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後篇 |
時義は目が覚めた。
此処は自分の部屋ではない。 何時かの森の中だ。 目の前には、何時か母の病が治るようにと思い願った祠。 其処に自分より幼い少年が、熱心に手を合わせている。 「どうか、ははうえのびょうきを、なおしてくださいっ」 少年は笑っていた。 けれども、真剣な眼差しで、この廃墟同然の祠に願いを告げた。 「どうか、ははうえをたすけてくださいっ」 「……」 時義はすぐに判った。 これは自分の三つの頃の姿だ。 こんなに熱心に願っていたんだと、改めて思う。 その笑顔は、必ず願えば叶うと信じているからだろう。 だがこの祠には何も祭られていない。 此処は悪い狐が封印されている場所。 この少年に声なんて届かないし、届いてもどうしようもないのに、つい教えてあげたくなる程に熱心に願う少年の姿。 時義は若しかしたら死んだのかもしれないが、そんな事はどうでもいい。 只、この少年に時義は自分の事を告げて、強く生きろと声を掛けてやりたかった。 チリン、 澄んだ鈴の音。 時義は辺りを見回す。 どうやら少年の耳には届いていない様子。熱心に願っているからか、それとも夢の住人である自分しか聞こえないのか。 チリン、 二度目に聞く。 居た。 綺麗なべべを身に纏う、狐の化生の姿。 彼女は祠の横に立っていて、やがて少年の前に立つ。 少年は自分の前に立つ化生に気付く気配はない。 やがて化生は身を屈め、一心に願いを捧げる少年の顔を覗き込む。 『 少し遠い声だが、時義は化生の声を聞いた。 しかし少年は聞こえない様子。 どうやら、あの化生も夢の住人らしい。 『そんなに母君が愛おしいのか。全く、童は寂しがり屋じゃの』 化生は少年の頭に触れ、撫でる。 その仕草は、まるで自らを「悪い狐」と謂うようには思えない。 いや、その前に時義は我が目を疑った。 『……すまんの。こんなに通い詰めてくれておるのに、妾には何もしてやれん……』 狐は今まで耐え忍んでいたかのように、少年の前で泣き崩れる。 『すまんの……すまんの……っ』 封印されているこの身を、こんなにも恨めしく思った事はない その想いが滲み出て、時義の中に入り込んでくるかのようだった。 「 さぁさぁと小雨が屋根を叩く音。 少年は目を覚ます。 柔らかい感触を、頭の後ろに感じた。 「あ、う……何を……」 少年の首に、白い腕が撒き付く。 「ふふ……精の目覚めの余りの良さに気絶してしまうとは、つくづく可愛い童よのう」 「せいの、めざめ……?」 「そうじゃ。……さっきは済まなかったのう。少し乱暴に扱ってしもうた。妾は別に其方を怖がらせるつもりなどない。安心してくりゃれ」 抱き締められる。柔らかい感触が少年を包み込む。 少年が枕にしていたのは、化生の乳房であった。 「さて、まだ妾の胎(はら)は満たされておらぬ故、もっと其方の精をくりゃれ……」 化生は少年を自分の下に敷き、自分は逆になって跨る。 少年の目の前に化生の陰華が咲いて蜜を垂らしていた。 「ちゅっ、ちゅぷっ、……ん、ちゅ。れろ、れろ」 化生は腰を左右に振りながら陰茎を貪る。 すぐに陰茎は剛直となる。 「ん、ちゅぷ。精通したてだと、ちゅ、いうのに……ぬぷっ、元気、じゃのう……ぬちゅぅ……うむ、童は元気が……ハァ、ハァ……一番じゃ……れろぉ」 化生は取り付かれた様に、少年の剛直を貪る。溢れ出した蜜が、次第に少年の頬に堕ちる様になって来た。 (これ、なんなのかな……) 少年は息を荒げながら、不思議がる。 良く判らないが、あの陰華を舌でなぞればどうなるものか。 無性に気になった。 「ちゅぷっ!?」 化生の体に雷が落ちたかの様に震える。尻尾や耳、全身の獣毛を逆立てる。 「あ……! すみません、痛かった、ですか……?」 化生は耳と尻尾をだらりと垂らす。 「……いいや。寧ろ、もっとしてくりゃれ……」 化生は甘えた声で、腰を降ろす。 「うぷっ」 陰華を口に押し付けられた少年はもがく様に口を動かし、舌でそれを押し返そうとするが、それは華に吸い込まれ、更に蜜を溢れさせる。 「ん、きゃふんっ。……な、中々大胆ではないか……」 「じゅる、ちゅぷぁはぁっ……き、気持ちいいんですか……?」 蜜に溺れそうになりながら少年が尋ねると、化生は頬を赤らめる。 「うむ……気持ち、よい。じゃからもっとしてくりゃれ……」 しゅ、しゅ……。 少年は自分の陰茎を扱かれながらも、促された通り化生の陰華に舌を這わせる。 なんだか、酸っぱくて温い味が広がる。 「はぁ、はぁ……まさか、こんな役得に預かれるとは……ん、其方の舌で、妾の大切な部分が……ああっ」 荒い息を少年の陰茎に吐き付けながら、その手を休めず陰茎を撫で擦る。 やがて女狐の腰がぶるぶると震え、陰華は蜜を勢いよく吐き出した。 不思議な臭いが立ち込める。少年は何が起こったのか判らず、目を丸くしていた。 女狐はくたりと少年の上に倒れ込み、息を弾ませる。 「はぁ、はぁ……まさか、童の舌で女を感じさせられるとはの……」 「あの、大丈夫、ですか……?」 少年が心配する声も耳には届かない様子。 だがすぐに化生は立ち上がり、にんまりと笑った。 「さて、そろそろ本番に入ろうかの……」 「え、本番……?」 少年が不安気に尋ねる。 「案ずるな。其方に女を教えてやろうというだけの事……」 女狐は腰を持ち上げ、少年の陰茎に陰華を宛がう。未熟な亀頭がつぷつぷと、蜜を垂らす華に埋もれる。 「あ、何……? 怖い……」 行為の意味が判らない少年は漠然とした不安を訴える。 「くくく、愛い反応じゃ……すぐに、直にそうは思わなくなる」 女狐は濡れた瞳でそう言って、腰を落とした。少年の陰茎が飲み込まれ、女狐の肉襞がさわさわと撫で擦る。 「あぁぁ……っ!?」 少年はその感触に首を傾げる事はなかった。 それどころか、息をするのも忘れてその感覚を享受している。 女狐は満足そうにしながら、腰を上下させる。 「あっ、ぐうぅ……ふにゃ、あ、んはぁっ!?」 存分に、声を漏らす少年。雄の本能を目覚めさせられた今、この行為の意味を理性で理解できずとも本能が快楽を理解する。 「ひぃっ。ん……くぁぁ……ふ」 目覚めたばかりの性が、子種を吐き出す。 女狐はうっとりとした表情で胎に収める。 「ふふ……幼き性が妾の胎の中で泳ぎ回っておる……元気な事じゃ」 「はぁ、はぁ……」 魂が抜けた様な疲労感。少年は荒い息で布団に倒れ込む。 「なんじゃ、もう終いか……?」 化生の尾が振れる。少年の萎えた陰茎を抜き去ると、蜜に混ざった白濁がとろりと漏れ出す。 「其方だけ夢心地になっても妾はつまらん……今度は、其方が妾をよくしてくりゃれ」 少年の耳を噛んで囁くと、化生の指は萎えた少年の陰茎をなぞる。 そして何事か唱える。意識が虚ろな少年にその呪文の内容は把握出来なかったが、すぐに体の異変を感じ取る。 陰茎が熱い――少年が目を遣ると、其処には悪魔の臓器とも思える程禍々しい肉の柱があった。 「あ……僕の、オチンチン……変に……」 「くくっ。これで、二人で楽しめるのぉ……♪」 化生の力で異形と化し、反り返った少年の陰茎に再び陰華が宛がわれた。 今度は一気に飲み込める大きさではない。化生も胸に手を置き、じっとその部分に注目しながら慎重に飲み込んでいく。 「ん、ひぃっ。なに、これぇ……変……変ですよぉ……化け狐様ぁ……」 涙目になりながら、締め付けられる陰茎の感触に快楽を憶える少年。身をよじり、甘い息を漏らす。 女狐はそんな少年に跨ったまま、漸く奥まで咥え込む。 「んっ。はぁ……其方のが奥まで届いておるぞ……感じるか」 「え……?」 言われ、少年は自分の陰茎の先に何かこりこりとした感触を見出す。 「オチンチンの先に固いのが当たってる……」 「それは女が子を宿す部分じゃ。其方の母親も其処に其方を宿し、産んだのじゃぞ」 「え、でも……そんな所で、何をするんですか?」 女狐は笑った。少年の反応が、如何にも事態を理解出来ていないのが判ったからだ。此処までの事をしておいて察しが悪いのもまた、愛しさを募らせる。 「ほら……そのまま妾を突き上げてくりゃれ?」 「……やって、みます」 指示通り、少年は女狐に飲まれた陰茎を突き上げる。 女狐は強気な目付きを崩し、一気に瞳を濡らした。 「ん……きゃ、うっ」 「だ、大丈夫ですか……!?」 突然鳴き声を上げた女狐に、怖じた少年は腰を止める。 「へ、平気じゃ……続けてくりゃれ」 不安げながら、少年は女狐を突き上げる。少年の性分なら此処で否が応でも心配を突き通す筈だが、少年は女狐を突き上げる事に些か興味が湧いていたのでそうとはならなかった。 「ん、すご……!」 女狐は弱々しく喘ぐ。 直立していた耳も柔らかく倒れ込み、目元には雫を光らせ、唇に手の甲を抑えて必死に耐える様子だった。 少年も腰を振りながら段々と陰茎に妙な感覚を憶えていき、どうも止め処が判らなくなっていく。 女狐の獣臭い蜜と少年の陰茎の蜜が混じり泡立つ音と、外でサァサァと屋根を打つ雨の音が木霊する。 「化け狐様、さっきからこれ、何……? なんですか、これぇ……! 僕を食べるんじゃ……変ですよぉっ」 少年が顔を真っ赤に、快感を力弱く拒絶して叫ぶ。 女狐もそろそろ言っても良いかと思い至ったのか、口にする。 「くくく。これはの、子を作る儀式なのじゃ……」 「子供……?」 「其方の子じゃぞ……♪」 少年に行為の趣旨を告白した瞬間、女狐は少年の頬を撫でながら口に親指を突っ込む。少年は何も言われないまま、女狐の指に舌を絡める。 「くく、とんだ助平な餓鬼になってしもうて……」 ちゅぷっ。 引き抜いた指に少年の唾液が絡む。女狐は大きく口を開けて、その指の唾液を舐め攫う。そしてもう一回少年の舌に絡ませて、舐め攫った。 「ん、ん……くく、矢張り若い男は何処を頂いても美味い……」 女狐はほぅっと息を吐いて、少年に覆いかぶさった。 「ほれ、早く動かすぞ」 少年が何か言おうとしたが、女狐はそれより早く行動に移す。 腰を速め、陰茎を弄ぶかのように陰華は激しい出し入れを繰り返す。 少年の頬に涙が一筋流れる。 「あ、あ、あっ……は、はぁぁ、駄目ぇ……っ!」 「ハァ、ハァ……どうした? 何が駄目なのじゃ?」 「はぁ、はぁ……ん、これ……何だか、変な気持ちに……!」 「くく、いいぞ……其方のその表情、最高じゃぁ……っ」 パンパンと、汗ばんで弾けてしまいそうな互いの肌を一心不乱で打ちつけ合う。 少年も女狐も、恍惚とした表情で行為に耽って、溺れていた。 「駄目、これ、気持ちいい……」 「そうじゃろう、女の胎内は気持ちよいじゃろう」 「あうぅ……出ちゃう。さっきの、また出ちゃいますぅ……」 「妾もじゃ……共に逝こう……」 暫く荒い息が交差し、やがて激しさを増すと、少年の腕が女狐に回される。女狐も少年に腕を回し、強く抱き締め合う。 陰華が華開き、少年の子種が勢いよく漏れ出し、布団に染みを作る。 若い臭いを消し去る勢いで、甘ったるい臭いが部屋に充満する。 「……はぁ、はぁ」 「ん……ふぅ」 互いに疲労し、暫く無言で荒い呼吸を繰り返す。 徐に口を開いたのは少年の方だった。 「子供……出来ましたか……?」 女狐は込み上げる愛情を抑えきれないと言わんばかりに、少年に口付けした。 「わぷっ。ちゅぱ、ちゅぴっ。ん、じゅるる」 激しく貪る様なキスを終えると、女狐は少年に笑い掛ける。 「妾の胎はもう一杯じゃ……子を宿していてもおかしくはないの」 「そうですか……」 少年は安堵したように微笑んだ。 「 少年は言った。 行為を終えて幸せそうに表情を緩ませていた化生が、途端に神妙となる。 「……矢張り、其方の道に行くか」 「知ってらっしゃったんですね」 「此方の台詞じゃ。何処まで気付いて、死を受け入れていたのかや」 静かに、怒った様子で問いただす化生。 少年は一呼吸置いて話し始める。 「……本当は、目を背けていたかったんです。だって、そうすれば父上を苦しめないで済みますから」 時義の父親は、時義の母が死んでから新しく妻を迎えていた。 当時、時義は4歳くらいだろう。義母は元々の母親以上に時義を可愛がった。 けれど、時義の父と義母の間に新しく子供が出来てから状況は一変。義母は自分の子供を溺愛し、時義を蔑ろにし始めた。 時義は大人しく身を引いた筈なのだが、次第に義母は時義の存在自体を疎み始め、遂には呪詛を掛けたのであった。 それ以降、時義は病に伏せって体力を奪われていくのみ。 「恨んだりはせぬのかや」 時義は首を振る。 「義母上も自分の幸せを思っての事だと思います。それを責められません」 「父親の所為かや」 「……」 「父親が見て見ぬふりをしておるから、子である其方はそんな悲しい事を言うのかや」 時義だって、化生の台詞を聞く前から見抜いていた。 医者から移る病だと訊いておきながらも、何の臆面も無く自分の傍に寄る父が、何かを隠している事を。 何よりその行動自体が、父が時義の病は流行り病などではない事を知っていた証拠であった。 「父親を恨んだりせぬのかや」 「父上はっ……好きな人と、共にあろうとしただけです……っ」 肌蹴た着物をぎゅっと握り締める。 化生は自身の乱れた髪を毛繕いする。 「良い子じゃ。良い子過ぎて、胸糞が悪いの」 「好きに言って下さい……僕の命はもう僅か。あと少し我慢すれば、全て終わるんです」 化生は上げ足を取ったと主張するように三日月に笑った。 「ほれ、白状しおった。“我慢”、じゃとな。其方は両親の為に死にとうない。身勝手とさえ思っておる」 「……僕は、死ななきゃならないんです。父上の為にも」 化生は再び笑った。 「死ななきゃならない? 何をおかしな事を。妾が其方の母親なら、其方には何に変えても生きていてほしいと願う物じゃ」 「母上は……もうとっくに死にました」 「母親の死を、自分の所為とでも履き違えておるのかや。こんな何の益もない化け狐に縋った自分を愚かと思うておるのかや」 少年は慌てて否定しようと視線を向ける。 化生の頬から、涙の筋が流れるのを確かに見た。 「……其方はやれる限りの事をした。無力だったのは妾じゃ。じゃから、妾は此処に来たというのにからに」 「……あ」 少年は先程見た夢を思い出した。 化生は懸命に願いを唱える少年の前で、後悔の涙を流した。 その涙が、現にある。 此処にあるのだ。 「其方が望むなら妾が救ってやる。復讐を望むなら妾が果たしてやる。精気を得た今の妾なら、其方の望みの一つや二つ容易く叶えられようぞ」 「復讐なんて望みません」 「其方の母親を殺したのもあの女だと聞いてもかや」 少年の血相が変わる。 「……どうやら、それは知らなんだ様子じゃの」 「な、なんで……!? どうして!?」 取り乱す少年。 「あの女は其方の父君を好いておった。けれど、もうすでに其方の父君には妻がいた。それを見てあの女、今の其方の様に其方の母君に呪詛を掛けた」 少年の瞳に怖じた様に視線を伏せる化生。 「そんな、母上は倒れてからすぐに息を引き取られました! 僕はもう何年も病に苦しんで、今やっと命が尽き掛けていた頃……」 「それは妾が守護を付けていたからに他ならん」 「どうして……なら、母上を助けられなかったっていうのは……」 「守護は、其方が妾の目の前まで来ていたから出来た事じゃった。其方の背後に呪詛の気配を感じ、同時に其方の命が危ういと感じた。じゃから、其方にしか守護を付けなかった……いや、付けられなんだのじゃ。母君を妾の目の前まで連れてくる訳にはいくまい」 少年はおし黙る。化生の表情を見て、決して屁理屈で逃げている訳ではないと察したのだ。 「妾は悪い狐じゃった。じゃが、其方の直向きに母を想う気持ちに心打たれ、改心したのじゃ。……いや、違うな」 化生は言い直す。 「其方に その表情、まるで初心な生娘のように頬を染めて言った。 「改心した暁に、其方に輿入れすると誓った。じゃから此処に居る。其方は生きたいのかや? 幸せになりたいのかや? 恨みを果たしたいのかや? それとも 「ぼ、僕は……」 「生きたいのなら妾が呪詛を殺してやる。幸せになりたいなら妾が幸せにしてやる。恨みを果たしたいのなら其方が怨む全員に天罰を与えてやろう」 化生は続ける句で申し訳なさそうな顔をした。 「じゃがもし、安らぎを得たいと言うのなら……すまんかった。妾が余計な事をした所為で、苦しみが長引いてしまって……妾は、悪い狐じゃったから、こうなるとは判らなんだ。生きてさえいればと、そう思っておったのじゃ」 「……一つ、訊いていいでしょうか」 「なんじゃ? なんでも尋ねてくりゃれ」 「化け狐様は、僕に生きていて欲しいと思っていますか」 「当たり前じゃ」 当然至極とばかり、化生は返す。 少年は笑みを零した。 「そうですね……僕は 時義の父親は「はて」と思った。 先程まで息子の部屋から聞こえていた念仏がぶつりと途切れたのだ。 そして不気味な静寂。 外の雨脚が耳に遠い。 急な不安に駆られ、父は息子の部屋の戸を叩く。 「もう終わられましたかな。これ以上続けると、息子の身が危ないのでは?」 言うが、返答がない。 苛立つ父は、断りを得ずに戸を開ける。 其処に在ったのは、力無く横たわる息子の姿。 「 父親は驚いて、息子を抱き上げる。 それはもう亡骸であった。 「おお……時義……時義ぃ……ッ!」 息子の亡骸に涙を落とす父。 周囲にあの祓い師の姿がない事など構いやしない。 そんな所へ……胡蝶の着物で着飾った女がやってくる。 息子の亡骸を抱える父を見て、同情したようにその背中を撫でさすってはこう言った。 「旦那様、お気を確かに。時義様も、もう長いお命ではないと知っておいででしたでしょうに」 その言葉を聞いた瞬間、悪鬼の如く目を晴らした父が女を睨み挙げる。 「……よくも抜け抜けとッ! 貴様が時義に呪詛を掛けた事は知っておろうぞッ。よもや、あの祓い師、時義を亡き者にせんと業を煮やした貴様の差し金ではあるまいな!!」 「は、は? な、何の事でございましょう?」 「惚けるでない!! 即刻この家から出て行け……今度顔を見せたら叩っ斬ってくれるっ」 女は顔面蒼白にし、まさに脱兎の如く姿を消した。 「……時義……儂が愚かだった。大切な我が子が苦しんでいるというのに、見て見ぬふりをしておった……儂は、取り返しがつかない事をしてしまった……」 只、亡骸に泣き縋りながら許しを乞う。 『本当によかったのかや』 『いいんです。僕はどの道あの家で必要な存在ではありませんでした』 『そうかや。そう思うのならばよい……』 黒揚羽は父の目の前から飛び立ち、周りを舞う。 『ならば共に行こうぞ、時義。俗世を離れ、妾と穏やかに暮らそう……』 『はい』 黒揚羽は窓の外に飛び出した。 雨は止んでいた。 濡れた空に虹が掛る。 |
【メモ-用語】
“九字真言” 「臨(リン)兵(ビョウ)闘(トウ)者(シャ)皆(カイ)陣(ジン)裂(レツ)在(ザイ)前(ゼン)」でお馴染あのフレーズの事。 これが出来れば今日から君も陰・陽・師☆レッツゴ―! …それぞれの字は九星九宮を示しており、「臨=青竜」「兵=白虎」「闘=朱雀」「者=玄武」「皆=匂陳」「陣=帝后」「裂=文王」「在=三台」「前=玉女」である。 多分。 10/06/29 08:42 Vutur |