連載小説
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閑話 迫る強者
 その街の広場の一角は目下修繕中だった。一昨日、箒に乗った少女が落とした辛うじて命を落とさない程度の雷が、規則的な石畳の路地を抉り取ったのだ。

 そんな広場から望むことのできる塔のような建物の上層にある部屋に、2人の男が机を挟んで向かい合って座っていた。
「いやはや…思いもよらぬ展開になりましたな、ガダム大司教」
 少し頬の扱けた切れ目の男が、丸メガネのレンズを拭きながら言った。時折メガネの金縁に東から注ぎ窓から指す陽の光がチラチラと反射していた。
「全くだ!忌々しい魔女の脱走を許した上、ようやく捕えたネズミまで連れ去られてしまったなどと。口が裂けても上には報告などできぬわ」
 こちらの男は以前にもお目見えしたことのある人物だった。深紫に金の刺繍の入ったローブを纏い、髪の毛は剃ってあり蓄えた顎髭は綺麗に整えてられている。彼は以前キャスに空間転送魔法の公式を聞き出そうとし、彼女が良い反応を見せないとわかると首を絞め威圧したあの男だ。
「ええ。しかし、あの魔女めは何故あの盗人を連れ出したのでしょう。以前から繋がりがあったのか、あるいは気まぐれか…」
「ザエル神父、今はそんなことなどよい。今最も危惧すべきは、あの魔女とネズミがハルバトスの情報を知っているということだ…もしこの情報があちら側に伝わってしまえば不利を被るのは目に見えている」
 ガダムは椅子から立ち上がり窓から見えるその船を険しい表情で見つめた。この建物からそれがある場所までは直線距離で約2.5キロの距離があったが、それでも十分に見えるほどそれは大きいのだ。
「なに、ご心配には及びませんよ、大司教。
 新型陸上艦ハルバトス…『例の物』の技術を惜しみなく取り込んだ、我らが教会騎士団の誇る最強の新型戦艦です。『あれ』の技術だけでなく魔導機関も装備しています。
 対魔導防壁発生装置は、その重量と大きさから前線にはとても出すことはできませんでしたが、ハルバトスが完成したことでその真価を惜しげなく発揮してくれることでしょう。装甲も剣や弓などでは到底破ることはできません。
 対魔導、対物理を具現したあの船に敵う者は誰もいませんよ」
 そういうとザエルは立ち上がりガダムの一歩後ろから、教団に栄光を、魔界に破滅をもたらすであろう船を優越気に見詰めた。
「とはいうがな、ザエルよ。魔物どもが何も策を練ってこぬとも限らぬ…早急に手を打たねばならん。それにあの魔女の空間転送魔法は脅威だ…。
 こんなことになったのも、老いぼれ共が『士気向上のため』などと魔物を生け捕らせたのが始まりだ」
「ご安心を。報告によればあの魔女には仲間がいたようです。おそらく奴は仲間と合流するでしょう、おそらく魔王軍に報告するならそれからかと」
「ふむ…」
「すでにヒュラド率いる金紋騎士団を向かわせ、見つけ次第排除するよう命令してあります」
 ガダムは後ろ手を組みながらにやりと笑った。
「ヒュラド・オレガノ…彼奴は『魔狩り』の血族だったな?」
「はい。金紋の者ども自体がそういう輩です。が、ヒュラドは他とは少し異なりますがね」
「異なる、とは?」
「ヒュラドは魔を狩ることよりも『強い奴と戦う』ことが目的なのですよ。奴は元々とあるコロッセオでその名を馳せた無敗の戦士。その強さを脅威になりえると考えたそこの貴族が刺客を送り込みましたが、刺客は全員返り討ち。さらにその戦闘で建物は半壊し、自尊心がために刺客を送り続けた貴族は『鬱陶しい』という理由でヒュラドに屋敷を全壊され、自身も全治半年という被害をもたらされました。
 さらにより強者を求め騎士団に入り、入団早々、准将から下の騎士との練習試合を組み全勝、大将クラス相手にも未だ負けを知らず、奴の赴いた戦場でも魔王軍は撤退に追い込まれ続けているようです」
「戦果を聞くだけならば有益だが…な」
「ええ、今は『人間』に自分に勝てる者がいないが故に魔物を狩っているに過ぎません。
 もし、強者が現れたと聞いたなら、例えそれが何者であっても、万が一、それが神であったとしても戦いを挑むでしょう」
「ふん…ただの野獣だな」
 ガダムは微笑しながら言い、振り向いてザエルと擦れ違い様に一言零した。
「あわよくば相打ちか?」
「…脅威はないに限る、とだけ言っておきましょう」
「ふ…全くだ」


 ヒュラド率いる金紋騎士団はその日、ユーゼンリオンから東北東へ400キロ離れた街道を進んでいた。両側には木々が生い茂り、道はなだらかな上り坂である。
 道行く一団の中央辺りを歩く彼の顔は、どことなく冷めていてつまらなさそうだった。
「あの…」
 と新入りの団員が隣を歩く騎士に声をかけた。
「隊長、どうかしたんですか?」
「あ?…あぁ、お前はこの出陣からだから知らないのか。隊長はつまらないんだよ」
「つまらない?」
「ああ。隊長は敵の大群が攻めてきていたとしても、目の前にもう1人自分がいたならそっちに剣を向けるであろう人だ」
「よくわかりませんが…」
「まぁその内わかるさ」
 新入りは首をかしげながら、眠そうな目をしている大男の顔を見上げた。
 
 暫くすると、新入りの彼は周囲を取り巻く気配に気が付いた。よく見ると他の騎士たちも周りを警戒しながら歩いている。
「…賊ですか?」
「だな」
 そう言った瞬間、一団の目前に幾本もの矢が撃ち込まれ歩を止めさせた。
「とまれぇぇっ!」
 森の中から大声が響いたかと思えば、ぞろぞろと武器を構えた男たちが姿を現した。
「騎士さんたちよぉ、良い鎧と剣持ってんなぁ。俺たちによこしてくれよ」
「賊どもが、我らに敵うとでも…って隊長?」
 騎士たちが対峙し始めるなか、ヒュラドは全く意にも解していないかのように足を止めた者たちを退けて歩き続けた。
「何してんですか?!」
「あぁ?てめぇらこんな雑魚の相手するたぁ律儀だな。悪ぃが俺はとっととあいつらと戦いてぇんだ」
 彼は実に気だるそうな嫌な顔を浮かべてそう言うと、そのまま先に行こうとする。だがもちろん、盗賊たちはそれを見逃すはずもない。
 どうやらこの盗賊の一団なかなかの規模な様で、木や茂みの陰から数十人が姿を見せ、弓を向けた。
「てめぇ、逃げられると思うなッ!」
「あ?んだと?」
「こんだけの数相手にして逃げられるとでも思って―」
 次の瞬間、その男の意識は途切れ、体は宙に浮き10メートル向こうに転がった。それはヒュラドのアッパーがヒットしたからに違いなかった。
「だれが逃げるだと?…しゃぁねぇ、ちょうど暇だったんだ、遊び相手くらいには…
なってくれんだろぉなぁぁッ!!!
 暴風のようなものがその場の全員を襲い、やがて剣戟と悲鳴が森の中に木霊し始めた。
 数では完璧に賊の側が圧倒していた。そう、数では。
 先手を取ったのは、もちろんヒュラドだ。剣を高々と振り上げ目の前の男に目掛けて振り下ろす。男は剣で防御をするが、まさか。辛うじて生きてはいるが、剣も鎧も真っ二つに裂かれ、体には大きな切り傷が刻まれた。
「このぉぉぉッ!」
 木の上から剣を突き立てるように1人が飛び降りてきた。普通なら防ぐが避けるか、だが彼は違った。あろうことか手を伸ばし首根っこを掴んだのだ。相手は首への衝撃で声にならない呻きを挙げ、苦しそうにむせ返った。ヒュラドはその男を固まっていた賊数人目掛けて投げつけた。
 数では盗賊団が圧倒的に有利だった。だが事実上の戦力差は全くの逆であり、まさに一騎当千を現したような話にならない大きな差である。
 ある者は軽々と弾き飛ばされ、ある者は頭を掴まれ叩きつけられた。また一人、また一人…どころでなく、また数人、さらに数人という、まるで野獣が得物を貪り食うがごとき怒涛の勢い。
 それから賊側の最後の1人が空高く舞い上がって倒されるまで、部下たちは手を出さなかった。いや、出すことができなかった。なぜなら、もし下手にその戦い、いや殲滅のなかに身を投じれば、賊諸共戦闘不能に追い込まれかねなかったのである。
 新入りはまるで冗談のような光景を呆然と眺めることしかできず、その中で確かに見てしまった。ヒュラドが笑っていた、先ほどまで死んだような顔をしていた彼が、とても楽しそうに。そして思う、本当に『冗談ではない』と。
 とうとう野党の一味は全員地に伏せ、向かってくる者のいない「食後」にヒュラドはぼそりと零した。
「ああ、つまんねぇ…」

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 私たちは只っ広い野原で体を休めていた。空は星が覆い、欠けた下弦の月が薄明るく照らしている。
 私はこの金紋騎士団に入団してまだ確かに日は浅い。ただし、騎士として、戦士としてはそれなりの経験を積んできたつもりでいる。だが、まさか町を離れ数日目にしてこれだけ疲れるとは…いや、これまでの疲れが出たというよりは今日だけで疲れが溜まったという方が妥当かもしれない。
 呼吸を忘れ、ただただ目の前の光景に絶句し、指一つ動かすことすら叶わないほどの畏怖。まさかそんなものを味方から与えられるとは思っていなかった。
 もし、魔物が今のような女形を取っていなければ、私はあの男のことを魔物と見間違えたかもしれない。彼が私に背を向けていようと、顔を向けていようと、それから感じている威圧感と言うのか、プレッシャーと言うのか…それはまさに私が一度だけ対峙したことのある「ドラゴン」から放たれるそれと同等だ。
 そんな彼も、今は地面からその一角を覗かせた岩の上に腰掛け、あまり美味しくなさそうな顔でカラカラの干し肉とカサカサのパンを口に運んでいた。その様は、恰好が恰好なら不労者にでも見えてしまいそうだ。
 かくいう私も、その干し肉とパンを食していたのだが実際あまり美味しいものではない。だが彼の表情の原因はそれとは全く持って関係ないことを私だけがさっきまで知らなかった。
 隊長のことは噂には聞いていたが、想像していたものとはかなり違った。
 未だ負けなし、退くことを知らない屈強の猛者。騎士団最強と謳われているヒュラドという男を、私は勝手に勇猛果敢な騎士であろうと想像していた。だが実際に目の前にすれば、それがどれだけ愚直たる考えであったのか知ら締められることになる。
 勇猛果敢というよりは、ただ単に己の生死になど興味もなく、ただただ目の前のものを捻り潰すことが目的のようであり、騎士というよりも戦士、いや、ただの戦闘狂のようだ。

 そんなことを考えていた時だった。
 不意に遠く、といっても数十メートル離れたあたりだが、気配を感じた。ここはもう魔物領だ、奴らが出てもおかしくはない。
「隊長」
 私はジト目でパンをやる気なさ気に食べる隊長に報告しに行った。
「ああ、さっきからいるな。魔物だ」
 私は驚いた。
「解っているのならなぜ…」
 隊長は軽くをそちらを見ながら、固く乾いたパンを右手でポンポンとお手玉のように投げた。
「見ろ、はぐれたまだ子供のワーウルフだ。エサもろくに取れちゃねぇな、あの様子だと」
 目を凝らしてみれば、確かに小柄で少し青みを帯びた灰色の毛をしたワーウルフだ。痩せていて毛並みもぼさぼさ、弱っているように見える。
 だからこそ、私は信じられなかった。なぜこの絶好のチャンスにアレを放っておいたのだろう。あるいは、いつでもやれるからなのだろうか。
「なら、今こそ滅する絶好の機会では…」
「あぁ?あんな奴相手にして何が面白い?腑抜けたこと抜かしてんじゃねぇよ!」
 信じられない、この人は面白いと言った。魔物を討伐することに、戦いに面白さ、楽しさを求め、それを満たせぬ相手には興味がないと。この人は教会騎士団の一員ではないのか。
「お言葉ながら、我々の使命は、神に仇成す魔物どもの掃討ですっ!ならば、面白いかどうかなどより、目の前の邪悪を打ち消すことが―」
「っせぇよ、雑魚がッ!」
 体中にビリビリという痛みのような感覚が襲った。述べようとした言葉が悉く腹の底へと引っ込み、吸おうとした息が悉く四散してゆく。そんな感覚に襲われた。
「使命だ神だと、ご託並べ腐りやがって。だからどうした、あんな犬っころがどうだってんだ?あぁ?俺ぁな、強ぇ奴とやり合えりゃあ良いんだ!それとも何か?テメェが俺を楽しませてくれるってのか?!」
 私は、隊長がそう言うに連れてだんだんと迫力と鋭さを増す眼光と、彼自身から溢れているような『何か』に対して指先まで震えるような恐怖を感じた。
 目の前の男が本当に人間なのか怪しく思えてきてしまう。蛇に睨まれたなんとやら、そんな諺が東の国にあることを思い出し、それはまさにこういうことを言うのだと実感した。
「い…いえ…も、申し訳ありません…」
「はっ…とはいえ、ずっとああしてられんのも鬱陶しいな」
 そう言うと隊長は持っていたパンを奴に向かって放り投げた。
「なっ…」
 パンは放物線を描いてワーウルフの目前に落ちて転がった。奴はそれを恐る恐る手に取り、こちらを見た。
「そいつ持ってとっとと失せろッ。でねぇと…食い殺すぞ?」
「っ―」
 今息を呑んだのは奴だけではない。私も、近くにいた騎士も同じだ。まるで、目の前で猛獣か怪物に牙を剥かれているような感覚があった。
 奴はパンを持って夜の野原に消えた。
「ヒュラド、あまり気まぐれで餌をやるのはやめてくれ」
 副隊長がやってきて、「全く…」と言わんばかりの表情で言った。この副隊長も騎士団内では有名で、隊長と並んで立てる者は彼以外にはいないと言われている。
「んだ、オルトス。てめぇも文句があるってぇのか?」
「当たり前だ。それら故に上層部がお前を反逆者扱いしだそうとしているというのも噂に聞く、それに団員にも不満と不信を煽らせる」
 私はその言葉を聞いて、彼はどうやらまともな人間らしいと思った。
「はっ!」
 隊長は可笑しそうに笑った。そして次の2人の言葉に、私は耳を疑った。
「反逆者扱いがなんだって?どうせ騎士団なんぞたかが知れてる、俺を倒せる奴をテメェは知ってんのか?」
「…いや、そうだったな。お前は人間相手に飽きたから魔物相手になったんだった」
 なんだ、何の話をしているんだ、この2人は。たかが知れている?人間相手に飽きた?
「わかりゃいいんだよ」
 隊長と副隊長はそう言うとテントの中へ消えた。もう私は頭がおかしくなりそうだ、言うこと成すこと、すべて私の常識の範疇を逸脱している。
 私は、あの人をとても危険だと感じる。たしかに魔物相手ならばこれ以上ないほど頼もしい、だが、それと同じほどに恐ろしくて敵わない。いつか、我々すら食らわれるのではないかという不安が杞憂であってほしいという願いと共に私の中に芽生えていた。


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 その日、スプル山脈北側の麓にある、スプル山道の玄関口の村『ノースビレッジ』で[トーマ・トレア]ペアと[ノルヴィ・ミラ]ペアはキャスの残したメモの通りに合流することができた。
「あれは…ノルヴィ、ミラッ!」
 トーマはノルヴィとミラを見つけると駆け寄った。そして2人もトーマとトレアに気付くなり、トーマは開口一番に「2人とも、無事だったか!?」と言った。
 ノルヴィもミラも半ば呆れた顔をして答えた。
「それはこっちのセリフよぉ?トーマは体ぶっ裂かれちゃってたしねぇ…」
「でも、その様子なら命に別状もないみたいね?」
「ああ、なんとかな」
「トレア、あなたも大丈夫?」
「ああ、すまない…心配をかけた」
 と、その時トレアの脳裏にふと飛ばされた後に初めて迎えた夜のことが浮かんでいた。思い出されるのはトーマの暖かい温もりと優しい言葉。

(…ミラがいるだろ…ノルヴィもいるだろ…キャスもいるだろ………俺もいるだろ…)

 そして極めつけに彼の腕にしがみ付いて思い切り泣いたこと。
「どうしたの、トレア。顔が赤いわよ?」
「えッ…?!」
 トレアはあの夜のことを思い出すたびに嬉しいような照れ臭いような気がしてしまう。
「そ、そうか?いや…なんでもない…」
 トレアはトーマをチラリと見て目線を逆方向に地面に落とした。
 その様子を見ていた年上2人はわずかに口角を上げて思った。
(これは…絶対何かあったな(わね))
 そうしてニヨニヨしていた2人の様子に気が付きいたトレアは慌てて誤魔化すように「そっ、それでっ…!」と切り出した。
「これから、どうすればいいんだ?」
 ミラは胴体につるした鞄のポケットからメモを取り出した。
「メモによれば、キャスとの合流はスプル山脈を越えたところにある『サウスビレッジ』よ」
「なるほど、そう言う手筈か」
 トレアは雲を突き抜け鎮座するスプル山脈を見上げながら言った。
 実は、二組の持っていたメモは異なるものなのだ。ノルヴィたちのメモは、どうして彼らがそこにいるのかという理由とキャスがいない理由、ノースビレッジでトーマたちと合流することとサウスビレッジが最終合流地点であることが示されていた。だが、トーマ達のメモにはノースビレッジで合流するところまでしか示されていない。そして最後に一言『ゴメン、時間ないからあとはミラたちと合流して行動して』と殴り書きがあった。
「ひぇぇ、この山抜けろっての?!」
「そうなるわね」
「うっそ〜ん…」
 ノルヴィのテンションはあからさまに急降下していた。
「まぁまぁ…それで、どういうルートになるんだ?」
 トーマが訊ねると、ミラは眼前にそびえるルプス山脈の山肌を示した。ルプスの山々は、その地質に含まれる物質が持つ色素が影響して薄い青紫か青白い色をしている。
「山肌にラインが見えるの、分かるかしら?」
 たしかに山肌に薄らと長いストロークで蛇行したラインが一本入っている。
「ああ、見えるな」
「あれがスプルを越える、ここから一番近くて一番易しい山道よ」
「なら、俺たちはあそこを歩いていくのか…」
 トーマも「大変そうだ」と言わんばかりに頭を掻いた。
「私はそうだけど、トーマ達はもっと楽に行けるわ」
 ミラは可笑しそうにクスクスと笑って言った。
「え?」
「馬車だ。ここにある貸馬車の店で馬車を借りていくんだ。その方が安全だし早いからな」
「そうか。…よかったな、ノルヴィ。疲れなくて済むみたいだぞ?」
「少年…わかってないわねぇ…」
 馬車で行けるというのに、彼のテンションは未だ深海か奈落の底辺りをうろついて帰って来そうにない様子だ。
「なにが?」
「いや、なんでも…」

 4人は馬車を調達すべく山側の村の出口へ向かった。木製の馬車が一台置かれ、傍で髪の薄い初老の男が椅子にだらしなく座ってタバコをふかしていた。
「すまない、馬車を借りたいんだが」
「ん?ああ…お客さん、悪いけど貸せる馬車はないよ」
 男性は4人をチラリと見てまたタバコの灰を落とした。
「あら、まだ馬車はあるみたいだけど?」
「馬車はあっても、そいつを牽く馬の方が問題でね…」
「馬がいないのか?」
「…いや…いるにゃいるんだが…こいつがてんで言うこと聞かねぇじゃじゃ馬でねぇ…」
 男性は足元に短くなった煙草を放り投げ、踏み潰すように消した。
 すると、少し何かを考えていた様子のミラが「ねぇ、その子のところに案内してくれないかしら?」と言った。
「ああ?別にいがどうするってんだ?」
 男がそう訊くと、
「ちょっとお話し」
 と彼女は笑顔で答えた。
 男に連れられた先に居たのは、案外にも大人しく立っているこげ茶色の色をした立派な馬だ。一般的な馬より足が太く全体的にがっちりとした印象を受けるが、それはこの辺りに生息する馬が山の上の方にまで生息するが故の特徴である。
「なんだ、じゃじゃ馬って言うからどんなのかと思えば、案外大人しいじゃないよぉ」
 ノルヴィは不用意にも手を伸ばした。すると、急に目つきを変えたその馬はその立派な歯で彼の手に噛みつこうとしたのである。咄嗟に手を引っ込めると、まるで鉄でも打ち合わせたような音が鳴った。
「…前言撤回」
 ノルヴィは顔を青くしてそう言った。
「ほらな、じゃじゃ馬だろ?」
「しょうがない、他を探すか…」
 とトーマが言うと、ミラは彼らを引き留めた。
「平気よ、任せて」
 彼女は余裕すら浮かべて、その馬の目を見つめた。魔物はアラクネなら蜘蛛、リザードマンならトカゲといった具合でそれぞれの眷属とテレパシーにも似た方法で意思疎通を取ることが可能なのだ。そして馬はもちろんケンタウロスの眷属である。
(あなたに馬車を牽いてもらいたいんだけど?)
(ああ?ねぇちゃんよぉ、俺に言ってんのか?)
(ええ)
(やなこった。誰がてめぇらなんかに媚びるか)
(あら、あなたの足とっても太くて素敵だわ。力強そうね。それにすごく堂々としてる)
(はっ、褒めたってなんも出やしねぇ)
(こんなに言ってもダメかしら?)
(ダメなもんはダメだ。とっとと帰れ、小娘がッ!)
 ミラはフッと鼻から浅く息を吐き、にっこり笑った。
 顔は笑っているが目が笑っていない、そしてその意思と共に伝わるミラの気迫を感じて馬はびくっと体を震わせ、後ろへ退きつつあった。
「みんな、大丈夫よ。快く承諾してくれたわ」
 彼女の言葉通り、その馬を連れ出してみるとさっきまでとは打って変わって大人しく、すんなりと馬車を牽かせる準備ができた。
 貸馬車の男はその変貌ぶりに困惑していたが、そこは商売。受け取るものを受け取って4人に馬と馬車を貸し出した。
「これで山を越えられるな」
「ああ。ミラ、ノルヴィ、私とトーマは残りの山越え用の装備を調達してくるから村の出口で待っていてくれ」
「わかったわ」
 2人が買い出しに出かけると、ノルヴィがミラに訊ねた。
「ミラっち…一体この馬とどんなやり取りしてたの?」
「あら、そんなに気になるかしら?」
「いや…だって、俺こんなに緊張してピシッと立ってる馬見たことないわ…」
 その馬は足をピンと伸ばしまるで石像のように直立不動で、時折ミラの方をチラチラと気にしている。大人しいというよりは縮こまっているという感じである。
「うふふ、内緒よ♪」

 それから1時間ほど経ってトーマとトレアが戻り、荷積みを済ませると4人はノースビレッジを発つのだった。
 
12/06/18 00:07更新 / アバロンU世
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■作者メッセージ
次回からだいたい二、三章前後で一旦完結としようと思います。
物語自体は続けるつもりですので、[〜篇]という形をとるかと思います。

ちょくちょく更新になるとは思いますが、なにとぞ長い目でお願いします。

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