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影法師達の縁談 |
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北の国の若き国王であるエドアールは玉座に凭れ掛り、憮然とした表情を大臣達に向けていた。
結婚適齢期だからと大臣達が見合いの相手を見繕って来るのはこれで何度目か数え切れない。この所は数日に一度の頻度で大臣縁の貴族や他国の姫の知りたくもない気立てを教えて来る。 「王様、どうか早く王妃様をお迎えして私達から御世継ぎの心配をなくしては頂けませんか」との弁は前国王、つまりエドアールの父の代から仕える忠臣。 「他国との縁談が御嫌でしたら、恐れながら私共縁の者を御引き合わせしたいと存じますが」との弁は腹に一物ある大臣の一人。 どちらの言い分にも耳を貸さず、エドアールは只父から受け継いだ玉座に片膝を立てて、王冠を指に引っ掛けて回していた。今までこの振る舞いは大臣達が咎めていたが、婚約を急いでいるらしく、エドアールのご機嫌取りの為にも、今は目を瞑っている。 「……あー、嫌だ嫌だ。私はまだ身を固める気はない。どんなに気立てのよい娘を引き合わせようが無駄だ」 相変わらずニベもない、と大臣達は眉を下げる。 「しかし、王様の身に何かあれば……只でさえ近頃王様の身の回りでは素姓の知れぬ者が犇めいております。その為にも、御世継ぎだけではなく、後継者となる家柄があれば……」 大臣の懸念する通り、近頃エドアールは命を狙われる事が多くなった。大臣達は口にしなかったが、取り分け先年の戦に負けてからは頻繁になった。何者の手によるものかは目下調査中であるが、手掛かり一つ見付け出せていない状況にある。この点に関して、大臣達は一様に歯がゆい思いをしていた。 「そういった者達から私を護るのが騎士団の務め、引いては其方等の務めだろうに。加えて、その理屈からいけば私に嫁ぐ娘とその家は私と同じく危険な目に曝されるという事。看過出来ん事だな」 「その覚悟あってこそ、我が王家に嫁ぐ者であります」 「もうよい。その辺りの問答はつい六日前にもしたばかりだ」 エドアールは溜息を吐いた。大臣達に無理解な訳ではないし、女が嫌な訳でもない。だが、自分が王である事も含め、何かに縛られる事を嫌う気風であったから、結婚によって今ある僅かな自由すら奪われるとなると我慢ならない、という事を大臣達に言ってやろうかと逡巡する。 しかしそんな事を耳にすれば大臣達は泡を吹いてしまうだろう。王が嫌だと言っても、王としての務めを蔑ろにする程無責任な行動は取れない、とエドアールは出掛かった言葉を飲み込む。 大臣達の間に、今回も駄目か、という蟠ったムードが広がる。 その中で一人、顔を青くする若い大臣が一人いた。 その妙な様子にエドアールが気付き「どうした」と玉座の上から声を掛けた。 若輩な大臣は歯をがちがち鳴らして応える。 「その、それでは、来月にある南の国の姫様との御縁談は、どう致しましょう……?」 訳知る大臣の一部がはっと気付いて頭を抱えた。 「なんだ、何の話だ?」 訝しがる他の大臣に代わってエドアールが尋ねる。 「それが、南の国の王に是非ともと申し入れられまして……それが手違いで了承の便りを送り返したらしく、それが今朝発覚しました」 大臣達の顔から血の気がなくなっていく。南の国といえば過去に何度か諍いを起こしている相手。 「どうしてそんな事になっているんだ! 誰の許可があって返事を送り返した!」 「誰の責任かはっきりさせろ! 送り返した者をひっ立てろ!」 「それよりも戦の準備だ! 先手を取って我が国の損害を軽微に」 大臣達が一斉に主張を始め、場は混迷を極めた。 「 エドアールが鋭く足を踏み慣らす。大臣達は貝の様に口を閉ざした。 「要は、私が縁談の席に着けば良い事だろう? 先方からは私が対処する。其方等が案ずる事はない」 大臣達の顔がぱっと明るくなった。他国との外交問題が解決する上、鼻にも掛けなかった縁談に王様が自ら参じるというのだから、胸の痞えが取れた気分だった。 一方エドアールの胸中は苛立ちに満ちていた。 南の国の縁談を一方的に無かった事にすれば未だ健在である相手の国王を激怒させる事は確実だ。其処までの分別が付かない自分ではない、と言い聞かせる。 幸い、南の国の姫君とは知らない仲ではない。国同士の関係は横ばいだが、どうせ持ち上がるなら他の詰まらない女共より件の姫君との縁談の方が歓迎出来る。向こうの姫君も今回の縁談を面白がるだけだろうし、決着の着け所として保留となるだろう事は何となく予想出来ていた。 だが其れと此れとは別だ。これに味を占めた大臣共に、今後とも興味のない縁談を持ち込まれるのは見え透いていた。この事態ですら大臣の誰かが仕組んだ物だろうと察していたから、思い通りになるのは癪だった。 「……くく、そうだ」 名案が思い付いた。 思わずにんまりしてしまったが、大臣達は気付いていない様子。 大臣達の思い通りにするのは矢張り嫌だ。此処は自分なりに意趣返しをしてやろう。 エドアールは玉座に顔を向けてほくそ笑んだ。 |
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