読切小説
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ユニコーンな日
男は覚悟を問うた。
今にも命の灯火が消えそうな男の元にやってきた少年に。
果たして自分が逃がそうとしていた少女と添い遂げる資格が少年にあるのか、男は確かめたかったのだ。
状況はすでに逼迫している。国の追手があちこちに火を放っており、厳重に閉めたこのドアも赤熱している。ここが陥落するのも時間の問題だ。
そんな中、少年は口を開いた。

「自信とか覚悟なんて、ない。俺は、彼女に必要とされたいだけなんだ」

男にとってその言葉は予想外だった。だが、同時に少年はまっすぐだった。
言葉に、後ろに控えていた少女の目が見開かれる。
少年のまっすぐな目。もとより男はそれに託すつもりであったが、こうして改めて見ると大きくなったと実感できる。

「ならば、彼女と共に行け」

少年の手を引き、壮年の男は純白の少女の手と重ねあわさせる。
すると、細い手は重なった少年の手を握り返し、少女の青い瞳は少年の目をまっすぐに、正面から見据えた。

「どうやら彼女は、お前と行くつもりのようだな…」

男は安心しきった表情で少年と少女を見てから目を伏せる。
一拍おいて、少年に向けて伝えるべきことを伝えるべく、目を向ける。

少年は彼女の目に釘付けになっていた。
冷静に、ともすれば無感情にも見えるようなその目は、まるで吸い込まれるようである。
そして、彼女を見ていると、深いところに強い何かがあるように感じ取れるような気がした。
根拠などまるでない。だが、そう感じずにはいられない何かが彼女にはあった。

「共に行くに相応しいと認められた時。彼女は無二の力をお前に与える…」

男の言葉に、少年は金縛りが解かれたように振り向いた。

「そして、いずれは世界の真実にもたどり着くだろう…」
「世界の、真実…」

男の言葉を、つぶやくように少年は繰り返す。
そのまま男は首肯し、続けた。

「我らの一族はその秘密を守り続けてきた。明かされればこの肥大化しすぎた国に破滅をもたらすからだ。だが、使いようによっては、それ以上の光明を人々にもたらすだろう…」
「―――」

破滅をもたらす。そして同時に光をももたらす可能性を秘めた秘密。
それが何なのか。分からぬままに話を聞いていた少年が口を開こうとした瞬間に、男が懺悔するように、言葉を繰り出した。

「お前の母は、この呪縛にお前を取り込ませたくない、と。そう言って私の前から消えていった…」

「母が…!?」

母を、知っている。この男は一体何者なのだ。
自分は、この男を、この国の高官ぐらいにしか知らないはずなのに。

「恨むだろう、お前も、お前の母も―――」

なぜ、この男は自分を知らないはずなのにこんな話をしてくる。
なぜ、どうして―――

「―――だが行け」
「―――っ!」

搾り出すような男の言葉。それで思考が中断される。

「恐れるな。自らの中の可能性を信じて力を尽くせば、道はおのずと開ける…!」

言葉と共に、胸を押さえていた男の手が少年へと伸びる。
せめて、息子に触れようというその手は血に濡れていた。

「そんな、今更勝手ですよ…!」

口をついてそんな言葉が出てきた。
何を言っているのか。少年自身も把握しないまま喋るうちに男の手が離れる。

「許してほしい。お前とは、お前とはもっと―――」
「っ!!」

そうして満足したような顔の男が、糸が切れた人形のように目の前で倒れる。押さえていたであろう血が静かに流れ、

「父さん!!」

もはや男の体は動かなくなった。
反射的に手を伸ばした少年は愕然とし、少女はそんな少年の反対側の手を握り、目を伏せる。

「―――父さん、って…。俺、今…」

その一言がきっかけだった。いや、正確には男の死がきっかけだろうか。

「っ…」

少年の記憶が矢継ぎ早に蘇っていく。
勇者としての訓練の記憶。大きかった父の手。
母に連れられて後にした大きな屋敷。
そして二人の悲しげな顔。

押さえるように顔に手を当て、そこで少年は自らが涙を流していることに気づく。

少女の握る手の力が少しだけ強くなる。振り返れば少女は伏せていた目を開け、行こうと少年に訴えかけていた。

「『À mon seul désir』」

そう静かに少女は言いながら前を向く。少年の頭に浮かんだのは、幼い頃に見たあのタペストリーだった。

『私の たった一つの望み』―――

「『可能性の獣』…」

そして、『希望の象徴』。

自らの可能性を信じ、希望を胸に前に進む事。
少年が失っていた記憶はそれが最後。

少年の手に力がこもる。空いた手を腰に下げた剣にかける。
その様子を見た少女は、うっすらとだが微笑んだ。

「父さん…。母さん、ごめん。俺は、行くよ!」

自分の背を押してくれた父と自分を守ろうとしてくれていた母への謝罪を口にし、少年は剣を抜いて前に突き出した。

少女が手を前に出し、赤熱していた扉をその魔力で開ける。この部屋にたどるために通ったこの通路はすでに火の海だ。
それでも関係ない。信じていくだけだ。
自分と、この隣の少女を。

「いたぞ!あの白い少女だ!」
粗野な印象を抱かせる外見をした男が叫ぶ。クロスボウを片手に、空いた手から魔力で後ろに光の玉を撃ちだすと仲間と思しき者たちが続々と集まっていく。
国の追っ手だろうか。

「一斉発射!」

合図と共に火の矢が飛んできた。
だが、少女は大いなる力を秘めている。火の矢が飛んできたぐらいでどうにかなる存在ではない。
少女が少年から手を離し、両手を前に構えると手が光りだす。少女の周りから魔力が形成され、強力な防護壁が展開される。それで火の矢は完全に防がれる。

「ここからっ…!」

ついで、勇者たる少年は言葉とともに剣に魔力を込め、逆手に構えた。

「ここから出て行けえええええええええ!!!」

そのまま前に踏み込み、剣を床に突き刺すとあたりに衝撃が走る。
そのまま少女だけをよけるように走った衝撃は火と瓦礫を吹き飛ばし、周りにいた追っ手にまともに当たる形となった。

「行くぞ!」

少年の声に応じて少女も走り出す。追っ手は全員伸びており、火はさっきの攻撃ですべて消えた。しかし。

「なっ!」

角を曲がったその先に、今度は鉄砲を持った兵が大勢いた。

「少女を生かして捕らえろという命令だ!」
「撃ち方構えっ!!」
「しまっ―――」

間に合わない。そう判断した少年は少女をかばうように構える。
兵士が指を引き金に置く。少年はこの光景の威容に目をつぶってしまう。
同時に。
少女の目が赤く光りだした。

「―――え?」

ただならぬ気配を感じ、振り返ってみれば少女から赤い光が漂うのが見えた。
いつの間にか少女は少年の目の前に立ち、少年の手を握りしめる。
それだけで少年は何かに縛られたように身動きが取れなくなる。

「てぇーーーッ!!」

号令がひとつ。けたたましい音と共にそのまま何段にも構えた鉄砲が火を噴いた。その瞬間、赤い瞳の少女が目を大きく見開く。

「な、何だあれは!」

前方の兵士から驚きと戸惑いの声が立つ。
驚きは当然のものだった。少女が纏う赤い光が強まり、まるで少年と少女を避けるように鉄砲の弾が直角に逸れて行ったのだ。そのまま弾は天井と壁を穿ち、こぼれた破片すらも二人を避けるように落ちる。

信じられない面持ちで見る少年は次に、少女の服や体のいたるところに赤い模様が走っているのを見た。

光は次第に少女の下半身から、馬の形をとるように伸びていく。
華奢といっていいはずだった上半身は一回り大きくなり、無表情に近かったはずの少女の顔は険しいものになる。
体を包む赤い発光がおとなしくなる頃には、彼女はまるで、ケンタウロスのような様相を呈していた。

そして最後に、彼女の額から黄金に輝く角が一本。

「君は…!ぐあっ!」

少年が驚く暇もなく。
少女は唐突に、重量など無い様に少年を大きく振り回し、乱暴に馬の体の背に乗せてから剣を奪った。
少年はその衝撃でぐったりと少女の背に身を預ける形となる。

「ユニコーン…!」

その光景に戦慄し、兵の誰ともなく伝説の生き物の名前をつぶやいた。
ユニコーン。数あるケンタウロス種の魔物の中でも幻の生物と呼んで差し支えない種。
魔物が魔物娘となった今でこそ、親魔物領では貞淑かつ穏やかな種として知られているが、それはあくまで夫と結ばれることを夢見ているか、あるいは夫がいるからこそのものである。
反魔物領の兵達にとってユニコーンとは非常に獰猛かつ誇り高い生き物であり、目の前の少女はまさしく兵の知るユニコーンそのものであった。ただ違う点は、純白の体に赤い模様が光っていることである。

「うぉぁあああああああっ!!!」

少年を背に。剣を手に。ユニコーンの少女が雄たけびを上げた―――

◆◆◆

「はいストーーーーーーーップ!!!」
「どぉわああっ!!」

突然。高らかにユニコーンの声が上がった。
部屋のドアを開けたユニコーンの少女が、TVの前であぐらをかいて感動している様子の男とTVが映し出しているものを見咎める。
途端に険しい表情になり、部屋の中にもかかわらず馬の体の全速力でTVの前に走りだした。
驚いた男はTVの前から押しのけられ、床を滑稽にコロコロと転がる。

「っ!こいつ、もしかして…!」

言いながら、DVDトレイを開ける。
すると、先ほど男が見ていた壮大なアニメを映す大型TVの画面が暗転した。

転がった男が部屋の端にコテンとぶつかる頃には、ユニコーンの少女はTVの下のDVDプレイヤーからディスクを綺麗に抜き去っていた。

「やっぱり…!」

そう言って、少女の顔が歪んだ。
先ほど乱暴な行為をやったたおやかな手には、『魔導騎兵タウロスUC(ユニコーン)』の文字が印字されたDVDがあった。

「…ねえ、タカシ。これ、何?」

と、手を震わせながらユニコーンの少女が聞けば、

「何って…、タウロスUCのDVDだけど…。それが何なのさ由仁子」

と、タカシと呼ばれた大学生ほどの男が返す。
言いながらタカシは由仁子に近寄り、当たり前のようにDVDをとってパッケージにしまう。

「ねえ、タカシ。あなた、統一世紀作品どれぐらい見たの」
「いや、あれだよ。初代の映画と逆襲、だな」
「……」

瞬間。
可能性の獣たる彼女が手を振り上げ。
スパーン、と高らかな音を立ててDVDパッケージが部屋の中を舞う。

「え……」

あまりの行動に呆気にとられる男をよそに、彼女は魔物娘たる腕力で男の肩を掴むと、

「ここからっ、ここから出て行けええええええええええ!!!」
「―――っ!?」

そう叫び、彼女は馬の部分の全速力でそのまま駈け出した。
命の危機。それは今の状況を言う。肩を掴まれ、Gがひたすらにかかるこの状況。
目の前には目を赤く血走らせ、激情に染まった彼女の顔。
時間の感覚と彼女の動きがやたらと遅く感じる。
脳裏には彼の生い立ちが矢継ぎ早に繰り出され、次第に後ろに半開きのドアが迫っていくのを彼は感じた。
ただ周りの景色だけが矢のように飛んで行くように見えた。

そんな中。

男は見た。その時の金色に光り輝く彼女の角と女性的なラインはそのままに逞しく広がったような体、そして体の各所に赤いラインが走っているような錯覚。
それはまるで、さっきのアニメで見た、激情に応じて覚醒する『可能性の獣』のものだった。
そういえば、魔物娘じゃない伝承のほうのユニコーンって、結構気性荒いんだったっけ―――。

つかぬ事を考えながら、タカシの意識は暗転していた。

◆◆◆

「ねえ、言ったでしょ。あなたに」
「……はい」

目が覚めたタカシは早速由仁子に縛り上げられていた。
どうしてこうなったかの原因はすでに分かっている。
過去の、いわゆる統一世紀シリーズ作品から発展させた設定がかなり多く、その一連の作品群で描かれてきた抗争に対して決着をつける総括的な作品。ついでにファンサービスも盛りだくさん。
そんな一見さんお断りなアニメを、タカシは過去作の大半をすっ飛ばしていきなり見ていたのだ。
由仁子が気づいた頃には遅く、タカシは第1話を視聴し終えていた。
その行動はシリーズものを連続して見ることを何よりも重視する彼女の逆鱗に触れる結果となった。
余韻たっぷりのエンディングを見させなかったのは由仁子にとって不幸中の幸いか。
ちなみにもうさっきのパッケージは金庫に隠した。

「その作品は、統一世紀シリーズの続き物なんだから、最低でもTV放映された3つは見なくちゃわかんないって。
逆襲だって、特別に見せたものなのよ。あれも本当は2作目3作目見なくちゃいけないような作品なのよ」
「……はい」

くどくどと説教を続ける由仁子。彼女からすればTV放映された作品だけでも足りない。少なくとも初代から2作目までの間を補完するOVAシリーズがあるのだから、できればそっちも見てほしい。作画だってすごくいいのに。
そう考えて何度も彼氏であるタカシに勧めているが、長すぎると視聴拒否されるのも何度目だろうかと由仁子は考えていた。

対するタカシは、このシリーズが30年前から一つのブランドとして、時折監督がうつ病になったり降りたり、ハチャメチャなものになったりと紆余曲折を経ながらも続いていることは知っている。ついでに由仁子に勧められて初代と逆襲の映画も視聴済みである。
だがしかし、タカシ自身は別にこのシリーズのコアなファンというわけではなかった。
先ほど見ていたのも主人公の伴侶として登場する魔物が自分の彼女と同じユニコーンというのだから視たのであって、別にファースト世代だから楽しみとかそういうような感情は抱いていなかった。その結果、知らない設定が盛りだくさんで話はあまり頭に入らず、とりあえず映像表現を見て楽しむという結果になったが。

「分かった?分かったら途中で放り出してる2作目を一緒に見ましょ!」
「やだよ!このっ!」
「あっ!」

縛られていたのをタカシが解いた。
いきなりのことに今度は由仁子が驚く。
そのまま逃げるでもなく、必死の抗議を続けるタカシ。

「なんで涙目で拒否するの!?」
「だってよ…、計97話だぜ…?」

彼の涙ぐんだ拒否も当然の話である。2作目は50話。3作目は47話。
24話ですら長く感じる彼からすれば、いくら由仁子と一緒でも、作品が面白くても、結構な苦行と言えよう。確かにシリーズは面白いのだが、いくらなんでも長すぎる。初代の映画を一気に見ただけでもダウンしかけていたのだ。

「長くないっ!たったの2作でしょ!」

そして彼の拒否を由仁子は突っぱねた。

「ほぼ全シリーズ見てたアンタが言うことじゃないよそれは!」
「1作50話なんて見てればあっという間よ!」
「やかましい!とにかく鍵をよこすんだ!由仁子!」
「この、分からず屋ぁ!」

ぎゃーぎゃーどたばた、

と、ひたすらそこまで狭くもない部屋の中を駆け回る二人。
由仁子がどしんばたんと駆け回るせいで部屋の中のものが舞い上がったり散らばったり。
そのほとんどが偶然というには出来過ぎている程に、タカシの進路を妨害していたり、もしくは直接飛んでくるように仕向けていたりしていたが、タカシは当たらなければどうということはないとばかりに殆ど避ける。
そのうち、隅っこに追い詰められた由仁子とタカシが相対する。
由仁子の手にはパッケージを隠した金庫の鍵がひとつ。

「にわかは、敵ぃッ!!」

轟くユニコーンの雄叫び。2作目〜3作目の合計がタカシの心をデストロイするほどの話数であることは由仁子も知っている。だから一緒に作品を見て、時々休憩がてらにいちゃいちゃしたいというのにこういうところだけは分かってくれない。
そんな嘆きを一度口にして正面からぶつけもしてみたが、やっぱり97話という話数で尻込みされるというのが最近の由仁子の唯一の悩みであった。

今日もアニメの見る見ないで一組のカップルがくんずほぐれつ。
両者共に本音でぶつかり合っているので誤解もへったくれもないが、
それでも分かり合うって難しい。
14/02/17 09:24更新 / 一波栄

■作者メッセージ
えー、一波栄です。自分でも何書いてるんだろうって。
方方からガチで怒られやしないかと戦々恐々です。
元ネタの翻案だってかなり適当なので、元ネタ好きな人には申し訳ないです。
後半はそれに対して、「これはアウトじゃないよ」的な言い訳として書いたものですが、一応ほとんど実体験で書いてます。
非難は甘んじて受けます。
こんな物書く人間ですが、よろしければよろしくお願いします。

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