2-1 消息不明
トーマがこの世界に来てから一週間が経とうとしていた。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしています」
トーマはそう言う男性から絹袋に入った金を受け取った。
彼がいるのは彼にとっては2つ目の町、ステンライナのギルドカウンターだ。トーマは今しがた依頼を終えてきたところなのである。
この町に着いたのは3日前のことだ。そしてトーマはトレアやミラと協力しつつ2つの依頼をこなしていた。そして先ほど終わらせた依頼で3つ目になる。
依頼内容はワーウルフのいる森での薬草の獲得から、他任務で人手の少ない治安と協力して、資材を横流しする裏組織の検挙など。
受け取った金を懐に収め、トーマは宿へと帰り着いた。
止まっていた部屋に入ると、そこにはトレアとミラのほかに一人、紳士風な髭を生やした丸い顔の小太りの男いた。
「お、帰ったか」
「ああ。彼は?」
「おや、あなたがお二人のお連れの方ですか。申し遅れました、私、この町で輸送業を営んでいますトーマス・ハンソンと申します。以後、お見知り置きを」
ハンソンは名刺を渡しながらそう名乗った。さて、そんなハンソンがなぜこんなところにいるのか。見れば、彼の身なりは生地のいいスーツと磨かれた靴、ステッキも所持している。それに「わたくし」という言葉使いからも察せられる通り、どこから見てもちょっとした金持ちだということは想像がつく。そんな彼が、庶民的な宿の一室にいることは誰が見ても不自然だった。
「はぁ…それで、そういうあなたがどうしてここに?」
「はい、実はちょっとおかしなことがありましてねぇ…その事をうっかり口に出してしまったところ、ノルヴィさん…でしたか?彼が『身内に腕のいい三人がいるから、相談でも』と言ってくれたものですから、お言葉に甘えさせて頂いた次第でして」
「それで、『おかしな事』というのは?」
「ああ、いま丁度聞いていたところだ」
「では、改めてお話しいたしましょう」
ハンソンはそう言うと再び椅子に座って事情を話し始めた。
ハンソンによると次の通りだ。
まず最初にそれが起こったのは2か月前のことである。彼の経営する会社の社員だったハーピーが、ある日を境に会社に来なくなったのである。ただその時はちょうどハーピーの発情期とも重なるため、仕事中に仲の良かった男でも連れ込んで巣でよろしくやっているのだろうと思い、誰しもがしばらくすれば会社に戻ると考えていた。
だが彼女は発情期が終わっても戻って来ないどころか、他にも行方を発つものが増えている。それはハンソン氏の会社にとどまらず、噂によれば浮浪者の内からも魔物や人間の女までもが消えているというのだ。
治安に相談を持ちかけたが、治安は今忙しく十分な人手を回せていない。
「話を聞く限りだと、ただの行方不明じゃないっていうのは察しが付くな…」
「ええ、ギルドカウンターに依頼を出していますので、受託していただけるとありがたいのですが…」
「わかりました、どこまでお役にたてるが分かりませんが、私たちも尽力させていただきます」
「それは心強いですな。では、私は下に馬車を待たせておりますので、これで」
「ええ」
「よい結果を期待しておりますぞ」
ハンソン氏はそう言って机に置いてあった帽子を被ると部屋を後にした。
「全く、ノルヴィも厄介な仕事を回してくれる…」
トレアはそう言って少し呆れつつ、空いていた椅子に気だるげに座った。
「この仕事を受けるとなると、予定より滞在が伸びるのは必至だ。そうなれば、トーマの魔導師探しだって…」
「いや、俺の方は心配しなくていい。探している相手は別に逃げはしないだろ」
トーマは机の上に報酬の入った絹袋を置き、じっと見ながら言った。
「まぁそうだが…だが、早く見つけて帰りたいというのが本心だろう?」
トレアは中から一枚の硬貨を取り出し、右手でトスしてはキャッチしている。
「あら、ならトレアはトーマに早く元の世界へ帰ってほしいのかしら?」
ミラはトスされたコインを空中で掴み取り、袋の中へポイッと戻した。トレアは物惜しそうな顔をしていた。
「そういう訳じゃない」
トレアは戻されたコインを再び手に取り、テーブルに頬杖をついてそのコインをじっと見た。
「だが、生まれ育った故郷、元の世界に帰りたいというのは、普通なら誰しもが心に思うことだろう。ただでさえ、トーマと私たちの世界には大きな差異がある上に、待っている家族もいるだろうに」
トレアはトーマに向かってコインをパスした。トーマはコインをキャッチすると、手のひらのコインを見ながらフッと鼻から息を抜いた。
「家族…か。いれば多少なりとも、今より帰りたいという気持ちは大きかったかもしれないな」
トーマの言葉を聞いた二人は、少し驚いた顔をした。
「家族…いなかったのか?」
トレアは恐る恐る訊いた。
「…ああ。俺が幼い時に爆発に巻き込まれてな…」
「爆発…事故か?」
「いや、テロだよ」
トーマはポケットにコインを手ごと突っ込んだ。
「テロ?」
その言葉は、やはり彼女たちはあまり聞きなれないのだろう。
「時の政府に反発する奴らが起こす暴力行為さ。俺の両親は爆弾テロに巻き込まれた。俺は両親のほかに祖母もいたが、あまり体の強い人じゃなかったから、俺は施設に預けられた。祖母もその後に何回かあったくらいで死んで、俺の家族は向こうにはいない」
「…いや…そうだったのか…すまない」
トレアは目を泳がせて、最後にはすまなそうに言った。
「いや、気にしないでくれ。そういう訳で、実は別に早く帰りたいということもないんだ。それじゃ、こいつで俺は遅めの昼食でも摂ってくるよ」
トーマはコインの入ったポケットをパンパンと叩くと、部屋を出て行った。
「…なぁ、ミラ」
「なに?」
トレアは閉められたドアを見ながら言った。
「私たちのいる世界は、あいつのいた世界から見たら………どう、映っていると思う?」
「さあ…私たちが彼のいた世界を見たのと一緒だと思うわ。人の常識や価値観が違って、でも同じところもあって、自分の世界から見ると、少し平穏に感じる…そんな感じじゃないかしら?」
トレアは、「そうか…」と小さくこぼしながら、未だ見つめるドアにトーマの背中を感じていた。
トーマは遅めの昼食を取った後、再びギルドカウンターを覗いた。すると、さっきまでは気にも留めなかったハンソン氏からの依頼の紙が目に入った。
〔ん…?今までに5組の受託者…だが揃って失敗…か〕
依頼を記した紙は内容と依頼者、報酬のほかに、それまでに何組が受託し失敗したか、そして何度同じ依頼が出ているのかも書かれていた。
依頼は一度達成され、もし次に同じ内容の依頼が出た場合、失敗人数は引き継がれる。その数に応じて、所属者は受ける依頼を決めるのだ。
見たところ、依頼は一度出されたきり。受けた者の全てが失敗に終わっていた。
〔依頼内容は、行方不明の魔物、女性社員の捜索、発見…報酬は…30万リーゼか…そりゃ、人探しで事件性もあるとなれば、これだけ出すのも分かるが…〕
トーマは用紙を取り、カウンターに提示した。
依頼を受託してトーマはまた宿に戻った。
「依頼を受けてきた」
「そうか。なら早速捜索を開始するとしよう」
「と言っても無闇に捜して見つかるとも思えないわ。消えた人たちの足取りを追わないと」
「そうだな。俺はまず、ハンソンが経営している輸送会社に行ってみようと思うんだが」
「そうね。まずはそこからにしましょう」
宿を出て多くの会社が軒を連ねる地区に向かった。オフィス街という様なところだろうか。
いくつもの会社が看板を出していた。材木屋から金融まで様々な会社があるが、その中でも大きな建物があった。
「ハンソンカンパニー…ここのようだな」
レンガ造りの3階建の建物の正面玄関をくぐり中に入ると、目の前に受付があり、女性が一人座っていた。
「ようこそ、ハンソンカンパニーへ。今日は輸送のご依頼でしょうか?」
「いや、俺たちはトーマス・ハンソン氏がギルドに依頼している任務を受託してきた者だ。これがその受託証になる」
「…はい、確認いたしました。では社長へお取次ぎしますので、少々そちらに掛けてお待ちください」
女性はそう言うとカウンタにあった社内電話の受話器を取った。電話はかなり簡素なもので、一応コードはあるのだが、ダイヤルやボタンはなく、受付と社長室を繋いでいるだけのものだろうと思われた。
トーマ達はしばらく出入り口横のベンチに座って待っていた。
そしてしばらくするとハンソン氏がやってきた。
「いやいや、お待たせいたしましたな」
そういうハンソン氏の左手には包帯が巻かれていた。
「その怪我は?」
「ああ、ははは…実は先ほど荷物を見に行った際、箱の蓋を打ち付けてあった釘が出ておりましてな。不注意にもそこで引っかけてしまったのですよ」
と彼は誤魔化すように笑いながら言った。
「まぁすぐに私が打ち直しましたが」
「社長自ら、ですか?」
ミラは少し驚きながら訊ねた。
「ええ、私はこう見えても元々一人の作業人でしてな。今は独立してこうして多くの従業員を従える身分ですが、まだまだ荷積みや釘を打つくらいそこいらの者よりは丁寧に早くできる自信がありますよ」
ハンソン氏は少々得意げに言った。
「おっと…話が逸れてしまいましたな。ここに来たということは、行方不明者の足取りを追いに来られたのでしょう?」
「ええ、その通りです」
「では、親しかった者たちの名前を記した物がありますのでお持ちください。他にも話をお聞きになりたいのであれば、女性社員たちは2階での勤務でしたし、ハーピーたちは屋上の休憩室内外にいますのでそちらに」
「ああ、分かった」
便利なことに、この建物はまだこの世界では目新しいエレベーター(元の世界の歴史上はまだ存在すらしていない、電話も然り)が設けられていた。荷物を屋上まで運ぶこともあり大きめの物だったため、ミラも階段を使わずに済んだ。
ベルが鳴って二階への到着を知らせた。格子状になった扉が開き三人は降りた。
2階は事務の仕事を担っているようだった。ディスクが所狭しと並び、ディスクの上には書類が置かれていた。
「まずはエハインという方に話を聞きましょう」
ミラはそう言って、近くを通りかかった女性に声をかけた。
「すみません、エハインと言う方を探しているのですけれど…」
「エハインは私ですが、何か?」
「実は、いま俺たちは行方不明になった女性や魔物たちの捜索している。彼女たちの足取りを掴みたいんだが、話を聞かせてもらいたい」
「…はい、構いません。ちょうど一段落ついたところでしたので」
話を聞いてみると、エハインの友人モアルナは今から約半月ほど前に姿を消したという。特に何かに悩んでいるという様子もなく、自ら消息を絶つということは考えられないということだった。
他の消息を絶った4人の女性と親しかった者にも話を聞いたが、特にこれといった情報は得られなかった。次に3人は屋上に向かい、ハーピーたちから情報を聞き出すことにした。
屋上にハーピーがいるのは、もちろん飛び立つ際や着陸の際に便利だからである。屋上でエレベーターを下り、すぐ左に休憩室があった。ドアはなく、目を向ければ中の様子がすぐに分かった。
「あれ?お客さん?」
「見かけない顔だね。どうしたの?」
中には5羽?5人?のハーピーがいた。彼女たちはさえずるように口々に「お客さんだ」と言った。
「私たちは、行方不明になった魔物や女性たちを探しているんだが、少々話を聞かせてもらいたい」
「いーよー」
「行方不明になったハーピーは全部で何人いるんだ?」
「そーだなー…うちだけなら3人かな。あ、でもそのうち1人は男とよろしくやってるって聞いたけどね♪」
「…そうか」
「あ、でも浮浪者とかのいるところからはハーピーだけじゃなくってサキュバスたちも何人か消えたって」
「そうそう、らしいね」
「消えた二人のハーピーはどんな子たちだったの?」
「う〜ん、どっちかっていうとドジっ子…かな」
「そうそう。あ、この建物さ、町の隅っこの方に建ってるでしょ。なんでだと思う?」
そう言われれば、と3人は思った。この建物は町のほぼ外側と言ってもいいところに立っている。発情期の魔物が無闇やたらに入ってこれないように、町の外側は小高い塀で囲まれているが、その壁がすぐ横にあった。
「さぁ…どうして?」
「荷物を持って飛ぶときにね、間違って落としても人が怪我したりしないためだよ♪」
「だから私たち町の外に出る時や町に入る時は、絶対に南西側の方から出なきゃダメなの。そうすれば、荷物が落ちても森の中だから、誰かが怪我する可能性は低いじゃない」
「そーいえば、あの二人も消えちゃう前に荷物落としてたよねー」
「そうそう、箱が空いちゃったとかね」
その後も話を聞いていたが、有力な情報はなかった。
3人はハンソンカンパニーの建物を後にし、少しでも情報の多いであろう治安を訪ねることにした。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしています」
トーマはそう言う男性から絹袋に入った金を受け取った。
彼がいるのは彼にとっては2つ目の町、ステンライナのギルドカウンターだ。トーマは今しがた依頼を終えてきたところなのである。
この町に着いたのは3日前のことだ。そしてトーマはトレアやミラと協力しつつ2つの依頼をこなしていた。そして先ほど終わらせた依頼で3つ目になる。
依頼内容はワーウルフのいる森での薬草の獲得から、他任務で人手の少ない治安と協力して、資材を横流しする裏組織の検挙など。
受け取った金を懐に収め、トーマは宿へと帰り着いた。
止まっていた部屋に入ると、そこにはトレアとミラのほかに一人、紳士風な髭を生やした丸い顔の小太りの男いた。
「お、帰ったか」
「ああ。彼は?」
「おや、あなたがお二人のお連れの方ですか。申し遅れました、私、この町で輸送業を営んでいますトーマス・ハンソンと申します。以後、お見知り置きを」
ハンソンは名刺を渡しながらそう名乗った。さて、そんなハンソンがなぜこんなところにいるのか。見れば、彼の身なりは生地のいいスーツと磨かれた靴、ステッキも所持している。それに「わたくし」という言葉使いからも察せられる通り、どこから見てもちょっとした金持ちだということは想像がつく。そんな彼が、庶民的な宿の一室にいることは誰が見ても不自然だった。
「はぁ…それで、そういうあなたがどうしてここに?」
「はい、実はちょっとおかしなことがありましてねぇ…その事をうっかり口に出してしまったところ、ノルヴィさん…でしたか?彼が『身内に腕のいい三人がいるから、相談でも』と言ってくれたものですから、お言葉に甘えさせて頂いた次第でして」
「それで、『おかしな事』というのは?」
「ああ、いま丁度聞いていたところだ」
「では、改めてお話しいたしましょう」
ハンソンはそう言うと再び椅子に座って事情を話し始めた。
ハンソンによると次の通りだ。
まず最初にそれが起こったのは2か月前のことである。彼の経営する会社の社員だったハーピーが、ある日を境に会社に来なくなったのである。ただその時はちょうどハーピーの発情期とも重なるため、仕事中に仲の良かった男でも連れ込んで巣でよろしくやっているのだろうと思い、誰しもがしばらくすれば会社に戻ると考えていた。
だが彼女は発情期が終わっても戻って来ないどころか、他にも行方を発つものが増えている。それはハンソン氏の会社にとどまらず、噂によれば浮浪者の内からも魔物や人間の女までもが消えているというのだ。
治安に相談を持ちかけたが、治安は今忙しく十分な人手を回せていない。
「話を聞く限りだと、ただの行方不明じゃないっていうのは察しが付くな…」
「ええ、ギルドカウンターに依頼を出していますので、受託していただけるとありがたいのですが…」
「わかりました、どこまでお役にたてるが分かりませんが、私たちも尽力させていただきます」
「それは心強いですな。では、私は下に馬車を待たせておりますので、これで」
「ええ」
「よい結果を期待しておりますぞ」
ハンソン氏はそう言って机に置いてあった帽子を被ると部屋を後にした。
「全く、ノルヴィも厄介な仕事を回してくれる…」
トレアはそう言って少し呆れつつ、空いていた椅子に気だるげに座った。
「この仕事を受けるとなると、予定より滞在が伸びるのは必至だ。そうなれば、トーマの魔導師探しだって…」
「いや、俺の方は心配しなくていい。探している相手は別に逃げはしないだろ」
トーマは机の上に報酬の入った絹袋を置き、じっと見ながら言った。
「まぁそうだが…だが、早く見つけて帰りたいというのが本心だろう?」
トレアは中から一枚の硬貨を取り出し、右手でトスしてはキャッチしている。
「あら、ならトレアはトーマに早く元の世界へ帰ってほしいのかしら?」
ミラはトスされたコインを空中で掴み取り、袋の中へポイッと戻した。トレアは物惜しそうな顔をしていた。
「そういう訳じゃない」
トレアは戻されたコインを再び手に取り、テーブルに頬杖をついてそのコインをじっと見た。
「だが、生まれ育った故郷、元の世界に帰りたいというのは、普通なら誰しもが心に思うことだろう。ただでさえ、トーマと私たちの世界には大きな差異がある上に、待っている家族もいるだろうに」
トレアはトーマに向かってコインをパスした。トーマはコインをキャッチすると、手のひらのコインを見ながらフッと鼻から息を抜いた。
「家族…か。いれば多少なりとも、今より帰りたいという気持ちは大きかったかもしれないな」
トーマの言葉を聞いた二人は、少し驚いた顔をした。
「家族…いなかったのか?」
トレアは恐る恐る訊いた。
「…ああ。俺が幼い時に爆発に巻き込まれてな…」
「爆発…事故か?」
「いや、テロだよ」
トーマはポケットにコインを手ごと突っ込んだ。
「テロ?」
その言葉は、やはり彼女たちはあまり聞きなれないのだろう。
「時の政府に反発する奴らが起こす暴力行為さ。俺の両親は爆弾テロに巻き込まれた。俺は両親のほかに祖母もいたが、あまり体の強い人じゃなかったから、俺は施設に預けられた。祖母もその後に何回かあったくらいで死んで、俺の家族は向こうにはいない」
「…いや…そうだったのか…すまない」
トレアは目を泳がせて、最後にはすまなそうに言った。
「いや、気にしないでくれ。そういう訳で、実は別に早く帰りたいということもないんだ。それじゃ、こいつで俺は遅めの昼食でも摂ってくるよ」
トーマはコインの入ったポケットをパンパンと叩くと、部屋を出て行った。
「…なぁ、ミラ」
「なに?」
トレアは閉められたドアを見ながら言った。
「私たちのいる世界は、あいつのいた世界から見たら………どう、映っていると思う?」
「さあ…私たちが彼のいた世界を見たのと一緒だと思うわ。人の常識や価値観が違って、でも同じところもあって、自分の世界から見ると、少し平穏に感じる…そんな感じじゃないかしら?」
トレアは、「そうか…」と小さくこぼしながら、未だ見つめるドアにトーマの背中を感じていた。
トーマは遅めの昼食を取った後、再びギルドカウンターを覗いた。すると、さっきまでは気にも留めなかったハンソン氏からの依頼の紙が目に入った。
〔ん…?今までに5組の受託者…だが揃って失敗…か〕
依頼を記した紙は内容と依頼者、報酬のほかに、それまでに何組が受託し失敗したか、そして何度同じ依頼が出ているのかも書かれていた。
依頼は一度達成され、もし次に同じ内容の依頼が出た場合、失敗人数は引き継がれる。その数に応じて、所属者は受ける依頼を決めるのだ。
見たところ、依頼は一度出されたきり。受けた者の全てが失敗に終わっていた。
〔依頼内容は、行方不明の魔物、女性社員の捜索、発見…報酬は…30万リーゼか…そりゃ、人探しで事件性もあるとなれば、これだけ出すのも分かるが…〕
トーマは用紙を取り、カウンターに提示した。
依頼を受託してトーマはまた宿に戻った。
「依頼を受けてきた」
「そうか。なら早速捜索を開始するとしよう」
「と言っても無闇に捜して見つかるとも思えないわ。消えた人たちの足取りを追わないと」
「そうだな。俺はまず、ハンソンが経営している輸送会社に行ってみようと思うんだが」
「そうね。まずはそこからにしましょう」
宿を出て多くの会社が軒を連ねる地区に向かった。オフィス街という様なところだろうか。
いくつもの会社が看板を出していた。材木屋から金融まで様々な会社があるが、その中でも大きな建物があった。
「ハンソンカンパニー…ここのようだな」
レンガ造りの3階建の建物の正面玄関をくぐり中に入ると、目の前に受付があり、女性が一人座っていた。
「ようこそ、ハンソンカンパニーへ。今日は輸送のご依頼でしょうか?」
「いや、俺たちはトーマス・ハンソン氏がギルドに依頼している任務を受託してきた者だ。これがその受託証になる」
「…はい、確認いたしました。では社長へお取次ぎしますので、少々そちらに掛けてお待ちください」
女性はそう言うとカウンタにあった社内電話の受話器を取った。電話はかなり簡素なもので、一応コードはあるのだが、ダイヤルやボタンはなく、受付と社長室を繋いでいるだけのものだろうと思われた。
トーマ達はしばらく出入り口横のベンチに座って待っていた。
そしてしばらくするとハンソン氏がやってきた。
「いやいや、お待たせいたしましたな」
そういうハンソン氏の左手には包帯が巻かれていた。
「その怪我は?」
「ああ、ははは…実は先ほど荷物を見に行った際、箱の蓋を打ち付けてあった釘が出ておりましてな。不注意にもそこで引っかけてしまったのですよ」
と彼は誤魔化すように笑いながら言った。
「まぁすぐに私が打ち直しましたが」
「社長自ら、ですか?」
ミラは少し驚きながら訊ねた。
「ええ、私はこう見えても元々一人の作業人でしてな。今は独立してこうして多くの従業員を従える身分ですが、まだまだ荷積みや釘を打つくらいそこいらの者よりは丁寧に早くできる自信がありますよ」
ハンソン氏は少々得意げに言った。
「おっと…話が逸れてしまいましたな。ここに来たということは、行方不明者の足取りを追いに来られたのでしょう?」
「ええ、その通りです」
「では、親しかった者たちの名前を記した物がありますのでお持ちください。他にも話をお聞きになりたいのであれば、女性社員たちは2階での勤務でしたし、ハーピーたちは屋上の休憩室内外にいますのでそちらに」
「ああ、分かった」
便利なことに、この建物はまだこの世界では目新しいエレベーター(元の世界の歴史上はまだ存在すらしていない、電話も然り)が設けられていた。荷物を屋上まで運ぶこともあり大きめの物だったため、ミラも階段を使わずに済んだ。
ベルが鳴って二階への到着を知らせた。格子状になった扉が開き三人は降りた。
2階は事務の仕事を担っているようだった。ディスクが所狭しと並び、ディスクの上には書類が置かれていた。
「まずはエハインという方に話を聞きましょう」
ミラはそう言って、近くを通りかかった女性に声をかけた。
「すみません、エハインと言う方を探しているのですけれど…」
「エハインは私ですが、何か?」
「実は、いま俺たちは行方不明になった女性や魔物たちの捜索している。彼女たちの足取りを掴みたいんだが、話を聞かせてもらいたい」
「…はい、構いません。ちょうど一段落ついたところでしたので」
話を聞いてみると、エハインの友人モアルナは今から約半月ほど前に姿を消したという。特に何かに悩んでいるという様子もなく、自ら消息を絶つということは考えられないということだった。
他の消息を絶った4人の女性と親しかった者にも話を聞いたが、特にこれといった情報は得られなかった。次に3人は屋上に向かい、ハーピーたちから情報を聞き出すことにした。
屋上にハーピーがいるのは、もちろん飛び立つ際や着陸の際に便利だからである。屋上でエレベーターを下り、すぐ左に休憩室があった。ドアはなく、目を向ければ中の様子がすぐに分かった。
「あれ?お客さん?」
「見かけない顔だね。どうしたの?」
中には5羽?5人?のハーピーがいた。彼女たちはさえずるように口々に「お客さんだ」と言った。
「私たちは、行方不明になった魔物や女性たちを探しているんだが、少々話を聞かせてもらいたい」
「いーよー」
「行方不明になったハーピーは全部で何人いるんだ?」
「そーだなー…うちだけなら3人かな。あ、でもそのうち1人は男とよろしくやってるって聞いたけどね♪」
「…そうか」
「あ、でも浮浪者とかのいるところからはハーピーだけじゃなくってサキュバスたちも何人か消えたって」
「そうそう、らしいね」
「消えた二人のハーピーはどんな子たちだったの?」
「う〜ん、どっちかっていうとドジっ子…かな」
「そうそう。あ、この建物さ、町の隅っこの方に建ってるでしょ。なんでだと思う?」
そう言われれば、と3人は思った。この建物は町のほぼ外側と言ってもいいところに立っている。発情期の魔物が無闇やたらに入ってこれないように、町の外側は小高い塀で囲まれているが、その壁がすぐ横にあった。
「さぁ…どうして?」
「荷物を持って飛ぶときにね、間違って落としても人が怪我したりしないためだよ♪」
「だから私たち町の外に出る時や町に入る時は、絶対に南西側の方から出なきゃダメなの。そうすれば、荷物が落ちても森の中だから、誰かが怪我する可能性は低いじゃない」
「そーいえば、あの二人も消えちゃう前に荷物落としてたよねー」
「そうそう、箱が空いちゃったとかね」
その後も話を聞いていたが、有力な情報はなかった。
3人はハンソンカンパニーの建物を後にし、少しでも情報の多いであろう治安を訪ねることにした。
12/06/11 01:59更新 / アバロンU世
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