4-5 脱出の晩
その日、キャスとフィムの乗る教会騎士団の新型陸上艦はユーゼンリオンに到着しようとしていた。
牢屋で2人が出会ってから4日も経っているのだが、時間を知ることのできない2人はそれを知らなかった。
「アメンボ」
「ボート」
「と、と…峠」
「げ…幻覚」
キャスとフィムはもう何度目かのしりとりで暇を潰していた。
「はぁ…」
とキャスはため息を吐いた。
「今この船どのあたりなんだろう…」
「さぁな。けど、もうそろそろ着くかもしれんな」
「そう。じゃあもう僕たち年貢の納め時だね」
「ははは、かもしれんな」
そして2人は大きく溜め息を付いた。ただ、その溜め息の意味は2人で大きく異なっていたことを、キャスは後に知ることとなる。
大の字で寝そべるキャスは、隣で手を頭の後ろで組んで寝そべるフィムに横目で視線を向けた。
「…もうお別れになるかもしれないから聞くけど…」
と、あまり嬉しくない切り出しでキャスは続けた。
「この前ボソッて言ってた『レム』って…だれ?」
「あ?」
フィムは思ってもみなかった言葉に少々マヌケな声をあげた。
それは、2人が出会ったときにフィムがキャスの顔を見ようと帽子を取り上げ、彼女の顔を見たときにとても小さな声で呟いた言葉だった。
「…なんで今訊くねん…」
「いや、別に。暇すぎて思い出しただけだよ」
「・・・・・」
フィムは黙って、跳ね起こしていた状態を元に戻し、再び天井を見た。
「…それ、言わなあかんか?」
「なにさ…言えないこと?」
「いや…そないな訳でもないけどな…」
「じゃあいいじゃん。どうせ2人とも終わりなんだから…」
キャスはこの4日間、ここから逃げ出す方法を考えていた。だが残念なことに良い案は全くもって浮かんでいなかった。それはフィムも一緒であることは明確だった故の言葉だ。
「…しゃーない。話したるわ…」
キャスはこの時、その名前は恋人か誰かのものだろうと考えていた。確かに、その考えは決して的を射ていなかったわけではない。そう、決して。
「レムは、俺の昔の友達や。自分と同じ金髪で、可愛らしい顔しとった。性根の優しい、一本筋の通った女やった。今思えば、俺の初恋の相手やったかもしれん…」
ほら見ろ、とキャスは思った。
「…それで?なんでいきなり呟いたわけ?」
「よう似とんねん、自分と」
その一言を聞いて、フィムがあの時驚いたのは自分が女だったからではなく、自分がそのレムに似ていたからかとキャスは思った。
(それで、思わず口走っちゃったわけね…)
「ふ〜ん…で、告白したの?」
「…残念ながらしてへん…」
「な〜んだ…」
キャスが意気地のないやつだと思って笑みを浮かべたとたん、フィムは続きの言葉を述べた。
「その前に死んでもたからな…」
「えっ?」
キャスは素っ頓狂な声を挙げてしまった。
「えっ…ほんとに…?」
「…ホンマや…」
フィムはそう言いながら上体を起こし、胡坐をかいて座った。キャスも体を起こして座った。
「…病気やった…ただ、俺はそんときその事を知らんかった。あいつ自身も、どうやらみんなには黙ってたらしい」
と彼は遠くを見る目で話した。
「…治せなかったの…?」
「ああ、手術したら治らんこともなかったらしい。けどな、俺らは下級層の育ちやったから、どこにもそんな出してやれる金もなかった。それをレムの両親もわかっとったんやろうな…誰にも相談してへんかった…」
「だから…お金が欲しくて泥棒に?」
「…もちろん自分のためやない、孤児院とか下級層のみんなのためにや…けど…ただ義賊ぶって、自己満足してるだけかもしれへんな…」
フィムのその顔に、キャスはときめきを覚えた。今初めて感じたものではないが、それを自ら『ときめき』と意識したのは初めてだった。
(なにさ…僕ってもしかして…フィムのことが、好きなの…!?)
彼女は、一向に治まらない胸の心拍が苦しく、服の胸の部分を握りしめた。
「…そんなこと…ないよ」
「ん?」
「…きっと、救われてる人はいるよ…だから…」
キャスの言葉を聞いて、フィムは微笑みながら彼女の頭に手を伸ばした。
「…おおきにな」
彼の大きく暖かな手が、帽子越しにキャスの頭を優しく撫でた。嬉しいような恥ずかしいような、そんなくすぐったい感情が彼女の胸に満ちていた。
と、その時、部屋のドアが静かな機械音を立てて開いた。
「フィム・ロックブルック。出ろ」
入ってきた3人の騎士の内の1人が言った。
「…なんや、もう着いとったんか…」
そう言うとフィムはキャスの帽子を掴んだまま手を離し、柵の近くに置いた。
「まだだ、だが貴様は到着後、すぐに連行し処刑する手筈となっている。それに滞りの無いよう準備だ」
フィムはゆっくりと立ち上がった。
「…さよか…ご苦労なこっちゃなぁ」
牢屋の扉が開き、外に出た彼に向かって2人の騎士が槍を向けた。
(…もう…時間なんだ…)
キャスは哀しく残念そうな目で彼を見ていた。
「行くぞ」
前の騎士がそう言って歩き出そうとした瞬間、フィムは転びそうになった。
「おっと―」
「っ…何をしている!しっかり歩けっ!」
転びかかったフィムは前の騎士に向かって倒れかかり、騎士の体を支えにして立ち上がった。
「すまんすまん…」
4人は再び歩き出すが、部屋を出る瞬間フィムが何かを投げた。
それは彼がさっき置いたキャスの帽子に着地したため、音はなく騎士たちは気付くこと無く出て行った。
(これっ…)
騎士たちが出て行ったあとで、キャスは帽子の上に落ちたものを見た。それは黒い色をした鍵、何の鍵かはなんとなくの見当は付く。
(…いくら騎士たちは兜をかぶって視界が狭いからって…危険すぎるじゃん…バカ…)
陸上艦はユーゼンリオンの巨大門をくぐり、塀の中に入って止まった。列を組んで騎士たちが待機していると、船の壁が一箇所せり出し、その部分は機械音を立ててゆっくりと展開し、扉が開いた。
扉の中には3台の馬車と、後ろ手に縄で縛られたフィムを乗せた馬が1頭待機していた。やがてそれらは順に動き外に出ると一度止まった。
騎士が1人前に歩み出ると、待機していた騎士たちの一番前の1人の正面に立った。
「アルベルト中隊、並びに金紋騎士団、ただいま帰還しました。なお、大罪人フィム・ロックブルックはただいまより広場に連行、魔女は続けて牢に監禁します」
「了解、では罪人を連行しろ」
「はっ」
騎士が1人先導するフィムの乗った馬は3台の馬車と別れ、町の南西にある広場まで町の中を進んでいった。
道の両端には、これから処刑される罪人を一目見ようという興味本意の見物人が列を作っていた。
「ほら、あれが例の大泥棒だそうよ?」
「まぁ〜、貧乏そうな顔してますわね、ふふふ…」
聞こえてきた隠す気のない陰口に彼は「自分はそこいらの豚みたいな形(なり)やなぁ」と嘲笑しながら返すと、小太りの濃い化粧をした夫人が「まぁ〜ッ!」と憤慨した。
町の中心部はほぼ貴族たちが住んでいて、そこを通るのだから当然貴族の連中の見世物になるわけだ。だがその路地裏の陰からちらちらと覗き見る者たちの姿があった。
悲しそうな表情でフィムを見る彼らは、下級層の住人たちだ。下級層の間では、この貧困さの大きい町で金品を恵んでくれる彼を、まるで英雄のように慕っていた。
陸上艦の到着した東北側の門から南西の広場までは結構な距離があった。その30分の道のりの中で彼は思うところがあった。
(…さって…俺も最期かぁ。俺のこんな死に方見たら、レム(あいつ)どんな顔しよるやろなぁ…どやされるかもしれんなぁ、『このバカッ』言うてな…)
その時フィムは、貴族たちの冷ややかな視線と下級層の庶民たちの悲哀の視線の中で、まるで誇るかのような笑みを薄らと浮かべていた。
(でもまぁ…別に選んできたことの中に後悔はあらへんし、中々の人生やったんとちゃうかなぁ…)
そう思いながら、彼は天を仰いだ。
やがて広場に組まれた絞首台が見え、馬はその横に停まった。
馬から降ろされ、絞首台の階段を一歩ずつ登っていく。それはまさに自分の命が消える様をまじまじと味合わされている以外にはないはずなのだが、その時もフィムは誇るような、満ち足りたような表情だった。
「貴様、その笑みはなんだ?」
絞首台の上で振り返った騎士が訊ねた。
「いや別に。ただ絶景やなぁ思うただけや…」
「絶景だと?」
「せや、ようこんなに有象無象が集まったもんやなぁってな」
「ふん、貴様が見る最後の光景だ。目に焼き付けておくことだな」
「…ふっ…そうするわ」
縄を首に掛けられながら、フィムは微笑しながら言った。
「では、罪人フィム・ロックブルックの罪状を読み上げる…」
騎士が紙を広げて言った。
(…そろそろあいつも逃げた頃やなぁ…最期に騎士どもの鼻開かしたれて清々するわ。…ちゃんと逃げろよ…自分とおった時間、なんちゃなかったけど楽しかったで…)
読み上げられる罪状も耳には入らず、彼は俯いて笑いながらそう思っていた。
「では、最期に言い残すことはないか?」
「…せやなぁ…『我が生涯に一片の悔いなし』とでも言うとくわ」
騎士は鼻で笑いながら、床を開く木製のレバーに手を掛けた。そしていざ引こうとした時、観衆の中から声が挙がった。
「何だ、あれはッ!?」
その場に居た者全員が上空を見上げた。その視線の先には棒のような物に座って空に鎮座する子供の影があった。
「ま、魔女だッ!」
観衆は狼狽し、悲鳴が挙がった。
「くそ、魔物かッ!」
騎士たちは剣を構え、対峙した。その時、呆気に取られていたフィブも我に返った。
「…あ…アホォッ!何しとんねんッ、なんでこないな所におるんじゃッ!」
フィブは、箒に座って飛んでいるキャスに向かって怒鳴った。それもそのはず、彼女は今頃逃げおおせている筈だったのだから。
「借り作ったままなんて、後味悪いだろ?」
と言いながらレバーに視線を向け「キンブリング」と小さく唱えた。瞬間、レバーから吹き出すように火が上がり、跡形もなく崩れ去った。
フィムと騎士が驚嘆している中、大勢の走ってくる足音が聞こえた。
「弓矢隊、鉄砲隊、用意っ!」
指揮官らしき騎士が旗をキャスに向けて叫んだ。
「ッ!キャス、逃げろッ!俺はエエから逃げろッ!」
そのフィムが言った瞬間、矢と鉛玉は放たれ、彼は一瞬やられたと思った。だがそれはすぐに再び驚きに変わる。
放たれた矢と弾丸はキャスに届くことなく空中で静止し、矢は燃え上がり、弾丸は液体となったかのように合わさり、形を変えていった。
やがて出来上がった中指を立てた手の形をしたオブジェは、人々が避けてできた円の中に落ち、観衆はまたどよめきたった。
キャスが手をフィムに向けてかざすと、生き物のように縄の結び目は解け、同時に手を縛っていた縄も解けた。
「フィム、跳んで!」
彼は訳の解らないまま言われるがままに隣の騎士を突き飛ばし、タタッと助走をつけて跳んだ。
「うおっ―!?」
キャスがグイッと引っ張るような素振りを見せると、宙に浮いた彼の体はそれに従うように彼女の元まで引き寄せられた。
「キャス…おまえ…」
彼は箒の上に這い上がって言った。
「辞世の句なんて口走っちゃって…悪いけどまだ死なせないよ」
キャスは少し怒っているような顔で言った。
「おらぁぁっ、のけぇぇッ!」
怒号を飛ばしながら1人の大男が猛スピードで駆けてくると、重力というものを無視するが如く壁をそのまま駆け上がり、キャスに向かって剣を振り上げた。
その男は、キャスたち一行を襲撃した精鋭部隊の隊長であった。
2人の目が会ったその瞬間、小隊長は強烈な斥力によって弾き飛ばされ、積んであった木箱に背中から突っ込んで粉砕した。
「なんやあいつ、ホンマに人間かッ!?」
あまりのことにフィムは驚きを隠せない。当然だ、彼は壁を『10メートル』も駆け上がり、そこから弧を描いて『8メートル』も跳んだのだから。
「さぁ?生まれ持った身体能力か、鍛えた体を魔力で補助してるんだよ、多分」
とキャスが解説している間に、小隊長は起き上がった。なんにしても、信じられない身体能力である。
「てめぇッ!やってくれるじゃねぇか…この大人数に、いくら魔法だのなんだのあったところで勝てると思うなよッ!」
いつの間にか精鋭部隊は集結し、剣を向けていた。その全員が『今くらい』のスペックを持ち合わせているのは明白だった。
「前も言ったろう、俺たち相手に魔導師は一人じゃ勝てねぇってなぁッ!」
魔法、魔術は威力の大きなものを発動するとなれば、それに比例した『溜め』、つまりは魔力を結集させる時間が必要となる。その間は動くことはままならず、もちろん他の魔法など使えたものではない。
脅威的な機動力とチームワークを誇る彼らを前に、そんなことをしている隙は皆無だった。
「これ…ホントに消耗するからやりたくないんだけどなぁ…」
キャスは言った。
「前にあんたも言ってた通り、大きな魔法を使うには魔力を集める必要がある。それに伴って隙も大きくなるけど…
でも、それは魔力を『外から集める』からだよ…」
そう言うと彼女は箒の上にヒョイッと立った。
「あ?何が言いてぇ?」
「外から集めるのに暇がかかるんだから、『中にある分』を使えばいい…」
キャスは両手を広げ、前にかざした。
「トゥニトルス」
彼女の手元から下を向いた青紫に光る魔法陣が広がり、バチバチッと火花が走った次の瞬間、轟音と強烈な閃光を発した電撃が騎士たちを襲い、威力で地面に敷かれていた石畳はひび割れ隆起していた。
「がぁッ!…くそぅ、雷たぁ…考えたじゃねぇか…」
騎士たちはある者は気を失い、ある者は激痛に苦しんでいた。そして小隊長は険しい顔をしながら、2人の消えた宙を睨んでいた。
その後2人は町を脱出するため、東北の方角に向かった。
そしてフィムの申し出で、騒ぎのせいで見張りがいなくなった陸上艦に忍び込んでいた。
「なんの用さ…?」
「俺の得物が取り上げられたまんまやからな。そいつ取りに来たんや」
そう言ってフィムは「多分ここやろう」とアタリを付け、その部屋に忍び込んだ。
「それにしたかて、自分の魔法えぐかったな…」
彼は部屋の中を漁りながら言った。
「あれでも詠唱破棄してるから、威力は3分の1以下だよ…まぁ、もともと威力が高いからね…」
「そうでっか…」
フィムは苦笑いを浮かべた。
「おっ…」
そのとき見慣れた物を発見し、彼は嬉しそうな顔を浮かべた。
「あったあった、俺の武器と商売道具♪」
フィムは1組の手甲と、2本の棒や小さな箱、錘の付いた細い縄が納められたベルトを持っていた。そして早速そのベルトと、手袋と一体となった前腕を覆う手甲を装着した。
「うし、ほなあいつらが来うへん内においとましよか」
「…そうだね」
と2人が部屋から出るといきなり騎士が2人。
「貴様ら、見つけたぞッ!」
どうやら探しに回ってきていたらしい。2人の騎士は剣を構えた。
「…もう、こんなときに…」
キャスは杖を出現させようと手を掲げながらぼやいた。だが、フィムがそれを静止するように掌を指し出した。
「ここは俺に任せとき」
そう言うと彼は素早く、ベルトの両サイドに1本ずつ納められていた武器を手にした。
その武器は見たところ金属製で、棒が組み合わされて出来ている。彼の指先から肘より長い棒の一方の端近くに、握りとなるよう短い棒が取り付けられている。取っ手を境に一方が長く、もう片方は短くなっており、長い方が前腕をまるまる覆う形となり、短い方が拳より先に突出する。
フィムはその武器を持ちファイティングポーズの形で構えた。
「こいつはトンファーちゅうてな、東方の武器や。なかなか便利なもんやでぇ」
騎士の振るった剣を片方の腕もといトンファーで防いで、もう片方で騎士の腹部を殴り、体をくの字に曲げたその騎士の頭部を膝で蹴り上げて戦闘不能にする。
続けてもう1人の薙いだ剣をあっさりと躱わし、両手の取っ手を握る力を少し弱めると、手首を返した勢いでトンファーを半回転させ長い部位と短い部位を入れ替えた。そして壁とそれで挟むように剣を封じ、下から騎士の顎を目掛けてもう片方を振り上げた。
静かに騎士が崩れ落ちると同時にフィムはトンファーを携帯用のベルトのリングに納めた。
「ほらな、案外やるやろ?」
フィムは得意そうにドヤ顔を浮かべた。キャスは「はいはい」と微笑しながら返した。
船の甲板に出て、2人はキャスの箒に乗って塀を越え、あっけなく町の外に脱出することに成功した。日は西に傾き掛けており、遠くが深い藍に染まり始めた空を少し右手に見ながら2人は飛んだ。
後方にユーゼンリオンの町がすっかり小さくなってきた頃、箒が緩やかに上下し始めた。
「おい、どないした?」
「…ゴメン、ちょっと降りるよ…」
キャスは少し焦りながら、眼下に広がる森の中に着陸でき易そうな場所がないか探した。
手頃な場所を見つけ、徐々にその高度を下げつつあった箒は降下し、地表に近づくと速度を落とす。まずフィムが箒から飛び降り着地し、そしてキャスが続いて着地した。だが彼女がふらつき倒れそうになり、フィムは素早くその身体を支えた。
「どないした、平気か!?」
「はぁ…はぁ…ごめん、魔力足んない…」
少し疲れた様子でキャスが言った。
それもそのはず、溜め時間を破棄して体内魔力のみで中規模高威力の魔法を発動し、それ以外にも魔力による防御なども行っていた。さらには十分に食事も摂れず体力も減っている状態であったために、彼女には箒で空を飛びし続けられる魔力も体力も残ってはいなかった。
「そうか…この近くに俺が前逃げとる時に見つけた小屋があるさかい、今日はそこで休むとしよか」
「うん…そうだね…」
キャスはてっきりそこまで歩いていくと思っていた。するとフィムが背を向けて屈んだものだから、彼女は驚いた。
「え…なに…?」
「何て、おんぶや、おんぶ。自分疲れとんのやろ?」
「え、いや、そうだけど…」
キャスがどぎまぎしていると、痺れを切らせたフィムは催促した。
「ほれ、日ぃ暮れるやろ、はよ負ぶされやぁ」
「…わ、わかったよぉ」
キャスは箒を消し、ゆっくりとフィムの背中に乗り腕を肩から回して掴まった。
「よっと」
「うわっ!」
フィムが立ち上がると、彼女は驚いて思わず声を挙げた。
「なんやねん、そないビビることか?」
「うぅ〜…」
振り向いたフィムの顔をキャスは情けなく上目気味で見返した。
(しょ〜がないじゃんか…こんなの、初めてに近いだから…)
人生で人に負ぶさったのが初めてな訳ではなかっただろう。だが、親の背に揺られたのも遙か昔で記憶も朧。故に彼女にとって人の背に揺られるのは初めてに近しい体験だった。
そしてその初めてに近しい体験に、彼女は懐かしさと大きな安心感を抱いていた。少し薄暗くなり始めた森の中、本来なら不安や不気味さを感じるかも知れなかった。だが、懐かしさはともかくとして、それらの不安感や不気味さが、キャスに与える安心感を寧ろ大きくしていたと言ってもいい。
さらにフィムの体温や匂いが、存在が近く強く感じられるこの状況は、彼女の心に灯されたとある感情を大きくしていた。
「ほれ、着いたぞ」
ぼぉっとフィムの背中で揺られていると、いつの間にか小屋が目の前にあった。
「あ、お、降りるよ…」
「ん、そうか?」
フィムはそう言うと、体勢を低くしてキャスの脚から手を離した。彼女も腕を離したが、実際は名残惜しさを感じていた。
小屋の戸を開けて中に入ると、簡易的ではあったが設備は整っていた。恐らく旅人用、もしくは森で作業する作業員用の小屋なのだろう。寝具やちょっとした調理器具、暖炉とコンロがあり、外には井戸もあった。フィムによれば水は申し分なく綺麗だという。
「え〜っと、この辺に確か…お、あったあった」
棚をごそごそと漁っていたフィムは、瓶に入った食料を見つけた。薫製や果物や野菜の瓶詰めがあったが、腐っている様子はない。
2人はそれを取り分け、貪るように平らげた。それもそうだ、何せキャスはこの4日間、フィムに関してはそれ以前から満足に食事を出来ていなかったのだから。
食事が終われば、後は寝るだけ。暖を取るため暖炉に火を付け、明かりを漏らさぬようカーテンを閉めた。
「ほな、俺はこっちで寝るさかい、キャスはベッド使い」
「え、いいの?」
「構へん構へん」
フィムはぶっきらぼうにそう言うと、暖炉から少し離れて椅子に座り、シーツを身体に巻いた。
「・・・・・」
キャスはどことなく悪い気がしながらも、ベッドに横になった。
疲れているし、すぐ寝てしまうだろう。そう思って目を瞑ってはみたものの、いつまで経っても眠りに落ちない。ただただ夜が深まるだけ。
なぜならフィムが気になってしょうがないから。
(…も、もう寝ちゃった…?…寝てる…よね?)
そっと目を向けると、彼は目を瞑ってじっとしていた。
(…フィムって…すごく優しいんだよね…。頼りになるし、なんだかお兄ちゃんみたい………お兄ちゃん…?)
さっきから止まない鼓動が激しさを増し、顔が、体が熱くなるのを彼女は感じた。すこし息苦しい感覚があり、そして何より下腹部が、秘所が切ない。さらに、このときもう一つの変化も起こり始めていたのだが、今この時はまだ分からなかった。
キャスはそっと体を起こした。
気配を感じ、閉じていた目を開けたフィム。
「ん?キャス、どうし…た…」
彼の瞳が移したキャスの姿は、予想だにしないものだった。
ローブを裾からたくし上げ、中に着ていたピンク色のシャツを肌蹴させていた。さらに着けたサスペンダーの一方は肩からずり落ち、ベージュのホットパンツのホックとチャックも開けられている。シャツの胸元からは微かに桃色の乳首が顔を覗かせ、ズボンのチャックの間から白いショーツが見えていた。
「おまっ、なんちゅうカッコっ―?!」
フィム驚いて思わず椅子から立ち上がった。
「ハァ…もう…僕、我慢できない…」
キャスの顔は紅潮し、目はトロリと微睡んでいた。帽子とローブを脱ぎ、彼女は後ずさりするフィムにすり寄ってズボンに手を掛けた。
「あほ、なにしてんねんっ!?」
「言ってるでしょ?『我慢できない』って…」
「なっ…」
ズボンをずり下ろされそうになり、フィムは身を返し、その手から逃れた。
「…どうして逃げるの?」
「どないしてって、なんしようとしてんのかわかっとんのか?!」
狼狽と焦燥をかもすフィムに対して、キャスはいつもの仏頂面からは想像できないような微笑みを持って返した。
「わかってるよ?でも、しょうがないんだ…」
「は?…しょうがない…?」
「うん、そう。しょうがないんだ。…さっき、魔力足りないって言ったでしょ?」
「お、おう…」
「だからね、フィム…ちょうだい…」
キャスはそう言って、後ずさりしているうちに床に落とした毛布に躓いて尻餅をついた彼の腹部にまたがっていた。
「理由になっとらんぞッ…第一、好きでもない奴に…」
そこまで言うと、キャスは顔を悲しげに曇らせた。
「…好きでもない奴に…そんなことできない?」
「は?あ、…いや、そうやない。好きでもない男とやってええんか?」
フィムはいたって真面目に言っている。が、キャスは曇らせた表情をおかしそうに笑顔に変え「んっふふ…」と笑った。
「好きだから…フィムに迫ってるんだよ…?」
「あ、いや、けどな…」
キャスはフィムが何かと理由を付けようとするのが気に食わず、ムッとした顔を彼に接近させた。
「ッ―?!」
「…もう…理由なんかどうでもいいよ…だから、しよ?」
「…キャス」
「フィム…」
まず断っておくが、フィムにロリコンの気はない。だが、フィムは堪らずキャスを抱きしめていた、もちろん愛しさを持って。
それは即ち、彼女の魔力による魅了であることを示す。彼女の枯渇し掛けた魔力のほとんどが目の前の男を、「おにいちゃん」にしたい存在を我が物にすべく総動員されていた。もちろんこれは2人の関知するところではなかった。
「わっ!」
フィムが突然キャスを抱えて立ち上がった。いきなりのことに彼女は可愛らしい声を上げた。
「な、なに…?」
「…どうせやるんやったら…ちゃんとしよぉや…」
キャスはベッドに仰向けに寝かせられた。彼女はどことなく緊張した面持ちで、四つん這いで少し覆い被さるように上に立つフィムの顔を見つめていた。
彼女は今頃になって『期待』とは別に『不安』を感じ始めていた。いざとなって尻込みすることはよくある。
「キャス…」
「ひゃッ…」
フィムが頭を下ろし、キャスの耳にキスをした。その感覚に思わず声が漏れる。
「あッ、ふぃ…だ、だめッ、んんッ…」
彼の柔らかい唇と息遣いが、耳からやがて首筋、鎖骨へと移動し、くすぐったいような気持ちいいような感覚がキャスを襲う。
「あッ、なッ…?!」
フィムのたくましい手がキャスのあまり括れのない脇腹を這い、背中へと回ってきた。いつの間にシャツのボタンを全て外したのか、彼女にはわからなかった。
「ボ、ボタン…いつのまに…」
「ん?ほら〜、俺泥棒やし、器用やからな〜」
「こ、こんなところでそんな特技見せなくていいよぉ…んっ…」
完全に先ほどとは攻めと受けが逆転してしまっていた。確かにキャスがフィムに迫り行為を求めていたのだが、今ではフィムがキャスを愛撫し始め、乗り気になっている。
サスペンダーを肩から落とし、シャツを脱がせてベッドの脇に落とした。そして彼の左手はキャスの背中の下を抜け、反対側の胸元にその指先を向かわせていた。中指に少し硬い感触が伝わるとともに、キャスが身を強張らせ、小さく声が漏れた。フィムの舌は首筋と鎖骨をそっと舐めまわし、中指は触れたその突起を優しく撫でまわし始める。
「んッ…あッ、んッ、んんッ―」
キャスは無意識のうちにフィムの体に両腕を回し、しがみ付いていた。声が漏れるたびに、その力に強弱が生じ、かすかな震えが伝わってきた。
そのうち、フィムは右腕に掛けていた重心を左腕に変え、右手の人差し指をキャスのズボンの股間の生地に引っかけた。
「なッ、待って…」
キャスの静止も聞かず、フィムはズボンをスッと引っ張った。細い脚には引っかかるはずもなく、ズボンは容易く彼女の体から離れベッドの下に落とされた。
フィムは綺麗な薄いピンク色の乳首に口を付け、吸い上げながら舌で撫で回した。そして右手の親指を濡れたショーツの秘部にあて、上下にクニクニと動かした。
「ぅあッ、んッ…あッ、あんッ」
キャスは今まで感じたことのない快感に、うっすらと涙を浮かべ溺れていた。
「…髪掴むなや、痛い」
キャスは胸を愛撫するフィムの頭を、まるでぬいぐるみを抱く様に抱きしめていた。
「あ…ご、ごめ、あンッ―」
謝りながら手の力を緩めたとたん、フィムは一層強く乳首を吸い上げた。
フィムはショーツに手を掛けずり下ろした。キャスの足を自分の肩に掛けるように乗せ、甘い独特の香りを発する既にぐっちょりと濡れた割れ目を一旦凝視する。
「正直もう十分濡れてんねんけどな…まぁ、一応…」
「え…なッ―」
フィムは舌を突き出し、割れ目の奥を下から上に一舐めしたのを皮切りに愛撫を始めた。
「きゃッ…ッあ、やぁ…あンッ、ダメッ、吸っちゃダメッ―」
ジュルジュルと音をわざと立てて露をすすられ、キャスは恥ずかしさの余り顔を反らし腕で目を覆った。だが、彼女はどこかでこれを待ち望んでいたような気がしていた。
ハァハァという荒い息遣いに甘い喘ぎが混じり、やがて腕は顔を覆うことをやめシーツを握りしめていた。
「あッ、うぁッ、んんッ……あ…ふぇ?」
キャスは素っ頓狂な声を挙げた。それというのも、今の今まで体中を駆け巡っていた快感が突如途絶えたからだ。
「…ほな…そろそろ…」
フィムはベッドギリギリにまで下げていた体を再びキャスの上に戻し、いつの間にかズボンとパンツを脱いで臨戦態勢に入っていた。
「…う、うん…」
キャスは緊張した面持ちに変わり、フィムのシャツをギュッと握りしめた。
「…痛かったら言いや…」
「うん…」
フィムは彼女を気遣ってそう言葉をかけると、キャスは嬉しそうに頷いた。
そそり立つそれの亀頭が、キャスの割れ目を押し広げて奥の穴の入り口に触れた。締めつけの強い膣腔にゆっくりと挿入していくうち、キャスの眉間にかすかにシワが寄ったが、どうやら痛みは大きくはないらしい。
やがて少し詰まるような感覚があったが、陰茎はそれを突き破り子宮口まで達した。
「はぁ…はぁ…」
キャスはないわけではない痛みを我慢して、息を止めていた。全部入ったことがわかると、荒く息をした。
「…平気か?」
「うん…」
フィムが少し心配そうに見た彼女の顔は、案外にも悦楽が浮かんでいた。
「…ねぇ…」
「ん?」
「…お…おに、お兄ちゃんっ…って、呼んでいい…?」
キャスは顔を真っ赤にして言った。
「…ああ、ええよ」
「じゃあ…お、お兄ちゃん……動いて…」
「ああ…」
フィムはゆっくり陰茎が抜ける寸前まで腰を引き、また奥に向かって進めた。
「あッ…んッ…」
だんだんとピストンのスピードを上げ、なんどか繰り返すとキャスの様子が変わった。
「ぁッ…んッ、んッ、はぅッ…」
何かに堪えるような仕草になったかと思うと、しばらくして「んッ―!」と息を止め、体を強張らせた。同時に膣がビクビクと小刻みに収縮を繰り返した。
「はぁ…ハァ…んッ、はぁ…ハァ…、ごめん、イッちゃった…」
キャスはクンニが止められたときにもう達する寸前だった。そこから多少治まってはいたが、それでももう耐えられるところではなかった。
「なに謝ることがあんねん。…続き、ええか?耐えれん…」
キャスが頷くと、フィムはいきなり早めのピストンを開始した。
「あぅんッ―、まッ…まってッ、激しッ―」
ベッドは軋み、キャスの体は上下に揺れた。子宮口を突き上げられ、激しい快感が襲ってくる。
彼女はいつの間にかフィムの腰を足でホールドしていた。
「あぅ、あッ、あんッ、あんッ―」
それから再びキャスが絶頂を迎えても、彼のピストンは止まなかった。むしろ、その締めつけによって快感が増してきている彼は一層腰の動きを激しくしたようだった。
そしてフィムにも波が押し寄せてきていた。
「キャスっ…出すぞッ…!」
「ッあん、中ぁ…中に出してぇッ…!」
「んッ…!」
「ッくぅン―!!」
フィムが射精すると、キャスは体を振るわせまるで子犬のような声を上げて達した。そのあと、彼女の体から全く力が抜けてしまったように握りしめたシーツを離し、しばらく天井をおぼろ気な目で見つめていた。だが、腰に回した足だけは離さない。
「はぁ…はぁ…」
当然、フィムも息が少々上がっていた。彼は頭をうな垂れ両腕で体を支えていて、まだ繋がったままの陰部からキャスの膣が微かな収縮を続けているのを感じていた。
少し息も整いかけたころ、ぼぉっと天井を見つめていたはずのキャスがクイクイとシャツの袖を引っ張った。
「…なんや?」
「………もっと…」
「ッ…?!」
思わず彼は息を呑んだ。
そのワケは決して「まだヤるのか」という狼狽でなく、キャスが思いの他艶っぽく、とても可愛かったための驚き故だった。少し柔らかくなりかけていた彼の息子が再び大きさと固さを取り戻し、心の底から「愛したい、犯したい」という本能が湧いてきた。
「キャサリンッ…!」
「ッぅあン―!?」
いきなりフィムがキャスを抱きかかえて繋がったまま立ち上がり、それによって子宮口が軽く突き上げられたことで喘ぎ声が上がる。
「…覚悟せぇよ、こいつ…」
「え?おに―」
フィムはキャスの膝の裏に腕を通しかかえ、腰を動かした。
「ッな!おにぃ、激しッ―!?」
その後キャスは陰核も後ろの穴も指で愛撫され、腰砕けになるまで犯され続けた。そのお蔭で魔力は十分に回復したのだか…
(あぁ、しもた…やってしもた…)
(あぁ、やっちゃった…よんじゃった…)
窓の外から光が差し込もうとする頃、フィムは椅子に座って頭をかかえ背徳感に苛まれ、キャスはベッドの上で壁にもたれてシーツを頭から被って羞恥に辱められていた。
「「あ…」」
そのうち不意にお互いの目が合い、気まずさで逆に目を逸らすことができなくなった。
しばらく無言で見つめ合うという状態が続き、お互いに顔を赤くしていた。
始めに口を開いたのはキャスだった。顔の半分を隠しているシーツを、視界が遮られない程度にさらに少し上にあげながら「あ…あのさ…」と切り出した。
「…なんや…?」
フィムは顔を逸らせてぶっきらぼうに言った。
「…その、服…取ってくれない?…あと…ぱ、パンツも…」
「あ、阿呆っ…そんなもん自分で取れやっ…!」
「だ、だってさっ…ぼ、僕…足に力入んない…」
「なっ…」
2人はさらに恥ずかしさが増し、再びぶつかった視線を外した。暫くするとフィムはベッドの傍に落ちた下着と服を拾いキャスに突き出した。
「…ほ、ほれっ…」
「…ありがと…」
フィムは再び椅子に座ってそっぽを向いている。キャスが裸を見られるのが今さらながら恥ずかしいだろうという配慮と、なにより自分自身照れ臭いからだ。
キャスはさっそく服を着ようと、まず当然ながらパンツに手を伸ばす。パンツは脱がされたまま裏返しになっていた。元に戻そうとすると、クロッチの部分が少し色付き、カピカピな状態になっていた。
「〜〜〜ッ」
彼女は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら下着を履き、服を着た。
(…やっと立てた…)
暫くして足に力が入るようになるとローブを拾って纏い、服を着終わったあたりからフィムが用意しだしていた朝食を食べた。
辺りを警戒しながら2人は小屋を出て方角を確認し、キャスは箒を出した。
「これからどこに向かうんや?」
「とりあえずルプス山脈の麓にある『ノースビレッジ』に行くよ。仲間とそこで合流することになってるんだ」
「なんや、自分仲間おったんか?」
「う、うん。それで…一緒に来てくれるでしょ?…お、お兄ちゃんも…」
フィムは一瞬呆気に取られた。
「お…おう。もちろんや」
「な、なにさ、その顔。呼んでもいいっていったじゃん…」
「すまんすまん」
2人は箒にまたがった。
「しっかり掴まっててよ、お兄ちゃん」
「おう」
箒はふわりと浮き、高く上がってその場で浮遊した。2人は顔を視線を交わしながら微笑み合い、東北東に向かって飛んでいくのだった。
牢屋で2人が出会ってから4日も経っているのだが、時間を知ることのできない2人はそれを知らなかった。
「アメンボ」
「ボート」
「と、と…峠」
「げ…幻覚」
キャスとフィムはもう何度目かのしりとりで暇を潰していた。
「はぁ…」
とキャスはため息を吐いた。
「今この船どのあたりなんだろう…」
「さぁな。けど、もうそろそろ着くかもしれんな」
「そう。じゃあもう僕たち年貢の納め時だね」
「ははは、かもしれんな」
そして2人は大きく溜め息を付いた。ただ、その溜め息の意味は2人で大きく異なっていたことを、キャスは後に知ることとなる。
大の字で寝そべるキャスは、隣で手を頭の後ろで組んで寝そべるフィムに横目で視線を向けた。
「…もうお別れになるかもしれないから聞くけど…」
と、あまり嬉しくない切り出しでキャスは続けた。
「この前ボソッて言ってた『レム』って…だれ?」
「あ?」
フィムは思ってもみなかった言葉に少々マヌケな声をあげた。
それは、2人が出会ったときにフィムがキャスの顔を見ようと帽子を取り上げ、彼女の顔を見たときにとても小さな声で呟いた言葉だった。
「…なんで今訊くねん…」
「いや、別に。暇すぎて思い出しただけだよ」
「・・・・・」
フィムは黙って、跳ね起こしていた状態を元に戻し、再び天井を見た。
「…それ、言わなあかんか?」
「なにさ…言えないこと?」
「いや…そないな訳でもないけどな…」
「じゃあいいじゃん。どうせ2人とも終わりなんだから…」
キャスはこの4日間、ここから逃げ出す方法を考えていた。だが残念なことに良い案は全くもって浮かんでいなかった。それはフィムも一緒であることは明確だった故の言葉だ。
「…しゃーない。話したるわ…」
キャスはこの時、その名前は恋人か誰かのものだろうと考えていた。確かに、その考えは決して的を射ていなかったわけではない。そう、決して。
「レムは、俺の昔の友達や。自分と同じ金髪で、可愛らしい顔しとった。性根の優しい、一本筋の通った女やった。今思えば、俺の初恋の相手やったかもしれん…」
ほら見ろ、とキャスは思った。
「…それで?なんでいきなり呟いたわけ?」
「よう似とんねん、自分と」
その一言を聞いて、フィムがあの時驚いたのは自分が女だったからではなく、自分がそのレムに似ていたからかとキャスは思った。
(それで、思わず口走っちゃったわけね…)
「ふ〜ん…で、告白したの?」
「…残念ながらしてへん…」
「な〜んだ…」
キャスが意気地のないやつだと思って笑みを浮かべたとたん、フィムは続きの言葉を述べた。
「その前に死んでもたからな…」
「えっ?」
キャスは素っ頓狂な声を挙げてしまった。
「えっ…ほんとに…?」
「…ホンマや…」
フィムはそう言いながら上体を起こし、胡坐をかいて座った。キャスも体を起こして座った。
「…病気やった…ただ、俺はそんときその事を知らんかった。あいつ自身も、どうやらみんなには黙ってたらしい」
と彼は遠くを見る目で話した。
「…治せなかったの…?」
「ああ、手術したら治らんこともなかったらしい。けどな、俺らは下級層の育ちやったから、どこにもそんな出してやれる金もなかった。それをレムの両親もわかっとったんやろうな…誰にも相談してへんかった…」
「だから…お金が欲しくて泥棒に?」
「…もちろん自分のためやない、孤児院とか下級層のみんなのためにや…けど…ただ義賊ぶって、自己満足してるだけかもしれへんな…」
フィムのその顔に、キャスはときめきを覚えた。今初めて感じたものではないが、それを自ら『ときめき』と意識したのは初めてだった。
(なにさ…僕ってもしかして…フィムのことが、好きなの…!?)
彼女は、一向に治まらない胸の心拍が苦しく、服の胸の部分を握りしめた。
「…そんなこと…ないよ」
「ん?」
「…きっと、救われてる人はいるよ…だから…」
キャスの言葉を聞いて、フィムは微笑みながら彼女の頭に手を伸ばした。
「…おおきにな」
彼の大きく暖かな手が、帽子越しにキャスの頭を優しく撫でた。嬉しいような恥ずかしいような、そんなくすぐったい感情が彼女の胸に満ちていた。
と、その時、部屋のドアが静かな機械音を立てて開いた。
「フィム・ロックブルック。出ろ」
入ってきた3人の騎士の内の1人が言った。
「…なんや、もう着いとったんか…」
そう言うとフィムはキャスの帽子を掴んだまま手を離し、柵の近くに置いた。
「まだだ、だが貴様は到着後、すぐに連行し処刑する手筈となっている。それに滞りの無いよう準備だ」
フィムはゆっくりと立ち上がった。
「…さよか…ご苦労なこっちゃなぁ」
牢屋の扉が開き、外に出た彼に向かって2人の騎士が槍を向けた。
(…もう…時間なんだ…)
キャスは哀しく残念そうな目で彼を見ていた。
「行くぞ」
前の騎士がそう言って歩き出そうとした瞬間、フィムは転びそうになった。
「おっと―」
「っ…何をしている!しっかり歩けっ!」
転びかかったフィムは前の騎士に向かって倒れかかり、騎士の体を支えにして立ち上がった。
「すまんすまん…」
4人は再び歩き出すが、部屋を出る瞬間フィムが何かを投げた。
それは彼がさっき置いたキャスの帽子に着地したため、音はなく騎士たちは気付くこと無く出て行った。
(これっ…)
騎士たちが出て行ったあとで、キャスは帽子の上に落ちたものを見た。それは黒い色をした鍵、何の鍵かはなんとなくの見当は付く。
(…いくら騎士たちは兜をかぶって視界が狭いからって…危険すぎるじゃん…バカ…)
陸上艦はユーゼンリオンの巨大門をくぐり、塀の中に入って止まった。列を組んで騎士たちが待機していると、船の壁が一箇所せり出し、その部分は機械音を立ててゆっくりと展開し、扉が開いた。
扉の中には3台の馬車と、後ろ手に縄で縛られたフィムを乗せた馬が1頭待機していた。やがてそれらは順に動き外に出ると一度止まった。
騎士が1人前に歩み出ると、待機していた騎士たちの一番前の1人の正面に立った。
「アルベルト中隊、並びに金紋騎士団、ただいま帰還しました。なお、大罪人フィム・ロックブルックはただいまより広場に連行、魔女は続けて牢に監禁します」
「了解、では罪人を連行しろ」
「はっ」
騎士が1人先導するフィムの乗った馬は3台の馬車と別れ、町の南西にある広場まで町の中を進んでいった。
道の両端には、これから処刑される罪人を一目見ようという興味本意の見物人が列を作っていた。
「ほら、あれが例の大泥棒だそうよ?」
「まぁ〜、貧乏そうな顔してますわね、ふふふ…」
聞こえてきた隠す気のない陰口に彼は「自分はそこいらの豚みたいな形(なり)やなぁ」と嘲笑しながら返すと、小太りの濃い化粧をした夫人が「まぁ〜ッ!」と憤慨した。
町の中心部はほぼ貴族たちが住んでいて、そこを通るのだから当然貴族の連中の見世物になるわけだ。だがその路地裏の陰からちらちらと覗き見る者たちの姿があった。
悲しそうな表情でフィムを見る彼らは、下級層の住人たちだ。下級層の間では、この貧困さの大きい町で金品を恵んでくれる彼を、まるで英雄のように慕っていた。
陸上艦の到着した東北側の門から南西の広場までは結構な距離があった。その30分の道のりの中で彼は思うところがあった。
(…さって…俺も最期かぁ。俺のこんな死に方見たら、レム(あいつ)どんな顔しよるやろなぁ…どやされるかもしれんなぁ、『このバカッ』言うてな…)
その時フィムは、貴族たちの冷ややかな視線と下級層の庶民たちの悲哀の視線の中で、まるで誇るかのような笑みを薄らと浮かべていた。
(でもまぁ…別に選んできたことの中に後悔はあらへんし、中々の人生やったんとちゃうかなぁ…)
そう思いながら、彼は天を仰いだ。
やがて広場に組まれた絞首台が見え、馬はその横に停まった。
馬から降ろされ、絞首台の階段を一歩ずつ登っていく。それはまさに自分の命が消える様をまじまじと味合わされている以外にはないはずなのだが、その時もフィムは誇るような、満ち足りたような表情だった。
「貴様、その笑みはなんだ?」
絞首台の上で振り返った騎士が訊ねた。
「いや別に。ただ絶景やなぁ思うただけや…」
「絶景だと?」
「せや、ようこんなに有象無象が集まったもんやなぁってな」
「ふん、貴様が見る最後の光景だ。目に焼き付けておくことだな」
「…ふっ…そうするわ」
縄を首に掛けられながら、フィムは微笑しながら言った。
「では、罪人フィム・ロックブルックの罪状を読み上げる…」
騎士が紙を広げて言った。
(…そろそろあいつも逃げた頃やなぁ…最期に騎士どもの鼻開かしたれて清々するわ。…ちゃんと逃げろよ…自分とおった時間、なんちゃなかったけど楽しかったで…)
読み上げられる罪状も耳には入らず、彼は俯いて笑いながらそう思っていた。
「では、最期に言い残すことはないか?」
「…せやなぁ…『我が生涯に一片の悔いなし』とでも言うとくわ」
騎士は鼻で笑いながら、床を開く木製のレバーに手を掛けた。そしていざ引こうとした時、観衆の中から声が挙がった。
「何だ、あれはッ!?」
その場に居た者全員が上空を見上げた。その視線の先には棒のような物に座って空に鎮座する子供の影があった。
「ま、魔女だッ!」
観衆は狼狽し、悲鳴が挙がった。
「くそ、魔物かッ!」
騎士たちは剣を構え、対峙した。その時、呆気に取られていたフィブも我に返った。
「…あ…アホォッ!何しとんねんッ、なんでこないな所におるんじゃッ!」
フィブは、箒に座って飛んでいるキャスに向かって怒鳴った。それもそのはず、彼女は今頃逃げおおせている筈だったのだから。
「借り作ったままなんて、後味悪いだろ?」
と言いながらレバーに視線を向け「キンブリング」と小さく唱えた。瞬間、レバーから吹き出すように火が上がり、跡形もなく崩れ去った。
フィムと騎士が驚嘆している中、大勢の走ってくる足音が聞こえた。
「弓矢隊、鉄砲隊、用意っ!」
指揮官らしき騎士が旗をキャスに向けて叫んだ。
「ッ!キャス、逃げろッ!俺はエエから逃げろッ!」
そのフィムが言った瞬間、矢と鉛玉は放たれ、彼は一瞬やられたと思った。だがそれはすぐに再び驚きに変わる。
放たれた矢と弾丸はキャスに届くことなく空中で静止し、矢は燃え上がり、弾丸は液体となったかのように合わさり、形を変えていった。
やがて出来上がった中指を立てた手の形をしたオブジェは、人々が避けてできた円の中に落ち、観衆はまたどよめきたった。
キャスが手をフィムに向けてかざすと、生き物のように縄の結び目は解け、同時に手を縛っていた縄も解けた。
「フィム、跳んで!」
彼は訳の解らないまま言われるがままに隣の騎士を突き飛ばし、タタッと助走をつけて跳んだ。
「うおっ―!?」
キャスがグイッと引っ張るような素振りを見せると、宙に浮いた彼の体はそれに従うように彼女の元まで引き寄せられた。
「キャス…おまえ…」
彼は箒の上に這い上がって言った。
「辞世の句なんて口走っちゃって…悪いけどまだ死なせないよ」
キャスは少し怒っているような顔で言った。
「おらぁぁっ、のけぇぇッ!」
怒号を飛ばしながら1人の大男が猛スピードで駆けてくると、重力というものを無視するが如く壁をそのまま駆け上がり、キャスに向かって剣を振り上げた。
その男は、キャスたち一行を襲撃した精鋭部隊の隊長であった。
2人の目が会ったその瞬間、小隊長は強烈な斥力によって弾き飛ばされ、積んであった木箱に背中から突っ込んで粉砕した。
「なんやあいつ、ホンマに人間かッ!?」
あまりのことにフィムは驚きを隠せない。当然だ、彼は壁を『10メートル』も駆け上がり、そこから弧を描いて『8メートル』も跳んだのだから。
「さぁ?生まれ持った身体能力か、鍛えた体を魔力で補助してるんだよ、多分」
とキャスが解説している間に、小隊長は起き上がった。なんにしても、信じられない身体能力である。
「てめぇッ!やってくれるじゃねぇか…この大人数に、いくら魔法だのなんだのあったところで勝てると思うなよッ!」
いつの間にか精鋭部隊は集結し、剣を向けていた。その全員が『今くらい』のスペックを持ち合わせているのは明白だった。
「前も言ったろう、俺たち相手に魔導師は一人じゃ勝てねぇってなぁッ!」
魔法、魔術は威力の大きなものを発動するとなれば、それに比例した『溜め』、つまりは魔力を結集させる時間が必要となる。その間は動くことはままならず、もちろん他の魔法など使えたものではない。
脅威的な機動力とチームワークを誇る彼らを前に、そんなことをしている隙は皆無だった。
「これ…ホントに消耗するからやりたくないんだけどなぁ…」
キャスは言った。
「前にあんたも言ってた通り、大きな魔法を使うには魔力を集める必要がある。それに伴って隙も大きくなるけど…
でも、それは魔力を『外から集める』からだよ…」
そう言うと彼女は箒の上にヒョイッと立った。
「あ?何が言いてぇ?」
「外から集めるのに暇がかかるんだから、『中にある分』を使えばいい…」
キャスは両手を広げ、前にかざした。
「トゥニトルス」
彼女の手元から下を向いた青紫に光る魔法陣が広がり、バチバチッと火花が走った次の瞬間、轟音と強烈な閃光を発した電撃が騎士たちを襲い、威力で地面に敷かれていた石畳はひび割れ隆起していた。
「がぁッ!…くそぅ、雷たぁ…考えたじゃねぇか…」
騎士たちはある者は気を失い、ある者は激痛に苦しんでいた。そして小隊長は険しい顔をしながら、2人の消えた宙を睨んでいた。
その後2人は町を脱出するため、東北の方角に向かった。
そしてフィムの申し出で、騒ぎのせいで見張りがいなくなった陸上艦に忍び込んでいた。
「なんの用さ…?」
「俺の得物が取り上げられたまんまやからな。そいつ取りに来たんや」
そう言ってフィムは「多分ここやろう」とアタリを付け、その部屋に忍び込んだ。
「それにしたかて、自分の魔法えぐかったな…」
彼は部屋の中を漁りながら言った。
「あれでも詠唱破棄してるから、威力は3分の1以下だよ…まぁ、もともと威力が高いからね…」
「そうでっか…」
フィムは苦笑いを浮かべた。
「おっ…」
そのとき見慣れた物を発見し、彼は嬉しそうな顔を浮かべた。
「あったあった、俺の武器と商売道具♪」
フィムは1組の手甲と、2本の棒や小さな箱、錘の付いた細い縄が納められたベルトを持っていた。そして早速そのベルトと、手袋と一体となった前腕を覆う手甲を装着した。
「うし、ほなあいつらが来うへん内においとましよか」
「…そうだね」
と2人が部屋から出るといきなり騎士が2人。
「貴様ら、見つけたぞッ!」
どうやら探しに回ってきていたらしい。2人の騎士は剣を構えた。
「…もう、こんなときに…」
キャスは杖を出現させようと手を掲げながらぼやいた。だが、フィムがそれを静止するように掌を指し出した。
「ここは俺に任せとき」
そう言うと彼は素早く、ベルトの両サイドに1本ずつ納められていた武器を手にした。
その武器は見たところ金属製で、棒が組み合わされて出来ている。彼の指先から肘より長い棒の一方の端近くに、握りとなるよう短い棒が取り付けられている。取っ手を境に一方が長く、もう片方は短くなっており、長い方が前腕をまるまる覆う形となり、短い方が拳より先に突出する。
フィムはその武器を持ちファイティングポーズの形で構えた。
「こいつはトンファーちゅうてな、東方の武器や。なかなか便利なもんやでぇ」
騎士の振るった剣を片方の腕もといトンファーで防いで、もう片方で騎士の腹部を殴り、体をくの字に曲げたその騎士の頭部を膝で蹴り上げて戦闘不能にする。
続けてもう1人の薙いだ剣をあっさりと躱わし、両手の取っ手を握る力を少し弱めると、手首を返した勢いでトンファーを半回転させ長い部位と短い部位を入れ替えた。そして壁とそれで挟むように剣を封じ、下から騎士の顎を目掛けてもう片方を振り上げた。
静かに騎士が崩れ落ちると同時にフィムはトンファーを携帯用のベルトのリングに納めた。
「ほらな、案外やるやろ?」
フィムは得意そうにドヤ顔を浮かべた。キャスは「はいはい」と微笑しながら返した。
船の甲板に出て、2人はキャスの箒に乗って塀を越え、あっけなく町の外に脱出することに成功した。日は西に傾き掛けており、遠くが深い藍に染まり始めた空を少し右手に見ながら2人は飛んだ。
後方にユーゼンリオンの町がすっかり小さくなってきた頃、箒が緩やかに上下し始めた。
「おい、どないした?」
「…ゴメン、ちょっと降りるよ…」
キャスは少し焦りながら、眼下に広がる森の中に着陸でき易そうな場所がないか探した。
手頃な場所を見つけ、徐々にその高度を下げつつあった箒は降下し、地表に近づくと速度を落とす。まずフィムが箒から飛び降り着地し、そしてキャスが続いて着地した。だが彼女がふらつき倒れそうになり、フィムは素早くその身体を支えた。
「どないした、平気か!?」
「はぁ…はぁ…ごめん、魔力足んない…」
少し疲れた様子でキャスが言った。
それもそのはず、溜め時間を破棄して体内魔力のみで中規模高威力の魔法を発動し、それ以外にも魔力による防御なども行っていた。さらには十分に食事も摂れず体力も減っている状態であったために、彼女には箒で空を飛びし続けられる魔力も体力も残ってはいなかった。
「そうか…この近くに俺が前逃げとる時に見つけた小屋があるさかい、今日はそこで休むとしよか」
「うん…そうだね…」
キャスはてっきりそこまで歩いていくと思っていた。するとフィムが背を向けて屈んだものだから、彼女は驚いた。
「え…なに…?」
「何て、おんぶや、おんぶ。自分疲れとんのやろ?」
「え、いや、そうだけど…」
キャスがどぎまぎしていると、痺れを切らせたフィムは催促した。
「ほれ、日ぃ暮れるやろ、はよ負ぶされやぁ」
「…わ、わかったよぉ」
キャスは箒を消し、ゆっくりとフィムの背中に乗り腕を肩から回して掴まった。
「よっと」
「うわっ!」
フィムが立ち上がると、彼女は驚いて思わず声を挙げた。
「なんやねん、そないビビることか?」
「うぅ〜…」
振り向いたフィムの顔をキャスは情けなく上目気味で見返した。
(しょ〜がないじゃんか…こんなの、初めてに近いだから…)
人生で人に負ぶさったのが初めてな訳ではなかっただろう。だが、親の背に揺られたのも遙か昔で記憶も朧。故に彼女にとって人の背に揺られるのは初めてに近しい体験だった。
そしてその初めてに近しい体験に、彼女は懐かしさと大きな安心感を抱いていた。少し薄暗くなり始めた森の中、本来なら不安や不気味さを感じるかも知れなかった。だが、懐かしさはともかくとして、それらの不安感や不気味さが、キャスに与える安心感を寧ろ大きくしていたと言ってもいい。
さらにフィムの体温や匂いが、存在が近く強く感じられるこの状況は、彼女の心に灯されたとある感情を大きくしていた。
「ほれ、着いたぞ」
ぼぉっとフィムの背中で揺られていると、いつの間にか小屋が目の前にあった。
「あ、お、降りるよ…」
「ん、そうか?」
フィムはそう言うと、体勢を低くしてキャスの脚から手を離した。彼女も腕を離したが、実際は名残惜しさを感じていた。
小屋の戸を開けて中に入ると、簡易的ではあったが設備は整っていた。恐らく旅人用、もしくは森で作業する作業員用の小屋なのだろう。寝具やちょっとした調理器具、暖炉とコンロがあり、外には井戸もあった。フィムによれば水は申し分なく綺麗だという。
「え〜っと、この辺に確か…お、あったあった」
棚をごそごそと漁っていたフィムは、瓶に入った食料を見つけた。薫製や果物や野菜の瓶詰めがあったが、腐っている様子はない。
2人はそれを取り分け、貪るように平らげた。それもそうだ、何せキャスはこの4日間、フィムに関してはそれ以前から満足に食事を出来ていなかったのだから。
食事が終われば、後は寝るだけ。暖を取るため暖炉に火を付け、明かりを漏らさぬようカーテンを閉めた。
「ほな、俺はこっちで寝るさかい、キャスはベッド使い」
「え、いいの?」
「構へん構へん」
フィムはぶっきらぼうにそう言うと、暖炉から少し離れて椅子に座り、シーツを身体に巻いた。
「・・・・・」
キャスはどことなく悪い気がしながらも、ベッドに横になった。
疲れているし、すぐ寝てしまうだろう。そう思って目を瞑ってはみたものの、いつまで経っても眠りに落ちない。ただただ夜が深まるだけ。
なぜならフィムが気になってしょうがないから。
(…も、もう寝ちゃった…?…寝てる…よね?)
そっと目を向けると、彼は目を瞑ってじっとしていた。
(…フィムって…すごく優しいんだよね…。頼りになるし、なんだかお兄ちゃんみたい………お兄ちゃん…?)
さっきから止まない鼓動が激しさを増し、顔が、体が熱くなるのを彼女は感じた。すこし息苦しい感覚があり、そして何より下腹部が、秘所が切ない。さらに、このときもう一つの変化も起こり始めていたのだが、今この時はまだ分からなかった。
キャスはそっと体を起こした。
気配を感じ、閉じていた目を開けたフィム。
「ん?キャス、どうし…た…」
彼の瞳が移したキャスの姿は、予想だにしないものだった。
ローブを裾からたくし上げ、中に着ていたピンク色のシャツを肌蹴させていた。さらに着けたサスペンダーの一方は肩からずり落ち、ベージュのホットパンツのホックとチャックも開けられている。シャツの胸元からは微かに桃色の乳首が顔を覗かせ、ズボンのチャックの間から白いショーツが見えていた。
「おまっ、なんちゅうカッコっ―?!」
フィム驚いて思わず椅子から立ち上がった。
「ハァ…もう…僕、我慢できない…」
キャスの顔は紅潮し、目はトロリと微睡んでいた。帽子とローブを脱ぎ、彼女は後ずさりするフィムにすり寄ってズボンに手を掛けた。
「あほ、なにしてんねんっ!?」
「言ってるでしょ?『我慢できない』って…」
「なっ…」
ズボンをずり下ろされそうになり、フィムは身を返し、その手から逃れた。
「…どうして逃げるの?」
「どないしてって、なんしようとしてんのかわかっとんのか?!」
狼狽と焦燥をかもすフィムに対して、キャスはいつもの仏頂面からは想像できないような微笑みを持って返した。
「わかってるよ?でも、しょうがないんだ…」
「は?…しょうがない…?」
「うん、そう。しょうがないんだ。…さっき、魔力足りないって言ったでしょ?」
「お、おう…」
「だからね、フィム…ちょうだい…」
キャスはそう言って、後ずさりしているうちに床に落とした毛布に躓いて尻餅をついた彼の腹部にまたがっていた。
「理由になっとらんぞッ…第一、好きでもない奴に…」
そこまで言うと、キャスは顔を悲しげに曇らせた。
「…好きでもない奴に…そんなことできない?」
「は?あ、…いや、そうやない。好きでもない男とやってええんか?」
フィムはいたって真面目に言っている。が、キャスは曇らせた表情をおかしそうに笑顔に変え「んっふふ…」と笑った。
「好きだから…フィムに迫ってるんだよ…?」
「あ、いや、けどな…」
キャスはフィムが何かと理由を付けようとするのが気に食わず、ムッとした顔を彼に接近させた。
「ッ―?!」
「…もう…理由なんかどうでもいいよ…だから、しよ?」
「…キャス」
「フィム…」
まず断っておくが、フィムにロリコンの気はない。だが、フィムは堪らずキャスを抱きしめていた、もちろん愛しさを持って。
それは即ち、彼女の魔力による魅了であることを示す。彼女の枯渇し掛けた魔力のほとんどが目の前の男を、「おにいちゃん」にしたい存在を我が物にすべく総動員されていた。もちろんこれは2人の関知するところではなかった。
「わっ!」
フィムが突然キャスを抱えて立ち上がった。いきなりのことに彼女は可愛らしい声を上げた。
「な、なに…?」
「…どうせやるんやったら…ちゃんとしよぉや…」
キャスはベッドに仰向けに寝かせられた。彼女はどことなく緊張した面持ちで、四つん這いで少し覆い被さるように上に立つフィムの顔を見つめていた。
彼女は今頃になって『期待』とは別に『不安』を感じ始めていた。いざとなって尻込みすることはよくある。
「キャス…」
「ひゃッ…」
フィムが頭を下ろし、キャスの耳にキスをした。その感覚に思わず声が漏れる。
「あッ、ふぃ…だ、だめッ、んんッ…」
彼の柔らかい唇と息遣いが、耳からやがて首筋、鎖骨へと移動し、くすぐったいような気持ちいいような感覚がキャスを襲う。
「あッ、なッ…?!」
フィムのたくましい手がキャスのあまり括れのない脇腹を這い、背中へと回ってきた。いつの間にシャツのボタンを全て外したのか、彼女にはわからなかった。
「ボ、ボタン…いつのまに…」
「ん?ほら〜、俺泥棒やし、器用やからな〜」
「こ、こんなところでそんな特技見せなくていいよぉ…んっ…」
完全に先ほどとは攻めと受けが逆転してしまっていた。確かにキャスがフィムに迫り行為を求めていたのだが、今ではフィムがキャスを愛撫し始め、乗り気になっている。
サスペンダーを肩から落とし、シャツを脱がせてベッドの脇に落とした。そして彼の左手はキャスの背中の下を抜け、反対側の胸元にその指先を向かわせていた。中指に少し硬い感触が伝わるとともに、キャスが身を強張らせ、小さく声が漏れた。フィムの舌は首筋と鎖骨をそっと舐めまわし、中指は触れたその突起を優しく撫でまわし始める。
「んッ…あッ、んッ、んんッ―」
キャスは無意識のうちにフィムの体に両腕を回し、しがみ付いていた。声が漏れるたびに、その力に強弱が生じ、かすかな震えが伝わってきた。
そのうち、フィムは右腕に掛けていた重心を左腕に変え、右手の人差し指をキャスのズボンの股間の生地に引っかけた。
「なッ、待って…」
キャスの静止も聞かず、フィムはズボンをスッと引っ張った。細い脚には引っかかるはずもなく、ズボンは容易く彼女の体から離れベッドの下に落とされた。
フィムは綺麗な薄いピンク色の乳首に口を付け、吸い上げながら舌で撫で回した。そして右手の親指を濡れたショーツの秘部にあて、上下にクニクニと動かした。
「ぅあッ、んッ…あッ、あんッ」
キャスは今まで感じたことのない快感に、うっすらと涙を浮かべ溺れていた。
「…髪掴むなや、痛い」
キャスは胸を愛撫するフィムの頭を、まるでぬいぐるみを抱く様に抱きしめていた。
「あ…ご、ごめ、あンッ―」
謝りながら手の力を緩めたとたん、フィムは一層強く乳首を吸い上げた。
フィムはショーツに手を掛けずり下ろした。キャスの足を自分の肩に掛けるように乗せ、甘い独特の香りを発する既にぐっちょりと濡れた割れ目を一旦凝視する。
「正直もう十分濡れてんねんけどな…まぁ、一応…」
「え…なッ―」
フィムは舌を突き出し、割れ目の奥を下から上に一舐めしたのを皮切りに愛撫を始めた。
「きゃッ…ッあ、やぁ…あンッ、ダメッ、吸っちゃダメッ―」
ジュルジュルと音をわざと立てて露をすすられ、キャスは恥ずかしさの余り顔を反らし腕で目を覆った。だが、彼女はどこかでこれを待ち望んでいたような気がしていた。
ハァハァという荒い息遣いに甘い喘ぎが混じり、やがて腕は顔を覆うことをやめシーツを握りしめていた。
「あッ、うぁッ、んんッ……あ…ふぇ?」
キャスは素っ頓狂な声を挙げた。それというのも、今の今まで体中を駆け巡っていた快感が突如途絶えたからだ。
「…ほな…そろそろ…」
フィムはベッドギリギリにまで下げていた体を再びキャスの上に戻し、いつの間にかズボンとパンツを脱いで臨戦態勢に入っていた。
「…う、うん…」
キャスは緊張した面持ちに変わり、フィムのシャツをギュッと握りしめた。
「…痛かったら言いや…」
「うん…」
フィムは彼女を気遣ってそう言葉をかけると、キャスは嬉しそうに頷いた。
そそり立つそれの亀頭が、キャスの割れ目を押し広げて奥の穴の入り口に触れた。締めつけの強い膣腔にゆっくりと挿入していくうち、キャスの眉間にかすかにシワが寄ったが、どうやら痛みは大きくはないらしい。
やがて少し詰まるような感覚があったが、陰茎はそれを突き破り子宮口まで達した。
「はぁ…はぁ…」
キャスはないわけではない痛みを我慢して、息を止めていた。全部入ったことがわかると、荒く息をした。
「…平気か?」
「うん…」
フィムが少し心配そうに見た彼女の顔は、案外にも悦楽が浮かんでいた。
「…ねぇ…」
「ん?」
「…お…おに、お兄ちゃんっ…って、呼んでいい…?」
キャスは顔を真っ赤にして言った。
「…ああ、ええよ」
「じゃあ…お、お兄ちゃん……動いて…」
「ああ…」
フィムはゆっくり陰茎が抜ける寸前まで腰を引き、また奥に向かって進めた。
「あッ…んッ…」
だんだんとピストンのスピードを上げ、なんどか繰り返すとキャスの様子が変わった。
「ぁッ…んッ、んッ、はぅッ…」
何かに堪えるような仕草になったかと思うと、しばらくして「んッ―!」と息を止め、体を強張らせた。同時に膣がビクビクと小刻みに収縮を繰り返した。
「はぁ…ハァ…んッ、はぁ…ハァ…、ごめん、イッちゃった…」
キャスはクンニが止められたときにもう達する寸前だった。そこから多少治まってはいたが、それでももう耐えられるところではなかった。
「なに謝ることがあんねん。…続き、ええか?耐えれん…」
キャスが頷くと、フィムはいきなり早めのピストンを開始した。
「あぅんッ―、まッ…まってッ、激しッ―」
ベッドは軋み、キャスの体は上下に揺れた。子宮口を突き上げられ、激しい快感が襲ってくる。
彼女はいつの間にかフィムの腰を足でホールドしていた。
「あぅ、あッ、あんッ、あんッ―」
それから再びキャスが絶頂を迎えても、彼のピストンは止まなかった。むしろ、その締めつけによって快感が増してきている彼は一層腰の動きを激しくしたようだった。
そしてフィムにも波が押し寄せてきていた。
「キャスっ…出すぞッ…!」
「ッあん、中ぁ…中に出してぇッ…!」
「んッ…!」
「ッくぅン―!!」
フィムが射精すると、キャスは体を振るわせまるで子犬のような声を上げて達した。そのあと、彼女の体から全く力が抜けてしまったように握りしめたシーツを離し、しばらく天井をおぼろ気な目で見つめていた。だが、腰に回した足だけは離さない。
「はぁ…はぁ…」
当然、フィムも息が少々上がっていた。彼は頭をうな垂れ両腕で体を支えていて、まだ繋がったままの陰部からキャスの膣が微かな収縮を続けているのを感じていた。
少し息も整いかけたころ、ぼぉっと天井を見つめていたはずのキャスがクイクイとシャツの袖を引っ張った。
「…なんや?」
「………もっと…」
「ッ…?!」
思わず彼は息を呑んだ。
そのワケは決して「まだヤるのか」という狼狽でなく、キャスが思いの他艶っぽく、とても可愛かったための驚き故だった。少し柔らかくなりかけていた彼の息子が再び大きさと固さを取り戻し、心の底から「愛したい、犯したい」という本能が湧いてきた。
「キャサリンッ…!」
「ッぅあン―!?」
いきなりフィムがキャスを抱きかかえて繋がったまま立ち上がり、それによって子宮口が軽く突き上げられたことで喘ぎ声が上がる。
「…覚悟せぇよ、こいつ…」
「え?おに―」
フィムはキャスの膝の裏に腕を通しかかえ、腰を動かした。
「ッな!おにぃ、激しッ―!?」
その後キャスは陰核も後ろの穴も指で愛撫され、腰砕けになるまで犯され続けた。そのお蔭で魔力は十分に回復したのだか…
(あぁ、しもた…やってしもた…)
(あぁ、やっちゃった…よんじゃった…)
窓の外から光が差し込もうとする頃、フィムは椅子に座って頭をかかえ背徳感に苛まれ、キャスはベッドの上で壁にもたれてシーツを頭から被って羞恥に辱められていた。
「「あ…」」
そのうち不意にお互いの目が合い、気まずさで逆に目を逸らすことができなくなった。
しばらく無言で見つめ合うという状態が続き、お互いに顔を赤くしていた。
始めに口を開いたのはキャスだった。顔の半分を隠しているシーツを、視界が遮られない程度にさらに少し上にあげながら「あ…あのさ…」と切り出した。
「…なんや…?」
フィムは顔を逸らせてぶっきらぼうに言った。
「…その、服…取ってくれない?…あと…ぱ、パンツも…」
「あ、阿呆っ…そんなもん自分で取れやっ…!」
「だ、だってさっ…ぼ、僕…足に力入んない…」
「なっ…」
2人はさらに恥ずかしさが増し、再びぶつかった視線を外した。暫くするとフィムはベッドの傍に落ちた下着と服を拾いキャスに突き出した。
「…ほ、ほれっ…」
「…ありがと…」
フィムは再び椅子に座ってそっぽを向いている。キャスが裸を見られるのが今さらながら恥ずかしいだろうという配慮と、なにより自分自身照れ臭いからだ。
キャスはさっそく服を着ようと、まず当然ながらパンツに手を伸ばす。パンツは脱がされたまま裏返しになっていた。元に戻そうとすると、クロッチの部分が少し色付き、カピカピな状態になっていた。
「〜〜〜ッ」
彼女は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら下着を履き、服を着た。
(…やっと立てた…)
暫くして足に力が入るようになるとローブを拾って纏い、服を着終わったあたりからフィムが用意しだしていた朝食を食べた。
辺りを警戒しながら2人は小屋を出て方角を確認し、キャスは箒を出した。
「これからどこに向かうんや?」
「とりあえずルプス山脈の麓にある『ノースビレッジ』に行くよ。仲間とそこで合流することになってるんだ」
「なんや、自分仲間おったんか?」
「う、うん。それで…一緒に来てくれるでしょ?…お、お兄ちゃんも…」
フィムは一瞬呆気に取られた。
「お…おう。もちろんや」
「な、なにさ、その顔。呼んでもいいっていったじゃん…」
「すまんすまん」
2人は箒にまたがった。
「しっかり掴まっててよ、お兄ちゃん」
「おう」
箒はふわりと浮き、高く上がってその場で浮遊した。2人は顔を視線を交わしながら微笑み合い、東北東に向かって飛んでいくのだった。
12/08/09 15:14更新 / アバロンU世
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