所為よ、気の所為…私がシオンを知ってる筈が無い。
私とシオンは今日初めて出会った…けど何?この拭い切れない気持ち…。
うーむ、どうしたものか…このまま連行されたら考えるまでも無い。
強引に押し倒されて激しい夜を過ごし、婚礼を迎えて所帯を持つ事になる。
それは困る…まだ姉さんも見つけてないのに家庭を築く訳にはいかない。
考えた結果は至極単純だ…『雷切』を抜いて打ち負かす事。
彼女達は勝てないと分かった男には手を出さないと聞いた…ならば!
「悪いけど俺には成し遂げなければならない事がある」
その言葉にぴくり、と反応した彼女は服を掴む手を緩めた。
俺は彼女の手を払い退けた後に距離を取る。
彼女の瞳からは情欲の炎が消え、徐々に闘争の炎が宿り始めた。
焚火の炎に照らされた鈍色の大剣は斬る事より叩き潰す事に特化されてる。
その為、彼女の大剣を受ければ間違いなく両手は麻痺を起こすだろう。
先刻クレアさんは俺を試す為に手加減をしてくれたから何も異常はなかった。
だが今回は相手の動作等を先読みして確実に一撃を与えなければ勝機は無い。
俺は『雷切』の鍔に親指を添え、腰を深く落とし、右足を前に出して抜刀術の構えを取る。対して彼女も腰を深く落とし、大剣を薙ぎ払う構えを取る。
周囲から好機の眼差しは消え、変わって俺達の決闘に皆は息を呑むと沈黙が辺りを支配する。
彼女は一向に動く気配を見せないが、それは俺も同じだ。相手の動きを素早く察知し、渾身の一撃を叩き込む…勿論峰打ちだ。無益な殺生は大和の流儀に反する。これは先祖代々から例外を除いて今も尚、受け継がれている。
徐々に彼女は間合いを詰める。『雷切』は間合いが短い為、ある程度接近しなければならないがそれを彼女が許す筈無い。
「ふっ」
一呼吸の後、彼女は強く踏み込んで来た。
「っ…!?」
彼女は四本足の獣の如く一気に間合いを詰め、大剣を問答無用で薙ぎ払う。
風を裂き空気を切り裂く鈍色の刃の目標は俺の…。
「(右腕…っ!?)」
今抜かんとする俺の右腕に並みの人間では捉えきれないほど速い速度の大剣が走る。すぐさま柄に添えた右手を放し、回避運動を取る。ヒュッ、と風を切る音と共に大剣が薙ぎ払われた。あと数秒遅れてたら右腕は骨折し、『雷切』が抜けない状態になっていた。その後は考えるまででもない…このまま組み敷かれ、俺が気絶するか彼女が満足するまで交わり続けただろう。
だが彼女の追撃はそれだけでなかった…俺が気付いた時、既に腹部は鈍い痛みを覚え、俺は真相を突き止める為、腹部を見る…メリッ、と大木を素手で抉った様な音が聞こえた。その瞬間、肺や胃…臓腑という臓腑が痙攣を起こした様な錯覚を覚える。視線を移せば彼女は俺に向かって妖艶に微笑んでいた。
この集落の建造物は全て通気性が良く快適な暮らしが望めた。
またクレアさんから昼は心地よく夜は涼しいとも教えてもらった。
しばらくすると彼女の夫だろうか?飲み物をもてなしてくれた。
俺は丁寧に頭を下げてから「いただきます」と言って口に含む。
「美味しい」
素直な意見を言った。
独特の風味と香り、似たような味を知っている。
「これはジパングから取り寄せたお茶だ。私の夫が東方の島国出身でな…最初は私も慣れなかったが慣れば美味い、だから定期的に私は夫と一緒にジパングに行って夫の友人から貰ってる、シオンの口に合って何よりだ」
「私の故郷も、これと似たようなお茶を扱ってます」
「ふむ…ならばいつか持ってきてもらえるだろうか?」
「構いませんよ」
和気藹藹と語る俺の耳に賑やかな声が聞こえてくる。
視線を移せば数名の夫婦やその子供、未婚らしきアマゾネスの人達。
その後、数分も経過しない内に長の大広間は多くの人々で賑わった。
クレアさんに理由を聞けば今宵、月に一度ある感謝祭という。
日々の生活を支えてくれる食料に感謝の意を示す行事。
けどそれは表向き、裏向きに考えれば宴のようなものだ。
でもその考えはいいと思う…聞いた話によれば毎日、皆が大変だという。
今宵は羽目を外す事もあるだろう…しかし、それは明日を生きる糧とする。
そうやって人も魔物も明日を迎え、未来を決めていく…なんかいいよな。
「ふむ…賑やかになってきた」
「そうですね」
周りを見渡せば総勢五十名前後が集まっていた。
集落の人口はまだ居るらしく今は夫婦揃って訪れて居る者が少ない。
この時間帯と世の理を考えれば今は夜のイトナミの真っ最中だ。
感謝祭でも夫婦の場合、狩りをしてきた妻を夫が労っているのだろう。
彼女達の常識は外界…つまり俺達と全く正反対だと言うのを聞いた。
だからだろうか?給仕をしているのは男性陣ばかりだ。
女性陣の方は俺を中心に様々な質問を投げ掛けてくる。
「まだまだ集まるぞ」
「えぇ!?これ以上無理じゃないですか?」
「本格的に感謝祭が始まるのは広場に行ってからだ」
「そうなんですか」
「うむ…今はシオンを紹介したいからな」
「恐縮です」
クレアさんは俺に視線を合わせると微笑んでくれた。
その笑みは人外の美しさと魔性の輝きを放っていた。
「では皆の衆、広場に向かおう」
広場に到着した俺は驚きに目を見張る。
広場の中心には焚火に使用する大きな木材の組み木が並べられていた。
火を入れれば山火事ならぬ森火事でも起きそうなくらい大きい。
更にその付近にはこれまた大きな鉄板が綺麗に並べられてる。
どれほどの鉄を使えばあれくらい大きな物が出来るのだろうか。
「壮観です」
「驚いたか?」
「これほど大きなのは初めてです」
「そうかそうか」
長のクレアさんは満足げに頷く。
「シオンの村には無いのか?」
「あるにはありますがこれほど大きなものは無いです」
大和は山に囲まれている為、火の取り扱いには充分注意してる。
少しの誤差や間違いで大惨事になる事もあるからだ。
話を戻そう…焚火の近くでは彼女等の夫達が忙しなく働いてる。
その後、準備が整い、次に彼等は自分の暮らす家に向かった。
すると次々と家の中から彼等の奥さんや子供たちが現れた。
数分後、広場には総勢百名前後の人々が集まり賑わいを見せる。
統計からすると未婚女性と既婚女性の数は五分五分くらいだ。
付け加えるなら未婚女性に幼い子供も入ってる…説明するまでもないか。
俺は途中参加と言う形だが長のクレアさんが皆に紹介してくれた。
簡潔な自己紹介、並び軽い質問を受け、感謝祭は始まりを告げる。
長の号令の下、巨大な組み木に火がくべられて鉄板が炙られた。
充分に熱が広がり、その上に解体された鹿や猪等の肉が置かれて焼かれる。
程よく焼かれた数々の獲物は食欲を煽り、俺の胃を刺激する。
故郷でも狩猟生活をしながら猪等を食べていた為、懐かしい感じだ。
次々と差し出される肉や酒、それらを自分のペースに合わせて口に運び、美味しく頂くが何気に肉よりも酒が多く勧められるのは気のせいだろうか?
それに故郷の酒とは全く違う為、少々煽るだけで頬が紅潮してくる。
徐々に感謝祭は加速を始め、皆が世間話に花咲かせ、友人や知り合いと話す。
俺は彼女達の夫に混ざり外界の様子やここの生活は大変かなどの話を始めた。
暫らくして話し込んでいる俺の背後から唐突に声が聞こえた。
「お前がシオンか?私の名前はチェルだ」
「はぁ…」
「先刻…不思議な楽器を吹いてたな?」
「吹いてたけど…それが何か?」
「気に入った!お前を私の婿にする」
「ははっ、御冗談を」
「冗談ではない!本気だ、異議があるのなら腰に下げるソレを抜け」
彼女達の求婚は直球と聞いたがここまでなのか?
見れば褐色の肌をしたチェルと名乗る少女の身体は朱を帯びてる。
酒の影響で酔ってる為か顔はほんのりと赤く息遣いが微妙に荒い。
獲物を目の前にした餓えた獣の如く今にでも襲い掛かってきそうだ。
そして周囲に居た夫達が彼女をなだめるが治まる事を知らない。
そのまま俺の服を強引に引っ掴み、自分の家に引っ張っていく。
気がつけば広場で注目の的になっているのは何時しか俺と彼女だった。
事の様子を見守る彼女達の(二人を除く)瞳には好機の色が宿ってる。
「(ははっ、成程…クレハさん、こう言う事ね)」
「(だから言っただろう?私の傍を離れるな、と)」
「(クレハさんが俺から離れていったんでしょ)」
「(…気にするな、シオンもあるだろ?友人と話したい事くらい)」
「(ぐっ…確かにそうですが、これはあまりにも酷だ)」
「(私はシオンの腕を信じてるぞ、ではな)」
そんな会話をクレハさんとする俺はチェルと名乗る少女に引っ張られる。
華奢な身体に秘められた力と不釣り合いな大剣を携えて…。
シオンがチェルの家に連れて行かれる…。
だ、ダメ…シオンは私の…あれ?どうして私がダメと決めつける?
私より強くて魅力的な女性だし、器量だってある。
未だに私はチェルから一本も取れた事が無い。
ならどうしてこんなにも胸が苦しいのか…さっきもそう。
彼がオカリナを吹いてる時、胸が張り裂けそうなほど苦しかった。
何か大事なものを忘れている気がして…。
―「オカリナが上手くなってきたね」―
―「姉さんのおかげだよ」―
―「そんな事無いよ」―
―「ううん、姉さんのおかげだよ、いつか一緒に吹こう」―
―「ありがと♪その時を楽しみにしてるからね」―
唐突に私の頭の中に投影された。
これは記憶…?でも何故私の記憶にシオンが?
そもそも"オカリナ"って?吹いてた楽器…あれの事?
次々と浮かび上がる疑問に頭がおかしくなりそう。
気の所為よ、気の所為…私がシオンを知ってる筈が無い。
私とシオンは今日初めて出会った…けど何?この拭い切れない気持ち…。
うーむ、どうしたものか…このまま連行されたら考えるまでも無い。
強引に押し倒されて激しい夜を過ごし、婚礼を迎えて所帯を持つ事になる。
それは困る…まだ姉さんも見つけてないのに家庭を築く訳にはいかない。
考えた結果は至極単純だ…『雷切』を抜いて打ち負かす事。
彼女達は勝てないと分かった男には手を出さないと聞いた…ならば!
「悪いけど俺には成し遂げなければならない事がある」
その言葉にぴくり、と反応した彼女は服を掴む手を緩めた。
俺は彼女の手を払い退けた後に距離を取る。
彼女の瞳からは情欲の炎が消え、徐々に闘争の炎が宿り始めた。
焚火の炎に照らされた鈍色の大剣は斬る事より叩き潰す事に特化されてる。
その為、彼女の大剣を受ければ間違いなく両手は麻痺を起こすだろう。
先刻クレアさんは俺を試す為に手加減をしてくれたから何も異常はなかった。
だが今回は相手の動作等を先読みして確実に一撃を与えなければ勝機は無い。
俺は『雷切』の鍔に親指を添え、腰を深く落とし、右足を前に出して抜刀術の構えを取る。対して彼女も腰を深く落とし、大剣を薙ぎ払う構えを取る。
周囲から好機の眼差しは消え、変わって俺達の決闘に皆は息を呑むと沈黙が辺りを支配する。
彼女は一向に動く気配を見せないが、それは俺も同じだ。相手の動きを素早く察知し、渾身の一撃を叩き込む…勿論峰打ちだ。無益な殺生は大和の流儀に反する。これは先祖代々から例外を除いて今も尚、受け継がれている。
徐々に彼女は間合いを詰める。『雷切』は間合いが短い為、ある程度接近しなければならないがそれを彼女が許す筈無い。
「ふっ」
一呼吸の後、彼女は強く踏み込んで来た。
「っ…!?」
彼女は四本足の獣の如く一気に間合いを詰め、大剣を問答無用で薙ぎ払う。
風を裂き空気を切り裂く鈍色の刃の目標は俺の…。
「(右腕…っ!?)」
今抜かんとする俺の右腕に並みの人間では捉えきれないほど速い速度の大剣が走る。すぐさま柄に添えた右手を放し、回避運動を取る。ヒュッ、と風を切る音と共に大剣が薙ぎ払われた。あと数秒遅れてたら右腕は骨折し、『雷切』が抜けない状態になっていた。その後は考えるまででもない…このまま組み敷かれ、俺が気絶するか彼女が満足するまで交わり続けただろう。
だが彼女の追撃はそれだけでなかった…俺が気付いた時、既に腹部は鈍い痛みを覚え、俺は真相を突き止める為、腹部を見る…メリッ、と大木を素手で抉った様な音が聞こえた。その瞬間、肺や胃…臓腑という臓腑が痙攣を起こした様な錯覚を覚える。視線を移せば彼女は俺に向かって妖艶に微笑んでいた。
13/05/01 02:41更新 / 蒼穹の翼
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