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余話

【夢から覚める】



「……これで一件落着だな!」
 エルロイは、天晴、鉄扇を開いて胸を反り、得意げにその言葉に飾った。表情は嬉々として満足そうだ。
 そんな彼に、チェルニーがもじもじとしながら寄り添う。
「そ、そうだな。これで暫くはゆっくり出来る訳だ。……な、なぁっ、エルロイ。こ、これから、貴様の故郷でゆっくりと……」
 そんな時、エルフの耳がピクンと跳ねあがる。注意の方向では、ヘザーがゲーテに物を言いたげな手を差し出していた。
「ねぇ、ゲーテ。今回の報酬、今の内に渡しておいてくれないかしら。これからエルロイを私好みの奴隷にする為の調教資金を先に引いておかなくちゃいけないの」
「う、うむ」
(……の前に、あの害虫をどっかにやらねばならんな……ッ!!)
「チェルニー、俺の故郷がなんだって?」
「い、いやっ。なんでもないぞ!?」
 彼の故郷でゆっくりと暮らす。そんな夢を見ながら、少女はその前にやらねばならない事を再確認する。その目の先には、受け取った報酬の幾らかをポケットに捻じ込むヘザーの姿があった。


 ヘザーに報酬を払ったゲーテは、他のメンバーにも渡しておくべきだと思い立ち、ゼル達の元に向かう。
「あ、ゲーテ様……」
 ゲーテが近寄って来たのを察知して、ゼルは小声で呼ぶ。
「どうし……ああ」
 何故小声なのかと尋ねる前に、ゲーテは納得した。岩場の影で、ミノタウロスの姉妹が仲良く寄り添って眠っているのだ。
「彼女達、普段は良く寝る種族なのですが、昨日から一睡もしていませんでしたから……緊張の糸が切れた途端、倒れてしまいまして」
「いや、いい。ゆっくりさせておこう。それよりも、これ」
 ゲーテはそういいながら、金貨の詰まった麻袋をゼルの前に差し出す。
 だが、ゼルはそっとそれを手で押し返し、頭を振った。
「……報酬は要らないと、事前に御断りした筈です。ゲーテ様には恩がありますし、小生はそれをお返ししただけ」
「貴様には恩があったかも知れないが、彼女達には何の義理はなかっただろう。今回期待以上に働いてくれた彼女達に、何か美味い物でも食わせて労ってやれ」
 ゼルは目を丸くすると、今度は糸の様に細くし、頭を下げる。
「……お気遣いありがとうございます。このご恩、しっかりとケイフ達にも言い聞かせて」
「い、いや、結構だ。感謝してもらえればそれでいいし、余り恩に着てもらうのも、な」
「そう、ですか。そう仰られるのなら、仕方ありません」
 納得した様な、そうでないような。ゲーテは苦笑いして、ゼルの気が変わる前にその場を離れた。


「次は……」
 ゲーテの頭に騎士の姿を探すが、先に郵便屋の姿を見掛けたので、歩み寄る。
 彼の傍のコカトリスがギンッと睨み付ける。ゲーテの足が止まる。
「……アルダー」
 体が動かない。仕方なく声を掛けて助けを求める。アルダーがすぐに気付き、ペトロシカのゴーグルを下げる。
「わふっ」
 彼女の悲鳴。
「……済まない」
 アルダーの謝罪。
「いやいや……」
 コカトリスの視線が途切れた所で、ゲーテは拘束から解放される。
「なんだよぅ! アルダーさんと、主に僕を危険な目に遭わせてっ。話が違うよ! お仕事は配達だけだったのに!」
「……ペトロシカ」
 静かに諭すアルダー。だが、彼女の言い分にはゲーテも眉を下げる。
「済まなかった。結果的に、巻き込んでしまう形になってしまって……これで済むとは思わんが、報酬の方には色を付けてある」
「ホント!」
 ペトロシカの目の色が変わる。ゲーテが差しだした麻袋をふんだくり、中身を確認して更に目を輝かせる。
「わー……! アルダーさん、見て見て! こんなに沢山っ」
「……いい、のか? こんなに……」
「ああ、構わん。どうせ、今回の件の準備資金の残りさ。二人には助けられた。その感謝の分だ」
「わーい!」
 さっきまでゲーテに敵意を向けていたペトロシカの表情は打って変って喜色満面。なんども麻袋の中を確認し、アルダーに笑顔を向ける。
「アルダーさんっ。これ、僕達のいつもの稼ぎの3倍はあるよっ」
「そうだな……」
   これで暫くは働かないで、二人っきりでいられるね?」
 ゲーテの去り際。
 ……アルダーの体が小刻みに震えていたのは、気の所為という事にした。


 ゲーテが探す姿を、朝陽を望む崖に見付けた。
 剣士がリザードマンの少女を抱いて座り、朝陽を眺めている。
「うぅっ! 良かったでするぅぅ、良かったでするなぁ、主殿ぅぅ」
 エリスが号泣している。何度も、零れ落ちる涙を手で拭う彼女に、スヴェンは苦笑いを浮かべて付き合っていた。
「全く、まだ泣いているのか」
「うぅ。だってぇ」
「……よく頑張ったな。エリス」
 そう語りかけて、頭を撫でる。少女はまるで兄にでも甘えるかのように、剣士に背を預けていた。
「……報酬か」
 まるで邪魔をするなと言わんばかりに険のある一言。背後で様子を窺うゲーテに向けられた言葉だ。
「ああ」
 後ろから麻袋を放る。スヴェンは一瞥もせず、それを掴み取る。ジャラッ、と音が鳴る。
「……約束より多いな」
 音だけで把握する。ゲーテは全員に渡す筈だった報酬の量を何割か増やしていた。
「ああ。何、用意していた金が余っていたのでな」
「……感謝する」
 スヴェンは黙って麻袋を懐に仕舞い込む。
「……エリスに、一つ訊いてもいいか?」
 ゲーテが口にする。スヴェンはエリスを抱く腕を強める。
「なんだ」
「いや、あの時……ヴァーチャーは良い人だと言ったな? あれは……どうしてなのかと」
 エリスは目をごしごしと擦った後、張れた目でゲーテを見詰める。
「……最初見た時から、悪い人には見えなかったからでする」
「おいおい、最初は敵だったんだぞ。お前を攫って、俺達を殺そうと……」
「エリスを攫ったのは南洋正教会でする。人質だったエリスを助けてくれたでするし……その、エリスが自決しようとした時、止めてもくれたでする。最終的には純粋な対決でエリス達と対峙したでありまするし……」
 エリスの言葉にスヴェンが目を丸くする。
「……そっ、そう言われてみれば、そうだったな……」
「それに、なんだか、辛そうだったでする……きっと本心では、戦いなんて望んでなかったんでありまする。エリスはそう思いました」
 彼女の目は、純粋無垢だ。そして、見るべき所を見逃さない。その場にいたスヴェンとゲーテはその事を思い知らされた。
「……彼奴は、あれで良かったのか?」
 スヴェンがゲーテに問う。ゲーテははぐらかす様に視線を宙に浮かす。
「あー……どうなのだろうな」
「理由はどうあれ、俺は殺した方が世の中の為だと思って(ゴツンッ)へぶぅっ!?」
 エリスがスヴェンの顎に頭突きをする。
「主殿!! エリスの話、聞いてなかったでありまするか!!」
「き、聞いたぞっ。だがなぁ、何れ彼奴は自由になる。その時、彼奴は何をしでかすか判らないんだぞ?」
「きっと大丈夫でする! 今はフレデリカ殿達がいらっしゃるのでするから!」
 少女の目がキラキラと、剣士の目を覗き込む。嘘偽りも無く、本気でそう思っているという事を、その目がまざまざと物語る。
「俺も、そう信じている。ヴァーチャーは脆い男だが、賢能だ。きっと俺達には想像出来ん程の事をしでかすに決まっている」
「だから、エリスの話を〜ッ」
 エリスの怒りの矛先が俺に向く。スヴェンが噴き出す。
「ふふ、あはは! エリス、今のはエリスの言う事を信じたって事だよ」
「え? ……え、と? なんででする?」
「……ぶふっ。ふわははは……!」
 吊られてゲーテも噴き出す。
「あ、なんでするかっ。主殿を笑う者は何人たりとも   
「だから、お前が笑われてるんだっ」
「ふぇっ!? そうなのでするかっ!?」


 浅く朝靄掛る、鮮やかな朝焼けの下で、そんな和やかな笑い声が響いた   





――――――――――





「……ふぅ。空気が美味いなぁ……」
「どうですか? 久々の自由は」
「悪くない。あれから言う程の時間は経ってないっていうのに、世界が一変したみたいに見える」
「うふふ、きっと世界の見方が変わったからですよ」
「そっか」
『ご主人さま、もう出ていいですか〜ぁ?』
「おおう。悪い悪い、もう出ていいよ」
「……ぶはっ。もう、撒けたなら早く言って下さいよぅ」
「はは、悪い。でも、確実に撒けたって訳じゃぁ……」

   居たぞっ」

「……ほらな」
「ふふ。執念深い子達ですね……よっぽど懐かれているんじゃないですか?」
「なんでやねん。出会う度絡んでくるから、態々エサまでやって相手してやらないでいたのに」
「……それ、餌付け、になるんじゃないでしょうか……?」
「そんな、動物じゃあるまいし」
「見付けたぞっ。ふっふっふっ……何処へ逃げようが、儂に掛れば御主の居場所など、臭いで判るのじゃっ。諦めて儂の手中に堕ちよっ」
「……言っとくけど、今お前のフォローしたんだからな……」
「? なんじゃっ、儂の話? なんの話をしておったのじゃっ?」
「ヒント、豚のケツ」
「……豚のケツ???」
「バフォ様、あれじゃないですか? バフォ様から豚のケツと同じ臭いがするとか」
「ジーノ。御主、余程木っ端微塵にされたいようじゃのぅ……?」
「ではあれではないでしょうか。豚のケツからバフォ様と同じ臭いが……」
「逆にしただけじゃろうがッ。なんなんじゃっ、長年連れ添って来た儂に喧嘩売って、何が目的なのじゃ!?」
「もう、二人とも! 高貴且つ清廉なバフォ様から豚のケツと同じような臭いがする訳がないじゃない!」
「そうじゃ、言ってやれ! レイン」
   二人共、走るぞ」
   うふふ……はい」
   あ、ご主人さま、待って……!」
「バフォ様からするのはねぇ……(クンクン)……ぶ、豚のケツなんて、そんな臭いする訳ないじゃない!!」
「今の間はなんじゃ!? ていうか今の、別の臭いを表現しようとして断念した感はどういう事じゃ!? ぐすん……のぅ、儂、変な臭いなんてしてな   って、おらんしッッ」
「あ……何時の間に」
「いい加減にせんか、御主等! さっきだって貴様等が目を離しおらねば、奴は今頃儂の下僕になっていたというのにっ」
「バフォ様だって目を離してたじゃないですかーっ」
「五月蠅いっ。儂は可愛いから何をしても許されるのじゃっ」
「これはひどい」
「私達だって可愛いですよーっ」
「……あ、バフォ様! あそこ!」
「でかした! ふふふ……儂を謀った罪、五〇〇年では済まさんぞっ。とうっ」
「(バスンッ)どわっ」
「兄上、捕まえたのじゃっ。も〜ぅ、離さんぞ! 観念するのじゃ!」
「うふふ、捕まっちゃいましたね」
「はわっ!? ご主人さまになんて事を!」
「バフォ様がお兄ちゃん捕まえた〜♪」
「お兄様が捕まった」
「はぁ……なんであんな男に皆……(ブツブツ)」
「……全く、騒々しい事やな」


 賑やかで平凡な日々。男は満更でもなさそうに、笑っていた。





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【メモ-人物】
“ヴァーチャー”-1

元は心優しい性格であったが、疎まれる程の才能を得て生まれた為、孤独の中狂気に魅入られてしまった青年。自身の信念である“愛”に心酔していたが、狂気に魅入られてからは彼自身のデストルドーが増幅、リビドーを飲み込み、あらゆる愛情が破壊に向いてしまうソシオパスになってしまった。
長い孤独の中で忘れてしまっていたが、ゲーテ達に挑むのは、彼等を殺すことで自分が外道として生まれた事を確信したかったからでもあり、殺してもらって楽にもなりたかったからでもある。

しかしこのどっちに転んでもヴァーチャーにとって望ましい状況が、ゲーテ達が「ヴァーチャーの封印」という飽くまでも彼を生かす選択をしたことにより、崩れ去る。
封印が解けた後、ゲーテ達に自身の命運を賭けていたヴァーチャーは、今までのゲーテ達の言葉とフレデリカ達の想いを素直に聞き入れて、新たな一歩を踏み出すことにした…





闇の英雄の物語が、今また紡がれ始める

10/08/06 17:04 Vutur

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