森に白い靄（もや）が立ちこめて、太陽の光をその小さな小さな水の粒子たちが乱反射する幻想的な朝。
　龍瞳は町への道を歩いていた。昨日取り返した、この魔力を高めるというペンダントを依頼主の女性に渡すため。

　気付くと前から数人の人影が歩いてくるのを見つけた。しかし、靄に木の陰が邪魔をして日光が届かず、そののせいでいつものように顔まではっきりとは分からない。
　その人数が四人だと分かった時にはうっすらと顔が分かる距離になった。もう少しですれ違う、その時一瞬風が森を駆け抜けて木の枝が日光を通した。すれ違いながら、四人の中の一人の男と龍瞳が見合った。

　その男はファーの付いた紺色のコートを纏い、その蒼い瞳で龍瞳を見た。龍瞳もその男も自然と互いに目がいったのだ。二人にとって、その一瞬が二倍の長さに感じられた。
　しかし、周りの全てにとってそれはほんの一瞬でしかなかった。


「どうしたの…？」
　深い赤をした髪の毛の少女が、少し後ろを気にするその男に訊いた。

「いや、なんでもないさ…」

　男がそう返すと少女は何も言わずに目線を元に戻す。そして次に口を開いたのは彼の右斜め後ろを歩いていた一番背の高い男。

「今の男が気になるんですかい？」
　掠れた低い声でそう訊いた。しかし男は「さぁな」とその質問への答えをぼやかした。

「何でも良いですが、我々がここへ来たのは『名を借りた偽物』への報復ですよ？」
　細長い四角い眼鏡を掛けた男は眼鏡の位置を指で直しながら言った。

「わかっているさ」


　龍瞳は町へ戻ると酒場へ向かった。酒場には客がちらほらといるばかりだった。
「例のものだ。これで間違いないだろ？」
龍瞳は店主にそのネックレスを渡した。
「………、たしかに。流石仕事が速い」

「こいつを奪った奴ら、『十六夜の銀狼』じゃなかったよ。まぁ、それも当然だろうがな」

「そうですかい。じゃあ、偽物だったって事ですかね？」

「ああ、わざわざあんな目立つ装いじゃなくて良いはずだからな」
　店主はカウンターの下から絹の袋に入った金貨を龍瞳に渡した。
「はい、じゃあ報酬の金３０」

「たしかに」

　龍瞳は酒場を出ると自宅へ向かい、一晩帰っていない家に上がると魔具や武器の手入れを始めた。
　彼の家には幾つかの魔具があった。その中の一つは『呪札』である。魔力の籠もった墨や、もしくは魔力を込めながらその札に呪を書くと、その呪に応じて術を発動する魔具だ。

　昨日の戦闘の冒頭で龍瞳が使用したのが『封』の呪を施した呪札だ。

（残りも少なくなってきたな…２…４…６、６枚か…）

「また買わないと」
　彼はそう呟くと、自分の太刀と脇差しの様子を窺った。
「…こいつらも研いで貰うか…」

　という風に、龍瞳がこの家にいたのはほんの二十分もしない間だった。彼はまた下駄を履くと太刀と脇差し、必要なだけの銭を持ってまた出かけた。


　龍瞳がまず向かったのは町の商店街。昨日魅月尾と逢った場所だが、今日はその商店街の裏手の魔具屋だ。
　黒く塗られた木材の外観に、障子戸の入り口。その入り口の上には『魔具屋　千里堂』と書かれた看板があった。

「じっちゃん、いるか？」

「おや、龍の坊ちゃん。いらっしゃい」
　奥から現れたのは白髪で額から頭頂部にかけて禿げた気のよさそうな老人だった。二人の会話からして、それなりの付き合いらしかった。

「じっちゃん、坊ちゃんは勘弁だよ。僕も今年で２２だぜ」

「ホッホッホッ、そうじゃったの。今日は何を買いに来たのかの？」

「呪札を一束、それ以外はいつもと一緒」

「はいはい…えーと……はい、金二枚だねぇ」
　龍瞳は品を受け取ると、金貨を二枚渡した。
「はい、まいどぉ。…はぁ〜、とうとう顔なじみのお客さんも、龍坊と数えるだけになっちまったねぇ。
　みんな死んじまったり、町を出ていったり。この店も何年持つかねぇ…」

「大丈夫だよじっちゃん。言い方は悪いけどさ、『捨てる神あれば拾う神あり』っていうだろ？
　また新しい客だって居着くさ。それに僕はここの質の良さは知ってるからね」

「フォッフォッフォッ…、嬉しいこと言ってくれるのぅ」

「じゃあな、じっちゃん」


　龍瞳はそう言って店を出ると、その裏道を抜けて鍛冶屋街にやってきた。片手ほどの店しかないが、その洗練された職人技はジパングの中でも随一と謳われた職人達が揃っていた。
　龍瞳はその鍛冶場の中の一つに入った。

「おじゃまします。あれ、四季さんだけ？」

「龍さんかい。悪いねぇ、内の人は今出かけてるのよ」
　中にいたのは一人の老婆だった。皺もそんなにはなく、若く見られることがあるが実際見た目の十歳上であった。
「そうなんだ、いや、今日は研いで貰おうと思ってきたから四季さんが居てくれてよかったよ。
　こいつらも少し疲れててな」

「そうかい、ちょっと見せてみな」

　四季はまず太刀を受け取り、鞘から抜き取りまたすぐに戻した。脇差しも同様だった。
「ふ〜ん、確かに少しは疲れ取るようだがねぇ。これを気にできるのはあんたくらいなもんだよ」

「それは褒め言葉なのか？」

「そうとも、ちゃんと気に掛けてくれ取るようだね？
　それじゃあ研いでやるとするかねぇ。柄は変えとくかい？」

「いや、手に馴染んでる方がいいから」

「そうかい。
　まぁゆっくりしていきなよ、茶でも出すからね」

「じゃ、お言葉に甘えるよ」

　龍瞳は、その小柄な身体で二本の刀を抱き抱えた四季の後に続いて奥へと入っていた。熱気の立つ鍛冶場を抜けて置くの座敷へ通され、四季はその途中の研ぎ場で太刀と脇差しを置いた。

　四季は卓袱台の上に茶を注いだ湯飲みを置くと研ぎ場の方へと消え、暫くするとシャッ、シャッ…と刃物を研ぐ音が聞こえてきた。
　龍瞳は注がれた茶をゆっくりと飲み、その音に聞き入っていた。すると、表の方からしゃがれた声がその研ぎ音を遮るように発せられた。

「おーい、帰ったぞ。
　ん？なんだ、龍。来てたのか？」
　しゃがれ声の主は、この鍛冶場の刀工であり四季の夫でもある『影守　鋼』だ。肌は黒く焼け、肉体は歳を感じさせないほど筋骨隆々としていた。
「ああ。鋼さんは仕入れか？」

「おうよ、良い玉鋼が手に入ったんで気分がいいんだい。
　龍は？」

「龍さんはこの子らの手入れさね。良く気に掛けてもらっとるみたいだよ」

「そうかい。そいつぁよかった」

　お気づきかもしれないが、この刀工と研ぎ師の夫婦は自分たちの打った刀、いや全ての刀や剣をまるで人物のように扱う。その中でも自分たちの作り出したものは息子のように思っている。その影響を受けてか、龍瞳も自分の刀を人のように扱う時があった。

「太刀『大雅丸影守（だいがまるかげもり）』、脇差し『貴太夫影守（きだゆうかげもり）』
　儂らも気にいっとる『息子』たちじゃ。これからも大切にしちゃってくれや」

「わかってるよ。あいつらのお陰で僕も色々と命拾いしてるし」

「そうかいそうかい。
　ほれ、その『あいつら』も研ぎ終わったよ」

「ありがとう、四季さん」


　その帰りに龍瞳が商店街を通りかかったところ、その一角でなにやら騒ぎが起きていた。

「あなたたちが余所見してたんでしょう」

「あんだと、コラ」

「てめぇ、女だからっていい気になってんじゃねぇぞ！」

　喧嘩のようだ。それもどこかの女と二人のゴロツキらしい。経緯は、おそらくゴロツキが余所見をしていて女にぶつかって因縁を付けたらしい。

「おい、おま―」

「あんたたちっ！」

　龍瞳が二人のゴロツキを戒めようとする声を遮って、おんなの声が挙がった。姿は野次馬のせいでよく見えない。

「なんだてめぇ？」

「テメェもやられてぇのか？」

「黙りなさいっ、みっともない真似してっ！
　あんたたち玉付いてんでしょ？ちょっとぐらい男らしくしなさいよ」

「…言わせておけばこのアマ」

「なによ？やろっての？
　いいわよっ、やってやろうじゃない」

「このクズ野郎ッ！」

「誰がクズだって…？
　あたしがクズなら―」

　男が殴りかかったその時、女がなにやら取り出しながらその二人をひょいひょいっとかわした。
　すると突然白い杖が現れた。

「なっ―！」

「―あんたらクソよっ！」

　彼女はその杖で二人の顔面を強打した。

「ぶへっ！」

「ぐほっ！」

　ゴロツキは彼女の剣幕を前にしてどこかへ逃げ去っていった。やがて野次馬も散り始め、その人物がよく見えるようになった。
　そこで龍瞳が目にしたのは、良く知った人物が女性にお礼を言われている瞬間だった。

「ね、姉さん？！」

「ん、あら、龍ちゃんじゃない！ひっさしぶりねぇ」

　目の前にいる黒いショートヘアの男勝りな女性。彼女こそこの龍瞳の姉であった。

「…まったく、今までどこほっつき歩いてきたんだよ？五年前にひょっこり居なくなったまま、一年に一回手紙があるかどうかで。その手紙には居場所も書いてないし…」

「あっはは、いいじゃない。それにしてもでかくなったわねぇ、あんた。
　で、今晩止めて」

「『で』ってなんだよ、『で』って！脈絡なさ過ぎだろっ」

「お願いよぉ、今晩泊まるトコなくってさぁ。たった一人の姉でしょ〜、助けると思って」

「ああ〜も〜、わかった、分かりましたよ」

「やったー、さっすが我が弟」
　龍瞳はしぶしぶ止めることにした。二人はそのまま龍瞳の家へと向かった。その途中も龍瞳の姉は「あそこはかわってない」「ここはかわった」「あそこ懐かしい」と、喋りっぱなしだった。

　龍瞳は思うのだった。（黙っていれば、お淑やかそうにしていれば文句なしの美人なのに…）と。だが龍瞳は一つ感心したことがあった。
（とりあえずアレはなおってるみたいだな）


　家に着くなり、「狭っ！」の一言。
「一人暮らしなんだからこれで十分だよ」
　龍瞳は姉を家に上げた。すると…
「龍ちゃーんっ！」
　といきなり龍瞳に飛びかかった。
「やっぱりかっ！」

　龍瞳は姉の顔を片手で止めた。
「ふごっ！………ぷはっ！
　も〜〜っ龍ちゃんひどーい！この姉の熱い抱擁をそんなことして邪魔するなんて、人でなしっ！」

「ええい、黙れぃ！
　せっかくその『弟に飛びかかる』癖が直ったと思って感心していたら、案の定かっ！」

「そうりゃぁさ、あのころみたいに外でも抱きつくのは流石にしないけど…
　家の中くらいイイじゃんっ―！」

「ダメに決まってるだろっ！」

「うぐっ―
　………いけず」

　そう。龍瞳の姉、名は翠蓮というのだが、翠蓮には『弟専用の抱擁癖』があったのだ。昔は所構わず、人目もはばからず、弟である龍瞳にガバッと抱きついていた。
　龍瞳からすれば堪ったものではなかった。それに付け加えて大変なのが、時たま翠蓮が『色目』を使ってくるのである。つまり、一歩間違えば大変なことになっていたのである。

「…あれ？そのネックレス…」
　龍瞳は翠蓮の胸に輝く赤いネックレスを見つけた。
「ああ、これ？これはね、魔力を高める魔具よ。
　あたし今魔術師してるんだけど、魔力がちょっと弱くてさ。けどそれが大変だったのよ、馬車に揺られてゆったりしてたら盗賊みたいなのに襲われちゃってさ。
　で盗まれちゃって、この町のギルドに取り返して貰ったのよ」

「…取り返したの、僕だよ…」

「あ、そうだったの！？
　さっすが龍ちゃん。やる〜」

「………はぁ〜。
　それじゃ、姉さん。今晩はこのうちに泊まってっていいから」
　といって、龍瞳が家を出ようとすると翠蓮が「どこ行くのよ？」と訊ねた。
「今晩は行くとこがあるから。じゃ」
　龍瞳はそういって家を出た。


　当然龍瞳が向かったのは魅月尾の家。門を潜って家の扉を開けた。

「いらっしゃい、龍瞳様」

「やぁ、魅月尾」

「ご飯、出来てますよ」

「じゃあ早速頂こうか」
　と次の瞬間。

「あたしもいただきま〜す」

「えっ！？」

「なっ！？」

　龍瞳の後ろに立っていたのは、紛れもなく翠蓮だった。

「あ、あの、えっと…」

「もう、いい人いるじゃない？龍ちゃんも隅に置けないわねぇ〜」

「付けてきたのか？ああ…。魅月尾、紹介するよ…姉の翠蓮だ」

「え？お、お姉さん？！」

「魅月尾ちゃんって言うんだ、よろしくね。
　それにしてもおっきなお家ねぇ、一人で住んでるの？」

「え、は、はい。まぁ…
　あ、どうぞ」

「おじゃましま〜す」

　魅月尾は困惑しながらも彼女を家に上げた。龍瞳は申し訳なさそうな、半分呆れた顔をしている。
　魅月尾はそれを見ておかしそうに微笑みを浮かべた。


「おいしい〜っ！
　魅月尾ちゃんって料理上手ね」

「有り難う御座います」

「龍ちゃんがホの字になるのも分かるわ。美人だし、スタイル良いし、料理もおいしいし」

「いえ…そんな…翠蓮様は料理なさるんですか？」

「ええ、ずっと遠くの町で一人だったから。
　あと、そんなに畏まらなくてもいいわよ？そうね…せめて様より『さん』か呼び捨てにして」

「じゃあ、翠蓮さんで…」

「それでよし」
　翠蓮はあっと言う間に食べ終えて箸を置いた。龍瞳はそんな姉を見て溜息をついた。そして魅月尾はそんな龍瞳を見て少し嬉しくなっていた。今まで見たことのない一面だったからだ。

「あ、それから…」
　翠蓮が切り出した。
「その格好でいるのも神経使うでしょ？元の姿で良いわよ？」

「えっ！」

「あら、ビックリした？普通の人間なら分からないだろうけど、あたしにはちゃんと分かってたわよ？妖狐の魅月尾ちゃん」

「………」
　魅月尾はその変化を解いた。金色の髪の毛がふわりと広がる。

「うっふふ、綺麗ね。あたしもそっちの方が好きかな〜」

「いつ…気付かれたんです？」

「そうね、出会った瞬間…かしらね？
　何となく魔力で分かっちゃうのよね、あたし」

「魔力で？」

「ああ」
　龍瞳が頬杖を付きながら話し始めた。
「姉さんは、魔力を感じることに敏感でな。魔物の種類は簡単に分かるそうだ」

　そう、そして龍瞳にはたまに真核を付く翠蓮が不思議だったのだ。いつもは巫山戯ているようなくせに、時折さらっと鋭い発言をする。

「あ、先に言っとくけどあたし二人のことは容認してるから。いろいろと」

「………」

　魅月尾は少し赤くなった。行為の事にも当然気付いているのではとは思ったが、やはり恥ずかしいのだ。

「…それから…」
　翠蓮はゆっくりと、座っている魅月尾の背後に回った。
「あ、あの…」

「ちょっとごめんね〜」
　というと翠蓮は魅月尾の耳を摘んでクイクイといじり始めた。
「ひゃあぁんっ」

「ああ、たまんないわ、この感触。一回触ってみたかったのよね〜」

「す…翠蓮さんっ……も、もう…」

「あ、ごめんごめん」

　翠蓮が耳から手を離すと、魅月尾はすこし顔を紅潮させて息を荒げていた。
「はぁ…ハァ…はぁ…」

「ねぇ、今夜はあたしも泊まってっていいかしら？」

「はい…どうぞ…、ふぅ…」
　魅月尾は息を整えた。



　その夜は龍瞳と魅月尾は何もなかった。翠蓮は朝になってからジパングに渡ると言って出発し、龍瞳も仕事を受けに町へ戻った。

　そしてこの日の夜、二人が事に及んだのは言うまでもないだろう。


「龍瞳様…」

　龍瞳は魅月尾に覆い被さるようになっていた。そして熱いキスを交わした。いつもならここから本番になるわけだが、今日は違った。

「あ、そうだ…」

「どうしたの？」

「ん？いやぁ、子供の頃にな…姉さんが巫山戯て俺にしたことがあるんだけど、魅月尾にするとどうなるのかと思ってな」

「一体何を？」

「やられてみれば分かるけど、どうする？」

「…試してください」

「わかった」

　というと龍瞳は立ち上がり、仰向けの魅月尾の両足首をそれぞれ掴み左右に開かせた。
「えっ！あ、あの…？」

　魅月尾は予想外の行動とその格好の恥ずかしさに困惑した。そして次の瞬間龍瞳は魅月尾の股間に片足をかけた。そして小刻みに振るわせた。


「きゃははははっ！？まっ、待ってぇぇ！だめぇ！あははははっ―！！」
　魅月尾は悲鳴と笑いが混ざり合ったような声を上げた。龍瞳は少しするとその足を止めた。

「はぁ…はぁ…な、なにするんですかぁ？！」

「どうだった？」

「訊かないでくださいっ！」

「でも、それなりに感じたみたいだな？」

「そ、それは…」

「それじゃあ…」

　龍瞳は魅月尾の太股を下から抱きかかえ、腰を浮かせて秘部に顔を近づけた。
「あんっ…」

「イカせますか…」

　そして今度は魅月尾の喘ぎ声が上がり始めるのであった。

■作者メッセージ
ひさしぶり、ほんとにひさしぶりの更新。

今回は若干ギャグをいれました。あとブラコン要素と。


電マは何故か突然思いつきました。まぁあってもいいかな〜って。