3-1 町はずれの小屋
橋の崩落によって大きくルートを迂回するというハプニングもあったが、その日一行は無事ボナルフに到着した。
「ようやく着いたな」
「つっても、もう夕方よぉ。はぁ〜、商売は明日か…」
ノルヴィはそうぼやきつつ、後ろの荷車に積んだ大量の荷物を横目に見た。
「とりあえず宿を探して体を休めよう」
「そうね」
一行は近くの町の地図を見て、一番近い宿を探した。
「ここから近いのは…ここね」
町に入ってメインストリートを少し進んだ横道に宿が一軒あった。一行はそこに入ってチェックインを済ませた。
「3泊で5万8千リーゼだね。ウチは悪いけど飯は作ってないんだ。近くに酒場があるから、そこで食事は摂っとくれ。荷物は脇の倉庫で預かっとくから」
カウンターの小太りのおばさんは料金を受け取ってそう言った。
「ああ、頼むわ」
「手荷物を置いて酒場に集まりましょ」
「ああ」
鍵を受け取り、4人は部屋に向かった。トーマはウェポンケースを置き、ノルヴィと一緒に部屋を出た。
「あ、あんたたち。酒場はウチを出て右へ向かった角だよ」
「おう、サンキュー」
店主に道を教えてもらい、宿を出て右へ曲がった。その先に酒場の看板が出ているので、すぐに場所は分かったのだが。
「おうっ、この野郎っ!」
店に入るなりいきなり罵声が飛んできた。
「いや、お客さん、落ち着いて…」
「これが落ち着いていられるかってんだッ!」
中のカウンターで、体格のいい男が店の主人らしき男性に怒鳴りかかっていた。
「ちゃんと数えろッ!金は確かにここに置いてんだろうがッ!」
「いや、ですからね、1000リーゼ足らないんですって」
どうやら勘定が合わないようだ。男も酒を飲んで酔っているらしく、かなりいきり立っていた。
「っざけんなッ!俺はちゃんと数えてそこに置いたんだ!」
「でもないものはないんです!」
周りの客や従業員も不快そうにして、女性に至っては当然ながら怯えている。
「ったく…これじゃ飯も食えないなぁ…。おい、あんた、ほんとに置いたのか?」
「あん?んだてめぇ?俺はちゃんと置いたってんだッ!な、店主てめぇ、まさか俺を担ごうってんじゃねぇだろうなっ!?」
客はとうとう理不尽な難癖までつけ始めた。
「めっそうもない!」
「とか言って、担ごうとしてんのはあんたじゃねぇの?」
ノルヴィは呆れながら呟いた。
「っだとコラァッ!」
男はノルヴィに殴りかかったが、ノルヴィは咄嗟に受け流した。
「おぉっ!…っと、暴力反対、俺って平和主義者よぉ?」
ノルヴィは両手の平を客に向け、苦笑いしながら言った。
「なにが平和主義者だ!…てめぇら、あんまり嘗めてっと…」
客の感じがとうとう危なっかしくなってきたとき、トーマは足元を見て言った。
「…あんた、そこ」
「あぁん?」
客の男も店主もノルヴィもトーマの指差した客の足元を見た。客の靴の下に1000リーゼコインが顔を覗かせていた。
「あ…」
客の男はそれを拾い、店主に向かった。
「こいつぁ…すまん…」
男はすごすごとそれを置いて「悪かった!」と店の中にいた全員に言うと帰って行った。
「あんたたち、助かったよ。お礼に一食奢らせてくれ」
「お、マジ♪」
「いいのか?」
ノルヴィは嬉しそうに言ったが、トーマは悪いので訊き返した。
「ああ、俺は義理と人情を大切にしてんだ」
「連れもあと二人いるんだが…?」
「なぁに、構わねぇって」
「それじゃお言葉に甘えさせてもらうよ」
そのあとトレアとミラも合流し、店主の厚意で夕食をご馳走になることになった。
夕飯も取り終え宿に戻ろうと道を歩いていると、「あっ…」とノルヴィが思い出したように声を挙げた。
「どうした、ノルヴィ」
「いやお前、どうした、じゃなくて…さっきの酒場あれだけ人がいたのに魔導師のこと訊かなくて良かったわけ?」
「あ、そう言えばそうだ。トーマ、良かったのか?」
「あぁ、忘れてた…」
「忘れてたってお前…いくら急がないからって、忘れるのはどうかと思うぞ?」
「まぁいいさ、明日また訊きに行けばいいだけの話だ。今夜はもう疲れたしな、帰って寝よう」
トーマはそう言うとスタスタと歩き始めた。
「…なんだか今一緊張感に欠けるな…」
「うっふふふ…いいんじゃない?それに彼、こっちに来たばかりの時は焦って難しい顔ばかりしてたけど、最近柔らかい表情もするようになったわ。それっていいことじゃない?」
「まぁそうなんだが…」
「私たちも早く寝ましょう」
「ああ、そうだな」
トレアとミラが歩き出した時、ノルヴィは後ろを振り返った。その先には暗い建物の間の通路があったが、変わったことはなかった。
「どうしたの、ノルヴィ。早く行くわよ?」
「…ああ、ごめんごめん」
そう言うとノルヴィも後を追った。
翌朝、ノルヴィはまた早くから店を広げに出かけ、トレアとミラは朝食を摂った後ギルドに手頃な仕事を探しに行った。トーマは3人よりも遅く起床し、朝食を摂りに酒場に向かった。
朝食を食べると、トーマは店主に声をかけた。
「なぁ、店主」
「なんだい?」
「この町に魔導師はいないか?」
「魔導師ですかい?そうですねぇ…この町はどちらかというと戦士が優遇されるような節がありますからねぇ…」
店主の言うとおり、この町は戦士がかなり多い。傭兵を生業としている者もおり、先日の客も戦士なのだそうだ。
「魔導師ってのは、あんまり聞いたことがないねぇ」
「そうか…いや、ありがとう」
「どうもお役にたてなくてすまないな。…いや、そういえば…」
店主はグラスを拭くその手を止め、はっきりしないその記憶を呼び起こした。
「なんだ、なにか心当たりが?」
「あぁ…町のはずれに一軒小屋があってな、その小屋に魔女が昔から住んでるってのを聞いたことがある気がするが…」
「ホントか?!」
「あ、でも確かじゃないし…」
「いや、助かる。行ってみるよ」
「そうかい?じゃあまぁ気を付けてな…」
トーマは早速その情報をもとに、その小屋を当たってみることにした。
彼は酒場を出ると町の南へ向かった。店主の話によれば、小屋があるのは町の南のはずれだそうで、森に入ってすぐの所にあるらしい。
町の南側へ向かう途中、トーマはミラとトレアに会った。
「2人とも、こんなところで何してるんだ?ギルドに依頼を探しに行ったんじゃないのか?」
「その依頼の最中さ。南の森に薬草を取りに行くんだ」
「トーマ、どこに行くの?」
「俺も南の森だ。もっとも、用があるのは森に入ってすぐの小屋なんだけどな」
「小屋?」
「ああ、どうもそこに魔女がいるらしいんだ」
「魔女か…」
トレアは少し表情を曇らせた。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
トーマは分からないようだったが、ミラはその理由をすぐに理解して微笑んだ。
「魔女って魔物の中でも割とすぐに『乗っかって』来る方だから、心配してるのよ」
「なッ…」
トレアは言葉を詰まらせながらミラに振り向いた。
「ああ、そう言うことか。だが俺だってそんなものを躱すことぐらいはできる」
「あら、もし魔法で体の動きを封じられて身動き取れないようにして押し倒されても?」
「・・・・・」
トーマは俯いてコメカミをポリポリと掻いた。
「…薬草などすぐに見つかるだろう。付き合ってやる」
「助かるよ」
「あっれ〜?3人ともお揃いで。どったのよ?」
「ノルヴィ?」
3人が話しているとメインストリートの方からノルヴィが歩いてやってきた。
「店はどうしたんだ?」
「いやぁ、それがトレアのおかげなんだよっ!」
「私の?!」
トレアは自分を指さして驚いた。ノルヴィは大いに喜んでいて、ご機嫌だった。
「そうそう、あのクソ重かった武器が大評判でさ。儲けた儲けた♪」
「そ、そうか…」
「まぁという訳でさ、今日の分は品切れちゃってちょっと暇になったからふらついてたわけ。そっちは?」
「私とトレアはギルドの依頼で南の森へ薬草を取りに行くところだったんだけど、トーマがその森の小屋に魔女がいるかもしれないから会いに行くっていうから、一人じゃ色々『危険』だから一緒に行くところだったのよ」
「あ、だったら俺も行くわ。どうせ暇だしな」
ということで、4人は町の南のはずれに向かった。暫くは町の賑わいも聞こえ民家なども多くあったのだが、少しすると家も疎らになってきたことに伴い、先の方に森も見え始めた。そしてその森の木々の奥にかすかに何かがあるのが見えた。
「あれか?」
「さぁな。だが森を入ったところって言う話だからそうだろう」
「明かりもついてないようだし、人が中にいるとは思えないけど…」
森は木漏れ日があるにせよ暗く、屋内では日中でも明かりは必要だと思えたのだが、その小屋にある窓からは明かりが漏れておらず、人の気配はなかった。
「というか、ほんとにいるんだろうな?」
「さぁな。だが他にあてがない以上はしょうがないだろ?」
「まぁ行ってみようぜ」
4人は小屋に近づき、様子を伺った。
「おーい、誰かいないか?」
声をかけては見たがシンとしていて、返事などない。
「留守なのか?それとももういないのか?」
トーマは戸に手を掛けた。すると軋んだ音を立ててとは少し開いた。
「鍵はかかってないな…」
彼はそう言うと中に入って行った。
「おい…」
トレアは少し動揺して制止しようとしたが、彼は構わず入ってしまった。
「しゃぁねぇ、入るか…」
ノルヴィはそう言って中に入ろうとした、その時だった。
「ストライクッ!」
「のわっ―?!」
ノルヴィは突如として飛んできた光球に弾き飛ばされた。ミラとトレアが慌てて振り向けば、そこには杖を持って周りに先ほどと同じような光球を数個浮かべた子供が一人立っていた。見た目は10歳前後と言ったところで、コーンのような形の帽子を目深に被り、マフラーのような布を巻いていて口元は少し隠れており、ローブを身に着けている。
「なんだお前ら!武器から手を放して小屋から離れろッ!」
彼はおそらく低いトーンに当たる声(子供なので声が高い)でそう言った。
「いっててて…何すんだガキんちょッ!」
ノルヴィは顔を抑えながら起き上った。すると彼は杖を振り上げ、
「うるさい、不審者っ!早くどかないともう一回ぶつけるぞっ!」
と脅した。
するとノルヴィはそそくさと離れて振り返った。
「…もう痛いのは勘弁だ…」
ごもっとも。
3人は彼と対峙しながら小屋から離れ、彼は小屋の入り口の前に立った。
「もう一度聞く、お前たち何者だッ!僕の家に何の用だっ?」
「家?ここはあなたのお家?」
「そうだ」
「ここには魔女は住んでいないのか?私たちはその魔女に用があってきたんだ」
「魔女に何の用だ?まさか、なにかつまらないことを企んでるんじゃないだろうな?」
「そんなんじゃないって。僕ってば、その魔女さんとはお知り合い?」
「え…か、彼女は僕のししょーだ」
「師匠ね。彼女は今どこかしら?」
「言うもんか」
そう言うと彼は杖を向けた。
「うぉっ!」
ノルヴィは咄嗟に顔の前に両手を上げて庇おうとした。
「早く3人まとめて帰れ。でないと今度は威嚇じゃ…」
彼がそう言った時、後ろから声がした。
「動くな」
「ッ―!」
彼はトーマの存在に気付かず、驚いて後ろを振り向いた。本気で撃つ気はないだろうが、トーマは威嚇のために銃を構え整然と立っていた。
「…なんで、3人なんじゃ…」
「中に入ってたからな。敵かと思って身を潜めてた。俺たちは別に魔女に訊きたいことがあるだけで、答えによっては頼みもあるが、害を及ぼす気はない」
トーマがそう言うと、彼は大人しく杖をおろして周りの光球を消滅させた。
「勝手に入ったのは謝るよ、すまない」
「…ホントに害を及ぼしたりしない?」
「ああ、約束する」
「…わかった。そっちの3人も入っていいよ」
彼はノルヴィたちも招き入れて「その辺の椅子使って」と言った。
トーマ達は埃を払って座り、彼も少し高い椅子にチョコンと跳び乗って足の間に両手を付いて座った。
「それで…訊きたいことがあるって言っていたけど、僕もあんたに質問があるんだ」
彼はトーマを向いて言った。
「俺にか?それは答えるけど、俺は『あんた』じゃない。トーマ・フェンデルだ。君は?」
「…キャス…キャス・マイトナー…」
「トレアだ」
「ノルヴィ・リックマンだ。キャスって、なんだか女の子みたいな名前ねぇ?」
キャスはキッっとノルヴィを睨みつけた。
「トーマ…このおっさんに火とか氷とかぶつけちゃダメ?」
彼はじと目で凝視しながら杖を構えてそう訊いた。
「ちょっとぉ、そんなバイオレンスな事しちゃだめよ…!」
ノルヴィは両手を前に突き出して言った。
「そうだな…死なない程度になら」
「ちょ、トーマさんッ!?」
トーマの稀な冗談にノルヴィは本気で焦った。
「ふふふ…あ、ミラ・チルッチよ。よろしく」
「…よろしく…それで、先に質問していい?」
キャスは小恥ずかしそうに言うと、トーマに向き直って言った。
「ん?ああ」
トーマは何食わぬ様子で座っている。
「あのさ、トーマから魔力を一切感じないんだけどどういうこと?生きている人間から魔力を一切感じないってあり得ないことなんだけど、普通は。抑えてるとかそんな問題じゃない感じだけど、納得するように説明してくれる?」
「あら、それを言うならあなたからも感じないわよ?」
「僕は抑えてるし、君たちがまずどれ程を感じ取れるかって言う話にもなるよ。ちなみに僕は魔物の種類なら判別つくし、立っている位置も平均より高い精度で解るけど」
「私はいっても気配くらいなものだ」
「私もね。それよりはもう少し分かるかもしれないけど…」
「それじゃあ感じないよ。けど僕は違う、いまトーマだけに感覚を伸ばしてるけど、全くダメ。
見たところ魔術師とかでもなさそうだし、魔力なんてほとんど扱えなさそうな感じ。そんな君が魔力の抑え方なんて知ってるわけもないだろうし、もともと少ないわけでもなさそう。おかげでさっき気配を探ったけど気づかなくて、後ろとられてて正直驚いたよ…」
キャスはそう言いながら、顔を左右から覗きこませるようにしながら近づけた。
「実は、俺たちが魔女にしたい質問とキャスの疑問は関係がないわけじゃない。むしろ大ありなんだ」
キャスは姿勢を戻した。
「…その質問っていうの、聞かせてよ」
「ようやく着いたな」
「つっても、もう夕方よぉ。はぁ〜、商売は明日か…」
ノルヴィはそうぼやきつつ、後ろの荷車に積んだ大量の荷物を横目に見た。
「とりあえず宿を探して体を休めよう」
「そうね」
一行は近くの町の地図を見て、一番近い宿を探した。
「ここから近いのは…ここね」
町に入ってメインストリートを少し進んだ横道に宿が一軒あった。一行はそこに入ってチェックインを済ませた。
「3泊で5万8千リーゼだね。ウチは悪いけど飯は作ってないんだ。近くに酒場があるから、そこで食事は摂っとくれ。荷物は脇の倉庫で預かっとくから」
カウンターの小太りのおばさんは料金を受け取ってそう言った。
「ああ、頼むわ」
「手荷物を置いて酒場に集まりましょ」
「ああ」
鍵を受け取り、4人は部屋に向かった。トーマはウェポンケースを置き、ノルヴィと一緒に部屋を出た。
「あ、あんたたち。酒場はウチを出て右へ向かった角だよ」
「おう、サンキュー」
店主に道を教えてもらい、宿を出て右へ曲がった。その先に酒場の看板が出ているので、すぐに場所は分かったのだが。
「おうっ、この野郎っ!」
店に入るなりいきなり罵声が飛んできた。
「いや、お客さん、落ち着いて…」
「これが落ち着いていられるかってんだッ!」
中のカウンターで、体格のいい男が店の主人らしき男性に怒鳴りかかっていた。
「ちゃんと数えろッ!金は確かにここに置いてんだろうがッ!」
「いや、ですからね、1000リーゼ足らないんですって」
どうやら勘定が合わないようだ。男も酒を飲んで酔っているらしく、かなりいきり立っていた。
「っざけんなッ!俺はちゃんと数えてそこに置いたんだ!」
「でもないものはないんです!」
周りの客や従業員も不快そうにして、女性に至っては当然ながら怯えている。
「ったく…これじゃ飯も食えないなぁ…。おい、あんた、ほんとに置いたのか?」
「あん?んだてめぇ?俺はちゃんと置いたってんだッ!な、店主てめぇ、まさか俺を担ごうってんじゃねぇだろうなっ!?」
客はとうとう理不尽な難癖までつけ始めた。
「めっそうもない!」
「とか言って、担ごうとしてんのはあんたじゃねぇの?」
ノルヴィは呆れながら呟いた。
「っだとコラァッ!」
男はノルヴィに殴りかかったが、ノルヴィは咄嗟に受け流した。
「おぉっ!…っと、暴力反対、俺って平和主義者よぉ?」
ノルヴィは両手の平を客に向け、苦笑いしながら言った。
「なにが平和主義者だ!…てめぇら、あんまり嘗めてっと…」
客の感じがとうとう危なっかしくなってきたとき、トーマは足元を見て言った。
「…あんた、そこ」
「あぁん?」
客の男も店主もノルヴィもトーマの指差した客の足元を見た。客の靴の下に1000リーゼコインが顔を覗かせていた。
「あ…」
客の男はそれを拾い、店主に向かった。
「こいつぁ…すまん…」
男はすごすごとそれを置いて「悪かった!」と店の中にいた全員に言うと帰って行った。
「あんたたち、助かったよ。お礼に一食奢らせてくれ」
「お、マジ♪」
「いいのか?」
ノルヴィは嬉しそうに言ったが、トーマは悪いので訊き返した。
「ああ、俺は義理と人情を大切にしてんだ」
「連れもあと二人いるんだが…?」
「なぁに、構わねぇって」
「それじゃお言葉に甘えさせてもらうよ」
そのあとトレアとミラも合流し、店主の厚意で夕食をご馳走になることになった。
夕飯も取り終え宿に戻ろうと道を歩いていると、「あっ…」とノルヴィが思い出したように声を挙げた。
「どうした、ノルヴィ」
「いやお前、どうした、じゃなくて…さっきの酒場あれだけ人がいたのに魔導師のこと訊かなくて良かったわけ?」
「あ、そう言えばそうだ。トーマ、良かったのか?」
「あぁ、忘れてた…」
「忘れてたってお前…いくら急がないからって、忘れるのはどうかと思うぞ?」
「まぁいいさ、明日また訊きに行けばいいだけの話だ。今夜はもう疲れたしな、帰って寝よう」
トーマはそう言うとスタスタと歩き始めた。
「…なんだか今一緊張感に欠けるな…」
「うっふふふ…いいんじゃない?それに彼、こっちに来たばかりの時は焦って難しい顔ばかりしてたけど、最近柔らかい表情もするようになったわ。それっていいことじゃない?」
「まぁそうなんだが…」
「私たちも早く寝ましょう」
「ああ、そうだな」
トレアとミラが歩き出した時、ノルヴィは後ろを振り返った。その先には暗い建物の間の通路があったが、変わったことはなかった。
「どうしたの、ノルヴィ。早く行くわよ?」
「…ああ、ごめんごめん」
そう言うとノルヴィも後を追った。
翌朝、ノルヴィはまた早くから店を広げに出かけ、トレアとミラは朝食を摂った後ギルドに手頃な仕事を探しに行った。トーマは3人よりも遅く起床し、朝食を摂りに酒場に向かった。
朝食を食べると、トーマは店主に声をかけた。
「なぁ、店主」
「なんだい?」
「この町に魔導師はいないか?」
「魔導師ですかい?そうですねぇ…この町はどちらかというと戦士が優遇されるような節がありますからねぇ…」
店主の言うとおり、この町は戦士がかなり多い。傭兵を生業としている者もおり、先日の客も戦士なのだそうだ。
「魔導師ってのは、あんまり聞いたことがないねぇ」
「そうか…いや、ありがとう」
「どうもお役にたてなくてすまないな。…いや、そういえば…」
店主はグラスを拭くその手を止め、はっきりしないその記憶を呼び起こした。
「なんだ、なにか心当たりが?」
「あぁ…町のはずれに一軒小屋があってな、その小屋に魔女が昔から住んでるってのを聞いたことがある気がするが…」
「ホントか?!」
「あ、でも確かじゃないし…」
「いや、助かる。行ってみるよ」
「そうかい?じゃあまぁ気を付けてな…」
トーマは早速その情報をもとに、その小屋を当たってみることにした。
彼は酒場を出ると町の南へ向かった。店主の話によれば、小屋があるのは町の南のはずれだそうで、森に入ってすぐの所にあるらしい。
町の南側へ向かう途中、トーマはミラとトレアに会った。
「2人とも、こんなところで何してるんだ?ギルドに依頼を探しに行ったんじゃないのか?」
「その依頼の最中さ。南の森に薬草を取りに行くんだ」
「トーマ、どこに行くの?」
「俺も南の森だ。もっとも、用があるのは森に入ってすぐの小屋なんだけどな」
「小屋?」
「ああ、どうもそこに魔女がいるらしいんだ」
「魔女か…」
トレアは少し表情を曇らせた。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
トーマは分からないようだったが、ミラはその理由をすぐに理解して微笑んだ。
「魔女って魔物の中でも割とすぐに『乗っかって』来る方だから、心配してるのよ」
「なッ…」
トレアは言葉を詰まらせながらミラに振り向いた。
「ああ、そう言うことか。だが俺だってそんなものを躱すことぐらいはできる」
「あら、もし魔法で体の動きを封じられて身動き取れないようにして押し倒されても?」
「・・・・・」
トーマは俯いてコメカミをポリポリと掻いた。
「…薬草などすぐに見つかるだろう。付き合ってやる」
「助かるよ」
「あっれ〜?3人ともお揃いで。どったのよ?」
「ノルヴィ?」
3人が話しているとメインストリートの方からノルヴィが歩いてやってきた。
「店はどうしたんだ?」
「いやぁ、それがトレアのおかげなんだよっ!」
「私の?!」
トレアは自分を指さして驚いた。ノルヴィは大いに喜んでいて、ご機嫌だった。
「そうそう、あのクソ重かった武器が大評判でさ。儲けた儲けた♪」
「そ、そうか…」
「まぁという訳でさ、今日の分は品切れちゃってちょっと暇になったからふらついてたわけ。そっちは?」
「私とトレアはギルドの依頼で南の森へ薬草を取りに行くところだったんだけど、トーマがその森の小屋に魔女がいるかもしれないから会いに行くっていうから、一人じゃ色々『危険』だから一緒に行くところだったのよ」
「あ、だったら俺も行くわ。どうせ暇だしな」
ということで、4人は町の南のはずれに向かった。暫くは町の賑わいも聞こえ民家なども多くあったのだが、少しすると家も疎らになってきたことに伴い、先の方に森も見え始めた。そしてその森の木々の奥にかすかに何かがあるのが見えた。
「あれか?」
「さぁな。だが森を入ったところって言う話だからそうだろう」
「明かりもついてないようだし、人が中にいるとは思えないけど…」
森は木漏れ日があるにせよ暗く、屋内では日中でも明かりは必要だと思えたのだが、その小屋にある窓からは明かりが漏れておらず、人の気配はなかった。
「というか、ほんとにいるんだろうな?」
「さぁな。だが他にあてがない以上はしょうがないだろ?」
「まぁ行ってみようぜ」
4人は小屋に近づき、様子を伺った。
「おーい、誰かいないか?」
声をかけては見たがシンとしていて、返事などない。
「留守なのか?それとももういないのか?」
トーマは戸に手を掛けた。すると軋んだ音を立ててとは少し開いた。
「鍵はかかってないな…」
彼はそう言うと中に入って行った。
「おい…」
トレアは少し動揺して制止しようとしたが、彼は構わず入ってしまった。
「しゃぁねぇ、入るか…」
ノルヴィはそう言って中に入ろうとした、その時だった。
「ストライクッ!」
「のわっ―?!」
ノルヴィは突如として飛んできた光球に弾き飛ばされた。ミラとトレアが慌てて振り向けば、そこには杖を持って周りに先ほどと同じような光球を数個浮かべた子供が一人立っていた。見た目は10歳前後と言ったところで、コーンのような形の帽子を目深に被り、マフラーのような布を巻いていて口元は少し隠れており、ローブを身に着けている。
「なんだお前ら!武器から手を放して小屋から離れろッ!」
彼はおそらく低いトーンに当たる声(子供なので声が高い)でそう言った。
「いっててて…何すんだガキんちょッ!」
ノルヴィは顔を抑えながら起き上った。すると彼は杖を振り上げ、
「うるさい、不審者っ!早くどかないともう一回ぶつけるぞっ!」
と脅した。
するとノルヴィはそそくさと離れて振り返った。
「…もう痛いのは勘弁だ…」
ごもっとも。
3人は彼と対峙しながら小屋から離れ、彼は小屋の入り口の前に立った。
「もう一度聞く、お前たち何者だッ!僕の家に何の用だっ?」
「家?ここはあなたのお家?」
「そうだ」
「ここには魔女は住んでいないのか?私たちはその魔女に用があってきたんだ」
「魔女に何の用だ?まさか、なにかつまらないことを企んでるんじゃないだろうな?」
「そんなんじゃないって。僕ってば、その魔女さんとはお知り合い?」
「え…か、彼女は僕のししょーだ」
「師匠ね。彼女は今どこかしら?」
「言うもんか」
そう言うと彼は杖を向けた。
「うぉっ!」
ノルヴィは咄嗟に顔の前に両手を上げて庇おうとした。
「早く3人まとめて帰れ。でないと今度は威嚇じゃ…」
彼がそう言った時、後ろから声がした。
「動くな」
「ッ―!」
彼はトーマの存在に気付かず、驚いて後ろを振り向いた。本気で撃つ気はないだろうが、トーマは威嚇のために銃を構え整然と立っていた。
「…なんで、3人なんじゃ…」
「中に入ってたからな。敵かと思って身を潜めてた。俺たちは別に魔女に訊きたいことがあるだけで、答えによっては頼みもあるが、害を及ぼす気はない」
トーマがそう言うと、彼は大人しく杖をおろして周りの光球を消滅させた。
「勝手に入ったのは謝るよ、すまない」
「…ホントに害を及ぼしたりしない?」
「ああ、約束する」
「…わかった。そっちの3人も入っていいよ」
彼はノルヴィたちも招き入れて「その辺の椅子使って」と言った。
トーマ達は埃を払って座り、彼も少し高い椅子にチョコンと跳び乗って足の間に両手を付いて座った。
「それで…訊きたいことがあるって言っていたけど、僕もあんたに質問があるんだ」
彼はトーマを向いて言った。
「俺にか?それは答えるけど、俺は『あんた』じゃない。トーマ・フェンデルだ。君は?」
「…キャス…キャス・マイトナー…」
「トレアだ」
「ノルヴィ・リックマンだ。キャスって、なんだか女の子みたいな名前ねぇ?」
キャスはキッっとノルヴィを睨みつけた。
「トーマ…このおっさんに火とか氷とかぶつけちゃダメ?」
彼はじと目で凝視しながら杖を構えてそう訊いた。
「ちょっとぉ、そんなバイオレンスな事しちゃだめよ…!」
ノルヴィは両手を前に突き出して言った。
「そうだな…死なない程度になら」
「ちょ、トーマさんッ!?」
トーマの稀な冗談にノルヴィは本気で焦った。
「ふふふ…あ、ミラ・チルッチよ。よろしく」
「…よろしく…それで、先に質問していい?」
キャスは小恥ずかしそうに言うと、トーマに向き直って言った。
「ん?ああ」
トーマは何食わぬ様子で座っている。
「あのさ、トーマから魔力を一切感じないんだけどどういうこと?生きている人間から魔力を一切感じないってあり得ないことなんだけど、普通は。抑えてるとかそんな問題じゃない感じだけど、納得するように説明してくれる?」
「あら、それを言うならあなたからも感じないわよ?」
「僕は抑えてるし、君たちがまずどれ程を感じ取れるかって言う話にもなるよ。ちなみに僕は魔物の種類なら判別つくし、立っている位置も平均より高い精度で解るけど」
「私はいっても気配くらいなものだ」
「私もね。それよりはもう少し分かるかもしれないけど…」
「それじゃあ感じないよ。けど僕は違う、いまトーマだけに感覚を伸ばしてるけど、全くダメ。
見たところ魔術師とかでもなさそうだし、魔力なんてほとんど扱えなさそうな感じ。そんな君が魔力の抑え方なんて知ってるわけもないだろうし、もともと少ないわけでもなさそう。おかげでさっき気配を探ったけど気づかなくて、後ろとられてて正直驚いたよ…」
キャスはそう言いながら、顔を左右から覗きこませるようにしながら近づけた。
「実は、俺たちが魔女にしたい質問とキャスの疑問は関係がないわけじゃない。むしろ大ありなんだ」
キャスは姿勢を戻した。
「…その質問っていうの、聞かせてよ」
12/06/11 02:02更新 / アバロンU世
戻る
次へ