2-4 解決
「…やっぱりあなたですか…」
彼の横には馬車の荷台ほどもある大きな箱が10個も並んでいた。そして横を向いた彼はシルクハットにステッキ、黒の紳士服にひげを蓄えていた。
「やっぱりあなたですか…トーマス・ハンソン」
そこにいたのは依頼主のハンソン氏だった。彼は向きなおると「おや、お揃いで…」と一言。
「ハンソン殿、ここで何をされているのですか?」
ゴードンは訊いた。ハンソンはごく普通な様子で「なに、ただの点検ですよ」と答え、続けた。
「明日、ここにある荷を出荷するのでね。何ぶん、長期保管していましたから不備がないとも限りませんからこうして点検を」
「ハンソンさん、ここはなんです?」
「ここは見ての通り倉庫ですよ、お得意様に出荷する品物の。お得意様方は遠方にいらっしゃるので、これだけまとめて送る方が便利なんですよ。港までは少し遠いですしね。これほど大きいと馬車の特注の物で、馬も三頭はいりますよ」
ハンソン氏は、鉄でできた箱、そう、コンテナという方がいいだろう。それを撫でながら彼は言った。
「おや、ケンタウロスのあなたには失礼な言い方でしたか…失礼」
「いえ…馬は確かに私どもの眷属ですが、それぞれ身分がありますから、どうぞお気になさらず」
ミラは澄ました様子で言った。
「ところでハンソンさん…」とトーマは静かなトーンで話し始めた。
「その中身はなんです?」
訊かれたハンソン氏はまたごく普通に返した。
「これの中身ですか?申し訳ありませんが、それはお話しできません。信用にかかわりますので」
「信用、か。俺なりの推測を話しても?」
「…ええ、構いませんが、正否はお答えしかねますよ」
一拍間が空いて、トーマは話し始めた。
「…俺は、そのコンテナの中には数人の女性、魔物たちが入っていると思っています」
その一言を聞いた保安兵たちはどよめいた。
「君、彼は捜索を依頼した一人だ、そんなことあるわけないだろっ」
と一人の保安兵がトーマの肩を掴んだ。
「ああ、そうすれば彼は今のように容疑者から外れる。何より、自分の会社の社員が行方不明になって、何もしない方が不自然だ。社員たちの言うように人受けの良い社長として振る舞っていたなら尚更な。そしてそれにはもう一つの使い道がある」
トーマは彼の手をどけながら話した。すると、ハンソン氏はステッキで床を小突くように叩いた。
「私は人に犯罪者扱いされて、いい気でいるようなできた人間ではないよ、トーマ君」
彼のその目には、少々疑心と憤りが込められていた。
「…だが、反論は全て君の話の後にさせてもらうとしよう。続けたまえ」
ハンソン氏は後ろを向くと両手をステッキの持ち手に沿え、凛と立ち直した。
「あなたはまず、上手い儲け話とそれを成す為の『商品』の入手方法を思い立った。そして、その方法をまず自分の会社の社員で試したんだ。その方法はどんなものかはわからないが、なるべく痕跡の残らない方法だろう。そしてその商品とは魔物や女性たちだ。
そしてその方法を社員と浮浪者だった魔物や女性たちで幾度も試し、商品も同時に得ることに成功したあなたは次に、もっと痕跡の残りにくい方法を取った。それは、保安に出していた被害届も利用し、町の人々と面識も比較的少なく、いつの間にかいなくなっても不審でなく、さらにこの町の立地をも味方に付けた方法…旅人を標的にすることだ」
静聴していたハンソン氏は「なぜ旅人を?」と説明を求めた。
「旅人なら、急にいなくなっても旅に出発したと思われ不振がられず、もちろん町の人と深い関わりがあるわけでもない。そしてこの町は商店が多く、資材を整えるにはうってつけで旅人が多く立ち寄る。
また旅人にとって金の価値は他人より高い。報酬のいい仕事があることをチラつかせれば、食いつくことは多いだろう。それに『手掛かりを増やすだけでもそれなりの報酬を渡す』などと言えば、その依頼のハードルはかなり下がるだろうしな
だがそんな依頼は普通ギルドではなく保安に出すのが自然だ。だが保安に依頼を出した後なら、それもあり得るだろうな」
「トーマ君…」とハンソン氏は話し始めた。
「君の言うそれは推測だ。確かに理由としてはなくはないだろう。だが、それだけの女性たちはここに閉じ込められ続け、何も抵抗しないと思うかね?声や物音が聞こえないような厚さはこの箱にもその扉にもない。それに君は知らないのかね?この町を出入りする荷はハーピーたちの運ぶものも含め全て保安によってチェックされる。そうだな、君」
ハンソン氏はハーピーに確認した。
「はい、そうです」
「ほら見ろ。それに君たちもここに入る際にされたろう?」
確かにコンテナも扉もそれほど分厚いわけでもない。声を挙げられなかったとして、物音くらいは立てられるはずだ。それにこの町を出入りするには確かに保安がチェックしていた。ハーピーたちも一度町の出口近くの保安にチェックしてもらって出ていた。無論これらコンテナも例外ではない。
「確かに。まず一つ目、なぜみんな騒がないのか。それだが、こんなうわさがあるのを知っているか?『この扉の前を通ると眠気が襲う』」
これはアルフレッドが言っていた噂だ。
「実際けが人も出ている。ただのうわさとは思えない」
「私も知っている。だが、みんな疲れていて眠くなってしまっただけかもしれん。よくあることだろう?」
「あなたの言うこともなくはない。だが、あれを見ろ」
トーマの指差す先にあったのは、動かないネズミだ。死んでいるのか。
「あれは…ネズミかしら?」
「あんた、悪いがあのネズミを見てきてくれ。あ、頭を低く持っていくときは布を口と鼻に当ててな」
「?…あ、ああ」
言われた保安の一人がネズミに近づき、布を鼻と口に当てて近くでよく見た。
「ん…?眠っているのか?」
「これが理由だ。睡眠効果のある気体化した薬をこの部屋に充満させたんだ。その薬が部屋から漏れ出し、この前にいた作業員がそれを吸って眠くなったんだ。それにネズミは寝ていたとしても人が来た瞬間に起きて逃げ出す。それでも寝続けているということは、薬で深い眠りにいるか、まだ薬が室内に残っているということだ。
そして二つ目。それはこの部屋の横にあるエレベーター。聴いた話じゃ、このエレベーターが動いているのは見たことがないが使われた形跡がある。その上は何もないのに不思議だ、ということだが。
この横のエレベーターは見たところかなり大きい。馬三頭とそのコンテナ一つは十分に乗れる。さっき少し確認したが、埃もある程度だが溜まっていたが、使われた形跡もちゃんとあった。つまり少ない頻度で使われた、かもしくは、一度だけしか使われいないという可能性もある。このエレベーターの上は塀の真下だ。その塀に穴をあけて細工しとけば、誰にも知られず町の外に出られるだろうな」
「…そうですか。では私が彼女たちを、この場合拉致した方法ですか?その方法はなんです?」
「残念ながら詳しい方法は分からない。が、場所ならこの上の南西の森で間違いないだろう」
トーマは自信あり気に言った。
「ほほぉ、なぜです?」
「まず、そこは目に着かない。あまり人のこない森は絶好の場所だ。
それにそこはハーピーたちが上空をよく通る場所だ。理由は荷物が落下しても人が怪我をしないから。ハーピーたちの話では、行方不明になったハーピーは荷物をよく落としていたそうだ。そうだよな?」
「うん、そうだよ。たまたま箱の底が開いたり、ひもが切れたり」
「これが一つの理由。あなたは荷に細工をして、ひもが切れるようにしたり、箱の底が開くようにしたりしていた。そしてその落ちた荷物を回収しに来たハーピーたちは、そこで待っていたあんたか、あんたの仲間に拉致されたのさ。
それに行方不明の女性の一人ジーナは、馬車から降りてきた男と話した後南西の森に近い出口に向かう道を行った。買い物の帰りにそれはおかしい。それは社長であるあなたが、ハーピーの落とした荷物探しを手伝ってほしい、それはとても大事なものですぐ行ってほしい、などと言えば社員の彼女はすぐに向かっただろう。浮浪者たちは金と男で釣ったか」
「馬車の男が私だという証拠はない上に第一、ほとんど状況証拠じゃないか!」
ハンソン氏はそこで初めて語尾を強くした。
「でもないんですよ、ハンソンさん」
トーマは口角を上げ、そう言った。ハンソン氏は思わず狼狽した。
「なに?」
「その馬車の男とジーナさんが話しているのを目撃した少女がいましてね。男の顔までは見ていなかったが、あることを思い出したと言ってくれてな。その馬車に通りがかった少女の友達が落書きをしたっていうんだよ。ばれないように、車輪の内側にな」
「なんだとッ?!」
「子供は何をするかわからないな。外にあった馬車を確認したらあったよ、右の車輪の内側に絵本に出てくる怪物の顔がな」
そしてその時だった。
「おい、誰かいるのかっ?!」
コンテナの中から声がした。
「トレア…トレアかッ?!」
「トーマかっ、ここはどこだ?」
「…悪党の巣窟のど真ん中だ」
「もう言い逃れはできないわよ、トーマス・ハンソンさん」
ミラの言葉通り、トーマス・ハンソンの容疑は確定した。
「そのようですね…」
彼は大人しく降参した。
コンテナを開けて中を覗くと中にはトレアを含めて5人の魔物と女性がいた。トレア以外はまだ薬の効果で眠っている。
「大丈夫か?」
トーマが抱え起こしながら言った。
「ああ、魔法でここに連れ込まれた時に運悪く頭を打って気を失っただけだ…情けない」
「しょうがないさ」
「おい、悪いがコンテナを開けるのを手伝ってくれ」
保安兵がトーマを呼んだ。
「私は平気だ、行ってくれ」
「ああ、ハンソンは私が付いているから安心してください」
トレアとゴードンがそう言うので、トーマは「わかった」と言って手を貸しに他のコンテナのところに行った。
〔まったく、厄介なことに巻き込まれてどうなるかと思ったが…こうして解決して、ハンソンもお縄について一件落着か…〕
と、ふと思って彼の手は止まった。
〔お縄?…待て、どうしてゴードンはハンソンに縄をかけていない?!〕
そう、ゴードンは付いておくとは言ったが、彼を拘束していないのだ。ハッとしたが、遅かった。
「んッ?!―」
くぐもったトレアの呻きで振り向いたが遅かった。
「全員動かないでもらいましょう。彼女の命が惜しいならね」
ゴードンの持ったダガーが、力なくハンソンに抱えられたトレアの首元に迫っていた。トレアを薬を染み込ませたハンカチで眠らせ、人質にされてしまったのである。
「ゴードンッ、貴様!」
「なんのつもりかしら?」
彼はしれっとした態度で言った。
「なんのつもりも…私はこちら側の人間だったということです」
「その通り。もし保安の動きが良ければ不都合なのでね。引き抜いておいたんですよ」
「さぁ、そのままでいていただきましょうか」
2人はトレアを連れて部屋を出ると、エレベーターに乗って逃亡を図った。
トーマ達は慌ててその部屋を出てエレベーターに向かうが、すでに3人は中ほどまでの高さに上がっていた。
「くそッ!」
トーマの憤りの一言の後に、エレベーターは上に到着した。
「追わないと!」
「だが、あっちのエレベーターで上がってたんじゃ時間がかかりすぎる…!」
その時、ハーピーが飛び上がった。
「掴まって!あと、誰でもいいからエレベーターを戻してっ!」
「あ、ああ!」
保安兵がエレベーターの操作レバーを引いた。トーマはハーピーの足に掴まり、彼女はエレベーターが降りてきて遮るもののなくなったその出口に向かって飛んだ。
「私たちも後から行くわっ!」
「ああ!」
ハーピーの咄嗟の行動で、トーマは地上に出ることに成功した。扉も開いたままで、着地した2人の前には逃亡を図るゴードンとハンソン、人質になったトレアが見えた。
「待てッ!」
トーマの怒鳴り声にトーマスたちは振り返った。
「もう追いついてきましたか…ですが」
「おまえたちっ!」
ハンソンの一声で影に隠れていた数人の男たちが姿を現した。
「奴らを足止めしなさい」
男たちは剣を抜いた。また2人は逃走した。
「…お前はあの二人を追ってくれ。この暗闇で見えるか?」
「大丈夫、目はいいんだ…」
「そいつぁ重畳…」
ハーピーは飛翔し、男たちを飛び越えて3人を追跡した。
トーマはファイティングポーズを構え、男たちを人睨みした。くさびを切って男たちは攻撃を仕掛けた。トーマは一太刀躱すと、顔面を殴り反撃した。
背後から襲い掛かる男を察知し、剣を避けつつ腕と胸倉を掴み背負い投げを食らわせた後、頭部を蹴って気絶させた。
その後もナイフとウェポンケースを使って攻防を続けるが、多勢に無勢、数と手数に押され苦戦を強いられた。
「くっ…!」
「トーマっ!」
声と共に矢が男たちを襲った。
「ミラっ!」
「ここは私たちが、あなたは3人を」
ミラと保安兵による加勢で、トーマはその場を抜けて3人の追跡に移行した。
〔…っ!どこだっ?〕
暗闇の森ではライトを点灯させていても全速で走ることはかなわない。だが、それはあちらも同じはずだった。
〔いたっ!〕
見上げた夜空に影を発見した。ハーピーの影だ。その影を追って走り、ついに3人を見つけた。
「見つけたぞっ!」
ライトを3人に向け照らし出した。
「えぇい、しつこいですね。ですがこちらには人質がいるのです、それ以上近づくと…」
ライトの光を反射して輝くダガーがトレアに向けられた。
「そうです、近づかないでください。もしこれ以上追って来れば、この女の命はありません」
ハーピーも地上に降り、苦い表情を浮かべていた。
「…大丈夫だ。これ以上近づきはしない…」
トーマがそう言って、ライトで照らしたまま位置を下に下げた。
「では私たちが見えなく―」
見えなくなるまでそこにいろ、ゴードンがそう言おうとした瞬間、ハンソンのシルクハットが轟音とともに後ろへと飛んだ。
トーマは左手に持ち換えていたライトを、まっすぐ前方に伸ばした右腕と交差する形で3人に光を当てていた。その光に照らされた右手に持っているのは、硝煙を揚げるハンドガンだった。
暗い森の中、明かりは方向性で3人を照らしている。つまり、光の当たっていないトーマの静かな行動や細部をゴードンもハンソンも視認することはできないため、彼が腰の後ろのホルスターから銃を、それとわかっていなくても武器であろうものを取り出したことは分からなかったのだ。
「…な、なんだ…」
「今のは…」
「・・・・・?!」
ゴードン、ハンソン、そしてハーピーもその大きな音と、初めて目の当たりにする弾丸の速さに驚嘆、狼狽していた。
「武器を捨てて手を頭の後ろで組んで跪け。さもなくば手足一本ずつ鉛玉で風穴を開けてやるが?」
2人は武器を捨てて言われた通りに跪いた。
…ただ、なぜかハーピーまでその格好をしている。よほど驚いたのだろうか。
「…あんたはそんな格好しなくていいんだが…?」
「あ、ゴメン。…あんまりビックリしちゃって…」
「ミラたちを呼んできてくれるか?」
「うん」
しばらくするとミラたちがやってきた。
「ねぇ、さっきの音は………えっと…それね」
なんだったのか聞こうとしたのだろうが、跪いている2人とそれを構えるトーマを見て状況を把握したらしい。そして今保安兵が2人を確保した。
「あいつらは?」
「全員逮捕したわよ」
あいつら≠ヘその頃、塀の外で兵2人に監視されていた。その内数人には蹄の跡がくっきりと青黒く残っていたのは言うまでもない。
「それじゃ、戻りましょうか」
「ああ、そうだな」
翌日、トレアはベッドに寝かされていた。
「ぅん………あれ、ここは…」
「宿よ。昨日の事覚えてる?」
「えっと…ミラたちに助けられた後…後ろから手が回ってきて…意識が…あッ、奴はッ!?」
覚醒したトレアをまぁまぁというボディーランゲージで宥め、ミラは説明した。
「逮捕したわ。あなたはゴードンに薬を嗅がされて眠らされたのよ」
「ゴードンに!?」
「ええ、彼もハンソンの仲間だったの。そのまま人質にされて、でもトーマとカナーリャのおかげで助け出したわ」
「カナーリャ?」
「一緒にいたハーピーの名前よ。あなたが荷物探しを手伝おうとした子」
「ああ、彼女か…」
「ホントは狙われたのは彼女だったみたい。だけどそれより先にあなたが来たから拉致したってあいつらが言ってたわ」
そう、工作によって狙われていたのはカナーリャで、彼女が行方不明になったことを出汁にミラとトレアの二人を呼び出して拉致、トーマとノルヴィを始末するつもりだったらしい。
「彼らは拉致した人たちを遠方の国の商人に売って利益を得る算段だったらしいわ。そのあとはたぶん売春や闘技場での見世物にされていたでしょうね…」
ミラはいつものトーンではあったが、その声にはやはり憤りと悲しさが含まれているのは誰であろうとわかったことだ。
「そうか…みんな無事だったのか?」
「ええ、50人単位でというのが一回の受け渡しの条件だったらしいの。みんな無事だったわ。エレベーターは実際試運転で1度使っただけですって」
「あ、ところで…」
トレアは話を切り替えた。
「私を運んでくれたのはミラか?」
「あら、覚えてないの?あなたを運んだのは………」
バタンッ ドタドタドタッ バタッ―
「トーマァァァ、貴様ァァァァッ―!」
「うおっ―!…どうしたのよぉ、トレア」
「…なんだ、朝から」
ノルヴィが一瞬ビクッとなって、2人は口々に言った。
「なんだ、じゃないッ!ミラから聞いたぞっ!」
トレアはズコズコとトーマに近づき、顔を赤らめて怒ったような表情を作りながら怒鳴った。
「何をだ…?」
「昨日、事の後、お前が私を運んだそうだなっ?」
「ああ、お前眠らされてたしな…」
「お前が運ぶのは仕方ないとしようっ!だがな、なんでお、お、お、ぉぉぉおおお姫様だっこなんだッ!!!!!」
トレアの顔は真っ赤だった。
「いや、おんぶとかだと銃とかナイフとか当たって邪魔だろうし…」
「外せばいいだろうっ!?」
「それにケースもあったし」
「そんなものミラに持ってもらえッ!というか、それこそ抱っこでいいじゃないかっ!!」
「…いや、第一ぐっすりなお前をおんぶするより前に抱える方が楽なんだ。まったく、何をそんなに怒ってるんだ?…嫌だったなら悪かったよ」
「えっ?別に嫌とかじゃ…じゃなくてっ!えぇ〜と、あぁぁぁぁっ!もういいッッ!!!!!」
トレアは半分、というより2/3、いや5/6ほどパニックになりながら部屋を飛び出していった。
「くッ…くっくくくく…」
ノルヴィはおかしくて噴き出した。
「いや〜、あいつ泣きそうだったな…。あ〜おっかしw…こりゃ、まさかお間の首に腕まで回してたなんてのは言わない方がいいなwww」
「そうだな、パニクッたトレアに切り殺されるかもな。 あんたが」
「ちょ、勘弁っ!」
部屋に戻ってきたトレアはベッドに上に俯せにダイブして、枕を抱えて静止した。
「あらあら、パニックで撃沈しちゃった?」
「…うるさぁ〜い…」
「うっふふ、あなた朝ごはんまだでしょ?そこに用意してあるから、早く食べちゃいなさいよ?わたし、あっちの様子見てくるから」
「…ん…」
ミラは部屋から出て行った。
「………
……………
…………………なああぁぁあぁ〜〜〜ッ!!!」
〔なんだ、なんなんだぁッ…!? …………まさかあれ、夢じゃなかったのか…!? ということは…いや、まさか腕なんてッ…〕
その後カナーリャやジーナのいる病院などを一通り回って別れの挨拶をして旅立った4人だったが、終始トレアがぎこちなかったのは言うまでもない。
町を出て歩きながら、ミラは詳しく事の次第をトレアに話した。
「なに、ということはゴードンは魔術師だったのか?」
「というか、スイッチハンダー(両利き)ね。みんなを攫う方法は彼の空間魔術よ」
「空間魔術?じゃあ…」
「いえ、彼はそんなに大規模にできるような腕も魔力もないわ」
「そうか…」
トレアはそういうと前を歩くトーマを見つめた。
その視線に込めたものは、また長引いてしまうのかという同情と、まだそこにいるという嬉しさ。
その矛盾した感情の片方が、彼女自身の気づかないところでどんどん大きくなっていた。
彼の横には馬車の荷台ほどもある大きな箱が10個も並んでいた。そして横を向いた彼はシルクハットにステッキ、黒の紳士服にひげを蓄えていた。
「やっぱりあなたですか…トーマス・ハンソン」
そこにいたのは依頼主のハンソン氏だった。彼は向きなおると「おや、お揃いで…」と一言。
「ハンソン殿、ここで何をされているのですか?」
ゴードンは訊いた。ハンソンはごく普通な様子で「なに、ただの点検ですよ」と答え、続けた。
「明日、ここにある荷を出荷するのでね。何ぶん、長期保管していましたから不備がないとも限りませんからこうして点検を」
「ハンソンさん、ここはなんです?」
「ここは見ての通り倉庫ですよ、お得意様に出荷する品物の。お得意様方は遠方にいらっしゃるので、これだけまとめて送る方が便利なんですよ。港までは少し遠いですしね。これほど大きいと馬車の特注の物で、馬も三頭はいりますよ」
ハンソン氏は、鉄でできた箱、そう、コンテナという方がいいだろう。それを撫でながら彼は言った。
「おや、ケンタウロスのあなたには失礼な言い方でしたか…失礼」
「いえ…馬は確かに私どもの眷属ですが、それぞれ身分がありますから、どうぞお気になさらず」
ミラは澄ました様子で言った。
「ところでハンソンさん…」とトーマは静かなトーンで話し始めた。
「その中身はなんです?」
訊かれたハンソン氏はまたごく普通に返した。
「これの中身ですか?申し訳ありませんが、それはお話しできません。信用にかかわりますので」
「信用、か。俺なりの推測を話しても?」
「…ええ、構いませんが、正否はお答えしかねますよ」
一拍間が空いて、トーマは話し始めた。
「…俺は、そのコンテナの中には数人の女性、魔物たちが入っていると思っています」
その一言を聞いた保安兵たちはどよめいた。
「君、彼は捜索を依頼した一人だ、そんなことあるわけないだろっ」
と一人の保安兵がトーマの肩を掴んだ。
「ああ、そうすれば彼は今のように容疑者から外れる。何より、自分の会社の社員が行方不明になって、何もしない方が不自然だ。社員たちの言うように人受けの良い社長として振る舞っていたなら尚更な。そしてそれにはもう一つの使い道がある」
トーマは彼の手をどけながら話した。すると、ハンソン氏はステッキで床を小突くように叩いた。
「私は人に犯罪者扱いされて、いい気でいるようなできた人間ではないよ、トーマ君」
彼のその目には、少々疑心と憤りが込められていた。
「…だが、反論は全て君の話の後にさせてもらうとしよう。続けたまえ」
ハンソン氏は後ろを向くと両手をステッキの持ち手に沿え、凛と立ち直した。
「あなたはまず、上手い儲け話とそれを成す為の『商品』の入手方法を思い立った。そして、その方法をまず自分の会社の社員で試したんだ。その方法はどんなものかはわからないが、なるべく痕跡の残らない方法だろう。そしてその商品とは魔物や女性たちだ。
そしてその方法を社員と浮浪者だった魔物や女性たちで幾度も試し、商品も同時に得ることに成功したあなたは次に、もっと痕跡の残りにくい方法を取った。それは、保安に出していた被害届も利用し、町の人々と面識も比較的少なく、いつの間にかいなくなっても不審でなく、さらにこの町の立地をも味方に付けた方法…旅人を標的にすることだ」
静聴していたハンソン氏は「なぜ旅人を?」と説明を求めた。
「旅人なら、急にいなくなっても旅に出発したと思われ不振がられず、もちろん町の人と深い関わりがあるわけでもない。そしてこの町は商店が多く、資材を整えるにはうってつけで旅人が多く立ち寄る。
また旅人にとって金の価値は他人より高い。報酬のいい仕事があることをチラつかせれば、食いつくことは多いだろう。それに『手掛かりを増やすだけでもそれなりの報酬を渡す』などと言えば、その依頼のハードルはかなり下がるだろうしな
だがそんな依頼は普通ギルドではなく保安に出すのが自然だ。だが保安に依頼を出した後なら、それもあり得るだろうな」
「トーマ君…」とハンソン氏は話し始めた。
「君の言うそれは推測だ。確かに理由としてはなくはないだろう。だが、それだけの女性たちはここに閉じ込められ続け、何も抵抗しないと思うかね?声や物音が聞こえないような厚さはこの箱にもその扉にもない。それに君は知らないのかね?この町を出入りする荷はハーピーたちの運ぶものも含め全て保安によってチェックされる。そうだな、君」
ハンソン氏はハーピーに確認した。
「はい、そうです」
「ほら見ろ。それに君たちもここに入る際にされたろう?」
確かにコンテナも扉もそれほど分厚いわけでもない。声を挙げられなかったとして、物音くらいは立てられるはずだ。それにこの町を出入りするには確かに保安がチェックしていた。ハーピーたちも一度町の出口近くの保安にチェックしてもらって出ていた。無論これらコンテナも例外ではない。
「確かに。まず一つ目、なぜみんな騒がないのか。それだが、こんなうわさがあるのを知っているか?『この扉の前を通ると眠気が襲う』」
これはアルフレッドが言っていた噂だ。
「実際けが人も出ている。ただのうわさとは思えない」
「私も知っている。だが、みんな疲れていて眠くなってしまっただけかもしれん。よくあることだろう?」
「あなたの言うこともなくはない。だが、あれを見ろ」
トーマの指差す先にあったのは、動かないネズミだ。死んでいるのか。
「あれは…ネズミかしら?」
「あんた、悪いがあのネズミを見てきてくれ。あ、頭を低く持っていくときは布を口と鼻に当ててな」
「?…あ、ああ」
言われた保安の一人がネズミに近づき、布を鼻と口に当てて近くでよく見た。
「ん…?眠っているのか?」
「これが理由だ。睡眠効果のある気体化した薬をこの部屋に充満させたんだ。その薬が部屋から漏れ出し、この前にいた作業員がそれを吸って眠くなったんだ。それにネズミは寝ていたとしても人が来た瞬間に起きて逃げ出す。それでも寝続けているということは、薬で深い眠りにいるか、まだ薬が室内に残っているということだ。
そして二つ目。それはこの部屋の横にあるエレベーター。聴いた話じゃ、このエレベーターが動いているのは見たことがないが使われた形跡がある。その上は何もないのに不思議だ、ということだが。
この横のエレベーターは見たところかなり大きい。馬三頭とそのコンテナ一つは十分に乗れる。さっき少し確認したが、埃もある程度だが溜まっていたが、使われた形跡もちゃんとあった。つまり少ない頻度で使われた、かもしくは、一度だけしか使われいないという可能性もある。このエレベーターの上は塀の真下だ。その塀に穴をあけて細工しとけば、誰にも知られず町の外に出られるだろうな」
「…そうですか。では私が彼女たちを、この場合拉致した方法ですか?その方法はなんです?」
「残念ながら詳しい方法は分からない。が、場所ならこの上の南西の森で間違いないだろう」
トーマは自信あり気に言った。
「ほほぉ、なぜです?」
「まず、そこは目に着かない。あまり人のこない森は絶好の場所だ。
それにそこはハーピーたちが上空をよく通る場所だ。理由は荷物が落下しても人が怪我をしないから。ハーピーたちの話では、行方不明になったハーピーは荷物をよく落としていたそうだ。そうだよな?」
「うん、そうだよ。たまたま箱の底が開いたり、ひもが切れたり」
「これが一つの理由。あなたは荷に細工をして、ひもが切れるようにしたり、箱の底が開くようにしたりしていた。そしてその落ちた荷物を回収しに来たハーピーたちは、そこで待っていたあんたか、あんたの仲間に拉致されたのさ。
それに行方不明の女性の一人ジーナは、馬車から降りてきた男と話した後南西の森に近い出口に向かう道を行った。買い物の帰りにそれはおかしい。それは社長であるあなたが、ハーピーの落とした荷物探しを手伝ってほしい、それはとても大事なものですぐ行ってほしい、などと言えば社員の彼女はすぐに向かっただろう。浮浪者たちは金と男で釣ったか」
「馬車の男が私だという証拠はない上に第一、ほとんど状況証拠じゃないか!」
ハンソン氏はそこで初めて語尾を強くした。
「でもないんですよ、ハンソンさん」
トーマは口角を上げ、そう言った。ハンソン氏は思わず狼狽した。
「なに?」
「その馬車の男とジーナさんが話しているのを目撃した少女がいましてね。男の顔までは見ていなかったが、あることを思い出したと言ってくれてな。その馬車に通りがかった少女の友達が落書きをしたっていうんだよ。ばれないように、車輪の内側にな」
「なんだとッ?!」
「子供は何をするかわからないな。外にあった馬車を確認したらあったよ、右の車輪の内側に絵本に出てくる怪物の顔がな」
そしてその時だった。
「おい、誰かいるのかっ?!」
コンテナの中から声がした。
「トレア…トレアかッ?!」
「トーマかっ、ここはどこだ?」
「…悪党の巣窟のど真ん中だ」
「もう言い逃れはできないわよ、トーマス・ハンソンさん」
ミラの言葉通り、トーマス・ハンソンの容疑は確定した。
「そのようですね…」
彼は大人しく降参した。
コンテナを開けて中を覗くと中にはトレアを含めて5人の魔物と女性がいた。トレア以外はまだ薬の効果で眠っている。
「大丈夫か?」
トーマが抱え起こしながら言った。
「ああ、魔法でここに連れ込まれた時に運悪く頭を打って気を失っただけだ…情けない」
「しょうがないさ」
「おい、悪いがコンテナを開けるのを手伝ってくれ」
保安兵がトーマを呼んだ。
「私は平気だ、行ってくれ」
「ああ、ハンソンは私が付いているから安心してください」
トレアとゴードンがそう言うので、トーマは「わかった」と言って手を貸しに他のコンテナのところに行った。
〔まったく、厄介なことに巻き込まれてどうなるかと思ったが…こうして解決して、ハンソンもお縄について一件落着か…〕
と、ふと思って彼の手は止まった。
〔お縄?…待て、どうしてゴードンはハンソンに縄をかけていない?!〕
そう、ゴードンは付いておくとは言ったが、彼を拘束していないのだ。ハッとしたが、遅かった。
「んッ?!―」
くぐもったトレアの呻きで振り向いたが遅かった。
「全員動かないでもらいましょう。彼女の命が惜しいならね」
ゴードンの持ったダガーが、力なくハンソンに抱えられたトレアの首元に迫っていた。トレアを薬を染み込ませたハンカチで眠らせ、人質にされてしまったのである。
「ゴードンッ、貴様!」
「なんのつもりかしら?」
彼はしれっとした態度で言った。
「なんのつもりも…私はこちら側の人間だったということです」
「その通り。もし保安の動きが良ければ不都合なのでね。引き抜いておいたんですよ」
「さぁ、そのままでいていただきましょうか」
2人はトレアを連れて部屋を出ると、エレベーターに乗って逃亡を図った。
トーマ達は慌ててその部屋を出てエレベーターに向かうが、すでに3人は中ほどまでの高さに上がっていた。
「くそッ!」
トーマの憤りの一言の後に、エレベーターは上に到着した。
「追わないと!」
「だが、あっちのエレベーターで上がってたんじゃ時間がかかりすぎる…!」
その時、ハーピーが飛び上がった。
「掴まって!あと、誰でもいいからエレベーターを戻してっ!」
「あ、ああ!」
保安兵がエレベーターの操作レバーを引いた。トーマはハーピーの足に掴まり、彼女はエレベーターが降りてきて遮るもののなくなったその出口に向かって飛んだ。
「私たちも後から行くわっ!」
「ああ!」
ハーピーの咄嗟の行動で、トーマは地上に出ることに成功した。扉も開いたままで、着地した2人の前には逃亡を図るゴードンとハンソン、人質になったトレアが見えた。
「待てッ!」
トーマの怒鳴り声にトーマスたちは振り返った。
「もう追いついてきましたか…ですが」
「おまえたちっ!」
ハンソンの一声で影に隠れていた数人の男たちが姿を現した。
「奴らを足止めしなさい」
男たちは剣を抜いた。また2人は逃走した。
「…お前はあの二人を追ってくれ。この暗闇で見えるか?」
「大丈夫、目はいいんだ…」
「そいつぁ重畳…」
ハーピーは飛翔し、男たちを飛び越えて3人を追跡した。
トーマはファイティングポーズを構え、男たちを人睨みした。くさびを切って男たちは攻撃を仕掛けた。トーマは一太刀躱すと、顔面を殴り反撃した。
背後から襲い掛かる男を察知し、剣を避けつつ腕と胸倉を掴み背負い投げを食らわせた後、頭部を蹴って気絶させた。
その後もナイフとウェポンケースを使って攻防を続けるが、多勢に無勢、数と手数に押され苦戦を強いられた。
「くっ…!」
「トーマっ!」
声と共に矢が男たちを襲った。
「ミラっ!」
「ここは私たちが、あなたは3人を」
ミラと保安兵による加勢で、トーマはその場を抜けて3人の追跡に移行した。
〔…っ!どこだっ?〕
暗闇の森ではライトを点灯させていても全速で走ることはかなわない。だが、それはあちらも同じはずだった。
〔いたっ!〕
見上げた夜空に影を発見した。ハーピーの影だ。その影を追って走り、ついに3人を見つけた。
「見つけたぞっ!」
ライトを3人に向け照らし出した。
「えぇい、しつこいですね。ですがこちらには人質がいるのです、それ以上近づくと…」
ライトの光を反射して輝くダガーがトレアに向けられた。
「そうです、近づかないでください。もしこれ以上追って来れば、この女の命はありません」
ハーピーも地上に降り、苦い表情を浮かべていた。
「…大丈夫だ。これ以上近づきはしない…」
トーマがそう言って、ライトで照らしたまま位置を下に下げた。
「では私たちが見えなく―」
見えなくなるまでそこにいろ、ゴードンがそう言おうとした瞬間、ハンソンのシルクハットが轟音とともに後ろへと飛んだ。
トーマは左手に持ち換えていたライトを、まっすぐ前方に伸ばした右腕と交差する形で3人に光を当てていた。その光に照らされた右手に持っているのは、硝煙を揚げるハンドガンだった。
暗い森の中、明かりは方向性で3人を照らしている。つまり、光の当たっていないトーマの静かな行動や細部をゴードンもハンソンも視認することはできないため、彼が腰の後ろのホルスターから銃を、それとわかっていなくても武器であろうものを取り出したことは分からなかったのだ。
「…な、なんだ…」
「今のは…」
「・・・・・?!」
ゴードン、ハンソン、そしてハーピーもその大きな音と、初めて目の当たりにする弾丸の速さに驚嘆、狼狽していた。
「武器を捨てて手を頭の後ろで組んで跪け。さもなくば手足一本ずつ鉛玉で風穴を開けてやるが?」
2人は武器を捨てて言われた通りに跪いた。
…ただ、なぜかハーピーまでその格好をしている。よほど驚いたのだろうか。
「…あんたはそんな格好しなくていいんだが…?」
「あ、ゴメン。…あんまりビックリしちゃって…」
「ミラたちを呼んできてくれるか?」
「うん」
しばらくするとミラたちがやってきた。
「ねぇ、さっきの音は………えっと…それね」
なんだったのか聞こうとしたのだろうが、跪いている2人とそれを構えるトーマを見て状況を把握したらしい。そして今保安兵が2人を確保した。
「あいつらは?」
「全員逮捕したわよ」
あいつら≠ヘその頃、塀の外で兵2人に監視されていた。その内数人には蹄の跡がくっきりと青黒く残っていたのは言うまでもない。
「それじゃ、戻りましょうか」
「ああ、そうだな」
翌日、トレアはベッドに寝かされていた。
「ぅん………あれ、ここは…」
「宿よ。昨日の事覚えてる?」
「えっと…ミラたちに助けられた後…後ろから手が回ってきて…意識が…あッ、奴はッ!?」
覚醒したトレアをまぁまぁというボディーランゲージで宥め、ミラは説明した。
「逮捕したわ。あなたはゴードンに薬を嗅がされて眠らされたのよ」
「ゴードンに!?」
「ええ、彼もハンソンの仲間だったの。そのまま人質にされて、でもトーマとカナーリャのおかげで助け出したわ」
「カナーリャ?」
「一緒にいたハーピーの名前よ。あなたが荷物探しを手伝おうとした子」
「ああ、彼女か…」
「ホントは狙われたのは彼女だったみたい。だけどそれより先にあなたが来たから拉致したってあいつらが言ってたわ」
そう、工作によって狙われていたのはカナーリャで、彼女が行方不明になったことを出汁にミラとトレアの二人を呼び出して拉致、トーマとノルヴィを始末するつもりだったらしい。
「彼らは拉致した人たちを遠方の国の商人に売って利益を得る算段だったらしいわ。そのあとはたぶん売春や闘技場での見世物にされていたでしょうね…」
ミラはいつものトーンではあったが、その声にはやはり憤りと悲しさが含まれているのは誰であろうとわかったことだ。
「そうか…みんな無事だったのか?」
「ええ、50人単位でというのが一回の受け渡しの条件だったらしいの。みんな無事だったわ。エレベーターは実際試運転で1度使っただけですって」
「あ、ところで…」
トレアは話を切り替えた。
「私を運んでくれたのはミラか?」
「あら、覚えてないの?あなたを運んだのは………」
バタンッ ドタドタドタッ バタッ―
「トーマァァァ、貴様ァァァァッ―!」
「うおっ―!…どうしたのよぉ、トレア」
「…なんだ、朝から」
ノルヴィが一瞬ビクッとなって、2人は口々に言った。
「なんだ、じゃないッ!ミラから聞いたぞっ!」
トレアはズコズコとトーマに近づき、顔を赤らめて怒ったような表情を作りながら怒鳴った。
「何をだ…?」
「昨日、事の後、お前が私を運んだそうだなっ?」
「ああ、お前眠らされてたしな…」
「お前が運ぶのは仕方ないとしようっ!だがな、なんでお、お、お、ぉぉぉおおお姫様だっこなんだッ!!!!!」
トレアの顔は真っ赤だった。
「いや、おんぶとかだと銃とかナイフとか当たって邪魔だろうし…」
「外せばいいだろうっ!?」
「それにケースもあったし」
「そんなものミラに持ってもらえッ!というか、それこそ抱っこでいいじゃないかっ!!」
「…いや、第一ぐっすりなお前をおんぶするより前に抱える方が楽なんだ。まったく、何をそんなに怒ってるんだ?…嫌だったなら悪かったよ」
「えっ?別に嫌とかじゃ…じゃなくてっ!えぇ〜と、あぁぁぁぁっ!もういいッッ!!!!!」
トレアは半分、というより2/3、いや5/6ほどパニックになりながら部屋を飛び出していった。
「くッ…くっくくくく…」
ノルヴィはおかしくて噴き出した。
「いや〜、あいつ泣きそうだったな…。あ〜おっかしw…こりゃ、まさかお間の首に腕まで回してたなんてのは言わない方がいいなwww」
「そうだな、パニクッたトレアに切り殺されるかもな。 あんたが」
「ちょ、勘弁っ!」
部屋に戻ってきたトレアはベッドに上に俯せにダイブして、枕を抱えて静止した。
「あらあら、パニックで撃沈しちゃった?」
「…うるさぁ〜い…」
「うっふふ、あなた朝ごはんまだでしょ?そこに用意してあるから、早く食べちゃいなさいよ?わたし、あっちの様子見てくるから」
「…ん…」
ミラは部屋から出て行った。
「………
……………
…………………なああぁぁあぁ〜〜〜ッ!!!」
〔なんだ、なんなんだぁッ…!? …………まさかあれ、夢じゃなかったのか…!? ということは…いや、まさか腕なんてッ…〕
その後カナーリャやジーナのいる病院などを一通り回って別れの挨拶をして旅立った4人だったが、終始トレアがぎこちなかったのは言うまでもない。
町を出て歩きながら、ミラは詳しく事の次第をトレアに話した。
「なに、ということはゴードンは魔術師だったのか?」
「というか、スイッチハンダー(両利き)ね。みんなを攫う方法は彼の空間魔術よ」
「空間魔術?じゃあ…」
「いえ、彼はそんなに大規模にできるような腕も魔力もないわ」
「そうか…」
トレアはそういうと前を歩くトーマを見つめた。
その視線に込めたものは、また長引いてしまうのかという同情と、まだそこにいるという嬉しさ。
その矛盾した感情の片方が、彼女自身の気づかないところでどんどん大きくなっていた。
12/06/11 02:00更新 / アバロンU世
戻る
次へ